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木村威夫追悼 鈴木清順監督『花と怒涛』その5

『花と怒涛』の音楽(奥村一。この作曲家にはもうすこし面白いスコアがある)はそれほど印象的ではないのですが、いちおうサンプルをあげておきます。

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「メイン・テーマ」(奥村一)および主題歌「花と怒涛」(作詞・杉野まもる、作曲・古賀政男)

スコア全体はとくにマイナーを強調しているわけではありませんが、小林旭の歌う主題歌はストレートな演歌です。なんだか、冒頭のメイン・テーマと歌とそのあとのセグメントのつながりがぎこちなく、「政治的配慮」の産物か、という気がしてきます。早い話が、歌が浮いていて、前後のスコアとの整合性が悪いのです。でも、どこかに歌を嵌めこむ必要があったのでしょう。

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『花と怒涛』より、スティル。映画とはアングルが大きく異なるため、「十二階」の位置が右に移動している。映画では薄暗がりでのシーンなので、こちらのほうが川地民夫の頓狂な扮装がよくわかる。

◆ 襖やら障子やら襖障子やら ◆◆
『花と怒涛』は、本体の話はいちおう前回でおしまいなのですが、木村威夫の日本間のデザインを中心に、少々落ち穂拾いをします。

もちろん、設定に左右されることなので、いつもそうできるわけではないでしょうが、木村威夫は障子や襖に凝るタイプの美術監督です。素直な障子のほうがすくないくらいで、たいていの場合、なにかしら工夫してあります。

まずは賭場から。小林旭は雨で仕事に出られない日に、飯場で花札をして仲間たちを裸にむしった金をもって賭場に行きますが、いい目が出ません。そこへ小林旭に岡惚れしている馬賊芸者の万龍姐さん(久保菜穂子)がやってきて、壺振りの隣、小林旭の向かいに坐って「加勢する」という場面です。

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宮部昭夫(左端)と久保菜穂子のあいだに見える窓障子にご注目。宮部昭夫の左に見える窓障子はパターンを変えてある。こういう風に同じものをつづけないのも木村威夫らしい。

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小林旭が大勝ちして去ったあとに、マント姿とは一転して渡世人風になった川地民夫が賭場に入ってくる。こういう襖と障子の合いの子はなんと呼ぶのか知らないし、料亭などの建築では一般的だったのかどうかも存ぜず。すくなくとも、わたしの目にはありふれたものには見えない。

小林旭が博打で仲間から金を巻き上げ、賭場に行ったのは、金を増やして、みんなで芸者を上げて気晴らししようというもくろみでした。別室で仲間が騒いでいるのを聞きながら、万龍姐さんに世話になった礼をするところで、それがわかります。

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料亭の一室。久保菜穂子が中庭をはさんだ向かいの部屋で騒ぐ連中に目をやる(以下二葉も同じシークェンス)。

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キャメラが引くと、凝っているのは障子ばかりではなく、この料亭のプラン自体も複雑なことがわかる。コの字型に庭を囲んでいるわけではなく、なんとも変な曲げ方をしている!

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◆ ドームに収めた(?)土間の造り ◆◆
小林旭はただの人足だったのですが、ひょんなことから「村田組」の小頭に取り立てられることになり、村田卯三郎(山内明)の家に行きます。この家がまた奇妙なのです。

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村田組の正面。こういう風に障子をずらっと四間も並べる表口というのも、あまりお目にかからないと思うのだが……。

広い土間に接した座敷の隣には、腰が海鼠壁になった土蔵のようなものがあります。いや、「ようなもの」ではなく、分厚い扉と壁が見えるショットがあるので、まさに土蔵なのでしょう。

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暗いので、ディテールが見えるように、「オーバー」気味に加工した。

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べつのシークェンス、小林旭が山内明を討つ場面で、厚い扉が見える。

そして、広い土間の一角には井戸があります。

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小頭たちに指示を伝える場面での井戸。人物は深江章喜(奥)、山内明(背中)。ここでも深江章喜の向こうに土蔵の扉。

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この井戸も、小林旭と山内明の対決で効果的に利用される。

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左手の障子に、綱を切られて釣瓶が落ちた余勢で廻りつづける滑車の影が映る。

ふつうなら家のなかにはない土蔵と井戸を、母屋ごとひとつ屋根の下に収めた、とでもいう造りなのです。こういう造りをする地方があるのでしょうか。それとも木村威夫の独創なのでしょうか。わたしには見当もつきません!

◆ さらに料亭 ◆◆
ふつうに見ていると気づかないようなところでも、木村威夫は変わった障子のデザインをやっています。小林旭が小頭に取り立てられたのを祝う宴席の、上座を狙ったショット。

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障子紙を加工したのか、ただ白いのではなく、影がついている。左から山本陽子(まだ大部屋だったのだろう。このシーンに出てくるだけで、セリフもなければクレジットもない)、久保菜穂子、小林旭、長弘(代貸)。

同じ料亭のべつの部屋。久保菜穂子にしつこく迫っている宮部昭夫。いや、そういうことではなく、襖をはじめとするデザインをご覧あれ。

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電灯の笠には葡萄の葉の模様。鈴木清順は小道具をどんどん片づけてしまうクセがあるので、木村威夫としては、片づけたくても片づけられない小道具に凝ってみた、かどうかは知らない。

これまた同じ料亭の部屋という設定なのだと思いますが、手打ちの席でのイカサマ博打をめぐるもめごとで、山内明が宮部昭夫に詫びを入れるため、市会議員・嵯峨善兵のもとに長弘代貸が訪れる場面。

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これだって、そうとう変わったデザインだと思いますよ。

◆ 最後はやっぱり居酒屋〈伊平〉 ◆◆
〈伊平〉の構造についてはすでにしつこく追求しているのですが、デザインのディテールについてはあまりふれなかったので、そういうショットを並べてみます。

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右に見える額には、ちゃんと「伊平さん江」と書かれている。映画ではそんなところまでわからないのだが、現場でなにがあってもいいように準備してある!

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この襖紙も変わっている。『悪太郎』のときと同じように、西洋壁紙を使ったのではないだろうか?


以上で正真正銘、『花と怒涛』シリーズはおしまいです。次回はすぐにつぎの木村威夫作品にいくかもしれませんし、そのまえに、音楽ものをひとつふたつやるかもしれません。

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by songsf4s | 2010-04-29 23:57 | 映画
木村威夫追悼 鈴木清順監督『花と怒涛』その4

『花と怒涛』、今日はクライマクスの新潟の場面を見るのですが、そのまえに『花と怒涛』の前回から持ち越している宿題、居酒屋〈伊平〉のプランについてです。

二度、まったく異なった撮り方で登場する小上がりはふたつあるのか、それとも、同じものに異なった印象を与えただけか、という問題。

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最初は久保菜穂子を小上がりに坐らせ、キャメラは裏口側から正面入口方向に向けられている。

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二度目は逆方向から捉えている。玉川伊佐男は裏通りを背にしている。

結論、小上がりはひとつだけ、裏口の脇にある、です。こんどは大丈夫!

何度も見直して、やっと確信がもてるというくらいですから、『日活アクションの華麗な世界』所載の見取り図があまり正確ではなかったのはやむをえないでしょう。映画館で見た記憶だけでは、とうていあの居酒屋の構造は把握できません。まして、通りがどうなって、十二階はどの方向にあるかなんて、図示することが土台無理なのです。

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居酒屋〈伊平〉略図。じつはこの店は入口のない十二階側の面でも道路に接していて、三面を道に囲まれているということが、略図をつくっていてやっとわかった。したがって、二階はもう一面のほうにも窓が切られている可能性がある。

ふつう、映画館では、われわれはセットを見て、一階のプランと二階のプランがどうなっていて、どう接続されるか、なんていうことは気にしないか、気にしても把握する閑もなくドラマは進んでいってしまうものです。

邸宅ではない小さな家の場合、階段の上のほうは、しばしば曲がっているか、または、階段自体は真っ直ぐでも、上りきった直後に曲がるようになっています。もちろん、階段の位置にもよるのですが、真っ直ぐな階段をそのままの動線で真っ直ぐな廊下につなげるだけの余裕がないことのほうが多いでしょう。

〈伊平〉も一階のプランと階段の位置から考えて、上ったところで左に曲がっているはずです。じっさい、このシリーズのその1で検討した、川地民夫の襲撃の際、小林旭はそういう形で左からキャメラのフレームに入って、階段を降りかかります。

しかし、階段をとらえたショットによると、まっすぐ廊下がつづいているわけではないものの、上りきったところにすこし余裕をもたせてあります。

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これをもとに二階のプランを考えていくと、大きな矛盾に逢着します。『東京流れ者』で渡哲也の視線の先に赤坂のタワーが見える(あれが東京タワーではないことは「『東京流れ者』訂正」に書いた)ように、『花と怒涛』では、障子をわずかにあけて外を見る小林旭の視線の先には、浅草十二階があります。

部屋の内部のようすをとらえたショットと、想定される二階のプランとをにらみ、このときの小林旭の位置を考えたのですが、どうも、十二階とは反対側を見ているように思えます。

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結局、小林旭が開けた襖の向こうにはもう一部屋あり、その向こう端に階段がある、と考えれば、画面向かって左側、十二階があると想定して、小林旭が視線を向けていた方向は正しいように思われる。ただし、こちら側に、明示的には説明されなかった窓があると想定しなければいけないが。

こんな馬鹿なことを考え、映像からそれなりに考察の土台を得られるのは、家庭用VCR登場以降のことで、『花と怒涛』が製作されたときには、このような映画の見方は想定されていませんでした。映画館で見ているぶんには、一階と二階の整合性を気にする人がいたとしても(たとえば渡辺武信のような建築家)、ドラマの進行も追わなければならないので、たとえ矛盾があっても、それを矛盾と感じることはなかったでしょう。

いやもう恐縮です。わたしはこういうことが気になるのですが、たいていの人にとっては、どうでもいいにちがいありません。わたしだって、最初に『花と怒涛』を見たときは、一階での芝居がすごく面白いと思っただけで、二階の窓がどの方向に向かって切られているかなんて、考えもしませんでしたよ。

◆ 映画からの離陸 ◆◆
さて、クライマクス、新潟の景です。新潟に向かう汽車内部の人物関係の描写は、非現実に半歩踏み込んでいます。現実からの飛翔準備、非現実への踏切板として、このシーンは演出されたのだと思います。

