<   2008年 03月 ( 20 )   > この月の画像一覧
Fools Fall in Love by the Drifters
タイトル
Fools Fall in Love
アーティスト
The Drifters
ライター
Jerry Leiber, Mike Stoller
収録アルバム
Let the Boogie-Woogie Roll: Greatest Hits 1953-1958
リリース年
1957年
他のヴァージョン
Elvis Presley
f0147840_0104428.jpg

四月になにをやるか、というクイズもあるが、当てられちゃうと悲惨だから、なにもいわないでね、とお願いしておいたところ、心優しいTonieさんは、私信で秘かに回答を寄せられました。その回答はずばり「馬鹿特集」。こいつは恐れ入谷の馬鹿当たり、外角低めに外したつもりが、踏み込まれてしまったというところ。予想の当たり外れの「対戦成績」は五分というあたりでしょう。

ということで、今月いっぱい、馬鹿ソング特集をします。題して「愚者の船」。

f0147840_23431815.jpg

ノーマルな四月の曲というのもあるのですが、ほら、April ShowerとかApril in Parisとか、変わり映えのしないスタンダードばかりで、ぜんぜん気が乗らないのです。それに対して、馬鹿ソングのすごいこと、昔から好きな曲がぞろぞろぞろぞろ、どこまでつづくのか、列の尻尾は春霞のなかに消えてわからないほど、大群となって押し寄せるのです。となりゃ、話は決まり、四月の雨もパリの四月も知ったことか、四月は馬鹿にかぎる、です。

しかし、これだけ多いと、選択もけっこうむずかしくて、曲順なんていうのも、いちおう考えることは考えたのですが、疲れたので放棄しました。思いつきで、適当に好きな曲を取り上げます。エイプリル・フールを題材にした曲もあるのですが、秀作汗牛充棟押し合いへし合い満員電車の一般馬鹿ソングにくらべると、下の下のくだらなさなので、すべて無視し、本日からさっそく、ウソはなし、金無垢(音楽の場合、やっぱり「ソリッド・ゴールド」というべきか)の馬鹿ソングに突進します。

以前、Tonieさんと、「世界三大馬鹿ソング」はなにか、という馬鹿話をしたことがあるのですが(これのせいで大当たりされたのか?)、本日は、そのときにもリストアップした、そろいもそろって馬鹿ぞろい、ちがった、そろいもそろって秀作ぞろいの馬鹿ソングのなかでも、昔から大好きなFools Fall in Loveです。

◆ スターダスト・メロディーをうたえば ◆◆
それでは歌詞の検討に移ります。ドリフターズ盤とエルヴィス・プレスリー盤では異同がありますが、ここではオリジナルのドリフターズ盤にしたがいます。

Fools fall in love in a hurry
Fools give their hearts much too soon
Just play them two bars of "Stardust"
Just hang out one silly moon
Oh, oh, They've got their love torches burning
When they should be playing it cool
I used to laugh but now I understand
Shake the hand of a brand new fool

「愚か者はあわてて恋に落ちる、愚か者はひどくあっさり恋をしてしまう、『スターダスト』を2小節もかけてやり、馬鹿げたひと月の付き合いでもすれば、それで十分、ああ、なんてことだ、冷静にならなければいけないときに、愚か者は恋の炎を燃やす、以前はぼくも彼らのことを笑ったものだけど、やっとわかった、パリパリの新米の愚か者と握手してくれ」

なかなか楽しい歌詞で、ノヴェルティー・ソングで売ったジェリー・リーバーだけのことはあります。じつにウィッティーで、ニヤニヤしたり、ゲラゲラ笑ったりで、退屈しません。とりわけ、「スターダストを2小節もやれば」がケッサク。

実証主義精神に則って、「Stardustの2小節」はどれだけの量になるか計量しようとしたのですが、いきなり蹉跌しました。歌いだしをどこにするか判断がつかないのです。最初はナット・コール盤をかけたのですが、これは前付けヴァースありのヴァージョンでした。ビング・クロスビー盤は、例の有名なところからはじまっていて、こちらの場合は「Sometimes I wonder why I sp」で2小節です。歌い方にもよりますが、spendの後半の-endは3小節目にかかってしまうのです。

ザ・ピーナツはうたわなかった前付けヴァースなら、もうすこしマシです。And now the purple dusk of twilight timeまでうたえるので(厳密には、Andはイントロの最後の小節の尻尾なので、nowからうたうことになるが)、意味のあるフレーズになります。「Stardustの2小節」で勝負したい方は、前付けヴァースのほうを選択するべきでしょう。

こういう馬鹿なことをやっているから、時間がなくなってしまうのですが、とにかく、現実には、いくらStardustでも、たった2小節でフォールにもちこむのは、ナット・コールやビング・クロスビーのちからをもってしても不可能だとわかりました。ジョークなんだから、理屈をこねちゃいかんということもよくわかりました! わて、パアでんねん。

moonは、わずか一カ月の付き合いという「月」ですが、Stardustの星の縁語なのでしょうし、恋人たちといえば月は付きものということで出てきたのでしょうが、それにfoolの「縁語」であるsilly「馬鹿げた」がついているところが、リーバーらしいところ。

そういう技巧も使ってはいますが、ソングライターにとってもっとも当たり前で、もっとも重要な手法である、韻を踏んでいないことがこのヴァースの大きな特長です。明らかに意識的に韻を排除しているのです。ティンパン・アリー流のクリシェに対する批判、もっといえば、ロックンロールの「独立宣言」なのではないでしょうか。

これだけ恋人たちを馬鹿にしておいて、最後で、じつは、俺もついに馬鹿の仲間入りだ、よろしくな、というのがまた笑えます。リーバーとストーラーが、アメリカを象徴するソングライター・チームといわれる理由が、このヴァースだけでもおわかりになるでしょう。なんたって、ときには「ロックンロールを創った」とまでいわれる人たちなんですから。

f0147840_23554674.jpg

◆ 希望の楼閣 ◆◆
つづいてセカンド・ヴァース。

Well, fools fall in love just like schoolgirls
Blinded by rose colored dreams
They build their castles on wishes
With only rainbows for beams
Oh! They're making plans for the future
When they should be right back at school
I used to laugh but now I understand
Shake the hand of a bland new fool

「愚か者は薔薇色の夢に目がくらみ、まるで女学生のようにあっさり恋をする、彼らは希望を土台に、虹だけを梁にして城を築く、彼らは学業に精を出さなければいけないときに、未来のプランなど立てている、以前はぼくも彼らのことを笑ったものだが、やっとわかった、パリパリの新米の馬鹿と握手してくれ」

学校に戻らなければいけないときに、というくだりで、この曲がどういう年齢層をターゲットにして書かれたかがわかります。もちろん、年をとってから聴いても、すばらしいものはやっぱりすばらしいのですけれどね。

このヴァースのポイントは「城」のくだりでしょう。当然、castle in the air「空中楼閣」や、castle in the sandないしはcastle made of sand「砂の城」からの連想でしょうが、土台が希望なのはともかくとして、梁[はり]が虹だっていうのが、ヨッ、待ってましたのリーバー節、笑わせてくれます。

このあと、間奏があり、セカンド・ヴァースの後半を繰り返してエンディングとなるので、もう新しい言葉は出てきません。

f0147840_0425953.jpg
コースターズの録音で。左端がジェリー・リーバー、背中を向けているのがマイク・ストーラー。

◆ 昇竜の時代 ◆◆
ドリフターズには、ジェリー・リーバーとマイク・ストーラーが「座付きソングライター」兼プロデューサーとしてついていただけでなく、ドク・ポーマスとモート・シューマンのような一流、あるいはジェリー・ゴーフィンとキャロル・キングのようなもっと若い世代も、活きのいい楽曲を提供したので、すぐれたトラックがたくさんあります。昔、LPでベスト盤を買ったら、12曲すべてが面白く、世にも稀なことと驚きました。

しかし、結局、Under the Boardwalkよりも、Up on the Roofよりも、Sweets for My Sweetよりも、This Magic Momentよりも、On Broadwayよりも、Some Kind of Woderfulよりも、ほかのなによりも、わたしはこのFools Fall in Loveが好きです。明瞭に言語化して提出できる理由があるわけではありません。たぶん、ロックンロールもまだ生まれたて、ジェリー・リーバーとマイク・ストーラーもまだ若く、まさに昇竜の勢い、ドリフターズも若くて無我夢中、というように、すべてが若かったからではないかという気がします。

f0147840_0455194.jpgWhite Christmasのときに、クライド・マクファーターの節回しにふれましたが、この曲(リードはジョニー・ムーア)でも、すごく好きなところがあります。when they should be playing it coolのところです。音符とシラブルの関係からやむをえずそうなったのかもしれませんが、「プレイニット・クール」ではなく、「プレイー・イニット・クール」とうたっているのです。ここが、なんといっても、この曲でハッとさせられるパッセージです。

◆ ロックンロール・ブラシ ◆◆
曲調からしてそうなのですが、バッキングにも、もはや50年代前半ではなく、ロックンロール時代のはじまったことが色濃くあらわれています。残念ながらパーソネルはわかりませんが、ドラムとスタンダップ・ベースのグルーヴは文句なしです。

とくにドラムですね。ずっとブラシでスネアを叩くだけで、フィルインといえるようなものは僅少、タムタムどころか、キックもライドもハイハットすらも使っていない地味なプレイですが、うなってしまう正確さです。名のある人にちがいありません。候補としては、もちろん、リーバー&ストーラー・セッションの常連、ゲーリー・チェスターが筆頭に上がります。

このFools Fall in Loveのブラシは、ジャズのブラシ・ワークとは明確に一線を画した、「ロックンロール・ブラシ・ワーク」と呼んでいいくらい、輪郭のはっきりしたもので、廻すの、こするのと、惰弱な使い道のある道具とは思えないくらいです。この曲は8ビートではありませんが、スピリットとしては、清く凛たるロックンロールなのです。

考えてみると、この時期、「ロックンロール・ビートを発明した男」アール・パーマーはまだハリウッドにたどり着いていなくて、故郷のニューオーリンズで、ファッツ・ドミノやリトル・リチャードのバッキングをやっていたわけで、こういうトラックを聴いたら、早く音楽の中心地に引っ越さなければ、俺の出番がなくなる、と焦ったのじゃないでしょうか。

もうひとつ面白いのはギターの間奏です。メロディーをなぞっただけといってもいいほどシンプルなものですが、2本のギターでハモらせているところがけっこう。目立たない小さな工夫ですが、耳をつかまれます。

この曲のプロデューサーは、アーメット・アーティガンとジェリー・ウェクスラーとクレジットされていますが(エンジニアはトム・ダウド)、どうなんでしょうか。リーバーとストーラーの立場がまだ弱くて、クレジットをもらえなかっただけのような気もします。

f0147840_049991.jpg
ピアノの前にジェリー・リーバー(左)とマイク・ストーラー。右端は社長のアーメット・アーティガン。コースターズの広告より。

彼らは多くの場合、自分たちの曲のレコーディングに立ち会い、マイク・ストーラーはスタジオに下りてピアノを弾き、ジェリー・リーバーはブースで指示を出したそうです。エルヴィスのセッション(リーバーとストーラーはHound DogやJailhouse Rockの作者)でも、彼らは録音に立ち会い、実質的にプロデュースもしたといわれています。

リーバーだったか、ストーラーだったか、「われわれは歌は書かない、レコードを書くのだ」といったそうです。楽曲ができただけでは道半ばどころか、まだ歩きはじめたばかり、サウンドができて、はじめてレコーディッド・ミュージックという商品の価値が決まるのです。彼らがすぐそばにいて、Fools Fall in Loveを「書く」作業に参加しなかったとは思えません。

◆ エルヴィスのカヴァー ◆◆
リーバーとストーラーにとっても意外だったのではないかと思うのですが、この曲のカヴァーはあまりありません。うちにあるのはエルヴィス・プレスリーのヴァージョンだけです。

これだけの材料にだれも目をつけなかったのは、不思議というしかありません。ドリフターズ盤はトップ40に届かなかったのだから、カヴァー盤という「白いハイエナ」が群がってもおかしくないのにと思ったのですが、考えてみると、カヴァー屋というのは、自分では楽曲の善し悪しを判断できず、R&B市場のヒット曲を白人市場に「直輸入」するだけだから、マイナー・ヒットは無視したのかもしれません。チャートは魔物、縁起をかつぐこともよくありますしね。そういうことを気にしないでいい人となると、やっぱりエルヴィスが筆頭でしょう。

f0147840_055533.jpg
Elvis Presley Sings Leiber & Stoller エルヴィスによるリーバー&ストーラー・ソングブック。もちろん、Fools Fall in Loveも収録されている。

ボックスに付されたセッショノグラフィーによると、この曲は66年5月にナッシュヴィルで録音され(昨年取り上げたBeyond the Reefと同じ一連のセッション)、翌67年1月、Indescribably BlueのB面としてリリースされています。

f0147840_1144486.jpg

ドラムはD・J・フォンタナとバディー・ハーマンとなっていますが、4分3連のフィルインは正確なので、ミックスが大きいのはハーマンのほうでしょう。エルヴィスは妙に気弱なところがあったそうで、デビューのときからいっしょにやってきたフォンタナを首にできず、しばしばハーマンと併用していますが、もちろん、頼りにしていたのはハーマンのほうです。だからこそ、60年代に入って、エルヴィスのバッキングに背骨が通ったのです。映画サントラはハリウッドでハル・ブレイン、それ以外はナッシュヴィルでバディー・ハーマンというのが60年代のエルヴィスの基本です。

しかし、そういってはなんですが、67年は「第二の夜明け前」、すなわち、NBCの特別番組による復活の直前なのです。復活前ということは、すなわち死に体ということです。死んでいなければ、復活もできない道理でして。はっきりいって、どん底です。これ以下はない、あとは上昇するか、完全消滅かのふたつにひとつしかない、というくらいの底です。どん底でも、これだけのものができたのだから、やっぱり腐っても鯛といえますが。

f0147840_1212948.jpgそもそも、なんだってこんなにスピード・アップしたのか、そこがよくわかりません。ドリフターズ盤だって、シャッフルといっていいのか、と躊躇うほど高速のシャッフルなのに、それより速いのだから、もうなにがなんだかわかりません。さすがのバディー・ハーマンもやりようがなかったのか、ただバタバタやっています。この速度になったら、ドラマーはメトロノームをやるのが精いっぱいで、それ以上のことを望まれても困ります。ハーマンが悪いわけではなく、その点には同情します。

