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ハーマンズ・ハーミッツの映画『レッツ・ゴー! ハーマンズ・ハーミッツ』(ミセス・ブラウンのお嬢さん)

先日、クリフ・リチャードとシャドウズの『太陽をつかもう!』(Finders Keepers)をとりあげたとき、同じころにハーマンズ・ハーミッツの映画も見たような気がしたのですが、タイトルを思いだせなくて検索してみました。

『レッツ・ゴー! ハーマンズ・ハーミッツ』というそうで、いかにも映画館を出たときにはもう忘れていること保証付きといいたくなる、凡庸が凡庸の羽織を着て凡庸の披露目にきたようなタイトルです。よく、こんなタイトルで金をかけてスーパーインポーズやらポスターやらなにやらをつくったものだと、むしろ感心しますな。原題はMrs. Brown You've Got a Lovely Daughterすなわち、ビルボード・チャート・トッパー「ミセス・ブラウンのお嬢さん」です。

f0147840_047282.jpgMrs. Brownがビルボードのトップに立ったのが1965年、この映画の日本公開が68年、製作も同年なので、曲がヒットしてから3年もたっています。こういうタイミングの悪さの裏には、きっとやむにやまれぬ事情があったにちがいありません。早い話が、セールスは危機的状況にあり、まだ商品価値があるうちに、昔の大ヒット曲をネタにもう一稼ぎしてから店仕舞い、といったあたりじゃないでしょうか。

それにしても、なにか思いださないかと粘ってみたのですが、この映画、見たということしか記憶になく、中身はきれいさっぱり忘れてしまったようです。ショットひとつ記憶にありません。考えてみると、68年ですから、時期からいって、見に行ったこと自体が不思議といっていいほどで、覚えていないのも無理はないか、と思います。

1968年には日本もサイケデリック一色になっていました。この年にどんな盤を買ったかつらつら考えると、なによりもラスカルズを3枚買ったことが思いだされます。とくにOnce Upon a Dreamと、その直前のシングルIt's Wonderfulはサイケデリックに強く傾斜したものでした。

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ジミヘンのAxis: Bold As Loveを買ったのもこの年でしょう。キンクスのSomething Elseも同様。バターフィールド・ブルーズ・バンドのEast-Westを買って、マイケル・ブルームフィールドのプレイに仰天したのもこの年でした。この時期、もっとも好きだったシンガーはスティーヴ・ウィンウッドで、SDGのベストと、トラフィックの1枚目は68年に買ったと思います。トラフィックのデビュー盤のイギリスでのリリースは67年でしょうけれど。

このへんのアーティストをご存知の方なら、15歳のわたしがどういうロックンロール・キッドだったか、アウトラインはおわかりだろうと思います。ハーマンズ・ハーミッツの盤を買ったのは小学校六年のときだけなので、もうほとんど縁は切れていました。それなのに映画を見に行ったのだから、奇妙というか、人間はそういうものというか、どういうことだよと、中学三年のわたしを問いつめたくなります。

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どうであれ、映画は印象的ではなく、もはやハーマンズ・ハーミッツ・ファンだった時代ははるか彼方に去り、ギターをギュイーンとやりたい年ごろの少年は、ぜんぜんべつの方向を見ていたのでした。翌年、有楽町のみゆき座に朝から並んで『イージー・ライダー』を見たときのショックと、なんたる落差。

◆ 蜜月 ◆◆
しかし、季節はめぐるサークル・ゲーム、いまでは少年の潔癖、峻烈な批判精神など、跡形もなく消え去っているので、ハーマンズ・ハーミッツだって、べつにどこも悪いことはないじゃないか、と思います。

ミッキー・モストという人は、プロデューサーというより、古き良き時代の「A&Rマン」として、きわめて有能だったと思います。ピーター・ヌーンにはピーター・ヌーンの、ジェフ・ベックにはジェフ・ベックの、それぞれの持ち味があり、それを十分に見極めて、「アーティストとレパートリー」を結びつける役割を十全に果たしたから、大量のヒットを残せたのでしょう。

映画『ミセス・ブラウン』は、もうハーマンズ・ハーミッツが下降期すら通り過ぎて、「消滅期」に入ってから製作されていますが、その二年前にHold Onという映画がつくられています。

Hold On trailer


この予告編を見て、一瞬だけ出てくるWhere Were You When I Needed Youという曲が、知っているのにアイデンティファイできず、しばらく考えて、ようやく、ああ、グラス・ルーツか、と思いだしました。

Where Were You When I Needed Youの段階では、まだグラス・ルーツが存在していなくて、フィル・スローンとスタジオ・プレイヤー、それにドラム・ストゥールにはエンジニア/プロデューサーのボーンズ・ハウが坐って録音されたそうですが、この曲もミッキー・モストに提供されたことは失念していました(Hold Onのサントラをもっていて、そこにちゃんと収録されているのだから、「知らなかった」わけではないが、まったく記憶していなかった)。

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小学校6年のときに最初に買ったハーマンズ・ハーミッツの盤は、「あの娘にご用心」すなわち、スティーヴ・バリーとフィル・スローンが書いたShe's a Must to Avoidです。

サンプル She's a Must to Avoid

記憶が薄れてしまいましたが、たしか、ハーマンズ・ハーミッツのアメリカ・ツアーのとき、ミッキー・モストがスローンに連絡を取り、曲を書いてくれないかと依頼したのだったと思います。これもあやふやで、べつのときのことととりちがえているかもしれませんが、パートナーのスティーヴ・バリーは乗り気ではなく、ほとんどスローンがひとりで、短期間に数曲書いて、モストにわたしたということでした。

その一曲がShe's a Must to Avoidで、1966年はじめにビルボード8位までいっています。わたしはもう中学入学直前ですが、このシングルはよく聴きました。いや、いま思いだしましたが、これより前に、Just a Little Bit Better(邦題失念)のシングルと、Mrs. Brownなどが入ったEPを買いました。その後、Listen Peopleまで買って、それで終わりになったと思います。There's a Kind of Hushは、ラジオで聴いて存在は認識していましたが、買いませんでした。

サンプル Just a Little Bit Better

わたしがハーマンズ・ハーミッツを買ったのはごくわずかなあいだで、フィル・スローンがハーマンズ・ハーミッツのために曲を書いたのもたぶん一度だけ、結局、65年から66年ぐらいが彼らの人気のピークで、以後は右肩下がりの一本道でした。

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あの時代はEPをよく買った。このジャケットはアメリカの中古盤屋で見つけたが、これと同じものをまだもっている。価格は30ドルだそうだが、安いのだか高いのだか、さっぱりわからない。

68年に彼らの映画を見に行く必然性はまったくないのですが、それでも出かけたのは、たぶん、あの時代らしさといっていいのでしょう。なにしろ、好きなアーティストが動く姿など、見る機会がほとんどなかったのです。

ずっと後年、NHKがエド・サリヴァン・ショウのダイジェストをやったときに、はじめてラスカルズのクリップを見て、文字での知識の通り、ディノ・ダネリがスティック・トワーリングをやっているのを確認したってくらいで、動画に関するかぎり、日本は真空状態でした。だから、そういうものを見るチャンスがあれば、昔ちょっと好きだったという縁だけで、映画館まで足を運んだのです。

まあ、こういう映画が、映画の世界では無視され、忘却の淵に沈むのは、しかたないのでしょう。同時代のファンによって「消費される」ためにつくられたものだったのですから。ただ、それをいうなら、映画というのは本質的に、同時代の人間に「消費」されるもののはずで、とくにクリフ・リチャードの映画やハーマンズ・ハーミッツの映画だけが差別されなければならない、合理的な理由は、わたしには見つけられないのですが……。
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by songsf4s | 2009-09-30 23:51 | 映画・TV音楽
Between Today and Yesterday by Alan Price
タイトル
Between Today and Yesterday
アーティスト
Alan Price
ライター
Alan Price
収録アルバム
Between Today and Yesterday
リリース年
1974年
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久しぶりの連日更新をしたのは、連休に入ってから、一日のユニーク・ユーザー数カウンターが200台を回復したからです。200をはさんで行ったり来たりするようになれば、ピーク時の250を前後するのも目前ではないかというスケベ根性を起こしました。

