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お知らせ
 
引っ越しすることになりました。
ブログのことではなく、住居のことです。

できれば、転居前に一度、ふつうの更新をしようと思ったのですが、なかなか落ち着かず、ついに思うようになりませんでした。

引っ越したからといって、当家がどこかよそに移転したり、閉鎖したりということはありません。しかし、不精者だし、不確定要因もあったりして、ISPの申込みに手間取り、移転先でのADSLの開通までには、あと2週間ほどかかりそうです。

したがって、それまでのあいだ、また長い休止となることはほぼ間違いないので、その間に訪れてくださっても、新しい記事はないだろうと思います。

コメントについては、パートナーが随時チェックする予定なので、問題のないものは公開できるでしょう。ただし、レスを書くのは、新居のADSL開通後となるでしょうから、どうかあしからず。

また、ツイッターでフォローしてくださっても、フォローを返せるのは、やはりADSL開通後になりますので、ご承知おきください。

不可解な法律が通った結果、当家のやり方もいくぶんか影響を受けることになるでしょうが、そのへんは二週間のあいだによく考え、再開後に明らかにしようと思います。

それでは、しばしのあいだ、みなさまお元気で。
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by songsf4s | 2012-06-22 23:49 | backstage news
田坂具隆監督『陽のあたる坂道』(1958年、日活、美術・木村威夫、音楽・佐藤勝) その3
 
以前、山崎徳次郎監督『霧笛が俺を呼んでいる』をとりあげたときに、「木村威夫タッチのナイトクラブ」という記事を書きました。これに加えて、鈴木清順監督『東京流れ者』のクラブ〈アルル〉のデザインをご存知だと、木村威夫が1958年の『陽のあたる坂道』で、どういうクラブをデザインしたかを見る興趣はいや増すことになります。

◆ ジャズとウェスタン・スウィングのはざまで ◆◆
倉本たか子(北原三枝)は田代くみ子(芦川いづみ)が大好きだというジミー小池というシンガーのステージを見に行くことになります。目的地は銀座裏の〈オクラホマ〉という店です(原作も店の名は同じ。オクラホマなんて農業地帯じゃないか、ヒルビリーは盛んだったかもしれないが、音楽的な土地とはいえんだろうとあたくしは思うけれど、当時はこれで十分に「ヒップ」に感じられたのだろう)。

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先に申し上げておきますが、わたしは、この種の「ジャズ喫茶」には行ったことがありません。「この種」とはどういう種かというと、ライヴを主たるアトラクションとし、三桁の収容人員があり、50年代終わりから60年代にかけて、モダン・ジャズではなく、「ロカビリー」を売り物にした店、というタイプです。

わたしが知っている「ジャズ喫茶」は、いまでも残っているであろうタイプの、名曲喫茶が横にずれて、クラシックではなく、モダン・ジャズの盤をかけるようになった、ロックンロール・キッドには辛気くさくてかなわない店だけです。新宿に有名な店があり、いくつか行ったことがあります。

ロック系ですが、渋谷のブラックホークなんかも、静かに聴け、という教室みたいに馬鹿馬鹿しい雰囲気でした。あれを思いだすと、日本は音楽を楽しむ国ではないな、と腹が立ってきます。

ジャズ喫茶がどうしてロカビリーのライヴ・ジョイントに化けてしまったのか知りませんが、銀座のACB(あしべ)が、ノーマルなジャズ喫茶(つまり名曲喫茶のジャズ版および4ビートのライヴ)として出発しながら、途中で経営方針を変え、ロカビリー歌手を出演させて、大当たりをとったことから、名前と実態が乖離していったようです。

『陽のあたる坂道』の〈オクラホマ〉のシークェンスは、以上のような「ジャズ喫茶」の振れ幅の右と左を音楽的に表現しています。意図したものか、偶然の結果か、そこのところはわからないのですが。

まず、北原三枝と芦川いづみが店に入っていくときにプレイされている音楽を聴いてみます。

サンプル 佐藤勝「クレイジー・パーティー・ブギー」

いつもは恣意的にタイトルをつけていますが、これはGo Cinemania Reel 2という編集盤に収録されたときのタイトルです。佐藤勝と書きましたが、演奏しているのは、クレジットもされている平野快次とドン・ファイブだろうと思います。リーダーの平野快次はベース・プレイヤーだそうです。

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この曲、大人になって『陽のあたる坂道』をテレビで再見したときも、ちょっとしたもんだな、と思いましたが、年をとって聴くと、もう一段ランク・アップして、かなりのもんだね、と思います。やはり、ビーバップの影響なのでしょう。

ウォーデル・グレイとデクスター・ゴードンのMove (Jazz on Sunset)を連想しましたが、ウェスト・コースト・ジャズの震源であった、このコンボの曲も脳裏をよぎりました。ドラムはシェリー・マン、トランペットはショーティー・ロジャーズ。ちょっと音が悪くて相済みませぬ。手元のやつはもっとずっといい音で、もっとずっとホットなのですが。

Howard Rumsey's Lighthouse All Stars - Swing Shift


こういう、元々はダンス・チューンであったはずなのに、やっているうちにうっかりダンスの向こうに突き抜けてしまった、てな調子の音楽は、モダン・ジャズのうっとうしさとは対極にあって、じつに好ましい音に感じます。

