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回想のビリー・ストレンジ、その音楽と時代 その10 ブルース・ジョンストン、アヴァランチーズ2012/3/23
花よりタンゴ 日本のタンゴ名唱集 市丸、服部富子、山口淑子、灰田勝彦ほか2012/3/25

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by songsf4s | 2012-03-31 23:59 | その他
花よりタンゴ 日本のタンゴ名唱集 市丸、服部富子、山口淑子、灰田勝彦ほか
 
今日はちょっとビリー・ストレンジ・ストーリーを一時棚に上げ、箸休めのひとくさり。

発端は古今亭志ん生の出囃子「一丁入り」でした。肝心なのは出囃子なので、そこだけをお聴きあれ。いや、むろん、お暇なら、聴いても損のない噺ですが。

古今亭志ん生「三枚起請」


この曲が好きで、よくギターをもって志ん生を聴いていました。「一丁入り」のファンはずいぶんいらっしゃるようで(わたしがツイッターでフォローしている方は、留守電にこれを使おうとなさったのだとか!)、こんなクリップが見つかりました。

佐藤允彦「一丁入り」


ちょっと笑いました。半ば本気、半ばシャレなのでしょう。佐藤允彦というピアニストは、見た目は実直そうですが、ジャズ・プレイヤーの例に漏れず、かなりシャレのきつい人だということが、書いたものを読むとわかります。

しかし、ギターでしじゅうなぞっていた人間としていわせていただくなら、これはピアノよりギターでやったほうがずっと盛り上がるはずです。ファズよし、ワウよし、シタール・ギターよし、どれでもいけるはずです。

なんてことをツイッターでしゃべくっていたら、いくつかツイートがあって、三味線の話になりました。この曲にはシタール・ギターが最適だということから、シタール・ギターの響きは、シタールより三味線に似ている、というほうへと頭が流れたのです。

で、思いだした曲のひとつがこれでした。服部良一作曲、佐伯孝夫作詞。

市丸「三味線ブギウギ」


三味線のサウンドがワイルドで、邦楽というか、端唄、小唄のニュアンスではないのです。服部良一だから、曲もシンコペーションを利用しているし、管はごくふつうに西洋音楽しています。

話は脇に流れますが、子どものころに浴びるように見た、昭和三十年代の大映や東映の時代劇のスコアというのは、こういうニュアンスのものが主流でした。西洋的なオーケストラ音楽なのに、リード楽器は三味線で、パーカッションが活躍する、というタイプです。

閑話休題。

でまあ、そんな話をしていたら、ここがツイッターらしいところですが、市丸姐さんといえば、この曲をお忘れじゃござんせんか、とべつの曲を指摘されたのです(FLVのクリップからWAVファイルを起こし、それを切り分けてMP3に変換したものながら、もともとダイナミック・レンジは狭く、低音質なので、これでも十分に聴けるものになっていると愚考)。

服部良一作曲、村雨まさを(服部良一の変名)作詞、服部良一編曲、唄と三味線は市丸姐さん。1952年リリース。

サンプル 市丸「花よりタンゴ」

うーむ。考えてみれば、これ、CDでもっていたのですが、改めて聴いてみて、すごいなあ、と感心してしまいました。

だいたい、市丸という人は、芸者出身の歌手のなかでもナンバーワンだったわけで、それもむべなるかな、声よし、ピッチよし、ヴォイス・コントロール抜群なのです。

かてて加えて、服部良一の曲とアレンジの微妙さ! 小唄の名手が唱うというのが大前提。だから、そういう小唄的なニュアンスを織り交ぜて、「花よりタンゴ」という駄洒落タイトルらしいノヴェルティー・ソングの味わいももたせつつ、しかも、やっぱりタンゴだという、このとんでもないトゥール・デ・フォルス! 服部良一という人の曲作りには、この洒落っけが根本にある、と改めて感じ入りました。

ユーチューブにはこの曲単独のクリップはなくて、日本のタンゴ名唱集という編集盤の全曲をひとまとめにしてしまった、とんでもないクリップがあるだけです。いちおう、それを貼りつけます。全21曲、70分弱の長尺です。

