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「湖畔のふたり」「『浮雲』のテーマ」ボブ・ウィルズのRoly Polyほか

アクセスのないファイルを削除しようと思い、昨夜、ほったらかしになっているbox.netのアカウントをチェックしました。それで、いくつか、ほほう、と思った点がありました。

まず、先月アップしたばかりの『浮雲』のテーマの変奏曲だけ、アクセスが非常に多いことです。この映画から切り出したほかの曲は、不人気ではないものの、ふつうのアクセス数です。どなたかおひとり、ヴァリアントのほうだけ気に入り、しばしばお聴きになっている、なんていうあたりでしょうか?

アップした当初から人気の高かった『ゴジラの逆襲』の挿入曲、星野みよ子の「湖畔のふたり」は、その後もアクセス数が伸びていて、低音質ヴァージョン(「丘のホテル」という仮題でアップした)と高音質ヴァージョンの両方を合わせると、圧倒的なトップです。

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星野みよ子(『ゴジラの逆襲』より)

◆ 『狂った果実』のスコア ◆◆
「湖畔のふたり」同様、当家のお客様であるOさんに資料を提供していただいた『狂った果実』も人気が高いのですが、これはどういうわけか、映画から切り出し、わたしが勝手に命名した「ラヴ・テーマ」(「『狂った果実』その3」および「その4」の二度にわたってふれた)のほうが圧倒的にアクセス数が多く、その後アップした、高音質ヴァージョンのトラックはあまりアクセスがありません。

以下に『狂った果実』のトレイラーを貼りつけておきますが、例によってスケデュールに余裕がなく、スコアは未完成だったのでしょう、佐藤勝&武満徹のスコアは予告篇には登場しません。音楽はさまざまな曲の五目そば状態で、最後はワーグナーになっちゃいます。なかなか珍!



やはり、音楽にはイメージを喚起するタイトルが必要なのかもしれません。DB4-M4なんていうタイトルではそそられないのでしょう。もうひとつ、武満徹の盤にはわたしが「ラヴ・テーマ」と命名した、岩場で北原美枝と津川雅彦が甲羅干しをするシーンで流れる曲は収録されていなくて、高音質トラックのサンプルのなかには肝心の「ラヴ・テーマ」が入っていないことも影響したのかもしれません。

『武満徹全集』の第3巻には、「ラヴ・テーマ」に近いトラック(DB18-M19)が入っているのですが、ウクレレのコードが入っていない別テイクなのです(ないしはオーヴァーダブ以前のヴァージョン)。これをアップしてもいいのですが、ウクレレがないと大きく印象が変わるので、映画から切り出したトラックのほうがいいのではないかと思います。

◆ その他の「ヒット曲」 ◆◆
box.net上のすべてのトラックをチェックをチェックして、変だなあ、と思ったことがあります。マージョリー・ノエルの「そよ風に乗って」のアクセスがゼロだったことです。わたしなんか、数十年ぶりでこれを聴いたときはウハウハだったのですが、もはやだれも知らないシンガーなのかもしれないと思いました。



box.netが手狭になったとき、もうひとつアカウントをつくり、目的別に使い分けようなんて気を起こしたことを思いだしました。でも、FC2はdivshareのプレイヤーを貼りつけられることがわかり、boxの予備アカウントはその後使わなくなっていました。パスワードによる二つのアカウントの出入りが面倒なのです。

それで、不活発なほうのbox.netアカウントを見たら、なにを勘違いしたのか、「そよ風に乗って」をダブってアップしていたことがわかりました。こっちのファイルにリンクを張ったわけで、メインのアカウントはリンクが貼っていないのだから、アクセスはゼロに決まっています。大人気というほどではありませんが、やはり懐かしく感じる方も多いのでしょう、まずまずのアクセス数があります。

映画音楽以外では、ビーチボーイズのI Get AroundおよびバーズのMr. Tambourine Manのセッションや、ハニーズのHe's a Dollなどもおおいなる人気がありますが、このあたりは、さもあらんと思います。

あまり「さもあらん」ではないのは、たとえば、ボブ・トンプソンのOn the Street Where You Liveです。ボブ・トンプソンというアレンジャーをご存知の人は多くないはずで、どうしてアクセス数が多いのかよくわかりません。ひとりの方がしばしばお聴きになっている?

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同じ『マイ・フェア・レイディー』からの曲である、I Could Have Danced All Nightのロビン・ウォードによるカヴァーも人気が高いのですが、これはウォードが一部で非常に人気があるからだろうと思います。On the Street Where You Liveはそれに引きずられたのかもしれません。

一般論として、当然ながら、有名な人のほうが、そうでない人よりも人気が高いのですが、この原則はつねに通用するわけではなく、ボブ・トンプソンが示すように、思わぬトラックの人気が高いこともあります。これが映画から切り出した「自家製OST」になると、まったく予想がたたないばかりでなく、じっさいの結果から、なにかの理屈を導きだすこともできません。

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久しぶりにボブ・トンプソンのオフィシャル・サイトにいったら、へえ、という写真があった。当家では過去にフィーリクス・スラトキンのアルバムFantastic Percussionを賞賛したが、そのアレンジャーがボブ・トンプソン。そして、そのFantastic Percussionの録音メンバーの一部がわかった。ラリー・バンカーの写真というのははじめて見た。ミルト・ホランドが若い! 残念ながら、あとのお二方の名前はわがデータベースに未記入。

曲を紹介する際に、わたしがおおいに煽り立てたものがたくさんアクセスされることもありますが、志ん生が「いーーーーーい女!」というときのように、おおいに美点を強調したにもかかわらず、さっぱりアクセスの伸びないトラックもあります。つまり、わたしがなにをいおうと、それはサンプルのアクセス数には影響を与えない、ということです!

この世のあらゆることは、やはり「やってみなければわからない」のでしょうかね。

◆ 最近聴いた曲 ◆◆
枕のつもりだったのですが、おそろしく長くなってしまったし、例によってタイム・イズ・タイト、もはや木村威夫と『悪太郎』についてまとまったことを書くだけの余裕はありません。箇条書きのような本日の記事は最後まで箇条書きとします。

オマケとして、最近、「気が動いた」曲をどうぞ。



「ドッヒャー」以外の言葉は出ず。人の望みはさまざまで、他人があれこれ容喙するすることではありませんが、なんだって北極点に行くために体重を増やしたりしたのか……。よくそういう決断ができたものだと、その強さに感心もします。美少女の過去と意識的に訣別できる女性がいるというのは、驚異ですな。いや、むしろ、ご当人が女だからできるのでしょうか。はたの男としては、姫、ご乱心召さるるなかれ、ですぜ。

すぐ近くにあったクリップをもうひとつ。



当時も今も彼女に強い思い入れはないのですが、久しぶりにこの曲を聴いたら、やはり、曰く言い難い感懐がありました。サイケデリックの1967年、日本は内藤洋子の「白馬のルンナ」か……。子どものころ、日本に生まれた不幸を嘆きましたが、それを思いだしてしまいます。

今日はサンプルの話題だったので、せっかくだから、新しいサンプルをアップします。最近、いちばんビックリした曲。聴く前に、これが1946年のヒット曲だということを頭に入れておいてください。1946年はすなわち昭和21年、太平洋戦争終戦の翌年です。

サンプル ボブ・ウィルズの"Roly Poly"

まずイントロで、なんだこれは、と身が引き締まりました。1920年から順にヒット曲を聴いていき、プレイヤーはまだ1940年代なかばの曲をつぎつぎにかけていることはわかっていたので、そんな時代にこういうアレンジとプレイがあるのかと、あわててボブ・ウィルズのディスコグラフィーを確認しました。

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まあ、これ以前にレス・ポールとチャーリー・クリスチャンがすでに活躍していて、エレクトリック・ギターをリード楽器に使った曲はそれなりに存在していましたが、このボブ・ウィルズのRoly Polyはアレンジ、サウンドのニュアンスが非常に現代的で、それで耳を引っ張られました。

この翌年、レス・ポールはLoverによって多重録音のギター・アンサンブルを実現するのですが、ボブ・ウィルズのバンドは、ノーマルな録音でギターとペダル・スティールのアンサンブルを実現しています。片方はペダル・スティールなのですが、それにしてもギター・アンサンブル。これはその最古の例なのではないかという気がしてきました。間奏でも2本のギターがからんでくれたら文句なしだったのですがねえ。

最後に、先日のdeepさんのコメントにあった『八月の濡れた砂』のトレイラー。冒頭に「ダイニチ映配」のロゴが出て、ああ、そうか、と思いました。経営難の大映と日活が配給を統合して生まれた会社です。短命でしたが。



この空撮を見ると、やはり『狂った果実』を想起します。藤田敏八監督もそれを意識していたのではないでしょうか。

ついでといっては申し訳ないのですが、ついつづけて見てしまったクリップ。

陽のあたる坂道オープニング・シークェンス


すごいクリップですねえ。映画館で手持ちで撮影した? ともあれ、このテーマは佐藤勝の曲のベスト3に入れます。視覚的にも、田園調布のアップダウンをうまく利用して、リズミカルな映像をつくっています。こういう画面と音の組み合わせには、ほんとうに心が躍ります。撮影監督は伊佐山三郎。



クレーンで撮ったか! このアパート内部のセット・デザインはなかなか興味深いものでした。美術監督は木村威夫です。やはり、いずれ取り上げなければいけない映画のようですが、テープしかもっていなくて……。



木村威夫『映画美術―擬景・借景・嘘百景』
映画美術―擬景・借景・嘘百景


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by songsf4s | 2010-03-30 23:55 | 映画・TV音楽
追悼・木村威夫 鈴木清順監督『悪太郎』その2

ときおり、アクセス・キーワード・ランキングのことにふれていますが、今月のトップは当家の名前そのまま、2位以下は「how high the moon 歌詞」「beyond the reef 歌詞」「アール・パーマー」「お座敷小唄 楽譜」(楽譜は提供できず失礼。しかし、あれはシンプルな3コードかなにかなのでコピーは容易かと)「シャドウズの紅の翼」「i put a spell on you 意味」といった感じです。

また今月も、このあと8位に「芦川いづみ」、10位に「赤木圭一郎」があるのがちょっとした驚きです。以前にも書きましたが、このキーワードで当家にたどり着くには何ページも見なければいけないでしょう。ブックマークの手間を省くのであれば、「芦川いづみ 乳母車」とか「赤木圭一郎 霧笛が俺を呼んでいる」ぐらいの狭め方をしたほうが、より短時間で当家にたどり着けるのではないかと、老婆心ながら申し上げておきます。まあ、どちらのキーワードをお使いの方も、芦川いづみ、赤木圭一郎の大ファンでいらっしゃるのでしょうから、途中でいろいろなところを見ながらいらっしゃるのかもしれず、よけいなお世話かもしれませんが。