平野快次とドン・ファイブの「クレイジー・パーティー・サウンド」に話を戻します。

ロカビリー歌手が出演しそうな雰囲気の「ジャズ喫茶」ですが、この音楽はロカビリーではなく、ストレートなジャズです。ドラムはミス・ショットもあるし、タイムもきわめて精確とは云いかねますが、やりたいことはよくわかりますし、ホットなところは好ましく感じます。ロックンロールとは異なり、ジャズではグルーヴの主役はベースなので、結果として、おおいに乗れるグルーヴになっています。

平野快次とドン・ファイブのプレイが終わると、MCがジミー小池、すなわち、くみ子が熱を上げているシンガーを紹介します。映像なし、音だけのクリップですが。

ジミー小池(川地民夫)「セヴン・オクロック」


歌詞の意味は映画の後半でわかるので、それまでは判断保留としてください。

川地民夫は、石原裕次郎の家の近所に住んでいたとかで(だから地元の逗子開成に通った。谷啓も逗子開成)、裕次郎がスタジオに連れてきて、日活が採用したという話が伝わっています。この映画が最初の仕事で、役名のファーストネームを芸名にしました。

歌は下手ですし、英語の発音も「うわあ」ですが、なんというか、役者の歌はこれでいいというか、肝が据わっている点はおおいに買えますし、まったく照れていないところも立派で、十分に楽しめる「音楽」になっています。素人にしては上々の出来。

そういっては失礼ですが、川地民夫、いい加減そうに見えて、さすがにこのときはロカビリー・シンガーのステージやエルヴィスの映画を研究したのじゃないでしょうか。歌手としての動きはそれらしくやっていて、その点もこのシーンを楽しくするのに貢献しています。スター・シンガーの雰囲気をしっかり醸し出しているのは、新人俳優としてはおおいに賞賛に値します。

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音楽。ロカビリーといっていいのでしょうが、そのまま平野快次とドン・ファイブがプレイしていることもあり、また8ビートではなく、速めのシャッフルでもあり(いや、ストレートな4ビートに近いか)、非常に折衷的な音に聞こえます。きわめてジャズ的なシャーシに、ポップな気分と楽曲とスタイルというボディーを載せた、といったあたり。

しかし、佐藤勝という人も、ほんとうにヴァーサタイルで、映画音楽のプロはこうでなくてはつとまらんのだろうと思いつつも、えれえオッサンだな、と呆れます。

クリップが削除された場合に備えて、映画から切り出したサンプルも念のために置いておきます。この曲も、「クレイジー・パーティー・ブギー」同様、Go Cinemania Reel 2に収録されています。この盤はもっていたように思うのですが、HDDには見あたらず、以下は映画から切り出したものです。

サンプル 川地民夫「セヴン・オクロック」

◆ 縦の視線 ◆◆
ここまで、田代家や倉本たか子のアパートのように、重要なセットが出てきても、あとでまとめて検討することにして、立ち止まりませんでしたが、〈オクラホマ〉のデザインについては、先送りせずにここで見てみます。

北原三枝と芦川いづみは、店内に入ると、直径の小さい螺旋階段を上って二階に行き、階下のステージに正面から向き合うあたりに席を取ります。これは演出しやすいようにデザインした結果、最適の場所はここと決まったのでしょう。

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ジミー小池=川地民夫がステージに上がると、この席の意味がはっきりします。倉本たか子は、くみ子が好きだというのはどんな歌手なのかという興味でこの店に来たのですが、彼が登場してみたら、同じアパートの「民夫さん」だったのでビックリ。その近所の坊主に向かってくみ子が「ジミー!!!」と叫ぶのでまたビックリ。

そのジミー小池は近所の「お姉ちゃん」が席にいるのを見つけて合図をし、たか子も小さく手を振り、それを見てこんどはくみ子のほうがビックリ、というのが、このシーンの無言劇です。

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キャメラは、二階席よりすこし高いところに置かれ、たか子とくみ子の背中とジミー小池の上半身を同じフレームに収めます。

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こういうすっきりしたショットが撮れたのは、やはり、二階席と、少し高めのステージという、セット・デザインのおかげです。一階席でステージを見上げるのでは、ほかの客が邪魔でしょうし、三人をきれいにフレームに収めるには、苦労することになったでしょう。映画美術とは、たんなる視覚的デザインではない、ということがここにはっきりあらわれています。

それはそれとして、たんなる視覚的なデザインとして見ると、このセットはどうでしょうか。まだ後年ほど木村威夫的特徴は出ていませんが、ストレートな、あるいはシンメトリカルなプランはせず、不規則にでこぼこさせるあたりは、いかにも木村威夫らしく感じます。

ステージもすこし高めにし、二階席を造って、縦に多重化することも、木村威夫的といえるでしょう。総じて、好ましいデザインなのですが、ご本人は、出来に納得がいかない様子です。

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「アイデアが多すぎるんじゃないかな。アイデアが。今ならもっと単純に考えるんじゃないかな。その当時は、あれもこれもという頭があったからね。でも白黒映画というのは、相当入り組んだことをしてもおかしくないんですよ。落ちついちゃうんだ。このままカラーで撮ったら見ちゃいられないですよ。色が氾濫しちゃって」

