<   2010年 09月 ( 30 )   > この月の画像一覧
Lullaby in Ragtime by Nilssonおよび映画『5つの銅貨』
タイトル
Lullaby in Ragtime
アーティスト
Nilsson
ライター
Sylvia Fine
収録アルバム
A Little Touch of Schmilsson in the Night
リリース年
1973年
他のヴァージョン
Danny Kaye
f0147840_061342.jpg

2007年秋の「Harvest Moonの歌」でLullaby in Ragtimeを取り上げたときは、この曲の初出である映画『5つの銅貨』を再見せずに書きました。今回は映画を見直してみました。

◆ The Music Goes Round and Round (Again) ◆◆
映画The Five Penniesは、秀作というわけではありませんが、昔の映画らしいのどかさがあるのは、わたしのような人間には好ましく感じられます。でも、それですむなら、現代の映画があのように派手派手しく、騒々しく、トゲトゲしく、忙しくはなっていないはずで、多数派には興味のないスタイルでしょう。現代のハリウッド映画の正反対のような、静かで、穏やかで、ゆっくりした映画です。

ミュージシャンを主人公とした音楽映画なので、唄のシーンにはおおいに気に入ったものもありました。ベストは、ダニー・ケイと子役の女の子(スーザン・ゴードン)がデュエットする、The Music Goes Round and Roundのシーンです(ご興味のある方は前回の「『唄の世の中』The Music Goes Round and Round by 岸井明」も併せてどうぞ)。

f0147840_23282097.jpg

f0147840_23283020.jpg

f0147840_23283543.jpg

f0147840_23284434.jpg

このトラック、すばらしいのに、YouTubeにはクリップがないので、サンプルにしました。LPリップですが、ノイジーではないのでご安心を。また、今回から別ウィンドウまたは別タブで開くようにしましたので、左クリックでも大丈夫です。

サンプル Danny Kaye with Susan Gordon "The Music Goes Round and Round" (from the film "The Five Pennies")

子役の女の子はじつに可愛らしく、唄も愛嬌があって、みごとなものです(もちろん、声だけスタンドインということは十分にありうるが)。昔から子どもと動物にはかなわないといいますが(わたしは成瀬巳喜男の『めし』を見ていても、原節子より仔猫のユリちゃんのほうが気になったりする!)、まさにそういう感じで、ダニー・ケイは引き立て役です。

f0147840_23285229.jpg

f0147840_23303554.jpg

f0147840_23292439.jpg

それから、この曲の変な歌詞の意味も、このシーンでの絵解きの通りなのかもしれません。「第1のヴァルヴを押すと、音楽が流れて廻りだす」(I push the first valve down/The music goes down and around)なんていわれると、ビア樽みたいなものから音楽がこぼれ出す容子をイメージしてしまいますが、トランペット(映画の主役であるレッド・ニコルズの場合はコルネット)の「ヴァルヴ」だというなら、なるほど、そうか、です。セカンド・ヴァースでは「真ん中のヴァルヴ」といっているので、ふつうには三つあると想定でき、コルネットやトランペットのヴァルヴの数と矛盾しません。

◆ コードが合えば ◆◆
さて、この映画のためにダニー・ケイ夫人のシルヴィア・ファインが書いたLullaby in Ragtimeです。

Lullaby in Ragtimeのオリジナル記事にも書きましたが、ラグタイムというのは、通常、テンポが速いのです。それなのにニルソンはスロウにアレンジしていて、元はもっとずっと速かったのではないかと思い、それを確認したかったのです。



『5つの銅貨』という映画は、コルネット・プレイヤーのレッド・ニコルズ一家の物語を脚色したものです。レッド・ニコルズ(映画ではダニー・ケイが演じる)は一時期人気を博したのですが、娘がポリオに罹ってしまい、そばにいっしょにいるために、ツアーの多いミュージシャンをやめてふつうの仕事につき、やがて娘が成長し……といった話です。

Lullaby in Ragtimeが出てくるのは、生まれたばかりの娘をつれてツアーに出ていて、ツアーバスのなかでプレイする亭主に、嫁さんが、赤ちゃんが起きちゃうでしょ、と文句を云うものだから、じゃあ、しずかーにやろう、というシーンです。

ただし、ここではダニー・ケイの歌うLullaby in Ragtimeだけでなく、嫁さん(バーバラ・ベル・ゲディス)の歌うSleep Tightという曲も重ねています。

f0147840_23355263.jpg
ルイ・アームストロング以外にもミュージシャンが出演している。右からシェリー・マン(レッド・ニコルズのバンドのドラマー、デイヴ・タフ役)、ボビー・トゥループ(同じくピアニストのアーティー・シャット役)、二人おいてレイ・アンソニー(ジミー・ドーシー役)といったぐあい。ドラマーを演じるのがドラマーだと安心して見られるのがありがたい。ブラシの扱いなんかカッコいい! ボビー・トゥループも本職だが、ピアノを弾くシーンでも手は見えないし、歌うシーンもない。

和田誠監督の『快盗ルビイ』という映画で、小泉今日子と真田広之がインストゥルメンタル曲を聴いているところで、小泉今日子がそのコードに合わせてべつの曲を歌うというシーンがありました。和田誠のように音楽がわかっている人だけがこういうことを思いつくわけですが、ただし、あの映画を見たときも、これはどこかに元があったはずだ、どの映画だっけ、と思いました。『5つの銅貨』から思いついたのかもしれません。

余談。『快盗ルビイ』のテーマは和田誠作詞、大瀧詠一作曲でしたが、目の前で歌詞をズタズタにされて呆然とした、と作詞家が書いていて、笑ってしまいました。そういうタイプの作曲家もいるようですね! 和田誠は一柳彗にピアノを習った(師匠がだれでも当人の技術には関係ないが)というほどで、自分でも曲を書くのですが、やっぱり小泉今日子だから、ヒットさせたかったのでしょう。

このLullaby in RagtimeとSleep Tightの組み合わせはもう一回登場します。こんどはルイ・アームストロング、ダニー・ケイ、そして子役のスーザン・ゴードンの三人で、The Five Penniesも合わせて、三曲いっぺんに歌います。

Louis Armstrong, Danny Kaye & Susan Gordon - Sleep Tight/Lullaby in Ragtime/The Five Pennies


オープニング・クレジットにテューズデイ・ウェルドの名前があるのですが、見終わってから、どこに出てきたのだろう、と思いました。レッド・ニコルズの娘が成長してからが、テューズデイ・ウェルドなのだそうです。若すぎてわからなかったのです。

◆ ニルソンのLullaby in Ragtime ◆◆
ラグタイムの子守唄なのだから、オリジナルはやはりテンポが速くて軽い仕上がりなので、ニルソン盤ばかりが印象に残り、オリジナルのほうは記憶から消えても不思議はないと、映画を見て改めて思いました。

f0147840_114875.jpg
A Little Touch of Schmilsson in the Nightセッションのアウトテイクを集めたCD、A Touch More Schmilsson in the Night。It's Only a Paper MoonやI'm Always Chasing Rainbowsなど、A Little Touch of Schmilsson in the Nightから外された曲がはじめて陽の目を見た。Lullaby in Ragtimeのオルタネート・テイクも収録されている。

オリジナルも悪くはありませんが、決定版はスロウダウンしたニルソン盤です。ニルソンが、ゴードン・ジェンキンズのすばらしいオーケストレーションつきで、このようなレンディションでカヴァーしたおかげで、Lullaby in Ragtimeはようやく「名曲」のレベルにたどりついたのです。

サンプル Nilsson "Lullaby in Ragtime"

こちらのヴァージョンについてはオリジナル記事で詳細に書いたので、とく書き加えるべきことはありません。今回はサンプルを追加しようと思っただけです。


metalsideをフォローしましょう



OST
The Five Pennies
The Five Pennies

DVD
The Five Pennies
The Five Pennies


A Little Touch of Schmilsson in the Night
A Little Touch of Schmilsson in the Night


As Time Goes By
(Schmilsson in the Nightにアウトテイクを加えたもの)
As Time Goes By
[PR]
by songsf4s | 2010-09-30 23:55 | 映画・TV音楽
「唄の世の中」The Music Goes Round and Round by 岸井明

九月も終わりだというのに、当地は暑い一日でした。いま外出から帰ったら暑くて、思わず扇風機をまわしてしまったほどです。

2007年の九月の終わりには、ヴァン・モリソンのWhen the Leaves Come Falling Down、すなわち「落ち葉の散るころ」という曲を取り上げました。歌詞を聴けばわかりますが、これは九月の唄なのです。そんな馬鹿な、ですけどね!

◆ 昭和十一年 ◆◆
映画の記事にしようというより、どちらかというと、2007年のHavest Moon特集で取り上げた、Lullaby in Ragtime by Nilssonにサンプルをつけるにあたって、オリジナルを確認しておくという感じで、『5つの銅貨』を見ました。

f0147840_23535288.jpg

もう20年ほど以前に見たきりだったので、すっかり忘れていましたが、この映画には、Lullaby in Ragtime以外にも、好きな曲が使われていました。The Music Goes Round and Roundです。

この曲は『5つの銅貨』が初出ではなく、1930年代にまでさかのぼる古い曲で、同題の映画『The Music Goes Round and Round』(邦題『粋な紐育っ子』)のテーマとして書かれたものだそうです(Mike RileyおよびEddie Farley作)。

Tommy Dorsey "The Music Goes Round and Round"


これは日本でもヒットしたようで、ローカル・カヴァーもいくつかあるようですが、もっとも有名なのはエノケンのヴァージョンでしょう。映画が公開された年にリリースされたようです。すばやい!

エノケン The Music Goes Round and Round 浮かれ音楽


意外といっては失礼ですが、ホーン・アレンジも悪くなかったりするのだから、日本の戦前の音楽も馬鹿になりません。

◆ 岸井明の「唄の世の中」 ◆◆
しかし、わたしがもっとも好きなヴァージョンは、「唄の世の中」というタイトルでリリースされた岸井明のヴァージョンです。

これは同題のPCL(東宝の前身)映画の主題歌だったようです。伏見修監督、出演は藤原釜足、神田千鶴子、宮野照子、岸井明、渡辺はま子、御橋公となっています。公開は1936年8月。うん? ハリウッドの『粋な紐育っ子』も1936年公開。それが同年に日本でも公開され、すぐにこの曲をネタに和製映画をつくって夏には公開してしまったようです。すばやい!! 二・二六事件の年になにをやっていたのやら。

岸井明「唄の世の中」The Music Goes Round and Round


そういってはなんですが、あまりいい音ではありません。わが家にあるのはAM放送のエアチェックなのですが、それでも、このクリップよりいい音のような気がします。聴いてみますか?