ただ、ここで思うのは、ドリフターズ盤におけるブラシの使用という選択の正しさです。スティックでやると、この速度ではドタバタドタバタうるさくて、なにをそんなに急ぐ、どうせ最後はみんな棺桶のなか、といいたくなります。どん底のエルヴィスがどうこうという以前に、アレンジ段階での大失策でしょう。

毎度、毎度、エルヴィスが登場するのは、あまり褒められない曲ばかりで、エルヴィス・ファンの方には申し訳ないことと思っています。でも、ほら、どなたもご存知のあの馬鹿名曲があるでしょ? この特集でちゃんと取り上げる予定なので、安心なされよ。
[PR]
by songsf4s | 2008-03-31 23:56 | 愚者の船
Cherry Blossom by Percy Faith
タイトル
Cherry Blossom
アーティスト
Percy Faith
ライター
Percy Faith
収録アルバム
Shangri-La
リリース年
1963年
f0147840_22512114.jpg

昨日今日と、四月の曲の準備に忙殺されていて、なにも更新の材料がありません。こういうときは、しばしばインスト曲に頼っているのは、当ブログのおなじみさんはご存知のとおりです。

そんな場合、ヘンリー・マンシーニはすごくありがたい人で、どれもつねに平均点以上の出来だから、季節に合うタイトルのものをひょいとつまみ出せば用が足りて、過去にも助けてもらったことがあります。しかも、春の曲もちゃんとあるのです。Spring for Hitlerというタイトルです(作者はメル・ブルックス)。出来だって立派なもので、この曲を取り上げなかったのは、またヘンリー・マンシーニかよ、といわれたくなかったためにすぎません。

◆ ほのかなエキゾティカ味 ◆◆
さて、看板にしたパーシー・フェイスのCherry Blossomです。これはちょっとしたサウンドです。この曲だけでなく、Shangli-Laというアルバム全体が、いかにもパーシー・フェイスというスケール感のあるトラックばかりで、わたしが知っているなかでは、最上位にくる出来です。オーケストラというのは、コンボにはない音の広がり、奥行きが命ですが、とりわけ、パーシー・フェイスとマントヴァーニはスケールの人だと思います。

f0147840_22542469.jpgパーシー・フェイスはしばしばツアーに出ていますし、日本にも何度もきていて、それなりにツアー・バンドを維持していたにちがいありませんが、盤の多くはハリウッドで録音されているので、当然、スタジオ・プレイヤーたちの仕事でしょう。このアルバムのメンバーはわかりませんが、ドラムなんか立派なものです。

ハリウッドのオーケストラものの盤の場合、クラシック出身の人がスネアをプレイすることはまずないのですが、それにしては、このスネアはじつにもってカキンカキンの楷書のプレイで、ロールなんか完璧。ジャズ出身の人だとしたら、すごいものだと思います。ジャズ・ドラマーって、ロールをきちんとできないぞろっぺえな人が多いのですが、スタジオ仕事をする人となると、やはり、そこらのクラブでやっているドラマーとはレベルがちがうのでしょう。アール・パーマー(70年代にパーシー・フェイス楽団のドラマーとして来日したことはThe Theme from A Summer Place by Percy Faith and His Orchestraでふれた)なんかも、ロールはきれいですからね。ま、あの人は「セカンド・ラインの国」ニューオーリンズの出身だから、当然ですが。

f0147840_22552835.jpg閑話休題。パーシー・フェイスの場合、ビリー・メイやニール・ヘフティーなどとちがって、グルーヴではなく、シンフォニックな音の広がりで勝負の人なのが、60年代中盤からは、時代の趨勢で、リズムにウェイトを載せなければならなくなっていきます。これはやっぱり苦しくて、70年代のものなど、どうにもなじめません。意味はちがうのですが、ヴェンチャーズなんかでも、60年代後半になるとアメリカでは存在基盤が消滅し(日本には残った)、音自体もどんどん苦しく(馬鹿馬鹿しく、というべきか)なっていくわけで、あの時代、オールドタイマーはみな苦労したなあ、と思います。

パーシー・フェイスもやはり、本来の持ち味だけで勝負できた60年代前半までの録音がよく、このShangri-Laというアルバムには、黄金時代の、そのまたピークで生みだされたものの充実感があります。Stranger In Paradise、Beyond the Reef、The Moon of Manakoora、Return to Paradiseなど、好みの曲をやってくれているのも、個人的にはうれしいところです。

パーシー・フェイス自身が書いたCherry Blossomも、タイトルにふさわしい駘蕩たる雰囲気の横溢した曲で、微妙ながら、日本風味もあります。また、弦のピジカートなどに、ラヴェルのBoleroの影響も感じますが、これは意識してやったことだろうと思います。

先日のエキゾティカ話につづきになってしまいますが、この曲のトライアングルやグロッケンなどのパーカッション・アレンジは、「日本的」雰囲気を表現しようとしたものに思われます。そして、最後にはちゃんと鐘も鳴ります法隆寺。銅鑼ではないし、教会の鐘でもなく、日本の寺にときおりある、高さ数十センチ、径30センチくらい(こういう場合は、一尺というべきか)のごく小さな鐘みたいな音です(それじゃあ半鐘みたいだぞ、といわれると、たしかに強く叩けば「火事だ、火事だ」になりそうな雰囲気もあり)。Cherry Blossomは、このすぐれたアルバムのなかでも、ハイライトのひとつでしょう。

f0147840_225559100.jpg
Percy Faith Plays Koga Melories。こういうのもエキゾティカといっていいのかどうか。この画像を拾った海外の中古盤屋は"Konga" Melodiesと書いていた。古賀政男じゃなくて、近賀政男か! アルファベットで書いてあるんだから、ちゃんとジャケットを見ろよな~。

◆ 色は匂へど散りぬるを ◆◆
四月は、特集をしながら、そのかたわら、桜の曲ももうすこし取り上げようかと思ったのですが、曲をリストアップしてみたら、とうていそんな余裕のないことがわかりました。

なんせ、あまりの数の多さに、スタンダード系はすべてオミットし、ポップ/ロック/ビッグバンド系だけにかぎり、とくに目立つもののみをプレイヤーにドラッグしてみたのですが、それでも160曲ほどになってしまったのです。ヴァージョンが異なるだけのものを統合しても、やはり120種ほどあります。これだけで軽く半年はいけるのですがねえ……。

積み残した桜の曲はそれほど多くありません。プレイヤーにドラッグしてあったものを列挙すると、ニール・ダイアモンドCherry, Cherry、ニール・ヘフティーCheey Point(グッド・グルーヴ)、ムーヴCherry Blossom Clinicおよびその続篇のCherry Blossom Clinic Revisited(じつにもって変な曲で、できれば取り上げたかった)、ジョン・クーガー・メレンキャンプCherry Bomb、ジミー・マグリフ、レイ・チャールズ、ハリー・ジェイムズ、シンガーズ・アンリミティッドなどがやっているCherry、ミッチ・ライダー&ザ・デトロイト・ウィールズPeaches on a Cherry Tree(まだ気が残っている。桃の実が生るころに復活か)、そして、ビリー・ジョー・ロイヤルの「桜ヶ丘公園」、もとい、Cherry Hill Parkです。

f0147840_22575169.jpgCherry Hill Parkは、ポップ・ソングとしてはやや異例の題材を扱っているし、曲の出来もいいし、ビリー・ジョー・ロイヤルは好きだし、桜なんか出てこないけれど、そんなことはどうにでもなる、てえんで、かなりその気になっていました。四月の特集に飽きたら、チェンジアップとして、八重桜のころに持ち出すかもしれません。そもそも、これはニュージャージーのチェリー・ヒルという町の公園のことで、桜もイワシの頭もないのですが。

ボビー・ゴールズボロをすぐに取り上げるようなこともいってしまいましたが、これも、もはやその余裕はないようです。来年のいまごろにはこのブログも休眠しているので(つぎのクリスマスで終わる予定)、もうチャンスはないでしょうから、なにをやるつもりだったのかいっておきましょう。Honeyです。歌詞が長いなあ、とおもっているうちに、チャンスを逸しました。

かくして、なにもきちんと片づけられないまま、問題を積み残して会計年度も新しくなり、当ブログのカレンダーも、否応なしにめくれてしまうのでありました。明日三十一日の夜中の更新から四月の特集に入る予定です。
[PR]
by songsf4s | 2008-03-30 23:25 | 春の歌
Cherry Pink and Apple Blossom White その2 by Perez Prado & His Orchestra
タイトル
Cherry Pink and Apple Blossom White
アーティスト
Perez Prado & His Orchestra
ライター
Louiguy (aka Louis Guglielmi), Mack David (English lyrics)
収録アルバム
Mondo Mambo!
リリース年
1955年
他のヴァージョン
The 50 Guitars of Tommy Garret, the Ventures, Chet Atkins, Billy May with Les Baxter, Eddie Calvert, Jerry Murad, Stanley Black, Michel Legrand, the Fabulous Thunderbirds, the Atlantics, Pat Boone
f0147840_23381850.jpg

一昨日、近所を歩いてみたら、日当たりのいい海岸通りの桜並木はすでに満開寸前で驚きましたが、今日はもう、引っ込んだところの桜もかなりのところまで咲いていました。当地では、三月は暖かい日が少なく、今年はすこし遅めになると思いこんでいたので、ビックリ仰天です。

Cherry Pink and Apple Blossom Whiteのもういっぽうの片割れである、林檎の花というのは現物を見た記憶がなく、いつ咲くのかと思いましたが、桜よりだいぶあとで、四月の終わりか五月のようです。梅、桜、桃、林檎の順ということになります。

ということは、日本では、この両方がいっしょに咲くことは稀でしょう。八重桜は四月中旬ぐらいになるので、関東で桜と林檎がいっしょに咲く可能性があるとしたら、染井吉野ではなく、八重が遅れたケースになりそうです。しかし、北のほうに行けば、染井吉野と林檎が同時に咲く場所があるのかもしれません。青森あたりではどうなのでしょうかね。

ところで、昨夜遅く、北の地から便りがあって、この曲のフランス語タイトルに出てくるpommierは、林檎ではなく、正確には「林檎の木」なのだと教えていただきました。フランス語では、-ierの接尾辞は、しばしば実の生る木を示すのだそうです。でも、マロニエはマロンの生る木のことではない、というところがややこしいのですが、どこの言葉にもそういうややこしさは付きものです。はじめて東京に出てきたとき、「生そば」を「なまそば」といって笑われ、じゃあというので、「生ビール」を「きびーる」いったら、また笑われたと書いていた作家がいましたっけ。

◆ ペレス・プラード ◆◆
それでは各ヴァージョンの検討のつづきにとりかかります。今日は、ほかのものをもってくるわけにもいかないので、ペレス・プラードを看板に立てました。You Tubeにペレス・プラードの映像がいくつかあるので、お持ちでない方もライヴ・ヴァージョンを聴くことができます。

f0147840_2347087.jpg今回、久しぶりに聴いたら、やはり冒頭で尻がむずむずするので、きちんとカウントしてみました。合っていることは合っているようなのですが、どこかズレているというか、こちらのタイム感やノリとはちがうようで、どうもすっきりしません。

考えられる原因は、冒頭が3連に聞こえてしまうということです。じっさいには、シンコペートしてひとつ飛ばした8分音符の5連打、すなわち、冒頭の8分休符と合わせて、ここまでが4分音符3つ分、これにプラスすることの4分音符1打、というプレイなのです(間違いがないように、メモに音符を並べて勘定してしまった!)。これはRock'n'Roll Musicの冒頭と同じです。あれも3連に聞こえてしまいますが、じっさいにはシンコペートした8分の連打です(ということは、チャック・ベリーはCherry Pink and Apple Blossomeを参照してあの曲のイントロをつくったという仮定を示唆している)。

3連のつもりで聴いてしまうと、それでテンポを設定してしまうので、無意識のカウントがズレて、全体が入ってくるところで、その矛盾が顕在化する、そのために、テンポが狂ったように錯覚するのではないか、ということです。

しかしですな、ライヴだと、冒頭の小節のテンポのまま、すっと入っているように聞こえます。考えられるのは、スタジオ録音では、コンダクター以下、全員も目くらましをくらい、微妙にテンポを落としてしまったことに気づかなかったのではないか、ということです。

感覚を狂わせる材料には事欠きません。すなわち、1)冒頭の8分連打の最初の音はシンコペートしていて、小節の頭ではない、2)つぎのトランペットのソロ部分冒頭もシンコペートしていて小節の頭ではない、3)全体が入ってくるまで、小節の切れ目がどこにあるか判明せず、リスナーはその間ずっと判断保留の状態にサスペンドされ、なおかつ、4)トランペッターは意図的にタイムを伸び縮みさせているのです。でも、以上はすべてわたしの妄想のしからしむるところにすぎず、みなさんはべつの意見をお持ちかもしれません。

f0147840_2350423.jpgひとつだけはっきりしていることがあります。他のヴァージョンの冒頭では、カウントしながら、こんなに行きつ戻りつして悩んだりはしないのだから、こちらの感覚とズレのないプレイをしていることになります。ペレス・プラード盤には、やはりなにか魔物が隠れているにちがいないのです。

些細なことに拘泥しすぎているように思われるかもしれませんが、わたしの考えでは、ペレス・プラード盤Cherry Pink and Apple Blossom Whiteが、録音から半世紀以上たった現在も、依然としてその魅力を失わないのは、この非西欧的時間感覚のせいにちがいないないのです。

ヒットした当時は、裏拍を強調するノリも新鮮だったでしょうが、いまの感覚でいうと、それよりも、必要なら自在に時間を伸び縮みさせることのほうが、はるかに大きな特長といえるのではないでしょうか。

結局、どこかで辻褄が合えばそれでいいんだ、というラテン的どんぶり勘定タイムを、ロックンロール小僧的な、キャッシュ・レジスター式タイム感で測量してはいけないということでしょう。1円、2円の勘定が合わないのがなんだ、てなもんです。

◆ 便乗組 ◆◆
ペレス・プラード盤の10週にわたるトップの維持もすごいものですが、もうひとつ、そのモンスターぶりを裏づけるのが、直後に、イギリスではべつのヴァージョンも大ヒットしたことです。それがエディー・カルヴァート盤です。

f0147840_23535362.jpg国がちがうので競作とはいいにくいのですが、追随作、あやかり作、模倣作であることはまちがいありません。だって、聴けばわかりますが、アレンジ自体はなにもいじっていなくて、ほとんどストレート・カヴァーなんです。