お戻りになった昔のお客さんにも、新たに訪れたお客さんにも、心からお礼を申し上げます。



◆ アラン・プライスその後 ◆◆
先日もちょっとふれましたが、このところ、しばしばアラン・プライスを聴いています。ご存知ない方もいらっしゃるかもしれませんが、アラン・プライスはアニマルズのオルガニスト、アレンジャーとして、最初にわれわれの前に姿をあらわしました。もともと、アラン・プライスのバンドとエリック・バードンの仲間が合体した、自民党のようなバンドだったらしく、早期の分裂はスタートの時点から運命づけられていたようです。

その後、アラン・プライス・セットなるグループで、フワッと軽い、あと口のさわやかなホワイトR&Bの盤を数枚残しました。イギリスでもそこそこの人気があり、旧大英帝国の版図においてもスターであると、当時、うちの学校に交換留学できていたニュージーランドの高校生がいっていました。



わたしが、I Put a Spell on Youは、ニーナ・シモンのヴァージョンより、アラン・プライス・セットのほうがあっさりしていて、粋で、ずっと出来がいい、ただしだな、日本ではアラン・プライスの盤は手に入らない、俺はラジオで聴いた、といったら、あっというまに日本語ぺらぺらになったこのニュージーランド人は、大喜びしていました。Oye Wayne, where are you now?

アラン・プライス・セットの盤は入手困難で、I Put a Spell on Youは、福田一郎の日本未発売の盤をかける番組で何回か、さらにFENで何回か聴いただけでした。アメリカではマイナー・ヒットで、トップ40に届きませんでした。

◆ 映画音楽へ ◆◆
70年代以降のアラン・プライスは、映画音楽作曲者としてのほうがよく知られているでしょう。マルカム・マクダウエル主演のO Lucky Manのスコアが評判になりました。リリアン・ギシュとベティー・デイヴィス(本邦で云えば差詰め山田五十鈴と杉村春子か!)の『八月の鯨』(Whales of August, 1987)の極度に音のすくないスコアも、映画ともども印象に残っています。

O Lucky Man


The Whales of August


しかし、どれほど映画音楽の世界で名声を得ようと、わたしにとっては、アラン・プライスはやはりアニマルズのオルガンであり、I Put a Spell on Youのシンガーであり、そして、なによりもBetween Today and Yesterdayの人でした。

Between Today and Yesterdayというアルバムをご存知の方がどれくらいいらっしゃるでしょうか。当時、日本ではリリースされなかったのではないかと思います。わたしは、以前書いた、1974年夏の「決死の密輸大作戦」のときに、短期間に集中的に買った数十枚の一枚として入手しました。わたしにとって、これがはじめて手にしたアラン・プライスの盤でした。APSのデビューがたしか1966年ですから、アラン・プライスの一枚にたどり着くのに、ほとんど永遠の時間がかかったことになります。

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そのような艱難辛苦(てえほどじゃあござんせんがね)が背景にあったからということではなく、結局、わたしは、アラン・プライスはBetween Today and Yesterdayに尽きると考えています。いや、Price to Playだって悪くないし、楽曲単位ではいくつかいいものがありますが、アルバムということになると、Between Today and Yesterday一枚あれば、それでいいでしょう。

◆ だれも聴かなかったLP ◆◆
他人の評価と自分の評価が一致しないなんていうのはざらにあることで、いちいちあげつらうほどのことではありませんが、Between Today and Yesterdayほど、だれかが言及したのを見かけなかったアルバムはないといっていいほどです。どこぞのブログで、しきりにmasterpieceを連発している人がいましたが、この人だけが唯一の知己といっていいほどです。

いや、評判が悪いのではありません。評判が「ない」のです。悪評すらないのだから、要するに、だれも聴かなかったということでしょう。

古いものの評価というのは、リイシューのありようによっても決まると思います。アラン・プライスは地味なアーティストですから、CD時代の到来とともに、どっとリイシューがはじまった、などということはありません。しみったれたベスト盤からはじまって、まともなアンソロジーがリリースされ、そして、90年代なかばにオリジナル盤のリイシューがはじまりました。

ところが、わたしが好きではないアルバムはどんどんCD化されるのに、Between Today and Yesterdayの順番はついにまわってきませんでした。いや、わたしが盤漁りをやめてからリリースされたのですが、探しているあいだはついに見つけられず、結局、数年前、状態の悪い手元のLPをディジタル化しました。

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なぜかリイシューの網の目から漏れてしまう盤というのがあるものです。そういうのにかぎって、好きだったりするところが不思議ですがね。同じように、不遇だなあ、と思ったアルバムは、ジョニー・リヴァーズのL.A. Reggaeです。ジム・ゴードンとジョー・オズボーンがリラックスしたすばらしいグルーヴをつくっているし、Rockin' Pneumonia with Boogie Woogie Flu(ニューモニアのスペルを思いだせなかった。口惜しい!)という大ヒット曲もあるのだから、最初にリイシューされてもおかしくなかったのに、これまたCD化は遅れに遅れ、つい最近、やっと2ファーで出ました。

人間の運不運といっしょで、盤の場合も、質の問題ではなく、たんなる不運からだれにも相手にされないものというのがあるわけで、がっかりしちゃいますよ。

まあ、一歩退いて考えるなら、うまくジャンルにはまってくれない、というのがまずかったのでしょう。Between Today and Yesterdayは、ロック的ではないし、ポップ的ともちがうし、じゃあなんだ、というと、キャッチフレーズらしきものは出てこず、曰く言い難し、になってしまうのです。そのへんが、Pet Soundsやハーパーズ・ビザールのAnything Goesに似ています。

◆ サンプル ◆◆
すこし、サンプルをアップしました。Between Today and Yesterdayというアルバムのいいところは、総体としてよくできていることにあるので、単独の楽曲を取り出すのはあまり好ましいことではないと、いちおうお断りを申し上げておきます。

LPではA面、B面とはいわず、Yersterday sideとToday sideとなっていたのですが、そういう趣向もCDになってはすべてパアです。区分けは単純で各面6曲ずつ。

Yesterday side
01_Left Over People
02_Away, Away
03_Between Today and Yesterday
04_In Times Like These
05_Under The Sun
06_Jarrow Song

Today side
07_City Lights
08_Look at My Face
09_Angel Eyes
10_You're Telling Me
11_Dream of Delight
12_Between Today and Yesterday

となります。2種類あるBetween Today and Yesterdayは、最初がピアノ・ヴァージョン、エンディングがフルオーケストラ・ヴァージョンです。

どれを取り出すかは思案のしどころですが、迷いに迷ったので、アラン・プライス自身がシングルに選んだ曲とテーマのオーケストラ・ヴァージョンにしました。

サンプル Jarrow Song (45 ver.)

自伝的なこのアルバムのなかでも、もっとも自伝的な曲かもしれません。組曲になっていて、途中からまったくちがう曲になります。つなぎ方も含めてすぐれたトラックです。ピアノとストリングスの間奏もけっこう。オーケストレーションは比較的シンプルですが、当時のわたしにはちょうどいいぐらいの使い方で、気に入っていました。

サンプル In Times Like These (45 ver.)

昔から、When the money doesn't go far, we end up drinking up jamjarの意味がわからなくて、ずっと気になっています。

サンプル Between Today and Yesterday (orch. ver.)

