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鈴木清順監督『野獣の青春』(1963年、日活)その2

鈴木清順がインタヴューでいちばん多く発する語は「つまらない」「退屈」ではないでしょうか。「なぜ襖が倒れた向こうが赤いのですか?」「ただの黒い夜じゃあ当たり前すぎてつまらないからね」という調子で、映画の根本原理とは、すなわち、客を退屈させないこと、といわんばかりです。

というか、鈴木清順がつねに目指したのは、まさにそれ以外のなにものでもありません。日活時代に、意識的にアーティスティックな表現をしようと思ったことなど、一度もないでしょう。アーティスティックに見えるとしたら、「客をおどかそう」とあれこれ工夫したことが、結果的に、偶然、娯楽の向こう側に突き抜けてしまっただけです。

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ふつうの表現をしていては、客は退屈してしまう、つねに意表をつかなくてはいけない、という強迫神経症の症状が明白にあらわれた最初の鈴木清順映画は『野獣の青春』でしょう。

◆ 赤と緑 ◆◆
小津映画をからかったようなタイトル文字ではじまる『野獣の青春』は、オープニング・クレジットからすでに常道、すくなくとも日活アクションの習慣を踏み外しています。

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モノクロの絵に緑の文字を載せていますが、このモノクロとカラーの組み合わせ自体も例外的なうえに、緑色の文字をオープニング・クレジットに使った例というのも、ほかに記憶がありません。

日活以外でもあまり記憶がなく、ヒチコックにそういうのがあったと思ったのですが、こんなぐあいでした。

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文字を緑色にしたわけではなく、MGMを緑色に塗り替えてしまい(盤でいえば、超大物用のスペシャル・レーベルというところか)、つぎのタイトルとマッチさせているのです。緑色のクレジットというにはちょっとズレるかもしれませんが、思いついたのはこの『北北西に進路を取れ』だけでした。

鈴木清順がヒチコックを意識していたかどうかはともかく、『野獣の青春』では、開巻早々、後年、ファンを圧倒することになる清順独特の、観客を驚かせる色遣いが見られます。

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クレジットの背景で、すでにドラマははじまっています。連れ込み宿の男女の死体を検死する警察官の会話があり、遺書が見つかって、女のほうから仕掛けた無理心中か、という刑事の判断が示されます。この男は何者だろうと上級捜査官がいうと、部下が被害者の所持品から警察手帳を見つけ、死んだ男は警察官だとわかります。

このシークェンスでも、また清順の色へのこだわりが見られます。

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椿でしょうか、モノクロの画面のなかの赤い花にわれわれはギョッとします。同様の例としては、黒澤明のモノクロ映画『天国と地獄』に登場する赤い煙があります。ともに1963年封切りですが、『天国と地獄』が3月1日、『野獣の青春』が4月21日だそうです。

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◆ はじめはヘンリー・マンシーニ風に ◆◆
『野獣の青春』は、鈴木清順作品のなかでもっともテンポの速い映画でしょう。タイトル直後、一転してカラーになってからのシークェンスなど、じつに軽快で、すっと話に入れます。

野獣の青春 オープニング・シークェンス


はじめからちゃんと見たい方は、以下のエンベッド不可クリップをYouTubeでどうぞ。

クライテリオン版1/9

とりあえず意味はまだわからないのですが、宍戸錠扮する男が、街角にたむろっているチンピラをあっというまに「掃除」し、パチンコ屋でまたチンピラを片づけ、ナイトクラブでボーイを脅す、というところまでです。

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ここで流れる曲が、いちおうテーマと考えられるので、サンプルをアップしておきました。

サンプル 奥村一「暴れ者のテーマ」(『野獣の青春』より)

編成、サウンドはビッグバンド・ジャズ、ドラムがライドを4分で刻んでいるせいで不明瞭になっていますが、管とベースのリックは4ビートではなく、8ビートです。なんだかどこかで聴いたようなリックだなあ、と思いました。ヘンリー・マンシーニのPeter Gunn Themeの律儀なストレート・エイスのリックから、いくつか音符を間引いて、ちょっとスピードアップした、といったところでしょう。あちらもビッグバンド・サウンドなので、その意味でもよく似ています。

どうであれ、これはなかなか盛り上がるサウンドで、速い映像の語り口とあいまって、観客をドラマに引きずり込むのにおおいに貢献しています。

◆ ドラマの多重化、視覚の多重化 ◆◆
鈴木清順の本領が発揮されるのは、この直後からです。宍戸錠がおおぜいの女をはべらせて飲みはじめます。最初は音がしているのですが、同じ状況をべつのアングルから捉えたショットでは、音声が消えます。

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観客は一瞬戸惑いますが、やがて、マジック・ミラーをはさんだ事務室の内部にキャメラが移動したこと、そして、事務室では音が遮断されていることを理解します。

マジック・ミラーの向こうでは宍戸錠を中心にした無言劇がつづき、こちら側では、金子信雄、香月美奈子、上野山功一といった悪党と悪女が、この客の派手な金の使いっぷりを噂しています。「ただ撮ったのではつまらない」という鈴木清順の映画作りの根本理念(というとアーティスティックになってしまうから、「根本衝動」あたりのほうが適切かもしれない)が、じつに端的にあらわれたシークェンスです。

そこへ、宍戸錠にのされたチンピラが報告にあらわれ、金子信雄は、やったのはあいつか、とマジック・ミラーの向こうにいるジョーを示し、チンピラは、「あ、あ、あの野郎です」と肯定します。

最前から、チップを突き返したり、なにか悪態をついたりしていた女が、ふん、と向こうを向いたのが気に入らなくて、ジョーが女のドレスの背中にアイスバケットのなかの氷をあけてしまう、という無言劇が見え、そこへ上野山功一たちが店内にあらわれ、声は聞こえないものの、ジョーに「お客様、こちらにおいでください」といったのがわかります。

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ジョーが、わかった、と立ち上がって歩きはじめたとたん、照明がすっと落ち、おや、ここで暗転か、と思うと左にあらず、フロア・ショウがはじまります。

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いやもう、街角の乱闘からここまで約5分、みごとな展開で、アクション映画はこうでなくちゃ、とただただ感嘆します。

この「画面の多重化」は、たとえば、またしても黒澤明『悪い奴ほどよく眠る』の、車のなかから葬儀の容子を見るショットの「奥行きを使ったドラマの多重化」を連想しますが、あちらは困難な状況でパンフォーカスを実現したという、ひどく玄人っぽいレベルの力業であるのに対して、『野獣の青春』はケレン味たっぷりで、思わず手を叩きたくなります。

「縦方向への画面の多重化」については、また改めて検討することになるでしょう。

◆ オフビートなボス ◆◆
事務室に引っ立てられたジョーは、いきなり三下をのして、その銃を奪い、一瞬にして優位に立つや、俺を雇わないか、と金子信雄に持ちかけます。これで、やっとここまでのシークェンスの意味がわかります。

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金子信雄は、ボスに会わせてやると、ジョーを川のほとりの邸宅に連れて行きます。食堂に集まった悪党どもの描写も工夫の必要なところで、「野本興行」のボス(小林昭二)は、ドクター・ノオのようにペルシャ猫を抱いています。しかも、ジョーが部屋に入ってきた瞬間、いきなりナイフを投げつけたりしますし、話しぶりもやや女性的で、ギャングのボスというより、サイコパスという雰囲気です。

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ボスを演じる役者に、小林昭二という小柄な俳優を選んだのは監督自身かもしれないと感じます。タイプ・キャスティングなら、金子信雄でもいいし、日活には二本柳寛のように押し出しのいい悪役俳優もいたわけで、それをあえて小林昭二にしたのは、いかにも鈴木清順映画にふさわしいと感じます。

悪党のなかでほかに目立つのは三波(江角英明)で、「ちゃんとネクタイを締めろといっているだろうが」と小林昭二に怒られるところが愉快です。このボス、対立する旧弊なやくざとはちがう、われわれはビジネスマンである、という考えの持ち主なのです!

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ジョーと江角英明は、ガンマンどうし、素早く銃で相手を狙い、やめておこう、同時に銃を置こう、といいつつ、隠していたべつの銃を取り出し、結局、ジョーのほうが優位に立つ、というシークェンスを演じます。つぎの瞬間、ジョーが、こいつ、銃を隠しているな、という思い入れで、柳瀬志郎に跳びかかると、隠していると思ったはひが目、たんに片腕だというだけだった、などという仕掛けもつくってあります。

いや、ホントに忙しい映画で、まさしくnever a dull momentです。書いていて、鈴木清順の全作品のなかで、『野獣の青春』はもっとも高密度につくられていると改めて認識しました。焦ってもしかたないので、気長に、ゆっくり、ディテールを見ていくことにします。


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日活映画音楽集~監督シリーズ~鈴木清順
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by songsf4s | 2010-08-31 23:55 | 映画
鈴木清順監督『野獣の青春』(1963年、日活)その1

前回の「細野晴臣、松本隆、鈴木茂の『夏なんです』」では、久しぶりにtonieさん、キムラセンセという友人たちの揃い踏みになり、やっぱり、このへんになると、みなさん一言も二言もあるのだなあ、とニヤニヤしました。

ご両所、やはり世代がちがうので、距離の取り方が明確に異なっています。tonieさんにとっては、大滝詠一と細野晴臣は、どっちがどうだというような存在ではない、というのは、なるほど、そうなんだろうなあ、です。切り離して、どっちが好ましいのと、そういう見方はしないのだと納得しました。

キムラセンセとわたしは同年代なので、センセのおっしゃりたいことは、わたしがいいたいことに近似しています。この数日、人の悪口を言うのはやめよう、気に入らないものには口をつぐむにかぎる、いつまでも喧嘩腰でものを書いていると、後生が悪い、と考えるようになったので(「後生鰻」という噺を思いだしたりして! あのサゲはすごい!)、当時、細野晴臣のヴォーカルについてどう感じていたかは、できるだけ婉曲に書いたにすぎず、じつのところ、おおむねセンセと同じように感じていました。ライヴで歌わなかったのは、ご本人も、われわれと同じように感じていたからだろうと想像します!

