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ジョン・ミリアス監督『ビッグ・ウェンズデイ』(1978年) その3

ゲーリー・ビューシーという俳優が好きで、『ビッグ・ウェンズデイ』を見ているうちに、『ハートブルー』(意味不明。原題はPoint Break)という映画を思いだし、再見しました。キアヌ・リーヴズがFBIの捜査官に扮し、サーファー銀行強盗団に潜入するという話です。

ゲーリー・ビューシーもFBI捜査官の役ですが、サーフィンはしません。でも、なんとなく、『ビッグ・ウェンズデイ』を思わせるエンディングの映画で、ビューシーがキャストされたのは、いくぶんかそういう意味もあったのではないかと思います。もう一本、ビューシーの映画を見ましたが、そのことは次回の枕にでも。

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◆ Give me wheats, whites and wine ◆◆
映画も音楽も書物も、同じものでも年齢とともに受け取り方は変化していきますが、『ビッグ・ウェンズデイ』も、今回の再見(7、8回目か)ではまた大きく変化しました。

以前はアッパーな1962年の章が好きで、1965年以後はあまりうまくいっていない、バランスの悪い映画だと考えていました。バランスがよくないという印象は変わっていませんが、今回は、それでもかまわないではないか、どうせ人生はバランスのよくないものだ、と考えるようになりました。

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そもそも、62年についても、パーティーは長すぎてダレるし、メキシコのシークェンスにいたっては、なぜああいうものがあるのか理解できません。あえて想像力を働かせると、メキシコが登場した理由はドラッグではないでしょうか。

コースターズのDown in Mexicoや、リトル・フィートのWillin'のように、メキシコにドラッグを仕入れに行くことを暗示する曲というのはけっこうあるもので、わたしはそのことを想起しました。

リトル・フィート Willin'(スタジオ録音)


コースターズのDown in Mexicoは、YouTubeには聴いたことのない変に新しいヴァージョン(たぶん、後年の偽コースターズによる新録音)しかなかったので、サンプルをアップしておきました。

サンプル The Coasters "Down in Mexico"

いえ、どちらの曲も「示唆」しているにすぎず、ドラッグ・ソングだなんてことを明言してはいません。でも、ドラッグの取引を歌ったと考えると、すんなり解釈できるのです。

一見、意味不明、価値なしに思えるメキシコ・シークェンスが、わざわざ撮影され、切り捨てられずに残ったのはなぜかといえば、あれが当時のカリフォルニアの子どもたちの多くが経験した行動だからでしょう。波と女(三人のうち二人はガールフレンド同伴だが)とドラッグを求めてメキシコに行った、それがいかにもあの時代らしいとジョン・ミリアスは考えた、という風に捉えています。

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それでもやはり、不用のシークェンスに思えます。強いていうと、のちの転調に備えて、Cメイジャーのトーンから、マイナーとはいわないまでも、セヴンス・コードに移行し、アッパラパーの脳天気ではない暗い面も見せておいた、というあたりかもしれませんが。

1962年の最後は、夕暮れの桟橋のシーンです。彼らの乗るボードをつくっていた〈ベア〉(サム・メルヴィル)が、桟橋は収容された、立ち退かなくてはいけない、もうおまえたちのボードはつくれないといって、ジャックを相手に荒れます。もちろん、ひとつの時代が終わったことをあらわしています。

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◆ 独りで乗る波 ◆◆
つぎの章は「西の波、1965年秋」と出ます。「変化の波、たいていは独りで乗る波」というナレーションがこの章の輪郭を明瞭に描いています。

このナレーションのときの波、海の色は印象的です。南カリフォルニアを舞台にした映画とは思えないほど、陰鬱な海なのです。日活映画なら、雨続きで陰鬱な海を撮らざるをえなかったなどということもありうるかもしれませんが、ハリウッド映画ではそんなことはありえません。意識して、暗色の海を撮ったのです。

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いかにもブルース・サーティーズらしい画面作りであり、カリフォルニアの子どもたちにとっても、もはや人生はCメイジャーではなくなったことを、第2章のドラマがはじまる前に明瞭に提示しています。

ジャックはビーチの監視員をやっていて、監視ポストで召集令状を読みます。浮浪者がいたので、条例でその場所で寝ることは禁じられている、とハンドマイクで命じてから、それがマットだということに気づきます。

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マットは泥酔状態で、道路をふらふら歩きはじめます。やがて手にしたボロ布で、通行する車を相手に闘牛のようなことをはじめ、事故を引き起こしてしまいます。そして、ジャックに殴られ、出て行け、と命じられます。

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この段階では、マットがなぜ泥酔し、浮浪者のようなひどい身なりなのかは説明されません。それはつぎのシークェンスのテーマなのですが、むしろ、この映画全体のテーマというべきであり、簡単には片づけられないにもかかわらず、もはや時間的余裕がないため、次回へと先送りさせていただきます。


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by songsf4s | 2010-05-31 23:26 | 映画
ジョン・ミリアス監督『ビッグ・ウェンズデイ』(1978年) その2

どこで読んだのかも忘れてしまったため、出典にあたりなおすこともこともできないのですが、ジョン・ミリアス監督は「ビートルズがアメリカ音楽を殺した」と考えているそうです。

わたしは十代のはじめにビートルズに接したので、大ファンでしたが、それはそれとして、ジョン・ミリアスの見方も理解できなくはありません。ポップ・ミュージックの世界は流行に支配されるものなので、ふと気づくと、自分が親しんだスタイルが地を払い、なじめないスタイルがチャートを占領しているようになるものです。

f0147840_2338245.jpgジョン・ミリアスはわたしより年上なので、50年代後半から60年代はじめのポップ・ミュージックを聴いて育ったのでしょう。どんなものであれ、「草木もなびく」さまは見苦しいもので、まして、それが自分の愛した世界での出来事なら、苦々しく思うのも無理はないと感じます。

いや、それ以上に強く感じるのは、エルヴィス以後、ポップ・ミュージックというのは、ティーネイジャーのものになったということです。大人になれば、自然にチャートから離れていくようになったのだと思います。そして、このような「チャート・ヒットへの世代的な疎外感」を最初に経験したのが、ジョン・ミリアスの年代ではないかと思うのです。

もちろん、エルヴィスが出現したときに、ポップ・ミュージックから遠ざかった大人たちもいたことでしょうが、あれは突然変異のようなもので、あの時点では、またナット・コールやフランク・シナトラの時代に回帰すると思った人も多かったのではないでしょうか。

そういう形ではなく、もっと短い年月で、かつて若かった人間も、ちょっと年をとれば弾き出されることがはっきりしたのは、1964年のことだろうと思います。わたし自身、ほんとうにポップ・ミュージックを楽しんだのは1965年からのほんの数年間、極論するなら、67年までの三年間だけで、あとは余生のようなものでした。

◆ 「消費する十代」 ◆◆
このような疎外感というか、「早期退職」のごとき現象自体は、世代の違いを超えて、いずれごく当たり前になっていくものであり、いまさらあげつらうほどのことでもないでしょう。

なぜそういうことが起きるようになったかといえば、じつに簡単な事情によります。エルヴィス以前には「消費する十代」というのは存在せず、したがって、その世代をターゲットとした商品というものもありませんでした。

昔の消費構造は、基本的には子どもたちが消費するものを大人が買い与えたのであって、決定権は大人が握っていました。それが戦後、アメリカ社会が豊かになり、子どもたちも自分の意志で使い道を決定できる金をもつようになりました。

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その結果、世界初の「消費する十代」が出現し、ユース・カルチャー誕生の地ならしが完了します。音楽面ではなく、経済面からみていけば、ロックンロールはこのような状況をバックボーンにして生まれました。「消費する十代」が自分たちだけの音楽を求めた結果、「商品」が供給されるようになったのです。

アメリカのなかでも、消費する十代がとくに目立ったのが南カリフォルニアだった理由はよくわかりません。経済的にいえば、軍需産業の集中のおかげで、第二次大戦の戦中戦後を通じ、LA経済圏がおおいなる発展を遂げたことが大きく関係しているのでしょう。

また、一年中温暖な風土や、都市公共交通網が発展する余裕もないままフリーウェイ網が発達して、スプロウルをつづけるLAの衛星都市群を接続していったため、車なくしてはどこにも行けない、風変わりな環境ができあがっていったことも、彼らの行動様式の基礎になったのでしょう。

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かくして、ビーチ、車、サーフ、ロックンロール、ビキニ・ガールの南カリフォルニア・ユース・カルチャーが誕生し、無数のビキニ・ムーヴィーやそれとセットになったサーフ・ミュージックを生みだし、やがて、そうした時代を生きた若者たちが大人になり、さまざまな形で、あのユース・カルチャーの夜明けを回顧するようになっていった、という大筋でわたしは捉えています。

