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池野成『牡丹燈籠』スコア、武満徹『雨月物語』スコア他、和風ハロウィーン怪談特集補足

今日はバーベット・シュローダー監督『陰獣』などという映画を見ていたのですが、記事にするには間に合いませんでした。そもそも、怪異ムードは横溢しているものの、怪談ではなく、ミステリーなので、怪談特集で取り上げるのもちょっとうまくないのです。ともあれ、途中までですが、それなりに楽しめる出来でした。

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江戸川乱歩の読者ならもちろん中編『陰獣』をご存知でしょう。博文館・新青年編集長だった横溝正史が、この原稿を乱歩からとった話を何度かエッセイに書いています。ミステリー的結構の出来不出来については見解は分かれるでしょうが、乱歩の代表作のひとつであることはまちがいありません。

フランス人がなんだって『陰獣』を映画化しようと思ったのかは知りませんが、ボアロー=ナルスジャック的な、無理に無理を重ねたトリッキーな展開がフランス人好みなのかもしれません。

じっさい、映画の冒頭はなかなか楽しいトリックになっています(スポイラー警報。この映画を見て驚きたい方はここでやめてつぎの見出しにジャンプされよ)。京都らしい町でなにやら事件があり、パトカー(大昔のトヨペット!)に乗って私服がひとりで駈けつけます。

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刑事は銃を構えて慎重に家に入っていき、女が座っているのを見て安心し、近寄ると、ゴロンと首が転がります。乱歩的ですな。さらに奥に入っていき、襖の影に刀をもった人物を認め、いきなり発砲します。

しかしそれは鏡の像で、背後の障子が赤く血潮で染まり、その向こうから縛られた女性が倒れてきます。誤射だったのです。瀕死の女を抱きとめ、刑事が振り返ると、刀をもった男がいます。刑事は刀掛けの長刀をとると、男と斬り合いをはじめますが、数合ののち、首を飛ばされてしまいます。

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犯人は悠々と現場から立ち去り、クレジットが流れはじめます。ずいぶん謎めいたアヴァン・タイトルだな、とりあえずさっぱり意味がわからんぜ、と思っていると、クレジットはオープニングではなく、エンディングで、映画は終わってしまいます。

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画面が明るくなると、そこはフランスの大学の講義室らしく、若いフランス人が、いま終わった映画について論述をはじめます。この映画は日本の作家・大江春泥のベストセラーをもとにしたもので、ご覧のように、大江の話の特徴は、悪が凱歌をあげることだ、などといいます。

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やがて、この教師が作家で、これから新著のプロモーションで日本に行くところだということがわかります。この作家はしばしば悪夢を見るため、乱歩や正史の作品同様、この映画もなんとなく怪奇ものの様相を呈しはじめます。

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この種の映画はあまり書きすぎると興醒めなので、このへんでやめておきましょう。最初のうちは、どこが『陰獣』なのかと思っていましたが、途中から、骨組は乱歩の原作のままで、きちんとパラフレーズしていることがわかってきます。加藤泰監督、あおい輝彦主演の『陰獣』と並べて見るのもまた一興かもしれません。そういえば、テレビで天知茂のも見た記憶もあります。もちろん、小説がいちばんいいと思いますが。

◆ 池野成「牡丹燈籠」スコア ◆◆
さて、今日の本題は以前お約束した、池野成による『牡丹燈籠』のスコアです。

サンプル 池野成「牡丹燈籠」

これはどこの部分のスコアという風には簡単には云えないトラックで、さまざまな部分から抜き出したものがひとつにまとめられています。ひょっとしたら、新たに譜面を起こした再録音の可能性もあると思います。なんとなく、映画よりオーケストラのサイズが大きいように感じるのです。

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池野成「牡丹燈籠」は「怪獣王」という10枚組ボックスに収録されている。

この種の映画の場合、どうしても「スティンガー」、すなわち威しの音が必要で、そのために、いくぶんチープな印象になりますが、この独立したトラックには、そういう音はほとんど採録されていないため、ノーマルなオーケストラ音楽の味わいが強くなっています。

どうであれ、わたしはこのトラックを聴いて、映画のなかで聴いているより、単独で聴くほうがずっといいと感じました。まったく、昔の日本映画の音楽というのは、どこを掘っても大判小判ざくざくで、すごいものだと思います。

◆ 1キロ超のサウンドステージ!? ◆◆
さらに補足はつづき、こんどは小林正樹監督の『怪談』です。

まず、撮影場所ですが、京都の近くで、「戦争中に飛行機の格納庫として使われていた建物」を見つけたと小林正樹監督はいっています。そのサイズがじつに全長1000メートル、幅60メートル、天井まで18メートルだとか。道理で広く感じるわけです!

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そういう場所だから、映画スタジオの設備はなにもなく、ホリゾントからつくっていかねばならなかったそうです。そして、天井が高すぎて照明部は怖がり、鳶職をやとったけれど、ふつうのスタジオより距離が遠いので光量がいり、ライトが大きくなり、そのために発電機も多数必要になって、ひどく費用がかさんだとのことです

その結果、製作プロダクション「にんじんくらぶ」は倒産、小林監督自身も自宅を売却するハメになったそうです。まったく、映画作りはこれだから、監督がみな有名女優と結婚するのでしょう。稼ぐのは奥さんばかり。

スコアについて。中村嘉葎雄の語りと琵琶のスタンドインは鶴田錦史だったそうです。語り(謡い?)についてはわかりませんが、琵琶には感銘を受けました。ジミヘンがやって以来、ジミー・ペイジなども真似しておおいに流行った、ピックで弦をこするスタントがありますが、鶴田錦史は撥でガリガリギリギリ絃をこすっています。『怪談』の公開は1965年です。日本のギター・プレイヤーは『怪談』を見て、ジミヘンより先にあの技を思いつくべきでした。

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『怪談』では、武満徹はスコアばかりでなく、音響効果もすべてやったそうです。たとえば、尺八の演奏を録音し、それに大々的に加工を加え、風の音をつくったりしたというのです。画面もほぼすべてスタジオで撮られているので、この人工的な音は絵にふさわしい効果を生んでいます。

『怪談』の製作は1964年(公開は翌年正月)、ポップ/ロックの世界も1966年ごろから実験的なものが目立ちはじめますが(ビートルズがはじめてテープの逆回転を使ったのは、1966年のRain)、やはり現代音楽のほうがそのあたりは先んじていたようです。

◆ 早坂文雄倒れる ◆◆
最後は『雨月物語』の補足です。

この映画の音楽のクレジットが、「音楽監督 早坂文雄」「音楽補佐 斉藤一郎」となっていることにふれて、一部を斉藤一郎が書いたという意味だろうとわたしは書きました。

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それで間違いではないのですが、なぜそうなったとかというと、早坂文雄は胸が悪く、『雨月物語』のときに病勢が悪化してしまったかららしいのです。それで途中から斉藤一郎が作曲を引き継ぎ、オーケストレーションとコンダクトを佐藤勝がおこなったようです。

わが友、三河のOさんからのメールには、早坂文雄の譜面も一部は残ったと佐藤勝の著書に書かれている、とあります。ということは、斉藤一郎のほうが主体となったというように受け取れますが、関係者はみなすでに物故しているので、いまとなっては、細かいことはわかりません。

日本映画を代表する作品のスコアの成り立ちが謎に包まれてしまったとは、なんとも恥ずかしいことで、研究者や評論家はなにをボンヤリ突っ立っていたのかと思います。耳無し芳一評論家ばかりなのでしょうな。情けない!

黒澤映画OST以外の早坂文雄の盤はお持ちではないのかとOさんにたずねたら、いまのところ入手できず、という返事でした。どちらにしろフルスコアはリリースされていないから、映画から切り出してみたらどうですかと、逆に煽られてしまいました。まあ、切り出しは馴れたものですが、それでも手間暇かかるので、いつになるとはお約束せず、いずれ折を見て、私家版ベスト・オヴ・早坂文雄映画スコアを編集してみようと思います。


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by songsf4s | 2010-10-31 23:23 | 映画・TV音楽
和風ハロウィーン怪談特集4 中川信夫監督『怪談かさねが淵』(新東宝、1957年)

今宵は、『牡丹燈籠』に引きつづき、再び三遊亭圓朝の怪談噺の映画化です。

『牡丹燈籠』にも元があったように、『真景累ヶ淵』にも原話があります。いちおう「実話」ということになっている、下総羽生村で起きた悪魔憑きの事件から生まれたもので、「累物語」など、さまざまな名前で呼ばれる話から派生した落語です。

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また、落語のほうには、通称「古累」という、より原話に近い版がありますが、もう高座にかけられることはめったにないでしょう。わが家にある「古累」の録音は、先代林家正蔵(彦六の正蔵)によるもののみです。

このあたりの原型にまでさかのぼってみたい方には、高田衛『江戸の悪魔払い師』をお薦めしておきます。東横線の「祐天寺」という駅がありますが、あの祐天寺の開祖、祐天上人がエクソシズムをしちゃいます。

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中川信夫監督による映画『怪談かさねが淵』は、川内康範(作詞家として知られるあの人。わたしらの世代にとっては「月光仮面」の原作者といったほうが通りがいい)の脚本で、例によって長い噺を端折るために、大幅なプロット改変をおこなっています。

◆ 下総羽生村累ヶ淵、発端の場、宗悦殺し ◆◆
三遊亭圓朝の『真景累ヶ淵』は、はじまったときと、終わったときでは、場所も時代も人物もまったく異なっているという不思議な物語で、現在、口演され、知られている噺は、だいたい最初の三分の一までのどこかの場をダイジェストしたものです。

映画版『真景累ヶ淵』も、落語のほうで「宗悦殺し」といっている発端の場から、もっとも有名な「豊志賀の死」を挟んで、「お久殺し」と通称されているところまでを素材に脚色しています。

映画版は、下総の羽生村からはじまるように改変していて、圓朝版では江戸に住んでいる深見新左衛門も、盲目の鍼医者にして金貸しの皆川宗悦も、ともに江戸ではなく、羽生村の住人です。

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雪の降る寒い夜、深見新左衛門の家に貸金を取り立てに行った宗悦は、酔った新左衛門と口論になり、誤って斬り殺されてしまいます。新左衛門は下男に命じて、宗悦の亡骸を累ヶ淵に沈めます。

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ここまでは落語と同じなのですが、ここからは大きく改変し、登場人物を減らして、簡略化にこれつとめています。深見新左衛門は奥方に肩を揉ませていて、ふと振り返ると、それが宗悦に変わっているのを見て、おのれ迷ったかと斬りつけてしまいます。しかし、よく見れば、それはやはり奥方で、すでに事切れていました。

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宗悦の幻影にまとわりつかれた新左衛門は、錯乱して刀を振りまわし、外を歩いているうちに、宗悦の骸を沈めた累ヶ淵にたどりつき、宗悦の幻影を斬ろうとして水にはまって死んでしまいます。

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新左衛門にはひとり息子・新吉がいて、下男はこの赤ん坊を江戸に連れて行き、新左衛門が昔世話をした、羽生屋という小間物屋の前に、新左衛門の子であることを示す守り袋を添えて置いていきます。

◆ 因果の縁はせかんど・じえねれえしよんへと ◆◆
落語では、新左衛門には二人の息子がいて、これがべつべつに育ち、複雑に運命の糸がからんで話が進んでいきますが、映画は時間の都合で簡略化したのでしょう。同様に、宗悦にも二人の娘がいたのですが、これまたお累という一人娘に簡略化されています。

えー、例によって、そろそろ未見の方は読まないほうがいいくだりに入ります。年経て新吉はおとなになり、羽生屋で手代として働いています。落語では同僚の娘、じつは宗悦の次女と恋仲になるのですが、そこは略され(おかげでこの娘は命をまっとうする)、映画では羽生屋の一人娘に惚れられます。