日本のタンゴ名唱集(戰後編)


これがじつに面白い編集盤で、結局、全曲通して聴いてしまいました。そして、前述のように、これをダウンロードして切り分けたわけです。

いい曲が目白押しなのですが、もうひとつ、服部良一の曲を。服部良一作編曲、村雨まさを(服部良一)作詞、1951年のリリース。当然ながら、ドヴォルザークのユーモレスクのメロディーもコラージュされています。

サンプル 服部富子「思ひ出のユーモレスク」

服部富子は、服部良一の妹です。大成功したとはいえないでしょうが、この曲をお聴きになればわかるように、なかなか魅力的な声をしているし、ちょっとひっくり返りそうになる一瞬は、じつに魅力的です。「幼心に知る」とか「ヴァイオリンの甘い唄」なんてあたりのヴォイス・コントロールがまたよろしいのです。

楽曲としては、メイジャーとマイナーの行き来、その遷移におおいなる魅力があります。

つぎもまた、メイジャーへの転調が魅力的な曲です。仁木他喜雄作曲、野上彰作詞。

サンプル 山口淑子「暗い部屋」

戦前戦中の李香蘭=山口淑子は、流行歌を歌うにはベル・カントの残滓が強すぎたと思いますが、戦後はすこしそれが薄れていき、むやみにうまいな、と思う程度に落ち着いていきます。好ましい変化に感じます。

時間がなくなってきたので、ゴタクは減らして、できるだけたくさん曲を紹介します。

利根一郎作編曲、坂口淳作詞、タイトルは似ていますが、「我が懐かしのブエノスアイレス」とは異曲です。

サンプル 渡辺はま子「なつかしのブエノスアイレス」

渡辺はま子もけっこうですが、わたしとしては、間奏のギターも気に入りました。この時期、ギターをリード楽器にすることは非常に稀だろうと思います。

どういうわけか、ヴァースはマイナー、中間部はメイジャーに転調というパターンの曲が多くて、まるでお約束のようです。コンチネンタル・タンゴやアルゼンチン・タンゴの場合もそういう傾向があるのかどうかは、わたしの知識の外なので、ご容赦を。

ふたたび服部良一作編曲、白井鉄造(宝塚歌劇の人ですな)作詞、1948年リリース。

サンプル 灰田勝彦「恋はバラの花か」

最後にもう一曲。細川潤一作編曲、横井弘作詞、1956年のリリース。

サンプル 松島詩子「追憶」

この「日本のタンゴ名唱集」というのはじつにいい編集盤で、ほかにも、竹山逸郎と藤原亮子「誰か夢なき」、近江俊郎と二葉あき子「黒いパイプ」、若原春江「ダリアの雨」、淡谷のり子「青い瞳の踊り子」なども、サンプルにしたかったほどです。これで興味が湧いた方は前掲のクリップを通してお聴きになられんことを。


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服部良一ソングブック
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李香蘭-山口淑子
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by songsf4s | 2012-03-25 23:53 | 日本の流行歌
回想のビリー・ストレンジ、その音楽と時代 その10 ブルース・ジョンストン、アヴァランチーズ
 
(2012年3月25日午前10時追記 サンプルのリンクの誤りを修正しました。平伏陳謝)

どうも落ち着きと根気がなく、長い文章を書く集中力もないため、このところ更新が滞っています。お客さんの半分ぐらいは検索でいらっしゃるのだろうと思いますが、定期的に、なにか記事があがっているかとチェックされている方には申し訳ないことと思っています。

短い思いつきなら書けるので、ツイッターのほうは活溌に利用していて、フォローなさっている方にはご迷惑なことだろうと恐縮しています。むろん、ツイートに反応して、いろいろ教えてくださる方もたくさんいらっしゃるのですがね。

「ついろぐ」の統計によると、わたしのコミュニケーション率は30.1パーセントだそうです。10回に3回は、独り言ではなく、どなたかと対話するためのツイートをしているということです。これが多いのか少ないのかは微妙ですが、まあ、少ないほうではないだろうと思います。ふだんはちがいますが、ウェブ上では社交的なほうですから。