◆ ポップ・ミュージックの排除 ◆◆
プロットとしては、まだ1962年の章の途中までしか見ていないのですが、話の都合上、ここでそのすこし先まで踏み込むことにします。

初見のときも、再見のときも気づかず、三回目ではじめて、ああ、そういうことか、と理解できたことがあります。『ビッグ・ウェンズデイ』その1でふれた、1962年の章でノンストップでかかるポップ・ミュージックのことです。

Little Eva - The Loco-Motion (1962)
The Shirelles - Mama Said (1961)
(以上の二曲はカフェテリアで流れる)
Barrett Strong - Money (That's What I Want) (1959)
Little Richard - Lucille (1957)
Chubby Checker - (Let's Do) The Twist (1960)
The Crystals - He's a Rebel (1962)
Ray Charles - What'd I Say (1959)
The Shirelles - Will You Love Me Tomorrow (1960)

この調子でいけば、この映画は1962年から1974年にかけての、アメリカン・ポップ・ミュージック年代記になりそうです。ところがどっこい、ぜんぜんならないのです。ヒット・チャート状態なのは1962年のシークェンスのみ、あとはその時代の音楽というのは流れません(69年のカフェテリアでのシーンで背景にシタールが流れるが)。

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この点に気づいたとき、ジョン・ミリアスの「ビートルズがアメリカ音楽を殺した」という言葉が卒然とよみがえりました。おわかりですね? ジョン・ミリアスは映画を使って音楽批評をやってみせたのです。1964年以降のチャート・ヒットを「流さない」ことで、その時代の音楽を批判したのです。こんな離れ業は映画音楽史上、『ビッグ・ウェンズデイ』が唯一の例だと思います。

誤解のないようによけいなことを書き加えておきます。65年の章から、チャート・ヒットは流れなくなりますが、音楽がなくなるわけではありません。ベイジル・ポールドゥーリスの、主としてオーケストラによるスコアに取って代わられるだけです。次回からは、ポールドゥーリスのスコアとともに、試練の時代の表現を見ていくことにします。


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by songsf4s | 2010-05-28 23:52 | 映画・TV音楽
サンプラー5 シャドウズのThe Breeze and I
タイトル
The Breeze and I
アーティスト
The Shadows
ライター
Ernesto Lecuona, Al Stillman
収録アルバム
With Strings Attached
リリース年
1963年
他のヴァージョン
The 50 Guitars, Santo & Johnny, the Tornados, Jim Messina & His Jesters, The Three Suns, Bert Kaempfert, Esquivel, Henry Mancini, Edmundo Ros and His Orchestra, Les Baxter, Stanley Black & His Concert Orchestra, the Explosion Rockets, the Flamingos, the Four Freshmen
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今日はあれこれと用事の多い日で、映画のことを書く時間はとれなかったため、最近、聴いているものをサンプルにしようかと考えました。

最近聴いているものというと、なんといってもハロルド・ブラッドリーのギター・イージー・アルバム"Guitar for Lovers Only"が秀逸なのですが、ハロルド・ブラッドリーなんていっても、ご存知のかたはおそらく一握り、アップしたはいいけれど、アクセスはゼロというのでは情けないので、二の足を踏みました。

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もう一枚、アル・カイオラのKing Guitarも最近よく聴いているのですが、カイオラがまたとんでもない鬼門なのです。以前、わたしがもっとも好きなアル・カイオラのトラック、Moreのリズ・オルトラーニがオーケストレーションをした、リロイ・ホームズ作のHoliday on Skiをアップしたら、みごとにゼロ・アクセスだったのです。この三人の組み合わせというのは、すごく豪華だと思うのですがねえ……。

わたしは「人の行かぬ裏山」が大好きなのですが、聴くときはそれでいいとしても、サンプルはそうはいきません。聴いていただいてナンボです。よって、鬼門は避けることにし、またしても過去の記事にサンプルを補うことにしました。

ということで、2008年5月にやった風の歌特集から、本日はThe Breeze and Iを取り上げることにします。Breeze and Iに関するオリジナル記事は、

The Breeze and I by the Shadows その1
The Breeze and I by the Shadows その2

です。

Breeze and Iという楽曲そのものについては上記のふたつの記事で詳述したので、今日は簡単にいきます。まずは、もっとも親しんだシャドウズ盤のサンプルから。シャドウズのBreeze and Iはいろいろな盤に収録されているのですが、オリジナル記事で「ハンク・マーヴィンのギターがもっともきれいにきこえるマスタリングだ」と述べた「Complete Singles A's and B's vol.2」を使いました。

サンプル The Shadows "The Breeze and I"

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つづいてオリジナル記事で、オーケストラものの筆頭にあげたヘンリー・マンシーニ盤。

サンプル Henry Mancini "The Breeze and I"

いやあ、じつに繊細なバランシングで、これぞハリウッドのオーケストラ・ミュージックというサウンドになっています。

もうひとつ。これは風の歌特集のときには知らなかった、エドムンド・ロス盤です。シャドウズはフラメンコ風、ヘンリー・マンシーニはラテン風味のハリウッド・オーケストラ・ミュージック、このエドムンド・ロス盤は、ボサ・ノヴァ寄りで、もっともトロピカルなサウンドです。

サンプル Edmundo Ros & His Orchestra "The Breeze and I"

ということで、皆様にとっては幸いなことに、もはやこれ以上の無駄口を叩く時間はなく、これにて本日はおしまい。次回は『ビッグ・ウェンズデイ』に戻れるようにがんばってみます。


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シャドウズ
Complete Singles A's & B's 1959-1980: 21 Years at the Top
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ヘンリー・マンシーニ
The Latin Sound of Henry Mancini
The Latin Sound of Henry Mancini


エドムンド・ロス
Rhythms of the South
Rhythms of the South
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by songsf4s | 2010-05-27 23:56 | Instrumental
ジョン・ミリアス監督『ビッグ・ウェンズデイ』(1977年)その1

映画の記事は大ごとになるときがあるので、ちょっと賭金の低いところに移動しようと、絵より音のほうに面白みを感じていた『ビッグ・ウェンズデイ』を選んだのですが、あにはからんや、今回は音よりドラマのほうに気をとられました。7、8年前にも再見しているのですが、それくらいの時間でも、ときには見方がずいぶん変化してしまうことがあるようです。

ビッグ・ウェンズデイ 予告篇


◆ South Swell ◆◆
『ビッグ・ウェンズデイ』は1962年にはじまって74年に終わる(とびとびの)年代記的構成をとっています。こういう構成は必然だったのでしょうが、ストーリーテリングの足を引っ張っているとも感じます。ただし、だからといって結果が悪かったと断ずることもできず、微妙なところです。そのへんのことはのちほど、というか、後日検討します。

タイトル


このクリップのナレーションは以下のようになっています。

「In the old days, I remember a wind that would blow down through the canyons.
It was a hot wind called a Santa Ana and it carried with it the smell of warm places.
It blew the strongest before dawn across the Point.
My friends and I would sleep in our cars and the smell of the offshore wind would often wake us.
And each morning, we knew this would be a special day.

「昔のことを思うと、峡谷を抜けてやってくる風のことが頭に浮かぶ。それは〈サンタナ〉という熱風で、暖かい土地のにおいを運んできた。〈ザ・ポイント〉のあたりでは、サンタナがもっとも強まるのは夜明け前のことだった。海辺に駐めた車で眠っていたぼくたちは、しばしばオフショアの風のにおいで目を覚ましたものだった。いつだって、今日は特別な日になるぞ、と信じていた」

映画のナレーションというのはむずかしいもので、しばしば拙劣な状況説明であったり、いらぬお節介であったり、馬鹿馬鹿しい気取りだったりするものです。また、(主として一人称の)小説風味わいを生むことを目的としたものもあって、『ビッグ・ウェンズデイ』はそのタイプであり(いま、ほかの例を思いつかないのだが、『チャイナタウン』がそうだったような気がする)、ほとんど唯一といっていいほどの、めずらしくも好ましく感じるナレーションです。

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なお、「サンタ・アナ」ないしは「サンタナ」というフェーン風については、以前、「Santana by Nelson Riddle」という記事にくわしく書いたので、ご興味のある方はそちらをどうぞ。モハーヴェ砂漠に発し、サン・ゲイブリエル山地を越えるあいだにフェーンとなって、サンタ・アナ一帯を中心に南カリフォルニアに吹きつける風です。これで、この映画の舞台が南カリフォルニアに設定されていることがわかる仕組みになっています。

オープニング・シークェンス


I remember the three friends best.
Matt, Jack, Leroy.
It was their time.
They were the big names then.
The kings.
Our own royalty.
It was really their place and their story.