◆ 日本間の夏 ◆◆
『悪太郎』は、今東光の自伝的小説を原作にしたもので、作者自身と主人公・紺野東吾(山内賢)をぴったり重ねてよいのなら、主人公の旧制中学時代を描く映画『悪太郎』の時代設定は大正初年とみなすことができます。



紺野東吾は恋愛問題で神戸の中学を諭旨退学になり、東京の中学にはいるつもりだったのが、母の考えで豊岡中学に編入されてしまい、この地方都市での主人公の暴れぶりと恋愛を描いたのが『悪太郎』と簡略にいうことができるでしょう。

当然、のちに大々的に前面に出てくることになる、鈴木清順の大正趣味の萌芽がここにあります。鈴木清順や木村威夫は今東光よりずっと若いのですが、ひるがえってわが身を考えれば、同世代の作り手より、一回りから二回り年上の人間がつくったものの影響を受けたわけで、鈴木清順は今東光の読者だとはいわないまでも、その描く世界を身近なものに感じられたのでしょう。木村威夫にしても大正生まれなので、その点は同じだったのだろうと推測できます。

大正趣味かどうかはしばらくおくとして、最初にいかにも木村威夫らしさを濃厚に感じるのは、主人公・山内賢が母・高峰美枝子(木村威夫は「まだ色香があって」と賞賛している)につれていかれた豊岡中学校長・芦田伸介の家の居間です(がんばってみたのだが、エアチェックしか入手できず、画質劣悪、残念ながらセットのディテールは不分明)。

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左端は芦田伸介、ひとりおいて山内賢、葭戸の影には高峰三枝子。

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同じセットをべつの角度から撮っている。背中を向けているのが高峰三枝子。

以前、『乳母車』の美術 その2という記事で、宇野重吉、山根壽子、芦川いづみの親子が暮らす鎌倉の邸宅の日本間のデザインをとりあげました。

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こういう葦簀張りの障子といった塩梅の建具は「葭戸」といい、もちろん、夏のあいだしか使わないものだそうです。細い葦の枝を並べて障子のようにしてあるのでしょう。これを使うと格式のある味が出せるので、木村威夫は『乳母車』の鎌倉の邸宅同様、この豊岡中学校長宅にも葭戸をもってきたのでしょう。

このふたつの部屋はタイプがちがうのですが、それでもやはり、同じ美術家がデザインした共通のムードがあります。木村威夫の『映画美術』のおかげで、美術を中心にして映画を見る習慣がつき(もちろん、もともとバックグラウンドが気になる人間だったからだが)、セットの味わいがいくぶんか理解できるようになったような気がします。

◆ 衣裳による時代の表現 ◆◆
山内賢は、芦田伸介の子どもをつれて川遊びに行こうとした途次、二人の女学生、和泉雅子と田代みどりに出会います。

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こちらはスティル。じっさいにはこのように四人がみなレンズに顔を向けているショットはない。

われわれ観客の目には、いかにも大正時代の女学生という容子に見え、日傘というのはけっこうなものだと思うだけですが、このシーンについて、木村威夫美術監督はつぎのようにコメントしています。

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当然ながら、日傘だって、着物だって、そこらにあるものを適当に選ぶなどということはありえず、ある意図のもとに選択されているわけで、だからこそ、ある時代のムードとか、ある人物のキャラクターといったことが視覚的に観客に伝わってくるのでしょう。

「ガス銘仙」というのは、「ガス糸」で織った銘仙という意味です。糸をガスの炎の上を素早く通過させ、毛羽を焼き落として滑らかにする加工法を用いたものは、素材のいかんにかかわらず、みな「ガス糸」というようです。

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また、銘仙とは、

「絹織物の一種。江戸時代、天保の改革(1841)ころから玉紬を軸に秩父(埼玉県)や伊勢崎(群馬県)の太織(ふとおり)からつくられたもので、明治以降第2次世界大戦までの日本人の衣料に欠かすことのできない織物であった」

と百科事典にあります。念のため。

このシーンでは、鈴木清順は和泉雅子の顔をほとんど見せません。ファースト・ショットは背後から日傘の動きを見せ、子どもと出会って挨拶するのも背後からのショット、角の向こうから山内賢が姿をあらわすと、切り返して和泉雅子と田代みどりを正面から捉えるのですが、和泉雅子のほうは恥ずかしがって、顔を見せそうになったとたん、向こうを向いてしまいます。

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このショットで、背中を向けてとっとと歩く和泉雅子の歩行のリズムがいい。

なんだか、『エイリアン』でモンスターのすがたがなかなか見えないようなぐあいで、和泉雅子はこのシークェンスではついにはっきりと顔を見せることはありません。現代的感覚では、町で同年代の少年と出会ったからといって、少女が恥ずかしがって元来た道を引き返してしまうなどというのは奇異ですが、鈴木清順の世代にとっては、昔だったらおおいにありうる自然なふるまいだったのかもしれません。

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川のシーンのあと、自宅の外で山内賢と子どもの話声が聞こえ、和泉雅子はオルガンのまえから立ち上がって窓際にいく。ここでやっとヒロインの顔が見えるのだが、格子が影を落として、これまた「はっきりと見える」とはいえない。どう考えても意図的な演出。

◆ 「現実音」としての歌声 ◆◆
映画評論というのは音楽に冷たいもので、一流作曲家のスコアでも、よほど違和感があったりしないと言及すらしなかったりします。まして、劇中で俳優が歌う小唄の切れっ端など、なかったものにされるのがつねです。

上記の和泉雅子と田代みどりの歌もなかなかいい味で、こういう演出と、いかにも昔の女学生らしい二人の自然な歌いぶりはおおいにけっこうです。

さらにいいのは、子どもをつれて川に出た山内賢が艪をこぎながら口ずさむ歌です。よくあるオーケストラの伴奏が流れて、「どこにそんなバンドがいるんだ」とむくれながらも、「まあ、映画の決めごとだから」と我慢するようなものではなく、ごく自然にア・カペラで歌っていることもけっこうですし、ピッチをはずさずに歌っていることも、かといって、妙にうますぎることもなく、ちょっと歌える子どもが自然に歌っている雰囲気になっていて、非常にいい歌の使い方です。こういう「小さな演出」をし、それを成功させているからこそ、全体としてグッド・フィーリンのある映画が生まれるのだと思います。

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あといくつか面白いデザインがあるので、もう一回『悪太郎』をつづけさせていただきます。

たんなるオマケにすぎず、『悪太郎』に直接の関係はないのですが、この映画のヒーローとヒロインのデュエットはいかが?

二人の銀座

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by songsf4s | 2010-03-28 15:12 | 追悼
追悼・木村威夫 鈴木清順監督『悪太郎』 その1

このところ、昼間歩くことがなく、今日、久しぶりに出かけたら、いやもう百花繚乱。下を見れば花ニラ、菫、姫踊り子草、ヒメツルソバ、菜の花、雪柳が満開、上を見れば白木蓮、木蓮(早い株なのだろう)、辛夷ときて、染井吉野も三分から五分と、大変な騒ぎです。花ではありませんが、諸処の生け垣の黒鉄黐も赤く芽吹き、わが家では海棠と鈴蘭水仙が咲きはじめました。

昨夜、オークション出品を終えたあとで、この三日ほどちびちび再見していた鈴木清順の『悪太郎』を見ました。あと15分でおわりというところで、用事を思いだしてブラウザーを起動し、検索しました。まったくべつの事柄を検索していたのですが、結果を眺めていて、木村威夫、美術監督、享年九十一の文字が目に入り、すぐさま新聞サイトで確認しました。

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昨年亡くなったわが亡父が1921年生まれ、木村威夫は1918年生まれなのだから、一大意外事にはなりようがないのですが、九十をすぎて初監督作品を撮るような人なので、なんとなく百まで生きそうな気がしてしまい、この死は思いがけないものになりました。

◆ 木村威夫記事一覧 ◆◆
これから何回かにわたって木村威夫の仕事を見ていくつもりですが、そのまえに、当家の記事のなかで木村美術にふれたものを列挙しておきます。ほんの刺身のつま程度でふれたものは省き、古いものから新しいものという順で並べてあります。

東京流れ者 by 渡哲也 (OST 『東京流れ者』より その1)

東京流れ者 by 渡哲也 (OST 『東京流れ者』より その2)

『東京流れ者』訂正

Nikkatsuの復活 その2

『乳母車』(石原裕次郎主演、田坂具隆監督、1956年日活映画)の美術 その1

『乳母車』(石原裕次郎主演、田坂具隆監督、1956年日活映画)の美術 その2

『乳母車』(石原裕次郎主演、田坂具隆監督、1956年日活映画)の美術 その3

『乳母車』(石原裕次郎主演、田坂具隆監督、1956年日活映画)の美術 その4

『乳母車』(石原裕次郎主演、田坂具隆監督、1956年日活映画)の美術 その5

『真白き富士の嶺』および『狂った果実』の補足+『霧笛が俺を呼んでいる』予告篇のみ

霧笛が俺を呼んでいる』 その1

『霧笛が俺を呼んでいる』その2 バンド・ホテル

『霧笛が俺を呼んでいる』 その3 突堤と病院

『霧笛が俺を呼んでいる』 その4 「バンド」と日本

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ

『霧笛が俺を呼んでいる』 その6

『霧笛が俺を呼んでいる』 その7

鎌倉駅と『乳母車』(石原裕次郎、芦川いづみ主演、田坂具隆監督、1956年日活映画)

いやはや、ずいぶん書いたものです。映画関係者では、もっとも頻繁に言及した人物だと思います。

◆ 二人の挑発者 ◆◆
木村威夫が美術を担当した映画は二百数十本におよぶそうです。それだけの数があっては、木村威夫著・荒川邦彦編の大著『映画美術 擬景・借景・嘘百景』をもってしても、とてもひとつひとつの映画について細かく言及するわけにはいきません。ごく一部の重要な映画だけを取り上げています。

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鈴木清順作品であっても、ディテールについて言及しているのはほんの一握り、そのなかの一本はすでに取り上げた『東京流れ者』です。これは「映画美術開眼」ともいうべき作品だそうで、なるほど、クラブ〈アルル〉は、いかにも木村威夫らしい大胆不敵な挑戦的デザインでした。

『悪太郎』は、鈴木清順、木村威夫という、二人の大胆不敵なチャレンジャーが最初に出会った映画です。この映画を最初に見たのは1972年、池袋文芸座地下での鈴木清順シネマテークでのことでした。じつは、それっきりで、再見することはなく、今回が二度目でした。