その時代にはなにか意味があったのかもしれないし、エディー・カルヴァートはバスに飛び乗っただけで稼いだのだから笑いが止まらなかったでしょうが、いまになると、「偽物も出まわるほどの騒ぎかな」を証明するスーヴェニアの意味しかなく、音楽的には無価値なコピー商品にすぎません。これがバッグだったら摘発されていたでしょう。音楽だからゆるされただけです。

どうも、イギリス人の趣味というのはわからんな、と思ったのですが、よく考えると、日本でもこの種のコピー商品がつくられたにちがいなく、よその国の幼稚さをあげつらう立場にはないことに気づきました。

ジョエル・ウィットバーンの本によると、55年にはさらにアラン・デイルという人のヴァージョンもヒットしてますが、これはうちにはありません。

f0147840_23554166.jpgさらに1961年にも、トップ40には届きませんでしたが、もう一度ヒットしています。こんどはジェリー・ムーラッドという人のハーモニカ・インストです。

これもオムニバス盤に入っていただけで、背景に関する知識はなく、ただそこにある音がどう聞こえるかというだけなのですが、うーん、どうでしょうねえ。こういうのをお好きな人がいるから、マイナー・ヒットしたのでしょうが、わたしにはそれほど面白くは感じられません。ハーモニカのリードと、スタンダップ・ベースおよびアコーディオンによる伴奏というシンプルなもので、しかも、ハーモニカとアコーディオンというのは音質が似ているので、対比の面白味がなく、平板に感じます。

◆ スター・バンドリーダーの共演 ◆◆
ビリー・メイとレス・バクスターの共演盤というのが、Ultra Loungeシリーズの第17集、Bongolandという、ボンゴをフィーチャーしたトラックを集めた盤に入っています。いったいどういう経緯でこういう企画が生まれたのか、そもそも、どういう「共演」なのかもわかりません。ビリー・メイがアレンジし、レス・バクスターがコンダクトした、というあたりでしょうかね。まあ、そのへんは会社やアーティストの商売の都合もあるのだろうから、深く考えずにおきます。

f0147840_011133.jpgで、出来はどうかというと、これはこれで面白いと感じます。いきなり弦のピジカートというのが、おや、と思わせますし、いざヴァースに入ると、リード楽器はなんとマンドリンなのだから人を食っています(後半はストリングスがリード)。ドン・コスタのNever on Sundayの雰囲気を応用してみたというところでしょうか。ま、あれはマンドリンではないようですが。あとのほうにいくにしたがって、ストリング・アレンジメントがいよいよ不思議なものになっていくのも、なかなか楽しめますし、むやみにヴァイオリンにスライドをさせるのも、思わずニヤニヤしてしまいます。

ハリウッドというのは、腕のいいパーカショニストがそろっている土地なのですが(ゲーリー・コールマン、ジーン・エステス、ジュリアス・ウェクター、ミルト・ホランドというぐあいに、資料を見なくてもすぐにぞろぞろ名前が出てくるほど多数いる)、ビリー・メイ=レス・バクスター盤Cherry Pink and Apple Blossom Whiteのパーカッション部隊もすばらしく、その面ではペレス・プラード盤より上ではないかとさえ思います。

f0147840_0114318.jpg

ただ、これはビリー・メイ=レス・バクスター盤にかぎったことではないのですが、ペレス・プラード盤に見られる、「裏拍革命」とでもいうようなエグいグルーヴはありません。パーカッションが活躍しているにもかかわらず、ビリー・メイ=レス・バクスター盤は、あくまでも白っぽいグルーヴ、北米的グルーヴなのです。

◆ ヨーロッパもの2種 ◆◆
f0147840_0222466.jpg今回は、クモの巣を這いまわってもフランスでのオリジナルを発見できなかったのですが、かわりにミシェル・ルグランのものを聴けました。ただし、ルグランは、映画の仕事のせいか、アメリカで録音していますし、このCherry Pink and Apple Blossom Whiteは、イギリス録音なのだそうです。演奏はThe London Studio Orchestraとクレジットされています。名前のとおり、レギュラー・オーケストラではなく、スタジオ・プレイヤーなのでしょう。

前半のリード楽器はトランペットで、プレイも基本的にはペレス・プラード盤のビリー・リージスのラインをなぞっています。しかし、ペレス・プラード盤に似ているのはそこまで。バッキングはシンフォニックなのです。ミシェル・ルグラン盤の賞味のしどころは、そのシンフォニックなところということになりますが、好みは分かれるでしょう。わたしは悪くないと感じました。でも、すごくはありませんねえ、やっぱり。

f0147840_0225280.jpgもうひとつイギリスもの、スタンリー・ブラックのヴァージョンもあります。スタンリー・ブラックのピアノ以外には、スタンダップ・ベース、スラップスティック、カウベル、ティンバレスなどのパーカッションという編成で、ペレス・プラード盤のホットな味の対極にある、クール・ラテンで、これはこれで好ましいと感じます。パーカッション部隊はかなりの腕で、イギリスもナメてはいかん、と思いました。テンポ・チェンジを繰り返すアレンジなのですが、つながりの悪い不自然なところはありません。

◆ ウッと威され、ウッと詰まる客かな ◆◆
マンボといえば、あの「ウッ」という掛け声でしょう。You Tubeでペレス・プラードのライヴ映像を見て、「ウッ」のところで、こちらも、ウッと詰まってしまいました。客に背を向け、バンドに向かってコンダクトしているペレス・プラードが、そこだけ、半分客のほうを振り返り、片手で口を囲って半メガフォンをつくって、わざわざ「ウッ」とやるのです。そうやっていたのかよ、と呆れちゃいました。なんだか、痰でも吐いているみたいで……。

f0147840_027288.jpgいや、そういうことじゃなくて、どうもわざとらしくて、居心地が悪いのです。音だけ聴いていると、だれかパーカッション・プレイヤーあたりが、プレイのついでに、ノリで掛け声をかけているのかと思っていました。カウベルかなんかを叩きながら「ウッ」とやるほうが自然じゃないでしょうか。

それで思いだしたのは、スマイリー小原が、ほとんど客のほうを向いて、「背中で」コンダクトしていたことです。もちろん、実際問題としては、右手の「裏」でコンダクトしていたのですが、コンダクターの役割のなかには、プレイヤーたちの様子を観察ないしは監視することもあるわけで、そこは放棄するのだから、やっぱり「背中でコンダクト」なのです。ラテン・ビッグバンドのリーダーとしては、客に背中を見せるのが居心地悪く、彼はあの独特の妥協的スタイルと、あの不思議な笑顔を生みだしていったのではないかという気がします。

◆ 場違いな、あまりにも場違いな ◆◆
エンディングになだれ込もうと思ったら、スピーカーからパット・ブーンの声が聞こえてきて、いかん、すっかり忘れていた、とあわてました。

でも、みなさんのうちに、この曲にヴォーカル・ヴァージョンがあることをご存知の方がどれだけいらっしゃるでしょうかね。かくいうわたしは、つい最近まで知りませんでした。ラジオで歌ものを聴いた記憶はまったくありません。

f0147840_028367.jpgこれだけインスト曲として有名になってしまうと、ヴォーカル・ヴァージョンはマヌケな冗談みたいなものです。「シャレだよ、ただのシャレだってば」と言い訳されているみたいで、まじめに聴く体勢にはどうしたってなりません。たとえばですね、Walk Don't Runのヴォーカル・ヴァージョンなんてものがあったらどうです? そういう感じなんですよ、パット・ブーンのCherry Pink and Apple Blossom Whiteは。

突然、関係ないことを思いだしました。Telstarのヴォーカル・ヴァージョンというのを聴いたことがありますか? ちゃんと実在するんですよ。いやもう、珍というか奇というか、イマ・スマックがスペース・アウトしちゃったみたいな代物です。怖いもの見たさで一度聴く価値はあると思います。クモの巣のどこかに転がっているはずです。

閑話休題。パット・ブーンのファンなどではありませんが、この曲の出来がとくにきわだって悪いとは思いません(彼のLong Tall Sallyは噴飯ものですが)。ただただ、こちらの頭の回路がインストに固定されてしまっているので、どうしても奇妙に聞こえてしまうのです。うーん、でも、歌が出てきた瞬間、すーっと力が抜けて、生きる気力を失っちゃいますねえ。この場違いなマヌケぶりはどういうことなのでしょう。わたしにはよくわかりません。

◆ ギター曲としてのCherry Pink ◆◆
ペレス・プラードのサウンドが、すくなくとも1955年のアメリカ人リスナーの耳には革命的に聞こえたであろうことは、いまでも容易に想像がつきます。それほどよくできたヴァージョンです。当時の日本人も、このサウンドのエキゾティズムの虜になったことが、いろいろな手がかりでわかります。いまでも、ペレス・プラード盤Cherry Pink and Apple Blossom Whiteの魅力は色褪せていません。

と断っておいたうえでいうのですが、Cherry Pink and Apple Blossom Whiteは、ギター曲として非常によくできていると思います。弾いていて楽しいし、前回のギターもの棚卸しでふれたように、さまざまなアレンジを施せる適応力がこの曲には内在しているのです。

ペレス・プラードの方向では、ペレス・プラード盤を凌駕するものはありませんが、ギターものは話がちがいます。50ギターズもすばらしいし、ビリー・ストレンジの技を楽しめるヴェンチャーズ盤も楽しいし、チェット・アトキンズ盤も捨てがたい味があります。これだけギター曲としてよくできているとなると、わたしの知らないギターものCherry Pink and Apple Blossom Whiteがまだほかにもあるかもしれず、それなら、ぜひ聴いてみたいものと思います。

◆ 夜明け前 ◆◆
ところで、ペレス・プラードの知ったことではないのですが、この曲は歴史的に面白い時期に登場しました。ペレス・プラードがCherry Pink and Apple Blossom Whiteをマンボにアレンジして、最初に録音したのは1951年のことだそうです。しかし、ヒットしたのはそのヴァージョンではなく、1955年の映画Underwaterのための再録音ヴァージョンで、現在、広く出まわっているのはこちらのほうです。

55年ヴァージョンは10週にわたってビルボード・チャートのトップにありました。そして、最終的にこの曲をトップから叩き落としたのが、ビル・ヘイリーのRock Around the Clockでした。つまり、Cherry Pink and Apple Blossom Whiteは、「プリ・ロック・エラ」の最後のナンバーワン・ヒットだったわけで、このつぎの曲からは、歴史のカレンダーがめくれてしまうのです。

もちろん、正反対の立場を取る方々もたくさんいらっしゃるでしょうが、わたしの観点では、1950年代前半は、40年代までのスウィングのグルーヴを失った、やわらかくて甘いものばかりの歯ごたえのない堕落時代、中心軸とコヒーレンスのない「失われた週末」です。ペレス・プラードがアメリカ音楽の惰弱ぶりに強烈なビンタを食らわせ、目が覚めたアメリカは、ビル・ヘイリーのグルーヴを受け容れたのだ、というように読めます。

チャートを見ていて、そうか、ここではじめて、おれが音楽にのめり込む前提が準備されたのだな、なんて思い、なんだか、ペレス・プラードに握手したくなりました。
[PR]
by songsf4s | 2008-03-28 23:55 | 春の歌
Cherry Pink and Apple Blossom White その1 by the 50 Guitars of Tommy Garrett
タイトル
Cherry Pink and Apple Blossom White
アーティスト
The 50 Guitars of Tommy Garrett
ライター
Louiguy (aka Louis Guglielmi), Mack David (English lyrics)
収録アルバム
Maria Elena
リリース年
1963年
他のヴァージョン
Perez Prado & His Orchestra, the Ventures, Chet Atkins, Billy May with Les Baxter, Eddie Calvert, Jerry Murad, Stanley Black, Michel Legrand, the Fabulous Thunderbirds, the Atlantics, Pat Boone
f0147840_22544715.jpg

桜の時季となると、Cherry Pink and Apple Blossom Whiteは、ぜったいに避けられない曲でしょう。いや、嫌いなら、それでもまたいで通るのですが、楽曲としてもよくできていますし、そして、ありがたいことに、いいヴァージョンがたくさんあるのです。

じっさい、看板にできそうなのが数種類もあり、ひさしぶりの長考になりましたが、どなたでも手軽に試聴できるという理由で、50ギターズを選びました。当ブログのおなじみさんには毎度くどくて恐縮ですが、右のリンクからいけるAdd More Musicで、50ギターズのLPをリップしたMP3が公開されていますので、よろしければお聴きになってみてください。CD化はされていません。

いつもならここで歌詞の検討へと移るのですが、この曲はインストゥルメンタルとして有名ですし、英語詞はあとからつけられたものにすぎず、内容もべつに面白いというほどのものでもないので、割愛させていただきます。いや、ヴァージョンが多いので、2回に分けることになるでしょうから、後編で余裕があれば、ざっと見るかもしれません。

◆ 桜の伝播経路 ◆◆
この曲のだれでも知っているヴァージョンはペレス・プラード盤です。これがオリジナルだと思っていたのですが、原曲はフランスもので、オリジナル・タイトルは"Cerisier Rose et Pommer Blanc"というのだそうです。

cerisierという単語は知りませんが、たぶん、cherryに対応するフランス語でしょう。残りは簡単です。etはand、pommerはapple、blancはwhiteだから、英語タイトルはこれを直訳したものとわかります。スペルは知りませんが、日本では「セレーソ・ローサ」のタイトルで知られているわけで、セレーソもまたcherryに対応するスペイン語またはポルトガル語なのでしょう。

f0147840_22591958.jpgこの曲を書いたのLouiguy(ルイーギュとでも読むのか)は、エディット・ピアフの代名詞であるLa Vien Roseの作曲者でもあるそうです。「だれでも知っている曲」といえるほどのものを2曲も書いた人というのは、そうたくさんはいないでしょう。

当然、フランス人と思いたくなりますが、バルセロナ生まれのイタリア系カタルーニャ人だそうです。スペイン人といってかまわないのですが、わが友のカタルーニャ学者によると、カタルーニャ人は自分たちをスペイン人とは考えていないのだとか。