「なんといっても忘れられないのは三人の友だちだ。マット、ジャック、リロイ。あれは彼らの時代だった。あのころ、三人はすごく有名だった。キングだ。彼らはわれわれの仲間の王族だったのだ。あれは彼らの場所であり、彼らの物語だった」

海とサーファーの画面で、このナレーションなので、マット、ジャック、リロイという三人のサーファーの物語なのだと、おおよその設定がわかります。ただし、このナレーターはだれなのだかわかりません。三人より年少だった少年が大人になって回想しているという設定でしょう。

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三人の背景はほとんど説明されません。ジャック(ウィリアム・カット)だけは家と母親が登場しますが、彼の父親がどうなったのかは言及されず、マット(ジャン=マイケル・ヴィンセント)とリロイ(ゲーリー・ビューシー)の家庭についてはまったくわかりません。映画がはじまる1962年、彼らが何歳かも説明されませんが、1965年に徴兵検査を受けるので、そこから逆算して、高校生なのでしょう。むろん、学校も登場しません。

◆ ジュークボックス・サントラの時代 ◆◆
1962年の章は、「ザ・ポイント」(「岬」の意味もあるが、サーフィン用語としては「サーフ・ポイント」の意味)での三人のライドではじまり、浜辺での仲間たちとのおしゃべり、そしてその夜のジャックの家でのパーティーとつづきます。

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たぶん『アメリカン・グラフィティ』からはじまったのだと思いますが、ノンストップでポップ・ミュージックを流す映画音楽というのがあります。『ビッグ・ウェンズデイ』のパーティー・シークェンスも、このノンストップのジュークボックス的サントラになっています。ただし、わたしの解釈では、このジュークボックス・スタイルは、伏線ないしは「撒き餌」というところで、あとで意味をもつことになります。

ともあれ、このシークェンスでどういう曲が流れるかというと――。

Little Eva - The Loco-Motion (1962)
The Shirelles - Mama Said (1961)
(以上の二曲はカフェテリアで流れる)
Barrett Strong - Money (That's What I Want) (1959)
Little Richard - Lucille (1957)
Chubby Checker - (Let's Do) The Twist (1960)
The Crystals - He's a Rebel (1962)
Ray Charles - What'd I Say (1959)
The Shirelles - Will You Love Me Tomorrow (1960)

といったあたりです。リトル・リチャードのLucilleだけはちょっと古めですが、あとは最新のヒットや、ちょっと前のヒットで、当然、1962年らしさをあらわすために選ばれた曲だということは一目瞭然。

無茶苦茶なパーティーがWill You Love Me Tomorrowでのチークで終わると、つぎのショットは真っ昼間で車が走っています。望遠を使った美しいショットです(ある意味で撮影監督のブルース・サーティーズがこの映画のトーンを決定したと感じるほどで、印象的な場面をたくさんつくっている)。そして、そこで流れるのが、4シーズンズのSherry (1962年8月)です。

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この暗から明、ミドルからアップへの転調はなかなか印象的で、耳タコのSherryがじつに新鮮にきこえます。浜辺でリロイが「もう夏も終わりだ」というので、8月末のことと推測されます。Sherryは8月リリースなので、じつに微妙なタイミングで流れるのです。Sherryのビルボード初登場は8月25日付65位です。いきなりこの位置というのは大ヒットのパターンで、じっさいにそうなったのはご存知の通りです。

さて、こうしたポップ・ヒットの連発は、たんに『アメリカン・グラフィティ』的なノリにしたということではなく、のちのシークェンスにつながる伏線、餌撒きだと思えるのですが、その点については次回ということで、今回はほとんど予告篇、あまり前には進みませんでした。


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by songsf4s | 2010-05-26 23:49 | 映画・TV音楽
玉木宏樹「ストラディヴァリは本当に名器?」(『猛毒!クラシック入門』より)

前回の記事をアップしてから、改めてため息をつきました。結局、『野良猫ロック 暴走集団'71』の音楽は一日で録音してしまったのだな、と。

f0147840_23394922.jpgアール・パーマーの伝記の写真キャプションに、「Album a day, man」つまり「一日でアルバム一枚だぜ」というものがありました。ハリウッドの音楽スタジオは、午前、午後、夜間のそれぞれに一回ずつ、3時間単位のセットで仕事をするルールになっていました。セットとセットのあいだには90分ないしはそれ以上の空きがあり、その時間に食事と移動とセットアップをすることになっていました

(ハル・ブレインは移動とセットアップの綱渡りを回避するために、三つのドラム・セットを用意して、専任セットアップ・マンを雇い、その日に予定されている仕事に合わせて各スタジオに先乗りさせ、セットアップとチューニングを完了させておいた。前の仕事が延びて、スタジオ入りがギリギリになっても大丈夫だったのである)。

この3時間のセットで4曲を録音するのが標準的なやり方で、これを午前、午後、夜間とつづけてやれば合計12曲、LPのAB面が完成します。60年代に入ったあたりから、歌は別個にヴォーカル・オーヴァーダブ・セッションで録音するようになっていきますが、それ以前なら、9時間で歌まで入ったLP一枚を完成するペースで仕事をしていたのです。

もちろん、それ以前に選曲または作曲、アレンジ、写譜、シンガーのリハーサルなどの準備があるのですが、それにしても、いざ本番になれば、9時間で作業を終える慣行でした(ミュージシャン・ユニオンと会社のあいだでそういう取り決めがあった、つまり明文化されたルールだったとしている談話もあるが、裏をとれず。仮にルールだったとしたら、過重労働を回避するためだったのだろうから、昔はもっとたくさん録音したこともあったのかもしれない)。

それ以上時間をかけられるのは、予算の潤沢な特別の仕事だけでした。たとえば、フィル・スペクターはシングルA面のために、リハーサル一日、録音一日などというペースで仕事をしたようですし、ブライアン・ウィルソンもときにとてつもないコストをかけています。ただし、一日ぶっつづけで同じ仕事というのではなく、3つのセットを別々の日にやることのほうが多かったように、残された記録からは読み取れます。

ブライアン・ウィルソンのYou Still Believe in Meセッション


フィル・スペクター伝パート1(ラリー・レヴィンの動いているところはめずらしい。デタラメ伝記の作者マーク・リボウスキーなど見ても腹が立つだけだが!)


昔のハリウッドの場合、インフラストラクチャーが整っていたので、工業製品を製造するように音楽を生み出すことも不可能ではなかったのですが(絶体絶命なら、豊富にあるライブラリー音源も利用できた)、家内工業的に一日で映画一本分の曲を作って録音まで終えたという玉木宏樹の日活での仕事は、すごいものだと思います。

もうひとつ、むつひろしが『八月の濡れた砂』で変奏曲を多用したのは、やはり時間と予算が極端に切りつめられていたからだと納得がいきました。アーティスティックな理由で決まることなどほんの一握り、たいていはスケデュールと予算がものごとを決めていくのです。

◆ 「名器」という「了解事項」 ◆◆
映画スコアの話題ばかりでなく、『猛毒!クラシック入門』には面白いことが書かれています。わたしは「定説」というのが嫌いなので、定説の内容を検証したうえで(ここが重要)、否を唱える話にはおおいに関心があります。たとえば、ストラディヴァリはほんとうにいい音なのか、です。

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ということで、玉木宏樹はきわめて否定的な見解を述べています。さらに『猛毒!クラシック入門』に引用されている佐々木庸一『ヴァイオリンの魅力と謎』には、つぎのように書かれているそうです。

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このように、専門家もストラディヴァリの音をブラインドで聞き分けることができなかったということは、ストラディヴァリの価値はフィクション、神話のたぐいであるという見方に大いなる追い風となります。そもそも、音楽ですからね、それぞれの好みに大きく左右されるにちがいなく、絶対的な価値などというものがあったら、そのほうがよほど驚きます。

卑近すぎる例で恐縮ですが、サイケデリック以降の一時期、ジャズマスターの音を古くさいと思ったけれど、いまではバーンズと並んでとくに好きなギターです。あるいは、コードを弾くならギブソンのアコースティック(たとえばJ-160E)のほうが好きですが、シングル・ノートで弾くならマーティンのほうが向いていると思います。楽器というのは、そういうもののはずです。ユニヴァーサルなものなどないでしょう。

