<   2008年 08月 ( 14 )   > この月の画像一覧
Gimme Some Lovin' by the Spencer Davis Group
タイトル
Gimme Some Lovin'
アーティスト
The Spencer Davis Group
ライター
Steve Winwood, Muff Winwood, Spencer Davis
収録アルバム
The Best of the Spencer Davis Group
リリース年
1966年
f0147840_23525551.jpg

ひどく手間取ったベスト・オヴ・スペンサー・デイヴィス・グループ疑似ライナーですが、本日で完了です。

◆ Gimme Some Lovin' ◆◆
1966年11月にリリースされた8枚目のシングルのA面。すでにふれたように、この曲には2種類のミックスがあります。イギリス盤とアメリカ盤で、後者にはコーク・ボトルなどのパーカッションがオーヴァーダブされています。入手に苦労したということもあるのですが(福田一郎の番組で英盤とは異なる米盤のミックスと断って何度か放送されたので、存在だけは中学のときに知っていた)、やはりパーカッションが入っているほうが華やかさがあって、シングルらしいと感じます。

f0147840_0192963.jpgこの曲も、スタジオでのジャムというか、つぎのシングルをなんとかしろ、とクリス・ブラックウェルが4人をスタジオに押し込んだ結果、なんとなく生まれた曲だとメンバーは説明しています。

たしかに、中心になっているのは、マフの8分×4拍+4分×2拍のシンプルな、しかし力強いベースのリズム・パターンであり(後年、ナックがMy Sharonaでこのリフをうまくいただいてヒットに結びつけた)、あとはこの上にいろいろなものを載せていっただけでしょう。コードといっても、G7のほぼワン・コードで(ピアノは飾りとしてCを入れている)、リフレインのところだけ、Bb7-C7-D7-Eb7と動くだけで、はっきりしたメロディーラインもなく、譜面を見ても、こんな曲がどこかに行き着くとはだれも思わないでしょう。

じっさい、この曲を歌えるシンガーはかぎられます。スティーヴ・ウィンウッドが歌ったからこそ大ヒットしたのです。たとえば、美空ひばりがオーケストラをバックにこの曲を歌っても、だれも「いい曲」とはいわないでしょう。スティーヴ・ウィンウッドのヴォーカル・スタイルと、SDGのプレイとラウド&ヘヴィーなサウンド作り自体に大きな意味があり、楽曲そのものの占めるウェイトは小さいのです。

f0147840_0234047.jpgこの曲をはじめて聴いたのはずいぶん遅れて、リリースの一年後ぐらい、1967年秋か暮れのことですが、それでも、昔の曲には感じず、むしろ、ロックンロールの未来はここにあると思ったほどでした(60年代中期は音楽史上もっとも変化の激しかった時期であり、半年あれば状況が一変したことを、わたしと同世代のリスナーはよく覚えているだろう。Peppersとモンタレーの夏をはさんで、1967年は前半と後半では別世界だった)。

メロディーラインはあいまいですが、それでも、スティーヴ・ウィンウッドの代表作といえば、たいていの人がこのGimme Some Lovin'をあげるのではないでしょうか。どの時代のツアーでも、この曲の録音があるほどで、ウィンウッド自身もみずからの代表作とみなしているものと思われます。

よく考えると、こういうメロディーラインのはっきりしない曲こそ、書くのがむずかしく、spontaneousに(いつもは翻訳がむずかしいが、このコンテクストでは「なにかのはずみで」と訳せばよさそうである)生まれるのを待つしかないのではないでしょうか。ジャムから発生したのももっともだと思う所以です。

f0147840_0281217.jpgこのころから、スティーヴは仕事以外でSDGの他のメンバーと行動をともにすることがなくなり、バーミングハムにいるときは、つねにディープ・フィーリングというバンドのメンバーたち、すなわち、デイヴ・メイソンやクリス・ウッドやジム・カパーディー(一般にキャパルディーと表記されるが、スティーヴ・ウィンウッドの発音に近づけることにする)らといることが多くなったそうです。

なにしろ、最年長のスペンスはスティーヴの十歳年上、兄のマフですら五歳上なので、もともとSDGのメンバーとは世代が異なり、友だちではなく、「仕事場の同僚」にすぎなかったのです。末期には、SDGのツアーになぜかメイソン、カパーディー、ウッドが同行するようになり、だれの発案か(SDGの他のメンバーが言い出すとは思えないので、おそらくマネージャーのクリス・ブラックウェル)、Gimme Some Lovin'にカパーディーのパーカッションをオーヴァーダブすることになったのです。

Gimme Some Lovin'は、アメリカでチャートインしたSDGの最初のシングルとなりました。だいたい、いままでアメリカでヒットがなかったのが不思議なのであって、Gimme Some Lovin'までフロップとなったら、もうウィンウッドとアメリカは縁のないどうしと考えるしかないでしょう。Gimme Some Lovin'はビルボード7位という、まずまずの位置を確保しましたが、ロックンロール史に残る重要な録音なのだから、最低でも3位以内には入ってしかるべきであり、チャートトッパーも狙えたでしょう。そこまでの大ヒットにならなかった理由としては、ウィンウッドの声が白人に聞こえず、一部のポップ・ステーションでは忌避されたということぐらいしか、わたしには思いつきません。あの時代のアメリカは白黒の区別差別は明快だったので、そういうことはおおいにありえます。

いずれにせよ、はじめて聴いたときも、いま聴いても、つねにエクサイトするサウンドであり、わたしのオールタイム20からはずせない曲でありつづけています。




SDG時代のGimme Some Lovin'のプロモ(リップシンク)。ほかに無数のライヴ・ヴァージョンがあるので、適当に検索されたし。

◆ Look Away ◆◆
ガーネット・ミムズの64年暮れのマイナーヒットのカヴァーで、SDG盤はセカンド・アルバムに収録されました。楽曲自体が、SDGにしてはやや甘めで、マージー・ビート的な叙情性があります。しかし、オリジナルと比較すると、SDGのほうがはるかにヘヴィーにやっていいることがわかりますし、同時期のマンフレッド・マンのカヴァーと比較しても、SDG盤はmenaceだと感じます。こういうポップな味わいのソウル・バラッドは、トラフィック以降は歌わなくなってしまうので、後年の目でふりかえると、スティーヴ・ウィンウッドのカタログにあっては貴重なタイプのトラックです。

f0147840_0373510.jpg

◆ I Can't Get Enough ◆◆
プロデューサーのジミー・ミラーとスティーヴ・ウィンウッドの共作になるロッカー。ミラーがSDGのキャリアに登場するのはこの時期になってのことで、米盤アルバム、I'm a Manはクリス・ブラックウェルとジミー・ミラーの共同プロデュースとクレジットされています。

SDGのカタログのなかで重要な曲とはいえませんが、後年の目でふりかえると、こういうアップテンポでキャッチーな曲をつぎつぎとシングルにしてくれていたらなあ、と思います。しかし、スティーヴ・ウィンウッドという人は、ポップ・スターダムには関心がなく、とりわけ若いころはミュージシャンではなく、スターと見られることをひどく嫌っていたので、なかなか売れ線の曲をつくってくれないのです。結果的に、それが長命の最大の理由になったかもしれないので、やむをえないのですが、無数にもっていた可能性のなかで、こういう線はかなり太いポテンシャルをもっていたのではないかと、いまになると思えてくるのでした。

◆ Stevie's Blues ◆◆
メンバー4人全員の共作になるオーセンティックなブルーズ。ブルーズなので、興味はウィンウッドのギターに尽きます。どんな音楽形式もすべて、つねにワン・オヴ・ゼムとしかみなかった人なので、その可能性はゼロですが、仮に愚直にブルーズをプレイしつづければ、いま、みなさんが思いつくどんなブルーズ・ギタリストをもしのぐ、史上最高の白人ブルーズ・ギタリストになっていただろうに、なんとももったいないことだ、と思います。いや、皮肉なことに、わたしは一握りのプレイヤーをのぞけば、ブルーズ・ギターにはあまり興味がないので、そうなっていたら、スティーヴ・ウィンウッドはわたしにとってはプライオリティーの低いミュージシャンになっていたでしょう!
f0147840_0533290.jpg

◆ I'm a Man ◆◆
I Can't Get Enough同様、スティーヴ・ウィンウッドとジミー・ミラーの共作で、67年11月にシングルとしてリリーされ、結果的にSDG最後のシングルとなりました。名曲、Gimme Some Lovin'のフォロウ・アップが、これほどすぐれた曲だったことは、いまふりかえると、おおいなる驚きです。

直前の大ヒット曲の「方向性」を継承する、などといっても、現実には簡単にいくものではありませんし、ましてや、その直前の大ヒットがGimme Some Lovin'のような、メロディーラインがあいまいなヘヴィー・ロッカーときては、二匹目のドジョウを見つけるのは至難といえます。Gimme Some Lovin'はものの弾みで生まれたのでしょうが、こんどは、それを意識的につくらなくてはならないのだから大変です。

いつも思うことがあります。たとえば、キャロル・キングやバリー・マンといった人たちは、たいしたものだと思います。「キャッチーな曲」などと口では簡単にいえますが、そういうものを毎日のように「生産」し、じっさいにヒット・チャートに送り込めたら、彼らのように歴史に名が残るくらいの、貴重な才能なのです。

f0147840_0563391.jpg

しかし、そこから先のところで、もうひとつ思うことがあります。メロディーラインの不明瞭なヘヴィー・ロッカーをつくり、それをヒットさせるのは、メロディーのある曲より数段むずかしい、ということです。こういう基準で歴史を見ると、いちばんすごいソングライターは、バート・“トゥイスト・アンド・シャウト”・バーンズではないか、という気がしてきます。

バーンズだって、メロディー・タイプの曲を書かなかったわけではないのですが、Twist and Shoutのような曲は、運がないと書けないと思います。Hang on Sloopyも、メロディーラインがあいまいで、3コードなので、Twist and Shoutと同じ路線です。こういうものでもヒットした理由は、どこかにワンポイント、たいていはコーラスのリフレイン部分ですが、非常にキャッチーで、一度聴いたら忘れられないラインがあるからでしょう。だから、突き詰めていえば、要するにキャロル・キングと同種の才能の持主というべきかもしれませんが、わたしは、どこかで決定的に異質なところがあるから、Twist and Shoutのような曲を書けるのだと思います。

I'm a Manも、Twist and Shoutに通じるような、おおむねモノトーンでありながら、一度聴いたら忘れられないラインのある、きわめて魅力的な曲です。アメリカでもGimme Some Lovin'につづいてトップテンに到達し、客観的に見て、アメリカツアーの機運はこの2曲で熟したと感じます。しかし、スティーヴ・ウィンウッドのいるSDGのアメリカ・ツアーは実現しませんでした。

◆ Oh! Pretty Woman ◆◆
近年の編集盤(というかほとんどコンプリート・レコーディングス)であるEight Gigs a Weekで陽の目を見たトラックで、同題のロイ・オービソン作の有名な曲ではなく、A・C・ウィリアムズ作のブルーズのカヴァー。確信はありませんが、アルバート・キングのヴァージョンをベースにしたのではないでしょうか。

f0147840_161526.jpg
Oh, Pretty Womanを収録したアルバート・キングのアルバム、Born Under a Bad Sign。わたしはブルーズを好まないが、それでも、これは充実した一枚だと感じる。

(よけいなことですが、アマゾンのカスタマー・レヴューによると、Eight Gigs a Weekの国内盤ライナーは、この曲をロイ・オービソンのものと混同しているそうです。だれが聴いても絶対にまちがえるはずがないほどのまったくの別人28号なので、ライナー書き屋は、音も聴かず、ソングライター・クレジットも確認しなかったのでしょう。いや、ほんとうに曲を聴いてもこの二者の区別が付かないほどの完全無欠鉄壁無敵の金ツンボである可能性も否定はできませんが! 耳が聞こえず、英語が読めず、日本語が不得意な、「見ざる・聞かざる・言わざる」の三重苦ライナーはめずらしくありません。)

f0147840_11452.jpg
ロイ・オービソンとアルバート・キングの区別も付かない大ベラボーのコンコンチキの日本語ライナーを読んで、ぜひ一度大立腹してみたいという人は、このEight Gigs a Weekの国内盤を買うとよいというもっぱらの噂である。わたしは安くて手ごろな輸入盤を買ってしまった。うーん、残念無念(なわけない!)。

何度も書いているように、こういう曲の場合は、もっぱらウィンウッドのプレイが楽しみです。この曲がどうしてお蔵入りしてしまったのかわかりませんが、やはりすばらしいギタープレイで、ウィンウッドが当時のブリティッシュ・ブルーズ・シーンのど真ん中にいたことを痛感します。

あまりにも多様な才能がありすぎて、スティーヴがブルーズだけに関心を集中できなかったのは、他のブリティッシュ・ブルーズメンにとっては大いなる幸運でした。万一、彼が「俺は一生をかけてブルーズを極めてみたい」なんて考えていたら、ブリティッシュ・ブルーズ・シーンは、スティーヴ・ウィンウッドという天まで届く大樹以外には、ペンペン草一本生えない荒蕪地になってしまったでしょう。

ブリティッシュ・ビートのコンテンポラリーな文脈にきれいに収まりながら、スティーヴ・ウィンウッドの圧倒的な個人技によって新しい手ざわりをもった、リリックであると同時にヘヴィーでもあるロッカー、Keep on Runningからはじまったスペンサー・デイヴィス・グループのキャリアは、Gimme Some Lovin'とI'm a Manという、ビート・ミュージックの未来を予見させるほどの尖鋭性をもつ曲を、チャートの上位に送りこむにいたりました。

このままつづいていたらどうなっただろうかと、だれしも思うところですが、そういう未来は実現しませんでした。SDGという「高等学校」を「卒業」した十八歳のスティーヴ・ウィンウッドは、べつの「学校」へ「進学」することを選んだからです。次回は、彼の「大学」であるトラフィックへと当ブログも進むことになります。

f0147840_1241491.jpg

[PR]
by songsf4s | 2008-08-30 23:55 | スティーヴ・ウィンウッド
Somebody Help Me by the Spencer Davis Group
タイトル
Keep on Running
アーティスト
The Spencer Davis Group
ライター
Jackie Edwards
収録アルバム
Autumn '66
リリース年
1966年
f0147840_23311683.jpg

