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2011年10~12月の記事タイトル一覧
スティーヴ・クロッパーの5ロイヤルズ・トリビュート
Steve CropperとFelix Cavaliereの共演 その1 Nudge It Up a Notch
Steve CropperとFelix Cavaliereの共演 その2 Midnight Flyer
The Beatles Studio Sessionsを聴く その1 With The Beatles
The Beatles Studio Sessionsを聴く その2 Please Please Me
The Beatles Studio Sessionsを聴く その3 A Hard Day's Night
The Beatles Studio Sessionsを聴く その4 For Sale およびI Feel Fine 前編
The Beatles Studio Sessionsを聴く その5 For Sale およびI Feel Fine 後編
The Beatles Studio Sessionsを聴く その6 Help! 前編
The Beatles Studio Sessionsを聴く その7 Help! 後編
ビートルズのヴァリアント Rubber Soul Sessions
ビートルズのヴァリアント Revolver Sessions
ビートルズのヴァリアント Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band Sessions
バディー・リッチのThis One's for BasieとBuddy and Sweets
いまさらのようにPet Soundsを聴きなおしてみる その1
いまさらのようにPet Soundsを聴きなおしてみる その2 Sloop John B.セッション
いまさらのようにPet Soundsを聴きなおしてみる その3 Trombone Dixieセッション
いまさらのようにPet Soundsを聴きなおしてみる その4 Pet Soundsセッション
いまさらのようにPet Soundsを聴きなおしてみる その5 Wouldn't It Be Niceセッション
The Best of Jim Gordon 補足1 エヴェリー・ブラザーズ、インクレディブル・ボンゴ・バンドほか
いまさらのようにPet Soundsを聴きなおしてみる その6 Caroline, Noセッション
The Best of Jim Gordon 補足2 リッキー・ネルソンのサイケデリック・エラ・アルバム、Perspective
いまさらのようにPet Soundsを聴きなおしてみる その7 Let's Go Away for Awhileセッション
いまさらのようにPet Soundsを聴きなおしてみる その8 I’m Waiting for the Dayセッション
いまさらのようにPet Soundsを聴きなおしてみる その9 Here Todayセッション
いまさらのようにPet Soundsを聴きなおしてみる その10 I Know There's an Answerセッション
いまさらのようにPet Soundsを聴きなおしてみる その11 Don't Talkセッション+付録Good Vibrations
いまさらのようにPet Soundsを聴きなおしてみる その12 I Just Wasn't Made for These Timesセッション
The Best of Jim Gordon補足3 アルバート・ハモンド、ゲーリー・パケット&ザ・ユニオン・ギャップ
The Best of Jim Gordon補足4 B・W・スティーヴンソン
The Best of Jim Gordon補足5 デレク&ザ・ドミノーズ
祝! ジム・ケルトナー・ディスコグラフィー・ブログスポット誕生 ライ・クーダーとGabor Szabo
ディレイニー&ボニーでジム・ゴードンとジム・ケルトナーをシャッフルしてみる
The Best of Jim Gordon補足6 E.C. was NOT there
The Best of Jim Gordon補足7 E.C. was NOT there again
お嬢さん、失礼ですが、お名前は?――スターの向こうのガール・シンガーたち
SMiLE気分になってみる――ブライアン・ウィルソンとSMiLEショップほか
そして、メル・テイラーもいなかった+鈴木清順、宍戸錠語る
いまさらのようにPet Soundsを聴きなおしてみる その13 You Still Believe in Meセッション
The Best of Jim Gordon補足8 Gabor Szabo、バッファロー・スプリングフィールド、トム・スコット
now listening ジュディー・コリンズ Cook with HoneyとSomeday Soon
芦川いづみデイの日は暮れて
浅丘ルリ子の夜はふけて その1 共演・小林旭篇
浅丘ルリ子の夜はふけて その2 共演・石原裕次郎篇
サイモン&ガーファンクルThe Boxerはいかに録音されたか―Bridge Over Troubled Water40周年記念盤を巡って
サイモン&ガーファンクルのThe Only Living Boy in New York――Bridge Over Troubled Water40周年記念盤で
クリスマス・ソング特集増補中+フランク・シナトラのFly Me to the Moon
胸の熱くなるビートルズ――Live in Washington D.C., Feb 1964
ロバート・ゼメキス監督『抱きしめたい』に描かれた1964年のビートル・クレイズ その1
ロバート・ゼメキス監督『抱きしめたい』に描かれた1964年のビートル・クレイズ その2
ロバート・ゼメキス監督『抱きしめたい』に描かれた1964年のビートル・クレイズ その3
ローランド・エメリッヒ監督『ゴジラ』はほんとうにダメな映画か?
サイモン&ガーファンクル"So Long Frank Lloyd Wright"―Bridge Over Troubled Water40周年記念盤を巡って
続The Best of Jim Gordon 01 唯一のリーダー・アルバム、ジョージ・ハリソン、グレン・キャンベルなど
ミステリアス・ドラマーズ――いまだに同定できない気になるプレイヤーたち
続The Best of Jim Gordon 02 ホール&オーツ、バートン・カミングス、インクレディブル・ボンゴ・バンド
アンドルーズ・シスターズ正々堂々表門から駆け足簡単入門
スウィング発→ロックンロール直行便――映画『ベニー・グッドマン物語』をめぐって
森一生『薄桜記』、舛田利雄『影狩り』、市川崑『幸福』、佐藤純彌『君よ憤怒の河を渉れ』ほか
何のためにというわけでもなくSurf Music Night―ジャック・ニーチー、リッチー・アレン、ホワット・フォー
歳末寄席「富久」(八代目桂文楽、古今亭志ん朝、立川談志)
歳末寄席「穴どろ」(八代目桂文楽)

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by songsf4s | 2011-12-31 23:59 | その他
歳末寄席「穴どろ」(八代目桂文楽)
 
一昨年の「年忘れ爆笑寄席」で、すでにとりあげているのですが、今年もまた「穴どろ」を聴くことにします。

依然として、クリップはほとんどないのですが、この大物が加えられていました。

八代目桂文楽「穴どろ」


いきなり、「油断せぬ心の花は暮れに咲く」とやられて、どうもすみません、と頭を下げてしまいました。もう大晦日の掛け取りなんかないのですが、年を越すのではなく、なにかべつのことを越せないような人間なものでして。

八代目桂文楽、先代といったほうがわかりやすいかもしれませんが、要するに、なにもつけずにただ志ん生といえば五代目であるように、なにもつけずに文楽といえばこの人、「黒門町の師匠」の「穴どろ」は、どういうわけか、いままで聴いたことがありませんでした。

文楽という人は、自分で「完璧」と納得するまで、高座にのせることはしなかったそうで、この「穴どろ」も隅々まで神経が行き届いています。この師匠の欠点は、噺にキズがないことだけ、といいたくなるほどです。

志ん生など、同じ噺でもやるたびにディテールが異なり、色合いも変化するので、「別ヴァージョン」を聴く意味があるのですが、桂文楽は、一度あがった噺はいつも同じように演じたそうです。