英語の資料でわかるのはこのあたりまでで、この曲の誕生の経緯や、フランスでのヒット/ミスなどはわかりません。わからないということは、伝えるべきほどのことはなにもないということのような気がします。ペレス・プラード盤がモンスター・ヒットにならなければ、だれにも知られずに消えていった可能性が大です。

◆ スナッフ・ギャレットと50ギターズ ◆◆
手続きは終わったので、各ヴァージョンの検討に移ります。今回はギターものを中心にいくことにして、まず看板に立てた50ギターズ盤。50ギターズについては、当ブログではすでに何度か言及しているのですが、検索してリンクを張るのも面倒なので、また繰り返すことにします。

リバティーのプロデューサーとして活躍した、トミー・“スナッフ”・ギャレットという人がいます。ボビー・ヴィー、ゲーリー・ルイス&ザ・プレイボーイズ、ジーン・マクダニエルズなどを通じてご存知の方も多いでしょう。

f0147840_231247.jpgギャレットは、以上のようなネーム・アーティストのもの以外にも、当然、多くの盤をプロデュースしていますが、彼のもうひとつの顔といえるのが「企画盤屋」です。50ギターズ・シリーズはその代表です。ほかには、たとえば、バーバンク・フィルハーモニックなんていうスタジオ・グループ(ドラムはハル・ブレインなので、他のメンバーも想像がつく)もあります。これは、なんといえばいいのか、大昔のブラス・バンドかダンス・バンドのスタイルで、現代(いや、つまり60年代のこと)の曲をやる、というものです。

バーバンク・フィルハーモニックは、The First (Maybe the Last)というデビュー盤のタイトルが示すとおり、1枚で消えたようですが(確証なし。たんにセカンドを発見できないだけ)、50ギターズは、Add More Musicの50ギターズ・ページにおけるキムラさんの解説によれば、20枚以上の盤を残したのだそうで、大成功企画だったことになります。これに匹敵するシリーズはエキゾティック・ギターズ(キムラさん命名するところのEG's)だけでしょう。こちらもAdd More Musicで聴くことができますので、2種のヒット企画の比較なんてことをなさってみてはいかがでしょう。

50ギターズの成功は、アイディアの独創性(まあ、マンドリン合奏のギター版みたいなものなので、きわめてオリジナルというわけではありませんが)とサウンドのよさのたまものだと思います。

◆ 50ギターズ盤Cherry Pink ◆◆
わたしは最初の2枚しかもっていないので、現物のクレジットを確認したわけではないのですが、途中からアレンジャーがアーニー・フリーマン(ボビー・ヴィーをはじめ、ギャレットはしばしばフリーマンを起用している)になり、そのあたりから、サウンドが非常によくなってきたのだと考えています。

キムラさんの解説によると、アーニー・フリーマンがクレジットされるようになるのが、まさにこのCherry Pink and Apple Blossom Whiteが収録されたアルバム、Maria Elenaからなのだそうで、たしかに、さもあらん、という音作りになっています。

f0147840_2331825.jpg
From left to right; arranger Ernie Freeman, producer Snuff Garrett, drummer Earl Palmer. 左からアーニー・フリーマン、スナッフ・ギャレット、アール・パーマー。壁面の吸音材の形状から、場所はユナイティッド・ウェスターン・リコーダーと考えられる。

Add More Musicで現在のところ聴ける10枚しか知りませんが、これまでの50ギターズの盤のなかでは、Maria Elenaがもっとも充実していて、なかでも、このCherry Pink and Apple Blossom Whiteは最上位にくるものと考えています。リード・ギターのトミー・テデスコのプレイを楽しむなら、ほかのトラックのほうがいいでしょうが、この企画の本来の目的である、多数のギターによるアンサンブルという面では、じつによくできています。

まず第一に、アレンジがはまっています。メロディーのおかげでカウンター・メロディーをつくりやすかったという面もあるでしょうが、じゃあ、ほかのヴァージョンもみなそうかといえば、そんなことはないのだから、これはアーニー・フリーマンの手腕といえます。

どこがいいかというと、なんといっても、後半(サード・ヴァース以降)のカウンター・メロディーです。後半はオブリガート隊(オーケストラ風にいえば、メロディー担当の「第一ギター」に対し、「第二ギター」という感じ)のある右チャンネルに、ずっと耳を取られっぱなしになるほどです。

50ギターズでは、トラップ・ドラムが使われるのは稀で、この曲でもドラムはブラシによるスネアのみです。活躍するのはコンガほかのラテン・パーカッションで、Cherry Pink and Apple Blossom Whiteも、いつものように、派手にコンガが鳴り響いています。うまい人じゃないと、こんなにきっちりした音は出ません。ひょっとしたら、アール・パーマーが、スネアではなく、コンガを叩いたのではないかという気がします。むちゃくちゃにスナップの利いた、おそろしく痛そうな音! コンガが生き物だったら撲殺されちゃいそうです。

f0147840_2392324.jpg
Earl Palmer in a movie set with conga drum. アール・パーマーとコンガ。1961年の映画The Outsiderのセットで。

もともと50ギターズは全体のアンヴィエンスが気持ちいいのですが、この盤ではいよいよ音の空間表現が堂に入ってきたと感じます。エンジニアがだれかわかりませんが、名のある人でしょう。

スナッフ・ギャレットは、リバティーのプロデューサーでありながら、自社のカスタム・レコーダーでは録音せず、しばしばユナイティッド・ウェスターンを使っていたということなので、そのあたりからエンジニアの候補は3人ぐらいに絞り込めますが、コメント欄で専門家にツッコミを入れられる可能性が高いので、推測はせずにおきます。

ただひとつ残念なのは、トミー・テデスコの見せ場がないことですが、それはほかのトラックで聴けばいいことです。

◆ ザ・ストレンジ・ヴェンチャーズ ◆◆
つぎは、好みだけでいえば、ヴェンチャーズ盤です。こちらのほうを看板にしようかと最後まで迷ったぐらいで、リード・ギターのプレイにかぎれば、じつに楽しいヴァージョンです。

f0147840_2315424.jpg初期のヴェンチャーズ(Cherry Pink and Apple Blossom Whiteは、アルバムThe Colorful Ventures収録)は、とくにそれを否定するデータ(コントラクト・シートの記載)が出てこないかぎり、ビリー・ストレンジがリードをとったと考えればいいことになっています。この曲でのサウンド、スタイルにも、ビリー・ストレンジであるという想定を否定する材料はありません。ふだんのヴェンチャーズ・セッションにおけるビリー・ストレンジのサウンドであり、スタイルです。

ヴェンチャーズ盤Cherry Pink and Apple Blossom Whiteのなにがいいといって、コード・プレイをたっぷり楽しめることです。この曲はハーモニーをつけやすいメロディーラインで、ビリー・ストレンジは、下にハーモニーをつけて2本の弦をいっしょに弾くプレイを多用しています。

しからば乃公も、てえんで、ちょっとなぞってみましたが(テープ速度をいじったらしく、ハーフ・トーンなので、チューニングを変えなくてはならないのがつらいが、たまたま50ギターズもハーフ・トーンなので、並べてプレイすると便利!)、速すぎて追いつけず、もうすこし練習しないとなあ、と敢闘むなしく敗退。

このプレイを、よけいな音を出したり、弦の1本をスカにしたりせずに、すべてきれいにやっているあたりは、さすがはボスです。この曲は日本でも有名なのに、昔、アマチュア・ヴェンチャーズ・コピー・バンドのものを聴いたことがないのは不思議だと思いましたが、このコード・プレイはちょっと敷居が高かったのだと、弾いてみてわかりました。

◆ チェット・アトキンズ ◆◆
もうひとつすばらしいヴァージョンがあります。チェット・アトキンズ盤です。Cherry Pink and Apple Blossom Whiteでは、例の親指でベースを入れる、チェット・アトキンズといえばだれでも思い浮かべるあのプレイはしていませんが、伝家の宝刀は抜かずとも、通常兵器のみでやっても、うまいひとはやっぱりうまいのです。

f0147840_23214958.jpgチェットは、ビリー・ストレンジとはちがう箇所ですが、やはりコード・プレイを多用しています。純技術的に見れば、こちらのほうが難度が高いでしょう。じっさい、よくこんなプレイを連続的に息もつかせず繰り出すものだと呆れます。空振りだのよけいな音だのといったものはいわずもがな、音をちびっちゃったなんていう「記録に表れないエラー」もありません。その他、ただ聴いているだけではなにをしたのかわからないプレイもあり(じゃあ、やっぱり、またなぞったか、といわれちゃいそうですが、なぞりません。無理です)、毎度ながら、すごいものです。

バッキングはアップライト・ベース、リズム・ギター、サイドスティックのみのドラム、カウベルというシンプルな編成で、マンボではなく、ルンバ風のノリです。サイドスティック以外に、スラップスティックか、またはドラムスティック同士をたたき合わせているような音がときおり聞こえるのが、ちょっと気になります。バディー・ハーマンあたりが、サイドスティックのプレイをしながら、同時に、そのサイドスティック・プレイをしている左手のスティックを、右手のスティックで叩く、なんていう高等技術を使った可能性もゼロならず。こういうのは、その場で見てみたいものです。

f0147840_2331872.jpg
ハリウッドのチェット・アトキンズ。背後のギタリストはハワード・ロバーツ。そういうメンバーで、ハリウッドで録音された盤があるのだそうだが、残念ながら未聴。ぜひ聴いてみたい一枚。

◆ アトランティックス ◆◆
もうひとつギターものがあります。オーストラリアのサーフ・インスト・バンド、アトランティックスです。このバンドについては、昨夏、Theme from A Summer Place by the Lettermenの記事ですでにふれています。

オーストラリアというお国柄を反映して、大英帝国インスト・バンド群の頂点に君臨するシャドウズの影響が濃いところが、このバンドの面白いところですが、よく似ているから面白いわけではありません。なんだか、ドサ廻りのシャドウズの偽物、シャドウズがグレて、サーフィン野郎に変身し、下品な曲を投げやりにやっているみたいなところが面白いのです。つまり、早い話が、あまりうまくないのです。

サーフ・マニアは下手なバンドの非音楽的ノイズに対する強い免疫をもっているので、このかぎりではないでしょうが、わたしの場合、小学校のときに好きだったBomboraとAdventures in Paradiseの2曲があれば、それで十分と思っています。もうすこしエキゾティカ方面をやっていれば、まめに集めるのですが、サーフ・ミュージックとパンク・ミュージックが兄弟であることを証明するようなトラックのほうが圧倒的に多いのです。

f0147840_23482496.jpg

で、アトランティックス盤Cherry Pink and Apple Blossom Whiteの出来は如何というと、うーん、どんなものか、です。ギターはそこそこがんばっていますし、なにをどうしたのかよくわからない不思議なサウンドによる効果音的なギターのオブリガートも、面白いか面白くないかはさておき、変わっていて耳を驚かしますが、ドラムに絶句してしまうのです。

それも、タイムがいいの悪いの、上手いの下手のなどという以前の問題で、どうしてそういうプレイを選択したのか理解に苦しむ、というリズム・アレンジなのです。まるで、幼児にスティックをもたせ、いまからおじさんたちがギターを弾くから、そこでなにか叩いてごらんとやらせてみた、というおもむき。意表をつく意外千万プレイの連続で、なにがしたいのかさっぱりわからず、大人の常識では意図を推しはかることは不可能です。

まあ、凡庸ではないことはたしかですし、音楽に笑いを求める人にも向いているかもしれないので、ゲテ好き、いかもの食いの方は、アトランティックスをひとつお試しあれ。

◆ ファビュラス・サンダーバーズ盤 ◆◆
ギターもののCherry Pink and Apple Blossom Whiteの棚卸しは以上をもって完了で、切りがいいのですが、ここで終わってしまうと、明日がつらそうなので、もうすこしつづけます。

f0147840_23493198.jpgギターものに近い雰囲気なのが、ファビュラス・サンダーバーズによる、ブルーズ・ハープが中心になったエレクトリック・ブルーズ・バンド編成のヴァージョンです。そういうタイプのバンドがやるには不向きな曲ですが、そのミスマッチの面白さを狙ったものでしょう。そもそも、時期的に(1981年リリース)わたしの守備範囲外で、なんにも知りません。たんに、オムニバス盤に入っていただけです。

こういうバンドだと、身近なところで、バターフィールド・ブルーズ・バンドと比較してしまうのですが、ギターはマイケル・ブルームフィールドから一段下がるどころか、九十三段ぐらいは落ちるので比較になりません。ハープは、ポール・バターフィールドと比較しても、それほど失礼ではないだろう(もちろん、バターフィールドに対して)と感じます。でも、バターフィールドのハープは、歌なんかやめたほうがいいってくらい、圧倒的にうまいですからねえ。やっぱり負けています。

しかし、退屈な80年代のものにしてはいいほうで、ナスティーな南部風味も悪くありません。とはいえ、これを機会にこのバンドを集めようとは思いませんでした。

残るヴァージョンの大部分を占めるオーケストラ/ビッグバンドものは、明日以降に持ち越しとさせていただきます。
[PR]
by songsf4s | 2008-03-27 23:54 | 春の歌
Me Japanese Boy by Harpers Bizarre
タイトル
Me Japanese Boy
アーティスト
Harpers Bizarre
ライター
Burt Bacharach, Hal David
収録アルバム
The Secret Life of Harpers Bizarre
リリース年
1968年
他のヴァージョン
Bobby Goldsboro
f0147840_20313292.jpg

先日のタク・シンドーのSkylarkはエキゾティカそのもの、前回のポール・ホワイトマン楽団のThe Japanese Sandmanは「プリ・エキゾティカ」(わたしが捏造したタームですが)でした。本日は予告どおり、「ポスト・エキゾティカ」(もう一丁捏造)へと進みます。

ショーヴィニスト的傾向をもつ方は、ひょっとしたらPCスクリーンを殴りつけたくなるかもしれないくだりがあるので、お茶でも入れてリラックスしてから、以下をお読みになるようにお奨めします。お互い、ケガをしてはつまりません。いや、お互いとは、あなたの手とあなたのPCのことですけれどね。

◆ 英語もどき ◆◆
それではファースト・ヴァースとコーラスをひとまとめにいきます。ヴァースとコーラスがつながっているので、切れないのです。

Long long ago in a land far away
A little boy and a girl were so in love
Standing neath the moon above
He said "Me Japanese Boy, I love you
I do love you
You Japanese Girl
You love me, please say you do"