さっそくですが、悩みに悩んだベスト・オヴ・スペンサー・デイヴィス・グループの選曲を以下のように変更します。

01. Dimples
02. I Can't Stand It
03. Every Little Bit Hurts
04. I'm Blue (Gong Gong Song)
05. Here Right Now
06. It's Gonna Work Out Fine
07. It Hurts Me So
08. Keep On Running
09. Georgia On My Mind
10. Let Me Down Easy
11. You Must Believe Me
12. Hey Darling
13. Watch Your Step
14. Together Till the End Of Time
15. Somebody Help Me
16. Take This Hurt Off Me
17. When I Come Home
18. Dust My Blues
19. On the Green Light
20. Neighbour Neighbour
21. High Time Baby
22. Gimme Some Lovin'
23. Trampoline
24. Look Away
25. I Can't Get Enough of It
26. Stevie's Blues
27. Waltz for Lumumba
28. Blues In F
29. Stevie's Groove
30. I'm a Man
31. Oh! Pretty Woman

また変更になるかもしれませんが、さすがにもう面倒になったので、ちょっとやそっとの迷いや違和感なら、強引に押し殺して、このリストのままがんばるつもりです。

◆ Somebody Help Me ◆◆
さて、本日は後半に入り、上記リストのトラック15、彼らの2番目のブリティッシュ・チャート・トッパーであるSomebody Help Meです。基本的には二匹目のドジョウ狙いで、最初のヒットであるKeep on Runningと同じジャッキー・エドワーズの作ですし、「パワーとリリシズムの結合」というパターンも踏襲しています。

f0147840_23344875.jpg

この曲には2種類のミックスがあります。ギターだけのものと、オルガンのオブリガートをオーヴァーダブしたものです。テイク自体は同一と思われますが、わたしの好みはオルガン・ヴァージョンです。例によって、マフのベースは力強く(プレイもいいのだが、この時代にはめずらしくヘヴィーなサウンドになっていて、エンジニアリングの勝利でもある)、ピートのリズムも安定していて、楽曲さえよければ、これくらいのものはいくらでもできるという、上昇気流に乗ったバンドの充実感があります。

二匹目のドジョウを狙うか狙わないか、考え方はいろいろでしょうが、やはりあの時代はシングルのチャート・アクションにキャリアを大きく左右されたので、どんな分野でも人気が重要な世界に共通した、きびしいクリティカル・パスである「ヒット作のフォロウ・アップ」で、もっとも安全な道をとっても、非難するにはあたらないでしょう。きわめて危険な局面であり、ここさえ切り抜ければ、巡航速度に到達し、そうしたければ冒険もできるのだから、クリス・ブラックウェルないしはスペンサー・デイヴィス(あるいは意思決定にかかわったというマフ)の判断は正しかったといえるでしょう。

◆ Take This Hurt Off Me ◆◆
f0147840_23483574.jpgドン・コヴェイの65年はじめのヒット。SDGのカヴァーはサード・アルバム、Autumn '66に収録されました。どこかに目覚ましいところがあるわけではないものの、楽曲はわるくないし、SDGのプレイも安定していて、好ましい仕上がりです。ストレートなブルーズより、こういうR&Bタイプのほうがスティーヴの声に合っていると思うのですが、なにかひとつのものにこだわることのなかった人なので、全キャリアを通じて、この系統はときおり顔を出し、おおいに魅了してくれるだけです。

◆ When I Come Home ◆◆
ジャッキー・エドワーズとスティーヴ・ウィンウッドの共作で、Somebody Help Meにつづく7枚目のシングルのA面として1966年9月、アルバムAutumn '66と同じころにリリースされました。トップテンに届かず、12位に終わったのだから、相対的には失敗ですが、楽曲の出来からいえば、もっと悪い結果でもしかたのなかったところで、勢いがあったからこそ、ポテンシャル以上の12位までいったのでしょう。

f0147840_23495232.jpg

イントロやヴァースにはあまり魅力がありませんが、コーラスはキャッチーだし、アレンジもきちんとしていて、これでヴァースに工夫があればなあ、惜しかったねえ、と思います。スタイルのちがう二人の共作で、お互いの持ち味を殺し合ったのかもしれません。

スティーヴは、オリジナル・ヴァージョンはもっとずっと長かったのに、短く編集されてしまった、と不満をもらしています。

◆ Dust My Blues ◆◆
SDGの2枚組CD、Eight Gigs a Weekのクレジットでは、この曲はロバート・ジョンソンとエルモア・ジェイムズの作となっています。しかし、ロバート・ジョンソンのコンプリート・レコーディングスにこのタイトルの曲はなく、I Believe I'll Dust My Broomというのがあるだけです。エルモア・ジェイムズがアレンジし、Dust My Bluesと改題(もちろん歌詞も改変)したものをカヴァーした、という意味でしょう。

f0147840_23534614.jpg

ブルーズなので、楽曲がどうこうということはなく、プレイとパフォーマンスの善し悪しだけが意味をもちます。スティーヴ・ウィンウッドはイントロで、エルモア・ジェイムズといったときにだれもがイメージする、あの三連のスライド・リックを弾いています(ロバート・ジョンソンもI Believe I'll Dust My Broomで三連リックを使っているが、かなりニュアンスが異なる)。

f0147840_23541314.jpg

かつてアル・クーパーは、スティーヴ・ウィンウッドのことを「わたしが知るかぎり最高の白人ブルーズ・シンガー」といったそうです。アル・クーパーにとって「最高の白人ブルーズ・ギタリスト」となると、パートナーであるマイケル・ブルームフィールドかもしれませんが、この曲におけるスティーヴ・ウィンウッドのギタープレイは、一年間、ほかのことは忘れてギターに専念すれば、ブルームフィールドをもしのぐプレイヤーになるかもしれない、と思わせるほどのものです。

しかし、アル・クーパーの賛辞にさからうようですが、スティーヴ・ウィンウッドの「ブルーズ」は、あまり本気にするべきではないでしょう。「そこに落ちていたから、拾い上げてしばらく遊んでみた」だけと感じます。

f0147840_013945.jpg

メカニズムを見ると、すぐに分解してしまう子どもというのがいます。どうしても仕組みが知りたくて、いったんバラバラにし、それをもう一度、再構成することによって、その対象物を「自分のものにする」ことに歓びを感じる子どもです。

SDG時代のスティーヴ・ウィンウッドには、このメカニズム偏愛児童の分解・再構成の情熱を強く感じます。彼の場合、情熱の対象はメカニズムではなく、音楽です。「エルモア・ジェイムズ・スタイルのギター」というものがある、といわれれば(そういうことをスティーヴに吹き込むのはブルーズ研究者だったスペンスだろう)、それを聴き、興味が湧いたら、自分で「分解・再構成」してみるのです。

そして、メカニズム偏愛児童と同じように、自分で再構成してみて、仕組みが理解できれば、もうそれで興味を失ってしまうのです。このあと、スティーヴ・ウィンウッドのキャリアのどこにも、エルモア・ジェイムズ・スタイルが顔を出すことは二度とありません。もうわかったから、ほかのことに興味が移ってしまったのです。スティーヴ・ウィンウッドのいくところ、可ならざるものはなし、まさに、天下無敵の神童ここにあり、です。

◆ On the Green Lightおよびその他のインスト ◆◆
アルバムAutumn '66に収録のスティーヴ・ウィンウッド作のオルガン&ギター・インスト。こういうのはアルバム・フィラーやシングルB面の意図しかないのですが、ウィンウッドの高い技量のみならず、マフとピートのグルーヴがソリッドなおかげもあって、いずれも楽しめる出来になっています(ただし、この曲に関しては、わざとやったのか、ピートが途中で子どものような叩き方をしている)。

f0147840_0104380.jpg

ついでなので、インストをひとまとめにしておくと、ほかに、Trampoline、Waltz for Lumumba、Blues In F、Stevie's Grooveがあります。I Can't Stand ItのB面としてリリースされたTrampolineも、Waltz for Lumumbaも、Stevie's Grooveも、いずれもスティーヴ・ウィンウッド作とクレジットされたオルガン・インストです。フィラーといってしまえばそれまでですが、基本的にはインプロヴで、後年の目でふりかえると、トラフィックへの伏線のようにも感じます。スタジオではそんなことはありませんが、ライヴではトラフィックはオルガンのバンドであり、スティーヴはしばしば長いインプロヴをやっていたからです。

◆ Neighbour Neighbour ◆◆
またしてもブルーズのカヴァー。King Biscuit Boy & Ronnie Hawkins Bandヴァージョンしか見あたらなかったのですが、SDGがこれをベースにしたかどうかは不明です。SDGのブルーズのカヴァーは、わたしとしてはウィンウッドのギターだけが興味の焦点で、この曲についても、やはり間奏が楽しめます。「弾かない」こと、間をとることも覚えてきたか、と感じます。

f0147840_0121185.jpg

ピート・ヨークのプレイはおおむねほめてきましたし、それが間違いとは思わないのですが、この曲をはじめ、いくつかのトラックでは、ミスが目立ちもしますし、限界も感じます。この時代のバンドのドラマーとしては、タイムはまずまずで、相対的に安定していますが、スタイルとしては一時代前のもので、ウィンウッドといっしょに、もっと尖端へ進む指向があったらなあ、と残念に感じます。

◆ High Time ◆◆
Keep on RunningのB面としてリリースされたメンバー全員の共作とクレジットされた曲。スタジオでのジャムから出てきたリフをベースにして曲を構成するということが何度かあったようで、この曲もシンプルなリフが中心になっています。

こういう、極論するなら、楽曲といえるかどうかも怪しいシンプルなものを、menaceに、そしてカッコよく聴かせることにかけては、この時代のイギリスを見渡して、SDGの右に出るものはないと感じます。

1966年の時点で、イギリスでもっとも「ヒップ」ないしは「イン」と一般にみなされていたバンドは、おそらくジェフ・ベック時代のヤードバーズでしょう。リードギターのプレイの尖鋭性と、アヴァンギャルド指向ということからいって、順当なところだと思います(このあとにはフーがくるだろうが、いまは話を不必要に複雑にしないために、フー以下、スモール・フェイシーズだのクリエイションだの、その他の尖鋭的なグループにはふれない)。

しかし、バンド全体としてのビートの重さ、安定感からいったら、わたしにはSDGのほうがずっと魅力的に感じられます。ヤードバーズはベックのワンマン・バンドで、ほかになにも聴くべきものがないという印象です。それをいうなら、SDGもスティーヴ・ウィンウッドのワンマン・バンドじゃないか、というご意見もありましょうが、ビートの重さ、安定感で、ヤードバーズはSDGにはるかに劣りますし、ヴォーカルの力量にいたっては、いうまでもなく月とスッポン、天と地、雲泥の相違です。

f0147840_01477.jpg

だから、ピート・ヨークがのちに「あのままストーンズのようにつづけることだってできたのに……」と嘆いたのも、よくわかります。しかし、ものごとはそうはいかないものなのです。

SDGのピークと、そのすぐ向こうに待っていた断崖絶壁のことは、残念ながら時間とスペースが不足したので、次回に持ち越しということにさせていただきます。スペンサー・デイヴィス・グループ・シリーズは次回で完結します。
[PR]
by songsf4s | 2008-08-28 23:57 | スティーヴ・ウィンウッド
Keep on Running by the Spencer Davis Group
タイトル
Keep on Running
アーティスト
The Spencer Davis Group
ライター
Jackie Edwards
収録アルバム
Their Second Album
リリース年
1966年
f0147840_2357307.jpg

そういうことをやらかすのではないかと危惧していたのですが、書きながら繰り返し聴いているうちに、一昨昨日、一昨日とつづけて掲載したThe Best of the Spencer Davis Group featuring Steve Winwoodは、やはり選曲が変わってしまい、1曲はずして、ダブっていたSomebody Help Meを統一し、2曲を追加しました。今後もまだ動きかねないので、SDG特集の最後の回に、修正したトラック・リスティングをもう一度掲載することにします。

なぜ、こういう風に選曲が揺れるのか? ポップ系の場合、ふつうはおおむね楽曲の善し悪しを基準にして選曲するので、よく知っているアーティストなら、それほど悩むことはありません。しかし、今回のSDGの場合、楽曲の出来を基準にしてベストに繰り入れたのは、せいぜい10曲がいいところではないでしょうか。

残りはどういう基準で選んだかというと、主としてウィンウッドのギター、オルガン、ピアノのプレイの善し悪しです。そういうものは、曲自体はシンプルな3コードが多く、いいも悪いもないため、短時間で善し悪しを判断できないのです。だから、聴くたびに判断が揺れ動き、やっぱりこっちは外して、あっちを入れようと、迷いまくってしまうというしだい。20曲ぐらいまでは固まっていて、ぜったいに動かないのですがねえ……。

それでは、「疑似ライナー」のつづきをどうぞ。

◆ It Hurts Me So ◆◆
ということで、いきなり、一昨日のリストにあったMidnight Trainははずしたので、どうかあしからず。今日の1曲目は、そのつぎのIt Hurt Me So、デビューLPに収録されたスティーヴ・ウィンウッド作のロッカ・バラッドです。

f0147840_0174697.jpg

シングル向きではありませんし、とくに目立つ曲ですらありませんが、スティーヴのバラッドの習作として、ファンは「いちおう聴いておいたほうがいい」ということはいえるでしょう。だれしもある程度はそういうところがあるのですが、スティーヴ・ウィンウッドは、彼独特のシンギング・スタイルによって、楽曲の欠点を補ってしまう傾向が強いシンガーです。このIt Hurts Me Soは、楽曲としてはいたって平凡な出来なのに、彼が歌うとそれだけであちこちに見せ場が生まれ、それなりに楽しめてしまいます。ソングライターとしては、いいことではないでしょうが……。

◆ Keep on Running ◆◆
1965年11月にリリースされた5枚目のシングル(の最初はB面だった!)にして、初のヒット。盤デビューから15カ月もかかった勘定になります。ここまでのシングルを見てくると、どれも悪くはないものの、一般性が薄くてヒット・ポテンシャルの小さいものばかりです。やはり、ヒットしてしかるべき曲が手に入るまではダメなのだと納得せざるをえません。