センセも同じように変化されたようですが、ここからが時間経過の玄妙さ、シンガーとしての資質に恵まれた大滝詠一に対する関心はやがて薄れ、当時は「素人の余技」のように思っていた細野晴臣の歌のほうが、ずっと近しいものに感じられるようになるのだから、長く生きてみるもの、というか、長生きなどするとろくなことはないというべきか、言葉に詰まるわが感覚の妙なる変化であります。

さっき、散歩していて、細野晴臣の歌のことを考えていたら、だれかべつの人の顔がボンヤリと脳裡に浮かんできました。なんだなんだ、なにがいいたいんだ、と自分をせっついたら、バンと映画タイトルが出ました。『戸田家の兄妹』。小津安二郎の太平洋戦争直前の映画です。

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その映画のなにが問題かというと、佐分利信の台詞まわしです。これがとんでもない棒読みなのです。そういえば高倉健も、若いころは赤面するような台詞まわしでした。たぶん、それがかえってよかったのです。スターには、脇役のような技術はいりません。佐分利信や高倉健が大成したのは、技術ごとき瑣事に煩わされない大きさがあったおかげでしょう。小津安二郎が、大根といわれていた原節子のことを、けっしてそんなことはない、と擁護したのも、つまりはそういうことでしょう。技術は杉村春子にまかせておけばいいのです。

細野晴臣のぶっきらぼうな「棒読みスタイル歌唱」は、些末な技術とはもっとも遠いところにある、なんらかの価値を秘めていたのだと思います。秘められちゃっているのだからして、われわれが(そしてご当人も!)その魅力の「発見」に手間取ったのも、まあ、無理もないことだったのではないでしょうか。

◆ 「青春」とはなんだ! ◆◆
さて、本日からまたしばらくのあいだ、恒例の鈴木清順映画です。

『野獣の青春』の英訳題はYouth of the Beastというのだそうです。なんだか落ち着きの悪いタイトルだなあ、と思ってから、それをいうなら、そもそも日本語の原題からして、イメージ喚起力のない、不出来なタイトルなのだということに思いいたりました。

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では、内容がそういうものだから、やむをえずそういうタイトルが選ばれたのかというと、これがそうでもないというか、ぜんぜん無関係じゃないのかなあ、という話なのです。まあ、主人公を「野獣」と呼ぶのは、べつにけっこうだと思います。でも、青春のせの字もないでしょう、この映画には。

やっぱり、宣伝部が「タイトルに愛、青春、哀しみ、このどれかが欲しい」とかなんとかくだらないことをいったのじゃないでしょうか。で、たぶん、企画段階では、この映画の原作者・大藪晴彦の大ベストセラー・ハードボイルド小説(というより、ヴァイオレンス小説と呼ぶべきだろうが)『野獣死すべし』にならって、たとえば『野獣の復讐』などといっていたものに、突然、どこからともなく「青春」があらわれ、取り憑いてしまったのではないでしょうか。かくして、意味不明タイトル一丁あがり。

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日活時代、鈴木清順監督がタイトルを決めた映画というのはあるのでしょうか。まあ、撮影所のメカニズムからいって、その可能性はほとんどないだろうと思います。だって、企画は上から下りてくるものであって、せいぜい、複数の企画のなかからどれを選ぶかの自由しかなかったのだから、タイトルを選ぶどころではないでしょう。

ここからは、あとで書き加えているのですが、タイトルについて、鈴木清順監督と主演の宍戸錠のご両人が、インタヴューでふれていました。やっぱり、だれもが「どうして『青春』なんだろう」と思うのでしょう。

まずエースのジョーはいきなり、つぎのようなスクリプトを示しました。

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これがオリジナル・タイトルだったそうです。たしかに、このほうがまだしも内容に即しています。清順監督はどうかというと、なぜこのようなタイトルになったのだ、ときかれて、わたしが想像したとおり、「さあ……」とおっしゃっていました。会社が決めることだから、監督は興味がないのです! プログラム・ピクチャーですからね。最後に「まあ、日活は若者のための映画をつくっていたから」と笑っておしまい!

◆ 「清順ぶり」の発現 ◆◆
学齢前から小学校にかけて、そうとは知らずに見た映画はべつとして、鈴木清順という監督の名前を覚えてから最初に見たのは、『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』です。この映画がおおいに気に入ったので、1972年2月終わりから3月にかけての、池袋文芸座地下での、鈴木清順シネマテークに行くことにしました。

『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』に興奮したティーネイジャーにとって、あのシネマテークで見た20本のうち、期待したものにもっとも近かったのは『野獣の青春』でした。『くたばれ悪党ども』と同じ年につくられ、同じく宍戸錠が主演するアクション映画でした。

野獣の青春 trailer(英語字幕)


日活時代、鈴木清順が注目されることはほとんどなかったようですが、あとから読んだものによると、一部の評論家が、この監督はなにかをやろうとしている、とはじめて感じたのは、この『野獣の青春』のときだったそうです。同じ年に製作された、同系統の『くたばれ悪党ども』ではないのです。

たしかに、自分の好みを棚上げにして、演出という側面で見ると、『野獣の青春』のほうが、ハッとさせられる瞬間が多くあります。『くたばれ悪党ども』にも魅了されるショット、シークェンスはあるのですが、一歩ひいて、作品史として見るならば、太字で書くべきはやはり『野獣の青春』でしょう。

今日はまったく時間が足りず、まだなにも書いていないに等しいのですが、例によって「予告篇」というこことで、次回から本格的に『野獣の青春』で噴出しはじめた「清順ぶり」のディテールを見ていこうと思います。


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by songsf4s | 2010-08-30 23:58 | 映画
細野晴臣、松本隆、鈴木茂の「夏なんです」
タイトル
夏なんです
アーティスト
細野晴臣、松本隆、鈴木茂
ライター
松本隆、細野晴臣
収録アルバム
N/A
リリース年
?年
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「目をつぶっても通れる朝比奈峠」(と鎌倉二階堂に住んでいた仲間がいっていた。お互い、よく生き延びたものだ!)とでもいうべき、ギター・アンサンブルのことを書いているあいだに、つぎの映画を見ようと思ったのですが、この間に見た映画はゴジラが1本半のみ、これは取り上げる予定のものではなくて、ブログの役には立ちません(しかし、スコアを聴いていて、ちょっと面白く感じた)。

昨夜、すこしだけつぎの映画を見たのですが、すぐに、なぜか(たぶん前回のオールマンズと同じころによく聴いていたため)、細野晴臣が聴きたくなり、YouTubeで検索してみました。Hosono Houseが聴きたかったのですが、残念ながらオリジナルはなく、後年のライヴ・クリップが見つかっただけでした。

細野晴臣 ろっかばいまいべいびい(ライヴ)


細野晴臣 恋は桃色(ライヴ)


唐突ですが、「しわい屋」の枕などに使われる小咄。

旦那「ちょいと向かいの店行って、『金槌をお貸し願えないでしょうか』とな、ていねいに頼んでくるんだぞ」小僧「行って参りました」旦那「どうだった?」小僧「へい。減るからダメだ、とのことでした」旦那「なんてケチな奴だ。仕方ない、うちのを使いなさい」

YouTubeにはない、ケチな奴だ、仕方ない、うちのを使え、というので、バックアップを引っかきまわして、ようやく見つけたHosono Houseを聴きました。近年のライヴも、これはこれでなかなかけっこうだと思いましたが、Hosono Houseの録音、音の感触は独特で(ホーム・レコーディングだった。だからHosono Houseというタイトルになった)、楽曲やアレンジより、そちらのほうが強く印象に残ったほどですから、ライヴはやはり別物に感じます。

昔は「ろっかばいまいべいびー」だけ好きだったのですが、いつの間にか、どのトラックも楽しめるようになっていました。あのころ、ジェイムズ・テイラーもキャロル・キングもあまり好きではなく、その意識に邪魔されたのかもしれません。これだけ時間がたつと、ジェイムズ・テイラーとの類似よりも、相違のほうが強く感じられるようになりました。いや、早い話が、ジェイムズ・テイラーとはぜんぜんちがう音楽だというだけです。

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それから、松本隆とは異なった細野晴臣の言語感覚も、大瀧詠一の歌詞同様、これはこれで面白いとも感じました。松本隆にそういう面がないとはいいませんが、大瀧詠一も細野晴臣も、言語をきわめて音韻的にとらえていて(「はいな、はいな、門から」)、はっぴいえんどのデビューからごくわずかなあいだに、「意味離れ」した言葉が心地よく感じられる時代へと移ったことを思いだします。

大瀧詠一の場合でいえば、意味離れからさらに一歩進んで、Niagara Moonのキッチュ、キャンプ、いやabsurdityと表現するのが適当かもしれませんが、そのような多重性のある歌詞がもっとも面白く感じられました。

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◆ 細野晴臣のはっぴいえんど ◆◆
そういうものを探していたわけではないのですが、ついでに引っかかったトラックがじつに興味深いものでした。これはエンベッドできないので、ご興味のある方は右クリックでYouTubeを開いてください。

細野晴臣、松本隆、鈴木茂 「夏なんです」ライヴ

いつ、どういう趣旨でプレイされたものか、まったく知らないのですが、テレビ出演時のものなのでしょう(ご存知の方がいらしたらご教示を願います)。おかしな言い方になりますが、ちゃんと〈はっぴいえんど〉のライヴを聴いているような気がしてくるから不思議です。これだけ時間がたち、あちらもこちらもすっかり変わってしまったのに、彼らのつくる音はすこし変化しただけだし、こちらの受け取り方もほんのすこし変化しただけです。

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いや、〈はっぴいえんど〉がこれほどきちんと自分たちの音をコピーしたことはないでしょう。まず、ステージではアコースティックを使わなかったので、こういうタイプの曲はあまりやらなかったし、やってもかなり異なったアレンジであったり、異なったサウンドでした。

そもそも、〈はっぴいえんど〉時代の細野晴臣は、ライヴではめったに歌わなかったという印象があります。はじめて見たのは、いわゆる『ゆでめん』と『風街ろまん』のあいだの時期で、「いらいら」でハーモニーに加わっただけでした。二度目のとき(「風街ろまん」のあと、「恋の汽車ぽっぽ」をやったので、このシングルのリリース前後)はぜんぜん歌わなかったような記憶があります。

〈はっぴいえんど〉時代は、フロントはあくまでも大滝詠一で、細野晴臣は「一介のベース・プレイヤー」という立ち居振る舞いでした。

その大滝詠一のいない上記のクリップは、細野晴臣がフロントに立つしかない状況になっているわけで、そんなのははじめて見たものだから、懐かしさとともに、新鮮さも感じました。

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73年の文京公会堂での再編コンサートで、細野晴臣は「夏なんです」を歌っていますが、あのときだってこんなに正面切った本格的なムードではなく、どことなく「余興」の雰囲気がありました。譜面を見ながら歌っても、「歌詞をまちがえないようにがんばってねー」みたいな雰囲気で客が笑ったのは、あれが「同窓会の余興」だったからです。