やはり、これは八代目桂文楽という押しも押されもせぬ大看板の最大の長所であり、同時に、致命的な欠点だったといっていいのではないでしょうか。

いえ、これはむろん、文楽の噺を楽しむ妨げにはならないのですが、でも、好き嫌いで色分けしていくと、やはり志ん生に対する親愛の念のようなものは、文楽に対してはわいてきません。うめえなあ、と思うのと、面白えなあ、と思うのの違いです。

文楽の噺でいちばん好きなのは「船徳」です。あの徳三郎はもともと柳橋の芸者衆に岡惚れされてしまうような色男なのですが(予約引きも切らず、徳さんじゃなきゃイヤ、という芸者が山ほどいた)、滑稽話に改作されて以来、ほとんどの演者は三枚目として描いています。

しかし、文楽の徳さんが、客に、なにをもたもたやってんだい、といわれて、低い声で口早に「へい、ちょいと髭をあたっておりました」と答えるあの一瞬、あ、こいつは大変な色男なんだな、と納得します。これで竿と櫓の扱いに習熟すれば、「お初徳三郎」の主人公、柳橋一の船頭ができあがるなと、たちどころに腑に落ちるのです。

むろん、これは文楽の演出技術が生み出した幻影です。しかし、どの箇所だったか忘れてしまいましたが、「穴どろ」を聴いていても、やはり、あ、この亭主、ひょっとして色男か、と感じました。

つまるところ、桂文楽の芸の親柱は、じつはこの「色男声」なのではないかと思いました。音楽と同列に論じるわけにはいかない部分があるのですが、しかし、芸事というのは、なによりも、もとからもっているものが大事です。やれ芸だの、やれ技だのといってみたところで、声がわるくてはなんにもなりません。

「穴どろ」は大昔からずっと聴きつづけている噺で、いまも十指にはまちがいなく入れますが、それでも、なにごとも年齢とともに見方が変化していくもので、この噺も微妙に聴く場所、聴き方が変化してきました。

「注連か飾りか橙か」という、正月のお飾りの売り声をもじった「姫か騙りか橙か」なんていう、無意味で馬鹿馬鹿しい「姫かたり」のサゲのようなものもけっこうだと思います。しかし、「穴どろ」の「三両くれるなら俺のほうがあがる」というサゲは、三本指に入るすごさでしょう。

捕まえるほうは、いくら謝礼をやるといわれても、危険なことはしたくないと尻込みするのに、もともと、三両の金がなくて、大晦日、あてどもなくウロウロするハメになったダメ亭主は、三両、ときいた瞬間、それが欲しかったんだ、と切ない条件反射をしてしまったのでしょう。

捕まえるほうは金をもらってもイヤだ、捕まえられるほうは、金さえあれば万事解決する、という条件が、「三両」のラインでぶつかって、論理のどんでん返しの起こる一瞬の爽快さ、捕り手に金を払っても解決しないのに、泥棒に金を払えば解決するという、この論理の逆転に、かつては強く惹かれていました。

しかし、この年になって、すこし感じ方が変わりました。依然として、あざやかな論理の逆転による幕切れ、という側面に惹かれはするのですが、同時に、二重写しでべつのことも感じます。

この亭主は、三両の金がつくれなかったばかりに、女房に「豆腐の角に頭をぶつけて死んじまいな」と罵られ、大晦日の町へと追い出され、なんとかして三両を工面しないと、家に帰ることもできません。

片や、旦那のほうは、たかだか、穴蔵に落ちた酔っぱらいを引きずり出すために、よく知りもしない頭の家の客人に、三両出す、といいます。これを「社会の矛盾」といわずして、なんというか、です。

この、昔も今も変わらぬ社会の構図を、「三両くれるなら俺があがる」という一言で、瞬時にして描いてみせたところに、このサゲのすごさがあるのではないでしょうか。

三両あるみなさんには、来年もよいお年であるように、三両もなくて苦しんでいる方には、来年こそよい年になりますように、と申し上げて、本年の締めのご挨拶とさせていただきます。


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by songsf4s | 2011-12-31 11:00 | 落語
歳末寄席「富久」(八代目桂文楽、古今亭志ん朝、立川談志)
 
またしても積み残しをつくることになりますが、年の瀬も押し詰まってくると、やはり落語が聴きたくなり、森一生監督『薄桜記』はひとまず棚上げとさせていただきます。

一昨年の歳末の寄席ではなにをやったか確認したところ、富くじ噺の大物をオミットしたことに気づいたので、本日はそれをいきます。

現物があるので、あらすじは抜き、まずは桂文楽の古いものから。めずらしくも映像のあるものです。文楽の映像はそれほどたくさんは残っていないと思います。

八代目桂文楽「富久」


「松の百十番、こういう木で鼻をくくったようなすっとした番号」があたる、なんていうのは、いかにも江戸らしい言い様だと感じます。

落語というのは物語なのですが、志ん生にいわせると、小咄が長くなったものなのだそうです。長い噺にサゲをくっつけたのではなく、サゲの前に長い噺をくっつけた、というのです。そう見たほうが、ディテールの価値が相対的に上がるような気がします。

なぜ落語を聴くのか? 長く落語ファンをやっていると、知らない噺というのにはあまりあたらなくなります。たいていは先行きのわかった噺です。

それでも聴くのは、やはり異なった演者の演出やリズムの違い、そして、ちょっとしたディテールを楽しむためでしょう。「木で鼻をくくったようなすっとした番号」も、そういう、落語を豊かにするディテールのひとつです。

つぎは、父親・古今亭志ん生と八代目桂文楽の中間、ないしはハイブリッドのような存在だった古今亭志ん朝のものを。長いのでお時間のある方のみどうぞ。

古今亭志ん朝「富久」


すでに多くの先達が指摘するように、浅草から芝というのはちょっとした距離で、急いでも一時間半はかかるでしょう。火事だ、てえんで駈けだしても、着いたころには消えてしまう可能性も高い、というのももっともです。片道だって大変なのですが、この噺では、一晩のあいだに往復するのだから、無理といえばあまりに無理なつくりです。

志ん朝は浅草三軒町(現在の元浅草あたり)と芝金杉(現在の港区芝あたり)という設定にしていますが、やはり二時間の距離でしょう。ご苦労なことです。

いま、たしかめたのですが、志ん朝の兄さん、先代金原亭馬生は、久蔵の家は浅草三軒町と志ん朝と同じですが、旦那のおたなは日本橋石町と、比較的近場に設定しています。

さらにいうと、八代目三笑亭可楽は、久蔵は日本橋へっつい河岸(現在の人形町)、旦那のおたなは芝の久保町(西新橋あたり)としていて、これまた現実的な距離です。

いや、現実的なほうがいい、といっているわけではなく、それぞれ、やり方が違うといっているだけです。非現実的な距離を歩く設定も、それはそれで悪くないと思います。

突き止め千両、といっても、現代ではその価値は想像しにくくなっています。まず、一両はいくらか、という問題があります。昔読んだものでは、幕末でだいたい八万円としていたものがありました。

