<   2012年 05月 ( 9 )   > この月の画像一覧
『雨月物語』と『祇園囃子』──川口松太郎による溝口健二映画の原作小説二種 後篇
 
溝口健二監督『祇園囃子』(1953年、大映)と、その原作である川口松太郎の『祇園囃子』の関係は、『雨月物語』以上に微妙だと感じます。プロットはほぼアイデンティカルで、「忠実な映画化」といえるほどなのですが、しかし、後味は異なるものでした。

f0147840_2321799.jpg

f0147840_23211792.jpg

祇園の芸妓・美代春(木暮実千代)のもとに、昔の客と朋輩だった名妓のあいだにできた娘、栄子(若尾文子)がやってきて、舞妓になりたいと頼みます。

美代春は妹分をもちたいのは山々ではあるものの、舞妓ひとりを一人前にするには大金が必要で、その投資を回収するには時間がかかり、途中でやめられでもしたら大損害になるため、慎重に栄子の意思をたしかめます。だれか確実な保証人をたてるのが手順ですが、栄子の没落した父(進藤英太郎)は、あれこれといって、ついに判を押しません。

溝口健二『祇園囃子』冒頭


美代春はそれでも栄子の境遇に同情し、また、自分も旦那を持たず、頼り身寄りがないので、栄子を妹分にして、舞妓に育てます。映画では、垢抜けない少女が、稽古に通い、身なりも変わり、だんだん美しくなっていく過程が描かれています。

美代春は「吉君〔よしきみ〕」という茶屋の女将から、栄子を一人前に育て、着飾らせるための費用を借りるのですが、この女将はその金を楠田(河津清三郎)という「車輌会社」(小説によれば鉄道車輌の製造会社らしい)の常務から借りたというので、美代春はあとで驚くことになります。茶屋に借りをつくるのはともかく、旦那でもない客から借りるのは本意ではなかったのです。

視覚的には、前半は若尾文子が美しく粧っていく過程がポイントですが、プロットのロジックとしては、芸妓、舞妓(あの方面にはまったく不案内でこの二者の区別はつかないのだが)というのは、花代だけでは生活が成り立たず、「後援者」を必要とする、むくつけにいえば、男に買ってもらわねばやっていけない、ということが描かれています。

f0147840_2323220.jpg

f0147840_23225524.jpg

f0147840_23232123.jpg

f0147840_2323299.jpg

もうひとつ、若尾文子演じる栄子(のちに美代栄と名乗る)が「アプレ」だということも示唆されます。アプレとは「アプレゲール」の略、辞書には「(フランスapres-guerre)戦後、特に第二次大戦後に育った、昔からの考え方や習慣にとらわれない人たちをいう。戦後派。アプレ。⇔アバンゲール」とあります。

ただし、川口松太郎の原作では「アブレ」と書かれています。昔だから、こういう訛りというのはいかにもありそうで、誤植ではないだろうと思います。昔の年寄りはデパートを「デバート」、アパートを「アバート」などといったもので、それと同じようなものでしょう。

アプレの栄子は、花街のしきたり、前近代性に対して、何度か疑問を呈し、異議を唱えます。「そしたら、お座敷でお客はんが強引に口説きはったら、基本的人権を無視したことになりまっしゃろ」などというわけです。当然、これは後半への伏線です。

車輌会社の楠田は栄子が気に入り、旦那になりたいという意思を示します。いっぽう、楠田は運輸省(のように思われる)の役人を口説き落とし、重要な案件の認可をもらおうと画策しているところで、この役人は、美代春姐さんに一目惚れします。

京の舞妓は、その時期になると、東京に行って演舞場で「東おどり」を見ないと肩身が狭いのだそうで、楠田は栄子を東京に誘い、栄子は姐ちゃんも一緒ならというので、美代春もともに東京に行きます。

これは旅費滞在費、さらに二十四時間ぶっ通しの花代まで払うので、おおいに金のかかることのようで、楠田のほうはもう栄子の旦那になったつもりでいますが、栄子のほうは、まだ楠田を旦那と定める決心がついていません。

築地の旅館で、役人は美代春の酌でくつろぎ、さておもむろに口説こうというかまえになったとき、楠田は別室で栄子を抱きすくめ、無理に一儀に及ぼうとしますが、栄子は抵抗し、楠田の唇を思い切り噛んでしまいます。

f0147840_2327527.jpg

f0147840_2328186.jpg

f0147840_23274999.jpg

f0147840_23282081.jpg

これが案外な大怪我で、大事な客をしくじりそうになった「吉君」の女将(浪花千栄子)は、非公式の「ふれ」を出して、他の茶屋にも美代春と栄子を呼ばないように圧力をかけます。

楠田の側は、自分の欲望はさておき、大事なのはここ一番の切所に来た商売のほうで、なにがなんでも役人を口説き落とさなければならないところに追いつめられているため、楠田の部下(菅井一郎)は、吉君の女将を通して美代春に、役人と枕を交わすように圧力をかけます。

吉君の女将の怒りが解けなければ、祇園町での芸者稼業は立ちゆかず、美代春は役人と寝て、女将の勘気をときます。しかし、美代春がなにをしたかを察した栄子は、座敷に出られるといわれても喜ばず、美代春を嘘つきとなじります。

みんな嘘つきばっかや、京都の名物も、世界の名物もみんな嘘や、お金で買われるのが上手な人間が出世して、下手なのがうちみたいにボイコットをされるのやないか、もう厭や、躰を売らないと舞妓できんのやったら、うちやめる、姐ちゃんも芸者やめて、と栄子は泣いて頼みます。

美代春は、この暮らしに狎れきった躰やさかい、いまさらどうしようもないけれど、あんたの躰だけはきれいに守ってやりたいとおもっているのえ、と諭します。そして、先夜、栄子の父が来て、二進も三進もいかずに金に困っているというので、栄子に黙って工面してあげたことを告げます。

「あたしは親も兄弟もないさびしい女やけど、人間の情けだけはもっているつもりや」と美代春はいい、「人間なんていくらお金や地位があっても、ひとりきりやったら、みんな心細うてさびしいもんや」と栄子を諭します。

二人は、お互いがいることに満足を感じ、同時に、ある諦念のもとに、稼業に戻っていくところで映画は終わります。

f0147840_23302868.jpg

f0147840_23304157.jpg

f0147840_2331103.jpg

原作もほぼ同様のプロットで、二人が蹉跌を乗り越えて稼業に戻るところで終わっているのですが、映画とは微妙にニュアンスが異なっています。

どちらかというと、小説のほうが、栄子をわが娘にしたいと願う美代春の心が、なめらかに飲み込めるように思います。こうしているわけにはいかない、あたしは働きに出る、でも、あんたは舞妓がいやなら、やめていい、という美代春の、栄子の一本気な気性とまだ男を知らない躰を守ってあげたいという心情が、無理からぬものに思えるのです。

映画でも小説でも、冒頭で、一人前の舞妓ができあがるまでにはたいへんな投資が必要であり、昔のように借金で舞妓の躰を縛ることのできない時代なのだから、たしかな身元引受人が必要だということが描出されています。

それなのに、最後にいたって、美代春は、栄子の父に金をやって娘と縁を切らせるだけでなく、それまでの投資すらもうどうでもよいと考え、ただ栄子を自分の娘にしたい、栄子の好きなようにさせたいと願うわけですが、そこのところが、そうだなあ、とすんなり思えるのは、原作のほうなのです。

すこし戻りますが、栄子が楠田に怪我をさせ、その結果として、美代春と栄子が祇園で商売できなくなる、というのは川口松太郎版も溝口健二版も同じです。

映画では、その解決策として、楠田が賄賂攻勢をかけている役人と美代春は枕を交わすことになります。こちらのほうが、原因と結果をわかりやすくつなげてある、といえるでしょう。楠田に被害を与えたのだから、楠田の利益になることをして、謝罪するわけです。

ひるがえって、小説では、楠田の一件それ自体より、むしろ吉君の女将の怒りが問題で、女将の要求している、べつの客に美代春は躰を売ることになります。

これはどうでしょうねえ。映画は観客にわかりやすい形にしたのに対し、小説のほうは、花街の構造を示す形にしてあるというあたりでしょうか。

そして、映画では、このときの花代と、栄子の父に工面してやるものは、直接にはつなげられていないのに対し、小説では、このときの五十万がそのまま栄子の父に渡されたように描かれています。それで、美代春は名実ともに栄子の「母」になるのです。

f0147840_23324458.jpg

f0147840_23323288.jpg

f0147840_2333241.jpg

f0147840_233311100.jpg

f0147840_23332021.jpg

小説より映画のほうが、エンディングの流れがスムーズですが、感銘を受けたのは小説のほうでした。以下、小説のエンディングあたりを省略しつつ書き抜きます。

「うちかて親も姉妹もないやろ。間違いだらけな女やけど、人間の情だけは持っているつもりや。情に縋って生きて行けたら、案外気楽にいけるのやないやろか」
「………?」
「もし栄子がほんまの子になってくれたら、五十万は安いもんや」
「うん」
(略)
 宇治の佐藤に躰を売って五十万の金を造った。そして二人は親子になった。同時に、栄子の髪は『割れしのぶ』から『福わけ』に変った。処女を失った証明の髪飾りだ。
「旦那を持って女になりました」
 と、吹聴する飾り方を、怪しまない習慣の世界が、大都会の真中に存在する。哀れな貧しい親子だけが、不合理な風習に反抗して、
「美代栄の水揚げの旦那はうちや」
 と、美代春は笑っている。
「襟替えの時の旦那もお母ちゃんや」
 と、栄子は笑ってつぶやいたが、笑い切れない淋しさを、肩の上に乗せながら、悲しい稼業を続けて行った。