これもそれほど複雑なオーケストレーションではありませんが、なにしろコード進行がシンプルなので、ピアノ・ヴァージョンは途中でダレるところがあり、それを回避するには、やはりオーケストラを加えるのはひとつの解決策ではあります。オーケストラによって、うまく厚みと広がりをつくっています。

これを聴いたころは、オーケストラの入った盤というのが好きで、ハーパーズ・ビザールのAnything Goesや、ビーチボーイズのCarl & the Passionsのデニス・ウィルソンの曲などをよく聴いていましたが、アラン・プライスのBetween Today and Yesterdayもその文脈に収まります。

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◆ 他のアルバム ◆◆
どうせだから、他のアルバムから、昔よく聴いたトラックを2種加えておきます。

サンプル I Put a Spell on You

この曲については、過去にフル・アーティクルを書いているので、よろしければご参照あれ。アラン・プライスは「うまい」タイプのシンガーではありませんが、この曲をはじめて聴いたとき、エリック・バードンよりずっといいシンガーだと思いました。くどいの、濃いのが不得手なのです。同じような理由で、プロコール・ハルムについても、ゲーリー・ブルッカーよりマシュー・フィッシャーのヴォーカルのほうがはるかに好きでした。

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サンプル Groovy Times

結局、アラン・プライスのアルバムで好きなのはBetween Today and YesterdayとPrice to Playだけのような気もするのですが、これは後年のもののなかではわりによく聴いた、Lucky DayというLPのA面2曲目のミディアム・バラッド。アップ・テンポで入り、バラッドで受ける、というのは、王道を行くシークェンスの作り方ですな。

このアルバムも不遇で、いまだにCD化されていないようです。Rising Sunという退屈なアルバムのボーナスとして3曲がとられているのみで、話があべこべ。Lucky Dayのリイシューに、ほとんど聴くべきもののないRising Sunから1、2曲ボーナスとして入れる、が正しいリイシューのやり方です。ものごとの順番もわからない唐変木の会社が多くて、買うほうは苦労の種が尽きませんよ、まったく。

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by songsf4s | 2009-09-28 23:57 | その他
クリフ・リチャードとシャドウズの映画『太陽をつかもう!』(Finders Keepers)

前回、記事をアップしたあとになって、クリップがないからとネグッてしまった曲が気になったので、改めてサンプルをアップしました。

サンプル Both of Us by Manassas

先にクリス・ヒルマンが行き、つぎにスティルズがリードをとります。彼の好むセッティング、自分の声を際だたせる演出です。

昔はそんなことはチラとも考えませんでしたが、ひょっとしたらスティルズはグラム・パーソンズのファンで、クリス・ヒルマンをバンドに招くことで、自分がフライング・ブリトー・ブラザーズにおけるグラムの位置になるようにしたのかもしれません。すくなくとも、ブリトーズのデビュー盤におけるグラムとクリスのバランス(エヴァリーズへのオマージュだったことにも気づいたのか?)に興味をもったから、クリスに声をかけたのだと思います。

f0147840_2355925.jpgサンプル Midnight in Paris by Stephen Stills (feat. Donnie Dacus on lead vocal for the 1st verse, with Stills on harmony)

セカンド・リード・ギターとヴォーカルを担当し、この時期、スティルズ・バンドの現場監督だったドニー・デイカスが先にリードをとり、スティルズが薄いミックスでハーモニーをつけています。スティルズの嫁さんも加わっているかもしれません。フランス語になるセカンド・ヴァース(嫁さんがたしかフランス人だった)でおもむろに御大登場、場をさらう、拍手拍手という、またしても同じ演出です。

f0147840_2394218.jpgしかし、「真夜中のパリ」というタイトルで、なんでラテン風味なのでしょうかね。ジョー・ララがいけない? もうひとつ、いま聴いて思うのは、このドラマーのタイムとスネアのチューニングが、ダラス・テイラーによく似ていることです。スティルズというのは、ドラマーをよく理解していたのかもしれません。好みが明確で、プレイヤーの選択基準が第三者にもはっきり見えます。

◆ まだら模様のサマー・オヴ・ラヴ ◆◆
映画を見る時間はなかなかつくれず、いっぽうで、ノスタルジアのヒステリー状態とでもいう妙なことになっていて、ああ、あの曲が聴きたいな、と思うと、それからそれへとつぎつぎに、しばらく聴いていなかった曲を思いだし、ずるずると記憶をたぐっています。

先日、クリフ・リチャードのI Could Easily Fallのことを書いたら、そういえば、と思いだしたのが、Finders Keepersです。

いや、曲のほうはいまだにシングルをもっていて、何年か前にディジタル化してあるので、そちらは懐かしいというほどではありません。問題は映画です。

オープニング


1967年の夏休みに入ってすぐのことでした。バンド・メイトと有楽町の東映パラスまで、このクリフ・リチャードとシャドウズの『太陽をつかもう!』を見に行きました。

1967年夏といえば、アメリカ現代史ではSummer of Loveと呼ばれる特別な夏です。ヒッピー・ムーヴメントのピークであり、音楽的にはサイケデリックの年、ということに「なって」います。

でも、この時点では、日本はまだサイケデリックに突入していませんでした。どんなに早く見積もっても、この年の終わりごろ、いや、一年遅れだったといってもいいんじゃないでしょうか。

とはいえ、7月の終わりには、モンタレー・インターナショナル・ポップ・ミュージック・フェスティヴァルのことは雑誌で読んでいたし、ジッポのライター・オイルでストラトに火をつけたジミヘンの写真も見ていました。ただし、ジミヘンのアルバムを買ったのはもっとずっとあとでした。最初に聴いたのはHey Joeだったか、Foxy Ladyだったか、もはや記憶の靄のなか。

Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Bandも世界同時発売だから、いつも半年遅れるわれわれも、やっとリアルタイムでビートルズのリリースを聴けることになり(輸入盤なんてものはふつうの子どもが買うどころか、目にすることすらない時代だった)、夏休み直前に買ったと思います。ジェファーソン・エアプレインのSomebody to Loveの、ライト・ショウ付きライヴ・クリップも、すでに五月か六月には見ていました。

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だから、サイケデリックのなんたるかを知らなかったわけではなく、相応に認識し、おおいなる関心をもっていました。でも、街に出てみれば、ヒッピーなんかいやしないし、路上のフリーコンサートなんかやっていないし、テレビで見る日本のバンドは、身ぎれいにして、当たり前のラヴ・ソングを歌い、プレイの最後には深々とお辞儀をしていました。

こっちだって中学2年ですからね。世界観はそれに見合ったサイズにすぎず、頬に絵を描いて音楽を聴く人々の考え方が、未来の支配的な方向を示しているとは思いもよらず、ただ楽しいことが起きているらしい、ぐらいの認識しかありませんでした。

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世界の変化とはすなわち、人々の日常感覚の変化の集積である、なんていう単純な理屈も知らず、ライフ・スタイルの変化が長期的に社会を変革する真の原動力となる(いまどき車を乗りまわすなんてダサいじゃない、という人間が増えると、産業構造が大打撃を受け、やがて政治にまでダメージを与える。たんなる「好き嫌いの揺らぎ」がイデオロギーなんか足元にも及ばないマグニチュードで社会を揺さぶるのである。共産圏が崩壊した理由は単純明快、ダサかったからだ!)ことがわかっていないから、いま聴いている音楽が、これから世界がとほうもなく変化していく、その大波の最先端、白く砕けた部分なのだとは思ってもみませんでした。

1967年夏の日本の子どもの世界認識は白でも黒でもなく、まだらでした。うちではへヴィー・ローテーションでSgt. Pepper'sを聴きながら、有楽町までクリフ・リチャードを見に行ったのです。1964年のビルボード・チャートで、ビートルズとディーン・マーティンが共存していたようなもので、べつに異様なこととは思っていませんでした。

◆ 非傑作の楽しみ ◆◆
なんだか、ひどく大束な話になってしまいました。何十年もたって、自分の日常をふりかえり、世界史のなかのどのあたりに位置していたかを大俯瞰でながめちゃったわけです。そんな馬鹿なことはもうこれくらいにして――。

『太陽をつかもう!』も忘れられた映画といっていいでしょう。映画的な価値があると考えている人も見あたらないようです。

ダイジェスト(10分)


クリフとシャドウズは、スペインのどこかの町のクラブに雇われてプレイしに行きますが、着いてみるとクラブは閑散としていて、いったいなにがあったのだと聞くと、まちがってこのへんのどこかに核爆弾が落とされ、それが見つからなくて大騒ぎになり、飲んで歌って遊ぶなんて悠長なことはだれもしないのだ、といわれます。ここから爆弾探しということになり、もちろん、最後はめでたしめでたし、という映画です。