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いや、つまらないから再見しなかったのではありません。72年のシネマテークのときは、たしかに、プログラムを見て、これはぜひ見たいわけでもないから(アクションものではないし、キャストにも惹かれなかった)、睡魔に襲われたら寝てよし(オールナイトなので)という気分で見ました。

しかし、これが予想外に面白い映画だったし、まだ十八歳だったわたしは、和泉雅子もいいじゃない、とその気になってしまいました。いやはや。浅丘ルリ子一辺倒だったわたしは、このシネマテークで松原智恵子や和泉雅子の贔屓になりました。清順を見るはずが、女優を見たようなものです。でも、『殺しの烙印』で南原宏治もすごいなと思いました。

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なんとかまとまりのある文章を書けるのではないかと思ってはじめたのですが、今日はセ・リーグの開幕などもあって、あまり時間をとれず、そろそろタイム・アウトです。例によって最初は予告篇程度、次回から本格的に『悪太郎』を見ようと思います。

いま、また検索して、訃報ではなく、すこしは意味のある追悼記事が見つかりました。木村威夫の人物が多少とも伝わってくる記事はこれくらいしかありません。また、『刺青一代』や『肉体の門』といった重要な映画に言及したのもこの記事だけです。


映画美術―擬景・借景・嘘百景
映画美術―擬景・借景・嘘百景
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by songsf4s | 2010-03-26 23:38 | 追悼
そして写真だけが残る(ことになるだろう) その7 『真説・日本忍者列伝』と『萬川集海』

相変わらずオークション出品物のデータ作りと出品に追われていて、なんだかわけのわからない日々を送っています。

昨日は楽天に日本史関係の本を数十冊出品しました。おもに、二十代のときにゾッキで買ったものですが、ビブリオマニアならご存知のように、一時期、古書店にあふれたゾッキ本も、やがては値が付くようになることもあります。

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田中貢太郎『支那怪談全集』桃源社刊 これもゾッキだったが値が付きつつある。

そもそも1970年の暮れ、古書店巡りをはじめたとき、澁澤龍彦は「ゾッキ」の王者でした。桃源社の本がみなゾッキになってしまったので、『黄金時代』『犬狼都市』『妖人奇人館』『異端の肖像』『澁澤龍彦集成』などが、どこの本屋にもおいてありました。後年、こうした本はみな値が付いてしまったわけで、ゾッキといえども、あだやおろそかにはできません。

わたしはいつだって本や盤を買うのに汲々としていたので、できるだけ安く買うように心がけました。となれば、高い歴史関係の本も、自然、ゾッキをこまめに買うようになります。歴史関係でゾッキといえば、まず人物往来社です。昨日出品した歴史関係の本の多くも人物往来社(または新人物往来社)刊行のものです。

桃源社が昭和40年代に出した多くの本が、ゾッキになったにもかかわらず、その後、古書価があがったように、人物往来社の本も、なかにはもう買えないような値段になっているものもあります。

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『真田史料集』第二期戦国史料叢書2

これなんか、ゾッキで1000円台で買ったと思うのですが、いま検索したら、函イタミなんていうだらしのないものでも15000円がついていました。この値段ではわたしには買えません。うちにあるものも美本ではありませんが、こういうものは骨董品ではなく、実用品なので、価格は状態にはあまり左右されません。将来、なにか戦国時代のことを調べそうな気もするのですが、15000円なら売っちゃえ、という気分です。

◆ 「真説」だって? ◆◆
なにごとも好きずき、捨てる神あれば拾う神あり、牛よりも鯨のほうが知的だから大事だなどという西洋人的単細胞にはほど遠い人間なので、どんな本にも、なんらかの価値があるだろうとは思います。

鯨やイルカのほうが牛や豚よりエラいとはおもわないものの、でも、どれを食べるといったら、おのずから階梯があります。鯨の刺身、牛、豚の順で、イルカはあまり食べたくありません。かつてイルカを食べたことがありますが、ビーフジャーキーのような干し肉になっていて、硬くて往生しました。

わたしはアプリオリにものごとに絶対的価値をあたえて、牛や豚は殺してもいい、鯨やイルカは殺してはいけないなどというドグマに気づかないほど知性のない人間ではありません。でも、好みをいうなら、鯨肉の刺身のほうが牛のステーキより好きです。

だから、読みもせずに軽んじるわけではないのですが、こういう本は好きか、といわれると、言葉に詰まります。

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大上段に「真説」とかまえられると、うひゃ、といってしまいます。大昔に買った本なのですが、いまだに通読していません。荒地出版もしばしばゾッキになっていたので、これもゾッキとして安く買ったのだと思います。目次なんか見てみますか? イヤだ? まあ、そういわずに。

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うーむ。発行年(昭和39年)とあとがきから判断するに、山田風太郎の忍法帖シリーズに端を発した忍者ブームにあやかりつつ、著者としては、ああいうものではいかん、と便乗ものではないところを見せつつ書いたというあたりのようです。

しかしですな、スパイというか諜者(素波、乱波)としての忍者はいいとして、それ以外のことはみなファンタシーでしょう。そういうことを取り上げた本が「真説」を標榜し、ファンタシーの極北である風太郎の忍法帖を暗に批判するのは受け取れませんね。

◆ 重い、重い、人生は重荷を背負って…… ◆◆
いや、ファンタシーとしてのニッポン忍術はたいしたものです。いまだにりっぱに日本文化海外浸透の一翼を担っているのですからね。英語のブログなんか見てごらんなさい。The Red Shadowなんて映画のことが話題になっています。このうえは、西洋流忍法もののダサさを修正するために、10巻本くらいの英語版山田風太郎傑作集が早く出版されるように祈るのみです。昔考えた『くの一忍法帖』の英訳タイトル――Kuno Itchy, the Real Ninja Story。なんか猥褻そうでしょ?

いや、そんなことを書こうとしたわけではなく、オーセンティシティーを標榜する忍術書に対する、素朴な、しかし、きわめて論理的な疑問です。

忍者の武器がありますね。手裏剣、撒きびし。あれはいうまでもなく鉄製であります。映画やドラマでは、忍者の襲撃というと、十字手裏剣がバンバン飛んできて、そこらの樹木だの板塀だのにカッ、カッ、カッ、カッなどと突き立つのがつねです。でも、これは無理でしょう。

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『真説・日本忍者列伝』バックカヴァー

まず第一に、鉄だから、すごく重いにちがいありません。十字手裏剣20枚といったら、数キロでしょう。ほかに撒きびしなんてものも運搬するわけですが、これも鉄ですよ。1平方メートルあたり三個なんてチマチマした撒き方では効果は上がらないだろうから、数十個はもつにちがいありません。これでさらに数キロです。三キロぐらい?

忘れてはいけないのは、長刀です。あれだってキロの単位でしょう。忍者用は軽いのかもしれませんが、それにしたって鉄の棒ですからね。爪楊枝とはわけがちがいます。

つまり、忍者というのは、スーパーに行って、砂糖と塩と牛乳と醤油と米を買ってきたぐらいの感じで歩いていたことになります。このフル装備で一昼夜に四十里を駆け抜ける、なんてことまでやるんだから、まさに超人的、って、まさかねえ。

◆ 忍者はジャラジャラ、ガシャガシャ ◆◆
まだ疑問はあります。忍者の本分は「しのび」でしょう。だれにも気づかれぬように行動できてこそ「忍び」であり、情報収集ができるはずです。それが、手裏剣と撒きびしをガチャガチャいわせて、鍛冶屋の出前みたいな音を立てていては商売あがったりです。

「えー、甲賀の里よりまかり越しました忍者でござい、国友鍛冶謹製、直輸入十字手裏剣はいかが、『飛びくない』もあるぞな、ジャラーン、ガシャガシャ」

手裏剣だって刃物ですからね。裸で持ち歩いてはケガをします。たとえ音はたててもよいとしても、ケガをするわけにはいきません。そんな馬鹿なことはしないだろうって? たしか、尾張藩士・朝日重章の日記『鸚鵡籠中記』だったと思いますが、今日、ご城内でだれそれが立ち上がろうとして小刀が抜け落ち、太股を刺してしまった、などという記述が数回にわたって出てきます。

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『鸚鵡籠中記』は刀が装身具になってしまった平和な時代のものですが、飾りだからといって、鞘の「鯉口」が緩くなったまま修理せずにほうっておくと、立ち上がろうとして柄が下になる姿勢をとると、刀身が抜け落ちてしまうのです。また「安全装置」として、紙縒で柄と鞘を結んでおくことも広くおこなわれていたはずなのですが、そういうことも怠る武士が少なくなかったことを『鸚鵡籠中記』の記述はうかがわせます。

話を戻します。手裏剣だの「くない」だの撒きびしだのといった小型の刃物をバラでたくさんもっていたら、危なくて歩けません。管理が必要でしょう。どうしたのでしょうか。電気工事の人が腰にぶら下げるキャンバス地の道具入れみたいなものでももっていた? 静音と安全の両方を考慮して、十字手裏剣はもちろん、撒きびしもひとつひとつ包んでしまっておく、なんてことでは、いざというときに発砲できない日本の警察官と同じで、武器を持っている意味がなくなってしまいます。

時代劇では、麻かなにかの袋に撒きびしをまとめて入れてあるというのを見た記憶があります。でも、そんなものでは、ジャラジャラうるさくて、天井裏だの縁の下だのに潜んだりはできないに決まっています。

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「ちょっと待ってね、撒きびしはまとめておくとうるさいからひとつひとつキャンディーみたいに紙にくるんであるのよ。手裏剣だって1枚1枚個装になっているから、いっぺんには出せないのね、そこんところ、わかってほしいなあ、オレ、忍者だから、音はたてらんないのよ」なんていっているあいだに、忍術のにの字も知らない武士に、白刃一閃、抜き打ちで首を飛ばされちゃいます。

◆ 水蜘蛛で立ってみれば…… ◆◆
いや、忍法も忍者もウソッぱち、くだらない、といっているわけではありません。忍法書の古典『萬川集海』に書かれたようなことは「オーセンティック」な忍術であり、立川文庫の『忍者地雷也』や、山田風太郎の「忍法筒涸らし」は馬鹿馬鹿しいファンタシーである、というような言い方はできない、というだけです。どちらも等しく荒唐無稽のファンタシーです。

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忍法の基本文献といわれる(いやあ、そんなオーセンティックな代物ではないのだが!)『萬川集海』を収録した人物往来社の『日本武道全集第四巻 砲術・水術・忍術』。これもゾッキで買ったが、いまやちょっとした値が付く。となれば俗物としては、やはりオークションに出すことになる可能性が高い。まだ秘蔵しているが。

