<   2010年 06月 ( 15 )   > この月の画像一覧
2010年1~6月の記事タイトル一覧

新春名人寄席
正月映画 『眠狂四郎 勝負』
正月映画 Let It Snow! by the Glenn Miller Orchestra (『あなたが寝ている間に』より その1)
正月映画 Let It Snow! by the Glenn Miller Orchestra (『あなたが寝ている間に』より その2)
更新のお知らせ
映画『2010年』(2010: The Year We Make Contact)
黒い霧の町 by 赤木圭一郎(日活映画『拳銃無頼帖 抜き射ちの竜』より その1)
一対一のブルース by 西田佐知子(日活映画『拳銃無頼帖 抜き射ちの竜』より その2)
『赤いハンカチ』予告篇(日活映画『赤いハンカチ』より その1)

(仮)埠頭に死す by 伊部晴美(日活映画『赤いハンカチ』より その2)
(仮)フロア・ダンス by 伊部晴美(日活映画『赤いハンカチ』より その3)
(仮)突堤にて by 伊部晴美(日活映画『赤いハンカチ』より その4)
(仮)夜のハイウェイ by 伊部晴美(日活映画『赤いハンカチ』より その5)
(仮)最後の弾丸 by 伊部晴美(日活映画『赤いハンカチ』より その6)

セット、ロケ考 (日活映画『赤いハンカチ』より その7)
双葉十三郎没す
ほんのすこし違うビートルズ――ビートルズUSBボックスのA Hard Day's Night試聴
タイトル・ミュージック by 伊部晴美(日活映画『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』より その1)
(仮)暴動序曲 by 伊部晴美(日活映画『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』より その2)
(仮)案外悪趣味なギャング by 伊部晴美(日活映画『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』より その3)
六三年のダンディ by 星ナオミ&&宍戸錠(日活映画『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』より その4)

And Your Bird Can Sing (early take) by the Beatles
I'll Get You by the Beatles
I'll Be Back by the Beatles
I Don't Want to Spoil the Party by the Beatles
You're Going To Lose That Girl by the Beatles
バカとリコウ by 吉村アキ(日活映画『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』より その5)
玉置宏没す
サックス・メロディー by 伊部晴美(日活映画『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』より その6)
メイン・タイトル by 斎藤一郎(東宝映画『浮雲』より) その1
メイン・タイトル by 斎藤一郎(東宝映画『浮雲』より) その2
夜来香(日本語ヴァージョン) by 李香蘭(新東宝映画『暁の追跡』より その1)
メイン・タイトル by 飯田信夫(新東宝映画『暁の追跡』より その2)
(仮)キャバレー・ブルー・クイーン by 飯田信夫(新東宝映画『暁の追跡』より その3)

そして写真だけが残る(ことになるだろう) その1 トム・リーミー『サンディエゴ・ライトフット・スー』
そして写真だけが残る(ことになるだろう) その2 あがた森魚+林静一『うた絵本 赤色エレジー』
そして写真だけが残る(ことになるだろう) その3 鈴木惣太郎著『不滅の大投手・沢村栄治』
そして写真だけが残る(ことになるだろう) その4 谷譲次『テキサス無宿』『めりけんじゃっぷ商売往来』
そして写真だけが残る(ことになるだろう) その5 柴田錬三郎作・横尾忠則挿絵『絵草紙 うろつき夜太』
そして写真だけが残る(ことになるだろう) その6 スモール・フェイシーズの缶入Ogden's Nut Gone Flake
そして写真だけが残る(ことになるだろう) その7 『真説・日本忍者列伝』と『萬川集海』

追悼・木村威夫 鈴木清順監督『悪太郎』 その1
追悼・木村威夫 鈴木清順監督『悪太郎』その2
「湖畔のふたり」「『浮雲』のテーマ」ボブ・ウィルズのRoly Polyほか
むつひろし『八月の濡れた砂』スコア
佐藤勝・武満徹『狂った果実』および寺部頼幸「想い出」補足
佐藤勝・武満徹『狂った果実』および寺部頼幸「想い出」補足 その2
ラウンジ春宵一刻
木村威夫追悼 鈴木清順監督『悪太郎』その3
木村威夫追悼 鈴木清順監督『悪太郎』その4
外は寒いぜベイビー――ディーン・マーティンのBaby It's Cold Outside
表裏一体45回転――ドン・マクリーンのAmerican Pie
ジム・ゴードン、ジム・ケルトナー、B・J・ウィルソン、ディノ・ダネリ、ソニー・ペイン、ハル・ブレイン

木村威夫追悼 鈴木清順監督『花と怒涛』その1
木村威夫追悼 鈴木清順監督『花と怒涛』その2
木村威夫追悼 鈴木清順監督『花と怒涛』その3
横浜映画
木村威夫追悼 鈴木清順監督『花と怒涛』その4
木村威夫追悼 鈴木清順監督『花と怒涛』その5
ラウンジ春宵二刻――Lullaby of Broadway by the Fantastic Strings of Felix Slatkin
獅子文六『やっさもっさ』に描かれた占領時代の馬車道通り
ギター・オン・ギター ハーブ・エリス、ボビー・ウォマックほか
木村威夫追悼 鈴木清順監督『刺青一代』その1
ギター・オン・ギター2 ジョニー・スミスのWalk Don't RunとStranger in Paradise
木村威夫追悼 鈴木清順監督『刺青一代』その2
木村威夫追悼 鈴木清順監督『刺青一代』その3
サンプラー・シリーズ1 Ned DohenyのOn and On
藤田敏八監督『八月の濡れた砂』(日活映画)その1
藤田敏八監督『八月の濡れた砂』(日活映画)その2
藤田敏八監督『八月の濡れた砂』(日活映画)その3
藤田敏八監督『八月の濡れた砂』(日活映画)その4
サンプラー・シリーズ2 ヤングブラッズのRide the Wind
サンプラー3 ゲーリー・バートンのJune the 15, 1967
サンプラー4 アトランティックスのAdventures in Paradise

ロベール・アンリコ監督『冒険者たち』(Les Aventuriers)その1
ロベール・アンリコ監督『冒険者たち』(Les Aventuriers)その2
ロベール・アンリコ監督『冒険者たち』(Les Aventuriers)その3
ロベール・アンリコ監督『冒険者たち』(Les Aventuriers)その4
ロベール・アンリコ監督『冒険者たち』(Les Aventuriers)その5

玉木宏樹「日活での凄い体験」(『猛毒!クラシック入門』より)
玉木宏樹「ストラディヴァリは本当に名器?」(『猛毒!クラシック入門』より)
ジョン・ミリアス監督『ビッグ・ウェンズデイ』(1977年)その1
サンプラー5 シャドウズのThe Breeze and I
ジョン・ミリアス監督『ビッグ・ウェンズデイ』(1978年) その2
ジョン・ミリアス監督『ビッグ・ウェンズデイ』(1978年) その3
サンプラー6 ボビー・ジェントリーのStormy
サンプラー7 メアリー・ウェルズのI Only Have Eyes for You
サンプラー8 ブラッド・スウェット&ティアーズのWithout Her
ジョン・ミリアス監督『ビッグ・ウェンズデイ』(1978年) その4
ジョン・ミリアス監督『ビッグ・ウェンズデイ』(1978年) その5
サンプラー9 アクスル・ストーダールのマナクーラの月(Moon of Manakoora、映画『Hurricane』挿入曲)
ジョン・ミリアス監督『ビッグ・ウェンズデイ』(1978年) その6 最終回
サンプラー10 グレイトフル・デッドのRipple
サンプラー11のA レス・バクスターのQuiet Village
無理に歌えば ソニー・ジェイムズのApache他のヴォーカル・カヴァー
サンプラー12のB レス・バクスターのQuiet Village
デニス・ホッパー監督『イージー・ライダー』(1969年) その1
デニス・ホッパー監督『イージー・ライダー』(1969年) その2
デニス・ホッパー監督『イージー・ライダー』(1969年) その3

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by songsf4s | 2010-06-30 00:00 | その他
デニス・ホッパー監督『イージー・ライダー』(1969年) その3

アメリカに帰化した人だから神経質にならなくていいとは思うのですが、『イージー・ライダー』の撮影監督のLaszlo Kovacsは、ハンガリーの発音をカタカナに音訳すると、ラーズロー・コヴァーチュといったあたりになるようです。Gabor Szobo同様、ハンガリーの人名の発音はむずかしいなあとため息が出ました。

しかも、本来なら、日本人と同じように、姓、名の順なのだそうです。ハンガリーではそうなっているなんて、いまのいままで知らなかったのだから暢気なものです。こんどは同窓のヴィルモス・ジグモンドVilmos Zsigmondの発音も、ほんとうはぜんぜんちがうのかなあ、と気になってきました。

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ヴィルモス・ジグモンド(左)とラズロ・コヴァックス

英語式発音にもどりますが、コヴァックスとジグモンドは、1956年のハンガリー動乱(最近では「ハンガリー事件」というらしい。アメリカではHungary Revolutionと呼んでいる)をアリフレックスで記録し、フィルムの現像のためにオーストリアに脱出したのだとか。それですめばまだしも、心配するヴィルモス・ジグモンドをおいて、コヴァックスはふたたびハンガリーに戻り、家族を連れだしたのだそうです。そういう生きるか死ぬかのはげしい嵐をくぐり抜けた人には、わたしはちょっとたじろいでしまいます。わが人生には、ついに「コップのなかの嵐」程度のものしか起きませんでしたから。

デニス・ホッパーがコヴァックスの死に際してコメントを求められ、hard-working manといっていましたが、ハリウッド映画界の門戸は狭い(かつては縁故採用最優先の業界として名を馳せた。ジュニアがゴロゴロいるのはそのため)せいばかりでなく、名を成す前にアメリカに渡ったために、必死で働かなければフィーチャー・フィルムの撮影監督にはなれなかったのでしょう。

