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ファー・モア・ザン・ノー・ヒット――2ヒットならどうだ2 スコット・マケンジー、R・B・グリーヴス
 
昨日、前回の記事をアップしながら、ワン・ヒット・ワンダーがあるなら、「ノー・ヒット・ワンダー」もあるのではないか、なんてことを考えました。

つまり、だれでも知っているほど有名なのに、シングル・ヒットがない、というアーティストです。アルバムは売れるのに、シングルはまるでダメ、ということはあるのではないでしょうか。

いま、二例だけ思い浮かんだのですが、わたしがチャート・データをもっていない時期にヒットが出た可能性もあるので、その点を確認してから、可能ならつぎの機会に取り上げることにします。

さて、今日は前回のつづきで、あと一本出れば猛打賞だったのに、という2ヒッターです。

前回、2ヒッターというのは、最初の大ヒットが強すぎて、セカンド・ヒットがショボく感じられ、その結果、シーンから脱落してしまった、というパターンだろうという理屈をこねましたが、その仮定を地でいってしまった人を。

スコット・マケンジー、まずは最初の大ヒットから。ハル・ブレイン・オン・ドラムズ、ジョー・オズボーン・オン・ベース、ヒッピー・ベルを振ったのは、ハル・ブレインに拠れば、ママズ&ザ・パパズのミシェール・フィリップスだそうです。

Scott McKenzie - San Francisco (Be Sure to Wear Some Flowers in Your Hair)


クリップのタイトルは大間違いなので、正確なフル・タイトルを書いておきました。「サンフランシスコ(髪に花を挿すのを忘れないように)」です。長いタイトルなので、子どもたるもの、寿限無のように、正確に記憶しようと努力したものです。中学二年にもわかる程度の英語でしたし。

この曲については、とくになにかいうべきことはないようです。1967年夏、のちに「サマー・オヴ・ラヴ」と呼ばれることになる特別な夏に開かれた、モンタレー・インターナショナル・ポップ・フェスティヴァルのテーマ・ソングというか、前景気をあおるコマーシャル・ソングとして、ママズ&ザ・パパズのジョン・フィリップスが書いた曲で、主催者の狙い通り、大ヒットになりました。

スコット・マケンジーは一躍スターになり、セカンド・シングルがリリースされたのですが、わたしはまったく記憶していませんでした。日本ではほとんどエア・プレイがなかったのではないでしょうか。

Scott McKenzie - Like an Old Time Movie


ジョン・フィリップスが本気だったら、もっといい曲をセカンド・シングルとして書いたのじゃないでしょうかねえ。シングル・カットしたこと自体がミスでしょう。典型的なB面曲にきこえます。

かくしてスコット・マケンジーは、それがどこであれ、もといた場所へと後退していったか、なにかに転身したか、そのへんは知りませんが、老兵は死なず、ただ消えゆくことすらもせず、歌いつづけているのかもしれません。

この人も最初は大ヒットでした。

R.B. Greaves -Take a Letter Maria


別れ話の手紙を秘書に向かって口述するという、ちょっと変わった設定の歌詞も、この曲のヒットにおおいに貢献したのでしょう。時代の変化をあらわす歌詞です。

なかなかけっこうなベースですが、だれのプレイか知りません。オムニバス盤にはしばしば収録されるので、LPでもCDでももっていましたが、単独の盤は買ったことがないので、そのへんのことは知りません。

サム・クックの甥、ロナルド・バートラム・アロイシャス・グリーヴス3世はガイアナで生まれ、アメリカとイギリスで育ち、シンガーとしてはイギリスでデビューしたとありますが、プロデューサーはアーメット・アーティガンだというので、録音はアメリカだった可能性もあります。

R・B・グリーヴスのもう一曲のビルボード・トップ40ヒットは、クリップがないので、サンプルをあげました。バート・バカラックとハル・デイヴィッドの作、サンディー・ショウのヒットのカヴァー。

R.B. Greaves "(There's) Always Something There to Remind Me"

オリジナルはルー・ジョンソンだそうですが、ふつう、この曲はサンディー・ショウのヒットとして知られています。サンディー・ショウもよく知っているのは2曲だけなので、2ヒッターかと思ってチャート・ブックを調べましたが、イギリスではヒットしたものの、どの曲もビルボード・トップ40に届かず、じつはノー・ヒット・ワンダーでした。

すでに時間切れ、もうひとり、という余裕はないので、サンディー・ショウのアメリカではトップ40に届かなかった曲を。

Sandie Shaw - Girl Don't Come


ケチケチせずに、もう一曲も。

Sandie Shaw - (There's) Always Something There to Remind Me


やはり、こちらのほうが高いヒット・ポテンシャルがあったと感じます。


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スコット・マケンジー
San Francisco
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R・B・グリーヴス
R.B. Greaves
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サンディー・ショウ
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by songsf4s | 2012-01-05 23:42 | 60年代
サイモン&ガーファンクルのThe Only Living Boy in New York――Bridge Over Troubled Water40周年記念盤で
 
Bridge Over Troubled Waterというアルバムで、サウンド面から好きな曲としては、まずThe Only Living Boy in New Yorkをあげます。

ヴィデオThe Making of Bridge Over Troubled Waterで、ポール・サイモンは、これはアート・ガーファンクルが『キャッチ22』の撮影でメキシコに行っているあいだに書いたといっています。

『キャッチ22』! ヨサリアンのあのシーンがねえ。ホラー映画じゃないから、あれはちょっと怖ろしくて……。でも、あの「爆撃を売却」するシーンは爆笑でした。

『キャッチ22』より


閑話休題。アート・ガーファンクルは、うん、あれは友情についての歌だ、ポールとわたしのプライヴェートなことなので、曰く云いがたい、キャメラの前で話すつもりはないといっています。まあ、歌詞が気になる方は、アーティーのこの言葉を前提に解釈なさるといいでしょう。

Simon & Garfunkel - The Only Living Boy in New York


これはもう、なにを措いても、ハル・ブレインとジョー・オズボーンのプレイに圧倒されます。

まずジョー・オズボーンについて。あらら、そうだったの、でした。ロイ・ハリー曰く、ジョーは8弦ベースをプレイした、とか。

たしかに、オズボーンはこの曲でむやみに高い音をつかっています。たとえば、00:50あたり、「I can gather all the news I need on weather report」の直後をお聴きあれ。

このパッセージは、たんに高いだけでなく、ジョー・オズボーンにしてはきわめてめずらしいコード・プレイになっています。

オズボーンは高音部の使い方のうまいプレイヤーで、高い音を使っていることはわかっていても、それはいつものことだと思っていましたが、考えてみると、この2本の弦によるコード・プレイは、フェンダー・プレシジョンでは無理かもしれません。

われわれは先入観の助けによって日常生活を大過なく送っているので、つい精神のモードを切り替えるのを忘れてしまいます。ジョー・オズボーンといえば、あの塗りのはげたヴィンティジ・フェンダー・プレシジョンしか思い浮かばず、8弦ベースをプレイしたなどとは考えもしませんでした。音を聴くときは心を無に、っていっても、無理なのですが!

どうであれ、オズボーンはすばらしくも美しいサウンドをつくっていて、それだけで、やっぱりこの人はすごい、と思います。いい音を出せる人というのは、ホンモノです。

また、オズボーンは、あとでBass Player誌のためにこの曲でのプレイを再演することになり、苦労したといっています。ロイ・ハリーが複数のテイクを編集したため、つなぎめで、現実には弾けないパッセージが生まれてしまったというのです。好事家は、それがどこなのか、子細に検証なさってはいかがでしょうか。わたしは放棄します!

