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Scotty Tails Madeline by Bernard Herrmann(OST 『めまい』より)
タイトル
Scotty Tails Madeline
アーティスト
Bernard Herrmann (OST)
ライター
Bernard Herrmann
収録アルバム
Vertigo (OST)
リリース年
1958年
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このところ、記事と記事のつながりが変なぐあいになることがよくあり、われながら、もうすこしスムーズに行かないものかと、尻のむずむずする思いをしています。一応、計画は立てているのですが、材料が底をついて、あとで同系統のものをまとめてやるつもりでためこんでいたものを、やむをえず取り崩してしまうという、自転車操業状態になってきているのです。

他の東宝特撮ものや鈴木清順作品(この並記にはとくに意味はない。最近取り上げたものというだけ)へと行って行けないことはないのですが、ちょっとヘヴィーなので、ひとつ二つあいだをあけたいと思います。アルフレッド・ヒチコックおよびそのフォロワーの作品はまとめてやろうと思っていたのですが、手詰まりとなり、きちんと準備ができるまえに手をつけるため、飛び飛びでご紹介することになるやもしれないことをお断りしておきます。

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◆ ソウル・バス ◆◆
ということで、今日はアルフレッド・ヒチコックの代表作『めまい』です。ほんとうは『ヒチコック映画術』、通称『ヒチコック=トリュフォー』を読み返してからと思ったのですが、どこにしまったか、見あたらず、アンチョコなしの無手勝流でぶつかることにしました。映像的なことについてきちんと知りたいという方は、まず『映画術』をお読みになるようにお勧めします。映画について書かれたもっとも重要な本のひとつです。

当家は音楽ブログなので、数あるヒチコックの秀作のなかから、いの一番に『めまい』を選んだのは、この映画のスコアがもっとも好きだからです。映画としても、というか、もっと狭く、「映像表現」の面からもすぐれた作品だとは思いますが、単純な好みの問題でいえば、もっとも好きなヒチコック映画はべつにあります。そちらも遠からず取り上げることになるので、その話は打ち切り。まずは、いつも興味深いタイトルをご覧いただきましょう。

タイトル


特異なセンスがはっきりとあらわれていて、クレジットを見るまでもなく、ソウル・バスのデザインだとわかるほどです。

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映画の中身の紹介を書くかわりに、よろしければ予告篇をご覧あれ。こういうサスペンス・ミステリーの場合、肝心なことは書いてはいけないとは承知していても、プロットを書けば、ボロを出すに決まっているので、できるだけなにも書くまいという魂胆です。

予告篇


いや、プロットとしてそれほど際だったものだとは思いませんが、やはり謎があり、それが解決されるという話なので(ただし、解決されない部分もある。ポスト・プロダクション段階で、どこか肝心なところをカットしたために、ケリをつけそこなったのではないだろうか)、これからご覧になるなら、なにも知らないほうがずっと楽しめるでしょう。

◆ 華麗なる不穏 ◆◆
わたしは、大の映画音楽ファンというわけではなく、どちらかというとメイン・タイトルや主題歌、または挿入曲ばかり気にして、スコア、とりわけ古典的なタイプのものについては、多くの場合、いいも悪いもなく、それほど注意深く聴くことはありません。あんまり邪魔だといらだちますが、控えめなスコアを聴いて、細部の技に感心する、などということはめったにないのです。

でも、バーナード・ハーマンがこの『めまい』のために書いたスコアは、初見のときから、物語がおおいに引き立つすばらしい曲であり、すばらしいサウンドだと感じ入りました(ハーマンとはべつに、コンダクターとしてミューア・マティソンがクレジットされているので、サウンドのほうはマティソンによるものと見ていいのだろう)。もっとも印象的だったシークェンスのクリップを以下に貼り付けておきます。このクリップの後半、OSTではScotty Tails Madeline(「スコティー、マデリーンを追跡する」)と題された曲が流れます。

尾行(better version)


ジェイムズ・ステュワート扮するスコティーは退職警官で、妻が最近、おかしなふるまいをするという友人の相談を受け、その女性〈マデリーン〉(キム・ノヴァク)を尾行することになります。その下準備として、まず、友人が〈マデリーン〉をレストランに連れていき、ジェイムズ・ステュワートに姿を覚えさせます。このときにもう音楽はラヴ・テーマのようになってしまい、観客はスコティーが〈マデリーン〉に一目惚れしてしまったことを耳で確認します。

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このへんの映像と音楽の関係というのはじつに面白いもので、サイレントにして見直すと、バーナード・ハーマンがここで決定的な役割を果たしたことがあっさり了解できるでしょう。ハーマンの代表作は『サイコ』あたりではないかと思っていましたが、四半世紀ほど前に後追いで『めまい』を見て(80年代なかば、まめに映画館やホールに通った、遅れてきたヒチコック・ファンだった)、脱帽してしまいました。「美しき怖れ」「華麗なる不安」とでもいうべきハイブリッド・サウンドで、だれにでもつくれる音楽ではありません。『めまい』はわたしが知るかぎり、バーナード・ハーマンのもっともすぐれたスコアです。

◆ 辻褄の向こう側 ◆◆
映画というのは強引なものだなあ、と思います。しらふで見たら、それは無理でしょうといいたくなるようなことを平気でやり、なおかつ、客に「金返せ」とはいわせない技というものがあるようです。小説だったら、プロットの穴は丸見えで、読者はせせら笑うものですが、映画では誤魔化しがききます。というより、映画ではつじつまを合わせることと、客の満足感とは無関係ではないかという気がします。

映画が小説とちがうのは、まず第一に、そこに美男美女がいて、喜怒哀楽をあらわに動きまわる、ということです。われわれはつい、美男美女に意識をもっていかれ、プロットのことを忘れてしまうのです。

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また、本は立ち止まって、何ページでもさかのぼって確認できますが、映画では、ちょっと待って、とはいえず、話はどんどん先に行ってしまうということもあります。

そして、音です。近ごろのように、ドスンバタンと騒々しくやられると、いちいちものなんか考えていられません。派手な音を立てていろいろなものが破裂したり爆発したりしたら、とりあえず逃げよう、てなもんで、プロットの穴のことなんか気にしている余裕もあらばこそです。

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ヒチコック的「目のごちそう」1 教会

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ヒチコック的「目のごちそう」2 ゴールデン・ゲイト・ブリッジ

なぜこんなことを書いているかというと、『めまい』は無理なところの多い話だと思うからです。いまだに、ボアロー=ナルスジャックの原作を読んでいないのは、きっと小説だったら種明かしで馬鹿馬鹿しくなり、腹が立つにちがいないからです(もともとボアロー=ナルスジャックは大嫌いだからでもある。タイトルは忘れたが、高校のときにひとつ読んだだけで頭に血が上り、こいつらの本は一生読まないと怒り狂った)。

プロットは見るたびにいよいよ穴が見えてきて、無理な話だなあ、という思いが強くなっていくのですが、それでも、視覚的、聴覚的快感のほうをとって、これはヒチコックおよびバーナード・ハーマンの代表作だと考えるのだから、おかしなものです。結局、力のある映画監督の手にかかったら、プロットなんて二のつぎ三のつぎということなのでしょう。ここに映画の映画たる所以があるのだろうと思います。

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ヒチコック的「目のごちそう」3 美術館 どのロケーションも印象的で、効果的に配置されている。

つぎはどこに行くかまったく考えていなくて、またヒチコック=ハーマンか、あるいはハーマンとだれかべつの監督か、それともまた東宝特撮や日活アクションにもどるか、はたまた、ぜんぜん違うところに行くか、まったく腹案がありません。お客さんからお題をいただきたいぐらいの心境で、ふーむ、どうしたものか、であります。

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by songsf4s | 2009-06-29 23:55 | 映画・TV音楽
タイトル・テーマ by 別宮貞雄 (OST 『マタンゴ』より)
タイトル
タイトル・テーマ
アーティスト
別宮貞雄
ライター
別宮貞雄
収録アルバム
マタンゴ(OST)
リリース年
1963年
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アメリカにはニューマン兄弟やら、ディミトリー・ティオムキンやら、エルマー・バーンスティーンやら、バーナード・ハーマンやら、ラロ・シフリンやら、ジェリー・ゴールドスミスやらと、押しも押されもせぬ「映画音楽の大家」という人たちがたくさんいますが、日本では「映画音楽作曲者」という職業がきっちり成立しえないのか、「正業」のかたわらにスコアを書く人がたくさんいます(そういう状況がもたらしたものは功罪ともにあると思うが、それはまたいずれ)。

本日の『マタンゴ』のスコアを書いた別宮貞雄も本来はクラシックの作曲者、そっちはほったらかしにして、「キノコ人間の襲撃」(Attack of the Mushroom People)なんていう英語タイトルをつけられるような映画に添えた音楽をとりあげるのは恐縮ですが、自分の名前をつけてつくったものは、良きにつけ、悪しきにつけ、生涯ついてまわるということで、観念していただくしかないと愚考します。

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いま別宮貞雄ディスコグラフィーおよびフィルモグラフィーを眺めてみたのですが、もちろん、わたしはガチガチのロックンロール小僧だったので、クラシックを聴く気遣いはなく、フィルモグラフィーのほうにしかなじみのあるものはありませんでした。別宮貞雄がスコアを書いたもののうち、『国際秘密警察』と『駅前開運』は見た記憶があります。見た記憶があるだけで、中身の記憶はないのですが……。

◆ セミ・クラシック映画? ◆◆
f0147840_23443639.jpgアメリカでは昔のテレビ番組を簡単に見られるおかげで、古いものが生活のなかに生きている、という表現では変かもしれませんが、子どもたちが大昔のテレビ番組のことを云々するという場面が小説や映画にたくさんあって、前々からうらやましく思っていました。『ワイルド・ウェスト』なんていう、日本ではほとんどだれも知らないドラマが、ウィル・スミス主演で本編になったのには、それなりの理由があったのです。

近ごろは日本でも、パッケージ商品が流布した結果、映画や音楽の世代間ギャップがすこしだけ縮小したようです。たとえば1979年に、『エイリアン』を見たあとで、そういえば、昔、東宝の特撮ものに『マタンゴ』というのがあって、なんていっても、「はあ?」といわれるのがオチでした。いまでは、あっちのほうの映画が好きな人はたくさんいて(ちょっと多すぎるところに現代の奇怪さを感じるが!)、『マタンゴ』もすでに古典といっていいようです。

わたしは恐がりの子どもでした。兄に連れて行かれた『恐怖のミイラ男』や『アマゾンの半魚人』なんて、トラウマになったほどです。後者はユニヴァーサルの社員だったときにヘンリー・マンシーニが音楽を書いているので、いずれ取り上げるかもしれませんが。兄はわたしが怖がるのが面白くて、しばしばそういう映画に連れだしたのでしょうが、よせばいいのに、ひとりでのこのこ出かけていって、真っ昼間、恐怖におののいてわが家に逃げ帰ったのが、本日の『マタンゴ』です。

いやはや、わたしみたいな観客ばかりなら、映画製作者も苦労しないでしょうね。大人になって、どれほど怖い映画だったかと思い、テレビでやったときに見たのですが、思いきり力が抜けてしまいました。依然として気色悪く感じるショットはありましたが、怖いというようなものではありませんでした。子どもは怖がるものですが、それにしても、これくらいであんなに怖がらなくてもいいのに、と苦笑してしまいます。

まあ、中学になっても、ミケランジェロ・アントニオーニの『欲望』(Blow Up)なんかで怖がった人間ですから(『欲望』に怖いシーンなんかあるかって? ほら、深夜、写真の引き伸ばしをやっていて、だんだん細かいところが見えてきて、公園の藪の下に……ね? あれは恐怖の一瞬)、箸が転がっても可笑しいのといっしょで、首が転がっても怖かったのでしょう。

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ミケランジェロ・アントニオーニ『欲望』より。原題はBlow Upで、写真の引き伸ばしを意味する。俳優はデイヴィッド・ヘミングス。

◆ スコアの対比 ◆◆
当時はそんなことは考えなかったのですが、これだけ時間がたつと、『ガス人間第一号』同様、昔はどうということはなかった曲でも、いまではそれなりに面白く感じられるようになったものがあります。

まず「タイトル・テーマ」という曲名になっているトラックですが、陰々滅々たる映画だったという印象を裏切り、きわめて東宝色の強いホーン・アレンジの上に薄くストリングスをかぶせた軽快な曲で、これじゃあまるで若大将映画じゃないか、です。しかし、冒頭のシークェンスでは、ヨットの上には若大将も青大将も「澄子さん」もいません。変だなあ、と思ったら、『マタンゴ』と同時上映の表看板の映画、『ハワイの若大将』のほうに出ていたことがわかりました。じゃあ、しようがネエな、です。

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水野久美が歌うシーン。背後は左から土屋嘉男、佐原健二、小泉博。いかにも東宝特撮映画らしい俳優陣である。

くだらないことはともかくとして、メイン・タイトルの直後、水野久美(お年を召してから『快盗ルビイ』にお母さん役で出ていて、なかなかけっこうな味だった)扮するクラブ・シンガーが歌う曲も、ウクレレのコードが入る、明るく軽快な曲で、ここまでくると、なるほど、転調の効果を狙っているわけね、と納得がいきます。

ひどい状態のフィルムまたはテープから起こしたものですが、ほかになかったので、いちおうタイトルのクリップを貼りつけておきました。

マタンゴ タイトル


これだけではあんまりのような気がするので、音楽のサンプルをべつにアップしておきました。ご興味のある方はどうぞ。

メイン・タイトル
ヨット

このあと、人物関係の説明のようなシーンがあり、夜になると天候が悪化し、おきまりの展開によってこのヨットは遭難することになります。恐怖映画なので、以後は暗鬱な話になり、音楽のほうも、当然ながら、弦を中心とし、そこに管がからんでいく不気味なものへと変化します。唯一の例外は、トランジスター・ラジオから流れてくる曲です。OSTではそのまんまのタイトルが付けられています。

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トランジスター・ラジオ

というわけで、このミディアム・テンポの4ビートの曲は、ちょっとしたチェンジアップの役割を果たしていて、映画のなかでもなかなか印象的です。とはいえ、細かいところのリアリティーを気にするわたしは、短波放送がこんなにきれいに入るかなあ、どうしてフェイドしないんだろう、と首をかしげてしまいますが!

