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夜来香(日本語ヴァージョン) by 李香蘭(新東宝映画『暁の追跡』より その1)
タイトル
夜来香
アーティスト
李香蘭
ライター
黎錦光、佐伯孝夫(追加日本語詞)
収録アルバム
N/A(『暁の追跡』OST)
リリース年
1950年(日本語ヴァージョン)
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前回の『浮雲』その2でふれた中古智美術監督は、シベリア抑留から解放されて帰国してみたら、東宝はかの大争議のさなかだったそうです。どうやらそのおかげのようですが、新東宝で数本の仕事をして、そのなかに市川崑監督、池部良主演の『暁の追跡』がありました。

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たったそれだけの縁で、『暁の追跡』を見てみました。市川崑の大ファンというわけでもないので、それほど期待していなかったせいもあるのですが、この映画にはちょっと驚きました。『暁の追跡』を特筆大書で紹介した文章というのは見たことがなく、市川崑修行時代のエチュードてなあたりか、ぐらいの軽い気持で見てしまったのです。

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◆ ストーリーテリングを阻害する議論 ◆◆
池部良は新橋駅前交番に勤務する警邏巡査、その班長が水島道太郎、同僚に田崎潤と伊藤雄之助がいます。

夏の払暁、水島道太郎が、路上で不審な取引をしていた男を交番に連行し、自分の傷の手当てのために、池部良にその男をあずけます。たまたま長時間勤務で注意散漫になっていた池部良は、一瞬の隙に、その男に逃げられ、必死で追跡します。男はガード脇の工事足場を伝って線路に出て逃走するものの、足をとられて転倒し、列車にはねられて死んでしまいます。

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この男は麻薬密売組織の末端だったことがわかり、菅井一郎を主任としたチームがこの組織を追い詰め、壊滅させるというのが骨組で、警邏警官にすぎない池部良は、ちょっとした偶然から、この事件に深くかかわることになります。

プロットとしてはそんなところで、とくに目を見張るようなものではありません。水島道太郎が組織論を振りかざし、池部良がヒューマニズムの側に立ち、むやみに生硬な議論をくりかえす新藤兼人脚本にはおおいにめげます。新藤兼人の映画が面白いと思ったことが生涯にただ一度もない人間の偏見かもしれませんが、でも、そりが合わないというのはどうにもなりません。

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鈴木清順が『けんかえれじい』のとき、新藤兼人の脚本をずたずたにしてしまったという逸話を読み(新藤は完成試写を見て怒り狂ったとか)、さもありなん、鈴木清順と新藤兼人では水と油だ、清順があんな青臭い人間の書くことを好むはずがない、と思いました。

しかし、脚本はどこまでいっても脚本、それですむならだれもキャメラを廻したりはしません。いや、脚本に足をとられて沈没するのが大部分の映画の運命なのですが、ときには、脚本とは無関係に、勝手にどこかに飛んでいく映画もあります。『暁の追跡』は、脚本が意図したろくでもない「意味」のレベルを超えたところで面白い映画でした。

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◆ ロケーション撮影 ◆◆
中古智美術監督は、『成瀬巳喜男の設計』のなかで自身のキャリアにふれ、『暁の追跡』については、「市川さんの将来がよく出ている」と短くコメントするにとどめていますが、じっさいに見ると、なるほど、そういう感じだ、と納得がいきます。画角の取り方に精彩があり、それがこの映画の最大の魅力になっているのです。

タイトルが終わって話に入った瞬間からの1分ほどに、この若い監督の野心が刻み込まれています。以下、タイトル直後のショットからはじめて、カットごとに最低でも一葉のキャプチャーをとってみました。

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ファースト・ショット。新橋-有楽町間の風景。手前に見えるビルにご注目。その手前に高架の線路がある。

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上述のビルを反対側から捉えている。

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キャメラはこのビルの3階の一室とそのなかの人物を捉える。

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さらにもうひとりの人物を捉える。ふつうなら、こういうシーンはセットで撮影し、背景はミニチュアと書割の組み合わせだろう。しかし、この映画は徹底したロケーション主義を貫いている。

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人物が頭を下げた瞬間、窓の向こうを電車が通過して、ロケであることを証明する。

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そのビルの前を警邏中の池部良巡査が通る。

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このビルを折り返し点にして、角を回って逆方向に歩み始める。

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この家並みの捉え方に軽いショックを覚えた。手前のバラック建築のたたずまいもすばらしいし、キャメラ位置が卓抜で、なんともいえない質感と量感をたたえた絵になっている。

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池部良は警邏を終わり、新橋駅前に戻る。この旧駅舎にもちょっと驚いた。いつまであったものか知らないが、まったく記憶にない。

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駅前交番に戻った。


ショットの選択や電車の通過を利用したスムーズな編集にも感心しましたが、なんといっても、バラック建築の捉え方がすばらしいシークェンスです。家並みをこのように捉えた映画というのは記憶がありません(しいていうと、規模は異なるし、ロケではなくオープン・セットだが、『天井桟敷の人々』をいくぶん想起させる)。いや、いいなあ、と思うだけで、そのよさのよってきたるところをうまく言語化できないのですが。

◆ 挿入曲 ◆◆
新橋駅前派出所のようすはしばしば描写されるのですが、近所の商店ないしは飲食店から流れてくるのか、たいていはなにか流行歌が聞こえてきます。そのほとんどの曲がわからないのですが、夜更けになって流れるこの曲だけはわかりました。

李香蘭 夜来香 日本録音


李香蘭の「夜来香」のオリジナルは戦中の上海録音で、サウンドの出来については、そのオリジナルのほうがずっと上です。『暁の追跡』に使われているのは、サウンドがドライで奥行きのない日本録音ですが、映画のなかでは台詞や効果音に邪魔されて音が曖昧になり、結果的に盤よりも違和感のない音になっています。上海録音の中国語ヴァージョンに近いサウンドに聞こえるのです。

上海録音の「夜来香」は盤で聴いてのけぞりました。楽曲の構成も、アレンジ、サウンドも、1950年代終わりのアメリカにもっていき、たとえばコニー・フランシスが歌ってもまったく違和感がないであろうものなのです。ときおり、時代を間違えたような曲というのがありますが、「夜来香」もタイム・トラヴェラーがつくったのかと思うほど、未来のポップ・ミュージックを予言する音になっています。

夜来香 上海録音


これが太平洋戦争中のアレンジ、サウンドに聞こえますか? わたしだったら時代測定を20年ほど間違えると思います。

「夜来香」(イエライシャンと発音する)がどういう植物かについては、「花300」の夜来香ページを参照ありたし。

もう一回、『暁の追跡』のロケーション撮影を観察する予定です。
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by songsf4s | 2010-02-26 23:48 | 映画・TV音楽
メイン・タイトル by 斎藤一郎(東宝映画『浮雲』より) その2
タイトル
メイン・タイトル
アーティスト
斎藤一郎
ライター
斎藤一郎
収録アルバム
N/A(『浮雲』OST)
リリース年
1955年
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日本語のアルファベット表記が実用的ではないということは何度も繰り返し書いていますが、またも困った例にぶつかりました。ある日本映画のリストに、Enjoというのがありました。「援助? 俺が知らない最近の映画か」と思って通り過ぎようとしたら、市川雷蔵だというので、数秒考え、「ああ、『炎上』か!」とわかりました。これはEnjohと書いて、誤解を回避するべきものでしょう。

もうひとつ、これは読めなかったわけではありませんが、The Demon of Mount Oeというのも、やっぱりそうなるか、と笑いました。これも市川雷蔵のもので、『大江山の酒呑童子』のことです。以前にも、「大江」というのはアルファベットでどう書くのかと疑問に思ったことを書きましたが、やはり「Oe」になってしまうようです。

「オエ」と吐いているみたいで、わたしが大江という苗字だったら、アルファベットで書きたくないなあと思うでしょう。O'e、Oh'e、Ooe、O'o'e、あれこれ工夫しても、どうにもアルファベットにしようのない音だと思います。「大井」も同様です。これが太田なら「Ohta」とあれば読めるのに(Otaでは読めない)、母音がつづくとチンプンカンプンになるのだから、不思議なものです。

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◆ セットにつぐセットの連続 ◆◆
中古智美術監督は、『成瀬巳喜男の設計』のなかで、成瀬巳喜男という人は、セットにかかった金のことで文句をいったことはなく、つねに美術監督を擁護したと回想しています。といって、予算を気にしなかったわけではなく、残業はゼロで、毎日、定時に撮影を終えたそうです。

オーヴァータイムをしない監督だと、会社は助かりますが、逆にスタッフは金銭的に大変で、同じように定時に終えた小津安二郎のスタッフは苦労したと、厚田雄春撮影監督が回想していました。冗談半分かもしれませんが、「貯金をして」から撮影に入ったのだとか!