Keep on Runningは、イントロからすでにヒットしそうな雰囲気が濃厚にただよっています。A-A-E-G-A-G-E(コードはA7)、D-D-A-C-D-C-A(コードはD7)という、シンプルながらクレヴァーなラインの、当時としては非常に重くミックスされた、マフの力強いベースだけで十分にワクワクしますし、その後に入ってくるファズ・ギター、スティーヴのヴォーカル、いずれもが、ロックンロールだけに可能な「力強さとリリシズムの幸せな結婚」(そもそも、ロウティーンのわたしがこの音楽形式に夢中になった理由がこれだった)を理想的な形で実現しています。これがヒットしないはずがないのです。イギリスでのナンバーワンは当然です(アメリカでヒットしなかった理由はわたしには皆目見当もつかない。プロモーションの失敗か?)。

f0147840_0251073.jpg

楽曲の出自と作者のジャッキー・エドワーズについては、やや話が長くなります。彼らのマネージャーだったクリス・ブラックウェルは、当時からアイランド・レコードという会社をもっていました。のちにトラフィックやスプーキー・トゥースなどが所属するレーベルですが、この時点ではまだ小さな海外音楽輸入会社だったそうで、スー・レコードをはじめとするアメリカのマイナー・ブラック・ミュージック・レーベルやジャマイカの音楽などを扱っていたのだとか。SDGの初期のレパートリーにスーの楽曲が多くなったのは、ブラックウェルの会社がスーのイギリスでの配給権をもっていたためなのです。

アイランドはいわゆる呼び屋もやっていて、Mockingbird(カーリー・サイモンとジェイムズ・テイラーの、例の結婚記念シングルとかいうアホらしいヴァージョンでご存知かもしれないが!)で有名なアイネズ・フォックスも、ブラックウェルがイギリスに呼び、SDGのバックでツアーをしたそうです。

そういう呼び屋業務の一環なのか、たんにジャマイカとの取引の副産物なのか、ジャッキー・エドワーズというジャマイカのシンガーがクリス・ブラックウェルのところにきていて、ブラックウェルはSDGがエドワーズの曲をやってみるのも面白いかも知れないと考えたわけです。マフ・ウィンウッドによると、ジャマイカのシンガーだから当然といえば当然ですが、元はスカっぽい曲だったそうです。それをSDGはあのヘヴィーなサウンドに仕上げたわけで、アレンジ、レンディションともに、いつもシンプルながらクレヴァーだと感心させられます。SDG盤Keep on Runningにはスカの片鱗もありません。

f0147840_026255.jpg

ともあれ、ライヴ・アクトとしてミュージシャンのあいだで大きな評判を喚ぶだけで、一般には知られずに終わるのではないかと危惧されていたスペンサー・デイヴィス・グループは、これ一曲でスターダムへと駆け上がったのでした。

◆ Georgia on My Mind ◆◆
この曲のことはすでに小出しにして書いてしまいましたが、最初に聴いたときにはひっくり返りました。これが収録された米UAのアルバム、I'm a Manを買ったのは、リリースよりかなり遅れ、1970年、十七歳のときでした。つまり、スティーヴ・ウィンウッドがこの曲を録音したのと同じ年齢で、わたしは彼のパフォーマンスを聴いたのです。

f0147840_0405246.jpg

同じ年齢の人間が、これだけのことをやっていることに、わたしは感動するというより、ほとんど絶望的な気分になりました。金は一カ所に集まりたがるといいますが、才能だって同じです。やっぱり、ひとりの人間に集中するものなのです。すべてをもっているミュージシャンがここにいる、ということを知るのは、感動より絶望を生むものなのです。

スティーヴ・ウィンウッドのGeorgia on My Mindは、彼が思春期にあこがれていたレイ・チャールズへの幼いオマージュ、ただのコピーかもしれません。しかし、形式上、ほぼレイ・チャールズ盤のアレンジを踏襲したヴァージョンでありながら、後年、レイ・チャールズ盤を聴いたとき、わたしはSDG盤のほうが数段すごいと感じましたし、いまだにそう思っています。

f0147840_0422948.jpg改めて両者のヴァージョンを比較して思うのは、レイ・チャールズのレンディションは手慣れたものであり、甘めのソウル・バラッドとしてやっているのに対して、スティーヴ・ウィンウッドのレンディションには張りつめた緊張感があり、フレッシュであり、ブルーズ寄りの解釈をしていて、表面的な類似を超えたところで、じつはアティテュードとして大きな隔たりがある、ということです。

おかしなもので、ウィンウッドだけを聴いていると、まるで海に千年、山に千年生きたシンガーのような気がしてくるときがあるのですが、このレイ・チャールズ盤Georgia on My Mindのように、他のヴァージョンと比較すると、ウィンウッドが少年であり、まだ驚きの目をもって世界を見、音楽に対してつねにチャレンジングであることが、突然、明瞭に見えてきます。若さの魅力というのは、要するに、世界を新鮮な目で見られる能力に尽きるわけで、他の時期にはない、SDG時代だけに感じられるスティーヴ・ウィンウッドの魅力もまた、そこにあるのでしょう。

ライヴでやったのは、Georgia on My Mindのほうが先かもしれませんが、マネージメント側の考えとしては、おそらくEvery Little Bit Hurtsと同系統のソウル・バラッドをセカンド・アルバムにも入れよう、ということだったのでしょう。そういう観点から見ると、このGeorgia on My Mindでは、ヴォーカルもピアノも、数カ月前のEvery Little Bit Hurtsにくらべると、格段に深みを増していて、十代だから成長が速いのは当たり前だと思いつつも、やはり、驚かされます。

SDG全体としてのプレイも、Every Little Bit Hurtsより、Georgia on My Mindのほうがはるかに楽しめます。ピート・ヨークはスペンサー・デイヴィスに引きずられて、ホワイト・アーバン・ブルーズをプレイするハメになってしまいましたが、嗜好としてはジャズだったそうで、そういう側面がGeorgia on My Mindのプレイにストレートに反映されています。「やっぱり、こういうスタイルのほうがずっと楽しい」といわんばかりで、バックビートを叩くときより据わりのいいプレイをしていますし、ときおり入れるロールもきれいにキメています。マフも適応力のあるところを見せ、いつものように、ヨークと協力していいグルーヴをつくっています。このトラックを聴くと、知名度、人気はさておき、実力では、1966年当時のイギリスにおいてはナンバーワンのバンドだったという確信が生まれます。

f0147840_0443029.jpg

前回、Georgia on My Mindのさまざまなヴァージョンをあげておきました。わたしの好みはジェイムズ・ブラウンとルー・ロウルズですが、この曲のもっとも人口に膾炙したヴァージョンというなら、やはりレイ・チャールズ盤でしょう。ポール・ウェストンは大甘のアレンジかと思ったら、意外にも甘さ控えめで悪くない出来です。どの程度まで甘くするかがこの曲の勝負の分かれ目で、その点で、SDG以外では、ジェイムズ・ブラウン盤がすぐれていると感じます。

◆ Let Me Down Easy ◆◆
f0147840_048156.jpgベティー・ラヴェットの1965年のマイナー・ヒットのカヴァー。例によって、同時代のR&Bヒットを間髪入れずにカヴァーするというパターンで、これはSDGの傾向というより、この時代のイギリスのバンドに共通する一側面だったのでしょう。輸入されない音楽のローカル化です。

おそろしくパセティックなオリジナルに対して、スティーヴ・ウィンウッドのレンディションは感傷を抑えているのですが、この曲にかぎっては、わたしの好みからいうとやや感傷的すぎるベティー・ラヴェット盤のほうが面白いかもしれないと感じます。しかし、SDG盤は一瞬で終わってしまうギターの間奏が楽しめます。というか、一瞬、オッと思うフレーズが出て、もっと聴きたいな、と思ったところで終わってしまい、それはないじゃん、と文句をいいたくなるところが面白いのですが!

◆ You Must Believe Me ◆◆
カーティス・メイフィールド作のインプレッションズによる64年暮れのヒットのカヴァー。とくにすぐれたヴァージョンとはいえませんが、わたしはこの曲そのものが好きなので、やや強引にベストに繰り入れました。

f0147840_0533350.jpgカーティス・メイフィールドは、ブリティッシュ・ビート・グループのお気に入りのライターのひとりで、さまざまなグループが、さまざまな曲をカヴァーしています。R&Bファン、インプレッションズ・ファンはべつの意見をお持ちでしょうが、わたしは、カーティス・メイフィールドの楽曲は好んでいるものの、インプレッションズのレンディションは、主としてビートが弱いことが気に入らず、どれもあまり面白いと思いません。

SDG以外のブリティッシュ・ビート・グループによるこの曲のカヴァーは、ホリーズとゾンビーズ(BBCのライヴ)のものがありますが、抜きんでてよいものはなく、わが家にあるもので比較するかぎり、結局、決定版の生まれなかった楽曲と感じます。しいていうと、ドン・コヴェイのヴァージョンがまずまずかもしれません。

SDG盤も、特筆するほどの出来ではありませんが、エンディングにかけてのスティーヴのヴォーカルとギターのユニゾンが聴かせどころといえるでしょう。

◆ Hey Darling ◆◆
セカンド・アルバムに収録された、スペンサー・デイヴィスとスティーヴ・ウィンウッドの共作になるスロウ・ブルーズ。楽曲としてはどうというものではありませんが、ウィンウッドのギターには唸ります。ピート・ヨークのプレイもおおいに好みです。

◆ Watch Your Step ◆◆
f0147840_141732.jpgボビー・パーカーの1961年のノンヒット・カットのカヴァー。ジョン・レノン家のジュークボックスに入っていた曲を収めたと称する編集盤、John Lennon's Jukeboxにも収録されています。じっさい、この曲のギター・リフから、I Feel Fineの有名なリフが生まれたとされています。たしかに頭のところは似ていますが、リフが似てしまうのはめずらしいことではありませんし、そもそもこの種の断片的な音に著作権が認められた例はなく、そういう意味であげつらうのはナンセンス。たんに、ジョンが参考にしたらしい、というだけのことであり、それ以上の意味を見いだすのは愚か者です。

この曲も、やはり楽曲がどうのというタイプではなく、ピートとマフの軽快なグルーヴに乗ったスティーヴのギターソロがお楽しみです。わたしは好まないのですが、クラプトンのファンは、ブルーズブレイカーズ時代の彼と、このへんのウィンウッドを比較されてみると面白いのではないでしょうか。SDGがロンドンにくると、クラプトンはギターを持ってマーキーに出かけ、スティーヴに挑戦していたそうですが(押しのけられたスペンスはおおいに迷惑したでしょうが!)、ビリー・ストレンジとトミー・テデスコがしばしばよく似たリックを弾くように、クラプトンとウィンウッドも、張り合っているうちに、結局、似たようなプレイをするようになってしまったように、わたしには感じられます。

◆ Together Till the End Of Time ◆◆
f0147840_164083.jpgEvery Little Bit Hurtsにつづく、ブレンダ・ハロウェイのカヴァー。アル・クーパーとマイケル・ブルームフィールドも、Live Adventuresでこの曲をカヴァーしていますが、これはブレンダ・ハロウェイ盤のカヴァーではなく、明らかにSDG盤をベースにしたレンディションです。アル・クーパーはスティーヴ・ウィンウッド応援団アメリカ支部長とでもいうべき存在で、初期からしばしばウィンウッドの曲をカヴァーしています。Together Till the End Of Timeも、SDGのアレンジを踏襲したにちがいありません。

この曲に関しては、スティーヴ・ウィンウッドのスタンドプレイではなく、バンドとしてのSDGのパフォーマンスが好ましく、楽曲の潜在的魅力をうまく引き出したバランスのよいヴァージョンだと感じます。この曲でのウィンウッドのオルガンの使い方が気に入って、アル・クーパーはカヴァーする気になったのでしょう。ブレンダ・ハロウェイ盤にはオルガンはありません。

★ ◆ ★ ◆ ★ ◆ ★ ◆ ★ ◆ ★ ◆

できるだけ簡単に、短期間で書き上げようと努力はしているのですが、なにしろ相手は名にし負うスティーヴ・ウィンウッド、はなから簡単に片づく道理がありません。しかも、スティーヴ・ウィンウッドのキャリアのアウトラインを描くつもりはなく、たんなる埋め草として一曲だけとりあげるつもりだったので、なんの準備もしていなくて、舞台裏は七転八倒の火の車になっています。

資料を読んだり、オリジナルをそろえたり、いろいろ準備作業が多いため、昨日は休業とせざるえなくなりましたが、今後も毎日更新というわけにはいかず、調べもののための開店休業があるかもしれません。しかし、The Roots of Steve Winwoodという編集盤が編めるくらいの材料はそろいつつあるので、そちらのほうも刮目してお待ちあれ。

次回は「疑似ライナー」の後半です。
[PR]
by songsf4s | 2008-08-26 23:57 | スティーヴ・ウィンウッド
Georgia on My Mind by the Spencer Davis Group
タイトル
Georgia on My Mind
アーティスト
The Spencer Davis Group
ライター
Hoagy Carmichael, Stuart Gorrell
収録アルバム
Eight Gigs a Week
リリース年
1966年
他のヴァージョン
Ben Webster, James Brown, the Righteous Brothers, Ray Charles, Ray Charles & the Count Basie Orchestra, the Three Suns, Earl Grant, Kai Winding, Paul Weston, The Four Knights, Lou Rawls, Willie Nelson, Peter Cook, Van Morrison
f0147840_23591119.jpg

当地はこの三日ほど涼しい日がつづき、やれやれと一息ついています。しかし、人間というのはどこまでも身勝手なもので、こうなると、夏が終わってしまうのは惜しいような気もしてきます。ビーチボーイズのAll Summer Longに歌われたような気分ですな。

近所を飛びかっているトンボはほとんどがシオカラで、まだアキアカネは見ません。一昨日、キュウリを収穫しようと菜園に出たら、戦艦の入港のように威風堂々と飛んできたトンボがあり、ムム、何者、とにらんだら、これがギンヤンマ! 子どものときは、このトンボがどれほどほしかったことか。長いあいだ見ていなかったので、直立不動、最敬礼の気分で目送してしまいました。