であるとするなら、千両は八千万円。いまのジャンボ宝くじより低い額です。しかし、ここが微妙なのですが、三両あれば、一家四人が一年暮らせた、という説もあります。むろん、長屋住まいの話です。

そちらの価値の感覚をとるなら、千両は、八千万円よりずっと大きな額と見ることもできるでしょう。ここらが、往事の生活を想像するときのむずかしさでもあり、面白さでもあります。

音はよくないのですが、まだ若さの残る談志のものもどうぞ。後年のように自己批評満載の「メタ落語」ではなく、ストレートにやっています。

立川談志「富久」


この噺は昔から好きなのですが、どこがどう好きか、今回はまじめに考えてみました。

たとえば、冬の寒さと火事の描写、といった、いかにも落語らしい季節感の楽しみ、無一文から富くじに当たり、大喜びもつかの間、札はないという奈落の底に突き落とされ、つぎの瞬間、燃えたはずの札が見つかる、という波瀾万丈のプロット、などという当然のものもあります。

今回、あれこれ聴きくらべて、いちばん気になったのは、駈けつけた久蔵を見ての、旦那の反応の仕方とタイミングです。

どの演者も、ほとんど間髪を入れずに、酒のうえでのしくじりで差し止めていた出入りを許します。それも、あうんの呼吸とか、腹芸といった曖昧なものではありません。「よく来てくれた、向後、出入りを許す」とはっきりといっているのです。

極論かもしれませんが、「富久」という噺のヘソはここではないかと思いました。

出入りを許すぞ、といわれると、それが目当てで凍えるような夜に、必死に浅草から芝まで歩いた久蔵は、「そうくると思った」などと脇台詞をいい、旦那は「なんだい」などと聞き返します。

旦那だって、久蔵が息せき切って駈けつけたその胸算用は、はなから承知しています。だから、久蔵を見た瞬間、躊躇なく、出入りを差し許すのです。

長屋の隣人が久蔵に、お前の旦那はあっちなんだろ、こういうときに駈けつければ、しくじりを許されるかもしれないからいってこい、というし、久蔵も、千載一遇のチャンスと駆け出します。

旦那だって、なにを見え透いた、などと野暮はいいません。見え透いた行為とわかっていて、それを即座に受け入れます。これが彼らの生き方の「型」だったのだということでしょう。

かつて、こういう人間関係は当たり前だったのでしょうが、長い時間が流れて、当たり前のことが、当たり前に思えなくなりました。

面倒をかけるのが当たり前、面倒を見るのが当たり前、この馴れ合いをそのまま丸ごと肯定してしまう世界があった、ということに心惹かれた聞き直しでした。

しかし、改めて思うのですが、千両を得たあとの久蔵の暮らしぶりはどうなったのでしょうかねえ。こういう男なので、老後のために蓄えたり、これを元手に商売をはじめたり、なんていう地道な未来はないだろうと感じます。

やはり、ぱっぱと遊んでしまい、数年後にはもとの一文無し、また酒でしくじって旦那のところも出入り差し止め、なんてことになっているのではないでしょうか。いや、それもまた人生、悪い生き方とばかりもいえませんが。


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先代桂文楽
富久/船徳
富久/船徳


古今亭志ん朝「富久」
落語名人会(25)
落語名人会(25)


八代目三笑亭可楽
八代目 三笑亭可楽(3)
八代目 三笑亭可楽(3)


十代目金原亭馬生
金原亭馬生(10代目)(5)
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by songsf4s | 2011-12-29 23:48 | 落語
何のためにというわけでもなくSurf Music Night―ジャック・ニーチー、リッチー・アレン、ホワット・フォー
 
あらすじというのはじつに面倒なもので、うまく、面白く書くには技術を要します。MovieWalker(というか、もとはキネ旬だが)みたいになっては、面白い映画もみな駄作に見える、というか、なにがなんだかさっぱりストーリーがわからなくなってしまいます。

森一生監督『薄桜記』(五味康祐原作)は、プロットが複雑で、しかも、面白みは話の展開にかかっているタイプなので、簡単にあらすじを書くわけにもいかず、ああでもない、こうでもないと頭のなかでこねまわしているうちに疲労困憊して、ツイッターとユーチューブに逃げました。

とりあえず、ジャック・ニーチーを聴いてみました。当たり前の曲で、あえて貼りつけるまでもないのですが、これが起点になったので、いちおう置いておきます。

Jack Nitzsche - The Lonely Surfer


ドラムはハル・ブレイン、ダノ・リードはビル・ピットマン、ギターはトミー・テデスコ、記憶しているのはそれくらいですが、大サーフ・クラシックなので、とくに付け加えるべきことはありません。

リッチー・アレン&ザ・パシフィック・サーファーズがカヴァーしているのかと思って、そのクリップを聴いてみました。

Richie Allen & The Pacific Surfers - The Lonely Surfer


というように、まったくべつの曲ですが、これはこれでなかなかけっこうなサウンドです。ドラムはアール・パーマーでしょうか。スネアのサウンド、プレイがアールに聞こえます。

べつの記事に書いたかもしれませんが、リッチー・アレンとはすなわちリッチー・ポドラー、ハリウッド録音のさまざまなギター・インストなどにクレジットされているギター・プレイヤーです。

当然、パシフィック・サーファーズというのも、スタジオ・プレイヤーたちに決まっています。ドラムはハル・ブレインかもしれません。

しかし、なんだか、聴いたような気もするので、検索してみたら、ちゃんともっていました。たんに記憶からとんでいただけでした。

もうひとつ、The Lonely Surferの関連クリップを聴きました。これが思わぬセレンディピティー、って、予想していてはセレンディピティーになりませんが。

The What Four - Gemini 4


アップローダーの説明によれば、リプリーズ・レコードのリリース、プロデューサーはディック&ディーディーだそうで、つまり、ハリウッド録音、プレイしたのはハリウッドのスタジオ・プレイヤー、ということまでは読みとれます。

ディック&ディーディーをいちおう聴きましょう。

Dick & Dee Dee - Thou Shall Not Steal


この曲のドラムはハル・ブレインでしょう。であるなら、というので、検索してみたら、Vinyl Highway: Singing as Dick and Dee Deeというディーディー・フェルプスの回想記に、ドラムはハル・ブレインかアール・パーマー、ベースはレイ・ポールマンかキャロル・ケイであると、ちゃんと書かれていました。

これでディック&ディーディーとレッキング・クルーの関係ははっきりしました。したがって、ホワット・フォーという、おそらくシングル1枚をリリースしただけで消えたグループも、いつものスタジオ・プレイヤーたちの仕事と考えて問題ありません。

ということで、案外な拾いもの、と思ったのも当然、「あのバンド」だからうまくてあたりまえ、というアンチ・クライマクスでした。

しかし、ほんとうはつぎの曲を聴こうかと思って、似たタイトルの曲に流れてしまっただけなのですが。

The Ventures - Gemini


これだけ完璧にプロフェショナリズムに徹したプレイとなると、ツアー用ヴェンチャーズなんかひとりも参加していないのは見え見えで、悲しいものがありますなあ。わっはっは。


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ジャック・ニーチー
Lonely Surfer
Lonely Surfer