ロイ・ハリーは、ハル・ブレインは使いはじめたばかりの巨大なセットをプレイした、われわれは、あのセットになにができるか実験をした、といっています。

これはむろん「オクトプラス・セット」のことです。8個のコンサート・タムを並べた史上初のモンスター・セットでした。8個、ということは、ちゃんとチューニングすれば、ドレミファソラシドを叩けるということです。だから「コンサート」つまり「音階のある」タムタムなのです。

いやあ、それにしても、ロウ・ピッチ・タムなんか、すげえ音で録れていて、背筋に戦慄が走ります。この曲はできるだけ近年のマスタリングの盤を、いい環境で聴くほうがいいと思います。ハル・ブレインとロイ・ハリーに「ブラヴォー!」と云いたくなります。ドラムというのは、エンジニアがマヌケだと、ぜんぜんいい音にならないものなのです。

ヴォーカルの録音でも、妙なことをやっています。バックグラウンドのHere I amは、もちろんポール・サイモンとアート・ガーファンクルがオーヴァーダブしたものです。

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しかし、問題は「どうやったか」です。ロイ・ハリーは、エコー・チェンバーに「通す」のではなく、エコー・チェンバーの「中に入って」歌うようにいったのだそうです。LAで録音したといっています。

中に入れるタイプというと、どういうエコーチェンバーか(ゴールド・スターにあったEMI製プレート・エコーに入るのは非常にむずかしいと思う)、どこのスタジオなのか、ちょっと気になります。まあ、サンセット&ガウワーのCBSスタジオにあったのでしょうね。CBSはインディペンダント・スタジオを使わせたがらない会社でしたから。

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Bridge Over Troubled Waterは、リリースのときに熱心に聴き、その後、ボックスのリマスターでまたていねいに聴き直しました。なぜ、子どものときに面白いと思ったか、明解にわかったのは、CDで聴いたときのことでした。やはり、精緻なサウンド構築に、自然に耳が引き寄せられていたのです。

サイモン&ガーファンクルのようなヴォーカル・デュオをつかまえて、サウンド構築がすごい、などといっては申し訳ありませんが、でも、音楽は詰まるところ音の手触りです。ロイ・ハリーはたいしたものだと、このThe Only Living Boy in New Yorkでも感服しました。


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by songsf4s | 2011-12-05 23:35 | 60年代
The Best of Jim Gordon補足4 B・W・スティーヴンソン
 
今日は夜になって忙しくなってしまい、べつのブログでやろうとしていた、ナッシュヴィルのミュージック・ロウの歴史(おおいに勉強になった)と、当家のPet Sounds再検討は吹き飛んでしまいました。

ということで、休むわかりに、ほんの半時間で書けるジム・ゴードン話とまいります。

以前からずっと、聴こう聴こうと思っていた、B・W・スティーヴンソンの2枚のアルバムを、やっと聴きました。いやはや、すごいプレイの連発、シングルのみならず、アルバムのほうもジム・ゴードンの代表作に繰り入れていいでしょう。

まず、以前のThe Best of Jim Gordonのごく浅い場所、すなわち、ベスト・オヴ・ベストともいうべき上澄みに入れた、スティーヴンソンの大ヒットから。

B.W. Stevenson - My Maria


文句なし。きわめつけのプレイです。サイドスティックのサウンドは非常に澄んでいて惚れ惚れします。サイドスティックで濁った音を出すドラマーは二流です。

タムタムのハードヒットも、お得意のライド・ベルも、フレージング、プレイ、サウンド、いずれもおおいに好むところです。

この曲は大ヒットしたし、編集盤でもっていましたが、ほかはまったく知りませんでした。しかし、やっと巡りあってみれば、ジム・ゴードンはアルバムを通してずっとこの調子で、シンガーのケツを蹴り上げつづけていました。

つぎはスリー・ドッグ・ナイトでヒットした曲のオリジナル・ヴァージョン。冒頭のハイピッチ・タムをお聴きあれ!

B.W. Stevenson - Shambala


いやはや、ドラミングというのはこうあってほしい、タムタムのサウンドはこうあってほしい、という理想のプレイ。

つぎはイーグルズの曲。もっともマシだったデビュー盤に入っていました。Desperadoで、馬鹿野郎、こんなもん聴けるか、と怒り狂い、以後、グラム・パーソンズの遺産をかすめ取った盗人ばらめ、とずっと腹を立てっぱなしなので、あのバンドのことはろくに知りませんが。

B.W. Stevenson - Peaceful Easy Feeling

と思ったら、エンベッド不可クリップというケチ臭い代物だったので、これはやめにします。

ほかにいいクリップはないので、自前のものをアップします。セカンド・アルバム、Calabasasから。

サンプル B. W. Stevenson "Little Bit Of Understanding"

だんだん、言葉が出なくなってきますが、気を取り直して……。このセカンド・アルバムは、まだMy Mariaのヒットが出る前ですが、いったいなぜ、というくらいに、ジム・ゴードンが叩きまくっていて、サンプルはどの曲でもいいや、と思ったほどです。絶好調! やはり、シンガーないしはプロデューサーとの相性でしょう。


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B・W・スティーヴンソン(中古CD)
Very Best of B.W. Stevenson
Very Best of B.W. Stevenson

(現在、B・W・スティーヴンソンの新品CDはアマゾンにはない。アマゾンにあるB・W・スティーヴンソンのMP3ダウンロードは、わたしがチェックしたかぎりではすべてインチキな新録音で、ジム・ゴードンはいっさい無関係。)
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by songsf4s | 2011-11-14 23:53 | ドラマー特集
増補ハル・ブレイン・ディスコグラフィー読解 その6 The Defranco FamilyとThe Partridge Family
 
アール・パーマーやジム・ゴードンのベスト・トラックを選んだり、ゲーリー・チェスターのディスコグラフィー検討をなどということをしたのに、なぜいままで、もっとも重要なハル・ブレインの特集をしなかったかといえば、疲れるからです。

CMやジングルや映画音楽まで含めると、4万曲ともいわれるハル・ブレインのキャリアから上澄みを選ぶのは、それなりに面白い作業で、昔、カセットをつくったことがありますが、自分で楽しむならいざ知らず、それを公開するとなると、あれこれ手続きが必要で、考えるだけでげんなりしてしまいます。

◆ デフランコ・ファミリー ◆◆
重要なアーティストだとひどく手間がかかるので、今回はごく軽いものを選びました。

デフランコ・ファミリー・フィーチャリング・トニー・デフランコ Heartbeat It's a Love Beat


変な絵柄ですが、ほかのものはすべて音が悪いため、これを選ぶハメになりました。あなたがかつてトニー・デフランコにキャーといった覚えのある元少女なら、関連動画でテレビ出演時のクリップをご覧になるといいでしょう。

デフランコ・ファミリーは、ベスト盤を買って一曲目を聴いた瞬間、ハルじゃん、と思ったのですが、回想記に付されたビルボード・トップ10ヒッツ・ディスコグラフィーにはHeartbeat, It's a Love Beatはリストアップされていませんでした。

こんなにわかりやすい曲を間違えるとは思えなかったので、ハルのほうがリストアップし忘れたものとみなし、かつてオオノさんのサイトで公開していた、わたしが増補したディスコグラフィーには、脚注として入れておきました。

デフランコ・ファミリーは、カナダ出身の家族コーラス・グループで、ごく短いあいだでしたが(子どもだからいいのであって、大人になってしまうと面白くない)、数曲をヒットさせています。

◆ パートリッジ・ファミリー ◆◆
デフランコ・ファミリーのロール・モデルになったのは、たぶんこのグループでしょう。

パートリッジ・ファミリー I Think I Love You


どなたもすでに先読みしていらっしゃるでしょうが、パートリッジ・ファミリーのドラマーもやはりハル・ブレインでした。パートリッジ・ファミリーはくだらないかもしれませんが、ハルはいいバックビートを叩いていて、おおいに楽しめる曲です。

いま、「カリフォルニア」といったとき、われわれが、燦燦たる陽光、青い空、ビキニ・ガールにサーファー・ボーイ、フリーウェイに車、といったものを想起するのは、ブライアン・ウィルソンのせいだ、ということをデイヴィッド・リーフが書いていました。