◆ 自家醸造ヴォイス? ◆◆
クリス・ウェルチとスティーヴ・ウィンウッドの共著となっている、Roll with Itというスティーヴ・ウィンウッドの伝記を読み直しているのですが、改めて意外に思ったのは、小さいころ、プレイヤーとしての未来を想像したことはあったけれど、シンガーになるとは夢にも思わなかった、といっていることです。

スティーヴ・ウィンウッドといえば、なによりもまず「あの声」を思い浮かべるのですが、兄のマフ・ウィンウッドによると、スティーヴは「意識的にあの声を自分で作り上げた」のだそうです。

f0147840_04428.jpg自分の声を自分でつくる、なんてことができるだろうか、と思うのですが、スティーヴ・ウィンウッドというのは、どこまでも常人とは異なるような気もするので、半信半疑ながら、ないとも断言できないかな、と思います。印象とは異なり、じっさいには、声の質ではなく、歌い方がレイ・チャールズに似てしまったために、声自体も似ているように錯覚するのかもしれない、という気もします。

意識的にブラック・シンガーの歌い方を真似たのか、という質問に対し、ウィンウッドはこう答えています。

「答はイエスだけれど、意識的にその方向へと自分を鍛える必要はなかった。変声期よりまえの早い段階でブラック・ミュージシャンを聴くようになり、まさに変声期にさしかかった十三歳のときに歌いはじめたからだ」

スティーヴは意識的なものではないといっているものの、基本的にはマフの説を言い換えただけのことで、ブラック・シンガー、とりわけレイ・チャールズのレコードに合わせてシングアロングしているうちに、あの声に「なってしまった」といっているように読めます。とりあえずは、筋肉をつくるように、人工的に声をつくることもできるのかもしれない、ということにしておきましょう。

◆ 再掲トラック・リスティング ◆◆
さて、本日は、昨日申し上げたように、自家製ベスト・オヴ・スペンサー・デイヴィス・グループの仮想ライナーをやってみます。とうてい一日で終わるはずがなく、三回ほどに分けることになるでしょう。まずは、トラック・リスティングをもう一度掲載しておきます。昨日のリストをすこし修正して、29曲構成としました。

Dimples
I Can't Stand It
Every Little Bit Hurts
I'm Blue (Gong Gong Song)
Here Right Now
It's Gonna Work Out Fine
Midnight Train
It Hurts Me So
Keep On Running
Georgia On My Mind
Let Me Down Easy
You Must Believe Me
Hey Darling
Watch Your Step
Together Till the End Of Time
Take This Hurt Off Me
When I Come Home
Dust My Blues
On the Green Light
Neighbour Neighbour
High Time Baby
Somebody Help Me
I'm a Man
Look Away
I Can't Get Enough of It
Stevie's Blues
Waltz for Lumumba
Stevie's Groove
Blues In F

このブログをはじめてからそんなヒマがなくなってしまったのですが、以前はときおり自家製コンピレーションをつくって、友人たちに配布していました。ベスト・オヴ・グレイトフル・デッドなんか、スタジオとライヴに分け、CDにすると十数枚になるという巨大コンピレーションで、つくるほうは面白かったのですが、受け取ったほうははなはだしい迷惑だったことでしょう。

最後に挑戦しかけて、残念ながら挫折してしまったのが、SDGにはじまり、最近までの全キャリアを網羅したベスト・オヴ・スティーヴ・ウィンウッドの編集でした。トラフィック以後は簡単で、選曲も終わり、疑似ライナーまで完成していました。それなのに、なぜ挫折したかといえば、スペンサー・デイヴィス・グループ時代の選曲が難航し、どうやってもトラック・リスティングを固定できず、したがって、疑似ライナーにも手をつけられなかったのです。なぜ選曲がむずかしいかは、以下の再挑戦疑似ライナーでふれることになるでしょう。

◆ Dimples ◆◆
1964年8月にリリースされた、スペンサー・デイヴィス・グループのフォンタナからのデビュー・シングルのA面で、もちろん、ジョン・リー・フッカーの代表作のカヴァー。

f0147840_0144723.jpgしかし、両方をお聴きになった方ならご存知のように、オリジナルにはまったく似ても似つかないカヴァーです。ブルーズですからね、レンディションによってぜんぜん異なる様相を呈するわけです。わたしはブルーズ大嫌い人間なので、ジョン・リー・フッカーにはまったく興味がないし、改めてフッカー盤を聴いても退屈なだけです(HDDを検索したら、もっていたので自分で驚いてしまった。もちろん、ヴィージェイ・レコードのオムニバスに入っていただけで、わざわざ買ったわけではない)。

フッカー盤とSDG盤のちがいを一言でいえば、オリジナルが泥臭くて鈍くさくてやりきれないカッコ悪さなのに対して、SDGのカヴァーは、きわめてホットなレンディションで、中学2年だったわたしが気に入ったのも当然だと、年寄りになって聴き直しても思います。

それにしても、リリース当時、ラジオでこの曲が流れてきたのを聴いたイギリスの子どもはビックリ仰天したでしょうねえ。いや、まあ、子どもだってボンヤリしたのもいるから、最先端の動きに関心のある子どもとかぎるべきかもしれませんがね。なんといっても、スティーヴ・ウィンウッドのヴォーカル・レンディションに驚くわけですが、それは、このとき彼が十六歳だったからではなく、このシンガーが何歳であろうと、そんなことには関係なく、とにかく、聴いた瞬間、なんだこれは、とギョッとするのです。スティーヴ・ウィンウッドがどういう人間か十分に知っている現在のわたしが聴いてもそう感じるのだから、なにも知らない当時のイギリスのリスナーのなかには、仰天した子どもがいたにちがいありません。

f0147840_0184117.jpgしかし、時代の先をいきすぎていたのか、あるいは、ふつうに聴くには強烈すぎたのか、このシングルはこそりと音をたてることすらなく消えたいったそうです。まあ、新しいものというのは、すぐには受け容れられないものだということでしょう。

もうひとついっておくべきは、イントロからドラムとベースのグルーヴがなかなかいいことです。こういうのは50年代60年代のオーセンティックなアーバン・ブルーズにはないもので、だから子どものわたしはブルーズにはすぐに関心を失ったのです。グルーヴの悪いものは聴いていられません。

◆ I Can't Stand It ◆◆
ソウル・シスターズの64年はじめのマイナー・ヒットのカヴァーで、SDG盤はセカンド・シングルのA面として64年10月にリリースされています。デビュー盤のDimplesがヒットしていれば、こんな短いインターヴァルでセカンド・シングルが出るはずがなく、苦しさがにじみ出ています。

どっちの出来がいいかというと、わたしはDimplesのほうだと思います。それでも、ドラムが不安定なソウル・シスターズ盤にくらべれば、SDGのI Can't Stand Itは、わたしにはオリジナルよりはるかに魅力的に感じられます。

f0147840_0261237.jpg

Dimplesではギターが活躍せず、ハーモニカがオブリガートを入れていますが、I Can't Stand Itでは、ウィンウッドがギタリストしての実力の片鱗のそのまた端っこの小さな小さな破片のそのまた痕跡のそのまた残響を、ほんのチラッと、一瞬だけ、微かにのぞかせてくれています。いや、そんなに強調するほど微少なものではなく、エンディングにかけてのギターとヴォーカルのユニゾンなんか、とうてい高校生の技には思えないものです。でも、これくらいでは、当時のリスナーはウィンウッドのすごさを理解しなかったでしょう。まだ圧倒的とはいえないのです。

◆ Every Little Bit Hurts ◆◆
モータウンLAが最初に契約した地元のシンガー、ブレンダ・ハロウェイが1964年にリリースし、彼女の最初のチャート・ヒットとなった曲のカヴァー。スペンサー・デイヴィス・グループ盤は、1965年1月に3枚目のシングルのA面としてリリースされています。

これまでと同様の路線で、同時代のアメリカのブラック・シンガーのカヴァーですが、ハード&ヘヴィーはダメと見たのか、3枚目のシングルはソウル・バラッド、しかも、スティーヴはギターではなくオルガンとピアノを弾いています。こういう信念に欠ける賭け金の移動は裏目に出ることになっていますが、案の定、このシングルもダメでした。ベンチがアホというべきでしょう。

f0147840_0285493.jpg

しかし、デビューからスティーヴ・ウィンウッドの歌を聴いていた一握りのファンは、Every Little Bit Hurtsで、この少年の底知れぬヴァーサティリティーを知って、またまた驚愕したにちがいありません。わたしがあの時代にイギリスの小学生だったら、家出してでも、バーミングハムまでSDGを見にいったことでしょう。

SDGというバンドのキャリアからいうと、Every Little Bit Hurtsもまた「無駄弾」の「空撃ち」だったかもしれませんが、スティーヴ・ウィンウッドのキャリアからいえば、こういうものがうたえることを知らしめておくのはきわめて重要です。三遊派の真打ちが、好きでも嫌いでも、受けても受けなくても、「鰍沢」や「文七元結」といった圓朝作の人情噺がきちんと演じられることを証明しないと、ホンモノとは認められないのと同じ原理です。Dimplesがうたえるだけでもすごいのですが、同じ人間がEvery Little Bit Hurtsもうたえるとなれば、すごさは幾何級数的に増大し、その演者の存在に厚みと奥行きが加えられるのです。

◆ I'm Blue (Gong Gong Song) ◆◆
アイク&ティナ・ターナーのバック・シンギング・グループ、アイケッツによる1962年のヒットのカヴァーで、スペンサー・デイヴィス・グループ盤は1965年7月リリースのデビュー・アルバムに収録されています。アイケッツ盤はミディアム・スロウで、ちょっとかったるいのですが、SDGはもっとずっと速い軽快なテンポでやっています。

楽曲としてはノヴェルティーに近い感じで、それほど好みでもないのですが、間奏のギターには惚れます。いや、ビックリ仰天するようなプレイをしているわけではありません。しかし、さまざまな芸事にいえることですが、踊りでいえば、「かまえ」が美しく、「立ち姿がつま先までピシッときまっている」のです。

f0147840_039738.jpg

たとえば、上手いドラマーというのは、音を聴かなくても、スネアをヒットするときの左手の使い方、とくに手首の柔軟性を見るだけでわかるものですが、I'm Blueにおけるウィンウッドのギターは、一小節目の第一音からすでに「音の出」がすばらしくて、うまい、と唸ります。投手でいえば「球もちのよい」タイプで、伸ばすべきところはきちんと伸ばしていて、突っ込む気持ち悪さがまったくないことも賞美に値します。

タイムというのは、訓練である程度は修正できるとはいえ、基本的には天性のものであり、十六歳のスティーヴ・ウィンウッドが、だれにもなにも教わらなくても、タイム、グルーヴはどうあるべきかをよく承知していたことが、この間奏のギター・プレイから、はっきりと伝わってきます。このタイムのよさが、プレイヤーとしての彼のヴァーサティリティーを支えたにちがいありません。

◆ Here Right Now ◆◆
デビュー・アルバムに収録されたスティーヴ・ウィンウッド作のブルーズ。推測ですが、リードギターはスペンサー・デイヴィスで、ウィンウッドはピアノとオルガンだけをプレイしたのでしょう。

f0147840_0415069.jpg

この曲での2種類のキーボードのプレイは、I'm Blueのギターほど目覚ましいものではなく、いたって地味ですが、エンディング直前のピアノは一瞬、ハッとさせられますし、レイ・チャールズ風味が濃厚なヴォーカルも、うーむ、こいつは、と唸る味があります。

◆ It's Gonna Work Out Fine ◆◆
アイク&ティナ・ターナーの1961年のヒットのカヴァーで、前出ソウル・シスターズのI Can't Stand It同様、スー・レコードからリリースされたものです。これまでのカヴァー曲のなかで、これがもっともオリジナルの雰囲気を残したレンディションといえるでしょう。

f0147840_0451661.jpg

しかし、ほかの曲にもいえることですが、ドラムのピート・ヨークとベースのマフ・ウィンウッドのプレイはいずれもピシッとしていて、ブラック・ミュージシャンのオリジナルに強く感じる、グルーヴのかったるさはまったくありません。ピート・ヨークはテクニカルなタイプではないし、ミスもかなりありますが、基本的にタイムのいいプレイヤーで、バンドのドラマーとしてはこれだけできれば十分でしょう。

アイク&ティナのオリジナルは掛け合いの面白さを狙ったものですが、スティーヴ・ウィンウッドはおおむねひとりでうたっています。じっさい、それがこのカヴァーのキーポイントで、スティーヴの歌を味わうには恰好のサンプルといえるでしょう。

まだ6曲やっただけですし、しかも、看板に立てたGeorgia on My Mindまでたどり着いてもいないのですが、集中力の限界がきたようですし、時間切れも近いので、本日はここまで、残りは明日以降ということにさせていただきます。
[PR]
by songsf4s | 2008-08-24 23:59 | スティーヴ・ウィンウッド
I'm a Man by the Spencer Davis Group
タイトル
I'm a Man
アーティスト
The Spencer Davis Group
ライター
Steve Winwood
収録アルバム
I'm a Man
リリース年
1967年
他のヴァージョン
Chicago
f0147840_2375480.jpg

先月からつづけてきた60年代の映画TV音楽の話題は当面棚上げにし、昨日書いたように、しばらくはスティーヴ・ウィンウッドのことを書きます。ひょっとしたら、半月ほどかかるかもしれません。本日はスペンサー・デイヴィス・グループ時代のその1です。SDGは一回で片づけようと思ったのですが、ちゃんと書くには50回ぐらいはやらないとダメだとわかっただけでした。まあ、なんとか3回ぐらいにして、ZIPもLHAもRARも目じゃない高圧縮率を目指してみます。

◆ スティーヴ・ウィンウッド60年代国内(非)受容史 ◆◆
最初にスティーヴ・ウィンウッドを買ったのは1967年、スペンサー・デイヴィス・グループの日本編集のベスト盤でした。こんなもののジャケットを掲載しているのはオークション・サイトだけで、それもフラッシュでテカった無惨な写真だけだったので、やむをえず自分でスキャンして合成しました。よって400×400でどうぞ。

f0147840_23121720.jpg
"The Spencer Davis Group Album" front, Philips SFL-7333, Victor Company of Japan, Yokohama, 1967.