要素の詰め込みすぎという、よくある過ちを犯したというわけです。たしかに、ディテールの飾り付けの多くはないほうがいいかもしれませんが、あまり簡素にすると、大人のナイトクラブのようになってしまうでしょう。多すぎる要素はジャズ喫茶らしさを演出する一助になっているので、ちょっとうるさめの装飾も、悪いとばかりはいえないと思います。

とはいえ、白黒映画というのは落ち着いちゃうというのは、ほんとうにそうだなあ、です。前回ふれたスクリーン・プロセスも、白黒ならごまかしのきく場合があります。

二階席のジャズ喫茶というのは、ほかでも見たような気がします。調べがつかなかったのですが、銀座ACBからしてそうだったようですし、銀座の〈タクト〉という店も二階席があり、ステージは「中二階」と書いている人もいます。そのブログでは、渋谷プリンスという店は、ステージが二階と三階のあいだを上下に動いたと書かれています。ステージが回転して周囲の客に公平に顔を見せたところもあったとか。まるでワシントン・コロシアムのビートルズ!

木村威夫は、「遊んでいたころ」なので、多くの店を見たと回想していますが、やはり、そうした現実のジャズ喫茶をベースにして、このセットはデザインされたのでしょう。

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初見のときの感覚を思いだすのはむずかしいものです。しかし、三時間半というとんでもない長さの『陽のあたる坂道』が、それほど長く感じなかったのは、たとえば、この〈オクラホマ〉のシークェンスのように、出来のよい異質なものがうまくチェンジアップとして組み込まれているからではないでしょうか。

伊佐山三郎撮影監督も、この立体的なセットを生かそうと、そして、川地民夫の初々しさ、若々しさ、ワイルドなサウンドに絵を添わせようと、クレーンを大きく動かす撮影をしていて、この対話の多い映画に、異質な精彩を与えています。

そこまでは云わないほうがいいかな、とためらいつつ云います。この〈オクラホマ〉のシークェンスは、田坂具隆文芸大作映画に紛れ込んだ、日活アクション場面なのである、なんて……。


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by songsf4s | 2012-06-09 23:48 | 映画
田坂具隆監督『陽のあたる坂道』(1958年、日活、美術・木村威夫、音楽・佐藤勝) その2
 
以前、なんの記事だったか、滝沢英輔監督『あじさいの歌』(1960年、日活、池田一郎脚本)は、フル・レングスの長編のプロットをほとんど省略せず、原作の手触りもそのまま、ほぼ忠実に映像化した、きわめて出来のいい文芸映画だといった趣旨のことを書きました。

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『あじさいの歌』挿絵。岩崎鐸画、新潮社刊『石坂洋次郎文庫 第13巻』より。

『陽のあたる坂道』はどうでしょうか? 『あじさいの歌』と同じ池田一郎(のちの作家・隆慶一郎)が田坂具隆監督と脚本を共同執筆した『陽のあたる坂道』は、原作の手触りを損なわない、ある意味で「忠実な映画化」ではあるのですが、千枚の長編を映画にするために、じつは、大きな「切除手術」をしています。

石坂洋次郎の原作には、倉本たか子が通う大学の「主事」で、たか子に田代くみ子の家庭教師の職を紹介した「山川」という人物が登場しますが、映画ではこの人物がまるごとオミットされているのです。この判断が、映画が成功するか否かのキー・ポイントになったと感じます。

小説では、山川主事はきわめて重要なキャラクターで、いま読み返すと、他の部分はさほど感興がわかないのに、山川と田代家の長い関わりの部分だけは、精彩を失っていないと感じます。

しかし、映画を三時間半に収めるにはなにかを省略しなければならず、そして、山川と田代夫妻のサイド・プロットを丸ごとオミットするという、田坂具隆と池田一郎の判断は正しかったと思います。山川主事を登場させたら、映画は混乱したでしょう。

映画には登場しない、山川と田代夫妻の関わりは、それ自体、おおいに興味深いもので、石坂洋次郎が書こうとしたのは、むしろ、この世代の物語のほうだと思われるので、いずれ、その点についてもふれるつもりです。

◆ 「ジャズで踊ってリキュールで更けて」の昔から ◆◆
倉本たか子(北原三枝)は、最初の田代家訪問でさまざまなことを知りますが、のちのプロットに影響するものとしては、まず、田代くみ子(芦川いづみ)が子どものころの大怪我のせいで軽くびっこをひくこと、そして、これが彼女の性格と生活に大きく影響しているらしいことです。

長男の雄吉(小高雄二)はあらゆる面で優等生、そして医学を勉強中、次男の信次(石原裕次郎)は画学生で、ちょっと斜に構え、人を食ったようなところがあり、たか子をさんざんからかったあげく、「訪問者に対する憲法」だといって、彼女の胸にさわって、悪い第一印象を与えます。

だれが、というのではなく、母親のみどり(轟夕起子)以下、一家全員がたいていのことを包みかくさず、初対面の人間に説明し、それぞれがそこに論評を加えるということを知るのも重要でしょう。以前にも書いたとおり、石坂洋次郎の物語は「ディベート小説」であり、ディスカッションによって進んでいくのです。

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『陽のあたる坂道』は轟夕起子の戦後の代表作といえる。

昼食(豪邸なのに、食卓にはカレーライスが並んだところに時代を感じた。あの時代には、これでもアンバランスな印象は与えなかったのだと推測する)のあと、たか子はくみ子の部屋に行き、二人だけで話します。