それはそうかもしれないなあ、と思ういっぽうで、ひょっとしたら、ハル・ブレインがいなければ、ブライアン・ウィルソンの力をもってしても、独力で「カリフォルニアを発明する」ことはできなかったのではないかとも思います。

ハル・ブレインよりうまいドラマーはいるでしょうが、彼ほど底抜けに明るいグルーヴをもったドラマーはいません。63年から68年にかけて、ハル・ブレインがプレイした曲がビルボード・チャートを埋め尽くしたのは、たぶん、うまさのせいというより、ビートの明るさの賜物だったのではないか、と考えています。

パートリッジ・ファミリーやデフランコ・ファミリーのような、親が安心できるアイドル・グループの、明朗なるグルーヴをつくるのは、ハル・ブレインの天職だったといっていいでしょう。

◆ さらにファミリー・グループ ◆◆
ハル・ブレインは関係なくなりますが、逆尻取りというか「頭取り」をつづけます。パートリッジ・ファミリーはドラマのなかの架空の家族でしたが、ドラマのなかの架空のバンド、モンキーズが、実在のバンド、ビートルズをモデルにしたように、架空のパートリッジのモデルとなったのは、この実在の家族コーラス・グループだったのでしょう。

カウシルズ The Rain, the Park and Other Things


このクリップを見ると「ビートポップス」を思い出します。あのころはプロモーション・フィルムというのは少なかったので、強く印象に残りました。

これはハル・ブレインではないのですが、軽いヒットのスネアのサウンドも気持よく、じつに好ましいドラミングです。もちろん、子どもにこんなドラミングができるはずもなく、べつのアルバムでは、たしか、ハリウッドのプレイヤーの関与を裏付けるデータが出てきたはずですが、ハルはかすっていないようです。うーん、とすると、他の町のプレイヤーか、それともなければジム・ゴードンでしょうか?

ファミリー・コーラス・グループということでは、もうひとつ、大物がありますが、どうしますかね。まあ、ここまでやったのだから、あと一曲だけ。

ジャクソン5 ABC


これはハリウッド録音で、ドラムはエド・グリーンといわれていますが、べつのパーソネルを見たこともあります。ヒットしているときは、やはりドラミングに耳を引っ張られました。

しかし、ジャクソン5はファミリー・コーラス・グループの系譜に置くべきなのか否か、ちょっと微妙なところだなあ、と思いました。形式上は当てはまるのですが、サウンドの色合いはかけ離れていますから。

◆ 三歩前に出て師の影を踏もう ◆◆
いまでもよくあるのですが、「ハル探し」に夢中になっていたころ、しばしばジム・ゴードンのプレイをハルと取り違えました。

師匠と弟子などという関係ではないのですが、ジミーがハリウッド音楽界に居場所をつくれたのは、ハル・ブレインの推薦のおかげだといわれています。そして、「筋目」をいうなら、アール・パーマー→ハル・ブレイン→ジム・ゴードンおよびジム・ケルトナーという順序でハリウッド・ドラマー・キングの王冠が継承されました。

ジム・ケルトナーがいっていましたが、あの時代、というのは60年代なかば、彼がハリウッドのスタジオで仕事をはじめたころのことでしょうが、ハル・ブレインのようなサウンドをつくれれば、あまった仕事がまわってきたので、必死にハルのチューニングをコピーしたのだそうです。

そういうわりには、ジム・ケルトナーのサウンドはそれほどハルに似ていません。しかし、ジム・ゴードンは、ハルが行けないセッションに、ハルの代理として送り込まれることでハリウッド音楽界に地歩を築いたので、じつによく似たサウンドをつくっていました。

ハルのセットはラディック、ジム・ゴードンはキャムコで、ぜんぜんメーカーが違うのに、スネアなんかハルそっくりですし、タムタムだってどっちだろうと考え込むこともしばしばです。サウンドが似ているだけならともかく、タイムもかなり近いので、ハルかジムか、で七転八倒したことは数知れません。

デフランコ・ファミリーはハルにちがいない、と卦を立てて、幸い、今回のディスコグラフィー補足でコンファームされたからいいようなものの、大間違いのコンコンチキだったことがわかった曲もあります。

いまだに納得がいかず、ハルじゃないのかなあ、と未練がましくいっているのはこの曲。

ゲーリー・パケット&ザ・ユニオン・ギャップ Woman Woman


しかし、これはどうやらジム・ゴードンだったようで、ハルのトップ・テン・ヒッツには登場せず、今回の増補でも出てきませんでした。ハルが叩いたユニオン・ギャップのヒット曲はこちらのほうです。

ゲーリー・パケット&ザ・ユニオン・ギャップ Young Girl


そりゃそうだろう、これがハルじゃなければ、天地がひっくり返るぜ、というプレイです。それにしても、Woman Womanのジミーのプレイは、完璧な贋作ハル・ブレインで、あそこまで似せるのは凡夫のよくなすところではなく、やはり名人の境地というべきでしょう。

いまだにどちらなのかわからない曲というのもあります。

アルバート・ハモンド It Never Rains in Southern California


この曲のドラムは悩みました。これはハル・ブレインのトップ・テン・ヒッツにリストアップされているのですが、ジム・ゴードンのプレイであるというデータもあるようなのです。

いつまでもぐずぐずしているのも癪なので、結論を出します。ジミーのプレイでしょう。1)フロアタムがいつものハルより低く重い、2)間奏でライドベルを使っている(ジミーがしばしばやった)、という二点でそう思います。ハルほどの軽みがなく、やや重厚です。

この曲のフロアタムのサウンドがリファレンスになるでしょう。

カーリー・サイモン You're So Vain (featuring Jim Gordon on drums)


最初にスタジオ・ドラマーの凄みを教えてくれたのはジミーなので、この曲がヒットしたころは彼のプレイを探しまわっていました。カーリー・サイモンには取り立てて興味はないのですが、ジム・ゴードンはやはり只者ではない、とおおいなる感銘を受けた曲です。

こういうことがあるので、ハル・ブレインには今後もデータをアップしつづけて欲しいと思いますし、ジム・ゴードンには早く出所してもらって、オフィシャル・サイトをつくり、栄光の時代を回顧してもらいたいと願っています。ジミーが自伝を書いたら売れるでしょうねえ。The Killing Beatとかいって!


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It's a Heartbeat, LovebeatおよびIt Never Rains in Southern Californiaを収録
Vol. 10-Have a Nice Day!
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パートリッジ・ファミリー
Come on Get Happy: Very Best of Partridge Family
Come on Get Happy: Very Best of Partridge Family


ゲーリー・パケット&ザ・ユニオン・ギャップ
A Golden Classics Edition
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アルバート・ハモンド
Greatest Hits
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カーリー・サイモン
No Secrets
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カウシルズ
Best of the Cowsills
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ジャクソン5
Ultimate Collection
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by songsf4s | 2011-07-20 23:55 | ドラマー特集
祝オフィシャル・ゲーリー・チェスター・ウェブサイト誕生 その3 Going Out of My HeadとBrown Eyed Girl
 
もう24時間近くたってしまいましたが、散歩ブログを更新しました。

樹の上を歩むもの──本牧散歩どん詰まり篇

◆ リトル・アンソニー&ディ・インペリアルズのオリジナル ◆◆
ゲーリー・チェスター・トラックスの三回目、今回もまた、音楽ファンならたいていの人は知っている人口に膾炙した曲です。

リトル・アンソニー&ディ・インペリアルズ Going Out of My Head


うんざりするほどカヴァーのある曲なので、だれのヴァージョンから入るかは人それぞれ神のみぞ知るヴァリエーションがあるでしょうが、オリジナルは、ゲーリー・チェスターがドラム・ストゥールに坐った、このリトル・アンソニー&ディ・インペリアルズのヴァージョンです。

ライターは、テディー・ランダツォーとBobby Weinstein、プロデュースは前者です。きわめてフィル・スペクター的なサウンドだという点が好ましくもあるのですが、そういうことから離れたレベルにおいても、なかなかいいプロデューシングだと感じます。これだけきっちりつくってヒットしなかったらこの世は闇、もちろん、大ヒットし、スタンダードとなったのはご存知の通り。