「水蜘蛛」という「かんじき」のいとこみたいなものなんか、子どものときですら笑い飛ばしていました。浮き袋でサーフィンするようなもので、物理的に無理です。海や川では役に立つはずがなく、城の壕を渡るためのものという想定でしょうが、それだったら、ほかにいくらでも現実的な方法があるでしょう。レンジャー部隊式にかぎ縄を使えばいいじゃないですか。

「水蜘蛛」は、現代の購買者と同列の知性のない武将を騙すためのプロモーション用ギミックなのだろうと想像します。織田信長なんか、あやかしのたぐいが大嫌いな早すぎた近代人だったので(あの徹底した坊主嫌いには感動する)、水蜘蛛のデモンストレーションなんかやったら、その場で首を刎ねられたでしょう。

忍者の戦いは情報戦です。デマゴギーも情報戦の重要な戦術です。忍者が駆使するというガジェットのたぐいは、すべて忍者たちの意図的なデマの流布としてはじまったものではないでしょうか。手裏剣を投げるような事態に立ち至っては、情報戦は失敗です。だから、そうならないように、忍者というのはなにをするかわからない不気味な存在である、と宣伝することを、だれか頭のいい「上忍」(なんていうのが本当にいたかどうかも知らないけれど)が思いついたのだという気がします。

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◆ コストは? ◆◆
最後にもうひとつ。いじましいことをいって恐縮ですが、いまとちがって、戦国時代には、鉄は高価でした。いまどきのだぶつき鉄鋼市場、しじゅうダンピング騒ぎをしている業界とは、当時の鉄業界はちがいます。戦国時代には鉄鉱石を輸入できなかったはずで、国内に産出するわずかな鉄鉱石と砂鉄が原料だったのでしょう(ただし、火薬製造に必須の硝石が国内には産出せず、輸入されていたという話もあるので、鉄鉱石の輸入量はきちんと調べる必要があるかもしれない。だが、たとえ輸入が多くても、価格下落要因にはならなかっただろう。どちらにしろ貴重品であることに変わりはない。また、硝石=硝酸カリウムは思わぬところで生成されるのだが、長くなるので略)。

山崎の戦いで明智光秀が落ちのびようとして、あっさり殺されてしまったことに端的にあらわれているように、落ち武者狩りは儲かる商売でした。武器と武具が高く売れたからです。売らずに、自分が使う鋤、鍬の原料にすることもできたでしょう。

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『萬川集海』より「水蜘蛛の図説」。うーむ、いにしえの少年雑誌の豪華組立付録のようであるな。

「伊賀越え」が徳川家康生涯の大難のひとつといわれるのも、同じ理由によります。防備の甘い武士はよってたかって殺すにかぎる、というのがあの時代の百姓の考え方です。じっさい、伊賀越えでは、家康に同行した穴山梅雪(武田信玄のいとこ)が殺されています。

いや、伊賀越えは謎だらけで、梅雪の死因も諸説あります。ウィキペディアには、このとき、家康に同行したのは34人などと見てきたようなことが書いてありますが、わたしが調べたかぎりでは、史料によって同行者の人数も名前もまちまちで判断できず、脱出ルートすら明確ではありません。それどころか、このとき、家康は落ち武者狩りで殺されたとして、墓まで残っているのだから、歴史は闇の中ですよ。いや、だからこそ、つぎつぎと時代小説が書かれるわけですが。

話を戻します。武器武具を奪うためによってたかって武者を殺す百姓がそこらじゅうにあふれているときに、手裏剣だの、撒きびしだの、金に等しい価値のある鉄の塊を放り投げて歩くとは、ずいぶん太っ腹だなあ、と感心してしまいます。

だれか、手裏剣の製造コストというのを計算してくれないでしょうかねえ。安くはできないと思いますよ。原材料が高いうえに、すべてカスタム・メイド、そんな高価なものを何十枚もぶん投げていたら、採算割れで、忍者業界は失業者であふれてしまうにちがいありません。

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これまた『萬川集海』より「水掻き」。いやはや。これでシュノーケルと水中眼鏡があれば、夏休み海の子ども三点セットの完成。

いやはや、くだらないことを書きつらねたものです。いえ、手裏剣排斥運動をしているわけではありません。時代劇では、あのカッ、カッ、カッ、カッ、と十字手裏剣が刺さるショットは必要でしょう。高価だからと、あとから回収する忍者が登場する映画だって、あっても悪くはないとは思いますがね。

「リアル・ニンジャ・ストーリー」は、きっとジョン・ル・カレの『ドイツの小さな町』みたいなものになってしまうでしょう。ガジェットもギミックもなし、徒手空拳の情報戦です。

だから、「水蜘蛛」がどうしたなどという本は、まったくリアリスティックではなく、頭から尻尾までまるごとファンタスティックの側に立っていることを自覚するべきなのです。忍法筒涸らしのオリジネイターに嫌みをいう権利はないのです。そういう前提でなら、『真説・日本忍者列伝』も読みどころなきにしもあらずでしょう。


くノ一忍法帖 山田風太郎忍法帖(5) (講談社文庫)
くノ一忍法帖 山田風太郎忍法帖(5) (講談社文庫)
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by songsf4s | 2010-03-24 22:51 | 書物
そして写真だけが残る(ことになるだろう) その6 スモール・フェイシーズの缶入Ogden's Nut Gone Flake
 
このところずっと、オークションに出して、わが家の書棚から消えるであろう本のことを書いていますが、今日は本ではなく、CDです。ただし、オークションに出すかどうか、これも迷っています。愛着があるから迷っているわけではなく、いらないのに迷っているのです。そのへんのことはあとで書くことにして、写真をご覧いただきましょう。

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写真では、刻み煙草とシガレット・ペーパーが入っているように見えるかもしれないが、たんに葉たばこと紙の写真が入っているにすぎない。

これはスモール・フェイシーズの1967年のアルバム、Ogden's Nut Gone Flakeのオリジナル缶入りLPを、CDで再現したものです。いやもう大馬鹿なものを買ったものです。買った時点においてすら十分に馬鹿だったのですが、あれから幾星霜、大馬鹿はグレードアップしてしまいました。

古書の整理をしている途中にこれが転げだしたので、友だちに、これはさ、なんだよ、スモール・フェイシーズのOgden's Nut Gone Flakeの缶入りってヤツでよ、と見せようとしたのです。さて、お立ち会い、なんと缶が錆びて開かない! 開かないんじゃしようがねえな、「音楽は聴きたくない、缶を見たいだけという方にむいています」といってオークションに出そう、と馬鹿笑いしてその日はおしまい。

しかし、缶が開かないというのはあんまりだなあ、缶詰じゃないんだから、中身はまだ生きているのに、というので捲土重来をはかり、後日、気合い一発、みごとに開缶! というか、廻してダメなら引いてみな、てえんで、力を入れる方向を変えてみたのです。トラブル解決というのは得てしてそういうものでしてね。力づくはしばしば愚策なのです。

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これで終わっていれば、大馬鹿の自乗ですんだのです。ところがどっこい、売る前にこいつをスキャンしておこうとPCのドライヴに入れてみたところ、読んでくれませんでした。発売元がキャッスル・コミュニケーションズなので、チラッとイヤな予感はしたのですが、案の定でした。大量にCDを買う方ならご存知でしょうが、キャッスルは不良品率が飛び抜けて高いのです。わが家では、ほかに2枚廻らなくなったキャッスル製CDがあります。

なんだよ、生まれたときから「缶だけ眺めていたい方には向いています」だったのだな、てえんで、オークション出品はあきらめました。しかし、PC用ドライヴとふつうのプレイヤーは特性がずいぶんちがうのは周知のこと、念のために、CDプレイヤーに入れてみました。お立ち会い、こんどは廻ったのです! なんなんだよー。

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中にはさらに丸めん、ではなく、(たぶん)コースターが6枚入っている。変なサイズのコースターだが。

結論として、廻るか廻らないかはドライヴしだい、五分五分のギャンブル、では、オークションに出品可能か否か? いやはや。「スモール・フェイシーズの代表作のオリジナル缶入りLPをCDで再現した貴重な品。ただし、CD部分については、ドライヴによって読み取り不能の場合があります。その場合でも缶と付録だけは見ることができます。その点、ご承知のうえでお買いあげ願います。最悪の場合、CDではなく、スーヴェニアの役しかしません」てな注記でも入れて売りますかね。だれか買わんか?

◆ 棺の中の悦楽、もとい、缶の中の悦楽 ◆◆
オリジナル缶入りLPならともかく、缶入りCDでは骨董品としては力量不足、やっぱり問題は中味です。

わたしは中学生のとき、スモール・フェイシーズ、というか、スティーヴ・マリオットのファンでした。最初に聴いたのはItchycoo Parkというシングル。初期のシングルは国内ではリリースされず、日本で最初に出た彼等の盤がこの邦題「サイケデリック・パーク」だったと記憶しています。

サイケデリック・パーク


ヴォーカルの好き嫌いは、なんといっても声で決まります。ピッチがどうのこうのなんていうのは、優先順位が低いのでして、まして、テクニックなんか、極論すればヴォーカルに関するかぎり無用の長物、ときには欠点にしかなりません。ポップ・ミュージックとは、本質的にそういう世界なのです。

スティーヴ・マリオットの声は、ラジオで聴いても、盤で聴いてもおおいに好みでした。ピッチをはずすタイプではなく、当時の英国ロック・バンドのリード・ヴォーカルのなかにあっては、上位の一握りに入るテクニックを持っていたことはボーナスにすぎません。

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なんで「サイケデリック・パーク」だなんていうインチキな邦題がついたかといえば、お聴きになった方はすでにおわかりのように、じっさい、サウンドも歌詞も典型的なサイケデリック・ソングになっているからです。

What will we do there?
We'll get high
What will we touch there?
We'll touch the sky

なんていうコーラスなのだから、局によっては放送不可だったでしょう。「そこでなにをするんだ? ハイになるのさ」はまずいですよ。まあ、中学生はそういうことはいっさい気にせず、ジェット・マシーンを駆使したサウンドと、スティーヴ・マリオットのヴォーカルを楽しみました。

◆ I'm Only Dreaming ◆◆
Itchycoo ParkのB面にはI'm Only Dreamingという曲が入っていました。A面も悪くはなかったのですが、すぐにフリップして、B面のほうをよく聴くようになりました。

I'm Only Dreaming


構成がストレートフォーワードではなく、テンポ・チェンジが入ったりして、組曲的になっているところがいかにもサイケデリック時代という感じですが、楽曲としての出来も、スティーヴ・マリオットのヴォーカル・レンディションも、こちらのほうがA面より一段上です。

この曲は自分のバンドでやろうと思うほど好きでした。しかし、中学生にはちょっと家賃が高すぎて、コピーはしたものの、たしかドラムに却下されて、断念しました。記憶は飛んでいますが、ヴォーカルも賛成はしなかったにちがいありません。シャウトは鬼門でしたからね。ピアノが入っているのも不都合ですし。