リッチー・アレン&ザ・パシフィック・サーファーズ
Surfer's Slide
Surfer's Slide


ディーディー・フェルプス著
Vinyl Highway: Singing As Dick and Dee Dee
Vinyl Highway: Singing As Dick and Dee Dee
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by songsf4s | 2011-12-28 00:34 | Guitar Instro
森一生『薄桜記』、舛田利雄『影狩り』、市川崑『幸福』、佐藤純彌『君よ憤怒の河を渉れ』ほか
 
ツイッターにはチラチラと書いているのですが、このところ、できたらブログで取り上げようと思い、数本の映画を見ました。

石原裕次郎の、たぶん、最後から三番目と二番目の映画である舛田利雄監督の『影狩り』および『影狩り ほえろ大砲』、市川崑監督『幸福』、犬童一心監督『死に花』、サム・ペキンパー監督『キラー・エリート』、佐藤純彌監督『君よ憤怒の河を渉れ』などです。

『キラー・エリート』をのぞいて、残念ながら、どれも気に入らないか、悪いとはいえないが、ぐらいの出来で、書く気にはなりませんでした。公開当時、忍者が出てくるというので、勘弁しろよ、と敬遠した『キラー・エリート』も、思ったよりはずっとマシではあったものの、書こうと思うほどの出来でもありませんでした。

◆ 無抵抗忍者虐殺物語『影狩り』 ◆◆
いま、時計を見て、今夜、本題に入るのは無理に思えてきたので、以上の映画について、脈絡なしに、思ったことを並べます。

『影狩り』シリーズの二本は、シナリオが問題外、演出も強引というか、雑というか、もう少し手順を踏んでくださいな、と溜息が出ました。

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『影狩り』というのは、劇画が原作ですが、そちらのほうは読んだことがありません。時代劇のほとんどは、考証もへったくれもないのですが、それにしてもなあ、という設定で、わたしはいきなりコケました。

幕末になると、財政破綻した徳川家は、各地に隠密(これをこの映画は「影」と呼んでいる)を送り込み、なにか落ち度を見つけては国を潰して、その富を収奪した、というのです。

幕府が落ち度を見つけたら、どんどん国替えや絶家(改易)をおこなったのは事実ですが、べつに幕末になってはじめたことではなく、初期から一貫してそういう政策ををとっていました。

福島正則や加藤清正といった関ヶ原の合戦の功労者の家も、すぐに取りつぶされてしまった(福島家は正則存命中、加藤家は清正没後)のは有名な話ですし、将軍家の別家自体がたくさんやられています。そのへんは鎌倉幕府の再現といってもいいほどです。

というように、大前提そのものでコケたのですが、展開もまた感心せず、伏線を張らず、細部の筋も通さない強引な演出も、舛田利雄の悪い面だけが出たと感じます。

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石原裕次郎は、ハンス・オットー・マイスナーの『アラスカ戦線』を映画化したいといっていたそうで、それを読んだときは、いいところに目をつけた、と思いました。

でも、『太平洋ひとりぼっち』や『影狩り』といった企画を見ると、クリント・イーストウッドのように一貫して目の付けどころがいいわけではないと考えざるを得ません。

しかし、シナリオや演出が駄目でも、かつては裕次郎が映画を救っていました。それができなくなったところに、俳優・石原裕次郎の落日を感じます。いや、まあ、それを確認するために、自らを叱咤してこの二本を見たのですが。

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「影」という、お庭番、忍者の群も、つまらない存在で、それも大きな欠陥でした。ただ跳ねまわって、ただバタバタと斬られるだけじゃあ、蠅の群と懸隔がありません。背中を見せて逃げまわる忍者たちは、深江章喜親方に「かかれ!」といわれた瞬間、さっさとトンヅラすればよかったのに、と思います。

同じ舛田利雄監督の『嵐の勇者たち』(1969年日活)あたりのアンサンブルの面白みを狙って、内田良平と成田三樹夫を配したのだろうと思います。意図はわかるのですが、その面でも成功したとはいいかねます。

◆ 客のほうが憤怒する『君よ憤怒の河を渉れ』 ◆◆
『君よ憤怒の河を渉れ』はひどさもひどし、これ以上ひどい映画は滅多にないでしょう。ここまでひどいと、どれほどひどいかをたしかめるために見るべきだ、といいたくなるほどです!

高倉健扮する検事が、身に覚えのない窃盗と強盗と強姦で告発され、その疑いをはらすという物語ですが、論理的に考えると、この映画の事件は、はじまった瞬間に解決していたはずです。

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高倉健は、いきなり町で、この人、強盗よー、といわれ、警邏警官に取り押さえられてしまいます。このあたりの乱暴な捜査は、まあ、映画的ウソとして我慢しました。

しかし、高倉健のマンションにいったら、盗難にあったと届出られたカメラが、これ見よがしに棚に鎮座していた、というところで、まともな捜査官なら、たちまち冤罪の可能性を嗅ぎ取るだろうに、と馬鹿馬鹿しくなりました。

鈍感で馬鹿な捜査官であっても、二人の告発者が、じつは夫婦であり、告発の直後に姿をくらましたことがわかった時点で、高倉健の容疑ははれ、釈放です。

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検察官が自分の弁護をできないのも驚愕しますし、容疑者としての権利をいっさい主張しないのも信じがたく、池部良検事も、原田芳雄警部も、こんなものは立件できないに決まっているのに、ごり押しで捜査を進めるので、てっきりこの二人がグルになって、高倉健検事を罠に落としたのだと信じましたよ!

西村寿行の原作もいけないのでしょう。でも、その原作で映画を撮らねばならないと決まったら、なんとか、立件できそうな事件に変更するのが脚本家と監督の仕事でしょうに。盗んだカメラを居間に飾っておく検事だなんて、馬鹿もいい加減にしなさいな。

同じ高倉健と佐藤純彌の組み合わせの『新幹線大爆破』はまずまずの出来だったのですが、あちらは、なにか幸運な偶然のおかげでうまくいっただけだと納得しました。

着ぐるみの熊なんか、恐くもなんともありませんが、鈍感な脚本と演出は映画を即死させます。

以上、やはり、本題にたどりつくにはいたらず、市川雷蔵と勝新太郎の映画は次回見ることにします。


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by songsf4s | 2011-12-26 23:59 | 映画
スウィング発→ロックンロール直行便――映画『ベニー・グッドマン物語』をめぐって
 
前回のアンドルーズ・シスターズ駆け足紹介をご覧になって、パイド・パイパーズを思い起こしたと、ツイッターで反応なさった方がいらっしゃいました。

The Pied Pipers - Route 66


「ルート66」というのは、子どもにはそれほど面白いドラマではなく、なんだか車が走ったり止まったりしていたなあ(当たり前だ!)ぐらいの記憶しかないのですが、曲は印象に残りました。作者はジュリー・ロンドンの夫君にしてシンガー、ピアニストのボビー・トゥループです。

当家で過去に紹介したパイド・パイパーズの曲は、クリップがなくて、ついこのあいだ、クリスマス・ソング特集の補綴のために、サンプルをアップしました。ここに再度貼りつけておきます。