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奥から手前に、成瀬巳喜男、森雅之、高峰秀子

さて、『浮雲』の美術です。中古智美術監督は、これほどセットの杯数が多くて、仕事に追いまくられた映画はなかったと回想しています。全部で二十数杯にはなったはずだといっています。

仏印の邸宅の広い階下、同食堂、森雅之の家、山形勲の家、高峰秀子のバラック、新興宗教の家、病院、屋久島の家、旅館が四つ、加東大介の店、岡田茉莉子のアパート、ラーメン屋、ミルクホール、船室、屋久島の家の外、同じく室内、屋久島の営林署室内というように、たしかに相当の杯数になります。

室内のセットも多数ありますが、例によってオープン・セットもたくさんあったせいで、杯数がふくらんだようです。製作年から考えて、当然、闇市はないので、マーケットはオープン・セットだということはわかります。

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いわれないとわからないのは、伊香保の旅館の外にある階段がオープン・セットだということです。監督がクレーンでいきたいというので、クレーンで撮れる階段をつくったのだそうです。いや、階段だけならまだしも、階段に沿った家の外壁をつくらねばならず、これまたちょっとしたセットです。

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◆ 岡田茉莉子のアパートのデザイン ◆◆
視覚的にもっとも面白いセットは、森雅之が転がり込む(当人は「引っ張り込まれた」と主張する!)岡田茉莉子のアパートです。

なんだか妙に廊下の天井が高くて、ふつうに見られる安アパートの造りとはずいぶんちがいます。それだけでなく、アパート室内の造りも変わっていて、ここも天井が高く、ノーマルな雰囲気ではありません。

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『成瀬巳喜男の設計』を読んで、はじめて、ああいうデザインになった理由がわかりました。これは倉庫の建物を転用したアパートという設定なのだそうです。倉庫のなかを小間に割っているのです。なるほど、そういうデザインになっているし、天井の高さもそれで納得がいきます。

◆ 仏印シークェンス ◆◆
東京はべつとすると、ロケをおこなったのは伊豆と鹿児島だそうです。

ヴェトナムのダラットでのシークェンスは、三島や伊豆のどこかの山中でおこなったと回想しています。吊橋はありものではなく、中古智デザインになる東宝製造のものだそうです。

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仏印シークェンスには金子信雄も出演している。こういう映画なら、さすがの金子信雄も善人を演じているのだろうと思いたくなるかもしれないが、高峰秀子に不気味がられてしまうイヤな奴の役!

大変なのはヤシの木。鹿児島ロケハンのときのことなのか、指宿に南方の植物を栽培している植物園があり、貨車一台分の葉っぱを買って東京に送ったのだそうです。そして、丸太と葉をもって伊豆の山に入り、目立つところに立てたというしだい。ヤシの樹皮は杉皮だそうです。

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右手前の像が東京で作ってもっていった飾りだというのは簡単に想像がつきますが、背後に見える寺院は絵だそうです。中古智美術監督は詳しいことはいっていませんが、ガラス・マット・ペインティングではないでしょうか。モノクロ映画のいいところは、絵の合成がバレバレにならないところで、このショットも違和感なく収まっています。

ちょっと意外なロケは、伊香保温泉の風呂場です。てっきりスタジオだと思っていたら、これが伊豆の湯ヶ島でのロケなのだというのでびっくりしました。よほど監督の好みのたたずまいだったのでしょう。

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映画のなかでは、長い階段を上ったてっぺんにあると設定されている風呂ですが、じっさいには、逆に長い階段を下ってたどり着く、川べりの風呂場だったのだとか。

屋久島の家並みも伊豆でロケされたものだそうです。ただし、家がきれいに整いすぎているので、石を載せた板葺き屋根にしたり、ずいぶん加工したと中古智美術監督は回想しています。

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◆ 北はどっちだ? ◆◆
『赤いハンカチ その2』の記事で、「さすらい」の南北のことにふれ、日本の場合、「さすらう」となると、北を目指すのが暗黙の了解といえるだろうと書きました。

さすらい、漂い、流れていく『浮雲』では、森雅之と高峰秀子は、沖縄が日本ではなかった当時は最南端だった屋久島へとたどり着きます。つまり、「南にさすらった」例外である、といえるのでしょうか。そういいきるのは、ちょっと早計に思えます。

この映画でもっとも強く印象に残ったのは、ほんの一瞬映るだけの、屋久島へ向かう船での寄り添った二人のショットです。

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これを見てなにを感じますか? わたしは「寒さ」です。じっさい、高峰秀子はおそらく肺炎(または肺結核)にかかっていて、鹿児島の旅館でひどく寒がります。それが反映されていることも間違いありませんが、それにしても、お互いに暖めあうように寄り添った二人の姿は、なんとも寒々としています。日本の最南端に向かうというより、最北端に向かうような絵です。

『浮雲』は数年のスパンの物語でありながら、絵として表現されるのはつねに寒い季節で、高峰秀子と森雅之はオーヴァーコートを着、いつもなにかで暖をとろうとしています。

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これは撮影時期の制約もあったのでしょうが、「表現」のレベルでいえば、明らかに仏印との対比で、二人の心の寒暖を形にして見せたのです。

そこで南北の問題です。日本を中心に考えず、二人の心、主観に添って考えると、「心の地軸」は仏印にあることが見えてきます。彼らは、仏印では「夢を見ていた」のかもしれませんが、しかし、それはつまり幸福だったということです。

その(占領という他人の不幸を土台にした)幸福から切り離されて、不幸のなかを漂流するのが『浮雲』という物語です。だから、彼らは「日本という寒々とした北の地」をさすらうのです。

では、最後に彼らが向かった屋久島は、北なのか南なのか。それはなんともいえません。純粋に「解釈」の領域に入り込んでいくことになります。だから、あくまでもわたしの受け取り方にすぎません。こう思います。

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屋久島に向かう二人は、もうなにも希望などもっていません。森雅之は「死ぬのは痛い」から生きているだけです。高峰秀子も「ここ(森雅之のそば)で死ねれば本望よ」といいます。二人は、かつて幸せだった南の地に「帰る」幻想を抱いたのかもしれませんが、現実には、高峰秀子は病に倒れ、猛烈な寒気に襲われ、船中で暖をとるように肩を寄せ合います。

あの寒々とした二人の姿は、意図的な演出なのだと思います。南に帰るはずが、まるで日本よりさらに北に向かうようなありさまになっていくのは、きっと、幸福に対する天罰なのでしょう。二人の体は南に向かいながら、心は北へとさすらっていったように、わたしには見えました。

◆ エンド・マークのない永遠の不幸 ◆◆
この映画を見たあとで、夢を見ました。そのなかで、死んだと思った高峰秀子が蒲団の上で起き直り、浴衣の襟元を直しながら、森雅之に微笑んでいました。

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そこで目がさめて、映画がこんなエンディングだったとしたら、そのほうが怖いだろうなと思いました。そして、彼女はあそこで幸せに死んだことがはっきりと理解できました。あれ以上生きつづけたら、苦しみいや増すばかりだったでしょう。しかし、森雅之には死という逃げ場もなく、ただ冷え冷えと凍えていく罰しか残されていないわけで、なんとも残酷な映画です。

『浮雲』は、昔の映画としては稀なことに、エンド・マークが出ません。かわりにこういう文字が映されます。

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by songsf4s | 2010-02-21 23:53 | 映画・TV音楽
メイン・タイトル by 斎藤一郎(東宝映画『浮雲』より) その1
タイトル
メイン・タイトル
アーティスト
斎藤一郎
ライター
斎藤一郎
収録アルバム
N/A(『浮雲』OST)
リリース年
1955年
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成瀬巳喜男の『浮雲』は、すごい映画だとは思うものの、好き嫌いのレベルに降ろすと、なんともいいようがありません。いえ、嫌いだということを遠まわしにいっているのではなく、ほんとうに曰く云い難いのです。

いやもう、成瀬巳喜男の作品全体も、感じていることを言語化できないまま、見ればやっぱり面白いと思うのです。暗いなあ、重いなあ、と思いつつ、やっぱり見てしまうところが、なんとも不思議です。こういう場合、きっとリズムが合っているのです。無意識裡につくり手のリズムのよさを感じているのに、それが意識の表層にのぼらないから、言語化できないのでしょう。

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◆ エキゾティカ・ジャポネ ◆◆
七面倒なことはおいておくとして、今回、二十数年ぶりに『浮雲』を見直したのは、音楽がよかったと記憶していたからです。いや、『モスラ』や『マタンゴ』に使ってもオーケイというぐらいのエキゾティカだったはずで(『ゴジラ』のときに書いたが、あの映画は、撮影監督・玉井正夫、照明・大井英史、美術監督補佐に中古智という、成瀬組のスタッフによって製作された)、それをたしかめたかったからです。

まずは斎藤一郎作のメイン・タイトルをどうぞ。

サンプル 『浮雲』メイン・タイトル

ややジャングル寄りではあるものの、アメリカ音楽の文脈におけば、りっぱにエキゾティカとして通用するサウンドです。なぜこういうサウンドになるかというと、もちろん、ストーリーに添わせたからです。