ヒスやスクラッチはありますが、いちおうほんの軽くハイ・パス・フィルターをかけたうえで、イコライザーで中音域を持ち上げているので聴きやすいですし、不快なノイズは削除してあります。また、放送に使われた盤も有名なコレクター所蔵のもので状態がよかったのではないでしょうか。

サンプル 岸井明「唄の世の中」(The Music Goes Round and Round)

岸井明盤The Music Goes Round and Roundは、タイトルがちがうだけでなく、歌詞もエノケン盤とはぜんぜんちがいます。

おーい、どうだい世の中
グルグル回り持ち
景気も恋もみんな一緒にそれ廻る
廻るのはうれしいぞ、ワアアフォオウ、金あるかい?
お宝は回り持ち、ワアアフォオウ、あんまり廻っちゃ目が廻る

可愛いあの娘のいる町も
ちょいとついでにひと廻り
ティーティ、ティーティ
唄で廻ろうよ
廻るのはうれしいぞ
ワアアフォオウ、世の中は廻る

岸井明、まことにけっこうなキャラクターです。どこにも尖ったところがなく、穏やかで微笑ましく、いうことがありません。この人が現役の時代に生きていたかったものだなあ、としみじみしてしまいます。

三木トリロー自伝に、岸井明に仕事を頼みにいったときの話が出てきましたが、くわしいことは忘れてしまいました。彼が作詞をしていて、それに曲をつけてくれと頼まれてしまった、なんて話ではなかったかと思います。どうであれ、プロ意識の高い人で、人柄がよかったのだな、と感じた記憶が残っています。

f0147840_2364623.jpg

f0147840_2365665.jpg

f0147840_2374100.jpg
岸井明 三葉とも内田吐夢監督『大菩薩峠』(東映)より

◆ シレルズとルイ・プリマ ◆◆
わが家にはもう2種類、The Music Goes Round and Roundがあります。ひとつはシレルズのヴァージョン。古い曲なのでしかたありませんが、ちょっといじりすぎて、メロディーラインのいいところを殺してしまった感じですが、そういうこととはレベルのちがうところで魅力があるので、いちおうサンプルにしました。

サンプル The Shirelles "The Music Goes Round and Round"

なんだか、フィル・スペクターがプロデュースしたボビー・ソックス&ザ・ブルージーンズのZip-a-Dee-Doo-Dahのようなアレンジというか、早い話がまるごといただいたようです。ついでに、ハル・ブレインもいただいたらしく、ほかにこんなドラマーはいないだろうというドラミングです。

ヒットを連発していたころのシレルズは、ルーサー・ディクソンのプロデュースのもと、NYで録音していたので、ドラムはゲーリー・チェスターなどであり、ハル・ブレインの出番はありませんでした(そもそも、シレルズの全盛期には、ハル・ブレインはまだエースではなかった)。

f0147840_2357111.jpg

私信でうかがったのか、オフィシャル・サイトのリストにあったのか、キャロル・ケイさんはシレルズのトラックでプレイしたそうですが、初期のNY録音のものではないでしょうから、やはりこの63年のアルバム、It's a Mad, Mad, Mad Worldのあたりでのことではないでしょうか。ただし、これもアルバム全体がハリウッド録音とは思えず、ほんの数トラックだけだろうという感触です。

しかも、The Music Goes Round and Roundもバランスがハリウッド的ではなく、ドラムをオフにし、ヴォーカルをオンにしているので、マスタリングはNYかもしれません。野暮天なミックスです。63年あたりから天秤が急激にハリウッドに傾くのは、こういうドラム・サウンドのバランスの取り方などで、NYのサウンドが時代遅れになってしまったためだと思います。もちろん、その裏側にあったのは、フィル・スペクターのヴィジョンです。

ハル・ブレインが、ハリウッドのミュージシャンを使っただけではダメだ、ハリウッドのスタジオで、ハリウッドのエンジニアが録音するからああいうサウンドになるのだ、だから、アメリカ全土のみならず、世界中からプロデューサーがハリウッドにやってきたのだ、といっていました。そういうことです。ルーサー・ディクソンを引き継いだだれかさんは、シレルズのThe Music Goes Round and Roundのミックス・ダウンをハリウッドでやらなかったというミスをしたのだと思います。詰めが甘い!

でも、このアルバムには、Around the Worldというなかなか好ましいトラックがあるので、まあ、いいんじゃないでしょうか。シレルズは完全な下り坂ですがね。

ほかにルイ・プリマのヴァージョンがあり、これも悪くないのですが、でも、もうサンプルは十分でしょうから、これはまたいつか機会があれば、ということに。


metalsideをフォローしましょう



Foolish Little Girl / Sing Their Hits From It's
Foolish Little Girl / Sing Their Hits From It's
[PR]
by songsf4s | 2010-09-29 23:57 | 映画・TV音楽
H2O Compilation: Meiko Kaji - Queen of Cool―H2O氏の編集で聴く梶芽衣子

前回の『椿三十郎』その4で、榊の葉は椿よりも色が薄い、という受け売りを書きました。しかし、今日、ご近所の方にいただいた榊の葉はじつに色が濃くて、これだったら、『椿三十郎』のスタッフは手間が省けて助かっただろうと思います。

こういうこともあるから、メディアを通じての知識だけでものを書くのは危険だなあと思います。

◆ プライヴェート・コンピレーションの娯しみ ◆◆
当家の記事にしばしば登場させていただいている「三河のOさん」は、H2Oのハンドルで、世界の日本映画音楽ファンに、正確な情報を広く知らしめる、だいじな役割を長らくつとめていらしたのですが、いま、そちらは一休みとのことで、舞台裏の協力者という、映画だったら儲け役みたいなことをされています。

それで、わたしが椿三十郎で困ったりすると、即座に手を差しのべてくださったりするわけですが、今回は、ご自分で編集なさった梶芽衣子関連音源のコンピレーションを頂戴しました。当家独占ではなく、すでにこちらで紹介されているので、よろしければご覧になってみてください。当家はそれほど大量の映画音楽を扱っているわけではないので、サントラ・ファンにはあちらのほうが面白いのではないでしょうか。

f0147840_23412469.jpg

売っている精華集というのは、レーベルや収録時間や価格をはじめとする、さまざまな制約があるので、しばしば不満が残ります。そうすると、自分で満足のいくものをつくろうと思いたったりするのは、みなさまもご経験がおありではないでしょうか。

つくって聴くだけでも面白いのですが、面白ければ、やはり同好の士の耳に入れたくなるもので、わたしもいくつか編集して、友人たちに配ったことがあります。逆に、受け取ることもときおりあって、これまた、なかなか面白いのです。

当家のお客様では、tonieさんもプライヴェート・テープ/ディスクを編集するのがお好きで、しばしば送ってくださいます。カセットしかなかった時代とちがって、いまではパッケージをデザイン、印刷する道具まであるし、製品のようにノーマライジング(音量をそろえる)までできるのですから、みなさまも試してみてはいかがかと思います。

f0147840_23414031.jpg

◆ トラック・リスティング ◆◆
さて、あちらを見てもわかることを繰り返すだけで恐縮ですが、H2Oコンピレーションのトラック・リスティングは以下の通り。

01-「盛り場仁義」
02-「女番長 野良猫ロック」
03-「怪談昇り竜」
04-「反逆のメロディー」
05-「野良猫ロック ワイルド・ジャンボ」より「C子の唄」
06-「野良猫ロック セックス・ハンター」
07-「野良猫ロック セックス・ハンター」より「禁じられた一夜」
08-「大江戸捜査網」(TV)
09-「新宿アウトロー ぶっ飛ばせ」
10-「野良猫ロック マシンアニマル」
11-「野良猫ロック マシンアニマル」より「明日を賭けよう」
12-「野良猫ロック 暴走集団'71」
13-「三人の女 夜の蝶」
14-「暴力団 乗り込み」
15-「組織暴力 流血の抗争」
16-「銀蝶渡り鳥」
17-「女囚701号 さそり」より「怨み節」
18-「女囚さそり 第41雑居房」
19-「仁義なき戦い 広島死闘篇」
20-「女囚さそり・けもの部屋」
21-「戦国ロック はぐれ牙」より「はぐれ節」(TV)
22-「修羅雪姫」より「修羅の花」
23-「女囚さそり・701号怨み節」
24-「ジーンズブルース 明日なき無頼派」
25-「無宿」
26-「動脈列島」
27-「新・仁義無き戦い 組長の首」
28-「やくざの墓場 くちなしの花」
29-「錆びた炎」
31-「わるいやつら」
32-「鬼平犯科帳」より「エンディング」(TV)


f0147840_23432628.jpg
長谷部安春監督『野良猫ロック セックス・ハンター』左から藤竜也、安岡力也、梶芽衣子。

あくまでも「梶芽衣子関連音源」であって「ベスト・オヴ・梶芽衣子」ではないことにご注意を。梶芽衣子自身が歌った曲もあれば、映画やテレビのテーマや挿入曲もあります。たとえば、2曲目の「女番長 野良猫ロック」は、梶芽衣子も出演した『野良猫ロック』シリーズの一作目からのもので、この映画の主役、和田アキ子が歌っています。

これだけ見て、うんうん、などとうなずいちゃったりするような方は、当家の記事なんか見るまでもない通人でいらっしゃるのだからほうっておきますが、そうではない、ふつうの音楽ファン、映画ファンのために、すこしクリップを拾っておきました。

梶芽衣子 はぐれ節


玉木宏樹 大江戸捜査網


梶芽衣子 怨み節


梶芽衣子 修羅の花


銀蝶渡り鳥


野良猫ロック セックスハンター


わたしは演歌というものを聴かない人間ですが、「怨み節」(作詞・伊藤俊也、作曲・菊池俊輔)の歌詞がすごいので、うひゃあ、でした。

「花よ、きれいと、おだてられ、咲いてみせれば、すぐ散らされる、馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な女の、怨み節」とくるわけで、順序よくきれいに話が進むところは非常にけっこうです。「さだめ哀しとあきらめて、泣きを見せれば、また泣かされる、女、女、女涙の、怨み節」というセカンド・ヴァースもファースト同様のハイレベル。

f0147840_23455287.jpg

かつて、「玉木宏樹『日活での凄い体験』」という記事でご紹介した、ヴァイオリン奏者兼作曲家の玉木宏樹氏による「大江戸捜査網」は、黙って聴いていればただいい曲だと思うだけですが、カウントすると、うーん、なんだこれは、わっかんねー、という変拍子です。

だいぶ前に、「バークレー牧場」のテーマという曲をご紹介しましたが、玉木宏樹作曲の「大江戸捜査網」のテーマは、それに近いムードをもっています(オーケストレーションは会田豊)。もっと大編成にして、すこしテンポを落とせば(ついでにフレンチ・ホルンなんぞを追加したりすると)、ハリウッド製の大作西部劇のテーマとして使えるでしょう。

f0147840_234637100.jpg

それにしても、いまになって『大江戸捜査網』の詳細を見ると、本編ではぜったいに不可能な日活オールスター・キャスト&スタッフ。全盛期にこういうことを本編でやりゃあいいのに、バッカじゃなかろか>堀久作。

◆ 鏑木創、芥川也寸志 ◆◆
H2OことOさんには、今回はYouTubeのクリップだけでやる、なんてことをいってしまったのですが、梶芽衣子の歌はいいとして、インストはやはりクリップが少ないので、ちょっとだけ自前サンプルを。いや、自前といったって、もちろんOさんからの到来物のお裾分けですが。

f0147840_2346558.jpg

今回のホストはめったに使わないDivshareですが、プレイヤーが表示されるので、むずかしいことはないと思います。

サンプル 鏑木創「M4」(『三人の女 夜の蝶』より)
サンプル 芥川也寸志「M1」(『わるいやつら』より)

鏑木創(かぶらぎ・はじめ)のことは何度か書いたようなつもりになっていましたが、検索では引っかかりませんでした。『東京流れ者』のスコアを書いているのですが、あの記事では主題歌と挿入歌の話に終始してしまい、スコアには一言もふれずにすませてしまったのでした! 鏑木創のもっとも人口に膾炙した曲は、おそらく「銀座の恋の物語」でしょう。

「M4」は日活映画『三人の女 夜の蝶』(1971年、斉藤光正監督)の挿入曲で、60年代終わりから日活映画でしばしば聴かれた、ボサ・ノヴァ風のインストです。ブラジルのボサ・ノヴァより、いくぶん湿り気があり、スロウなのが日活ボサ・ノヴァの特徴といっていいと思います。

芥川也寸志の「M1」は松竹映画『わるいやつら』(1980年、野村芳太郎監督)の(たぶん)テーマです。芥川也寸志とは思えないサウンドで、オーケストレーションはともかくとして、ベーシック・トラックはだれか若いアレンジャーの仕事ではないでしょうか。時代が変わると、芥川也寸志もこういう仕事をするようになるのか、と思いました。

f0147840_2350469.jpg

H2Oさんの見識は、この二曲の選択によくあらわれています。梶芽衣子関連音源をコンパイルするとき、彼女が歌った曲や、主演した映画のスコアだけでは不十分です。もっとスパンを大きくして、彼女が助演した『三人の女 夜の蝶』(主演女優は松原智恵子)や『わるいやつら』(同じく松坂慶子)のような映画からもいいトラックを拾いだしてこそ、コンピレーションに奥行きをあたえることができます。わたしのように映画音楽については半チクな人間には、ここまでのリーチはありません。