お久の実の母はすでに亡く、若い義母がいて、これが近所の呉服屋の息子を娘の婿にしようとしているのですが、お久は新吉が好きなので、この縁談に困り抜いています。

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お久は、豊志賀(じつは宗悦の娘のお累)という師匠に富本を習っています。お温習い会があった夜、お久が稽古の本を忘れたので、新吉は夜更けに豊志賀の家にとりにいき、以前から新吉に懸想していた豊志賀に誘われて、わりない仲になってしまいます。

ここいらまでくると、落語とはずいぶんちがう展開で、原作を知っていると、かえって混乱するほどです。兄弟がべつべつの女を相手にするはずが、映画では新吉が一手に引き受けるようになっています。

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新吉は結局、豊志賀の家に泊まり、翌朝、お店〔たな〕に戻ります。たとえ一番番頭が岡場所にいっても夜更けにはお店に帰るもので、手代風情が無断で外泊するなどということは現実にはありえませんが、脚本家は新吉を羽生屋から追い出したくて、強引にそういう展開にしてしまったようです。

娘が縁談を嫌がるのは新吉に気があるためとにらんでいる義母は、新吉の朝帰りに、これ幸いとばかり、いきなり暇を出してしまいます。困った新吉は、結局、豊志賀の家に転がり込み、夫婦のような生活がはじまります(落語では、ここは新吉の兄の役どころ)。

◆ 渡辺宙明のスコア ◆◆
後半に入る前に、ここで休憩。今回は無精せずに、映画からサウンドトラックを切り出しました。

『怪談かさねが淵』のスコアを書いた渡辺宙明(=「みちあき」また「ちゅうめい」とも)は、さる方面では非常に有名な作曲家です。「忍者部隊月光」「人造人間キカイダー」をはじめとする実写の特撮ドラマ、「マジンガーZ」などのアニメの音楽をたくさんつくっているのです。

新東宝映画を見ていると、ほかに作曲家はいないのか、といいたくなるほど、渡辺宙明のクレジットばかり見ることになります。石井輝男作品などにはきわめてモダンなスコアを提供していて、じつに興味深く、いずれ正面からとりあげたいと思っています。

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もちろんフルスコア盤などないので、以下はすべて映画から切り出したものです。すべてモノーラル、タイトルもわたしが適宜つけました。

サンプル 渡辺宙明「怪談かさねが淵メイン・タイトル」
サンプル 渡辺宙明「二十年後」
サンプル 渡辺宙明「陣十郎死す」

「メイン・タイトル」はその名の通り、オープニング・クレジットで流れるテーマです。「二十年後」は、発端の宗悦殺しから二十年たって、成長した新吉が登場する羽生屋の場面で流れます。「陣十郎死す」はクライマクスの人死にが重なる場面(後述)のものです。

渡辺宙明オフィシャル・サイト

◆ 豊志賀の死 ◆◆
ある日、豊志賀=お累は、棚から落ちてきた三味線の撥で額にケガをします。これが思いのほか深刻で、キズは治るどころかだんだん広がり、膿み爛れていき、豊志賀は病みついてしまいます。

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富本の師匠などというのは、器量がいいと男の弟子がついて繁盛するものなので、亭主面した若い男が居座っていては男の弟子は寄りつかなくなります(と噺家は説明する)。そういうふしだらな師匠のところに嫁入り前の娘はやれないというので、女の弟子もいなくなってしまいます。

ひとりお久だけは見舞いに通ってくるのですが、年増の豊志賀としては、新吉をとられるのではないかと心配で、お久を嫌います。お久のほうはいよいよ義母の無理強いに困じ果て、ひそかに新吉を呼び出して相談します。

ここに落語には出てこない大村陣十郎(丹波哲郎)という浪人がいて、お久の縁談の相手の腰巾着をしています。陣十郎は豊志賀に横恋慕していたのですが、すっかり面相が変わったのであきらめたのか、色ではなく、欲で動くようになります。

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陣十郎はお久と新吉の逢いびきの仲立ちをするいっぽうで、豊志賀にそれとなくそのことを知らせます。二人が逢っている料理屋に駆け込んだ豊志賀は、匕首を振りまわして大暴れし、結局、階段から落ちて気を失います。

これで豊志賀はすっかり衰え、いっぽうお久はいよいよ縁談がイヤになり、ここに陣十郎が暗躍して、新吉と駆け落ちする手はずを整えてやります。

そろそろエンディングに入るので、ご注意を。

ストーリー・ラインは再び落語に重なります。駆け落ちの前に、直しに出した豊志賀の三味線をとってこようと新吉は出かけます。新吉と職人が話していると、三味線の絃がぷつんと切れます。ゆるめてある絃が切れるとはめずらしい、といっていると、そこへ頭巾をかぶった豊志賀があらわれ、二人は驚きます、

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具合が悪そうなので、新吉は駕籠を呼んでもらいます。そして、豊志賀を駕籠に乗せ、垂れを下ろしたところに、乳母がやってきて、お累さん(豊志賀)が死んでしまった、と泣き崩れます。

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そんな馬鹿な、いま駕籠に乗せたところだ、と垂れを上げると、豊志賀の姿はなく、三味線の撥だけがありました。

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◆ そして誰もいなくなった ◆◆
ただアホみたいにプロットを書きつらねているだけですが、たまにはそういうのもいいでしょう。いよいよエンディング、未見の方はいくらなんでも切り上げ時です。

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新吉「わたしたちは二人だけですが」女中「でも、いまこちらさんがお高祖頭巾の女の方とご一緒にあがっていくのを見ましたが……

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新吉はお久を連れて、故郷の羽生村へと逃げます。陣十郎に、なんといっても金がものをいう、といわれたお久は、家から五十両をもってきたのだから、乗り物でもやとえばいいと思うのですが、かえって足がつくと怖れたのでしょうか。

累ヶ淵にたどり着いたところで、お久は、もう歩けないとしゃがみ込んでしまいます。新吉はすこしでも先に行きたいので、お久を背負うことにします。

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お久を背負った新吉が、ふと振り向くと、それはお累の膿み爛れた顔に変わっています。驚いて新吉は腰を抜かし、お久を投げ落としてしまいます。たまたまそこに鎌があり、お久は足をケガしてしまいます。

新吉は、お累ではなく、お久だったことに気づいてあわてるのですが、鎌をもったとたん、またお累の醜い顔が見え、手にした鎌で斬りかかります。お久、お累、お久、お累とめまぐるしく変化し、結局、新吉はお久を殺してしまいます。

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そこに陣十郎があらわれ、気が触れたか新吉、といいます。陣十郎の狙いはお久がもちだした五十両、あっさり新吉を殺して金を奪って立ち去ろうとします。

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すると、あっちに豊志賀、こっちにお久、向こうに逃げれば新吉、こちらに逃げれば(お互い面識なしの赤の他人なのに)宗悦と、そこらじゅう亡霊だらけ、メチャクチャに刀を振りまわしているうちに、杭を斜めに切り、そのするどい先端にみずから覆い被さって、陣十郎も死んでしまいます。

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◆ 因果なきところに応報あり ◆◆
圓朝の長い噺は、おおむね因果応報物語で、昔から圓朝といえば因果応報かつ勧善懲悪というようにいわれています。しかし、子細に検討すると、奇妙なところがあります。

『真景累ヶ淵』の場合、豊志賀=お累がじつに憐れです。彼女は、深見新左衛門に理不尽に殺された宗悦の娘です。それなのに、仇の息子の新吉に惚れただけでなく、あっさり捨てられてしまい、無惨な最期を遂げます。作者が金貸しを恨んでいた、ぐらいしか、お累がひどい目に遭わねばならない理由は思いつきません。しいていえば、みずから新吉を誘った色好みの罪でしょうか。昔はそういう倫理観があったかもしれませんが、現代の目で見ると、それくらいしかたなかろう、です。

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お久も、新吉に殺されるに値する罪を犯したとも思えません。彼女になにか非があるとしたら、親が決めた縁談を壊して、好きな男と逃げたこと、その男には内縁の妻があったことぐらいです。映画には出てきませんが、宗悦と見間違えられて、深見新左衛門に殺される按摩にいたっては、ただの行きずりで、まったく罪がありません。

そう考えると、圓朝の世界を単純に「因果応報」という言葉で言い表すのにためらいが生まれます。「因果のないところに応報だけが無数に生まれる不条理世界」というほうが、まだ『真景累ヶ淵』の実体に近いのではないでしょうか。

いやまあ、この世はいずれにしても理不尽、不条理、そうでなければ、人が出会って、憎んだり、愛したりもしない、ともいえるので、「因果応報」ははじめから条理の通ったものではないのかもしれませんが。

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by songsf4s | 2010-10-30 23:58 | 映画
和風ハロウィーン怪談特集3 小林正樹監督『怪談』より「耳無し芳一の話」(東宝、1964年) その2

ハロウィーンは迫るのに、予定どおりには進行していないので、バタバタになり、大事なことをいくつか書き落としたり、いろいろ端折ったりしています。

『牡丹燈籠』その2のときに、できれば池野成のスコアのサンプルをつけたかったのですが、時間が足りず断念しました。

ところが、当家には三河のOさんという、平手御酒のような強い助っ人がついていて、映画から切り出したのではない、きちんとしたトラックをご喜捨してくださいました。それを聴いたら、映画よりずっといい音で、音質がよくなると、オーケストラ音楽というのは大きく印象が変わるもので、これはサンプルにするべきだったと思いました。『雨月物語』の音楽についても補足があるので、そのあたりはハロウィーンがすぎてからまとめてやるつもりです。

◆ 武満徹のスコア ◆◆
本日は『怪談』なので、そちらのほうのスコアをサンプルにしました。武満徹によるスコアは一部が盤になっています。いや、クレジットを先にご覧いただいたほうがいいでしょう。この映画の音楽も武満徹ひとりでやったものではないのです。

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とはいえ、サンプルにした部分は、状況から考えてクレジットの問題は起きないところだろうと想像します。サンプルは盤からとったものですが、長いトラックなので末尾の3分ほどをカットしました。また、タイトルはわたしが恣意的につけたもので、オリジナルとは異なります。

サンプル 武満徹「耳なし芳一の話」

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◆ 師匠より拝借ものの赤間神宮の写真 ◆◆
もうひとつ、こんどは絵のほうに話が変わりますが、たまたまわが写真の師である岡崎“風小僧”秀美氏が下関の出身で、赤間神宮周辺の写真を撮っていらしたので、ちょいと拝借させてくださいな、とお願いしたところ、快く数点の写真を送ってくださったので、前回の補足として、以下にそれを掲げさせていただききます。いつもはクリックしても同じサイズの写真が表示されるだけですが、以下の6点はクリックすると拡大表示されます。

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赤間神宮の水天門。下の写真も同じ。

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関門橋。壇ノ浦はこのあたりになる。

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同じく関門橋。手前の大砲は馬関戦争(下関事件)のときのものだそうな。

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上掲の写真と同じみもすそ川公園にある源義経像

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こちらは方角が逆で、赤間神宮よりさらに西のほうにある亀山神宮から関門海峡を望む。芳一が琵琶を弾じた場所はこんなではなかったかという気がする。以上6点は岡崎秀美氏撮影。

◆ あと一歩の透明人間 ◆◆
さて、映画『怪談』に戻ります。

甲冑の武士に手を引かれて、芳一はどこかの館に入ったつもりでいますが、そこはなにやら不思議な場所で、ギリシャ神殿の廃墟のような雰囲気になっています。

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そこにいる人びとも不思議な容子ですが、目が見えないからか、たぶらかされているからか、芳一はあたりの異様さには気づかない容子で、琵琶を弾じます。