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◆ 45オンリーとコンパニオンLP ◆◆
それからまた月日は流れ、大人になってから、シングル盤はかけるのが面倒なので、LPを買っておこうと思い、しばらくのあいだ、盤屋にいくたびにスモール・フェイシーズのところはチェックしていたのですが、見つからないので、そのうち忘れてしまいました。

ずっとあとになって、Itchycoo Parkは45オンリー・リリースだったことがわかりました。昔のイギリスはこのパターンのほうが多かったのは、ご存知の通りです。ビートルズがそうでしたからね。

いや、ビートルズはつねに気にしていたから、なにとなにがコンビになっているかは調べるまでもありません。しかし、たとえばホリーズなど、Bus Stopの45と対になっているLPはFor Certain Because(米盤はStop! Stop! Stop!)だということを知ったのはずいぶんあとになってからのことでした。米盤Stop! Stop! Stop!なら、探すまでもなく、高校一年のときに日本楽器の輸入盤バーゲンですでに手に入れていたのに、そのへんの関係すらわかっていなかったのだから、昔はひどいものでした。

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話をスモール・フェイシーズに戻します。45オンリーだったItchycoo Park b/w I'm Only Dreamingと対になったLPがOgden's Nut Gone Flakeだったのです。スモール・フェイシーズはこの時期がピークだと思います。初期については、聴けるトラックもなくはない、ぐらいのほめ方しかできず、スティーヴ・マリオットの抜けたあとのバンド、フェイシーズは問題外、まったく興味がありません。

いや、スティーヴ・マリオットのつぎのバンド、ハンブル・パイもあまり面白いとは思いませんでしたがね。レイ・チャールズのHallelujah I Love Her Soのカヴァーでは、スティーヴ・マリオットの美質が生かされていたことぐらいしか覚えていません。シンプルは悪いことではありませんが、極度のシンプル、単細胞は好みではありません。ハンブル・パイは直進のみの香車バンドという印象です。スープに浮かんだクルトン程度でもいいから、すこしは知性の味つけが欲しいのですよ。

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◆ 余韻 ◆◆
そういうしだいで、スティーヴ・マリオットが好きでも、結局、買いたくなるのは、Itchycoo Parkとその相方のLP、Ogden's Nut Gone Flakeのみということになり、このLPがCD化されたら買っておこうと思っていたところ、最初に見つかったのがこの缶入りだったのです。いや、缶入りLPがあったということは、友だちからきいていました。だから、それをそのままCDにしたのだろうと、とくに不思議に思わずに買いました。価格も高くありませんでした。20年ぐらいまえのことです。

サイケデリックの戦火もおさまってはや幾歳月(先日、数十年ぶりに『喜びも悲しみも幾歳月』を再見して感銘を受けた。ファースト・ショットは観音崎灯台。松竹大船撮影所に近いからか!)、いま、しらふで聴くと、Ogden's Nut Gone Flakeは混乱したアルバムに思えます。「ペパーズの子」としても、とくに成功した部類とはいえないでしょう。もっとも、バンドの状態としては悪くないので、印象がよくならないのは、主として、楽曲の出来がそれほどよくないせいです。そのなかで、非常に印象的な曲。

Afterglow


こういう曲を楽しむには、いまのわたしはtoo oldですが、子どものころならもっとも好んだタイプのサウンドなので、年をとったいまでもそこそこ楽しめます。

◆ ケニー・ジョーンズ ◆◆
しかし、スモール・フェイシーズ盤Afterglowを「おおいに」楽しむのを阻害する最大の要因は、わたしの年齢ではなく、ケニー・ジョーンズのドラミングです。

ケニー・ジョーンズという人は奇っ怪です。二重人格かと思ってしまいます。むやみにタイムのいい日と、不安定な日があるのです。Itchycoo Parkは抜群のタイム感で、まったく文句のないグルーヴ。I'm Only Dreamingも同じく。しかし、Afterglowは、あちこちで蹴躓いています。まずヴァースに入る直前の最初のフィルイン、16分のパラディドルがすでに無茶苦茶にlate、許容範囲を超えた遅れで、わたしがプロデューサーなら、この大事なポイントを黙過することはありえません。即座にホールドしてリテイクです。

f0147840_16234428.jpgケニー・ジョーンズは、チャーリー・ワッツのような、バックビートからしてすでに不安定なタイプではありません。フィルインにいったときにタイムが前後に揺れるタイプです。だから、断定するのがむずかしいのですが、それでもやはり、Itchycoo Parkの抜群のグルーヴは別人によるものではないでしょうか。

キンクスは、メンバーのミック・エイヴォリーが叩くこともあったものの、いっぽうで、だいじな曲ではセッション・プレイヤーを呼んだことが、レイ・デイヴィーズの自伝に書かれています。スモール・フェイシーズも、キンクスと同じパターンだったような気がします。ケニー・ジョーンズが叩かなかったシングルもあったのでしょう。

◆ エインズリー・ダンバー ◆◆
Afterglowはいい曲なのですが、年をとってタイムの許容範囲がすごく狭くなってしまったいまのわたしには、肉体的、物理的につらいグルーヴです。でも、この曲には、ちょっとしたカヴァー・ヴァージョンがあるのです。これはクリップが見つからないので、ファイルをアップしました。盤を見つけるのが面倒なので、OggファイルからMP3に変換しました。

サンプル Flo & Eddie "Afterglow"

フロウ&エディーは、ハワード・ケイランとマーク・ヴォーマンという、タートルズの二人のフロントが独立したデュオです(初期のタートルズのトラックはハル・ブレインをはじめとするセッション・プレイヤーの仕事なので、これまた実質的にフロウ&エディーにすぎなかったといえる。Happy Together以降はジョニー・バーバータが叩いたのだろう)。ヒット曲はありませんが、彼らのハーモニーは、フランク・ザッパのいわゆる「タートル・マザーズ」時代のアルバムや、TレックスのMetal Guruなどの曲でも聴くことができます。



フロウ&エディー盤Afterglowのドラマーはエインズリー・ダンバーです。こういうドラミングは好きずきでしょうが、スモール・フェイシーズ盤Afterglowで叩いたと想定されるケニー・ジョーンズより、はるかにタイムが精確なのは客観的事実であって、好みの入りこむ余地はありません。

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わたしの古びた容器のなかにはまだ十二歳のドラム小僧が保存してあるので、いまでも、こういう叩きすぎのドラミングを聴くと、ちょっと盛り上がってしまったりするのでした。

スモール・フェイシーズからフロウ&エディー、エインズリー・ダンバーと話は流れましたが、缶入りOgden's Nut Gone Flakeはどうしたものでしょうかね。不用なのに、売りにくいという、じつに始末に悪い代物です。


スモール・フェイシーズ2枚組ベスト
Small Faces
Small Faces

フロウ&エディー
The Phlorescent Leech & Eddie/Flo & Eddie
The Phlorescent Leech & Eddie/Flo & Eddie
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by songsf4s | 2010-03-22 19:39 | その他
そして写真だけが残る(ことになるだろう) その5 柴田錬三郎作・横尾忠則挿絵『絵草紙 うろつき夜太』

前回の末尾で予告したとおり、今日は造本に凝りに凝った一作、柴田錬三郎の『うろつき夜太』です。といっても、柴錬の書いた部分はあれこれいうほどの出来ではなかったと記憶しています。いつもの柴錬とは違う、変な話でしたが、それだけのことにすぎず、どちらが面白いといったら、いつもの柴錬のほうがわたしの好みです。いつもの柴錬とは、『赤い影法師』だの、『剣は知っていた』だの、『江戸群盗伝』だの、『柴錬立川文庫』だの、そういった作品群のことです。

『うろつき夜太』が忘れがたいのは、横尾忠則のエディトリアル・デザインと全編にちりばめられたイラストレーションのおかげです。ただ「流した」だけのページというのは皆無、イラストが無数に配されているのみならず、見開き単位でどんどん組版デザインまで変わっていく、編集者とタイプセッターの悪夢が現実化したような本です。

この本については、これ以上とくにいうべきことはないようです。もともとは「週刊プレイボーイ」に連載されたものだそうで、わが家にある単行本は、その連載の版面をそのまま束ねただけのものと思われます。

ということで、あとは実物をご覧いただきます。これはまもなくオークションに出すので、スキャンしてノドを割る危険を冒すわけにはいかず、ただ本を開いて端のほうをべつの本で押さえて、デジカメで撮影したものです。ごく一部を除けば、見開きをそのまま収めています。

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表紙と帯。下の写真は背。


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写真からはわからないだろうが、ここは本文の文字色を細かく変化させている。ゲラに色指定を書き込む手間を考えると鬱病になりそう!

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上のページを拡大した。緑色のなかにところどころ赤い文字が散らしてある。補色にしたのは意図的なのだろうか? 赤緑色盲の人には色の変化はわからない!

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ひとつのデザインから二つの実体をつくった。こういう処理もうまい。上のモノクロの見開きと、下のカラーの見開きは並んで出てくる。

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以上の絵からもある程度読み取れるでしょうが、最後には、主人公うろつき夜太は、海を渡り、革命時代のフランスにたどりつきます。横尾忠則に刺激されて、柴錬としては精いっぱい飛翔してみたつもりなのでしょうが、結果から見れば、横尾忠則の土俵に引きずり込まれて、我を見失っただけに思えます。

いや、『赤い影法師』を書いた時代とは年齢も違えば、キャリアの厚味(というか、早い話が「書き疲れ」)もちがうわけで、無いものねだりをしてはいけないのでしょうね。こういうことをやってみるのは、その試み自体が失敗しても、あとで迂回した成果をもたらすことがありますが、柴錬の場合はどうだったのでしょうか……。
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by songsf4s | 2010-03-20 23:49 | 書物
そして写真だけが残る(ことになるだろう) その4 谷譲次『テキサス無宿』『めりけんじゃっぷ商売往来』

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今日もまだホコリまみれで古本と格闘していて、映画を見るどころではありません。音楽は聴いているので、久しぶりに素直になにかの曲を取り上げようかと思わなくもないのですが、聴くのは楽でも、書くのはまたべつなので、その時間もつくれません。

ということで、またまた古書漫談、ただし、今日は昨日の長ったらしい野球本談義みたいにならないように、迅速なるヒットエンドランを目指します。

◆ 一人三人 ◆◆
昭和戦前期に大活躍をした、長谷川海太郎という小説家がいました。長谷川海太郎という本名による著書はないのでしょうが、林不忘、牧逸馬、谷譲次という三つのペンネームを使い分け、若くして、まさに「書き死に」としかいいようのない「作家の死」をとげた人物です。