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キャメラはまず車窓越しに松原智恵子をとらえ、そのまま移動でつぎの車輌にいる川地民夫をとらえます(松原智恵子が居酒屋〈伊平〉の近くで人力車に乗ったところを、川地民夫が目撃するショットがあり、彼の追跡は観客も予想している)。その車輌のなかを玉川伊佐男の刑事が歩き、つぎの車輌に移ろうとしているところもとらえられます。

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ふつうなら、客車の外から移動で車内の様子を見せるなんてことはないわけで(ただし、『夜の大捜査線』では、ハスケル・ウェクスラーが空撮で車窓越しにシドニー・ポワティエを捉える離れ業をやってのけたが)、これはリアリズム描写ではありません。セットではないフリなんかまったくせず、これはセットだよ、「芝居の舞台なんだよ」とはっきりとわからせる撮り方です。つまり、ここで「映画的表現から演劇的表現に切り替えたよ」ということを観客に伝えているのだと感じます。

以上のショットで、新潟に行くことはいちおう視覚的に提示されます。でも、駅に着いたとか、改札を抜けたとか、駅からどういう交通手段を利用して、どこに向かったか、などという描写はいっさいありません。列車の松原智恵子のショットから、いきなり、菊治からおしげにあてた手紙の文面にあった「桟橋の時計台の下」へとつなげられます。

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ひとつには、すでに手紙の文面として「桟橋の時計台の下」で待ち合わせることを観客を提示したので、描写の重複を避けるという意味もあったのでしょう。もうひとつは、つぎのトリッキーなショットへの準備として、松原智恵子のすがたの印象が観客の脳裡から去らないうちに、さっさとつぎのカットに進みたい、だが、そのいっぽうで、あまりにもしつこく松原智恵子のすがたを見せて(たとえば松原智恵子が改札を抜ける、あるいは人力車に乗り込む)、トリックをわざとらしいものにするのも避けたかったのだと思います。

◆ すり替えトリック ◆◆
列車のショットのつぎに置かれる、このセットでの最初のショットは、雪の道を歩む女のうしろ姿です。考えてみると、髪結床から出てきた松原智恵子のうしろ姿も、まだ観客の脳裡に残っています。

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画面奥に小林旭らしい人影があらわれ、女がそちらに向かって急ごうとすると、積み上げられた雪の陰から人影が飛び出し、長剣を女に突き刺します。

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観客はここで、松原智恵子が川地民夫に殺されたと考えます。しかし、ほとんど詐欺みたいなものですが(最前の新潟行き列車の車内の描写には、松原智恵子、川地民夫、玉川伊佐男の三人しか登場しない)、これはひと目でいいから菊治に会いたいと追ってきた(明示的には説明されないが、高品格から小林旭の居所を聞き出したのだろう)久保菜穂子の万龍姐さんだったのです。

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駆け寄った小林旭が、「姐さん、なんだってこんなところに」というと、久保菜穂子は、お金を返したくて、といい、雪の上に投げ出された手提袋から飛び出した札束をキャメラはとらえます。

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ここで、小林旭が久保菜穂子を救おうとして渡した金があだになったことがわかり、われわれは、人生のままならなさ、好意はかならずしもいい結果をもたらさないアイロニーを思うことになります。

◆ ハッピーなような、そうでもないような ◆◆
いつまでも万龍姐さんの介抱をしているわけにはいかず、小林旭は川地民夫と対決します。雪に足を取られ、こけつまろびつの、ちょっと不格好な格闘をしているうちに、二人は穴に落ちます。

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ほとんど意識のない万龍姐さんのいまわの際のインサートが入り、その向こうで小林旭が短刀を片手に立ち上がって、ヒーローが戦いに勝ったことが間接的に示されます。

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小林旭が万龍姐さんを気遣って抱き起こそうとしたところへ、「あなた」と松原智恵子登場。

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そちらへ向かいかけて、不審げに立ち止まる小林旭。

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画面奥の暗がりから松原智恵子を尾行してきた玉川伊佐男がフレームイン。

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このあたり、映画ではなく、舞台の呼吸です。

ふりかえって刑事の姿を見た松原智恵子は、あわてて亭主のほうに駆け寄ろうとして、雪に足を取られて転んでしまいます。そのすぐ脇の穴から亡霊のようにあらわれた川地民夫に気づき、松原智恵子は逃げようとしますが、川地はその足に斬りつけます。

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女房が斬られて、小林旭はそちらに駆け寄りたいのですが、玉川伊佐男刑事のせいで、物陰から出られません。

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松原智恵子は玉川伊佐男にすがりつき、必死に亭主を逃がそうとします。

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「あなた、赤ちゃんが」という松原智恵子の言葉に、玉川伊佐男は驚きます。

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「子どもには、あなたのお父さんは満州にいる、といわせてください。刑務所ではなく」というセリフは、エヴァリー・ブラザーズのTake a Message to Maryを想起させます。「彼女には、俺はティンブクトゥーにでも行ったとかなんとか話しておいてくれ、でも、監獄にいることだけはいわないでくれよ」です。

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鬼刑事・玉川伊佐男も女の心情にほだされ、逮捕をあきらめて、死にかけた川地民夫に話しかけるような思い入れで、「もう尾形は船に乗った。なあ吉村、女房というのはいいものだなあ。傷が治ったら、あとを追って満州に渡るそうだ」と大声でいい、小林旭に逃亡を促すいっぽうで、松原智恵子の傷は浅く、心配はいらないことを伝えます。

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かくして新派芝居よろしく、松原智恵子を抱えて去る玉川伊佐男、安堵と、そして深い孤独のうちに立ちすくむヒーロー、エンドマーク。

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いやはや、「柝」〔き〕が入って、雪が降り出し、幕が下りる、なんて幻を見てしまいます。

◆ すぐ隣の異界 ◆◆
鈴木清順の映画にはしばしばそういうものが登場しますが、ふっと、部屋の外に出たら、そこは異界になっていた、という調子で、小林旭が恋女房に手紙で待ち合わせ場所と指定した時計台の一帯は、いきなりわれわれの前に「異界」として口を開けます。もうここは「この世」ではなく、他界、彼岸への「橋懸かり」なのです。

そのように考えないと、このセットはたんに「リアルではない美術」に見えてしまうでしょう。ここが、鈴木清順映画(および「枠の外に出る」と決意したときの木村威夫デザイン)を楽しめるか楽しめないかの分かれ目なのです。

これから取り上げる予定の映画が多くて、あまりたくさん例をあげるわけにはいきませんが、すでに見た映画では、『東京流れ者』のクラブ〈アルル〉のセットも、やはり鈴木清順の映画にしばしば見られる、現実のすぐ隣にポッカリ開いた「異界の穴」でした。此岸からときおり彼岸にわたることこそ、鈴木清順映画の最大の特徴といっていいほどです(『ツィゴイネルワイゼン』は映画全体が「異界の穴」のようだったが)。

木村威夫は後年、鈴木清順映画に登場するこうしたムードのシーンを「あの世」と呼んでいるので、当時も十分に承知して、リアリズムにこだわらないデザインを心がけたのだと思います。

『俺たちの血が許さない』の、小林旭と松原智恵子がひっそりと逢い引きするレストランが、この世から切り離され、異世界にポツンと存在するかのように描かれたのに似て、この新潟の景は非リアリズムの世界、この世から一歩外に出かかった世界として描かれています。

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『俺たちの血が許さない』のレストランのセット。スティル。

以前、『赤いハンカチ』その7でふれた、警察署裏のセットと同じような意味で、『花と怒涛』の新潟の桟橋は、現実の外側に造られた異界です。『赤いハンカチ』のクライマクス同様、『花と怒涛』のこのセットも、わたしの心を画面に引き込み、きわめて強い印象を残すものでした。はじめて見たときも、いまも、『花と怒涛』は鈴木清順の代表作だと思っています。

これで終わりのような気もするのですが、スクリーン・キャプチャーをとっているうちに、どのセットの建具にもなにかしら見るところがあるのに気づいたので、次回、ストーリーラインからは離れて、「木村威夫の日本間」のことを書こうと思っています。



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by songsf4s | 2010-04-28 23:56
横浜映画

一気に鈴木清順『花と怒涛』をしあげようという気がなかったわけではないのですが、今日は「どうも野暮用が多くていけねえ」と、エースのジョーのボヤキ節になってしまい、次回送り、または、さらに先に送ることにしました。

かわりに今日は、家じゅう引っ繰り返すCD、LP、書籍大整理のおかげで、画集などの大型本の箱から出てきた雑誌をネタにします。

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「市民グラフ ヨコハマ」という横浜市が発行していた季刊誌の1984年の号です。グラフ雑誌サイズなので、文字が切れてしまいましたが、左下に「全ページ特集 シネマ・イン・ヨコハマ ヨコハマ映画名鑑」とあります。すっかり忘れていましたが、20年近く前に横浜の古書店で買ったものです。

◆ 横浜映画リスト ◆◆
じつは、この特集で楽しいのは作品インデクスです。それだけ見ているぶんには極楽です。ただし、先回りしていっておくと、これは網羅的なリストではありません。わたしが知っているかぎりでも、数本、重要な映画が抜けています。ともあれ、ご覧あれ。

そのまえに、見開きページになっている索引をどのようにスライスしたかの概念図を示しておきます。

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ほんとうはまだ左につづくところで切って、下のカラムにつづいているということにだけご注意ください。画像編集ソフトでつなげるとまともな並びになります。

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赤いアスタリスクをつけたのは、とくに重要というか、好みの映画です。『赤いハンカチ』(その1その2その3その4その5その6その7)、『拳銃は俺のパスポート』(その1その2)ともに、すでに詳細に検討しています。

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つぎのスライス。『黄金の野郎ども』は日活アクション末期の裕次郎映画ですが、何十年も前に浅草の邦画三本立てで見たきりで、記憶が曖昧なため、なにも書かずにおきます。

『俺は待ってるぜ』は裕次郎のベストのひとつで、ずっと前から取り上げようと思っているのですが、いまだに果たせずにいます。したがって、これまた『黄金の野郎ども』とは異なる意味で、ここではなにもいわずにすませます。

『帰らざる波止場』は裕次郎=ルリ子のムード・アクションの佳作で、とりあげたいとは思っているのですが、VHSしかもっていないために、いまだに実現していません。わたしの感覚では「日活アクション」というのは、このあたりで終わっています。ニューアクションは当時まったく見なかったので、べつのジャンルに感じます。『赤いハンカチ』がお好きな方は、『帰らざる波止場』も楽しめるでしょう。