◆ 各種カヴァー ◆◆
こういう曲を持ち出しておいて、聴きくらべもせずに通り過ぎられる人間ではないので、ゲーリー・チェスターの話から外れますが、ちょいとほかのヴァージョンも聴きます。いや、ちょいとなどと気楽なことはいえないほど、汗牛充棟なのですが。

まずはハル・ブレインの叩きまくりが楽しいクリス・モンテイズのヴァージョン。

クリス・モンテイズ Going Out of My Head


ひどい音のクリップなのが残念至極。盤ではハルのタムタムとフロア・タムが深い、いい音で鳴っていて、この曲のもっとも好ましいカヴァーのひとつです。

つぎはちょっと変り種、フィリー・ソウル・アレンジです。

デルフォニックス Going Out Of My Head


ハル・ブレインのあとには聴かないほうがいいドラマーですが、こういうアレンジを聴くと、コーラスのスタイルこそが決定的イングリージェントなんだな、と思います。ドラムやベースについてはべつにフィリーらしさなどは感じず、たんにうまくないだけですが、コーラスのつくりは徹頭徹尾非白人的で、これこそがブラック・コーラス・グループの味だと感じます。

イギリスものをつづけて二種。

ペトゥラ・クラーク Going Out of My Head


冒頭はちょっと感情表現が強すぎて違和感があるのですが、さすがはペット、まずまずのところに収めています。音はスタジオ録音と同じものです。ドラムはいいのですが、ティンパニーの遅れがすごく気になります。たとえ意図した遅れであっても、いくらなんでもこれは遅すぎるでしょう。

ゾンビーズ Going Out of My Head


コリン・ブランストーンの声に合った曲を選んだと思います。何年か前に、ゾンビーズの初期トラックのリアル・ステレオ・ヴァージョンが出ましたが、モノより格段にいいマスタリングです。

人それぞれ、さまざまなヴァージョンを入口にしたであろうと書きましたが、わたしの場合は、リトル・アンソニーのオリジナルにたどり着いたのはずっと後年のこと、最初に聴いたのはこのカヴァーでした。

セルジオ・メンデス&ブラジル66 Going Out of My Head


久しぶりに聴いて、へえ、露骨にジャズ・ピアニストしてるじゃん、と笑いました。コードの扱い、テンションのつけ方がきわめてジャズ的で、まだポップ市場を強く意識していなかったことがわかります。いや、後年のポップ的なピアノより、こちらのほうが面白いと思いますが。

このドラマー、変なタイミングのビートもあるのですが、最初の音であるキックの一打は、やや早めではあるものの、いいポイントで叩いて、そういえばセルジオ・メンデスはこういう感じでドラムが四拍目を強めのアクセントで叩いて入ってくる(またはストップ・タイムからの戻りが四拍目の一打)のが多かったな、と思いました。そういうスタイルというのを、子どものころのわたしはセルジオ・メンデスのサウンドと考えていたようです。たとえば、Night and Dayがそうでした。いや、クリップは貼り付けませんが。

ウェス・モンゴメリー Going Out of My Head


わたしの大嫌いなグレイディー・テイトがドラムですが、バックビートはいつもよりずっとマシで、なんだ、チャーリー・ワッツよりうまかったのかと感心しました。しかし、ドラミング設計はゾッとするようなダサさ。この人のもっともいけないところは、抑揚のセンスが最悪だということであって、タイムが悪く感じるのは、イントネーションが悪いことの結果にすぎないのかもしれないと認識を改めました。

ハル・ブレインはウェスには合わなかったでしょうが、メル・ルイスかシェリー・マンあたりだったら、まったくちがった味わいになったでしょうに。あ、これはNYだから、そういうメンバーは無理、なら、バーナード・パーディーぐらいのクラスを呼んでくれよ、です。この泥臭さは我慢ならんぜ>誰だか知らないウェス・ベンチ。

ウェスはいつものようにきっちりプレイしていますが、音楽というのは単独のプレイヤーがつくるものではなく、アンサンブルなのだということを痛感させられます。だって、ウェスもいつもうまいわけで、二、三曲聴くと、やはり「それで?」といいたくなります。アレンジ、サウンドがよくなければ、うまいぶんだけよけいに退屈です。

ウェスの晩年はイージー・リスニングなどといわれていましたが、そういうものをつくるなら、もっときちんとアレンジしないと楽しめるものにはなりません。言い訳のできるお芸術の世界とちがって、ポップというのは、半チクなアレンジャーにはハンドルできない、きびしい世界だということを理解していなかったのでしょう。もっとずっとマシな「イージー・リスニング」は山ほどあります。ウェスを聴くなら、初期のコンボのものでしょう。

ほかには、フランク・シナトラ、ビリー・ストレンジ、ビリー・メイ、ジェリー・フィールディング・ウィズ・ハリウッド・ブラス、ジャッキー・グリーソン、レターメン、フィフス・ディメンションなどがわが家にはありますが、まあ、このへんでよろしいでしょう。ジャッキー・グリーソンのずぶずぶの甘さはちょっと面白いのですが(中間でチェンジアップとしてシタールが入ってくる!)、まあ、サンプルにするほどでもありません。

◆ Brown Eyed Girl ◆◆
ゲーリー・チェスターのディスコグラフィーにあるものをもう一曲。

ヴァン・モリソンがアメリカに渡ってバート・バーンズのバング・レコードと契約して最初にリリースしたアルバムからの、ソロ・デビュー・シングル。彼にとって、唯一のシングル・ヒットらしいシングル・ヒットではないでしょうか。

ヴァン・モリソン Brown Eyed Girl


忘れもしない、ウルフマン・ジャックがしばしばこの曲をかけ、ヴァンの歌に割り込んで、ナンセンス・シラブルをがなりたて、134号線の渋滞に捕まったわれわれも、いっしょに、ラララ、ラディーダ! と車中で叫んだものです。あのときには、もうずいぶん昔のヒット曲になっていたのですが、ウルフマン・ジャック・ショウは、そんなことにはおかまいなし、しじゅうかけていました。

LPのパーソネルは以下のようになっています。

Gary Chester: Drums
Herb Lovell: Drums
Bob Bushnell: Bass
Artie Butler: Keyboards
George Devens: Percussion
Eric Gale: Guitar
Al Gorgoni: Guitar
Hugh McCracken: Guitar
Don Thomas: Guitar
Paul Griffin: Keyboards
Van Morrison: Guitar/Keyboards/Saxophone/Vocal
Russell Savkas: Bass
Arthur Kaplan: Wind
Seldon Powell: Wind
Cissy Houston: Vocal
Dee Dee Warwick: Vocal
Jeff Barry: Percussion/Vocal
Bert Berns: Vocal
Brooks Arthur: Vocal
Myrna Smith: Vocal

Brown Eyed Girlは楽曲そのものがゲーリー・チェスターのディスコグラフィーにあげられているので大丈夫でしょうが、「T.B. Sheets (LP)」と書かれている点については、ハーブ・ラヴェル(ハル・ブレインがメンバーとして加わったころのジョン・デンヴァー・バンドのドラマー)のトラックもあるようなので、吟味を要するでしょう。

ベースは、ラインといい、タイムといい、なかなか好みですが、ボブ・ブッシュネルについても、ラッセル・サヴキャスについても、ほかに記憶がなく、参照もできないので、どちらなのか判断の手がかりはありません。

エリック・ゲイル、ヒュー・マクラケン、アル・ゴーゴーニというギター陣は、60年代後半から70年代にかけてのNYのロック系のレギュラーです。

この曲のカヴァーはわたしが知るかぎり、ジョニー・リヴァーズのものしかありません。なかなかいい出来なのですが、クリップはひどい音なので、これは自前サンプルを。

サンプル Johnny Rivers "Brown Eyed Girl"

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Johnny Rivers "L.A. Reggae" リリース当時もその後も、じつによく聴いた。ハル・ブレインのときとは異なるサウンドで、これはこれで好ましい。