玉木宏樹はあるとき、それなりに値の張るヴァイオリンと、十代のときに16万で買ったヴァイオリンをもってスタジオに行き、両方を弾いて、ディレクターとミキサー(アメリカ式にいえばプロデューサーとエンジニア)に、どちらを使うかを決めてもらったそうです。結果は、なんの留保もなく安いヴァイオリンのほうだったそうです。

f0147840_2348583.jpgトミー・テデスコの自伝、Confessions of a Guitar Playerに、『結婚しない族』という映画のスコアの録音が出てきます。プレイバックを聴いていた音楽監督のミシェル・ルグランがトミーに、ピックで弾いたのか、指で弾いたのか、とたずねました。ファンならだれでも知っているように、トミー・テデスコはフラット・ピッキングによるフラメンコ・ギターの名手です。ぜったいに指では弾きません。しかし、ルグランは、指で弾いてくれ、とトミーに注文し、トミーは了解しました。

教則ヴィデオでやや誇張して実演していますが、トミーは指では満足なプレイ(つまり、目にもとまらぬ超高速ラン)ができないので、このときも譜面台で右手を隠し、ピックを使ってリテイクしました。テイクのあとで全員がブースでプレイバックを聴き、ルグランがいいました。

「トム、素晴らしいプレイだったな。やっぱり指で弾いたほうがずっといい音じゃないか」「そうだね、ミシェル。こっちのほうがずっといい」

いえ、トミー・テデスコはミシェル・ルグランを最高の映画音楽作曲家のひとりと絶賛しています。ただ、われわれの認識能力には限界があり、われわれの感覚器官の精度は低く、じつに簡単にごまかされてしまう、ということをいっているにすぎません。

トミー・テデスコのフラット・ピッキングによるフラメンコ・ギター・プレイ


つまるところ、「価値」というのは、多くの場合、実体などあるものではないのだから、ストラディヴァリの価値が神話であっても、べつになんの不思議もありません。

「価値」とは「人びとの思いこみ」ないしは「暗黙の了解」にほかなりません。一万円札そのものにはなんの価値もなく、「この紙を一万円として流通させる」という黙契こそが「価値」なのです。

だから、ストラディヴァリもまた、「最高の音が出る」という「暗黙の了解」のほうに価値があるのであって、楽器そのものの価値など、どれほどのものでもないでしょう。「はてなの茶碗」が描いたように、茶碗そのものには価値がなくても、天皇の箱書きには高い値が付くのです。

例によって、毎度変わらぬいつもの教訓です。他人の意見などなんの意味もありはせず、自分がいいと思うものだけがいいのであり、「価値」があるのです。


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Tommy Tedesco: Confessions of a Guitar Player : An Autobiography
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by songsf4s | 2010-05-24 23:32 | 映画・TV音楽
玉木宏樹「日活での凄い体験」(『猛毒!クラシック入門』より)

(恥ずかしくもまた訂正の追記 藤田敏八監督に関する思い出の部分で、2ページ分欠落していたJPEGを補いました。5月24日6時50分)

友人が、これを読んでみなよ、と玉木宏樹著『猛毒!クラシック入門』という本をもって遊びに来てくれたので、それを肴に映画音楽話です。

わたしのように、「クラシック」という文字に拒絶反応を起こす方がいらっしゃるといけないので、いきなりクリップをいきます。玉木宏樹というのは、こういう映画のスコアを書いた人です。

『野良猫ロック 暴走集団'71』(藤田敏八監督、日活映画)


わたしの日活通いは1966年までだったので、日活ニューアクションはすっぽり抜け落ち、あとから少しずつ拾って歩いています。「野良猫ロック」シリーズも、『野良猫ロック ワイルド・ジャンボ』と『野良猫ロック セックス・ハンター』の二本しか見ていません。しかも、前者はテレビで見ただけです(「どこかの海岸で藤竜也がランニングする映画」と覚えていたので、タイトルはあとから調べた!)。ということで、この映画に関しては、いつかチャンスがあれば、でした。

◆ 末期の日活 ◆◆
玉木宏樹は元来がヴァイオリニストで、作曲は山本直純に師事したとあって、じゃあ、日活の仕事をして当然だ、です。当家では過去に、山本直純がスコアを書いた映画を二本取り上げています。『霧笛が俺を呼んでいる』と、『拳銃無頼帖 抜き射ちの流』という二本の赤木圭一郎主演作品です。

音楽のほうは知りませんが、『猛毒!クラシック入門』から読み取れる玉木宏樹のキャラクターは、まさに山本直純の弟子という雰囲気で、権威主義のかけらもありません。そのことはあとにして、玉木宏樹の日活の思い出からどうぞ。まずは藤田敏八監督のこと。

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これは最悪のケースを書いているのでしょうが、それにしても、プログラム・ピクチャー一般のありようをかいま見せてくれる記述です。昔の評論家のなかには、プログラム・ピクチャーというものがわかっていない人たちがいたという話を以前書きましたが、『狂った果実』をアート・フィルムと勘違いした人には、ぜひこの玉木宏樹の回想を読んでもらいたいものです。

プログラム・ピクチャーというのは、ピンポイントで狙っていいものをつくりだすわけではないのです。1日4回、年間140試合打席に立つと、大部分は凡打だけれど、なかにはライト前ヒットもあれば、ときにはホームランもある、という、それだけのことなのです。

ほんの短いセンテンスですが、玉木宏樹は末期の日活(つまり、ロマンポルノ移行直前という意味だが)の雰囲気にふれています。

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やっぱりそうか、と思いました。『八月の濡れた砂』のときに、むつひろしのフィルモグラフィーを調べて、ほかになにも出てこず、あれ一本だけだとわかり、どういうことだろう、と思いましたが、映画音楽未経験なのでギャランティーは安くすむから依頼したのではないでしょうか。

もっとも、あれだけの音楽をつくったのに、その後、映画がないというのは不可解ですが。東映あたりが依頼したら、いいスコアを書いたような気がします。むつひろしのほうが、『八月の濡れた砂』で映画にはこりごりしてしまった、というあたりかもしれません。

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「最後の開き直りのような、いさぎよい自由な雰囲気」があったというのも、まさにそうにちがいないと、残された映画から感じます。いや、わたしは、すでに67年の『拳銃は俺のパスポート』や『殺しの烙印』の時点で、「最後の開き直り」を感じますが。

◆ 鈴木清順について ◆◆
つづいて、玉木宏樹がスコアを書いたわけではなく、師匠の山本直純が音楽監督をした、鈴木清順の『殺しの烙印』について。

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この映画で鈴木清順は堀久作に首を言い渡されてしまったので、あまり大声で笑うわけにはいかないのですが、「殺しと裸」とはよくいったもので、たしかにそういう映画ですねえ、『殺しの烙印』は。いや、会社としては、この言葉で『ゴールドフィンガー』のような映画(いや、『電撃フリント』か?)を規定したつもりだったのでしょうが、相手は鈴木清順、まったく想定外の「殺しと裸」映画をつくってしまったわけです。

何度か書いていますが、あんな映画を無意識につくる人がいるはずもなく、鈴木清順は『殺しの烙印』で会社を挑発したのだと思います。たんに下手くそで失敗しただけなら、会社だって馘首はしなかったでしょう。挑戦状を突きつけられたから、逆上してしまったのです。いや、人減らしの理由があれば、すぐに飛びつくぐらいの悪い財務状態でもあったのでしょうけれど。

◆ 井の中の蛙 ◆◆
日活映画のくだりばかりではなく、『猛毒!クラシック入門』はちょっと面白い本です。

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このへんになるとこちらの研究分野。「はきだめ」なんていえるのは、ものを知らず、音楽を聴く耳ももたない人間だけです。ハリウッド映画のオーケストラの鳴りを聴けば、「はきだめ」なんて言葉はぜったいに出ません。ハリウッドの撮影所のオーケストラが「はきだめ」だったら、ボストンやNYのオーケストラはウィーン・フィルの五、六段上までいってしまいます。

玉木宏樹は、ここで実力のことしかいっていませんが、もうひとつのファクターがあります。収入です。アメリカのスタジオ・ミュージシャンが、ハリウッドで映画音楽の仕事をすることをプレイヤーすごろくの「上がり」と考えたのはなぜかといえば、音楽的にはもちろん、収入の面でも、あれがミュージシャンにとって最高峰だったからです。クラシック系ではありませんが、キャロル・ケイは、最盛期の年収は合衆国大統領の年俸と同じだったといっています。

f0147840_11410100.jpgキャロル・ケイはフリーランスとして映画音楽でプレイしたのですが、それ以前の、だれもが給料をもらってスタジオに勤めていた時代についても、みな高給取りだったとヘンリー・マンシーニが自伝に書いています。あまりにも高給で、スタジオの財務を圧迫するため、50年代後半に撮影所所属のオーケストラは解体されてしまったのです。

当家で過去に取り上げたレコーディング・アーティストで、撮影所の大物だったのはフィーリクス・スラトキンです。20世紀フォックスのコンサート・マスターをつとめました(同時に、フランク・シナトラのコンサート・マスターでもあった)。スラトキンのFantastic Percussionも「はきだめ」の音楽なのでしょうか。やれやれ。