◆ プレイヤーの魂 ◆◆
はっぴいえんど(いや、あくまでも細野晴臣、松本隆、鈴木茂であって、はっぴいえんどといってはいけないのだろうが)が本気で「夏なんです」をプレイした、これが唯一の機会ではないでしょうか。そして、その結果は、「やっぱりいいバンドだったんだなあ」です。

昔とちがって、ライヴでアコースティック・ギターを使えるようになったのは、天と地の違いをもたらしたように思います。ヴォリュームを絞って音だけ聴いていると、ドラムのバランシングを変えただけのオリジナル録音かと思ってしまいます。

ということはつまり、この曲の決定的な要素は、細野晴臣のアコースティックと鈴木茂のエレクトリックのコンビネーションだったということかもしれません。細野晴臣はスタジオのときほどスリー・フィンガーを使わず、親指のストローク中心のプレイに変えていますが、べつに違和感はありませんし(スタジオ録音でも部分的にストロークを使っている)、鈴木茂にいたってはトーンもラインもオリジナルにかなり近いプレイをしています。

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はっぴいえんどが、こんな愛想のいいことをするとは思いませんでした。自分を殺して、昔の録音を愛しているファンの期待に正面から応えようという姿勢に感じられます。いや、かつては時代の風潮のプレッシャーでやれなかったことを、いまになってやることに、ひねくれた喜びを見いだしたのかもしれませんが。

サンケイ・ホールで聴いた、スタジオ録音には似ても似つかないエレクトリック・アレンジの「朝」はなんだったのかと、不思議な気分になります。大滝詠一は、いま「朝」を歌うとしたら、どういうアレンジでやるのか、それはそれで興味深いのですが。

はっぴいえんどがなくなり、松本隆が作詞家として名を成してから、ドラマーとしての松本隆というのがわからなくなりました。しかし、このライヴを聴いて、やはり、当時、この人のドラミングが好きだったのも、べつに不思議はないと納得がいきました。ドラム馬鹿タイプではなく、ストイックで、あれこれ知識と知恵を働かせるタイプのドラマーで、日本のプレイヤーとしてはきわめて少数派に属すと思います。

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それにしてもまったくブランクを感じさせないプレイで、ひょっとして、頻繁にプレイしていたのかな、と思ってしまいました。ギターもある程度そうなのですが、ドラムはしばらく叩かないと、まったく手足が動かなくなりますからねえ。

十年ほど前のことでしょうか、わたしの知り合いがこの作詞家と酒場で話すチャンスがあり、ハル・ブレインの回想記を訳して出版しようとしている友人がいるという話をしたら、原稿を読みたいというので、プリントアウトして、彼に託したことがありました。

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その後、どうなったかは知りませんが、それはどうでもよくて、作詞家として大御所になっていても、ハル・ブレインの回想記を読んでみたいと思ったことに、この人のなかにまだプレイヤーの心が生きていることがあらわれていると思います。この「夏なんです」のクリップでの堂々たるドラマーぶりに、大なる感銘を受けました。

◆ 変わる距離感 ◆◆
『風街ろまん』にはじめて針を載せたときに思ったのは、いわゆる『ゆでめん』とは録音が全然ちがう、ということでした。『ゆでめん』のサウンドはあまり好みではなく、個々の楽器の音が痩せていて、聴き慣れたアメリカの音とはいかにも海ひとつ分の距離があるという、なんというか、じつに「ローカルな」録音に感じられました。

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それが『風街ろまん』ではベースはベースらしく、キック・ドラムはキック・ドラムらしい音がするようになり、よりアメリカ的な手ざわりの音へと変化したのです。こういう単純なことがうれしかったし、「ガロ」でも読んでいるような気分になる、ノスタルジックな歌詞も、あの時代の自分の気分にはぴったりと添うものでした。

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しかし、同じものもしつこく聴いていると、だんだん距離が変化していきます。それも一度や二度ではなく、なんども変化します。

はっぴいえんどが現役でやっているころ、わたしは大滝詠一のファンでした。彼のほうがシンガーとして好きだったのです。細野晴臣の歌は、たぶんご自分もその自覚があったと思うのですが、なんだか余技のように聞こえたのです。もうすこし好意的にいえば、自分のやや変わった声が、うまくはまる場所を探し求めている最中、というような印象でした。また、大滝詠一のユーモアも好きな理由のひとつでした。

はっぴいえんどがなくなり、それぞれのソロ・プロジェクト、サイド・プロジェクトなどを聴いているうちに、まず『ゆでめん』と『風街ろまん』の位置が変化しました。音の悪い、しかし、きわめて原初的なオリジナリティーを感じさせる『ゆでめん』が残り、『風街ろまん』は奥行きのないペラッとしたアルバムに感じられるようになったのです。

しかし、一昨昨年のちょうどいまごろ、「夏なんです by はっぴいえんど」という記事を書いたときには、また考えが変わっていました。大滝詠一の歌はそれほど聴きたくなくなり、細野晴臣の、なんというか、「無骨な穏やかさ」みたいな味のほうが好ましく感じられるようになっていたのです。

なぜでしょうかねえ。カスタム・テイラード・スーツというのは、ピッタリしすぎていてあまり好きではありません。吊しのジャケットのあまって緩やかなほうが着心地がいいといつも思います。細野晴臣の歌には、なにかそういう感覚があります。こちらにくっつきすぎて不快になるということはなく、ちょっとごわごわしたところがあり、いつまでも硬さを保って、着崩れしない、とでもいいましょうか……。

それで、時間がたっても、「聴き古した」「聴きつぶした」感じがなく、経年劣化を免れているように思います。なんだか、歌に対して使う言葉とはいえず、ちょっと恐縮していますけれど、そういう気分なのです。

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こういうのは「いま目の前で起きていること」については感得しようがありません。時間がたってみて、はじめて、そうだったのか、と納得することです。結婚に似ているかもしれませんが、幸いなことに、音楽については、自在に相手を替えることができます。

たんなる余談ぐらいのつもりで書きはじめたことが、またまた長話になり、しかも、妙にまじめなことになってしまい、当惑しております。要するに、事実上のはっぴいえんどによる「夏なんです」のクリップは、いろいろな意味で楽しく、興味深い、ということがいいたかっただけです。

あ、書き忘れていたことがひとつ。上掲3種のクリップを見て、強く思ったのは、年齢に不似合いと感じる瞬間がない、ということです。どの曲のどのパッセージも、しっくりと細野晴臣なり、松本隆、鈴木茂なりの年齢にふさわしい音楽をやっているように聞こえるのです。

これをどう考えるべきでしょうか、当時、はっぴいえんどの人気がなかったのも無理はない、なんていいそうになりました。


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HOSONO HOUSE
HOSONO HOUSE
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by songsf4s | 2010-08-29 23:55 | 夏の歌
ギター・オン・ギター8 オールマン・ブラザーズ・バンドのJessica
タイトル
Jessica
アーティスト
The Allman Brothers Band
ライター
Dickey Betts
収録アルバム
Brothers and Sisters
リリース年
1973年
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先日、ギター・オン・ギター6 チャーリー・バード、タル・ファーロウ、ハーブ・エリスのSo Danco Sambaで、バッキンガムズのMercy, Mercy, Mercyのクリップを貼りつけました。

だれも弾くフリすらしていないひどい代物で、コードぐらい押さえりゃいいじゃないか、と腹が立ちました。そのときは客をナメているだけだろうと思ったのですが、あとからちょっと考えをめぐらせてみました。

他のバンドと同じく、バッキンガムズはスタジオではプレイしていなかったのですが、それでも、ツアーに出るときには、当然、新しいシングルのリハーサルはするでしょう。そこまでいけば、ギターもコードを知っているし、ベースもラインを覚えているはずです。

しかし、あのクリップはテレビ出演時のものなので、ツアーのためのリハーサルはまだしていなかったのではないでしょうか。だから、まだコードすら知らなくて、ただ漫然とフレットを握るだけになってしまったのかもしれない、なんてことを考えました。

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でもねえ、曲はMercy, Mercy, Mercyですからねえ。ブルースみたいなもので、コード進行がどうしたとかいうご大層な曲じゃないわけで、キーさえわかれば、あとはコード・チャートすら不要でしょう。そんな高校生にもできることすらしない連中だったわけで、なにをかいわんやです。

まったく芸能ビジネスというのは、旨みも多いのだろうけれど、こういう連中に、「時間厳守」「笑顔を忘れるな」「人前で唾を吐くな」だのと、三歳児をしつけるようなことを毎日いいつづけ、ものごとを動かしていくというのは、じつにもう賽の河原の石積みのような難行苦行だろうなあと思います。

これだから、あの世界には美談があまりないのも無理はないと思います。ルー・アドラーが、ママズ&パパズが壊れてしばらくたって、ホームレスのようになっていたデニー・ドーハティーを見つけ、まっすぐにして、とにかくスタジオに押し込んでアルバムをつくった、なんていうのは美談に繰り込んでいいのだろうと思います。飲んだくれている昔のスターを見つけたら、気づかれて、小銭をせびられる前に逃げ出すのがふつうでしょう。

◆ 相方なしのギター・オン・ギター ◆◆
なにごとも適当なところで終わると味がありますが、今夏のようにくどいと、ゆく夏を惜しむ、なんて言葉も出なくなります。「ギター・オン・ギター」シリーズは、そろそろくどくなりつつあるので(というか、早い話が、書いている当人が飽きてきた)、予定したものをいくつかあまし、今回でいったん終わることにします。残りは、またそういう気分になったときに聴くことにします。

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Eat a Peachの録音のとき、ドゥエイン・オールマンが急死したため、オールマン・ブラザーズのギター・プレイヤーはディッキー・ベッツひとりになってしまいます。これで終わりにならなかったところから、オールマンズのギター・オン・ギター・スタイルの裏側にあったのは、ドゥエイン・オールマンではなく、ディッキー・ベッツの好みだったのではないかと推測することができます。

曲作りからもそれがうかがわれるように思います。ディッキー・ベッツはポップ指向があったと思われるのです。それが、それまでのオールマンズとはずいぶん隔たった印象のあるRamblin' Manと、そのヒットに端的にあらわれたと感じます。

オールマン・ブラザーズ・バンド "Ramblin' Man"


前回聴いたBlue Skyと同様の行き方で、イントロ、オブリガートはギター・オン・ギター、最初のギター・ブレイクはふつうのソロという構成です。ひとりになっても、スタイルは変えていないのです。面倒くさがらずに、ひとりでオーヴァーダブをしたわけです。