作家は「笑い切れない淋しさ」と云っていますが、映画を見たあとでこちらを読むと、心が明るくなるように感じました。花街のしきたりに負けた格好ですが、それでも、小説のほうが、一矢を報いた感覚があります。

それは、美代春が栄子の躰を買ったという比喩にあらわれています。二人は、祇園のしきたりを逆手にとり、自分たちのやり方を偽装して、自分たちの気持と栄子の躰を守るのです。

そして、美代春自身は、金で躰を売ったというネガティヴな行為を、生きることを肯定するためのなにものかに変換し得たことが、小説では明快に描かれています。

『雨月物語』とは異なり、『祇園囃子』の脚本は依田義賢単独です。脚本家の考えというのも計算の外におくわけにはいきませんが、『祇園囃子』の映画と小説のニュアンスの相違は、やはり川口松太郎と溝口健二の資質の違いに由来するような気がします。

f0147840_23333563.jpg


Click and follow Songs for 4 Seasons/metalside on Twitter
metalsideをフォローしましょう



雨月物語 [DVD]
雨月物語 [DVD]


祇園囃子 [DVD]
祇園囃子 [DVD]


名作邦画DVD3枚パック 004 西鶴一代女/祇園囃子/雨月物語 【DVD】COSP-004


現代国民文学全集〈第15巻〉川口松太郎集 (1957年)
現代国民文学全集〈第15巻〉川口松太郎集 (1957年)
[PR]
by songsf4s | 2012-05-31 23:46 | 映画
『雨月物語』と『祇園囃子』──川口松太郎による溝口健二映画の原作小説二種 中篇
 
溝口健二の『雨月物語』の記憶を反芻するとき、どの場面を思い浮かべるかというと、なによりも湖水を渡る舟のシークェンス、そして、森雅之が家に帰り、妻の名を呼びつつぐるっとまわって戻ると、ちゃんと囲炉裏に火が入って、田中絹代が夫を迎える場面です。

先年の再見では、侍女たちが廊下に灯を点して、(溝口健二がデザインを嫌ったという)朽木屋敷がほんのりと明るくなる場面と、岩風呂のショットからキャメラが移動で地面を見せ、すっと湖面を見渡す草地にたどり着き、森雅之と京マチ子が戯れている、というシーンにも感銘を受けました。

f0147840_22213591.jpg

映画と小説はまったくべつのものだな、と改めて思いました。以上の四つの場面のうち三つは、小説ではとくにポイントでもなく、強調されてもいないのです。

朽木屋敷の廊下の場面は小説にはありませんし、湖水を見晴るかす草地の戯れもありません。当然でしょう。どちらもきわめて視覚的で、映画ならではの場面です。

f0147840_2375028.jpg

f0147840_2375829.jpg

危険な陸路を避けて、舟で湖水を渡る場面も、その途中、海賊に襲われた犠牲者に出会って、船幽霊と勘違いする場面も原作にあります。しかし、これまた当然ながら、映画だけに可能な幽玄の美の表出であって、文字であのようなものを表現するのはきわめて困難です。

f0147840_23593195.jpg

故郷に帰りついた森雅之が、土間を通って家をぐるっと回って田中絹代を見つけるところも、小説にはありません。あれは宮川一夫がいうように、映画だからこその場面でした。

小説ではどうなっているか? 戦いの決着がつき、秀吉の軍勢が引き上げてしずかになった故郷に源十郎がたどりつく描写から入って──

 (略)丁度、日の暮れ合いで灰色の炊煙がうっすりとたゆたい、戦火を免れ得た幸福が四辺〔あたり〕を包んでいる。胸を躍らせて戸を引きあけると、ほの暗い土間の片隅に、宮木が釜を燃やしていた。
「無事だったか」
 土間へ駆け込みざまにいった。いいながら躰を抱いて炉端へ上った。宮木の面に血の気がなく、少しやつれて青く見える。


このとき、息子は眠っているのですが、源十郎もやがて旅の疲れで寝入ってしまいます。目が覚めると、息子が泣いていて、お母ちゃんはどうした、ときくと、死んじゃったと答えます。

視覚的な側面はさておき、話の持って行き方についても、小説はストレートすぎると感じます。映画では、翌朝、庄屋がやってきて、源十郎に、おまえの子どもをあずかっていたが、昨夜いなくなってしまい、驚いて探していた、ここにいたのか、と安堵し、そのときに源十郎に宮木の死を告げます。このほうが印象的な話の運びです。

このような、ワン・クッション入れる処理というのは考え出すのに時間がかかるものなので、雑誌掲載の締め切りに追われているときは、ストレートな持って行き方に流れやすいのだろうと想像します。依田義賢と川口松太郎による脚本は、原作の瑕を修正したものになっています。

映画は、源十郎、藤兵衛、お浜、そして宮木の亡霊が、焼き物に汗を流すところで終わっています。しかし、原作ではそのさらに先、後日談が語られています。

f0147840_0203671.jpg

f0147840_0213240.jpg

源十郎は、若狭が褒めちぎったように、ほんとうに才能のある陶工だったようで、その道で名を成します。

(略)が、二人とも、もう二度目の妻は求めなかった。宮木を埋めた石の下の土を掘って素地を作り、薬をかけて窯で焼いた。鰥男がせっせと働き、美しい信楽焼を、無数に作って諸国にさばいた。宮木の性格に似てつつましやかな壺もあれば、阿浜に似て強く気丈な大皿も出来た。青薬を華やかに散りばめた平鉢が焼けると、市へは出さずに愛蔵し『若狭』という銘をうってその発色を楽しんだ。

f0147840_0201497.jpg

そして、源十郎は、後水尾天皇の即位にあたって、調度の一部を焼くことになります。これを届けに京に上る途次、大溝で泊まった源十郎は、平鉢『若狭』をもって、朽木屋敷の跡におもむきます。

三十年前をしのぶよすがは見あたらず、わずかに残っていた鞍馬石(「京都市鞍馬山に産する閃緑岩の石材名。通常鉄さび色をした自然石のまま庭石に用いられる」と辞書にある)の上に、『若狭』をおき、なみなみと酒をそそぎます。

「三十年の歳月が過ぎて私も老いた。どれほど老いても去らないのはおまえと過した十日の暮らしだ。みじめな私の生涯に一点の灯を点じた美しい花だ」

と若狭の霊に語りかけ、細く閉じていた目を開けると、平鉢にそそいだ酒はなくなっていて、源十郎は、飲みほしてくれたか、と喜びます。

これは、溝口健二版『雨月物語』とは正反対の結末といえるでしょう。映画のほうは、源十郎は宮木の墓を守って後半生を生きることになる、と印象づけて終わっています。源十郎にとってどちらの女性が重要だったか、という決定的なポイントで、小説と映画はまったく異なっているのです。

『雨月物語』をふくむ「和風ハロウィーン怪談特集」というシリーズを書いていて、『牡丹灯籠』と『雨月物語』は対照的だと感じました。どちらも、女としての歓びを知らぬままに死んだ若い娘の亡霊が、これは、と見込んだ男に取り憑く話ですが、片や『雨月物語』では、男は亡霊に取り殺される前に逃れ、片や『牡丹灯籠』では、使用人の裏切りのために、男は亡霊に取り殺されます。

しかし、その記事にも書きましたが、三遊亭圓朝の原作とは異なり、山本薩夫の映画『牡丹灯籠』では、萩原新三郎は、穏やかな、幸せそうな顔で死んでいるのです。

映画版『雨月物語』では、亡霊の若狭は疎まれ、源十郎は妻の宮木(こちらも亡霊になっているのだが)のもとに帰って幸せに暮らしたような印象を与えるエンディングになっています。

しかし小説版『雨月物語』のエンディングは、山本薩夫版『牡丹灯籠』(脚本は『雨月物語』と同じ依田義賢)のほうに近いニュアンスです。亡霊に取り憑かれることを、かならずしも否定的にはとらえていないのです。

同じシリーズの「小林正樹監督『怪談』より「耳無し芳一の話」その2」という記事で、亡霊に取り憑かれた経験というのは、一種の「愛の記憶」なのだということを、稲垣足穂の『懐かしの七月――別名「世は山本五郎左衛門と名乗る」』や『耳無し抱一の話』や山本薩夫版『牡丹灯籠』を例にして書きましたが、川口松太郎の『雨月物語』もまた、亡霊を肯定的にとらえるエンディングになっていたのです。

『人情馬鹿物語』なんていう小説を書いたせいで、「人情作家」などといわれるようになったため、川口松太郎は「人情」ということについて、何度か書いています。『雨月物語』は、川口松太郎という作家の深いところから出てきたものではなく、職業作家の「業務」として書かれたものでしょうが、最後に、「人の情け」を語る作家らしく、源十郎の若狭への慕情を噴出させたな、と感じます。そして、川口松太郎版『雨月物語』の最大の美点は、このエンディングにあります。

では、溝口健二はなぜこの結末をとらず、宮木のあたたかい愛情を強く印象づけるエンディングにしたのでしょうか。

作品の解釈に作者の私生活を持ち込むのは邪道ではありますが、わたしに思いつくのは、溝口健二の夫人が精神疾患で長い病院生活を送っていたことぐらいです。いや、げすの勘ぐりを許していただくなら、宮木を演じた田中絹代への愛、ということも関係があったのかもしれません。

どこの家庭とも同じように、いや、それ以上かもしれませんが、川口松太郎の家庭にもさまざまな波乱があったようですが、彼には愛妻があり、四人の子女に恵まれました。それに対して溝口健二は、波乱を起こす家族すらない生活でした(戦前、妻ではない同居女性に刺されるなんていうことはあったが!)。

いや、つまらない解釈で恐縮です。わたしに思いつくのは、二人の家庭生活の落差ぐらいしかなかっただけです。ものを作る人間としての、二人の資質の違いというのを見なければいけないのに!