日本の撮影所のオーケストラの話やら、ストラディヴァリの話やら、まだいろいろあるのですが、それは次回にでもまた、ということに。


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by songsf4s | 2010-05-23 23:56 | 映画・TV音楽
ロベール・アンリコ監督『冒険者たち』(Les Aventuriers)その5
タイトル
Les Aventuriers
アーティスト
Joanna Shimkus
ライター
Francois de Roubaix
収録アルバム
Francios de Roubaix Anthologie Vol.2
リリース年
1967年
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◆ 継承者たち ◆◆
前回、ロベール・アンリコは、『冒険者たち』を撮るとき、ある日本映画を意識していたのではないか、とだけ書いて、それがどの作品かというところにまではたどり着けませんでした。

すでにおわかりの方も多いでしょうが、たとえまだおわかりでなくとも、過去に二度掲載したこのスクリーン・ショットをご覧になれば、あっさりおわかりでしょう。

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『狂った果実』エンディング直前の空撮ショット

もちろん、中平康の『狂った果実』(1956)です。いや、『冒険者たち』がたとえばアメリカ映画で、作中に日本映画の輸入をしている会社が出てこなければ、たんなる「他人の空似」と片づけたでしょう。

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しかし、この時期のフランスとなると、やはり考えないわけにはいきません。ゴダールもトリュフォーも『狂った果実』を見たというのだから、ロベール・アンリコだって見た可能性はおおいにあります。

それに、いや、われながらくだらない共通項を持ちだすものだと、やや遠慮気味なのですが、片や『狂った果実』は兄弟と「ヴァンプ」(てな言葉を大昔のハリウッド映画はよく使った)の三角関係、片や『冒険者たち』は兄弟のように深い絆で結ばれた男たちと女の三角関係です。そして、両方とも、最後には男ひとりが生き残り、キャメラは海の上を旋回しながら上昇します。他人の空似というには、ちょっと似すぎているような気が、わたしにはするのです。

そして、これはほんとうにたんなる偶然にすぎませんが、『狂った果実』は武満徹にとっての最初の映画スコア、『冒険者たち』はフランソワ・ド・ルーベにとって(たぶん)最初の映画スコアです。東西の素晴らしい作曲家の清新なスコアを聴ける映画なのです。

もうひとつ、だんだん血のつながりは薄くなりますが、『八月の濡れた砂』もこの系譜に連なるのではないかという気がちらっとします。明白な類似は海上旋回上昇エンディングだけですが、藤田敏八は『狂った果実』はもちろん、『冒険者たち』だって見ていたのではないでしょうか。

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『八月の濡れた砂』エンド・タイトル

またまたたんなる偶然ですが、『八月の濡れた砂』は、むつひろしにとって最初(でおそらく最後)の映画スコアです。実体としての関連もいろいろですが、たんなる偶然もいろいろあるものです。

(追記 あとから確認したら、『狂った果実』ではキャメラは旋回しないし、上昇しない。旋回するのはモーターボートのほう。旋回上昇は『冒険者たち』で登場し、『八月の濡れた砂』でも使われる。)

(さらに追記 Oさんのコメントにあるように、『冒険者たち』はフランソワ・ド・ルーベの処女スコアではない。本文を書き換えようかと思ったが、間違いと訂正のセットのほうがいいような気がしたので、追記で補訂。)

◆ 歌う俳優たち ◆◆
さて、『冒険者たち』のスコアや関連楽曲のサンプルを補足しておこうと思います。まず、すでにご紹介済みのテーマをもう一度ここにも置いておきます。

サンプル Francois de Roubaix "Journal de bord"

つづいて、映画には登場しないトラックを二種。まず、アラン・ドロンの歌、というか、語りに近いものを。

サンプル Alain Delon "Laetitia"

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お聴きになればおわかりのように、この曲はJournal de bordの「口笛セグメント」をベースにしています。しかし、シングル盤を買ったときには、なんか変だなあ、と思いました。テーマ曲をモティーフにした曲ではありますが、映画には出てこないんですからね。やはり、話題作りとして、映画には嵌めどころがないとしても、アラン・ドロンの歌というのをリリースしたかったのでしょう。これは日本だけでなく、フランスでもリリースされたようで、ウェブで45スリーヴを見かけました。

かわってこんどはジョアナ・シムカスの歌です。

サンプル Joanna Shimkus "Les Aventuriers"

これはどういう曲かというと、Journal de bordのピアノ・セグメントの、そのまた一部をモティーフとしてヴォーカル曲に仕立て直したものです。ピアノ・セグメントの冒頭部分、Cm-Am7-Ab-Gといった感じのコードのところは略して、ややメロディックに変化してからの部分だけを抜き出しているのです。

わたしは、変奏曲をうまく使ったスコアが大好きなのですが、つらつら考えてみると、変奏曲を多用した『冒険者たち』のスコアは、そういう好みの結果ではなく、原因のようです。この映画のスコアを聴いたことで、以後のスコアの聴き方の基本的方向性が決定されたのだと思います。このLes Aventuriersという曲の構成の仕方を見ると、やっぱり変奏曲の作り方がうまいなあ、と改めて感心します。いや、モティーフの使い方がうまい、というべきでしょうか。

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ジョアナ・シムカスの歌も素人のよさが出ていて、なかなか味わいがあります。ドロンのLaetitiaは嵌めどころがないでしょうが、ジョアナ・シムカスのLes Aventuriersは、ギター一本のバッキング(フランソワ・ド・ルーベ自身のプレイらしい)ではあるし、コンゴのシークェンスの、たとえば夜の場面なんていうので歌うようにすればよかったのに、と思います。

いまさらのように気づいたのですが、コンゴの夜間シーンというのがありません。なぜなのか。いま思いつくのは、夜は恋人たちの時間であり、その一歩手前で足踏みをしている、ロラン、マヌー、レティシャには、夜が似合わないのかもしれない、ということぐらいです。だいたいが、夜間シーンのほとんどない映画で、マヌーと恋人の逢瀬を描いた二つのシークェンス、レティシャの個展、ロランとマヌーが賭場から出てくるところ、それくらいではないかと思います。昼間の映画なのです。

もう一曲、これは映画に登場するトラックです。

サンプル "Enterrement sous-marin"

これはレティシャを水葬にするシーンで流れるもので、これまた絵と音がみごとに響き合っています。

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エンド・タイトルで流れる、Journal de bordのスロウ・ダウンした変奏曲も素晴らしいのですが、そんなことをいっていると、結局、すべてのトラックをサンプルにするようなことになってしまうので、ここらで切り上げます。

◆ 落ち穂拾い ◆◆
脈絡なく、箇条書きのように、書き落としていたことを二つ。

アラン・ドロンのことをアクション・スターだと思って見たことはなかったのですが、『冒険者たち』では、何カットか、身のこなしがすごく魅力的に感じられるものがあります。とくに、再び島にやってきて、漁船を雇って要塞島にわたるまでのきびきびした動き、その運動感覚には素晴らしい魅力があります。

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cinematographyでありmotion pictureなのだから、基本は運動、動きにあるわけで、身のこなしは重要だなあと改めて当たり前のことを思いました。

もうひとつ、レティシャの従兄弟である少年が、妙に懐かしく感じられることも書き加えておきます。なんだか、小学校のときの仲間に、ああいうヤツがいたような気がしてきてしまうほどです。さらにいうと、つげ義春の『紅い花』に出てくる、軍帽をかぶって釣り竿をかついだ少年のことも思いだしてしまいました!

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といって終わろうとしたところで、もうひとつ思いだしました。双葉十三郎が『ぼくの採点表』で、『冒険者たち』を取り上げていて(当たり前だ!)、その書き出しが以下のようになっているのです。

これは青春へのレクイエムというべきロベール・アンリコの傑作である。

ジョアナ・シムカスは「青春」まっただ中でしょうが、ドロンだってもう青年というには苦しいし、リノ・ヴァンチュラにいたっては中年ないしは初老です。しかし、おかしなことに、この映画はまさに、双葉十三郎がいうように、若き日の夢の終わりを描いたのだとわたしも感じます。

これって、ひどく奇妙なようでもあるし、当たり前のようでもあるし、考えるとよくわからなくなります。人の心は結局老いることなどできず、いつも同じ心で生きているから、恋をすれば、見かけの物理的年齢を超越してしまうということかもしれません。いえ、思いつきを書いただけなので、本気にしないでほしいのですけれどね!