サンプル Johnny Mercer with the Pied Pipers and the Paul Weston Orchestra "Jingle Bells"

ジョニー・マーサーのすっとぼけたキャラクター、パイド・パイパーズの柔らかいハーモニー、ポール・ウェストン・オーケストラの生き生きとしたグルーヴ、三位一体のすばらしいジングル・ベルズです。

1940年代の音楽を聴いていて思うのは、なぜこの流れがいったん断ち切られたのだろうか、ということです。戦時と戦争直後のハイ・テンションをいったん冷ます必要があったのでしょうか。

そのことを意識するようになったのは、この映画を見たのがきっかけになっています。トランペット・ソロはハリー・ジェイムズ、ドラムはジーン・クルーパ。いや、つまり音だけではなく、画面にもホンモノが登場しているという意味です。

映画『ベニー・グッドマン物語』よりSing Sing Sing


感じ方は人によってさまざま、よそさんのことは知りませんが、わたしはこういうグルーヴに、モダン・ジャズ的なものは感じません。なにを感じるかといったら、ロックンロール・スピリットです。

高校のころ、団塊の世代のモダン・ジャズ・ファンにゴチャゴチャいわれたのをいまだに根に持っているのと、新宿のジャズ喫茶なんてものに足を踏み入れてみたら、じっと黙って目をつぶり、陰険に音楽を聴いているゾンビの群がいて、ゾッとした記憶があるためですが、わたしは、いまだにいわゆる「モダン・ジャズ」にはいくぶんかの反感をもっています。

そういうもやもやしたものを、言語化できないまま大人になり、リヴァイヴァルで『ベニー・グッドマン物語』を見て、なんだ、モダン・ジャズのほうが鬼子だっただけじゃないか、と膝を叩きました。

アメリカ音楽の歴史は、モダン・ジャズとクルーナー時代を飛ばして、スウィングからロックンロールへと直接つなげれば、なんの疑問もなく、すっきりきれいに流れます。

映画『ベニー・グッドマン物語』よりLet's Dance/Stompin' At The Savoy


このあたりは、ベニー・グッドマンがまだ大物になっていない1930年代終わりの出来事ですが、いずれにせよ、このような新しいダンス・ミュージックが、スウィングという名のもとに40年代の潮流を形作ります。

後年のモダン・ジャズのようにインテリジェントでハイ・ブロウなものではありませんが、しかし、わたしは音楽をきわめて肉体的なものと考えているので、どちらがよりエッセンシャルであるかといえば、考えるまでもなく、スウィングのほうに軍配をあげます。人間の根元的音楽衝動により忠実なグルーヴです。その意味で、精神においてロックンロール的であって、アンチ・モダン・ジャズ的なのです。

映画としては、この前年に製作された『グレン・ミラー物語』のほうが出来がよかったのですが、つぎのシーンは強く印象に残りました。映画的に、ではなく、音楽的に、です。

映画『ベニー・グッドマン物語』よりOne O'Clock Jump


曲がはじまったときと後半では、客の数がぜんぜん違うという「映画的詐術」がおこなわれていますが、はじめて見たとき、なんとロックンロール的な、と思いました。

ダンスをするための音楽であり、同時に聴くための音楽である、という意味で、スウィングとロックンロールは「同系統」の音楽だということが、このシークェンスには端的にあらわれています。

レス・ポールがいっていました。マイルズ・デイヴィスに、どうしたらシングル・ヒットが出るんだときかれて、こう答えたのだそうです。「自分のために音楽をやっていたのでは駄目だ。彼らのための音楽をやるんだ」

モダン・ジャズというのは、音楽的にではなく、概念的に定義するならば「彼らのための音楽を軽蔑し、否定することによって自己を規定する音楽」といっていいでしょう。さすがにレス・ポールはスウィングの時代を生きたプレイヤーだけに、モダン・ジャズの根本的な欠陥が一目でわかったから、マイルズ・デイヴィスに、ストレートにそのことをいったのだと想像します。

『ベニー・グッドマン物語』製作の動機は、たんに1954年の『グレン・ミラー物語』がヒットしたので、その余慶にあずかろうという、どうということのないものだったのでしょう。

しかし、それでもなお、モダン・ジャズの時代が下り坂に入り、まさにロックンロールが生まれようとしていた時期に、スウィング・ミュージックをあつかった映画が立てつづけに製作され、どちらもヒットしたことは、たんなる偶然ではないと思います。


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パイド・パイパーズ
Dreams From the Sunny Side of the Street
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ジョニー・マーサー(すくなくとも数曲でパイド・パイパーズがコーラスで参加している)
Collector's Series
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by songsf4s | 2011-12-19 23:56 | 映画・TV音楽
アンドルーズ・シスターズ正々堂々表門から駆け足簡単入門
 
今日は横浜から鎌倉まで歩いてきました。帰りに入った喫茶店でアンドルーズ・シスターズが流れていたのですが、わが家には彼女たちの曲をほとんど知らない人がいることがわかったので、あと30分で、できるかぎりたくさん、ヒット曲を並べてみます。

ベット・ミドラーのデビュー盤だったか、アンドルーズ・シスターズの曲のカヴァーをやっていて、わたしはそこからこのコーラス・グループに親しむことになりました。この曲です。

The Andrews Sisters - Boogie Woogie Bugle Boy


ベット・ミドラーもけっこうでしたが、元を聴いたら、なんだ、こっちのほうがずっといいや、でした。

アンドルーズ・シスターズの大ヒットでいまも人口に膾炙しているのは、つぎの曲かもしれません。

The Andrews Sisters - Bei mir bist du schon


つぎの曲も、アンドルーズ・シスターズのヒットとは知らなくても、楽曲そのものは知っている、という方がけっこういらっしゃるのではないでしょうか。邦題は「ビヤ樽ポルカ」。

The Andrew Sisters - Beer Barrel Polka


LPの時代、12曲入りのベスト盤を買って、すごい、全部いい曲だ、と思ったのは、ドリフターズとアンドルーズ・シスターズだけでした。すごい曲が目白押しで、1940年代前半はグレン・ミラーとアンドルーズ・シスターズの時代だったといわれるのも当然だと思いました。

なにを選ぶか、エライ騒ぎなのですが、結局、この曲がいちばん好きかもしれません。すごくいい曲というわけではなく、のんびりしたところが、いつ聴いてもグッド・フィーリンを呼び起こしてくれます。