タイトルにあげているにもかかわらず、いっかな『祇園囃子』にたどり着けませんが、次回はまちがいなく!


metalsideをフォローしましょう



雨月物語 [DVD]
雨月物語 [DVD]


祇園囃子 [DVD]
祇園囃子 [DVD]


名作邦画DVD3枚パック 004 西鶴一代女/祇園囃子/雨月物語 【DVD】COSP-004


現代国民文学全集〈第15巻〉川口松太郎集 (1957年)
現代国民文学全集〈第15巻〉川口松太郎集 (1957年)
[PR]
by songsf4s | 2012-05-25 23:46 | 映画
『雨月物語』と『祇園囃子』──川口松太郎による溝口健二映画の原作小説二種 前篇
 
以前にも書いたかもしれませんが、溝口健二と川口松太郎はともに浅草の生まれで小学校が一緒、戦後、永田雅一が大映の社長に就任したときに、二人は永田に呼ばれ、わたしを助けてくれと頼まれたのだと、川口松太郎は書いています。

川口松太郎は以後、大映の撮影所長や企画担当専務をつとめながら、作家活動をつづけます。大映勤務のかたわらに書いた『新吾十番勝負』は、大川橋蔵主演で映画化され、ヒット・シリーズとなりました。わたしがしじゅう大映と東映を見ていた時代のものなので、そのうち数本を公開時に見た記憶があります。はじめから、映画化を念頭に書かれたものなのでしょう。

先年、蔵書を売り払ったとき、まだこれからも読み返すからと残した作家が十数人いますが、そのなかに川口松太郎もあり、もっているものはすべて残しました。そのときに、古書店の人と話したのですが、いまどき、川口松太郎の本は売れないそうで、やはりな、でした。そうなると、売ってもゼロ円付近、そのくせ、あとで買い直そうと思ってもむずかしいので、売らずに残すことにしました。

案の定、引越からさして時間もたたないのに、もっていた数冊をすべて読みましたが、そのなかに角川書店の「現代国民文学全集」という叢書の『川口松太郎集』という巻がありました。

これは三段組で読みにくいので、未読のまま何十年ももっていたものです。近所の古書店で買ったもので、見返しに「50」と鉛筆で値段が書いてあります。文学全集のたぐいは、ほとんど「つぶし」(廃棄処分)にされるので、生き残ったものもこの程度の値段でした。まあ、「立て場」(古紙の取引場)で仕入れるため、安いので有名な本屋で買ったのですが。

あまり本を処分しすぎて、読むものがなくなってしまったため、結局、この三段組も読んでみました。いままでほうってあったので気づきませんでしたが、以前、映画を見ていて、ああ、そうだったのか、機会があったら読んでみようと思った、溝口健二の『雨月物語』と『祗園囃子』の原作が、両方ともこの巻には収録されていたのです。

ということで川口松太郎の原作と溝口健二の映画化を比較してみました。溝口健二の『雨月物語』については、当家では過去に記事として取り上げています。

f0147840_23541968.jpg

溝口健二の『雨月物語』は、上田秋成の『雨月物語』中、「蛇性の婬」と「浅茅が宿」の二篇にもとづいていますが、直接の「原作」は、これを換骨奪胎した川口松太郎の小説『雨月物語』である、ということは、前掲の記事に記しました。

f0147840_23551011.jpg

今回、川口版を読んで、やはり、秋成版は映画とは遠い関係であることを確認しました。いや、こうなると、上田秋成版オリジナル『雨月物語』も再読しなければいけないと思ったのですが。

しかし、むろん、小説と映画は、表現形式も異なれば、受容者に受け取ってもらおうと目指すものも異なっています。原作とその映画化なのだから、当然、似たようなプロットではあるのですが、それぞれの目指すところにしたがって、異同があるのが当然です。

以前の記事で、溝口版『雨月物語』の背景となっている戦は、織田勢と浅井方の戦いなのか、その後の羽柴秀吉対柴田勝家の戦いなのか、映画でははっきりしないと書きました。川口松太郎の原作には、小説だからふつうはそうなりますが、明快に書いてありました。

ここで描かれているのは、後者の秀吉対勝家の戦いで、藤兵衛(小沢栄太郎)がにわか武者になって駈けまわるのは、有名な賤ヶ岳の決戦なのだそうです。

映画を思い浮かべつつ原作を読んでいくと、映画化に必要な省略や追加、そしてささやかな変更ばかりで、途中までは、おおむね忠実に原作をなぞったのだな、と思いました。

川口松太郎の小説のほうは、淡々と源十郎(映画では森雅之)と宮木(田中絹代)、藤兵衛(小沢栄太郎)とお浜(水戸光子)の運命の転変を描いているのに対し、溝口健二の『雨月物語』は、彼のいう「絵巻物」、撮影監督の宮川一夫のいう「墨絵」として、奥の深い視覚的な美を生み出している、という重心の置き方の違いを感じるだけでした。

いや、川口松太郎の原作とは大きく異なり、溝口のものは、名作、秀作といわれるだけの風格のあるものになっており、その貢献の一半は宮川一夫のキャメラにあるでしょう。川口松太郎にはいい作品がたくさんありますが、『雨月物語』にかぎれば、水準作といったあたりで、代表作として指を折るわけにはいかない出来です。

以下は、未見、未読の方はお読みにならないほうがいいでしょう。

はじめて、ここは映画とは大きく異なる、と思ったのは、侍になった藤兵衛(小沢栄太郎)が、妓楼にあがって、遊女に身を落とした妻のお浜(水戸光子)に再会する場面です。

妓楼の外に出て、妻が夫をなじるのは原作、映画、ともに同じなのです。しかし、映画では、二人で故郷に帰る決心をするのに対し、原作では、お浜は「海津大崎の絶壁から身をおどらせて湖水に投じて」しまいます。

f0147840_2355299.jpg

ふうむ。なにゆえの変更でしょうかねえ。原作が、お浜を死なせてしまったのは、よくわかります。宮木、若狭(京マチ子)、そしてお浜という、女登場人物は、三人とも、戦争の犠牲になって死ぬ、としたかったのでしょう。とりわけ宮木とお浜は、ともに夫の野心と欲望の踏み台にされて死んでいくことになります。川口松太郎はそのことを書きたかったのでしょう。

では、溝口健二版では、なぜお浜を死なせなかったのか、それどころか、エンディングで、甲斐甲斐しく夫と兄を助けて幸せに生きるお浜の姿を描いたのか?

ひとつ考えられるのは、クライマクスのあとのシークェンスが、森雅之と小沢栄太郎の兄弟と男の子の三人だけというのは、あまりにもわびしくて、悲劇的な色合いが強くなってしまうことを懸念したのではないか、ということです。

川口松太郎版のエンディングは、悲劇的にならないように書かれていますが、その終わり方は映画版では採用されていないので、やわらかい終わり方をさせるために、妻たちのいっぽうを生き延びさせたのだろうと感じます。

では、川口松太郎版の結末はどうなっているか、その点も省略するつもりはないのですが、本日は時間切れ、次回、『祗園囃子』とともにそのあたりを見るつもりです。


metalsideをフォローしましょう



雨月物語 [DVD]
雨月物語 [DVD]


祇園囃子 [DVD]
祇園囃子 [DVD]


名作邦画DVD3枚パック 004 西鶴一代女/祇園囃子/雨月物語 【DVD】COSP-004
名作邦画DVD3枚パック 004 西鶴一代女/祇園囃子/雨月物語 【DVD】COSP-004


現代国民文学全集〈第15巻〉川口松太郎集 (1957年)
現代国民文学全集〈第15巻〉川口松太郎集 (1957年)
[PR]
by songsf4s | 2012-05-24 23:59 | 映画
石井輝男監督『セクシー地帯〔セクシー・ライン〕』(1961年、新東宝) その4
 
石井輝男監督は、東京は番町の生まれだそうで、なるほどな、と思いました。こういう韜晦の仕方というのは、都会人特有のもので、さてこそ、です。

とくに東京生まれに多いのですが、まじめくさった物言いを野暮に感じ、「芸術」なんてことは、自分でやるのはおろか、単語を口にするのも恥ずかしく思うタイプの人がいます。

「芸能」「芸事」ならいいのですが、くそまじめな顔をして「わたしの芸術はかくかくしかじか」などという人間を見ると、恥ずかしくて顔から火が出てしまうのです。

そのような羞恥の人の「アーティスティックな志」は、内部から外部へと向かう途中のどこかで迂回路へと入り込み、思わぬ場所に、仮面をまとって表出することになります。

石井輝男の映画には、そのような都会的羞恥心を感じます。くそまじめにお芸術をやることが恥ずかしいので、俺の映画なんてものは、客のスケベ心に媚びる、ただのエログロ消耗品さ、というポーズをとることで、なんとか羞恥心を克服し、やっとのことでみずから「映画監督」と名乗ることができたのだと、わたしは想像します。まあ、芸術は恥ずかしい、なんていうことの通じない、野暮天野郎がいつの時代も圧倒的に多いのですがね。