ヴォーカルについてはヴァン・モリソンのほうが上でしょうが、全体のサウンドとしては、ドラム=ジム・ゴードン、ベース=ジョー・オズボーン、ギター=ディーン・パークスおよびラリー・カールトンというジョニー・リヴァーズ盤もNYのトラックに劣りません。どちらかというと、昔はジョニー・リヴァーズ盤のほうを頻繁にターンテーブルに載せました。

どうしても、自分がリアルタイムで聴いた曲が多くなりがちですが、次回はもう少し古い、50年代終わりから60年代はじめのあたりで、なにかみつくろってみたいと思います。


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リトル・アンソニー&ディ・インペリアルズ
Best of Little Anthony & Timpe
Best of Little Anthony & Timpe


ヴァン・モリソン
Bang Masters
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デルフォニックス
La La Means I Love You / Sound of Sexy Soul
La La Means I Love You / Sound of Sexy Soul


ゾンビーズ(ステレオ・リマスター)
The Decca Stereo Anthology
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セルジオ・メンデス&ブラジル66
ヴェリー・ベスト・オブ・セルジオ・メンデスとブラジル’66
ヴェリー・ベスト・オブ・セルジオ・メンデスとブラジル’66


ジョニー・リヴァーズ
Blue Suede Shoes / La Reggae
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by songsf4s | 2011-06-18 23:44 | ドラマー特集
グレイトフル・デッドのブランチ探し その6 Rockin' Pneumonia and the Boogie Woogie Flu
 
もうお忘れの方もいらっしゃるでしょうし、お初という方もいらっしゃるでしょうから、この記事のタイトルの意味を改めて説明します。

グレイトフル・デッドがカヴァーした曲のオリジナル一覧というものがあります。ものすごく長いリストなので、ここに改めてペーストはしませんが、「グレイトフル・デッドのルーツ、ではなく、ブランチ探し序曲」という記事に全曲リストアップしてあります。

むろん、ファンとしては、デッドがどこから曲をもってきたかは知りたいことです。でも、問題は、デッドはおそろしくキャリアが長く、レパートリーも膨大で(ロック界の古今亭志ん生!)、これがあの曲のルーツといわれても、えーと、その曲って、デッドはいつカヴァーしたんだっけ、と頭を掻くようなものがたくさんあります。

ということで、ルーツから逆にたどって(いや逆にたどったものを、さらに逆にたどるのだが)、オリジナル曲のリストを参照して、デッドのカヴァー・ヴァージョンを見つけて聴いてみようというのが、この「グレイトフル・デッドのブランチ探し」シリーズの趣旨であります。ルーツの反対なのでブランチ。よろしいあるか?

◆ ロッキン風邪でブギーウギー流感なのよ ◆◆
本日はRockin' Pneumonia and the Boogie Woogie Fluです。昔から好きな曲ですが、デッドがやっていたとは知りませんでした。しかも、もっともいい時期の録音があります。いや、そのまえに、オリジナルから。

ヒューイ・ピアノ・スミス Rockin' Pneumonia and the Boogie Woogie Flu


うーん。こういうサウンドは好みの分かれるところでしょう。嫌いではありませんが、とくにこういうのが好きというわけでもありません。たしかに、ピアノ・プレイには独特の魅力がありますが。

デッドのヴァージョンのクリップはないので、かわりに、とりあえずジェリー・ガルシア・バンドのクリップを。ドラムはロン・タット、ベースはジョン・カーンという悪くないメンバーですが、ガルシアは不調のようです。

JGB Rockin' Pneumonia and the Boogie Woogie Flu


といってすますのもなんなので、デッド・ヴァージョンはサンプルにしました。

サンプル Grateful Dead "Rockin' Pneumonia and the Boogie Woogie Flu"

So Many Roadsボックスのどの曲だったか、サウンドチェックのときに、ジェリー・ガルシアが、この曲を知っているか、俺は若いころ歌ったことがある、といって、シンプルなカントリー・チューンを歌いはじめると、まわりがそろりとついていくところがありましたが、このRockin' Pneumonia and the Boogie Woogie Fluはあれに似ています。

このトラックが録音された1972年のヨーロッパ・ツアーは、デッドの歴史におけるひとつのピークで、それを記録したアルバムEurope '72にはすぐれたトラックが多数収録されています。現在、流通しているヨーロッパ・ツアーの全曲を収録したボックスが72枚組、当時リリースされたLPは3枚組、それをCD化したものは2枚組、36分の1の競争率で選ばれたトラックと、あとからリリースされたそのアウトテイクの比較だから、という以上に、このRockin' Pneumonia and the Boogie Woogie Fluのプレイは不安定です。

ビル・クルツマンなんか、まだ方針が立っていないという雰囲気のプレイで、お世辞にもすばらしいとはいえませんが、後半、なんとなく形ができてきて、あと数回、ステージでやれば、まったく黒さのない、デッド独特のヴァージョンができあがるのではないか、と想像してしまうところが、ファンとしては楽しいところです。

◆ LA的折衷サウンド ◆◆
わたしがもっともよく聴いたヴァージョンはジョニー・リヴァーズのものです。

ジョニー・リヴァーズ Rockin' Pneumonia and the Boogie Woogie Flu


ドラムはジム・ゴードン、ベースはジョー・オズボーンです。ジミーは派手なことをするわけではありませんが、このアルバムでは終始一貫、レイドバックした、しかし、よけいな重みのないグルーヴをつくっていて、彼の代表作のひとつといえます。

記憶ですが、ギターはディーン・パークスとラリー・カールトン。どちらが主としてリードをとったのかは不明ですが、当時、「規定演技」のうまいプレイヤーだなあ、と思いました。クレジットはありませんが、ディーン・パークスはジョニー・リヴァーズの多くのアルバムをアレンジしたそうです。

ピアノはラリー・ネクテル。すごいプレイとはいいませんが、「明日に架ける橋」のできそこないクラシック風ピアノに比べれば(あの程度のプレイを誉める人間がたくさんいるのはどういうことなのだ? だれも音なんか聴いていないということか?)、はるかに賞賛に値するプレイで、ラリーとしては上々の部類だと思います。リオン・ラッセルだったら、こういう曲では泣く子も黙る凄絶なプレイをしたでしょうが。

でもまあ、つまるところ、この曲はジム・ゴードンとジョー・オズボーンの「ゲーム」であり、ほかのことはそれほど重要ではありません。黒さと余分な重さのない、それでいてソウルフルなグルーヴで、わたしのおおいに好むところです。

◆ その他のヴァージョン ◆◆
なにしろ有名な曲なので、ほかにもたくさんあります。もう満腹で、これ以上はけっこう、という方も多いでしょうが、いちおう貼り付けておきます。

ジェリー・リー・ルイス


ロイ・ミルトン&ミッキー・チャップマン


ロイ・ミルトンはセントラル・アヴェニューR&Bの代表的なシンガーで、LA南部のサウンドを知りたければ、いの一番で聴くべき人です。ミルトンはドラマーでもありました。当時は一発録りなので、ミルトンはドラムをプレイしながら歌ったために、他のシンガーより強いバックビートが録音されることになった、なんていう話も伝えられています。

もう2種、自前サンプルを。

サンプル Alan Price "Rockin' Pneumonia and the Boogie Woogie Flu"

サンプル Ronnie Mack "Rockin' Pneumonia and the Boogie Woogie Flu"

ロニー・マックはMemphisのヒットがある、ギター・インストの人なのですが、よくあったパターンで、女声ヴォーカル入りでやっています。このちょっと脂っけの強い音には、それなりの魅力があります。

時間がないので、以下はただベタベタとペースト。

パティー・ラベル


クリケッツ(ホワイト・ドゥーワップ風)



クリス・ファーロウ(ギター・ブレイクよし)


フレイミング・グルーヴィーズ


ジョニー・リヴァーズ(近年のライヴ。ドサでもそこそこ)