階下からピアノの音が聞こえてきて、あれは雄吉兄さんだとくみ子は教えます。たか子は「上手いわあ」とおおいに感心しますが、くみ子は、ただ滑らかなだけで、面白みがないと批評します。くみ子の言葉の端々から、長兄・雄吉を好まず、次兄・信次とは仲がよいことがわかります。

たか子はアパートに帰り、玄関のところで同じアパートの住人、料理屋の仲居をやっている高木トミ子(山根壽子)と一緒になり、荷物をあずかっているので、いま息子の民夫(川地民夫)に届けさせましょう、といわれます。これでおもな登場人物がそろいました。

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山根壽子は『乳母車』のときとは対照的な役柄

トミ子「あの子も可哀想に、ほんとうは作曲家になりたいんだそうですけど、それじゃお金にならないもんだから、ナイトクラブみたいなところで、いま流行りのアメリカの唄、うたってんですよ」
たか子「あら、そう」
トミ子「あたしにはさっぱりわかんないんですけどね」
たか子「ジャズでしょう」

アメリカのポップ・ミュージックをすべてひっくるめて「ジャズ」といったのは戦前のことでしょうが(「ジャズ小唄」なんていう目がまわるようなジャンルもあった!)、戦後になっても、案外、そういう言い方が長く生き延びたのでしょう。ここでいっている「ジャズ」がどういう音楽かは、次回にでも、実物を聴いていただくことにします。

茶飲み話で、たか子の家庭教師の仕事先が、アジア出版という書肆の社長の家だということにふれたとたん、トミ子の顔色が変わり、たか子はトミ子が田代家を知っているのではないかと考えます。

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田代家の母親(轟夕起子)、くみ子(芦川いづみ)、雄吉(小高雄二)の三人とたか子が音楽会(ピアニストのものらしい)に行った夜、父・田代玉吉(千田是也)と、次男の信次(石原裕次郎)は、居間で酒を飲みます。

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千田是也と石原裕次郎

信次は「ぼくを生んだお母さんは生きているんですか?」とたずね、父を狼狽させます。信次は、ぼくが気づいていることはパパやママだって知っているし、ぼくがママの子でないことは、兄さんやくみ子もわかっているじゃないか、と云い、父にその事実を認めさせます。しかし、母親の存否は知らないといい、信次もそれで引き下がります。

いっぽう、音楽会に行った四人は、夕食後、母とくみ子は自宅に帰り、雄吉はたか子を送る途中、バーないしは喫茶店(夜は酒も供すタイプの店)に入ります。

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二人のロマンスがはじまりそうなことを予感させるシークェンスですが、ここではその店のなかで流れている現実音という設定らしいスコアをサンプルにしました。タイトルはあたくしがテキトーにつけたものにすぎません。

サンプル 佐藤勝「お茶の水タンゴ」

メイン・タイトルも、一部、複数のアコーディオンがリードをとるところがありましたが、こちらはタンゴ調なので、アコーディオンが使われたのでしょう。

窓外の風景はスクリーン・プロセスによる合成です。木村威夫はこのショットを記憶していて、お茶の水で撮ったといっていました。(初稿では「電車は丸ノ内線」と書いたが、その後見直して、この部分を削除。さらに、橋は聖橋と書いたが、これも削除。聖橋ではないようだ)

なんだか、音楽も気になり、美術も気になり、はてさてどうしたものか、なのですが、セット・デザインとちがって、ここはあとでまとめてというわけには行かないような気がするので、木村威夫美術監督の証言をもう少々。

『乳母車』その5のときにも、田坂具隆監督のスクリーン・プロセスのことを書きましたが、木村威夫美術監督もスクリーン・プロセスの利用には不賛成だったようです。

アメリカなら最新のものが使えたが、あの当時の日本のはそこそこのものにすぎなかったといい、木村威夫はさらにこういっています。

「この場合、どだい無理だから止めましょうと食い下がったんだけれど、田坂先生、頑としてスクリーン・プロセスで行きますとおっしゃるから(笑)、しようがありませんや。ロケーションじゃ細部にまで神経の行き届いた芝居はできないというわけだよ。コンサート帰りで町の感じも出す店となると、やっぱり、じゃあ、背景流れてた方がいいと落着するわけ。(略)それは頭の中ではうまくいくと思っているけれどさ、でき上がってみるとそうはいかないよな」

わたしもスクリーン・プロセスが好きではないので、木村威夫美術監督のこのきびしい評価には首肯できます。美術監督としては、視覚的なトーンの違いが気に入らなかったのでしょう。「調子が崩れる」というやつです。

観客として、わたしは、スクリーン・プロセスのシークェンスを見ると、「そこにいる気分」を阻害され、「スタジオでスクリーンの前で芝居しているな」という「素」の気分になってしまいます。

しかし、それはそれとして、橋より低い場所にある店、という設定はけっこうだし(秋葉原寄りか)、なにかを動かそうと思ったときに、車ではなく、夜の電車を選んだのは、いいなあ、と思いました。

もうひとつ、視覚的なことにふれておきます。

ある日、たか子はくみ子と待ち合わせて、くみ子が好きだという、ジミー小池という歌手のステージを見に行くことになります。この待ち合わせがバス停なのです。

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いわゆる「ジャズ喫茶」のある場所といえば、銀座と考えるのがふつうでしょう。そして、このバスは「新橋行」と表示しているので、このバス停が銀座にあると措定しても、矛盾は生じません。