ついでにこのLPのトラック・リスティングもご覧いただきましょう。

f0147840_23131283.jpg

ファンなら、一目でこの盤の欠陥がおわかりでしょう。I'm a Manが入っていないのです! もうひとつ、こちらは瑕瑾にすぎませんが、Gimme Some Lovin'は、パーカッション抜きのイギリス・ヴァージョンだし、Somebody Help Meもハモンド抜きヴァージョンなのです。Gimme Some Lovin'のパーカッション・オーヴァーダブド・アメリカン45ヴァージョンはなかなか入手できなくて、ひどく苦労させられました。

まあ、そのような、ファンだけが気にするヴァージョンないしはエディションの異同はふつうの人にとってはどうでもいいことですが、ウィンウッドがその神童ぶりを遺憾なく発揮したアルバム・トラック、Georgia on My Mindが抜けていることはおおいに気に入りません。SDGの編集盤では、この曲は絶対にはずせないでしょう。リーダーのスペンサー・デイヴィスも、ドラムのピート・ヨークも、ウィンウッド少年のもっとも衝撃的な思い出として、この曲におけるスティーヴのヴォーカルとピアノ・プレイをはじめて聴いたときのことをあげています。そりゃそうでしょう。あれにはだれだってひっくり返りますよ。

でも、まあ、当時の日本におけるリリース状況は、そんなものだったのです。英米ではそれなりにヒットしたのに、まったくリリースされなかったものも山ほどあるのだから、まがりになりにもヒット曲をそこそこ収めた編集盤が出ただけで、SDGはましなほうなのです。

まちがっていたら訂正していただきたいのですが、わたしの記憶では、結局、国内では、60年代にはこの編集盤だけしかLPはリリースされなかったと思います。ほかの盤を手に入れるのにひどく苦労したからです。70年代になってもまだ、新宿紀伊国屋ビル2階のコタニで、「あった、あった!」と大騒ぎしてSDGのLPを買った記憶があるくらいでしてね。その後年の編集盤Heaviesも、画像検索ではひどい写真しか見あたらなかったので、うちのをスキャンしてみました。なんともくだらないデザインですが、きちんとしたスキャンは当家にしかないはずなので、400×400でご覧いただきましょう。

f0147840_23145236.jpg
The Spencer Davis Group featuring Stevie Winwood "Heavies" LP front, UAS 6691, United Artists Records, New York, 1971(?).

このHeaviesというLPをいつ買ったかはあいまいで、70年代のはじめだったという記憶があるだけなのですが、ウェブでは、71年リリースとしているオークション・サイトがありました。71年にご本尊のスティーヴ・ウィンウッドがどういう状況にあったかというと、第一次トラフィックはとうの昔に完結し、ブラインド・フェイスすら壊れて、第二次トラフィックに突入し、Welcome to the Canteenがリリースされています。

そんなとんでもない時期になっても、高校生のわたしはまだ、トラフィックを聴く片手間に(というか、受験勉強の片手間にというべきだろうが)、SDGの未入手トラックをおりおり探し求めていたのです。昔の日本に生きるのがどれほどむずかしいことだったか、これだけで了解できるでしょう。ほんとうに大変だったのです。なんでもすぐに手に入る現代のほうがいい、とはかならずしもいいきれませんが、もう一度あの時代に逆戻りしたいかといわれば、「とんでもない!」です。

話は前後しますが、ついでだからはっきりさせておくと、60年代に入手できたSDGのアルバムは二枚だけで、もう一枚は米UAのI'm a Manです。これは近年、サンデイズドがほぼ同じジャケットで、トラックを大量に追加してCD化しています。LPスキャンは勘弁していただき、そのCDのジャケットは本記事冒頭の「箱」のなかに入れておきました。

当時の日本の輸入盤屋に入ってきたのは主として米盤だったことが、わが家のコレクションにはっきりあらわれています。トラフィックも国内盤がすぐに出なくて輸入盤を買いましたが、これまた米UAのモノーラル盤でした(英アイランド盤は曲目が異なるし、ステレオだった)。英盤が入るルートというのは細かったのではないでしょうか。大昔に買った輸入盤はどれもみな米盤です。

f0147840_23414740.jpg

◆ 私家版ベスト ◆◆
今日は朝PCを起動してからずっと、まじめにこの記事の準備をしてきたのですが、もう夜になってしまいました。LPカヴァーのスキャンと合成にも時間がかかったのですが、SDGの全カタログを聴き直し、スティーヴ・ウィンウッドの伝記を拾い読みするのにもっと時間をとられてしまいました。

では、また明日、とここで終わってしまうのも愛想がないような気がするので、今日の全カタログ再検討の結果できあがった、私家版ベスト・オヴ・スペンサー・デイヴィス・グループ・フィーチャリング・スティーヴ・ウィンウッドのトラック・リスティングでもご覧いただきましょうか。

二枚にするとコンプリート・レコーディングス・オン・フォンタナになってしまうので、一枚ものを目指し、25曲入りという想定で選曲したのですが、それでもはみだしてしまいました。曲順に意味はありません。プレイヤーにドラッグしてあった順です。*印をつけたものは、ヴォーカルや総体としてのトラックの出来より、スティーヴ・ウィンウッドによる間奏のギター、オルガン、ピアノのプレイが重要な曲です。

Dimples
Every Little Bit Hurts
I'm Blue (The Gong Gong Song)*
I Can't Stand It
Here Right Now*
It's Gonna Work Out Fine
It Hurts Me So
Keep on Running
Georgia on My Mind
Let Me Down Easy*
Hey Darling*
Watch Your Step
Together Till the End of Time
Take This Hurt Off Me
When I Come Home
On the Green Light*(ハモンド・インスト)
Dust My Blues*(エルモア・ジェイムズ風スライド・ギター)
Neighbour Neighbour*
High Time Baby*
Somebody Help Me(オルガン・ヴァージョン)
I'm a Man
Look Away
I Can't Get Enough of It
Stevie's Blues*
Waltz for Lumumba*(ハモンド)
Blues In F*(スティーヴはハモンドのみで、ギターソロはスペンサー・デイヴィスか?)
Gimme Some Lovin'(アメリカン45ヴァージョン)

次点
Midnight Train
You Must Believe Me

ということで、世間のスティーヴ・ウィンウッド・ファンが憤慨するだろうなあ、という選曲になってしまいました。ヴォーカルより、ギターやオルガンのプレイのディテールを重視した結果、一般的とはいいがたい選曲になってしまったのです。明日以降に、この仮想ベスト盤の仮想ライナーのようなものを書くことにします。

それから、みなさまにはどうでもいいことですが、このブログをはじめて以来の念願だったスティーヴ・ウィンウッドの記事を書くことを記念して、「スティーヴ・ウィンウッド」を1カテゴリーとして登録しました。それくらいの価値はある人です。

f0147840_2343077.jpg
The Ron Atkinson Band of Birmingham in 1956. Eight years old Steve Winwood on lead guitar, with his brother Muff on rhythm guitar (back row) and his dad James on tenor sax.

[PR]
by songsf4s | 2008-08-23 23:55 | スティーヴ・ウィンウッド
We're Lookin' by Steve Winwood
タイトル
We're Lookin'
アーティスト
Steve Winwood
ライター
Steve Winwood, P. Goodwin
収録アルバム
Nine Lives
リリース年
2008年
f0147840_22371721.jpg

「神童も二十歳すぎればただの人」といいます。たんにほかの人間より成長が早かっただけにすぎず、特別な才能をもっていたわけではない、という凡人のひがみ丸出しの警句です。

ポップ/ロック/R&Bの世界にも、神童といわれた人間はそれなりにいます。ビリー・プレストン、フランキー・ライモン、リトル・スティーヴィー・ワンダー、マイケル・ジャクソンなんてあたりが一般的に想起されるのではないでしょうか。わたしにいわせると、このなかで「神童に近い」のはビリー・プレストンだけ、あとは「才能のあるお子さまタレント」といったあたりでしょう。

エルヴィス以降のロック・エラにおいて、ほんとうに「神童」の名に値するのは、スティーヴ・ウィンウッドただひとりでしょう。そして本日は、その1948年生まれの神童が、還暦後にリリースした最初のアルバムのお話です。

◆ You're sixteen and now you're sixty! ◆◆
十六歳のスティーヴ・ウィンウッドではなく、六十歳のスティーヴ・ウィンウッドを聴く日がくるとは、じつにもって驚天動地、意外千万です。長く生きると、人間、いろいろな目に遭うものですなあ。六十歳のスティーヴ・ウィンウッドですよ、これに呆れなくて、なんに呆れるというのですか。ウィンウッドに夢中だった中学生時代のことを思うと、なんともはや、いうべき言葉を失います。

f0147840_22421242.jpg
スティーヴ・ウィンウッド、六十歳!

呆れてばかりいてもしようがないから、スペンサー・デイヴィス・グループ時代、芳紀十六歳の神童がうたうEvery Little Bit Hurts(ブレンダ・ハロウェイの曲のカヴァー)を久しぶりに聴いてみました。うーん、やっぱり、十六歳の少年のピアノと歌である、といわれるよりは、六十歳の大ヴェテランの歌とピアノである、といわれるほうがまだしも納得いくかもしれません。なんたって神童ですからね、とうてい子どもとは思えないことをやっていたのです。

歌もすげえもんですが、ピアノも老成しています。ギターだって、大人になってからより子どものころのほうが面白かったような気がしていたのですが、改めてデビュー盤のI'm Blue(アイケッツの曲のカヴァー)の間奏なんか聴くと、やっぱり、時代の尖端を行くプレイをしていたことが確認できます。ちょっと歪ませるところがコンテンポラリーなのです。

f0147840_22441389.jpg
スペンサー・デイヴィス・グループ。もちろん、左端の少年がスティーヴィー。

で、六十歳のウィンウッドはどうかというと、うーむ、言葉の選択がむずかしいのですが、「悪くない」し、「不快な」音でもありません。じっさい、たとえば、Higher LoveだのRoll with Itなんかにくらべれば、ずっといいのではないかと感じます。近ごろのミック・ジャガーのような老醜無惨にはほど遠いし、「いつまでもギラギラしていたい」なんていう惨めったらしい望みはまったくもっていないことがよくわかる、ほうっておいたら自然にこうなった、という雰囲気の穏やかな「枯れ」ぐあいはけっこうだと思います。

しかし、ここが神童だった人らしいところだと思うのですが、十六歳と六十歳のあいだに極端な落差がないのです。なるほど、神童の還暦は、やっぱり凡人とはちがうな、と感銘を受けます。なんにも知らない人に、バックトラックを消して、声だけを聴かせたら、十六歳のI Can't Stand Itは三十歳の録音、六十歳のWe're Lookin'は三十七歳の録音ぐらいに思うのじゃないでしょうか。それくらいのささやかなちがいに感じられます。

◆ For old times' sake ◆◆
声だけ聴いていると、十六歳と六十歳の区別が不明確なシンガーですが、アルバムNine Livesには、十六歳と六十歳の区別をはっきりさせたいというファンのために(まさかね)、DVDが付いています。うーん、たしかに年をとったなあ。これなら十六歳とまちがえる憂いなしと保証できます。

しかし、歌やプレイより、しゃべり方のほうに年齢を感じます。昔はそんな風には感じなかったのですが、もろのジョンブルのしゃべり方で、おいおい、です。ファン気質ゼロの人間なので、音しか聴かず、芸能誌的話題にまったく興味をもたないために知りませんでしたが、いつのまにかナッシュヴィルからイギリスに戻っていて、そのためによけいにそう感じるのでしょうが、BBCのアナウンサーのしゃべりをきいているようで、イギリス人のアクセント丸出しに感じます(まあ、イギリス人だから、当たり前なのだが!)。年をとると、どこかに地が出るものですが、ウィンウッドの場合、話し方のアクセントだったようです。

f0147840_22534154.jpg

地が出るといえば、サウンドにもそれは感じます。Higher Loveがヒットしたとき、ものすごくイヤな気分になり、ウィンウッドとの長い縁もこれまでと見切り、以後、遠ざかりました。自分固有の音ではなく、その時代の音でつくった音楽、市場に合わせたサウンドだと感じたのです。

彼がそういうタイプのミュージシャンなら気にしませんが、ウィンウッドほど市場を無視したシンガーはいないといっていいほどで、スペンサー・デイヴィス・グループ時代をのぞけば、ヒットをほしがったことは一度もなかったという印象をもっています。どんなときにも、つねに自分がやりたい音楽をやっていたのです。それが、あのダンス音楽ですからねえ、なんだってスティーヴ・ウィンウッドが時代に媚びなきゃならんのだ、と大立腹でした。

じつは、それっきり盤は買っていません。最近になって、その後のアルバムをひととおり聴き、前作、2003年のAbout Timeから持ち直していたことがわかりましたが、まあ、そのへんはどうでもいいのです。ファン気質とは無縁なので、かつて好きだったからというそれだけの理由で、興味を感じないものまで義理で聴いたりはしないのです。

f0147840_2258283.jpg

しかし、六十歳のウィンウッドともなれば、さすがにいくぶんか心が動きます。中学時代、スティーヴ・ウィンウッドとリック・デリンジャー(あのころはまだゼーリンガーという苗字だったが)の二人は、自分に年齢が近いという理由で、特別な存在に感じていたのだから、年をとると、やはり、そのことを思いだすのです。

Nine Livesのサウンドづくりには、60年代育ちの地が出ています。低音部が薄いのです。いまどきのお子さんたちは、なんでもかんでも厚ければいいと考えているらしく、わたしのような60年代育ちには、低音部が不必要なまでに、いや、不快なまでに厚くつくられていますが、かつては、物理的にむずかしかったせいもあって、現在のように極端に低音を持ち上げることはありませんでした。

Nine Livesの低音部は、フット・ベースを使っているせいもあって、60年代的な薄さ、軽さになっていて、われわれのような年寄りも安んじて楽しむことができます。ベースのみならず、ドラムのバランスも、スネアが他のすべてを圧するような現代的なものではありませんし、キック・ドラムやフロアタムが爆音をたてることもありません。昔のように、控えめなバランシングになっているのです。