さて、ビリー・ストレンジ・ストーリーです。

1963年、ビリー・ストレンジは、エルヴィス・プレスリーの二枚のサウンドトラック盤でプレイしています。これを取り上げようと思ったのが間違いのはじまりで、気分的に落ち着かないときに、トラック・バイ・トラック・クレジットのない盤から、ビリー・ストレンジのプレイを拾い出すという厄介なことをやろうとして、更新不能に陥ってしまいました。

よって、エルヴィス・プレスリーとビリー・ザ・ボスの関わりについては、もうすこしあとで検討することにして、It Happened at the World's FairとFun in Acapulcoという二枚の盤はスキップします。

かわりに、今回は、ほとんど頭を使う必要のない、聴いた瞬間、たちどころにわかるものを並べることにします。まずは、ブルース・ジョンストンのソロ、Surfin' Around the Worldから。

以前のサーフ・ミュージック特集でも貼りつけたクリップです。エルヴィスとアン=マーグレットの絵は曲には無関係です(ただし、この映画のOSTでビリー・ストレンジはプレイした)。

Bruce Johnston - Biarritz


この右チャンネルのギターのプレイ・スタイルとサウンドをよくご記憶くだされたし。あとで、なるほどと思わせる予定なり。なんて、そういうことをいっちゃあ、なるほどなんて思わなくなるでしょうが!

どうであれ、こういうのは大好物。盛り上がるサウンド、盛り上がるプレイです。

書き忘れましたが、ドラムはもちろんハル・ブレインです。まあ、当家のお客様方にはいうまでもないことでしょうが。

ブルース・ジョンストンはこの時期、キーボード・プレイヤーでもあったので、ファズのかかったフェンダー・ピアノが彼のプレイだと考えられます。ハル・ブレインはHal Blaine and the Wrecking Crewのなかで、ブルースのプレイに讃辞を呈しています。

つぎもワイルドなものを。

Bruce Johnston - Jersey Channel Islands Part 7


これを聴くと、畏友オオノさんの疑問を思いだします。キャピトル移籍後のディック・デイルって、スタジオでプレイしたの? という恐い疑問です。まあ、あの程度のプレイなら、当時のハリウッドのエースには楽なものだったでしょう。

このブルース・ジョンストンのSurfin' 'Round the Worldにディック・デイルがクレジットされていたら、このトラックがデイルのプレイね、と深く考えずに判断してしまうでしょう。逆にいえば、ビリー・ストレンジなら、ディック・デイル・スタイルぐらい、簡単にやってみせるということです。いや、疑問は疑問のままにしておきますが!

一曲ぐらいはバラッドを。ヴォリューム・コントロールによるミュートを使ったプレイです。

Bruce Johnston - Maksha at Midnight


このアルバムは大好きなので、どの曲もみないいのですが、全部並べるのもなんなので、つぎで終わりにします。こんどはファズです。ビリー・ザ・ボスは手製のファズ・ボックスを使っていたそうです。

Bruce Johnston - Malibu


ビリー・ストレンジという人は、タイムがよくて突っ込まないせいもあって、あのころのハリウッドのギター・エースのなかでは、もっとも大人っぽいプレイができたと思います。

しかし、トミー・テデスコやグレン・キャンベルのような豪快なプレイができなかったかといえば、そんなことはありません。このアルバムは、繊細なビリー・ストレンジではなく、ワイルドなビリー・ストレンジがたっぷり聴けるという意味でも際だったものでした。

アヴァランチーズ(あれこれ検討の結果、表記を変更しました>旧知の諸兄。近年はこちらが多数派になったという判断で)というスタジオ・プロジェクトの唯一のアルバム、Ski Surfin'のリリースは1964年だと思うのですが、ビリー・ストレンジ・ディスコグラフィーでは、1963年とされています。録音は63年だったのでしょう。

これまた大好きなアルバム、「史上最高のギター・インスト・アルバム」とまでいっているので、いままでにも何度も貼りつけたのですが、やはり、ビリー・ストレンジ特集となれば、再登場させないわけにはいきません。

ビリー・ストレンジ&トミー・テデスコ・オン・ギター、ハル・ブレイン・オン・ドラムズ、アル・ディローリー・オン・キーボーズ、デイヴィッド・ゲイツ・オン・ベース、ウェイン・バーディック・オン・ペダルスティール、ディ・アヴァランチーズ!