ジグモンドもふくめ、撮影所が崩壊したあとにハリウッドにたどり着いたのは、アール・パーマーを筆頭とする、フリーランスのスタジオ・プレイヤーの場合と同様、ある意味で幸運だったのではないでしょうか。50年代後半に入ると、ハリウッドは内製をやめ、「アウトソーシング」ばやりになり、縁故採用の時代は終わるからです。

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ラズロ・コヴァックスとミッチェル

音楽界もその嵐のとばっちりを食った結果、フリーランスのプレイヤーがスポットの仕事をできるようになります。かつては社員しかプレイできなかった映画スコアも、フリーランスのプレイヤーで録音されるようになるのです。それも大きな動機となって、アメリカ全土の若いミュージシャンが雪崩をうってハリウッドを目指し(アール・パーマーはハリウッドに行って映画音楽をやると決意して、ニューオーリンズを離れた)、60年代がハリウッド産ポップ・ミュージックの黄金時代になる前提条件を確立します。50年代後半のハリウッド映画界の大崩壊がなければ、60年代の音楽はまったく別物になっていたでしょう。

お年寄りにはつらい時代だったでしょうが、ハル・ブレインやトミー・テデスコといった若いプレイヤーたちは、未明までオーヴァータイムの仕事をし、そのままスタジオの床に寝て、朝8時半には、翌日の1ラウンド目の3時間セッションから一日をスタートするというハードワークによって、スタジオ・キングになっていきました。ハル・ブレインやトミー・テデスコたちと、ラズロ・コヴァックスやヴィルモス・ジグモンドをどうしても重ねて見てしまう所以です。ハリウッド大崩壊時代は、逆にいえば「門戸開放」の時代でもあったのでした。

◆ And put it right on me ◆◆
前回ふれたバーズのWasn't Born to Followが流れるシーンの最後で、二人はヒッチハイカーに出会い、ピーター・フォンダがうしろにその男を乗せます。この直後に流れるのが、ザ・バンドのWeightです。以下のクリップではアーティスト名がスミスになっていますが、正しくはザ・バンドです。なぜそういう間違いが起きるかというと、ザ・バンドが映画での楽曲の使用は許可しながら、OSTへの収録を拒否したため、Weightだけはスミスのカヴァーで代替されたからです。OST盤と映画ではヴァージョンが異なることに気づかない人がいるのでしょう。

ザ・バンド Weight


ここもまた、ラズロ・コヴァックスの撮影に惚れ惚れするシークェンスです。撮影にはツキも必要であり、運も実力のうちと痛感させられます。陽が傾いてからのジョン・フォード的世界も十分に美しいのですが、最後のほうに出てくる夕焼けをパーンで見せるところのすばらしいこと。真っ赤な夕焼けが群青の空にグラーデションで変化していくパーンなんて、前にも後にも見たことがなく、『イージー・ライダー』でしか知りません。ラズロ・コヴァックスはこのショットがお気に入りじゃないのでしょうかねえ。たんなる運のおかげと思ったのかもしれませんが。

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わたしはザ・バンドには興味がありませんが、この曲はそこそこの出来だし(つぎのCripple Creekで、無縁な音と思った)、絵にもうまくはまっていると思います。もちろん、コヴァックス贔屓は、絵がすばらしいから音が引き立つのよ、逆じゃないぜ、と秘かにつぶやいていますが。呵々。すまん、ザ・バンド・ファン諸兄姉。

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◆ 嗚呼コミューン ◆◆
あのころ、ヒッピーたちが集まって「コミューン」をつくり、共同生活を送るということがあったようです。概念としては当時も知っていましたが、日本にはあまり例がなかったのではないでしょうか。

Wasn't Born to Followの最後で二人が拾ったヒッチハイカーは、なにかの用を足して、コミューンに帰ろうとしていたところだったようで、例によって野宿をした翌日、キャプテン・アメリカとビリーは、このヒッピーをコミューンに送り届けます。

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当然、ここで二人は数十人の男女が子どもたちと共同生活するコミューンのあり方を観察します。このコミューンはちょうど種まきをしているところですが、見るからに降水量は少なそうで、土地もやせています。ビリーは、うまくいくはずがない、といいますが、キャプテン・アメリカは、半分は祈りも込めて、彼らはやっていけるだろうとこたえます。

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キャプテン・アメリカとビリーの人物像はかなり明瞭に描き分けられています。キャプテンはポジティヴで、オープンなのに対して、ビリーはネガティヴで、他者を警戒します。また、女好きでおっちょこちょいなところがあって、コミューンの連中から警戒されてもしまいます。

コミューンの女性のひとりが、キャプテン・アメリカを気に入り、親しくなろうとしているいっぽうで、ビリーはたちまちコミューンにうんざりして、さっさと出発しようというので、カレン・ブラックは一計を案じ、友だちをビリーにあてがって、川へと水遊びに出かけます。

しかし、水遊びをするのは川ではなく、その畔の石造りの、なんなのでしょうか、いったん、水をためる場所にも見えるのですが、安全に水遊びができるように、簡単に水を引ける場所につくった小さなプールなのか、そういう場所で水につかります。

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『イージー・ライダー』はほとんどすべてロケーション撮影だと思われます。この石造りのプールも出来合いに見えます。コミューン自体が廃墟の町の裏手にあるようで、プールもかつての町の人びとがつくったというように見えます。そういう場所を選んで、すべて別々のロケーションで撮られたにせよ、そのように解釈できるように映像を組み立てたということは、明らかに意図したシンボリズムです。廃墟の町の跡にできた共同体なのだから、なにかの象徴ないしは縮図に他なりません。

ここでもまたバーズのWasn't Born to Followが流れますが、最初のモーターサイクル・ライドの場面でもうまくはまっていたのと同様に、ここでも心地よい絵と音のアマルガムをつくりだしています。同じ曲を二度使いたくなった気持はよくわかります。それだけ、この曲にはグッド・フィーリンがあるということでしょう。

ヒッチハイクした男は別れ際、「いい機会があって、それにふさわしい連中といっしょのとき、これをやってみろ」といって、ピーター・フォンダになにか小さなものを渡します。それがなんだったのかはこの場面では示されず、あとで明らかになります。

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『イージー・ライダー』はさらにつづきますが、目下、ちょっと忙しいため、つぎに映画のことを書けるのは週明けになってしまうかもしれません。週末は、休まずになにか更新するとしても、サンプラーになりそうなので、そのおつもりでおいでいただけたらと思います。


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by songsf4s | 2010-06-17 23:51 | 映画・TV音楽
デニス・ホッパー監督『イージー・ライダー』(1969年) その2

『イージー・ライダー』の当時の予告編やポスターには、A man went looking for America and couldn't find it anywhereと書かれています。「男はアメリカを見つけに行き、それがどこにもないことを知った」というのは、まあ、そうまとめていいのかもしれないと思ういっぽう、やはり、論理のレベルを超えたところにこそ映画は存在するのだ、という気もします。

『イージー・ライダー』トレイラー


『イージー・ライダー』は、音楽の使い方と絵作り、そして終盤の展開で新しい方向性を示しましたが(終盤の展開については、アーサー・ペンの『逃亡地帯』を連想した)、本質的には伝統的ロード・ムーヴィーという古い酒を、ロングヘアのヒッピー的風体の男たちがチョッパーに乗る、という新しい革袋に入れてみるという発想だったのでしょう。図式的には、新しい社会階層が古い社会階層に出合ってなにが起こるかを描いた、というようにストリップ・ダウンできます。

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シンボリズム。朝、ピーター・フォンダは前夜に野宿した場所を歩きまわる。まず目にするのは廃屋。

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朽ち果てた車の残骸

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廃屋のなかから屋根の残骸を通して、ラズロ・コヴァックスのキャメラは太陽を捉える。

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引き出しのなかに打ち捨てられたコンパス。明瞭なシンボリズム。

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ピーター・フォンダは落ちていた本を拾い上げる。

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◆ 食事と土地 ◆◆
出発の翌日ぐらいの出来事なのだと思いますが、ピーター・フォンダのバイクがパンクし、農場に行って納屋を借り、修理する場面があります。キャメラは、農場の男たちが馬の足に蹄鉄を打つ様子を手前に、都会から来た男たちがパンクの修理をする様子を奥に配して、ひとつのフレームに収めます。

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これは開巻早々、この映画が語ることを明瞭なシンボルを使って観客に伝える意図のもとに配されたショットなのでしょう。その直後、この農場の一家とともに二人が昼食のテーブルについた場面で、その意図は補強されます。

ステッペンウルフのThe PusherとBorn to Be Wildのつぎに流れるのは、バーズのWasn't Born to Followですが、その直前が農場のシークェンスで、以下のクリップはそれをひとつにしています。その意味で、他のWasn't Born to Followのクリップより、以下にあげたもののほうが切り取り方にセンスを感じます。ショット単体ではなく、ショットのつなぎがつくる「遷移」「移行過程」それ自体が重要なのですから。

バーズ Wasn't Born to Follow 1回目


これまたシンボリズムの一種といえるでしょうが、農場主とキャプテン・アメリカの対話はうまくつくってあります。「どこから来たんだ?」「LA」「エル・エイ?」「ロサンジェルス」というように、二人が異なる言語を使っていることが示されます。

つづくフォンダの言葉、

「You sure got a nice spread here」

は、農場主に「うまい食事だ」と解釈されてしまいます(口語ではspreadには「食事」の意味がある)。農場主が妻に「コーヒーのおかわりを」というのは、そういう意味です。フォンダは誤解されたことを知って、spreadを普通の言葉で言い換えます。