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Les Aventuriers OST
Francois de Roubaix: Le Samourai; Les Aventuriers
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by songsf4s | 2010-05-22 23:57 | 映画・TV音楽
ロベール・アンリコ監督『冒険者たち』(Les Aventuriers)その4
タイトル
Journal de bord
アーティスト
Francois de Roubaix
ライター
Francois de Roubaix
収録アルバム
Les Aventuriers OST
リリース年
1967年
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ロベール・アンリコは日本映画ないしは日本文化に興味を持っていたのか、『冒険者たち』では二カ所で日本に言及しています。ひとつは、マヌーがコンゴの一件の情報を仕入れるシーン、日本レストランでの会食です。

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なんだか変なレストランですが、まあ、パリではこうだったのでしょう。もうひとつは、凱旋門くぐり抜け飛行を記録したらフィルムを買い取るはずだった、映画輸入会社です。

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このマネージャーは「京橋」という名前で(いや、発音は「清橋」に聞こえるが)、事務所には日本映画のポスターが貼ってあります。わが友〈三河の侍大将〉Oさんも『冒険者たち』の大ファンだそうで、さっそく私信をくださり、そのなかで、あのポスターはなんの映画のものでしたかねえ、とおっしゃっていたので、ここで解決することにします。

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というように、タイトルは「がれる歌」と読めるだけで、不完全ですが、右のほうに「松山」の文字が見えます。ここまでヒントがあれば、確実にあぶり出せます。答は1965年の東宝映画、松山善三監督『戦場にながれる歌』です。

この二度にわたる日本への言及は、たんなる背景であって、たいした意味はないのかもしれません。でもわたしは、ロベール・アンリコがある日本映画を意識して、『冒険者たち』を撮ったのではないかと考えています。それについてはのちほど。

◆ エンディングまでのプロット ◆◆
莫大な財宝を得、その代償にレティシャを失ったロランとマヌーは、フランスに戻り、レティシャの縁者をもとめて旅をします。財宝発見とその山分けというアッパーな流れから、レティシャの死と水葬、そして縁者捜しというグルーミーなシークェンスへの転調に味わいがあり、大人になってからは、レティシャの死以後のスロウ・ダウンした世界を楽しむようになりました。

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レティシャが育った過疎の村の夫婦に、レティシャの親族からもらった葉書を見せられ、ロランとマヌーはその住所にあった島を訪れます。そこで、レティシャの従兄弟にあたる少年と知り合い、レティシャの取り分をこの少年の財産として両親に託します。

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ある日(翌日という設定か?)、ロランは少年と海岸を散歩をしていて、宝物を見せてあげるといわれます。二人の視線の向こうには、レティシャが買いたいといっていた海に浮かぶ要塞がありました。

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マヌーも交えて三人は要塞島に行きます。少年が宝物といっていたのは、第二次大戦中にこの島に駐屯したナチスの軍隊が残していった兵器と弾薬でした。

結局、マヌーは島の生活に退屈したのか、ロランを残してひとりパリに帰ります。昔のクラブに戻って複葉機を飛ばしたり、バカラなどで遊んでみたり、かつての恋人に会いに行ったりしますが、結局、マヌーの心を落ち着かせるものはありません。昔の恋人と一夜をともにした翌日、かつてレティシャが個展を開いた会場に行ったマヌーは、その足でロランのいる島にもどることにします。

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ロランは家を留守にしていて、マヌーは要塞島にいきます。思ったとおり、そこにはロランがいて、この島を買った、改築してホテルにする、と楽しそうに計画を語ります。マヌーは、それはレティシャのためか、とききます。レティシャからそのプランをきいたのだろう、とマヌーにいわれても、ロランは、いや、きかなかった、とウソをつきます。

そのとき、下の中庭に、パリからマヌーを尾けてきた傭兵たちがあらわれ、二人に銃を向けます。マヌーとロランは、ナチスの武器で傭兵たちを皆殺しにしますが、その戦いのさなかにマヌーは撃たれ、ロランの腕のなかで息を引き取ります。ロランは、レティシャはおまえと暮らしたいといっていた、といいます。

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◆ デス・ウィッシュ ◆◆
考えてみると、この構成はちょっと変わっています。この題材だったら、多くのシナリオ・ライターは、レティシャが死んだところで、その余韻のなかで話を締めくくる道をさぐるのではないでしょうか。見方によっては、『冒険者たち』の最後の30数分は蛇足のように思えなくもありません。しかし、こうしてまた十数回目だか二十数回目だかの再見をしても、この映画は要塞島までいって、はじめて完結するのだという感がいっそう深まりました。

どこから手を着けたものか……。深く考えずに、思いついたことをあげます。今回の再見でいちばん気になったのは、マヌーの行動が慎重さを欠くことです。パリでずっと見張られ、尾けられていることに気づかないのも、かつて暗黒街に生きた人間にしては不用心ですが、そこはまあいいとしましょう。

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問題は、要塞島で、傭兵たちに「動くな」といわれたときに、イチかバチかで武器庫へ突っ走るところです。この無鉄砲さは意図的演出なのだと思えてきました。マヌーは喜んで命を張ったギャンブルをする気分にあることを表出させたのではないでしょうか。

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マヌーは武器庫からルガーを二挺もって戻ると、ロランを狙っていた敵をひとり斃します。そこまではいいのですが、その位置から移動するときに、まったく身を隠すつもりのない走り方をするのです。これもまた意図的な演出に思えます。簡単にいえば、「ちょうどいいや、死にたい気分だぜ、殺してみろよ」というふるまいに見えるのです。

彼はたったいま、ロランがレティシャのプランを引き継いだことを知ったばかりなのです。レティシャにプロポーズを断られたときが一回目の失恋だとすれば、彼はここでもう一回、愛する女に拒絶され、年来の友が彼女を得たことを確認したのです。

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レティシャが死んでしまった以上、それを訂正することはぜったいに不可能だし、しかも、彼女が愛した男は、彼が生死をともにしてきたこの世でいちばん大事な友人です。マヌーにできることはなにもありません。パリに行っても、なにも生きる道を見つけられなかったマヌーは、ここでロランとともに暮らす道も閉ざされたように感じたでしょう。

以前はそんなふうに思ってマヌーの行動を見ていたわけではありませんが、あの慎重さを欠く、あるいは、大胆すぎるふるまいは、そういう心理の表出として演出されたのだと思えてきました。映画には、無意識の産物はほとんど登場しないものです。

◆ 長く稀薄な余生 ◆◆
『冒険者たち』は、結局、昔からの古い酒を新しい革袋に盛った映画なのでしょう。三角関係だけが「古い酒」ではありません。われわれはなにかを追い求めているときは幸せだが、それを得てしまったら不幸せになるのだというパラドクスもまた、古来からある「酒」でしょう。

あるいは、そもそも、彼らは追い求めるものをまちがえたのかもしれません。三人が必要としていたのは、お互いが一緒にいることを保証する理由付けにすぎなかったのに、富を得ることが共通の目標だと誤認し、その罪によって罰を受けなければならなかった、とも考えられます。

もっとも大きな苦痛を味わったのは、最後に生き残ったロランです。死んでいったものはある意味で幸せです。ロランは生き残ったがゆえに、三人分の空漠たる時間を引き受けざるをえなくなるのです。

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マヌーは、島を見物しながら、レティシャをコンゴに連れて行ったことで自分を責めているとロランに語ります。ロランは、おまえひとりのせいではない、と慰めますが、財宝のためにマヌーまで失ったとき、ロランが思ったのはそのことでしょう。自分の愚かさゆえにかけがえのない人びとを失った、という絶望的な後悔の念です。

われわれが生きていくのに必要なのは、財物ではなく、人なのだという当たり前の真理に気づき、大事なのはそれだけなのだと見極めをつけられれば、ロランはレティシャとマヌーを失わずにすんだでしょう。死の代償を払ってそう覚ったときは、もう手遅れだったのです。

たぶん、彼はホテルの計画を放棄し、レティシャの従兄弟である少年の成長だけを心の支えに、空虚に落ちる手前でかろうじて生きていくことになるでしょう。二度と充実した生の実感を得ることはないにちがいありません。

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『冒険者たち』をさらに延長し、今回は前振りだけになってしまった、ロベール・アンリコが気にしていたかもしれない日本映画のことなどにふれ、さらにスコアのサンプルの補足をする予定です。


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Les Aventuriers OST
Francois de Roubaix: Le Samourai; Les Aventuriers
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by songsf4s | 2010-05-21 23:56 | 映画
ロベール・アンリコ監督『冒険者たち』(Les Aventuriers)その3
タイトル
Journal de bord
アーティスト
Francois de Roubaix
ライター
Francois de Roubaix
収録アルバム
Les Aventuriers OST
リリース年
1967年
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ものを書く前と、書いている最中の大きな違いは、視野の広さです。書きはじめる直前までは広角でものを見ようとしているのですが、書きはじめると、頭のなかはその直前に「あらかじめ書こうと決めたこと」で占領され、ほかのことはメインメモリーからキャッシュ領域に退避されてしまいます。昨夜、一時退避して、それきりでメイン・メモリーに戻されなかったことがひとつあります。

Journal de bordという曲は、なぜあのような構造になっているのか、切迫感のあるピアノ・セグメントと、ゆったりとしてリリカルな口笛セグメントに分かれ、それを交互に演奏するように構成されているのはなぜなのか?