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グレイトフル・デッド
Steppin' Out with the Grateful Dead England 72
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ジョニー・リヴァーズ
Summer Rains: The Essential Rivers 1964-1975
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ヒューイ・ピアノ・スミス
Having a Good Time
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ジェリー・ガルシア
All Good Things: Jerry Garcia Studio Sessions
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by songsf4s | 2011-06-04 23:57
Remembering Tommy Tedesco 1: WhisperingおよびFrenesi
 
前回の「カール・スティーヴンズ(チャック・セイグル)のロッキン・オーケストラ」で、トミー・テデスコのアルバム、Twangin' 12 Great Hitsを聴いたら、止まらなくなり、今日はトミーのプレイばかり聴いていました。

このアルバムは全曲、Add More Musicで聴くことができるので、右のサイド・バーからAMMを訪れ、「レア・インスト」ページをご覧になっていただきたい、ということを繰り返しておいてから、AMMで頂戴したファイルをネタにします。

トミー・テデスコのリーダー・アルバムでもっともよく聴いたのはこのTwangin' 12 Great Hitsでした。その理由は、主として、ハリウッド的に洗練したニューオーリンズR&Bとでもいうべきサウンドのほうでした。

f0147840_005152.jpg

このアルバムは好きなトラックが目白押しで悩むのですが、どれでも大丈夫だから、原曲との乖離が面白いこの曲を。音源はAMMのものを拝借しています。

サンプル Tommy Tedesco "Whispering"

どこがWhisperingなのだというにぎやかなサウンドですが、このアルバムは、前回とりあげたHigh Society Twist同様、有名な曲を高速化したトラックが多数収録されていて、基本的にはそういう方針でつくられたものです(箸休めとして、遅い曲も一握りだがある)。

テデスコという人は、セッション・ワークについては、その内容に関心のない人で、依頼されたことをやるだけというタイプだったようです。リーダー・アルバムといっても、これはポップ系の企画盤、彼のメイン・ラインであるジャズではないので、内容には関心がなく、注文どおりに弾いただけでしょう。

f0147840_2348583.jpgこのようなドゥエイン・エディー風トワンギング・サウンドでやっているのはこれ一枚だけです。エディーとちがうのは、あちらが低音弦一辺倒なのに対し、トミーはすべての弦をブリッジ近くで強くピッキングしています。高音になると、あまりトワングしないものだなあ、と笑いそうになります。巻き線じゃない弦では、ああいう効果は出ないのだと、実証してくれました!

ということで、トミー・テデスコは、どんなことでも、やれといわれればやってみせる、というアナザー例証で、その点では面白くはありますが、彼のギターの代表作などといったら、泉下のトミーが気を悪くするでしょう。

しかし、ドラマーはインストでは暴れていいことになっています。1962年、絶頂期にあったアール・パーマーは、ワイルドなニューオーリンズ・スタイルに先祖返りしたように、楽しげにプレイしています。

サンプル Tommy Tedesco "Frenesi"

わたしのタイム感は、ハル・ブレインの時代に培われたもので、彼のタイムがもっとも自然に感じられます。アール・パーマーは、とくにニューオーリンズ時代にそうでしたが、しばしばフィルインですこし拍を食います。トータルとしてのタイムは正確なのですが、小節の中では、ジャストではなく、すこし前にくる拍があります。彼自身は、ニューオーリンズ(最近、土地の人はノーリンズと略すことがあると知った)はキックの使い方がよその土地とはちがうのだといっていますが、それはそれとして、すこし拍が詰まるのは、50年代的なパラダイムといっていいのではないかと思います。

そういうアールのスタイルは、気になるときもあるのですが、こういう文脈では、拍が詰まったところも、南部的な味わいの一要素に感じられます。

このアルバムのトミーのギターは面白くない、といったかのような印象を与えたかもしれませんが、ギター単独のプレイという面ではなく、このアルバムを通じて繰り返される、管といっしょにテーマをプレイするスタイルはおおいに楽しめます。これが、ヴェンチャーズのHawaii 5-0につながった、なんてことはいいませんけれどね!

ヴェンチャーズ Hawaii 5-0


ヴェンチャーズのメンバーはゼロで、ギターはトミー・テデスコ、ベースはキャロル・ケイ、ドラムはCKさんの記憶ではジョン・グェランだそうで、わたしもそうだと思います。耐えられないほどタイムが悪いので、ハル、アール、二人のジムといったエース級ではないのは明らかです。ハリウッド音楽界の大崩壊はジョン・グェランの活躍とともにはじまった、なんていいたくなります。

◆ セッション・ワーク ◆◆
すこし他のアルバムも聴いてみます。こんどはトミーが気を悪くしないであろうトラックを。

トミー・テデスコ Cavatina


映画『ディア・ハンター』のテーマです。映画ではジョン・ウィリアムズがリードを弾き、トミー・テデスコがセカンドをプレイしたそうです。そのときから、トミーは、これは「俺の曲」だと思っていたそうで、あとでカヴァーしたというしだい。

テレキャスターをもったときのトミーはかなりいい加減で、ミスなんか気にしないようなところがありますが、ガット・ギターを持つと人格が変わります。

すこしガットによるセッション・ワークを並べます。

ゲーリー・ルイス&ザ・プレイボーイズ Sure Gonna Miss Her


この曲はアレンジャーのリオン・ラッセルがギター・パートを書いたのですが、何人かが試してうまくいかず、トミーが呼ばれて、ワン・テイクでキメたという伝説が残っています。プレイヤーとしての資質の核心ではないのですが、トミー・テデスコは読譜もすぐれていて、まわりのプレイヤーに教えていたということを、たしかハル・ブレインがいっていました。

アソシエイション Rose Petals, Incense and a Kitten


こちらのほうがトミー・テデスコのガット・プレイの特徴がより明確に出ています。ヴィブラートとピッキングの強さが彼のスタイルでした。ベースはいわれなくてもジョー・オズボーンとわかるサウンド、プレイです。

フィフス・ディメンション Up Up and Away


ドラムはいうまでもなくハル・ブレイン、ベースはジョー・オズボーン、そしてトミー・テデスコはガットのオブリガートをプレイしています。エンジニアはボーンズ・ハウ。まぎれもなく、レッキング・クルーの到達点、代表作のひとつです。この躍動感こそがレッキング・クルーの音でした。

ハル・ブレインのスネア、タムタム、フロアタムにかけるリヴァーブを動的に変化させているボーンズ・ハウの技にもご注目。ディジタル・ミキシングなんてことのできなかった時代なので、ミックス・ダウンのときに、リアルタイムでフェイダーを操作したにちがいありません。まるで楽器を弾くようなものです。

録音からずいぶん時間がたってから、カーラジオで流れてくるのを聴いて、涙が出そうになり、思わずハル・ブレインに電話して昔話をしたという、セッション・ギタリストとしての、トミー・テデスコの代表作、エルヴィス・プレスリー、Memories。作者のひとりは、トミーの同僚、ビリー・ザ・ボス・ストレンジです。



ドラムはハル・ブレイン、ベースは、たしかチャック・バーグホーファーだったと思います。

こういういかにもエンディングにふさわしい曲で終わるのは本意ではないので、あえてにぎやかな曲でしめたいと思います。

リード・ギターはビリー・ストレンジとトミー・テデスコがシェアし、ドラムはハル・ブレイン、ベースはデイヴィッド・ゲイツ、ペダル・スティールがウェイン・バーディック、キーボードがアル・ディローリーというメンバーのワン・ショットのスタジオ・プロジェクト、アヴァランシェーズのアルバム、Ski Surfin'から、タイトル・カットです。

アヴァランシェーズ Ski Surfin'


どちらがどのパートを弾いているか、わたしはビリー・ストレンジさんに質問したことがあるのですが、答えは「もはや俺にもわからない。あのころはトミーとよくリックを交換していた」でした。

ということで、もはやだれにも否定されないことを承知のうえで、楽な当てずっぽうをいうと、最初にメロディーを弾くほうがボス、あとからワイルドなインプロヴをするのがトミーと考えています。