フォンダ「いや、そうじゃなくて、ここはいいところ(nice place)だっていいたかったんだ。自分の土地で得たもので生きていくというのは、だれもができることじゃない。自分の時間を使って自分のことをするっていうのは、自慢できることだよ」

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この映画は、主人公たちにほとんど心情を語らせないことに特長があるのですが、ここは、キャプテン・アメリカの価値観を、映像表現や間接的言葉に迂回させず、直截に表現した唯一の場面でしょう。

これは、静かでほとんどアクションがないにもかかわらず、強く印象に残るシーンでした。子どもだったわたしは、このシーンの陽射しの当たり方が気に入っただけで、対話の意味にまでは気がまわりませんでしたが(spreadの意味など知りもしなかった)、でも、それもまたいっぽうで意図されたことだと思います。こんなぐあいに食事するのはさぞかしいい気分だろうと感じたのは、「ほんとうの生活とはこういうものなのだ」というこの場面の意図を映像のレベルで表現しようとしたことを、論理ではなく、感覚のレベルで正確に受け取ったのだと思います。

◆ 悪名高きバード兄弟 ◆◆
そして、この直後に出てくるバーズのWasn't Born to Followは、『イージー・ライダー』に使われた曲でもっとも好きなものです。1968年のアルバムThe Notorious Byrd Brothersに収録されたもので、ライターはジェリー・ゴーフィンとキャロル・キングです。

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The Notorious Byrd Brothersは、オリジナル・バーズの最後のアルバムといえます。このLPの録音の途中で、ロジャー・マギンとクリス・ヒルマンは、デイヴィッド・クロスビーに、おまえは首だ、と言い渡し、残りのトラックはトリオで録音されます。バーズのドラマー、マイケル・クラークは録音にはほとんど参加せず、主としてジム・ゴードンがプレイしていたと考えられるので(このアルバムだけジム・ゴードンのクレジットがある)、実質的にはデュオにまで縮小してしまったのです。このつぎのSweetheart of the Rodeoでは、グラム・パーソンズが参加し、カントリーへと大きく舵を切ることになるので、「オリジナル・バーズの最後のアルバム」とみなしています。

マギン=ヒルマン組とクロスビーの対立は先鋭化し、バンドの状況はどん底だったように思えますが、どういうわけか、後年振り返って彼らのベストと感じるアルバムができてしまいました。もっとも苦しいときに、最良の作品が生まれるというのは、じつはそれほど珍しいことではないのでしょうけれど。

クロスビーは後年、あんなゴーフィン=キング作品をバーズが歌うのはまちがっている、という趣旨のことをいっていました。Wasn't Born to Followのみならず、The Notorious Byrd Brothersでは、Goin' Backというゴーフィン=キングの曲も歌っています。

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どちらもジェリー・ゴーフィンの最良の作品に繰り入れられる出来で、とくにGoin' Backはいい歌詞だと考えています。ゴーフィンだって馬鹿ではないのだから、ティーン・ポップの時代はとうに終わったことを知らないはずもなく、このころから、「作家性」の強い歌詞を書くようになっていきます。

デイヴィッド・クロスビーは、ジェリー・ゴーフィンを一時代前の保守的作詞家の親玉と考え、そのイメージだけで曲を拒否したのでしょう。そういうのを馬鹿といいます。先入観を排して、実体を見る意志も能力もないのです。その意味で、ゴーフィン=キングの曲を歌おうと考えたロジャー・マギンばかりでなく、二度にわたってWasn't Born to Followを『イージー・ライダー』に流したピーター・フォンダおよびデニス・ホッパーも賢明でした。

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◆ やっと好きになった映画 ◆◆
撮影監督のラズロ・コヴァックスは、長いあいだ『イージー・ライダー』が嫌いだったそうです。ひどい心痛の最悪の時期(私生活のことだろう)に撮った映画だし、この映画の撮影監督だったというおかげで「拒否された」(仕事の面でだろう)のだそうです。単に「I was rejected」とあるだけで、なにについて、だれに拒否されたのかはわかりませんが、『イージー・ライダー』の仕事をなんらかの意味で嫌った人たちが映画界にいたのでしょう。

この追想はおそらく最晩年のものでしょうが、コヴァックスは『イージー・ライダー』に惚れ込んだ(fell in love)のはつい最近のことだといっています。その理由は、

「あの映画のある場面はわたしにとってとくに重要なものなのだ。バイクが森や草原を抜けていくショットが山ほどあるが、そのなかに、光がまだらになってレンズの反射で虹色になるところがある。あれは当時としてはきわめてユニークだった。それまで、だれもそんなことはしなかったんだ」

だそうです。レンズ・フレアが起きないように慎重に撮影プランを立てることが、当時は撮影監督の責任のひとつだったのでしょう。

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黒澤明の『羅生門』の冒頭、志村喬が歩くシーン、いや、森雅之と京マチ子が山を行くシーン、いやいや、三船敏郎が居眠りをしているシーンだったか、宮川一夫のキャメラが捉えた、あの木もれ陽を連想した方がいらっしゃるかもしれませんが、あの映画はモノクロなので虹色になったりはしませんでした。

ここでコヴァックスがいっている、レンズ・フレアが虹色になるショットというのは、上述のWasn't Born to Followが流れるシーンのものなのです。わたしの場合も、『イージー・ライダー』の音楽が流れるところでいちばん好きなのはこのシーンだったので、ただの偶然にすぎませんが、撮影監督と好みが一致し、ちょっといい気分になりました。

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ラズロ・コヴァックスとデニス・ホッパー。彼らは、当時はまだあまり利用されていなかった高感度フィルムで『イージー・ライダー』を撮ったという。

こんどばかりは超高速で駆け抜けるぞ、と思って取りかかったのですが、見はじめれば、そして書きはじめれば、やっぱりいろいろなことがあるもので、予定通りには進んでいません。この調子では、あと3回ぐらいは『イージー・ライダー』をつづけることになりそうです。


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by songsf4s | 2010-06-14 23:55 | 映画・TV音楽
デニス・ホッパー監督『イージー・ライダー』(1969年) その1

先日、デニス・ホッパーの訃報を読んで思ったのは、長生きした破滅型人間というところか、なんてことでした。他人の生活ぶりなど知ったところでどうにもなりませんが、病との戦いはおくとして、それ以外に晩年に大きな悩みがなかったのならいいけれどね、と思いました。でも、人生というのは万事順調にはいかないのが当たり前、離婚のトラブルがあったと伝えられています。年をとるとはそういうことなのでしょうが、よそ様の死に際というのは妙に気になります。

デニス・ホッパーの死とは直接に関係なく、べつのことを考えていてたどり着いただけなのですが、いくぶんかは追悼の意味も込めて、須臾の間、デニス・ホッパーの監督処女作『イージー・ライダー』を見てみることにします。

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◆ ロックンロール・スコア ◆◆
ここで流れが変わった、とその場で洞察に達する映画というのを、生涯に何本見るのかわかりませんが、わたしの場合、『イージー・ライダー』のみでした。

もう記憶が薄れてしまいましたが、『イージー・ライダー』は、後年の『スター・ウォーズ』のように、公開前から大きな評判になっていました。わたしは学校の仲間と、公開直後の日曜に有楽町みゆき座に行き、朝から並んで見ました。

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ふだん、そういうことをしない人間なのに、なぜこのときだけ、日曜に早起きして列に並んだりしたのかといえば、この映画の音楽はすべてロックンロールだという記事を読んだからです。

いまになるとなんともバカげて聞こえるでしょうが、『イージー・ライダー』以前には、ロックンロールが流れるのは音楽映画のなかだけで、一般映画に使われることはめったにありませんでした。すくなくとも、子どものわたしが見た映画の音楽は、オーケストラやビッグバンドやジャズ・コンボによるものばかりでした。『卒業』(1967年製作)という映画も、その内容よりも、サイモン&ガーファンクルの曲が流れるというだけで革新的映画と受け取られたほど、あの時代の映画音楽は保守的だったのです。いやはや、自分で書いていても、バカげたパラグラフだな、と思います。

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いま思いましたが、『イージー・ライダー』とみゆき座というのは、妙な取り合わせですねえ。なぜかそれまで縁がなく、みゆき座に入ったのはこのときがはじめてだったのですが、ずいぶんクラッシーな劇場だなあ、と高校一年生はちょっとたじろぎました。有楽町周辺の映画館はみな高級感を漂わせていましたが、でも、日比谷映画街と道路一本隔たっただけで、一ランク上の造りに感じました。

ブルージーンズを穿いて、真鍮のポストと金モールで縁取られた廊下を、安物のスニーカーで赤絨毯を踏みしめながら歩いて入り、あの低予算バイカー・ムーヴィーを見たのは、いまではなんだか非現実的なことに思えます。

◆ Oh, goddamn pusher ◆◆
わたしの場合、冒頭に流れる音楽で乗ってしまった映画は、まずまちがいなく気分よく見終わることになっています。

ここでクイズ。『イージー・ライダー』で最初に流れる曲はなんでしょうか?