気になる曲というのが、純粋なスコアではなく、「挿入曲」というべきものばかりというのは、わたしが本物の映画音楽ファンではない証拠のような気がします。スコアが気に入るというのはそうしょっちゅうあることではなく、なぜそうなのか、と考えると、60年代に起きた映画音楽の大きな変化へとつながっていくような気がしますが、そういう大ごとはまたべつの機会にゆずることにさせていただきます。

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◆ 眠りと死は兄弟 ◆◆
『マタンゴ』は昔ののんびりした恐怖映画なので、いまになって大人が見ると、ボコボコにふくれあがったキノコ人間に生理的嫌悪を感じるにすぎず、怖いとかなんとか、そういう映画ではありません。

子どものときは、無人島のシークェンスも怖かったのですが、なんたって、最初と最後の病院のシーンに震え上がりました。子どもがラスト・シーンを怖がったのは当然ですが(「それはこんな顔だったかい?」という使い古されたルーティンだが、子どものわたしはそんなことも知らなかった)、冒頭の暗い病室と、背後の町灯りの対照がなにやら不穏で、あれだけでもう十分に震え上がっていました。

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おかしなことに、この患者の役は土屋嘉男が演じたのだとばかり思いこんでいて、大人になって再見したら、久保明だったのには驚きました。土屋嘉男の映画ばかり見ていたせいでしょう!

子どものときに見た映画の、どういうシーンが印象に残っているかを考えると、どうやら生死の分かれ目と関係のある場面に惹かれ、強い印象を刻みつけられていたのではないかと思われます。子どものころに見たいろいろな映画を再見してみて、やっとそれがわかってきました。不可解なる「死」というものの輪郭をつかもうと、子どもは必死で目と耳を働かせていたのでしょう。

『マタンゴ』にはほとんど死はなく、ただ化け物になるだけですが、子どものわたしは、顔がお岩さんみたいになるのは、やはり死の一種と捉えていたにちがいありません。いまだって、ああはなりたくないと気色悪く感じるぐらいですから、子どもが怖がったのも無理はありません。それでも映画館に行くのをやめなかったのだから、人間というのは、子どものときからすでに、不可解な存在なのだな、とため息が出てしまいます。

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by songsf4s | 2009-06-27 23:54 | 映画・TV音楽
東京流れ者 by 渡哲也 (OST 『東京流れ者』より その2)
タイトル
東京流れ者
アーティスト
渡哲也
ライター
川内和子作詞(作曲者不詳)
収録アルバム
N/A
リリース年
1966年
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『東京流れ者』の英語タイトルは、Tokyo Drifterなのだそうです。日本語はあいまいだから、『東京流れ者』でなんとなく納得してしまうのですが、英語は明晰たらんとする指向性があって、この英訳題にはかすかな違和感があります。理屈っぽく訳すなら『A Drifter from Tokyo』だと思うのです。『東京から流れてきた男』です。東京のなかを流浪しているわけではないのです。

f0147840_831795.jpgこういうタイトルにしてみると、石原裕次郎の『赤い波止場』、そのリメイクである渡哲也の『紅の流れ星』(いい映画だった。脇にまわった宍戸錠がすばらしいし、若いころとはまったく異なった味の浅丘ルリ子もよかった。そして、この映画を見て、はじめて渡哲也の魅力がわかった。まちがいなく彼の代表作)、さらにいえば、『赤い波止場』の元になった『望郷』が想起されます。

『東京流れ者』もまたこうした系譜に連なる、日活がつねにメニューから外さなかった「現代的に変形した貴種流離譚」(注 この言葉が気になる方は記事末尾を参照されよ)のひとつなのです。まあ、『東京流れ者』は、『望郷』的というより、『勧進帳』的、『虎の尾を踏む男達』的なプロットで、感傷に浸っている余裕もなく、「関所」を破っていく話なのですが。

なんの脈絡もなくて恐縮ですが、前回、書くのを忘れてしまった、もう2種類のサンプル音源をあげておきます。『東京流れ者』のメイン・タイトル(インスト)と、劇中ではクラブ・シンガー役の松原智恵子が歌う(リップ・シンク。声は鹿之侑子)「ブルーナイトイン赤坂」です。

メイン・タイトル(鏑木創)
ブルー・ナイト・イン赤坂

f0147840_8413018.jpg「ジャパン・タイムズ」の木村威夫インタヴューのURLも書いておきます。これは九十歳で監督デビューした木村威夫の記事なのですが、必然的に美術監督時代のことに話がおよび、そうなれば、清順作品が俎上にあげられるのは当然の成り行きです。

http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/ff20081024i1.html

◆ 佐世保は今日も遠かった ◆◆
さて、今回は「『東京流れ者』ロケ地ミニ散歩」です。『狂った果実』(その1その2その3その4)のときは、東奔西走南船北馬、鎌倉だけにかぎっても、四カ所もまわることになり、エラく手間取りましたが、『東京流れ者』に関しては、ロケ地がわかったのは一カ所だけなので、たいした苦労はありませんでした。ほんとうは快晴の早朝に撮影したかったのですが、いまは梅雨、しかも、早起きは大の苦手で、最適の条件での撮影はできませんでしたが、撮れたのだから、文句は言いますまい。

渡哲也扮する「不死鳥のテツ」(映画のなかでは不死鳥は「ふじちょう」と濁って発音される。これは東京人のくせで、下谷生まれの亡父は「台東区」を「だいとうく」と発音した。清順も東京生まれ、亡父の二つ下なので、あの時代の東京人らしく、「ふしちょう」という抜けた音を嫌ったのだろう)は、のっぴきならぬ事情から、まず庄内へと落ちます。しかし、ここにも身を隠しているわけにいかなくなり、今度は佐世保へと飛びます。今回のロケ地散歩は「佐世保」のシーンなのですが……。

以前、ご紹介した富田均『東京映画名所図鑑』にも、「そして佐世保の早朝の飲食・風俗街等々」とあり(同書p.162)、佐世保ロケとみなしているのですが、じつはそうではないのです。『東京映画名所図鑑』は東京およびその周辺だけを扱った本ですし、「佐世保」とスーパーインポーズが出て、あの絵柄では、佐世保ロケとみなして、対象外としてしまうのも無理もありません。

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名著『東京映画名所図鑑』を批判するつもりはまったくない、とお断りしたうえで申し上げますが、わたしはたまたま、あのシークェンスのロケ地が佐世保ではないことを知っています。神奈川県横須賀市のバー街、里俗に「どぶ板通り」と呼ばれている場所で撮影されたのです。前回も書きましたが、鈴木清順は「ついで映画」の監督であり、つねに乏しい予算でやりくりしていました。ほんの数ショットのために佐世保までロケに行く経済的、時間的余裕などあるはずがありません。佐世保と同じ基地の町である、近場の横須賀ですませてしまったのでしょう。

まずは、どぶ板通り(本町)をふくむ横須賀市の大域図と、どぶ板通り付近を拡大して、推定キャメラ位置をプロットした地図をご覧あれ。

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それでは映画のショット順にしたがって見ていくことにします。まず、もっともわかりやすい第1撮影現場(地図中のA)、階段のある路地です。左が渡哲也、右が二谷英明、階段を下りてくる、ほとんど視認できない人物は玉川伊三男。なぜこういう風に人物が配置されているかを説明するには、ポイント部分のプロットを明かさねばならないので、省略させていただきます。キャメラは国道16号線を背にして、南にレンズを向けてセットされています。

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階段は旧状のまま、左側の商店もおそらく1966年当時と同じ建物ですが、右側はビルになってしまい、一階はガレージです。ということは仕舞た屋になってしまったということで、ご多分に漏れず、この通りもすっかり衰退してしまったようです。建て替わってはいなくても、閉店したままのバー、キャバレーが通りのあちこちにありました。

つぎはB、京浜急行汐入駅そばの撮影現場。ほかのキャメラ位置はすぐにわかったのですが、ここだけは考え込んだあげく、最初は勘違いしてべつのガード下を撮影してしまい、改めてやり直し撮影に出かけました。地図に示したように、キャメラは同じ位置のまま、ただ左から右に90度ほどパーンするだけです。

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なぜ最初はこの撮影現場がわからなかったのかは、ひと目でご了解いただけたものと思います。昔の面影はまったくないのです。このあたりは、EMクラブ(旧帝国海軍の下士官集会所だった建物を米海軍が引き継ぎ、同様に下士官クラブ=Enlisted Men's Club=EMクラブにした。解体前のさよならイヴェントでは、かつてここで仕事したことがあった安田伸もプレイした)の解体後、大規模な再開発をおこなった結果、昔のものはなにもなくなってしまい、いまや頼りは京急汐入駅のガードだけなのです。

つづいて撮影現場Cです。わたしは三十数年前、このへんでとぐろを巻くような生活をしていたので、いまでも忘れませんが、夏の午後、この通りを歩くと、どこにも日陰がなくておおいにへこたれました。まっすぐ東西に伸びているのです。この撮影は明らかに早朝におこなわれているので、通りのどちらにキャメラを向けているかは、光の加減でわかります。

シーンとしては、二谷英明と玉川伊三男が並んで歩いているというもので、2種類のショットがつづけて出てきます。まず「C」のショット。

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なぜここがCの位置であり、Dの位置で逆方向に切り返したのではないと判断したかというと、背後にかつてのEMクラブがかすかに見える(二谷英明と玉川伊三男の肩のあいだ)からで、EMがこのように見えるのはCの位置だろうと考えたのです。しかし、こういう記憶には勘違いがつきもの、ちがうぞ、と思われる方は、ぜひコメントをお書きになってください。

つづいてDにカメラをおいたショット。二人の背後が明るいので、ここは東のほうにレンズを向けて撮ったことがわかります。このショットの意味を書きたい誘惑に駆られるのですが、クライマクス直前の重要なシークェンスのため、グッとこらえて口をつぐむことにします。

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◆ 異端と正統、裏と表、内と外 ◆◆
やってみると、清順について書くのはひどくくたびれるもので、なんだか精魂使い果たしたような気分です。すでに20本は見た、などという方には、不治の病を抱えてお互いしんどいことですな、と同情申し上げるにとどめておきます。以下、これから清順をご覧になってみようという方にひと言(いや、五言ぐらい)。

おおかたの映画ファンが清順に気づいたとき、彼はもう日活にいませんでした。一握りの熱心な映画ファンや評論家(小林信彦はリアルタイムで『野獣の青春』を賞揚している)をのぞけば、みんな「遅れてきた清順ファン」なのです。

f0147840_17362766.jpgわたしが見た1972年の時点でも、『殺しの烙印』はひそひそと噂されるような映画でしたが、でも、まだ“『殺しの烙印』の鈴木清順”というような表現が成立する状況にはなっていませんでした。それだけは断言しておきます。あの映画はまだ、清順フィルモグラフィーのなかにあって「はぐれ者」「変わり種」の位置づけだったのです。『くたばれ悪党ども』や『野獣の青春』のような、本街道を行くオーセンティックなアクション映画(いやまあ、清順にはそういう作品はない、というご意見もございましょうが!)のパロディー、自分で自分の仕事を揶揄した「メタ映画」、というのが当時の印象でした。

日本人の大部分が「遅れた」ぐらいなので、外国人はみな後追いです。海外での評を読むと(といっても英語以外は読めないが)、『殺しの烙印』が傑作ないしは代表作であることを自明のように書いているものが多く、そこにイヤなきしみ、歪み、ズレ、断層を感じます。(おそらくはタランティーノのアジテーションに乗って)もっとも突出した変わり種から清順映画に入ってしまったために(後追いの場合、それは当然であって、非難しているわけではない)、評価の倒立が起きているのです。

f0147840_17383825.jpg鈴木清順は、1966年までに三十数本の映画を費やして、乾坤一擲の傑作『殺しの烙印』を撮るための長い準備をしてきた……のでしょうかねえ? わたしは、まったくそうは思いません。いろいろ撮っているうちに、「映画に文法はない」(小津安二郎)といってみたくなった、とか、経営陣がヒステリー女みたいにわめくので、ここらで派手にケンカしてみるか、というような気分だったのではなかろうかと想像しています。

どうであれ、『殺しの烙印』は本街道ではなく、裏街道です。裏表をひっくり返しては、あとの話がみな逆さまになってしまいます。世界のフィルムゴーアーに清順の存在を知らしめた人たちの努力には感謝したいのですが、ずいぶんと歪んだパブリック・イメージが形作られてしまったと思います。せめて日本が海外の評価に追随することがないようにと願っていますが、残念ながら、国内の評価は海外の評価に押しつぶされてしまうことが多いのです(『羅生門』がカンヌでグランプリを取ったとたん、国内での評価は180度変わったというが、わたしはあの映画が好きではないので、黙殺した日本の評論家のほうが正しかったと思う。問題は、受賞以後、手のひらを返したことにある。カンヌ風情がなにをやろうと、あれは断じて失敗作だ、といえばよかったのだ。それがクリティークというものではないか!)。

百万人が見れば、百万人の解釈があるのは当然で、海外での見方が日本国内とはちがうことに文句があるわけではありません。わたしがいいたいのはその逆のことです。みんなで口を揃えて『殺しの烙印』を最高傑作と絶賛し、あとの映画は『殺しの烙印』を基準にして見る、という画一的なありようは、断じて打ち破る必要がある、ということです。

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渡哲也と二谷英明(『東京流れ者』スティル)。こういうシーンは映画にはない。子どものときは、スティルはべつに撮るということを知らなかったので、しょっちゅう、首をかしげつつ映画館から出てきて、外に飾られているスティルをまた見直したりした!