私信で野村芳太郎のことを話したことがあるので、『わるいやつら』を選んだことについては、ちょっとニヤリとしました。Oさんも、このところ野村芳太郎が気になり、何本かご覧になっているのではないでしょうか。わたしも、なにか取り上げようと思い、このところ二本見ました。やっぱり松本清張原作のものを取り上げることになると思います。

選曲がすべてを語っているのだから、よけいなことをいうまいと思ったのですが、やっぱりあれこれ書いてしまいました。

f0147840_23514071.jpg



metalsideをフォローしましょう



修羅の花
修羅の花


全曲集
全曲集


修羅雪姫 [DVD]
修羅雪姫 [DVD]


銀幕ロック(演歌)
銀幕ロック(演歌)

鏑木創
新宿の女/盛り場仁義
新宿の女/盛り場仁義


わるいやつら [DVD]
わるいやつら [DVD]
[PR]
by songsf4s | 2010-09-28 23:54 | 映画・TV音楽
黒澤明監督『椿三十郎』(1962年、東宝=黒澤プロ) その4

いま、この記事をアップロードしようとして、ニュース・フィードを見ました。

タバコ盗難の被害が急増 「値上がりする前に…」

落語「千両みかん」的に計算すると、値上がりする前に盗むより、値上がりしたあとで盗むほうが価値が高くなります。「値上がりする前に」盗むのはまったく論理的ではありません。

そもそも、どうせ盗むのなら、金を盗んだほうがいいでしょう。単位重量およびサイズあたりの価値は煙草より紙幣のほうがずっと高く、煙草泥棒諸君は知らなかったのかもしれませんが、紙幣貨幣は煙草と交換できます。その意味ではパチンコ玉も同じですが、こちらは単位重量あたりの価値が低いのは三歳児にもわかります。

まったく、泥棒ですら盗むべきものがわからなくなるようでは世も末の末、情けないったらありません。白痴が増殖しているのでしょう。

最近、「しんせい」だの「わかば」だのが自動販売機に復活しているようですが、値上げ後は「ゴールデンバット」を自動販売機におくようにしたらどうですか。そうじゃなければ、20本入りをやめて、10本入りにする、ですね。

昔、そういう商売があったと聞きますが、どなたか、煙草のばら売りというのをおやりになってみては如何? 20本入り400円をばらして、1本20円ではもうからないから、25円ぐらいで売るわけです。煙草会社は認めないでしょうが、蛇の道は蛇、裏でこっそりなんて、たかが煙草でスリルが楽しめるようになっていいんじゃないでしょうか。

煙草は吸わないから、なんていっていると、いろんなものが増税されますぜ。こんどは「値上がりする前に」ビールを盗むとかいう、別種の低脳泥棒があらわれるかもしれません。

◆ 「まあ、きれい!」 ◆◆
行きがかりなので、『椿三十郎』のストーリーをもうすこし追います。

大目付一派に拉致された城代家老を奪回したい、それにはどこに囚われているのかを知る必要がある、という大前提があって、三船用心棒と九人の若侍はそのために動きまわり、トラブルに巻き込まれています。

どうやら、彼らがアジトにしている平田昭彦の家の隣、通称「椿屋敷」に城代家老は監禁されているようだということがわかって、彼らはさっそくたすきがけなどして、乗り込んでいくつもりになります。

f0147840_23485736.jpg

f0147840_234975.jpg

f0147840_23491559.jpg

f0147840_23492320.jpg
城代家老の奥方と娘が庭で隣から流れてきた椿の花を見て、「まあ、きれい!」などと喜んだとたん、その流れに紙切れが沈んでいるのを見つける。これが若侍たちの血判状で、前日、城代が加山雄三から受け取って引きちぎり、袂に入れたものだった。城代は隣に監禁されていて、この血判状を見られないように、隙を見て流れに捨てたのだと彼らは結論づける。

f0147840_23493426.jpg

f0147840_23495234.jpg

f0147840_23495777.jpg

もちろん、三船用心棒は、おまえらの馬鹿にはほとほと愛想が尽きる、向こうは待ちかまえているんだぞ、と嗤います。平田昭彦が隣家との境までいって、塀の上からのぞくと、ちょっとした軍勢が警備していることがわかります。

「こうなると、敵がこちらを買いかぶっているだけに始末が悪い」と加山雄三がつぶやくと、三船浪人は「それだ!」と叫びます。うじゃうじゃ人数が集まっているのを見たと注進してやろう、そうすれば奴らは軍勢をくりだし、邸の警備は手薄になる、というのです。

f0147840_23521240.jpg

f0147840_23522158.jpg

三船用心棒が乗り込んで、警護の兵が出払って大丈夫と判断したら合図をする、ということになり、合図は、そうだな、邸に火をつける、というと、また城代の奥方に「いけませんよ、そんな乱暴な」と叱られます。

娘が、隣からこちらの庭に通じている流れに、お隣の椿の花を投げ込めばいいじゃないですか、といい、三船用心棒は、わかったわかった、そうすると、辟易しながらいいます。

f0147840_23523636.jpg

f0147840_23524439.jpg

f0147840_23525437.jpg

f0147840_235321.jpg
合図には椿の花を使うのがいい、という話から、奥方と娘は、椿の花はどちらが好きか、わたしは赤がいいと思う、いえ、やっぱり白いほうがきれいですよ、などと、いかにも女らしく、当面の問題から遊離した話になっていき、三船用心棒はうんざりしてしまう。

三船用心棒は、どこか離れた場所の寺はないか、と若侍たちにきき、光明寺がいい、というので、そこの山門の二階で寝ていて見たということにしよう、といって出かけます。

f0147840_23551172.jpg

f0147840_23552043.jpg

◆ お呼びでない? お呼びである? ◆◆
三船用心棒が出かけた直後に、こんどは断りなしに、いきなり押し入れが開き、小林桂樹が飛び出してきます。

f0147840_23554136.jpg

f0147840_23555277.jpg

f0147840_2355593.jpg

f0147840_2356890.jpg

f0147840_23561764.jpg

「光明寺の山門はただの藁屋根の門です! 二階なんかありません。山門の上で寝ていたなんて話はすぐ底が割れますよ」

なんてんで、すっかり若侍の一味徒党の気分になっているのですが、本人も、周囲も、そんなことは意識していないところが愉快なシーンです。

ともあれ、とりあえずどうにもできないので、敵もそこに気づかないほうに賭け、見張りを送り出します。しばらくすると、その物見が戻って、目論見通り、大人数が隣の邸から出て行ったと報告します。

ここで全員が手を取り合って飛び跳ね、大喜びするのですが、この仲間に小林桂樹も加わって、万歳、万歳とやってしまうのです。

f0147840_23582381.jpg

f0147840_23583252.jpg

f0147840_23584148.jpg

f0147840_23585160.jpg

f0147840_2359531.jpg

ふっと騒ぎが収まったとき、「シャボン玉ホリデー」の植木等の「お呼びでない」ギャグとまったく同じように、こりゃまたどうも、という感じで、小林桂樹は自分で押し入れに帰っていきます。

f0147840_23591355.jpg

f0147840_23591942.jpg

f0147840_23592618.jpg

f0147840_23593699.jpg

黒澤明は「シャボン玉ホリデー」を見ていたか? わたしは見ていたのではないかと思います。黒澤映画にはコメディアンがたくさん出演しているわけで(古くはエノケン、横尾泥海男、並木一路、内海突破、渡辺篤、伴淳三郎、三波伸介、後年になると植木等その人、いかりや長介、所ジョージなどなど)、監督自身、あの世界に関するある程度の知識がなければ、長年のキャスティングの傾向がああなったとは思えません。他人の推薦だけを頼りにして、こういうキャスティングのリストができるとは思えないのです。

したがって、この小林桂樹の最後のシーンも、「お呼び」ギャグを意識していた可能性ゼロとはしません。もっとも、「シャボン玉ホリデー」の放送開始は1961年で、『椿三十郎』製作の時点で、もうあのギャグが誕生していたかどうか定かではありませんが。

◆ 小さいけれど重要な役 ◆◆
小林桂樹が登場するのは、城代家老の邸の廊下(襲撃、救出シーン、台詞なし、殺陣あり)、同じく邸のまぐさ小屋(拷問のあとの奥方との対面シーン)、そして、押し入れから出てくるのが3回、最後はひとつながりのものを、シーンを割って撮っているので、計6シーン。たったこれだけにすぎません。しかし、これがあるとないでは大違いです。

三船敏郎も、さすがにギャグの受けはうまいものですが、その面であまり能動的、積極的にに動くわけにはいかず、動くのは入江たか子と小林桂樹です。『椿三十郎』が『用心棒』より決定的にすぐれているのは、ユーモアです。順序を逆にして見ると、『用心棒』はひどく暗く、陰惨な映画に感じられます。

わたしは明朗な映画のほうが好きなので、このシリーズの二篇で比較するなら、『椿三十郎』のほうが数段いい映画だと思っています。そして、そう感じる理由の大きな部分は、小林桂樹、入江たか子の演技と、さらにいえば三船敏郎の受けの演技(よけいなことだが、クリント・イーストウッドもギャグの受けはすごくうまい)です。

オリジナルの『日日平安』の段階とは、大きく構想が変わったのに、当初、主役に予定していた小林桂樹を小さな役に縮小しながらも残した黒澤明も、そのオファーを受け入れた小林桂樹も、最終的にはその判断が正しかったことを証明したと思います。

◆ 黒澤明唯一の成功したコメディー ◆◆
以上で小林桂樹追悼として『椿三十郎』を取り上げた目的は果たしたので、これ以上、プロットを深追いはしません。もちろん、万事めでたしになるタイプの映画です。

ラストの有名な殺陣は、有名だから書くまでもないでしょう。当時は評判になったシーンですし、わたしも初見のときはビックリしましたが、あれは一度見ればいいショットで、この映画の価値を左右するほど重要なものではありません。また、人を斬ったときの効果音も、大々的に使われたのは『椿三十郎』が嚆矢のようですが、そういう歴史的価値というのは、後年楽しむ場合には大きな意味はもちません。

f0147840_0131144.jpg

初見のとき、「椿屋敷」の椿の咲き方がタダゴトではなく、つくったな、と思いましたが、実体は想像を絶する作り方で、日本でああいうことをするのは黒澤明だけでしょう。15000の花を作ったそうです。葉も、椿の葉は曲がっていて萎れたように見えるので、榊で代用したのだとか。榊は椿より色が薄いので、全部塗ったという話です。いやはや。

f0147840_024240.jpg

f0147840_02523.jpg

f0147840_03634.jpg

f0147840_031322.jpg

f0147840_032137.jpg

シナリオのつくりがていねいで、小さなつなぎ目をきちんとつくってあるのがなによりも気持がいいですし、黒澤明のタイムは抜群で、小津安二郎と双璧を成す「ドラマーにもみまごう映画作家」であると納得のいく仕上がりです。

ただし、黒澤明は、これほど楽しく、気分の明るくなる映画はほかにつくっていないと思いますし、いいドラマーのプレイを聴いているようなグッド・フィーリンがある映画も、ほかにはないようです。

f0147840_013295.jpg

f0147840_0133962.jpg

f0147840_0134892.jpg

f0147840_0135838.jpg

黒澤明は、『椿三十郎』できわめてすぐれたコメディーのタイミングをもっていることを証明したのに、なぜほかにこういう映画がないのか、不思議きわまりありません。やはり野村芳太郎のいうように、橋本忍と出会わなければ、もっとべつの映画人生があったのかもしれない、と思ってしまうのでした。

f0147840_0231259.jpg



metalsideをフォローしましょう



椿三十郎<普及版> [DVD]
椿三十郎<普及版> [DVD]


原作
日日平安 (新潮文庫)
日日平安 (新潮文庫)


映画音楽 佐藤勝作品集 第13集 : 黒澤明監督作品篇
映画音楽 佐藤勝作品集 第13集 : 黒澤明監督作品篇


[PR]
by songsf4s | 2010-09-27 23:57 | 映画
黒澤明監督『椿三十郎』(1962年、東宝=黒澤プロ) その3

リンクをまちがえてしまったBuddy Emmons "Bluemmons"も、Paul Smith "Blue Moon"も、ともにアクセスが多く、ホッとしました。