全体としてのサウンドの印象、わけても低音部のバランスに気を遣わないミュージシャンはぜったいにいないので、これはウィンウッドが意識的に選択した軽さにちがいありません。そして、彼が意図したであろうとおり、60年代育ちのわたしは、「ああ、昔の音だ」とストレートに反応したというしだいです。六十歳になったプレイヤーにふさわしいサウンドだと感じます。

f0147840_2305228.jpg

◆ Back in the High Life (of the 60s) ◆◆
とはいうものの、スティーヴ・ウィンウッドがすごかった時代の盤と同じ平面で比較して、このNine Livesをどのへんにランクするかというと、やっぱり圏外、着外、順位つかず、でしょう。半世紀近い義理があるので、いくぶんは聴く意味があるかもしれないけれど、それ以上のものではなく、親戚友人およびわたしのようなアホ馬鹿ファン以外は聴かなくてもいいアルバムでしょう(それにしては、アメリカでのリリース直後の売れ行きはすばらしかったそうで、現代アメリカ音楽の低迷ぶりが如実にうかがわれる。有力者不在の繰り上げ当選)。

A cat has nine lives「猫は九つの命をもつ」といいます。高いところから落ちても、転びもせず、すっくと立ってケガひとつしないあたりから、猫はどんな危険な目にあっても無事に切り抜けると考えられたのでしょう(じっさい、わが家で昔飼っていた三毛は、仔猫のときに二階の窓から下の歩道に落ちたが、まったくなんともなく、あれには当人、いや、当猫も含めて、うちじゅうビックリ仰天した。なにが起きたのかわからなくて、呆然自失している猫の顔というのは、後にも先にもあのとき一度しか見たことがない)。「好奇心は猫をも殺す」という諺は、九つの命をもつ猫ですら命を落とすほど、好奇心は危険だということをいっているわけです。

DVDを見るかぎり、現在のスティーヴ・ウィンウッドが猫を飼っている様子はなく、二匹の犬と田園地帯を散歩しているショットが出てきました。猫にこだわったアルバム・タイトルではなく、しぶとく生き延びるよ、という宣言なのでしょう。

中学のときから聴いていて、いまも現役続行中なのは、レイ・デイヴィーズ、ヴァン・モリソン、スティーヴ・ウィンウッドの三人だけになってしまった(いや、ポール・マッカートニーやリンゴ・スターもあげるべきかもしれないが、この数十年、なにをしているのか知らない。また、もう引退したと思っていたフィーリクス・カーヴァーリエイレイも、最近復活したそうだが、音はまだ聴いていない)ので、このへんの人たちは、面白くてもつまらなくても、最後まで見届けようかという気に最近はなっています。

還暦のウィンウッドかあ、といくぶんか感慨があったので、チラッとその話を書いておしまいと思ったのですが、やっぱり、聴くべきは六十歳のウィンウッドではなく、十六歳のウィンウッドだという感を深くしました。よって、あといくつか、もっとずっとすごかった時代のウィンウッドの曲を取り上げようと思います。次回は神童ぶりを遺憾なく発揮したスペンサー・デイヴィス・グループ時代の曲です。

f0147840_2361163.jpg
スティーヴ・ウィンウッド(右)のホーム・スタジオを訪問したかつてのSDGのドラマー、ピート・ヨーク。Nine Livesもこのスタジオで録音された。

[PR]
by songsf4s | 2008-08-22 23:17 | スティーヴ・ウィンウッド
Breezin' by Gabor Szabo
タイトル
Breezin'
アーティスト
Gabor Szabo
ライター
Bobby Womack
収録アルバム
High Contrast
リリース年
1971年
他のヴァージョン
Geoge Benson
f0147840_23491153.jpg


「おれは、古いんで損したのは清盛の溲瓶と、そいから岩見重太郎のわらじだけだ」――古今亭志ん生「火焔太鼓」

ぎっくり腰にかかると、ひどいときにはその場に釘付けにされたようになって、それっきり動けなくなるという話をきいたことがあります。ぎっくり腰ではありませんが、十日ほど前、わたしも、「それっきり動けない」というのを経験しました。

幸い、寝転がって読書をしている最中にきた発作だったので、寝るのに困る場所ではありませんでしたが、ものすごい眩暈に襲われたときには、ただ、うわ、やばい、今度こそ、はい、それまでヨか、と思いました。

しかし、即死もせず、気も失わず、ただ悪寒、悪心、異常発汗、心悸亢進、過呼吸といったいつもの症状と闘うだけの発作とわかると、枕から頭を一センチ持ち上げることすらできない完全無力状態に意識がいき、こう思ったのです。

「このまま動けないと清盛の溲瓶だ」

f0147840_23535478.jpgいや、ふつう、ただ溲瓶〔しびん〕といえばいいわけで、「清盛」は不要です。それがただの溲瓶ではなく、「清盛の溲瓶」になってしまうのだから、いかにしつこく「火焔太鼓」を聴いたか知れようというものです。まあ、『平家物語』に出てくる清盛の死に様がひどいことも頭の片隅にあるわけですがね。志ん生が「清盛の溲瓶」というくすぐりを考えたときにも、『平家物語』が頭にあったのでしょう。

結局、その場で即死することもなく、数時間、寝たり醒めたりしてじっと耐えているうちに、しだいに頭を持ち上げることぐらいはできるようになり、溲瓶のお世話になることもなく(そもそも、そんなものははなからないので、たとえ必要になっても、どうにもならなかったのだが)、五時間後には、這ってトイレにたどり着きました。

で、もうすっかり健康かというと、そのへんはあやふやです。十日ほど前に、再度発作があるまでは、順調に快方に向かっていると思っていたわけで、今回も、だいぶよくなったと思った瞬間、また「その場に釘付け」にしてかつ「清盛の溲瓶」にならないという保証はありません。じっさい、百パーセントの健康体という自覚はまったくなく、どちらかというと、いまだ療養中の身と思って毎日を過ごしています。

でもまあ、音楽を聴いたり、タイプをしたりといったことも、長時間でなければできるようになったので、そろそろ、ゆっくりとブログも復活させようと思います。寝込んでいるあいだは、ログインもせず、ただときおり開いて、ぐあいの悪いコメントが書き込まれていないかチェックしていただけですが、数日前、久しぶりにログインして、アクセス数を見たら、毎日更新していたときとあまり変わらぬ数字でした。こういうのを見ると、早く再開しなければと焦るので、ログインしなかったのですけれどね。ともあれ、亭主留守中も訪問してくださったお客様方に厚く御礼申し上げます。

◆ ケルトナー、ウォマックの非ジャズ的ガッツ ◆◆
強烈な発作に襲われた日に取り上げようと思って、資料を読んで準備していた曲には錯雑した背景があるので、それは棚上げにして、今日は楽な曲、例によって「いまよく聴いている曲」を、ということで、ガーボウア・サボーのBreezin'を軽くやって、早々に退散しようと思います。

例によって、わたしはサボーのギターには関心がなく、前回のBacchanal同様、ジム・ケルトナーのドラミングを聴いているだけです。いや、ケルトナーのドラミングだけにかぎれば、ほかの曲のほうがいいのですが(たとえばAmazonやFingersやJust a Little Communication)、Breezin'は、ジョージ・ベンソンのカヴァーで人口に膾炙しているし、夏向きでもあるような気がするので、これを看板にしました。

そもそも、当家のサボー=ケルトナー・シリーズは、Bacchanalでのケルトナーのドラミングがすさまじいので、ほかのサボーの盤でのプレイはどうなっているのだ、という好奇心からはじまったことです。Bacchanalのつぎにケルトナーが参加したサボーのアルバム、1969はまったくの期待はずれ、ケルトナーはぜんぜん活躍していませんでした。

f0147840_23565010.jpg

そして、本日取り上げる1971年のアルバム、High Contrastは、Bacchanalと1969の中間ぐらいの感じです。Bacchanalほど派手には叩いていませんが、この時期のケルトナーのポップ/ロック系セッション、たとえばニルソン(Without You)やジョン・レノン(Imagine)のときほど、スパルタ的地味地味プレイの極北でもなく、ほどほどに活躍していて、なかなか楽しめます。

High Contrastというアルバムのもうひとつの魅力は、Breezin'をはじめ、楽曲の提供もしているボビー・ウォマックのセカンド・ギターです。Fly Me to the Moon その1 by Bobby Womackのときにもチラッとふれたように、ボビー・ウォマックという人は、ギター・プレイもなかなか魅力的で、興味深い歌伴をすると思っていましたが、ギター・インストという文脈でも面白いバッキングをしていて、いささか感銘を受けました。

f0147840_23593159.jpg

これでリードが面白ければいうことがないのですが、そこはよくしたもので、この盤でもサボーのプレイは、ガッツもなければ、目覚ましいパッセージの一小節もなく、退屈の極みです(そもそもギブソンJ-160Eをアンプに通さないでほしい。わたしはこのギターを持っているが、1ピックアップで、しかも、サウンド・ホールのネック側の脇に取り付けられているため、アンプに通してもつまらない音色にしかならない。ジョン・レノンがそうしたように、アコースティックとしてコード・ストロークに使うべきギターである)。危うくヘナチョコ根性なしフュージョンに堕すところを、ウォマックとケルトナーのガッツあふれるプレイが救っています。だいたい、この手のふやけたジャズ系ギターインストは大嫌いなので(ストレートなジャズは嫌いではないが、ロックに色目を使ったものにロクな代物はない)、ケルトナーじゃなければ、はじめから聴いたりしません。

◆ すまじきは宮仕え哉 ◆◆
ハル・ブレインも好きだし、好調のときにかぎれば、ジム・ゴードンはそれ以上にすごいと思いますが、ジム・ケルトナーというのはなんとも不思議な人です。いや、もちろん上手いことは間違いありません。手はそこそこ動くけれど、フィルインで走る、突っ込むのタイムおそ松くんジョン・グェラン・タイプでもなく、きわめて正確なプレイをします。

じゃあ、どこが不思議かというと、「叩かない」ことです。すくなくとも70年代中盤までのジム・ケルトナーは、無茶苦茶に正確なタイムに裏打ちされた端正なグルーヴを提供するだけで、ハル・ブレインやジム・ゴードンのような、派手なフィルインはめったに叩かなかったのです。ジョン・レノンの盤における彼のプレイはその典型です。

もちろん、プロフェッショナルは仕事の種類に応じてスタイルを使い分けますが、ジム・ケルトナーは極端な地味好みでした。ほぼ同じ時期にスタートしたジム・ゴードンのすごさには、デレク&ザ・ドミノーズの段階で気づいているのに、ジム・ケルトナーのプレイですさまじいと感じたのは、ゴードンより遅れること十年、ライ・クーダーのBorderlineでのことです。鷹がいかに巧妙に爪を隠していたかわかろうというものです。

f0147840_043790.jpg

70年代終盤にいたって、なにか心境の変化が起こり、羊の皮をかなぐり捨て、狼の本性を顕すことにした結果が、Borderlineにおける超絶プレイの連発かと思っていましたが、68年のBacchanalを聴いて、ジャズ系のときは叩きまくっていたことがわかりました。

そして、その3年後、ジョン・レノンやニルソンのヒット曲でプレイし、第一線のポップ/ロック系ドラマーとして活躍しはじめた年に、ジャズ系では、というか、ストイックに叩かなければならない歌伴とはちがう、インストではどのようなプレイをしていたかというのが、このHigh Contrastの興味の焦点でした。じっさいに聴いて、やはり「文脈しだい」なのだということがよくわかりました。そうしてかまわなければ、あるいは、そうするほうが適切ならば、やっぱり派手に叩いているのです。

それにしても、すまじきは宮仕え、歌伴になると、みんなストイックになるんだなあ、と思わざるをえません。ケルトナーは地味の極北ですが、それをいうなら、ジム・ゴードンだって、ニルソン(Everybody's Talkin')やグレン・キャンベル(By the Time I Get to PhoenixおよびWichita Lineman)やマリア・マルダー(Midnight at the Oasis。すごいプレイだと思うが、そう思うようになったのは四十をすぎてからのことで、ヒットしていたときにはなんとも思わなかった)のときなんか、無茶苦茶に地味です。

ハル・ブレインだって、シナトラが歌っているときに、派手なフィルインなんか入れませんからねえ。宮仕え、歌伴というのは、そういうものなのです。まあ、Strangers in the Nightのときのハルなんか、ほとんどなにもせず、ひたすら隠忍自重、耐えがたきを耐えるのですが、最後に、健さんと池部良よろしく、ほんのささやかな隙を衝いたフィルインで、ハル・ブレインここにあり、とデカデカと署名したあたり(ブライアン・ウィルソンのCaroline Noのフェイドアウト直前でも、やはり、一瞬のフィルインで「署名」をしている)、やはり、ゴードン、ケルトナーの二人のジムとは、器がひとまわりちがうと感じますが、まあ、ハルは例外、宇宙人ですからね。

◆ Two to Tango ◆◆
以前にも書きましたが、ジム・ケルトナーほど数多くのダブル・ドラムをやったプレイヤーをわたしは知りません。ジム・ゴードンと組んだジョー・コッカーのMad Dogs and Englishmenツアーをはじめ、キース・ムーン、チャーリー・ワッツ、アントン・フィグ(これは最低だったが!)、そしてリンゴ・スターなど、すぐに思いつくだけでも、じつにさまざまなプレイヤーと、さまざまなシテュエーションでダブル・ドラムを組んでいます。

今日、たまたま、リリース以来数十年ぶりに、Concert for Bangladeshを見たのですが、このときのリンゴとのダブル・ドラムは、なかなか楽しめました。ダブル・ドラムというのは不思議なもので、上手いプレイヤーが二人そろえばそれでオーケイとはいきません。ジャン&ディーンのいくつかのトラックにおけるアール・パーマーとハル・ブレインにしても、ジョー・コッカーのときのジム・ゴードンとジム・ケルトナーにしても、文句のない組み合わせのはずなのですが、どうもしっくりこなくて、それぞれ、単独で聴いたほうが面白いと感じます。

f0147840_0141624.jpg

たとえば、グレイトフル・デッドのビル・クルツマンとミッキー・ハートが典型ですが、二人のドラマーのタイムが大きく異なり、そのズレが気になってしかたないことがあります。デッドの場合、片方が正確、片方がすこしearlyなのですが、ジム・ゴードンとジム・ケルトナーのように、どちらも非常に正確なのに、やはりズレが気になる場合があるのだから、わけがわかりません。