こんなことは、こちらの勝手な思いこみにすぎないのかもしれません。でも、わたしが石井輝男に肩入れする理由のひとつは、彼を羞恥の人だと考え、そこに共感するからです。彼の低徊指向、エログロ趣味は、町に生まれ育った少年のはにかみが裏返ったものなのだと思います。

◆ 島としての銀座の終焉 ◆◆
プロットがずぶずぶで、ガチッとたがをはめていないので、こちらの書き方もついずぶずぶになってしまいました。そもそも、スクリーン・ショットと音楽を並べるだけで、プロットを追いかけるつもりではなかったため、ここで改めて時間をさかのぼります。

前々回、バッカスという酒場で「クロッキー・クラブ」の会員証を見られたのを機縁に、吉岡(吉田輝男)と真弓(三原葉子)は、娼婦をおびき出し、ホテルの一室で脅して、いくつかの情報を得ます。

吉岡のほうは翌日、バッカスを足がかりにして、「クロッキー・クラブ」に属する店を探し、秋子(池内淳子)という女にたどり着いたことは前回書きました。

いっぽう、真弓のほうは、娼婦を脅し、翌日、彼女になりかわって客(守山竜次)に会い、ホテルまでついていきますが、これといった情報は得られず、客が風呂に入っているあいだに、金だけいただいて帰ってしまいます。

f0147840_21281262.jpg
三原葉子は娼婦に扮して客を待つ。東京駅構内での撮影だが、許可は取ったのだろうか。呵々。

f0147840_21281527.jpg
客が目標にする目印は腕につけた「ダッコちゃん人形」だというのが、なんだか妙に可笑しい。劇中では「ウィンキー」といっているが、そういえば、そういう異称もあった。1960年7月の発売だそうで、この映画が撮られた同年10月には、ブームの真っ最中だったことになる。これしきのものが差別的だという馬鹿がいたそうで、ただ呆れるしかない。カルピスのシンボルが差別的だといって変えさせた輩の同類。そんなものを差別的だと思う脳みその持ち主のほうがよほど差別的人種である。

f0147840_21285158.jpg

このサブプロットもどこにもつながらない盲腸でしたが、つぎに彼女は新橋駅前にすがたをあらわし、これといった理由もなく、札束を手にした男(沖竜次)を見て、その金をすろうとして気づかれ、手をつかまれてしまいます。

この男がなんとクロッキー・クラブのボス。そりゃまあ、真弓は掏摸が仕事だから、特段の理由なく、仕事をいたしてもかまわないのですが、ただ金を持っているのを見たからという理由で掏摸のターゲットにした相手が、たまたま、目下彼女と吉岡が追求しようとしている組織の親玉だったとは、あらまあ、です。

f0147840_21452679.jpg

f0147840_21454215.jpg

f0147840_2149186.jpg

f0147840_21492468.jpg

f0147840_2149492.jpg

f0147840_21504846.jpg
一瞬だが、ガード下の新橋文化劇場(現存)の看板が見える。

しかし、こちらが、ポカンと口を開けているあいだにも、話はどんどん進んでいくので、あきらめて成り行きにまかせます!

ボスは真弓を新橋(汐留川に架かる橋そのもの)のすぐ近くの「クロッキー・クラブ」につれていき、ここで働け、と脅します。真弓のほうも、探りを入れたくもあり、逆らっても無駄と考え、この提案を承知します。

真弓は、控え室で同僚に話を聞いたり、助けを求めるメモを紙飛行機にして投げたりしたあげく、順番がまわってきて、客の前にでてポーズをします。

f0147840_2157277.jpg

f0147840_21571922.jpg

f0147840_21572822.jpg

f0147840_21573775.jpg

f0147840_21574667.jpg

f0147840_21584681.jpg

f0147840_2157468.jpg

f0147840_2158618.jpg
救援を求める真弓の紙飛行機はバタ屋の子どもに拾われる。

そこへ、秋子からクラブの話を聞いた吉岡が、客としてあらわれ、指名して真弓を連れ出そうとしますが、前夜、情報を得るためにだましてホテルに呼び出した娼婦の証言で、二人がクラブを探っていることがバレ、地下室に監禁されてしまいます。

f0147840_224476.jpg

f0147840_2244631.jpg

f0147840_225525.jpg

f0147840_225193.jpg

f0147840_2252422.jpg

f0147840_2252362.jpg

f0147840_2254297.jpg

f0147840_2253871.jpg

f0147840_226280.jpg

話は煮詰まり、これでもうわかったようなものです。あとは如何にして二人が脱出し、組織をやっつけるかというだけ。そのあたりの話の運びは、吉岡と真弓の思わせぶりな会話がちょっと可笑しいくらいで、それほど面白いわけでもありません。

真弓がボスから掏摸とったナイフでロープ(ではなく電気コードか?)を切るシークェンスの音楽と、三原葉子と吉田輝男のおもわせぶりな会話をサンプルにしました。

サンプル 平岡精二「ナイフ」

しかし、ずっと申し上げているように、この映画の面白さは視覚的なディテールにあります。吉岡と真弓が地下室から抜け出し、新橋(あるいは土橋か?)の上に出るまでのショットはおおいに楽しめました。

つづいて、二人が地下室から脱出し、追っ手から逃れて、汐留川の工事現場から橋の上に出るまでの音楽を。この二曲はブルーズで、同じ曲ですが、リズム・アレンジが異なります。

サンプル 平岡精二「深夜の脱出」

サンプル 平岡精二「逃走」

それでは以下に、地下室脱出からエンディングにかけてのスクリーン・ショットを並べます。

f0147840_22462837.jpg

f0147840_22464026.jpg

f0147840_22465696.jpg

f0147840_22464817.jpg

f0147840_22471267.jpg
かつて真弓を逮捕したことのある刑事・須藤五郎(細川俊夫)は、バタ屋の子どもと遊んでいて、真弓の救援メモに気づく。

f0147840_22471824.jpg

f0147840_22473831.jpg

f0147840_2247377.jpg

f0147840_2247555.jpg

f0147840_22475370.jpg
地下室の鍵をあけて外に出ると、汐留川をはさんだ目の前に、またしても映画館・銀座全線座が見える。ただし、このとき、全線座はすでに映画館を廃業し、ナイトクラブになっていたらしい。現在の銀座8丁目博品館の裏手。

f0147840_22481294.jpg

f0147840_224877.jpg

f0147840_22483090.jpg

f0147840_22483951.jpg

f0147840_2248485.jpg

f0147840_224858100.jpg

f0147840_22492382.jpg

f0147840_22492228.jpg

f0147840_22492690.jpg

f0147840_22494851.jpg

f0147840_22495870.jpg

f0147840_2250687.jpg

f0147840_22522172.jpg

f0147840_2252168.jpg

f0147840_22524178.jpg

f0147840_22523595.jpg

f0147840_22524833.jpg

f0147840_2253670.jpg

f0147840_2253187.jpg

銀座はかつて、外堀、京橋川、三十間堀、汐留川に囲まれた「島」でした。現在でも、水のないところに、三原橋、新橋、数寄屋橋といった橋の名前が地名として残っている所以です。また、横溝正史の戦後の複数の小説に、濃霧で一寸先も見えない銀座裏で殺人が起こる話がありましたが、それも銀座が堀割に囲まれていたためです。

石井輝男は、開巻まもなく、吉田輝男と三条魔子が三十間堀でボート遊びをするシーンを見せ、その背景に「東京松竹劇場」のネオンサインを配しました。

クライマクス、吉田輝男と三原葉子は、「銀座全線座」を見つつ、工事中の汐留川の足場をわたって逃げます。

これを無意識に見せる映画監督というのはいないわけでして、石井輝男は「銀座島」の物語を描いて見せたのです。そして、都市には表と裏、上と下、光と闇があり、『セクシー地帯』は、都市の裏、都市の地下、都市の闇を描いた物語です。

文字で読むだけでも、そういう物語を好むわたしのような人間にとっては、『セクシー地帯』は過去のある時期の都市の闇を視覚的に見せてくれるのだから、じつに愉悦に満ちたものであり、映画というのはありがたいものだと思いました。

銀座ばかりでなく、かつては、中央区全体が魅惑的な水の都でしたが、主として車社会の進展、そしていくぶんかは堀割の悪臭のせいもあって、ほとんど痕跡をとどめないまでに埋め立てられてしまいました。

汐留川の埋め立てはすでに50年代にはじまっているので、『セクシー地帯』が捉えたこの運河の工事現場は、改修や浚渫などではなく、埋め立てのものなのでしょう。

石井輝男は、水の都としての東京が死んでいくすがたを記録しようとしたのか否か、そんなことはわかりません。しかし、この映画を見終わって、石井輝男には、子どものころから親しんできたなにかが失われる予感があり、それが原動力となって、この物語を生み出したのではないか、と思いたくなりました。

f0147840_23432667.jpg


Click and follow Songs for 4 Seasons/metalside on Twitter
metalsideをフォローしましょう



石井輝男 地帯 (ライン)シリーズ コンプリートボックス (初回限定生産) [DVD]
石井輝男 地帯 (ライン)シリーズ コンプリートボックス (初回限定生産) [DVD]
[PR]
by songsf4s | 2012-05-22 23:49 | 映画
石井輝男監督『セクシー地帯〔セクシー・ライン〕』(1961年、新東宝) その3
 