まあ、やむをえないんですよ、それは百も承知です。突出したものがないかぎり、文化の壁を乗り越えて注目を集めることはできません。だから紹介者はもっとも異常なものから語りはじめるものです。わたしだって、友だちから『殺しの烙印』がいかに奇怪な映画かを事前にたっぷり吹き込まれて、文芸座のシネマテークに行ったわけで、海外でも同じことが起きたのでしょう(そもそも、プログラム・ピクチャーをシネマテークで見るというのがもうすでに倒立しているので、よそさんのことをあれこれいえた義理ではないかもしれない!)。

じっさいに見てみると、『殺しの烙印』は、笑えるシーンがたくさんある、きわめてオフビートなアクション映画、ぐらいのところで、けっしてメイン・ディッシュの印象はありませんでした。1972年の時点で、将来、古典になりうる「格」を感じたのは、たとえば『花と怒濤』あたりでした。

f0147840_17522052.jpg繰り返します。みんなで同じことをいうのはやめよう、鈴木清順には長いキャリアがある、あまり話題にされない作品を好む人もいるはずだ、他人がみな『殺しの烙印』と大合唱しようと、「やっぱり清順は和田浩二を撮ったときがいちばんいい、彼の代表作は『峠を渡る若い風』以外に考えられない」と思うなら、そう主張しようではありませんか。外国人に理解しにくい映画はみなダメだ、なんてことはないのです。われわれが最後に愛おしむのは、大多数の理解は得られない小品または珍品だろうという予感がします。

海外の映画好きはやっと鈴木清順に遭遇したばかりなのだ、ということでしょう。外国に映画を持って行くには手間がかかります。タイミングさえ合えば、われわれ日本人は、大規模な回顧上映で一気に多数の作品を見て、バランスのとれたイメージを得ることができますが、海外ではそうはいかず、紹介は徐々に進むわけで、いずれ、彼らも初期作品に接して、『殺しの烙印』の位置づけを補正していくことでしょう。

近々、もう一、二本、清順作品を取り上げようと思っているので、そのときにまたあれこれゴタクをいうことにし、本日はこのへんで切り上げることにします。そもそも、冷静になってみれば当家は音楽ブログ、このところ、映画のことに踏み込みすぎていると反省しています。

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渡哲也のスーツの色彩変化にも意味が込められているのだろう。白は禊ぎあるいは再生あるいは屍衣か?

注釈 貴種流離譚
貴種流離譚とは「説話類型の一。貴い家柄の英雄が本郷を離れて流浪し、苦難を動物や女性の助けなどで克服してゆく話。大国主命〔おおくにぬしのみこと〕、光源氏の須磨配流、オデュッセウスの漂流の類」と広辞苑にあります。

今回調べてはじめて知ったのですが、これは折口信夫〔しのぶ〕の造語なのだそうです。世界大百科の折口信夫の項に以下のように記されています。
「信夫の学問は、以上のような創作活動と深くかかわっていて、独特な用語を駆使し、ときに飛躍のある晦渋な論文が生み出されるのはその創作者的資質によろう。独特な用語とは、例えば〈貴種流離譚〉がある。物語に出てくる主人公たちは高貴な出身であるが、身をやつして他国へさすらってゆく。そのような物語のパターンが、《源氏物語》にもあるが、古い神話や基層社会の芸能者の持ち歩いた説経その他にも広く見られる。そのことから、〈貴種流離譚〉は、神々を守って漂泊した人々の、また賤しめられていた芸能者たちのいだいていた世界であったことが考えられる。信夫は日本文学の流れの基層をそのような担い手たちの唱導の歴史であると見た」

ふーむ。「流れ者」も堅気の世界とは無縁で、ここでいう「卑しめられていた芸能者」に近縁の存在といえるでしょう。『赤い波止場』『紅の流れ星』『東京流れ者』は貴種流離譚だなんて、よく知りもしないくせに、テキトーなことを書いてしまったかと思いましたが、どうやらまぐれ当たりだったようです。

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by songsf4s | 2009-06-26 23:51 | 映画・TV音楽
東京流れ者 by 渡哲也 (OST 『東京流れ者』より その1)
2010年4月追記

枕として置いてあった石原裕次郎の「狂った果実」のクリップと、この曲をめぐる話題を削除しました。記述に間違いがあったためです。どうかあしからず。

◆ まごうかたなき主題歌 ◆◆
さて、今日の本題は裕次郎ではなく、渡哲也です。いや、1972年3月にはじめて『東京流れ者』を見たときは、「渡哲也の映画」としてではありませんでした。鈴木清順シネマテークのなかの一本として見たのです。

そのときは十八歳ですから、演歌などまったく無縁でした。いや、いまでもそういうものを買うことはないのですが、若いころというのはテイストがとがっていて、好きなもの以外は峻拒するのがつね、この曲に対してもあまり寛容ではありませんでした。



とはいえ、映画の文脈のなかでは、ふつうに音楽を聴くときよりはバーをはるかに下にさげていたので、好きではないものの、とくに腹を立てることはありませんでした。プログラム・ピクチャーは、うるさいことをいっていると、とうてい見ていられなくなるので、「これはこういうもの」と(歌舞伎のほうでいう)「世界」を受け容れてしまわないといけないのです。

その「世界」のかぎりにおいては、渡哲也歌う「東京流れ者」は悪い曲ではなく、1972年の時点でも「昔の日本」(というのはあの時点では六年前のことだが、わたしの年齢では、六年前は遠く過ぎ去った幼年時代に属していた)ではこういうのがふつうだったからな、と思って聴いていました。

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YouTubeには、これならオーケイというクリップは見あたらなかったので、映画から切り出したサンプルもアップしておきました。映画からなので、フル・ヴァースではありません。

サンプル

さて、あれから、エーと、三十七年たって、いまどう思うか? 結局、わたしが見た鈴木清順の30本あまりの映画に使われた曲のなかで、これが唯一、主題歌としての体裁と格、そしてヒット・ポテンシャルをもった曲であり、こういうのも撮っておいてくれて、ほんとうによかった、と思います。

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◆ 歌謡曲のパトス ◆◆
日本映画の主題歌、とりわけ日活のものは、『赤いハンカチ』に代表されるように、きわめてパセティックなもので、映画というベッドへと観客を誘い込む媚態です。鈴木清順は媚態を見せないタイプの映画監督であり、『東京流れ者』も例外ではないのですが、主題歌はべつです。

歌謡曲というのは、映画主題歌にすると、どうしてこれほど蠱惑的になるのか、そのあたりはいまだによくわかりません。ひと言に「魅力的な主題歌」といっても、たとえば、『夜の大捜査線』『真夜中のカウボーイ』『グッバイ・ガール』のテーマから受ける印象、あるいは映画のなかにおけるその曲の役割と、この『東京流れ者』のテーマから受ける印象、映画のなかでの役割は、まったく異質なものと感じます。



これはなんなのか? いや、わたしにはこれといった意見はありません。歌謡曲というのは、アメリカン・ポップ・チューンなどにくらべて、はるかに強く情緒に訴えかける性質を持っているのだろう、といった、馬鹿馬鹿しいほど当たり前のことしか思いつかないのです。

音楽だけでそういう気分が生まれるのかどうか、これまたよくわかりません。映画の冒頭やエンディングで、ヒーローがひとり、ひと気のない町、埠頭、荒れ地などを歩くシーンが、日本のアクション映画にはよく出てくるような気がするのですが、そういうパトスそれ自体、あるいはパトスの余波である放心をあらわすシークェンスに、歌謡曲はよくマッチするようです。

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◆ 清順唯一の“オーセンティック日活アクション” ◆◆
鈴木清順ファンならどなたものご存知のことですが、日活時代、彼がつくっていたのは、みずから称するところの「ついで映画」でした。

オールドタイマーはご記憶でしょうが、昔、「五社」はどこも二本立てだった時期がありました。二本とも大きな予算を組むわけではなく、片方は「添え物」だから、低予算、ノースターで、場合によっては上映時間も短め(60~80分程度)だったりしました。鈴木清順はそういう「添え物」ばかりを会社から割り当てられる監督であり、それを彼は「ついで映画」と呼んだのです。客の目当ては「表」の裕次郎映画であったり、小百合映画であったりするわけで、清順が撮っていた「添え物」「同時上映作品」は、「ついでに」見るものだったのです。

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鈴木清順の映画には欠かせない「見た目」ショットというのがある。登場人物の視線の先にあるものを写したショットだ。『東京流れ者』では、渡哲也が赤坂の事務所から外を見る(上)たびに、葉を落とした立木とその向こうの東京タワー(下)が見える。ということで、「見る目」のショットと「見た目」のショットを組み合わせてみた。木村威夫によると、最初の版のエンディングは、この木にくくられて渡が死んでいるというものだったらしいが、またしても上層部ともめ、撮り直したものが、現在われわれが目にしている版なのだとか。

「ついで」ではない、お目当てのほうの映画がどうなっていたかは、じつによく記憶していますが、その記憶のなかでは、石原裕次郎や小林旭が歌う主題歌が大きな位置を占めています。アキラはシリーズものが多かったし、そもそもわたしはリアルタイムではそれほどたくさん見ていないので、記憶のなかの日活「Aムーヴィー」のほとんどは裕次郎のものです。「嵐を呼ぶ男」「風速40米」「錆びたナイフ」「俺は待ってるぜ」(これは後年テレビで見た)「銀座の恋の物語」「赤いハンカチ」「二人の世界」「夜霧のブルース」というぐあいに、タイトルを並べるだけでもため息が出るほどゴージャスです。

つまり、こういうのが日活映画の檜舞台なのです。でも、鈴木清順は「ついで映画」の監督なので、たとえ主題歌があっても、なんだかパッとしないものばかりだし、スコアのみで、主題歌のない映画もたくさん撮っています。後年のエッセイで、映画監督をしているあいだは、三船敏郎はおろか、自社のスターだった石原裕次郎の映画だって撮ったことはなかったのに、CMの仕事をするようになったら、こういう大スターとしばしば仕事をしているのだから、じつにおかしな話だ、と書いています。ホントだよねえ、一生に一度ぐらいは、スターに全面的にもたれかかった、テキトーでイイカゲンな映画を撮ってみたかっただろうに、とファンとしてもしみじみ思います。

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で、結局、このあたりに、わたしは『東京流れ者』のきわめて強いレゾン・デートルを見いだしてしまうのです。なんていうと、おおかたの清順ファンから怒られちゃうでしょうけれど、この映画で鈴木清順が木村威夫美術監督の強力なアジテートのもとにおこなった、映画史上稀な視覚的、色彩的冒険については、すでにさまざまな言語(といったって、わたしは英語と日本語しか読まないが)で書き尽くされているので、いまさら、わたしが、「あの赤いホリゾントが、さっと白くなって」とか「あのドーナツが真っ赤になるとき」だなんていってみたってしようがないのです。

だから、鈴木清順にも、いかにも日活映画らしい、キャッチーな主題歌つきの映画が一本だけある、それが『東京流れ者』である、仮にこの映画がノーマルかつコンサーヴァティヴな色彩プランで撮影されたものだとしても、「清順には縁のなかった主題歌つきオーセンティック日活アクション」であるという一点で、『東京流れ者』は彼の代表作に繰り入れられる資格を有している、と暴論を書いておくことにします。

◆ イエロー・マジック・シネマ ◆◆
とはいいながらも、あのクラブのデザイン、色彩、そして、そこを舞台にしたクライマクスの、四谷怪談戸板返し的シークェンスをはじめて見たとき、十八歳のわたしは仰天しました。「こういうのって、ありなの?」です。

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主要な舞台のひとつ、クラブ〈アルル〉のファサード。この黄色に木村威夫の大胆不敵さがあらわれているような気がする。おそらく、調布撮影所のパーマネントなオープン・セット、世にいう「日活銀座」の一廓につくられたのだろう。

いや、清順がたくさんつくった「戸板返し」のなかで、もっともオーセンティックなのは、いまや世界の映画ファンの知るところとなった『関東無宿』の小林旭の大見得、襖がバンと倒れたら、世界は赤かった、というあのシークェンスでしょうが、あれは、ほら、歌舞伎に直結しているわけですよ。だから戸板返しなんですが、でもって、「なある、そういう美学ね」なんてんで、日本人は大きな抵抗なく、すんなり了解できてしまうのです。

でも、『東京流れ者』は現代劇、舞台は隠亡堀じゃなくて、赤坂のナイトクラブ(隠亡堀とどこがちがうんだ、というそこのあなた、しばらくお静かに)、木村威夫の尖鋭的なデザインのインテリアですからねえ、大人はいざ知らず、子どもは、ドヒャーとのけぞりました。

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わたしより年上の人たち、主として大学生は、池袋文芸座のグラウンド・ルールにしたがって、バンと色が変わるたびに、「音羽屋!」みたいな気分で、大拍手で「ヨシッ!」などと声をかけていましたが、わたしはただただ口をあんぐり。拍手するような人たちは、もう何回も見て、どこで色が変わるか知っているんですよ。こっちははじめてですからね。カルチャー・ショックとはあのことです(いまそこで芝居が演じられているかのように、映画のポイント、ポイントでいちいち反応し、拍手し、スクリーンに声をかける人たちばかりだったのにも呆然とした。あのときは違和感があったが、いまになると懐かしい。あのシネマテークは大入満員で客があふれ、場内はムンムン、映画はホットなメディアなのかと思った)。