『激流に生きる男』は、この撮影中に赤木圭一郎が事故死したという理由で印象深い映画です。リリースされたものは、高橋英樹が代役に立ったものです。「横浜映画」としては、下の運河が高速道路になる以前の吉田橋がとらえられていたことが印象に残っていますが、これまた何十年も再見していないので、ほかのことは記憶が飛んでいます。あの運河が残っていればなあ、と思うことしばしばです。

つぎのスライス。黒澤明『天国と地獄』の前半はほとんど舞台劇のようで、キャメラは浅間台にある三船邸からほとんど動きません。これが後半の捜査過程の動きをより生彩のあるものにしていて、さすがは黒澤、という演出です。わたしは黒澤明のシリアスな系譜が大の苦手で、娯楽性と社会性のミクスチャーは『天国と地獄』ぐらいが限界、これ以上シリアスになると馬鹿に見えるよ、といつも画面に向かって不満をいっています。

『天国と地獄』にも吉田橋周辺が登場しますが、なんだか変だと思っていたら、なにかの本に、あれはセットだと書かれていました。現実をコピーする気がなかったのか、吉田橋周辺のムードがよく表現されているとはいいかねます。それに対して、黄金町ガード下の「魔窟」のセットはリアルでした(まさかロケのはずはないから、セットと決めつけているのだが……)。

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『天国と地獄』の黄金町ガード下のシーン。シルエットは山崎努。

考えてみると、『天国と地獄』の舞台で印象に残っているのは、結局、横浜ではなく、鎌倉の稲村周辺の描写のようです。石山健二郎=木村功コンビの動きと周囲の描写は現実からの乖離がなく、おおいに楽しめました。この映画もロケ地散歩をやってみたいとずっと思っているのですが、小田原(早川鉄橋)まで行くのがめんどうでいまだに実現していません。

『霧笛が俺を呼んでいる』についてはすでに詳細に検討しました。わたしの横浜映画三本指に入れます。映画として楽しいばかりでなく、横浜の描写もすぐれています。ついでに、城ヶ島まで行ってくれたのもけっこうでした。

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つぎのスライスは裕次郎映画が2本。『夜霧のブルース』はこの十数年再見していませんが、大人になって見たとき、子どものときに見たことを卒然と思いだしたほど印象の強い、やや変わり種の映画でした。小林正樹の『切腹』にヒントを得たそうですが、たしかに、構成は似ていますし、やや陰惨な描写があるのも似ています。日活アクションとしては、かなりオフビートな部類で、「いつもの裕次郎=ルリ子のムード・アクション」とはいえません。横浜映画としては、港の鉄橋をとらえたショットが印象的でした。

『夜霧よ今夜も有難う』はとくになにかいう必要はないでしょう。しばらく再見していないので、つぎに見たときは、石原裕次郎、浅丘ルリ子、二谷英明の三人が逃げ込む教会のファサードを確認したいと思っています。

◆ さらに気になる映画 ◆◆
このなかで、それはどうかな、と思った映画もあります。『張込み』(野村芳太郎監督、1958年、松竹)に横浜が出てくるといっても、冒頭、宮口精二と大木実が横浜駅の階段を上って列車に乗り込むだけのショットがちらっと出てくるだけです。横浜映画とはいいかねます。映画の出来はまずまずでしたが。

『日本のいちばん長い日』のどこに横浜が出てきたか、といいたくなりますが、あの天本英世守備隊長は子安の部隊を率いているのです。でも、あのシーンはどこで撮っても同じ、子安にロケに行くほどひまではなかったでしょう。横浜映画からオミットするべきです。

いや、天本英世はドンピシャリの役でしたなあ。笑っちゃいましたぜ。

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しかし、いちばん笑ったのは、田崎潤厚木基地指令と平田昭彦副官のコンビ。『ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘』の「赤イ竹」のボス、副官コンビとまったく同じ! 先につくられたのは『ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘』のほうなので、岡本喜八のジョークなのかもしれません。『日本のいちばん長い日』のプロデューサーのひとりは「ミスター東宝特撮」田中友幸、というのは無関係か……。ちなみに音楽は両方とも佐藤勝です!

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『日本のいちばん長い日』厚木基地の幹部、田崎潤(手前)と平田昭彦。

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『ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘』〈赤イ竹〉のボスと幹部。左から平田昭彦、田崎潤、天本英世。

『乾いた花』(篠田正浩監督、池部良・加賀まりこ主演、武満徹音楽、一九六四年、松竹)はなかなか印象的な映画で、篠田正浩のベストだと思います。この雑誌には、殺しのシーンが横浜駅近くの店で撮影されたと書かれていますが、それより、池部良が住む界隈は横浜橋商店街でのロケだったように記憶しています。こんど、たしかめておきます。

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「こんどたしかめておく」つもりだったが、すぐに見つかったので、さっそくキャプチャー。これは大岡川のたぶん黄金町のあたり(『乾いた花』)。

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はっきりと「横浜橋通商店街」と看板が見える。人物は池部良(『乾いた花』)。

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これも横浜橋商店街でのロケではないか。人物は中心あたりに池部良、その向かって右に佐々木功(『乾いた花』)。

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シルク・センターも出てくる。内部もロケだろう(『乾いた花』)。

『やっさもっさ』(渋谷実監督、淡島千景・小沢栄太郎主演、1953年、松竹)は未見ですが、たしかに獅子文六の原作は終始一貫横浜を舞台にしています。開巻いきなり、GIの町だったころの馬車道通りの描写があり、ほほう、と思いました。馬車道角の「珈琲屋」(この文字を見ると、ハンバーガーが食べたくて焦がれ死にするであろう友だちが数人いる。馬車道の珈琲屋がなくなって、マックが繁盛する時代はまちがっている)はまさにGI相手の店として出発したことがよくわかりました。小説『やっさもっさ』によれば、いまでは考えられないほど「危険なストリート」だったようです。そういうことが映画に描写されているかもしれないので、ぜひ見てみたいと思います。

◆ まだある重要な横浜映画 ◆◆
このリストから抜けている映画はたくさんありますが、あれがないのはまずいじゃない、と立腹しかかったのは、鈴木清順の『密航0ライン』(長門裕之主演、1960年、日活)です。公開当時はまったく重要ではなかった映画だから、無視されてもしかたがないのですが、でも、十八歳の子どもだって、清順シネマテークでこの映画を見たときは、あ、石川町だ、あ、伊勢佐木町だ、とすぐにわかったし、とくに石川町のロケはいいところを選んだと思ったくらいで、地元の雑誌としては、注目して欲しかったと思います。鈴木清順のロケ地選択はやっぱりうまいのです。

ちょっと記憶が錯綜しているのですが、同じ時期に、同じようなキャストで撮った『けものの眠り』(鈴木清順監督、長門裕之主演、1960年、日活)も、やはり横浜を舞台にしているようです。この映画も見ているのですが、1972年に池袋文芸座で見て以来、再見していないので、すっかり記憶が飛んだか、または『密航0ライン』に吸収されてしまったようです。久しぶりに清順シネマテークで10本ほど束にして見てみたいものです。

もうひとつ気になる映画があります。小津安二郎のたぶん『東京の合唱〔コーラス〕』(または『大学は出たけれど』か)に、岡田時彦(それとも斉藤達雄?)がサンドイッチマンになって町を歩いているシーン(市電から子どもたちが父親のすがたを目撃する)がありましたが、あれは映画のなかの設定は東京でも、ロケは横浜でおこなったということをなにかの本で読んだ記憶があります。そういわれて、日本大通りのあたりかな、と思ったのですが、この『市民グラフ ヨコハマ』では言及されていません。これも機会があれば確認する、ということで宿題にします。

またしても箇条書きのような記事で、お退屈さまでした。もう時間切れなので、手直しせずにこのままで。
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by songsf4s | 2010-04-26 23:58 | 映画
木村威夫追悼 鈴木清順監督『花と怒涛』その3

邦画にかぎるのですが、わたしは脇役の俳優が気になります。ところが、俳優辞典のたぐいをもっていないので、名前がわからないことがよくあります。たとえば、渡辺武信『日活アクションの華麗な世界』に、だれそれが演じるなになにの役、などと書いてあるのを手がかりにして、すこしずつ空白を埋めていくといった、気の長い作業をやっています。

『ゴジラ』シリーズなども、いまでは俳優のアンサンブルを楽しむ映画に感じますが、日活アクションは、なんといってもギャングの顔ぶれが楽しみです。『花と怒涛』では飯場の土方衆が多く、悪役の一部は善玉に吸収されています。その代表が野呂圭介と柳瀬志朗。

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野呂圭介

深江章喜はいつものように悪役として登場するのですが、途中で小林旭と意気投合して善玉に転換するというめずらしい役をやっています。裕次郎=ルリ子のムード・アクションの代表作『二人の世界』で深江章喜が演じた、「お嬢さん」を守ることに命をかける一本気なヤクザほどの儲け役ではありませんが、陰鬱なギャングの役が多いこの俳優としては、『花と怒涛』の小頭は好ましい役のひとつでしょう。まあ、極悪の深江章喜があってこそ、稀な善玉役が面白く感じられるのですが。

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深江章喜

榎木兵衛も、ギャングのなかにいるとうれしくなる俳優です。山下公園のベンチに坐って、むやみにピーナツを食べる情報屋を榎木兵衛が演じたのは、どの映画でしたっけ? あれがこの異相の俳優のもっとも目立つ役だったかもしれません。

こんなことを書いていると、また終わらなくなるので、そろそろ切り上げます。日活脇役陣のことを詳細に教えてくれるサイトは見あたらず、そのうち、脇役にスポットを当てた記事でも書こうとかと思います。

◆ 浅草十二階下 ◆◆
前回は、小林旭が車夫に化けて警官たちの目をごまかしたはよかったけれど、ホンモノとまちがわれて、川地民夫を乗せるハメになったところまで書きました。この脇筋はプロットに有機的に組み込まれているわけではなく、ささやかなコミック・リリーフにすぎません。

ここで気になったのは、川地民夫が小林旭に行き先を「浅草の十二階下」と命じることです。居酒屋〈伊平〉があるのは「十二階下」ではないのですが、どうも、あそこに行くつもりで「十二階下」といっているように思われます。さらにいうと、木村威夫も「あの十二階下の飲み屋」といっています。

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はて? かつての十二階下(現在の〈ひさご通り〉の裏側あたり)は、いわゆる「銘酒屋」などが櫛比する売笑窟だったそうです(昭和4年発行の今和次郎編『新版大東京案内』によると、関東大震災以後、十二階下の娼婦はすっかりいなくなってしまったという)。たしかに、〈伊平〉の向かいの店は娼家という設定で、客が引きずり込まれるシーンがありますし、あろうことか、川地民夫が娼婦に引っ張り込まれて、押し倒されてしまうショットまで出てきます。