石井プロダクションの運営になる石井輝男監督のオフィシャル・サイトがあります。

上映情報が2009年のもので、つくったはいいけれど、更新には手がまわらなくなってしまったという雰囲気が濃厚だったため、怠惰にもクレジットを参照するだけでしたが、ほかのページも読んでみたら、「しまった!」でした。

「石井輝男を語る」というセクションは、まだひとつしか記事がないのですが、その唯一の記事が青野暉〔あきら〕監督による『セクシー地帯』の撮影に関するものでした。そいつはありがたい(いや、見当はずれを書いていた可能性もあり、ちょっとありがた迷惑でもあったが!)と読んでみました。

「冒頭、夜の銀座街頭を行く主人公の撮影は『盗み撮り』でやろうと言うことになった」とあり、明示的にはいっていませんが、やはり、いちいち撮影許可などとらなかったのではないかと思われます。

そもそも1961年にはすでに、銀座での撮影はできなくなっていたのではないでしょうか。『セクシー地帯』の冒頭やエンディングのように、銀座のど真ん中、尾張町交叉点の服部の前なんて、論外でしょう。

手持ちとなると、ふつうならアリフレックスなのだと先達に教わりましたが、まだ輸入台数が少なく、レンタル料金が高くてアリフレックスは使えず(あのとき、新東宝は倒産直前だった)、ミッチェルに黒布をかぶせて撮影助手が担ぎ、撮影監督は黒布に頭をつっこんで歩いたのだそうです。

f0147840_12253421.jpg

f0147840_12254380.jpg
ミッチェル(上)とアリフレックス

ミッチェルといってもいくつかモデルがありますが(「蟹」といわれる低い特製三脚に載せた小津組のミッチェルの写真がおなじみだろう)、大型で重いことになっています。撮影助手は体がガタガタになったのではないでしょうか。映画撮影は体力勝負。

◆ 乱歩的猟奇の果て ◆◆
それでは前回のつづき。

吉岡(吉田輝男)の目論見通り、「クロッキー・クラブ」のプレートがなくなったことに気づいた「ル・フランセス」の支配人は、秋子(池内淳子)になにかいいつけ、彼女は外出します。

f0147840_12173263.jpg

f0147840_12175793.jpg
手持ちなので、当然ながら水平が出ず、しばしば画角が傾くのだが、それがダイナミズムの源泉のひとつになっている。憶測だが、ちょっと傾くよりは、いっそ、それが意図だとわかるように大きく傾けたショットも多いのではないだろうか。

f0147840_121824100.jpg

f0147840_1218395.jpg

こういう動きを待っていた吉岡は尾行をはじめますが、まもなく秋子はタクシーに乗ってしまい、吉岡はあきらめて「ル・フランセス」の外で待つことにします。秋子がもどると、支配人は扉口に出てきて、新しい「クロッキー・クラブ」のプレートをつけます。ここで吉岡は客のふりをして電話で秋子を呼び出します。

以下、秋子が有楽町駅で吉岡を待つところから、浅草へというシークェンスを。

f0147840_13394557.jpg

f0147840_1340337.jpg

f0147840_13433641.jpg

f0147840_13435425.jpg

映画のなかに映画館の外部や内部、あるいは映画の場面そのものが登場するのはめずらしいことではありませんが、その場合、たいていは自社の直営館や作品です。

『セクシー地帯』に登場する映画館や映画は、たぶん新東宝関係はゼロ、すべて他社のものでしょう。前回見た、おそらく三十間堀で撮影されたと思われるシークェンスに登場したのは、「東京松竹劇場」でした。

この有楽町駅前のショットで、「蛇伝」とだけ部分的に見える映画タイトルは、東映動画初期の秀作『白蛇伝』ではないでしょうか。

f0147840_144695.jpg

『白蛇伝』は1958年公開なので、『セクシー地帯』の撮影時期とは合致しませんが、再映があっても不思議はありません(ただし、撮影場所は東宝経営の日劇ビルの裏に思われ、ちょっと奇妙ではある。あるいは映画ではなく、『白蛇伝』と題するレヴューなどの実演かもしれない)。

クラブにバレないように客をとるなら「エンコ」がいいと秋子はいいます。浅草のことです(浅草公園→公園→エンコ)。そして夜の浅草六区が映ります。ここでもまた映画館が見えます。

しかし、夜ではあるし、1960年代の浅草はよく知らないので、撮影現場の同定には困難を感じます。

f0147840_1437012.jpg
左の「日活」が富士館なら、ここは六区の通りであり、キャメラは広小路方向を背に、ひさご通り方向にレンズを向けていることになる。

f0147840_1437151.jpg
「日活」や「大草原の渡り鳥」といった文字ばかりでなく、キャストまで写している。映画にはふつう、無意識に撮影されたものなどないので、石井輝男監督はこの映画館とタイトルとキャストを意識して見せているにちがいない。なんのため、かはわからないが。

f0147840_1438020.jpg
左下に「晴れ」という文字が見える。この翌々週に公開された『あした晴れるか』だろう。画面右側には、東映ロゴのネオンサインが見える。

浅草の日活は、時期によって場所が異なりますが、1960年ごろには、昔の富士館の建物が使われていたようです。だとすると、六区の通りで撮影されたと考えられます。

しかし、その日活とは通りを挟んだ向かいの建物の上のほうに東映のロゴらしきものが見え、ここで混迷に陥ってしまいます。浅草の東映は浅草十二階、凌雲閣の跡地にあったので、右手に東映があるのだとしたら、六区の通りではなく、国際劇場のあった表通りと花屋敷をむすぶ道で撮影されたことになります。

どちらとも判断をつけにくいのですが、たいした根拠なく、山勘をいってしまうと、たぶん六区の通りで撮影したのだと思います。東映のロゴをかかげた劇場は、浅草東映ではなく、邦画二番館で東映作品もかけていたのではないでしょうか。

f0147840_17455552.jpg
日活の入場料は「特別奉仕料金」の170円。ということは、この時期の封切館の通常料金はもうすこし高かったのだろう。

f0147840_17461262.jpg
右側に見えている映画のタイトルは『大菩薩峠』と『新夫婦読本』と読める。前者は多数の映画化があるが、これは大映のもので、三隅研次監督、市川雷蔵主演。『新夫婦読本』はシリーズだが、1960年10月に公開されたのは『時の氏神 新夫婦読本』、枝川弘監督、叶順子、川崎敬三、船越英二出演。

日活でかかっている映画は『大草原の渡り鳥』、この映画は1960年10月12日に公開されたそうなので、これで『セクシー地帯』の撮影時期が特定できます。近日公開らしき映画は『あした晴れるか』(中平康監督、石原裕次郎、芦川いづみ主演)で、この映画の公開は1960年10月26日と記録されています。

以下に「鈴木清順監督『花と怒涛』その1」という記事に付した、昭和十年ごろの浅草六区の映画館配置図を再掲します。1960年ごろには、日活はこの図の富士館の位置にあり、東映はかつての凌雲閣すなわちこの図の昭和座の位置にありました。

f0147840_0534551.jpg
北は上ではなく、左になっていることにご注意。すでに十二階はないが、左端にその位置を示した(赤く囲った昭和座という劇場)。


今回で『セクシー地帯』は完了しようと思っていたのですが、ここまで書いたところで、それは無理と判断し、あせらず、端折らず、のろのろ書こうと腹をくくりました。

石井輝男は後年、江戸川乱歩の『孤島の鬼』などの諸作にゆるやかにもとづいた『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』や『盲獣VS一寸法師』といった映画を撮っています。

吉田輝男と池内淳子の会話に、しきりに「猟奇」という言葉が出てきますが、江戸川乱歩や横溝正史の昭和初年の諸作にも「猟奇」(curiocity hunting)という言葉がしばしば登場するのはご存知のとおり。乱歩には『猟奇の果て』という長編小説もあります。

石井輝男が「猟奇」という言葉を使ったのもまた、乱歩から来ているのでしょう。じっさい、ここで話はじつに乱歩的な、あるいは猟奇的な浅草アンダーワールドへと入り込んでいきます。

吉田輝男が池内淳子を呼び出した目的は、彼女の客になることではなく、情報を得ることだったので、吉田輝男は、しきりに猟奇趣味をいいつのり、では、変わったものを見せてあげようと、池内淳子は某所に彼を案内します。

浅草の裏通りの旅館らしきところに案内された吉田輝男は、田舎から家出してきたような若い女性をだまして連れ込んだとおぼしき男が、なかば無理矢理にことをいたす場面を見せられます。

サンプル 平岡精二「ピープ・ショウ」

f0147840_1873047.jpg

f0147840_1874930.jpg

f0147840_188451.jpg

f0147840_1891424.jpg

f0147840_1892789.jpg

f0147840_1894033.jpg

吉田輝男は、大変だ、警察に知らせなくては、と騒ぎ立てますが、池内淳子は、自分たちの覗きのことはどう釈明するのだといい、旅館をあとにして、近くの喫茶店に入ります。

彼らが席に着くとまもなく、さきほどの男女も旅館から出てきて、にこやかに腕を組んで立ち去り、吉田輝男は呆気にとられてそれを見送ります。池内淳子は、あなたひとりのためにやったショウだと種明かしをし、料金を取り立てます。

f0147840_181174.jpg

f0147840_1811235.jpg
右側の旅館の名前は「ひさご」なので、ひさご通り裏でのロケとわかる。

f0147840_18114088.jpg

f0147840_18122055.jpg

ここで流れる音楽をサンプルにしました。これまた、ちょっとだけ歪んだトーンのギターが好みです。

サンプル 平岡精二「ショウのあとで」

種村季弘編「東京百話」だったか、平凡社の「モダン都市文学全集」だったか、あるいは三一書房の「近代庶民生活誌」だったかに収録された昭和初期の探訪記にも、同じような話柄がありました(このてのものは目方で量るくらい大量に読んだので、記憶がごっちゃになっている)。