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農林省の役人である森雅之は、太平洋戦争中、軍属として仏印(フランス領インドシナ、すなわちヴェトナム)で働いています。そこへタイピストとして高峰秀子がやってきて、二人は恋に落ちるという設定で、『浮雲』は敗戦後、日本に戻ってからの二人の彷徨を描いています。

仏印でのシーンでは、もちろんこのテーマの変奏曲が使われていますし、ほかの場面にも登場します。全部で六、七回は登場するでしょう。そのうちのひとつ、森雅之のアパートを訪れた高峰秀子が、ひとりぽつねんと物思うシーンに流れるヴァリアントをどうぞ。

サンプル 『浮雲』メイン・タイトル変奏曲

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◆ 楽しめる「現実音」 ◆◆
二十数年ぶりに『浮雲』を再見して、記憶していたテーマ曲以外にも、なかなか興味深いものがあることに気づきました。

パンパン嬢になってしまった高峰秀子の掘っ立て小屋に(たぶん義兄という設定の)山形勲が訪ねてきて、俺のうちから勝手に持っていった布団を返せ、と迫るシーンで流れる、ハワイアン・スティール・ギターによるジングル・ベルは、ほほう、でした。斎藤一郎音楽監督は、意識的に南方的サウンドを採用したのかもしれません。

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サンプル 「ジングル・ベル」

うーん、いまなら、こういうサウンドは注目ですが、昔はどうだったのでしょうか。どちらかというと古臭い音だったのか、それとも、ラジオから流れてくるという設定なのだから、「ひとひねり入った最新のサウンド」だったのでしょうか。いまになると、そのへんのニュアンスがわからなくて、隔靴掻痒の思いをします。

『浮雲』というタイトルが示すとおり、どこへ向かうでもなく、男と女がひとつの浮き輪につかまるようにして、別れるに別れられず、沈みそうになりながら、ドブ川のような世間をかろうじて漂い流れていく話なので、森雅之と高峰秀子は、しばしば連れだって散策し、また、温泉などに出かけたりします。

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両方とも死のうかという思いを抱えて行った伊香保温泉で、宿泊費が足りなくなり、森雅之はオメガの時計を売ろうと、料理屋の亭主の加東大介に相談します。その店で(おそらくラジオから)流れている音楽がまた魅力的です。

サンプル アコーディオン・インストロ

これもいまでは「新しい音」に響きますが、昔はどうだったのやら、さっぱり見当がつきません。当てずっぽうを云うなら、すくなくとも斎藤一郎が「当世風のサウンド」とみなしていたものなのでしょう。

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◆ ここで死ねれば本望よ ◆◆
こういう重い映画というのは、ふだんは見ないのですが、たまに成瀬巳喜男を見ると、やはりじわじわと引き込まれていき、なんて暗いんだ、と思いつつも、結局、最後まで見てしまいます。これはもう、映像のリズムの魔力以外に考えられません。

森雅之は「まったくどうにもならない、魂のない人間ができちゃったものさ」と自嘲し、まだなにかを期待する高峰秀子を「ぼくって人間はもぬけの殻なんだから」といって突き放します。

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高峰秀子のほうも、森雅之を軽蔑し、「見栄坊で、移り気で、そのくせ気が小さくて、酒の力で大胆になって、気取り屋で」となじります。

それでもなお、この二人は別れず、心中もせず、泥水のなかを果てしなく、あっちに流れ、こっちに漂っていく、いやはやなんとも、こいつはたまらん、という映画です。こういう骨がらみ見る者の心を腐蝕させる映画を何本も撮って(『稲妻』『流れる』『女が階段を上る時』)、それで世界的名声を得たっていうのは、考えてみると、驚異ですな。

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高峰秀子はこの映画での演技を絶賛されたそうですが、わたしは森雅之に魅了されます。ほかのだれにこの役ができたでしょうか。こんなひどい所業を働きながら、なおかつ、女が思い切ることができず、最後にはすべてを擲って、いっしょに連れてって! と泣き叫んですがりつくほどの奥深い魅力をたたえた男なんて、森雅之にしか造形できません。

この俳優を見て、これはとんでもない人だ、と思ったのは、吉村公三郎の『安城家の舞踏会』(没落貴族の子弟を演じた)とこの『浮雲』の二本です。不健康で投げやりな色男をやらせたら天下一品、古今無双です。

この二本から考えると、60年代の作品、たとえば黒澤明の『悪い奴ほどよく眠る』や市川崑の『太平洋ひとりぼっち』などは、さすがにみごとに演じてはいるものの、いっぽうで、森雅之である必然性もなく、なんだか宝の持ち腐れのような気もします。

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だれか、晩年の森雅之に、老いて落魄したジゴロをやらせてみようとは思わなかったのでしょうかね。『浮雲』の十年後を見たかったと思います。いや、わたしが知らないだけで、そういう映画があるのかもしれませんが。

重苦しい映画なので、斎藤一郎のスコアのことを書くにとどめ、一回で終わるつもりだったのですが、せっかく本をもっているのだから、中古智美術監督のコメントを紹介しようと考え直しました。ということで、もう一回だけ延長させていただきます。



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by songsf4s | 2010-02-19 23:49 | 映画・TV音楽
サックス・メロディー by 伊部晴美(日活映画『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』より その6)
タイトル
Sax Melody
アーティスト
伊部晴美
ライター
伊部晴美
収録アルバム
日活映画音楽集 スタアシリーズ 宍戸錠
リリース年
1963年
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井上梅次監督が亡くなったそうです。当家では昨年、同監督の『嵐を呼ぶ男』を5回に分けて取り上げていますが(予告篇その1その2その3その4)、賞賛したのは大森盛太郎のスコアだけで、映画自体はまったく誉めませんでした。

いやはや、なんとも間の悪いことで、人様の作物を軽軽しくけなしたりするものではないと思いはしますが、かといって、そんなことに斟酌して、自分の考えを枉げるぐらいなら、たとえウェブであっても、はじめからものなど書くべきではないことも明らかです。批評的言辞を弄するのであれば、こういうバツの悪い思いをするぐらいのことは、はじめから見越しておかなくてはいかんということでしょう。

ということで、わたしはかつて井上梅次作品を好んだことはありませんが、縁あって当ブログで『嵐を呼ぶ男』を取り上げたのだから、井上監督が亡くなられたことをここにお知らせし、ご冥福をお祈りします。

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『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』に登場するこの有楽町のショットはすでにご紹介した。だが、あとになって疑問が湧いてきた。こんなショット、どうやって撮ったのだろう? 銀座4丁目の交差点のど真ん中に撮影用のやぐらを組めるはずがない。考えられるのは、地下掘削工事用のやぐらがここにあったということだ。まったく、そこらじゅうで工事をやっている時代だった。

◆ いかに面白くするか ◆◆
鈴木清順は、途中でスタイルを変えてはいない、はじめから同じ姿勢でつくってきた、という趣旨の発言をしています。ある意味では、そのとおりだと思います。監督自身と、周囲の見方のあいだに溝が生じたのは、レベルの異なることがらを同じ平面で語ったためでしょう。

鈴木清順の観点からは、映画作りの根本にあるものは、つねに「いかに面白くするか」、「いかに観客を退屈させないか」だったのだと想像します。見る側が感じる、たとえば「いかにも鈴木清順的な色づかい」なども、「いかに面白くするか」「いかに変化をつけるか」という足掻きのなかから生まれてきたものにすぎない、ともいえます。

観客はその点をアーティスティックに捉えるのに対して、鈴木清順は純技術的問題と捉えているために、ズレが生まれるのでしょう。障子が倒れた向こうに真っ赤な世界が広がっていると、観客は「なぜ世界が赤いのか」と、「意味」「意図」のレベルで考えますが、監督は「ただの雪の夜など退屈だ。色がついているほうが面白い」といったレベルで発想してくるのだと想像します。

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建築家の村野藤吾は、かつて日比谷にあった「大阪ビル1号館」で、テラコッタによる豚の頭部を装飾にしました。なぜ豚を装飾にしたのかと問われ、アーキテクトは「建物に豚があってもいいじゃないか」と答えたと伝えられています。その伝でいえば、鈴木清順は「真っ赤な雪の夜があったっていいじゃないか」と思ったのではないでしょうか。

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◆ ノーマリティーとアブノーマリティー ◆◆
鈴木清順の映画を見るときは、アーティスティックな側面から考えるより、「客があくびをしないように」という根本姿勢のことを思ったほうがいいと感じます。意味論的に捉えるのではなく、意味や論理から切り離された「美」として捉えるほうがよい場合がほとんどだろうと思います。

『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』は、清順映画としては異質性が強調されていないもので、ふつうに見ることも可能です。しかし、後年の目から見ると、やっぱり清順映画、ちょっと変、と思うところがいくつかあります。