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十二階下の通りからは、十二階そのものの全景が見えるはずがありません。基部が見えるだけでしょう。しかし、川地民夫のセリフと木村威夫の言葉から、少なくとも監督や美術監督の「つもり」としては、あの通りのセットは十二階下にあるという設定なのかもしれません。

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「気分」としては、鈴木清順=木村威夫が十二階下にこだわるのはよく理解できます。わたしも、高校のとき、用もないのに、たんなる好奇心から、まだ明るいうちに横浜黄金町のガード下(黒澤明『天国と地獄』のおどろおどろしい描写をご覧あれ!)に入りこみ、バーに引っ張り込まれそうになってあわてた経験のある人間ですからね。かつてのあのへんのバーは「銘酒屋」といっしょで、たんに酒を飲む場所ではないのだから、高校生なんか相手にしちゃいかんのですが、そんなことはおかまいなしなんだから、面白い場所でした、いえ、怖ろしい場所でした。

◆ 雑踏の迷彩 ◆◆
小林旭は松原智恵子に手紙で満州行きの手順を知らせます。

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「おしげちゃん、荷物は上野ステーションにあずけてきたからね、七時には出るんだよ」

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小林旭の手紙を読んで幸せそうな笑みを浮かべる松原智恵子。

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しかし、つぎの瞬間、松原智恵子は隣の部屋に入り、その笑顔は暗闇でとらえられる。こういうことを無意識にやる映画監督というのはいない。意図的に暗闇に入らせたのだ。

新潟で会う手はずだったのですが、心配になった小林旭は浅草に出向きます。祭の最中という設定なのでしょう、通りには人があふれ、面を頭にのせた遊興の客もすくなくありません。小林旭はこれを利用して、面で顔を隠したりしながら、伊平に接触します。

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居酒屋〈伊平〉の外で様子をうかがう小林旭。なかには玉川伊佐男がいて、こちらも外の様子が気になり、障子を開けたりする。

伊平の店には玉川伊佐男刑事が来ていて、その目をかいくぐる様子を鈴木清順は手際よく描写します。

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小上がりの松原智恵子と玉川伊佐男、そして、それを裏口からうかがう小林旭。この小上がりは裏口の脇にある。二つあるのか、それとも正面入口の脇にある小上がりというのは、わたしの誤解だったのか、それは次回に検討。

この刑事から女房を引き離さなければどうにもならないというので、小林旭は、髪結の予約を利用することにし、そこで松原智恵子に会います。

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「こっちを見るんじゃねえ」髪結床での鏡台越しの対面。

しかし、髪結床も刑事たちの監視下にあり、それをどう切り抜けるのか?

これよりずっと以前のシーンで、玉川伊佐男は、松原智恵子に「おしげちゃん、丸髷に結ってみちゃどうだ?」といいます。古典的な髪型を好む頑固な男の表現か、と思ったのですが、そういう意図もあったにせよ、もうひとつべつの意図がこのセリフにはあったようです。

松原智恵子が髪結床に入っていくと、玉川伊佐男が刑事たちに「あの女だ」、ちゃんと見張っていろと指示します。部下は「いいもんですなあ、ハイカラ髪というのも」と、松原智恵子の髪型に注意を払います。

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「あの女だ」「ほう、ハイカラ髪というのもいいもんですな」と刑事たちは話すが……。

さて、キャメラはまずハイカラ髪にした女が髪結床を出て、左に曲がるところ、および、それを刑事が確認して見送るところをとらえます。

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刑事がそちらに気を奪われかけたとき、もうひとり、丸髷の女が逆方向、〈伊平〉や〈凌雲閣〉があるほうへと出て行きます。刑事はこの女に気づきますが、髪型が丸髷なので、安心します。

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もうおわかりでしょう。髪型を変えて刑事たちの目を眩ましたのです。玉川伊佐男刑事は部下の失態に怒りますが、なあに、自分だって居酒屋〈伊平〉の入口の前で松原智恵子にすれちがいながら気づかなかったのです。

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女のうしろすがたを追うキャメラは、〈伊平〉の前まできて、店から出てきた玉川伊佐男をとらえる。

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玉川伊佐男はなにも気づかず、髪結床のほうに向かう。

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もう大丈夫、と松原智恵子がふりかえる。

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俥をとめ、「上野ステーション」と命じる。

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車夫が俥をまわし、上野ステーションに向かうと……。

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その陰からマント姿の川地民夫が姿をあらわす。

ここへきて、ずっとまえに登場した玉川伊佐男のセリフが生きます。「おしげちゃん、丸髷に結ってみちゃあどうだ?」おしげはそのとおりにして、まんまと玉川伊佐男を陥れたのでした。

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かくして舞台は新潟へと移り、クライマクスとなりますが、時間がなくなってしまったので、本日はここまで、もう一回、『花と怒涛』をつづけさせていただきます。

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by songsf4s | 2010-04-24 22:25 | 映画
木村威夫追悼 鈴木清順監督『花と怒涛』その2

前回は音楽がゼロなだけでなく、映画の話題としても超小型重箱のミクロな隅をせせるような話で、どうも恐縮です。お客さんは内容を見てからいらしているわけではないので、直接は関係ないのですが、とりあえず、今日のヴィジター数はいつもより多めなので、悪影響はなかったものとみなします(論理的じゃないなあ、と自覚あり。影響が出るのはもうすこし先に決まっている!)。

お客さんで思いだしましたが、今月は恒例の「検索キーワード・ランキング」をまだやっていませんでした。四月一日から昨日までの累積では以下のような順位です。

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いつごろだったか、夜だけ、なんだかむやみにお客さんが多い日があったのですが、翌日見たら、「古川ロッパ」がいきなり初登場一位になっていました。どこかロッパ・ファンがよくご覧になるところで、当家が紹介されたのかもしれませんが、だとしたらリンクしていそうなもので、検索キーワードにはならないような気もします。

how high the moonは上位常連、どなたか存じませんが、いつもありがとうございます。「芦川いづみ」は今月も上位。毎度申し上げるように、このキーワードで当家にたどり着くのは一苦労、ありがたさもひとしおです。でも、そうやって芦川いづみをキーワードにしてきてくださると、当家の検索結果出現順位も上がるので、今後ともよろしくお願いいたします。浅丘ルリ子、芦川いづみという序列を逆転して、もっとも好きな女優は芦川いづみにしようかと思っている昨今です(年をとっておべんちゃらを言うように相成り候)。

灰田勝彦新雪とi put a spell on youとお座敷小唄も長きにわたる常連、いつもありがとうございます。「北京の55日」は初登場かもしれません。ちゃんと歌詞を書かずに失礼しました。

今月初登場は川地民夫。このキーワードで当家にたどり着くのも、かなり手間がかかるでしょうに、どうもありがとうございます。わたしは川地民夫が大好きなので、川地ファンのご来訪は欣快事です。目下も川地民夫が重要な役を演じる『花と怒涛』を書いているところですし、今後予定している映画のなかにも、川地民夫がキーになっているものがあります。

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◆ 清順十八番、折檻シーン ◆◆
『花と怒涛』は、前回書いたように、小林旭と松原智恵子が川地民夫の刺客に狙われる話でもあるのですが、二つの組の争いに巻き込まれた、土方に身をやつした渡世人・小林旭の戦いの物語でもあります。ここに辰巳芸者を思わせる気っ風のいい「馬賊芸者」の万龍姐さん(久保菜穂子)や、「鬼刑事」(玉川伊佐男)、飯場の班長(深江章喜)などがからみます。

利権をめぐる争いから、対立する組の妨害を受けても、土方がやくざのまねをしてはいけないと仲間に説いていた小林旭も、野呂圭介の死をきっかけに、結局はでいりで大暴れし、見せ場をつくります。

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右翼の大物・滝沢修の仲介で、ふたつの組が和解したその手打ちのあとの花会で、小林旭は川地民夫のいかさまを見抜きますが、自分の親分である山内明の邪魔だてのために、証拠を押さえそこなってしまいます。

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めでたい手打ちを危うくしたとして、山内明は組に戻ってから小林旭を激しく打擲します。鈴木清順映画にはしばしば登場するタイプの場面です。

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また、傷のメーキャップも極端で、小林旭はお岩さんのようにされてしまいます。『関東無宿』のとき、小林旭がとんでもなく太い眉毛をつけてきたので驚いたと監督はいっていますが、その淵源はこの「お岩さんメーク」じゃないでしょうかね。お互い、やることが極端なだけでしょう!

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山内明は、仕置きを終わると、拳銃を投げ出し、これで向こうの親分をやって屈辱をはらせ、といいます。

小林旭はいわれたとおりに敵対する組に向かいますが、途中で久保菜穂子の「万龍姐さん」に出会います。久保菜穂子は、黒幕の酒の相手をしていて、惚れた小林旭を罠に落とす陰謀が進行をしていることを知り、それを知らせに来たのです。

こういうシークェンスでも、鈴木清順はノーマルな演出はしません。ケガでふらつく小林旭が、止める久保菜穂子をふりほどこうとして、二人がもつれにもつれて、あっちに転び、こっちにまろぶ、まるで濡れ場のような演出するのです! じっさい、久保菜穂子はそのつもりで小林旭に抱きついているのですが、袖がまくれ上がって、腕に「おしげ」と彫られているのを見て、自分の望みが叶わぬことを覚ります。

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この場面で驚くのは、背後の神輿が動きはじめること。

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いったいなにが起こるのかと思って息を呑んでいると、回想の祭のシーンになるという無茶苦茶さ! こういうところで面白いと感じれば清順ファンになるし、わからん! といえば経営者センスになってしまうという、踏み絵のようなショットのつなぎ。

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久保菜穂子に証拠の手紙を見せられ、やっと自分の立場がわかった小林旭は、自分の組にとって返し、山内明を殺します。

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渡辺武信が『日活アクションの華麗な世界』で、何度か、日活の任侠アクションと、東映任侠映画の根本的な相違にふれています。極端に簡略化すると、東映任侠映画のヒーローは「組」という擬制的な「家」、つまり「組織」の論理に身を添わせる男を描くものであるのに対し、日活任侠アクションのヒーローは、「私怨」つまりは「個の論理」にしたがって行動する、というように分析しています。任侠映画の形をとりながらも、日活任侠アクションは、依然として「日活アクション」の文脈のなかにあった、というのです。