The Avalanches - Ski Surfin'


こういうのがいちばん盛り上がります。ギターもドラムも上手くて、しかも、なにも遠慮せずに、豪快にすっ飛ばしていくのだから、うれしくなります。

ブルース・ジョンストンのBiarrizのところで、このギターのサウンドとスタイルを記憶してほしいと書いたのは、アヴァランチーズとの類似を感じていただきたいからです。同じトーン、同じスタイルだとおわかりでしょう。

何度も書きましたが、わたしはビリー・ストレンジ御大に、この曲ではどちらがどちらをプレイしたのですか、と質問しました。もう手元にLPがないとおっしゃるので、オオノさんがちゃんとCDまで送ったのですよ。しかし、あのころはトミーとはしじゅうリックを交換していたから、いまでは自分でもどちらか判断できない、とのことでした。

まあ、似てますよ、たしかに。先にいくのがビリー・ストレンジ、あとからいくのがトミー・テデスコと、かりに判断し、ずっとそう考えてきました。しかし、いま、ボスの遺言書が出てきて、Ski Surfin'では、先にトミーがいき、俺は中間部をプレイした、と書かれていたとしたら、なんだ、そうだったのか、と思う程度、それはないでしょ、思い違いざんしょ、などと食い下がったりはしません。どちらがどちらであっても驚かないほどよく似ています。

ユーチューブには、あとは、三曲をまとめた面倒なクリップがあるだけなので、ここからはサンプルにします。

サンプル The Avalanches "Along the Trail with You"

左チャンネルで豪快にコードをストロークしているのがトミー・テデスコ、右チャンネルのギターがビリー・ストレンジと考えていますが、逆だという証拠がでてきても、この場合も、なんだ、そうだったのか、といってしまうでしょう。呵呵。ミスはありますが、やはりおおいに魅力的なギター・プレイです。

もう一曲、こんどはギターというよりベース・ギター、ダンエレクトロ6弦ベース(ダノ)のプレイです。

サンプル The Avalanches "Winter Evening Nocturne"

日本をはじめ、一部の国では、エレクトリック・ベースのことを「ベース・ギター」ということがあります。「ギターのような形をしたベース」ということでしょう。

しかし、キャロル・ケイさんによると、ハリウッドのユニオンの規定では、ベース・ギターとは書かず、たんに「ベース」と書くそうです。彼女に云わせると、「ベース・ギター」というのは、ダノのことなのだそうです。

ダノはベースとして使われるわけではなく、「1オクターヴ低くチューニングするギター」として、ギターのヴァリエーションとして利用されるのだから、というのです。テナー・ギターと同じような意味で、「ベース・ギター」なのだというわけです。

この曲でも、ビリー・ストレンジはダノを、通常より低い音が出せるギターとして使っています。ベースとしては使っていません。

ある人が、エリック・クラプトンのアルバムを、誰のプレイであるとも告げずに、ジョー・パスに聴かせたのだそうです。パスは「昔、トミーたちがこういうのをよくやっていたじゃないか」といったのだとか。トミーとはもちろんトミー・テデスコです。

わたしは子どもだったので、いわゆるギター・ヒーローの時代がやってきたときは、おおいに興奮しました。しかし、この1963年に録音されたビリー・ストレンジのプレイを聴くと、ものを知らないというのは怖ろしい、トーンといい、プレイ・スタイルといい、あの程度のことなら、ビリーやトミーは軽々と、ただの「日常業務」としてやっていたじゃないか、と自分の馬鹿さ加減を嗤いました。

ビリー・ストレンジ御大に、あなたはお忘れかもしれないが、アヴァランチーズというプロジェクトがあり、あなたの名前がクレジットされている、というようなニュアンスで、質問しました。

御大は、忘れるものか、よく憶えている、あれは楽しかった、という返信を寄こされた、ということを付け加えて本日はおしまい。こういう楽しいアルバムを、三時間のセッションを三回やるだけで、軽々と完成させてしまった昔の大エースたちに心から尊敬の念が湧きます。