じっさい、浅草ひさご通りの裏手あたり(かつての「十二階下の銘酒屋街」であり、鈴木清順監督『花と怒濤』の舞台)では、そのようなことがおこなわれていたふしがあります。そして、これまた記憶がおぼろですが、乱歩自身の小説にも、そのような見せ物が出てきたと思います。

f0147840_1816266.jpg

f0147840_1816151.jpg

f0147840_18163220.jpg

喫茶店におかれていた新聞に、吉岡の殺された恋人(三条魔子)に関する記事があり、秋子は、彼女は仕事上の知り合いだった、なにかまずいことをして組織に殺されたのだろう、彼女のようにはなりたくない、といいます。

かくして、舞台はクロッキー・クラブへと移ります。


Click and follow Songs for 4 Seasons/metalside on Twitter
metalsideをフォローしましょう



石井輝男 地帯 (ライン)シリーズ コンプリートボックス (初回限定生産) [DVD]
石井輝男 地帯 (ライン)シリーズ コンプリートボックス (初回限定生産) [DVD]
[PR]
by songsf4s | 2012-05-21 19:11 | 映画
石井輝男監督『セクシー地帯〔セクシー・ライン〕』(1961年、新東宝) その2
 
かつて日活で活躍した女優にして深作欣二監督の未亡人、中原早苗さんの訃報を読みました。

当家で過去にとりあげた映画では『乳母車』に出演していますが、この映画では、芦川いづみの同級生として、冒頭のプールのシーンに登場するだけにすぎず、記事では言及しませんでした。

f0147840_23222176.jpg
田坂具隆監督『乳母車』の中原早苗。右は青山恭二。

いますぐにというわけにはいきませんが、できれば、近日中に彼女が活躍した映画をなにか取り上げようと思います。『あじさいの歌』の島村のり子役も印象深いものでしたが、おそらく、鈴木清順監督の『関東無宿』になるでしょう。

◆ 赤、青、黒、白、黄、線といっても色色ありまして ◆◆
石井輝男が新東宝時代に数本とった「地帯〔ライン〕シリーズ」というのは、おそらく「赤線区域」略して「赤線」から来ているのだろうと思います。

赤線というのは「売春を目的とした特殊飲食店街の別称。警察がこの地域を地図に赤線で囲って示したところから」(ニッポニカ)だそうで、江戸時代にはじまって1945年の敗戦まであった公娼制度と、進駐軍のアメリカ式公娼否定の考え方が出合って、無理につくられた私生児のような制度といっていいでしょう。

また、青線というものもあって、「飲食店の営業許可だけで酌婦がひそかに売春をしたり、あるいは旅館を装って街娼を出入りさせる裏口売春街は、フランスの例に倣って特別地区として地図に青線で囲った」(同上)のだそうです。

石井輝男は、赤線も青線もつくっていませんが、『白線秘密地帯』(1958)『黄線地帯』(1960)『黒線地帯』(1960)という、いずれも売春組織をあつかった映画を撮っていて、この一連の(ただし、プロットも登場人物も相互に連絡はない)ものを「ライン・シリーズ」といっています。

憶測するなら、赤線でも青線でもない、社会の表にはあらわれない売春という意味で、白線だの黒線だのといった名前をつけたのでしょう。最初の『白線秘密地帯』は、赤線が廃止された年につくられています。今回取り上げる『セクシー地帯』は、色名を使っていませんが、このシリーズにつらなる最後の映画です。

◆ スケッチ・クラブ! ◆◆
貿易会社に勤める吉岡博司(吉田輝男)は、ある夜、尾張町交叉点で、見知らぬ女・真弓(三原葉子)に突然、腕をとられ、地下鉄出入口へと引っ張り込まれます。

あなた、いい男ね、などとしなだれかかかったと思ったら、女は、じゃあまたね、と、あっというまに去り、直後に、吉岡は二人の男にとらえられ、署まで来てもらおうといわれます。女は掏摸とった札入れを吉岡のポケットに落とし、同時に、吉岡がもっていた紙入れをすっていたのでした。

f0147840_23311449.jpg

f0147840_2331870.jpg

f0147840_23313440.jpg

翌日になって容疑がはれ、吉岡は会社に行きますが、上司から、しばらく大阪支社にいっていろと命じられます。吉岡が女にすられた紙入れはこの上司から預かったものだったのです(なぜそんな妙な預かりものをしたかの説明はない!)。

ひそかに売春をしていた吉岡の恋人、滝川玲子(三条魔子)は、吉岡の転勤の話を聞き、わたしが部長に話しておくので、もう一度部長に会って、左遷命令を撤回してもらえと説得します。

f0147840_2333718.jpg
吉田輝男と三条魔子のデート・シーン。背後に見える「東京松竹劇場」とは東劇のことか。たぶん三十間堀なのだろう。銀座でボート遊びとはまた!

f0147840_23333595.jpg

f0147840_23334586.jpg

玲子はすぐに客ないしは情人である部長を呼び出し、吉岡の左遷を撤回させ、ついでに手切れ金をせしめます。

彼女がその足で向かったのが「クロッキー・クラブ」という、まるで美術学校のように、ヌードの女性を男たちがスケッチするクラブ。ここで女性を観察して、指名してどこぞへと連れ出すという仕組みの売春組織の本拠とわかります。

f0147840_2341133.jpg

f0147840_23412473.jpg

f0147840_23422960.jpg

玲子は、この組織のボスに、自分はもうこの仕事が嫌になったので、やめさせてほしいといいますが、ボスのほうは、当然ながら、そんな勝手は許さないといい、玲子のほうは、それなら組織のことを暴露すると開き直ります。なんと愚かな言動かと思いますが、このあたり、脚本は説明も弁解もなしに、強引に押し通ります。呵々。

いっぽう吉岡は、部長のマンションに訪れたものの、部長には会えず(玲子と会っていたのだから当然!)、玲子のアパートに行きますが、やはり会えません。ふたたび部長のマンションの受付に行き、ラジオのニュースで玲子が自分のアパートで絞殺死体となっていたことを知ります。

死体発見の直前にアパートを訪ねた若い男がいたこと、また玲子の上司の部長が、玲子の婚約者が仕事上の失敗で悩んでいたと証言したとも報じられ、自分が容疑者となったことがわかって、吉岡は夜の町にさまよい出ます。

吉岡は先夜の掏摸の女・真弓にばったり出会い、女を責めますが、女のほうは平気の平左で、逆に吉岡が警官を避けたのを不審に思い、逃げる吉岡を捕まえて事情を聞き出します。そのあたりで流れる音楽をサンプルにしました。

サンプル 平岡精二「ラジオ・ニュース」

真弓は「バッカス」というバーに入り、吉岡から掏摸とった紙入れを返しますが、それはなにかのクラブの会員証のようなものが入っているだけで、部長からあずかっただけの吉岡もそれを見て、自分はこれしきのものを盗まれただけで左遷されるのかと、首をかしげます。

そこへボーイが飲み物をもってきて、吉岡のもつ会員証を見て態度を改め、場所と時間のご希望は、と尋ねます。なんだかわからずに戸惑う吉岡を尻目に、真弓はすかさずホテルの名前と時刻を告げます。

f0147840_2344184.jpg

f0147840_2345776.jpg

f0147840_23451695.jpg

f0147840_2346767.jpg

f0147840_23461782.jpg

f0147840_2346254.jpg

かくして、女掏摸とその被害者がタッグを組んで、殺人事件の謎を解き、売春組織を相手に冒険をするというのが『セクシー地帯』のストーリーです。

昔の映画ではあるし、新東宝は財政的に苦しかったこともあって、いや、石井輝男の考え方もおおいに関係あるのでしょうが、以上のプロットをご覧になっただけでも、脚本は穴だらけであることは一目瞭然でしょう。強引な偶然が多すぎますし、時間的順序にも無理があったりします。

しかし、この映画の魅力はそういうところにはない、というか、論理性を重要なポイントと考えてしまうと、とうてい最後まで見られなくなってしまいます。

『セクシー地帯』が魅惑的なのは、ろくに撮影許可もとらなかったのではないかと思わせる、荒っぽい、しかし、生彩ある、ほとんどが手持ちで撮影された、1960年代初めの東京の、いや、銀座、築地、新橋、有楽町、浅草の肖像です。

f0147840_23483961.jpg

f0147840_23484967.jpg

f0147840_23484074.jpg

f0147840_23501993.jpg

やれヌーヴェル・バーグの、やれシネマ・ヴェリテのといった流行りごとを石井輝男が意識していたかどうかは知りませんが、ゴダールがなんぼのものじゃ、というほど自由な、そしてインプロヴィゼーショナルなショットが積み重ねられ、われわれは吉田輝男や三原葉子や池内淳子(コールガール役!)とともに、東京アンダーワールドを彷徨う愉しみをたっぷり味わうことになります。