半数以上の方が、ステッペンウルフのBorn to Be Wildを思い浮かべたのではないでしょうか。しかし、じつは、同じステッペンウルフでも、いの一番に流れるのはBorn to Be Wildではなく、The Pusherのほうなのです。

『イージー・ライダー』フィル・スペクター~ザ・プッシャー


わたしは、ステッペンウルフの、たぶん日本で最初のシングルだったSookie Sookieが気に入り(自分のバンドでやるだけやってみたが……)、リリース直後にデビュー・アルバムを買いました。このアルバムのハイライトは、Sookie Sookie、Born to Be Wild、Desperation、そしてThe Pusherでした。映画を見る前から、ステッペンウルフの曲は、Born to Be Wildばかりでなく、つぎに大ヒットしたMagic Carpet Rideまで含めて、ほぼ知っていたのです。

だから、一発で乗りました。開巻早々にフィル・スペクターが登場したことも、気分が乗っていくことに寄与しています。このとき知っていたスペクターの曲というのは片手の指で足りる程度ですが、あの時代にあってもすでに伝説の人だったので、じっさいに見る前から、スペクターが出演したことは知っていたのです。

オープニング・タイトル Born to Be Wild


◆ Get your motor running ◆◆
プロットの輪郭線は明瞭ではないのですが、未見の方のために、設定程度のことは書いておきます。

〈キャプテン・アメリカ〉(ピーター・フォンダ)とビリー(デニス・ホッパー)は、メキシコに行ってコカインを仕入れ、アメリカに戻って、それをロールズに乗った男〈ザ・コネクション〉(フィル・スペクター)に売り、大金を得ます。

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アヴァン・タイトルのメキシコのシークェンスでは、二人のバイクはチョッパーではない。

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二人はバイクを買い、コカインを売って得た金をすこしずつ丸めて長いビニール・チューブに押し込み、そのままバイクのガソリン・タンクにしまって、「チョッパー」にまたがり、旅に出ます。この連続したシークェンスに、The Pusher(旅の準備のシークェンス)と、Born to Be Wild(出発からその直後のモーターサイクル・ライド・シークェンス)が流れるのです。

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キャプテン・アメリカとビリーの車に乗って、これからブツの品質をたしかめようというとき、〈ザ・コネクション〉(フィル・スペクター)はルーム・ミラーを見る。きっとカツラの装着ぐあいが気になったのだろう!

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あの当時のロックンロール・キッドのほとんどは、この二曲だけで完全に映画に入りこんだのではないでしょうか。いや、単純に、いいショットの連続といい曲の組み合わせ、ということではないのです。こういう「絵と音の組み合わせ」が存在しうるのは、なんと素晴らしいことだ、という「いままで見たことのなかったものを見た」感動です。最初に申し上げたとおり、一般映画をロックンロールで埋め尽くすのは、この映画ではじまったことなのだから、われわれはこういうものをはじめて目にし、耳にしたのです。

うーん、プロット略述に戻る気が失せました。ここからは曲を中心に追々プロットを書くという形にします。

◆ 音楽監督? ◆◆
久しぶりにオープニング・タイトルを見て、あれっと思ったことがひとつ、そうだったのかといまさらのように気づいたことが二つありました。

あれっと思ったのは、Music byのクレジットがなかったことです。調べると、いろいろまちまちに書かれています。The Byrdsとしているものもあれば、ロジャー・マギンとしているものもあり、なかには、uncreditedと注記して、マイク・デイシーの名前を書いているImdbのような奇妙なサイトもありました。

マイク・デイシー(Deasyと書くが、ディージーではなく、デイシーと読む)はハリウッドのレギュラー・セッション・ギタリストで、世代的にはビリー・ストレンジやトミー・テデスコよりあとになります。セッション・プレイヤーのつねでディスコグラフィーはむやみに長いので、マイク・デイシー・オフィシャル・サイトをご参照願います。

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そして、彼のディスコグラフィーにはバーズのBallad of Easy Riderが入っています。一見すると、これがこの映画への彼の関与を示しているように思えますが、しかし、ことはそう単純ではなく、その点については、この曲が出てくるエンディングのときに再考します。わたしはImdbの勇み足と考えています。

余談ですが、ディスコグラフィーには、フライング・ブリトー・ブラザーズのデビュー盤も入っていて、あれ、でした。ジャクソン5のABCもあります! トミー・ローは、Dizzyや当家でも取り上げたIt's Now Winters Dayをはじめ、多数やっています。

それから、ハル・ブレインがいっていましたが、あのころのハリウッドでシタールが必要になると、かならずといっていいほどデイシーが呼ばれたのだとか。ハリウッドのスタジオとしてははじめてのロングへア・プレイヤーだったのだそうです。

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話を戻します。想像ですが、選曲をしたのは主としてピーター・フォンダではないでしょうか。彼はLAガレージ・シーンのインサイダーだったので、友だち(たとえばマギン)の曲を含めて、適当と思われるものをはめこんでいったのでしょう。その点で、前年に公開された、スタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』と同じ、ひどく変わった音楽の形だったことになります。

もちろん、デニス・ホッパーの意見も反映されたのでしょう。でも、ピーター・フォンダのほうは、自身もいちおうレコーディング・アーティストであり、ヒュー・マセケラのプロデュースで、グラム・パーソンズ作(!)のNovember Nightというシングルを出したほどだから、ホッパーより深く『イージー・ライダー』の音楽に関与したと考えられます。

◆ 撮影監督 ◆◆
f0147840_015485.jpgそうだったのか、といまさらのように認識したのは、まず撮影監督がラズロ・コヴァックスだということです。『イージー・ライダー』は、当時も頭の半分ではそう感じたし、いまになるといっそう強く思うのですが、本質的に「絵と音のアマルガム」です。

後半の展開とエンディングが当時はおおいに評判になりましたが、いまになると、そういう側面は当時ほどのインパクトはもたなくなったと感じます。あの時代には、ああいう南部の保守主義の怖さというのは知らなかったし、そもそもわたしは十六歳だったので、なんてことだ、と驚きましたが、いまでは、ああいう人びとの存在は常識の範疇に収まったと感じます。

しかし、絵と音のアマルガムは、今回の再見でも、依然として力強く感じられました。こちらが年をとったせいで、その側面のほうにかつてよりいっそう強く惹きつけられました。撮影、編集(デニス・ホッパーが編集室から出てこないので、ピーター・フォンダと諍いになったと伝えられる。この二人の主演俳優は、監督とプロデューサーの関係でもあった)、選曲、この三つの力によって、『イージー・ライダー』はエヴァー・グリーンになったのです。

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ピーター・フォンダ(左)とラズロ・コヴァックス

いま、ラズロ・コヴァックスのバイオを読んで、ヴィルモス・ジグモンドとは同じハンガリー人、同じ映画学校で学んだ親友だと知り、へえ、でした。ブタペストの映画学校からは、時を同じくしてハリウッド映画史に名を残す名撮影監督が二人も輩出したことになります。まあ、サリンジャーにいわせれば、学校に育てられる才能などというものはなく、才能のある人間は勝手に育つものなのですが。

◆ レイバート ◆◆
もうひとつ、トリヴィアのたぐいかもしれませんが、レイバート・プロダクションの名前がクレジットにあったのも、へえ、そうだったのか、でした。レイバートは、ボブ・レイフェルソン(レイ)とバート・シュナイダー(バート)の会社で、もっとも有名な製作物は、テレビの「モンキーズ」シリーズです。レイフェルソンは多くのエピソードを自身で演出していますし、ポール・マザースキーもいくつかエピソードを演出しています。やがて本編でも名をあげる監督が、二人もかかわったテレビ・シリーズだったのです。

『イージー・ライダー』については、レイバート・プロダクションは資金(わずか三十数万ドルの製作費だった)の少なくとも一部を出したのでしょうが、テレビ・ドラマにロックンロールを持ち込んだプロデューサーと監督の会社が、つぎにやったことは、フィーチャー・フィルムにロックンロールを持ち込むことだったわけで、なるほどねえ、でした。

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レイバート・プロダクションの二人、ボブ・レイフェルソン(左)とバート・シュナイダー

やがてボブ・レイフェルソンは、『イージー・ライダー』で声名の高まったジャック・ニコルソンを主演にして『ファイヴ・イージー・ピーセス』を監督し、オスカーを得ることになります。なるほど、そういう風につながっていたのか、といまさらのように認識したのでした。

次回はもうすこし映画の中身を見ることにします。


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by songsf4s | 2010-06-13 23:57 | 映画・TV音楽
サンプラー11のB レス・バクスターのQuiet Village
タイトル
Quiet Village
アーティスト
Les Baxter
ライター
Les Baxter
収録アルバム
Ritual of the Savage
リリース年
1951年
他のヴァージョン
多数
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やっとつぎの映画を3本まで絞り込んだところで、まだ再見すらしていないため、今日も映画に戻ることができませんでした。あまりいろいろなものを宙ぶらりんにしておくのはぐあいが悪いので、今日はQuiet Villageの後編をやります。

Quiet Villageというと、近年ではマーティン・デニーということになっているようです。シングル・ヒットもしているので、無理もないとは思うのですが、これはそれこそ、あそこにもある、ここにもあるという代物で、いまさら気は動きません。

もっとも、マーティン・デニーも、代表作だから、何度も形を変えて録音していて、それなりにヴァリエーションがあります。チャチャ・アレンジなんていう珍なものもあるのですが、同じように珍ではあるものの、録音し直す意義がそれなりにあると感じるのは、ムーグ・ヴァージョンです。

マーティン・デニー ムーグ・ヴァージョン


改めて聴くと、ムーグの音の太さにギョッとします。ムーグだアープだと、アナログ・シンセサイザーしかなかった時代は、のちのように、シンセだからダメとは思いませんでした。シンセが音楽の質を落とすようになるのは、ディジタルになってからのことです。

デニーはずっとハワイで録音していたわけではなく、後年はハリウッドで録音していたようで、このムーグ版Quiet Villageもハリウッドだと思います。これが収録されたアルバムには、ハル・ブレインやキャロル・ケイに聞こえるトラックがいくつか収録されています。エレクトリック・ギターも使った、かなりロック寄りのアルバムなのです。

◆ レス・バクスターのリマスタード・モノ ◆◆
さて、自前のサンプル。またかよ、といわれそうですが、変わり種も面白いものの、やはりオーセンティシティーも重要なので、まずレス・バクスターのオリジナル・ヴァージョン、ただし、前回サンプルにしたデュオフォニック盤ではなく、モノーラル盤です。