有名なアーティストはほうっておいても大丈夫なのです。でも、このバディー・エモンズやポール・スミスのように、どなたでもご存知というわけではないプレイヤーの場合、紹介のときに噛んじゃったりすると具合の悪いことになるので、しまった、と後悔していましたが、事なきを得たようです。

◆ トリッキーな展開 ◆◆
今日は『椿三十郎』を完了したいと思うのですが、どうなりますやら。

ピンチはチャンス、チャンスはピンチなのかもしれませんが、三船用心棒が仲代達矢に仕事を世話してもらいに行ったあとのくだりが、この映画のシナリオ面での剣が峰です。

「『椿三十郎』その2」で書いたように、三船用心棒が出かけたあとで、残された若侍が、三船支持派と懐疑派に分かれて対立し、結局、双方から二人ずつ出して、容子を探ることになります。

三船敏郎のほうは仲代達矢と連れだって、悪党の首魁・清水将夫大目付のところに向かって出発します。どうせ仲代達矢が気づくにちがいないという判断なのでしょう、三船敏郎のほうから「つけてくるのがいるな」といい、角を曲がったところで、加山雄三、土屋嘉男、田中邦衛、太刀川寛の若侍四人組を気絶させて捕らえます。

f0147840_22315727.jpg

f0147840_22321224.jpg

f0147840_22322087.jpg

f0147840_22322940.jpg

f0147840_22323930.jpg

f0147840_22324583.jpg

f0147840_22325787.jpg

この種のアクション映画で重要なことは、主人公以下、観客が感情移入する対象を危地に放り込み、そこからどうやって脱出させるかで工夫を凝らすことです。

三船浪人は、四人の若侍をとりあえず斬らずに生け捕りにすることに成功しましたが、問題は、彼らをどうやって逃がすかです。こいつらを大目付への手みやげにしようということになりますが、その邸まで連れて行く方法が問題になり、敵に奪い返されないように護衛の手勢を呼んでこようと、使いの人間を三人やることになります。

その三人が出発した直後に、三船敏郎が、いや、三人でも危ない、俺もついて行く、と仲代達矢に断って駈けだします。シナリオ・ライター陣が脳髄を振り絞ったトリッキーなシークェンスのはじまりです。

ほんの一丁も行かないうちに、三十郎は三人の使者に追いつき、「俺もいっしょに行く」といって安心させて歩きはじめ、抜刀するや、瞬く間に三人を斃してしまいます。二太刀浴びせたのはひとりだけ、あとは一刀でおしまい。

f0147840_234154.jpg

f0147840_23414939.jpg

f0147840_2342187.jpg

f0147840_2342910.jpg

f0147840_23422573.jpg

f0147840_23424022.jpg

f0147840_23425377.jpg

いまなら細かくカットを割るでしょうが、昔の映画ではありますし、三船敏郎だから、1カットで見せます。1カットなのに、あるいは1カットだからなのか、ダイナミズム、スピード感のあるすばらしいシーンです。

邸に駈け戻ると、「いけねえ、もう三人ともやられていた」と、敵の一派の待ち伏せにあったように仲代達矢に報告します。結局、仲代達矢がひとりで手勢を呼びに出かけ、わずかな侍、足軽とともに、三船浪人はその場に残ります。

f0147840_23435192.jpg

f0147840_234416.jpg

f0147840_23441169.jpg

◆ 大殺陣 ◆◆
仲代達矢が出かけるや、三船敏郎は若侍たちを縛った縄を切りはじめ、見張りの侍に「なにをするのか」といわれると、「わからねえのか、こいつらを助けるのよ」といって、斬り合いがはじまります。

f0147840_23472371.jpg

正確かどうか自信がありませんが、時間にして約40秒間、4カットのあいだに、用心棒は二十三人を切り捨てるという、大殺戮をやってのけます。もちろん、こんなに斬れる日本刀は存在しませんが(数人斬れば、刃こぼれでささらのようになるか、曲がるか、折れるかするそうな)、三船敏郎の動きがすばらしく、ただただ見入ってしまうシークェンスです。

f0147840_2348482.jpg

f0147840_23485946.jpg

f0147840_23491266.jpg

f0147840_23492559.jpg

f0147840_23493118.jpg

f0147840_23494488.jpg

f0147840_23495387.jpg

f0147840_2350293.jpg

f0147840_23501657.jpg

f0147840_23502482.jpg

アドレナリンが体を駆けめぐっているのがよくわかる息づかいと表情で、三船敏郎は、呆然と惨状を見つめる四人の若侍のところに行くと(こういう三船敏郎の動きを追うときのキャメラ・ワークはどれもお見事)、「おまえらのおかげで、とんだ殺生をしたぜ」と吐き捨てると、ものすごいビンタを食らわせます。

f0147840_23521762.jpg

f0147840_23522571.jpg

f0147840_23523727.jpg

インタヴューで田中邦衛が、三船さんの腕力を思い知りました、といっているくらいで、ここはよくある「見切り」ではなく、ほんとうに全員を殴り飛ばしています。

田中邦衛がものすごい一打を喰らうところは、キャメラがきっちり捉えていますし、加山雄三もちゃんと殴られているのがわかります。可哀想なのは、キャメラが振られて追いつかなかった土屋嘉男と太刀川寛です。

f0147840_2353848.jpg

f0147840_2353145.jpg

f0147840_23532225.jpg

f0147840_23533174.jpg

f0147840_23534087.jpg

たぶん、キツい一打を喰らったはずですが、キャメラはその瞬間を捉えていません。まあ、いまのはNG、なんてんで、もう一度殴られるよりは、一発の殴られ損ですんでよかったというべきでしょうが!

三船敏郎とはどういう俳優だったかというなら、この三人斬殺から、二十三人殺戮、そして四人殴打を、すばらしいダイナミズム、力感、スピード感をもって、みごとにやってのけた俳優である、といえばいいでしょう。すごいの一言。

◆ 文字と映像 ◆◆
シナリオとしては、ここはトリッキーなアイディアの連続で、薄氷を踏むクリティカル・パスです。三船浪人が瞬時に思いついたトリックは、ライター陣が何時間も、何日も知恵を絞った結果でしょう。いいアイディアではありますが、演出がタコだと、ガタガタになってしまう、危険なギャンブルです。

もっともきびしいのは、三人を殺されたあと、仲代達矢がひとりで出かけるところで、これは落ち着いて考えると合理的ではありません。

さらに、三船用心棒は四人を救出したあと、逃げずに、四人に縛らせ、自分も被害者のように装いますが、これも、ボンクラならともかく、仲代達矢なら、三船敏郎一人が生き残ったことをもっと疑ったところでしょう(自分は中立の部外者だといって抵抗しなかったと説明する)。

f0147840_23564474.jpg

f0147840_23565338.jpg

f0147840_2357054.jpg

f0147840_2357746.jpg

このへんで、あれ、と鼻白まずにすむのは、ひとえに三船敏郎の力強さのおかげです。あのすさまじい瞬間的な殺戮の余韻から、観客はまだ立ち直っていないのです!

理想をいえば、どこから見ても隙のない処理で窮地を脱するほうがいいのかもしれませんが、このように、やや強引なのだけれど、映画的な処理のうまさと、大スターの迫力と、すばらしいアクションをたっぷり詰め込んで、クリティカル・パスを正面突破するのも、いかにも映画らしくて好ましいと思います。

柴田錬三郎が、たしか『七人の侍』について、あの程度のストーリーではダメだ、ということを書いていました。その通りです。小説だったら、あれは凡作です。チャンバラ小説の大家としては、あれですめば楽なものだと腹が立ったことでしょう。

しかし、『七人の侍』は小説ではありません。早坂文雄の音楽がつき、三船敏郎、志村喬、宮口精二といった俳優たちが、そして馬が、じっさいに体の動きで表現したものを、黒澤明と中井朝一がフィルムに定着したものです。

f0147840_9115894.jpg
アジトに戻った三船用心棒が、山賊の親方よろしく碁盤に坐って酒をやりながら、説教をするのが可笑しい。前列には現場にいた四人が並ぶ。左から土屋嘉男、加山雄三、田中邦衛、太刀川寛。後列左から平田昭彦、江原達治、松井鍵三、久保明、波里達彦。

f0147840_9121113.jpg

f0147840_9122244.jpg

映画というのは、たんなるストーリーでもないし、文章表現とはまったく異なる性質も持っています。『椿三十郎』の若侍救出シークェンスは、小説としては成立しないかもしれませんが(小説を読むとき、われわれは映画を見るときよりずっと冷めている)、三船敏郎が縦横に走りまわるので、観客はこの俳優のパワーに気圧されてしまうのです。

完了どころか、小林桂樹の最後のショットにもたどり着けませんでしたが、『椿三十郎』でもっとも濃密なシークェンスを細かく見たので、すっかり疲れてしまいました。次回は断じて完結することにして、今日はここまでで切り上げさせていただきます。


metalsideをフォローしましょう



椿三十郎<普及版> [DVD]
椿三十郎<普及版> [DVD]


原作
日日平安 (新潮文庫)
日日平安 (新潮文庫)


映画音楽 佐藤勝作品集 第13集 : 黒澤明監督作品篇
映画音楽 佐藤勝作品集 第13集 : 黒澤明監督作品篇


[PR]
by songsf4s | 2010-09-26 23:57 | 映画
またまたまたしても佐藤勝・武満徹『狂った果実』 補足の3 これで打ち止め総集篇
タイトル
狂った果実
アーティスト
佐藤勝(バッキー白片 on steel guitar)
ライター
佐藤勝(映画『狂った果実』より)
収録アルバム
佐藤勝作品集第16集
リリース年
1956年(録音)
他のヴァージョン
石原裕次郎
f0147840_23493768.jpg

昔から読書の秋とか、食欲の秋とか、小早川家の秋とか、麦秋(これはじつは初夏のことだそうだが!)とか、Autumn of My Madnessとか、いろいろな秋がありますが、わたしの場合は「聴欲の秋」のようです。

暑いあいだはどうも聴が進まなくて、2、3曲聴くと、もうごちそうさまと、茶碗をお膳に置いてしまっていたのですが、この数日、アルバムを通して聴けるぐらいに快復してきたのです。まあ、耳も腹と同じ、八分目ぐらいにしておくべきですが。

◆ まだあった狂った果実 ◆◆
今日は『椿三十郎』を一休みして、佐藤勝のこと、というか、当家ではいったい何度言及したのかわからないほどしばしばふれている『狂った果実』のことを少々書きます。

いやはや、『狂った果実』のテーマとスコアについては、何度補足したのかわからないくらいで、もう書くことなんかなにもなさそうなものですが、あにはからんや、それがあったのだから、わたしも驚いています。

『椿三十郎』の件で、毎度お世話になりますの「三河のOさん」とメールのやり取りをしていたら、エラいものが飛んで来ちゃったのです。『狂った果実』(映画には出てこないが、石原裕次郎がシングルにした曲)のインスト・ヴァージョンです。

サンプル 佐藤勝「狂った果実」(スティール・ギター・インスト・ヴァージョン)

バッキー白片のスティール・ギターもけっこうな、じつになんとも魅力的なヴァージョンで、映画に使わなかったのは惜しいなあと思います。と書いてから、いま、武満徹全集のライナーを読み直しました。

f0147840_2352436.jpg

ということは、このヴァージョンは未発表ではなく、映画のなかに出てきたのでしょうか。どうも記憶がなくて相済みません。チャンスがあったら、『狂った果実』を見直して、どこかに出てくるかどうか確認します。

ただし、映画から音を切り出したときに、一度音だけをちゃんと聴いたので、こんなにいい曲を聞き逃したとは、わたしとしては信じたくないところです。好ましい曲はあのときに拾い出して、サンプルにしたわけですからね。

f0147840_2354529.jpg

武満徹全集には、佐藤勝作曲のメロディーは入れるわけにはいかず、『狂った果実』のフルスコアという盤はないので、このトラックだけ宙に浮き、佐藤勝作品集の補巻である、雑纂篇とでも名づけたくなるような第16集に収録されることになったのかも知れません。