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by songsf4s | 2012-03-23 23:56 | 60年代
回想のビリー・ストレンジ、その音楽と時代 その9 アン=マーグレット、ハニーズ、リッキー・ネルソン
 
今回も1963年のセッション・ワークです。

ギター・ソロはないし、派手なオブリガートを入れているわけでもないのですが、へえ、それもプレイしたのですか、という懐かしい曲から。子どものころ、映画も曲もヒットしたと記憶しています。映画から、エンディングのクリップを。

Ann=Margret - Bye Bye Birdie


タイトルは「バイ・バイ・バーディー」なのに、歌は「バーヒー」に聞こえたことが、強く印象に残っています。いま聴いても、やっぱり「バーヒー」といっているように聞こえます。

アン=マーグレットは、ジュリー・ロンドン、ボビー・ジェントリーと同じリーグなので、静かに超オン・マイクで囁いたほうがいいと思いますが、ヒットらしいヒットはこの曲だけでしょう。

1963年は本格的なサーフ・ミュージック・ブームの年で、ビリー・ストレンジもさまざまなサーフ・チューンでプレイしています。

ビリー・ストレンジがビーチボーイズとほぼ同時に関わりを持った、ブライアン・ウィルソンのアウトサイド・プロダクション。クリップがないので、サンプルで。

サンプル The Honeys "Shoot the Curl"

curlというのは、波の先端が丸まったところ、例の「パイプライン」を指すそうで、それをshootするとは、あの空洞をくぐり抜けることだとか。

派手なことはしていませんが、アンプのトレモロをかけた音色もよく、なかなか魅力的なプレイですし、ハル・ブレインも気持のいいグルーヴをつくっていて、好ましい曲です。

リッキー・ネルソンはすでにこのシリーズでふれましたが、こんどはデッカ時代の録音を。

Ricky Nelson - That Same Old Feeling


ふーむ、微妙なトラックです。ベースはジョー・オズボーンに聞こえますが、ドラムはあまりリッチー・フロストのようには聞こえません。だれに近いかというとアール・パーマーです。

ベースがオズボーンなら、ギターもジェイムズ・バートンになりそうなものですが、なにか事情があったのでしょうかね。残念ながら、手元にあるリック・ネルソンのクレジットはインペリアル時代のもので、パーソネルを確認できませんでした。

オン・ミックスのギターはバートン、オフ・ミックスのファズがかかったものはビリー・ストレンジ、という可能性もあるだろうと思います。

ほかに、この時期のリックの曲として、Hello Mister HappinessやI Got a Woman(レイ・チャールズのものとは同題異曲)がリストアップされていますが、手元にあるものは、どちらもジェイムズ・バートンのプレイに聞こえます。オルタネート・テイクがあるのかも知れませんが、そこまでは調べがつきませんでした。

このあいだ、リック・ネルソンの六枚組を通して聴いたのですが、いやはや、すごいものだと思いました。むろん、リックのヴォーカルについては、さまざまなご意見があるだろうと思います。しかし、トラックに関するかぎり、メンバーよし、プレイよし、録音よしで、インペリアル時代はつねに高いレベルを維持しています。リック・ネルソン・セッションはまたとりあげることになるでしょう。


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by songsf4s | 2012-03-17 23:37 | 60年代
回想のビリー・ストレンジ、その音楽と時代 その8 ビーチボーイズ、フィル・スペクター、サム・クック
 
今回は1963年のセッション・ワークです。ビリー・ストレンジのキャリアということではなく、ハリウッド音楽界自体がおおいなる隆盛を迎えのは、この年からと考えています。ビリー・ストレンジの仕事も、メイジャー・アーティストの大ヒット曲がどっと登場します。

まずは典型的なカリフォルニアの音から。

The Beach Boys - Surfin' USA


スーパー・プレイではないのですが、ビリー・ストレンジの艶やかなギターのサウンドがこの曲の印象を決定しているので、やはり代表作のひとつといっていいでしょう。きちんとしたクレジットがないので、頭痛の種でしたが、ボス自身がコンファームしてくれて助かりました。