Concert for Bangladeshのジム・ケルトナーとリンゴ・スターの場合、リンゴはややearlyで、すこしズレるはずだという先入観があるのですが、意外にもしっくりとおさまっています。タイムのズレが小さいからなのでしょうが、それよりも、もっと微妙なところで、両者の呼吸が合っているせいではないかという気もします。

それから、ケルトナーにもリンゴにも関係がないのですが、久しぶりに聴いて、ほほう、と感じたことがあります。「ハリウッド・ホーン」という臨時の名をあたえられたホーン・セクションが、なんとも気持ちのいい分厚い音を出していることです。Somethingなんか、むむうと唸りますぜ。ジョージが一瞬、笑いそうになっているのは、ホーンが予想外の厚みで攻めてきたので、ギョッとしたのだと思います。

ジョージ・ハリソンはメンバー紹介で、the Hollywood Horn led by Jim Hornというだけで、ほかのメンバーにふれていませんが、じつは、ジム・ホーンがいちばんペエペエで、残りの人たちのほうが大物ぞろいなのです。トランペットは大エースのオリー・ミッチェル、トロンボーンとテナーは、ともにウェスト・コースト・ジャズ時代からの生き残り(このあともさらにずーっと生き残って活躍する)であるルー・マクリアリーとジャッキー・ケルソーですからね。文字通り、ハリウッドのスタジオではお馴染みのレギュラーたちなのです(それがなんだって、NYのマジソン・スクエア・ガーデンくんだりまで出張っていったのか、そこはよくわからないのだが!)。

話をケルトナーに戻します。そもそもダブル・ドラムというのは面白いものではなく、どんなドラマーも単独で聴いたほうが味わいがあります。しかし、しいて好ましいダブル・ドラムをあげるなら、ジム・ケルトナーとミルト・ホランドのコンビではないでしょうか。

f0147840_0154173.jpg

ライ・クーダーのアルバムで、ケルトナーと組むとき、ホランドはほとんどつねにティンバレスをプレイし、トラップに坐ることはありません。でも、二人のドラマーの組み合わせ、ということを考えたとき、まっさきに思い浮かべるのはこのコンビです。タイムのズレに悩まされずに二人のドラマーのコンビネーションが聴いてみたいという方は、ライのParadise and Lunchをお試しあれ。

★ ? ★ ? ★ ? ★ ? ★ ? ★ ? ★

いまだ体力不十分で、明日も状態がいいと予想するわけにはいかないのですが、目下のところは、最低でも二日にいっぺんぐらいの割合で更新をしようと考えています。映画TV音楽に復帰するにはもう数日かかりそうに思えるので、あと2、3曲、今日のように、なにも資料を読む必要がなく、フリーハンドで書けるものを取り上げることになるでしょう。
[PR]
by songsf4s | 2008-08-20 23:57 | Guitar Instro
Batman Theme by the Marketts
タイトル
Batman Theme
アーティスト
The Marketts
ライター
Neal Hefti
収録アルバム
The Batman Theme
リリース年
1966年
他のヴァージョン
TV OST, Neal Hefti, Nelson Riddle, Billy May, Ray Martin, Al Hirt, the Ventures, David McCallum, the Astronauts
f0147840_22511895.jpg

今日の曲、Batman Themeに関するキャロル・ケイのメモが見つからなくて、昨日は図らざるも休みとせざるをなくなりました。おかげで、とんでもない勘違いをしていたことに気づき、Out of Limitsからつづく、このマーケッツ2連打は、なかったことにしてしまったほうがいいことがわかったのですが、一度、公表した記事を削除するのも穏やかではないので、綻びを適当に縫い合わせて書きつなぐことにします。

ともあれ、一日の休業も辞さずに、家中ひっくり返して、ようやく発見した「CKファイル」のこの曲に関するくだりを、まずはご覧いただきましょう。

他に忘れられないセッションとしては、まず(ユナイティッド・レコーダー、スタジオAにおける)マーケッツのBatman Themeがある。この曲のときは、朝の4時にたたき起こされ、スタジオに駆けつけて、この“ホット”なシングルを録音するハメになった。われわれのヴァージョンは、録音したその日の朝10時ごろには、LAじゅうの局で流されていた(わたしはバックアップ・エレクトリックで、あのダブルストップのラインを弾いた。リードはトミー・テデスコだった)。テレビ・ショウのテーマの優位に対抗し、リードを奪うために、とてつもないスピードでリリースしなければならなかったのだが、その作戦は功を奏し、このシングルはおおいに売れたのだった。

録音の数時間後に放送されたヴァージョンは、もちろん製品ではなく、ラフ・ミックスのアセテート盤でしょう。しかし、ここで重要なのは、いちばん最初に電波にのったヴァージョン、という実績です。

具体的に、この「早さの勝負」はどういう経過をたどったかというと、マーケッツ盤Batman Themeは、1966年2月5日付けでビルボードにチャートインします(85位赤丸)。それに対して、作曲者のニール・ヘフティーによるヴァージョン(OSTではなく、レコード・リリース用のリレコーディング・ヴァージョン)は、1週間遅れて、2月12日にチャートインします(86位赤丸)。

この2月12日の時点でマーケッツ盤はどうなっているかというと、69位赤丸です。結局、この差は縮まることなく、マーケッツ盤Batman Themeが最終的に3月19日付けで17位に到達したとき、ニール・ヘフティー盤は35位、両者ともこれがピークで、あとはいっしょに降下していきました。いつもそうだとはいえませんが、Batman Themeに関するかぎり「早い者勝ち」だったのです。

f0147840_23264054.jpg

◆ 名前の所有権 ◆◆
さて、わたしがなにを勘違いしていたかというと、マーケッツ盤Batman Themeのプロデューサーは、いつものようにジョー・サラシーノだとばかり思っていたということです。じっさいには、ディック・グラーサーだそうです。これだけで「サラシーノのキャリアとテレビドラマのテーマ」というわたしのシナリオは崩れてしまったのです。

でも、この勘違いは、弁解じみますが、起こって当然の勘違いで、グラーサーとはどういう意味だよ、説明しろ、説明を、とまだ腹を立てています。なぜかといえば、マーケッツというのは実在しないバンドであり、どこかに存在しているとしたら、それはジョー・サラシーノの頭のなかだけなのです。

サラシーノがバルボアのボールルームで聴いたビートをもとに、Surfer's Stompという曲を書き、こいつで一稼ぎしようとスタジオに入ったときに、マーケッツは誕生しました。このときの録音メンバーは、エドワード・“シャーキー”・ホール=ドラムズ、プラズ・ジョンソン=テナー・サックス、ルネ・ホール=ギターなどで、みなスタジオのプロ、その日だけの「マーケッツ」にすぎません。

f0147840_23431346.jpg
Surfer's Stomp誕生の地、バルボア岬のランデヴー・ボールルーム。

マーケッツによるつぎの大ヒットがOut of Limitsで、ここでもサラシーノのクレヴァーな商売人ぶりが成功の鍵になっています。このときのメンバーは、Surfer's Stompのときとはまったく異なります。ハル・ブレイン、トミー・テデスコ、ジミー・ボンド、リオン・ラッセル、スティーヴ・ダグラスなどのメンバーだと考えられます。

サラシーノは、ライヴのマーケッツは、「その日、プレイできる人間」だったといっています。つまり、寄せ集めのバンドをプロモーション用に放送局やクラブなどに送り出したということです。

ここから読み取れることはなにか? それは、「ザ・マーケッツ」というアーティスト名の法律的所有者は、創造者であるジョー・サラシーノだということです。だから、彼の判断で適宜、マーケッツの名前を使用できたのだ、と考えたのですが、Batman Themeはディック・グラーサーがプロデュースしていることから、この想定は怪しくなりました。マーケッツの所有権は、サラシーノの所属会社にあるか、または、ワーナー・ブラザーズに移っていたのかもしれません。このへんに関する証言は見あたらないのですが、うちにあるもので見るかぎり、Batman Theme以降のマーケッツの盤はすべて(といっても、Tarzanなど、ほんの一握りだが)グラーサーのプロデュースなのです。

ハリウッド音楽界を見渡して、機を見るに敏といって、サラシーノほどうまく立ちまわった人間はいない、という話をするはずだったのですが、なんたることか、Batman Themeのプロデュースはディック・グラーサーだったために、前提が崩れてしまい、その話はTボーンズやラウターズ(ともにサラシーノの創造物)やヴェンチャーズ(一部のアルバムをサラシーノがプロデュースした)とともに雲散霧消してしまったのでした。

◆ 単純化の行き着いたぎりぎりいっぱいの断崖絶壁 ◆◆
すっかり気が抜けてしまい、他のヴァージョンを聴く気も失せました。そもそも、Batman Themeという曲自体、それほど「いい曲」というわけでもありません。ただ、いろいろな意味で重要性はあります。

まずなによりも、その究極のシンプリシティーは特筆に値します。コードは三つ、リフの音も三つ(マーケッツ盤の場合、G-G-F#-F#-F-F-F#-F#をストレートな8分でプレイするのが1小節分、一巡で、これをときおり3度、5度に移動するだけ)、これ以上単純な曲を書くのはむずかしいでしょう(いま思いつくのはMemphis UndergroundとLouie Louieの2曲だが、どれがいちばんシンプルとはいえず、いずれが菖蒲か杜若という実力伯仲の勝負。コード・チェンジがない、ということでMemphis Undergroundがハナの差で勝利か?)。

思いだすのは、ヘンリー・マンシーニのPeter Gunn Themeです。Peter Gunn Themeは、リフ・オリエンティッドなスパイ/クライム・ミュージックの嚆矢となりましたが、この方向を継承したのがJames Bond Themeであり、Secret Agentmanでした。Batman Themeは、この路線を究極まで推し進め、到達したエクストリームといえるでしょう。ここから先はもうないのです。

当然、ギターを手にした中学一年生のわたしは、Secret Agentman同様、この曲のリフも(1音ずらしてオープンAからはじめたが)弾いてみました。世の中には思ったより簡単に弾ける曲もあるのだと思いましたねえ。あの時代の世界中の子どもが、たとえばSatisfactionのリフと同じように、Batman ThemeやSecret Agentmanを弾いたにちがいありません。

◆ 他のヴァージョン ◆◆
この分野のオリジネーターとなったPeter Gunnが、ジャズ系の作曲家、アレンジャーだったヘンリー・マンシーニの作だというのもやや皮肉なことでしたが、その方向を極限まで押し進め、アナーキーなまでに単純な、ほとんど幼児向け音楽のようなものをつくったのもまた、ジャズの作曲家、アレンジャーだったニール・ヘフティーだったのだから、世の中、よくわかりません。

f0147840_2347104.jpg

まあ、「ロック系作曲家」なんていうのはいなかったのだから仕方ないといえばいえますが、つまるところ、テレビや映画の音楽を依頼されるのは、ジャズ系の作曲家だったから、ということでしょう。ゴーフィン=キングとかマン=ワイルとか、そっちの系統の作曲家は、映画テレビの製作者の眼中になかったのだとしか解釈しようがありません(いや、待てしばし、1966年はバットマンの年でもあったけれど、あの番組の年でもあったじゃないか、という意見がございましょうなあ。あれを取り上げるかどうかは、今晩、よーく考えてみます)。

ニール・ヘフティー盤Batman Themeのドラマーはアール・パーマーです。ということは、ほかのメンバーも、いわゆるレッキング・クルーのプレイヤーである可能性が高いということを意味します。これが、「早い者勝ち」のひとつの理由なのです。同じようなプレイヤーの演奏を、同じスタジオで、同じエンジニアが録音する、なんてことになるのだから、上手い下手、録音の善し悪しで差がつく可能性は低く、勝負は早い者勝ちになってしまうのです。だから、マーケッツ・ベンチは「朝まで待てない」と、夜中に強行録音し、数時間後にはLAのDJたちにアセテート盤の配布を終わっていたのです。

f0147840_23475584.jpg
Hefty in Gotham Ciry タイトルからして当然、これもニール・ヘフティーによるバットマン関係盤なのだが、Batman Theme自体は収録されていない。

こういうことはそれほどめずらしいわけではないのですが、各ヴァージョンを眺めると、ハリウッド録音ばかりなことに気づきます。ビリー・メイ、ネルソン・リドル、ニール・ヘフティーというシナトラのアレンジャーたちは、いうまでもなくハリウッド・ベースです。ジャン&ディーン、デイヴィッド・マッカラム、ヴェンチャーズなどもハリウッド、アストロノウツだけは、公式にはアリゾナ録音ということになっています(あまり信用できない。すくなくとも後年になるとまちがいなくハリウッド録音)。

がんばってひととおり聴いてみたのですが、そりゃまあ、ちがうヴァージョンなのだから、ちがうのですが、やっぱり、同じ曲だから同じ、ともいえる、といったあたりで、どれがいいの悪いのとあげつらうほどのちがいはありません。

f0147840_2353737.jpg
f0147840_2353311.jpg

曲調からいって、テンポを落とすわけにはいかず、「うちはスロウ・バラッドでやってみました」なんていう頓狂なヴァージョンもありません。みなアップテンポで、どの程度速いかというちがいしかありません。ネルソン・リドル盤だけは、途中で4ビートを入れているのが目立ちますが、とくにすぐれたアイディアというわけではなく、むしろ、陳腐なアイディアというべきで、他との比較で変わり種であるとはいえるけれど、すぐれているとはいいかねます。

グルーヴのちがいでもあれば話が単純化できるのですが、アール・パーマーが3種類、ハル・ブレインもおなじぐらい、という感じで、上手い人たちがやっているので、とくにひどいものもありません。

f0147840_23535887.jpg

で、結局、「早い者勝ちだ!」というマーケッツ・ベンチの判断は正しかった、ということが証明されたと感じます。実力のちがいでもあればまだしも、しばしばメンバーはダブっていて、ちがいがないのだから、しかたありません!