『花と怒涛』も、監督や脚本家にその自覚があったかどうかは別として、ヒーローは「個の論理」にしたがって、山内明親分を殺します。このとき、世話になったとか、義理があるといった、東映任侠映画ならドラマにねじれ、たわみをあたえるはずの要素は、あっさり無視されます。自分を裏切って陥れようとした人間は、ただの虫けらであり、親分でも「親」でも、「義理ある人」でもないのです。

東映の「しがらみ」の粘り方と、日活のこの乾き方と、どちらが好きだったかといえば、わたしはつねに日活ファンでした。ここで「我慢」という位置エネルギーをため込んで、終幕で一気に爆発させる、という東映任侠映画のドラマトゥルギーを採用しないのであれば、べつのエネルギー源が必要になりますが、そのへんはのちほど、余裕があれば考えることにします。

◆ 小さな工夫の積み重ね ◆◆
小林旭は身重の松原智恵子のために、おそらくは杉山茂丸か頭山満がモデルと思われる、豪放磊落な右翼の大物(滝沢修)に、借金を頼みにいき、自首するのはやめて、満州に行けといわれ、それを承諾し、結局、その家にしばらくかくまわれることになります。

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小林旭の意を体して、高品格は、滝沢修に借りた金の一部を久保菜穂子のもとにもっていきます。借金漬けの万龍姐さんには何度も助けられているので、その礼として、この金で自由になってくれ、というのです。このあたり、ごく自然な伏線になっていて、あとで、うまいなあ、と思いだすことになります。

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このセットも味がある。六角形の赤い火鉢がいい。木村威夫デザインの日本間の建具については、できれば次回に細かく見たい。

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かくして、いかに司直の目をかいくぐって、小林旭と松原智恵子の夫婦が満州に脱出するかがクライマクスとなります。セット・デザインの話をするつもりなのですが、そのセットがクライマクスに使われるものなので、話の綾は全部書きます。ここから先、お読みになるのであれば、そのお覚悟をお願いします。まあ、話がわかっていても、十分に面白い映画ですが。

玉川伊佐男刑事は、小林旭が滝沢修の屋敷にかくまわれていることを察知していて、部下に滝沢邸を監視させていますし、もちろん、浅草の居酒屋〈伊平〉のおしげの動向からも目を離しません。

プログラム・ピクチャーは忙しいので、つねに会社からできあがったシナリオをわたされた、と鈴木清順はいっています。したがって、たいていの場合、話の大枠は監督の自由にはなりません。だから、つねに細部をどうするかを考えたということは、自身もいっていますし、木村威夫もしばしば、鈴木清順のシナリオ改変の発想と技に言及し、ときにはそれを鈴木さんの「天才性」とまで呼んでいます。

いや、監督自身は「ただ撮ってもつまらない、なにか工夫しなければいけない」といっているだけですが。それがみごとにあらわれたのが、前回、ご紹介した、居酒屋内部での芝居です。

滝沢修の家から人力車が出てきて、警官に制止されます。幌を撥ね上げると、なかは無人。帰り車だというので通されます。

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しばらく走って、この車夫が伏せていた顔をあげると、それが小林旭。やれやれ、もう大丈夫と立ち止まると、「俥屋!」と客に止められます。この客がなんと川地民夫。

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ここで、川地民夫が小林旭に気づいていて、俥の前とうしろの芝居をする、という手もあったかもしれませんが、話はもう煮詰まっているので、脇道に入りこまず、小林旭は途中で俥をとめ、旦那、ちょっと用を足させてください、といって川地民夫を置き去りにします。こういう、不必要なまでのディテールの工夫に、鈴木清順らしさを感じます。

今日はまだなにも書いていないも同然ですが、スクリーン・キャプチャーの時間を考えると、このあたりが限界のようです。クライマクスに突入するための助走でした。


鈴木清順監督自選DVD-BOX 弐 <惚れた女優と気心知れた大正生まれたち>
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by songsf4s | 2010-04-23 23:58 | 映画
木村威夫追悼 鈴木清順監督『花と怒涛』その1

枕を書くべきか、省略すべきか。アルバート・ハモンドのIt Never Rains in Southern Californiaでドラム・ストゥールに坐ったのはハル・ブレインか、ジム・ゴードンかという、一昨年から悩まされている問題を再考したのですが、これは書きはじめると長くなりそうなので、今日はやめておきます。近々、改めて記事にするかもしれませんし、放擲してしまうかもしれません。

◆ 浅草十二階 ◆◆
今日から鈴木清順監督、木村威夫美術監督の日活映画『花と怒涛』に入ります。いまの心づもりにすぎませんが、映画の内容にはあまり踏み込まず、印象的な二つのセットの話を中心に、みじっかく(と玉置宏がよくラジオ名人寄席でいっていた)やろうと思っています。

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『花と怒涛』は鈴木清順の日活後期(1964年)の作品で、木村威夫は美術のみならず、シナリオにも加わっています。美術監督はシナリオが読めなければ仕事にならないので、書く方にまわっても不思議はないのですが、でも、じっさいには、シナリオを共同執筆した美術監督というのはめずらしいでしょう。後年、自身がフィーチャー・フィルムを監督するようになる人にふさわしいことに感じます。

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『花と怒涛』は大正の震災以前の時期を背景にした、渡世人のラヴ・ストーリーです、と書いてから、なんだか「渡世人」と「ラヴ・ストーリー」が衝突気味だな、と思いましたが、でも、一言でいうならそういう話です。

渡世人の尾形菊治(小林旭)は、許嫁のしげ(松原智恵子)を、自分の親分が借金のかたに無理矢理女房にしようとしたため、嫁入り行列に乱入して、おしげを救いだして東京に逃げます。

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ここまでが導入部。おしげは、元博打打ちの伊平(高品格)の居酒屋で働き、菊治は土方をして世を忍んでいますが、そこへおしげを奪われた親分が送った刺客(川地民夫)がやってきます。

まず、最初に出てくる浅草の飲屋街とその裏手のセットをご覧いただきましょう。

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「浅草」の文字の向こうに〈凌雲閣〉、いわゆる「浅草十二階」が見えます。〈凌雲閣〉は1923(大正12)年の関東大震災で崩壊しているので、この映画はそれ以前に時代を設定していることがわかります。

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つぎのショットでは、川地民夫はこの中通りの裏手、ほの暗い水辺へと降りていきます。ここでも遠くに〈凌雲閣〉が見えます。手前に水が見えますが、現実に照らし合わせれば、ひょうたん池か隅田川のどちらかということになります。しかし、あとでわかりますが、このあたりは川向こうという設定ではないので、ひょうたん池しか考えられません。

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ひょうたん池を手前に配して〈凌雲閣〉を撮った写真というのはたくさん残っていますが(「明治大正プロジェクト」にいい写真が数点あり)、そうしたものと比較すると、このセットの〈凌雲閣〉はちょっと遠すぎるように感じます。

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必要ならば、襖の大きさを不揃いにしてしまう大胆不敵な美術監督ですから、現実のパースを度外視したのでしょう。現実に即した比率にしてしまうと、デザイン的に不都合だったのだろうと想像します。

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川地民夫は、人相見の屋台に「尾形、尾形菊治」と声をかけるや、仕込み杖を幕に突き刺します。このマントにつば広の帽子という川地民夫の扮装が楽しくて、ニヤニヤ笑ってしまいます。鈴木清順監督、木村威夫美術監督、どちらの発案なのでしょうか。もちろん、いくら木村威夫が「これでいこう」といっても、監督の承認なしにはできないので、二人が合意したにちがいありません。こういう極端なことを怖れないのが、鈴木清順=木村威夫コンビの仕事が、いまになって光彩を放っている所以です。

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昭和10年ごろの浅草公園第六区興行街略図。北は上ではなく、左になっていることにご注意。すでに十二階はないが、左端にその位置を示した(赤く囲った昭和座という劇場)。居酒屋〈伊平〉の位置は中央付近の黄色く囲った三角地帯あたりが想定されているのではないだろうか。とくにピンク色の通りの可能性が高いと感じる。川地民夫が人相見のところで小林旭を襲撃する場面は、図中の「A」または「B」の位置を想定していると思われる。

川地民夫もこの扮装にふさわしい身のこなしで、反りのない直刀を西洋の剣のように扱う、江戸時代とはハッキリと異なる「ハイカラな刺客」を好演しています。『東京流れ者』の殺し屋もなかなか楽しい演技ですが、こちらはさらに乗っていて、こういう稚気ある美術と演出を歓迎するタイプの役者なのだろうと思います。嫌がる人だっていますよ、こんな「仮面をとった怪傑ゾロ」(渡辺武信『日活アクションの華麗な世界』)みたいな衣裳は! 単なる好みでものをいうにすぎませんが、この映画は川地民夫のベスト3に入れます。

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同じく浅草公園第六区の地図だが、こちらは現代。こんどは上が北なのでご注意。上の赤い「1」が凌雲閣跡地、水色の「2」がひょうたん池跡地、そして、その下の「3」が、居酒屋〈伊平〉の位置と考えられる一郭。

◆ 居酒屋のねじれた構造 ◆◆
上述の〈凌雲閣〉=浅草十二階が見える中通りと、そこにある高品格の居酒屋〈伊平〉が、この『花と怒涛』でもっとも活躍するセットであり、居酒屋のデザインは、セットが先か、演出プランが先か、というぐらいにセット・デザインと演出が一体化した場面の舞台となります。

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居酒屋〈伊平〉入口

その場面にいくまえに、登場人物のおさらいをしておきます。渡世人・小林旭は、親分の嫁・松原智恵子を奪って東京に逃げました。アキラは土方になって埋立工事の飯場に身を寄せ、松原智恵子は(おそらくアキラの古くからの知り合いである)高品格の居酒屋〈伊平〉で働いています。そして、ときおりアキラがこの居酒屋の二階にやってきて、つかのまの逢瀬を楽しんでいます。

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〈伊平〉店内の玉川伊佐男と松原智恵子

この店に玉川伊佐男扮する刑事が入りびたっていて、松原智恵子にちょっかいを出したりするいっぽう、この界隈をうろつく川地民夫に、「おまえが戻ったとあっては、俺も忙しくなるな。なにかしでかしたら、こんどこそ俺がふん捕まえてやるからな」と威しをかけたりもします。

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玉川伊佐男(左)と高品格

以上の五人が、伊平の居酒屋で舞台劇のような芝居を演じる場面が、『花と怒涛』のハイライトのひとつです。いや、いま、スクリーン・キャプチャーと見取り図をにらんで、どうやってこの構造を説明しようかと考えていたのですが、これは困難を極めますなあ。おおよその構造がわからないと、演出もわからないので、まず、構造からいきます。