参考として、同じ曲を石原裕次郎が歌ったヴァージョンもあげておきます。作詞は石原慎太郎。

サンプル 石原裕次郎〈狂った果実〉

◆ サンプル総集篇 ◆◆
三河のOさんからは、もうひとつ、これまたすばらしく楽しいものをいただいたのですが、今夜は時間がなくなってしまったので、それは次回か、または『椿三十郎』を完結させてからご紹介することにします。

今日は、これまでのさまざまな記事のなかにバラバラに埋め込んだ、『狂った果実』関係のサンプルの総まとめをしておきます。その前に、オリジナル記事一覧をどうぞ。

中平康監督、北原三枝、石原裕次郎主演『狂った果実』
その1
その2
その3
その4

f0147840_032737.jpg

それではサンプル一覧にいきます。まずは、のちの補足記事でアップした高音質ヴァージョン。特記のないかぎり、作曲は武満徹(オーケストレーションは武満徹と佐藤勝の分担)です。

サンプル 〈メイン・テーマ〉
サンプル 〈DB4-M4〉
サンプル 〈DB8-M8〉
サンプル 〈メイン・テーマ〉(unused)

この未使用の〈メイン・テーマ〉というのは、武満徹全集収録のトラックですから、今夜の記事の主役である、佐藤勝作曲の未使用(だと思うのだが)の主題歌とは異なります。

つづいて、映画から切り出した低音質サンプル。低音質といっても、それほどひどくもないし、SEや台詞がはいっているほうが面白い場合もあります。

サンプル サンプル1(テーマ)
サンプル サンプル2(スティール&口笛)
サンプル サンプル3(ラヴ・テーマ)
サンプル サンプル4(ラヴ・テーマ、オルタネート)

最後は、劇中のパーティー・シーンで石原裕次郎が歌う(彼のシンガー・デビュー曲)〈想い出〉の低音質サンプルです。映画から切り出したもので、パーティー・シーンの直前のスコアも入れてありますし、台詞も多数です。作曲は寺部頼幸、作詞は石原慎太郎。

サンプル 石原裕次郎〈想い出〉とその前後

あとは〈想い出〉のオルタネート・ヴァージョンがあるくらいですが、それもお聴きになりますか。

サンプル 石原裕次郎〈想い出〉(スタジオ録音)

これでもう『狂った果実』という映画とそのスコアについて補足することはないだろうと願っていますが、ほとんど魔に取り憑かれたように、あとからあとからいろいろなものが飛び出してくるので、また続篇が登場するかもしれません!


metalsideをフォローしましょう



狂った果実 [DVD]
狂った果実 [DVD]



日活映画音楽集~監督シリーズ~中平康
日活映画音楽集~監督シリーズ~中平康


武満徹(7CD box)
オリジナル・サウンドトラックによる 武満徹 映画音楽
オリジナル・サウンドトラックによる 武満徹 映画音楽
(『狂った果実』は、サウンドトラックではなく、ボーナス・ディスクに武満徹のこの映画の音楽に関するコメントが収録されているのみ)


武満徹全集 第3巻 映画音楽(1)
武満徹全集 第3巻 映画音楽(1)
武満徹全集 第3巻 映画音楽(1)
[PR]
by songsf4s | 2010-09-25 23:56 | 映画・TV音楽
黒澤明監督『椿三十郎』(1962年、東宝=黒澤プロ) その2

前回の枕で、バディー・エモンズというペダル・スティール・プレイヤーのBluemmonsという曲をサンプルにしたのですが、さきほどbox.netを見たら、アクセス0でした。

やっぱりペダル・スティールはダメか、どカントリーじゃなくて、4ビートですごく面白い曲なのだが、と思ってから、いままで、一日たってもアクセス0だったものは、すべてリンクの間違いだったことを思いだし、確認しました。空リンクではないのですが、OSTフォルダー全体に対するリンクになっていて、目的の曲にはたどり着けませんでした。平伏陳謝。

f0147840_232268.jpg

すぐに修正したので、昨日、お試しになって聴けなかったという方は、以下のリンクをご利用になってみてください。なんとも表現しようのない、ジャンルに収まらない不思議なサウンドで、久しぶりに発見の興奮を味わいました。

サンプル Buddy Emmons "Bluemmons"

おっと。いま、もっとひどい間違いに気づきました。Blue Moonの5回目では、ポール・スミスのBlue Moonをアップしたはずなのに、box.netのファイルはBlue Roomとなっていて、おいおい、またファイル名をまちがえたか、と思ったら、そんな段ではなく、あらぬ曲をアップしていました。すでに多くの方がまちがった曲をお聴きになったようで、どうも失礼いたしました。平伏。いまアップし直しましたので、まだご興味がおありなら、こちらをどうぞ。これもすばらしい出来なのに、ファイルをまちがえては話がわやです。

サンプル Paul Smith "Blue Moon"

いやはや、いろいろな間違いをするものです。冷汗三斗でした。

◆ 耳から指突っ込んで奥歯ガタガタいわしたるで ◆◆
半分は偶然、半分はわたしの嗜好の偏りのしからしむる必然ですが、『椿三十郎』のスコアもまた佐藤勝によるものです。そもそも佐藤勝が多作だから当たりやすいのですが、それにしても、このところ、しじゅう佐藤勝作品です。

しかし、『椿三十郎』のフルスコアはもっていなくて、あわててわが友「三河の師匠」に救援を仰ぎ、無事、アウトテイクまで聴くことができました。三河の侍大将の支えがないと立ちゆかないブログなのです。

f0147840_23101948.jpg

だれでもすぐにわかることですが、『椿三十郎』のスコアの特徴は、パーカッションの多用と、同じことの裏返しですが、メロディーとハーモニーの不在、といってはいいすぎ、「微少さ」といっておきましょう。

いや、「パーカッションの多用」だけでは、やはり佐藤勝が書いた『用心棒』のスコアと同じになってしまいます。『用心棒』と『椿三十郎』のスコアのあいだには、厳としたちがいがあります。キハーダ(quijada)の有無です。

サウンドと奏法のわかりやすいものというと、これしか見つけられなかったのですが、よろしかったら、メキシコのキハーダという打楽器をご覧ください。全部見ることはありません。冒頭の2、3小節で十分です。



この楽器は、牛や馬などの頭部をよく干し、骨と歯だけを残してつくるのだそうです。ま、早い話が、楽器というより、馬のシャレコウベ。考えてみると、あまりプレイしたくなるような代物でもありません!

キーポイントは歯肉を落とすことで、その結果、骨と歯のあいだに隙間ができ、叩くと両者がふれあうカラカラという音が生じます。このクリップでわかることは、ヘラのようなものでこすってギロのような音を出すのと、拳で叩いてrattling、つまりカラカラという音を出す、二種類の奏法があるということです。

つぎは『椿三十郎』の冒頭、東宝ロゴからタイトルにかけて流れるトラックです。

サンプル 佐藤勝「タイトル・バック」(『椿三十郎』より)

以上、キハーダがフィーチャーされていることがおわかりでしょう。

◆ デファクト・スタンダードの創造 ◆◆
歌舞伎の鳴物に、拍子木で板を強く叩く派手な効果音がありますが、あれに似た、この椿三十郎の「タイトル・バック」のような、キハーダの時代劇スコアへの応用というのはクリシェだと思っていました(さらにいえば、イタロ・ウェスタンにまで利用された)。

Titoli (『荒野の用心棒』挿入曲。多くの人が勘違いしているが、この曲はテーマではない。テーマは別にある。鞭の効果音はキハーダではないのかもしれないが、受ける印象は同じなので、佐藤勝に影響を受けた可能性はあると考える)


しかし、佐藤勝ですからね。しかも、黒澤映画のスコアです。クリシェを提出する状況でもなければ、クリシェにOKを出す監督でもありません。

わたしには日本映画音楽史の知識などありませんが、状況から想定できることは、佐藤勝はキハーダを歌舞伎の鳴物的に時代劇に利用する手法を『椿三十郎』で創始し、後続の作曲家たちがこのアイディアを遠慮なく頂戴した結果、「時代劇にはキハーダ」というのがクリシェに「なってしまった」、ということです。

f0147840_2312153.jpg

「三河の師匠」はほんとうに親切な方で、いつもわたしの救援要請に即座に答えてくださるばかりでなく、ブログに書くときの参考にと、ライナーや録音データの完全なスキャンをつけてくださいます。それによると、やはり、後年、こうしたキハーダの使い方はテレビ時代劇で大々的に利用されることになったそうです。そうか、そうだよな、佐藤勝と黒澤明だもの、工夫をしたに決まっているじゃないか、でした。

続篇としての連続性を維持するために、『椿三十郎』では『用心棒』のモティーフも使っているので、念のために、そちらのほうのサントラもざっと聴きました。太鼓や拍子木(ないしは西洋のウッドブロック)などのパーカッションを柱にしたサウンドであることは同じですが、まだキハーダは登場していません。『用心棒』で拍子木を多用した結果として、その延長線上にキハーダの利用を思いついたのではないでしょうか。

f0147840_23143263.jpg

佐藤勝が『椿三十郎』でオリジネートした「太鼓とキハーダを特徴とする、いかにも時代劇らしい勇壮なサウンド」は、その後、この分野の事実上の標準となり、無数にコピーされた、ということを確認させていただきました。耳慣れた音楽に聞こえるとしたら、そういう事情によるのであって、佐藤勝がクリシェにもたれかかって仕事をしたわけではありません。

◆ ニアミス ◆◆
いま、とんでもないミスをしたときに感じる、腹のなかで出合ってはいけないものが出合って、不快な化学反応を起こしたような感覚がありました。時代劇におけるキハーダの利用を佐藤勝の創始と断じるだけの十分な材料を、おまえはもっていないだろうが、という声が聞こえたのです。

ほら、あの曲があっただろ、あれはいつのものだ、いますぐ調べろ、とわが内なる声が叫んだので、あわててプレイヤーにファイルをドラッグしました。



このクリップ、冒頭のティンパニーが聞こえません。印象的な入り方なので、音だけのサンプルもあげておきます。

サンプル 芥川也寸志「赤穂浪士」

この大河ドラマのテーマは子どものころ大好きで、いま聴いてもいい曲だと思います。いや、問題はこれがいつのものかということです。1964年正月から放送がはじまったとありました。『椿三十郎』は1962年1月1日に封切りだそうですから、2年早かったことになります。

そもそも、こちらの曲に使われているパーカッションは、キハーダではなく、拍子木かスラップスティックか、なにかそういうものかもしれません。ただ、『椿三十郎』に印象の似たパーカッションの使い方ではあります。

f0147840_23154279.jpg

それにしても、『赤穂浪士』の配役を見ると、すごいものです。当時、本編ではこれだけの配役ができる大作はなかったでしょう。もうひとつ、『花の生涯』も見てみましたが、これも仰天のハイパー豪華キャスト。オールスター映画5本分ぐらいの豪華さです。ヒットするはずですよ。やがてわたしは大河ドラマというのが大嫌いになりますが、『花の生涯』と『赤穂浪士』だけは、じつに熱心に見ました。キャストを見れば、それも当然です。尾上松緑(『花の生涯』)と宇野重吉(『赤穂浪士』)は深く印象に残りました。

◆ 転向者 ◆◆
『椿三十郎』のストーリーを追うつもりはなかったのですが、小林桂樹の登場場面を説明しようとすると、やはりそうなってしまうようです。

冒頭の神社のシークェンスで三船浪人の腕に感銘を受けた室戸半兵衛(仲代達矢)は、仕官したいのなら、俺のところに来いと言い残します。三船用心棒は、あとでそのことを思いだし、ちょっと菊井のところに行ってくる、といってアジトを出て行きます。

f0147840_23493187.jpg

f0147840_23493923.jpg
椿三十郎が室戸半兵衛に会おうと大目付の邸の門前に立つきわめて印象的なシークェンス。通用口を叩いて門番を呼び出し、室戸に会いたいというと、いまはそれどころではないといわれてしまう。

f0147840_23494781.jpg

f0147840_23495419.jpg
なんだというのかと思うと、門が開いて、「出陣」の騒ぎがはじまる。

f0147840_2350227.jpg

f0147840_235096.jpg

f0147840_2350259.jpg
あおり気味に撮りはじめて、しだいにティルト・ダウンして、ものものしさを強調している。ただし、現実にこのように馬前を横切ったりしたら、即座に首を飛ばされる。

f0147840_23503125.jpg

f0147840_23504143.jpg

f0147840_23505265.jpg

f0147840_2351048.jpg

観客には、これは相手の懐に入りこんで容子を探るためとわかりますが、残された若侍たちは、三船浪人を信じる一派と、あいつは金欲しさに裏切ったのだという一派に分かれて議論になります。