The Andrews Sisters - Rum and Coca Cola


アンドルーズ・シスターズの曲はアップテンポが多いので、こういうのが入っていると、ベスト盤では目立つ、という面もあるかもしれません。

アップテンポのブギー系統では、歌詞の音韻のよさもあって、つぎの曲がベストのような気がします。

The Andrews Sisters - Beat Me Daddy Eight to the Bar


ちょっと目先を変えます。ヒット曲というわけではないのですが、レス・ポール・トリオとの共演ということでこの曲を。

Les Paul Trio with The Andrews Sisters - It's A Pity to Say Goodnight


うーん、ホント、彼女らのハーモニーはなんともいえずいい味があって、聞き惚れてしまいました。

つぎの曲もマイ・フェイヴです。

The Andrews Sisters - Don't Sit Under the Apple Tree


同じくリンゴの出てくる歌ですが、今度はテンポのゆるいバラッド。

The Andrews Sisters - Apple Blossom Time


はや制限時間いっぱい。駆け足のザ・ベスト・オヴ・ザ・ベスト・オヴ・ディ・アンドルーズ・シスターズでした。


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(アンドルーズ・シスターズは再録音がたくさんあって、どれがオリジナルなのか、じつはわたしにはよくわからない。とりあえず、ということで、いちおうベスト盤をおいておく)
アンドルーズ・シスターズ
Very Best of 40 Greatest Hits
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by songsf4s | 2011-12-18 23:58 | その他
続The Best of Jim Gordon 02 ホール&オーツ、バートン・カミングス、インクレディブル・ボンゴ・バンド
 
なにか映画を取り上げようと思い、今日は市川崑の『幸福』を見ました。エド・マクベインの87分署シリーズ初期の秀作『クレアが死んでいる』にゆるやかに基づいた映画です。

いうまでもなく、面白ければ、今日の記事のタイトルは「市川崑監督『幸福』に描かれた87分署の刑事たち」なんてタイトルになっていたはずです。そうはならなかったということは、書くに足るほど面白くはなかったということです。

捜査の過程で、さまざまな家族の内実を見る、というのは87分署にかぎらず、ミステリーのよくあるパターンで、それがゾッとするような家であることも少なくありません。

だから、『幸福』に登場する狂った家族のことはいいのです。でも、それが主人公である水谷豊の家庭の事情と照らし合わされるのには、やりきれなくなりました。梅雨時に廃屋の地下室に閉じこめられたような映画で、救いは、刑事のひとり、谷啓の演技ぐらいでした。

まあ、『幸福』というタイトルがイヤで、いままで避けてきたのですが、直感は信じたほうがいいな、やっぱり、という出来でした。

市川崑の不幸は、なんといっても、夫人/脚本家の和田夏十の早すぎた死でしょう。後年の作品は、脚本の段階に戻って考え直してくださいな、とお願いしたくなるものが多く、相棒の脚本家と愛妻を同時に失うとはまたなんと不幸な、と思いました。

◆ ホール&オーツ ◆◆
ということで今日も音楽、またまたジム・ゴードンの登場です。幸い、上ものは入れ替え制、当然、音楽スタイルもどんどん変化していくので、またジム・ゴードンか、とうんざりはしないだろうと思います。

本日はまずホール&オーツ。ドラミング優先ではなく、上ものの都合を優先し、ヒット曲から入ります。1976年のアルバム、Bigger Than Both of Usから。

Hall & Oates - Rich Girl


時代の要請もだしがたく、さすがのジム・ゴードンも、70年代後半に入るとスネアのチューニングを低くします。残念無念。

したがって、あのキレのよいスネア・ワークは聴けなくなりますが、そういう悪条件に配慮すれば、このトラックもまた中の上ぐらいと感じます。すでに76年、見渡せばどこまでも茫々たる荒野、という時代ですから、そういう不幸な時代にあっては、得がたいグルーヴでした。

つぎは、Bigger Than Both of Usの前年、1975年にリリースされたエポニマス・タイトルのアルバムから。クリップがないので、サンプルを。

サンプル Daryl Hall & John Oates "(You Know) It Doesn't Matter Anymore"

上ものの出来はRich Girlよりこちらのほうが数段好ましく、ジム・ゴードンのプレイも、こちらのほうにより強い魅力を感じます。

ホール&オーツも、これくらいのところなら、聴いていてうんざりしないのですがねえ……。アップテンポも、バラッドも、イヤな味が舌に残るし、そのくせ肝心なところでは味が足りず、じつにバランスの悪いヴォーカル・レンディションばかりで、退屈な70年代を象徴するデュオでした。

いや、わたしはヴォーカルは箸でつまんで捨て、残ったトラックをおいしくいただける人間なので、気にせずにジム・ゴードンの話をつづけます。

同じアルバムから、こんどはシングル・ヒットを。

Hall & Oates - Sara Smile


ベタベタ粘つく気色の悪いバラッドで、60年代中期だったら、チャートインしなかったでしょうが、ジム・ゴードンはやるだけのことはやっています。

◆ バートン・カミングス ◆◆
残念ながら、口の中のねばねばを洗い流すのにもってこい、というような曲の用意はないのですが、こちらのほうがまだしもさっぱりしていると思います。

ゲス・フーのリード・シンガー、キーボード・プレイヤー、ソングライターだったバートン・カミングスのソロ・デビューから。

Burton Cummings - I'm Scared


冬の日の歌で、なにか怖ろしい体験をして、神にすがりたくなったといった話ですが、グッド・グルーヴによって内容の重さをうまく相殺しています。

◆ オマケはインクレディブル・ボンド・バンド ◆◆
まだホール&オーツのネバネバが舌に残っているので、なにか気分が明るくなるものはないかとHDDをひっくり返し(比喩なのだ!)ました。

冗談半分の企画もの、インクレディブル・ボンゴ・バンドはいかがでありましょうか。前にも取り上げましたが、IBBは全部かけてもOKなのです。

今日はおなじみの曲のアップデート・ヴァージョンです。前半はバックビートを叩いているだけですが、ジミー・ゴードンはエンディングにかけて豪快なヒットを連発します。

The Incredible Bongo Band - Wipeout


いつもそうですが、この曲でもフロア・タムがとんでもない鳴りで、わっはっは、です。

メンバーはよくわかりませんが、ギターのひとりはマイク・デイシーだそうで、この曲も彼のプレイでしょうか。

もう一曲いきましょう。このドアホ・ヒットをジム・ゴードンのドラムで聴くことになるとは思いませんでした!

Incredible Bongo Band - In a Gadda Da Vida


もともとパアな曲ですが、管でやると馬鹿っぽさがいっそう強調されて、笑いました。このコミック・アルバムにふさわしい選曲でありますなあ。

以上、やっぱり音楽は馬鹿でもアホでもまったくノー・プロブレムだけど、ベタベタしたりネチョネチョしたりグチョグチョしたりするのだけはやめようね、と思ったのでありました。


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ホール&オーツ(アルバムDaryl Hall & John Oates (1975)およびBigger Than Both Of Us (1976)の両者を含む)
Original Album Classics
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バートン・カミングス
Burton Cummings
Burton Cummings


インクレディブル・ボンゴ・バンド(CD)
ボンゴ・ロック
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インクレディブル・ボンゴ・バンド(MP3、Wipeoutを含む)
Bongo Rock
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by songsf4s | 2011-12-17 23:52 | ドラマー特集
ミステリアス・ドラマーズ――いまだに同定できない気になるプレイヤーたち
 
以前、ライノがリリースしたピーター&ゴードンのベスト盤のライナーを読んでいて、インタヴュワーがピーター・エイシャーに、「だれかプレイヤーの名前を覚えていますか?」と質問したところで、グイと目を引き寄せられました。