まあ、どう逆立ちしても、名作の、傑作の、という言葉は出ませんやね。だけど、云わせていただくなら、名作だの、傑作だのを見たい人って、どれだけいるのでしょうか。われわれが映画館に行く理由は、アートに接するためなどであるはずがないでしょうに。しばらくのあいだ、楽しい気分になりたいから金を払うのです。

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そういう意味で、『太陽をつかもう!』は、払っただけの料金に値するものでした。だったら、傑作なんかである必要はありません。なまじ芸術的なせいで、まったく楽しめない映画にくらべれば、ずっと上等です。

なぜ楽しいかといえば、音楽が水準以上の出来だったからです。テーマ曲もおおいに気に入りましたが(このあと、自分のバンドでやろうとしたが、うまくいかなかった。ギター・イントロがかっこいい)、ほかの曲も魅力的です。

This Day


映画のなかの順番としては、これはだいぶあとのほうになりますが、テーマ曲のシングル盤ではB面に収録されたバラッドです。このシングルはAB面ともによく聴きました。

La La La Song


記憶というのは微妙に変形されます。This Dayのシーンをわたしは「夜、広場の噴水のまわりを歩きながら歌う」というように記憶していましたが、上記のクリップでおわかりのように、じっさいには洞窟のなかで歌っています。広場の噴水のところで歌うのは、こちらのLa La La Songのほうでした。しかも、夜ではなく、昼間のシーン。あっちでズレ、こっちでズレ、わが記憶は惨憺たるものです。

そんなことはおくとして、この曲だって、小品ながら、楽しめる仕上がりです。ギターがよろしいですな。やはりハンク・マーヴィンのプレイでしょうか。

Time Drags By Real Slow


この曲は、シャドウズだけでやったトラックがあったような気がするが、とりあえず検索では発見できなかった。昔、繰り返し聴いた記憶があるのだが、どの盤だったか思いだせない。

Oh Senorita


これまたギターのオブリガートが楽しめます。ジョン・ロスティルのプレイも魅力的。わたしはこの人のフラット・ピッキング・スタイルが好きだということに、なぜか最近気づきました。

My Way


この映画の挿入曲は、背景に合わせてラテン的なものが多いのですが、やはりこういうロック系のものも必要です。これまた好きな曲。盛り上がります。

Washer Woman


この曲も好きですねえ。ミュージカル風につくられた映画だから、こういうプロダクション・ナンバー風のものが入っているのでしょう。

Time Drags By Real Slow (honky tonk ver.)


すでに出てきた曲のヴァリアント。映画音楽はヴァリアントの使い方のセンスで勝負は決まるといっていいほどですなあ。その意味でこの使い方は……うーん、それほどビシッとはきまっていないか。

Finale


ひとつ思いだしたことがあります。なぜこのとき、クリフ・リチャードとシャドウズに関心があったかというと、この直前にシャドウズが来日したからです。テレビで見ただけですが(スタジオだが、ちゃんとライヴでプレイした)、ライヴ・バンドとしてはヴェンチャーズより数段上、全体のサウンドも「大人」だと感じました。

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いまになるとわかるのですが、なぜ「大人」と感じたかというと、ブライアン・ベネットとジョン・ロスティルのタイムが、メル・テイラーとボブ・ボーグルのタイムより精確だからです。タイムの不精確なプレイヤーがジャストより遅くなるケースはまずありません。ほとんどすべて早くなります。この懐の浅いグルーヴは落ち着きがなく、子どもっぽい印象を与えるのです。

それから、これは年季の入ったシャドウズ・ファンの賛成は得られないかもしれませんが、わたしはシャドウズのサウンドのピークは、キャリアのピークからはズレて、66年前後ではないかと考えています。フェンダーの時期ではなく、バーンズの時期です。67年というのは、熟しすぎて腐る直前、シャドウズがいい音を出していた最後の年なのです。こんなことも、何十年もたったからはっきり見えることなのですがね。

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◆ 傑作と愚作はリヴァーシブル ◆◆
シャドウズが書き、クリフ・リチャードが歌い、シャドウズがプレイした曲は、四割以上の打率をあげています。テッド・ウィリアムズなみだから、音楽面は十分な成績です。そして、クリフ・リチャードの映画を見るときにわれわれが期待するものもまた、楽しい音楽にほかならないのだから、金を払うに足る映画だったといえるのです。

われわれの批評言語には、こういう映画をほめる方法がビルト・インされていません。完成度なんか知ったことか、芸術性なんかクソ食らえ、その瞬間、画面を見、音を聴くのが快感かどうか、それだけを測定する方法はないのか、と思います。

近ごろはなんでもレイティングで、映画もあちこちで投票しているようですが、あれほどくだらないものはありません。わたしは『太陽をつかもう!』に満足して映画館を出ましたが、たとえば、どこかで投票するなら、5点なんかつけません。1点ぐらいにしておきます。そのくせ、好きでもない映画には5点をつけるでしょう。

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なぜそうなるかというと、音楽が楽しかったのであって、映画が面白かったからではないからです。音楽のわからない映画ファンにはなんの意味もないものだから、その点に配慮して、いい点は付けないにきまっています。

音楽のわからない人間、クリフ・リチャードが嫌いな人間にとっては、この映画は0点です。クリフやシャドウズのファンにとっては5点です。そういう意見を集めて平均点なんか割り出したって、意味のある数字にはなりません。

傑作の、名作の、秀作のと、そういう言葉をむやみに使いたがる人がいますが(名物にうまいものなし、ソフトロックの「隠れた名作」にいい盤なし)、他人の意見なんか、どん詰まりにおいては小指の爪先ほどの意味もありません。他人にとっての傑作は、しばしばわたしにとっては愚作です。わたしにとっての秀作は、あなたにとっての駄作である可能性がきわめて高いでしょう。

それでも、われわれはこういう文章を書き、それを読んでしまう習性をもっているのだから、まことにもって人生は謎、人間は不可解。エクサイトの文字数限界ぎりぎりになったので、突然ですが、本日はこれでおしまい。

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by songsf4s | 2009-09-27 23:51 | 映画・TV音楽
忘れられた映画『チビッコの大脱走』(The Little Ones)

ノーマルな更新をする余裕はないので、いつもなら枕で片づけるような話題を少々。

形式上、「忘れられた」としましたが、どちらかというと「知られざる」映画というべきかもしれません。冷たく云えば「だれも見なかった」映画がもっとも実態に近いような気もします。

だれにでも断片的な記憶というものがありますが、音楽だの映画だのの記憶というものは、つねに断片化の危機にさらされています。『日活アクションの華麗な世界』の著者、渡辺武信のような人は例外というか、エイリアンの血が混じっているのだと思います。ふつうはあんなにきちんと記憶できるものではありません。

あの映画はなんといったっけな、なんてことは、みなさんもしょっちゅう口にしたり、思ったりなさっているでしょう。気になるものはできるだけ調べるようにしているので、「子どものころに見たメキシコの映画で、プロレスラーがクスリの力で強くなり、最後に体が崩れて死んでしまう怖い映画」なんていうのも、20年ほど前に徹底調査をして、邦題を確認しました(だが、もう覚えていない! 訳書のあとがきに書いたから、それを見ればわかると安心してしまった)。

このときの徹底調査でも、さらに数年後(1993年だったか)、べつの本のために調べたときにも、ついに判明しなかった映画があります。それが本日のタイトルにした映画です。

手がかりは以下のとおり。

・1965年に見た
・場所は横浜ピカデリー(松竹系)
・主人公は当時のわたしと同じぐらい(小学校六年)の少年二人
・この二人は家出をし、リヴァプールからロンドンに旅する
・船に乗りたいといってロンドンに行くのだが、最後に、保護した警官に、なぜリヴァプールで船に乗らなかったのだといわれ、ビックリする。リヴァプールに港があることを知らなかった、という設定。

というように、手がかりは豊富なのですが(渡辺武信ほどではないが、けっこう細かいことを記憶していた)、それだけでは見つけられないということを痛感しました。あとから調べてタイトルが判明しやすいのは、自分以外にも多くの人が見て、それを印象にとどめている映画、というものなのだということを痛感しましたね。だれも見なかった映画は、だれも言及しないのです。なんでも見ている双葉十三郎の本に出てこないようでは、見込みは薄いと認めざるをえませんでした。