すこしだけちがうのは、二度目のギター・ブレイクは、いわゆるソロ、インプロヴではなく、数本のギターをからませた、アレンジされたものになっていることです。ドゥエイン・オールマン生前よりも、コントロールの度合いが進んでいるのです。まあ、ひとりでやるほうが、こういうことは揉めず、簡単に話がまとまるのかもしれませんが。

◆ インスト・ギター・オン・ギター ◆◆
Ramblin' Manが収録されたアルバム、Brothers and Sistersにはもう一曲、ギター・オン・ギターのトラックが収録されています。こちらはインストです。

サンプル  The Allman Brothers Band "Jessica"

ディッキー・ベッツは数回にわたってオーヴァーダブをしたと思われます。やることは規定演技ばかりですから、想像するだに面倒で、退屈で、こういうサウンドが好きじゃないとできないだろうと思います。

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Brothers and Sistersは、Ramblin' Manがヒットしたおかげもあって、オールマンズとしてはもっとも世に知られたアルバムでしょう。当時はわりによく聴きました。

しかし、このへんが微妙なところなのですが、つぎのアルバムのときには、もうこのバンドには関心がありませんでした。シングル・ヒットがなかったということもありますが、それ以前にBrothers and Sistersというアルバムに奥行きがなく、飽きてしまったようです。

ウソかホントか、リトル・フィートのローウェル・ジョージが、グレイトフル・デッドのShakedown Streetをプロデュースしたとき、どうやったらシングルをヒットさせられるのだろうと、ジェリー・ガルシアとボヤきあったそうです。そりゃ、トップ40ヒットが欲しい気持はわかりますが、デッドが末永く愛されたのは、柄じゃないのにポップに傾斜するなどという愚かなことをしなかったからではないでしょうか。

◆ こっちの空も青い ◆◆
最後に、オマケといっては失礼かもしれませんが、面白いと思ったのは一曲だけで、単独では記事にならないレーナード・スキナードのクリップを加えておきます。

レーナード・スキナード Sweet Home Alabama


ラジオでイントロを聴いた瞬間、いいギター・サウンドだなあ、と感心しました。こういう路線で押してくれればファンになったと思うのですが、曲の出来もよく、ギターの重ね方も楽しい、なんていうのは、このSweet Home Alabamaだけだったように思います。ニール・ヤングの呪いでしょう! いや、ロック・バンドというのは、工夫のない、無考えなヘヴィー・サウンドという盆地へと安易に流れて、そこに沈殿してしまう性質を本来的に備えているのかもしれません。

それでは次回はまた映画に舞い戻るとします。


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オールマン・ブラザーズ Brothers and Sisters
Brothers and Sisters
Brothers and Sisters


レーナード・スキナード Second Helping
Second Helping (Reis)
Second Helping (Reis)


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by songsf4s | 2010-08-28 23:50 | Guitar Instro
ギター・オン・ギター7 オールマン・ブラザーズ・バンドのBlue Sky
タイトル
Blue Sky
アーティスト
The Allman Brothers Band
ライター
Dickey Betts
収録アルバム
Eat a Peach
リリース年
1972年
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オールマン・ブラザーズ・バンドには、ドゥエイン・オールマンとディッキー・ベッツという二人のプレイヤーがいたので、しばしば二人のギター・オン・ギター・アンサンブルを聴くことができます。

しかし、初期の代表曲、In Memory of Elizabeth Reedできかれるギター・アンサンブルは、ジャズ・コンボのフロント、たとえばテナー・サックスとトランペットがいっしょにテーマをプレイするのに似ていて、個々のソロに突入するまでの「間借り」のようなニュアンスでした。

オールマン・ブラザーズ・バンド In Memory of Elizabeth Reed


いや、それでも複数のギターがいっしょにテーマをプレイする、などという例はそれまでに聴いたことがなかったので、In Memory of Elizabeth ReedやWhipping Postを聴いたときは、いいサウンドだなあ、と思いました。長いソロは嫌いなので、途中でほかのことを考えてしまうのがつねでしたけれど!

オールマン・ブラザーズ・バンド Whipping Post


こちらはいちおう形式としては曲がりなりにもヴォーカル曲なので、ドゥエイン・オールマンとディッキー・ベッツが同じオブリガートを入れるという形でのアンサンブルです。こういうのが好きなのですが、残念ながら、すぐ長いソロに突入してしまって、ああ、うまいなあ、と思っているうちに寝てしまったりするのでした。

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◆ ほんとうのアンサンブルへ ◆◆
ギターが好きなクセに、根が外道なので、ソロはあまり好みません。長いソロを聴いて面白いと思うのはマイケル・ブルームフィールドぐらいです。ブルームフィールドも、いいものはほんの一握りにすぎませんし、それもフレージングだけではダメで、彼独特の艶のある音の出が伴っていないと面白くありません。8小節か16小節というのが、どんな楽器であれ、ソロとして適切な長さだと思います。32小節なんて、音を聴くどころか、小節数を勘定することすらできないじゃないですか!

ドゥエイン・オールマンもたしかにうまいと思うのですが、ギター・アンサンブル的観点からいうと、ディッキー・ベッツの存在のほうが大きいような気がします。だいたい、オールマンズは、スタジオでもべつにキッチリしたアレンジをするわけではなく、「生まれっぱなし」みたいなサウンドであり、その弱点を個人技でカヴァーしている、という雰囲気でした。

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その印象が変わったのは、ダブル・アルバム、Eat a Peachのスタジオ録音サイドでのことです。たんに「二人のプレイヤーがいるから両方にスポットライトを当てる」という、脳味噌など必要としない原始的アレンジではなく、ポップに一歩寄った、洗練されたアレンジを彼らがはじめて試みたのは、このディッキー・ベッツ作の曲だと思います(地味なのでアクセスは少ないだろうし、ファイル・サイズも大きいので4sharedにアップした。使いにくいだろうが、あしからず)。

サンプル The Allman Brothers Band "Blue Sky"

出だしはきっちり二本のギターをアレンジしてコントロールしています。重要なのは「コントロール」=抑制です。放し飼いではアンサンブルになりません。間奏に入ったところで、先祖返りしてサルに戻ったような箇所もありますが、ソロの途中で二本をからませてくるところが、もう「生まれっぱなし」の無意識過剰考え足らずバンドではなくなりつつあることを示しています。

もうすこし聴くべきトラックはあるのですが、今夜はもはや時間切れ、中途半端ですが、オールマンズの項はもう一回つづけることにさせていただきます。


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オールマン・ブラザーズ・バンド Fillmore East
The Allman Brothers at Fillmore East


オールマン・ブラザーズ Eat a Peach
Eat a Peach (Dlx) (Exp)
Eat a Peach (Dlx) (Exp)


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by songsf4s | 2010-08-27 23:52 | Guitar Instro
ギター・オン・ギター6 チャーリー・バード、タル・ファーロウ、ハーブ・エリスのSo Danco Samba
タイトル
So Danco Samba
アーティスト
Charlie Byrd, Tal Farlowe and Herb Ellis
ライター
Antonio Carlos Jobim, Vinicius de Moraes
収録アルバム
Great Guitars of Jazz (DVD)
リリース年
2004年
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枕のつもりで書きはじめたことが、例によってあれこれ脇道に入ったために、枕とはいえない長さになってしまいました。そこで予定を変更し、まず、ギター・オン・ギターの番外編として、三人のギタリストの共演をお聴きいただきます。いえ、みなさんお年寄りで、同窓会のようなリラックスしたプレイですから、そのつもりで、バーを下げてからお聴きください。

サンプル Charlie Byrd, Tal Farlowe and Herb Ellis "So Danco Samba"

DVDから切り出してMP3にしたものです。CDにもなっていたような気がするのですが、検索では見つかりませんでした。

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むろん、若いころのような押しの強いプレイ(とくにタル・ファーロウ)ができるわけではなく、それどころか、なんというか、「俺のギターを聴け」というより「おまえのプレイを聴こうじゃないか」というムードです。

しかし、落語と4ビートはお年寄りがやっても、ちゃんと味が出るのがありがたいところで、これがロックンロールだったら失笑しかできません。いや、そういうのをときおり現実に見かけるのがおそろしいところですが。

チャーリー・バードは若いころとそれほど変わらず、ハーブ・エリスはそこそこ、タル・ファーロウはもうそろそろ指が動かなくなるかな、という雰囲気です。So Danco Sambaは、もちろんチャーリー・バードの音からはじまり、ハーブ・エリスがほんの数小節だけテーマに加わったあと、まずタル・ファーロウがソロをとります。

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ハイライトは、後半、ドラムとベースも消えて、チャーリー・バードとハーブ・エリスだけになる箇所です。ちょっとした打ち合わせとリハーサルだけでステージに上がっているのでしょうが、さすがは大ヴェテラン、半世紀前からいっしょにプレイしてきたようなリラックスしたアンサンブルを聴かせてくれます。

◆ モビー・グレイプの6枚シングル・デビュー ◆◆
さて、枕のはずだったのに、なぜか長くなってしまった話題です。

先日のモビー・グレイプのRounderの記事へのコメントで、tonieさんが、全曲をシングルにしたことについて、ちらっと言及なさっています。コメントに書かれたことなのだから、コメントで説明すればいいようなものですが、これがやや面倒なのです。

モビー・グレイプのレーベルであるコロンビア、すなわちCBSは、あの時代は(また極端なものを持ちだすが、誇張なので気になさらないように)いわば「ジョニー・マティスの会社」「アンディー・ウィリアムズのレーベル」でした。

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もちろん、ディランだのサイモン&ガーファンクルだのもCBSのロースターにはいたのですが、これもまあ、サウンド的には控えめな、いわば「保守路線」であって、ディランがロック寄りに傾いて、マイケル・ブルームフィールドがテレキャスをもってやってきても、デモーニッシュなランを弾かせるわけではなく、「ブルームフィールド? どこに?」状態のLike a Rolling Stoneがギリギリ精いっぱいこれ以上はないという掛け値なし、あら情けなやの「CBSロック・サウンド」でした。

サークルもCBSですが、あれもほら、フォーク・ロック風であって、ギュイーンとかゴワーンとかはやらないし、ヘヴィー・バックビートも使わないのはご存知の通り。よそから獲得したイギリスのチャド&ジェレミーも、「バックビートを入れるフォーク・デュオ」です。

なにもリストを見ず、記憶に頼って書くだけですが、1966年までにCBSがリリースした精いっぱいロック的なシングルは、バーズの8 Miles Highあたりだろうと思います。そのつぎがバッキンガムズのKind of a Dragかなあ、という感じ。