「遠くはるか昔、遠い国でのこと、少年と少女がお互いに深く愛し合っていた、月の明かりの下に立ち、彼はいった。『ぼく日本少年、きみ日本少女、愛するあるよ。ほんとうに愛するあるよ。きみ日本少女も、ぼく愛する、どうかそういってほしいあるね』」

まあ、わたしがこねくった日本語にしたのですが、原語もややピジン・イングリシュじみています。こういう英語もどきは、たとえば、映画やドラマで中国人などが使った場合、上記のような日本語に訳すのがきまりになっているわけでして、わたしはそれにしたがったまでのことです。

まあ、考えてみると、この手の英語もどきよりもっとひどい、意味不明の英単語羅列は、現在でもテレビで日常的に使われているので、アメリカ人が、日本人はこういう英語を喋ると思いこんでも、異にするほどのこともないでしょう。もっとも、日本にいる外国人がこういう雰囲気の日本語もどきを喋ることもしばしばあるので、おあいこのはずですが。

f0147840_20584716.jpg
ハーパーズの写真は使い果たしてしまったので、本日も「本文とは関係ありません」方式で、桜の写真を飾りにすることに。まずは「ローン・チェリー」の景。

◆ 花見作法のアメリカ的誤解と日本的不快 ◆◆
セカンド・ヴァース。こんどはショーヴィニストではなく、植物を愛する人たちに、まあまあ、お平らに、軽薄なアメリカの作詞家がつくった、ただの軽薄な流行歌だということをお忘れなく、と警告しておきます。

They carved their names on an cherry tree
Just like they've done in Japan since time began
Then he gently held her hand

「日本の国がはじまって以来、だれもがそうしてきたように、二人も桜の古木に自分たちの名前を刻み込み、そして彼はやさしく彼女の手をとった」

ここもヴァースとコーラスがつながっているので、「彼はやさしく彼女の手をとり、ぼく日本少年、きみ日本少女愛するあるよ」という構成になっています、って、そんなことはどうでもいいか、というヴァースですがね。

われわれはしばしば自国文化のよってきたるところを知らなかったり、まちがったことを信じていたりするので、百パーセントの自信はないのですが、でも、桜の木に恋人たちが名前を刻むなどということを、われわれが民族的習慣としていたとは思えません。樹木を傷つける者は、現在同様、やはり、昔も指弾されたのではないでしょうか。

ただし、われわれは、桜の根方を踏み固めたり、あろうことか根の上に坐りこんだりするという、木を窒息させるに等しい行為を、「花見」と称して至上の快楽とし、だれもそれをとがめない民族です。考えようによっては、名前を刻んで樹皮を傷つけるよりずっとたちの悪いことを恒常的にしているのだから、アメリカ人作詞家の無知を嗤う資格はわれわれにはありません。

念のために申し上げておくと、ただの受け売りですが、幹に近いところの根は、水分や養分を吸い上げる役割を終えていて、機能しているのは、根の先端部分だそうです。根は見えませんが、その先端は枝の先端とほぼ同じあたりにあるとか。桜の下に坐り込んで、根を窒息させながら飲み騒ぐなどという野蛮かつ愚劣きわまりないことをやめ、根の上の土を踏み固めぬよう歩を選んでそぞろ歩きながら、そっと花をめでるような国になってくれたら、どんなにか住みやすくなることかと思います。

f0147840_20593670.jpg

◆ 呑気な落とし咄 ◆◆
以下はブリッジ。

In a blue and white Kimono
She became his happy bride
From that day until this very moment
She'd been standing by his side

「青と白の着物を着て、彼女は幸せいっぱいの花嫁になった、その日からいまに至るまでずっと、彼女は彼のかたわらにいる」

着物の色についての詮索は無駄だからやめておきます。大昔まで遡れば、どんな色の着物を着て嫁いだのか、そもそも、婚礼衣装なんてものがいつ生まれたのか、わたしはなにも知りません。いまの形はせいぜい数十年の歴史しかないということを、ものの本で読んだ記憶があります。

サード・ヴァースと最後のコーラスをつづけていきます。

Now they are old
And from what I am told
They're still in love
Just as much as they once were
Every night he kissed her
And said "Me Japanese Boy, I love you, I do love you"
That is the way that it should be when love is true
That is the way that it should be for me and you

「いまでは二人も年老いたけれど、聞いたところによると、二人はまだ昔と同じように愛し合っていて、彼は毎晩は彼女にキスし、「ぼく日本少年、きみ日本少女、愛するあるよ」といっているそうだ。ほんとうに愛し合っているのなら、そうでなくちゃいけないよね。ぼくときみも、そうあるべきじゃないかな」

というわけで、最後のコーラスはサゲになっています。つまり、恋人に向かってお伽噺をし、ぼくらもそれに倣おうじゃないか、という口説きの歌なのでした。日本はただのダシなのだから、ショーヴィニスティックになって、けしからん、などと目くじらを立てるほどのものではないのです。ちらっとビーチボーイズのSumahamaを思いだしたりもしますな。あれは、「いただいた」とはいわないまでも、Me Japanese Boy, I Love Youを「参照」した気配があります。

f0147840_2102215.jpg

◆ 6thは永久に不滅です ◆◆
さて、本日のお題は(って、わたしが自分で出題しただけのマッチ・ポンプですが)「ポスト・エキゾティカ」です。

歌詞があまりリアリティーのない日本を描いていること以外に、この曲のどこかにエキゾティカのなごりがあるとしたら、6thコード、6thのスケールを使っていることでしょう。これがあると、われわれの耳には日本的とは聞こえないにしても、ある種の東洋的ムードが生じるわけで、バート・バカラックは伝統に則った曲作りをしています。まあ、アメリカ人はほかにやりようを知らないだけかもしれませんが。

コードをきちんととる時間がなかったのですが、ハーパーズ盤の冒頭は、F#-F#6-Abm7-Bbm7となっているようです(ちがっていたらすまん。でも、うたう分にはこれで合う。F#6とBmaj7は似ているし、Abm7はB6に似ているしで、そのへんのいい加減さはギターをお弾きになる方なら承知のことのはず)。

イントロ・リックは、半音が煩わしくて恐縮ですが、Eb-Db-Bb-Ab-Bb-Ab-F#-Ebという下降フレーズです。最初の上のEbと、最後にたどり着く下のEbが、F#における6thの音で、つまり、6thではじまり、6thで終わっているのです。3度と7度の音を飛ばし、6thの音を入れたスケールを適当に弾くと、なんとなく、ラーメンが食べたくなるようなフレーズが、蓋をして3分もかからずにできあがるので、手近な楽器でお試しあれ。

つまり、このMe Japanese Boyという曲も、エキゾティカの伝統にしたがって、中国と日本は同じものとみなし、われわれの耳には中国的に響くメロディーによって、日本を表現していることになります。

ここまでの「エキゾティカ」シリーズをお読みになった、注意力散漫でない方は、気になっていることがあるはずです。そう、「パリは燃えているか?」、じゃなかった、「銅鑼は鳴っているか?」です。

その答えはイエスでもあり、ノーでもあります。ハーパーズは銅鑼なし(麻雀かよ!)、ヒット・ヴァージョン(そして、たぶんオリジナル)であるボビー・ゴールズボロ盤では、銅鑼が由緒正しい響きで鳴っています。ジャーン、タラララランという、ラーメンCM状態なのです。

f0147840_2113595.jpg

◆ ハーパーズ・ビザール盤 ◆◆
今回は2種のヴァージョンしかないので、聞き比べというほどのことにはなりませんが、恒例なので、比較考証のお楽しみもやっておきます。

ハーパーズ盤を看板に立てたのは、こちらのほうがすぐれているからというより、ボビー・ゴールズボロはすぐにまた取り上げる予定なので、右のメニューに変化をもたせようと考えたまでにすぎません。でもまあ、そういうことは抜きにしても、ハーパーズのMe Japanese Boyのほうが、わたしには面白く感じられます。

その理由は、主としてサウンドのスケール感と、アレンジにあります。なんせ、わたしが専門とする60年代のハリウッドだから当然ですが、うんうん、that is the way that it should beとうなずける点が多々あるのです。

ハーパーズのCDのたすきに、日本の会社は「バーバンク・サウンド」というタームを使っていますが、WBやリプリーズの盤も、バーバンクではなく、ほとんどがハリウッドで録音されています。バーバンクはWBの本社所在地にすぎず、ハリウッドで生みだされた音楽に共通する属性とは無関係です。あくまでも、ハリウッドの音楽として全体を捉えないと、WBおよびリプリーズの盤だけが、他のハリウッド録音の盤から分離されてしまい、歴史を見誤ることになるでしょう。

f0147840_2127211.jpg

話を元に戻します。ハーパーズのアルバムは、どれもアレンジャーが入り乱れていますが、この曲はニック・デカロのアレンジです。ニック・デカロの仕事としては、かなり上位にくると感じます。派手派手しくはやっていませんが、パーカッションの扱いが凝っているし、またその配置が繊細で、このあたりはおおいに好みです。

ストリングスのラインの取り方もきれいですし、ストリングスの裏で薄く管を鳴らして立体感をつくる基本技もちゃんとやっています。もっとも気持ちのいいくだりはブリッジで、突然出現するフレンチ・ホルンはなかなかスリリングです。

そして、こういう音が気持ちいいと感じる裏には、つねにすぐれたエンジニアがいることも忘れるわけにはいきません。もちろん、この盤も、他のハーパーズの盤と同じく、リー・ハーシュバーグの録音です。クレジットがなくてもわかっちゃうくらい、うんうんとうなずきっぱなしの、みごとな音の空間配置です。

贔屓のリズム・セクションがとりたてて活躍しない(ハル・ブレインはやはりパーカッションのどれかをプレイしたのでしょうね)ことも気にならないほど、60年代ハリウッドの、いま振り返れば夢のように豊かなインフラストラクチャーを如実に示す、みごとな音作りです。

◆ ボビー・ゴールズボロ盤 ◆◆
ヒットしたのはボビー・ゴールズボロ盤のほうなのですが、それは先にやったからとか、シングル・カットしたからといった理由にすぎないように思います。

f0147840_21334660.jpgわたしはゴールズボロのそこそこのファンなので、こちらのヴァージョン(タイトルはMe Japanese Boy, I Love Youと長い)も嫌いではありません。悪くない出来だと思います。でも、ハーパーズ盤を聴いてしまうと、あの音作りのレベルの高さ、とくにリー・ハーシュバーグの名人芸にはとうてい敵するものではないことを納得しないわけにはいきません。相手が悪すぎます。

イントロはそこそこの出来(銅鑼が鳴りますがね!)ですが、ヴァースに入ったとたん、音が薄いなあ、と思います。とはいえ、薄いものには薄いものの魅力があるので、このヴァージョンだけしか知らなければ、これはこれでいいと思ったでしょうし、当時のアメリカのリスナーもそう感じたからこそ、ヒットしたにちがいありません。

ポップ・ファンは、かならずしもハイ・レベルで複雑な工芸品を好むわけではありません。シンプルなもののほうに親しみを感じることはしばしばあります。だから、ボビー・ゴールズボロ盤Me Japanese Boyのヒットは、たとえ楽曲のよさに大きく寄りかかったものにせよ、不思議ではありませんし、ハーパーズ盤は、仮にシングル・カットしても、ヒットにはいたらなかっただろうと思います。

以上、前回のThe Japanese Sandmanから、約半世紀の時間をジャンプして、「プリ・エキゾティカ」と「ポスト・エキゾティカ」を並べてみました。

わたしの結論は、「エキゾティカは万古不易、永遠の6thである」です。われわれとしても、もう日本は6thと銅鑼で表現されるものと決まってしまった、これは国旗のように取り替えの困難なものなのだ、と腹をくくるしかないでしょう。

イヤだといったって、あちらさんの固着はすくなくとも20世紀初頭からのもので、もはや獲得形質の段階を終わり、民族の血に遺伝形質として組みこれまれてしまったように思えるほどで、いまさら修正のしようがありません。♪およばぬ~ことと~、あきらめ~ました~。
[PR]
by songsf4s | 2008-03-25 23:41 | 春の歌
The Japanese Sandman by Axel Stordahl
タイトル
The Japanese Sandman
アーティスト
Axel Stordahl
ライター
Raymond B. Egan, Richard A. Whiting
収録アルバム
Jasmine and Jade
リリース年
1960年
他のヴァージョン
Paul Whiteman Orchestra, the Andrews Sisters
f0147840_23483361.jpg

タク・シンドーのSkylarkで、エキゾティカ方面に一歩足を踏み入れたので、その付近の曲をつづけてみようと思います。

看板に掲げたアクスル・ストーダールのアルバム、Jasmine and Jade(すでにTropical Sleeves GalleryMoon of Manakoora by Dorothy Lamourで取り上げているので、今回が3度目の登場)は、明らかにエキゾティカに分類できるのですが、The Japanese Sandmanという曲自体は、1920(大正9)年につくられたものです。したがって、エキゾティカであると同時に、「プリ・エキゾティカ」の側面ももっています。エキゾティカの時間的広がりを考えてみようという趣向なのですが、そのへんのことはのちほど。

◆ 時間の下取り ◆◆
ポール・ホワイトマンとアクスル・ストーダールのヴァージョンはインストゥルメンタルですが、アンドルーズ・シスターズ盤には(残念ながら!)歌詞があるので、まず、そちらから検討します。

構成に疑問があるのですが、最初に出てくる部分をヴァースと考え、途中、マイナーに転調するところをブリッジとみなすことにします。感覚的には、コーラスから入り、そのあとでヴァースが出てくるように感じるのですが、1920年のポール・ホワイトマン楽団盤では、そういうつくりにはなっていないので、依然として疑問は残るものの、最初にうたわれるメイジャーの部分をファースト・ヴァースとします。

Here's the Japanese Sandman
Sneaking on with the dew
Just an old second hand man
He'll buy your old day from you
He will take every sorrow
Of the day that is through
And he'll give you tomorrow
Just to start a life anew

「ジャパニーズ・サンドマンが露をまとわりつかせて忍び足で歩いてくる、あなたの古い日を買い、すぎにし日の悲しみをみな引き取り、新しく人生をやり直せるように、明日をわたしてくれる、ただの年老いたクズ屋」

sandmanは「眠りの精」などと訳されますが、なんとかララバイなんていう曲には、かならずといっていいほど登場するキャラクターです。このJapanese Sandmanも、子守唄仕立てなのだと考えられます。サンドマンがやってくる、というのは、つまり、「ほうら、もうまぶたが重くなってきた」ということを意味します。

secondhandは、近ごろはあまり使わない「セコハン」という日本語のもとになった単語で、それを取り引きする人間だから、古物商ということになります。しかし、second handと二語の場合には、「秒針」という意味になり、時間を扱うこのヴァースの文脈では、old dayやtomorrowの「縁語」とみることもできます。