議論が白熱したところで、ちょっと失礼します、という声が聞こえ、全員が押し入れのほうを見ます。

f0147840_022522.jpg

すると、小林桂樹見張り侍が押し入れから出てきて、わたしもあの浪人を信用します、城代の邸から逃げるときに、奥方の踏み台になったじゃないですか、あれは奥方の人柄にうたれたからです、それだけとっても、あの人がいい人間だということがわかります、と、いうだけいうと、また自分で押し入れに戻っていきます。

f0147840_04165.jpg

f0147840_042410.jpg

f0147840_043229.jpg

f0147840_044886.jpg

f0147840_045865.jpg

f0147840_05426.jpg

f0147840_051363.jpg

f0147840_052298.jpg

ここで小林桂樹登場はこの映画のなかのルーティンになるわけで、ギャグというもののあらまほしき姿を体現しています。

◆ ハル・ブレイン的役割 ◆◆
小林桂樹はインタヴューでこういっています。

「監督さんはわりあいに、ほっといてくれたというか、わたしが調子を出して一所懸命やると、黙って、よく笑って見ていてくれていましたからね」

f0147840_075941.jpg

黒澤明は俳優のアドリブなどめったに許す監督ではありません。『日日平安』の段階では主役だった小林桂樹の役は、『椿三十郎』では、なくても話の運びには影響しない軽い役に縮小されたのですが、それでも削除しなかった、あるいは、それでも小林桂樹に振ったのは、いい判断だったと思います(もちろん、黒澤映画だから、小林桂樹も承知したのだろうが)。

小津安二郎の映画で、自主的に演技することを望まれていたのは杉村春子だったそうです。この女優も、小林桂樹と同じようなことを、たとえば『晩春』について回想しています。

f0147840_08171.jpg

フィル・スペクターは、小津安二郎のようにガチガチに固めていくタイプのプロデューサーでしたが、好き勝手にやっていいとカルト・ブランシュを渡していたプレイヤーが一人だけいました。ドラムのハル・ブレインです。

自分の世界ができあがっている巨匠というのは、だれか、自分にはない要素をもった、すぐれたパフォーマーを必要としたのではないでしょうか。隅々までみずからの意思を浸透させ、作品を堅牢につくりたいという衝動があるいっぽうで、そこに意想外のもの、異質な要素が入ってきて、硬直を防いで欲しいとも願っていたのだろうと思います。

黒澤明は、成瀬巳喜男の演出についてこういっています。演技が気に入らないと、成瀬さんは、ただ「そうじゃない」というだけで、それ以上の説明をしたり、指導をしたりすることはなかった、俳優は自分で考えなければいけなかったのだ、ひるがって、自分は黙っていることができず、こうやるんだと指示を与えてしまう、溝さん、小津さん、成瀬さんに鍛えられた俳優たちは力があって、自分で演技を考えることができた、と。

f0147840_0314170.jpg
右から山村聡、成瀬巳喜男、原節子

小林桂樹に自由に演技をさせたとき、黒澤明は先達のことを思っていたのかもしれません。

『椿三十郎』は二回で十分だろうと思ったのですが、黒澤明と佐藤勝が相手ではそうは問屋が卸さないようで、もう一回延長することにさせていただきます。


metalsideをフォローしましょう



椿三十郎<普及版> [DVD]
椿三十郎<普及版> [DVD]


原作
日日平安 (新潮文庫)
日日平安 (新潮文庫)


映画音楽 佐藤勝作品集 第13集 : 黒澤明監督作品篇
映画音楽 佐藤勝作品集 第13集 : 黒澤明監督作品篇



Steel Guitar Jazz
Steel Guitar Jazz


Amazing Steel Guitar: The Buddy Emmons Collection
Amazing Steel Guitar: The Buddy Emmons Collection



芥川也寸志の芸術/蜘蛛の糸~芥川也寸志管弦楽作品集
芥川也寸志の芸術/蜘蛛の糸~芥川也寸志管弦楽作品集


[PR]
by songsf4s | 2010-09-24 23:55 | 映画
黒澤明監督『椿三十郎』(1963年、東宝=黒澤プロ) その1

前回完了したBlue Moon特集のために、当然、HDDを検索して、わが家にあるすべてのBlue Moonをプレイヤーにおいて聴きくらべました。

そのなかに、Blue Moonとはぜんぜん関係のないインストが入っていて、タグを見たら、タイトルはBluemoons、アーティストはバディー・エモンズとなっていました。Blue Moonではないのですが、ちょっとしたトラックです。

f0147840_2301920.jpg

ついでだから、グラム・パーソンズのアルバムでプレイしたことぐらいしか知らなかったこのペダル・スティール・プレイヤーのことを検索してみました。ディスコグラフィーを眺めていて、違和感があったので、よくよく見つめたら、Bluemmonsというタイトルになっていて、笑いました。文字が重なるとタイプミスをしやすくなります。

と思ってから、はたと気づきました。「このプレイヤーの名前はなんだっけ? Emmonsじゃないか!」つまり、Blueと名前を合成した造語だったのです。ということは、Bluemoonsというタグのほうが間違いだったことになります。

f0147840_2314070.jpg

このSteel Guitar Jazzというアルバムのオープナーはなかなかのものなので、袖すり合うも多生の縁、サンプルにしてみました。4ビートとペダル・スティールの組み合わせ自体がめずらしいのですが、ここまでホットなのはまずないでしょう。

サンプル Buddy Emmons "Bluemmons"

f0147840_232268.jpg

アルバムの他のトラックも気になるかもしれませんが、Bluemmonsほど盛り上がる曲はほかにありません。だからアルバム・オープナーにしたのでしょう。

◆ 九人の馬鹿侍 ◆◆
さて、本日は、『江分利満氏の優雅な生活』に引きつづき、小林桂樹追悼です。



黒澤明映画を取り上げたって、いいことはなにもないのですが(1.めずらしくもないので当ブログの独自性を高めることはない、2.すでに大家気鋭がさまざまな言語で千万言を費やして語っているので、いまさら付け足すことはなにもない、3.うるさいファンが山ほどいて、なにかまちがえると、いらぬ面倒ごとを呼び寄せる恐れがある)、小林桂樹の映画というと、わたしは真っ先に『椿三十郎』を思い浮かべるのでして、この際だから、食い逃げのように、さっと書いてみるか、と思ったしだいです。

f0147840_2334677.jpg

多くの方がこの映画のことはご存知でしょうが、概要を書いておきます。前年の『用心棒』が大ヒットしたために、黒澤明は東宝から続篇の製作を要請されます。そこで黒澤明は、かつて弟子の堀川弘通のために書き、結局、実現しなかった山本周五郎原作の『日日平安』のシナリオに、『用心棒』で三船敏郎が演じた、名なしの浪人のキャラクターをはめこみました。

どことも知れぬ神社のお堂に九人の若侍があつまって、藩政改革について議論しています。代表者(加山雄三)が城代家老に意見書を提出したときの経緯を仲間に説明しているところです。彼は、家老にはまったく相手にされず、意見書は引きちぎられてしまったと仲間に報告します。

f0147840_235632.jpg

そこで、菊井という大目付(清水将夫)にあたってみたところ、こちらはよく話を聞いてくれ、ほかの同士の諸君も会いたいといわれた――。

などといっているところに、お堂の奥からむさ苦しい身なりの浪人(三船敏郎)が、大あくびをしながらあらわれます。

f0147840_2353597.jpg

f0147840_2354969.jpg

f0147840_2355924.jpg

f0147840_236854.jpg

三船浪人は、さっきから話は聞いていた、岡目八目で当事者よりよく事情が見える、おまえたちは騙されている、と忠告します。

若侍たちは、この不作法な浪人を警戒しますが、お堂が大目付の手の者に包囲されたことがわかって、三船浪人の解釈の正しさはたちまち証明されます。この浪人が、頼りない九人の若侍を助けて、藩を牛耳ろうとする悪人たちを一網打尽にし、囚われた城代家老を救出するというのが、『椿三十郎』という話の骨子です。

f0147840_2361746.jpg

f0147840_2362514.jpg

f0147840_2364419.jpg

物語のプロットなどというのは、いくつかに分類できてしまうほどで、あまりたいした意味はありません。『椿三十郎』が稀有な映画になったのは、もっぱら黒澤明のディテールの描き方のうまさによります。

まあ、そんなことはたぶん多数の言語で繰り返し書かれているでしょうけれど、多数派はおそらく『生きる』や『七人の侍』を最上位におき、『用心棒』との比較においてすら、『椿三十郎』を下風に立たせるでしょう。わたしは、黒澤明の全作品のなかで『椿三十郎』がもっとも好きです。『用心棒』との比較でも、宮川一夫の撮影に気持は残るものの、この続篇のほうが数段好ましく感じます。

◆ 細やかなディテールの表現 ◆◆
インタヴューによると、小林桂樹は堀川正通監督『日日平安』の段階で主役を演じるよう依頼されていて、その役が『椿三十郎』にもスライドしたのだそうです。周五郎の『日日平安』は読んでいませんが、派手なアクションものを書く作家ではないので、小林桂樹が「地味な」主人公をやる予定だったというのは、さもありなん、です。目を吊り上げ、肩を怒らす改革派のあいだを泳ぎわたって、とぼけたことをいいつつ、改革を成功に導く、といったあたりなのではないでしょうか。

f0147840_23192654.jpg

しかし、三船浪人の登場で、この役は脇に押しのけられ、「見張りの侍A(木村)」なんてことになってしまいます。ところがどっこい、「A」に格下げされても、さすがは小林桂樹、じわじわとプレゼンスを強めていき、映画を見終わったときには、「あの小林桂樹の役がきいているなあ」と思わせてしまうのです。

f0147840_23193863.jpg

お堂を包囲されて窮地に陥った若侍たちを救うと(さすがは三船、この殺陣の動きはすばらしい。いくら撮りようと編集でごまかしがきくといっても、アクション映画の基本は体技、キレのある動きができる俳優が演じてこそ盛り上がる)、この数日メシを食っていないといって金を要求し、じゃあ、しっかりやれよ、と去ろうとして、いかん、と坐り直します。俺がその菊井という目付だったら、邪魔な城代を亡き者にする、急いで城代の安否をたしかめろ、と示唆します。

f0147840_23212224.jpg

f0147840_23213254.jpg

f0147840_23214063.jpg

f0147840_23214641.jpg

九人とともに三船浪人が城代の邸に忍びこむと、案の定、一見静かだった邸には、菊井の手のものが入りこんで警戒していました。この点をたしかめるときに、三船敏郎が、その池には魚がいるか、ときき、加山雄三が、大きな鯉がたくさんいるとこたえます。

それなら大丈夫だろうという思い入れで、三船浪人が石を池に投げ込むと、とたんに障子が開いて、大刀を手にした侍たちが、何者、と誰何します。これで、城代家老がすでに殺されたか、悪人たちに監禁されたであろうことが、視覚的に確認されます。

f0147840_23271556.jpg

こういう処理というのは、一見、なんでもない、ささやかなものです。しかし、『椿三十郎』という映画のもっとも美しいところは、こうしたディテールのひとつひとつをまったくおろそかにせず、どのつなぎ目でも、小さな工夫をし、きちんと処理して話をつなげている点です。

とりあえずいいアイディアが出てこなかったからここは強引に押し通る、などという横着なことはまったくしていません。納得のいくアイディアが出てくるまでは、黒澤明がOKを出さなかったのではないでしょうか。シナリオの教科書であり、物語作りの根本にこれほど忠実な作品は、日本映画ではめったにお目にかかれるものではありません。

f0147840_23303056.jpg

f0147840_23304112.jpg

◆ 見張りの侍A登場 ◆◆
善後策を練るために、三船浪人と九人の若侍は城代の邸の厩に移ります。そこに、逃げてきた女中が通りかかって、城代はどこかに連れ去られ、その奥方と娘は邸に軟禁されている、という事情がわかります。