一味のアジトの地下室を探りにいった宍戸錠が、笹森礼子に、あなたが警察の手先だということはわかっているといわれ、その瞬間に、錠は彼女に当身をくわせます。ここまではいいのです。でも、ふつうなら、これで相手は気絶するでしょう。ところが、この映画では、笹森礼子は気絶せず、腹を押さえて痛みに苦しんでしまうのです。

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ここは引っかかります。ふつうではないことがあれば、われわれはそこに相応の意味を見出そうとする習性をもっているのですから。なんでしょうね。古今亭志ん生が、客の気を惹くために、なかばわざとつっかえていたようなものである可能性も考えられます。客に「これはなんだろう?」と思わせるのは重要なことです。

いっぽうで、鈴木清順という監督は、苦痛にさいなまれる人間の姿に美を感じていたふしもあります。「肉体的にあるいは精神的に責め苛まれる女」というのは、清順映画ではごく当たり前の普遍的アイコンです。いや、男の苦しむ姿も同等に捉えられているのかもしれませんが。

『殺しの烙印』のような映画になると、すべてがノーマリティーを失うために、結果的にアブノーマリティーも雲散しますが、『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』のような、そこそこノーマルな映画では、異様なシーンは目立ちます。笹森礼子が苦悶するシーンは、たんなる「目覚まし」だったのかもしれませんし、あるいは「清順好み」「清順ぶり」「清順様式」の発現なのかもしれません。

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鈴木清順の性的倒錯の表現や暗示というのは、監督自身が「はじめから同じ作り方をしている」というとおり、50年代の段階ですでに散見します。ただし、この『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』が製作された1963年に、清順が一部で注目されるようになったのも、また相応の理由があったと考えます。

ここらで、一歩踏み込んでみようと、監督自身、ひそかに決意したのではないでしょうか。それが、「その3」でふれた川地民夫と楠侑子のシーンであり、「その5」でふれたジャズ喫茶のシーンであり、そして、この地下室のシーンなのでしょう。はじめからそういう表現を志していたのかもしれませんが、方向は変わらなくても、ここでレベル、深度、幅が変化しているのは間違いありません。

◆ サックス・メロディ ◆◆
この映画については、『赤いハンカチ』のようにクライマクスがきわめて重要というわけではないので、プロットを追うのはここまでにしておきます。

挿入曲やスコアについても、必要なことはほぼ書きました。残るはスコアが一曲のみです。

サンプル 「サックスのメロディ」

これは「その1」でふれたメイン・タイトルの変奏曲のようなもので、タイトルが8ビートなのに対して、こちらはスロウな4ビートでやっています。

このスロウな4ビートの変奏曲にもヴァリエーションがあり、『日活映画音楽集 監督シリーズ 鈴木清順』と『日活映画音楽集 スタアシリーズ 宍戸錠』では、同じ曲名で、異なるトラックを収録しています。サンプルにはしなかった前者に収録のヴァージョンのほうが、タイトル曲のヴァリエーションであることが明白にあらわれています。

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鈴木清順という監督は、音楽の面では(彼が好まなかった)小津安二郎に似ています(松竹時代を回想するエッセイに、同居している女性が小津の新作を見たといったのに対し、清順は「つまらなかっただろ」といったとある。また、インタヴューでも、小津映画は好みではないといっている)。小津安二郎のように、鈴木清順も、音楽監督に細かい注文をつけた形跡はないのです。

そのくせ、日活アクションのスコアのなかでも、とくにすばらしい出来の『殺しの烙印』(山本直純音楽監督)をはじめ、おおいに楽しめるものが、清順作品にはずいぶんあります。口を出さなかったおかげなのかもしれません。

今回で『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』を終わります。つぎはまた日活アクションに直行するか、短くべつの映画をはさんでからにするか、まだ決めかねています。

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by songsf4s | 2010-02-17 23:19 | 映画・TV音楽
玉置宏没す

司会者の玉置宏氏が亡くなったそうです。享年七十六。まだいくらでもご活躍できた年齢で、じつに残念なことです。

歌謡番組の司会者として一世を風靡したのは、ある年代以上の方々には常識で、訃報もそちらのほうに重心のかかったものが多いようです。

いっぽうで、落語をはじめとする演芸に造詣が深く、そちらの方面でも活躍なさったので、氏が館長を務めた「横浜にぎわい座」の地元紙「神奈川新聞」の追悼記事は、そちらのほうに力点がおかれています。

もっとも詳細で、他紙が無視した事情にも言及しているのは、「日刊スポーツ」の「玉置宏さん死去、著作権問題でも心労」という記事です。わたしも、ほんとうの死因は、この記事がいうように「心労」だろうと思います。それだけに、無性に腹立たしく思います。

◆ 幼稚な放送局と大人の司会者 ◆◆
玉置宏氏が司会をつとめたNHK第1放送の「ラジオ名人寄席」は、わたしにとっては「最後に残ったラジオ番組」でした。ラジオをあまり聞かなくなってからも、この番組だけは毎回熱心に聴くだけでなく、最初はテープで、その後はPCで録音をしました。そういう落語、演芸ファンは日本中におおぜいいらっしゃることでしょう。「最後の孤塁」でした。

それが一昨年のいつだったか、突然、打ち切りになり、そのあとで、TBSが権利をもつ音源を無断で放送に使用したため、その責任をとったのだという記事を読みました。

もちろん、玉置宏氏に落ち度はあったのでしょう。でも、そんなおおごとにせずに、NHKとTBSのあいだで話し合い、内々に済ませることだってできたでしょうに、なんと幼稚で愚劣なトラブル処理だと、心底腹が立ちました。

TBSは玉置宏氏からの弁済金1300万円が必要なほど貧乏なのでしょうか? あれほど放送界に尽力した人に対して、放送局がそういう仕打ちをするとは、信じがたいことです。謝罪を求め、それですませるのが、まともな大人でしょう。

噺家がほんとうにいいのは還暦をすぎてからです。玉置宏氏の話芸も、やはり近年のほうが好ましいと思っていました。TBSの問題がなければ、もっとずっと長生きし、いよいよ味のある話で「ラジオ名人寄席」を楽しい番組にしてくださったでしょう。腹立ちは収まりませんが、多くの録音が残ったことで、良しとしましょう。ご冥福をお祈りします。
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by songsf4s | 2010-02-13 23:47 | 追悼
バカとリコウ by 吉村アキ(日活映画『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』より その5)
タイトル
バカとリコウ
アーティスト
吉村アキ
ライター
伊部晴美、滝田順
収録アルバム
N/A(日活映画『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』挿入曲)
リリース年
1963年
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昨夜、就寝前に渡辺武信『日活アクションの華麗な世界』を拾い読みしました。たまたま「中巻」だったので、『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』の項も、制約を受けて書きにくくなるのに、つい読んでしまいました。

数百本の映画を対象にした本だから無理もないのですが、渡辺武信もときおりプロットを勘違いをします。『くたばれ悪党ども』については、当家では前回ふれた、教会のシーンで、金子信雄警部が宍戸錠の父親に化けて信欽三の疑いを解くと、渡辺武信は書いています。じっさいには、実の父親の役を佐野淺夫が演じていて、金子信雄は神父に化け、連絡のために教会で待っていただけです。

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いや、『日活アクションの華麗な世界』を批判しているわけではありません。逆です。こういう記憶違い(ないしは「記録違い」)があるということ自体が、他の正しい部分は、やはりメモの助けを借りた、記憶による記述だということを物語っています。とんでもない「記録能力」と記憶力の持ち主です。

いや、記述のミスなどを手がかりとせずとも、『日活アクションの華麗な世界』がおそるべき力業であることは、すぐにわかります。再映されたはずのない映画が山ほど収録されているからです。ひどくオブスキュアな映画がテレビ放映されることは多々ありますが、それにしても、封切りのときに見ただけという作品は相当な数にのぼるはずです。見て、記憶して、メモもとっておいたから、あのような本が残され、われわれがあとから日活アクションを見るための土台を提供してくれているのです。

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それにしても、やはり、映画館でメモをとるということのすごさを考えてしまいます。昔の映画評論家はみなそうしていたのですからね。エラいものです。わたしがいまブログでこういうふうに映画のことを気楽に書けるのは、DVDのおかげです。映画とエディターをAlt+Tabのキーストロークだけで切り替えることができるからです。カット割りの確認なんかチョイチョイですからね。映画館で見て、同じことをやれといわれたら、勘弁してもらいますよ。キーストローク一発で数フレーム戻るなんてことは、フィルムが相手ではできません。

そういうことを考えていると、ドーンと地べたに落ちこんで、思いきり謙虚になってしまいます。地べたから見上げると、『日活アクションの華麗な世界』はどこまでも高く聳えたっています。とはいえ、われわれは現代に生きているので、もはや徒手空拳は非現実的、テクノロジーの力を借りて映画を見、そして語るしかなく、その条件において最良の道筋を見いだしていくしかないでしょう。

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◆ ジャズ喫茶 ◆◆
鈴木清順の『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』は、見ているときはそうでもないのですが、あとから考えると変なプロットです。