◆ データベース ◆◆
映画好きの方はウェブ上のデータベースのいずれか、またはすべてをご利用なさっていることでしょう。わたしも、必要に迫られるとのぞいています。このあいだから、やるといってやっていない、クリフ・リチャードの記事のために、Movie Walkerに調べに行きました(なんだか、いまのトップページは下品で、紹介しただけのわたしが赤面する。サイトのタイトルより、その横の広告の文字のほうが数倍も大きいとは無茶苦茶である。恥を知れ、恥を)。

ある映画の公開年を確認するのが目的だったのですが、ついでに「公開年度別作品一覧」という検索ボックスを使って、60年代中期の映画のリストを公開順に眺めてみました。67、68年とみたところで、あ、そうだ、あの映画は65年のはずだ、と思いだし、65年を検索してみました。

1965年公開映画リスト

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映画の中身、質とはまったく関係なく、ただの記号として同等に並べられる「リストのアナーキズム」がたいへんに愉快で、見ていて爽やかな気分になります。いや、「ああ、あの映画はどこそこで見た」といった記憶がどっとよみがえったりもするのですが。

さて、目的の映画は、なんのことはない、最初にタイトルがそれらしいと感じた映画を開いて、あらすじを読み、あっさりアイデンティファイできました。

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そういってはなんだが、よほど原稿料が安いのだろう。下手くそな日本語で、頭の悪いまとめ方をしている。意味をとれない箇所があるではないか。だが、もはや見られる確率は低いので、この大昔のだれかさんが書いた意味不明のあらすじだけが頼りなのだ。なんという現実!

いやはや、地味な映画ですねえ。話題性がなにもありません。データを読んで、なるほど、だれも問題にしないのも無理はないと思いました。イギリス映画だし、監督は有名ではないし、よくロードショー封切になったものです。

スタッフ、キャストのなかで、知っている名前はマルカム・ロキャだけです。ロックヤーという読みはまちがっている、ロキャまたはローキャという表記が妥当であるということは、「Snowfall by Henry Mancini」という記事で書きました。

話を戻しますが、自分の記憶でも、とくに名作だとか、印象深いとか、そういうわけではないのです。なぜ記憶に残ったかと云えば、

・主人公が同年代だった。
・ビートルズを聴きはじめたときだったので、リヴァプールに強い関心があった。
・めずらしく兄が、おまえはこの映画を見るべきだ、といって連れて行ってくれた。そろそろロードショー館にもひとりで入れるようになれ、とも云われ、指定席とはどういうもので、どうすればそこに坐れるかということも実地に教えられ、指定席の客は座席まで案内されるのだということを知った。

といったあたりです。もうひとついうと、子どものころのわたしは家出願望が強く、その点でも主人公たちに強く共感しました。じっさい、わたしは中学入学とともに「家を出」て、寮に入りました。呵々。べつに無銭旅行がしたかったわけではなく、わが家ではない、遠くのどこかに行きたかっただけなのです。

枕にしようと思った話題にすぎないので、結論じみたものはありません。ひとつだけ思うのは、きわめてプライヴェートなレベルに降りていくと、世に傑作だの名作だのといわれるものは、それほど重要性をもたない、愛惜おくあたわざる作品とは、えてして、他人がだれも関心をもたず、自分だけがよさを理解していると自認するものである、ということです。

◆ Telstar the Movie: The Joe Meek Story ◆◆
これだけの記事では愛想がなさすぎるかと思い、アップしたあとで、また書き継いでいます。

いま手元にあって、もっとも気になる映画はこれ。

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ジョー・ミーク少年

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45回転盤のレーベルをそのままロゴにした?


しかし、検索してみたら、ゲイのためのサイトに飛び込んでしまった! オッと、そういう話かよー。まあ、いいか。でも、小太りだったクレム・カッティーニはふつうのデブにされてしまい、ちょっと可哀想かも。


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by songsf4s | 2009-09-26 23:56 | 映画
Kind of the Buckinghams――YouTubeで尻取り

今日、スパイダースの「あの時君は若かった」を久しぶりに聴いていて、なんだ、バッキンガムズがロール・モデルかよ、とコケました。Kind of a Dragだったのか!

なんてことをいうと、また大阪のセンセあたりに、そんなの当たり前じゃんか(大阪の人は「じゃんか」とはいわないか)、おまえさんは日本のものをまじめに聴いていないから、ときどき、みんなが何十年も前から知っていることを、新発見のようにいったりして、まったく呆れるぜ、といわれちゃいそうです。

なんたって、わたしは外野に関するかぎりは全方位、左翼線の当たりも止めるし、右翼ポール際からセカンド送球の刺殺もやっちゃえば、センターとショートのあいだに落ちるかというあわや間チャンの当たりも捕るという超人的守備力、そこまで外野に徹すると、内野のことなんかからっきし知らなくても、当然なのです。

The Buckinghams "Kind of a Drag"


ザ・スパイダース あの時君は若かった


スティーヴ・スティルズが、デイヴィッド・クロスビー(Wooden Ships)やらクリス・ヒルマン(Both of Us)やらドニー・デイカス(Midnight in Paris、聴きたくなって、いまプレイヤーに載せた。スティルズのラテン・フレイヴァーはいつも好きだった)を相方にしてよくやった、「リード・ヴォーカル回し」をスパイダースも使っているわけですが、スティルズより先にやって、うまく効果をあげています。ピッチはよくないけれど、井上順の声に魅力があるおかげでしょう。

CS&N "Wooden Ships"


Both of Usはないので、やはりスティルズがクリス・ヒルマンとデュエットしたIt Doesn't Matterのほうを。



うーん、いいバンドでしたなあ。わたしはダラス・テイラーが好きで、マナサスの1枚目はしつこく聴きました。こうなりゃどんどんいっちゃおう。



おっと、アル・パーキンズはこの曲ではペダル・スティールではなく、ストラトじゃないですか。つぎの曲もよく聴きました。

Treasure


わっはっは。ジョー・ララのティンバレスが派手に鳴っていますなあ。ドラムのほかにパーカッションがいるバンドっていうのはいいものです。そして、ダラス・テイラーみたいなドラマーがライヴ・バンドにいると、タイムがビシッと安定して、やって安心、聴いて安心、指圧の心は母の心、世界に平和が訪れます。

しかし、ダラス・テイラーは薬でボロボロになって、タイム・キーピングすらできなくなってしまったと、スティルズが残念そうに云っていましたっけ、って、なんだか、知り合いから聞いた話を書いているみたいで変。インタヴューを読んだだけです。

ダラス・テイラー、いまごろ、どうしているのかなあ、と遠く思いを馳せたりしたいのに、YouTubeというのは困ったものです。変なおじいさんが出てきて、「Hi, I'm Dallas Taylor. I played drums for Crosby Stills and Nash」だなんていって、ゴールドレコードを紹介したりするクリップに出くわしてしまい、おっとっと、でした。しかし、ヘロインのダメージからついに立ち直れなかったのか、ドラミングは昔日の面影なし。脳梗塞でもやったあと?