1963年を境にして、ハリウッドはアメリカ最大の音楽都市へと成長しますが、その最大の原動力は、フィル・スペクターだったといっていいでしょう。

62年のHe's a Rebelで、フィレーズとしては最初のビルボード・チャート・トッパーを得て以来、スペクターは活動の中心をハリウッドに移し、その結果、後年いうところの「レッキング・クルー」が形成されることになります。

ビリー・ストレンジ・ディスコグラフィーにも、1963年からフィル・スペクターの曲が登場しはじめます。フィル・スペクターは滅多にギター・ソロは使わないですが、これは例外。

Bob B.Soxx & The Blue Jeans - Zip-A-Dee-Doo-Dah


エンジニアのラリー・レヴィンが回想していました。ミックスのとき、スペクターの要求にしたがって、あっちを上げ、こっちを上げているうちに、こうなってしまった、と。レヴィンが「でも、フィル、これではビリーのギターが聞こえないじゃないか」といったら、スペクターは「いいんだ、これで完璧だ」といったそうです。

その結果、ビリー・ストレンジのファズ・リードは、他のチャンネルにリークした音だけになり、このような「遠いギター」の効果が生まれたというしだい。

サム・クックのセッションでビリー・ストレンジがプレイした曲は多くないと思いますが、これは、いわれて、そういえば、と頭を掻きました。

Sam Cooke - Sugar Dumpling


これまたオフ・ミックスなのですが、ときおり聞こえるギターは、なるほど、いかにもビリー・ストレンジの音だと納得します。

ここまではよく知られたヒット曲ばかりですが、当然ながら、まったく知られていないであろうスタジオ・プロジェクトもあります。

Calvin Cool & the Surf Knobs - El Tecolote


さすがはビリー・ストレンジ、というプレイ。ぜんぜん知らない名前がいまだにどんどん出てきてしまうサーフ&ドラッグ・スタジオ・プロジェクトの世界は魔界です!


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by songsf4s | 2012-03-13 23:46 | 60年代
回想のビリー・ストレンジ、その音楽と時代 その7 ジョニー・リヴァーズ、フェンスメン
 
1964年、サンセットのウィスキー・ア・ゴーゴーで録音したという、トリニ・ロペス風のパーティー・サウンドに載せたMemphisをヒットさせる以前に、ジョニー・リヴァーズはいくつかアルバムをリリースしています。

それは知っていたのですが、メンフィスか、ルイジアナのどこかでの録音だろうとみなして、手に入れていませんでした。ほかのはほとんど完璧というくらいに揃えてあるのですが。

しかし、1962年にすでにジョニー・リヴァーズはハリウッドで録音していたことが、あとでわかりました。予断、偏見は禁物とあれほど自戒していたのに!

このときの録音は、いったんはお蔵入りしたものの、64年にMemphisの大ヒットを受けて、キャピトルからリリースされたのだそうです。いくつかいい曲はありますが、たしかに、リリースが見送られたのもしかたないかな、という地味なアルバムです。

ユーチューブには、LPリップを切り分けずに、片面ずつまとめてアップしたものしかありません。これを切り分けてMP3にしたものもアップしたので、以下のクリップは気にしないでください。念のためにおくだけです。

The Sensational Johnny Rivers LP side 1


The Sensational Johnny Rivers LP side 2


まだハル・ブレインがエースになる以前で、ハルのように感じるトラックはなく、アール・パーマーかな、というのがいくつかあるだけです。

キャピトルなので、プロデューサーはニック・ヴェネー(Nick Venetと書くが、tはサイレント、アクセントは第二シラブル)、ビーチボーイズの契約の担当プロデューサーです。ビーチボーイズ関係の本ではたいていコケにされていますが、それほど鈍物ではないとわたしは考えています。

さて、このアルバムがビリー・ストレンジ・ディスコグラフィーにリスト・アップされているのですが、不完全なセッショノグラフィーが、判断をかえってむずかしくしているのです。