たとえば、こういう曲のことがずっと気にかかっていたからです。フィル・スペクターのテディー・ベアーズによる有名なビルボード・チャート・トッパーのカヴァー。

Peter & Gordon - To Know You Is to Love You


むろん、ドラマーの話です。イントロからヴァースへの移行部でのロールもきれいにやっていて、ほんの数小節で、信頼できるプレイヤーであることがわかります。イギリスのスタジオ・エースのひとりでしょう。

しかし、ピーター・エイシャーの答えは、ひとりも覚えていない、でした。タコ! ドアホ! 死ね! そういう耳をしているからラス・カンケルなんかでくだらない盤を山ほどつくったんだ、と怒鳴り散らしましたよ。

いや、いいんですよ、たんなるパアなシンガーで終わったのなら。でも、曲がりなりにでもプロデューサーとしてキャリアを築いた人でしょうに。それが、プレイヤーのすごみに気づかなかったでは、すまされませんよ。

これで、エイシャーがそれなりにブースのなかで成功できたのは、彼の力ではなく、たとえば、アンドルー・ゴールドのような才能のある人間の助力があったおかげだということがわかりました。はっきりいって三流の人物です。

派手なのを冒頭におきましたが、ピーター&ゴードンのトラックは、控えめなものでもいいドラミングがあります。

Peter & Gordon - If I Were You


プロだねえ、というプレイです。こういう人がいまだにアイデンティファイできないのは、じつに遺憾至極、まことに残念無念。

同じベスト盤のライナーで、ピーター・エイシャーがいっていましたが、ゴードンはリードを弾きたがり、スタジオでも彼が12弦を弾いた曲があるということでした。てことは、エイシャーより、ゴードン・ウォーラーのほうがプロデューサーとしての資質に恵まれていた可能性があります。まったく、世の中うまくいきません。

同じイギリスのドラマーではもうひとり、ずっと気にしているプレイヤーがいました。

The Walker Brothers - My Ship Is Coming In


Girl, we're gonna make itのあとの、微妙に遅らせたフラムなんか、悪くないセンスです。

ひょっとしたらピーター&ゴードンと同じプレイヤーかもしれないと感じるのですが、つぎの曲を聴くと、微妙にタイムがちがうような気がしてきます。

The Walker Brothers - (Baby) You Don't Have To Tell Me


タムタムからフロア・タムに流すプレイはいけるのですが、スネアのフィルインはきれいにいっていません。これを聴くとピーター&ゴードンのドラマーとは別人のような気がしてきます。いや、それでもこの曲はドラマーズ・チューンだと思いますけれどね。

書き忘れていましたが、ゲーリー・ウォーカー(リーズ)は、「契約の関係で」スタジオではプレイできなかったといわれています。もちろん、わたしはそういうチョボイチはてんから信じていません。スタジオで叩けるほどの十分な技量がなかっただけのことでしょう。

もうひとつ書き忘れ。ウォーカーズのドラマーの名前は、以前どなたかに教えてもらったと思います。しじゅう目にしていないので、忘れてしまいました。

ピーター&ゴードンも、ウォーカー・ブラザーズも、ともにライチャウス・ブラザーズをワーキング・モデルにしていました。

ライチャウスのドラマーといえば、なんといってもアール・パーマーですが、それは60年代の話。70年代のリユニオン・アルバムも、なかなかすぐれたプレイがあるのに、LPにはクレジットがありませんでした。

The Righteous Brothers - Rock and Roll Heaven


このあいだ、某所で、これはジム・ゴードンのプレイである、としているのを見たのですが、どうでしょうかねえ。フィルインに使われているハイピッチ・タムのサウンドは、ジミーのものに似ていますが、肝心のバックビートがあまりジム・ゴードンのようにきこえません。いや、否定ではなく、すんなり納得はできない、というだけですが。

もう一曲、同じアルバムから。

The Righteous Brothers - Dream on


こんどはスネアはジム・ゴードンに似ていますが、タムタムが似ていません。うーん。いずれにしても、このライチャウスのアルバムは、ドラマーが気になって、その解明だけを目的に集中的に聴いたことがあり、そのときも、ジミーのことはまったく思い浮かべませんでした。ジミーのプレイだとしたら、きわめて例外的なものといえます。

昔、同定を目指して徹底的に聴いたときは、悩みに悩んで、ライチャウスのアルバムで叩いたのは、この人ではないかという暫定的な結論に至りました。

Loggins & Messina - Angry Eyes


このロギンズ&メッシーナ(メシーナと書きたいが世間に妥協する)のドラマーは、名をメレル・ブリガンテといいます。ほんとうは、クリス・ヒルマンのアルバムを聴いていて、ライチャウスのドラマーに似ていると思ったのですが、そちらのほうは適当なクリップがないのです。

テンポが遅くて比較に使えないのですが、いちおうそのクリス・ヒルマンのアルバムClear Sailin'からタイトル・カットを。

Chris Hillman - Clear Sailin'


もっとほかにいい曲があるのですがねえ。クリス・ヒルマンのソロ・アルバムとしてはこれがいちばん好きです。

またロギンズ&メッシーナにもどってサード・アルバムからメレル・ブリガンテのプレイ。ハイピッチのタムが使われています。

Loggins & Messina - Watching the River Run


わたしの買ったLPはファースト・プレスではなく、もとは中袋にクレジットがあったのに、それが汎用的なものに変更され、クレジットが消えた可能性も否定できません。

そう思って、いま検索してみましたが、手がかりはありませんでした。このアルバムとジム・ゴードンを結びつけているのは、やはり、ジム・ゴードン・ディスコグラフィー・ブログスポットだけであり、たんなる推測にすぎないのではないかと思います。

もう一曲、取り上げようと思っていた曲があるのですが、時間切れになってしまいました。つづきをやることになるかもしれません。


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ピーター&ゴードン
Ultimate Collection
Ultimate Collection


ピーター&ゴードン(If I Were Youを収録)
A World Without Love/I Don't Want To See You Again
A World Without Love/I Don't Want To See You Again


ウォーカー・ブラザーズ
ダンス天国~ウォーカー・ブラザーズ・ベスト・セレクション
ダンス天国~ウォーカー・ブラザーズ・ベスト・セレクション


ロギンズ&メッシーナ
Best: Loggins & Messina - Sittin in Again
Best: Loggins & Messina - Sittin in Again


ロギンズ&メッシーナ
Loggins & Messina
Loggins & Messina


ロギンズ&メッシーナ
Full Sail
Full Sail


ライチャウス・ブラザーズ
Gold
Gold


クリス・ヒルマン
クリアー・セイリン
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by songsf4s | 2011-12-16 23:58 | ドラマー特集
続The Best of Jim Gordon 01 唯一のリーダー・アルバム、ジョージ・ハリソン、グレン・キャンベルなど
 
(サンプルのリンク、修正しました。陳謝)

「The Best of Jim Gordon補足」なんていうタイトルで、その後に聴いたジム・ゴードンのプレイを並べてきましたが、補足のほうが大きくなりそうな気配なので、今回からテイク・ナンバーをリセットし、ここからはリメイク・セッション、「続The Best of Jim Gordon」の、本日は第一回目とします。