翌晩も同じ甲冑の武士が迎えに来て、同じ場所で、壇ノ浦のくだりを、という注文を受けて語ります。あたりの人びとはいよいよ異様になり、鎧に弓矢がささったまま、などというように、死んだときの姿のままあらわれたりします。

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嵐の中、芳一のあとをつけていった寺男たちが、芳一が墓所でひとりで琵琶を弾じているのを見つけ、連れもどす。左から田中邦衛、中村嘉葎雄、花沢徳衛。

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翌日、和尚は芳一に問いただし、お前は安徳天皇の墓に向かって琵琶を弾いていた、平家の亡霊に取り憑かれたのだと断じます。和尚は、亡霊に取り殺されないように、納所と二人で、芳一の全身に「般若心経」を書いていきます。これで、亡霊に呼びかけられても、返答せず、身動きもしなければ助かるはずだ、と言い渡して、和尚と納所はその夜も通夜に出かけていきます。

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また甲冑の武士がやってきますが、経文のおかげで、彼には芳一のすがたが見えません。しかし、和尚と納所は、耳に経文を書くのを忘れたために、亡霊は耳だけを見つけます。

役目を果たそうとした証拠として主君に見せるために、耳を持っていくことにしよう、といった甲冑武者の亡霊は、芳一の両耳をつかんで引きずりまわし、結局、両耳を引きちぎってしまいます。

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通夜から戻った和尚は、耳をちぎられた芳一を見つけ、わしの手落ちだったと謝ります。しかし、いまさら耳が生えるわけではないから、このうえは養生しよう、耳だけですんで、命までは取られなかったのだ、もうあの魔物たちが来ることはない、と慰めます。

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◆ 通過儀礼としての亡霊経験 ◆◆
子どものころは、一面に文字を書かれた芳一の顔が妙に気味の悪いものに感じられましたし、力まかせに耳を引きちぎられるところは、うひゃあ、でした。今回の再見では、当然ながら、そういうところはそれほど気にならなくなりましたが。

原作もそうですが、映画のほうも、コーダのようなものが最後にあります。安徳天皇や平家一門の亡霊に、壇ノ浦のくだりを何度も所望され、最後は耳をとられてしまったということは大きな評判になり、貴顕紳士から、ぜひその技を、と所望引きもきらず、そうした人びとからの贈り物で、芳一は金持ちになったというのです。

その場面、法衣を着し、頭巾をかぶった僧体の芳一(盲人には独自の位階があるので、富を得て芳一は出世したという設定なのだろうと推測する。座頭から勾当、別当、検校と位階を上がるには多額の費用がかかり、「検校千両」という言葉も生まれたという)が登場するところは、ハッとします。

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ほんの数カ月の撮影期間のあいだに、人が現実に成長するはずはなく、これは演技(わたしにもわかる違いは、背筋を伸ばしたこと)とメーキャップと照明のおかげなのでしょうが、あのはげしい経験をくぐり抜けて、芳一が「本物」となり、ある道に通じた結果として生まれる落ち着きを得たことが、視覚的に表現されているのに驚きました。この映画でもっとも印象的なショットです。

はげしい経験は人を変えます。『雨月物語』の源十郎は、若狭の男を取り殺さんばかりの愛を経験したおかげで、ほんとうの生活に目覚めます。『牡丹燈籠』の萩原新三郎は、お露のおかげで愛のなんたるかを知ります。耳無し芳一は、亡霊たちの愛を経験し、耳を失うことで、たんなる「上手」、将来を嘱望される少年から、一流の技芸の持ち主へと成長を遂げます。

なんて書きつらねると、怪談の話をしているような気がしなくなってきて、思わず笑ってしまいました。

◆ 芳一と稲生平太郎 ◆◆
備後三次藩の侍、稲生武太夫(平太郎)は、十代のときに、ひと月のあいだ、夜毎、妖怪の来訪に悩まされたそうで、その記録がさまざまな形で書物にされています。わたしは稲垣足穂の『懐かしの七月――別名「世は山本五郎左衛門と名乗る」』で読みました(足穂はこの話を繰り返し改変していて、『稲生家=化物コンクール』という異本もある)。

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簡単にいえばポルターガイストと少年の戦い(というか根比べというか)なのですが、稲垣足穂はこれを「愛の記憶」といったように表現していました(現物売却のため確認できず)。つまり、化け物が少年に恋したというのが、足穂一流の解釈なのです。

『怪談』を再見して、耳無し芳一と稲生平太郎はなんだか似ているな、と感じました。芳一の場合は恋愛ではありませんが、彼の琵琶と語りの技能に対する熱烈な讃仰が根本にあるのだから、広い意味でそれはやはり「愛」といえるでしょう。

どういうわけだか、今回の特集でこれまでにとりあげた怪談映画は、みなこのパターンです。「ある愛の記憶」の物語なのです。『雨月物語』の若狭や、『牡丹燈籠』のお露の男への愛は、平家の亡霊たちの芳一の技量への愛着に通底していると感じます。どういうんでしょうかね。「取り憑く」というのは、ストーキングのことなのでしょうか。

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西洋の怪談だって、「愛」がからんでくることはありますが、日本ほど秤がそちらに傾いてはいないでしょう。ドラキュラは女に惚れますが、だからといって、それはほかの人間の血を吸う妨げにはならない、というか、吸わないと「生きて」いけないわけで、ラヴ・ストーリー一色ではありません。

たった三例のサンプルからなにかを一般化するのは無謀なので、深入りせずにおきますが、でも、われわれの民族的心性として、盲目の愛に駆られた亡霊を好む傾向があるのかもしれないと思ったのでした。

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by songsf4s | 2010-10-29 23:57 | 映画
和風ハロウィーン怪談特集3 小林正樹監督『怪談』より「耳無し芳一の話」(東宝、1964年) その1

小林正樹監督の『怪談』は、今回の怪談特集で、唯一、公開のときに劇場で見た映画です。

子どもがよくこんな映画を見に行ったものだと思いますが、大作とプログラム・ピクチャーなどといった区別をしていなかったので、「いつもの東宝映画」のつもりだったのだろうと思います。つまり、「怖い話」という意味で、『マタンゴ』『ガス人間第一号』の同類と思っていたにちがいありません!

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小林正樹監督の『怪談』は、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の短編四編を選んで映像化したオムニバスです。三時間の大作ですが、なかでも「耳無し芳一の話」はいちばん長く、ほとんどふつうの映画と同じほどの長さがあります。

◆ 滅亡のノスタルジア ◆◆
耳無し芳一の話というのは、どなたもご存知と仮定していいのだろうと思うのですが、記憶を新たにするという意味で、映画版を元に、できるだけ簡単にシノプシスを書いてみます。

平家が滅んだ壇ノ浦の近くの赤間が原(原作では赤間ヶ関)の、平家の人びとを弔うために建立された阿弥陀寺(現在の赤間神宮)に、芳一という盲目の琵琶法師が住んでいました。映画では説明されませんが、ハーンの原作では、芳一の琵琶と語りの才能はすばらしかったとされています。

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ある夜、和尚たちが通夜で寺を留守にしているとき、芳一は未知の侍のおとないを受け、近くの館で、わが殿のために琵琶を弾じてほしいといわれて出かけていきます。

目の見えない芳一は、そこは貴人の屋敷だと思い、心を込めて平家の話を語ります。翌る晩もまた迎えが来て、芳一はまた壇ノ浦のくだりを弾じ、語ります。

芳一のふるまいをいぶかしく思った和尚は、寺男たちに芳一のあとをつけさせ、安徳天皇や平家の武者を祀った墓所で、芳一がひとりで琵琶を弾いているのを見つけます。

これは平家の亡霊たちに魅入られたのだ、このままでは芳一は取り殺されてしまう、と危ぶんだ和尚は、芳一の全身に護符(いや、原作をたしかめたら、「般若心経」の一節となっていた)を書き、また今夜、迎えが来ても、ぜったいに返事をしてはいけないし、身動きしてもいけない、と固く言い渡して、弔いに出かけていきます。

これであとはクライマクスになるので、とりあえず、このあたりでシノプシスは切り上げます。

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◆ 土間の西瓜 ◆◆
雪女をはじめ、ほかのエピソードは忘れてしまったのですが、小学生のわたしは、「耳無し芳一の話」が怖くて、忘れかねました。

再見してみてまず思ったのは、アクションものでもないのに、小学生がよくこれほど長い映画を最後まで見たものだ、ということです。異様なムードの画面に圧倒されたか、こういう話柄に興を覚えたか、あるいはオムニバス形式なので、ひとつひとつの話は短いおかげか、そんなあたりでしょうか。

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怪談だから当然でしょうが、小林正樹監督、宮島義勇撮影監督、戸田重昌美術監督、青松明照明監督は、リアリズムとは手を切ったところで、なんとも不思議な画面をつくっています。

耳無し芳一のエピソードは、壇ノ浦の海の実写からはじまり、壇ノ浦の合戦のさまを様式的に描いたシークェンスが長々とつづきます。おおいに金をかけた豪華な場面なのですが、正直いって、ちょっと飛ばしたくなります。

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ご存知の方はご存知だが、ご存知ない方もいらっしゃるので贅言を弄する。昔、運動会で「赤勝て、白勝て」などといったが、「紅白合戦」とは源平の戦いから来ている。白旗は源氏、赤旗は平家である。たとえば「白幡神社」だの「白山神社」だのという名前なら、源氏所縁の社であることが多い。そういう関東でのことを敷衍していいのかどうかいくぶんか不安だが、平家の人びとを祀ったのが「赤間神宮」というのも、そういう意味ではないかと想像する。

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絵としては面白いのですが、映画というより日本舞踊でも見ているようで、わたしのように雑駁な人間は、早く物語に入って欲しいと落ち着かなくなります。

平家が滅び、安徳天皇をはじめ、多くの人がここで入水したことがナレーション(仲代達矢)で説明されると、阿弥陀寺の景がはじまります。ここでいきなり出てくる西瓜にギョッとします。

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西瓜の色も、照明も、手間をかけて工夫したのでしょう。とくに象徴性があるとは感じませんが(つまり殺戮の予感といったような意味合い)、強い絵なので、長い壇ノ浦のシークェンスでダレきっていたわたしは、ここで目が覚め、画面に引き入れられました。

◆ 魔物にいざなわれて ◆◆
初見のときとはちがって、いまではストーリーを知っているので、興味はいかにそれを表現するかという点に尽きます。じっさい、色彩も、空間表現も、独特のもので、文字でどうこう言ってもはじまらないような魅力があります。

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舞台劇を連想させる表現ではあるのですが、もちろん、舞台ではこのように自在に場を移動することはできません。頓狂な連想ですが、ふと『バンド・ワゴン』を思いだしました。

あの映画の終盤、舞台のショウ・ナンバーをつないでいくシークェンスがありますが、あれは、舞台の演技を捉えたショットではあるものの、現実には、あのような舞台は組めるはずがありません。背景がどんどん変化してしまうのです。テンポはずっと遅いものの、『怪談』にも、『バンド・ワゴン』のような、「現実には不可能な舞台劇の表現」の味があります。

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砧のステージはずいぶん広かったのだなあ、なんて感心してしまったのですが、じつは撮影所ではなく、飛行機の格納庫にセットを組んだのだそうです。それならこの広さはわかります。

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和尚(志村喬)たちが通夜に出かけた夜、芳一(中村嘉葎雄)は突然、高飛車な声に呼びかけられます。

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甲冑の武士(丹波哲郎)は、わが殿は壇ノ浦の古戦場を訪れ、おまえの上手であることを知って、ぜひにとおっしゃる、館へ来いといいます。かくして芳一は亡霊の群に引き寄せられるのですが、そのくだりは次回に。祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり……。