手持ちを多用し、その場の光だけで撮影したショットばかりなのは、たぶん、シネマ・ヴェリテの線を狙うといったアーティスティックな意図があったわけではなく、コストの関係で早撮りに徹した(石井輝男は助監督として渡辺邦男につき、早撮りの技を学んだという。「本家の血筋」なのだ!)結果なのでしょう。

しかし、そのおかげで、同時期の邦画、たとえば日活アクションとはまったく異なった味が生まれ、独特のスピード感とリアリティーが形作られています。

平岡精二(子どものころ、昼のワイドショウにレギュラーとして出演し、毎日、にこやかにプレイしていた姿が目に浮かぶ)のスコアは、すべて彼のクインテット(ドラム、ベース、ピアノ、ギター、平岡自身がプレイするヴァイブラフォンという、管なし、リズム・セクションのみの編成で、非常に好ましい)による演奏のみで、これまたコストの要求したものでしょうが、よけいなものがなく、結果的に成功しています。暑苦しい金管も木管も完全に排除、という涼やかなサウンドも成功の一因でしょう。

またサンプルを。吉岡は「クロッキー・クラブ」というプレートを貼った店を求めて銀座裏(?)を歩きまわり、「ル・フランセス」という喫茶店を見つけます。開店前にこの店のプレートをはぎ取り、その結果、店がどう動くかを見て、手がかりを得ようとします。

f0147840_23504214.jpg

f0147840_23511167.jpg

f0147840_23512874.jpg

f0147840_23514710.jpg

吉岡が店に入って注意していると、支配人が秋子という女(池内淳子!)になにか指示し、秋子は店を出ます。吉岡はその行き先を突き止めようと秋子を追って銀座裏を歩きはじめます。そのシークェンスに流れる曲を。

サンプル 平岡精二「女を尾行けろ」

アンプがよくないだけかもしれませんが、澄んだトーンではなく、微妙に歪んだギターの音がじつに好ましく、また、モダーンに響きます。もはや50年代ではない、というタッチ。

ゆったりとした4ビートの音楽と、手持ちキャメラによる都市の肖像、というのが『セクシー地帯』の魅惑です。物語はさておき、次回もまた、吉田輝男や三原葉子や池内淳子とともに、平岡精二のサウンドに乗って東京を彷徨する予定です。


Click and follow Songs for 4 Seasons/metalside on Twitter
metalsideをフォローしましょう



石井輝男 地帯 (ライン)シリーズ コンプリートボックス (初回限定生産) [DVD]
石井輝男 地帯 (ライン)シリーズ コンプリートボックス (初回限定生産) [DVD]
[PR]
by songsf4s | 2012-05-18 23:52 | 映画
石井輝男監督『セクシー地帯〔セクシー・ライン〕』(1961年、新東宝) その1
 
ずいぶん以前からずっと、なにか石井輝男の映画を取り上げようと思っていたのですが、なかなか重い腰が持ち上がりませんでした。

新東宝映画や石井輝男については、それなりの紹介(いくぶんか「弁解」のニュアンスもある!)をしたほうがいいようにも思うのですが、今日はスクリーン・ショットとサウンドトラックの切り出しにおおいに時間をとられ、テキストを書く時間はあまり残されていないので、そうしたあれこれは略して、さっそく映画へ。

f0147840_23255276.jpg

石井輝男は、上品なもの、きちんと整理されたものを好まず、多くの人が軽侮するもの、たとえばエログロと表現されるような下品なものを、あえてつくる露悪趣味ないしは低徊指向のようなものの持ち主だったようです。

キャリアのはじめに、成瀬巳喜男や清水宏に助監督としてつき、成瀬風の企画をたくさん提出したものの、いずれも会社に却下されてしまったといわれていて、あるいは、そのへんでなにか、強くエモーションを刺激することを経験し、「非成瀬的」な映画人生を歩む決意をしたのかもしれないと想像します。

f0147840_232615100.jpg

今回見る、新東宝末期の『セクシー地帯』も、タイトルが暗示するように、ちょっとエロの入った、上品ではない映画です。しかし、東京アンダーワールドをあつかったフィルム・ノワール・ジャポネであり、じつに魅力的な絵と音のコンビネーションにあふれていて、わが嗜好のど真ん中をいく映画なのです。

といっているそばから時間は飛び去り、本日は予告篇程度で終わらざるをえないようです。せめてタイトルだけでもご覧いただきましょう。これがまたじつに好ましいグラフィック・タイトルなのです。

f0147840_23264134.jpg

f0147840_2327299.jpg

f0147840_23271354.jpg

f0147840_23272173.jpg

f0147840_23272816.jpg

f0147840_23273773.jpg

f0147840_23274443.jpg

f0147840_2327552.jpg

このタイトル・バックに流れる音楽も、ストレートな4ビートで、絵柄にきちんとマッチしていて、おおいに好むところです。このトラックをサンプルにしました。映画から切り出したもので、音質はあまりよくありません。タイトルはわたしが恣意的につけたものです。

サンプル 平岡精二「メイン・タイトル セクシー地帯」

では次回、もうすこし映画の中身を見てみます。

f0147840_23281075.jpg


Click and follow Songs for 4 Seasons/metalside on Twitter
metalsideをフォローしましょう



石井輝男 地帯 (ライン)シリーズ コンプリートボックス (初回限定生産) [DVD]
石井輝男 地帯 (ライン)シリーズ コンプリートボックス (初回限定生産) [DVD]
[PR]
by songsf4s | 2012-05-17 23:44 | 映画
ドナルド・ダック・ダン逝く
 
すでに日本のメディアでも報じられたように、MG'sのダック・ダンが、ツアーで訪れていた東京で急死しました。享年七十。死因は発表されたのか否かすら知りません。取り立てて重大な疾患はなかったということなので、心臓か脳でしょうか。

毎度のことながら、スタジオ・プレイヤーの代表作を選ぶのは七転八倒します。数が多すぎるし、そもそもなにか大きな美点がなければ名を残すようなことはないわけで、並べて聴いてみると、すばらしいトラックが目白押しで、選択に苦慮します。

深く考えずに、60年代のスタックス・レコード・ベスト・ヒット集縮小版のようなものになったら、それはそれでしかたない、と腹をくくって、ノンシャランにトラックを並べることにします。

ダック・ダンはMG'sのベースだった、そして、MG'sといえばGreen Onionである、と反射的にお考えになるでしょうが、彼がMG'sに加わったのは1965年なので、あの曲ではプレイしていません。

ダック・ダンのディスコグラフィーに登場する最初の大ヒットは、スタックスではなく、アトランティックからのリリースでした。アトランティックのアーティストがメンフィスに来て録音したのです。

Wilson Pickett - In the Midnight Hour


画面に映っているのはちがうバンドですが、音はスタジオ録音、MG'sとマーキーズのプレイです。

ウィルソン・ピケットのキャリア全体を見渡すと、スタックスではなく、アメリカンやフェイムで録音したトラックのほうがはるかに多く(ドゥエイン・オールマンがプレイしたクライテリアのものもある)、MG'sとやったのは一握りですが、わたしはやはり、ピケットというと、この曲と634-5789 (Soulville USA)を思い浮かべます。ともにMG'sとマーキーズのバッキングで、どちらの曲も作者のひとりはスティーヴ・クロッパーです。

不思議なことに、Green Onionの大ヒットがあったにもかかわらず、MG'sはその後、自己名義のアルバムを長いあいだリリースせず、スタックスのハウス・バンドに徹します。

スタインバーグからダック・ダンに交代した65年からMG'sのほんとうの活躍がはじまるのですが、そのセカンド・アルバムのソングライター・クレジットのほとんどすべてにスタインバーグの名前があるので、ダック・ダンのトラックは1、2曲なのだろうと思います。

そのつぎのアルバム、And Nowはあまり面白くないのでとばすと、つぎはクリスマス・アルバムで、ちょっとメイン・ラインからはずれてしまいますが、このアルバムでは、ダック・ダンのプレイとしても、この曲が印象に残っています。

Booker T. & the MG's - We Wish You A Merry Christmas


この野太さこそがまさにダック・ダン!

In the Midnight Hourに勝るほど無数のカヴァーがあるこのスタンダードもダック・ダンのプレイでした。

Eddie Floyd - Knock On Wood


スタックス・レコードを代表するシンガーだったオーティス・レディングもMG'sと無数のレコーディングをしています。のちにMG'sのヒット曲、Time Is Tightに化けることになるこの曲を。

Otis Redding - I Can't Turn You Loose


同じくスタックスを代表するアーティストですが、子どものころ、オーティスよりずっと熱心に聴いたのは、このデュオでした。

Sam & Dave - Soul Man


この曲のベースは好きでした。いまでも、ダック・ダンといえば、まず思い浮かべる曲のひとつです。

今度はライヴ、それもバラッドを。中学の時に買ったサム&デイヴのLPに収録されていて、よく聴いた曲です。MG'sはスタックスの屋台骨を支えていたので、60年代には、よほど大事なツアーでないと、よそには行かなかったそうです。

Sam & Dave - When Something Is Wrong With My Baby


女性シンガーがまだゼロだったのに気づいたので、オーティス・レディングとのデュエットもやったこの人の代表作を。

Carla Thomas - B-A-B-Y


つぎはストレートなブルーズを。アルバート・キングはスタックスと契約していた時期があり、このときに代表作となるものをリリースしています。プロデューサーはたぶんアル・ジャクソン。むろん、ストゥールに坐ったのも彼でしょう。