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ほかのものはともかくとして、林不忘名義で書いた、隻眼隻腕の無頼剣士を主人公とした『丹下左膳』シリーズは、古くは山中貞雄監督(左膳役は大河内伝次郎。トーキーになったとき「しぇいは丹下、名はしゃぜん」に聞こえると訛りを揶揄された)、戦後なら、三隅研次(左膳は大河内伝次郎)、松田定次(大友柳太郎)、五社英雄(中村錦之助!)などの、とてつもない数とタイプの映画化があるうえに、当然テレビドラマもあって(ついでにいえば、「女左膳」シリーズというのもあった。女左膳を演じたのは大楠道代!)、すくなくとも二昔ぐらい前までは、だれでも知っているキャラクターでした。

ただし、隻眼隻腕が災いしたのか、わたしが子どものときにはあまり人気のある剣士ではなく、チャンバラごっこで「しぇいは丹下、名はしゃ膳」なんていう台詞をいいたがる子どもはあまりいませんでした。「杉作、ゆくぞ」と鞍馬天狗になったり、はたまた白馬童子になったり、赤胴鈴之介になったりするのが一般的でした。

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『鞍馬天狗』で鎌倉雪の下だったか小町だったかに「御殿」を建てた大佛次郎同様、長谷川海太郎も『丹下左膳』で雪の下に御殿を建てたものの、全体が完成する前に、その新居で心臓発作に斃れたそうです。享年三十六とはまたあんまりな……。

しかし、わたしは原作を読んだこともなければ、映画もそれほど見たことがありません。ひとつだけ好きなのは、大河内伝次郎が自分で自分のキャラクターをパロディーとして演じたといった塩梅の、山中貞雄監督『丹下左膳餘話 百萬兩の壺』です。山中貞雄というと、『人情紙風船』を推す論者が多いのですが、わたしはもういっぽうの陣営、『丹下左膳餘話 百萬兩の壺』や『河内山宗春』のほうがいいという一派に与します。

山中貞雄監督『丹下左膳餘話 百萬兩の壺』


英語字幕版


◆ ふるどうふや ◆◆
文字どおり「死ぬほど書いて書きまくった」作家なので、牧逸馬名義の現代小説などは、あまり褒める人がいません。たとえば中井英夫などは(こういう書き手がこのようなものを書いたのを読むのは)「痛々しい」とまでいっています。でも、たとえ中井英夫でも、他人の感覚は他人の感覚、どこまでいっても自分が読んだ経験ではないので、そこまでいわれる小説を、いつかは読んでみようと思っています。

中井英夫も賞賛している、谷譲次名義の小説的ルポルタージュというか、ルポルタージュ的小説というか、そういうものが、わたしの長谷川海太郎読書体験のほとんどすべてです。これがじつになんとも、ほかにこのような味をもった書き手はいないだろうという、独特のスピード感あふれるスタイルで書かれています。

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この「ふるどうふや・ぶりかいすくりーむ・こすつ・だいむ・てんせんつあ・ぶりく――えねわん・えるす?」のような、英語のカナ書きが充満していて、はじめて読んだときは必死で解読し、そのたびにクスクス笑いました。このひらがなの塊を英語に戻すと「Philadelphia brick icecream costs a dime, (or) 10 cents--(ここで注文があり、ひとつ売ったという思い入れの休止符が入る)anyone else?」てなあたりでしょうかね。

記憶しているものでは、ほかに「下の船倉に行ってあれをとってこい」とかなんとかいうときに、船倉のことを「ダンビロ」と書いていたのにびっくりしました。down belowです。耳から入ったままで日本語化した言葉のなかには、「プリン」(pudding)のように、この「ダンビロ」に似た表記をするものがあります。

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高校のとき、昨日はどこに泊まったのだときかれて「シアトル」といったら、アメリカの高校生にポカンとされました。「どこだって?」としつこくいうので、「だからシアトル!」と怒鳴ったら、彼らはひそひそと額を寄せ合い、物言いでもついたのかという様相を呈しはじめました。

「なぜたかがシアトルの一言が通じないのだ! ここはアメリカじゃないのか?」と腹を立てそうになったとき、だれかがパッと顔を輝かせ「おー、シアルー! おまえがいっているのはシアルーのことだな?」というので、わたしもやっと誤解の原因がわかり、イエース、イエース、ザッツ・イットと叫びましたね。いやはやまったく!

で、谷譲次もまた「メリケンのいうセアルの町」と書いていました。そうです。シアトルの実態は「せある」か「しある」か、なにかそのへんにちがいありません。プリンを食べたいときだって、「プディング」などというよりは、「プリン」といったほうが、ずっと早くスプーンを手にすることができるでしょう。

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いえ、書き言葉として英語をどう書くかはべつの問題です。ここでは現実の会話と、その延長線上にある文芸作品における「表現」の話をしただけです。書き言葉と文芸表現は明確に区別するべきことなのですが、近ごろの若者は襟を正した日本語の書き方の教育を受けていないようで、ビジネスの世界ですら、たんにため口に「です・ます」をつけただけみたいな日本語を平気で使うという、民族文化崩壊的惨状になっています。だから、この両者はきちんと使い分けなければいけないのだ、ということは大声で強調しておきます。ビジネス・レターでは「シアトル」が正しい表記です。

◆ 俗物根性刺激的古書価 ◆◆
例によって、話が明後日のほうに飛んでしまいました。スキャンをお見せした本は、社会思想社の教養文庫に収められた文庫本です。ふつう、文庫本というのは古書店では二束三文で売られます。昔だったら、多少値上がりする文庫本というと、岩波文庫の絶版のものにかぎられたくらいです。

ところがなにもかもが文庫になり、文庫オリジナルもあるというご時世にあっては、先日取り上げたサンリオ文庫のように、一人前の値段をつけられてしまう文庫本があとをたちません。この『テキサス無宿』も、状態の悪いものでも1000円、なかには2000円をつけている書店があります。

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じつは、この教養文庫版「一人三人全集」シリーズのうち、谷譲次名義の5冊を全部買った記憶があるのです。まだすべてを発見できてはいないのですが、全部出てきて、「揃い」で押し出すと、万の値をつけても罵倒はされない可能性があるのです。

ここでまた、わが内なる俗物がムクムクと頭をもたげるのです。「じゃあ、売っちゃおうか」てなことをつぶやいては、でも、ほかのものはともかく、谷譲次名義は、あと十年生きていれば、もう一回ぐらいは読みそうだしなあ、と後戻りをするという、世にもくだらない逡巡循環に陥っています。

◆ 函入り一人三人全集 ◆◆
どうせこういうことを書くのなら、すでにオークションに出品したものを取り上げれば、すこしは「商売」の足しになるかもしれないのに、俗物に徹しきれず、つい、売ろうか売るまいか迷っているもののことばかり書いています。

学生時代、長谷川海太郎にはそれなりの関心をもっていたので、見かければあれこれと買っていました。そのなかには、すでにオークション(楽天)に出品済みの、河出書房版「一人三人全集」の端本があります。

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林不忘『釘抜籐吉捕物覚書』(河出書房版「一人三人全集」のうち)

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牧逸馬『七時〇三分』(河出書房版「一人三人全集」のうち)

装幀は横尾忠則。さすがは、というデザインです。昔はいい造本の書籍がごく当たり前のように出版されていたものですが、文庫と新書が幅をきかせる当今では、「造本」などということはどうでもよくなり、ながめても、さわっても楽しい本というのはめっきり少なくなってしまいました。もうそういう時代が復活することはないでしょうね。

そういうしだいで、次回は呆れるほど凝りに凝った本を取り上げようと思います。
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by songsf4s | 2010-03-19 23:56 | 書物
そして写真だけが残る(ことになるだろう) その3 鈴木惣太郎著『不滅の大投手・沢村栄治』

子どものころ、アイスホッケーというものをチラッとやりました。

ラグビーやサッカーなどでも似たようなことが起きますが、アイスホッケーではひどくのバツの悪い思いをすることがあります。ラグビーでもサッカーでも、ボールを奪い合っているときはコケてあたりまえです。でも、ゲームの進行とは関係のないところ、だれも注目していない端のほうで、芝に足を取られたかなにかして、ひとりで勝手にプレイヤーがコケると、思わず笑ってしまいます。

でも、笑ったとたんに、子どものころ、アイスホッケーで、はるか彼方にすっ飛んでいったパックを追いかけようとして、氷の溝にエッジをとられて転んでしまったことを思いだし、ひとりで赤面してしまいます。野球のフィールドもひどいデコボコ状態ですが、スケート・リンクも、とくにアイスホッケーのゲームの最中には、ものすごい荒れ方なのです。2本の刃物を履いた大の男が12人、氷の上で大立ち回りをやっているのだから、当然です。

ときおり、なにかの拍子に、当ブログの過去の記事を読み返すことがあります。たいていは小さな文字のまちがいを見つけて修正します。どんなに慎重に書いても、かならず間違いはあるものだから、それ自体はやむをえません。それでも、ときおり、おいおい、まちがえるに事欠いて、そんなところでまちがえるなよ、と思うことがあります。

今日見つけたのはヴァン・モリソンのFull Force Galeの記事の変換間違いです。歌詞の解釈のところで、「どこを漂白していようと、家に帰る道は見つかるだろう」と書いていたのです!

「どこを漂白」って、襟かよ袖かよ、洗濯してどうするんだ、と自分でツッコミを入れました。ずっと昔の記事なので、もう読む人がいるかどうかも定かではないのですが、アイスホッケーでひとりでコケたときのように、だれも見ていないところでコケて赤面してしまいました。こういう間違いが山ほど眠っているのかと思うと、ゾッとします!

◆ 野球書だって? ◆◆
本日もまた古書供養です。

文芸書の場合、古書価がものすごく高い本というのは、ある程度想像がつきます。もちろん、先日ご紹介したトム・リーミーの『サンディエゴ・ライトフット・スー』のような本は例外ですけれどね。

しかし、それ以外の分野の本になると、よくわかりません。あちこちひっくりかえしていると、いろいろと妙な本、いや、そういっては失礼ですが、わたしのメインラインではない、脇道の本が出てきます。こんな本はいかが?