問題は、1962年11月5日のセッション・リーダーはグレン・キャンベル、とされていることです。ほかに、ラッセル・ブリッジス(リオン・ラッセル)、デイヴィッド・ゲイツ(のちにブレッド。ギター、ベース、さらにはドラムもプレイした)、ジミー・ボーウェン(アップライト・ベース。のちにリプリーズのプロデューサーとなり、ディーン・マーティン、フランク・シナトラをカムバックさせる)の名前があります。

この日に録音されたのは、Everybody But Me、If You Want It、My Heart Is in Your Hands、と記されています。通常のセッションなら、もう一曲録音されているはずで、それはたぶん、アルバム・クローザーのWalkin' Slowlyだと思います。ギターのサウンドとスタイルがMy Heart Is in Your Handsにそっくりだからです。

そういうものを除外していって、ビリー・ストレンジに聞こえるギター・プレイがあるのはこの曲。

サンプル Johnny Rivers "If You Want It, I Got It"

くどくも念押ししますが、これは上掲のクリップをMP4でダウンロードし、それをWAVに変換して切り分けたのち、MP3に変換したものです。それだけジェネレーションが落ちています。いや、思いの外、ふつうの音質なのですが。

ほかに濃厚にビリー・ストレンジ的感触があるのは、A面の最後のDon't Look Nowのアコースティック12弦のプレイと、B面のオープナー、This Could Be the Oneのエレクトリック6弦です。後者はクリップの頭になるので、面倒なしに聴けます。あ、それからB面の3曲目、Double C, Cinnamon Ciderもそうでしょうが、ソロはありません。

ずっと聴いていって、B面の4曲目と5曲目にはギョッとしました。どこからどう見ても正真正銘のブルーズ・ギターなのです。

ビリー・ストレンジ御大がこんなプレイをしたのは、あとにも先にもありません。いや、それどころか、ハリウッドのギター・プレイヤーが、通常ならしないものと断言できます。

不完全なセッショノグラフィーを隅々まで読んで推測すると、どうやら、これはグレン・キャンベルのプレイのようです。驚きました。まあ、彼らはやれといわれれば、なんだってやってみせたので、ビリー・ストレンジでも、トミー・テデスコでも、要求されればやったでしょうけれど。

しかし、グレン・キャンベルもさすがはハリウッドのエースのひとり、いつもブルーズをやっている、根っからのブルーズ・マンのように錯覚させられます。

もうひとつ、ビリー・ストレンジの1962年のセッション・ワークを聴きます。たぶん、このグループは、ワン・ショットのスタジオ・プロジェクトで、シングルまたはEPを一枚リリースしただけだと思われます。しかし、これがちょっとしたものなのです。

The Fencemen - Sunday Stranger


いやあ、オルガンもかっこいいし、ビリー・ストレンジ御大も、強面のプレイで、すっかり気に入ってしまいました。メンバーはわかりませんが、ドラムは90パーセント以上の確度で、アール・パーマーです。

もう一曲、フェンスメン。

The Fencemen - Sour Grapes


一カ所、ミスピッキングがありますが、いや、かっこいい!

こういうインストゥルメンタルは、散々漁られて、すでにめぼしいものは、各種編集盤に採録されているのですが、それでもなお、こういうふうにシングルのまま放置された好プレイがあるのだから、盤は聴いてみないとわからないものだと、つくづく思います。


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by songsf4s | 2012-03-10 23:40 | 60年代
回想のビリー・ストレンジ、その音楽と時代 その6 ナット・コール、ジーンとジェイニーのブラック姉妹
 
今朝、ツイッターを見て、最初に目に飛び込んだのは、モンキーズのデイヴィー・ジョーンズの訃報でした。享年六十六。

デイヴィー・ジョーンズやモンキーズについては、ずいぶんたくさんツイートしたので、ここでは一曲だけ、モンキーズ以前の、まだデイヴィッド・ジョーンズといっていた時代の録音を貼りつけます。

David Jones - What Are We Going to Do?


