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『俺は待ってるぜ』さらに補足 高村倉太郎撮影監督の回想 その2
 
高村倉太郎は、撮影監督として、九人の新人監督のデビュー作を担当したと云っています。

できあがった映画がそれなりの評価を得ないと助監督に戻されてしまうケースもありますね、というインタヴュワーに、高村倉太郎は、そこがいちばん気になるところ、とこたえています。

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監督の意図はなるべく尊重しなくてはいけないが、そのまま撮ればいいかというと、かならずしもそうではない、といい、そして、蔵原惟繕新人監督の『俺は待ってるぜ』について、以下のように云っています。

「たとえば蔵原惟繕くんのときなんて、僕がかなりいろいろいいました。ただ、それは自分の好みというより、監督が作品をどういう意図でまとめようとしているのか、そのことから判断して、やり方としてはそれよりこっちの方がいいんじゃないのかって、ずいぶん意見を言い合ったことはあります」

前回は、この前段を省いて、高村キャメラマンが、蔵原監督の意図に反対した事実だけを書いてしまったというしだいです。

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◆ 日活のスクリーン・プロセス ◆◆
改めて説明するのはお客さん方に失礼でしょうが、「スクリーン・プロセス」という撮影技法があります。あらかじめ撮影した風景などをスクリーンに映写し、その反対側で、映写された画像を前に俳優が演技するのをキャメラで撮影するものです。

もっともよくあるタイプはたぶん、自動車内部での撮影を、ロケでおこなわず、スクリーンに背景を映して、その前に自動車内部の大道具をおき、そのなかで俳優が演技するというものでしょう。

しかし、とりわけカラー映画の場合、スクリーン・プロセスによる撮影だということは、観客には見え見えになってしまい、しばしば興を殺がれることになります。舞台劇でも見るように、「これは約束事だから」と諦めるわけです。

高村倉太郎が雑誌に書いたところによると、スクリーン・プロセスでは、映写機と撮影機の回転が同期しないと、映写画面が暗くなり、前景の芝居の絵と落差が生まれてしまうのだそうです。つまり、見え見えのバレバレになってしまう、という意味です。

『俺は待ってるぜ』では、レストラン「リーフ」の内部から、窓ガラスを通して外部が見える昼間のショット、すぐ外の引込線を列車が通過する場面で、スクリーン・プロセスが使われています。

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下手から上手へと蒸気機関車に牽引された貨物列車が通過する。

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スクリーン・ショットではわかりにくいだろうが、機関車なので煙りを吐かせている。

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左は小杉勇、右は北原三枝

モノクロ映画だとスクリーン・プロセスはバレにくいもので、『俺は待ってるぜ』のこのショットも非常にうまくいっています。関係者が、いや、あれはスクリーン・プロセスじゃない、新港のオープン・セットは張りぼてではなく、内部までつくってあり、あのショットはオープン・セットで撮った、なんて証言したら、そうだったのか、なんてあっさり信じてしまうでしょう。

高村倉太郎はこのショットについて、日活には(たぶんアメリカ製の)新しいスクリーン・プロセスの機材があったので、映写機とキャメラを同期することができた、と答えています。

自動車内部から通りと他の自動車を撮ったスクリーン・プロセスの場合、対象との距離感が動的に変化し、それがスタジオで撮影された前景と齟齬が起きる原因になりますが、『俺は待ってるぜ』の場合、キャメラはまっすぐうしろにわずかに引くだけなので、距離感の動的変化が小さく、それがリアリティーの確保に寄与していると思います。

◆ キャバレーのデザインとクライマクス ◆◆
ここからは結末にかかわることを書くので、『俺は待ってるぜ』は未見、いずれ見ようと思っているという方は、ここでおやめになったほうがいいでしょう。

高村キャメラマンは、蔵原監督とときには徹夜になるほど綿密に打ち合わせをしたと語っています。「玉木宏樹「日活での凄い体験」(『猛毒!クラシック入門』より)」という記事に、徹夜続きで藤田敏八監督が音楽の打ち合わせの最中に眠ってしまった話を書きましたが、蔵原惟繕も『俺は待ってるぜ』の撮影で極度の睡眠不足になって、高村倉太郎がとにかくすこし眠れと説得したことがあったそうです。

その二人のあいだでやりとりされたこととして、クライマクスのキャバレーでの石原裕次郎と二谷英明の殴り合いをどう撮るか、という点を高村倉太郎はあげています。

蔵原監督は、(日活アクションの酒場の乱闘シーンにはよくあったことだが)、客が入った営業中のキャバレーで石原裕次郎と二谷英明に闘わせたかったそうです。

しかし、高村キャメラマンは、そのやり方だと「順撮り」(シーン順に撮影していく)にしなくてはならず、時間がかかる、子分が大勢いるのだから、営業が終わった直後に裕次郎がやってきて殴り合いになる、という設定にしようと提案したそうです。