クスリはドラマーの大敵ですなあ。エディー・ホーなんて人はどうしたのかと思ったら、やっぱりクスリでガタガタになって故郷に帰ったというじゃないですか。

枕のつもりでクリップあさりをはじめたのですが、ここまできたら、今日はもっぱら連想ゲーム。最後はエディー・ホーが叩いた、Supper Sessionから、Stopといきましょう。



しかし、久しぶりに聴くとブルームフィールドがすんげえものですなあ。

えーい、オマケだ。エディー・ホーがプレイしたなかでもっとも有名な曲を締めにします。



今日書こうと思っていた本題のクリフ・リチャードには、ほんの端っこにもたどり着けなかったので、明日かあさってにでも、そっちのことを書きます。
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by songsf4s | 2009-09-25 12:12 | その他
フレンチ・ノスタルジア――シェイラとマージョリー・ノエル

べつにこれといって理由はないのですが、シェイラが聴きたいな、と思って検索してみました。「いつも青空」という曲です。

以下は動画サイトへのリンク。埋め込みはできないので、右クリックで開いてみてください。

シェイラ「いつも青空」(Toujours des beaux jours=トゥージュール・デ・ボー・ジュール)

以下は上記とは異なるクリップで、こちらは音質がよくありません。




こちらのヴァージョンでこの曲をご存知だという方のほうが多いかもしれません。クリフ・リチャードとシャドウズのI Could Easily Fall in Loveです。



これって、どっちが親で、どっちが子なのでしょうか。音楽ファンとしてはトーシローだったときにヒットした曲なので、ただ、こういうのは好きだなあ、と無邪気に聴いていただけだから、ことの前後を知りません。ぼんやりした記憶では、シェイラのほうを先に聴いたような気がしますが、子どものころのことなので、あてにはなりません。

それにしても、フレンチ・ポップスも、ふと懐かしくなったりするときがあるので、やはり、ひととおりもっていたいような気もします。

サンプル マージョリー・ノエルの「そよ風に乗って」

なんていう曲も、数年前にAdd More Musicで聴かせていただいたときは、数十年ぶりだったので、なんともいえない感慨がありました。

年をとるとだんだん図々しくなって、懐古趣味のどこがいけない、音楽というのはもともとそういう側面を強くもっているのだ、なんて開き直ってしまうわけで、われながら可愛げなし。さりながら、シェイラもマージョリー・ノエルも、じつによろしいですなあ。さらに云えば、こういうリズム・ギターがつくるグルーヴというのもけっこうであります。

以上、つぎの日活映画の準備が整うまでのつなぎでした。

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by songsf4s | 2009-09-24 00:40 | その他
サーチャーズ Everybody Come Clap Your Hands の補足

予告した時刻はすぎてしまったので、以前やった「ライヴ更新」なるものをまたやろうかと思いましたが、予告せずにやっても、ほんの一握りの方しか気づかないので、やめておきます。

今日、ではなく、日付のうえでは昨日、黄金光音堂のほうを更新し、エリー・グリニッチ追悼 その6 サーチャーズ“エヴリバディー・カム・クラップ・ユア・ハンズ”(Everybody Come Clap Your Hands)なる記事をアップしました。

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都合があって、あちらではあまりサンプルへのリンクを張りたくないため、こちらにサンプルをおきます。

Everybody Come Clap Your Hands
サンプル サーチャーズ
サンプル ムーディー&ザ・デルタズ

アメリカではノン・ヒットなので、ご存知ない方のほうが多いでしょうが、いかにもサーチャーズらしい(この曲が収録されたアルバムのタイトルがSounds Like Searchers!)レンディションで、彼らのサウンドがお好きな方ならお気に召すでしょう。

ムーディー&ザ・デルタズのオリジナルのほうはほんのりサザン・ソウル味があり(だからデルタズなのだろう)、これはこれで楽しめます。

◆ トミー・テデスコ三昧 ◆◆
用件は終わったので、ここからは無駄話を少々。オオノさんの「YxxTxxxを聴こう」でトミー・テデスコの2枚のLPのサンプルが公開されていることは何度かふれましたが、こんどはキムラさんのAdd More Musicで、50ギターズ・シリーズが久々に更新され、ついに20枚に到達しました。

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50ギターズのリードもトミー・テデスコなので、オオノさんのLPリップ2枚と合わせて、現在、わが家のQCDプレイヤー最新ヴァージョンのほうには、トミー・テデスコの3枚のアルバムが載っています(QCD旧ヴァージョンのほうはエリー・グリニッチ関係が100曲あまり載せてある)。

どのアルバムも、ニュアンスのちがいはあれ、ラウンジに分類してかまわないノリで、なにか作業をするときのBGMとしてもけっこうで、やっぱり、トミーはいいなあ、と思います。いや、ハリウッドのインフラストラクチャーがすばらしいわけで、総体としてのサウンドは土地の力なのですが。

ここまでのところでは、ライ・クーダーのアルバムJazzの収録曲かと思ってしまう、Honeysuckle Roseがいちばん気に入っています。そのつぎのSamba De Orfeuもけっこうな出来です。

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50ギターズのほうはまだちゃんと聴いていないのでなんともいえませんが、とりあえず、Armen's Themeあたりがいい雰囲気だと感じています。

こういうものが手軽に聴けるのだから、ウェブはありがたいですな。どちらも、右のFriendsリンクから行けます。Only a click awayなのだから、まだの方はぜひお聴きあれ。
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by songsf4s | 2009-09-23 00:46 | 追悼
『拳銃は俺のパスポート』メイン・テーマ by 伊部晴美 その2(OST 『拳銃は俺のパスポート』より)
タイトル
『拳銃は俺のパスポート』メイン・テーマ
アーティスト
伊部晴美(OST)
ライター
伊部晴美
収録アルバム
日活映画音楽集スタア・シリーズ 宍戸錠篇
リリース年
1967年(映画公開年)
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あれこれ読んでみると、目下進行中の(ひょっとしたらきわめて)ささやかなNikkatsuブームの直接の火付け役は、マーク・シリングというジャパン・タイムズの寄稿家のようです。

Mark Schilling's Tokyo Ramen: Reviews and articles on Japanese films and pop culture

以前、ここに掲載された木村威夫インタヴューをご紹介しました。最近の日本映画が中心なので、幸か不幸か、わたしのような人間には読むべき記事はそれほど多くなく、助かるといえば助かります! 以下はマーク・シリングの日活アクションに関する本。そういうものが出版できた、というか、存在し得たこと自体、ちょっとばかり驚きですが。

No Borders, No Limits: Nikkatsu Action Cinema (Cinema Classics)
No Borders, No Limits: Nikkatsu Action Cinema (Cinema Classics)
(アマゾンへ)

この本は読んでいません。興味なきにしもあらずですが、日本映画に関する日本語の本だって、読むべきものは汗牛充棟で、ここまで手が回るかどうか……。

読まずとも、ヴィジュアルを見るだけで、海外での日活映画受容状況はそれなりにわかるので、いずれ、そういうものを選ってリンクを並べようかと思いますが、とりあえずは一日一善(カンケーない)で切り上げます(昔見た荒戸源次郎主宰の「天象儀館」の芝居で、茶碗を手におじやを食べながら、登場人物が「おじやは一杯、アジアはひとつ」というのがあった。「アジアはひとつ」は岡倉天心の言葉だが、劇中、この台詞をいうのは大杉栄だったような記憶があるが、もちろん、あてにならない。そういう近代史の重要人物が登場する芝居だった。天象儀館の芝居はたくさん見たので、タイトルがこんがらがっているが、あるいは『食卓の騎士』だったかもしれない。もちろん『円卓の騎士』The Knights of the Round Tableのもじりである。一日一善と自分で書いて、一日一「膳」を想起し、上杉清文作の「おじやは一杯」を思いだしてしまった)。

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◆ 低湿度、低糖度 ◆◆
なんの話だかわからなくなったところで、全部チャラにして本題に入ります。

以前にも書きましたが、『拳銃は俺のパスポート』はアメリカ人にはわかりやすい映画でしょう。もともと、日本的な題材を日本的に描いたものではないのです。また、メイン・テーマはイタロ・ウェスタンをベースにしているので、いくぶんかウェットな感触がありますが、スコアの半分ほどは4ビートですし、モノクロームで撮影された画面は、湿度10パーセント以下の乾き方です。

ジョーを追うギャングたち(三人のボスのひとり、内田朝雄がすばらしい。まあ、わたしはファンだから、内田朝雄が出てくれば、それだけで喜んでしまうのだが。「金か義理か?」「お金よ」「ま、そやろな」のくだりがいい!)はもちろん、ジョーもヒロインの小林千登勢も、ジョーの舎弟のジェリー藤尾も、だれも笑顔を見せません(野呂圭介がひとりでチラッとコミック・リリーフをやる)。コミカルな芝居を得意とした宍戸錠は、ここでは、たとえていえば『ポイント・ブランク』のリー・マーヴィンのようなタッチで演じています。

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女にマッサージさせながら用談をする横浜の顔役、内田朝雄。