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そりゃもちろん、子どもだから、『殺しの烙印』には大笑い、大喝采でしたし、『けんかえれじい』では、北一輝のシーンで、ふーん、これが噂に聞いた「ただ北一輝が坐っている」シーンか、てなもんでしたし、あまり評判のよろしくない『俺たちの血が許さない』では、あの荒野の一軒家みたいなレストランのシーン、あの視覚的表現のセンスに圧倒されもしました。あれ一作で、趣旨替えして、松原智恵子のファンになったほどです。なんであの映画は受けがよくないんでしょうねえ。不思議です。子どもだったからなのか、わたしは、巻頭からエンディングまで夢中で見てしまいました。

『花と怒濤』にも魅了されました。川地民夫がはじめて登場するシークェンスなんて、これが映画だ、ですよ。あの十二階下の銘酒屋の場面も、角店の構造を利用したサスペンスにハラハラ、ワクワク、ゾクゾクしました。新潟だったか、ささやかなロケのショットも楽しく、舞台劇的な味わいもあるクライマクスの雪のかくれんぼがまた、文字では表現不能、映画だけがもっている魅惑のエッセンスでした。そんな名作、秀作ばかりでなく、和田浩二と清水まゆみの『峠を渡る若い風』のような、昔の邦画に特有の軽い明朗青春映画も、舌なめずりするように見ました。

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でも、この監督はほかの人とはまったく違う特別な人だ、と心に刻みつけたのは、主として、『東京流れ者』のクライマクスの色彩感覚のせいです。『殺しの烙印』は当時も「堀久作が激怒して清順を首にした映画」として有名で、「映画にルールなんかあるものか」という大胆さをおおいに楽しみましたが、感傷に訴える要素がゼロだったせいもあって、最初に見た20本のなかでは、わたしには『東京流れ者』『野獣の青春』『花と怒濤』『俺たちの血が許さない』などのほうが代表作に思えました。

『狂った果実』のときのように、あちこちにいったわけではないのですが、一カ所だけ、ロケ地の現況を撮影してきたので、『東京流れ者』をもう一回延長して、次回はミニ・ロケ地散歩をやります。

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by songsf4s | 2009-06-24 23:52 | 映画・TV音楽
ドラゴン by 宮内國郎 (OST 『ガス人間第一号』より)
タイトル
ドラゴン
アーティスト
宮内國郎
ライター
宮内國郎
収録アルバム
ガス人間第一号(OST)
リリース年
1960年
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こういう作曲家を取り上げると、オタクの諸兄を招き寄せる恐れがあるので、最初に断っておきますが、わたしはそういう方面のことはいっさい書かないので、検索エンジン経由で間違って当家にたどり着いた方は、ここで閉じられるように強くお勧めします。

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と、蚊取り線香を焚いた意味がおわかりにならないわたしと同世代または年上の方々のために書いておくと、宮内國郎はウルトラQやらウルトラマンやらの人として知られているのだそうです。わたしにはまったく関係のないことです(でも、こういう言葉を書いてしまうと、またしてもこれがキーワードになって、関係ないヴィジターを招き寄せるハメになってしまうのだが!)。

子どものころ、東宝特撮映画を熱心に見ましたが、ウルトラマンはわたしが中学生になってからはじまったものです。昔は、ああいうものは子どもだけのものとみなされていたので、なかば大人のつもりの中学生ともなると、縁を切ったものです。ウルトラマンの時代には、わたしは自分のバンドを組んで、ボーン・トゥ・ロックンロールな中学生活を送っていたため、ゴジラのことは夢のまた夢、特撮映画や同類のテレビ番組とは完全に手を切っていました。

◆ Photographs and Memories ◆◆
どなたにもそういうことがあると思うのですが、前後の脈絡なしに、シーンだけになってしまった映画の断片の記憶というのが、わたしにはたくさんあります。その一例がこの『ガス人間第一号』です(正確には「第」は略字なのだが)。

予告篇


わたしが記憶していたのは、シーンというよりはショット、いや、ほとんど一枚のスティルのようなものです。結末を書かないと、どういうショットか説明できないので、そういうことは知りたくない、自分でDVDを見る、という方は、ここでアディオス、チャオ、アウフヴィーダーゼン、フェアウェル、さようならさようなら、ということにするか、またはすくなくとも、つぎの見出しまでジャンプしてください。つぎの段落では結末を書きます。

この映画に関して記憶していたのは、男と女が抱き合い、女が男の背中にまわした手でガスライターに火をつける、というたったのワン・ショットだけ。あとはきれいさっぱり忘れてしまいました。いや、もちろん、ガスライターの火から大ガス爆発が起こる、という結末も記憶していましたが、絵として記憶しているのは、背中にまわった手とガスライターだけなのです。

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これだけがあざやかに思いだされるのですが、それ以前の話がどういうものなのかさっぱり思いだせないし、昔はテープだろうがディスクだろうが、ヴィデオ・パッケージ商品などというものは存在せず、名画座かなんかで再上映される機会でもないかぎり、あとから確認のしようがなかったのです。

わたしはマメな人間ではないので、あのシーンに到るまでのストーリーはどんなものなのだろう、ぐらいのささやかな興味を満足させるために、浅草東宝のオールナイトや同じ六区の邦画旧作上映館(リアルタイムでは見逃した日活映画を見るために一時期よく足を運んだ。検索して、浅草東宝は閉館したことがわかったが、日活映画を見に通った映画館はまだやっているらしい。このブログには、女性が行くのは危険、と書いてある。わたし自身は男だから「危険」を感じたことはないが、たしかに胡乱な客がいるので、女性が行くならひとりはダメ、エスコートが必要だ)をこまめにチェックするようなことはなく、つい先日までほったらかしにしていました。

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ビリングス・トップは三橋達也なのだが、DVDのパッケージでは、三番目の八千草薫や四番目の土屋嘉男のほうが大きく扱われている。昔なら大問題になるところだが、幸か不幸か、もはや序列などどうでもいいくらい古い映画になってしまった。

人生には、こういうつまらない疑問、微少な引っかかりが山ほどあり、そんなものにいちいちケリをつけるなんていうのは、子どもっぽい人間のやることなのでしょうが、そこに解決のチャンスがあるならば、やはりトゲは抜いておいたほうが心おきなく死ねるような気がするので(大げさだってば!)、一念発起して、半世紀ぶりにこの映画を再見してみたのでありました。

予告篇でおわかりになるかどうか微妙なところなのですが、土屋嘉男(去年、成瀬巳喜男の『乱れ雲』を再見し、この人がふつうの役で出ているのが、なんだか妙に可笑しかった。「東宝特撮映画の顔」ともいえる俳優なので、ふつうの映画にまでその雰囲気が漂ってしまうのだ)扮するガス人間というのは、透明人間類似の突然変異体質男で、思いのままに個体と気体を行き来できるのを利用して、銀行強盗を働きます。逮捕しようとしても、すぐに気体になってしまうのでどうにもならず、当局は彼が恋人の日本舞踊の家元(八千草薫)の発表会を利用して、その会場に特殊なガスを充満させ、一気に高熱で焼き尽くそうと考えます。

がしかし、昔の国産電機製品にはよくあったことですが、この装置も、明示的には説明されないなんらかの不具合によって作動せず、関係者一同、あちゃあ、やっぱりアメリカ製にしておけばよかった(とはいわないが)と反省することになります。ところが、ガス人間の思われ人である踊りの家元・八千草薫は、おそらくはモラリスティックな煩悶から脱出したいと願い、踊り終わってガス人間とひしと抱き合うと、みずからライターに点火し、史上最大のガス自殺をする、というプロットです。昔のプロパン・ガスはよく爆発事故を起こしたもので、そういう発想じゃないでしょうかね。

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スウィッチ、オン! 死ね、ガス人間! あ、いかん、失敗だ。

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セリフによる説明はなく、どこかにあるスウィッチ・ボックスのショットが挿入される。きっと単純な結線ミスなのだろう。たちの悪い電気工事会社に無駄金を払ってしまったらしい。わたしの考えでは、矢印をつけた遊んでいる末端がいけないのだと思う。

◆ エキゾティカと邦楽 ◆◆
ストーリーがわかり、ナラティヴに接してみると、それはちょっと無理でしょう、と思うところがたくさんあるのですが、話が面倒になるので、それはあとのほうにまとめることにして、先にスコアを検討します。

おそらく、当時の観客の感じ方とは大きく異なると思うのですが、この映画に出てくる音楽で感心したのは、看板に掲げたDragon 1および2というタイトルになっている曲です。

ドラゴン


駄言を弄するまでもなく、即座にご了解いただけたでしょうが、いまではこれはラウンジ/エキゾティカに分類されるタイプのアレンジ、サウンドです。作曲家も監督も、この曲に重要性など認めていなかったでしょうし、観客も気づかなかったでしょうが、半世紀たってみたら、「ドラゴン」はこの映画のなかでもっとも現代的な曲として浮上していたのです。まったく、時というのは地上のすべてのことに奇妙な作用をもたらすものです。

そもそもこの曲は、映画のなかではほとんど聞こえません。セリフをとったOSTを聞かないと、メロディーラインもアレンジもあったものではなく、なにか背後で鳴っているな、ぐらいのことしかわからないのです。しいていうと、二度目に出てくるDragon 2のほうが、まだしも音楽の体をなして聞こえます。

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「ドラゴン」というのは劇中に登場する喫茶店の名前。この店のシーンでBGMとして流れる。

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ドラゴン店内の三橋達也と佐多契子

『ガス人間第一号』のOSTのなかでは、唯一、この曲にだけ耳を引っ張られました。あとはこの手のサスペンス映画のノーマルなスコアです。当時を知らないお子様たちは、スコアのあちこちに使われているエレクトリック・アコーディオンに魅力を感じたりするようですが、わたしにはクリシェにしか思えません。

もう一点だけ、OSTについて。プロットから必然的に導き出されるのですが、八千草薫が踊るシーンがたくさんあり、本田猪四郎は、映画のテンポを壊すことすらいとわず、他とのバランスを失するまでに執拗に八千草薫が踊る姿を追いかけ、不相応なフィート数を費やしています。ガス人間が出てこなければ、日本舞踊の家元の物語といっていいほどです。

したがって、スコアにも邦楽があり、それはOST盤にも反映されています。これをアルバムとして通して聴くと、弦とエレクトリック・アコーディオンを中心としたサスペンスフルなスコア、ラウンジ・ミュージック、邦楽という、ひどく珍なミクスチャーができあがります。それが映画音楽というものだとはいえ、いやなんともまた「エキゾティックな」盤です。

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◆ 空想の論理、論理の空虚 ◆◆
映画というものは、論理のみによってつくられるものではなく、どちらかというと、目先の興味を追うことを本分としています。とりわけ、昔の邦画の大部分は大量生産品なので、時間に追われてシナリオがガタガタ、論理もへったくれもないというのがよくありました。

f0147840_2221921.jpg昔の邦画五社(日活、松竹、東宝、大映、東映)はどこでも通常は二本立て、しかも毎週プログラムが替わりました。つまり、各社、年に百本製作しなければならない、ということです。いくらそれが商売とはいえ、これはたいへんなことです。

東宝特撮映画は、昔の(自分でそう称するのはずうずうしいが)純朴な子どもたちを満足させるためにつくられたものだからして、いまになって大人の目で重箱の隅をせせるのは、礼儀にかなったふるまいとはいえないのですが、見てしまうと、やはり気になるところが山ほどあります。

人間が気体になろうが、液体になろうが(『美女と液体人間』という映画があった。ついでにいえば、『電送人間』というのもあった。子どものときにみんな見た)、それはお話の都合だから、そんなことはありえない、などとはいいますまい。ただ、われわれの宇宙では、たとえガス人間でも質量を失うことはできないから、固体であったときの、仮に60キロの肉体が「保存則」(質量不変の法則)にしたがってすべて気体に転換されると、どれだけのガス量になるかということは、映画を見ていてチラッと頭の隅で考えざるをえません。

ひどい丼勘定でも、小さな入道雲のようなものになるのはまちがいないところでしょう。すくなくとも、あんなタバコを一本吸っただけみたいな、セコい煙ですむはずがありません。かりにそうなってしまうという設定をオーケイとするなら、あのわずかな煙から、どうやって個体の人間を復元するのか、こんどはそちらがおおいなる頭痛の種になります。保存則がある以上、気体から固体を生じるには、それだけの十分な量が必要なので、あんなセコい煙になっては、それきりで文字どおり雲散霧消、二度と人間にもどれません。

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逃走するガス人間。これがもっとも大きな煙だが、質量はせいぜい数グラムだろう。残りの質量はどうなったのだ? 考えられる可能性はただひとつ。ガスの大部分は無色透明、ごく一部だけが見えるという設定。しかし、それならそうと説明してくれないと、可視部分だけで構成されていると考えざるをえない。

サイエンス・フィクションではなくファンタシーなのだから、保存則も適用されない、そもそも、夢物語に物理学を持ち込んでどうするのだ、というかもしれません。しかし、こういうことを理詰めで追い込んでいったときに、はじめて秀抜なアイディアが生まれ、リアリティーが構築されるということは、原則として押さえておかないと、この手の空想物語は面白くならないものなのです。山田風太郎の無茶苦茶な忍法小説が、その設定の範囲内においては、きわめて論理的につくられていることを思いだされよ。

ひと色ではなく、さまざまなタイプがあるにせよ、映画はやはりなんらかの論理で貫かれているべきなのです。子ども向け空想物語ではなく、大人が見る映画では、あまりにもたびたび非論理的な処理をすれば、物語は崩壊します。そしてつまるところ、子どもは小さな大人、やはり映画を見ながら、つたないながらも論理を適用しているものなのです。

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人間が輪郭を失ってしまうこういうショットは、七歳のときはひどく恐ろしかった。

わたしはこの映画を見たとき、小学校一年だったから、うなされるほど怖がりました。でも、これが数年後、小学校六年だったら、はなから馬鹿にしたでしょう。とりわけ、図書館司書が、どこからともなくあらわれた怪しい科学者のいうことを、飛行機乗りになるというかつての夢をかなえさせてやるという餌をちらつかされただけで、すぐに納得してしまうのは、いくらなんでも無茶です。この程度の動機づけでは、七歳の子どもはだませても、中学生には嘲笑されます。

シナリオ・ライターも監督も、ここに大きな穴があることを承知していたはずです。ライターに能力と時間があれば、論理を補強したにちがいありません。上映時間に余裕があれば、もっと尺数を費やして、心理的経過を説明したでしょう。でも、そこでスケデュールという圧力がかかるのが、日本映画界でした。ベルトコンヴェアは止められないので、穴のあるまま、半身不随で撮影がはじまってしまうのです。これは子ども向け空想物語にかぎらず、大人向けの映画でもしばしば起きました。

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勤め先にいきなりやってきた、科学者を名乗る男に、立ち話で不可解な実験計画に誘われ、土屋嘉男扮する図書館司書がなぜかすぐに話に乗ってしまうという、正常な神経の観客にはとうてい理解不能なシークェンス。ていねいにカットを割っているが、カットを割ればリアリティーを増すというものではないだろうに!