オオノさんのブログにはトミー・テデスコの音源が大量にアップされているので、次回はできれば、そのご紹介をしたいと思います。


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ゲーリー・ルイス&ザ・プレイボーイズ
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by songsf4s | 2011-05-18 23:45 | Guitar Instro
フェンダー・ベース・プレイの夜明け その3──ジョー・オズボーン
 
いま出来上がった記事を貼り付けようとしたら、石原さんのコメントがあったので、そちらにあげられていたチャック・ベリーの曲を先に貼り付けておきます。



このときもプレイヤーはウィリー・ディクソンなのでしょうか。チャック・ベリー・ボックスを手離してしまったので、もはやパーソネルはよくわかりません。エレクトリック・ベースのスタジオでの使用例としても、やはりごく初期のものということになるでしょう。

ということで、こちらを解決篇にさせていただきつつ、しかし、あれこれベースを聴いて、いろいろ思ったこともまだあるので、今回は蛇足で、さらにいくつか曲を聴くことにします。

そのまえに、コメント欄に書いたように、過去の記事で使った写真を貼り付けておきます。キャプションも、オリジナル記事のものをそのままコピーしました。

f0147840_013523.jpg
ネルソン家の人びと。ドラマのセットは、じっさいのネルソン邸のコピーだったので、写真を見ても、ドラマなのか、現実なのか、判然としない。


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ごく初期のリック・ネルソン・バンド。芳紀十六歳の国民的ティーネイジ・アイドルと、これまたティーネイジャーだったジェイムズ・バートン(右)。まだジョー・オズボーンは参加していなくて、このときのベースはジェイムズ・カークランド。


f0147840_035772.jpg
ミスター・テレキャスターとそのギター。ウッソー、テレキャスじゃなくて、グレッチじゃん!


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ミスター・テレキャスターとそのギター。ウッソー、テレキャスじゃなくて、リッケンバッカーじゃん!


いまになってよく見れば、カークランドがもっているのは、k_guncontrolさんがコメントに書かれていたリッケンバッカーの4000に思われます。手前のペダル・スティールにもリッケンバッカーのロゴがあり、これはリッケンバッカーのプロモーション・ショットにまちがいありません。

ということで、バートンは写真にいっしょに収まるだけでなく、リッケンバッカーやグレッチをスタジオで使った可能性もあるのではないかと思います>k_guncontrolさん。

◆ ミスター・ゴーゴーのグルーヴ ◆◆
k_guncontrolさんの最初の設問はビートルズのデビュー以前のことにかぎっていたのですが、今日はそこからはみ出して、すこしジョー・オズボーンの後年のプレイを聴いてみます。

リック・ネルソンの人気は1963年のデッカ移籍以降、衰えていき、リックはツアー・バンドの維持をやめます。その結果、ジェイムズ・バートンはスタジオ・ワークをするようになり、ジョー・オズボーンはべつのバンドのレギュラーになります。ジョニー・リヴァーズの出世作、At the Whiskey A-Go-Goから、ドン・ギブソンの大ヒットのカヴァー、Oh Lonesome Me。



もう一曲、同じくウィスキー・ア・ゴーゴーのライヴから、You Can Have Her。



ジョニー・リヴァーズがスターになるのを、オズボーンはグルーヴの面から助けたと思いますが、わたし自身が感銘を受けたのは、デビュー盤ではなく、ジョニー・リヴァーズが微妙に方向転換を試みた、3曲目のヒットになるこの曲。ドラムズはハル・ブレイン、やっぱりドラムがいいとベースも冴えます、

サンプル Johnny Rivers "Mountain of Love"

いや、この曲はI Saw Her Standing Thereよりあとなので、ポール「に」影響を与えたわけではなく、ポール「が」影響を与えた可能性があります。もう一回、I Saw Her Standing Thereを聴いてみますか? 先年のUSBボックスのステレオ・リマスター・ヴァージョンをダウンサンプルしたMP3をアップしました。

サンプル The Beatles "I Saw Her Standig There" (USB Stereo)

ジョー・オズボーンもポール・マッカートニーも、甲乙つけがたい名手ですが、似たようなフレーズを弾いても(もちろん片やシャッフル、片や8ビートという大きな違いがあるが)、ずいぶん異なったノリになるものだと改めて感じます。

じつは、生まれて初めてベース・ラインをコピーしたのは、このMountain of Loveでした。子どものとき、ベースのグルーヴの重要性を痛感させられた曲のなかでも、もっとも忘れがたいものです。

もう一曲、ベースがグルーヴを作ることを教えてくれたものがあります。

ビートルズ I Call Your Name


◆ スタジオ・プレイヤー時代 ◆◆
あと数曲、わたしの好みというより、ジョー・オズボーンがいかに多くの大ヒット曲でプレイしたかを示すために、クリップを列挙することにします。相方のドラマーはすべてハル・ブレインです。

ママズ&ザ・パパズ California Dreaming


サイモン&ガーファンクル Bridge Over Troubled Water


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カーペンターズ We've Only Just Begun


プレイの良し悪しは気にせず、どなたもご存知の大ヒット曲を選んだのですが、さすがはジョー・オズボーン、いずれもどこかに聴きどころがあります。いや、ハル・ブレインもきっちりやるだけのことはやっていて、やはり時代を背負って立った人たちは、ものがちがいます。

ありゃ? 今日は、ちらっとイギリスのベース・プレイヤーたちの仕事ぶりも見て、この一連のベース話に締めくくりをつけるつもりだったのですが、ちょっと大きな地震があったせいもあって、最後の最後で時間が取れず、もう一回だけベース話を続けさせていただくことにします。


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by songsf4s | 2011-04-21 21:23
フェンダー・ベース・プレイの夜明け その2──ジョー・オズボーン
 
ポール・マッカートニーがEMIの録音に不満足で、メンフィスで録音しようとしたという、あまり知られていないエピソード(以前、しばしばメールを交換したジョゼフ・スコットが書類を発掘して教えてくれた)が強く頭にこびりつき、ポールのインスピレーションの源泉はダック・ダンだと信じていました。

f0147840_23521746.jpg

いや、間違っていたわけではありません。ポールが、MG'sやオーティス・レディングやウィルソン・ピケットなどの録音でのダック・ダンのプレイを意識していたのはまちがいありません。

ただし、それはビートルズのデビュー後の話であって、前回ご紹介した、k_guncontrolさんの「I Saw Her Standing Thereのような、ストレートに8分で弾くフラット・ピッキングによるエレクトリック・ベースのプレイは、どの曲を淵源とするのか」という疑問に対する回答にはなりえないことを、あとから調べて確認しました。ダック・ダンがMG'sに入ったのは、ビートルズのデビュー後である1964年だからです。

◆ I Got a Feeling ◆◆
ということで、話はやはりジョー・オズボーンにもっていくべきかもしれませんが、こちらも、やはり一筋縄ではいかないのです。

まず、一曲お聴きいただきましょうか。音はよくないのですが、やはり動画があったほうがいいので、例によってドラマから抜き出したクリップでどうぞ。

リック・ネルソン I Got a Feeling


フェンダーによるストレート・エイスのプレイ、というk_guncontrolさんのご注文にぴったりの曲です。

画面ではジェイムズ・カークランドがアップライトをプレイしていますが、録音したのは彼ではないでしょう。音のほうはフェンダーベースで、カークランドがフェンダーをプレイするなら、ジョー・オズボーンとの交代はなかったと考えられるからです。

では、このベースはだれがプレイしたのでしょうかね。いや、ジョー・オズボーンではないと思います。前回も書いたように、オズボーンがリック・ネルソン・バンドに入ったのは1961年、どれほど早く見積もっても60年のことだと考えられます。このI Got a Feelingのリリースは1958年9月なのです。

クリップの音はひどいので、もう少しいい音のサンプルも用意しておきました。ジョー・オズボーンのグルーヴかどうかは、音質が悪いと判断できないでしょうから。

サンプル Ricky Nelson "I Got a Feeling"