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十代の終わりから二十代、いや、三十代もまだ、わたしは野球狂でした。当然、本もたくさん読みました。日本の選手の伝記はもちろん、かつて牧野茂ヘッドコーチがしきりに吹聴していたロイ・カンパネラの『ドジャース戦法』だの、『テッド・ウィリアムズ自伝』だの、ジム・バウトンの『ボール・フォア』だの、手当たり次第に読みました。

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ロイ・カンパネラはドジャーズのキャッチャーだった。彼の『ドジャース戦法』はいわゆる「シンキング・ベースボール」を提唱したもので、牧野茂はこれをベースに「ジャイアンツ野球」を考案した。牧野茂はジャイアンツ退団後、TBSの解説者になり、渡辺謙太郎アナウンサーとのコンビで当時の野球ファンをおおいに楽しませた。あんなに楽しかった野球中継は後にも先にもない。

小説だってリング・ラードナーの「アリバイ・アイク」(英語でよろしければ、ここで読める)だの、デイモン・ラニアンの「ベースボール・ハティー」だのといった古典はちゃんと読んでいました。ヤンキーズの左腕クローザー、スパーキー・ライルの『Bronx Zoo』という爆笑の回想記なんかは忘れがたいですな。ライルのサイドに近いスリークォーターのフォームがいまでも目に浮かびます。同時期のロン・グィドリーのフォームも懐かしいですな。

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スパーキー・ライル。長い腕をいっぱいに伸ばす豪快なフォームが懐かしい。

『がんばれベアーズ』でテイタム・オニールを見たとき、ちゃんと球が行きそうなフォームになっていて、おおいに感心しました。いや、いま見れば、スタンドインの、おそらくは少年のピッチングのショットとうまくつないでいるのですが。

『がんばれベアーズ』パート5 テイタム・オニールのベアーズ入団


ウォルター・マソーとテイタム・オニールの「おまえ、キャットフィッシュ・ハンターかなんかのつもりか」「だれそれ?」という会話が愉快。ハンターは当時のヤンキーズのピッチャーです。あとのほうのシーンでは、こんどはテイタム・オニールが「あの子、何様のつもり、ミッキー・マントル?」なんていいます。

つぎは練習ではなく、ゲームに入ってからのフォーム。足を高く上げて、膝がグラヴをもった左手にあたっています。膝の高さで思いだすのは、もちろんロン・グィドリー。いや、グラヴの手に当たるほど膝をあげるのは大リーグではめずらしくないことですが。

『がんばれベアーズ』パート6 ベアーズ快進撃


で、話をメイジャー・リーグの本に戻して、1978年のヤンキーズ対ドジャーズのワールド・シリーズ(これほど盛り上がったワールド・シリーズはない!)の山場を描いた「カーブを投げてくれ、ボブ」というエッセイも忘れがたい一編ですが、著者を忘れました。レジー・ジャクソンに直球だけで挑んだドジャーズのルーキー、ボブ・ウェルチの物語です。

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「お願いだからカーヴを投げてくれ、ボブ」しかし、ボブ・ウェルチのカーヴはいわゆるションベン・カーヴで、わたしでも打てそうなだらしない曲がり方をした。あのときまだドジャーズには、堀内恒夫にカーヴを伝授したドン・サットンがいたのだが……。

さて、鈴木惣太郎著『不滅の大投手・沢村栄治』です。雑書を詰め込んだ箱から飛び出したこの本を見て、いっしょに出てきたほかの野球本(カネやんの『やったるで!20年』とか!)とは異なり、これは価値があるような気がしました。いや、本の価値というのは人によって大きく異なるのですが、ここでいっているのは「古書価」です。

古書関係のサイトでこの本が検索で引っかかったのは一カ所だけで、その店は3150円をつけていました(アマゾンにも出品されているが、あれは相場の参考にはまったくならないのは周知のこと。無茶な値段をつける輩が多すぎる!)。著者は、ジャイアンツ(というか、正しくは「大日本東京野球倶楽部」)の創設に尽力し、ひいては日本プロ野球の誕生にも寄与した鈴木惣太郎です。著者名で検索すると、けっこうな数の著書が出てきました。かなり高価なものも多く、『不滅の大投手・沢村栄治』の3150円は安価な部類です。

3150円の価格がつけられたエディションは80年代の新装版なのですが、わが家にあるのは昭和50年発行です。たいていの場合は新装版より古いもののほうが高値になります。このエディションは目下市場に出ていないようで判断はできませんが、手間をかけてオークションに出品する価値があるかもしれません。いやはや、わからんものです。

いま、カネやんの本だって値がつく可能性なきにしもあらず、調べもせずに安いだろうなどというのは無礼千万と考え直し、検索しました。一件だけですが、2000円の価格がつけられていました。こりゃまたスツレイをば! お詫びにオークションに出させていただきます>400勝投手。

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◆ 歴史を私有財産化する厚顔無恥 ◆◆
話は本から離れて野球へと向かいます。久しぶりにレジー・ジャクソンのバッティング・フォームが見たいと思い、検索してみました。簡単に見つかると思ったのですが、あにはからんや、スティルを並べたクリップばかりでした。



やっと見つかった上のクリップは、エンジェルズ(まだカリフォルニアではなく、アナハイム・エンジェルズ)時代のもの、それも練習中、ケージ越しにチラッと見えるだけです。いや、これだけでも豪快なフォームだなあと思いますがね。近年でいえば、ボンズやマグワイアも、フォームを見ただけでのけぞりますが、神話時代のことはいざ知らず、自分が見たかぎりでは、やはり史上最高のスラッガーはレジー・ジャクソンだと思います。

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レジー・ジャクソン。独特の足の使い方をした。とくに左足が不思議千万。

1978年のワールド・シリーズばかりでなく、古いゲームの動画がまったくといっていいほど見つからないのは、偶然とは思えません。メイジャー・リーグ機構がきびしく統制しているにちがいありません。うーん、なんだかなあ、とは思いますが、過去のゲームのアーカイヴも彼等のいうassetなのでしょう。わたしのように、久しぶりにレジー・ジャクソンのホームランが見たい、なんて思う人間は山ほどいるのでしょうから、そのなかには安価なDVDを買ってでも見ようという人もいるにちがいありません。あらゆる文化は人類共有の資産だという大前提を忘れてほしくないのですが、大リーグも生活苦にあえいでいるのでしょう。

◆ 最後までわからないのは…… ◆◆
腹が立つから日本シリーズのクリップを探しました。野球馬鹿人生でいちばん盛り上がったゲームのハイライト。

1976年日本シリーズ第6戦 巨人-阪急


第5戦までの対戦成績は阪急の3勝2敗、王手でした。しかも、阪急が初戦から3連勝したあと、ジャイアンツが盛り返してきたという、もっとも面白い状況でした。この第6戦は、しかし、スコアボードに表示されたように、5回表が終わったところで阪急7-0巨人で、もはや、やんぬるかな、という状況。ここからまた打ちまくったのだから、ファンとしては当然、大騒ぎです。柴田が大活躍したことは記憶していましたが、サヨナラは高田のライト前ヒットだったことがこのクリップでわかりました。

王手をかけられての第6戦を7-0から大逆転したのだから、これはもうもらったも同然、なんて浮き浮きして翌日を迎えましたね。しかし、野球は下駄を履くまでわからない、とはこの日のためにつくられた言葉にちがいありません。ジャイアンツは、ご老齢の阪急足立光宏投手の、ピッチャーズマウンドからホームプレートまで、ボールが口笛を吹きながらぶらぶら物見遊山でもするような遅球に手もなくひねられて、たしか3-1で敗れました。ジャイアンツの先発、クライド・ライトもまずまずの調子だったのですがねえ。

いまでも忘れないのは、後半に入って2死満塁のチャンスで、淡口(たしかルーキー・シーズン)が空振りしたインサイドのスライダーが、そのまま膝に当たったことです。だまって立っていればデッドボールで1点入ったのに、空振りしたために三振バッターアウト、チェンジになってしまったのだから、天国と地獄とはこのことです。いや、足立投手の変化球がそれだけキレていたということなのでしょうが、それにしてもねえ。あの三振、逸機で、万事休すとあきらめました。

この日、野球は最後までわからない、とりわけ日本シリーズは、という教訓を、たんなる観念ではなく、実体のあるものとして胸に刻みました。流れも重要ですが、流れをひっくりかえす資質をもったプレイヤーもいるのです。足立投手には何度もやられましたが、あの日のピッチングがジャイアンツ・ファンにとってはワースト記録です。ジャイアンツの日本シリーズというと、多くのジャイアンツ・ファンが西武ライオンズとの戦いを思い浮かべるようですが、わたしは阪急との死闘をもっとも鮮明に記憶しています。

こういう経験をしてくれば当然ですが、89年のシリーズで近鉄に3連敗したときも、まだわからない、と思っていました。ジャイアンツ自身、3連勝後に西鉄に引っ繰り返された、「神様、仏様、稲尾様」シリーズや、足立投手にしてやられたシリーズを経験しているのだから、ファンとしては当然の気持です。

と、ここまで書いてから、当家のお客様に、熱烈な近鉄ファンがいらっしゃることを思いだしました。いやあ、あのときはどうも失礼。勝敗は時の運でありまして、それにしても、江夏にしてやられたときは悔しかったですなあ、満塁になったときは、これでもうもらった、と欣喜雀躍しましたよ、てなことをとってつけたように云って、本日はおしまい。ブログも、どこに行き着くかは、最後までわからないものですな。


The Bronx Zoo
The Bronx Zoo
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by songsf4s | 2010-03-18 23:54 | 書物
そして写真だけが残る(ことになるだろう) その2 あがた森魚+林静一『うた絵本 赤色エレジー』

先々週、十年来のウェブ上の友人で、当家のコメント欄にしばしば書いてくださるtonieさんにお会いしました。そのときに変な「本」をいただきました。

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この『ライ麦畑でつかまえて』ならぬ『大麦畑でつかまえて』は、本ならぬお菓子、ダクワーズです(男たるもの、こういうものに通じていたりするとまずいので、ご存知ない方もいらっしゃるだろうが、検索すればダクワーズのなにものかはすぐに判明する)。近ごろは和洋を問わずみな「スウィーツ」(おお寒う)だそうで、そういうジャンルのものです。

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栞も入っているのが笑えます。味のほうは、笑うどころか、外側のカリッとしたところと、その下のフワッとしたところの塩梅がよろしく、なかなかけっこうなお茶うけでした。

tonieさんは北海道物産大使を自認なさっているのか、ほかにもたくさんいただいたなかに、エアドゥの機内食にもなっているという、グリーンズ北見の粉末スープもありました。これがまたまたけっこうで、そのままではもったいないと、パンを刻んでクルトンをつくって飲んでいます。

オニオン、ゴボウ、カリーの3種類があるのですが、甲乙つけがたい味です。しいていうと、ゴボウのスープは、たしかにゴボウ独特の香りがあって、珍重に値します。おおいに気に入りました。「歩く北海道物産展」tonieさんにすっかり蒙を啓かれ、彼の地は独特の非日本的「郷土の味」を生み出したのだなあ、と感じ入っている昨今です。