本業は建築家である渡辺武信も、このセットとここでの芝居におおいなる感興を覚えたようで、『日活アクションの華麗な世界』に、居酒屋〈伊平〉の略図を掲載しています。

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これは記憶をもとにして起こした図でしょうから、多少、勘違いがあるように思います。繰り返しヴィデオを見て、じっさいにはこうではないかと思われた部分を色つきの線と小さい文字で書き加えてみました。

修正点は、まず、調理場と席のあいだに斜めの仕切りがあることです(図中の青い線)。

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小林旭が〈伊平〉の裏口から店内をのぞく。調理場と席の仕切りが斜めになっていて、その向こうに正面入口が見える。

木村威夫らしい、ひとひねりです。しかも、見透かしではなく、竹かなにかの格子になっているところがミソで、監督と撮影監督は、当然、この構造を利用したショットを撮りたがるでしょう。

『日活アクションの華麗な世界』所載見取り図では、角店と仮定し、正面入口と裏口を直角に配置しています。しかし、その位置にも入口はあるのかもしれませんが、正面入口は裏口の対面にあります(図中のピンクの線)。

それから、小上がりがあるのですが、これは調理場に接していると思われます(図中の黄緑色の線)。ただし、明確にはわからないのですが、じっさいには、図のもっと上のほうに位置しているのかもしれません。そのほうが正面入口の位置と大きさ(二間間口?)にふさわしいようにも思えます。

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小上がりでの芝居。左から松原智恵子、久保菜穂子、玉川伊佐男。

◆ いよいよ芝居へ ◆◆
いやはや、煩雑で相済みません。この映画をご覧になった方はご興味おありかもしれませんが、ご覧になっていない方は状況がうまく把握できないでしょうし、これから書こうとしているシーンの面白みはおわかりにならないだろうと、ちょっと弱気になってしまいました。しかし、鈴木清順と木村威夫のコンビらしい、セットと演出が一体になったシーンなので、このままつづけさせていただきます。

ある夜、もう客もいなくなり、店を閉めようというころに、川地民夫がやってきて、看板です、という高品格の言葉を無視して、席に着き、酒を注文してから、「オヤジ、煙草を買ってきてくれ、〈エアシップ〉だ」と、金を渡して高品格を追い出してしまいます。

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ここで裏口の脇、階段の下におかれた男物の雪駄の短いショットと、川地民夫の顔のショットが挿入され、川地が二階に小林旭がいると察知したことが表現されます。このへん、つなぎが速くてサスペンスが醸成されます。

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高品格が店を出て行き、松原智恵子が銚子を運んでいくと、川地民夫は依頼主の親分から渡された、松原智恵子の写真を卓子に投げ出します。

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「潮来のおしげさんだね」立ち上がった川地民夫は、そういって仕込み杖を抜きます。

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「ちがいます」と後じさる松原智恵子、二階で火鉢の炭を整える小林旭、その背後の障子をやぶって飛び込んできた石、その音をきき、外と二階の気配をうかがう川地民夫、ショットはめまぐるしく変化します。小林旭が二階の障子を開けて下を見ると、石を投げた高品格が無言で、店のほうでまずいことがある、と知らせます。

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急いで階段を下りかかり、しかし用心深く立ち止まる小林旭、降りてきたところをひと息にと下で待ち受ける川地民夫、夫に危急を知らせる松原智恵子。

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「あなた!」と叫ぶや、松原智恵子は身を翻して、正面入口から逃げようとし、かくてはならじと、川地民夫は小林旭をひとまずほうって、松原智恵子を追って店内を横切ります。

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しかし、ちょうど店に入ろうとしていた玉川伊佐男が、飛び出してきた松原智恵子を抱きとめます。

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やむをえず、川地民夫は計画を放棄し、反対側の裏口へと向かいます。

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再び、階段の小林旭と川地民夫の「見えざる対峙」。

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そこへ裏口の戸が開き、高品格が入ってきて、「お待たせしました」と、煙草と釣り銭をわたし、ここまで高まってきたサスペンスを一気に溶解させます。

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キャメラの動き、編集のリズム、俳優の演技、すべてが噛み合ってこういうシーンの面白みが生まれるので、静止画を並べてもあまり意味がないかもしれません。しかし、1972年の池袋文芸座地下における鈴木清順シネマテークで、はじめて『花と怒涛』を見たとき、どこに魅力を感じたかといえば、なによりもこのセットの使い方です。そのときは、ただ息を呑んで見ていただけですが、今回、ショット単位で分析してみて、やはり、たいしたものだなあ、と思いました。

このセットではまだ芝居があるので、次回は(今回よりは簡単に)そのことと、できれば、エンディング・シークェンスのセットを検討したいと思います。いや、そのまえに、サイド・ストーリーを見ることになるかもしれませんが。


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by songsf4s | 2010-04-22 22:22 | 映画
ジム・ゴードン、ジム・ケルトナー、B・J・ウィルソン、ディノ・ダネリ、ソニー・ペイン、ハル・ブレイン

以下は枕のつもりで書きはじめたものですが、クリップを探しているうちにどんどん長くなってしまったので、そのままドラマーの記事にしてしまいました。ジム・ゴードンとB・J・ウィルソンとディノ・ダネリの話です。と書いたのですが、書き終わってみたら、やっぱりハル・ブレインが出てきました!

◆ BJから二人のジムへと ◆◆
寒い曲ばかり聴いているのも気が利かないので、昨日はジム・ゴードンを聴いていました。主としてジョニー・リヴァーズのL.A. Reggaeと、サウザー・ヒルマン・フューレイ・バンドの1枚目です(セカンドはジム・ゴードンではない。ジミーのドラミングをとったら、このグループにはなにも聴くべきものがなく、駄作というにも値しない、一曲も記憶できなかった、限りなく非存在に近いアルバム)。

元気が出てくると、いよいよもってドラムを聴こう、という気になって、つぎはB・J・ウィルソンへと進みました。プロコール・ハルムの曲としては、つまらないものの代表だと思いますが、このスタジオ・ライヴでのBJのドラミングは驚愕でした(念のためにいっておくと、スタジオ録音盤はこれほどすごくない)。

Power Failure


はじめてWhiskey Trainを聴いたときも、BJのカウベルにのけぞりましたが、Power Failureのカウベルにくらべれば、あんなのは初歩の初歩といいたくなります。なんたって、ずっと右手一本でやっているのですからね。

プロコール・ハルムの曲もすごいプレイが目白押しですが、BJのテクニックより、タイムの好ましさ(結局、重要なのはこちらのほうだと思う)がよくあらわれたのは、セッション・ワークでした。イントロまで含めた適切なクリップがないので、自分でアップしました。

サンプル Joe Cocker "With a Little Help from My Friends" (studio version with B.J. Wilson on drums)

イントロを切ってはいけない、というのは一聴明々白々でしょう。邪魔なヴォーカル抜きで、BJのスネアのタイムの特徴をハッキリと聴き取れる貴重な時間帯なのです。

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内田百閒の鰻の食べ方をご存知ですか? 鰻丼がきたら、邪魔なウナギをゴミ箱に捨て、残ったご飯をおいしくいただく、のだそうです。これ、ある意味で正しいのです。はるか昔、うちの親戚が鰻屋をやっていましてね、関東大震災のときに、タレを入れた瓶を背負って逃げたんだと亡父がいっていました。タレさえあればまた商売ができる、というのです。仕込みに時間がかかるので、タレを失えば無一文同然なのです。

f0147840_23273552.jpg音楽も「上もののヴォーカルはゴミ箱に捨て、残ったトラックだけをおいしくいただく」という風にいけばいいのだが、といつも思います。早く、マルチ・トラックをそのままリリースする時代になればいいですねえ。そうしたら、ヴォーカルはみんな消して、バックトラックだけを楽しんで余生を過ごせます。ろくでもないヴォーカルの影に、どれほど美しい音が秘められていることか!

盤をやめれば、トラックダウン以前のものをリリースするなんてごく簡単なことで、早くやれよ、です。もう2トラックの焼き直しは限界だから、つぎは3トラック、4トラック、8トラック、16トラック(「わたしの時代」はこのあたりで終わり)丸ごとリリースぐらいしか、二度売りのチャンスはないでしょうに。4トラック、8トラックが出たら、わたしは断じて買いますよ。いままで買ったものを全部買い直し、全部ミックスダウンを自分でやり直します。

話が脇に逸れましたが、BJがWith a Little Helpでどれほどすばらしいプレイをしたかは、グリーズ・バンドのライヴを聴けば、よりいっそう明瞭になります。耐えられないプレイなので、頭の30秒ほどでやめたほうがいい、と警告しておきます。

グリーズ・バンド


ジョー・コッカーのWith a Little Helpにはイヤになるほどヴァージョンがあります。代表的なのはウッドストック・ヴァージョンですが、不出来と思った記憶しかないので、ここではパス。

BJがプレイしただけでも十分にすごいのに、マッド・ドッグス&イングリッシュメン・ツアーでは、ジム・ゴードンとジム・ケルトナーがダブルで叩いています。わたしの好きなドラマーが三人もよってたかってもちあげるほどのシンガーじゃないのに。まったくツキのあるヤツにはかないません。かつてのダブルLPではオミットされた、このツアーでのWith a Little Helpをどうぞ。

ジム・ゴードン&ジム・ケルトナー(極楽ヴァージョン)


絶句ですな。

客席から見て、右側のセットがジム・ゴードン、左側がジム・ケルトナーです。したがって、冒頭、彼らの背中から狙ったショットでは、ゴードンは左に見えます。

ゴードンがこれほど多くのタムを使ったのは、この映像でしか見たことがありません。普通はタムタムとハイハットのあいだに、径の小さいハイ・ピッチ追加タムを一ないし二個おくだけです。もともとダブル・タムなので、最大で5タム構成がノーマルということになります。マッド・ドッグス&イングリッシュメン・ツアーはハル・ブレインがオクトプラス・セットを導入してから間もない時期なので、ハルのようにドカーンと並べてみたのかもしれません。

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ほかの曲では違うタイプの共同作業をしているのですが、この曲では、ギターにたとえれば、ゴードンが「リード・ドラム」、ケルトナー「リズム・ドラム」という役割分担です。つまり、派手なフィルインを叩きまくっているのはゴードン、ケルトナーはタイム・キーピングに徹しているのです(後年、彼は無数のダブル・ドラムをやるが、つねに「バックシート」を選んでいる)。