「クズ屋」としたことについては、落語好きの方には説明の要がないでしょう。このsecondhand manは、骨董価値のあるものを取り引きする人物としては描かれていないので、ゴミクズすれすれのもの(反古など)をわずかな銭と交換に引き取ってくれる、「井戸の茶碗」のクズ屋の甚兵衛さんを思いだしたというしだい。いや、死人にかんかんのうを踊らせてしまう「らくだ」の無名クズ屋さんのほうが、ずっと有名でしょうけれど。

f0147840_003580.jpg

◆ 金と銀のレートは? ◆◆
以下はセカンド・ヴァースと思われるもの。

Then you'll be a bit older
In the dawn when you wake
And you'll be a bit bolder
With the new day you make
Here's the Japanese Sandman
Trade him silver for gold
Just an old second hand man
Trading new days for old

「夜明けに目覚めると、あなたはほんのすこしだけ大きくなっている、そして、新しい日をすごすとすこしだけ大胆になる、ジャパニーズ・サンドマンがやってきた、銀を売って金を手に入れ、新しい日を売って古い日を手に入れる」

うーん、なんのことか、というヴァースです。子守唄だとするなら、子どもにうたって聞かせているということで、前半はオーケイでしょう。しかし、後半の銀を売って金を手に入れるとはなんのことやら。マルコ・ポーロのタワゴトとか、江戸時代から明治にかけて、日本から金銀が海外に流出したことを反映しているのか(戦国末期から江戸初期にかけて、日本は世界有数の金銀産出国で、江戸から明治にかけて、その金銀が貿易代金として海外に流出したのだとか)、はてさて、なんのことやら。たんなるお伽噺的装置にすぎないのかもしれません。

◆ アメリカ的地理感覚 ◆◆
以下はブリッジとみなせるパート。しかし、内容的には前付けのヴァースか、ファースト・ヴァースなのではないかと感じます。

Won't you stretch imagination
For the moment and come with me
Let us hasten to a nation
Lying over the western sea
Hide behind the cherry blossoms
Here's a sight that will please your eyes
There's a baby with a lady of Japan singing lullabies

「しばらくのあいだ、想像をたくましくして、わたしについていらっしゃい、西の海にある国へと急ぎましょう、桜の花に隠れて麗しい光景が見える、日本の女性が赤ん坊に子守唄をうたっている」

f0147840_23524982.jpg

西の海ではまるで西方浄土で、「品川心中」になってしまいますが、ここが「東の海」となっていないところに、アメリカらしさがあらわれています。「東洋」「西洋」の分け方はヨーロッパ由来であり、とりわけ、太平洋をはさんで日本と向き合っている、アメリカ西海岸の人びとの感覚には合わないのでしょう。

やはり、日本といえば桜ということのようで、季節をあらわす語というより、ここでは日本の枕詞として出てきた気配が濃厚です。

アンドルーズ・シスターズ盤では、このパートはブリッジのような位置に置かれていますが、1920年代のヴォーカルものをいくつか聴いてみたところ、もとはこのパートを冒頭におく構成だったようです。内容を見ても、この連のファースト・ラインはいかにも曲の冒頭というおもむきが濃厚です。

◆ ポール・ホワイトマン楽団 ◆◆
f0147840_033910.jpgこの曲を最初にヒットさせたのはポール・ホワイトマン楽団で、曲が書かれたのと同じ1920年リリース。かのWhisperingとのカップリングだったようで、したがって、ほんとうに両面ヒットだったのか、Whisperingのヒットにお相伴しただけなのか、よくわかりません。いずれにしろ、この盤でポール・ホワイトマンは一躍スターになったと記録されています(そして、日本にまでその名はとどろき、昭和初期のわが国のミュージシャンにも大きな影響をあたえることになる)。

このヴァージョンでは、歌詞の検討で「ブリッジ」とした部分は、ブリッジらしい位置に置かれています。短いイントロの直後に、アンドルーズと同じようにHere's Japanese sandmanの部分(ポール・ホワイトマン楽団盤はインストですが)がはじまるので、この点から、アンドルーズはこのヴァージョンをもとにしたと推測できます。

今回、いくつか試聴してみた20年代の他のヴァージョンまで含め、ポール・ホワイトマン楽団盤がもっともテンポが速く、これがヒットの理由ではないかと思います。ダンサブルなところが、いかにもThe Roaring 20'sの開幕を告げるにふさわしいのです。

楽曲そのものには東洋的ムードはあまりないのですが、ポール・ホワイトマンは、それをイントロで補っています。といっても、われわれ日本人の耳には、ラーメンのコマーシャルがはじまるのかと思うような、中国的なリックに感じられますが、アメリカ人にはこれで十分に日本的に聞こえるのでしょう。そもそも、日本と中国の区別がついていたかどうかも怪しいですしね。

さらにもうひとつそもそも、われわれが中国的と感じるこの種の短いフレーズが、ほんとうに中国由来のものかどうなのか、わたしには判断できません。アメリカ経由で入ってきたこのたぐいのスケール(6thの音を強調する)を、われわれは中国的とみなしているだけなのかもしれず、中国人が聴いたら、べつの印象をもつ(たとえば「日本的」とか!)可能性すらあるように思います。

f0147840_012156.jpg

◆ アクスル・ストーダール ◆◆
アクスル・ストーダールは、トミー・ドーシー楽団の「座付き」アレンジャーになったことがきっかけで、一流への道を歩みはじめたそうです。当時のトミー・ドーシー楽団にはアレンジャーが二人いて、もうひとりはポール・ウェストン。じつに贅沢なラインアップで、この二人の有能なアレンジャーが、トミー・ドーシーの名声を支えたといっていいのではないでしょうか。

トミー・ドーシー楽団のヴォーカルとしてよく知られているのは、パイド・パイパーズとフランク・シナトラです。ポール・ウェストンは、独立してからパイド・パイパーズがらみの仕事をたくさんしていますが、アクスル・ストーダールのほうは、フランク・シナトラのアレンジャーとして名声を得ます。コロンビア時代のシナトラの曲はほぼすべてストーダールのアレンジで、わたしも、シナトラのアレンジャーとして、ストーダールの名前を覚えました。

f0147840_0391057.jpg
Frank Sinatra with Axel Stordahl レコーディング中のフランク・シナトラとアクスル・ストーダール

キャピトル移籍後、会社側の提案で、シナトラのアレンジャーは、若いネルソン・リドルに交代します。流行というのはきびしいもので、流れには棹さしがたし、アクスル・ストーダールを押しのけたネルソン・リドルもまた、60年代なかばになると時代遅れとみなされることになります。シナトラの再生を命じられたジミー・ボーウェンは、リドルを退け、アーニー・フリーマンを起用して、Strangers in the Nightの大成功を収めるわけで、世の中は順繰り順繰り、祇園精舎の鐘の音が聞こえてくるのでした。

シナトラのアレンジャーでなくなったあと、ストーダールは、ビング・クロスビーをはじめ、さまざまなシンガーのアレンジをしつつ、テレビや映画の仕事もするという、アレンジャーとして当然のキャリアをたどり、これまた当然ですが、いくつか自己名義のアルバムをリリースしています。当時の流行を反映して、エキゾティカ方面のものが多いそうですが、わたしはJasmine and Jadeしかもっていないので、よくわかりません。

f0147840_0404516.jpg
Frank Sinatra with Axel Stordahl フランク・シナトラとアクスル・ストーダールその2

昨秋取り上げたMoon of Manakooraでは、編成も大きく、派手で凝ったアレンジをしていますが、The Japanese Sandmanでは、編成は大きいものの、一度に鳴らす音の数は控えめで、ドンドン楽器を替えていくことで、変化をつけるアレンジをしています。ストーダールの音にはつねに品があります。エキゾティカ的味つけもあっさりしたもので、この曲では、マリンバやわたしには判断のつかない他の低音旋律打楽器や、さまざまなパーカッションを動員することのみによって、エキゾティカらしさを演出しています。

わたしの耳には日本的ではなく、アフリカかインドネシアのようなムードに聞こえるのですが、われわれはみな等し並みに他国のことは知らないということはすでに述べました。したがって、アメリカ人がこういう非日本的旋律打楽器を日本的と見ることに特段の異議はありません。最後にお約束の銅鑼が鳴ることについても、それじゃあ中国だろうに、という言葉が出かかりますが、中国人がこの意見に賛成してくれるかどうかも保証のかぎりではありません。エキゾティカとは、あくまでも「架空の」東洋の音楽なのです。

わたしはストーダールのセンスが好きなので、この曲でのアプローチも、なるほどと納得します。Moon of Manakooraほど圧倒的なサウンドではありませんが、アレンジは楽曲との相対的関係の上に成立するものなので、単純な比較はできません。

f0147840_0424399.jpg
Frank Sinatra with Axel Stordahl フランク・シナトラとアクスル・ストーダールその3。アクスル・ストーダールが当ブログに登場するのはこれで最後かもしれないので、うちにある写真を片端からスキャンしてみた。まだ残っているのは、再度の登場の兆しか?

◆ 黄昏のアンドルーズ ◆◆
自分が生まれる前に活躍したシンガー(ズ)でもっとも好きなのは、アンドルーズ・シスターズです。スウィング時代のいいところは、ダンサブルであることが優先し、歌手が纏綿たる情緒をうたいあげたりしないことです。なにが苦手といって、情緒纏綿ほど気味の悪いものありません。それでスタンダード・アレルギーになってしまったくらいでして。

f0147840_153888.jpg

アンドルーズはつねに陽気かつ軽快で、人生を笑い飛ばすようなトーンをもっていましたが、それが情緒纏綿の50年代前半には合わなかったのでしょう(50年代のスタンダード・ヴォーカルを大量に聴くと、その全面的否定形として、エルヴィス・プレスリーやリトル・リチャードがなにがなんでも登場しなければならなかったことを、その場に生きているかのように生々しく実感できる。ロックンロールの歴史は、ロックンロールを聴いているだけではわからないのですぜ>ご同輩諸兄)。正直にいって、50年代のアンドルーズを聴くと、黄昏れているなあ、と溜め息が出ます。

アンドルーズのThe Japanese Sandmanは1958年リリースですから、もう黄昏も黄昏、まさに西の空に没しなんとする時期です。The Japanese Sandmanが収録されたアルバムは、The Andrews Sisters Sing the Dancing 20'sというタイトルで、その名のとおり、20年代の曲をとりあげていますが、こういう企画盤をつくるようになると、もうそのアーティストは古きよき時代のスーヴェニアになったということです。ジョン・レノンですら、Rock'n'Rollは無惨だったくらいで、他は推して知るべし。例外、つまり、古典に還ることで、腐敗ではなく、「前進」してみせたのは、A Touch of Schmilsson in the Nightのニルソンただひとりでしょう。あとはみな退行現象か、せいぜいよくいって道楽にすぎません。

f0147840_182773.jpg
The Andrews Sisters Sing the Dancing 20'sのジャケット。どうも違和感のある設定と衣裳。読めないだろうが、with orchestra conducted by Billy Mayと小さく書かれている。ビリー・メイがスター・アレンジャーだった証左。

でもまあ、あのアンドルーズだと思わずに、だれとも知らないアーティストのものだと思えば、このThe Japanese Sandmanはそれほど悪い出来でもありません。彼女たちの場合、われわれのもとめる基準がものすごく高いので、そこそこのものでは満足できないだけです(もうひとつ、録音技術の進歩で声の分離がよくなったことが、かえって彼女たちのハーモニーの魅力を殺いだとも感じる)。

このアルバムのアレンジャーはビリー・メイなので、そこに期待がかかるのですが、うーん、どうでしょうねえ。すくなくとも、彼の代表作とはいえないことははっきりしています。ビリー・メイがもっとも得意とした華麗なホーン・アレンジメントも、彼らしい音の奥行きもありません。20年代の曲というのが十字架になって、平板なサウンドになってしまったという印象です。

f0147840_1172843.jpg

f0147840_1181191.jpg
Cha Cha!のジャケットでダンサーに扮し、The Girls and Boys on Broadwayのジャケットで焼き栗売りのおっさんに扮したビリー・メイ。このオッサンのこういう軽さ、出たがりぶりはじつに好ましく、それがサウンドにも反映していると感じる。

アクスル・ストーダール盤では最後に銅鑼が入っていましたが、アンドルーズ盤では、冒頭で銅鑼が鳴ります。いまさら腹を立てたりはしませんが、これほどまでに深く、アメリカ人の頭のなかで、銅鑼と日本が結びついたのはなぜなのか、その淵源を知りたくなってきます。まあ、たぶん、日本と中国の区別をつけられなかっただけでしょうけれど。

f0147840_1304172.jpg
やっぱり、アンドルーズ・シスターズはこういうムードであってほしい。

◆ ドラ! ドラ! ドラ! ◆◆
残念ながら、今日、あわててクモの巣を這いまわってかき集めた(といっても、わずか3種)1920年代の他のヴァージョンにふれる余裕が、ほとんどなくなってしまいました。

当然ながら、1920年代のものには、1950年代のエキゾティカ的な雰囲気はありません。それどころか、銅鑼以外に東洋を表現する方法を知らなかったのではないかと思うほどで、銅鑼を取り去れば、ふつうのアメリカの曲に聞こえます。

そもそも、ノラ・ベイズ盤(当ブログでは、Shine on, Harvest Moonの作者として彼女に言及済み)もオリーヴ・クライン盤も、銅鑼ですらなく、径の大きなシンバルをマレットで叩いているだけに聞こえます。いやまったく、日本といえば桜という固着は理解できますが、日本といえば銅鑼という妄想には、あんた、医者に診てもらったほうがいいよ、といいたくなります。まあ、それをいうと、あちらも、われわれの西洋に対するなんらかの奇妙な固着を指摘し返すでしょうけれど!

f0147840_1315242.jpg
オリーヴ・クライン

ともあれ、「プリ・エキゾティカ」時代のアメリカ音楽においては、日本は銅鑼によって表現されるということだけはよくわかりました。次回は時の流れを下って、「ポスト・エキゾティカ」を取り上げてみようと思います。