◆ Bムーヴィーは煩悶する ◆◆
本田猪四郎監督は、ガタガタの脚本から、なんとか見られる映画をつくろうとしています。ただ、まじめにやっているぶんだけ、いま見ると、かえってボロが目だちます。ガス人間なんてものをまともに受け取るのは小学生と成長の遅れている中学生だけのはずですが、この映画のかなりの部分は大人の映画としてつくられているのです。

ヒロインが八千草薫になった理由は明らかです。ほんものの踊り手だから、舞踊シーンがどれもすばらしいのです。でもですよ、『ガス人間第一号』なんていうタイトルの映画を見に行く子どもと幼稚な大人の観客は、あの長い舞踏シーンを喜んだでしょうかね。長いばかりでなく、八千草薫が本物の踊り手であるせいで、下手な踊りをごまかすためにカットを細かく割る必要がなく、キャメラはフィックスだから映像的ダイナミズムはゼロ、まるで日本舞踊記録映画です。

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こういうシークェンスを見ているうちに、だんだん監督の意図がわかってくる。小学生の特撮映画マニアなんかにサービスするつもりはないのだ、八千草薫の美しさを見せる映画のつもりで撮っているのだ、という理解に到達してしまうのである。八千草薫が魅力的であることには賛成するが、それはべつの映画で表現するべきことだろう。

いや、これが『ガス人間第一号』などという映画ではなく、成瀬巳喜男が撮りそうな、グチャグチャに感情が絡まって、どこにも出口がないように見える大人の恋愛映画(『浮雲』! 森雅之が凄絶だった。ああいう味を出せる俳優をほかに知らない)なら、日本舞踊のシークェンスはどれもしっくり映画のなかに収まったでしょうが、人間が気体になるなんて映画ではネエ……。

中学に入ったころからわたしは邦画五社の作品を見なくなりました。大人になりかけた理屈っぽい子どもは、子どもだましの超論理、非論理、脱論理が不快でならなかったのです。いまや寛大な年寄りとなり、予算がなかったのだろうし、当時の円谷英二は煙の特殊撮影には慣れていなかったのかもしれないから、質量の問題はやむをえない、とは思いますが、図書館司書が人体実験に同意するくだりだけは、ぜったいにありえない、いくらスケデュールの圧力とはいえ、巨大な穴を抱えたシナリオを修正せずにそのまま撮るような不心得者ばかりだったから、日本映画は客を失ったのだ、と腹立ちが収まりません。

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◆ 外道の楽しみ ◆◆
腹の減っているときもあれば、脂っこいものを食べすぎて、精進料理のようなものを食べたいときもあるし、まったく食欲のないときもあります。映画を見るときも気の持ち方は同じではないし、ある映画を見ている短い時間のなかでも、気分は猫の目のように変わり、見る姿勢も絶え間なく変化していきます。

だから、『ガス人間第一号』のシナリオの穴に腹を立てもすれば、一歩退いて、同情的に見る瞬間もあるし、こういう風にできてしまったのだ、いまさらどうすることもできない、たとえ「建設的な批判」とやらをやっても、半世紀をさかのぼって、日本映画界の崩壊を食いとめられるわけでもない、じゃあ、馬鹿笑いでもするか、と思ったりもします。

じっさい、楽しめる瞬間がないわけでもありません。日本映画のみが保証する楽しみがあるのです。どんなダメ映画でも、現代劇であり、しかもロケ・シーンさえあれば、その画面を追いかける一瞬だけは、シナリオの穴のことは忘れています。画面のなかには、かつてわれわれが生きた空間があり、それはその後、永遠に失われたからです。

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土屋嘉男扮するガス人間/図書館司書の勤め先の外観は、おそらくかつての国立上野図書館で撮影された。全景は映らないが、入口付近の造りでわかる。

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1985年、改築以前に撮影した上野図書館ファサード。いつもコダックの36枚撮りリヴァーサル・フィルムを入れていたが、この日は上野のあちこちの古建築を撮影してフィルムを使い切り、もう帰ろうと思ったところで、没する陽を背負った図書館の前を通りかかり、ままよと、無理矢理37枚目を使って撮影した。フィルムにキズがあったが、とにかく写ったのだから、文句はいえない。

大学受験のころ、深夜映画で見た鈴木清順の『くたばれ悪党ども』で、オリンピックを翌年に控え、ガタガタに壊れてしまった東京(ふつうの人は「建設中」というのだろうが、わたしには「破壊中」に見えた)のショットがいくつか映り、衝撃を受けました。かつてそこにあり、いまはもう永遠に失われたものが、フィルムに封じ込められていたことを発見し、映画を見る新しい楽しみを知った衝撃でした。

かつては生真面目だったから、映画の本質から遠く、まったく普遍性のない、こうした視覚的楽しみ、ノスタルジアの喜びを、外道の快楽、非映画的楽しみとして、うしろめたく思いました。でも、この年になると、そんなことはもうどうでもいいや、なのです。楽しいか楽しくないか、という二分法でいうなら、いまでは見られないものを映画のなかで見られる喜びは、古い日本映画の最大の存在理由だと思っています。

だから、『ガス人間第一号』に費やした時間も無駄だったとは思っていません。「ドラゴン」という、「ほほう、やっていますね」という曲があり、いくつかのロケ・シーンにとろっとした甘みがあったので、それで十分です。

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by songsf4s | 2009-06-22 23:56 | 映画・TV音楽
The Sound of Music by the Exotic Guitars(『サウンド・オブ・ミュージック』より その2)
タイトル
The Sound of Music
アーティスト
The Exotic Guitars
ライター
Richard Rodgers, Oscar Hammerstein II
収録アルバム
Those Were The Days
リリース年
1968年
他のヴァージョン
OST, Martin Denny, Mantovani & His Orchestra, Percy Faith, the Hi-Lo's, Doris Day, Vic Damone
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毎度申し上げているように、長年の音楽ファンで、自分がもっているものをきちんと把握している人というのは、まずいらっしゃらないでしょう。だからといって、把握していなくてよいということにはならないのですが、人間の記憶力には限界があり、よほどよく聴いた盤でないかぎり、A面の1曲目からはじまって、最後の曲まできっちりタイトルを書けるアルバムなんて、そう何枚もないでしょう。

The Sound of Musicのカヴァーで記憶していたのは2種類しかなかったのですが、検索をかけてみたら、意外にもぞろぞろ出てきて、あらら、でした。コンボ、オーケストラ、インスト、歌もの、コーラスもの、パターンはひととおりそろっています。

◆ ふたつのエキゾティカ ◆◆
聴いたとたん、面白い解釈だなあ、と感心したのはエキゾティック・ギターズ盤The Sound of Music(1968年)です。この曲が収録されたアルバムThose Were The Daysは、右のリンクから行けるAdd More Musicの「Rare Inst. LPs」ページでLPリップが配布されています。なかなか悪くないアルバムなので、ラウンジ・ミュージックやギター・インストがお好きな方は試聴なさるとよろしかろうと思います。いや、両者の中間にあって、両陣営から好まれない恐れもありますが!

Add More Musicのキムラさんは、このアルバムの紹介のなかで、The Sound of Musicは「南太平洋のようで」とあまり肯定的ではありませんが(ポップ/ロック的観点から、という意味であって、ラウンジ的観点からではない)、「エキゾティック・ギターズ」というプロジェクト名がどこから来たかといえば、マーティン・デニー流エキゾティカをギターで置き換えてみよう、ということだと想像されます。

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エキゾティック・ギターズのリード・プレイヤー、アル・ケイシー。当たり前だが、すっかりお年を召してしまい、いわれないとそうとはわからない。

その意味において、EG'sのThe Sound of Musicが、キムラさんのおっしゃる「南太平洋」的な味わいになったのは、まさにメインラインのそのまたど真ん中を行った結果といえます。認識としては一致しているのですが、どう受け取るかというところで、わたしはキムラさんとは異なり、ラウンジ/エキゾティカ的観点からきわめて肯定的で、このシリーズのベスト・トラックのひとつと考えています。「ギターによるエキゾティカ」という発想を十全に実現したものだからです。

f0147840_21274635.jpgそもそも、EG'sがこの曲をカヴァーした裏には、マーティン・デニー盤The Sound of Musicがあったのではないでしょうか。こちらのヴァージョンが収録されたExotic Sounds Visit Broadwayは1960年のリリースで、まだ映画化以前であり、舞台版をカヴァーしたことになります。その舞台版がどんなサウンドだったのか知らないのですが、デニーはいつものサウンドでやっています。バード・コールもやっているのですが、とくに面白いカヴァーではありません。グルーヴが鈍重で、気分のいい瞬間というのはあまりなく、ただダラダラとしたレンディションです。

この曲にエキゾティカ的解釈を持ち込むのは面白いと思うのですが、発想は同じとはいえ、デニーは成功せず、EG'sは成功しています。このちがいはなにかというと、やはり、気持のよいふわふわしたサウンドが実現できたか否かでしょう。デニーはベースやフロア・タムの使い方をまちがえ、重苦しいサウンドにしてしまいましたが、EG's盤The Sound of Musicにはグッド・フィーリンがあります。

◆ オーケストラもの ◆◆
f0147840_2129143.jpgジュリー・アンドルーズが歌うほうのThe Sound of Musicを聴けば、当然ながら、このテーマがオーケストラ向きの曲であることはすぐにわかります。だから、数多くのカヴァーがありそうなものですが、わが家には2種類しかありません。

マントヴァーニ盤(1961年)は低音部の極端に薄い、ヴァイオリンを中心としたアレンジで、なかなか快感のサウンドです。ホルンを薄くからめてくるところは、ポップ・オーケストラの常套手段とはいいながら、やはり、こういうタイプの曲では必要不可欠な味つけで、ここでもおおいに効果をあげています。

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f0147840_21294754.jpgパーシー・フェイス(1965年)もマントヴァーニに近い発想のサウンドなのですが、ハンド・シンバルとスネア(およびコンサート・ベース・ドラムもか?)によるアクセントが浮遊感を壊していて、そこで目が覚めてしまいます。2種類しかないオーケストラものThe Sound of Musicは、マントヴァーニのほうに軍配ではないでしょうか。

◆ 歌もの ◆◆
f0147840_21311496.jpgヴィック・ダモーンのThe Sound of Musicは1959年としているサイトがあったのですが、これが正しいとすると、ブロードウェイで初演の幕が上がったとき(1959年11月)にはもうリリースされていたか、すくなくともin the canだったことになります。気のせいか、なんとなく、舞台でやりそうなアレンジ、レンディションに思えてきます。

そもそも、このヴァージョンには長ったらしい前付けヴァースがあり、ダモーンではなく、バックグラウンド・シンガーたちが歌っていますが、例によって言わずもがな、歌わずもがなのどうでもいい代物で、額に青筋が立ちます。舞台ではこういう風にやっていたのだとしたら、映画版が単刀直入にThe hills are aliveで入ったのは大正解、アーウィン・コスタルの手柄です。まあ、こんな馬鹿馬鹿しいよぶんな代物があっては、画面づくりなどできたものではないので、ロバート・ワイズがはじめから、前付けは切れ、とコスタルに指示しておいたのかもしれませんが。

f0147840_21321986.jpgドリス・デイ盤(1960年)はくだらない前付けヴァースを切り捨て、正しくThe hills are aliveで入っています。最初に正しい方針を立てれば、しばしば結果はついてくるものです。アレンジャーはだれだろうと確認すると、アクスル・ストーダール。さすがは御大、前付けヴァースを切り捨てたことのみならず、空間、すき間を生かしたサウンド造りにも手腕が感じられます。ただし、イントロのラインはあまり好みではありませんが。ドリス・デイの歌い方も、よぶんな力が入っていなくてけっこうなものです。

f0147840_21334562.jpgハイ・ロウズ盤はわが家にある唯一のコーラス・グループによるカヴァーです。こちらのアレンジャーはウォーレン・バーカー(当家では『紅の翼』『サンセット77』の記事でふれている)で、コーラス・グループの場合は、和声的に殺し合いになるのを避けるために、そうせざるをえないという側面があるのですが、いたって控えめなアレンジにしています。