『くたばれ悪党ども』の「その4」に書いたように、宍戸錠はじつに苦心惨憺、手のこんだ方法で組織に潜入するのですが、教会で神父に扮した金子信雄警部に会って連絡をとったばかりに、あらゆるトリックも水の泡、あっさり警察の手先とバレてしまします。金子信雄が写真を撮られ、それで警察官とわかってしまうのです。

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信欣三は笹森礼子に宍戸錠を尾行させますが、錠はそれに気づき、銀座裏(だろうと想像する。笹森礼子は築地で錠を見失ったと電話する。築地に近いとなると銀座と考えるのが自然だろう)の「ジャズ喫茶」に引っ張り込んで、組織の内情を探ろうとします。わたしはそういう時代に一歩遅れた世代ですが、あの時代の「ジャズ喫茶」とは、すなわち「ロカビリー喫茶」で、じっさいにやっている音楽はロカビリーです。

サンプル タイトル不明ロカビリー

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クレジットされている挿入曲は2曲だけで、このロカビリーは、だれの、なんという歌かもわかりません。まったくの推測にすぎませんが、この映画のために書かれた曲ではなく、ありものをはめこんだのではないでしょうか。どうであれ、英語なんだか日本語なんだかも判然としないディクションには閉口しますが、ドラムのタイムが安定しているおかげもあって、プレイ自体は悪くありません。

このシーンの演出もちょっと奇妙で、印象に残ります。笹森礼子はふつうの表情ではなく、薬物を摂取したように、目をつぶったり(音楽に陶酔しているという意味なのだろうが)、上体をゆらゆらさせたりしています。宍戸錠も、周囲に女性客がたくさんいるなかで、笹森礼子の唇を奪おうとするし(彼女の服に隠しマイクを仕込むためだが)、女性客の歓声がひときわ高まるのと、錠が笹森礼子に迫るタイミングを一致させ、まるで錠の振る舞いに女性客が反応しているかのように演出しています。

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鈴木清順のこのようなリアリスティックではない演出は、ファンにとっては魅力のひとつなのですが、会社の上層部が嫌ったのもわからなくはありません。

◆ バカとリコウの化かし合い ◆◆
信欣三は、取引に行かせると見せかけて、宍戸錠と川地民夫を罠に落とします。宍戸錠は、ジャズ喫茶で笹森礼子の服に仕込んだ隠しマイクによって、この罠を察知して脱出に成功します。警察の回し者とわかっても、まだやりようはあると、宍戸錠はクラブ《エスカイヤ》に戻ります。そのときクラブで歌われているのが、「バカとリコウ」という曲です。

サンプル バカとリコウ

歌詞も曲も歌い方もなかなかトボけた味があって、悪くありません。「六三年のダンディ」同様、鈴木清順や宍戸錠の編集盤に収録されてもよかったのではないかと思います。

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死んだはずの宍戸錠が帰ってきたので信欣三は驚きますが、錠は、自分が警察の手先であることを明かしながらも、10万じゃ合わない、もっと金が欲しい、といいます。この信欣三と宍戸錠のだまし合いを歌ったので、こういう変な歌詞になったのでしょう

あと少しなのですが、『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』はもう一回延長させていただきます。


DVD
探偵事務所23 くたばれ悪党ども [DVD]
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OST
日活映画音楽集~監督シリーズ~鈴木清順
日活映画音楽集~監督シリーズ~鈴木清順

日活映画音楽集~スタアシリーズ~宍戸錠
日活映画音楽集~スタアシリーズ~宍戸錠
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by songsf4s | 2010-02-08 23:55 | 映画・TV音楽
You're Going To Lose That Girl by the Beatles
タイトル
You're Going to Lose That Girl
アーティスト
The Beatles
ライター
John Lennon, Paul McCartney
収録アルバム
Help!
リリース年
1965年
他のヴァージョン
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結婚詐欺殺人事件の報道を読んで、アイリッシュだね、と思いました。ウィリアム・アイリッシュの『暗闇へのワルツ』(Waltz into Darkness)です。

映画も見た記憶があるので、検索したら『暗くなるまでこの恋を』という邦題でした。フランソワ・トリュフォー監督、ジャン=ポール・ベルモンドとカトリーヌ・ドヌーヴの共演。ベルモンドは、現実の殺人事件とは異なって、ドヌーヴがニセモノと気づき、そして、殺されることを覚悟する、というか、ニュアンスとしてはむしろ「殺されることを望む」男という役だったと記憶しています(記憶違いはしじゅうのことなので、あてにならないが)。ウィリアム・アイリッシュらしい、孤独と愛についての甘美な物語、というあたり。死と愛は兄弟ですから。

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『暗くなるまでこの恋を』

どうして日活はアイリッシュ原作で映画を作らなかったのでしょうか。日活向きのストーリーがいくつかあると思います。「青いリボン」を小高雄二と石原裕次郎なんて配役でどうですかね? 『幻の女』を川地民夫と芦川いづみなんてのもいいんじゃないかと思います。

◆ You're Going to Lose That Girl ◆◆
さて、今日こそはビートルズ・シリーズをフォールに持ち込もうと思います。またしてもリストをコピーしておきます。

No Reply
I'll Get You
You're Gonna Lose That Girl
I'll Be Back
All I've Got to Do
Ask Me Why
I Should Have Known Better
Yes It Is
How Do You Do It
I Will
I Don't Want to Spoil the Party
What Goes On
If I Fell
You Won't See Me


Help!のLPは、1965年のクリスマスに買ってもらったのだと思います。日本でのリリースから3カ月後ぐらいのことのようです。小学生なので、LPなど特別なことがないかぎり買ってもらえなかったのです。あの時点での最新アルバムだから選んだのでしょう。

映画のほうの『ヘルプ!』は翌年の3月に、A Hard Day's Nightとの二本立てで見ました。映画を見たくらいであれほど興奮したのは後にも先にもあのときだけです。

映画としての出来は『ア・ハード・デイズ・ナイト』のほうがいい、というのが定説のようになっています。まあ、そうかもしれないと思うのですが、いっぽうで、待てよ、とも思います。リチャード・レスターという映画監督の野心のおかげもあって、たまたま『ア・ハード・デイズ・ナイト』は印象的なショットに満ちたすぐれた映画になりましたが、よく考えると、それは付録、余録にすぎません。

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あれはなんのためのものだったかといえば、ファブ4のライヴを見ることのできない土地にいるファンに、彼らのすがたを見せるための「アイドル映画」です。「アイドル映画」だとするとなら、わたしはカラーであるべきだと思います。

『ア・ハード・デイズ・ナイト』をモノクロにしたのは、イギリス人らしい韜晦ぶりで、それはそれでけっこうですが(いや、実態は、予算がなかっただけかもしれないが)、「アイドル映画」としては、『ヘルプ!』のほうがずっと楽しい仕上がりだと思います。さらにいうと、カラーのおかげで、「ミュージック・ヴィデオの先駆」という性格もいっそう明瞭になっています(そのまえにエルヴィス映画があるが)。

ミュージック・ヴィデオとして『ヘルプ!』を見ると、どの曲のシーンもすばらしいのですが、小学校六年生の心拍数がもっともあがったのは、You're Going to Lose That Girlでした。



なんといえばいいのか、「バンドのロマンティシズム」とでも呼びますか、照明に工夫を凝らしたこのレコーディング・シーンはじつに浪漫的で、子どもはこれを見て「俺もバンドをやろう」と決心しました。

地下に落ちたリンゴを見て、大丈夫か、などと当たり前のことはいわず、「ノイズの犯人はおまえだったんだな、悪い奴だ」というのも、ジョン・レノンらしい台詞で、ビートルズ映画の魅力のひとつは、際だった個性を持つ4人にあてて、ちゃんとシナリオを作った点にもあったと思います。ほとんどのアイドル映画はシナリオに工夫がないので退屈しますが、ビートルズの2本は4人が「それらしく」描けていました。

You're Going to Lose That Girlをビートルズの代表作という人はいないでしょうが、映像との組み合わせによって忘れがたい一曲になりました。

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◆ You Won't See Me ◆◆
この曲もベスト14にあげるのはわれながらどうかと思います。ほかに聴くべき曲は山ほどあるような気がするのですが、所詮、好き嫌いは理屈ではないので、いかんともしがたいのです。



イントロやヴァースは、まあ気にしないでください。いや、イントロのリンゴのドラミングは昔から好きですけれどね。スネアとハイハットのユニゾンで4分×2、タムタムの8分×4というシンプルなフレージングですが、きれいにキメています。

問題はミドル・エイト(アメリカではふつう「ブリッジ」と呼ぶが、ジョンやポールはこちらのタームをつかうことが多い)です。ミドル・エイト前半も、ヴァースより魅力的ですが、この曲を忘れがたいものにしているのは、最後のライン「if I knew what I was missing」に呼応して、ジョン・レノンが歌う「no I wasn't, no I wasn't」です。