19世紀終わりから20世紀はじめというのは、欧米各国からいわゆる「黄禍論」が澎湃としてわきおこった時期で、1924年にはアメリカで排日移民法が成立するという、大きな国際政治の流れがあります(これが最終的に、太平洋戦争開戦を是認する日本の国民的機運をつくったという見方もある)。

The Japanese Sandmanは、日本人に対するいくぶんかの軽侮の気分は感じられるにしても、強い反日感情にはほど遠い歌詞になっています。まあ、日本の話というより、お伽噺の架空の国みたいなものなので、現実の社会問題とのつながりが稀薄だったのでしょうが、それでも、この曲がヒットしたということは、やはりあの時代を考えるときに、考慮に入れておいたほうがいいことに思えます。
[PR]
by songsf4s | 2008-03-24 23:54 | 春の歌
Skylark その2 by Tal Farlow
タイトル
Skylark
アーティスト
Tal Farlow
ライター
Hoagy Carmichael, Johnny Mercer
収録アルバム
The Complete Verve Tal Farlow Sessions
リリース年
1952年(録音)
他のヴァージョン
Tak Shindo, John Lewis, Paul Weston, Ray Anthony, Art Blakey & the Jazz Messengers, Hoagy Carmichael, the Singers Unlimited, Supersax & L.A. Voices, Dinah Shore, Linda Ronstadt
f0147840_135210100.jpg

さっそく昨日のつづきで、タク・シンドー盤以外のSkylarkの各ヴァージョンを見ていきます。

◆ タル・ファーロウ ◆◆
タル・ファーロウ盤は、インプロヴはゼロに等しく、素直にメロディーを弾いているだけですが、サウンドが奇妙で、なんでこんな音になってしまったのかと首を傾げました。むやみにピッチが高く、アタックばかりで、サステインがほとんどない尻切れトンボ、ひょっとしたら、レス・ポールのように低速回転録音をしたのかと思ったほどです。

やむをえず、彼のプレイをなぞってみました。わたしがふだん使っているストラトキャスターは21フレットですが、タル・ファーロウ盤Skylarkは、レギュラー・チューニングであっても、20フレットあれば弾けるので、最後の短いリプリーズ部分をのぞけば、低速回転ではなく、ストレートに録音したらしいとわかりました。

フレット数はもちろんギターによって変動しますが、上掲の写真で勘定してみたところ(ふたつのマークの並んでいるところが、1オクターヴの第12フレットのはずなので)、ギリギリで20フレットあるようです。しかし、カッタウェイ(ボディーの切れ込み)を見ると、20フレットを使う最高音は弾きにくそうで、きれいな音を出すにはそれなりの技術が必要に見受けられます。一般のリスナーにはそれとわからない、羽織の裏地に凝るような、地味な技に挑戦しようとしたのかもしれません。

f0147840_20103711.jpg音が尻切れトンボになってしまうのは、当時の太い弦、ピックアップの劣悪な特性、ボディーの構造上の問題のせいではないでしょうか(この問題を回避するために、レス・ポールは自分でギターをデザインしたり、ディスクおよびテープ・ディレイを開発しなければならなかった)。

なんだって、メロディーをなぞるだけのプレイなのかと思いましたが、弾いてみると、20フレットなんていうところでは暴れにくく、必然的にそうなってしまったのだろうと想像がつきました。タル・ファーロウの時代にはレギュラーゲージかヘヴィーゲージだったのだから、暴れにくいどころか、痛くてしかたなかったでしょう。昔の人は偉い! いや、面の皮、じゃなくて、指の皮が厚かっただけか。

しかし、暴れにくい場所で弾くことを選んだのは、タル・ファーロウ自身でしょう。もっと低いところで暴れるプレイも選択できたのですから。弾いていて、だんだんわかってきたのですが、Skylarkという曲は、なかなか面白いラインをとっていて、インプロヴするより、細部の微妙なタイミングの変化や、ささやかな装飾音で飾るだけにし、素直にメロディーをプレイしたほうが楽しいのです。シャドウズがカヴァーしてもよかったのに、と感じたほどです。

最後に加えられている短いリプリーズは、低速回転録音、通常回転再生によるものです。おそらくレス・ポールを意識したものでしょうが、ストレートなジャズでこういうことをやるのは、当時は行儀のいいこととは思われなかったのではないかと想像します。

◆ 他のインスト ◆◆
f0147840_21105035.jpgジョン・ルイス盤は、リーダーのルイスではなく、ジム・ホールのプレイが中心になっています。これまた、メロディーを弾いているだけ(タル・ファーロウより2オクターヴ近く低いところで!)といっていいほどです。いや、メロディーはかなり崩していますが、暴れてはいません。

しかし、中学のおわりだったか、高校のはじめだったか、ジム・ホールの盤を買ったのに、退屈で、すぐにトレードに出してしまったことを思いだしてしまうプレイではあります。ギタリストにはもうすこし華やかにやってもらいたいものです。わたしのいまの年齢でも、まだジム・ホールのプレイは地味すぎると感じます。米寿まで生きたら、あるいは面白いと感じるかもしれません! いや、生来、派手好き、百まで生きても、やっぱり趣味に合わない可能性のほうが高いでしょうな。

f0147840_2112385.jpgポール・ウェストンは好きなアレンジャーのひとりですが、彼のSkylarkは、猥褻なテナーサックスのプレイが中心で、趣味ではありません。一本のみの管楽器は嫌いで、二本以上のアンサンブルだけを好む偏った人間なので、ソロが終わって、途中からアンサンブル中心になるところで、やっと、さすがはポール・ウェストンと感じますが、またテナーが何度も出しゃばるので、釈然としないままエンディング。

f0147840_21292659.jpg一本のテナーサックスもあまり好みませんが、トランペットは一本でも複数でも、一握りの例外を除き、あまり好きではありません。それなのになんだってレイ・アンソニーなんか聴くのかというと、アンサンブルとしては、つねに派手で元気のいいところ(すなわち、わたしが忌み嫌う管楽器の猥褻さがない)がこの人の賞味のしどころで、その点ではいいバンド・リーダーだと思います。でも、Skylarkはまったく冴えず、問題外の出来。元気よくやるには不向きな曲だから、しかたありませんが。

f0147840_21383248.jpgいわゆる「モダン・ジャズ」は好かないので(スウィング/ビッグバンドのほうが百万倍好み)、アート・ブレイキーは、ドラム・クレイジーとしての関心のしからしむるところにすぎません。でも、この曲ではトランペットやサックスが下品なソロをしているだけで、ドラムはしょったれた青菜のていたらく。もっと背筋を伸ばして、きっちりプレイしてくれないと、眠っちゃいます。

以上、インスト終わり。

◆ ヴォーカルもの ◆◆
f0147840_2140982.jpgインストもたいしたものがありませんでしたが、歌ものはもっと悲惨で、これを最後の行にしたほうがいいくらいです。

しいていうと、ホーギー・カーマイケルはウィシュボーン爺さんの顔を思いだす訥々としたうたいぶりで、猥褻さのかけらもないところは好感がもてます。さすがはこの曲の作者、メロディーの崩し方もきれいで、つくるときに、そういうラインもオルタナティヴとして考えていたのね、と納得します。

シンガーズ・アンリミティッドもまた、人間のイヤな体臭をかがないですむのはありがたいのですが(個性というのは、ときにうっとうしく、五月蠅いものです)、強引すぎるテンションをつけたヴォイシングが多く、メロディーのよさを殺している箇所の目立つ「手術は成功した、患者は死んだ、そいつは残念」アレンジです。

f0147840_22133275.jpgテンションをつけなければ、ヴォーカル・グループの存在意義はなくなってしまうのですが、だからといって、こういう曲に変なテンションをつけるのはうっとうしいだけ。所詮、彼らには合わない曲というべきでしょう。

シンガーズ・アンリミティッド盤Skylarkを聴くと、下手にメロディーをいじらなかったタル・ファーロウが、じつに賢明だったことがよくわかります。タル・ファーロウが異常なまでに高いキーを選んだ理由も、ここまできて明瞭に理解できました。この曲のメロディーをいじるのは無思慮である、しかし、ふつうに弾いたのでは面白くもなんともない、なにか「色」をつける必要がある……では、限界まで高くしてみてはどうか、という思考過程でしょう。

これでSkylark棚卸しを打ち切ります。とくに面白いものはなく、なにか書くと、血圧が上がりそうなので。きれいなメロディーラインなのですが、意外や意外、嫌味なくきれいに仕上げるのは、じつに至難の曲だということがわかりました。

◆ ふたたびタク・シンドー ◆◆
タク・シンドーのことが書きたくて、Skylarkを取り上げたのですが、各ヴァージョンの棚卸しを終えてみれば、ゆったりした気分で楽しめるのは、結局、タク・シンドー盤のみだとわかりました。やはり、彼が腕のいいアレンジャーだったことの証左です。

f0147840_23135337.jpgタク・シンドー盤Skylarkには、西洋人のきつい体臭を取り去った、清く正しい響きがあります。ちょっと引っかかるものを感じる琴のサウンドですら、猥褻な堕落ヴァージョンを山ほど聴いたあとだと、この清新さに一役買っているように思えてくるほどです。彼が日系人でなければ、ビリー・メイやゴードン・ジェンキンズに伍して、ハリウッドを代表するアレンジャーになったのではないかとすら思います。

デイヴィッド・ラクシンという映画音楽の作曲家(チャップリン作とされている曲のなかには、じっさいにはラクシンがつくったといわれるものがある)がいますが、彼がハリウッドにおけるシンドーのキャリアの輪郭を明瞭に照らし出す証言をしています。すなわち、

「マヌケなことをやらかしたくないときは、われわれみなは彼のところにいったものだ」

マヌケなこととは、必要性から映画のなかで東洋風音楽を使う際に、無知ゆえに失笑を買うような現実離れしたものをつくってしまうことです。これが、シンドーのアレンジャーとしてのキャリアがよじれ、彼が最終的にハリウッドでの仕事を断念し、学問の道に専念することになった理由でしょう。

若い日系人に、芸能界でのキャリアについてアドヴァイスを求められ、シンドーは、「日本に行きなさい、(アメリカでは)自分が何者であるかを隠すことはできないのだから」と答えたそうです。

f0147840_23472111.jpgいや、べつにこれを読んで憤ったわけではありません。世の中とはそうしたもので、ものをつくる人のキャリアは、世間の評価の関数でしかないのです。ただ、ビリー・メイやゴードン・ジェンキンズに伍すアレンジャーになる可能性をもっていた人が、その血筋ゆえに、ほんの一握りの盤しか残せなかったことを残念に思うだけです。現在、タク・シンドーの盤で容易に入手できるのは、Mganga!のみのようですが、これは代表作とはいいがたく、なんとかBrass and BambooかAccent on Bambooを見つけだしてお聴きになるようお奨めします。

タク・シンドーの話は尽きないのですが(たとえば、服部良一との比較なんていう、興味深い話材もある)、もう一度ぐらいは取り上げる機会が訪れることを願って、ここらで擱筆することにします。
[PR]
by songsf4s | 2008-03-22 23:54 | 春の歌
Skylark その1 by Tak Shindo
タイトル
Skylark
アーティスト
Tak Shindo
ライター
Hoagy Carmichael, Johnny Mercer
収録アルバム
Brass and Bamboo
リリース年
1960年
他のヴァージョン
Tal Farlow, John Lewis, Paul Weston, Ray Anthony, Art Blakey & the Jazz Messengers, Hoagy Carmichael, the Singers Unlimited, Supersax & L.A. Voices, Dinah Shore, Linda Ronstadt
f0147840_233023.jpg

中休みを入れつつ、ひと月ほどにわたってお楽しみいただいた、Tonieさんによる「日本の雪の歌」特集でしたが、読み終わってみて、「隠れたお題」は「近代日本における欧米文化」だった、と感じました。

「真白き富士の嶺」「新雪」「雪ちゃんは魔物だ」は、原曲が西洋ものであることがはっきりわかっています。「かくれんぼ」「私の鶯」にも、「参照」したと考えられる西洋の曲がありましたし、きわめて日本的題材を扱っているように見える「お座敷小唄」ですら、音楽的な骨組にまでストリップ・ダウンすると、「純粋に」といっていいほど西洋音楽的です。近代日本の音楽に西洋的「オーセンティシティー」の概念を持ち込んでも、たぶん、なにもわからないだろう、というのが、Tonieさんの特集を読んでのわたしの結論です。

西洋人は、すくなくともオーセンティシティー(「正統性」と「正当性」と「純粋性」を足して3で割ったような意味で使っていますが)の問題に悩まされないのだから、その点だけでも幸せだな、と思いました。しかし、もう一度、頭をめぐらせてみたら、はたして、そういっていいかどうか、自信がなくなりました。ほんとうに欧米の人間は、文化的オーセンティシティーの問題から解放されているのか?

そう思ったのは、春の曲をリストアップしていて、西洋と東洋の「仮想的狭隙」で仕事をしたミュージシャンのことを思いだしたからです。

◆ 霧の中のmeadow ◆◆
今日の主役は楽曲ではないのですが(といいつつ、柄にもなく、タル・ファーロウ盤のコピーに挑戦してしまった!)、恒例なので、ちょっとだけSkylarkの歌詞を見ます。ファースト・ヴァース。

Skylark, have you anything to say to me?
Won't you tell me where my love can be?
Is there a meadow in the mist
where someone's waiting to be kissed?