わたしの耳にはオズボーンのプレイには聞こえません。では、レイ・ポールマンに聞こえるかというと、そういう感触もありません。いったいだれなのか知りたいところです。どなたか、この曲のパーソネルをご存知の方がいらしたら、ぜひご教示を願います。

◆ リック・ネルソン・バンド時代のジョー・オズボーン ◆◆
オズボーン、オズボーンと騒いでいるのだから、オズボーン加入後のトラックをいきます。

リック・ネルソン I Got a Woman


リック・ネルソン Gypsy Woman


うーん、このドラムはリッチー・フロストじゃないでしょう。ハル・ブレイン以外にこんなプレイをする人がいるとは思えません。リッキー・ネルソンは、60年代にハリウッドでレコーディングしながら、ハル・ブレインとほとんどかすっていないきわめて例外的なシンガーですが、やっぱり、ゼロということはなく、多少はハルのトラックがあって当然です。

ビートルズのデビュー後のリリースですが、いかにもオズボーンらしい、ブンブン歌いまくるプレイで嬉しくなってしまうのは、やはりこのトラック。

リック・ネルソン Fools Rush in


この曲のスネアは、リッチー・フロストではなく、リック・ネルソン自身がプレイしたそうです。けっこうきちんとやっています。フロストはハイハットをプレイしたと書かれていました。

しかし、さすがはアイドル・スター、ほしいクリップがみな当時の動画つきであるのだから驚きます。ちゃんとジェイムズ・バートン、ジョー・オズボーン、リッチー・フロストまで出演しているのですからね。

ジョー・オズボーンの話は次回もつづけるつもりですが、今日はここまで。いや、次回、忘れるといけないので、ショート・バイオ・クリップを貼り付けておきます。



途中で、例の変なサングラスをかけたキャロル・ケイさんとの2ショットが出てくるのをお見逃しなきよう。


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by songsf4s | 2011-04-19 23:43
フェンダー・ベース・プレイの夜明け その1──コニー・スミスとジョー・オズボーン
 
本題に入る前にお知らせ。散歩ブログを更新しました。

今回の外題は「春の山 土筆尽くされつくづく土筆」です。

それから、当ページ自体も(作業をしたのはわたしではなく、パートナーだが)すこし改変しました。上端に各年度ごとのインデクスへのリンクをつけ、下端には各種特集の一覧をおいて、ナヴィゲートしやすくしましたので、ご利用をお待ちしております。

◆ Lucille ◆◆
さて、コメントをご覧になる方はお気づきでしょうが、先日から、k_guncontrolさんのコメントにお答えしようと、初期のフェンダー・ベース・プレイヤーのあれこれについてコメント欄に書いています。

こういうことは、やはり音そのものを例示しながらのほうがやりやすいので、これまでのポイントの整理を兼ねて、コメント欄から記事本文へと引っ越してつづけさせていただきます。

まず、k_guncontrolさんの最後のコメントの一部を引用させていただきます。

「最初の質問でちょっと言葉が足りなかったのですが、具体例を挙げると"I Saw Her Standing There"などで聴ける、ピック弾きによる8分音符の連続のフレージングと、50年代ロックとは異なるノリは、誰/どの曲がルーツなのか、ということを知りたい、というのがそもそもの主旨でした。」

ビートルズ I Saw Her Standing There


このようにスペシファイすると、一般論と違って、なかなかむずかしくます。わたしは、ルーツはひとつではないと考えます。

第一のルーツは、フェンダー・ベースでもなければ、フラット・ピッキングでもなく、アップライト・ベースによるものではないでしょうか。すなわち、リトル・リチャードのLucilleにおけるフランク・フィールズのプレイです。

リトル・リチャード Lucille


これは史上最初の8ビートの曲で、シンバル、ベース、ギターがそろって8分でプレイしています。こういう発想、グルーヴは、このときに誕生しました。そして、I Saw Her Standing Thereも、ポールはフランク・フィールズと同じようにストレート・エイスによるプレイをしています。

ただし、Lucilleのころには、まだフェンダー・ベースという楽器は一般的ではなく、一握りのプレイヤーしかいませんでした。フィールズももちろん、旧世代のベース・プレイヤーで、アップライトしか使っていません。

◆ Summertime Blues ◆◆
フェンダー・ベースをスタジオ機材として利用した黎明期の大ヒット曲としてわたしが記憶しているのはこの曲、アール・パーマー・オン・ドラムズ、コニー・スミス・オン・ベース、エディー・コクラン、Summertime Blues



ここでコニー・スミスはフェンダー・ベースを8分で、なおかつ、フラットピッキングでプレイしています。スタジオでフェンダー・ベースを使った曲としても、ごく初期のひとつでした。フェンダー・ベースはまだ一般的というには程遠く、ほとんどのトラックではアップライトが使われていました。

以上の二曲を組み合わせると、I Saw Her Standing Thereにおけるポールのプレイ・スタイルは導き出せるとわたしは考えます。典型的な50年代ロックンロールではなく、というのがk_guncontrolさんのお望みですが、50年代にはすでに基本的なものはあったと感じます。

ただし、こういう風にピンポイントでヒントとなったものを狭めて考えていいかどうかは微妙だと感じます。特定の曲やプレイが前提になっているわけではなく、先行する音楽の総体から、なんとなく導き出されたというケースもしばしばあったことでしょう。

したがって、当事者が、これはこの曲がもとになっている、と明言しないかぎりは、ここに淵源がある、と断ずるのは困難だと感じます。「このあたりと想定することができる」ぐらいのニュアンスでしか、第三者には語れないと思うのです。

◆ ジョー・オズボーン登場 ◆◆
ハリウッドのスタジオでは、50年代も押し詰まったころからフェンダー・ベースが必要とされるようになり、キャロル・ケイさんにうかがったところでは、当初はギターが本業のレイ・ポールマンがその役割を担い、ほとんど一手販売の様相を呈したそうです。この状況は63、4年までつづきます。

したがって、ヴェンチャーズのベースはだれがプレイしたか、などと考えるときは、じつはあまり悩まずに、いや、極論するなら、一曲たりとも、一音たりとも聞かずに、状況から、レイ・ポールマンと断定してしまってもかまわないのです。ほかにはプレイヤーがいないも同然だったのですから。

ただし、レイ・ポールマンは親指フィンガリングなので、ちょっと変わったグルーヴのため、今回の考察の対象にはなりません。

63年には、リック・ネルソンがツアー・バンドの維持をやめ、64年ごろからフリーになったジェイムズ・バートンとジョー・オズボーンのスタジオ・ワークが増えることになります。同時に、キャロル・ケイさんがベースをプレイするようになり、また、ラリー・ネクテルのスタジオ・ワークも散見するようになります。

ビートルズのアメリカ上陸と軌を一にして、ハリウッド音楽界に、その後の数年間を支える代表的フェンダー・ベース・プレイヤーが輩出したのは、やはり、ある種の必然だったのでしょう。

ジョー・オズボーンは、たぶん1961年、アップライトのジェイムズ・カークランドに替わってリッキー・ネルソン・バンドのレギュラーになります。つまり、キャロル・ケイさんとちがって、ビートルズ登場以前のベース・プレイが記録されているということです。

時間が足りず、今回はごく初期のプレイが聞ける、リッキー・ネルソンのヒット曲をふたつあげるにとどめます。

Hello Mary Lou


Travelin' Man


じつは、ジョー・オズボーンがプレイしている姿というのは、今回はじめてみました。ツイッターにも書きましたが、あの時代、アメリカで生活していれば、こういうクリップを毎日のように見られたわけで、毎度ながら、彼我の落差に腹立たしさを感じます。

とりあえず、ジョー・オズボーンのプレイがどうこうではなく、リッキー・ネルソンのヒット曲になってしまいましたが、次回、もう少しプレイを中心にいくつか聴くことにします。


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by songsf4s | 2011-04-18 23:36