しかし、これはどう見ても、銀座の表通りではなく、裏通り。銀座の裏通りをバスが走っていたなんて話は寡聞にして知りません。

木村威夫は、この疑問にあっさり答えています。このシーンの撮影場所は、日活調布撮影所のオープン・セット、いわゆる「日活銀座」だそうです。銀座裏を模したパーマネントなオープン・セットが組んであり、これを「日活銀座」と呼んだのです。たぶん、銀座での撮影許可がおりないことも、そういうセットを組んだ理由のひとつでしょう。

次回、彼女たちが向かったジャズ喫茶、「オクラホマ」のセットを見て、そこで流れる音楽を聴くことにします。どちらもじつに楽しいのです。


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by songsf4s | 2012-06-08 23:28 | 映画
田坂具隆監督『陽のあたる坂道』(1958年、日活、美術・木村威夫、音楽・佐藤勝) その1
 
この春から、当家が居候しているExciteブログの「リポート」の形式が変わり、以前やっていたような、アクセス・キーワード・ランキングのご紹介はできなくなりました。

はじめて「芦川いづみ」というキーワードがランクインしたときは驚いて、そのことを記事に書きましたし、そもそも、アクセス・キーワード・ランキングを公開しようと思ったのは、芦川いづみ登場にビックリしたからだったようにも記憶しています。

リポートの形式が変わったおかげで、どうやら、日々いらっしゃるお客さんの半数以上、おそらく3分の2ほどは、検索によっていらっしゃっているらしいことがわかってきました。

検索に使われているのは、むろん、グーグルが多いのですが、他のサーチ・エンジンも使われています。当家の記事が上位に来やすいのは圧倒的にグーグルなので、グーグルが多数派であるのはありがたいかぎりです。

逆に、他のサーチ・エンジンには冷遇されていて、gooなんかで検索すると、グーグルなら1ページ目に出てくるようなものが、いつまでたっても見あたらなかったりします。

まあ、gooで検索するというのは、わたし自身はめったにやらないからかまわないのですが、先日、たまたまgooが開いたので、「芦川いづみ」を検索してみました。

ちょっと驚きました。いつもなら、当家など存在しないかのごとくふるまうgooが、2ページ目に当家の「芦川いづみ」タグのページをあげたのです。

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以前にも何度か、芦川いづみで検索して当家にいらっしゃった方にお礼を申し上げました。ブックマークではなく、サーチ・エンジンを使ってくださると、上位にあがっていくので、今後ともよろしくお願いします、と。

じっさい、芦川いづみファンの方たちが、サーチ・エンジンで芦川いづみを検索して、当家にくるということを繰り返してくださったのでしょう。その結果、当家に冷たいgooですら、芦川いづみのキーワードで当家がヒットしたのだと思います。

じつにどうも、ありがとうございます>芦川いづみファンのみなさま。しつこくて恐縮ですが、今後とも検索のほど、よろしくお願いします。いえ、芦川いづみにかぎりません。どんなものでも、お気に入りのキーワードでどうぞ。

◆ 血の陰影 ◆◆
さて、その芦川いづみが出演した田坂具隆監督の『陽のあたる坂道』を、これから数回にわたって見ていこうと思います。

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といっても、あと一時間ほどしかテキストを書く時間は残されていないのに、どういう方向でやるのか、いまだ暗中模索で、例によって、走りながら考えよう、という不埒な心構えで取りかかっています。書いているうちに目処がつけばラッキー、下手をすると、スパゲティー状の混乱記事になるおそれありです。

しかし、田坂具隆の二つ前の映画である『乳母車』と同じように、美術は木村威夫なので、セット・デザインのディテールを検討するという方法があります。

また、音楽監督は佐藤勝で、例によって興味深いスコアや挿入曲もあるから、その面から見ていくという、当家のいつものやり方もできます。

原作も中学以来、何度か再読したことがあり、まだ文庫本が手元にあるので、小説と映画の異同を検討することもできます。

結局、たんに、ストーリーラインをどの程度まで追いかけるか、その匙加減だけの問題のようにも思います(楽観的すぎるぞ、と、だれかに云われたような気がする。空耳か)。

ということで、音楽、美術、撮影、原作との異同など、八方美人の虻蜂取らずで、右往左往としてみようと思います。

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まず外側のこと、データ的なことを少々。

当家ではすでに『乳母車』をとりあげていますが、この『陽のあたる坂道』は田坂具隆による、一連の石坂洋次郎原作、石原裕次郎、北原美枝、芦川いづみ出演映画の二作目にあたります。つぎの『若い川の流れ』と併せて三部作を形成している、その真ん中の映画です。

この三部作に共通するのは主要出演者ばかりでなく、美術の木村威夫、撮影の伊佐山三郎もレギュラーです。美術監督と撮影監督が同じだと云うことは、視覚的なトーンにも共通する味が生まれると、原則的にはいっていいでしょう。

石坂洋次郎は、はじめから「田代信次」というこの映画のキャラクターを、石原裕次郎のイメージで書いたのだそうで、なるほど、いかにも裕次郎が演じそうな人物になっています。