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これはいっぽうで、ジョンとポールが同じラインをいっしょに歌う「デュオ」の時代が終わったことを象徴してもいます。以後、二人のインターアクションは、この曲のようなコール&レスポンスの形をとったり、Rubber Soulと同時期に録音されたシングル、We Can Work It Outに端的にあらわれているように「つくった人間が歌う」という原則で、ヴァースはポール、ミドル・エイトはジョンというような、棲み分けが基本になっていきます。

好ましいのはもちろん、「デュオ」のほうです。しかし、バッキングにまわったときのジョン・レノンの「食う」力に気づくのも、Rubber Soulからでした。短いだけに、You Won't See Meの「no I wasn't, no I wasn't」の印象は鮮烈で、いまもこのラインが聴きたいばかりにこの曲をプレイヤーに載せます。

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◆ What Goes On ◆◆
どのインタヴューだったか、ジョン・レノン自身がWhat Goes Onをくだらない曲といっていました。いつも「いい曲なら自分で歌う」といっています。だから、ジョージにやったI'm Happy Just to Dance with Youも気に入っていなかったことになります。ジョン・レノンの自作の好き嫌いは、しばしば歌詞にポイントがあるので、その点にバイアスがかかっていることを意識して読む必要があるのですけれどね。歌詞が思い通りにならなかった曲は嫌いなのです。

例によって、代表作なんていっちゃいかんと自分でも思います。しかし、あるムードないしはセンティメントがあり、Rubber Soulのことを思うと、この曲がまず頭に浮かびます。



考えると、あの当時は、とくにこの曲が好きだったわけではなかったと思います。嫌いではないけれど、とくに好きでもない、というあたりでした。Rubber Soulは、特定の楽曲の際だった魅力よりも、トータルなサウンドとして「あの場所=soundscapeにいた記憶」を強く残すという稀なタイプのアルバムです。

こういういわば「ある空間を明瞭に表現したサウンド」は、小分けにしないで「そのまままるごと」にしておいたほうがいいのだと思います。しかし、しいていうと、「あの場所にいた記憶」が、わたしをどの場所に戻りたがらせるかというと、What Goes Onです。

そして、その原因はなにかと考えると、ヴァースにおけるウーアー・ハーモニーと、コーラスにおけるジョン・レノンの上のハーモニーなのです。

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Rubber Soulは、日本ではわたしが小学校を卒業し、中学にあがるときにリリースされました。中学になって寮に入ったため、丸ごと環境が変わり(しかも校舎も寮も新築、つねに靴の生活、上級生はゼロ、われわれの学年だけという、あまり経験できない環境)、その状況に適応しようと必死になっていたときに、つねに頭のなかで流れていたのがRubber Soulだったという、いたってプライヴェートな事情もあります。ほかの人には関係ないこととはいいながら、しかし、ある歌が好きだというのは、詰まるところ、そういう自分の置かれた時空間および精神空間の関数にほかならないとも思います。

◆ I Will ◆◆
またまた小品です。ビートルズの曲というより、ポール・マッカートニーの曲というべきかもしれません。どの曲のことだったか、ジョン・レノンが「ポールはああいうギターでやるジョン・デンヴァーみたいな曲が得意じゃないか」と皮肉っぽくいっていましたが、I Willもその定義が当てはまりそうです。



わたしの場合、White Albumからビートルズは「よそのバンド」になりました。ラジオをつければなにかしらヒットしていたから、ビートルズがなにをしているか知ってはいましたが、関心はなくなりました。White Albumもリリース時点では買わず(あのころは欲しいものが山ほどあり、ビートルズにまで手がまわらなかった)、半年後ぐらいに、後輩から500円で買ったものの、値段にふさわしく、あまり聴きませんでした。

それがいつごろからでしょうか、たぶん十数年ほど前、「散歩の友ベストテン」に突然チャートインし、以来、しばしば歩きながら歌っています。ポールがつくった数々のバラッドのなかで、もっとも嫌味のない、あっさりした甘みのあるいい曲だと思います。

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ビートルズの曲というのはつねにそうですが、細部に工夫があり、それが積もり積もって、総体としてきわめて稀なサウンド・スケープを形成していると思います。「ただやっただけ」というトラックが目立つのはLet It Beだけでしょう。I Willでいえば、やはりなんといっても、ブリッジのそばで強くピッキングしたように聞こえるアコースティック・ギターのオブリガートです。

後年のポールのソロによるこの曲のライヴがあります。アコースティックはただコードをストロークしているだけで、面白くもなんともないのですが、逆にビートルズ・ヴァージョンの美点を浮き彫りにしてもいます。

また、ポール自身が歌っていると思われるベース・パートというか「くちベース」も効果的で、こういうささやかなアイディアを添え木としてトラックを強くしていくビートルズの手法は、やはりたいしたものだと思います。彼らのトラックがなかなか腐蝕しない所以でしょう。

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Fools Rush Inのように、うっかり入りこんだ「天使も恐れをなす場所」も今回でおしまい。次回は鈴木清順に戻れます。


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Help!
Help!

ラバー・ソウル
ラバー・ソウル


The Beatles
The Beatles
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by songsf4s | 2010-02-06 22:49 | その他
I Don't Want to Spoil the Party by the Beatles
タイトル
I Don't Want to Spoil the Party
アーティスト
The Beatles
ライター
John Lennon, Paul McCartney
収録アルバム
For Sale
リリース年
1964年
他のヴァージョン
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週刊朝日一件をチラチラ見ていて、こうなるということが天下に曝されただけでも、政権交代は意味があったな、と思いました。醜いはらわたがのぞける地割れでした。

なんて、いつになく天下国家のことを書くと、われながらひどく不似合い。おまえ、いま立っているのは奇蹟だ、明日にはまちがいなく死んでいる、といわれたら、何党もどこ党も検察も弁髪もイワシの頭も知ったことじゃありません。

じゃあ、なにを気にするでしょうね。いまならば、梅の咲きぐあい、ふきのとうが出ていないか、どうも妊娠の気配があるわが家の外猫のようす、メジロの飛来する数と頻度と鳴き声、なんていう、まわりの「自然」(「半自然」というべきか)のことじゃないでしょうか。

そういえば、このあいだ、リスがうちの柚子をもっていくところを目撃しました。餅は餅屋、わたしなんか、トゲに刺されてひいひいいいながら実を採りますが、リスはあの剣の山を舗装道路のようにするすると登っていき、しっかり実を叩き落とし(かじり落として)、降りて拾い直し、悠々と去っていきました。

思いましたね。あいつがわたしを怖がらなければ、どんどん下に落としてもらい、それを拾うという戦術をとれば、トゲに刺されることはなくなる、なんとか手なずける方法はないものか、とね。しかし、リスの上前をはねるようじゃ、人間も終わりだな、と考え直しました!

◆ For Sale:どうせ売りもの買い物、あたしゃしがない安女郎 ◆◆
今日もやるのかよ、と半信半疑で、三日目の「ライヴ更新」に突入です。またしても、テキトーにでっちあげた楽曲リストをコピーしておきます。

No Reply
I'll Get You
You're Gonna Lose That Girl
I'll Be Back
All I've Got to Do
Ask Me Why
I Should Have Known Better
Yes It Is
How Do You Do It
I Will
I Don't Want to Spoil the Party
What Goes On
If I Fell
You Won't See Me


繰り返しになりますが、順番には意味がありません。ランダムです。

For Saleはあまり評判のよくないアルバムで、「疲れた表情を見せるファブ4を捉えた陰鬱なジャケット」などと、外見にまでケチをつけた研究書を読んだことがあります(たしか、Tell Me Whyというタイトルで、悪くない本だった)。

しかし、そういうことというのは、見るほうの気分しだいでもあって、わたしは、あの望遠で撮った粒子の粗い写真が好きですし、受ける印象は「大人になったビートルズ」です。まあ、たしかに疲れてはいたでしょうけれどね。

きびしいスケデュールで、曲作りの時間をとれず、すべてレノン=マッカートニーの曲で埋め尽くされた前作A Hard Day's Nightから一転して、ロックンロール・カヴァーの多いアルバムになりました。しかし、それはしかたないでしょう。苦しいときはお互い様、って、カンケーないか。

◆ No Reply ◆◆
しかし、オリジナル曲は依然としてハイレベルなのです。そこがやはり奇蹟のソングライター・チーム、普通の尺度では測れません。なかでもとくに好きだったのはNo Reply。ひょっとして、エルヴィスのReturn to Senderがヒントだったりして。



もちろん、最大の理由はいつものようにジョンの声とヴォーカル・レンディションです。軽くキメたように聞こえますが、あとからAnthology収録の初期テイクを聴いて、やはり、仕上げるまでにいろいろ試みていることがわかりました。

最善のレンディションを見つけるジョン・レノンの能力はすごいものです。やはりAnthology収録のFor Saleのトラック、Mr. Moonlightの初期テイクでも、歌いだしでホールドした直後に、ポールが「いい線いってたじゃん」というのに対して、ジョンが「あとちょっとだったな」と答えているところがあります。