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by songsf4s | 2010-10-28 23:58 | 映画
和風ハロウィーン怪談特集2 山本薩夫監督『牡丹燈籠』(大映、1968年) その2

今回で『牡丹燈籠』を完了するつもりです。気になさる方はいずれにしてもご自分で判断なさるでしょうが、例によって結末を書きますので、そのおつもりで、お嫌なら適当なところで切り上げてください。

◆ 『警視庁草紙』と『しぐれ茶屋おりく』の圓朝 ◆◆
『雨月物語』も中国種なのだろうと思いますが、落語の「牡丹燈籠」は中国の怪奇譚集『剪燈新話』(せんとうしんわ)を元にしていることがはっきりしています。『牡丹燈籠』の原話はすでに室町時代に訳されていて、三遊亭圓朝はこれに複雑かつ長い長い因縁話という彼のスタイルを加えて脚色、口演し、一門の噺家が今日まで伝えました。

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江戸末期から明治期の寄席では、続き物をよくやったようで、速記本にすると、優に長編小説の分量がある噺がいくつもあり(『名人長二』『塩原多助一代記』)、『牡丹燈籠』も現代の寄席ではとうていすべてを口演することのできない長さがあります。あまり長すぎて、『真景累ヶ淵』同様、後半は、えーと、そもそもこれはなんの噺だったっけ、といいたくなるほど赤の他人の展開になります。

町内の寄席に毎晩歩いて通った時代とはちがうので、続き物を高座にかける習慣はなくなり、戦後の録音を聴くかぎりでは、ほんのさわりだけですませるようになりました。たとえば『塩原多助一代記』なら「青の別れ」の場、『牡丹燈籠』なら「お札はがし」、『真景累ヶ淵』なら導入部、豊志賀の死、羽生村へ逃げる途中のお久殺しなどがよく演じられます。こういうのを飛び飛びに知ると、話がつながらず、結局、『圓朝全集』で全体を確認したくなるのです。いやもう、片端から読みました。堪能しました。

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余談ですが、寄席の続き物を描いた小説があります。川口松太郎『しぐれ茶屋おりく』では、妾である主人公のおりくが、とくに旦那に願って、圓朝の結果的に最後になった高座(追記 あとで読み直したところ、最後の高座ではなく、圓朝が、これが最後になるだろうといって『塩原多助一代記』を通しでやる)に通い詰めるところが描かれているのです。山田風太郎『警視庁草紙』以上に印象的な三遊亭圓朝の登場場面です。

◆ 護符の御利益 ◆◆
さて、最初の晩はなにごともなく終わった新三郎とお露ですが、翌る晩、お米の描いた絵図どおり、契りを交わすことになります。お米は、せめて盆のあいだだけ、夫婦になってくださいというのですが、これが比喩ではなく、かための盃までかわしてしまうのだから驚きます。

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新三郎は、お露と契りを交わすにあたって、得手勝手な武家のありようがつくづくイヤになった、などと理屈をつけますが、これは60年代終わりという時代風潮の悪影響でしょう。原作はそのようなつまらぬ理屈はつけず、惚れ合った男と女が矢も楯もたまらず抱き合うだけのことです。

さて、伴蔵=西村晃は昼間、桔梗屋の女たちのことをワル仲間に話し、笑われます。お露は落籍され、お米は女中としてお露についていったが、いよいよお床入りという日に、三崎村の寮で自害した、お米もあとを追った、というのです。

またしても酔って夜中に帰った西村晃が、気配を感じて新三郎の家をのぞきます。

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スクリーン・ショットではわかりにくいが、お露の胸は肋が浮いて、まるで骸骨。外からのぞいた伴蔵にはそれがはっきりわかる。

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脚もやはり肉が落ちている。

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本郷功次郎は気づいていないけれど、はたから見えればお露は死びと、これは大変だというので、近所の易者・白翁堂勇齋(志村喬)に助けを求めます。

勇齋は、易者に幽霊がどうなるものかといい、新幡随院の和尚に手だてを頼みに行きます。

いっぽう、西村晃に相手の娘は幽霊だとさんざん脅された本郷功次郎は、不安になって三崎村に出かけ(なんだかひどく平らだし、向こうに小高い山が見えて、谷中三崎村というより、三浦三崎に大根を買いに行ったような風景だが!)、二人とも自害したことたしかめます。

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三崎村の景。精霊棚を配してあるところに心惹かれる。

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新三郎は新幡随院のお露とお米の墓にもおとずれる。

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墓が荒らされ、鏡がなくなっていることを僧から教えられる。その鏡は、昨夜、かための印として自分がお露からもらったものだと思いいたり、新三郎は青ざめる(いや、もう死相が浮いているのだから、すでに目いっぱい青ざめているのだが!)

固めの杯まで交わした女、恋しい気持は強く、憐れにも思いはするものの、近所の人びとに、子どもたちのために生きてくれなくてはいけないと説得され、新幡随院の和尚の勧めにしたがって、本郷功次郎は護符を書いたお札で封印したお堂に二晩籠もる(うらの盆がすむまでは、この世に魂魄とどまるが、それがすぎれば心配ない)ことに同意します。

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◆ ご存知お札はがし ◆◆
ありがたい守り札と、近所の人びとが夜中じゅう一心に団扇太鼓を叩いてくれた(江戸時代、庶民のあいだでは日蓮宗がおおいにおこなわれた)おかげで、二人の死霊はお堂に入れません。

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女中は隣家の西村晃のところに行き、昔なじみの伴蔵に、お堂のお札をはがしてくれと頼みます。その夜はそれで二人は引き上げていきます。

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西村晃の女房(小川真由美)は欲深で、亭主に悪だくみをさずけます。翌る晩、また幽霊がやってくると、わたしども夫婦は萩原様のおかげで生きています、あの方になにかあったときのために、百両の金をもらえればお札をはがしましょう、といいます。

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伴蔵の女房おみね(小川真由美)。圓朝の噺には欠かせない、欲深で、それでいて浅はかなキャラクター。志ん生の「だから女の利口と男の馬鹿は突っかうっていうんだよ」といったところか。

幽霊たちはふたたびやってきて、新幡随院の墓に百両埋まっているので、それをあげるから、お札をはがしてくれといいます。

二人は三崎坂の新幡随院まで行き、墓を掘って金を手に入れ、家に戻ると、ちゃんと幽霊がやってきて、催促するので、お札をはがします。

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あとは、なるようにしかならず、明くる朝、白翁堂や近所の人が、もうこれで安心だ、とお堂を開けようとして、一カ所をお札がはがされているのを見ます。なかには骸骨と抱き合って新三郎が息絶えていました。

◆ 光と闇の風情 ◆◆
じつは、三遊亭圓朝の『牡丹燈籠』は、このあともまだまだ延々と長い因縁話があるのですが(とくにお露の一家について)、そのあたりが高座に載せられることはほとんどないと思われます。現代では、「牡丹燈籠」といえば、すなわち「お札はがし」のことといっていいような状態です。まあ、ストーリーの出来からいって、それも当然でしょう。

依田義賢=山本薩夫版のプロット改変は、あまり効果的には思えません。圓朝のプロットのほうが数段すぐれています。とくに、新三郎が肌身離さずつけていたお守りを失うにいたる話の運びなど(映画版はこのサブプロットをそっくり削除した)、じつによくできていて、ただ古いだけで古典になったわけではないと感じさせます。

また、すごく不思議なのは、「牡丹燈籠」といえば下駄のカランコロンというぐらいなのに、映画には下駄の音などまったく出てこないことです。あまりにも有名でアホらしくなったのでしょうか。でも、溝口健二の討入りのない忠臣蔵みたいで、わたしは呆然としました。

ただ、映画はやはりすごい、と思う点もあります。迎え火、送り火、精霊棚などの、昔のお盆の風情です。どういうのだか、子どものころから燈籠流しが大好きで、この映画でも、やはりいい絵だと感じました。

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燈籠流しを背景にして、新三郎とお露が出会うというのは、圓朝版にはなく、映画独自のものです。この改変は視覚的な効果もあり、また二人の新仏が、新盆に自分の魂を流すというのがヘンテコリンで、おおいに感興を覚えました。

◆ 浮かばれない女、成仏した女 ◆◆
『雨月物語』の幽霊と『牡丹燈籠』の幽霊はよく似ています。ともに男を知らぬまま死んだために、魂魄この世に留まってしまい、好ましい男に取り憑くことになります。また、介添え役となる忠実な女中がついていて、なんだか遣り手婆のように振る舞うのも共通しています。

どちらも中国種だから、中国にはそういう言い伝えが広くあるのかもしれませんが、なんとなく、ひどく日本的な幽霊の造形のようにも感じられます。西洋にもサキュバスという、夢のなかにあらわれて男の精を吸い尽くす女性型の魔物がいますが、あのような冷酷さとは、お露や若狭は無縁です。お露も若狭も、なんとも優しい大和撫子なのです。

恋は盲目なのか、あるいは、自分が相手を取り殺すことになるのを自覚していても、むしろあの世に連れて行きたいと思っているのか、彼女たちはいわば「究極の愛」を体現する存在です。

映画『牡丹燈籠』で印象的なのは、お札がはがされ、お露がお堂に入りこんできたのを見た新三郎が、うれしそうに「お露」と名を呼んで、笑顔で迎え、抱きしめることです。もちろん、煩悶から解放された喜びもあるのでしょうが、現世の義理で生きることを選んだものの、忸怩たるものがあったのでしょう。心底では、惚れた女に殺されたかったのです。

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この部分は、圓朝版では直接描かれることはなく、たんに幽霊が新三郎の家に入っていくところを伴蔵が目撃するだけで、つぎに新三郎が登場したときにはもう死んでいます。圓朝版では以下のように描かれます。

「白翁堂勇齋は萩原新三郎の寝所を捲くり、実にぞっと足の方から総毛立つほど怖く思ったのも道理、萩原新三郎は虚空を掴み、歯を喰いしばり、面色土気色に変り、余程な苦しみをして死んだものゝ如く、其の脇へ髑髏があって、手とも覚しき骨が萩原の首玉にかじり付いており、あとは足の骨などがばら/\になって、床のうちに取り散らしてあるから、勇齋は見て恟(びっく)りし」

いやはや、無惨な最期で、映画とは百八十度ニュアンスが異なります。

わたし自身は、映画版の解釈のほうが、ここに関してはすんなり飲み込めます。あれだけ惚れられたのだから、命を失うことぐらい、やむをえません。そもそも、命がそれほど大事でしょうか。わたしには、惚れた女を見限るほど大事なものには思えません(Beauty is only skin deep=美人も皮一枚というぐらいで、相手がじつは骸骨だとしても、生き身の女だって骸骨に皮を一枚かぶせただけにすぎない!)。

映画『牡丹燈籠』は欠陥が多く、出来がいいとはいいかねますが、お露と新三郎を幸せに成仏させるという解釈を提示したという一点で、「悪くない映画」といいたくなります。

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『雨月物語』でさえ、わたしは、この男は、このまま女に取り殺されるほうが、よほど幸せではないかと思ったくらいなので、山本薩夫版『牡丹燈籠』の新三郎の覚悟のほどには、おおいに共感しました。

ただ男を取り殺すだけの悪鬼、という解釈では、現世の歓びを知らぬまま死なねばならぬ仕儀に立ちいたり、はからずも魂魄この世に留まってしまった、文字どおり「浮かばれない」女たちがあまりにも不憫です。

とはいえ、圓朝版がお露を化け物として、あまり同情的に描いていないのは、おそらくは時代のパラダイムに支配された結果だろうと思います。わたしは学者ではないから、そんな考究をする気にはなりませんが、この明治と昭和の解釈の隔たりには、なにか大きなものが潜んでいそうな気がします。