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わたしはフランス語などまったくわかっていないので、自分自身、あまり信用していないのですが、仮にJournal de bordが「航海日誌」という意味だとします。それならば、二つのセグメントが交互に出現するこの構成は、「航海」の日々をストレートに反映したものと解釈できます。海はときに荒れ、波逆巻くこともあれば、一面のべた凪、口笛でも吹きながらデッキにブラシをかけ、洗い物をするにはもってこいの好天もある、ということです。

ただし、「航海」の比喩は二重構造でしょう。直喩であり、同時に暗喩でもあるのです。

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◆ 中盤のプロット ◆◆
『冒険者たち』をまだご覧になっていない方は、これはお読みにならないほうがいいでしょう。今日はまだエンディングまではたどり着かないでしょうが、大きなターニング・ポイントは書くことになります。

コンゴに渡ったロラン、マヌー、レティシャの三人は、船を借り、コンゴ動乱のさなかに、軽飛行機とともに海に沈んだという財宝を探しはじめます。マヌーとロランが桟橋でボートに食料を積み込んでいると、白人の男が寄ってきて、手伝いはいらないか、食事だけで働く、というのですが、手は足りていると断ります。

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しかし、ロランとマヌーが海に潜っているすきに、その男は船に忍びこみ、レティシャを脅して食料にありつきます。

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二人があがってくると、この男(セルジュ・レジャーニ)は、自分はパイロットで、宝石や多額の現金をもったベルギー人を戦闘地域から脱出させるのに雇われたが、海岸の近くに墜落してしまい、ベルギー人は死に、自分だけが助かった、飛行機が沈んだ場所を知っている、といいます。

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ロランたちはこの男を仲間に加えることにし、海底に沈んだ小型機から財宝を引き上げることに成功します。しかし、このベルギー人の脱出に手を貸した傭兵たちが見張っていて、彼らが財宝を手に入れたことを知ります。

四人が帰途についたところ、警察の臨検の船がやってきて、停船させられます。パイロットは、それが傭兵たちだということを知っているので、即座に発砲し、撃ち合いになります。なんとか撃退することができましたが、この戦いのさなかにレティシャが撃たれ、すでに息絶えていたことがわかります。

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◆ 宙に浮かぶ夢 ◆◆
『冒険者たち』の最初の3分の1は、人物を紹介し、その関係を明らかにし、彼らがコンゴにいくまでの段取りを描くもので、長い導入部とみなすこともできます。この導入部で重要なのは、二人の男が兄弟のような強い絆で結ばれているということ、そして、二人ともレティシャが好きになり、レティシャも二人を愛し、その関係が宙に浮いたまま、まだ着地していない、ということです。

この不安定要因を抱えた関係が宙に浮いたままでいられるのは、ロランとマヌーが深い絆で結ばれていて、どんなことであれ、争うつもりがないからです。映画は独立したものとみなすべきなのですが、あえていうと、このロランとマヌーというキャラクターは、『冒険者たち』の原作者であるジョゼ・ジョヴァンニの小説『穴』(ジャン・ベッケルが映画化している)に登場する、二人の脱獄囚の後年の姿です。死地をともにくぐり抜けてきた男たちなのです。『冒険者たち』では、既定のこととして、改めて説明されない二人の友情のよってきたるところは「ともに死を見た」ことです。

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コンゴのシークェンスは、はじめは導入部と同じように、船上での三人の楽しげな日常の描写にあてられています。ロランとマヌーが交代でレティシャをモーターつきゴムボートに乗せたり、ライフルの腕比べで、ビギナーのレティシャがいきなり標的の瓶に命中させたり、レティシャの誕生日を祝ったり、といったことが、Journal de bordの変奏曲とともに、望遠レンズを多用した叙情的映像で描かれます。

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こういう音楽の力を借りた、ほとんどセリフのない、ミュージック・ヴィデオ的な味わいのあるリリカルなシークェンスというのは、このころからしばしば見かけるようになったもので、子どもだったわたしは、そういう流行をおおいに歓迎しました。これはヨーロッパ映画にかぎるものではなく、むしろアメリカ映画の特徴となっていった印象がありますが、日本映画はその影響をあまり受けなかったのではないでしょうか。

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◆ プロポーズ ◆◆
コンゴ・シークェンスでは、つい、財宝の発見と、レティシャの死という強いイヴェントに目を奪われてしまいますが、ドラマのうえでもっとも重要なのは、財宝を発見する前と後の二つのシークェンスにおける会話です。

まず、発見前。釣りをしながらマヌーはレティシャに話しかけます。

「レティシャ、100万フランを手に入れたらどうするんだ?」
「海に浮かんだ家を買うわ。ラロシュルにあるの。子どものころからの夢だったのよ。まわりをすっかり海に囲まれた要塞なんですって」
「そんな大きな家に、たったひとりで住むつもりかい? 寂しいだろうに。その家がある島は悪くなさそうだな。俺と一緒に暮らすっていうのはどうだい?」
「あなたたち二人そろってなら、いつだって大歓迎よ」


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ここで(映画世界の決まり事によって)、魚がかかったので、この対話は中断し、マヌーのプロポーズが婉曲に拒絶されたことは宙に浮きます。これだけでは決定的な結論とはいえません。レティシャは二人をそのままで愛している、という受け取り方も成立します。

魚を釣り上げると、レティシャが「これも一匹で暮らしているのよ」といいながら、棍棒で叩いて殺すシーンから、大きな暗喩を読み取ることもできるでしょうが、とりあえずいまは棚上げにします。

◆ トライアド・ユートピア ◆◆
つづいて、財宝を山分けし、帰途についてからのロランとレティシャの会話です。

「こういう日没は街では見られないな」
「そうね。ビルにさえぎられてしまうものね」
「街は人が生きるようにはできていないものだ……アトリエを買って彫刻をするつもりかい?」
「いいえ、あなたと暮らしたい」
「俺と? でも……マヌーが……」


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ここで警察の船が近寄ってきて、停船を命じられ、上述の銃撃戦になって、レティシャは死んでしまいます。

そういう早い展開のところなので、ショックはいくぶんか和らげられるのですが、わたしはこのロランとレティシャの会話が悲しくて悲しくて、はじめて見たときは泣きそうになりました。

なぜ悲しいか? いま、大人の頭で子どもの気持を分析するならば、つまりこのレティシャのプロポーズは、「ユートピアの崩壊」宣言だったからです。

子どもだったわたしは、セックスということを理解していなかったせいでしょうが、『冒険者たち』のここまでの展開を「幸せな三人の家族の物語」として見ていたのだと思います。

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「このまま三人でいてはいけないのか?」ずっと後年、バーズのTriadを聴いたとき(ジェファーソン・エアプレインも同じ曲をやっているが、当時は知らなかった)、このWhy can't we go on as three?というラインが雷のように響いたのは、『冒険者たち』の記憶のせいでした。

もっといえば、わたしは、レティシャに裏切られた、と感じて悲しかったのでしょう。いや、マヌーだって裏切ったのですが、わたしはそちらについては重大なこととは受け取りませんでした。はじめからイエスの返事を期待していないように感じられたのです。

しかし、レティシャの「あなたと暮らしたい」は、その直後にロランが「でも……マヌーが……」ということによって、決定的な裏切りとなったのです。レティシャは「三人のユートピア」の崩壊を宣言し、ただの平凡なカップルとして生きたい、という意志を示したのです。

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レティシャが死ななかったら、ロランはどうしたでしょうか? わたしは、たとえマヌーがレティシャにプロポーズしたことを知っても、レティシャと二人だけの生活は、すくなくとも積極的には選択できなかったのではないかと思います。唯一、その可能性があるとしたら、マヌーが身を退きながら、ロランにレティシャと暮らすことをなかば強制した場合だけでしょう。

ロランには積極的にレティシャを独占することはできなかったのではないかと思います。彼はレティシャも愛していたけれど、それに劣らぬほどマヌーも愛していたのです。どちらかひとりを選ばねばならないとしたら、マヌーを選んだのではないかとすら思います。