いやはや、このドラミングは驚きでした。ジム・ゴードンというのは、つねにクールにプレイするタイプだと思っていたのですが、この曲では火の玉ドラミングですからね。ド派手なフィルインは音だけ聴いても灼熱ですが、絵で見れば、完全に入りこんでいる表情です。それに対して、ジム・ケルトナーはどこまでいってもクール。人それぞれ、スタイルがちがうということでしょう。ライ・クーダーのツアーで見たケルトナーも、終始一貫「頭のぶれない」フォームでした。

どの曲も、過去の記事でふれているのですが、久しぶりに聴くと、やはりとまらなくなってしまうほどの魅力が彼らのプレイにはあります。

◆ ディノ・ダネリからソニー・ペイン、そしてハル・ブレイン ◆◆
ついでといってはなんですが、ディノ・ダネリについてちょっと。昨日、キムラさんがツイッターに、ブルドッグのアルバムを買ってきたと書いていたので、どうですか、ときいてしまいました。ブルドッグというのは、ラスカルズのディノ・ダネリとジーン・コーニッシュがいたバンドです。

f0147840_23333716.jpgキムラさんのご意見は、今ひとつ、ということでした。遅ればせながら、YouTubeで検索し、むさい犬どものクリップをかき分けて、Noという曲を聴きました。うーん。微妙ですねえ。ダネリのドラミングに興味があったのですが、微妙なのはその点です。60年代のバンドのドラマーとしては稀なことに、スタジオでプレイした人なので、やはりタイムはわるくありません。しかし、それだけでは、匿名的な、セッション・プレイヤー的プレイになってしまうわけで、このNoという曲には、ダネリらしい溌剌とした魅力はなく、精確なタイムだけが印象に残ります。だから悪い、とはいわないけれど、だから面白いともいえず、微妙というしかありません。

さらにはフォトメイカーなんてグループもありましたし、最近ではニュー・ラスカルズなんてものも、またしてもジーン・コーニッシュとやっているようです。わたしはニュー・ラスカルズのLove Is a Beautiful Thingのクリップを見てしまい、おおいに後悔しました。あれだけはやめたほうがいいですよ>皆様方。

それより面白かったのは、リバティー・デヴィートー(ビリー・ジョエルのドラマー)とディノ・ダネリの対談です。

ディノ・ダネリ談話その1


これは少なくとも10パートはあるようで、とんでもなく長いので、全部は見ていません。以前、当家でも記事にしたニューオーリンズのドラマーのことにもふれていますし、バディー・リッチ、ジーン・クルーパも出てきます。そのなかで、ディノ・ダネリの好みとは知らなかったのがソニー・ペイン。



ソニー・ペインはカウント・ベイシー・オーケストラのドラマーだった時期が長いのですが、ハル・ブレインの回想記では、たしか、ペインがNYに行ったおかげで、パティー・ペイジのドラマーのイスが空き、ハルに仕事がまわってきた、といった形で登場したと記憶しています。ハルがフィル・スペクターのHe's a Rebelでプレイするのは、パティー・ペイジのツアー・バンドにいたときです。

ついでにいえば、パティー・ペイジの旦那のチャールズ・オカーランが、エルヴィス映画の振り付けをしていて、彼の推薦でハル・ブレインは『ブルー・ハワイ』のスコアで大量のパーカッションをプレイし、映画そのものにも出演することになります。

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パティー・ペイジとハル・ブレイン

ハル・ブレインまで来れば、すごろくの上がり、本日はこれまで、です。木村威夫追悼の続きをやろうと、準備は整えたし、今日はそうなるはずだったのですが、あにはからんや、ドラマーの話になってしまいました。次回こそ、映画セットのなかへと。


マッド・ドッグス&イングリッシュメン・ツアーDVD(ジム・ゴードン&ジム・ケルトナー)
Mad Dogs & Englishmen (Rmst Ac3 Dol Dts) [DVD] [Import]
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With a Little Help from My Friends(B・J・ウィルソン)
With a Little Help from My Friends
With a Little Help from My Friends


Hal Blaine and the Wrecking Crew: The Story of the World's Most Recorded Musician
Hal Blaine and the Wrecking Crew: The Story of the World's Most Recorded Musician
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by songsf4s | 2010-04-19 20:07 | ドラマー特集
表裏一体45回転――ドン・マクリーンのAmerican Pie
タイトル
American Pie
アーティスト
Don McLean
ライター
Don McLean
収録アルバム
American Pie
リリース年
1971年
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今日は更新なしと思っていたのですが、ちょっと思いだしたことがあったので、手早く1時間でやろうと思っています。

そのまえに。

今日は土曜日だったせいか、サンプルへのアクセスが多かったのですが、意外にもバディー・モロウとウォーレン・バーカーという非有名どころのアクセスが伸びていて、なんともうれしくなりました。

さて、ふだんは、サンプルにアクセスがあると、someone reviewed your xxxxxxx fileというお知らせが届くのですが、今日ははじめて、アクセスした方の名前入りのお知らせが来ました。

おそらく、この方はbox.netにアカウントをもっていらして、ログインしたままでわたしのアカウントをご訪問なさったのでしょう。それで、ユーザー名が表示されたのだと思われます。

わたしのほうはべつにかまいませんし、この情報を悪用する気もなければ、その方途すらわかりません。しかし、想像するに、ご本人としてはあまり気持よくない可能性があるでしょう。いえ、わたしのほうは、また○×さんがアクセスしたな、てなぐあいに、親しみをもてると思うので、気にならないなら、そのままでどうぞ。でも、なにかのファイルにアクセスしたことを知られたくないということであれば、ご面倒でしょうが、いったんログアウトなさってから、わたしのbox.netアカウントをご利用ください。

◆ アニマルズ ◆◆
さて、一昨日の夜、ツイッターで、冬の歌を並べていたら、最後のドン・マクリーンのAmerican Pieで、知り合いから返信が来ました。数回のやり取りの途中で、シングル盤のAB面を使ったヒット曲というのは、American Pie以外にもあるのだろうか、といわれました。



とっさに出てきたのは、エリック・バードン&ディ・アニマルズのSky Pilotでした。いや、たいした曲じゃないですがね。まあ、貼りつけておきます。



子どもだったから、ジェット・マシーンを通したスネアのサウンドで盛り上がったりしていましたが、こんなのはまさしく子ども騙しで、いまではちょっとした郷愁を感じる程度になっています。

この後期アニマルズの時代に彼らは来日していて、テレビでライヴを見ましたが、腹が立ち、同時に笑いました。いや、その話は以前にも書いたような気がするので、やめておきましょう。とにかく、Sky Pilotまできたところで、わたしはテレビを消しました。最低のレンディションでした。

なお、ドン・マクリーンのAmerican Pieについては、当家の過去の記事、

American Pie by Don McLean その1
American Pie by Don McLean その2
American Pie by Don McLean その3
American Pie by Don McLean その4

をご覧ください。まじめに取り組んだのですが、暗号解読は不成功だったような気がします。

◆ レイ・チャールズ ◆◆
もう何曲か、AB面を使った長いシングルがあると思ったのですが、その場ではもう続きが出ませんでした。ジョエル・ウィットバーンの本を見れば簡単にわかりそうな気がしますが、それでは面白くありません。記憶の底から浮上してきてこその面白みです。

それがさっき、コーヒーを淹れていて、そうだ、と思いあたりました。



これを忘れるのもどうかと思いますが、ある意味で、忘れてもしかたがないのです。Sky Pilotは、自分では買いませんでしたが(アラン・プライスは好きだったが、エリック・バードンの声は好みではなかった)、友だちの45回転盤をじっさいに自分で引っ繰り返した鮮明な記憶が残っていました。裏までつづくとは面倒な曲だ、と思いましたね。

What'd I Sayのオリジナルのほうは、45回転盤ではもっていませんし、バラバラに分かれたヴァージョンを聴いた記憶すらありません。わたしが最初に買ったWhat'd I SayはEP、それもABCパラマウント時代のもので、ノーマルなプレイング・タイムでした。そして、いまもっているものは2種類ともCDで、パート1と2と分けずに、YouTubeのクリップのようにずらずらとつづいているのです。これでは、AB両面を使ったシングルとしての記憶が残るはずがなく、とっさには出てこなかったのです。

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ライノのレイ・チャールズ・ボックスのジュウェル・ケース・プラスティックに直接印刷されている。

久しぶりに聴いて、ライド・ベルがグッド・グルーヴなのに感心しました。50年代としては非常にタイムのいいドラマーです。ライノのボックスによれば、NYでの録音で、ドラムはミルト・ターナー(Milt Turner)という人だそうです。NYは守備範囲外で、まったく記憶にありません。今夜は時間がないので、調べるのは後日とさせていただきます。

しかし、よその時代のことはほうっておくとしても、わたしの守備範囲である50年代、60年代にかぎっても、まだほかにもありそうな気がします。いや、ヒットしなかった曲は除外しますが、まだチャートインした長い曲があるのに、思いださないだけのような気がするのです。あ、ディッキー・グッドマンのノヴェルティーがそうか。いやもうrun out of time、今日はここまで。

もちろん、おまえ、あの曲を忘れるとは耄碌したのじゃないか、というツッコミは大歓迎です。

The Best of Don McLean
The Best of Don McLean


The Best of Ray Charles: The Atlantic Years
The Best of Ray Charles: The Atlantic Years
(パート1のみ収録)

Genius & Soul: The 50th Anniversary Collection
Genius & Soul: The 50th Anniversary Collection
(パート1と2の連結ヴァージョンを収録。非常に凝ったデザインで、ライノがつくったベスト・ボックス。ジュウェル・ケースがすごい)


Twain Shall Meet
Twain Shall Meet
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by songsf4s | 2010-04-17 23:53 | その他
外は寒いぜベイビー――ディーン・マーティンのBaby It's Cold Outside
タイトル
Baby It's Cold Outside
アーティスト
Dean Martin
ライター
Frank Loesser
収録アルバム
A Winter Romance
リリース年
1959年
他のヴァージョン
Ann Margret with Al Hirt, Johnny Mercer with Margaret Whiting, Carmen McRae with Sammy Davis Jr., Buddy Clark with Dinah Shore, Ray Charles with Betty Carter, Avalanches, Jimmy Smith & Wes Montgomery, Jo Stafford
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いったいどういうことなのか、わたしが住む南関東は昨日から雪が降りそうな寒さで、じっさい雨の音がときおりシャリシャリして、霙になっていました。夜になってからのほうがかえって気温が上がったのか、もうただの雨になったようです。

おかげで昨夜は寒い曲特集を組んで聴いてしまいました。ツイッターで「実況」をやったので、すくなくともお客さんのうちのお二人は、すでに読んだものを再び読むことになってしまい、相済みません。そもそも、ツイッターに書いたこと自体、当ブログの昔の記事の焼き直しのようなもので、どの曲もすでに記事にしています。

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Nino Tempo & April Stevens "The Coldest Night of the Year"
Sam Cooke "Out in the Cold Again"
Billy Strange "The Spy Who Came in from the Cold"
Dean Martin "Baby It's Cold Outside"その1およびその2
Don McLean "American Pie"その1その2その3その4

ディーン・マーティンのBaby It's Cold Outsideもすでにくわしく書いていますが、そのときはまだYouTubeのクリップを貼りつけられなかったので、この馬鹿馬鹿しい極寒の四月の記念に、ここに補足しておきます。



いや、おみごと!