たしかに、九分通りうまくいったのですが、これでオーケイではないだろう、もっとうまく歌えるはずだ、と思わせるもので、こちらは岡目八目でそれがわかって当然ですが、ご当人がその場できっちり、あとちょっとだった、こんどは完璧に決めてやる、と思っていたのだから、嗚呼ジョン・レノン、とため息が漏れました。

No Replyも、最後はきっちりキメにいった、というみごとなヴォーカル・レンディションですし、声にも例によってたまらなく愛おしい魅力があります。

とりあえずここまででアップ。以下、本日も数パラグラフずつ五月雨式に追加していきます。

No Reply 初期テイク


前回のI'll Be Backとちがって、この曲ははじめから目的地はわかっていて、あとはいいテイクにむかってひた走るだけ、というパターンに聞こえます。なによりも、ジョンがキメられるかどうかに成否はかかっています。

まさに「ジョン&ポール」の時代の曲だと感じるのは、シャウト気味のI saw the lightやI nearly diedの部分です。ここで、例によってポールがリード/メロディーをtake overし、ジョンは下のハーモニーにまわっています。つまり、キーを下げないかぎり、ジョンが単独では歌えない曲だということです。いや、そういうネガティヴな言い方はやめましょう。「二人でいっしょに歌う」ことを前提として書かれた曲、というべきですね。

わたしはつねに、これがHelp!までのビートルズの本質だと思ってきました。だから、二人が別々に歌うようになってからのものでも、コール&レスポンスのようなからみ方でいいから、とにかく知らんぷりはしない曲を好んでいます。いや、まあ、その話はあとでゆっくり。

No Replyでもうひとつ魅力的なのはグルーヴです。とくに、二本のギターが裏拍にアクセントを置くリズムをつくっているのが、子どものころは、なんだかすごく大人っぽいサウンドに感じられましたし、いまでもこのアレンジはクレヴァーだと思います。

◆ I Don't Want to Spoil the Party ◆◆
友人がパティー・ペイジのテネシー・ワルツの78回転盤をもっているのですが、レーベルにはPatti Page with Patti Pageと書いてあります。ごくごく初期の多重録音なので、その点を強調したかったのでしょう。

その伝でいうとI Don't Want to Spoil the Partyは、「ジョン・レノン&ジョン・レノン・ウィズ・ザ・ビートルズ」というところでしょうか。ヴォーカル・デュエットはジョン・レノン自身によるオーヴァーダブ、うしろのウーアー・コーラスはポールとジョージでしょう。ただし、ミドル・エイトでは、ジョンが下のハーモニーにまわり、高いところにいくメロディーはポールが引き継ぐという、いつものスタイルになっています。



また聴き直していたら、どこがどういいというのがすごくむずかしく感じられてきて、タイプの手が止まってしまいました。

好きなのは、たとえば、

There's nothin' for me HERE

I wonder what went WRONG

といったあたりのジョンの声と歌い方です。いや、そういう言い方だと、どうも具合が悪いですな。ヴァース全体にジョンのヴォーカルの魅力が横溢していて、部分で捉えてみても仕方がないような気もします。

なんだか、まぶたが痙攣するし、頭はややボケ気味、タイピングはスロウダウンなので、今夜はこのへんにしておきます。
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by songsf4s | 2010-02-03 23:53 | その他
I'll Be Back by the Beatles
タイトル
I'll Be Back
アーティスト
The Beatles
ライター
John Lennon, Paul McCartney
収録アルバム
A Hard Day's Night
リリース年
1964年
他のヴァージョン
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コメントがあったりすると、いよいよ抜き差しならぬことになり、ビートルズの話題をもうすこしつづけようと思います。いや、今日もシンデレラ・タイムまでの残り時間僅少で、映画のことを書く余裕はないので、休むかビートルズか、二つにひとつの選択なのです。

残り時間からいって、今日も五月雨式に数パラグラフ単位で更新することになりそうです。おひまな方は、ほかのことをなさりながら、ときおり当家の画面をリフレッシュなさってみてください。

◆ 「コーラス」というこたえ ◆◆
なんでもいってみるものだと、毎度のことながら、今回も痛感しました。前々回の「And Your Bird Can Sing (early take)」という記事で、ささやかなクイズを出しました。

その記事で、目下の好みはHelp!のA面であるとしたうえで、わたしは「しかし、Help!のA面がベストというのも、『ジョン・レノンの声だけ』という基準とあまり懸隔のない、特殊な基準から考えているのかもしれません。Help!のA面のなかでも、とくにどれがいいと考えているかというと、Another Girlだからです! この基準でいうと、二番目にいいのはThe Night Beforeです。どういう基準かわかりますか?」と書きました。

友人たちの「回答」は、tonieさんはドラムだと思ったとのことで、正解。やっぱりバレバレなのね~、でした!

さてもうお一方、キムラセンセの回答は「コーラス」でした。わたしは一瞬首をかしげ、うん、そう考えるのも無理はない、こちらも正解かもしれない、たんにわたしが用意した「正解」とはちがうというにすぎない、と思いました。いちおう、前々回と同じクリップを貼りつけておきます。

The Beatles "Another Girl"


The Beatles "The Night Before"


刻限が来たので、ここまででいったんアップし、残りは数パラグラフずつ、五月雨式にアップします。

さて、Another GirlもThe Night Beforeも、どちらもポールの曲ですが、この時期のビートルズだから、当然のように背後にはずっとジョンの声が聞こえます。The Night Beforeだって悪くはありませんが、Another Girlのミドル・エイトでのジョンのハーモニーがじつにけっこうなのです。

アプリオリにジョンとポールがいっしょに歌うことになっていたのは、Help!までといっていいでしょう。Rubber Soulでは、二人のソロ・ヴォーカルが目立つようになります。「ビートルズとはすなわちジョン&ポールのデュオである」といえる、これが最後のアルバムでした。

◆ All I've Got to Do ◆◆
それでは前回のリストにもどって、またあれこれいってみます。前回を参照しないでもいいよう、まずリストをコピーしておきます。

No Reply
I'll Get You
You're Gonna Lose That Girl
I'll Be Back
All I've Got to Do
Ask Me Why
I Should Have Known Better
Yes It Is
How Do You Do It
I Will
I Don't Want to Spoil the Party
What Goes On
If I Fell
You Won't See Me

このリストはランダムであり、構造化していないので、並び順は気にしないでください。ここからのコメントはリリース順にしたがって書きます。

まあ、あれこれ書くまでもなく、ジョン・レノン・ファンなら当然という曲も多いのです。All I've Got to Doも、ジョンの声を第一の理由にして選んだ曲です。後年とちがって、きちんとポールが上のハーモニーを歌っていて、こういうところもビートルズは66年まで、という理由のひとつです。



それから、子どもとしては、ポールのベースにも、へえ、と思いました。こういう入れ方があるのかあ、です。いま、すれっからしの大人の耳で聴いても、このヴァースでのベースはクリエイティヴなフレージングだと思います。いやまったく、ハーモニック・センス抜群なうえに、テクニカルにいっても超一流でグルーヴも文句なし、とんでもないベース・プレイヤーだったと思います。

◆ If I Fell ◆◆
If I Fellもジョン・レノン・ファンなら当然という曲でしょう。ビートルズ以外はやらない無茶苦茶なヴォーカル・アレンジで、これがほとんど彼らのスタイルになっていたといっていいでしょう。



冒頭、ジョン・レノンがひとりで歌う、If I fell in love with youからthan just holding handまでは、もう二度と出てこないので「前付けヴァース」です。わたしはスタンダード曲の前付けヴァースというのが大嫌いで、どれもこれも不必要だと何度も書いていますが、さすがはレノン=マッカートニー、If I Fellは前付けヴァース抜きには考えられない曲です。

やはり、スケールがまったくちがうソングライター・チームだったことが、こういう小さなところに明瞭にあらわれています。使い捨ての前付けヴァースにすら、上出来のメロディーを惜しげもなく注ぎ込めたのは、ケチケチしなくても、これくらいのものならいつでも書けたからにちがいありません。

前付けヴァースも尋常ならざるコード進行で、子どものときは、なんなのこれは、と戸惑いました。ヴァースにはいると、すこしノーマルに近づきますが、それでもやっぱり変。

しかし、もっと変なのはジョンとポールのハーモニー。ヴァースに入ったとたん、ジョンは下のハーモニーにまわり、メロディーはポールが引き継ぐのです。これが奇天烈な捻れ感を生み、メロディーやコード進行のイレギュラリティーとあいまって、なんともいえない気持がいいような悪いような不思議なテクスチャーをこの曲にあたえています。好き嫌いはひとまずおいても、If I FellはA Hard Day's Nightでもっとも強い印象を残すトラックでした。

◆ I'll Be Back ◆◆
いま、ふと気づいたら、前回の記事を今回の記事の冒頭で置き換えてしまったことに気づき、あわてて手元のファイルに戻って修正しました。いろいろなミスをするものです。眠いは、疲れているは、だから、そういうバカなミスをするわけで、この曲で本日は終わりにします。