映画版の子どもたちのコーラスによるThe Sound of Musicを聴いたあとだと、どうしても色あせてしまいますが、それでもハイ・ロウズ盤にはそこかしこにいい響きになっているところがあります。まあ、それがなければコーラス・グループの価値はゼロになってしまうのだから、当たり前ですが、昔のコーラス・グループは、ロック・エラのグループとは異なり、和声的に複雑で、そういうところはロック・エラに育った人間には面白く感じられます。

◆ 粒ぞろいの挿入曲 ◆◆
わたしはアーサー・フリードのMGMミュージカルが好きなので、『サウンド・オヴ・ミュージック』を史上最高のミュージカル映画などと手放しで褒める気にはなれませんが(いや、ダメだというのではなく、すぐれた映画だとは思うが、やはり子ども向け、ご家族向けの色合いが強いことは否定できない)、これほど楽曲の粒がそろったミュージカル映画はほかに知りません。「史上最高打率のミュージカル」といっても大丈夫でしょう。無駄打ちは皆無に近いのではないでしょうか。

テーマ以外の好きな曲を端からあげていくと、Sixteen Going Seventeen、My Favourite Things、Climb Every Mountain、Something Good、Edelweiss(トラップ大佐と娘のデュエット・ヴァージョンのほうがいい)といったあたりです。

Prelude and The Sound of Music~Overture and Preludium (Dixit Dominus)~Morning Hymn and Alleluia


しかし、『サウンド・オヴ・ミュージック』のすごさは、じつはそこから先のところにあります。とくに好きな曲でなくても、いずれもキャッチーですぐに覚えてしまうし、子どもには楽しいだろうと思う曲もたくさんあるのです。単独の楽曲としてはさておき、ミュージカルのなかで流れる曲としては、どれも納得のレベルに達しています。たとえば、Maria、Do Re Mi、The Lonely Goatherd、So Long Farewellなどのことです。

カヴァーがもっとも多いのは、当然ながらMy Favorite Thingsで、わが家にも複数のジョン・コルトレーン・ヴァージョンを筆頭に、十数種類があります。しかし、すでにThe Sound of Musicの聞き比べだけで力尽きているので、この曲はまたの機会にゆずることにします。

Maria~I Have Confidence~Sixteen Going on Seventeen


◆ “路上のミュージカル” ◆◆
ただたんに「ミュージカル」といえば舞台のものを指します。たぶん、それがひとつの縛りになってのことなのだと思いますが、MGMミュージカルがそうであるように、どこの会社のミュージカル映画も、かつてはスタジオのなかでのみつくられるもので、舞台同様、良くも悪くもきわめて人工的な味わいのものでした。『サウンド・オヴ・ミュージック』と同じロバート・ワイズが監督した『ウェスト・サイド物語』が公開当時センセーションを喚んだのは、あの映画が「ミュージカルを路上に投げ出した」からです。

わたしが映画を見はじめたのは1950年代なかばのことで、MGMミュージカルの黄金時代は知らず、『ウェスト・サイド物語』もリリース時には見ていなくて、ずっと後年、1967年だったかの再映のときが初見というくらいで、こうしたミュージカルの変化のことは、あとからたどったものにすぎません。

だから、『サウンド・オヴ・ミュージック』が『ウェスト・サイド物語』の流れを汲んだ「路上のミュージカル」、スタジオの外に出たミュージカル映画だと意識してみたわけではありませんでした。あとになって歴史を知って、あの冒頭の空撮の意味が明瞭になりました。トラップ邸の周囲の風景やザルツブルクの町並みがなければ、『サウンド・オヴ・ミュージック』は精彩のない映画になっていたでしょう。

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いや、どちらがいいと決めつけているわけではありません。「路上のミュージカル」を先に見たわたしは、後年、アーサー・フリードの諸作に接して、あのスタジオとテクニカラーでのみ実現できる人工的な色彩に強く心を動かされました。大人になってからはそういうものばかり見てきたのですが、久しぶりに『サウンド・オヴ・ミュージック』を見たら、昔の人たちが「スタジオの外のミュージカル」をはじめて見たときの感覚を追体験したかのようでした。MGMミュージカルが古くさいものと打ち捨てられたのは、60年代にあっては仕方のないことだったのだろうと、納得できました。

◆ おまけ ◆◆
話は冒頭にもどりますが、エキゾティック・ギターズのリードは、セッション・プレイヤーのアル・ケイシーが弾いています。彼の仕事としてもっとも有名なのは、シナトラ親子のSomethin' Stupidのイントロで聴かれるアコースティック・ギターです。そもそも、ケイシーは、この曲のオリジナルである、カーソン・パークス盤でもギターを弾いています(こちらはパークスのオフィシャル・サイトで冒頭を聴くことができる。テンポは遅いが、ケイシーのギターはシナトラ親子盤と基本的には同じ方向性のプレイ)。

ただし、ケイシーがシナトラ・セッションに呼ばれたのはそういう理由からではなく、シナトラ盤Somethin' Stupidの共同プロデューサーのひとり、リー・ヘイズルウッドとの長年の関係からでしょう(ただし、この直前に、ジミー・ボーウェンがプロデュースした、フランク・シナトラのThat's Lifeでもケイシーはギターを弾いていて、要するにこの時期、彼はハリウッドのスタジオのレギュラーだったというだけにすぎない、という見方もできる)。

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Surfin' Hootenannyを丸ごと収め、トラックを追加したAceのJivin' Around。ギターのみならず、ケイシー自身が弾くハモンドも楽しめる。

アル・ケイシーの自己名義の盤としてはSurfin' Hootenannyが有名で、とりわけ、「ギター・プレイの模写」という変なことをやっているタイトル・トラックはおおいに楽しめます。ほかにもいくつか出ているようで、その一部をここで聴くことができます。

蛇足をもうひとつ。アル・ケイシーの写真を探していて、とんでもないエディー・コクラン・ファン・サイトに飛び込みました。これがあればEMIのエディー・コクラン・ボックスのブックレットはいらないってくらいで、いままで苦労してあの読みにくいセッショノグラフィーを解読していたのはなんだったんだ、と地団駄踏みました。三か月まえにこれを見つけていたらなあ……。コクラン・ファンにはマストのサイトです。

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by songsf4s | 2009-06-20 23:56 | 映画・TV音楽
The Sound of Music (OST 『サウンド・オブ・ミュージック』より その1)
タイトル
The Sound of Music
アーティスト
N/A (OST)
ライター
Richard Rodgers, Oscar Hammerstein II
収録アルバム
The Sound of Music (OST)
リリース年
1966年
他のヴァージョン
The Exotic Guitars, Martin Denny, Mantovani & His Orchestra, Percy Faith, the Hi-Lo's, Doris Day, Vic Damone
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前回の『十戒』に引きつづき、『栄光への脱出』から連想した映画です。『十戒』は映画の内容からの連想でしたが、『サウンド・オブ・ミュージック』はスタッフおよび出演者からの連想です。

『マイ・フェア・レディ』のときにふれたように、マーニー・ニクソンというシンガーがいまして、この人は『栄光への脱出』の音楽監督であるアーネスト・ゴールドと結婚していたことがありました。

ニクソンの映画界でのキャリアは、主として歌えない女優のスタンドインをすることであり、その一例が『マイ・フェア・レディ』のオードリー・ヘップバーンの声だったのですが、この『サウンド・オヴ・ミュージック』では、スタッフとしてではなく、キャストとして出演し、セリフもあるし、もちろん、歌ってもいます。シスター・ソフィアという尼僧を演じているのがニクソンです。

Maria


◆ ハーモニーの歓喜 ◆◆
看板に立てたのはどなたもご存知のテーマ曲なのですが、ただし、わたしがもっとも好きなのはタイトルで流れるThe hills are aliveヴァージョンではなく(いや、こちらもザルツブルクの空撮映像と相まってすばらしいと思うが)、トラップ家の子どもたちが歌う、アンプラグド・ヴァージョンのほうです。



じつになんとも、涙が出そうなハーモニーです。いわばウィーン少年合唱団の遠い親戚といったあたりに分類される響きで、ロックンロールがもたらす「新しい」エクサイトメントの対極にある、古くから認識されてきた音楽の魅力のひとつを体現するもの、といっていいのではないでしょうか(ただし、近代に到るまで、わが日本国は和声を前提としたこのような音楽的歓喜を知らずに来た)。教会音楽的な要素がほの見えます。

◆ ストーリー・ラインの転回点、フィクションの背骨 ◆◆
もうひとつだいじなのは、これが映画のなかでもきわめて重要な場面で流れることです。上記のクリップだけではわからないのですが、トラップ家は女主人を失って以来、トラップ大佐(クリストファー・プラマー)によって、軍隊のようにきびしく運営されてきたという設定になっています。そこにジュリー・アンドルーズ扮するマリアがやってきて、トラップ家に生の喜びがよみがえります。その喜びがもっとも端的に表現されるのが、歌うことであり、踊ることであり、笑うことなのです。

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このクリップの直前、マリアが子どもたちを川遊びに連れだしたことに、トラップ大佐は激怒し、マリアを非難します。しかし、家のなかから歌声が聞こえてきて、「あれはだれが歌っているのだ」とマリアにたずねると、マリアは「子どもたちです」とこたえ、トラップ大佐はその歌声のほうへと引き寄せられていきます。そして、子どもたちの歌のあまりの美しさに、彼もまた人生の喜びを思いだし、我知らず唱和してしまう、という場面なのです。

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現実のゲオルグ・フォン・トラップ大佐はいたって穏やかな人物で、このあたりの人物造形は、舞台や映画のきわめてフィクシャスな部分であると、この記事は指摘しています。

これを読んで、わたしは、さてこそ、と思いました。ここがこの物語の扇の要、もっとも重要な大黒柱であり、これがなければ、物語としてのダイナミズムは失われ、生気のないものになってしまいます。これがあるからこそ、フィクションとして自立できているのです。

そして、その物語としてのリアリティーを堅固に支持しているのが、美しいハーモニーの響き、まさにTha sound of musicであることが、この『サウンド・オヴ・ミュージック』という物語のもっともすぐれている点であり、このシークェンスに感動せずにはいられない理由なのです。音楽と物語がここまで緊密に、お互いの力がなければどちらも成立しないような形で編み合わされたミュージカル映画を、わたしはほかに知りません。

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◆ 感動に感動できるか? ◆◆
映画のなかで、音楽(ばかりとはかぎらないが)に感動するシーンというのは、決定的な困難を抱えています。登場人物がいくら感動したような顔をしても、われわれ観客が「くっだらねー曲だな」と思ったら、もうそれでワヤ、そのシーンが丸ごと吹き飛ぶだけでなく、映画そのものがゴミ箱行きの烙印を押される可能性が高いのです。

f0147840_21223381.jpg音楽を扱いながら、挿入曲がひどいので辟易した映画の代表として記憶しているのは、ブライアン・デ・パーマの『ファントム・オブ・パラダイス』です。天才的作曲家とかいう人物のつくった曲というのが、どれもこれもくだらないものばかりで、こんなものがチャートインするほどビルボードは甘くないぞ、とずっと腹を立てっぱなしでした。先日の記事で、ワンダーズのThat Thing You Doを賞賛したのはそういう意味です。映画のなかの設定どおり、トップテンを狙える曲になっていて、十分なリアリティーを備えているのです。

『サウンド・オヴ・ミュージック』における、この子どもたちの歌うシークェンスがすごいのも、同じような理由によります。観客であるわたしですら涙が出るのだから、子どもたちの親であるトラップ大佐は歓喜のあまり卒倒しそうになるにちがいない、という、ソリッドなリアリティーがこのシーンにはあります。そして、そのリアリティーを裏打ちしているのは、楽曲の美しさであり、このヴァージョンのレンディションの卓越性、具体的には声のミクスチャーのよさと、ヴォーカル・アレンジのよさなのです。

ミュージカルだからでしょうが、この映画の音楽関係のクレジットは通常よりも細分化されています。

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音楽監督兼編曲者としてアーウィン・コスタルがクレジットされていますが、それとはべつに「Vocal Supervision」(歌唱監修)という名目で、ロバート・タッカーという人がクレジットされています。「歌唱監修」の範囲が微妙で、たとえば子どもたちの歌唱指導をしたといった程度の意味かもしれませんが、ヴォーカル・アレンジまでやった可能性もあると思います。アレンジャーというのは、通常は弦と管を職掌としていて、ヴォーカル・アレンジはしないものだからです。The Sound of Musicのヴォーカル・アレンジも、このロバート・タッカーによるものなのだろうと考えています。

『サウンド・オヴ・ミュージック』はもう一回延長し、テーマのカヴァー盤と、他の挿入曲も聴こうと考えています。

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マーニー・ニクソン(中央)

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by songsf4s | 2009-06-19 23:58 | 映画・TV音楽
Exodus Part One by Elmer Bernstein (OST 『十戒』より)
タイトル
Exodus Part One
アーティスト
Elmer Bernstein (OST)
ライター
Elmer Bernstein
収録アルバム
The Ten Commandments (OST)
リリース年
1956年
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今日の曲も『栄光への脱出』と同じく「Exodus」というタイトルなので、はじめにこれがなにを指すかをハッキリさせておきます。このExodusは、本家本元のエクソダス、「出エジプト」を描いた、セシル・B・デミルによる1956年の再映画化版『十戒』(1923年のオリジナルの邦題は『十誡』だったが、戦後、漢字制限のために「誡」の字が使えなくなったという、わが民族の毎度のお粗末)に使われた曲のことです。

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『十戒』ぐらいの超大作になるとすべて破格で、冒頭のパラマウントのトレードマークもいつもとは異なる。音楽でいえば、スペシャル・レーベル。

『栄光への脱出』に描出された、ホロコーストの生き残りであるユダヤ人をパレスティナに運んだ貨物船が、航海中にExodusと船名を変えたのは、もちろん、三千年まえの「出エジプト」の故事にちなんだものであり、その三千年まえのオリジナル・エクソダスを描いたのが、デミルの『十誡』およびそのリメイク『十戒』です。『栄光への脱出』から連想した映画は二本あるのですが、まずはその一本、おおもとの「脱出」を描いた作品を見てみよう、と思ったしだい。

いや、見はじめたら、そんなこと思わなければよかったのに、とおおいに後悔しました。長いこと、長いこと、3時間半の上映時間のうえに、何度にも分けて見るものだから、じつに長く感じました。いや、はっきりいえば、退屈したから長く感じたのですがね。

とりあえず、予告篇なんぞご覧になってみますか?