バッキンガムズ Don't You Care

(Kind of a Dragのほうが有名だが、好きなのはこちらのほう。彼らもスタジオではプレイしていないので、気にしなくてもいいのだが、それにしても、音とまったく関係ない動きをしているドラマーの左手は困る! この曲以後、多くのトラックでベースはキャロル・ケイがプレイした)

バッキンガムズ Mercy Mercy Mercy

(だれも弾いているフリなんかぜんぜんしていない! ギターはありえないコードを押さえているし、ベースは指を固定したまま、ドラムはバックビートではないところで左手を動かす。他のシングルとちがい、この曲のドラムだけは突っ込んでいないので、ジョン・グェランではないと思う。ハル・ブレインの可能性あり)

多少の例外はあるかもしれませんが、1966年までのCBSというのは、おおむねそういうレーベルでした。1967年はじめにあっては、CBSは「古くさい体質」の会社だったのです。

1967年は曲がり角の重要な年です。それなのにこんな状態では、会社の将来が危ぶまれます。年明けから世間はサイケデリック路線に突っ走りはじめていたのでありまして、66年暮れに保守の牙城リプリーズがリリースしたエレクトリック・プルーンズのI Had Too Much to Dream (Last Night)がビルボード・チャートにはいってきたのだから、CBSとしても考えざるを得ないでしょう(ただし、この曲はプロのソングライターの書いたもので、会社としては、モンキーズとさして懸隔のない、お子様タレント商売の変形と考えていたのかもしれない。たしかに、ギターのギミックは怪奇ソングの効果音の親類である)。

エレクトリック・プルーンズ 今夜は眠れない

(当時はマーシャルのアンプを直列でつないでどうしたこうしたとか、なんかすごいことを報道されていたが、このギター・ギミックもじつはリッチー・ポドラーがつくったそうで、このバンド、スタジオでなにをしたのか、わたしにはいまだにわからない。もっとも確率の高い答えは「なにもしなかった」または「カラオケにヴォーカル・オーヴァーダブをした」だろう)

ちょうどエルヴィスが登場したときと同じで、バスに乗り遅れるな、という競争になったようで、RCAはジェファーソン・エアプレイン、WBはグレイトフル・デッド、キャピトルはクウィックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィスというように、メイジャー・レーベルのタレント・スカウトが、サムソナイトに札束を詰め込んで(かどうかは知らない。小切手帳を胸に、だろうなあ)サンフランシスコ詣でに励んだといいます。

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ここからのCBSは過ぎたるは及ばざるがごとし的な爆走をしたのは、ざっとあの時代に彼らがリリースした盤を眺めればわかります。モビー・グレイプと同じころに、ビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニーと契約したのはまあいいとして、チェンバーズ・ブラザーズだの、シカゴだの、雪崩れるようにそちら側へと急傾斜で転がり落ちていき、ジョニー・マティスは忘れられることになってしまいます。

とまあ、そのような「クソ、また出遅れたか」状況で獲得したモビー・グレイプをどう売り出すかというときに、あの「weirdness」の時代の狂躁状態らしいアイディアが生まれました。「いっそ、全曲をいっせいにシングル盤にしてみてはどうだ? きっと大きな話題になるぜ」とだれかがいい、だれもが正気ではなかった時代なので、そのままこの愚案は実現してしまった、というしだいです。

冷静に考えれば、そんなことをしたらどれもヒットしないとわかるはずなのですが、会社のだれかは「1964年に、ビートルズは同時に何曲ビルボードに送り込んだ?」などと、比較にもならない比較でもやったのでしょう。事故が起きるときというのは、あとで冷静に振り返れば、信じられないほど馬鹿馬鹿しい判断ミスが重なるものです。

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もちろん、グレイプが大成しなかったのは、彼ら自身の問題の結果なのでしょうが、出足で大きく失敗するというのは、どんな分野だろうときびしいハンディキャップになるので、運もなかったと思います。Somebody to Loveが大ヒットしたジェファーソン・エアプレインとは天と地の相違です。

売れているあいだは、メンバー間の確執はとりあえず取り繕うことができますが、経済的にうまくいかなければ、感情的対立は増幅されることになります。もともと、長く一緒にやってきたメンバーではなく、デビュー直前に寄せ集められたグループなので、風雪の時代をともに耐える、なんて気分にはならなかったであろうことは容易に想像がつきます。

かくしてモビー・グレイプは、「デビュー・アルバムの全曲を同時にシングルとしてリリースしたロック・グループは?」というクイズの答え、たんなる珍奇なスーヴェニアでしかなくなってしまったのでした。

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しかし、ひるがえって考えると、そもそも「アルバム」はなぜ「アルバム」と呼ばれるかといえば、複数の78回転盤をまとめて、ひとつのパッケージにしたからです。何枚も盤があるところがまさに「アルバム」なのです。

多くはクラシックの長い曲をひとまとめにしたものだから、後年の「シングル盤」とはちょっとちがうのですが、でも、複数枚のセット、という意味では、モビー・グレイプは、アルバムをばらしてシングルをつくることで、アルバムの成立過程を逆にたどった、と云えなくもありません。

以上、コメント欄で書くわけにもいかず、記事に引っ越して、書き散らし候。

話はコロッと変わりますが、今日はなぜかアダモが聴きたくなったのでした。十分に長い時間さえあれば、確率的にこの宇宙ではどんなことでも生起しうる、のだそうですが、長く生きすぎた結果、アダモが聴きたい日に遭遇してしまいました。インシャ、ラー!

サルヴァトーレ・アダモ Inch Allah


サルヴァトーレ・アダモ En blue jeans et blouson d'cuir


まちがえて青江美奈のクリップを開いたかと思ったのでした!

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モビー・グレイプ Moby Grape (1st.) with bonuses
Moby Grape
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by songsf4s | 2010-08-26 23:54 | Guitar Instro
ギター・オン・ギター5 トッド・ラングレンのLove of the Common Man
タイトル
Love of the Common Man
アーティスト
Todd Rundgren
ライター
Todd Rundgren
収録アルバム
Faithful
リリース年
1976年
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時系列でいえば、これ以前に、へえ、と思ったギター・アンサンブルはあるのですが、ちょっとジャンプして1976年のトッド・ラングレンのトラックに進みます。

時系列順序にしたがって取り上げた、前回のモビー・グレイプのRounderが、「ギター・オン・ギター」サウンドとしては中途半端というか、不完全燃焼気味で、今回はこれ以上のものはヴェンチャーズのLolita Ya Yaしかないという、歌伴のギター・オン・ギターとしては最高峰、ほとんど完璧な出来のトラックを取り上げたくなったのです。

先日のアンドルー・ゴールドのIn My Lifeの記事で、トッド・ラングレンの完コピ・アルバムであるFaithfulにも言及しましたが、そういうトラックはLPのA面に集めてあり、B面はふつうの曲になっています。そのFaithfulの、べつに面白くもないB面における鶏群の一鶴、一曲だけ目立っていたのがLove of the Common Manです。

サンプル Todd Rungdren "Love of the Common Man"

2本のエレクトリックによるハーモニクスを使ったイントロ・ギター・リックも、派手ではないものの、さすがはトッドというアイディアで、これはまじめにつくった、いいトラックかもしれないと、瞬時にリスナーを身がまえさせます。

アコースティック・リズムを使ったヴァースのコードもけっこうです。そして、ヴァースの最後、Too late tomorrow/And everyoneのところで、左右に配した複数(右2、左1か?)のエレクトリックによるオブリガートが入ってくるところで、これだ、この音だ、と思います。

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LPを手放してしまったので、記憶で書く。たしか、デザインはこのように90度傾いていた。盤の取り出し口がそういう位置にあったのである。Faithfulの古いアメリカ盤LPをお持ちの方がいらしたら、確認してご連絡をいただけたらと思う。また、最近は文字の比率を大きくしたCDがあるようだが、LPはこれくらいの比率だったと思う。ゲーリー・バートンのDusterもそうだが、文字サイズの比率だけいじるようなこそくなデザイン変更は醜悪だ。そんなことをするなら、デザインを一新するほうがいい。まあ、まもなく盤自体が消えるのだろうから、どうでもいいが。

こういう展開できたのだから、間奏も当然、複数のギターによるもの以外にはありえません。きちんとデザインしたうえで、きれいに重ねた、お手本のようなギター・オン・ギター・サウンドです。ヴェンチャーズのLolita Ya Yaにまったく引けをとりません。まあ、あちらは全編がギター・オン・ギター、こちらはオブリガートと間奏だけなので、技術難度も、かけた手間もちがいますが、音の手ざわりは同質のすばらしさです。

◆ マルチ・トラック・レコーディングの血 ◆◆
トッド・ラングレンは、初期に、Runt: Ballad of Todd RundgrenとSomething/Anything?という二作で、多くのトラックをほとんどひとりで録音しています(前者ではベースをトニー・セイルズがプレイし、ダブル・アルバムSomething/ Anything?のD面をのぞく3面のトラックをすべてひとりで録音している)。

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エミット・ローズがすべてひとりでやったアルバムを1970年にリリースしていますが、なんだか精気のない寂しいサウンドで、わたしはあまり好きではありませんでした。トッドは、エミット・ローズよりずっと豊かで、にぎやかなサウンドをつくっています。キャラクターのちがいに由来するのかもしれませんが、音楽的に見るならば、楽器を重ねることに対する考え方のちがいが生んだ結果といえるのではないでしょうか。

Runt: The Ballad of Todd Rundgrenには、目立ったギター・アレンジはなかったと思いますが、Something/Anything?には、すでにLove of the Common Manの萌芽があります。

トッド・ラングレン I Saw the Light(スタジオ録音)


YouTubeの音ではわかりにくいかもしれませんが、キャロル・キングのパスティーシュのようなこのI Saw the Lightのギターによる間奏も、やはり一本ではなく、二本のギターで同じフレーズを弾いています。

ひとりで多重録音をしていれば、いやでも音の重ね方ということを深く考えざるを得なくなり、神経がとぎすまされていったのだろうと思います。トッド・ラングレンはすぐにひとり多重録音をやめてしまいますが、このときの経験はのちのプロデューシングに生かされたと感じます。その結実がLove of the Common Manですが、彼がプロデュースしたグランド・ファンク・レイルロードLocommotionのヴォーカルの厚みにも、そうした嗜好が仄見えます。