I'll Be Back (official release)


いまになると、ビートルズのカタログがすごいのは、一時期、シングルA面曲がことごとくチャートトッパーになったことではなく、こういう、はじめからシングル・カットするつもりのない曲がきわめてレベルの高い仕上がりになっていることのような気がします。ビートルズを聴いて、ブライアンがfillerのない、全曲がすぐれているアルバムをつくろうと決心したのはよくわかります。ダメな曲がないのです。すごくいい曲と、いい曲と、まあまあの曲だけで、ダメな曲というのがないのです。

それはそれとして、I'll Be Backは、ビートルズのカタログのなかにあって、ちょっと異質な要素があると感じますが、その正体がなんだかわからず。アップテンポなのにアコースティックだからでしょうかね。でも、これでエレクトリックにすると、違和感があるのです。

I'll Be Back (totally different arrangement)


はじめはワルツだったのだから、おやおや、です。後半に入っている4/4のエレクトリックはデモでしょう。こういうアレンジに変更したらどうかといってやってみただけ、というように聞こえます。ワルツより4/4のほうがいいが、でも、まだなんだかちがう、というので、ギターをガットとアコースティックにして、リリース・ヴァージョンができあがったのでしょう。

子どものころ、待ち受けたフレーズは、I thought you would realiseのところです。ここ、音韻的には完璧にきれいにキメられたわけではありません。ちょっとスムーズではないのです。でも、そこがかえって魅力になるというパターンです。

古今亭志ん朝が、オヤジの噺が、ウーとかアーでよく止まってしまうのがイヤで、どうしてつっかえるんだい、ちゃんとさらっておきゃいいじゃないか、といったら、そりゃなあ、おまい(とたぶん高座の志ん生の調子で!)、つっかえると、客がグッとまいに出てくるのがわかるんだよ、と答えたそうですが、そういうことですな。軽い引っかかりがあると、客は思わずグイと引っ張られてしまうのです。

もう頭も手もヨレヨレになったので今夜はここまで。「ライヴ」でお付き合いいただいた方には、お礼を申し上げます。


A Hard Day's Night OST
A Hard Day's Night
A Hard Day's Night

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by songsf4s | 2010-02-02 23:56
I'll Get You by the Beatles
タイトル
I'll Get You
アーティスト
The Beatles
ライター
John Lennon, Paul McCartney
収録アルバム
N/A (45 release)
リリース年
1963年
他のヴァージョン
f0147840_115394.jpg

ビートルズの話はワン・ショットのつなぎのつもりだったのですが、きょうもまだ頭のなかはジョン・レノンの声で埋め尽くされているので、鈴木清順と宍戸錠の『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』は、今日も先送りにさせていただきます。日活ファンのみなさんには、どうかあしからず、と申し上げておきます。

◆ 軽くこじれてみる ◆◆
たとえば、古今亭志ん生をしつこく聴いているうちに、だんだんこじれてきて、好きなのは「火焔太鼓」ではなく、「佃祭」だの「二階ぞめき」だのと、妙なところに入りこんでいったりします。

これがビートルズともなると、こじれにこじれ、裏の裏の裏の裏で、結局、表に戻ってI Want to Hold Your Handがいい、などと言い出しかねないまでにふかーくふかーく掘ってしまいます。それではあまりにも高踏的かつアヴァンギャルドすぎて、だれにも話が通じなくなるので(通じるってば>俺)、ここではノーマルに、一回転半のこじれ、ぐらいで考えてみます。

だれにもそんなことはきかれないのに、自問自答しますが、「一回転半ひねる」とどういう曲が出てくるか? 筆頭はやっぱりI'll Get Youであり、Thank You Girlでしょう。とくに前者は、デビュー時の超高速時空のなかで、うっかりB面に入れてしまったジェムであり、むしろ、アルバム・トラックとして、重要なポジションをあたえるべきだったと思います。たとえば、It Won't Be Longのような、ノン・シングルの重要曲を思いだしていただきたいわけです。No Replyでもいいですけれどね。

いや、まあ、そこまでいうと、I'll Get Youには家賃が高すぎるかもしれませんが、公式見解でなく、友だちどうしの酒の席の話なら、わたしはI'll Get Youをビートルズのベスト14にいれます。なんで14なんだって? イギリスのLPのトラック数に決まっているじゃないですか。

ごちゃごちゃいわずに、「一回転半のひねり」で14曲を選んでみましょうか。

No Reply
I'll Get You
You're Gonna Lose That Girl
I'll Be Back
All I've Got to Do
Ask Me Why
I Should Have Known Better
Yes It Is
How Do You Do It
I Will
I Don't Want to Spoil the Party
What Goes On
If I Fell
You Won't See Me

ほとんど即興ですが、なかなか味があるじゃないか、と自画自賛しちゃいました。リンゴのリードは入れたのに、ジョージが入っていないのは不公平かもしれません。Devil in Her HeartかDon't Bother Meでしょうかね。いいえ、嫌がらせでこの2曲を挙げたわけではなく、はすに構えたわけでもなく、ジョージがリードをとったものとしては、わたしはまじめにこの2曲が好きなのです。でも、これでは泉下のジョージが赤面するかもしれないのですこし妥協すると、I Need Youでしょうか。

この即席リストをあれこれつつきまわすだけで、とうぶんのあいだ当家は、ほかになにもできなくなるような気がします。

思うのですが、上のリストを見て、快哉を叫んだ方が一握りはいらっしゃるのじゃないでしょうか。「だれもがずっといいたかったのに、どうしてもいいだせなかったビートルズについての7つの事柄 その1」なんていうタイトルにしてもいいか、と思うほどです。呵々。

ためしに、何曲かについて、なぜ選んだのかを書いてみましょうか。

◆ How Do You Do It? ◆◆
たかだか20年ぐらいしか聴いていない、というのが最大の理由です。まだ気分が摩滅していないのです。最初に聴いたときは、やっぱりジョンの声はすごい、と感じ入りました。この曲のギター・ブレイクからしてすでに遅れているジョージも、めずらしい人だと思います。ふつうは走るか突っ込むかするものなんですがね!

ビートルズ ハウ・ドゥー・ユー・ドゥー・イット


ただし、どちらのほうにヒット・ポテンシャルがあるかといったら、やはりジェリー&ザ・ペイスメイカーズのヴァージョンです。YouTubeにはライヴしかないので、彼らのヴァージョンはオミット。

ジョンとポールのレンディションは、「最低限の義務は果たした」といったあたりで、気が乗っていないのは明らかです。しかし、この楽曲とジョンの声の組み合わせは、やはりおおいに魅力的。

◆ Ask Me Why ◆◆
How Do You Do It?は風向きしだいで14曲からはずしてしまうでしょうが、Ask Me Whyは昔からつねに上位にとどまっています。理由は説明するまでもないでしょう。やはりジョンのヴォーカル、もっと正確にいえば、これほどジョンの声が魅力的に捉えられた録音はほかにあまりない、ということに尽きます。Makes me CRYのところでの、ヴォイス・クラッキングをお聴きなさいというのですよ。これがジョン・レノンとグラム・パーソンズの共通の魅力です。



いやはや、この曲はまずいですな。涙腺の元栓を狙い撃ちしてきます。

◆ I'll Get You ◆◆
まあ、正直にいえば、I'll Get Youを「ビートルズの14曲」に入れるのは、ちょっとやりすぎと思います。でも、散歩のときの鼻歌レパートリーとしては、つねにベスト・テンから脱落したことはなく、いまでもよくイマージン・アイム・イン・ラヴ・ウィズ・ユー、イッツ・イージー・コズ・アイ・ノウとがなっています。many, many, many times beforeと、never, never, never, never blueの繰り返しが楽しく、また、ちょっと難所でもあります。



ほんの初期だけですが、ビートルズは、というか、ジョン・レノンは、チャック・ベリーのひそみに倣ったのか、飾りとしてしばしば6thの音を入れました。この曲のリズム・ギターも、6thなんかなくてもまったく差し支えないのですが、いまになると、6thを入れるところがまさに初期のビートルズらしさに感じられます。

いま、6thを使わないアレンジを想像してみました。たぶん、ノーマルなコードでやると、甘みが強くなってしまったのではないでしょうか。6thをはさむロックンロール・リズム・ギターにすることで、微妙な甘みをつくりだしたように感じます。

これはささいなことのようですが、ビートルズのヒット・レシピの本質はそこにあったような気もします。美しいバラッドにロックンロールの「よごし」をかけて、時代の好尚にピッタリ合ったビター・スウィートネスを生み出した、といったあたりです。


Anthology 1
Anthology 1
Anthology 1


Please Please Me
Please Please Me
Please Please Me


Past Masters
Past Masters, Vol. 1
Past Masters, Vol. 1
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by songsf4s | 2010-02-01 23:54 | その他