◆ 死して守護神となる ◆◆
マヌーのプロポーズ、財宝の発見、レティシャのプロポーズ、レティシャの死、というエピソードの順序はよく考えられていると感じます。

現実に汚されていない「三人のユートピア」、お互いを愛し、夢だけを追い求める非地上的、非現世的世界は、財宝の実体化、現実化によって地上に引きずり降ろされ、索漠たる残骸をさらす危機に見舞われます。

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そう考えれば、レティシャの死は避けられない必然だったことは明らかです。生きてロランとマヌーに争わせたり、裏切りの苦痛をあたえる魔女になってはならず、死んで永遠にロランとマヌーの絆を保証する女神にならなければいけなかったのです。

「あなたと暮らしたい」というレティシャの言葉がわれわれにあたえるショックを和らげているのは、ほんとうはその直後の銃撃戦というアクションではなく、それがもたらしたレティシャの死のほうだったのです。彼女の死によって夢の崩壊はかろうじて食い止められたのです。

物語の終盤、ロランとマヌーがフランスに戻ってからの話は次回ということに。


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Les Aventuriers OST
Francois de Roubaix: Le Samourai; Les Aventuriers
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by songsf4s | 2010-05-20 23:58 | 映画・TV音楽
ロベール・アンリコ監督『冒険者たち』(Les Aventuriers)その2
タイトル
Journal de bord
アーティスト
Francois de Roubaix
ライター
Francois de Roubaix
収録アルバム
Les Aventuriers OST
リリース年
1967年
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最近は恒例となった「検索キーワード・ランキング」、今月の中間結果は以下のとおりです。

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いつもながら、芦川いづみファンの方にはお礼申し上げます。いえ、どのキーワードを検索して当家にいらした方にもお礼を申し上げます。

今月のびっくりキーワードは「小林旭」です。こんなキーワードで検索して、当家にたどり着けるものだろうか、と思うのですが、ちゃんといらしているのだから、根気よく見ていけば出てくるのでしょうね。以前、「石原裕次郎」というキーワードがあったときも、無理だろうに、と驚きましたが、「小林旭」も二度とないような気がするので、まだランクされているうちに、急いでキャプチャーして記事にした次第です。

ともあれ、以前は、そのキーワードで当家にいらしても、ご不満であろうと思うことがよくあったのですが、今月は、どのキーワードについても、きちんとした記事をご用意していますよ、と胸を張れるものばかりで、気持のよい眺めです。

最近は検索経由のお客さんは減っているようで、ブックマークかRSSということが多いようですが、おひまなときには検索もご利用ください。近ごろ、しばしばキーワード・ランキングをご紹介しているのは、コメントをご利用にならない方がなにを思って当家にいらっしゃるのかをかいま見る、これが唯一の手段だからです。

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◆ クレヴァーなリズム・アレンジ ◆◆
前回は半分眠っていて、だいじな曲のサンプルを、きちんとご紹介せずに、最後の行で放り出すようにしてしまいました。もう一度、やり直します。

「映画音楽」といったとき、わたしはまっさきにフランソワ・ド・ルーベが『冒険者たち』のために書いたテーマ、Journal de bordを思い浮かべます。わたしはロックンロール・キッドだったので、映画音楽を買うことはめったになかったのですが、『夜の大捜査線』とこの『冒険者たち』は、すぐにシングルを買いました。

サンプル Francois de Roubaix "Journal de bord"

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このJournal de bordという曲はふたつの異なったセグメントで構成されています。ピアノとオーケストラによる、ちょっとサスペンス味というか、切迫感のある部分と、口笛とギターのアルペジオによるリリカルなドラムレスの部分、という二系統のメロディー、サウンドが交互に出てくるのです。

いやもう、じつに面白い構成の曲です。リズムだけ見ていくと、ピアノ・セグメントはストリングスがずっと四分三連、ドラム(ブラシ)は四分の裏拍を叩きつづけています。この四分三連と四分の裏拍の組み合わせが、なんともいえない変てこりんな、いや、じつに新鮮なグルーヴを生んでいるのです。

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レコーディング中のアラン・ドロンとフランソワ・ド・ルーベ

あいだに挟まって出てくるリリカルな口笛セグメントは、ピアノ・セグメントとは大きく異なった味わいがあり、スロウ・ダウンしたような印象をあたえるのですが、じつはテンポはまったく変わっていません。ピアノ・セグメントに勢いをあたえている弦の四分三連とスネアの裏拍がなくなり、アップライト・ベースがストレートに四分の表拍を刻むだけの、しごくまっとうなリズムに変化しているだけなのです。

この二種のグルーヴが交互に出現する味わいたるや、じつに豊穣なるもので、アイスクリームにウェファース、焼きそばに青のり、柿の種にピーナツ、というくらいに、断じて切り離せない合金構造になっているのです。中学二年の子どもは、このJournal de bordを聴いて、大発見でもしたように興奮しました。

以下に、フランソワ・ド・ルーベを回顧するクリップを貼りつけておきます。ドラムを叩いている場面で、ほほう、と思いました。自分の曲の録音でプレイするタイプの作曲家なのかもしれません。しかも、ピアノなどではなく、ドラムを!

フランソワ・ド・ルーベ


◆ 独特のコード感覚 ◆◆
Journal de bordが面白いのは、リズム・アレンジ、グルーヴだけではありません。メロディーもコード進行もじつにたいしたもので、何度聴いても飽きがこず、つねに新鮮な感覚をもたらしてくれます。

子どものころから大好きだったくせに、面倒だからと、いままでコードをとったことがなかったのですが、記事にする以上、やむをえないので、いまちょっとギターでなぞってみました。

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フランソワ・ド・ルーベの写真に登場する楽器はギターばかりで、ピアノを弾いている写真はない。ギターで曲を書いていたのだろうか? そういうタイプではない楽曲が多いように感じるが、考えてみると、コード・ドリヴンな構造というのはギターを背景にしているのかもしれない。

やっぱり変なコード・チェンジですねえ。時間がないので、冒頭だけ弾いてみたのですが、いきなりCm-Am7という移行です。やっぱりなあ、普通じゃないと思ったぜ、でしたよ。ちょっと不確かですが、そのあとはAb-C-Em7-Dm7あたりだろうと思います。

ピアノ・セグメントは全体に変ですが、やはりCm-Am7が目を惹きます。こういう進行ってほかにあるのでしょうか。わたしの自前データベースには類似例がしまってありません。このAm7への移行のアブノーマリティーに似ているものがあるとしたら、SleepwalkのヴァースにおけるC-Am-Fm-Dm7という循環の、ぎょっとするようなAm-Fmの移行ぐらいでしょう。

このCm-Am7の箇所は、マイナーからメイジャーへの転調の感覚があります。たとえば、CmからCへといった転調のことをいっているのですが、ただし、それほど強いマイナー=メイジャー移行感覚はありません。微妙な転調感覚なのです。なぜそうなのかは、ギターでなぞってわかりました。

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Cmのマイナーたる所以は3度、すなわち「ミ」がフラットしていることです。これがフラットしなければ、メイジャーになります。Aのスケールでは、3度はCシャープ、マイナーの場合はこれがフラットしてCです。またAのスケールの5度はE、「ミ」です。

ギターを弾く方ならご存知のように、Am7はCの代用コードです。スケールのなかで何度の音がなににあたる、というのは、つまり、Am7はほとんどCメイジャーなのだということをいっただけです。だから、CmからAm7に移行すると、マイナーからメイジャーに転調した感覚が生まれるのです。

ただし、ストレートなCではなく、その代用コードであるAm7であるため、その感覚は強いものではなく、微妙なものなのです。フランソワ・ド・ルーベは、この微妙な感覚を利用してJournal de bordを書いたのだろうと想像します。

もちろん、そんな分析をしてから好きになったわけではありません。リズミカルな面でも、トーナルな面でも、変わっていると同時に、じつに繊細できれいなメロディーで、一聴、たちまち魅了されました。ただ、ふつうではない、という印象はどこからくるかといえば、冒頭のCm-Am7に代表されるように、イレギュラーなコード進行を使っているためなのだということです。

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編集中のロベール・アンリコとフランソワ・ド・ルーベ

こういうコードのセンスというのは、生来のものなのだと思います。訓練によって培ったものではないでしょう。当ブログでは、「傑作」と「天才」の二語は禁句にしているのですが、フランソワ・ド・ルーベについては、「天才」の一語が喉元まで迫り上がってきます。それほどまでに、Journal de bordは直感とイマジネーションが生んだ素晴らしい曲なのです。

今日はまだ映画のほうにぜんぜんふれていませんが、すでに時間切れ、話の後半は次回に。


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Francois de Roubaix: Le Samourai; Les Aventuriers
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by songsf4s | 2010-05-19 23:55 | 映画・TV音楽