たしかに、客がいると、悲鳴やら、逃げる人やら、壊れる什器やらで、変化をつけやすくなるでしょう。しかし、スケデュールはすでにきびしいことになっていたにちがいありません。時間をかけて順撮りをやれる状況ではないと判断し、高村倉太郎は、状況と表現手法を現実的な観点から摺り合わせて、妥当に思える現実的なやり方を監督に提案したのでしょう。

また、脇の些事にすぎませんが、客もいないのに、二谷英明のいわば「いじめ」で、北原三枝がステージにあがって、無伴奏で歌っているというのは、これで、折衷案だったのだと理解できました。営業は終わっているが、ステージに歌手がいて、照明が当たっているというキャバレーらしさを醸すために、北原三枝はさらし者のようになり、「もっと歌え」といわれているのです。

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あくまでも結果論なのですが、この石原裕次郎と二谷英明のファイトは、後年の日活アクションによく見られる、「いちおう殴り合いらしくしてみました」というレベルのものではなく、「やはり初期のものにはrawな魅力があるなあ」と納得させられるシークェンスになっています。

そうなったのは、主として石原裕次郎と二谷英明の献身的な動きと、後年、日活アクションのスタンダードになる殴り合いでの長回しをせず、細かくカットを割ったおかげだと感じます。

このシークェンスには面白いアイディアがあります。キャバレーの床の一部、畳三畳ぐらいの面積を15センチ四方ぐらいのガラスブロックを敷きつめたものにしたことです。ここにライトを入れ、下から人物を照らすことで、独特の緊張感を生み出しています。

これは美術監督(松山崇)が撮影前に用意したものではなく、蔵原監督や高村キャメラマンとの話し合いのなかで生まれたアイディアだったようです。

水の江滝子プロデューサーは『俺は待ってるぜ』を見て、フランス映画みたい、と喜んだと高村倉太郎は回想しています。以前の記事にも書きましたが、わたしも同感です。じつにシックな映画になったと思います。その裏には、高村倉太郎という、すぐれたキャメラマンがいて、新人監督の希望を理解しつつ、全体の仕上がり、つながりを念頭に、現実的な提案でうまく監督を補佐していったのだということが、『撮影監督高村倉太郎』を読んで、よくわかりました。

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◆ 「いろいろな交流」 ◆◆
最後に、ささいなことなのか、重要なことなのか、よくわからないながらも、ちょっと引っかかった点を書いておきます。

インタヴュワーの、石原裕次郎をスターとして売り出そうという意図のある映画に、新人監督を起用するのは不思議だ、蔵原惟繕は助監督時代から評価されていたのか、という質問に対し、高村倉太郎はこう答えています。

「もちろん、評価されていたでしょうね。それで水の江さんといろいろ交流がありましたからね」

なんだか不明瞭な言い方で、どうとでも解釈できそうですが、要するに、蔵原監督は水の江プロデューサーのお気に入りだったということでしょう。

この『撮影監督高村倉太郎』という本のはじめのほうで、まだ高村キャメラマンが松竹にいた時代のことが語られています。映画作りの本質とは関係のないことなのですが、木下恵介は、チーフ助監督の小林正樹より、セカンドの松山善三を重用し、彼ともうひとりの助監督に身の回りの世話までさせていたと云っています。理由は松山善三がハンサムだったから。

映画監督の性的嗜好のことは、わたしは重要だとは思っていません。しかし、人から好かれるというのは、べつに映画といわず、どこの世界でも、成功の助けになります。いずれ成功する人でも、人から好かれれば、成功の時期は早まります。

ひるがえって、無精髭を生やし、腰に手ぬぐいをぶらさげ、サンダルで歩きまわっていた、身だしなみのよくない映画監督、鈴木清順のキャリアのことに思いが飛びました。人から好かれないこと、とりわけ首脳陣に疎まれたことが、彼の映画人生、とくに日活での仕事に大きく影響したような気がしてきたのです。

目下、鈴木清順インタヴュー『清順映画』という本を読んでいるので、そのあたりは近々考えてみたいと思います。



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俺は待ってるぜ [DVD]
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書籍
撮影監督高村倉太郎
撮影監督高村倉太郎
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by songsf4s | 2012-11-07 23:57 | 映画
『俺は待ってるぜ』さらに補足 高村倉太郎撮影監督の回想 その1
 
せいぜいひと月ぐらいと思っていた更新中止が長引いて、定期的にチェックされているお客さんには申し訳ないことと恐縮しております。

細部をすっ飛ばして、できるだけ簡単に書くと、以下のような事情です。

悪法が成立した→MP3サンプルの上げ下げはこの法律に抵触する恐れがある→MP3は使いにくくなった→ユーチューブにクリップとしてあげるのが目下のところもっとも簡便な迂回策である→ちょっと試したが、PCが不調で落ちやすく、flv作成ソフトもちょうどいいものが見あたらない→面倒になった。

結局、抜本的な解決策のひとつは、PCのはらわたの換装なのですが、昔と違ってシステムを組むのも面倒になってしまい、先送りにしています。ツイッターとメールぐらいだったら、いまのままでも十分ですから。