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圓生百席(46)牡丹燈籠1~お霧と新三郎/牡丹灯篭2~御札はがし(芸談付き)
圓生百席(46)牡丹燈籠1~お霧と新三郎/牡丹灯篭2~御札はがし(芸談付き)


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by songsf4s | 2010-10-27 23:54 | 映画
和風ハロウィーン怪談特集2 山本薩夫監督『牡丹燈籠』(大映、1968年) その1

前回の『雨月物語』について、すこしだけ補足します。宮川一夫は、とりわけ朽木屋敷の場面では、つねにキャメラを動かした、といっています。

ふつうに見ているとわからない場面もあるので、画面の端の、たとえば柱であるとか、襖であるとかに注目すると、微妙に動いていることがわかります。

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以上六葉、『雨月物語』の朽木屋敷の場面より。ほぼ同じ画角なのだが、上端右寄りの襖の柄に注目すると、微妙に動いていることがわかる。

それほど微妙なものでなくても、人物がすこし頭を動かしたりすると、キャッチャーがアウトサイドに外れたボールをすこし内に寄せるように、わずかにキャメラを寄せるような操作はつねにしています。

昔、ハリウッドの撮影監督アレン・ダヴィオのインタヴューを読んで驚いたのは、撮影監督のもっとも重要な仕事はライティングだ、キャメラにはさわらない、撮影中は人物の顔の照明を見ている、といっていたことです。これは、日本では「照明」の仕事です。つまり彼らはcinematographerであり、director of photographyなのであって、cameramanではないのです。

日本では「キャメラマン」という言葉が一般に通用していたように、撮影監督の仕事はキャメラ全般です。いや、少なくとも昔は。撮影中にファインダーをのぞき、グリップを握るのは、ハリウッドの場合、昔からキャメラ・オペレーターの仕事ですが、日本ではそのような明確な分離はなく、しばしば撮影監督がオペレートしたようです。『雨月物語』についていえば、宮川一夫のいうように撮影するには、彼自身が操作するしかないと考えられます。

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左端、体を傾けているのは溝口健二、そのとなり、消音カヴァーをかぶせたキャメラの横にいる、顔が半分切れた人物は宮川一夫ではないだろうか。下、こちらに顔を向けているのは森雅之、中央、背中を向けている女性は京マチ子か。

いや、そのような舞台裏はどうであれ、「つねに動かしていた」ことが招来した結果は重要です。宮川一夫は亡霊の屋敷らしい不安定な世界をつくろうとしたといっていますが、わたしは細かい「寄せ」の結果、観客は通常よりも「画面のなかに深く引き入れられる」ことになったと感じます。

ふだん、たとえばだれかと話しているときに、相手が頭を動かすと、それをわれわれの目が追いかけるような感覚を、宮川一夫のキャメラは実現しているのです。それが『雨月物語』という体験をより濃密なものにしていると感じます。

◆ オリジナルの設定 ◆◆
シリアスな映画のあとは、同じ怪談でも、ドアホな化け猫ものなんていうのもいいかと思ったのですが、『雨月物語』からの連想で、山本薩夫監督の『牡丹燈籠』にしました。

『牡丹燈籠』とはいいながら、山本薩夫版には、これはまたずいぶんと脚色したなあ、と面喰らいました。映画に入る前に、まず、三遊亭圓朝による元版『牡丹燈籠』の設定をかいつまんで書いておきます。

根津の清水谷に萩原新三郎という二十一歳になる浪人が、親から受け継いだ貸長屋のおかげで裕福に暮らしていました。学問好きで家に籠もりがちの新三郎を、ある日、医者の山本志丈が、亀戸の臥竜梅を見に行こうと連れだします。

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「根津の清水谷」は、現代では地名としては残っていないが、寛永寺の子院に護国院という寺があり(現存。芸大と上野高校に挟まれている)、そのそばの門が「清水門」という名である。いい水が出たのだろう。このあたりを昔は清水谷と呼んだのではないかと思われるが、根津の清水谷というのはぜんぜんべつの場所だ、というご意見がおありなら、コメントのほうにどうぞ。

旗本・飯島平太郎は、妾と娘のあいだがうまくいかないので、女中をつけて娘のお露を柳島あたりに住まわせていました。山本志丈はこの家にも出入りしていて、新三郎を亀戸に連れだした帰りに、お露のところに寄り、美男美女を引き合わせます。

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おきまりの展開で、新三郎はお露に恋してしまうのですが、仲立ちになる志丈がその後すがたを見せず、悶々とするうちに六月になってしまいます。やっと志丈があらわれると、可哀想にお露が死んでしまった、女中のお米も看病疲れでいっしょにみまかったといいます。お露は新三郎に恋いこがれ、それがもとで死んだのだ、男もあんまり美しく生まれると罪だ、などといって、志丈はお露の寺も教えずに帰ってしまいます。

新三郎も恋煩いのようになり、お露の俗名を書いたものを拝んだりして日を過ごしているうちに盆の十三日がきます。精霊棚の支度などし、縁側に敷物を敷いて、蚊遣りを燻らし、冴え渡る十三日の月を眺めていました。

すると、カラン、コロン、カラン、コロン、カラン、コロンと下駄の音をさせて生け垣の外を通る者があるので、ふと目をやると、先に行くのは三十ほどの大髷を結った年増で、そのころ流行った、縮緬細工の牡丹、芍薬などの花をつけた燈籠を提げています。

そのうしろから文金の高髷に結った十七八ほどの娘が、秋草色染の振り袖を着て歩いていたのですが、これがどうもお露のように見えるので、新三郎がつと首を差しのばすと、向こうもこちらを見、たがいに見交わして、「まあ、新三郎様」と娘が目を見張ります。ほんとうにお露だったのです。

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話してみると、お露のほうこそ、新三郎が亡くなったと聞かされ、嘆き悲しんでいた、こうして無事なあなたにお会いできて、これほどうれしいことはないと歓びます。女中のお米は、お父上様にはお国という悪い妾がいて、それがあなた様たちを引き離そうとたくらんで、志丈を使ってそんな根も葉もない話をあなた様に吹き込んだのだろうといいます。

これで二人の恋に火がつき、夜な夜な、カラン、コロン、カラン、コロンと下駄の音をさせながら、牡丹燈籠を手にしたお米に導かれて、お露が新三郎の家に通うようになります。

以上、三遊亭圓朝の元本では、新三郎は浪人にしてはめずらしく裕福に暮らしている、お露はこれまた暮らし向きのよい旗本の娘という設定です。つぎに、『雨月物語』と同じ依田義賢脚色による、山本薩夫版『牡丹燈籠』の設定を見てみます。

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◆ 旗本三男坊と遊女 ◆◆
旗本・萩原家の三男坊の新三郎(本郷功次郎)は、次兄がみまかったために、老中の娘の兄嫁(宇田あつみ)を妻にするよう親兄弟親類に迫られます。老中との縁は萩原の家にとって死活問題なのです。

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と書いたはいいのですが、わたしはいきなりこの設定でつまずきました。老中の娘のような大事な人間を、次男の嫁にもらう大タワケの旗本はありません。また、やる側でも、たとえ老中ではなく、ふつうの家でも、娘を次男の嫁にやるなどというのは、よほどのっぴきならぬ事情がある場合だけです。老中の娘を願って迎えるなら、長男の嫁しかありえないのです。

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次男の新盆がはからずも親族会議となり、伯父たちが新三郎を責める。

武家では、次男以下はベンチの控えです。次男以下がゲームに出られるのは、長男が病弱か、または死んでしまったか、当人が養子となって他家に出て行った場合だけです。ゲームに出られず、生涯ベンチで過ごす(「部屋住み」という)次男以下が山ほどいたのです。

次男の嫁が老中の娘だの、それを三男に再嫁させるだのと、なぜこのようなありえない設定に無理やり変更したのか、その意味はわかりません。強いて想像すると、1960年代終わりに先鋭化しはじめた世代間の相克を、時代劇にも反映させようとしたというあたりでしょうか。

本郷功次郎は長屋住まいをしていて(浪人者や御家人ではあるまいし、たとえ三男だろうと、お目見え以上の歴とした旗本の師弟が巷に暮らすなどというのも現実にはない)、近所の貧しい町人の子どもたちに読み書きを教えています(いやはや!)。設定変更がいけないというのではありません。長い噺を短くするには設定を変える必要があるでしょう。でも、不必要に不可能なことばかりを選ぶことはないと思うのですが。

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◆ 遊女の宿下がり? ◆◆
ともあれ、こういう設定で話は動きはじめます。十六日の送り火、本郷功次郎は子どもたちを連れて近くの川に燈籠を流しに行きます。葭に引っかかってしまった子どもの燈籠を流し、ついでに、もう二つ引っかかっていた燈籠を葭から外します。すると、それは私どもの燈籠です、どうもありがとうございましたと、年増の女中(お米=大塚道子)と若い娘(お露=赤座美代子)に礼をいわれます。

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その夜遅く、長屋に戻った本郷功次郎が物思いにふけっていると、最前の女中・お米と娘・お露がおとないます。先ほどの礼がいいたかったというのです。

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茶にしてしまうわけではないのだが、夜、女が長屋に訪ねてくる、というだけで、わたしは落語の「野ざらし」を連想してしまう。ひょっとして、「野ざらし」は「牡丹燈籠」のコミック版としてつくられたのか? いや、話は逆で、「牡丹燈籠」が「野ざらし」のシリアス版としてつくられた……なんて莫迦なことはないか!

お米は二人の身の上を話しはじめます。二人とも吉原の人間で、お米は仲居、お露は遊女で、盆のあいだだけ大門の外に自由に出られる(へえ、そいつは知らなかった、って、そんなことはないでしょうに)のだと説明します。

お露の父は「さる西国の大名の江戸のお留守居役」だったのですが、主君の気まぐれから浪々の身になり、病に伏せって借金をし、そのかたにお露は吉原に売られることになってしまったのだとお米は説明します。

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楼主はお露を大事にしてきたが、いよいよ盆が明けたら、さる年寄りのお大尽の枕に侍らなければならない、そのまえに、よい殿御に添わせてあげたいと思い、あなた様のところにうかがいました、といいます。そこまで聞いて、当のお露も驚きますが、お米に促され、みずからも新三郎に乞うようになります。

新三郎の隣家に伴蔵(ともぞう=西村晃)という男が住んでいて、いくばくかの金をもらって新三郎の用を足して生活しています。その伴蔵が夜中に博打場から帰ってくると、新三郎の家から出てきた二人の女を見て、顔見知りの桔梗屋の女郎と仲居だと認めます。以下、映画版『牡丹燈籠』の展開は次回ということにして、落語のほうに戻ります。

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◆ 落語版導入部 ◆◆
三遊派の大看板たちは、当然ながら、三遊亭圓朝の噺を受け継いできました。代表作のひとつである『牡丹燈籠』は多くの録音がありますが、長い長い噺なので、冒頭を端折って、最短距離でさわりに入ることが多く、わが家にあるものでは、円生のものがめずらしく、かなり浅いところからはじめています。

サンプル 六代目三遊亭円生「牡丹燈籠」冒頭

圓朝の噺は、メイン・プロットに複数のサブ・プロットがからんで進行する複雑なものが多く、『牡丹燈籠』も、お露の父が若いころに悪人を斬り殺したエピソード(圓朝のものはつねに因縁話で、これがあとでこの一家に祟る)から入るのですが、この部分を高座に載せたものは聞いたことがありません。気になる方は「青空文庫」で原文にあたってみるとよろしいでしょう。紙の本も数種の版があります。