ディノがなんぼのもんじゃい、という方のために、カラオケを用意してみました。Butのタイミングがちょっとむずかしいのですな、これが。

Baby It's Cold Outsideのカラオケ

いま、YouTubeでいくつかのヴァージョンの頭のほうだけ聴いてみましたが、やっぱり、「遅れてはいけない」と思うせいか、ほとんどのシンガーがButの拍を食いすぎています。早すぎてしまうのでは、遅れたのと同じくらい悪い結果になります。このButのタイミングに関するかぎり、ディノは一頭地を抜くみごとさ。センスですな。

◆ ネズミとオオカミの化かし合い ◆◆
ほかにもいくつかBaby It's Cold Outsideのサンプルをアップしておきましょう。まずはマーガレット・ホワイティングとジョニー・マーサーのデュエット。テンポが遅いせいなのか、もともとセンス・オヴ・タイムがすぐれているのか、ジョニー・マーサーもButを無難に歌っています。



さらにテンポの遅いアン=マーグレット&アル・ハート盤もなかなかの出来だと、昔の記事に書きました。どこがどういいかはそちらの記事をご覧いただくことにして、ここではサンプルを。アル・ハートのヴォーカルはどうでもよくて、もっぱらアン=マーグレットの「マウス」がチャーミングなのです。

サンプル Ann=Margret & Al Hirt 'Baby It's Cold Outside'

つづいてカーメン・マクレー&サミー・デイヴィス・ジュニアのヴァージョン。こちらはカーメン・マクレーの「マウス」は可愛げがないので打っちゃっておき、サミー・デイヴィスの大熱演の「ウルフ」をお楽しみあれ。

サンプル Carmen McRae with Sammy Davis Jr. 'Baby It's Cold Outside'

こう並べてみると、あらゆるヴァージョンのなかでもっとも早いテンポでやっているのに、どこも突っ込むところなく、余裕綽々で歌ってみせたディノのセンスと技術がいっそう際だってきます。

最後に、テンポはディノと同じぐらい、ただし、話はまったく逆の、レッド・スケルトンとベティー・ギャレットのデュエットをどうぞ。映画『水着の女王』(Neptune's Daughter)の一コマ、



ほんとうは、アカデミー主題歌賞の対象になったエスター・ウィリアムズとリカルド・モンタルバンがこの曲を歌うシーンを探していたのですが、レッド・スケルトンのほうしかありませんでした。これはたぶんエスター・ウィリアムズとリカルド・モンタルバンが主題歌を歌うシーンに対するカウンターとしてつくられたもので、「マウス」と「ウルフ」の役割を逆転させています。ほんとうなら、もう帰らなくちゃ、というのは「マウス」すなわち可愛い子ちゃんなのですが、それをレッド・スケルトンが演じて、ベティー・ギャレットが「止め女」をやっています。珍なるかな。

もうすこしなにか実のあることを書こうと思ったのですが、はやシンデレラ・タイム。今日はサンプルだけでした。


美女とペット(紙ジャケット仕様)
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Boy Meets Girl: Sammy Davis, Jr. & Carmen McRae on Decca
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by songsf4s | 2010-04-16 23:56 | 冬の歌
木村威夫追悼 鈴木清順監督『悪太郎』その4

週に一度ほどチェックする海外のブログで、鈴木清順のインタヴューを見つけました。形式はFLVです。

鈴木清順 in LA

映画を学んでいる学生の質問に答えたようですが、外国人が相手なので、ふだんなら省略するような、かつての日本映画界のありようにもふれていて、面白い談話になっています。また、おそらくは通訳しやすいようにという配慮なのでしょう、いつもの韜晦的言辞はすくなく、わかりやすく話しています。

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撮影中の鈴木清順監督(右)。撮影監督のお名前がわからず申し訳ない。ご存知の方がいらしたらご教示を。しばしば鈴木清順についた撮影監督は、永塚一栄と峰重義のお二人だが。

「小津さん」については、年齢のせいか、海外の学生のあいだにもいるであろう小津ファンに配慮してか、おだやかに語っています。映画ではなく、書籍の『けんかえれじい』に収められた、エッセイとも自伝小説ともつかない松竹助監督時代の回想では、もっとストレートに小津を否定していますが、上記のインタヴューで語っていることが、レトリックを取り去った本音なのだろうと想像します。

音楽にたとえれば、小津安二郎は完璧主義者の「スタジオ録音の人」、鈴木清順はspontaneity、インプロヴ重視の「ライヴの人」、小津はポップ・ミュージックの作り方、清順はジャズ的嗜好だったというあたりでしょう。

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鈴木清順のエッセイ集『けんかえれじい』に収められた「洋パンと『野良犬』と自動小銃」の冒頭。このとき、彼の仕事場だった松竹大船撮影所に通勤できる範囲で、海岸に「占領軍の飛行場」がある土地といえば、かつての海軍航空隊の本拠、横須賀市追浜[おっぱま]しか考えられない。次ページに「まちから近い金沢八景の海」とあることも、その裏付けとなる。金沢八景は横浜市、追浜は横須賀市だが、隣接した町である。

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当時の若手監督の多くが、年をとってから小津が理解できるようになったと、いわば「転向」をしているが、鈴木清順がこのように小津を見ていたのだとしたら、いまでも否定的だろうと感じる。

このインタヴューの最後に収められている『東京流れ者』のオリジナルのエンディングについては、木村威夫が『映画美術』のなかで語っていますが、監督自身の言葉としてきいたのは、これがはじめてでした(DVDボックスのオーディオ・コメンタリーなどで話しているのかもしれないが)。

かつての『東京流れ者』の記事(その1およびその2)は、ちょっと拙速だったような気がして、改めてやり直したいとずっと思っています。でもまあ、とりあえずは、まだ取り上げていない映画をやるべきだろうと自重しています。

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おおいに感じるものがあったので、このインタヴューには、枕ではなく、改めてきちんとふれたいと思います。人間は衰え、やがて滅するのが運命なのだから、やむをえないのですが、この人ばかりは長生きしてほしいと思います。健康を取り戻されんことをお祈ります。

◆ ロケーションでの美術 ◆◆
極端な言い方になってしまいますが、しばしば、映画はロケーションで決まる、と思います。とくに日本映画にはそのタイプのものが多いと感じるのだから、つまりは、自国の風土を知っているがゆえに、外国映画よりはるかに視覚的ディテールが気になるのでしょう。

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『悪太郎』のロケハン、岐阜県元浜町とキャプションにある。

『悪太郎』はまさにロケーションで成功したタイプの映画で、やはり半世紀前の日本には、古いものがよく保存された町があったのだなあ、と思います。まずいものが入ってしまう心配なしに引きのショットが撮れるというのはすごいものです。

ただし、木村威夫美術監督は、こういう場合にどういう措置をするか、ロケーションでの美術の役割についても語っています。

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ほかの映画でも、このような消去、隠蔽の作業は必要でしょうが、『悪太郎』のように、近過去に時代を設定した作品では、きわめて重要になります。といっても、CGではないのだから、もとのロケーションがよくなくては、消去も隠蔽もあったものではなく、数カ所におよぶロケ地の選択(近江八幡、郡上八幡などらしい)が正しかったともいえるでしょう。

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白黒だから成功した、というのも、そうだろうなあ、と思います(昔はモノクロフィルムのほうが安かった。鈴木清順は前述のインタヴューで、カラーの場合よりも1作品あたり300万円安くすんだといっている。トータルの予算は一本当たり2000万、カラーだとここに300万上乗せだとか)。カラーでは、じっさいの町にもともとあったものと、「材木」でつくったものとのちがいが明瞭に出てしまい、うまくいかなかったにちがいありません。モノクロを選択することに、そういう効用があるなどということは、この木村威夫の言葉ではじめて知りました。

◆ ヴィジュアル箇条書き ◆◆
このところ毎度、箇条書きのような記事ばかりですが、ここから先は「視覚の箇条書き」という感じで、スクリーン・キャプチャーやスティルを並べていくことにします。

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書店の看板。文房具と書籍をいっしょに売るのが昔はふつうだったのか。いまでも丸善がそうだが。

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書店から和泉雅子が出てくる。

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入れ替わりに山内賢が、「白樺」の十月号は入ったか、と店に入っていく。ついでに、いま出て行った女学生はなにを買ったのかときく。

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へい、ストリンドベルヒの『赤い部屋』です、というので、山内賢は、彼女はストリンドベルヒなど読むのかと驚く。『赤い部屋』は重要な小道具になる。よけいなことだが、この書店主が、いつもならギャングを演じているはずの長弘(ちょう ひろし)なのが、日活アクション・ファンにはたまらなく楽しい。

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以下は「今宵こそ」というか、tonight the nightとなった、京都の一夜。会話はありません。

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そして、明くる日の同じ部屋。

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なんだか、妙に「小津調」の絵作りになっていて、思わずニヤニヤ笑ってしまいます。ほんとうに、小津をちょっとからかうつもりで、『晩春』のパロディーをやったのではないかと勘ぐりましたぜ。小津なら切り返しますが、鈴木清順はツーショットで二人をとらえています。

和泉雅子の父(佐野淺夫)は医者という設定です。以下はその医院の診療室と待合室。かなり凝ったデザインです。

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この和洋折衷の衝立がじつに面白い。

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木村威夫がいうとおり、まったくこのシーンには魅了されました。万灯会[ばんとうえ]がほのかに見えるところがなんともいえない味があります。

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画面奥に万灯会の灯り。

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牛鍋屋の「いろは」をモデルにしたという市松のガラス戸。コックは柳瀬志郎。

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短いシーンなので、時代劇のセットを流用できるという幸運がなければ、ここは簡略化されるか、室内のシーンで置き換えられてしまったのではないでしょうか。よくぞ撮ってくれたというシークェンスです。

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鈴木清順のエッセイ集『けんかえれじい』に収録された『悪太郎』のスティル


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by songsf4s | 2010-04-14 23:58 | 映画