裏づけなんかなにもありませんが、ドラムはハル・ブレインでしょう。問題はギターです。ソロはビリー・ストレンジのプレイに聞こえます。当てずっぽうですがね。グレン・キャンベルなんかもこういうサウンドでよくやりましたが。

しかし、考えてみると、コルピクスというのは、コロンビア映画の子会社で、コロンビアとスクリーン・ジェムズがつくった合弁会社のコルジェムが、テレビのモンキーズの制作主体になります。

たしかマイク・ネスミスもモンキーズ以前にコルピクスからシングルを出していたと思います。となると、あの、スティーヴ・スティルズが落とされたとか、チャーリー・マンソンまでやってきたという有名なオーディションは、ずいぶんインチキなものだったのじゃないでしょうか。自社アーティスト優先!

さて、本日もまた、ヴェンチャーズのリードをプレイした時代のビリー・ストレンジのセッション・ワークを聴きます。まずは大物の大ヒット曲。

Nat King Cole - Ramblin' Rose


じつは、ビリー・ストレンジ御大が七十五歳の記念につくったバイオDVDが引っ越し荷物に入ったままで、再見できないため、この特集はずっとブラインドで書いています(まもなく、またしても引っ越すことになりそうだが、つぎはきっと荷物を全部開くので、発見できるだろう!)。

この曲は重要なので、そのDVDで言及されていました。たしか、最初はペダル・スティールでオブリガートを入れたが、うまくいかずに頓挫してしまい、ビリー・ストレンジの発案で、このようにギターでオブリガートを入れる形に変更し、無事にセッションを終了した、という話だったと思います。

追記 このページのコメントにあるとおり、その後、畏友オオノ隊長が以前アップなさったクリップを再公開してくださいました。



記憶とちょっと違うのは、ペダル・スティールがうまくいかなかった、わけではなく、理由は不明ながら、セッションはうまくいかず、ビリー・ストレンジが「カントリー・スティール・ギター」を入れてはどうかと提案した、となっていることです。じっさいにはスティールではなく、フェンダーのふつうのギターのプレイですが。

どうであれ、いわれてみれば、たしかに、ヴェンチャーズのバラッド系の曲で聴かれるようなギター。音楽はジャンルで見ていくとわからなくなっちゃうのです。

それにしても、この曲、買いはしなかったものの、子どもでもよく知っていたほど日本でもエア・プレイがありました。あとで、その曲でギターを弾いた人と知り合い、友だち呼ばわりすることになるとは、人生、生きてみないとわからないものだ、と溜息が出ます。地味ながら、すばらしく味のあるプレイでこういう重要な曲のヒットを助けた人を、心から誇らしく思います。

ナット・キング・コールのRambling Roseの前年になりますが、ビリー・ストレンジは運命の女性のバッキングをすることになります。またしても、日本人には聴かせないというユーチューブの選別的検閲に引っかかったので、サンプルで。

サンプル Jeanne Black "He'll Have to Stay"

これはジム・リーヴズの大ヒット曲に対するアンサー・ソングでした。

Jim Reeves - He'll Have to Go


アンサー・ソングというは、まずヒットしないものと相場は決まっていますが、ジーン・ブラックのHe'll Have to Stayは一握りの例外に属し、ビルボード・チャート4位まで行く大ヒットになりました。

おそらく50年代終わりのカントリー・サーキット、とりわけクリフィー・ストーンのホームタウン・ジャンボリーあたりで知り合ったビリー・ストレンジとジーン・ブラックは、恋に落ちます。

ところが、どういう事情があったのか、二人は結婚できず、それぞれべつの配偶者を得、子どもたちを育て、月日が流れます。そして、ともにやもめになった二人は再会し、結婚して、晩年をともにします。

この話をキャロル・ケイさんにうかがったときは、へえ、そういうこともあるのだなあ、でした。むろん、現在もジーンさんは、ビリー・ストレンジ・サイトのBBSでホステス役を果たされていらっしゃいます。

同じころ、そのジーンさんの妹、ジェイニー・ブラックのセッションでも、ボスはギターを弾きました。

Janie Black - Lonely Sixteen


こちらのほうがポップで、ギター・プレイにもビリー・ストレンジらしさがあらわれています。

この60年代はじめの時期には、まだいくつか判明しているセッション・ワークがあるのですが、残りは次回ということに。


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by songsf4s | 2012-03-01 23:49 | 60年代