だれのミスか、映画には読みの誤りが二つあります。「伴蔵=ともぞう」を「ばんぞう」と読んだのと、「三崎」を「みさき」と読んだ部分です。

いや、「神田三崎町」(岡本綺堂の半七親分が住んでいる)ならば「みさきちょう」ですが、谷中のほうは「さんさきちょう」なのです。円生版では「いまはさんさき村のほうで」といっています。谷中に三崎坂(さんさきざか)という名前がいまも残っていますが(奇しくも坂を上りきったところに圓朝の菩提寺の全生庵がある)、このあたりのかつての地名です。

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二羽のウグイスのうち、上のほうの頭のあたりに「谷中三崎町」とある。その上の左右に走る黄色い線が三崎坂(ただし左端は団子坂の上りっぱなになる)、左のほう、藍染川沿いに上下に走る黄色い線が根津から千駄木の通り。

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江戸末期の切絵図では「三崎町」になっているので、『牡丹燈籠』の時代設定である十八世紀中葉より拓けたのでしょう。大映時代劇は京都で撮っていたため、江戸・東京の知識のある人がいなくて、てっきり「みさきちょう」と思い、だれも疑わなかったのでしょう。


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圓生百席(46)牡丹燈籠1~お霧と新三郎/牡丹灯篭2~御札はがし(芸談付き)
圓生百席(46)牡丹燈籠1~お霧と新三郎/牡丹灯篭2~御札はがし(芸談付き)


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by songsf4s | 2010-10-26 23:58 | 映画
和風ハロウィーン怪談特集1 溝口健二監督『雨月物語』(大映、1953年) その4

(追記: サンプル「湖水」のリンクが空だったのを修正しました。どうも失礼いたしました。他の2トラックは思ったより多くのアクセスがあり、少々驚きました。)


『雨月物語』のスコアからどこかを切り出そうと思ったのですが、いやもう途方に暮れました。これほど絵と切り離すと意味を失ってしまう音というのは、これまでに取り上げた映画にはありませんでした。絵があってこそ意味をもつ音ばかりなのです。

だから、単独で聴いても意味を成さないことを知っていただくためだけに、サンプルをつくろうと、方向転換しました。『雨月物語』のフルスコア盤はないので、以下は映画から切り出したもので、タイトルはわたしが便宜的につけたものです。いずれも台詞がかぶっています。

サンプル 早坂文雄(または斉藤一郎)「湖水」
サンプル 早坂文雄(または斉藤一郎)「天国」
サンプル 早坂文雄(または斉藤一郎)「囲炉裏」

「湖水」は「『雨月物語』その1」「『雨月物語』その2」でふれた一族五人が舟で湖水を渡るシーンです。水戸光子が艪をこぎながら歌う舟歌と大太鼓のステディー・ビート。歌がたくさん出てくるので、わざわざ吉井勇に作詞を依頼することになったのでしょう。

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「天国」は、前回の「『雨月物語』その3」でふれた、朽木屋敷で森雅之が目覚め、京マチ子と湯浴みをし、さらに湖を一望する屋敷の庭で戯れる場面です。西洋音楽と日本の音楽が交錯、混淆するところにご注意を。

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最後の「囲炉裏」は後述するクライマクスのものなので、未見の方はお聴きにならないほうがいいでしょう。幽霊の登場するところに「スティンガー」(するどい威しの音)がまったく使われていないことに特徴があります。

◆ 兜首 ◆◆
毎度同じようなことをいっていますが、今回はエンディングまで行くので、『雨月物語』を未見の方はお読みにならないほうがいいと、強く申し上げておきます。

小沢栄太郎は手負いの武者とその家来が戦場から離れるのを見つけ、つけていきます。敵に首を取られないように、家来が大将の首を刎ね、それをもって立ち去ろうとするところを、小沢栄太郎はうしろから突き殺します。

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大将の首を持ち帰り、自分の大将(なのだろう。例によって説明はない)に差し出したところ、「分不相応な落ち首を拾ったな」と笑われますが、それでも恩賞をとらすというので、鎧兜と馬と家来を望み、あたえられます。

その家来を連れて故郷に錦を飾ろうという途次、妓楼にあがることになります。ここで得々と大将の首を取ったときの自慢話をしていると、金を払わずに帰ろうとした嫖客を追って遊女があらわれます。女房の水戸光子だったのです。

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◆ 護符 ◆◆
森雅之は、朽木屋敷に行くときに通りかかった服屋で、京マチ子のために買い物をします。すこし金が足りなくなったので、そこの山陰の朽木屋敷まで届けてくれ、残りの代金はそのときに渡す、というと、主(上田吉二郎)はギョッとし、金はもういい、品物はやるから持って帰れと、けんもほろろに森雅之を追い出します。

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屋敷に帰ろうとすると、すれ違った僧に呼びとめられます。森雅之の顔に死相があらわれているというのです。僧侶は、妻と子があるなら、その者たちのもとに帰れと諭しますが、森雅之は肯わずに去ろうとするのを、僧はさらに引き留め、見殺しにもできない、といいます。

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京マチ子は、美しい着物を見て大喜びしますが、森雅之の浮かぬ表情に気づき、近寄って背中に触ろうとしたとたん、飛び退きます。市で出会った僧が森雅之の体に梵字の護符を書いておいたのです。

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その護符をぬぐってくれという京マチ子の嘆願を拒み、森雅之はそばにあった刀を抜いて狂ったように振りまわし、庭に出て気を失ってしまいます。

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朝目覚めると、人に取り囲まれていて、昨夜から握ったままだった刀を見とがめられます。それは先ごろ盗まれたご神刀で、盗人めとこづかれ、銭を奪われてしまいます。

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(衣裳を担当した甲斐庄楠音=かいのしょう・ただおとは、特異なスタイルの画家だった。三十年ほど前だっただろうか、「京都日本画展」という展覧会で楠音の絵を数点見て感銘を受けた。溝口のタダゴトではないテイストに、たしかにこの画家は合ったのかもしれない。ウェブ上にはいくつか甲斐庄楠音の絵があるので、ぜひ検索してご覧あれ)

◆ 幸福 ◆◆
さて、いよいよ未見の方はぜったいに読まないほうがいいくだりです。

夜分、森雅之は故郷に帰り着き、家に入りますが、なかは暗く、ひと気がありません。「宮木、宮木」と女房の名を呼びながら、土間を通って裏口から外に出て、ぐるっと回ってまた表口に立つと、さっきまで暗かった囲炉裏に火があり、その前に女房が坐っています。

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戸口から森雅之が入ってきて、土間を通って裏に抜け、また戸口に立って、女房の姿を認めるまでを、宮川一夫のキャメラはワン・ショットで捉えます。幽霊が登場するのだから、怖いシーンではあるのですが、どちらかというと、美しさに総毛立ちます。

『雨月物語』を見ていて、わたしは三度、ハッとしました。朽木屋敷の侍女(亡霊だが)たちが灯りをつけた瞬間、岩風呂からキャメラが横移動で地面をたどっていったら、突然、湖の畔に出た一瞬。そして、この囲炉裏に火が入って、田中絹代があらわれるときです。

そのいずれもが、強いショックではなく、音でいえば立ち上がりの遅い、アタックの弱い、短いフェイドインではじまり、長いサステインがあるような波形をしています。ギョッとするというより、すうーっと静かに驚きがフェイドインしてくるのです。

これは、『雨月物語』が「ゴースト・ストーリー」ではあるけれど、「ホラー」ではないことを示しています。脅して怖がらせることが目的ではないのです。音楽も、いわゆる「スティンガー」(ジャン、ドン、バンといったオノマトペで表せるような、瞬間的なフォルテシモの音。観客をstingして跳びあがらせることからそう呼ぶ)をいっさい使っていません。

宮川一夫は、無人の囲炉裏と、田中絹代が坐り、火の入った囲炉裏をワン・ショットに収めたことについて、映画だからできることだ、といっています。そのとおりですが、でも、そんな簡単なことじゃなくて、もっとなにかあるでしょう、といいたくなります。幽霊をどのように出現させるかについては、たいへんな煩悶があり、そのうえで生まれたショットだろうと想像します。

このように、静謐のなかで、しかし、見るものの心をざわめかせるように幽霊を登場させたことで、この映画は永遠の命を獲得したと思います。そのあたりは、他の映画との比較で、後日、もう一度ふれたいと思います。

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女房は森雅之にすがりつき、無事の帰着を歓びます。粗末な土産しか持って帰れなかった、と藁苞を見せ、欲にかられた自分はどうかしていた、間違いに気づいたと謝る亭主に、親子三人、静かに楽しく暮らせればそれでいいのだと慰め、酒を飲ませます。

酔って森雅之が子どもを抱いて横になると、夜着をかけてあげ、亭主が脱いだわらじの土を払って片づけ、繕い物をはじめます。

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朝になって名主が訪れ、子どもがいなくなったので昨夜から大騒ぎで探していたが、お前のところに戻っていたのか、やれやれ、無事でよかったと歓びます。森雅之が、名主に挨拶させようと、その場にいない女房を呼ぶので、名主は驚き、夢でも見ているのか、お前の女房は落ち武者に殺されてしまったといいます。

女房が遊女になっているのを見て、侍がイヤになった小沢栄太郎も村に戻り、森雅之親子といっしょに野良仕事や焼き物に精を出し、昔の暮らしが戻ります。森雅之が粘土をこねているところで、田中絹代の霊が声だけであらわれ、こうしてろくろを廻してあなたを手伝っているときがいちばん幸せです、といいます。

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◆ 野心と安寧 ◆◆
男たちのささやかな野心は悲惨な結果を招き、結局、女たちのもとに戻っていき、日々の静かな生活のなかにこそほんとうの幸福があることを知る、というこの話の「レッスン」については、意見はさまざまおありでしょう。この設定から正反対の結論を導きだす物語もつくれます。

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しかし、こういう映画を見たときは、そんなことはどちらでもいいと感じます。「ある時間を経験した」という濃密さ、重さだけが残るのです。われわれは見ることと、聴くことという、心のもっとも根幹に関わる作業に専念してしまうので、「理念」ごとき表層的なことを気にする余裕はなくなってしまうのです。その意味で、『雨月物語』は「究極的に究極の映画」といえるでしょう。絵と音だけなのです。

だから、たとえあなたが、「男は戦場にあってこそ真の姿を発現する」という信念を持っていても、『雨月物語』に賛嘆する妨げにはなりません。理念だの信念だのといった精神の低次の問題ではなく、「光と影と音による時間の経験」というもっとも高次にある映画だからです。

いや、こんな小理屈をこねても無意味ですし、読んだところでなんのことかおわかりにならないでしょう。ただ見ればいいだけの映画です。

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by songsf4s | 2010-10-25 23:57 | 映画
和風ハロウィーン怪談特集1 溝口健二監督『雨月物語』(大映、1953年) その3

◆ この師にしてこの弟子 ◆◆
『雨月物語』の音楽監督は早坂文雄、「音楽補佐」として斉藤一郎もクレジットされています。一部の曲を書いたという意味でしょう。また、もうひとり、早坂文雄の弟子の佐藤勝もこの映画ではおおいに働いたそうですが、そのことはひとまず措きます。

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伊藤喜朔は木村威夫の師匠で舞台美術の大家

映画がすごいのは初見のときからわかっていることで、今回の再見で感銘を受けたのは音楽です。しかし、困ったことに、いいところをハイライトにするというぐあいにはいかないのです。そこが『雨月物語』の早坂文雄スコアのすごさを端的に示しているといえそうです。

『雨月物語』のゆったりとした、しかし、淀むことのない流麗なリズムをつくっているのは、宮川一夫のキャメラ・ワークと編集ですが、そのリズムとピッタリ寄り添うように、静かに、やわらかく、なくなったときにはじめて、いままで流れていたことに気づくほど、音楽が自然に絵に溶けこんでいるのです。

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早坂文雄

こういうスコアはほかに記憶がありません。しいていうと、いやホントに遠い遠い縁者にすぎませんが、モーリス・ジャールが書いた『史上最大の作戦』のスコアが、やはり存在を強く感じさせないものでした。

『雨月物語』と『史上最大の作戦』との類似点はもうひとつあります。パーカッションが中心だということです。あちらはスネア・ドラムひとつによる、マーチング・ドラムの断片を随所に使っていますが、『雨月物語』は、ゆるいテンポの大太鼓のステディー・ビートや小鼓のアクセントが中心です。

大映の時代劇は京都・太秦の撮影所でつくられていました。溝口健二は当然、京都に住んで、太秦に通っていました。同じ浅草生まれ(わが家の菩提寺の近所で育ったという。観音様にも吉原にも近い)の竹馬の友にして、撮影所長の川口松太郎も京都にいて、二人で遊んだり働いたりした容子が川口松太郎の小説に描かれています。とくに嵯峨野でのロケを描いた短編は忘れがたいのですが、どの本に入っていたのだったか。『古都憂愁』?