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野呂圭介(中央)はいつもの役柄

『ポイント・ブランク』の原作である『悪党パーカー』の作者リチャード・スタークが、泥棒もののコミカルな側面はこのシリーズからは完全に抹消し、そちらはドナルド・ウェストレイク名義の、不遇の天才泥棒ジョン・ドートマンダー・シリーズにすべて吸収したことを連想しますが、宍戸錠も『ろくでなし稼業』のようなコミカルなタッチは、『パスポート』ではまったく見せません。

結局、宍戸錠の徹頭徹尾クールな、黒い壁のような演技、野村孝のこれまた冷たく乾いた演出、峰重義の底光りするような画調、『拳銃は俺のパスポート』の魅力はこのあたりに尽きるような気がします。もちろん、腋の甘いシナリオだったら、いくら乾いたタッチで撮っても感銘は薄くなるので、糖度と湿度が低いという意味で、いいシナリオだとは思いますが、そのあたりは藤原審爾の原作に負うところも大きいのではないかと想像します。

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◆ 横浜の湘南 ◆◆
最近は話の流れをつくるパワーがなくて、ここからはランダムに思いついたことを書きます。まずはロケ地のこと。

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宍戸錠扮するヒットマンとそのアシスタントであるジェリー藤尾は、組織に追われて「横浜」に隠れます。その潜伏先である、小林千登勢が働き、武智豊子が経営するトラッカー向けロード・イン「なぎさ館」の外観が撮影されたのは横浜ではないでしょう。たぶん逗子か鎌倉・材木座あたりではないでしょうか。

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あの時期、横浜にはもう砂浜はなかったと思いますし、そもそも、たとえ残っていたとしても、あのような風景ではありません。キャメラが捉えた「なぎさ館」付近の岬は、鎌倉と逗子を仕切る飯島の鼻のように思えます。

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じっさいに横浜で撮影されたのは、小林千登勢が生まれ育ったというだるま船のたまり場です。背後に横浜税関の塔が見えます。

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このあたりは再開発され、いまではまったくちがう風景になっています。週末にこのあたりを散策し、赤レンガ倉庫で買い物し、飲食をなさった方もいらっしゃるのではないでしょうか。いまでは立派な観光スポットで、日活アクションの撮影には不向きな土地柄になってしまいました。いや、かくいうわたしも、たまにこのあたりを「観光」しちゃったりするのですが!

◆ 首都圏荒野 ◆◆
気になるのは最後の対決シークェンスのロケ地です。

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どうお考えか? なんたって、手がかりがなさすぎるのですよね。しかも、これはどうみても開発途上の一時的な状態、このあと、この荒れ地のような場所には、たとえば工業団地のようなものがつくられたはずです。しかも、この状態では一般人が入れるとは思えず、たとえ、わたしの生活圏内にあったとしても、記憶しようがないのです。

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よって、たんなる当てずっぽうを書きます。これが横浜市内だとすると、わたしに考えられるのは一カ所だけです。根岸、磯子、杉田にかけての海岸の大規模開発地です。ただ、あのあたりは近くに丘陵があるので、映画のなかのような、見渡すかぎりなにもない風景をつくるのはむずかしいのではないかという気もします。杉田寄りなら、丘陵が視界に入らない場所があるかもしれませんが。

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このショットは横浜の根岸から磯子のどこかで撮影されたと思う。画面上部の切れた向こうに、海岸の大開発地が荒野然として広がっていたはずだ。

わたしは千葉には土地鑑がないのですが、こういう見渡すかぎり平らな場所というのは、千葉のほうにありそうな気がします。60年代は狂乱の開発時代なので、日本中の海が埋め立てられていたにちがいありません。わたしは神奈川県のことしか記憶がありませんが、千葉育ちの方なら、1960年代なかばにはあのあたりの海岸が埋め立てられていた、などという記憶がおありなのではないでしょうか。東京の千葉寄り、千葉の東京寄り、そのあたりの埋め立て地である可能性はあると思います。

どこで撮影されたのであれ、最後の対決にはふさわしい舞台で、興趣いやまします。同時に、記憶も刺激されます。マカロニ・ウェスタンで、よくこのような荒涼とした土地での対決を見たような気がするのです。しかし、さらに記憶をまさぐってみると、その印象は主として『続・荒野の用心棒』の対決場面からくるようです。

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◆ 作家性発現のタイミング ◆◆
わたしは『拳銃は俺のパスポート』を見て、あれえ、野村孝ってこういう監督だったのー、と驚いてしまいました。いまフィルモグラフィーを見ても、あまり「こういう監督」のような気はしてきません。それほど多くは見ていないのですが、これ以前の作品では、『夜霧のブルース』に多少近縁性を感じる程度です。同じ年に『いつでも夢を』を撮っているのですがね。

いや、まあ、昔の映画監督を作家性で捉えるのは間違いのもと。多くの人は会社から与えられる企画をこなす歯車でした。溝口、小津、黒澤などというのは例外中の大例外にすぎません。成瀬だって、かなりの数は会社のために撮ったのではないでしょうか。鈴木清順だって、プログラム・ピクチャーの枠組からはずれ「そうになる」ところが魅力なのであって、つまり、どっちなんだといえば、まちがいなくプログラム・ピクチャーの監督なのです。

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だから、疑問を持つのはいいとして、すこしその傾きを変えたほうがいいでしょう。「なぜ野村孝はこのときに、日活的プログラム・ピクチャーの枠組をはずそうとしたのか、あるいは、枠組を広げようとしたのか?」です。

やっぱり、会社が傾いたのだと思います。ムード・アクション路線は売れなくなり、裕次郎の人気もかげりが見え、映画人口は減少し、日活は迷走をはじめます。わたしのような子どもはすでに日活から離れていましたが、60年代後半に入ると「日活らしさ」の定義もボンヤリしたものになっていき、「ニュー・アクション」を経て(ということはつまり、商業的に大成功はせず)、ロマンポルノへの大転換、人材流出、となります。

60年代後半には、多くの人が危機意識をもっていたにちがいありません。だからこそ、この年、野村孝が作家性を感じさせる『拳銃は俺のパスポート』を撮り、同じ年に、鈴木清順が、正統ハードボイルドの『パスポート』に対するパロディーのような『殺しの烙印』を撮ったのではないでしょうか。どちらも、先は見えた、もう明日はないかもしれない、「映画」を撮るならいまが最後のチャンスだ、という切迫感の産物のように感じます。いや、あるいはただの開き直り、ヤケッパチの産物かもしれませんが!

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◆ Nikkatsuは日活ならず ◆◆
最初のきっかけ、海外でのNikkatsuミニ・ブームのことに立ち戻ると、『拳銃は俺のパスポート』が評判になったという点については、やはりいろいろ思うところがあります。

わたしが、そしておそらく多くの日本の映画ファンが考える「いかにも日活らしい映画」というのは、たとえば裕次郎の『嵐を呼ぶ男』『赤い波止場』『赤いハンカチ』といったアクションものと、それと対を成す『陽のあたる坂道』や『あじさいの歌』のような石坂洋次郎原作の市民映画であり、小林旭の『渡り鳥』や『流れ者』といった「日活ジャパノ・ウェスタン」であり、さらにいうなら、吉永小百合=浜田光夫の青春映画、といったあたりです。

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この「いかにも日活らしい」映画群は、海外ではほとんど知られていないのです。天下の石原裕次郎も、海外での知名度は宍戸錠に遠く及びません。アキラも同様。いまや日本の俳優といえば、三船敏郎(黒澤様々)、勝新太郎(というより「市」)ときて、つぎはたぶん宍戸錠、その背後に市川雷蔵が迫る(眠狂四郎と忍びの者のおかげ)といったあたりではないでしょうか。

わたしは大の宍戸錠ファンなので、どこの国の人も「Ace no Jo」を知っているのはうれしいのですが、それでもやはり、ちょっとちがうんだけどなー、ジョーさんは特異なバイ・プレイヤーとして売った人だということを押さえておいてよー、と思うのです。