サンプル Les Baxter "Quiet Village" (remastered mono)

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これはリマスター・ベスト盤、The Exotic Moods of Les Baxterという2枚組からとったもので、目下入手可能な最善のヴァージョンです。ほんとうはFlacでお聴きいただければと思うのですが、そこまでやるとサンプルという建前が崩れてしまうので、MP3でご勘弁願います。モノ・エンコードの上限である160Kbpsです。

◆ ヘンリー・マンシーニ盤 ◆◆
つぎはヘンリー・マンシーニ盤です。1966年のアルバム、Music Of Hawai収録のトラックです。

サンプル Henry Mancini "Quiet Village"

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毎度、ハリウッドのサウンドは、この土地が培ってきた分厚い音楽インフラストラクチャーが支えているのだと申し上げていますが、それはそれとして、個々のアレンジャーの技量というのはもちろん無視できません。星の数ほどいるハリウッドのアレンジャーのなかでも、ヘンリー・マンシーニはクリーム・オヴ・ザ・クロップ、上位の一握りに入る人です。

オリジナル記事に書いたように、ヘンリー・マンシーニのQuiet Villageは、いかにもハリウッドらしい、そしてまた、いかにもマンシーニらしい、広がりと奥行きのあるサウンドで、文句のない出来です。退屈するほど単純ではないものの、複雑すぎることもない音の構築で、この「ほどのよさ」もマンシーニの持ち味といえるでしょう。

◆ ビル・ジャスティス盤 ◆◆
つづいてビル・ジャスティス盤。

サンプル Bill Justis "Quiet Village"

レコーディング・アーティスト、サックス・プレイヤーとしてのビル・ジャスティスは、Raunchyの大ヒットで知られます(アーニー・フリーマンのカヴァーもヒットした)。裏方としては、まずはメンフィスのサン・レコードで、ジェリー・リー・ルイス、ジョニー・キャッシュ、ロイ・オービソンといったこのレーベルのスターたちのアレンジャー、A&Rとしてスタートし、60年代にナッシュヴィルに移り、チャーリー・リッチなどのカントリー・スターのアレンジやプロデュースをします。その後、60年代の後半あたりと思われますが、ハリウッドに移ってアレンジの仕事を続けます。

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ナッシュヴィルだかハリウッドだかは不明ですが、ジャスティスがアレンジを担当したアーティストをあげると、ロジャー・ミラー、ドン・マクリーン、B・J・トーマス、ディーン・マーティン、ケニー・ロジャーズ、ボビー・ゴールズボロ、トミー・ロー、マール・ハガード、ボビー・ヴィントン、エヴァリー・ブラザーズ、タミー・ウィネット、アル・ハート、ディノ・ディジ&ビリー、ロニー・ダヴ、フロイド・クレイマー、コニー・フランシス、アンディー・ウィリアムズ、パッツィー・クラインなどなど、長いリストになります。

確たる裏づけはないのですが、ビル・ジャスティスがハリウッドに移ったのは60年代終わりのことのように思われるので(ジャスティスのクレジットがあり、ハリウッド録音だったエキゾティック・ギターズのデビューは1968年)、この1965年リリースのQuiet Villageは、ナッシュヴィルで録音されたのかもしれません。

まず冒頭、左チャンネルのベースの上に、チェロ、ヴィオラなどであろう低めの弦の持続音を載せる技に、ムム、ただ者ではない、と感心してしまいます。途中から、その場所にホーンをもってくるのですが、弦ほどではないにしても、これはこれで味があります。パーカッションの使い方がエキゾティカというよりラテンですが、大オーケストラのQuiet Villageを聴いたあとだと、いいチェンジアップに感じられます。

◆ オマケ ◆◆
前回のヴォーカル・カヴァー特集のつづきで、Quiet Villageも歌ものをあげておきます。2種類の歌詞のちがうヴァージョンを聴いたことがありますが、ここでは比較的近年の1996年にリリースされたものを。

サンプル The Ensemble of Seven "Quiet Village"

このアンサンブル・オヴ・セヴンというグループについてはなにも知りません。90年代なかばのリリースなのに、アナログだというところに方向性が示されています。このEPに収録されている他の曲がTabooにCaravanというのを見ても、それがわかります。最初はスペイン語のナレーションですが、途中から英語歌詞の歌になります。なんだかBrazilみたいにreturnを繰り返しています。時間がないので歌詞の聴き取りはやりませんが、わかりやすいディクションなので、耳で聴いても意味はつかめるでしょう。いや、たいしたことはいっていません。

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ここではあげませんでしたが、キムラさんのAdd More Music(当ページの右のメニューにリンクあり)では、50ギターズ(独立ページ)とエキゾティック・ギターズ(レア・インスト・ページ)で、それぞれのQuiet VillageのLPリップを聴くことができます。どちらもなかなか楽しめます。


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The Exotic Mood
The Exotic Mood

レス・バクスター Ritual of the Savage
Ritual of the Savage/The Passions (With Bas Sheva)
Ritual of the Savage/The Passions (With Bas Sheva)


Music of Hawaii
Music of Hawaii
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by songsf4s | 2010-06-12 23:56 | Exotica
無理に歌えば ソニー・ジェイムズのApache他のヴォーカル・カヴァー
タイトル
Apache
アーティスト
Sonny James
ライター
Jerry Lordan
収録アルバム
Young Love: The Complete Recordings
リリース年
1962年
他のヴァージョン
The Shadows, Jorgen Ingmann, the Ventures, the Incredible Bongo Band, the Exotic Guitars, the Arrows, Al Caiola, the Spotnics, Santo & Johnny
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今日はQuiet Villageの続篇をやるつもりだったのですが、例によって気が変わり、そちらはちょっと延期して、今日はべつのことを。

以前、Telstarの歌ものをというのを聴いて、無理なことをするなあ、と笑ったのですが、今日、ふと、それを思いだして、いくつか強引な歌ものカヴァーを並べてみようかと思いました。

◆ たとえば避暑地の出来事 ◆◆
最近は知りませんが、昔はインストのオリジナル・ヒットというがたくさんありましたし、それに歌詞をつけて歌ものカヴァーをつくるということもそれなりにありました。いま思いだすかぎりでは、当家ですでに取り上げた、インスト・ヒットの歌ものカヴァーとしては、Theme from A Summer Place by the Lettermenがあります。

レターメン Theme from A Summer Place


タイトル通り、これはトロイ・ドナヒュー主演の映画『避暑地の出来事』のテーマで、オリジナルは当然OSTですが、大ヒットしたのはパーシー・フェイス盤なのはご存知の通り。

『避暑地の出来事』(曲のほうは「夏の日の思い出」とかなんとかいう邦題だったような)のカヴァーについては、いずれやることにして(マックス・スタイナーによるOSTも確保したし、カヴァーも相当数をもっている)、今日はそちらには踏み込みません。歌ものは、レターメンより、お客さんのmstsswtrさんに教えていただいたジョーニー・サマーズ盤のほうが出来がいいと感じます。いや、その話はべつの機会に。

もう一曲、YouTubeのクリップを。これ、かなりお馬鹿で笑ってしまいます。

サミー・デイヴィス・ジュニア You Can Count on Me(Hawaii 5-0)


◆ 謎の飛行物体テルスター ◆◆
さてサンプル。まずは上述のトーネイドーズの大ヒットにして、インスト・バンドの定番レパートリー、Telstarのヴォーカル・カヴァーからいきましょうか。アナログ起こしでややノイジーですが、このファイルしかもっていないのです。

サンプル Dorothy "Telstar"

いやもう、無理無理のカヴァーで、よくやるぜ、です。考えてみると、トーネイドーズのオリジナルでも、サード・ヴァースは歌詞なしのアーアー男声ヴォーカルが入っていましたね。昔、MIDIで遊んでいたころ、Telstarもやってみたのです。MIDIには人間の声という音もあって、オルガンのパートのインストゥルメントをこれで置き換えたら、ちゃんとそれ風になったので笑ってしまいました。女声のインストゥルメントも使ってみたら、なんだかイマ・スマックみたいになってしまい、これがまた爆笑。イマ・スマックってMIDI声をしてるのねー、でした。

ドロシーというファーストネームのみのシンガーについてはなにも知りません。なにかご存知のかたがいらしたら、ご教示をお願いいたします。そもそも、この歌詞は何語なのかもわからないので、それだけでも教えてくださる方がいたらうれしいのですがね。通信衛星の名前をタイトルにした曲に、いったいどういう歌詞をつけたのかと、思案投げ首ですよ。地球を廻るテルスターよ、遠くにいる彼にわたしの思いを中継して、とか?

◆ 夜歩く ◆◆
つぎもまた女性シンガーによるインスト曲ヴォーカル・カヴァーです。こちらはbox.netにまずまずの音質のものがあったのでいただいてきました。サント&ジョニーのクラシック、Sleepwalkに歌詞をつけたものです。

サンプル Betsy Brye "Sleepwalk"

幸い英語なので、歌詞を書き写してみました。shiftをかけるひまもないほど忙しい「速記」なので、全小文字は諒とされよ。大文字に直すのが面倒で……。ただし、ブリッジの、あなたの顔がどうこうというところは聞き取れませんでした。これまた諒とされよ。90点ぐらいの精度で聞き取ってあるはずです。

sleepwalk, get a dream when i sleepwalk
sleepwalk 'cause i lost you
and now whatever i to (ちょっと変) do
can't believe that we're through

sleeptalk 'cause i miss you
i sleeptalk where the memory of you lingers like a song
darling i was so wrong.

the night fills my lonely place
i see your face bend to my breath
i know i want you so
i still love you
and it drives me insane

sleepwalk, every night i just sleepwalk
please come back
and when you walk inside the door
i will sleepwalk nomore.