いや、音楽の話です。早坂文雄は東京に住んでいて、病弱で、とても京都と往復を繰り返すなどということはできませんでした。撮影の進捗に合わせて、細かく溝口健二と打ち合わせをするのは無理だったのです。

チーフ助監督の田中徳三によると、ここで佐藤勝の登場となります。京都の「オヤジ」と東京の師匠が動けないので、片や田中徳三、片や佐藤勝という二人の弟子に加えて、録音エンジニアの大谷巌の三人が集まり、音楽をどうするかというロードマップをつくっていったのだそうです。

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早坂文雄(左)と佐藤勝

ということで、早坂文雄か佐藤勝か(はたまた補佐した斉藤一郎か)、ピンポイントの狙いはつけられなくなりましたが、この師弟はすごいなあ、と今回も呆れました。さらに、「非公式の弟子」である武満徹もいるわけで、いやはやです。

どこか一カ所を取り出して、ここがすばらしい、などといえるようなタイプではなく、全体のムードとして「いい音楽だ」と感じるスコアなので、まだ考えがまとまらず、サンプルは棚上げにします。次回に。

◆ 地獄と天国はリヴァーシブル ◆◆
撮影初日は朽木屋敷の場面で、前回、スクリーン・ショットを掲げておいた、ひと気のない屋敷に、どこからともなく侍女たちがあらわれ、灯りをつけていくところだったようです。

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ここは美しいと同時にちょっと怖い場面で、ほう、と思うのですが、溝口健二は、不機嫌に黙り込んでいたそうです。田中徳三助監督に「きみぃ、これが朽木屋敷にみえるかね?」といったという話で、セット・デザインが気に入らなかったようです。

どうしろと指示はしない人だから、どのようなイメージを描いていたかはわかりません。デザイン的にはよくできているので、物語のなかでの位置づけの問題でしょう。

たとえば、ディズニーの『眠れる森の美女』の枯れ木の森が、エンディングで、さあーっと緑の森に変化するようなことが、あの時代に実写で実現できたなら、そういう処理もひとつの考えではないかと思います。あばら屋が人(いや霊なのだが)の出現とともに息を吹き返していくのです。侍女たちが灯りをつけるのは、そういう効果を小規模に実現したものなのだと思います。

わがままで口うるさい監督は気に入らなかったのかもしれませんが、朽木屋敷のシーンはすばらしい出来だと感じます。このシークェンスの出来が悪かったら、『雨月物語』は意味を失ってしまうでしょう。

溝口健二は、映画は絵巻物なのだといったそうで、その考えがもっともストレートにあらわれたのが『雨月物語』です。宮川一夫は、ある場面からある場面への移動を、クレーンの動かし方で絵巻物をすべらせるように表現しています。

森雅之が目覚めると、侍女が、二人で湯浴みをなさいとお節介を焼きます。キャメラは右から左のクレーンの横移動で庭の立木をたどって露天の岩風呂を見せます。

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つなぎのクレーンによる移動撮影が挿まれる。

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「わたしのことを魔性の者とお疑いでしょう」

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「たとえあなたさまが、物の怪、魔性の者でもかまわない、もうあなたさまを離しませぬ」

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京マチ子が帯をとき、動く影と水音で彼女も湯船に入ったことを暗示すると、またキャメラは右から左に移動し、岩や地面を見せ、すっと水辺の草地が出現します。

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よくまあ、こんな絵がつくれたものだと思います。これほど陶然とするような風景は、映画のなかでもそうしょっちゅうはお目にかかれないでしょう。

いったいどこでロケをしたのやら、早朝だったのかもしれませんが、広々とした水面に舟一艘見えず、手前の草地(これはもちろんつくったにちがいないが)ときれいに照応しています。この男と女が天国にいることは、台詞や動きがなくとも、この風景だけで即座に了解されるわけで、映画だけに可能な表現です。

◆ 食い物はないか ◆◆
大溝に行った三人は、運命の糸かなにか得体の知れないものに引っ張られて、それぞれの地獄に落ちこみましたが、子どもとともに北近江に残った田中絹代も平穏無事ではすみません。

夫が魔性の女を抱いて「天国だ」といったつぎのショットでは、女房は子どもを抱いて、野武士かなにかの荒っぽい連中に襲われた村のなかを逃げまどっています。

田中絹代は、親切な老女に握り飯をもらい、村の外に逃げようとしますが、運悪く雑兵に見つかってしまい、食べ物を奪われます。そこに敵方の侍があらわれ、混乱のなかで田中絹代は子を負ぶったまま槍で突かれてしまいます。

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二度出てくる戦の側杖のようなシーンでは、雑兵たちはつねに食べ物を探しています。日中戦争のときの日本陸軍もそうだったといいますが、戦国時代も食料の現地調達はごくふつうのことだったようです。

極論でしょうが、わたしは、戦国時代というのは天候不順による食糧難の時代の、食料ぶんどり合戦だったと理解しています。秋になると戦が始まることが多いのです。田んぼを挟んで、城方と攻め手が対峙すると、攻め手の側から少人数の部隊が出て行って、敵の目前で稲刈りをする、などということがよく書かれています。

はじめのうちは、なるほど、そういう挑発は有効だろうな、と読み過ごしていましたが、考えてみると、稲刈りができる季節はかぎられています。狙ってその時期に行かなければ、稲刈りで挑発するなどということはできません。それなら、考え方を逆にするべきではないでしょうか。米が戦の目的だと考えれば、話は明快です。

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そして、そういう前提ならば、『雨月物語』の雑兵たちが、食い物はないかと、一軒一軒しらみつぶしに見ていくのも、田中絹代がたかが握り飯を奪われまいと、雑兵に抵抗するのも、すっきりと納得がいきます。握り飯には命をかける価値があったのです。「切り取り強盗は武士のならい」とは、つまり、食い物のことでしょう。

『雨月物語』はさらにつづきます。


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by songsf4s | 2010-10-24 19:46 | 映画
和風ハロウィーン怪談特集1 溝口健二監督『雨月物語』(大映、1953年) その2

いつもは「切れ場」を考えて話を割っているのですが、昨夜は肝心のときにいろいろ支障があって、あわてて終えたので、話が途中になってしまいました。いや、昨夜切ったところで、つぎの段落でなにを書こうとしていたのか失念してしまったのですが!

舟で兄と酒を酌み交わしながら、小沢栄太郎が「明日の朝には大溝に着く。あそこは名だたる勇将丹羽五郎左衛門さまのご城下だ、長浜よりももっと繁盛だぞ」といいます。

丹羽五郎左衛門、すなわち丹羽長秀が大溝城主だったのは、本能寺の変よりあとの天正十一(1583)年のことだそうで、これで映画『雨月物語』の時代設定がわかります。

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確信はないが、どうやら中央の赤い点のあたりに大溝城はあったらしい。

ちょいと手を焼かされましたが、「説明ではなく描写を」がフィクションの要諦です。「天正十一年――」と文字を出すのは「説明」です。そうではなく、物語のナラティヴ、描写のなかに自然に事実関係を織り込むべきなのです。

◆ 幽明、境を分かつ ◆◆
『雨月物語』は、90パーセントはクレーンで撮ったと宮川一夫はいっています。溝口健二がクレーンを好んだのだそうですが、見るほうは、宮川一夫のスタイルのように感じます。

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宮川一夫

ファースト・ショットも、当然のように華麗なクレーン・ワークで、うわあ、といったぐらいの時間では足りず、うわあ、うわあ、うわあ、ぐらいは繰り返して感心します。『山椒大夫』でもやった、斜め下への移動撮影です。

湖水のクレーン撮影は、開巻のような華麗なダイナミズムはなく、つねに静かに移動し、縹渺たる幽玄さを表現するのに寄与しています。キャメラをパーンやティルトさせる「強い」動きを嫌って、やわらかい、静かな動きをつくるためにクレーンを使っているのではないでしょうか。

そろそろ、未見の方には邪魔になるかもしれないことを書きはじめると、ご注意申し上げておきます。エンディングを書くかどうかはまだ決めていませんが、たいていのことは知らずにいたほうが映画を楽しめるものです。

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ゆっくりと霧の向こうから舟があらわれる。

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チーフ助監督の田中徳三、セカンドの池広一夫(クレジットなし)というのちの大映時代劇を支えた監督たち(ともに『座頭市』や『眠狂四郎』などを撮っている)が二月の極寒のなか、水に入って舟を押した。宮川一夫がファインダーをのぞきながら、スモークのかかりぐあいを見て、左が薄いとか、いろいろ注文をつけるが、相手は煙だから、思うようにはいかず、撮影には時間がかかったという。

わたしは、この湖水の場面から、もう幻想の世界に入ったと感じます。霧の向こうからゆっくりと舟が漂いあらわれるのは、この世からあの世に抜けたことをあらわしているように見えるのです。

そして、彼らの行く手の霧のなかから、べつの舟が漂いあらわれます。近づいてみると、さんばら髪の人が伏していて、田中絹代は「あっ、船幽霊!」と声を上げます。

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船幽霊とは「海上で遭難した人の亡霊が幽霊船に乗って,漁師などこの世の人に働きかけるという霊異現象」(世界大百科)だそうです。また、〈マリー・セレスト〉号のような「幽霊船」、つまり船自体を「船幽霊」と呼ぶこともあるようです。

そして、「船幽霊には、闇夜でもよく見える、避けようとすると害を受ける、ひしゃくを貸せというなどの共通点がある。(中略)船幽霊をさける方法やこれの見分け方も伝えられている。とくに、ひしゃくを貸してくれといわれたときには、底を抜いてから与えないと船に水を入れられて沈没する」のだそうです。

漂ってきた舟に伏していた男は、幽霊といわれると、ちがう、幽霊ではない、海賊に襲われた、といい(幽霊ではないというのは自己申告にすぎないからなあ、とツッコミを入れそうになる)、水をくれ、と所望します。

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「ひしゃくを貸してくれ」(たぶん、船底の水をかい出すのに必要だという意味だろう)といったわけではないのですが、森雅之たちはなんの用心もせずに水をあたえます。依田義賢が船幽霊の伝説を調べたかどうかはわかりませんが、調べないというほうに賭けるのは危険なので、知っていたと仮定すると、この不用心はすでにここが異界であることの念押しかもしれません。

◆ 殷賑きわめる巷の地獄巡り ◆◆
行く手は危険だ、気をつけろ、という死にかけた船頭の忠告を受けて、森雅之はいったん舟を戻し、妻と子を置いていくことにします。

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彼らの舟は再び霧のなかに入っていき、幽霊のようにわれわれの視界から消える。もう一度霧に戻っていくのにはなにかの意味があるはずだと直感が告げているが、いまだ明快に腑分けできない。