子どものころ、『ベンハー』とか『クレオパトラ』とか『サムソンとデリラ』なんぞを見ては、なんだろうねえ、こういうのは、と釈然としない気分を味わいましたが、それから半世紀ほどたっても、やっぱり、こういう歴史スペクタクルは不得手という三つ子の魂は変わらないのを確認しました。いや、『十戒』は、このての歴史スペクタクルのなかでは、比較的退屈しなかった記憶があったのですが、数十年ぶりの再見で、メッキが剥がれました。

◆ メイン・タイトルおよびExodus ◆◆
そういうしだいで、映画としては、いやあ、こいつはまいったなあ、という出来でしたが、これがデビューとなったエルマー・バーンスティーン(バーンスタイン)のスコアは、なかなか楽しめました。こういう超大作ですし、題材も題材なので、どうしたって、むやみに大きい造りにせざるをえないのですが、メイン・タイトルのメロディーはなかなか魅力的で、これがさまざまな変奏曲となり、あちこちでモティーフとして使われています。

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看板に掲げたExodusという曲は、ついにユダヤ人奴隷がファラオ(映画ではラムセス二世となっているが、歴史家は違うといっている)に解放され、うちそろってエジプトから出発、つまり文字通りのExodus「出エジプト」をするシークェンスで流れるもので、メイン・タイトルのアップテンポの変奏曲になっています。

Exodus


なんとなく、『大西部開拓史』なんていう映画のテーマにも流用できそうなところが、いかにもハリウッド音楽という感じですが、あまり荘重にやられても困るので、このくらいの軽快さはちょうどいいと思います。

◆ 変奏曲 ◆◆
メイン・タイトルの変奏曲はほかにもいいものがあります。

Moses and Sephora

これはエジプトから追放されたモーゼが、ベドゥインの一家と暮らすようになり、長女のセフォラに求愛するシーンに流れるものです。シンバルや低音弦によるアクセントは、背後に噴煙を上げるシナイ山を配した画面構成に合わせたのでしょう。

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Holy Mountain

これは上記のシーンより早く出てくるもので、やはりシナイ山を背景にモーゼとセフォラが神について語る場面に使われたものですが、こちらは昼間のシーンで、そのぶんだけ軽めにしたのではないでしょうか。

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ご存知のように、エルマー・バーンスティーンは多数の映画音楽を書いていて、なにもよりによってこの映画から入ることもないとは思うのですが、ことの成り行きでこうなってしまいました。わたしが好きなエルマー・バーンスティーンのスコアはもっと軽いもの、ラロ・シフリンと重なるタイプのものですが、『十戒』のスコアを聴くと、多様な音楽を書けるプロフェッショナルなのだということを再認識させられます。

◆ よぶんな話 ◆◆
いや、それにしても、だれに強いられたわけではなく、自発的にやったこととはいいながら、『栄光への脱出』と『十戒』の二本立てにはへこたれました。合わせて7時間ですからね。高校時代、池袋文芸座の週末のオールナイトに何度かいっていますが、昭和残侠伝シリーズ五本立て、なんていうプログラムだと、ちょうど同じぐらいの上映時間になります。

昔の日本映画、それもプログラム・ピクチャーは、無茶な上映時間のものはなく、だいたいが85分から95分のあいだなので、健さん五本立てでも、鈴木清順シネマテークでも、同じように90×5=450分という勘定になり、夜の十時から始まって、終わると朝まだきの路上に投げ出され、腹減ったなあ、などといいつつ池袋駅に向かって歩き、オールナイトのラーメン屋などで腹ごしらえするわけです。

いやはや、♪若さゆえ~、てえやつで、いまあんなことをしたら、三日ぐらいは寝込みます。うーん、でも、なんとも懐かしくて、涙が出そうです。もう一回ぐらいなら、ああいうオールナイトを経験してもいいような気がしてきました。『俺たちの血が許さない』からはじまって『東京流れ者』『花と怒濤』『くたばれ悪党ども』『野獣の青春』なんていう清順五本立てだったりすると、その気になっちゃいそうです。

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えーと、『十戒』の話でした。この映画は60年代前半の再上映のときに見て、以後、再見することはありませんでした。昔はときおりそういうことがあったのですが、遠足にでも行くように、学年丸ごと学校の近くの映画館に行きました。「視聴覚教育」なんていうことがいわれていた時代で、日本全国、どこでもそういうことがあったのではないでしょうか。

やはり学校で『十戒』を見たといっている知り合いもいるので、この映画はおそらく、「文部省推薦」(昔はそういうのがあった)になり、しかも、推薦の度合いが最上級かなんかで、あちこちの学校がこぞって映画館に出かけたのではないでしょうか。教育の一環として見せるべき、見るべき映画とは思えませんが、昔は文部省も偉かったのでしょう。生徒としては、どの映画を見るかというきわめてプライヴェートな選択に、文部省だろうがなんだろうが、だれにも口をはさまれたくはありませんがね。

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まあ、それはすぎた昔の話。今回見直して、どうして子どものころからこの手の史劇を好まず、もののはずみで見てしまったものも、二度と再見することはなかったのか、よくわかりました。なんだか学芸会を見ているような気分になり、ぜんぜん話に入れないのです。

そう感じるにはいくつかの理由があるのですが、最大の原因は台詞回しです。こういうもったいぶった台詞回しは、いったいなんなんだろうと考えているうちに、そうか、舞台劇の演技なのだ、とわかりました。わたしはライヴの芝居というのを分野をかぎらずあまり見ないのですが、それもやはり、台詞回しに耐えられないからです。今日は『仁義なき戦い』の最初のほうを見たのですが、松方弘樹がサングラスを指で押さえながら、ちょっとあおるように、小声で、「おやっさんよう」というあの凄みは、舞台ではぜったいに無理で、わたしが好きなのは、こういう小声の演技なのです。

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もうひとつ。台詞回しのみならず、セリフそれ自体が大時代で古めかしいのもあまり好きになれません。われわれの文化でも、時代劇には独特の言い回しがありますが、あちらでもやはり、古い時代の物語では、「'ey man, 't's up?」なんてタメ口をきくわけにはいかず、「My greatness」とか「Holy Queen of Egypt」などと一言いっては、さっと頭を下げて一揖する、ということが必要なのでしょう。

しかし、キンキラキンのセットと金襴緞子の衣裳を見ていると、どうも安ピカで、荘重な台詞回しも、古色蒼然たる英語も、もったいぶった身振りもまったくリアリティーがなく、サウンド・ステージの外では、カリフォルニア(正確にはハリウッドはメルローズ・アヴェニュー5555番地のパラマウント・スタジオ)の太陽が馬鹿馬鹿しいくらいに照りつけているのが感じられるほどなのです。そもそも、どれほど古めかしいタイプのものであろうと、ファラオが英語を話すはずはなく、しまいにはいちいち英語の言い回しが癇に障ってくるのです。

とはいえ、感心することがひとつだけあります。『クレオパトラ』なんかでもそうですが、とにかく人間が多いことです。まるで点のようにしか見えない人物がちゃんと動いているのが、とほうもなく無駄で、感動的といっていいほどです。延べ2万5千人といわれるエキストラの数は誇張ではないでしょう。いえ、感心はするのですが、日当をもらって、あの「点」のひとつになりたいかといわれると、世にこれほど馬鹿馬鹿しい仕事はないにちがいないと、どっと疲れてしまうのですが……。

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これではなんだかわからないだろうが、黒い点はみな人間。しかも、これは空撮ではなく、固定撮影。砂漠のど真ん中に建てた大オープン・セットの上から撮影している。ご老体のデミルはここまで登るときに心臓発作を起こしたとか。

◆ さらによぶんな話 ◆◆
今年は「ハリウッド百周年」です。1907年、ウィリアム・シーリグ(セリグ)がサンタ・モニカで映画を撮影し、その2年のち、1909年に、ロサンジェルスで最初の映画スタジオの建設に着手します。

正確には、シーリグのスタジオはハリウッドではなく、イーデンデイルにあったので、「ハリウッド映画産業」を厳密に解釈すると、その誕生は1911年、セントーア社がサンセット&ガウアにあった建物を借りて、「ネスター・スタジオ」と命名したときということになるかもしれませんが、その論法でいうなら、バーバンクにあるワーナー・ブラザーズは「ハリウッド映画産業」には属さないことになるし、ユニヴァーサル・シティーにあるユニヴァーサルも微妙なことになってしまうので、わたしは1909年を「ハリウッド映画産業」誕生の年と考えています。

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ネスター・スタジオ(1913年)

そして、その呱々の声をあげたばかりのハリウッドが、最初に世に送り出した本編、三巻ものなどではない長尺もの、フィーチャー・フィルムを監督したのが、のちに『十誡』や『十戒』を監督するセシル・B・デミルなのです。

ハリウッドを果樹園ばかりの農村から、アメリカの映画、テレビ、音楽産業の中心地へと変貌させたのは、東部から「逃亡」してきたユダヤ系移民です。なぜ逃亡しなければならなかったのか? トーマス・アルバ・エディソンらの映画特許会社(Motion Picture Patent Company)と事を構えてしまったために、東部にはいられなくなったからです。

と書けばおわかりのように、これは「ミニ・エクソダス」なのです。となると、〈モーゼ〉はだれだ、といいたくなります。東部脱出の先頭を切ったデミルは、ひそかに自分のことを「アメリカ版モーゼ」「現代のモーゼ」と思っていたのではないか、というゲスの勘ぐりの誘惑にかられてしまうのでした。

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セシル・B・デミルがハリウッドでの最初の撮影に使った建物は、現在は博物館になっている。

『栄光への脱出』から連想した映画はもう一本あるので、つぎはそれを見てみようと思います。やはり大作ですが、方向はまったく異なります。
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by songsf4s | 2009-06-17 23:57 | 映画・TV音楽
Exodus by the Lively Ones (『栄光への脱出』より その3)
タイトル
Exodus
アーティスト
The Lively Ones
ライター
Ernest Gold
収録アルバム
The Best of the Liveley Ones
リリース年
1963年
他のヴァージョン
Ernest Gold (OST), the Mantovani Orchestra, Connie Francis, Henry Mancini, Earl Grant, The Gene Rains Group, Les Baxter, Martin Denny, Ferrante & Teicher, Grant Green, the Duprees, the Tornados, the Originals
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前回に引きつづき、Exodusのカヴァー盤、今回はコンボものを端から見ていきます。

正直にいうと、あまりいいものはありません。どういうわけか、この曲をコンボでやると、大袈裟な曲調を揶揄しているように聞こえる傾向があります。いや、じっさいに冗談半分のものもあると思うのですが、まじめにやったものまで、なんだかジョークじみてに聞こえてしまうのです。

◆ ロック系コンボ二題 ◆◆
まず、意図的なおちょくりとハッキリしているものからいきましょう。ライヴリー・ワンズ盤です。お客さんのなかには、『パルプ・フィクション』で流れた、このグループのSurf Riderのひどさにコケた方もいらっしゃるでしょう。ヴェンチャーズのオリジナルを知っていると、スクリーンのなかに乗り込んでいって、ドアホ、こんなひでえヴァージョンを使うな、と監督を殴らずには腹の虫がおさまらんてなもんでした。

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ああいうバンドなので、どんなものをやっても、褒められる気遣いだけはありませんが、「馬鹿さと下手さ 空回りするさ」と、はちみつぱいもかの〈塀の上で〉で歌っているわけで(歌っていないってば!)、ひどさ、下手さ、馬鹿さを楽しむことこそ大人のあらまほしき姿、嫌がらせでサンプルをアップしてみました。いや、あのSurf Riderよりずっとマシな出来、月並みなひどさなので、ご安心めされよ(なんていわれても安心できないか!)。

ライヴリー・ワンズ

どうしてこういう西部劇のテーマのようなアレンジになってしまったのか、そこがよくわかりません。なんだかラムロッズないしはヴェンチャーズの(Ghost) Riders in the Skyを聴いているみたいな気分です。

f0147840_1541438.jpgエレクトリックなコンボでは、ほかにトーネイドーズ盤があります。ウソかホントかよくわかりませんが、いちおうライヴ録音ということになっていて、たしかにプレイも荒っぽければ、録音もよくありません。トーネイドーズの面白さは、ジョー・ミークがスタジオでいじりまわしたサウンドにあるわけで、ライヴが面白かったら、そのほうが驚きです。