上記の法律が施行されたので、記事中においているMP3サンプルのストリーミングは中止しました。記事を書き換えるのは煩瑣なので、リンクは書き換えないまま、リンク先にアクセスできないように処置しました。

ストリーミングしかできない仕様ならいいのですが、どこも落とす選択肢があるので、リンクを削除するか、リンク先をアクセス不能にするか、ファイルないしはアカウントを削除するぐらいしか打つ手がなくなってしまったしだいです。ご寛恕を。

◆ 松竹から日活へ ◆◆
ということで、本格的な再開はCPUを交換して後のことになるでしょう。今回は、手もとに『撮影監督 高村倉太郎』という本があるうちに、ちょっと補足を書いておくだけの、一時的な復活です。

高村倉太郎キャメラマンは、日活が製作を再開したときに各社から引き抜かれたスタッフのひとりで、鈴木清太郎、すなわち鈴木清順同様、松竹にいたのを、かつて松竹に在籍した西河克己(吉永小百合と浜田光夫の青春映画群で知られる)にリクルートされたそうです。

いま撮影監督としての高村倉太郎の代表作をあげるなら、『幕末太陽傳』『州崎パラダイス 赤信号』、『南国土佐を後にして』も含む渡り鳥シリーズ、『紅の流れ星』あたりが妥当でしょう。

鈴木清順は、監督昇進と給料三倍という条件で日活に移ったと語っていました。高村倉太郎はすでに助手ではなく、キャメラマンに昇格済みだったからだと推測されますが、給料は倍額という約束だったそうです。

しかし、問題は金よりも、勤続年数や先輩後輩の縛りがきつくないことのほうが大きな魅力だったと高村倉太郎は回想しています。じっさい、日活関係者はしばしばその点に言及しています。

松竹に比較しての話でしょうが、日活首脳陣は、現場のやり方にあまり口を挟まなかったと高村倉太郎は証言しています。となると、鈴木清順の馘首の事情について、また想像をたくましくしそうになりますが。

◆ 『俺は待ってるぜ』の撮影 ◆◆
石原裕次郎の代表作、それも初期のものではあるし、フォトジェニックな側面でもすぐれた映画だったので、『撮影監督高村倉太郎』でも、『俺は待ってるぜ』は詳細にコメントされています。

本の記述の順序は無視して、シーン順に見ていきます。なによりもまず、タイトルが気になります。

『俺は待ってるぜ』ダイジェスト


このクリップには肝心の部分が出てきませんが、タイトルのあいだ、雨粒が落ちて、水溜まりが揺れています。雨がやんで、水溜まりの表面が静かになると、「監督 蔵原惟繕」と出ます。

レストラン「リーフ」とその前を行く機関車からしてすでにきわめてスタイリッシュな絵になっていますが、この水溜まりの水面による雨降りと雨上がりの表現は、気取りの駄目押しとでもいったところで、立ち上がり、第一ラウンド2分57秒に繰り出された、別れ際の鋭いストレートに感じます。

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このあと、リーフの電飾が消え、ダスターコートを羽織った石原裕次郎が外に出てきて、ドアに鍵をかけ、封書を投函した帰り、山下公園の岸壁に佇む、コートにレイン・ハットの北原三枝に目をとめ、声をかけます。

高村倉太郎の回想によると、当初、蔵原監督は、このシークェンス全体を雨中の出来事にしようと考えていたそうです。

しかし、高村キャメラマンは、それはダメだと反対しました。雨が降っていると、二人の主役は傘を差して登場することになる。最初から傘の中はダメ、観客に顔を見せなければいけない、と蔵原監督を説得し、あの水溜まりによる雨降りと雨上がりの表現を代案としたのだそうです。

これは、高村倉太郎が松竹で訓練された結果なのでしょう。たとえば松竹では、人物をシルエットにするのは御法度だったそうです。夜の場面でも、きちんと顔にライトを当て、観客に表情を見せるようにと首脳陣が注文をつけたのだとか。

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いえ、高村倉太郎は、シルエットをやりたかったそうです。だから、松竹首脳陣ほど厳密なコードに縛られていたわけではありません。

それでもなお、タイトルが終わった、さあ主役が登場する、という場面でスターの顔が見えないというのは、高村キャメラマンとしては許容できない逸脱表現だったということです。結果から見て、高村案は正鵠を得たものだったと思います。

そのシルエットですが、『俺は待ってるぜ』でじっさいに使われています。以前、「蔵原惟繕監督、佐藤勝音楽監督『俺は待ってるぜ』(日活) その2」という記事でそのショットをキャプチャーしましたが、ここに再度貼り付けます。

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明確にはわかりませんが、たぶん、山下公園の海に向かって右手、倉庫が並ぶ岸壁で、北西にレンズを向けて撮影されたと思うのですが、問題があります。横浜港で、西陽が水面で反射してキラキラ見える場所というのは、ごくかぎられるのではないか、ということです。ひょっとしたら、朝陽だったのかもしれません。

次回も高村倉太郎の回想を書きます。


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書籍
撮影監督高村倉太郎
撮影監督高村倉太郎
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by songsf4s | 2012-11-05 22:22 | 映画