◆ ジム・ゴードン唯一のソロ・アルバム ◆◆
ジム・ゴードンのソロ・アルバムというものがあるというのはどこかで読んだことがあったのですが、やっと現物を聴くことができました。

信じようと信じまいと、わたしは蒐集家ではないので、ブツの入手自体にはいたって不熱心です。たまたま遭遇すればよし、わざわざ探す気はないので、いままでほったらかしにしていましたが、じっさいに聴くと、このJimmy Gordon & His Jazznpops Bandの唯一のアルバムは、探すべきだったかもしれないと思いました。

そういってはなんですが、ハル・ブレインのソロよりずっと面白いと思います。時期のちがい、アレンジャーのちがい、というところでしょうが、全体のサウンドも面白いものがあるし、ジミーのプレイも申し分がありません。

f0147840_001083.jpg

気持のいいグルーヴばかりで、どれをサンプルにしたものか迷い箸をしてしまいますが、ファイル・サイズも考えて、この曲にしてみました。

サンプル Jimmy Gordon & His Jazznpops Band "Flying Dutchman"

このジミー・ゴードン&ヒズ・ジャズポップス・バンドのHog Fatというアルバムは、ボブ・シールのフライング・ダッチマン・レコードからリリースされました。ジム・ゴードンはボブ・シールに気に入られたのか、このレーベルからリリースされたさまざまな盤でプレイしています。

ただし、フライング・ダッチマンのいろいろなセッションに参加した結果として、ソロ・アルバムが制作されることになった、という流れではありません。レーベルの発足直後に、ジミーのアルバムは録音されているのです。

どうであれ、この曲にFlying Dutchmanというタイトルがつけられたのは、レーベル名にちなんだのでしょう。インスト曲のタイトルはどうにでもなりますから。

アルバム・パーソネルは以下のごとし。

Jim Gordon - drums
Gary Coleman - percussion
Victor Feldman - percussion
Buddy Childers - trumpet
George Bohanon - trombone
Tom Scott - saxophone
Jim Horn - saxophone
Mike Melvoin - piano
Don Randi - piano
Jerry Scheff - bass
Don Peake - guitar
Louis Shelton - guitar
Dennis Budimir - guitar

ヴェテランはすくなく、1969年の時点における若手のプレイヤーたちが中心です。とくにギターのドン・ピークとルイス・シェルトンはこのころにハリウッドのスタジオでプレゼンスを強めていったといっていいでしょう。ただし、さすがにうまい、と思ったのはピアノですけれどね。

他のフライング・ダッチマン・レコードのリリースにも、興味深いものは数多くあるのですが、それは他日のこととします。

◆ ジョージ・ハリソンのWhat Is Lifeからジョージ・ハリソンをマイナスすれば ◆◆
つぎのクリップに行く前に、話の順序として、まずこれを。おなじみの曲です。

George Harrison - What Is Life


これを分解して、ジム・ゴードンのトラックだけを強調したミックスにしたクリップがありました。

George Harrison - What is Life (drums track)


いやはや、なんとも、すげえな、です。フロア・タムがこんなことになっているとは、いまのいままで知りませんでした。うまい人はなんでもうまいのですが、それにしてもジミーのフロア・タムはすごいものです。

こういうぐあいに、聴きたいものをなんでもかんでも分離して聴ける時代が来てくれないものでしょうか。その気になれば、こんなことは簡単なんですがねえ。CDはやめにして、固体素子メモリーで売ればいいだけです。いや、オンラインだってかまいませんが。好きな曲をみな分解して聴きたくなりました。感動的なプレイ。

◆ グレン・キャンベルとジミー・ウェブ ◆◆
グレン・キャンベルの初期のヒット(といっても、それ以前にすでに長いソロ・キャリアがあるのだが。「ヒットが出るようになったころ」と言い換えてもいい)でドラムを叩いたのは、スタジオの同僚、ハル・ブレインではなく、意外にもジム・ゴードンでした。

以前のThe Best of Jim Gordonには、そのなかから、Wichita Linemanを入れておきましたが、もうひとつの代表作であるこの曲もジミーのプレイでした。

Glen Campbell - By the Time I Get to Phoenix


ベースはキャロル・ケイ。この曲でもジミー・ウェブがピアノを弾いたのかもしれません。Wichita Lineman同様、アル・ディローリーの、空間を生かした控えめなサウンド・メイキングがいまも光芒を放っています。

グレン・キャンベルにとって、ブレイクスルーを助けてくれたジミー・ウェブは非常に重要なソングライターだったはずですが、70年代には他のソングライターの曲ばかりになっていきます。

そして、なにがきっかけになったのか、ふたたびジミー・ウェブの曲を歌ったアルバムReunion: The Songs Of Jimmy Webbが74年にリリースされました。

ヒット曲は生まれませんでしたが、いま聴けば、非常によくできたアルバムです。時代に合わせたのか、ドラム・ビートも以前より強調されていて、その面でもおおいに楽しめます。

ただし、問題があります。ドラムは二人クレジットされていて、もうひとりのドラマーはハル・ブレインなのです。

長いあいだ、Wichita Linemanはハル・ブレインのプレイと思いこんでいた人間としては、これは鬼門だなあ、と思うのですが、でも、非常に好ましいプレイなので、もったいないから、誤認の可能性のあることを承知のうえでクリップを貼りつけます。

Wishing Now - Glen Campbell


いや、さすがはジミー・ウェブという曲だし、ギターもいいし(もちろんグレン自身のプレイだろう)、ドラムもグッド・フィーリンで、文句のないトラックです。

エンディングのあたりを注意深く聴いてみて、やはりジミーと判断していいだろうと思いました。ハイ・ピッチの追加タムのサウンドがジミーのものに聞こえます。

出来はわるくないのに、あまり知られていないアルバムなので、もう一曲いきます。

Glen Campbell - Ocean In His Eyes


これはイントロを聴いた瞬間、ジミーだと思いました。スネアがいかにもジム・ゴードンらしいサウンドで鳴っています。とはいえ、この世にだれか、ハル・ブレインそっくりのサウンドがつくれるプレイヤーがいるとしたら、ジム・ゴードンただひとりというぐらいで、つねにミスの可能性はあるのですが!

アルバム・クレジットをコピーしておきます。

Glen Campbell - guitar, vocals
Jimmy Webb - piano
Hal Blaine - drums
Jim Gordon - drums
Joe Osborn - bass
Dean Parks - guitar
Buddy Emmons - pedal steel guitar
Larry Knechtel - keyboards

やはり70年代だなあ、と思います。かつてグレン・キャンベルの相方はビリー・ストレンジだったりしたのですが、ここではディーン・パークスです。

いや、ディーン・パークスもいいプレイヤーです。グレンと二人で、このアルバムではなかなか楽しいアコースティック・ギター・サウンドをつくっています。


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ジョージ・ハリソン
All Things Must Pass (30th Ann) (Dig)
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グレン・キャンベル
Reunion: Songs of Jimmy Webb
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by songsf4s | 2011-12-15 23:56 | ドラマー特集