◆ コーラス・グループ二題 ◆◆
オリジナルズというグループは、The BellsやI'm for Realといったヒット曲を聴くと、いいなあと思うのですが、ほかにはあまりいいものがありません。2曲もすばらしいヒット曲がありながら、結局、あまり知られるところなく終わったのは、モータウンが下り坂に入って、コンスタントにいい楽曲をあたえることができなかったからではないでしょうか。オリジナルズのころになると、サウンド的にもモータウンは時代遅れになっていくのですが、彼らはフィリー風サウンドで世に出たのだから、ギャンブル&ハフのようなライターがいれば、もっとヒットが出ただろうと思います。Right time, wrong placeでした。

f0147840_16361871.jpgせっかくヒットが出たのに、あとがつづかず、苦闘しはじめた1972年のアルバム、Def-I-Ni-TionsのオープナーがExodusでして、I'm for RealやThe Bellsでこのグループを知っている方は聴かないほうがいいと思います。しかし、ライヴリー・ワンズ同様、シャレだと思って聴くと、かなり珍で、そういう意味では楽しめなくもありません。バッキングも、ホントにモータウンかよというグルーヴで、ひとたびものごとがグレハマになると、みんなガタガタになちゃうのねえ、と人生の真実にふれることができるわけでして、すくなくとも退屈だけはしないヴァージョンです。

それにしても、この曲をアルバム・オープナーにもってきたということは、相応の意味が込められていると受け取れます。Exodusはユダヤ人の悲願を歌った曲(This land is mineと宣言している)で、それをブラック・コーラス・グループが歌うについては、やはり政治的、社会的意味がこめられていたのでしょう。それにしては、仕上がりはあまりにも冗談ぽくて、そこがグレハマですが。

ほかにコーラスものとしては、60年代前半に活躍した白人コーラス・グループ、デュプリーズのヴァージョンがあります。このグループはあまりきれいに声がミックスしません。ハイパー・スムーズな四、五声のハーモニーがあまり好きではないのですが、ぜんぜんスムーズではないというのも、それはそれで困惑させられます。ピッチを外したハーモニーの面白さというのは二声どまりなのかもしれません(ディランとジョニー・キャッシュ!)。

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しかし、ハーモニーはいまいち、全体としてのアレンジ、サウンドもうまくいっているとはいいがたいデュプリーズ盤にも、それなりに楽しめる一瞬があります。ホーン・アレンジに部分的に面白いところがあるのです。買ってから15年以上もたつ盤で、いまさら「新発見」なんかするなよな、と思うのですが、人生、そんなもんです。Exodusを取り上げたおかげで、趣味じゃないと打ち捨てたも同然になっていた盤が、まんざら無駄でもなかったことがわかり、ちょっとだけ得をした気分になりました。

いや、あくまでもちょっとだけです。ホーンだって、ダサいラインのほうが多いのですが、ほんの何カ所かのいいラインが、ほかがみんなダメなおかげで目だつのです。子どものころ、里山を歩いて、アケビの実を見つけて食べましたが、たとえていえば、そういう感じです。べつにうまいというほどではないけれど、ほのかな甘みがあって、いちおう食べ物のような気分がする、といったところ。

デュプリーズ

◆ ジャズ、エキゾティカ ◆◆
例によってジャズ系は、Exodusも生真面目にやっています。その生真面目ヴァージョンの最たるものがグラント・グリーンで、真面目さが幸いもすれば災いもし、プラス・マイナス・ゼロ、可もなし不可もなしの出来です。いたってノーマルなギター・コンボのプレイ。

f0147840_1657547.jpgしいていうと、ブルーズ・コード進行ではないので、インプロヴに入ってもまったくべつの曲になったような感じはせず、まだなんとなくExodusのような気分が残っているところが、非ジャズ・ファンには楽しめます。ただし、同じ理由から、最後にテーマにもどったときの、「やれやれ、やっと音楽にもどったぞ」という昂揚感は味わえません。

なるほど、ジャズというのは、我慢に我慢を重ねて退屈なインプロヴをやりすごし、テーマにもどった一瞬の爽快感を味わう、東映ヤクザ映画類似の快感(最後の10分の大暴れとその後の痴呆的放心状態を楽しむために、1時間20分の長きにわたって我慢に我慢を重ねる昭和残侠伝シリーズを、よもやお忘れではござんせんでしょうな)を追求するものなのかと、世にもくだらない洞察に到りました。そういう観点からいうと、グラント・グリーン盤Exodusは、テーマの爽快感とインプロヴの退屈さの落差が小さく、高低差エネルギーによる発電量は残念ながら僅少です。

f0147840_1659169.jpgマーティン・デニーが売れてのち、アルフレッド・アパカの引きで知られるようになったハワイのラウンジ・コンボ、ジーン・レインズ・グループは、当然ながら、エキゾティカないしはティキに分類されます。さりながら、ピアノ、ヴァイブラフォーン、アップライト・ベース、ドラムという、デニーのコンボと同じ編成ではあるものの、ジーン・レインズ盤Exodusには、それほど強くエキゾティカのムードは漂っていません。流行りものだから、とりあえずカヴァーしてみた、というだけじゃないでしょうか。BGMとしてはわるくありませんが、それ以上のものでもありません。

f0147840_16595268.jpgアール・グラントといわれて、At the End of a Rainbow(別題The End)を思い浮かべてしまう方、いやまあ、それが圧倒的多数派でしょうが、そういう方は、グラントのアルバムを聴くとコケるだろうと思います。The Endは突然変異的なヒット曲で、音楽スタイルからいっても例外、グラントの録音の多くは、ピアノおよびオルガンによるラウンジ・ミュージックです。歌はあくまでも余技、本職はピアニスト、オルガニストです。

当然、アール・グラントのExodusも前半はピアノ、後半はオルガンによるインストです。グラントは、同じ曲のなかでピアノとオルガンの両方を弾くというのはよくやっています。いや、それはいいのですが、Exodusは大まじめなのか、それともシャレなのか、よくわからない仕上がりです。シャレだとしたら笑えず、大まじめなのだとしたら、馬鹿馬鹿しくて付き合っていられないというところで、残念ながら不発ヴァージョンでした。まあ、不発で幸い、そうじゃなければ、全員、血管がぶち切れてあの世行きみたいな高血圧エンディングです。

これでアーネスト・ゴールド作曲のExodusについては終わりますが、次回はべつのExodusをいってみようと思っています。

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by songsf4s | 2009-06-15 23:49 | 映画・TV音楽
Exodus by the Mantovani Orchestra (『栄光への脱出』より その2)
タイトル
Exodus
アーティスト
The Mantovani Orchestra
ライター
Ernest Gold
収録アルバム
Mantovani Plays Music from Exodus and Other Great Themes
リリース年
1961年
他のヴァージョン
Ernest Gold (OST), Connie Francis, Henry Mancini, Earl Grant, The Gene Rains Group, Les Baxter, Martin Denny, Ferrante & Teicher, Grant Green, the Duprees, the Tornados, the Lively Ones, the Originals
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Exodusのテーマというのは、子どものころ、古い時代のものとしてもっとも嫌ったタイプの曲でした。だいたいが大上段の大袈裟なものは好みではなく、シンギング・スタイルにしても、歌いあげる人はほとんどすべて願い下げという人間なのです。わたしが育ったのは、甘いバラッドでも感情をこめず、さらっと歌うのが最上とされた時代なのです。つまり、ジョン・レノン王朝です。

f0147840_19471926.jpgしかし、人生は逆転につぐ逆転、大学受験のころだったか、ある夕食のとき、ふと魔が差し、どこからかの到来物だというわさび漬けをちょいと食べたら、これが案のほか悪くない、というので、こんな摩訶不思議な食べ物がこの世に存在する意義を了解し、俺も大人になったか、と思いました。

まあ、だいたいにおいて、テイストというのは、このようにちょっとした気の迷いから、突然変異的に変化していくわけで、このブログでも、子どものころだったら、ぜったいに聴かなかった楽曲、サウンド、アーティストをたくさん取り上げています。もちろん、断じて大嫌い、あの世にいってもまだ拒否しつづけるであろう、おばさんジャズ・シンガー群というのもありますが、そういうのははなから縁がないものと放擲するとして、やはり、とほうもないテイストの大変動を経験しつつ、老年、晩年へと驀進しているのでありました。

◆ コニー・フランシス ◆◆
Exodusという曲に対する嫌悪が薄れたのは比較的最近、十年ほど前だったか、コニー・フランシス盤を聴いてからのことです。いや、そもそも、わたしはコニー・フランシスという人があまり得意ではなかったのです。カンツォーネ式の音吐朗々というのは、上記の定義からもわかるように、すべて拒絶というのがわたしの趣味の基本ですから。

f0147840_20172343.jpgしかし、かつてビルボード・トップ40ヒットを全曲集めるという願をかけたことがあり、三十代半ばから、自分の好き嫌いと、なにを買うかは、基本的には無関係という主義でやってきました。ビルボード・チャートが買えといえば、わたし個人が、こいつの歌い方は嫌いだ、といっても、拒否権は発動できず、財布も参加して、三者間の話し合いで決定するのです。財布がこの盤はリーズナブルであるといい、ビルボード・チャートがこれは買いだと命じれば、わたし個人の好みは多数決で負けてしまうのです。やってみてわかったのですが、この一見馬鹿げた買い方も、おおいに益するところがありました。が、まあ、それはべつの話なので、これで打ち切り。好きでもないシンガーのボックスを買ってしまったのには、そういう背景があったということです。

ボックスを聴いてわかったのですが、コニー・フランシスは後年スタイルを一変し、音吐朗々はやめてしまいます。そのあたりのノンヒット曲はおおいに楽しめるのですが、これもまたこの文脈ではよけいな話なのでカット。Exodusのときは、まだ大上段の大袈裟節、それでこの大上段の大袈裟の極北にある曲をやっちゃうのだから、マイナスにマイナスを乗じてプラスに転じるというやつで、ここまでくれば大笑いできます。しかも、なんのつもりか、Havah Negilahとメドレーというか、自在に入れ替わるハイブリッドなのです。ふつうのカヴァーとはいいかねますが、まあ、冗談みたいな曲だから、こういうアプローチもありだろうと考えたら、子どものころは嫌いだったこの曲がそれほど悪くもないと思えてきたのです。

◆ マントヴァーニ ◆◆
オリジナルはしかたないとして、カヴァーはやはりすこし斜かいにアプローチしたほうが面白い出来になるタイプの曲ではないかと思うのですが、それは机上の空論のようで、じっさいには、奇手を弄さず、大袈裟なOSTに正面からぶつかっていくアレンジのほうが成功するように思われます。

大上段となれば、やっぱりマントヴァーニ。大袈裟の国から大袈裟が羽織を着て大袈裟の披露目にやってきたようなひとですから、当然です。いや、揶揄しているわけではなく、マントヴァーニのExodusはほんとうにいい出来だと思います。

マントヴァーニ


後述するほかのオーケストラものと比較するとわかるのですが、弦のみというマントヴァーニ盤の入り方はじつにグッド・フィーリンです。全体を通しても、管を前に出したり、管の腕力でドカーンとフォルテシモにするということも控えた結果、終盤のフォルテが効果的で、なかなかクレヴァーなアレンジだと思います。

マントヴァーニは大上段の大袈裟に関しては右に出る者なしというエクスパートだから、この楽曲にはじめから組み込まれている、エモーショナルな大揺れをどう処理するかについてはいろいろ考えをめぐらせ、スケールは大きいままで、波の振幅だけは小さめにして、彼としては例外的な、揺れの少ない免震構造をとったのでしょう。賢明な判断だったと思います。

◆ オーケストラもの ◆◆
ついでなので、さらにオーケストラを。

映画の公開直後にリリースされたレス・バクスター盤は、リード楽器はあくまでもピアノ、そこに弦や管やパーカッションをからませていくというスタイルです。アレンジとしては悪くないと思うのですが、ピアノのプレイは好きになれません。変なくずし方をする悪趣味なプレイヤーです。

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1967年のアルバム、Encore! More of a Concert Soundに収録されたヘンリー・マンシーニ盤は、Music from Hollywoodと題され、『黄金の腕』や『ドクトル・ジバコ』などのテーマ曲や挿入曲とのメドレーになっています。オーケストラなので、イントロは当然派手にやっていますが、印象に残るのはエンディング(といってもメドレーだからつぎの曲につながるのだが)におけるヴァイオリンのプレイです。アーノー・ニーフェルドというプレイヤーで、わたしの知らない方面では名の通った人なのだろうと想像されます。とはいえ、このメドレーのなかでは、『黄金の腕』のような曲のほうがうまくいっているように感じられます。

ビルボード・チャート上では、この曲はファランテ&タイチャー盤の圧勝でした。1961年に2位までいっています。わたしが子どものころにイヤというほど聴かされたのも、このヴァージョンです。ファランテ&タイチャーはピアノ・デュオですから、当然、リード楽器はピアノですが、ピアノだけではポップ・ヒットを生みだすのきわめて困難です。彼らのヒット曲というのは、つまるところ、オーケストラ音楽といってかまいません。

ファランテ&タイチャー Exodus


てな理屈はさておくとして、どうでしょうかねえ。個人的にはこういうプレイはあまり好みません。そもそもピアノをリードに使うこと自体を好まないのですが、それにしても、ファランテ&タイチャーは趣味がよくないといつも思います。それがこういう曲に出合うと、いよいよキンキラキンのコテコテに突っ走るわけで、安ピカの仏像みたいなサウンドです。Exodusという曲は好かない、という子どものころから長くつづいた思いこみは、このファランテ&タイチャー盤が原因でした。

コンボものにはまったく手をつけられなかったので、もう一回、Exodusを延長させていただきます。
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by songsf4s | 2009-06-13 23:56 | 映画・TV音楽