もう一曲、1972年のSomething/Anything?から、C面収録のトラックをひとつ。ギター・オン・ギター的観点からはイントロにすべてがあります。

サンプル Todd Rundgren "Couldn't I Just Tell You"

こちらは複数のアコースティック・ギターで同じリックをプレイし、そこにさらに、途中からエレクトリックも重ねて(こちらも複数だと思われる)、豊かなギター・サウンドをつくっています。とくに面白い曲ではないのですが、ギターのコンビネーションだけで十分にグッド・フィーリンを実現しています。

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トッド・ラングレンの面白さは、ギターにかぎらず、「音をいかに重ねるか」にあります。ギター・オン・ギターという文脈で持ちだしたので、ギターの重ね方に興趣のあるトラックを選びましたが、もっと広い意味でいえば「サウンド・オン・サウンド」ということをつねに強く意識して盤をつくったミュージシャンのひとりといえます。

表面的な音は異なるのですが、音に対する考え方の本質において、トッド・ラングレンは、、サウンド・オン・サウンドの始祖レス・ポール、その完全なる完成者フィル・スペクター、そして、それをべつの文脈にパラフレーズし、洗練を加えたブライアン・ウィルソンといった人びとの系譜につらなっているのは明らかです。たまたま、ギターを弾くことの多いプレイヤーだったので、いくつか典型的な「ギター・オン・ギター」サウンドのトラックを残しましたが、それ以前に、もっと大きな意味で、つねに「サウンド・オン・サウンド」を追求したミュージシャンだったといえるでしょう。

ここまでくるともう極北、あとは薄味にならざるをえないのですが、まだ興味深いギター・オン・ギターの例が70年代にはあるので、もうすこしこのシリーズをつづけることにします。


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Something/Anything
Something/Anything

Faithful
Faithful



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by songsf4s | 2010-08-25 23:52 | Guitar Instro
ギター・オン・ギター4 モビー・グレイプのRounder他
タイトル
Rounder
アーティスト
Moby Grape
ライター
Skip Spence
収録アルバム
Vintage: The Very Best of Moby Grape
リリース年
(録音)1967年
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ツイッターでわたしをフォローなさっている方は悩まされたかもしれませんが、今日、サンプルのホストにしているアカウントを見てまわり、どんな曲の人気が高いかなんてことを事細かにツイートしました。

それで首をかしげたのは、box.netに置いた曲のほうが、4sharedに置いた曲より、はるかによくアクセスされていることです。

4sharedはそんなに使いにくいのかと思って、自分で前回アップしたヴェンチャーズを聴いてみました。ハッキリ云えることは、box.netよりゴチャゴチャと画面がうるさい、したがってちょっと重い、ということです。box.netはあの調子だから、一目で操作方法がわかるのに、4sharedは慣れないとプレイするのも、それ以外のこと(と婉曲にいってみた)をするのも、一瞬、戸惑うかもしれません。

わたしとしても、できれば全部box.netに置きたいのですが、1アカウント1GBというきつい制限が邪魔なのです。1GBなんてあっという間に使いつぶしてしまいます。さりながら、お客さん方としては、box.netのすっきりしたユーザー・インターフェイスのほうがずっと使いやすいだろうと思います。

まあ、考えたところで意味はないので、やはりbox.net中心に戻そうと思います。ほとんどアクセスがないであろう地味なものは4sharedにもっていくことにします。

それで、二つあるbox.netのアカウントのうち、古いほうがちょっと危ないので、アクセスの少ないものからすこしずつ消していく予定です。落語のアクセスは少なめなので、まずそのへんから削除します。むやみにアクセスが多い人見明とスウィングボーイズは残しておきますが!

◆ 幻の納涼名人寄席 ◆◆
そういえば、正月以来の寄席を企画していると書きましたが、取りやめることにしました。ほとんどアクセスがないわりに、ファイルサイズが大きく、そのうえリスクがあるので、あまりやる意味がないと考えるに至りました。

いちおう、予定していたプログラムだけ以下にあげておきます。ファイル名の順なので、順番には意味がありません。

夏ドロ――三代目三遊亭金馬
須磨の浦風――四代目三遊亭圓馬
扇風機――春風亭柳昇
両国八景――八代目雷門助六
千両みかん――八代目林家正蔵
夏の風物詩――九代目鈴々舎馬風
あきれた紙芝居――あきれたボーイズ
船徳――八代目桂文楽
三味線ラ・クンパルシータ 三味線セントルイスブルース――三味線豊吉
声帯模写――古川ロッパ
夏の医者――桂枝雀
佃祭――五代目古今亭志ん生

「千両みかん」は十代目金原亭馬生のもののほうがいいかもしれません。落語にはじつにさまざまなサゲがありますが、「千両みかん」のサゲほどめまいをおこさせるものはほかにないでしょう。

一説によると「千両みかん」は、現在も創業の地・神田須田町で商売をつづけている、果物屋兼フルーツパーラー「万惣」のコマーシャルとしてつくられた噺だそうです。同じくコマーシャルとしてつくられた「王子の狐」よりよくできていると思います。

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まあ、CM落語では「百川」のトップは動かないでしょうが、肝心の料亭「百川」が店を閉じてしまったのが弱いと思います。「千両みかん」を聴けば、暑い日に万惣で冷たいものなんてけっこうだねえ、と思うし、「王子の狐」を聴けば、いちど扇屋の卵焼きというのを食してみよう、なんて思いますからね。おっと、いま調べたら、扇屋は料亭を閉じ、卵焼きの販売だけをつづけているそうです。年一回の「王子の狐を聴く会」もなくなってしまったのでしょうか。

◆ ロック・グループによるギター・アンサンブル ◆◆
弱いといえば、8ビート版「ギター・オン・ギター」は第2回目にして早くも、ちょっと弱いつなぎ目にさしかかります。微妙なギター・アンサンブルなのです。どう微妙かは、実例を聴いていただいたほうがわかりが早いと思います。以下のサンプルはバックトラックのみですが、ヴォーカルが載ったライヴ・ヴァージョン(歌入りスタジオ録音は存在しない)よりずっといい出来です。

サンプル Moby Grape "Rounder" (backtrack only)

こういうギター・リックは好みで、プレイ・アロングしたくなります(というのは口先だけ。引越以来、ギターに弦を張ってすらいない)。左右のギターが重なりそうになる一瞬はスリリングなのですがねえ。ギターを重ねたアンサンブルをやってみようという気はチラッとあるのです。でも、自覚が足りないせいで、ギターを重ねたサウンドというものを「追求」するにはいたっていません。可能性はあったのに、途中で流産してしまった、というあたり。

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エポニマス・タイトルのデビュー盤。全曲をシングルにするなどという大馬鹿なプロモーションをした。わたしが買ったのはリリースからだいぶたった70年代はじめのことで、「ポスター入ってるよ」というシールは貼ってあるけれど、そのポスターの現物は入っていないという情けないものだった。つまらないことを覚えているものだ。

Rounderは、当時は盤にならず、ベストCD「Vintage」ではじめて陽の目を見たのですが、ライヴではやっていたようです。歌入りライヴ・ヴァージョンはたいした出来ではないので、YouTubeのクリップでどうぞ。



イントロはややゆっくりめのテンポなのですが、ヴァースに入ったとたん、ギアが一段シフトしてしまうところが、60年代のバンドです。モビー・グレイプのドラマー、ドン・スティーヴンソンは走る人で、このRounderライヴ録音では、さらにもう一段加速する箇所があります! 最初と最後ではテンポがまったくちがっていて、あらあら、おやおや、です。

◆ はっぴいグレイプ ◆◆
サンフランシスコのバンドというのは、グレイトフル・デッドのフィル・レッシュ、ジェファーソン・エアプレインのジャック・キャサディーと、不思議にうまいベースが多いのですが、モビー・グレイプのボブ・モズリーもちょっとしたプレイヤーで、細野晴臣に強い影響を与えたことはご存知のとおり。Rounderのベース・ラインも、なんだかはっぴいえんどを思い起こさせます。

モビー・グレイプの曲のなかで、はっぴいえんどの音ともっとも近縁性があるのは、このトラックだろうと思います。

モビー・グレイプ He


こればかりでなく、鈴木茂は、何度かグレイプからトーンのヒントを得ていると思います。

モビー・グレイプ Can't Be So Bad


◆ アコースティック・ロック ◆◆
ギター・アンサンブルに話を戻します。モビー・グレイプには、まだ惜しいトラックがあります。

統計をとるには十分なサンプルとは云えないのですが、いくつか見たライヴ・クリップでは、主としてジェリー・ミラーがリードをとっているようですし、スキップ・スペンスがコード・ストローク以外のことをしているものはありませんでした。スタジオでも、リードをとったり、オブリガートを入れたりするのは、ミラーとルイスの役割だったのだろうと想像できます。

これなんかも、もっとギターどうしをよくからめるように考えたら、さらに面白くなっただろうにと思うのですが……。

モビー・グレイプ Someday


つぎはギター・アンサンブルの例というにはちょっときびしいのですが、ギターが気持のいい曲で、またしても、もうすこしきちんとギターを重ねることを考えてちょうだい、とお願いしたくなる曲です。これはYouTubeの音ではつまらないので、自前のサンプルにします。

サンプル Moby Grape "8:05"

最後に、だれか(スキップ・スペンス?)が抜けてすっきりした後期グレイプの、またまたフォークロック系バラッド。これも、ギターはもう半歩なのに、惜しい、というパターン。

モビー・グレイプ It's a Beautiful Day Today


◆ 脇道 ◆◆
関連動画にバッファロー・スプリングフィールドのモンタレーでのFor What It's Worthというのが引っかかって、つい見てしまいました。デイヴィッド・クロスビーがバーズと険悪になって、バッファローの連中と一緒にいたというのは、あちこちに書かれていますが、じっさいのクリップを見たら、クロスビーがいるだけでなく、ニール・ヤングがいないので、大笑いしました。はじめからずっとそういうバンドだったのねー、です。

バッファロー・スプリングフィールド For What It's Worth (Monterey Pop Festival)


考えてみると、バッファロー・スプリングフィールドも三人のギタリストがいて、そのうち二人はソロをとるのですが、ギター・アンサンブルがどうのという曲は思いつきません。二人とも好き勝手にやっているか、どちらかはスタジオに顔を出さないか、ま、そんなあたりでしょう。ジェイムズ・バートンがドブロを弾いたトラックもありました。


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モビー・グレイプ Vintage(ふつうはこの二枚組があれば十分)
Vintage: Best of
Vintage: Best of