サント&ジョニーのオリジナルは、夢見心地のドリーミー・サウンドのように感じるのですが、この歌詞は、別れた恋人が恋しくて「夜歩く」(という題の夢遊病をあつかった横溝正史の長編がある。そのヒントになったであろう、ディクスン・カーの同題の長編もある)になってしまうという、ややダウナーな方向に変えてあります。

「寝言」をsleeptalkというかというと、そんなことはなくて、造語です。walkからtalkを連想するのは作詞家のつねで、4シーズンズのwalk like a man, talk a like a manが思いだされます。なんて書くと聴きたくなり、いまプレイヤーにドラッグ。

最後の、ドアを入ってくるというのが、ちょっとエロティックな示唆になっていて、なるほどと納得しました。作詞家としては、そういう「恋しさ」のニュアンスを入れたかったのでしょう。

◆ 勇者ゴールデン・ホークは死して天に昇る ◆◆
最後はシャドウズのApacheのカヴァー。よくまあこんな曲を歌にすると思いますがね。ソニー・ジェイムズのボックスからとったので、これまた音質良好なり。

サンプル Sonny James "Apache"

それでは歌詞。後半は聞き取れないところが数カ所あるのですが、ま、とにかくいってみます。といって、やっちゃったのです。そのあとで、アホなことに、ウェブ上に歌詞があるのを発見しました。一カ所、わからないところがあったので助かったといえば助かったのですが、なんのために聴き取りをやったのやら。

Lonely Silver Dove
Sweet Apache maid
Lonely Silver Dove
Sweet Apache maid

Alone, all alone by the campfire
She dreamed of her love, her delight
Away, far away on the prairie
Her love Golden Hawk shared the night

Sometimes at night with the moon he would come
Sweet were the moments they shared
But with the dawn he was gone with the sun

A smoke sign arose from the prairie
A breeze sighed a sad mournful song
The brave Golden Hawk had departed
Had gone to that great, great beyond

Sometimes at night when there's rain in the sky
She hears her love high above
He and his pony go thundering by


なんとなく、大平原の夜が頭に浮かんでくるところなんぞは、上出来といいたくなります。最後のgo thundering byも、へえ、でした。

ふと、(Ghost) Riders in the Skyを思いだしました。あちらは転生できない地獄に堕ちた亡者の群、歌詞ありApacheは「反魂香」でよみがえった高尾太夫みたいな雰囲気ですが、幽霊のようなものが登場するところも似ていますし、テンポはちがうものの、全体のムードも似ています。

気のせいだろうといわれてしまいそうですが、でも、作詞家とソニー・ジェイムズは、(Ghost) Riders in the Skyを念頭においていたのではないかという気がやはりします。いや、もっと大きいのはジョニー・プレストンのRunning Bearかもしれません。同じように先住民をテーマにした曲なので、同じようなリズム・パターンを使っています。


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Sonny Rocks
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by songsf4s | 2010-06-11 23:50
サンプラー11のA レス・バクスターのQuiet Village
タイトル
Quiet Village
アーティスト
Les Baxter
ライター
Les Baxter
収録アルバム
Ritual of the Savage
リリース年
1951年
他のヴァージョン
多数
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今日はちょっと力仕事などしたら、たちまち流汗淋漓。こういう季節になると、やっぱりエキゾティカだなあと思ったので、昨日考えていたキース・ゴッドショー時代のグレイトフル・デッドのトラックというのはやめて、「近代エキゾティカ」の嚆矢、Quiet Villageをいってみようという気になりました。

しかし、この曲、ちょっと弾みをつけないと取り上げられないのです。オリジナル記事に書いたように、60種ほどのヴァージョンが確認されていて、わが家にも相当数があり、ただ聴くだけでも数時間はかかってしまうのです。

よって、オリジナル記事で褒めていないものは適当に端折って20種ほどを聴き直し、そこから選ぶことにしました。まずは、オリジナル記事一覧から。

Quiet Village その1 by Les Baxter
Quiet Village その2:the 50 Guitars
Quiet Village その3:Martin Denny

サンプラーをやっていて苦労するのは、YouTubeのチェックです。近ごろは、有名曲ならたいていはクリップがあるので、検索してみて気勢を殺がれることたびたびです。Quiet Villageも、こちらが狙っているものがほとんどある場合は中止と思ったのですが、いまどき、ティキ・サークルの外ではエキゾティカなど流行らないのか、マーティン・デニーほか数種があるだけでした。こうなりゃこっちのもの、やったろうじゃないか、です。

まずはやはりオリジネーターであるレス・バクスターからいくのが本寸法、ではありますが、オリジナルでは曲がないような気もするので、直球ではなく、スライダーから入ります。

サンプル Les Baxter "Quiet Village" (duophonic)

要するに、後年の疑似ステレオ、リプロセスト・ステレオ・ヴァージョンなのですが、これが案外悪くないマスタリングなのです。ミュージカル映画はテクニカラーがいちばん好ましいように、エキゾティカ、それもオーセンティックなオーケストラものの場合、やはり音像に広がりのあるほうがはるかに気分が出るのです。

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つづいて、ハーマン・クレバノフ盤。これは正攻法でバクスターを超えようとしたヴァージョンで、ちょっとしたものです。

サンプル Clebanoff Strings "Quiet Village"

オリジナル記事にも書きましたが、ハーマン・クレバノフ・ストリングスのQuiet Villageは、この曲のアインデンティファイアのひとつである、G-C-G-Bb-G-C-Bbというベースラインを、ティンパニーでやっちゃったところに特長があります。フィーリクス・スラトキンのI Got a Kick Out of You同様、やっぱり笑ってしまうのですよ。ティンパニーで有名な音階を叩くと、どうして頬がゆるむのでしょうかね。理由は自分でもわからないのですが、とにかく可笑しいのです。

いえ、ハーマン・クレバノフ盤Quiet Villageがお笑いヴァージョンだといっているわけではありません。レス・バクスター盤にはある「闇の奥」に分け入っていく隠微な感覚はありませんが、ストリングスのセンジュアルなアレンジとサウンドはみごとで、グイとその世界に引っ張り込まれます。

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つぎはどうしよう、ですが、あと十数分でシンデレラ・タイム、考えている暇はないので、エイやでヴィニー・ベル盤にしました。

サンプル Vinnie Bell "Quiet Village"

ヴィンセント(ヴィニー)・ベルは、アル・ネヴィンズ(ドン・カーシュナーとともにオールドン・ミュージックを設立した)の後がまとしてスリー・サンズでプレイしたあと、NYでセッション・ギタリストとして活躍しました。ベルの業績に関心のある方は、オフィシャル・サイトをご覧になってください。NYもハリウッドと同じで、みんなプロが影武者をやってたのねー、と納得します(ただし、異説のある曲もずいぶんあって、鵜呑みにするわけにはいかない。勘考を要す)。

ヴィニー・ベルのQuiet Villageは、ベルがしばしば使ったシタール・ギターをリード楽器にしています。そうするとどうなるか、というところが最大の興味です。これまたちょっと頬がゆるむのです。

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Quiet VillageはエキゾティカのAにしてZ、3曲で終わりというわけにはいかないので、次回、さらにつづけることにします。

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レス・バクスター Ritual of the Savage/The Passions
Ritual of the Savage/The Passions (With Bas Sheva)
Ritual of the Savage/The Passions (With Bas Sheva)

レス・バクスター ベスト盤(Quiet Villageはモノを収録)
The Exotic Moods of Les Baxter
The Exotic Moods of Les Baxter
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by songsf4s | 2010-06-10 23:57 | Exotica
サンプラー10 グレイトフル・デッドのRipple
タイトル
Ripple
アーティスト
Grateful Dead
ライター
Robert Hunter, Jerry Garcia
収録アルバム
American Beauty
リリース年
1971年
他のヴァージョン
Jerry Garcia, Chris Hillman
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週に2、3本は映画を見るようにしているのですが、このところ、これぞというものに当たらず、つぎの映画をどうするかまだ決めかねています。どうしても適当なものがなければ、また鈴木清順シリーズを復活かと思っていますが、もう一日二日考えます。今日は雨傘番組化したサンプラー・シリーズです。

ツイッターでフォローしてくださる方は、ほとんどが映画か音楽関係のキーワードでわたしを見つけられたようです。プロのドラマーの方までいらして、自分がそんなことばかり云っていることをしっかり自覚させられたりしています!

おそらく木村威夫のキーワードでフォローしてくださった方が、先日、グレイトフル・デッドのRippleについて書いていらしているのを見て、Rippleの記事にはサンプルをつけなかったことに思いいたりました。ということで、本日のサンプルはグレイトフル・デッドのベスト・シンガロング・チューン、Rippleです。

オリジナル記事は、

Ripple by Grateful Dead その1
Ripple by Grateful Dead その2

の2本で、歌詞は「その1」のほうにあります。

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それではサンプル、まずはAmerican Beauty収録のスタジオ録音。

サンプル Grateful Dead "Ripple" (album ver.)