いや、渡辺武信が追悼記事で指摘したように、石原裕次郎という俳優には光と陰があり、屈託のない明るい青年と鬱屈する青年が同居していました。「青春映画」という言葉をそのまま当てはめてかまわない、明朗闊達な青年を演じた作品群(たとえば『青年の樹』や『あした晴れるか』)がある一方で、たとえば、『俺は待ってるぜ』のように、行き場のない場所に追いつめられた青年も多数演じています。

これはたぶん、石坂洋次郎作品に共通する暗さ(「血と過去がもたらす陰鬱」とでもいおうか)も影響しているのだと思いますが、『陽のあたる坂道』で石原裕次郎が演じた田代信次もまた、一見、闊達のように見えて、じつは「血」という日本的鬱屈に煩悶する青年です。

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北国からやってきて、東京の大学で学ぶ倉本たか子(北原三枝)は、出版社の社長・田代玉吉(千田是也)の娘・くみ子(芦川いづみ)の家庭教師の口を紹介され、(おそらくは田園調布にあると想定される、ただし、現実のロケ地は鶴見だったらしい)田代邸を訪れます。

ここでたか子は、母親のみどり(轟夕起子)、長男の雄吉(小高雄二)、次男の信次(石原裕次郎)に会い、彼女の常識からは大きく外れた、どんなことも言葉にして説明し、意見を主張する、いわば戦後的な家族のありように接します。

三脚なしの映画館盗み撮りですが、もっとも好きな映像と音の組み合わせによるクレジットなので、いちおうクリップを貼り付けます。



お断りしておきますが、イントロの数秒がカットされています。イントロそれ自体は重要ではなくても、残りの本体を引き出し、その味を決定する役割をもっているので、映像が黒味だからといって音をカットしていいと云うことにはなりません。それがわからない人が多くて、いつもムッとなります。

いきなりフォークボールではなく、高めのストレートを見せておき、つぎにフォークを投げて仕留める、なんてパターンがあるでしょう? 物事には順序というものがあり、その文脈のなかで生きるものというのがあるのです。映画はまさに順序の技、音楽もまたしかり。無意味においてあるものなどありません。

ということで、以下に、きちんとイントロのついているヴァージョンをおきます。ただし映画のOSTとは異なるテイクでしょう。全篇からいくつかの場面の音を取り出し、ひとつの組曲のようにしたヴァージョンです。

サンプル 佐藤勝「陽のあたる坂道」(ダイジェスト)

この冒頭のメロディー、メイン・タイトルといえる曲は、何度かアレンジを変えて、変奏曲として登場します。佐藤勝というのは、日本音楽史上もっともヴァーサタイルな作曲家ではないかというほど、ほとんどどんな音楽スタイルにでも適応できたと思います。それでも、やはり、このような、叙情的オーケストラ・ミュージックというのが、この人の背骨ではないかと感じますし、その系列のなかでも、この『陽のあたる坂道』のメイン・タイトルは、とりわけ好ましいものです。

先年、ヴィデオ・デッキを廃棄し、ついでにVHSテープの大部分も処分してしまい、テープでしかもっていなかった映画は見られなくなってしまいました。『陽のあたる坂道』もそのときに捨ててしまったのですが、あとになって無性に再見したくなりました。

そのときに、どのシーンが頭に浮かんだかというと、まず、オープニング・クレジットでした。なぜオープニングかというと、頭のなかで想像したときは、あの佐藤勝のテーマ曲が聴きたいのだと思いました。

今回、DVDで再見して、ちょっと考えが変わりました。佐藤勝の音楽だけでなく、視覚的にも、大きな魅力が二点あると、いまさらのように認識しました。

ひとつは、おそらくは田園調布(木村威夫の記憶はあいまい)で撮影された、坂道のアップス&ダウンズをなぞる視覚的なリズム、もうひとつは、背をピンと伸ばし、やや大股に歩く北原三枝の、これまたリズミックな身のこなしです。

この視覚的なリズムの流れに、佐藤勝の弦による音のレイヤーが呼応して、じつに音楽的な響きのある映像と音のアマルガムが生まれていると感じます。だから、あとで振り返ったときに、このオープニング・クレジットが頭に浮かんだのでしょう。

文字数を使ったわりには、今回はほとんどなにも書けませんでした。次回から、物語に入っていくことにします。


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by songsf4s | 2012-06-03 23:55 | 映画
川口松太郎と溝口健二の『雨月物語』補足と訂正 付:代表作抄
 
新藤兼人監督没だそうです。享年百、赤飯を炊く年齢の大往生で、めでたい、というべきでしょう。最近のお若い方は、大往生も、赤飯もご存知ないらしく、めでたい、というツイートはついに目にしませんでした。

当家では、以前、新藤兼人映画で面白いと思ったものは一本もない、と書きましたし、いまさら口を拭う気もありません。わたしにとってはきわめて相性の悪い映画監督のひとりで、もはや、見てみようという好奇心も起こりません。

ひとつだけ気になったことがあります。新藤兼人は脚本家としても傑出していた、という意見をいくつか見ました。それ自体についてはなにも考えはありません。なにかいうほどの数は見ていないのです。しいていうと、市川崑の『暁の追跡』のときに、新藤兼人の脚本がひどいと書いたほどで、とにかく苦手なのです。

いや、新藤兼人がすぐれた脚本家かどうかは知りません。しかし、その新藤兼人によるすぐれた脚本のなかに、鈴木清順監督の『けんかえれじい』を入れるのには、おおいなる抵抗、違和感があります。