Place & The Time
Place & The Time


モビー・グレイプ Moby Grape (1st.) with bonuses
Moby Grape
Moby Grape

グレイプ関係は火にくべたくなる愚作が豊富なのでご用心。モビー・グレイプ名義では20 Granite Creekが最悪、まったく聴きどころナシ。ソロではスキップ・スペンス、ボブ・モズリー、ともに純粋なゴミを生産した。こんなこと、知らないですめばよかったのにと思う、ほとんどすべての盤を聴いてしまった。オリジナル盤では、やはりデビュー盤Moby Grapeが頭抜けて出来がよく、あとはとくにいいものはない。


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by songsf4s | 2010-08-24 23:55 | Guitar Instro
ギター・オン・ギター3 ヴェンチャーズのLolita Ya Ya他
タイトル
Lolita Ya Ya
アーティスト
The Ventures
ライター
Bob Harris, Nelson Riddle
収録アルバム
Going to the Ventures Dance Party!
リリース年
1962年
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「恒例」などといっておいて、先月はウェブが使えなかったのでサボってしまった、アクセス・キーワードのリスト、はや今月も下旬になってしまいましたが、昨日までの結果をご覧いただきましょう。

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「パシフィック・パーク茅ヶ崎」にふれたのは、ビリー・ヴォーンのPearly Shellsの記事です。とくにくわしくふれたわけではありませんが、例によってブックマークがわりにこのキーワードをご利用の方がいらっしゃるのでしょう。

「芦川いづみ」キーワードは、毎度どうもありがとうございます、と頭が下がってしまいます。月初めのまだキーワードが少ないとき、「芦川いづみDVDセレクション」というものもランクインしていました。

『硝子のジョニー 野獣のように見えて』
『あした晴れるか』
『誘惑』

という三本がセットになったDVDボックスだそうです。『硝子のジョニー』は、宍戸錠、アイジョージとの共演で、芦川いづみは、彼女としてはほとんどスペクトル領域外というべき、汚れ役を演じていました。数十年前に見たきりで、ディテールは忘れてしまいましたが、あまり日活らしさのない映画です。



わたしとしては、お嬢様風の芦川いづみのほうがずっといいと思いますが、女優のキャリアにはこういう役も必要だったのでしょう。でも、やっぱり、こういう映画のほうが……。

あいつと私


大々的に記事にしたときにはなかったクリップを見つけたので、もうひとついってみましょう。豪快なキャメラワークによるオープニング・クレジットは素晴らしいのですが、芦川いづみはなかなか出てきません。でも、いざ登場の段になれば、これがじつに印象的なのです。『俺は待ってるぜ』の北原美枝の登場するところとどっちがいいかってくらいです。

霧笛が俺を呼んでいる


『あした晴れるか』は重要性の低い作品とみなされていますが、わたしは好きです。いきなり昔のやっちゃば(秋葉原駅付近にあった東京青果市場)から、石原裕次郎が三輪トラックに乗って飛び出してくるという、いかにも日活らしい、ただし、陰影のない、したがって評論家がほめない、明朗闊達な映画でした。芦川いづみは、裕次郎を担当する雑誌編集者という役だったような気がします。カチッとした珍妙な黒縁眼鏡をかけて、変なインテリ女性を演じていました。

裕次郎の役はたしかカメラマンで、東京中を写して歩くという話なので、町の風景を見るのが大好きなわたしのような人間は、むやみにストップして、ディテールを確認しながら見ちゃうという、素晴らしい映画です。裕次郎は、佃島に住んでいるという設定だったような記憶あり。映画の出来がどうのなどというまえに、記録された東京に圧倒されます。最後の『誘惑』という映画は未見です。

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『日本のいちばん長い日』『ジム・ゴードン』『八月の濡れた砂』に関しては、たっぷり文字を費やしたので、検索されても不思議はありませんし、こうしたキーワードで当家にいらしても、なんだ、これだけか、と失望なさることはないだろうと思います(まあ、腹を立てる方はいらっしゃるかもしれませんが!)。

「バークレー牧場」については、それほどくわしくふれたわけではないのですが(再見できず、記憶のみに頼って書いた)、そもそも、このドラマにふれている日本語のページなど、ほとんどないでしょうから、粗末な記事でもそれなりに読んでいただけたかもしれません。

バークレー牧場(The Big Valley)オープニング&エンディング・クレジット


いやまったく、けっこうな楽曲、けっこうなサウンド、申し分ありません。ジョージ・デューニングの曲だけ集めて聴いてみたくなります。

Beyond the Reef(「珊瑚礁の彼方に」)は、四回に分けて、マーティー・ロビンズエルヴィス・プレスリーヴェンチャーズ、そして山口淑子(李香蘭)のヴァージョンにふれています。

How High the Moonのキーワードもつねに上位にありますし、ヴォーン・モンローヴェンチャーズの二回に分けてとりあげた(Ghost) Riders in the Skyも同様です。

パトリシア・ニールは、『007は二度死ぬ』のテーマ曲を取り上げたときに、脚本家としてこの映画の製作に参加したロアルド・ダールの夫人としてご紹介しただけで、ほんのわずかな言及しかしていません。相済みません。昔見た『摩天楼』、ちょっと再見したいような気がします(いま『蜃気楼』と書きそうになり、ちがうような気がして、フィルモグラフィーを見た。ボケはじめたかもしれない)。

以上、検索で当家にたどり着かれたかたにも、ブックマークなさっているかたにも、いつものように厚く御礼申し上げます。

◆ Lolita Ya YaとLucille ◆◆
例によって長い枕になりましたが、ここから本題です。比較的最近のことですが、その1その2の二度にわたって、「ギター・オン・ギター」という記事を掲載しました。8ビートの世界では、複数のギターを重ねるのは当たり前、でも、そういうことはめったにしない4ビートの世界にもギター・アンサンブルはある、というので、そういう例をいくつかお聴きいただきました。

しかし、かつてLolita Ya Ya by the Venturesという記事に書いたように、8ビートの世界にも、「当たり前」とはいえないほど、複数のギターの配置の仕方に知恵を絞ったものがあります。今日から数回に分けて、そういうものをお聴きいただく予定です。まずは、そのヴェンチャーズのLolita Ya Yaからです。

サンプル The Ventures "Lolita Ya Ya"

この曲については、オリジナル記事である、上記Lolita Ya Ya by the Venturesで詳細に書いたので、気になることがあれば、そちらをご覧ください。

いや、聴けば聴くほど、ハリウッドのインフラストラクチャーの厚みをひしひしと感じたあげく、圧死しそうになります。多数の楽器をいかに配置するかという設計も素晴らしいし、全員一糸乱れぬ規定演技もお見事、数回にわたるオーヴァーダブをしたであろうに、それをまったく感じさせない録音とミックスダウンも素晴らしく、文句のつけようがありません。

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データがないのですが、やっぱり場所はユナイティッド・ウェスタン、卓に坐ったのはボーンズ・ハウでしょうか。すごい音だとつくづく感心します。

それにしても、こういうアレンジをしてみようというのは、だれのアイディアだったのでしょうか。ボブ・レイズドーフ? ほとんどオーケストレーターの発想で、ロックンロールのニュアンスはありません。

しかし、ロックンロール・ニュアンスのギター・アンサンブルもあります。Lolita Ya Yaが収録されたGoing to the Ventures Dance Partyのひとつ前のアルバム、Mashed Potatoes and Gravyから1曲。

サンプル The Ventures "Lucille"

こちらはリードは2本、せいぜい多いところでも3本とシンプルですし、インフラストラクチャーの厚みというより、個人技の集積というムードです。こんな曲、インストにならんだろうといいたくなりますが、案に相違して、じつに面白い味のあるトラックに仕上がっています。ベンドのかけ方がなんとも微妙で、そのあたりが味の出た理由のような気がします。

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時期的に考えて、リードのひとりはビリー・ストレンジ御大でしょう。もうひとりはだれでしょうか。まあ、トミー・テデスコ、グレン・キャンベル、ジェイムズ・バートン、その他うまい人はいくらでもいるので、特定は困難です。

奇妙なストローク・パターンのリズム・ギターはやはりCKさんだろうと推測します。凡庸なプレイが大嫌いな人ですから。ベースはレイ・ポールマンだろうと思います。何カ所か、遅れているところがあるのは、親指ピッキングのせいでしょう。かつてCKさんに、レイ・ポールマンは親指ピッキングだったという話を伺って、親指では16分は無理では、といったら、そう、だからわたしに仕事が来るようになった、とのことでした。親指だと、アップのときにタイムが乱れやすいと思います。そのあたりは、人差し指一本だったチャック・レイニーも同じで、ダウンのときにタイムが乱れることがあります。ラスカルズのIf You Knewが典型。まあ、レイニーの乱れは味になっていましたが。

ヴェンチャーズには、ほかにもリードを重ねたトラックがありますが、そんなことをいっていると終わらなくなるので、2曲だけにしておき、次回はべつのアーティストのロックンロール・ギター・アンサンブルを聴いてみようと思います。


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Mashed Potatoes & Gravy / Going to Ventures Dance
Mashed Potatoes & Gravy / Going to Ventures Dance

芦川いづみ DVDセレクション
芦川いづみ DVDセレクション


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by songsf4s | 2010-08-23 23:54 | Guitar Instro
Ethnic Theme by Martial Solal(ジャン・ベッケル監督『黄金の男』より その3)

昨日はわが家の前の公園で大盆踊り大会があり、午前中から屋台が出て、本番前から景気づけにあれやこれやの音頭が大音響で流れ、まともにものを考えられる状態ではなかったので、ブログのメインテナンスなどしていました。

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エクサイト・ブログはツイッターへの対応が遅く、リツイート・ボタンを表示できるようになったのはつい最近のことです。したがって、昔の記事にはそのようなものは表示させていなかったのですが、ラベルの付け替えをやったついでに、映画記事の多くにリツイート・ボタンを表示させました。

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ラベルなどの間違いがないか、あとで確認したら、もうリツイートされている記事がかなりあって驚きました。ただ、リツイート・ボタンに関しては一括処理ができず、ひとつひとつ記事を開いて設定変更をしなければならないため、いますぐ過去の記事のすべてリツイート・ボタンをつけるわけには、残念ながらいきません。自分でも知りませんでしたが、さっき記事数を確認したら680本あるそうですから!