やっぱり、依然としてこのヴァージョンがベストだと思います。どこがどう好きかということは、みなオリジナル記事に書いてしまったので、もう云うべきことはのこっていなくて困惑しますが、いつだってデッドはレッシュ=クルツマンのグルーヴからスタートして、上部構造物が成立するようになっていると感じます。

とくにフィル・レッシュの細かい装飾音のタイミングがけっこうなんです、なんていうのはいつもいっているから、ちょっと補足すると、アクセントをどこにもってくるかというセンスゆえに、いいプレイだと感じるのです。ほんのたまに入れる裏拍のアクセントの使い方がなんともいい容子なんです。

なんだか、ドラマーの話をしているみたいな文面になってしまいましたが、レッシュのベースというのはそういうスタイルなのです。メロディックな意味でのラインの作り方も好ましいのですが(とくに高音部の使い方)、ベースはグルーヴもまた重要です。

もうひとつ、ほかでは聴けないデイヴィッド・グリスマンのマンドリンも、やはりこのヴァージョンを好ましくしている要素だと感じます。

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ジェリー・ガルシア(左)とデイヴィッド・グリスマン

つづいて、ライヴ・アルバムLadies and Gentlemen...Grateful Dead収録のエレクトリック・ヴァージョン。1971年録音なので、オリジナルからさして時間がたっていません。

サンプル Grateful Dead "Ripple" (live ver. from "Ladies and Gentlemen...Grateful Dead" rec. 1971)

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今回聴き直して、すこし印象が変わったのはこのヴァージョンです。オリジナル記事では、違和感があるとけなしましたが、それほどひどくもないか、と思い直しました。いや、今日、80年代のデッドのクリップをいくつか見てしまったせいで、相対的に出来がいいように聞こえるだけかもしれないのですけれどね。

いえ、オリジナル記事に書いた欠点が、欠点に聞こえなくなったわけではありません。たんにこの時期のデッドが好きだというだけです。これが翌年、1972年なら、キース・ゴッドショーが加わって、あのピアノのオブリガートが聴けたはずなのに、惜しい! ゴッドショーのピアノ入りでこの曲を聴いてみたかったと思います。どこかにそういう録音が残っていないのでしょうか。

最後は15周年記念ツアーにおけるアコースティック・セットを記録したReckingのヴァージョン。

サンプル Grateful Dead "Ripple" (live ver. from "Reckoning" rec. 1981)

Ladies and Gentlemenヴァージョンにくらべて、イントロでの歓声のすさまじいこと。年月をかけて「出世」する曲というのがあって、デッドの場合、頻繁にツアーをしていたために(というか、そのアーカイヴ・テープをリリースしたために)、その経過がよくわかるのです。Rippleは、ライヴではめったにやらないせいもあって、大人気曲に育ってしまったのでしょう。わたしだって、その場にいたら、ガルシアのシシドレソというイントロの3音目のドでどっと盛り上がって、大拍手しちゃうにちがいありません。じつにシンプルなイントロですが、これほどデッドヘッズに親しまれたものはそうたくさんはないでしょう。

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しかし、云いたくはないですが、ブレント・ミドランドのピアノの下手なこと! 16分のトリル(とはピアノの場合はいわないか)なんか、ムッとなりますぜ。ゴッドショーだったら、こういうところはきれいにキメて、気持よくさせてくれるのに! オブリガートのラインの作り方も最低最悪のセンス。五流のプレイヤーは、どこまでいっても、すべてにわたってダメ。ああ、残念無念。ゴッドショーさえやめなければなあ。

スタジオ・アウトテイク(デモ?)


次回もまだ映画に取りかかれなければ、なにかキース・ゴッドショーが参加したトラックでもサンプルにして、口直しがしたくなりました。


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Fillmore East: April 1971
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Reckoning
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by songsf4s | 2010-06-09 23:49 | 嵐の歌
ジョン・ミリアス監督『ビッグ・ウェンズデイ』(1978年) その6 最終回

前回のMoon of Manakooraのサンプラーでは、アクスル・ストーダールなんて人のヴァージョンを看板に立てたのですが、いま、この人のことを知っているのは、熱心なフランク・シナトラ・ファンだけでしょうから、ちょっと心配しました。しかし、さっき、box.netを見たところ、数回のアクセスがあったようで、ホッとしました。ゼロかなあ、と思っていたのです。

◆ 時は流れ、人は去る ◆◆
マット・ジョンソンは、「Liquid Dreams」というサーフィン映画の製作者から招待状をもらい、妻と娘を連れてプレミアに出かけます。マットもこの映画に登場するというのです。しかし、いよいよマットのシーンになると、それまでの観客の歓声が消え、ちょっと野次られたりしたあげくに、あっという間にマットのシーンは終わり、現在のスターであるロペスのショットに移ってしまい、また場内は歓声に包まれます。

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マットは当惑し、妻も困った表情を浮かべます。もうマット・ジョンソンは過去の人だったのです。ここでわたしは、リック・ネルソンのGarden Partyを思い起こします。マジソン・スクェア・ガーデンのオールディーズ・ショウに出演したときのことを歌った曲です。YouTubeには正しいヴァージョンがなかったので(再録ものかライヴ)、自前でオリジナル・ヴァージョンをアップしました。

サンプル Rick Nelson "Garden Party"

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ファースト・ヴァースは以下のごとし。

I went to a garden party to reminisce with my old friends
A chance to share old memories and play our songs again
When I got to the garden party, they all knew my name
No one recognized me, I didn't look the same

「旧友たちと昔をしのぼうとガーデン・パーティーに出かけた。思い出話に花を咲かせ、みんなで昔の曲を歌ういい機会だと思ったんだ。会場に行くと、だれもがぼくの名前を知っていたけれど、ぼくだとわかる人はだれもいなかった。ぼくは面変わりしてしまったんだ」

つづいてコーラス。

But it's all right now, I learned my lesson well
You see, you can't please everyone, so you got to please yourself

「でも、もう気にしていないさ。いい勉強をさせてもらったよ。万人を喜ばせるなんてできはしない。勝手に自分の楽しみを見つけてくれ」

リックは自分のことをオールディーズ・アクトとは思っていなかったので、このショウでも新しい曲を歌ったら、ひどいブーイングを受け、そのときの思いを歌にしたといわれます。

しかし、ここが人気という妖怪のやっかいなところですが、客の仕打ちに竹篦返しをしたこの1971年のGarden Partyは、久しぶりのトップ10ヒットとなり、リックを再びスターダムに押し上げることになります。そういう意味でも重要な曲です。

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いや、そういう客観的なことも重要ではないのです。数千曲は知っているビルボード・トップ40ヒットのなかでも、この曲はなんともいえないエモーションを引き起こす特異な歌詞になっていて、ファンとしてはリックの心中を思い、落涙しそうになります。

とはいえ、それは脇筋。試写会でマット・ジョンソンは、マジソン・スクェア・ガーデンでのリック・ネルソンと同じことを思ったことでしょう。時は流れ、人の心は変わるのです。しばしば冷淡に。

◆ 時間の裏切り ◆◆
つぎのショットでは、浜辺でマットの妻と娘が遊んでいるところに、ジャックがあらわれます。無事に除隊して帰ってきたのです。ボードをこぎ出したジャックは、海の上でマットに再会します。まるで、昨日別れて今日また会ったようなマットのそぶりがじつに好ましいショットです。

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しかし、ジャックもまた3年の歳月にしてやられます。「サリーに会ったか?」とマットにきかれ、ジャックは「いや、まっすぐここに来た」とこたえます。つぎのショットで、ジャックはサリーの家を訪ねます。彼女は不在で、夫が玄関口にあらわれ、「帰ってくるのが遅すぎたな」といわれます。

リロイも交えて、3人はワクサーの墓に詣で、ワクサーの思い出を語ります。それは死んだ友だちの思い出であると同時に、「死んだ自分たち」の思い出話でもあります。彼らは自分たちの時代が終わったことをたしかめあったのでした。

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◆ ぜんぜんうねらないグレイト・スウェル ◆◆
どなたの賛成も得られないだろうな、と思いつつ、でも、だからといって、ウソを書くのは馬鹿馬鹿しいから、じっさいのところを書きます。『ビッグ・ウェンズデイ』の最後の章は、何度見てもあくびが出ます。

最後の章とは、もちろん、あの大波「ビッグ・ウェンズデイ」に3人が挑むところです。タイトルにもなっているのだし、最後のシークェンスなのだから、クライマクスのはずです。じっさい、『ビッグ・ウェンズデイ』を「サーフィン映画」と捉えている人は、あの大波を見て盛り上がったのだろうと想像します。でも、わたしは引き潮になってしまいました。

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なぜ乗れなかったのか。分析などたいした意味はありませんが、とにかく考えてみました。ひとつは、わたしがこの映画を「失意の物語」と捉えているからだと思います。マットもジャックも、時の流れには乗らずに生きた結果、自身のレゾン・デートルを失っていく、という道筋は、前節までに述べたとおりです。そのような話の流れと、最後の大波が、わたしの頭のなかではどうしてもうまくつながらないのです。

人生とちがって、映画には印象的な結末が必要です。『ビッグ・ウェンズデイ』があのように終わったのは、それだけの理由でしかないように思います。1962年にはじまって1968年まで、現実に対する深い失望を描いてきたことは、諸処の計算ちがいを超えたところで共感できます。スムーズには描かれていないものの、でも、そこにたしかな手ざわりをわれわれは感じとります。

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それがすべて大波に押し流され、やっぱり友だちはいいものだ、これからもちゃんと連絡を取り合おうぜ、じゃあな、また会おう、で終わってしまうとくるのだから、これまでの話はなんだったのだ、といいたくなります。

この時代には、まだプロデューサーの締めつけは後年ほどきびしくなかっただろうと思うのですが、やっぱり、ハッピーエンドにしないと客はおさまらない、という配慮から、こういうとってつけたようなメイジャー・コードのエンディングになってしまったと感じます。

◆ ライド・ザ・ワイルド・サーフ ◆◆
仮に、それでもいいとしましょう。木に竹を接いだようではあるけれど、失意のままで終わらせるのはあまりにもむごいから、花道をつくろうではないか、という考えに賛成することにします。それでもなお、じっさいにできあがったシークェンスは納得がいきません。

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これは難癖、ないものねだりだろうな、と思いつつ書きます。

たとえば、『バンド・ワゴン』です。あれは、芝居の失敗というどん底から立ち上がって、旅公演を成功に導いて終わります。最後のニューヨーク公演で、彼らが成功したことははっきりと表現されているのです。われわれが映画でカタルシスを得るには、こういう操作が必要です。