当家では何度も鈴木清順映画をとりあげ、そのつど強調しました。鈴木清順は、脚本をまったく重視しない監督であり、彼の最初の仕事は、脚本をずたずたにして、自分らしい映画の土台へと変換することである、と。

鈴木清順映画ではプロットはあまり意味をもたず、重要なのは、なにを描くかではなく、どう描くか、です。ストーリーではなく、視覚的なディテールに重心の大半がかかっているのです。

以上は鈴木清順映画一般に通じる大原則。もう一点あります。なにで読んだのか忘れてしまったのですが(木村威夫の『映画美術』かもしれない)、そのような清順の手によって、いつものように、脚本などクソ食らえと大改変した『けんかえれじい』の試写を見て、新藤兼人が激怒した、という話が伝わっているのです。

脚本を書いたご当人が激怒するようなものを、その人の脚本の代表作に算入するのはどんなものでしょうか。映画の出来がよかったからといって、脚本がよかったと、まっすぐに逆算するのは賛成できません。

とりわけ、鈴木清順のように、台本なんか会社が寄越すもの、そんなもので映画は撮れない、自分の映画は自分のやり方で撮ると公言している監督をつかまえて、手放しで脚本をほめたりすると、監督も、脚本家も、双方ともに腹を立てるのではないでしょうか。

◆ 原作ならず ◆◆
てなことを枕に、今回は石原裕次郎の映画を、と思っていたのですが、なにしろ相手は三時間半の大作、ただ見るだけでもおおごと、サウンドトラックの切り出しだって、2GBのwavファイルを相手に悪戦苦闘して、今日は準備が整いませんでした。

ツイッターで最近フォローしてくださった方が、先日の溝口健二と川口松太郎の記事について、背景情報を寄せられたので、今日はそれをもとに訂正と補足をしておきます。

多くの溝口健二映画のシナリオを書いた依田義賢の『溝口健二の人と芸術』という本がありまして、わたしも若いころに読んだのですが、中身は忘れてしまいましたし、当家の溝口=川口シリーズの冒頭に書いたように、一昨年、蔵書をほとんどすべて整理したときに、映画関係の本も手放してしまいました。

で、その本によると、『雨月物語』は、映画の企画と小説が同時進行だったのだそうです。返信のツイートにも書きましたが、アーサー・C・クラークが、スタンリー・キューブリックと共同でシナリオを書き、映画とパラレルで小説を執筆した『2001年宇宙の旅』と同じパターンです。後年の露骨な商業主義ノヴェライゼーションとは、いくぶんかニュアンスが異なりますが、しかし、箱に入れるなら「原作」ではなく「ノヴェライゼーション」です。謹んで訂正させていただきます。

お浜が映画では生き延びたのは、会社からの注文があってのことだったと依田義賢は証言しているそうです。会社といったって、溝口健二の映画に注文をつけられるのは、永田雅一しかいなかったのではないでしょうか!

アーサー・C・クラークの小説とスタンリー・キューブリックの映画では、とりわけエンディングのニュアンスが大きく異なったように、『雨月物語』も映画と小説では結末が異なり、後味も大きく異なっていました。たんなる偶然かもしれませんし、そこに映画と小説の本質的な違いがあらわれるものなのかもしれません。

◆ 人情馬鹿列伝抄 ◆◆
溝口=川口シリーズを書いた直接の動機は、溝口健二の映画を見たからではなく、いまやほとんど売れないと古書店の番頭氏が保証した、川口松太郎の本を数冊まとめて読み返し、もったいないなあ、いいものがたくさんあるのに、と思ったからです。

○人情馬鹿物語
いろいろあったものの、結局、川口松太郎は『人情馬鹿物語』の作家、というところに落ち着いたように思います。若き日の作者自身と思われる「信吉」という作家志望の青年と、その師匠である講釈師の悟道軒円玉(実在)をめぐる人々の、古風な義理と人情のあやなす連作短編です。

なぜ作家志望の信吉=川口松太郎が講釈師の弟子になっていたかというと、円玉は躰が弱く、この物語ではもう講釈はやめて、速記本作者になっていたからです。そして、講談速記が発展したものが、時代小説であり、大衆小説のひながたなのだ、というのが、大衆文学の歴史では常識となっています(講談社の最初の社名は「大日本雄弁会講談社」といった。講談速記本からスタートした)。

たしか半村良が『雨やどり』のあとがきで、これは川口松太郎の『人情馬鹿物語』に範をとった連作短編であり、オマージュなのだという趣旨のことを書いていて、それでまだ学生だったころに『人情馬鹿物語』を古本屋であがないました。

一読、なるほど、と納得がいきました。いずれも、なんともいえず胸にしみる話柄ですし、古い東京のおもかげが行間に揺曳するところにおおいなる魅力があります。

半村良は、連作『雨やどり』と同じ登場人物による続篇に『新宿馬鹿物語』というタイトルをつけました。

○続・人情馬鹿物語
『人情馬鹿物語』は、のちに代表作といわれることになるわけで、評判も悪くなかったのでしょう。続篇が生まれています。

続篇も基本的には正篇と同じような雰囲気で、引き続き悟道軒円玉も登場しますが、すこし時代の下った話も入っていました。やはり、正篇ほどの密度、完成度とはいきませんが、しかし、正篇が気に入った読み手には十分に満足のいくものでした。