◆ マルシャル・ソラルのスコアつづき ◆◆
さて、『黄金の男』最終回、まずはスコアの残りから。

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あ、そのまえに。受けないかもしれないなあ、と恐る恐るサンプルをアップした『黄金の男』のテーマ曲、Generiqueが多くの方に聴かれていることをご報告しておきます。われながら変なものを持ちだすことが多いと自覚があるので、受けなくてもしかたないといつも思ってはいるのですが、やっぱり多くの方に関心をもっていただけるほうがうれしいに決まっています。

では、マルシャル・ソラルによる『黄金の男』のスコア、さらに3曲いってみます。

サンプル Martial Solal "Ethnic"
サンプル Martial Solal "Driving 3"
サンプル Martial Solal "On the Train"

いずれもモノーラル、タイトルはわたしが恣意的につけたものにすぎません。Etnicと題したものは、レバノンだったか、アテネだったか(もう忘れている!)、町を走るショットで流れるトラックです。管によるメロディーはテーマ曲Generiqueと同じもの。ギター系の撥弦楽器のオブリガートが入っています。これがハリウッドだったら、気にせずにマンドリンとギターでやるでしょうが、フランス人はまじめにエスニック楽器を使ったかもしれません。

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Driving 3は、人数多めの管のアンサンブルが魅力的です。8~10人ぐらいの感じでしょうか。サックスの人数が増えると、管のアンサンブルはいい音になります。この曲では、最低でも、バリトン×1、テナー×2、アルト×1はいるでしょう。この上にトロンボーンと複数のトランペットをのせています。

ベルモンドは、黄金のトライアンフを船荷にし、自分は列車でフランスに向かいます。組織を裏切ったせいで一文なしになり、車掌が「切符拝見」とまわってきたときには、列車の外にぶらさがってやり過ごします。そういう列車上のシークェンスで流れるのがOn the Trainという曲です。

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このシーン、合成ではなく、ベルモンドがほんとうにやっているように見えて怖いのですが、どうなのでしょうね。小林旭はスタントマンを使わなかったことで有名ですし(じっさい、もうちょっとで死にそうになったのだとか)、『続・夕陽のガンマン』ではイーライ・ウォラックもギョッとするようなショットをスタントなしで撮っているので(「黄金光音堂」の「続・夕陽のガンマン」記事で、イーライ・ウォラックのスクリーン・ショットを見る)、ベルモンドも危険な撮影をした可能性なしとはしません。

フランスもやはり日本と同じで、全編にオーケストラ音楽を流すなどという贅沢ができるのは、一部の映画にかぎられていたというだけなのでしょうが、苦しまぎれの小編成の思わぬ福音で、いま聴いてもじつにクールなスコアができあがったと思います。『勝手にしやがれ』の付録などという継子扱いではなく、フルスコアをリリースする価値は十分にあるでしょう。

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◆ ジーン・セバーグの官能とFBI ◆◆
初見のときは思春期だったので、『黄金の男』のジーン・セバーグにはドキドキしました。『越前竹人形』の若尾文子の入浴シーンと、『黄金の男』のジーン・セバーグのベッド・シーン、どっちが官能的かってくらいで、これですっかりジーン・セバーグ贔屓になり、うかうかと『ペルーの鳥』なんていう変な映画まで見てしまいました。中学生にはさっぱりわからない話で、再見したいような気もしますが、いまなら30分も見たら投げてしまいそうな懈い展開だったと記憶しています。

あとから見た『勝手にしやがれ』や『悲しみよこんにちは』のときも、やはり素晴らしいと思いましたが(『大空港』のときには、すでに「懐かしい女優」になってしまっていた)、どちらも『黄金の男』のように、ぜひもう一度みたいと思ったことはありません。なんせわたしは日活アクションのファンですから、金塊密輸とか、組織と一匹狼とか、そういうほうがずっと性に合っているのです。

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最初は、「ようよう、せっかく一緒に仕事をするんだから、楽しもうぜ」と迫るベルモンドを、なにいってんだか、このバカは、という調子でぜんぜん相手にしないのに、前フリなしで、ある夜、あっさり身をまかせてしまうところが、子どものころはもちろん、いまもよくわかりません。フランス人の目には、あれが当たり前に見えるのかもしれませんがね。

ほら、つまり、なんていうか、「貞操? それはラテン語ですか?」みたいなメンタリティーがあるわけじゃないですか、彼らには。イタリア人もそうですが。だから、女が男と寝るのに、特段の理由付けは不要と考えるのだろうと想像するしか、この唐突な展開につける説明は思いつきません。わたしは古い日本人なので、もうすこし手順を踏むんじゃないのー、と文句を垂れそうになります。

子どものときは、この味がわかったはずがないのですが、でも、ベッドに入ってからのジーン・セバーグのふるまいとセリフには、思わずニヤニヤします。

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てな感じで腋の下の官能という「高度なエロティシズム」を描出したうえで(映画監督に必要な資質その1、天然スケベであること、という条件を十分に満たしている!)、ジーン・セバーグはサングラスをかけます(いや、サングラスをとるために腋の下を見せる)。そして、つぎのセリフ。

「サングラスしてもいい?」
「かまわないけど、どうして?」
「見たくないの」


思わず爆笑しましたね。いろいろ意味深長なセリフというのはありますが、これはAプラス。そうか、当人も見たくないようなことをするのか!@↓@!

ダメ押しのセリフもあります。翌朝、ジーン・セバーグがベッドに横たわったまま、ベルモンドにききます。

「サングラス、気になった?」
「いいや、気に入ったよ」


解釈はご自由に。まったく、フランス人ぐらいスケベじゃないと、こういうセリフは思いつきませんぜ。

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てなわけで、セリフの味なんか小学生にわかるはずもありませんが、ジーン・セバーグの魅力は子どもにもよくわかったのでした!

昔、ジーン・セバーグの映画が飛び飛びにしか見られないことを不思議に思いました。キャリアに妙なブレがあるのです。ロマン・ギャリだなんて妙な男を亭主にしたからだろう、なんて思っていましたが、かならずしもそれが原因ではなかったようです。

1970年に「ロサンジェルス・タイムズ」紙が、ジーン・セバーグが夫以外の男の子どもを身ごもったというゴシップ記事を掲載したのだそうですが、後年、それがFBIの仕組んだ陰謀だったことがわかった、という記事を読みました。彼女の政治活動がエドガー・フーヴァーの癇に障ったのだそうです。ジョン・レノンと似たようなケースです。

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まったく、ジョゼフ・マカーシーはとうに失脚、死亡(1957年)していたのに、エドガー・フーヴァーは依然として非公然の赤狩りを継続していたのだから呆れます。そういえば、ジェイムズ・エルロイのつぎの長編はこの時期を扱うと予想されるのですが、もう書かないのでしょうかね。エルロイのフーヴァー像はすごいもんです。

◆ 暗黒街の伊達男 ◆◆
こういう些末なことは、お客さんのどなたももうお忘れでしょうが、『黄金の男』をとりあげたのは、つい先日の「『ゴールドフィンガー』と『チキ・チキ・バン・バン』と『太陽の下の10万ドル』」という、ドイツの俳優ゲルト・フレーベに関する記事からの流れで出てきたものでもあります。

フレーベはじつにいろいろなタイプの役を演じられる俳優で、たいしたものだと思いますが、『黄金の男』もまたタイプが異なり、じつに楽しませてくれます。初登場シーンは、ベルモンドのアパートを訪ねるというシテュエーションですが、強面なのに、寝ぼけているベルモンドにコーヒーを淹れてあげる愛想のよさで、それがかえって怖く、大物ぶりを印象づけます。いい演出、いい役者、拍手。

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もっと怖いのは、金塊を買おうと申し出た歯医者の診療所をベルモンドが訪ねるシーンです。情報は筒抜けになっていて、ベルモンドはゲルト・フレーベ率いる男たちに待ち伏せされてしまいます。

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歯医者は診療椅子の上で首を切られて死んでいます。それを見せたうえでフレーベは、車をどこにやった、いわないなら、歯の治療をしてやろう、もっとも、医者は素人だから、ちょっと痛いかもしれないが、と脅します。

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それって死ぬほど痛いぜ、と観客は震え上がりますが、ベルモンドも軽薄なお調子者なので、すぐさま降参してしまい、われわれもホッとします。

いやしかし、忘れもしない、ウィリアム・ゴールドマン原作脚本、ジョン・シュレジンジャー監督、ダスティン・ホフマン主演の『マラソン・マン』では、ローレンス・オリヴィエ扮する元ナチスの歯科医がこれをやるんですよねえ。映画のなかで見たいろいろな拷問のなかで、これは「お願いだからわたしにだけはしないでほしいこと」のワースト3に入れます。

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ローレンス・オリヴィエとダスティン・ホフマン。『マラソン・マン』より。

話は脇に逸れますが、小説家としても、脚本家としても、昔はウィリアム・ゴールドマンが大好きでした。小説『マラソン・マン』のほうの続篇、『ブラザーズ』というのがまた残酷な話で、あれも映画化すればよかったのにと思います。いや、『プリンセス・ブライド』というチャーミングな小説もあって、こちらは映画化もされています。

ウィリアム・ゴールドマンの脚本家としての代表作は『明日に向かって撃て!』と『動く標的』あたりでしょう。ドナルド・E・ウェストレイクが生んだ、世界一不運にして不世出の天才大泥棒ジョン・ドートマンダー・シリーズの一作を映画化した『ホット・ロック』の脚本もゴールドマンです。

キャロル・ケイは『ホット・ロック』について、映画の最後に録音参加プレイヤーの名前を長々と列挙した稀少な映画、といっていました。たしかに、どっからどう見てもキャロル・ケイというベースが聴けます。クレジットは小さくてわからないのですが!

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閑話休題。べつにフレーベの意図ではないでしょうが、この役者はファッションも楽しませてくれます。というか、高い服地をていねいに仕立てた服を、ちゃんと高級品らしく見えるように着こなす才能があるのかもしれません。『ゴールドフィンガー』と並んで、『黄金の男』も暗黒街の顔役らしい着こなしで、おおいに楽しませてくれます。安っぽい悪党を演じた『太陽の下の10万ドル』での着こなしとは好対照です。

話はあちこちに飛びましたが、以上で『黄金の男』はおしまいです。日本語版DVDをぜひともリリースすべきだ、などとは申しませんが、音楽のほうから再発見、というか、これまで評価らしい評価はないのだから、「再」は不要で、ただの「発見」かもしれませんが、そういうことが起きる可能性もゼロではないでしょう。どうであれ、昔より現代のほうが受け入れられる可能性の高い映画だと思います。

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エンド・タイトルが流れはじめた瞬間、いきなりコスタ・ガヴラスの名前が出て驚いた。肩書きはチーフ助監督。



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by songsf4s | 2010-08-22 23:52 | 映画・TV音楽