『ビッグ・ウェンズデイ』の大波が困るのはそこです。あれは「成功」だったのでしょうか、なんてききたくなるほど、輪郭の判然としないシーンなのです。「サーフィンは成功だの不成功だのといったレベルで判断するものではない」といわれてしまうかもしれません。だとしたら、あれを最後にもってきたことは失敗だったと証明されたことになってしまいます。カタルシスを得るには、白黒の決着が必要なのです。

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いや、〈ベア〉はべつのシーンで、マット、ジャック、リロイは大波に挑戦し、成功することで不朽の名を残す、と明言しています。だから、成功することが不可欠なのですが、あれが成功なのか不成功なのか、判然としないのです。彼らが満足そうな表情を浮かべるから、成功したのだと思うだけという頼りのない状態で、カタルシスどころではありません。

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うーん、あんまりジョン・ミリアスを責めたくないのですよ。でも、プロダクションの段階で失敗し、編集などのポスト・プロダクションでも失敗したと感じます。テンポが遅くて気分が昂揚しないだけでなく、撮影と演出でも計算ちがいしていると思います。いや、たとえば、彼らの歓喜の表情をクロースアップで見せるといった野暮ったい処理はしたくなかったのでしょう。でも、そのせいで、ただ漫然とサーファーたちを撮っただけにしか見えなくなっています。

ジャックが軍隊に入る前に独りでライドするシーンは、うまくいっているのです。特段の「表現」をしなくても、われわれ観客が「勝手に」人物の心理を読み取るようになっています。それと同じように、最後の大波でも、われわれが彼らの心理を読み取れるようにショットを積み重ねるべきだったのです。

結局、編集の失敗が大きいのだと考えます。冗漫なショットがメリハリなくつなげられていて、物語のなかに入り込めないのです。ベイジル・ポールドゥーリスのドラマティックなスコアも空回りしています。

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ジョン・ミリアスは、あくまでもリアルであろうと心がけたのでしょう。その気持はわかりますが、フィクションが歓喜を惹起するようにもっていくには、ときには大嘘も必要なのではないでしょうか。失意の物語とそこからの快復というプランだったのだとしたら、結局、両者はうまくつながらなかったのだと感じます。残念ながら。

◆ 批評? そんなものは犬にでもくれてやれ ◆◆
さて、ここで手のひらを返すように、前言を撤回するようなことを書きます。

年をとるとともに、映画の「評価」なんてどうでもよくなってきました。秀作か駄作か、成功作か失敗作かなんてことはエッセンシャルではありません。われわれは無意識のうちに、世の中の常識という鋳型にはめこまれて、「評価」という無意味なことをやっているのだという思いが強くなってきたのです。

傑作だとか名作だとか愚作だとか駄作だとかといった「評価」をどうしても必要とするのは、われわれ観客ではなく、映画産業のほうでしょう。いかに慎重に避けても、映画ファンは世間が「駄作」と断じたものを山ほど見ることになります。どちらにしろ見るのだから、他人の「評価」なんてどうでもいいじゃないですか。

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当時、映画評論なんてものを読んでいたら、わたしは日活に通わなかったでしょう。東宝特撮映画だって、評論家の無視をまつまでもなく、「東宝にいってくるよ」というたびに、わが母に「またゴジラ? くだらないね」と切り捨てられていました。

いま、東宝特撮映画群を再見してどう思うか? たしかにくだらないですよ、あんなものは。シナリオはデタラメだし、話はつながっていません。でも、無類に楽しいシーンがたくさんあります。だから、見る価値はあるのです。

◆ relateというレベル ◆◆
結局、われわれは、頭の片隅に「評価」という軸をおきながらも、どん詰まりにおいては、そんなこととは関係のないレベルで映画を見ているのです。どういうレベルか? 明快に表現できなくて恐縮ですが、英語でいうrelateできるか否かのレベルで映画を見るのです。

簡略化すると大事なものがいくつかこぼれてしまいますが、平たくいえば「興味を持てるか否か」「自分と関係があるか否か」のレベルで見る、ということです。

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年をとるとともに、映画の見方が「勝手」になってきました。星印がいくつ(トマトはどれだけ腐ったか、なんていうサイトもある)、なんてことはどうでもいいのです。星ひとつも当然の出来だぜこいつは、なんて思いながらも、こりゃすげえな、というショットがひとつあれば、それだけでその映画は、わたしにとっては価値のあるものになるのです。

たとえば、あまり適切ではないと承知しつつ例にあげますが、田坂具隆の『乳母車』です。あれは「作品として評価すれば」(くだらん!)失敗作です。でも、夜の鎌倉駅のシークェンスはほんとうに素晴らしくて、ほかのことなんかどうでもいいじゃないか、と思います。つまり、わたしがrelateできる映画であり、したがって見るに値するのです。

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時間がなくなってきたので、面倒な話はこれ以上深追いせず(いや、いつの日か系統立ててまとめたいと思う)、『ビッグ・ウェンズデイ』に戻ります。

わたしの心はマット・ジョンソンの心情にぴったり寄り添います。だから、諸処の小さな計算違い、最後の章の大きな計算違いは、つまるところ、どうでもいい瑕瑾でしかないのです。なあ、マット、俺たちはつまらん意地を張ったばかりに、この世界から叩き出されちゃったな、でも、それで得たこともあったから、このゲームはドロウじゃないか、なんて思うのでありました。

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by songsf4s | 2010-06-08 23:56 | 映画
サンプラー9 アクスル・ストーダールのマナクーラの月(Moon of Manakoora、映画『Hurricane』挿入曲)
タイトル
Moon of Manakoora
アーティスト
Axel Stordahl
ライター
Frank Loesser, Alfred Newman
収録アルバム
Jasmine & Jade
リリース年
1960年
他のヴァージョン
Dorothy Lamour, Los Indios Tabajaras, the Ventures, Hal Aloma and His Orchestra, Al Shaw & His Hawaiian Beachcombers, Bing Crosby
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今日もまた残り時間わずかなので、過去の記事にサンプルをつけることにします。そのまえに、記事のほうにも追記しておきましたが、Without Herのニルソン盤へのリンクを修正しておきました。この曲を聴こうとしてアクセスできなかった方はリトライなさってみてください。

さて今回は、前回のWithout Herと同じく、月を扱った特集で取り上げた曲ではありますが、2008年のMoons & Junes特集ではなく、2007年9月の「Harvest Moonの歌」で取り上げた、Moon of Manakooraです。

オリジナル記事は、

Moon of Manakoora by Dorothy Lamour

ですが(いま、久しぶりに開いたら、ミスを発見して、あわてて修正した)、

Moon of Manakoora by the 50 Guitars

という補足記事もあります。

f0147840_1563827.jpgオリジナル記事にも書きましたが、Moon of Manakooraはジョン・フォードの『ハリケーン』の挿入曲で、当時の20世紀フォックス音楽部のボス、アルフレッド・ニューマンが書いたものです。50年代後半のハリウッド崩壊までは、どこの撮影所でも社員作曲家がスコアを書いたのです。ただし、アルフレッド・ニューマンはいわば「20世紀フォックス社所属音楽工房の親方」なので、個々のメロディーは他の社員が書いた可能性は残ります。親方のおもな仕事は、指示を与え、全体をまとめることだったはずです。

さて、サンプルです。まず、もっとも好きなアクスル・ストーダール盤。

Axel Stordahl "Moon of Manakoora"

オリジナル記事の繰り返しですが、アクスル・ストーダールはコロンビア時代のフランク・シナトラのアレンジャーです。「シナトラのアレンジャー」といえる人は、ビリー・メイをはじめ、数人いますが、ストーダールは「初代シナトラのアレンジャー」といっていいのではないでしょうか。

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どうであれ、このセンジュアルなストリングスの響きはとんでもないもので、それだけでベストMoon of Manakooraの位置を確保しているといいたくなるほどです。いや、ほかのセグメントもおおいに楽しめる立派なサウンドですが。

アクスル・ストーダールの盤は2枚しか知りませんが、Moon of Manakooraを収録したJasmine and Jadeも、もう1枚のMagic Islands Revisitedも、ともにセンジュアルなストリングスをフィーチャーした素晴らしいエキゾティカ・アルバムです。やっぱりエキゾティカはオーケストラにかぎります。

つぎは同じインストでも、ずっと規模の小さい、ロス・インディオス・タバハラス盤です。こういう半音進行の曲というのは、音階と音階の中間の音が出せる楽器でやるとより効果的なものです。

サンプル Los Indios Tabajaras "Moon of Manakoora"

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タバハラスのピッチの操作というのは複雑で、わたしにはよくわからないのですが、オリジナル記事へのmstsswtrさんのコメントでは、この曲ではふつうのベンドを使っているのではないかということでした。ベンドかどうかも確信がもてないところが、タバハラスのアブノーマルなところ! 指板を削って、その溝に弦を押し込むようにすることでベンドと同じ効果をあげることもあるそうで、そのへんで混迷に陥ってしまうのです。

もう一曲、こちらもオリジナル記事へのコメント、ただし、tonieさんによるもので判明したビング・クロスビー盤。

サンプル Bing Crosby "Moon of Manakoora"

他のヴァージョンにくらべてすごくいいと感じるわけではないのですが、どうやら、ビング・クロスビー盤がこの曲のオリジナル・ヒット・ヴァージョンらしいので、そういう歴史的価値に鑑みてアップしました。

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ほかには、パーシー・フェイス、ドロシー・ラムーア、トミー・モーガンなどのヴァージョンも面白いと思いますが、そういうことをいっていると大変なことになってしまうので、今回も3種でおしまいにしておきます。

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by songsf4s | 2010-06-07 23:55 | 映画・TV音楽