見張りの侍たちにたらふく飲ませておけ、といって女中を戻し、三船浪人以下若侍たちはしばし時を稼ぎ、ころやよしと見ると、見張りを倒し、目星をつけた部屋に踏み込んで、城代の奥方(入江たか子)と娘(団令子)を救出します。

f0147840_23335378.jpg

f0147840_2335432.jpg
小林桂樹(左端。顔は見えない)が殺陣をやったのは『椿三十郎』だけではないだろうか。三船敏郎に鞘で突かれて倒れるところ。

f0147840_23353453.jpg

f0147840_2341359.jpg

三人の見張りのうち、ひとりだけ生きて捕らえられたのが「A」すなわち小林桂樹です。清水将夫大目付一派の事情を探るために、小林桂樹だけは生かしておいたのですが、結局、なにも吐かず、田中邦衛が「こいつをどうするんだ」というと、三船敏郎は「顔を見られたんだ、叩き斬るしかねえ」とあっさりいいます。しかし、入江たか子奥方は「いけませんよ、そんな。すぐに殺すのはあなたの悪いくせです」と叱りつけます。

f0147840_23462946.jpg

f0147840_23464785.jpg

f0147840_23465442.jpg

この入江たか子が、娘役の団令子とともに、じつに間延びしたいい味を出しています。椿三十郎のワイルドな味と、家老奥方のほわんとした味は、なんともいえない対比を成して、この映画を豊かにする大事な役割を演じます。

f0147840_2348451.jpg

f0147840_23481341.jpg

f0147840_23482363.jpg

清水将夫大目付の策略にのせられて、わずかな供回りの大目付たちを襲おうとし、幸運な偶然のおかげで(ここの処理もじつにうまい)、罠に陥るのを免れた若侍たちが三十郎とともにアジトに戻ると、小林桂樹が、閉じこめてあった押し入れから外に出て、乾いた服に着替えて(泉水に顔を押しつけられるという拷問を受けた)食事をしています。

f0147840_23545097.jpg

呆気にとられている若侍たちに、小林桂樹は、城代家老の奥方が出してくれた、とこたえ、この家の主である平田昭彦が「あ、こいつ、俺のいちばんいい服を着ている」というと、それも奥方が、といいます。

f0147840_2355081.jpg

f0147840_23551043.jpg

加山雄三に「しかし、貴様、なぜ逃げなかった」ときかれると、奥方はわたしが逃げるなんてことはこれっぱかりも考えていません、そこまで信用されては逃げるわけにはいかないでしょう、と平然としたもので、また食事を再開します。

f0147840_23552433.jpg

f0147840_23553580.jpg

f0147840_23554271.jpg
どうも失礼しました、と自分で監禁場所の押し入れに戻る小林桂樹扮する見張りの侍。

このあたり、じつになんとも可笑しくて、愉快な気分になります。この続篇では、『用心棒』になかったユーモアを加えるというのは、当初からの考えだったようですが、それはみごとに成功し、『椿三十郎』の『用心棒』を上まわる大きな魅力になっています。そして、そのユーモアのかなりの部分は、小林桂樹という役者の力に負っています。

インタヴューで、ものを食べながらの演技のことをきかれ、小林桂樹は、ラヴ・シーンは下手だけれど、食べる演技はうまいと人からも褒められる、と笑って答えています。口に食べ物が入っていても、ちゃんとセリフがいえるのだとか。なるほど、そういうのもスキルの一種なのですねえ。考えてみれば、噺家にとっては食べる描写も重要な技芸なのだから、俳優にとっても同じなのでしょう。

f0147840_23555896.jpg

ここからが小林桂樹の本領発揮で、ポイント、ポイントで押し入れから出てきては活躍することになりますが、残りは次回ということにして、本日はこれまで。


metalsideをフォローしましょう



椿三十郎<普及版> [DVD]
椿三十郎<普及版> [DVD]


原作
日日平安 (新潮文庫)
日日平安 (新潮文庫)


映画音楽 佐藤勝作品集 第13集 : 黒澤明監督作品篇
映画音楽 佐藤勝作品集 第13集 : 黒澤明監督作品篇



Steel Guitar Jazz
Steel Guitar Jazz


Amazing Steel Guitar: The Buddy Emmons Collection
Amazing Steel Guitar: The Buddy Emmons Collection


[PR]
by songsf4s | 2010-09-23 23:56 | 映画
サンプラー Blue Moon その5 by Bob Dylan
タイトル
Blue Moon
アーティスト
Bob Dylan
ライター
Lorenz Hart, Richard Rodgers
収録アルバム
Self Portrait
リリース年
1970年
他のヴァージョン
The Ventures, Julie London, the Marcels, Elvis Presley, Frank Sinatra, Bruce Johnston, Cliff Richard, Ten Tuff Guitars, Percy Faith, Paul Weston, Jimmy McGriff, Jorgen Ingmann, Santo & Johnny, Leroy Holmes, Sy Zentner, Sam Cooke, Nat King Cole, Django Reinhardt
f0147840_2356877.jpg

(お詫びと訂正 ポール・スミスのBlue Moonをアップしたつもりが、まちがってBlue Roomをアップしていました。すでに多くの方がまちがったファイルを試聴なさったあとで、お詫び申し上げます。正しいものと交換したので、よろしければ、このすばらしいトラックをお楽しみください。2010年9月24日午後11時半)

いやはや、暑い仲秋の名月ですが、予定通り、ギリギリでBlue Moon棚卸しを今晩で終えることにします。もう一回ぐらいはできそうなだけのヴァージョンがありますが、腹八分目にしておくほうが上品でしょう。

昔の記事を読み返して間違いを見つけるのは毎度のことですが、さっき、2007年のBlue Moon by the Marcelsを読み返して、ひどい間違いをしていたことに気づき、あわてて修正しました。あんまりひどい間違いなので、口をぬぐって、なかったことにしちゃいます。

ヴェンチャーズのギターについてもふれているのですが、これは現在とは考えがちがうものの、まあ、この程度の誤解はありがちなこととみなし、そのまま訂正せずにおきました。

◆ ボブ・ディラン盤 ◆◆
今日の看板は、オリジナル記事でも好みだと書いたボブ・ディラン盤です。動画があるかと思って検索したら、よそさんが4sharedにアップしたサンプルが引っかかったので、今回はそのまま拝借することにしました。

サンプル Bob Dylan "Blue Moon"

オリジナル記事にも書きましたが、Self Portraitほどファンや評論家に嫌われたディランのアルバムはあまりないでしょう。わたしはディラン・ファンでもなければ、評論家でもないから当然ですが、Self Portraitが大好きです。

Nashville Skyline、Self Portrait、DYLANという「歌うディラン」時代は面白かったのですが、その前後はそれほど好きではありません。つまり、歌手ディランはまだしも、ソングライター・ディランにはそれほど興味がなかったのです。やっぱりヴァースは三つぐらいが限度でしょう!

f0147840_2340890.jpg

f0147840_23402820.jpg

f0147840_23403629.jpg

Self Portraitはなぜあれほどひどいアルバムになったか、なんてことを必死で弁じ立てているサイトがあって、そもそも、これはアルバムにしようと思ったものではなく、たんなるウォーム・アップにすぎなかった、としています。

はて? それはないでしょう。これだけの録音をするには、ちょっとしたコストがかかります。一万ドルは堅いところです。ディラン自身やザ・バンドの連中のナッシュヴィル滞在費までいれたら、いくらになることやら。Self Portraitがダブル・アルバムなうえに、そのアウトテイクを集めたLPまであるわけで(さらに近年はそこにアウトテイクが加えられた)、LP三枚分のセッションをやってご覧なさいというのです。

f0147840_115644.jpg音楽的な面に目を向けるなら、このアレンジ、サウンドはなんのためなのか、ですよ。ウォーム・アップなら、3リズムぐらいで十分ですし、ギターの間奏なんか、はじめから無用です。あとからリリースすることになって、オーヴァーダブされた、なんて入れ方じゃないのは、耳のある人間にはわかります。Belle Isleなんか、ちゃんとギターの場所がつくってあるじゃないですか。

そもそも、たかがウォーム・アップのために、ナッシュヴィルまで行く人間がいるのか、それだけでも、うなずけない話です。ウォーム・アップ説は、Self Portraitを亡きものにしたい、ディラン・ショーヴィニストの陰謀でしょう。いいアルバムだ、と認めちゃったほうが、よほど楽だと思うのですが!

ともあれ、ディランのBlue Moonは、Self Portraitというディランとしては例外的な、きわめてウェル・メイドなアルバムのなかでも、とくにソフィスティケートされたトラックで、じつに気持のいい仕上がりです。やればできるじゃないか>ボビー。

◆ ジョー・オズボーン? ◆◆
Self Portraitの最近のクレジットを眺めたのですが、LPのころのパーソネルとはすこしちがうような気がしました。ドラマーが増えているような気がしますし、ジョー・オズボーンの名前はLPにはなかったと思います(わたしの勘違いかもしれないので、そうであるなら、乞ご指摘)。

どの記事だったか、Self Portraitのクレジットには、ハリウッドのエース・トランペッター、オリー・ミッチェルの名前があるので、ハリウッド録音(またはオーヴァーダブ)のトラックがあるのではないか、と書きましたが(オリー・ミッチェル・オフィシャル・サイトの顧客リストでも、ディランの名前を確認できる)、ジョー・オズボーンの名前まであるのでは、いよいよ疑問はふくれあがります。

f0147840_23443478.jpg
オフィシャル・サイトを見てはじめて知ったのだが、オリー・ミッチェルも回想記を出版した。直販のみかもしれないので、ご興味のある方はオフィシャル・サイトのほうをご覧あれ。

ジョー・オズボーンはいずれナッシュヴィルに引っ越しますが、それはもっとずっと後年のことです。70年代前半はまだハリウッドで忙しく働いていました。記憶している有名どころをあげるなら、カーペンターズはほとんどすべてオズボーンのプレイですし、ジョニー・リヴァーズやフィフス・ディメンションのヒット・シングルもあります。

それがSelf Portraitでプレイしたとなると、ハリウッド録音か、またはオリー・ミッチェルとともにナッシュヴィルに呼ばれたことになります。後者の可能性は低いと思います。わざわざ呼んだら、それだけの仕事をしてもらうことになりますが、Self Portraitには、いかにもオズボーンというプレイがあふれてはいません。ほんの一握りしかプレイしていないのではないでしょうか。そんなプレイヤーをアゴ足つきで呼ぶ馬鹿はいません。

f0147840_23445265.jpg

呼ばれるほうだって、ハリウッドで稼いでいる分の補償をつけてくれないかぎりは行けません。全盛期のジョー・オズボーンを数日買い切ってごらんなさいな、エラい金額になりますよ。そんなことをしなくたって、ナッシュヴィルにもいいプレイヤーはいます。だから、あとでささやかなオーヴァーダブをしたか、LAに立ち寄ったおりに軽いセッションをしたのでしょう。ディランはレッキング・クルーとは無縁と思っていましたが、オリー・ミッチェルについでジョー・オズボーンの名前が出てくるようでは、そのうちにハルの名前も出てきかねません!