○非情物語
タイトルが示すように、『人情馬鹿物語』と同様の連作短編形式をとり、同様に、やるせなくなるような人の情けの物語が集められていますが、悟道軒円玉の時代ではなく、大東亜戦争後の時代を背景にしています。

息子の川口浩から聞いたものを書いたという「親不孝通り」という短編は、それこそ、川口浩とその夫人の野添ひとみの主演で映画化したらよろしかろうという話です。浩は、親父の小説は古い、と批判したそうですが、彼がこの話を書きなよと語った物語は、結局、川口松太郎的な、『人情馬鹿物語』的な結末を迎えます。

川口松太郎は身辺の人物を題材にした短編をたくさん書いているので、当然、幼なじみの溝口健二も何度か登場しています。『非情物語』収録の「祇王寺ざくら」には、溝口健二や依田義賢と遊びに行った祇王寺での出来事が描かれています。

また、大映専務としての執務の様子を描くくだりもあり、古い日本映画を愛する人間には興味深い付録になっています。

○しぐれ茶屋おりく
連作短編と長編の中間のような形式の、各章読み切りの短編をつないだ長編です。

明治の中頃(だったと思う)、吉原の妓楼の女主「おりく」が、妓楼を養女にゆずって、鐘ヶ淵のあたりの寂しい場所に料理茶屋を開き、努力によって店を繁盛させながら、時代の変転が気に入らず、店を閉じるまでの物語です。

おりくは、若いときに吉原の妓楼に買われながら、主人に気に入られ、結局、見世には出ないまま、主人の囲われものになります。その没後、女だてらに妓楼を経営しますが、養女が大きくなり、婿を迎えたので、なかば引退するようにして料理屋を開きます。妓楼を営んでいたころは身を慎んでいましたが、茶屋を開いてからは、もういいだろうと、これまでの人生の報酬として、おりくは男道楽を自分に許します。

したがって、話はおおむね、おりくが惚れた男たちの肖像という形になるのですが、しかし、これまた、人と人のつながりというのは摩訶不思議だなあ、というところに落ち着く、いかにも川口松太郎らしい話材ばかりです。

浅草生まれなので、川口松太郎は芸事をよく知っています。当然、落語や講釈にもくわしく、彼の語り口自体にそれが血となって流れていますが、『しぐれ茶屋おりく』では、もっと直接的に、芸人たちの肖像という形で表現されています。

とりわけ、おお、と思ったのは、おりくの若き日の回想に登場する三遊亭圓朝です。圓朝ですよ!

おりくの亭主は寄席が好きで、おりくもやがて芸に深い関心を抱くようになります。亭主から圓朝の『塩原多助一代記』がいかにすばらしいかをきかされたおりくは、晩年の圓朝がこの長い続き物を高座にのせたときに、毎晩通い詰めて圓朝の芸を堪能します。

この連作のなかで、圓朝が登場する短編は、プロットとしてすばらしいわけではないのですが、圓朝の姿がなんとも慕わしく、これほど噺家の高座姿を筆に乗せるのがうまい作家はほかにいないのではないかと感じます。

三遊亭圓朝は1900年没、川口松太郎は1899年誕生、どう考えても、川口松太郎は圓朝の高座を知るはずがありません。しかし、おそらくは悟道軒円玉あたりから、くわしく話をきいたのでしょう、じつに真に迫った圓朝の肖像が描かれています。なんせ、安藤鶴夫も一目をおいた作家ですからね。

○古都憂愁
これまた連作短編ですが、背景になったのは、いつもの東京下町ではなく、タイトルが示すとおり京都です。

川口松太郎は大映の専務だったので、撮影所のある京都にしばしば滞在したようで、『古都憂愁』は、いわば京の芸妓をあつかった『人情馬鹿物語』です。

当然ながら、こちらにも溝口健二は登場します。同じ浅草生まれでも、川口松太郎は東京と京都を行ったり来たりしていましたが、溝口健二は戦前から京都暮らしでした。そして、こちらに収録された溝口健二がらみの話は、溝口自身の映画『お遊さま』のロケをめぐる物語なので、溝口ファンは目をお通しになったほうがよかろうと思います。ううむ、そんな話があったのか、とちょっと感銘を受ける短編です。

いま思い出しましたが、半村良の『ながめせしまに』に収録された諸篇の一部は、『古都憂愁』に範をとったもののように感じます。


そろそろ時間切れ、なんの準備もなく、手元に該当の本のないまま(引越準備で大部分は段ボールに収めてしまった)、エイヤッと乱暴に書いてしまい、ちょっと恥ずかしいようにも思うのですが、このブログはもともと音楽をあつかっていたもので、それが映画を扱うのも逸脱、小説となるとさらに守備範囲からはずれるので、勢いのついた時でないと書きにくく、一気にやってしまいました。

上掲のほかに映画(成瀬巳喜男監督、長谷川一夫、山田五十鈴主演)や芝居にもなった『鶴八鶴次郎』は、おおかたの人の認める代表作ですし、中篇『風流深川唄』も、感銘の深いものでした。川口松太郎らしい話柄とはいいかねますが、代表作に数えられることもある『皇女和の宮』も、一気に読ませる長編です。

そのうち、映画と込みで『鶴八鶴次郎』を取り上げられるといいのですが、それより『蛇姫さま』でしょうかね!


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by songsf4s | 2012-06-01 23:54 | 書物