それから、海外における「Nikkatsu」映画の最盛期は、われわれが見る日活映画の全盛期とは大きくずれています。われわれの感覚としては『赤いハンカチ』は、「日活残照の秀作」なのですが、彼らにとっては60年代後半、『殺しの烙印』とその後の『野良猫ロック』シリーズが生まれた時期なのでしょう。

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浅丘ルリ子がほとんど知られず、野良猫ロック・シリーズのヒロイン、太田雅子=梶芽衣子(いまになると、シガニー・ウィーバーの先祖のような気がしてくる。エイリアン相手に戦える女優が日本にいるとしたら、梶芽衣子だけだろう。藤純子が戦える相手は人間止まり)ならだれでも知っている、という、日本人から見れば、きわめて不思議な現象も、彼らにとってのNikkatsuが、どのような集合体であるかをあらわしています。

このあたりの彼我の落差については、さらにべつの日活映画を見つつ、再度考えたいと思います。

おっと、忘れていたことがありました。海外で『拳銃は俺のパスポート』がパッケージ化されるまでにひどく手間取ったということは、「その1」で書きました。では、国内ではどうなのでしょうか? かつてVHSが出ていたことがあるようですが、じつは、まだDVDがないのです! ということはつまり、海外に追い抜かれたことなのでしょうか? どうも困った話です。日本映画界は、昔から外圧がないと動かないものなので、そろそろ重い腰を上げるのでしょうかねえ……。

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by songsf4s | 2009-09-22 00:06 | 映画・TV音楽
システム・トラブルで臨時にFC2へ移動

マリー・トラバース追悼記事(ここだけ昔の表記を使ったのは、検索の便宜にすぎないので気になさらないように)を公開しようとしたら、システムのトラブルで、YouTubeのリンクを撥ねられてしまいました。

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「セキュリティー上」だそうな。そういうことなら、理屈の上からは、いままでのYouTubeリンクはすべて不可のはずだが……・。

ほんとうの原因はYouTubeではなく、なにかべつのところにありそうな感触ですが、そんなくだらない原因究明をやっている時間などないので、変則的ですが、メアリー・トラヴァーズ追悼最終回は、FC2ブログの黄金光音堂で公開しました。

PP&Mなんか関係ないという方は関係ないままでけっこうですが、二回目まで読んだのだから、三回目も読まないと落ち着かないという方は、

メアリー・トラヴァーズ没す その3

にいって、最終回をご覧ください。アップには手間暇かかるので、この記事については、もうあちらにいったままにする可能性が高いでしょう。あー、疲れた! アホ馬鹿は人間も困るが、システムがパアだとほんとうに疲れる!
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by songsf4s | 2009-09-20 19:44 | 追悼
メアリー・トラヴァーズ没す その2

われわれの人生はカードをめくっているようなもので、ジョーカーを引いて一発免停というパターンもあれば、猪、鹿、蝶と三枚が徐々に揃って役ができて上がり、というゆるめのパターンもあります。いうまでもなく、年をとればとるほど、ジョーカーや猪鹿蝶の出現確率は高まっていきます。

早い話が、100発込められる銃でロシアン・ルーレットをやっているようなもので、いきなり最初の一発で当たることもあれば、100回もカチカチやって、冷や冷やしなければならないこともあります。わたしも去年、二、三度、当たったかな、と思いましたが、幸か不幸か、思い違いでした。

f0147840_0403498.jpg生きるか死ぬかのことで思い違いなんかするのだから、われながら呆れます。『断腸亭日乗』を読むと、永井荷風は若いころから「自分は長くは生きられない」とかなんとかおっしゃっているわけで、全財産を詰め込んだ鞄を抱えて陋巷をウロウロしながら、荷風が長生きしたことを知っているわれわれは、そういう記述を見るたびに苦笑します。みんな自分の命のことなど、さっぱりわかりはしないのです。

メアリー・トラヴァーズは白血病だったそうで、闘病生活は大変だっただろうなと思います。自分がAnd when I die and when I'm dead and goneのときは、心臓か頭をやられて、考えるまもあらばこそ、一気にお陀仏というコースであってほしいものです。現代の最先端医療などとは金輪際無縁でありたいと願っています。

◆ トラック・リスト ◆◆
脈絡を考えていると時間がかかってしまうので、本日は好きな曲を並べるだけにします。噺を短くするには箇条書きが最適、というので、ただのトラック・リストをつくってみました。まずは第1グループ。

For Lovin' Me
Early Mornin' Rain
The First Time Ever I Saw Your Face
And When I Die
Sometime Lovin'
Kisses Sweeter Than Wine
Pack Up Your Sorrows
For Baby (For Bobbie)
Hurry Sundown
The Good Times We Had
Leaving On A Jet Plane
I Dig Rock and Roll Music

f0147840_042136.jpgどういうグループかというと、ノン・フォーク・ソング・フェイヴァリットです。いや、それではちょっと不正確なので、修正すると、「初期のPP&Mを象徴するフーテナニー用の歌をオミットしたパーソナル・ベスト」といったあたり。12曲のうち7曲がAlbum収録のトラックです。やはり、あれはPP&Mのベスト・アルバムですな。

わたしはPP&Mのスラーを多用したハーモニーが好きなので、勢い、選曲はミドルからミディアム・スロウのグルーミーなバラッドが中心になります。For Lovin' Me、Early Mornin' Rain、The First Time Ever I Saw Your Face、Sometime Lovin'、For Baby (For Bobbie)、Hurry Sundown、The Good Times We Had、Leaving On A Jet Planeという8曲はそのタイプに分類できます。

サンプル For Baby (For Bobbie)
サンプル Leaving On A Jet Plane

Album収録のFor Babyは、ピーターとポールは歌わず、メアリーのソロ・ヴォーカルなので、彼女を偲ぶのにもっともふさわしいトラックでしょう。

このアルバムは、初期だったらギターとスタンダップ・ベースだけですませたであろうタイプの曲でも、控えめになにか音を加えるアレンジを試みていて、それも成功の一因になっています。Hurry Sundownのフレンチ・ホルンの入れ方なんか、うまい、と膝を叩きます。

◆ Did You Dig It? ◆◆
I Dig Rock and Roll Musicは、ヒットしている最中には、うーん、こういうのはちがうんじゃないのー、と思っていました。Puffのグループに、「わたしはロックンロールが好き」なんていうブルーズ・コード進行の曲を歌われても、ちょっと困るのですよ。いまになって(というのはつまり1967年のこと)そういうことをいうなら、過去にロックンロールを見下すような発言をしていないか、チェックしちゃうぜー、というような気分でムッとなったのです。

いまのわたしなら、人はなにかをして稼いでいるのだから、営業上、白を黒といった舌の根も乾かぬうちに、ふりむいて、黒を白といったりするのはあたりまえだ、と思うのですが、あのときは中学生ですからね、正直かつ誠実に腹を立ててしまいました(オリヴィア・ニュートン・ジョンの反捕鯨発言撤回のときも、言葉を発するのは腹を決めてからにしろ、バーカ、と大立腹した)。

しかし、これだけ時間がたつと、もはや、そういうことは恩讐の彼方、ただサウンドだけが残った、です。で、このサウンドがいま聴けばなかなかけっこうで、なるほど、ビルボード・チャート・トッパーの資格はあるかもしれない、と感じます。ドラムとベースのグルーヴがいいのです。

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LPの裏には謝辞があるだけで、クレジットはなく、ただ名前だけが並んでいます。ハーヴィー・ブルックス以下、ベースは多数、でもドラマーはゼロ(たぶん)で、わけがわかりません。

ポーパーズというグループ(カナダ出身だとか)も謝辞に名前がありますが、ここのドラマーでしょうか。ヴァースのサイドスティック、コーラスのシンバル、どちらも好みです。とくにシンバルのプレイはけっこう。でもねえ、あまりロックバンドのドラマーのようには聞こえません。だれかセッション・ドラマーがノン・クレジットでプレイしているのではないでしょうか。

端折りに端折って、これで第一群の楽曲の話は終わりとしても、まだ第二群のリストがあるのです。やむをえず、もう一イニング延ばします。
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by songsf4s | 2009-09-19 00:40 | 追悼