◆ ポール・スミスの予見的サウンド ◆◆
もう一曲は4ビートのピアノ・インストにしました。といっても、ポール・スミスというピアノ・プレイヤーのリーダー・アルバムというだけの意味であり、ピアノを前面に押し立てた泥臭いサウンドではありません。リード楽器は木管やギターだったりするのです。

サンプル Paul Smith "Blue Moon"

f0147840_23451730.jpg
Paul Smith "Liquid Sounds" (1954)

Paul Smith - piano
Abe Most - clarinet
Julius Kinsler - flute/alto sax
Tony Rizzi - guitar
San Cheifetz - bass
Alvin Stoller/Irv Cottler - drums

このアルバムを聴こうと思った理由は、アルヴィン・ストーラーとアーヴ・コトラーという「『わたしの時代』より昔のハリウッドのレギュラー」である二人のエース・ドラマーを、同じコンテクストで比較できると思ったからです。ところが、トラック単位のクレジットはなく、どのトラックでどちらが叩いたかはわかりませんでした。どちらのプレイにせよ、やはりタイムがよく、いかにもセッション・ワークに適したタイプです。

トニー・リジーのギターは、手放しで賞賛するわけにはいきませんが、この耳タコの曲になんとか新鮮な感覚を与えようとしているところは、好ましく感じます。

f0147840_23502352.jpg

しかし、このトラックのなによりもいい点は、イントロからエンディングまで、きっちりとアレンジされ、インプロヴは最小限に抑えていることです。その意味で、4ビートとはいいながら、ポップ系インストゥルメンタルと同じ考え方でつくられているのです。

たとえば、ピアノとギターが、あるいは、フルートとギターが、あるいはクラリネットとピアノが、同じフレーズを弾くという、ブライアン・ウィルソン名づけるところの「第三の音」効果を最大限に活用したアレンジをしているわけで、レス・ポールとフィル・スペクターの中間にある「サウンド・オン・サウンド発展史のミッシング・リンク」とでもいいたくなるような先見的サウンド、60年代ハリウッド・ビート・ミュージック的方向性をもっています。

同じ4ビートでも、モダン・ジャズはぜったいにこういうことはしません。アレンジらしいアレンジもなく、たんにテーマだけがあって、あとは成り行きにまかせるのが彼らのやり方です。ポール・スミスのBlue Moonには、成り行きで出てきた音はほとんどありません。プレイヤーの自由裁量の入りこむ余地のあまりない、ほぼ完全な設計図をつくってから、それに沿ってプレイしているのです。

f0147840_2351122.jpg

これはジャズの行き方ではなく、ポップの行き方であり、わたしが好むのは、こういう考え抜かれたサウンドです。うーん、ディランじゃなくて、こちらを看板に立てるべきだったか!

本を読み、音楽を聴き、映画や絵画を見るのは、「セレンディピティー」=予期せぬ遭遇の連続ではありますが、それにしても、ポール・スミスのアルバムLiquid Soundsほどのセレンディピティーはそうはありません。なんでも聴いてみるものです。


metalsideをフォローしましょう


ボブ・ディラン
Self Portrait
Self Portrait


ポール・スミス
リキッド・サウンズ(完全限定生産/紙ジャケット仕様)
リキッド・サウンズ(完全限定生産/紙ジャケット仕様)
[PR]
by songsf4s | 2010-09-22 23:54 | Harvest Moonの歌
サンプラー Blue Moon その4 by the Ventures
タイトル
Blue Moon
アーティスト
The Ventures
ライター
Lorenz Hart, Richard Rodgers
収録アルバム
The Colorful Ventures
リリース年
1961年
他のヴァージョン
Julie London, the Marcels, Elvis Presley, Frank Sinatra, Bob Dylan, Bruce Johnston, Cliff Richard, Ten Tuff Guitars, Percy Faith, Paul Weston, Jimmy McGriff, Jorgen Ingmann, Santo & Johnny, Leroy Holmes, Sy Zentner, Sam Cooke
f0147840_23505084.jpg

当地は今日も猛暑で、明日は仲秋の名月がきいてあきれます。しかし、仲秋の名月だからBlue Moonを、という発想自体が和洋折衷で、かならずしも当然とは云えないので、まあ、どうでもいいかあ、です。

それにしても、この暑さはどういうのでしょうか。天気予報では明日はさらに気温が上がるそうで、異常といっても限度があるだろう、Endless Summerなんてアルバム・タイトルならけっこうかもしれないけれど、現実の気候としてはぜんぜんけっこうじゃないぞ、です。

◆ 初期ヒット・レシピ ◆◆
歌もののBlue Moonはもう1ヴァージョン取り上げようと思っていますが、今日はインストを看板にしました。

ヴェンチャーズのBlue Moonは、4枚目のアルバム、The Colorful Venturesのオープナーであり、また、ドールトンからの6枚目のシングルとしてリリースされました。

f0147840_2315424.jpg

ファンならどなたでもご存知のように、Walk Don't Runの大ヒットにあやかって、ヴェンチャーズはその後、Perfidia、Lullaby of the Leavesと、同じようなアレンジ、サウンドのシングルをつづけます。

どういうサウンドだなどと言葉で説明してもしかたないので、クリップをどうぞ。いや、いくらなんでもWalk Don't Runは省きましたが。

The Ventures - Perfidia


The Ventures - Lullaby of the Leaves


これまたファンの方ならご存知のように、かつてのツアーでは、Walk Don't Runからはじまって、この初期のヒット3曲を、ボブ・ボーグルがギター、ノーキー・エドワーズがベースと楽器を持ち替え、メドレーでやっていました。おかげで、ボブ・ボーグルはギタリストとしては困った腕の持ち主だということがよくわかったのですが!

◆ 四匹目のドジョウ ◆◆
Blue Moonは、このようなフォーマットに忠実にしたがった、ヴェンチャーズの最後のシングルといえるのではないでしょうか。ホット100にかすりもしないとあっては、もう同じフォーマットをつづけるわけにはいかなかったでしょう。

しかし、この時期のヴェンチャーズは非常にいいメンバー(もちろん、ツアー用ヴェンチャーズではなく、スタジオ録音メンバーのことである)で、つねにきちんとしたプレイをしていて、Blue Moonもハイ・レベルのパフォーマンスです。

サンプル The Ventures "Blue Moon"

この時期のヴェンチャーズのメンバーをどのように推定しているかというのは、すでに何度も書いていて、また書くのは恐縮至極ですが、話の運びの都合なので並べておくと、リード・ギター=ビリー・ストレンジ、リズム・ギター=キャロル・ケイ、フェンダー・ベース=レイ・ポールマン、ドラムズ=ハル・ブレインです。Surfin' USAのころのビーチボーイズと同じです(いや、そういう言い方をすると、「同じバンド」はたくさんあるのだが)。

f0147840_0185329.jpg

f0147840_0371977.jpg
左からサミー・デイヴィス・ジュニア、ハル・ブレイン、レイ・ポールマン、そしてジミー・ボーウェン。

◆ ハル・ブレインの署名 ◆◆
ヴェンチャーズのBlue Moonでいちばん興味深いのは、ハル・ブレインのドラミングです。基本的にはWalk Don't Runのパターンを踏襲しているのですが、そこは小さな工夫、大きな親切の人ですから、ちょっとだけパターンに変化を加えています。

いまさらWalk Don't Runでもないだろうと思ったのですが、やっぱり話の都合上、持ちださないわけにはいかないようです。



ライド・シンバルの叩き方に工夫があって、なかなか好ましいドラミングですが、それはさておき、左手の基本パターンは、2&4(2拍目と4拍目、つまりバックビートないしはダウンビート)のうち、2は4分ではなく、8分2打に分解し、4はただヒットするのではなく、リム・ショット(リムすなわちスネアドラムの縁とヘッドを同時に叩く)を使っています。この工夫が大ヒットに大きく貢献したとわたしは考えています。小学校六年のとき、はじめてドラムセットにすわって、まずリム・ショットをやってみましたものね。

さて、Blue Moonです。

奇数小節では、ハル・ブレインはWalk Don't Runと同じパターンを使っています。2は8分2打に割って、4はリム・ショットというパターンです。しかし、ここで半ひねりが入ります。偶数小節については、2の8分2打分割は同じですが、4はヒットせず、「ロール」させているのです。

f0147840_0415486.jpg

ロールというのは、ふつう、1小節とか2小節とか、さらには4小節とか、長くやるもので、短くてもせめて2分音符分ぐらいの長さで、通常は両手でやるものです(片手ロールの名手はバディー・リッチ)。

しかし、ハル・ブレインは、ときおり、バックビートや、フィルインの最後の一打などで、ほんの一瞬の短いロールをやります。このプレイはハルの専売特許といえるほどで、他のプレイヤーとなると、ジム・ゴードンの一度きりのプレイぐらいしか知りません。

音が悪くてわかりにくいのですが、ハルがこのプレイを多用した曲として、すぐに思い浮かぶのはサム・クックのAnother Saturday Nightです。



この曲はコーラスから入っていますが、そこからヴァースへの移行部分でのフィルインの最後で、まず最初の「一瞬ロール」をやっています。そのあとも、タムタム、スネアおりまぜて、しばしばフィルインの最後の一打などを、ヒットせずにロールさせています。

すぐに思いつく例としては、ほかにママズ&パパズのGlad to Be Unhappyの、ファースト・ヴァースとセカンド・ヴァースのつなぎ目、ジョー・オズボーンのベース・ブレイクの直後、ハルが戻ってくる最初の一打が、やはりスネアの一瞬ロールとキックとのコンビネーションです。

f0147840_23514834.jpg

涼しくなったら、改めてハル・ブレインの特集をやろうと思っているので、細かいことはそのときにということにします。とにかく、この「一瞬ロール」はハル・ブレインぐらいしかしないめずらしいプレイなのです。

言い換えるなら、この「一瞬ロール」が出てくるもので、50年代終わりから70年代半ばぐらいまでのハリウッド録音のトラックなら、ハル・ブレインのプレイとみなしても、100回のうち99回ぐらいはセーフなのです。

いま、事細かに書いてしまい、ここまで書いたら、あとでハル・ブレイン特集をやるときに困ると思い、全部削除しました。さらにくわしいことは、いずれまた、ということに。

とにかく、ヴェンチャーズのBlue Moonは、ハル・ブレインの奇妙なプレイがおおいに楽しめるし、また同時に、ヴェンチャーズの盤を録音していたプレイヤーはだれだったのか、という疑問を解決するうえで、重要なヒントになるのです。

◆ ひとりか二人か? ◆◆
最後に、ギターについてちょっとだけ。じつは、リード・ギターがひとりなのか、ふたりなのか、よくわかりません。ひとりでもこういうプレイは可能ですが、どちらかというと、二人でやっているのではないかという気がします。

二人でやる場合、低音弦のメロディーを弾くのは、ふつうと同じだから面倒なことはないでしょうが、高音弦をストロークするのは、一瞬、遅らせなければいけないので、面倒だろうなあ、と思います。ひとりでやったほうが簡単のような気がしますが、何カ所か、微妙にタイミングがずれていると感じるところがあるのです。

二人でやったとしたら、その理由はなんでしょうかねえ。コピーしてみないとわかりませんが、じっさいにはひとりではできない装飾音(メロディーを弾くポジションとはかけ離れたところでのオブリガート)を加えながら、ひとりでやったように聴かせたいため、いや、考え過ぎかも!

◆ リロイ・ホームズ ◆◆
今夜のもう1曲のBlue Moonは、悩んだすえ、リロイ・ホームズ盤にしました。

サンプル Leroy Holmes "Blue Moon"

リロイ・ホームズは、当家では過去にアル・カイオラとリズ・オルトラーニのHoliday on Skisの作曲者としてご紹介していますし、ジェイムズ・ボンド・シリーズの『サンダーボール作戦』の挿入曲の非常に魅力的なカヴァーSearch for Vulcanも取り上げています。

f0147840_23571778.jpg

リロイ・ホームズは映画音楽のカヴァー・アルバムをいくつか出していますが、主な仕事は、MGMやUAのハウス・アレンジャーだったようです。映画会社の子会社であるレコード・レーベルで働いていた結果として、映画音楽のアルバムを数枚リリースしたのでしょう。したがって、録音はハリウッドが多いようですが、アル・カイオラとリズ・オルトラーニの共演盤の録音はNYのようで、UA時代には東海岸でも録音していたと思われます。

リロイ・ホームズのBlue Moonは、きわだった特徴のあるヴァージョンではなく、良くも悪くも「ラウンジ・ミュージック」、いや、昔の呼び名で「ムード・ミュージック」というほうがピッタリくるようなサウンドです。耳障りなところがないので、BGMには向いています。ただし、それ以上のものは求めても無意味です。ムード音楽なのですから!


metalsideをフォローしましょう


Colorful
Colorful
[PR]
by songsf4s | 2010-09-21 23:56 | Harvest Moonの歌