◆ さち子の幸はどこにある? ◆◆
さて、古書シリーズ第2弾は変わり種です。標題に書いたとおり「うた絵本」という角書きのある、あがた森魚、林静一の共著になる『赤色エレジー』です。『赤色エレジー』といえば、林静一の長編漫画か、または、それを元にしたあがた森魚の曲を指すことになっています。

赤色エレジー(盤ヴァージョン)


「♪春こーろーの」が出てきたところで、なーんだ、滝廉太郎か、となるわけで、ちゃんと作者自身が曲の出自を明かしています。

わが家にある『うた絵本 赤色エレジー』は、なんというか、あがた森魚の45回転盤を、林静一描くさまざまなものでくるんだ、育ちすぎのシングル盤のようなものです。

音楽のほうは通常のスタジオ録音と同じものなので、ここでは林静一のさまざまな絵を配した、凝りに凝ったパッケージのほうをご覧に入れます。見開きページは両側を裁ち落とし状態にしています。また、通常ならするトリミングやレタッチをしていません。オークションに出すつもりなので、どの程度のイタミかわかるようにしました。

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表1

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見返し1

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A面「赤色エレジー」

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B面「清怨夜曲」

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本文1

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本文2

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本文3

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本文4


まだまだ付録のデザインもあるのですが、ここで一休みして、B面を聴いてみましょう。

清怨夜曲


A面が荒城の月をもとにしていたように、こちらもなにかタンゴの古典をベースにしているのかもしれませんが、タンゴ不案内にて、身元調べは行き届きませんでした。

◆ 付録 ◆◆
この本には盤を入れられる袋が二つあり、片方にはもちろん7インチの45回転盤が入っているのですが、もういっぽうには付録が入っています。まず付録1。

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なんともきれいな丸めんで、林静一ならではのデザインです。あたりまえのように「丸めん」と書いてしまいましたが、子どものころにそんなものにさわったことのあるのは、いまでは中年以上だけになってしまったかもしれません。

同じ袋にぬりえも入っています。

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ぬりえの最後のページは絵ではなく、あがた森魚の「さっちゃんへ」という一文が収録されています。これは読めるサイズにしたので、全体を表示するには写真をクリックしてください。

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また、本文の最後には高田渡の文章が収められています。これも写真をクリックすると全体が表示されます。

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奥付も凝っています。

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限定千部のうち、記番は50。こんな若い番号のものはこれしかもっていません。

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◆ 指呼の間に見たシンガー ◆◆
奥付によれば、この「うた絵本 赤色エレジー」は高校三年生のときに買ったようです。たぶん同じ年の十一月、あがた森魚さんはわたしの高校の学園祭にやってきて、ギター一本で数曲を歌ってくれました。

このときのギャラはわずか5000円だったと記憶しています。あるいは8000円かもしれませんが、いずれにせよ数千円であって、万に届きませんでした。まだ「赤色エレジー」が大ヒットする以前のこととはいえ、よくそんなギャラできてくださったものと思います。学校の費用からではなく、有志の寄付金でまかなったと記憶しています。

あるいは、ウソみたいに安いギャラで、馬鹿みたいな高校生たちのまえで歌うことに、彼は林静一描く『赤色エレジー』の主人公たち、一郎とさち子の貧しさに自分を重ね合わせていたのかもしれません。「おふとんもひとつ欲しいよね」というフレーズも、付録の「ぬりえ」のなかにある、電熱器で手をあぶるさち子の姿も、じつに切ないのであります。

思えば、わが高校では世間に先駆けて「赤色エレジー」は大ヒットし、コードがシンプルなこともあって、宴会ともなれば、だれかがかならず「ではわたしが歌います」といって、あのマイナー・コードを弾いたものです。わたしの所有になる林静一作、青林堂刊『赤色エレジー』は、男子寮の諸処を長旅し、よれよれになって所有者の手元に返ってきました。

あがた森魚歌う「赤色エレジー」が、ゆっくりと、しかし、力強くヒット街道を歩み始めたときには、あがたさん、これでもう安いギャラで高校の学園祭なんかで歌わなくてすむね、よかったよかった、と思ったものでした。でも、わたしをふくめ、小遣いを寄せ合ってあがたさんに来ていただいた同窓生たちは、いまでもあのときのことを忘れずにいるはずです。いや、あがたさんとしては、とうの昔に忘れたか、覚えているとしても、早く忘れたい記憶でしょうけれど!
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by songsf4s | 2010-03-15 22:36 | 書物
そして写真だけが残る(ことになるだろう) その1 トム・リーミー『サンディエゴ・ライトフット・スー』

相変わらずまとまった時間がとれず、つぎになにを取り上げるかも決められない状態です。たぶん、改めて見るまでもない、よく知っている映画を取り上げることになるでしょう。

それまでのつなぎとして、前回の枕でちょっとふれた古書の話を少々。

◆ 残るもの、去るもの ◆◆
年をとると困ったこともたくさん起きますが、それを相殺するように、いいこともたくさん起きます。なによりも、生涯ずっと悩まされてつづけてきた、書物や盤に対する執着心がほとんどなくなったことが、わたしにとっては大いなる福音です。

値の付きそうなものはオークションに出して身軽になろうと思い、盤や本を選り分けているのですが、盤はほとんどすべて不要、本の大部分も不要だということがわかり、驚きました。オークションに出す以前に、つげ義春、林静一などの漫画、澁澤龍彦、SFマガジン、ガロは、古書店に売り払ってしまいました。

盤についてはぜひ残したいというものはありませんが、書物はそうもいかないようです。音楽関係の原書の半分ほど(100冊ぐらいか)、久生十蘭すべて、半村良すべて、山田風太郎すべて、江戸資料の一部、江戸川乱歩の一部、などは残すつもりです。理由は単純、つねに読み返しているからです。

われながら変われば変わるものだと思いますが、中井英夫も稲垣足穂も全部いらないと見切ってしまいました。ながらく大切にとっておいた、塔晶夫名義の『虚無への供物』初版、カバー帯アリ、木々高太郎宛献呈署名入りもオークションに出すつもりです。といっても、これはかなり相場が高いので、右から左に売れることはなく、しばらくは手元に置くことになるでしょう。

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執着心が薄れるのは気持のいいことではあるのですが、反面、あまりにもとっかかりがなく、そろそろ年貢の納め時か、という気もしてきます。まあ、年をとるというのは、そういうものなのでしょう。

◆ いまだ煩悩去らず ◆◆
というしだいで、処分するもの、残しておくものの選別はじつに簡単なのですが、ほんの数冊、売るべきか、残すべきか、決めかねているものがあります。

その代表がこれ。

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トム・リーミーといっても、ご存知の方は多くはないでしょう。著作としては、わずかにこの『サンディエゴ・ライトフット・スー』という短編集と、『沈黙の声』という長編があるだけです。急逝したときですら、熱心なSFファンしか知らない作家でしたし、いまではほとんど忘却の彼方だろうと思います。

しかし、1976年だったか翌年だったか、SFマガジン恒例のヒューゴー・ネビュラ賞受賞作特集で読んだ「サンディエゴ・ライトフット・スー」は、じつにすばらしい中編でした。この年だったか、トム・リーミーはもっとも将来を嘱望される作家に授与されるジョン・キャンベル賞を得ています。文字どおり「期待の新星」だったのです。それが77年11月、タイプライターに突っ伏して死んでいるのを発見されました。心臓発作だったそうです。

作家の死にこれほどがっかりしたことはありません。まだ「サンディエゴ・ライトフット・スー」一篇しか読んだことがなかったのだから、あんまりじゃないか、と腹が立ちました。広瀬正の急逝も残念でなりませんが、わたしがこの作家を読むようになったのは没後のことなので、トム・リーミーのようなショックはありませんでした。なんというか、ちょっと大げさですが、ビートルズの「抱きしめたい」を聴いて、すごい、と思ったら、翌月には解散していた、といったような感じでした。

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◆ 目を剥く価格 ◆◆
トム・リーミーの二冊の著作は、日本ではサンリオから出版されました。古書の世界に多少とも通じている方ならご存知のように、サンリオSF文庫は、休刊後、一部の本が値上がりしました。そこまではよく記憶しています。わたし自身、長いあいだ、サンリオSF文庫を安く見かければ、読む読まないは別として買っていたほどです。

しかし、この十数年、古本屋歩きから遠ざかり、ビブリオマニアだったのはいまや大昔のこと、本が増えることを嫌い、最低限必要なものしか買わなくなったので、古書の相場の知識はゼロに逆戻りです。わたしよりは最近のことを知っている友人に仕分けを手伝ってもらったのですが、そのとき、サンリオはもっていないかといわれ、押し入れの奥から引きずり出して並べてみました。

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その後、友人がリストを元に計算したところ、オークションに出すまでもなく、古書店の買い取り価格リストで見ても、わが家にあるサンリオ文庫をすべて売れば四万前後になることがわかりました。ただし、どこかにいって見あたらなかった『サンディエゴ・ライトフット・スー』はこのなかに入っていませんでした。

それが数日前に、書棚を整理していて、文庫の山から出てきたのです。カバー帯アリ、天地小口シミ微少といったところで、まずまずの状態です。では、というので、古書価を検索してみました。

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友人から、トム・リーミーは高い、早く見つけろ、とはいわれていたのですが、ここまで高いとは。いくら一部に熱狂的ファンがいるとはいえ、所詮、文庫本です。昔なら、文庫だというだけでプレミアも抑制されたものです。それが、安くても4000円、高いと1万円だというのだから、呆れます。

われながら、どこまでいっても俗物だと思います。これがどこを見ても200円なんていう値段だったら、あっさり売らずにおきます。でも、これだけ高いと、売るべきだろうというほうに気持は傾きました。所詮、骨になってからも読めるわけではなし、しかもコツになるのもそう遠くないかもしれないですからね!

◆ 決着は持ち越し ◆◆
情けなくも逡巡し、では、読み直してから決めよう、と考えました。表題作の「サンディエゴ・ライトフット・スー」の価値はわかっています。もし、ほかになければこれ一作でとっておくことに決めますが、幸か不幸か、この中編が掲載されたSFマガジンはまだ売らずにとってあるのです。そもそも、とってなくても、必要ならまだ安価に入手できるでしょう。

したがって、問題は残りの作品です。昨日は「トウィラ」、今日は「ハリウッドの看板の下で」を読みました。

うーん、なんたることか、まだ判断できません。「サンディエゴ・ライトフット・スー」ほどの秀作ではないにしても、「トウィラ」は捨てがたい味のある一篇でした。

しかたない、今夜は初読のときは気に入った「デトワイラー・ボーイ」を読み直してみるとしましょう。ついに俺も執着心から解放され、悟りを開いたか、と思ったのも束の間、書痴の泥沼に舞い戻りかねない瀬戸際に立たされたようです。
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by songsf4s | 2010-03-14 23:57 | 書物