Albert King - Born Under a Bad Sign


あまりブルーズは聴かない人間なのですが、このBorn Under a Bad Signをタイトル・トラックにしたLPはいいアルバムだと思います。

こんどは白人デュオとのスタジオ・ワーク。彼らにとってはこれがデビュー盤でした。

Delaney & Bonnie - It's Been a Long Time Coming


バッキングはこのあたりで切り上げ、以下、MG'sのトラックを少し並べてみることにします。

Green Onionはもちろん子どものときに知っていましたが、リアルタイムで記憶のあるMG'sのチャート・ヒットというと、この曲あたりが最初ではなかったかと思います。ラスカルズのビルボード・チャート・トッパーのカヴァー。

Booker T. & The MG's - Groovin'


MG'sがいかにもMG'sらしくなり、ヒットを連発するのはこのあたりからだったのではないでしょうか。60年代終わりから70年代はじめが、わたしにとっては「MG'sの季節」でした。

MG'sとしても、スタックスとしてもめずらしい、白人ポップ的な、明るくノーテンキなトラックを。

Booker T & The MG's - Be Young, Be Foolish, Be Happy


このBe Young, Be Foolish, Be Happyが収録されたSoul LimboはMG'sの代表作と見ています。つぎは、このアルバムからシングル・カットされた、クリント・イーストウッド主演のウェスタン『奴らを高く吊るせ』のテーマ曲。OSTではなく、このMG'sのカヴァーのほうがヒットしました。

サンプル Booker T. & the MG's - Hang 'Em High

奴らを高く吊るせの翌年、1969年にはヒットが二つありますが、まずはサイモン&ガーファンクルのカヴァー。ダック・ダンとアル・ジャクソンのイントロがむちゃくちゃにかっこよくて、子どものときに大好きでした。

Booker T. & The MG's - Mrs. Robinson


ポール・マッカートニーはダック・ダンのファンで、66年だったか、もうアビー・ロードの薄い音は嫌だといって、スタックスのスタジオで録音することにし、予約したことがあるそうです。

驚いた会社は、ポールのベースの録音スタイルをドラスティックに変更し、ジェフ・エメリックが卓に坐ったPaperback Writerが誕生したのだという伝説もあるほどです(ビートルズがスタックスのスタジオを予約した書類が存在するそうだが、まだそのコピーというのを見ていない)。

MG'sのほうは、そのへんのことをよくわかっていなかったようですが、ダック・ダンはビートルズが好きで、ビートルズ・カヴァーで埋め尽くされたMG'sのアルバム、McLemore Avenue誕生の原動力となったようです。

メドレーばかりでみな長くて困るのですが、短いクリップがあったので、それをおきます。McLemore Avenueから。

Booker T. & the MGs - You Never Give Me Your Money


すこし時間をさかのぼって、Green Onionと並ぶMG'sの代表作を。何度も書いていますが、FENの夕方の番組、Kantoh Sceneというものがあって、70年代の一時期、ずっとこの曲をエンディング・テーマにしていたので、毎日のように聴いていました。17:58ごろにかかったので、これを聴くと、いまでもなんとなく空腹の幻想のようなものを感じます。呵々。

Booker T. & The MG's - Time Is Tight (45 ver.)


もう一曲、やはりKantoh Sceneのエンディング・テーマに使われたトラックを。

Booker T. & The MG's - Hip Hug-Her


こういうサウンドがいちばんダック・ダンらしいと感じます。

70年代なかば以降、ドナルド・ダック・ダンの仕事はスタックスの外へと広がっていきますが、ブルーズ・ブラザーズをはじめとするそうしたトラック群は、60年代育ちには、やはり「余生」に感じられます。いや、思い立って、そういうトラックを集めて記事を書くかも知れませんが、本日のところはここまで。

すでに75年に没したアル・ジャクソンとともに、ドナルド・ダック・ダンに安らかな眠りを。


Click and follow Songs for 4 Seasons/metalside on Twitter
metalsideをフォローしましょう



ウィルソン・ピケット
Original Album Series
Original Album Series


エディー・フロイド
Stax Profiles
Stax Profiles


オーティス・レディング
The Very Best of Otis Redding
The Very Best of Otis Redding


サム&デイヴ
Soul Men/I Thank You
Soul Men/I Thank You


サム&デイヴ
Very Best of Sam & Dave 4CD-Set
Very Best of Sam & Dave 4CD-Set


カーラ・トーマス
Platinum Collection
Platinum Collection


アルバート・キング
Born Under a Bad Sign
Born Under a Bad Sign


ディレイニー&ボニー
Home
Home


ブッカーT&ザMG's
In the Christmas Spirit
In the Christmas Spirit


ブッカーT&ザMG's(2枚組ベスト)
Definitive Soul (Mcup)
Definitive Soul (Mcup)


ブッカーT&ザMG's
Soul Limbo
Soul Limbo


ブッカーT&ザMG's
Mclemore Avenue
Mclemore Avenue
[PR]
by songsf4s | 2012-05-15 23:55 | 60年代
日活映画『乳母車』補足 芦川いづみの部屋と鎌倉・光明寺の裏山
 
最後の更新が三月二十五日なので、一月半の長い中断になってしまいました。何度か、軽い記事でご機嫌伺いをしようと思ったのですが、ちょっと疲れていることもあり、また、2007年以来、丸五年近く、千件以上の記事を書いてきた反動で、気分的に倦んでしまったこともあって、なかなか更新できませんでした。

長く休むたびに、毎度驚くのですが、思いのほかお客さんの減少というのは小さいもので、しばらく新しい記事なしでも、おおぜいの方がいらしてくださいます。まあ、原稿用紙にすれば数千枚の記事を書いてきたので、検索でヒットするものもたくさんあるからでしょうが、なんだか菅公の「主なくとも」みたいな妙な気分です。

人間、明日も生きているという保証などまったくありません。今回のように、ふと休んだら、再開できなくなっただけ、というのではなく、ほんとうに重い病に伏したり、ふいにあの世に引っ越したりすることもおおいにありえます。それでも、しばらくのあいだは、このブログは生き続け、毎日数百人のお客さん方が訪れていらっしゃるでしょう。なんだか変なものだなあ、と思います。

どうであれ、意味のあるなしにかかわらず、数年のあいだ、倦まずたゆまず記事を書いてきた報酬なのだろうと、訪れていらっしゃるお客さん方に感謝しております。

◆ 芦川いづみの部屋から見えるもの ◆◆
このところ、過去の記事をチェックし、文字の間違いなどを修正していて、いくつか宿題を思い出しました。いや、たくさんありすぎるほどなのですが、ひとつだけ、仮の、といわざるをえませんが、決着をつけられそうなものがありました。

連休中の一日、逗子から鎌倉へといつものコースを歩き、材木座の光明寺で一休みしました。この古刹は、当ブログでは、「狂った果実 その3」という記事で、ロケ地のひとつとして言及したことがあります。

そしてもうひとつ、「『乳母車』(石原裕次郎主演、田坂具隆監督、1956年日活映画)の美術 その2」という記事の最後、鎌倉にあると設定されている、宇野重吉、山根壽子、芦川いづみの親子が住む邸宅の場所として想定されているのは、光明寺の裏山あたりではないかということも書きました。

その根拠としたショットを。

f0147840_19182493.jpg

f0147840_1931080.jpg

f0147840_19184165.jpg

これは鎌倉にある邸宅の二階、芦川いづみの部屋のショットです。窓外の景色は書き割りではなく、スクリーン・プロセスによる合成です。人影が動き、波が打ち寄せています。

これが鎌倉の海を撮ったものなら、このように見える場所は光明寺の裏山あたりだろう、とかつての記事には書きました。しかし、光明寺にはよく行くものの、裏山に登ったことはなく、連休中に光明寺に行ったときに、『乳母車』のことを思い出して、登ってみました。

f0147840_2325663.jpg

f0147840_23253598.jpg
正面に見える岬は稲村ヶ崎。切り通しのところで先端が切れているように見える。そのさらに左側に、もやで霞んでほとんど視認できないが、江ノ島がかすかに見える。

高い場所からは海が見にくかったので、坂を下って、ポイントを探しました。

f0147840_23252972.jpg

f0147840_2326233.jpg
上の写真を拡大して、映画に近くなるようにトリミングした。

このショットが、映画のショットにいちばん近いのではないでしょうか。

f0147840_2326108.jpg

f0147840_2327394.jpg
上掲のショットの窓の部分を拡大した。

このあたりは、光明寺団地というものになっていますが、海が見える場所には家はなく、上掲の写真を撮影したのも、材木座の道と団地をつなぐ坂道の途中です。『乳母車』の撮影された1950年代なかばに、ここがどういう状態だったのかは知りませんが、すでに道ができていたか、または山の斜面だったのだろうと想像します。

画角と解像度の問題もあり、また滑川の河口にもいくぶんの変化があったようで、どこからどう見ても間違いない、とはいきませんが、肉眼で見たときは、『乳母車』のあのショットはここで撮影されたのだろうと納得しました。

長い休みが終わったので、これからは以前のように頻繁に更新する、というようにはならず、まだしばらくは休みがちで、たまに更新するという状態がつづくだろうという気がします。ときおり思い出して、来訪してくだされば幸甚です。


Click and follow Songs for 4 Seasons/metalside on Twitter
metalsideをフォローしましょう



乳母車 [DVD]
乳母車 [DVD]
posted with amazlet at 09.10.29
日活 (2006-07-17)
売り上げランキング: 75709

[PR]
by songsf4s | 2012-05-13 23:36 | 映画