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水戸光子は漕ぎ手でもあり、また侍になりたいという亭主のことが気がかりでもあるのでしょう、男たちといっしょに大溝に行くことになります。

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大溝の市の大オープン・セットをクレーン・ショットで見せる。

大溝の市では、森雅之たち三人の商売は繁盛し、たちまちいくばくかの金を手にします。熱心に商売に励んでいた小沢栄太郎は、家来をしたがえた騎馬武者が通るのを見て、我慢できずに金をつかんでその場を去ります。

水戸光子はビックリして亭主を止めようとし、義兄にも助けを頼みますが、ちょっとその場を離れただけで、品物に人がたかっているのが見え、森雅之はあきらめてしまいます。

小沢栄太郎は、女房をまいてから、市の具足屋に行き、鎧と槍を買います。

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いっぽう、水戸光子は亭主を捜しているうちにひと気のない河原に出てしまい、雑兵たちに取り囲まれ、近くの寺のお堂に担ぎ込まれてしまいます。

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わたしが考えるように、湖水に滑り出したところで異界に入ったかどうかとはかかわりなく、彼らはそれぞれに地獄巡りをはじめました。

◆ 異界の女と契れば ◆◆
それより以前、おおいに皿や器を売りまくっているときに、貴婦人と供の中老の婦人が森雅之に声をかけ、いくつか品物を買い、そこの向こうの朽木屋敷まで届けてくれといいます。

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夕方になって売れ残った品物を片づけると、森雅之は買い上げられた品物をもって屋敷に向かいます。途中、美々しく着物を飾った店に立ち寄り、女房にきれいな服を着せる様を空想するリリカルなシーンが挿入されます。

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その幸せな幻想を破るように、ふと気づくと、店の外にさきほどの貴婦人・若狭(京マチ子)と侍女(毛利菊枝)があらわれ、案内がなければわからないだろうと、森雅之を屋敷に連れて行きます。

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玄関の式台に上がらず、品物を置いて平伏し、帰ろうとする森雅之を、京マチ子がとどめ、引きずるようにして座敷に通します。

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京マチ子は、あなたは北近江の源十郎だろう、あのような美しいものをつくる人に会いたかったといい、酒肴でもてなします。

あなたはもっとその才を伸ばさなければいけません、といわれて、森雅之は、それにはどうすればいいのですか、と問います。すると、侍女が「若狭様とお契りなされまし」といいます。

われわれ観客同様、森雅之も、論理の飛躍にビックリし、同時に、あまりにも身分がかけ離れていて、とうていそのようなことはできない、という恐懼の表情を浮かべます。

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しかし、わたしの考えでは、湖水に浮かんだときから、すでに異界に入っているのであり、まして、その異界のなかでもこの朽木屋敷はさらに妖しいのだから、ふつうの世界の論理は通用しません。

森雅之も、正気なら、こんな飛躍はおかしいと思い(じっさい、思うだけは思っていることが、あとで間接的に表現される)、逃げ出すでしょうが、異界では現世とは異なる論理が支配しているので、この妖しい姫君と契りを結んでしまいます。

かくして、三人が三様に地獄へと落ちこんで、物語は後半へと向かいます。


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by songsf4s | 2010-10-23 23:58 | 映画
和風ハロウィーン怪談特集1 溝口健二監督『雨月物語』(大映、1953年)その1

タイトルを書いた瞬間に、あ、順番がちがった、とほぞを噛みました。真打ちを先に出してしまったのです。でも、ハロウィーンまでにどれだけ書けるかわからないし、ほかの映画はまだ準備ができていないので、これは荷が勝ちすぎるなあ、と思いつつ、ずるずると入ることにします。

◆ ヴィンティジ・イヤー ◆◆
溝口健二、小津安二郎、黒澤明の三人の映画はじつに書きにくく、当家のこれまでのスコアは、溝口=ゼロ、小津=1(『長屋紳士録』。ほかに、「日活ギャングと小津安二郎」という裏口から入った変なものがある)、黒澤=1(『椿三十郎』)のみです。

鈴木清順と成瀬巳喜男を合わせると、十本ほどは取り上げたはずで、それにくらべて三巨匠をいかに敬して遠ざけてきたかがおわかりでしょう。好みでいえば、小津安二郎がもっとも性に合います。あのエース・ドラマーのビートを聴いているような、小津の精密なタイムが好きなのです。いや、そういうことは『長屋紳士録』のときに事細かに書きました。

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溝口健二や黒澤明になると、そもそも見た本数ががたんと落ちます。小津安二郎、鈴木清順、成瀬巳喜男はシネマテークでドンとまとめて見たことがあるのに対し、溝口と黒澤はそういう経験がないのだから、当然です。いや、嫌いだというのではありません。映画館で見たことがあまりないだけであって、見れば、毎度、すごいものだなあ、と感心します。

『雨月物語』は溝口健二の代表作なので、わたしのように「角が暗い」溝口健二不束者でも、当然、大昔に見ました。ひっくり返りました。小津安二郎ひとりでも、日本映画黄金時代を背負えそうなのに、もうひとり、小津並みの人がいたのだから、いやまったく驚きました。

そして、小津安二郎の『東京物語』と溝口健二の『雨月物語』は、ともに昭和28(1953)年に製作されたのだから、二度驚きます。もうひとついえば、溝口はこの年にもう一本、秀作『祇園囃子』を撮っているのだから、言葉を失います。

ついでにいうと、同じ年、成瀬巳喜男は『あにいもうと』を撮っています。四半世紀前に見たきりですが、いい映画だったという記憶があります。黒澤明は、惜しいかな、『生きる』と『七人の侍』の中間で、一回休みです。例の『ある侍の一日』が頓挫して、『七人の侍』として再生するまでの苦しい時期に当たるのかもしれません。

ほかに、豊田四郎『雁』、木下恵介『日本の悲劇』、アメリカでは、ヴィンセント・ミネリ『バンド・ワゴン』、ハワード・ホークス『紳士は金髪がお好き』、ウィリアム・ワイラー『ローマの休日』、バイロン・ハスキン(というより、ジョージ・パルの、といいたくなるが)『宇宙戦争』、ラズロ・ベネディク『乱暴者〔あばれもの〕』(スコアに4ビートを取り入れた初期の映画として、ハリウッド音楽史では書き落とせない)などが公開されていて、ハリウッドも1953年はvery good yearだったようです。さらにいうと、だれも名作の、秀作のと、うっとうしい持ち上げ方をする心配はないけれど、わたしは大好きな『百万長者と結婚する方法』も1953年だそうです。

◆ 乱世の欲 ◆◆
映画『雨月物語』は、タイトルが示すとおり、上田秋成の小説を土台にしていますが、大幅に換骨奪胎したというか、「ヒントにした」程度の印象です。

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「品川心中」と川島雄三の『幕末太陽傳』の関係より、もっとずっと距離がありますが、『幕末太陽傳』が「品川心中」と「居残り佐平次」をつなげたように、映画『雨月物語』も、上田秋成の「浅茅の宿」と「蛇性の婬」の二つを(いちおう)もとにしています。そもそも、直接の原作は上田秋成の『雨月物語』ではなく、そこから川口松太郎(依田義賢とともにこの映画の脚本も書いている)がつくりあげた小説のほうなのだそうです。

源十郎(森雅之)は、妻の宮木(田中絹代)とひとり息子とともに、琵琶湖の北岸で暮らしています(当家のお客さん、mstsswtrさんのご近所)。森雅之は農事のかたわら、焼き物をつくっていて、それを隣家で暮らす弟の藤兵衛(小沢栄太郎、クレジットでは小沢栄)と、長浜(秀吉が城を築いた直後という設定か)の市に売りさばきに行きます。

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織田勢と浅井方の戦いなのか(お市の方は三人の娘とともに救出される)、その後の羽柴秀吉対柴田勝家の戦い(お市の方が死んでしまう)か、どちらかを背景にしているようで、長浜城下は繁栄し、品物さえあれば飛ぶように売れる(太平洋戦争後の闇市と重ねられている)いっぽう、あちこちで戦いがあり、また野伏りのたぐいも跳梁して、市までの道中は危険をともないます。

兄の森雅之はこの戦乱のなかの繁栄で大儲けしたいという欲をだし、いっぽう、弟の小沢栄太郎は、品物を売るのではなく、武士になって身を立てたいと思いますが、女房の阿浜(=おはま、水戸光子)はもちろん、兄や兄嫁も、愚かな考えと反対します。

市でおおいに稼いだ森雅之は、女房子どもに新しい服を買い、銀をもって帰ります(このあたりで、古太鼓を売って得た五百両をもって帰った「火焔太鼓」の甚兵衛さんを連想するのはわたしだけ?)。小沢栄太郎は市で会った侍に家来にしてくれと頼みますが、具足もないようなものはダメだと追い払われます。

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市で儲けた森雅之は欲に取り憑かれ、片や小沢栄太郎は具足を買う金が欲しくて、二人は必死になって働き、再び市に焼き物を売りに行こうとします。しかし、戦の火の手がそこまで迫り、かろうじて焼き物を守った二人は、長浜に出るのは無理だと考え、「船で湖水を渡ろう」ということになります。

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◆ 「監督」は「監督」するのが仕事 ◆◆
水戸光子は船頭の娘で、彼女が艪を操り、夫婦二組と幼児の五人は船に乗って湖水に滑り出します。

と、ここで立ち止まらないといけないのです。なぜならば、溝口健二の『雨月物語』を語る場合でも、この映画の撮影監督・宮川一夫のキャリアを語る場合でも、このシーンは避けて通れないからです。

宮川一夫が回想記に書いていたのだったか、ここは墨絵を狙ったのだそうです。

スクリーン・ショットでも、なんとも微妙な絵作りであることがそれなりに伝わるのではないでしょうか。

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面白いのは、「墨絵でいこう」という方針は、溝口健二の言葉として読んだわけではなく、宮川一夫がそう書いているのを読んだだけだということです。これが溝口映画の最大の特徴といえるのではないでしょうか。

溝口健二というのはほんとうに「監督」で、監督以外のことはしないのです。つまり、スタッフに指示を出すだけであり、キャメラをのぞいたり、脚本をいじったり、フィルムをつないだりといったことはぜったいにしないのです。

俳優にアドヴァイスすることもなかったそうです。「ダメですね」というだけで、どう修正するかは俳優の仕事であり、監督の仕事ではなかったのです。文字どおり現場の作業を「監督する」親方なのです。

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だから、なにをどうするかを考えるのはスタッフの仕事であり、その溝口流がもっとも性に合ったのは、撮影監督の宮川一夫だったのではないかと感じます。宮川一夫は、だれかに指示されるより、自分で撮りたい撮影監督で(撮影監督より長い時間ファインダーをのぞいていたという小津安二郎ですら、『浮草』のときは宮川一夫に遠慮したらしいと、厚田雄春が証言している)、各人が持ち場で死力を尽くせ、と要求するだけで、具体的な指示は一切しなかった溝口健二との仕事のときに、もっとも独創的な撮影をしたと感じます。

したがって、「ここは墨絵でいこう」というのは、溝口健二ではなく、宮川一夫であり、その方針をどう具体化するかを考えるのも宮川一夫だったのでしょう。溝口健二は、そういうスタッフの考えを是認したり、否認したりすることを仕事にしていたわけです。いや、この「否認」たるや、漢字二文字で片づけしまっては申し訳ないくらい、とんでもないものだったことは、多くの人が証言しているのですが!

中途半端なところですが、時間がなくなってしまったので、次回もこの湖水のシーンの話をつづけます。


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by songsf4s | 2010-10-22 23:58 | 映画