いま、検索結果を眺め直して思ったのですが、この際、ディッキー・グッドマンのBatman and His Grandmotherなんていうのを聴いてみるのはどうでしょうかね。これがいちばん変わり種のBatmanであることは間違いありません。去年から、なんとかディッキー・グッドマンを取り上げようとしているのですが、チャンスがないまま、ここまできてしまったので、もう理由も必然性もなく、ただやりたいからやるということで取り上げちゃおうかと思わなくもありません。

f0147840_003219.jpg

[PR]
by songsf4s | 2008-08-08 23:54 | 映画・TV音楽
Out of Limits by the Marketts
タイトル
Out of Limits
アーティスト
The Marketts
ライター
Michael Z. Gordon
収録アルバム
Out of Limits
リリース年
1963年
他のヴァージョン
The Ventures, the Challengers, the Pyramids
f0147840_23323145.jpg

本日の曲、Out of Limitsついては、すでにTwilight Zoneの記事で簡単にふれています。ということはつまり、その時点ではこの曲を改めて取り上げるつもりはなかったのです。しかし、よくよく考えると、この曲にある程度の重要性があることは認めざるをえず、明日の記事への「経過音」として、取り上げておくべきだという気がしてきました。したがって、今日の記事は、Twilight Zoneの記事とやや重なることをあらかじめお断りしておきます。

◆ まぎらわしい出自 ◆◆
最初に聴いたこの曲のヴァージョンは、ヴェンチャーズ盤、それもThe Ventures in Space収録のスタジオ録音ではなく、Ventures in Japan Vol.2(定冠詞が抜けているのはわたしの責任ではない。盤にそう書いてあるのだ!)収録のライヴ録音です。そのあとでIn Space収録のスタジオ盤を聴き、ずっと後年、マーケッツのオリジナルを手に入れる、という順序でした。

f0147840_23341484.jpg
Ventures in Japan Vol.2 CDでは「イン・ジャパン」は1枚に統合されてしまったので、このジャケット・デザインも打ち捨てられた。ついでに、再生速度もノーマルに戻したほうがよかったのではないか?

この順序になにか意味があるわけではありません。意味があるのは、1965年に聴いた、ということです。このとき、なにを思ったかというと、1)曲はTwilight Zone(邦題「ミステリー・ゾーン」)のテーマに似ている、2)タイトルはドラマの「アウター・リミッツ」に似ている、3)ドラマの「ミステリー・ゾーン」と「アウター・リミッツ」はよく似ている、4)こうしたもろもろの近縁関係はどういうことなのだ? たんなる偶然なのか、それとも意味があるのか? といったことでした。

Twilight Zoneのときに書きましたが、ドラマのほうは、「アウター・リミッツ」のほうが後発で、1965年にはまだ放送中だったと思います。同じファンタスティックな話柄のドラマ・シリーズですが、「アウター・リミッツ」のほうがSF寄りで、しかも、下品というか、直截でした。いまでも覚えているエピソードに、宇宙からやってきた岩石型の生物が人を襲うというものがありましたが、こういうのが典型的な「アウター・リミッツ」的話柄で、ファンタシー寄りの「ミステリー・ゾーン」は取り上げないタイプのものです。

f0147840_23422130.jpg

いや、そんなことはどうでもいいのです。小学生のわたしは、Out of Limitsという曲が、Twilight Zoneのテーマのリフを利用しているのに、Twilight Zoneというタイトルではなく、Out of Limitsというタイトルになっているのが、なんともまぎらわしく、どうなっているのだろうかと、すごく気になりました。

◆ 商機ここにあり ◆◆
いまにして思えば、マーケッツのベンチ、すなわちジョー・サラシーノの思惑は、まさにそこにあったのだろうと思います。Twilight Zoneのテーマはだれでも知っているが、首尾一貫した「楽曲」とはいえず、シングル・カットのしようがなかった、Outer Limitsは、ドラマはヒットしているのに、テーマはほとんどアヴァンギャルドで、メロディーらしいメロディーもなく、だれにも覚えられない……ここに掘るべき金脈があるではないか、というわけです。

結果として、Twilight Zoneに似た曲と、Outer Limitsというタイトルをそのままいただいた、だれもが、なんとなく、ふたつの大ヒット・ドラマの「両方の」テーマと誤認識するのを妨げる意図をまったく持たないシングルができあがったのでしょう。つまり、誤認識大歓迎、まちがえて買ってね、勘違いして聴いてね、という無茶苦茶な企画なのです。

f0147840_2344167.jpg
左からOut of Limitsの作曲者マイク・ゴードン、ハル・ブレイン、そして、プロデューサーのジョー・サラシーノ

Outer Limitsを放送していたABCから訴訟も辞さずと威されたとかで、Outer Limitsというタイトルは、Out of Limitsに変更せざるをえなくなりましたが(Ventures in Japan Vol.2では、MCはThe Outer Limitsとまちがったタイトルで紹介している)、サラシーノとしては、それくらいは想定の範囲内だったのでしょう。どうであれ、ビルボード3位にまでのぼる大ヒットになったのだから、タイトル変更はなんの害も及ぼさなかったにちがいありません。

ジョー・サラシーノは、いわば「便乗の帝王」です。ニッチを見つけ、金のにおいを嗅ぎわける鼻のよさは、じつにもって天晴れ、見上げたものだよカエルのなんとかです。ふたつのよく似たヒット・ドラマのテーマ曲が、どちらも親しみにくく、ヒットを金に結びつけるのに失敗している、この二つの「両方に同時に」便乗してやれ、なんて、ふつうは思いつきませんよ。ここまでくれば、便乗も芸術、いや、そこまでいかなくても、「技」といっていいでしょう。

◆ 各ヴァージョン ◆◆
ジョー・サラシーノの商売のうまさについては、つぎに予定している曲にも関係があるので、今日はそちらには踏み込まずにおきます。

オリジナルのマーケッツ盤のドラムはもちろんハル・ブレイン、リードギターはおそらくトミー・テデスコでしょう。トミーは譜面どおりに弾いただけで、どうというプレイではありませんが、ハルは派手に叩いています。でも、マーケッツ盤Out of Limitsのもっとも魅力的なところはフレンチ・ホルンだと感じます。

f0147840_2352233.jpg
f0147840_23521566.jpg

チャレンジャーズ盤Out of Limitsも、ドラムはハル・ブレインですが、アレンジにとりたてて工夫がなく、あまり面白いカヴァーではありません。

Penetrationで知られるピラミッズのヴァージョンは、意外に悪くない出来です。かなりパンクなバンドで、タイムなんかクソ食らえという、ひどい出来のトラックがたくさんあるのですが、Out of Limitsは、そこそこまとまっているのです。ドラムがばたつかないのがじつにもって意外千万。キックがやや遅れ気味ですが、けっして突っ込まないのは賞美に値します。

f0147840_2352352.jpg
f0147840_23525259.jpg

ヴェンチャーズは、例のE-G-Ab-Gというリフをやっている楽器(オンディオリン?)のトーンが面白く、そこがいちばん印象に残ります。ライヴ・ヴァージョンについては、とくにいうべきことはありません。

Out of Limitsは、Twilight Zoneのテーマでもなければ、Outer Limitsのテーマでもなく、どんなテレビドラマのテーマでもありませんでしたが、つぎは、ジョー・サラシーノがこんどはまちがいなくあるドラマのテーマ曲で成功する話へと進む予定です。

f0147840_2354340.jpg
こちらは、ドミニク・フロンティアによるホンモノのThe Outer LimitsのOST。まちがってもヒットしたりはしないが、これはこれでなかなか興味深い音楽である。音楽のほうはややハイブロウで、ジャケットとマッチしていないといいたくなるが、ドラマのほうはこういう感じだったのだからやむをえない。

[PR]
by songsf4s | 2008-08-06 23:58 | Guitar Instro
Never on Sunday その2 by Ann-Margret
タイトル
Never on Sunday
アーティスト
Ann-Margret
ライター
Manos Hadjidakis
収録アルバム
Bachelors' Paradise
リリース年
1963年
他のヴァージョン
Don Costa, the Ventures, Al Caiola, Chet Atkins, Charles Magnante, Les Baxter, Herb Alpert & the Tijuana Brass, Henry Mancini, Xavier Cugat, Billy Vaughn, Connie Francis, Petula Clarke, the Chordettes
f0147840_22123826.jpg

すこし体調がよくなってきたので、先々週にその1を書いて、それっきりでペンディングにしてしまったNever on Sundayの始末をつけておこうと思います。

なにしろ、もともとは、日曜日には営業しないという娼婦を主人公とした映画のテーマ曲なので、英語詞も映画を前提としたものになっています。解釈する気力はありませんが、いちおう、ご覧に入れておきましょう。

Oh, you can kiss me on a Monday, a Monday, a Monday is very very good
Or you can kiss me on a Tuesday, a Tuesday, a Tuesday, in fact I wish you would
Or you can kiss me on a Wednesday, a Thursday, a Friday and Saturday is best
But never ever on a Sunday, a Sunday, a Sunday, cause that's my day of rest

Most anyday you can be my guest, anyday you say but my day of rest
Just name the day that you like the best, only stay away on my day of rest

Oh, you can kiss me on a cool day a hot day a wet day which ever one you choose
Or try to kiss me on a grey day a May day a pay day and see if I refuse

And if you make it on a bleake day a freak day or a week day
Well you can be my guest
But never ever on a Sunday a Sunday the one day
I need a little rest
Oh, you can kiss me on a week day a week day a week day
the day to be my guest

要するに、日曜以外ならいつでもオーケイよ、ということを、ああだこうだとこねくりまわして引き延ばしただけの歌詞です。文法破壊で新味を出そうとしているのでしょうが、それが邪魔で日本語に移す気力を殺がれました。

こういう歌詞なので、ペトゥラ・クラークとかコニー・フランシスのヴァージョンは、出来がいいとか悪いとかいう以前に、あまり似つかわしくないと感じますし、アンディー・ウィリアムズにいたっては、この際、男はお呼びじゃねーだろーが、と失笑するのみです。

f0147840_22213280.jpgそういう風に競争率が低い状態で、ジュリー・ロンドン、ボビー・ジェントリーと並んで、子どものころからまったく抵抗できなかった三人の女性歌手のひとりがくるのだから、考えるまでもないのです。歌ものNever on Sundayは、もうはじめからアン=マーグレットで決まり、じつにあっけない勝負です。こういう声をもっていたら、うまいとか下手とかアレンジがどうのサウンドがどうのはいっさい無関係。とほうもなくすばらしい声、ただ聴くのみ、ピリオド。

◆ 残りの各種ヴァージョン ◆◆
アン=マーグレット盤がすばらしい、と書けば、今日の目的は達したので、あとは、疲れたらいつでもやめてよい、「山号寺号」のような切れ場の多い噺でもやるつもりでいきます。

結論からいえば、悪いヴァージョンはありません。どれもそこそこ楽しめます。たんに、Never on Sundayばかりそんなにいくつももっていたってしようがない、というだけにすぎません。

ヘンリー・マンシーニは、The Concert Sound(1964年)と、The Academy Award Songs(1965年)というアルバムで、二度にわたってこの曲をカヴァーしています。純粋なオーケストラ・アレンジの前者のほうが、わたしには好ましく感じられます。後者は女声コーラスがリードをとっていて、凡庸なサウンドです。

f0147840_22344766.jpg
f0147840_22351155.jpg

ハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラスのヴァージョンは、デビュー盤のThe Lonely Bull(1962年)に収録されたものです。したがって、当然ながら、The Lonely Bullと似たような楽器編成で、ややパセティックにやっています。中間でのメロディーの変化のさせ方がちょっと魅力的。以前にも書きましたが、この時期のティファナ・ブラスのドラムはまだハル・ブレインではなく、アール・パーマーです。

f0147840_2236131.jpg
f0147840_22365036.jpg

アル・カイオラは、ギターをレズリー・スピーカーに通してやっています。リリース・デイトがはっきりしないのですが、マトリクスから推測すると、1967年あたりの盤ではないかと思います。インスト・アーティスト、インスト・バンドの存立基盤が脅かされた時代なので、カイオラには似つかわしくないと感じる、レズリー・スピーカーの使用といった変化が必要になったのでしょう。残念ながら、成功したとはいいかねます。

f0147840_22373533.jpgチェット・アトキンズ盤は、1962年のアルバムDown Homeに収録されたもので、アッと驚くハイ・テクニックは控えめに、静かに聴かせるタイプのアレンジです。アルバムの他の曲との関係から、チェンジ・オヴ・ペースとして、そういうタイプが必要になることもあり、そういう事情でこういうアレンジになったのではないかと思います。こういうチェットもいいのじゃないでしょうか。

◆ 意識下に忍びこむグッド・グルーヴ ◆◆
比較の都合から、その1ですでに検討済みのヴァージョンも、今回、改めて聴き直しました。結局、その後、ずいぶんいろいろなヴァージョンを聴いたけれど、いちばん好きなのは、小学生のときによく聴いたヴェンチャーズ・ヴァージョンです。

とくに目立つようなことをやっているわけではありませんが、それをいうなら、どのヴァージョンもみなそうです。さりげなくやるようにできている曲なのでしょう。ほかのヴァージョンを山ほど聴いてヴェンチャーズ盤にもどって、第一に感じるのは、ドラムとベースを中心とした、非常にリラックスしたグルーヴの心地よさです。

f0147840_2239388.jpg

ドラムはハル・ブレインでしょう(アール・パーマーの強い影響下にあるスネア・ワークだが)。派手なことはなにもしていませんが、16分でも走らず突っ込まず、リラックスしたいいグルーヴをつくっています。派手なフィルインも大好きですが、こういうプレイを聴くと、ドラムはなによりもまずグッド・グルーヴを提供することが使命だということを思いだします。

ハル・ブレインが、地味ながらいいプレイをしたおかげで、何十年もたってから、ある夜、ふと、ヴェンチャーズのNever on Sundayは悪くなかった、もう一度聴きたいな、なんて思うのだから、なんでも、手を抜かずに、まじめにつくっておくものだと思います。
[PR]
by songsf4s | 2008-08-05 23:23 | 映画・TV音楽