「ヒバリよ、なにかぼくに告げることはないのか? ぼくの愛する人がどこにいるのか教えてくれないか? どこかに口づけを待つ人のいる霧に包まれた緑の丘はないのか?」

meadowというのは、辞書には「採草地、(永年)牧草地、草地、草刈地《特に 川辺の草の生えた未開墾の低地; 樹木限界線近くの緑草高地》」とあり、pastureを参照せよ、といっています。

直訳するとあまり詩的ではない日本語になってしまいますが、「♪僕は英語の習いたて」のころ、Till There Was Youの歌詞カードでこの単語を拾い出し、辞書で意味を知ったときは、じつにいい言葉だと思いました。この言葉の直後にオーギュメントの音が入る、子どもにはエキゾティックに響いたコード進行とともに、meadowsという言葉の響きも深く脳裏に刻み込まれました。meadowはかならずしも高い場所ではないのですが、Till There Was Youの連想(There were bells on the hill)で、「丘」としました。

セカンド・ヴァースは以下のようになっています。ヒバリが出てくれば春と決まっていますが、ほんとうに春の歌だという証拠として示します。

Skylark, have you seen a valley green with Spring
Where my heart can go a-journeying
Over the shadows in the rain
To a blossom covered lane

時間とスペースがもったいないので、歌詞は以上で切り上げます。今回は、楽曲はただの枕、エクスキューズにすぎません。ジョニー・マーサーはいい作詞家ですが、この歌詞はわたしのテイストにはちょっと甘みが強すぎます(こんなブログをはじめたせいで、義務的にスタンダードを大量かつ集中的に聴いたため、スタンダード・アレルギーを発症してしまったせいもある。ピアノ・アルペジオのイントロやスネアの「ブラシ廻し」を聴くと、ボーズを殴りつけたくなる!)。春の歌だとわかれば、それでSkylarkの役目は終わりです。

◆ 合わせ鏡の無間地獄音楽 ◆◆
さて、今日の主役は、ジョニー・マーサーでもなければ、ホーギー・“ウィシュボーン”・カーマイケルでもなく、アルバムBrass and BambooでSkylarkを取り上げた、アレンジャー、作曲家、音楽学者、南加大のタク・シンドー教授です。

f0147840_23324170.jpg当ブログではしばしば言及している、キャピトルのUltra Loungeシリーズの1枚、Space Capadesに収録されたStumblingのアーティストとして、この人の名前をはじめて見たとき、うかつにも、インド系かなあ、などと思ってしまいました。まぎれもない琴の音が鳴っているというのに! おそらく、漢字で書けば新藤、進藤、真藤といった苗字で、名前は「たけし」を縮めたものだそうです。日系二世のミュージシャンなのです。

そうとわかったとたん、わたしの額から、筑波山の麓でとった四六のガマのように、たらーり、たらーりと膏が流れはじめました。Stumblingという曲のサウンドは、明らかにエキゾティカだからです。ご存知ない方のために説明すると、「エキゾティカ」というのは、アメリカ人が「はるか海の向こうにあるといわれる」国々からやってきた「ように」聞こえる音楽として、仮想的に生みだしたものであって、現実の東洋音楽とは、又従兄弟の知り合いのそのまた知り合いの家のはす向かいの家の二階の四畳半の間借人ぐらいの血縁にすぎないのです。

しかるにですな、タク・シンドーは、アメリカ生まれとはいえ、日系人、それも、ジョンだのトムだのジムだのといった生まれもつかぬファースト・ネームではなく、たけしという、立派な日本人の名前を持つ人です。そういう人が、なぜ現実の父母の国を、音楽的な竜宮城かアトランティスかムー大陸のようなものにしてしまうのか? ここでわたしの思考は、四方を鏡に囲まれた四六のガマの無間地獄に陥り、脱出できなくなってしまったのです。

f0147840_235216.jpg
タク・シンドー・バンド。ビッグバンドの場合、リーダーは服装でわかることになっているので、左端の白っぽいジャケットを着た人物が若きタク・シンドーにちがいない。

◆ 日本人を演じた日本人 ◆◆
「ハリウッド」という言葉は、しばしば音楽にまつわる疑問に解決をあたえてくれます。ハリウッドではどんなことでも起こる、とレイモンド・チャンドラーが保証したぐらいでしてね。タク・シンドーだって、仕事場がハリウッドならば、チャンドラーやハメットやフィッツジェラルドですらそうしたように、なんでもやるしかないのです。そう考えれば、シンドーが日本人としての「根」は棚上げにし、ハリウッド人種が空想するJapanese rootsを利用して、音楽をつくっていったのだということは容易に想像がつきます。

今回調べていて、タク・シンドーに関する詳細な学術的研究を見つけました。この論文のおかげで、いろいろな事実がわかりましたが、大筋において、自分の想定を修正する必要は感じませんでした。

f0147840_23501028.jpg最晩年のインタヴューで、彼は、ハリウッドが自分に求めるものを、ハリウッドの空想に鋳型に合わせて提供しただけであり、日本の現実の音楽を反映したわけではない、という趣旨のことをいっています。ハリウッドに働くあらゆる人間の必需品であるプラグマティズムを、タク・シンドーも実践しただけなのです。まぎれもない日本人の血のおかげで、彼が「これが日本的である」といえば、ハリウッドはそれを信じたのです。それはそうでしょう、シンドーは、ハリウッド人種にわかるものだけを提示したのですから。

しかし、わたしの脳中の四六のガマはまだ消えません。やっぱり、どこかねじれていると感じるのです。そのねじれはハリウッドの力をもってしても、真っ直ぐにはなってくれません。

f0147840_0121114.jpgいったい、どこを基準点にして見ればいいのか、そこがわからないのです。シンドーは音楽的にはジャズをルーツとしたアメリカ人ミュージシャンであり、日系人として、大人になってから日本の音楽を学問的に研究し、その過程で琴などの楽器もプレイするようになりながら、いっぽうで、一時的ではあれ、アメリカ人が空想する架空の東洋の音楽を生みだす作曲家、アレンジャーとしてハリウッドで活躍しもしたのです。

さらにもうひとつ、わたしという、日本人でありながら、日本の音楽にはまったく興趣をおぼえず、子どものころからロックンロールばかり聴いて純粋培養的に育ったリスナー、という次元まで加わり、複雑性は幾何級数的に増大して、なにから手をつければ、このねじれを解消できるのかわからないほどです。

そもそも、これは先達の方たちがすでに繰り返し言及しているはずのことですが、日本人がエキゾティカを聴くことそれ自体が、「自分たちが他国の人間にどのように“空想”されているかを知ろうとする」行為であり、それだけですでに「メタ」なのです。

f0147840_0133681.jpgエキゾティカの作り手が白人でありさえすれば、この程度のメタは現代では当たり前のことで、マーティン・デニーやアーサー・ライマンやレス・バクスターを聴いているぶんには、ちょっと収まりかえって、片頬に皮肉な笑みを薄く浮かべつつ、「一次元メタ」を楽しむことができます。

いや、さらに一歩進めて、日本人がつくる疑似エキゾティカないしはメタ・エキゾティカであっても、それはそれで、「シャレね」と理解し、二次元の「メタ・メタ」をクリアすることもできます。

しかし、アメリカ生まれのアメリカ育ちの日系ミュージシャンが、アメリカでつくった疑似日本風音楽(しかも、それがまったくオーセンティックではないことを、日本音楽の研究者でもある作り手は百も承知していた)を、日本人として聴くのは、もう一次元あがった「メタ・メタ・メタ」で、めまいを起こしそうな経験なのです。

◆ アレンジャー「進藤たかし」 ◆◆
どうも落ち着かない、と感じながらもタク・シンドーを聴くのは、ひとつには、彼がかなり腕のいいアレンジャーだからです。Skylarkにも、それはあらわれています。この曲でも、ハリウッドが彼に求めるもの、「オーセンティックな日本」風味である、琴のオブリガートを入れていますが、それを取り去れば、(自己撞着気味の表現だが)「オーセンティックなハリウッド音楽」であり、この曲の他のヴァージョンより、わたしにはずっと好ましい出来に感じます。

f0147840_0145777.jpg
Tak Shindo "Mganga!" これは東洋的エキゾティカではなく、ジャングル・エキゾティカ。そういうサブ・サブ・ジャンルの盤も相当数ある。

上記の論文を読んではじめて知ったのですが、1960年代、シンドーは日本ビクターの仕事で日本を訪れ、日本の曲を録音しています。アルバムの存在を知らなかったのだから、もちろんもっていません。この論文に付された「春の海」と「桜」の冒頭のみのサンプルを聴いただけです。

タク・シンドーは、ここではハリウッドで利用したエキゾティカ的装飾(琴のギター的ストロークやゴングなど)はいっさい使っていませんし、もちろん、メロディーを崩して、なんの曲だかわからないものに仕立てるようなこともしていません。ジャズにルーツをもつ日本人アレンジャーの仕事であってもおかしくないような、日本的な曲のまっとうなオーケストラ・アレンジです。やはり、シンドーが腕のいいアレンジャーであることを確認できました。

f0147840_016630.jpg
Tak Shindo "Sea of Spring" 写真もタク・シンドー自身によるものだとか。

これでわたしのガマの油も引っ込んだかというと、逆に倍加してしまうのが想像力のおそろしいところです。鏡に囲まれた四六のガマがおのれの姿を見て、たらーり、たらーりと膏を流すのは、想像力のせいなのです(いかに四六のガマとはいえ、所詮、カエルにすぎない、カエルに想像力があるか、などという脇筋の些細な疑問は、この際、棚上げに願いましょう)。タク・シンドー編曲・指揮による「春の海」に「編曲・服部克久」と書いてあれば、なるほど、と思うはずなのに、タク・シンドーと書いてあるばかりに、わたしの想念はやはりメビウスの環を描きはじめます。

アメリカで生まれた日系アメリカ人ジャズ・ミュージシャンが、長じて日本の音楽を研究し、日本にやってきて、日本人リスナーのために、宮城道雄の曲をアメリカ的センスでオーケストレートする、というのは、やはり、ちょっとアングルを変えただけの「鏡地獄」的状況なのです。

さっきから同じことばかり書いているような気がしてきたので、頭を冷やすために、本日はここらで切り上げさせていただき、明日以降にSkylarkの他のヴァージョンをざっと見ることにします。

f0147840_0199100.jpg

[PR]
by songsf4s | 2008-03-21 23:55 | 春の歌
雪ちゃんは魔物だ by バートン・クレーン
タイトル
雪ちゃんは魔物だ
アーティスト
バートン・クレーン
ライター
Traditional, 森岩雄(日本語詞)
収録アルバム
バートン・クレーン作品集
リリース年
1931年(CD化2006年)
他のヴァージョン
Mississippi John Hurt, Jimmie Rodgers, Helen Morgan, Elvis Presley, Brook Benton, Sam Cooke, the Ventures, Merle Haggard
f0147840_23231694.jpg

ゲストライターのTonieさんによる「日本の雪の歌」特集は、本日の番外編でほんとうにホントの最終回です。わたしもよく、季節に関係のない曲をこじつけで無理矢理押し込みますが、心優しいTonieさんは、郷に入っては郷に従え、ここでも当ブログの悪習を踏襲され、最後はブラッシュ・ボールか、はたまた、スピッターかという「不正投球」を選ばれました。(席亭songsf4s敬白)

◆ 「雪の歌」番外編 ◆◆
たいがい、こういう企画では、最後に選外とか、番外編を選ぶのがスジというものでしょうから、「雪」にからむ日本の歌を、もう1曲取り上げさせてください。今回のお題「日本の“雪”の歌」にあわせて、最後はナックルボールで勝負です!

さて、ヒッチコックの『白い恐怖』ではないですが、雪が魔物と化した時にはどれほど恐ろしいか、雪国に住むものなら、だれでも一度や二度は体験していると思います。今回は、そういった、雪のもつ恐ろしさの一面に着目した作品を取り上げたいと思います。

古来、雪の恐ろしさを知らせるためには、日本では「雪女」という説明装置を作り、子供の外出を禁じるように機能させてきたものと思われます(異なる解釈もあるでしょうが)。「雪のワルツ」の三木鶏郎作品にも「泣く泣くかぐや姫」風の佳曲「雪女」(ダークダックス歌)がありますし、北原白秋作詞・團伊玖磨作曲による「雪女の歌」という曲もあるようです。

今回の曲は「雪女」からさらに「雪」を取り去っても、雪の恐ろしさと神聖で清い面が説明できる希有な曲です。「雪女」から「雪」を取り去ったら……「女」? そう、「雪」ちゃんの登場です!

◆ 「雪ちゃん」総ざらえ ◆◆
歌に限らず、「雪ちゃん」を総ざらえします。僕の年代で思い浮かぶ「雪ちゃん」は、アニメ『宇宙戦艦ヤマト』に登場する森雪が筆頭でしょう。もう少し前の世代の方なら、藤田敏八監督の『修羅雪姫』(1973)の「お雪」、あるいは、「まつのき小唄」(1965)の二宮ゆき子でしょうか。

90年代中頃に深夜ラジオで時々かかっていた遠藤実作曲の「雪子のロック」(1967)は、シャングリラスにひけをとらない壮絶な事故ギミック作品ですが、当時聴いていた人はいらっしゃらないと思います。

『続青い山脈 雪子の巻』(1957)では、司葉子が「島崎雪子」を演じています。青い山脈は、このリメイク作品のあとも何度もリメイクされ(1963、1975、1988)、それぞれ「雪子」が登場します。もう少し遡って、轟“夕起子”は、雪子ではなく「ハナ子さん」(1943)を演じていました。

映画、歌謡曲より、昔の作品を手にしやすい書籍の世界に目を移すと、谷崎潤一郎『細雪』(1948)の「雪子」、永井荷風『濹東綺譚』(1937)の「お雪」などは、僕も読んだ印象深い「雪ちゃん」ものです。

f0147840_23354578.jpg
荷風散人作『濹東奇譚』より、木村庄八描く「お雪さん」の図。わたし(songsf4s)思うに、木村庄八の全画業のなかで『濹東奇譚』挿絵は抜きんでた傑作。いま思いだしたが、映画では山本富士子がお雪さんを演じていて、玉ノ井遊郭に山本富士子がいるもんかよ、と、玉ノ井なんか知らないくせに呆れてしまった。

そのサイトの意義と関係者の熱意に頭の下がる、青空文庫では、夢野久作「雪子さんの泥棒よけ」(1936)、樋口一葉「うつせみ」(1897)の「雪子」に出会うことが出来ます。なにが云いたいかというと、「雪ちゃんは魔物だ」が作られた1931年頃、雪ちゃんは普通の名前だったのだろう、ということです。

◆ バートン・クレーンの人となり ◆◆
f0147840_23403852.jpgバートン・クレーンがどういう人なのか、一言でいうと、片言日本語で歌う戦前の歌手です。本業は、英字新聞「ジャパン・アドバタイザー」紙の記者で、余興で歌った「酒がのみたい」という替え歌がコロムビア社長の目に止まり、以後10数枚のSPレコードをリリースしたというのだから面白い経歴です。

銀座を歩くと「どこの店からも、このレコード(クレーンの「酒がのみたい」)が聞こえてくる程流行っていた」(橋本淳「日本のジャズソング」解説より)そうですから、一世を風靡したのでしょう。2006年に復刻CDが出たので、その全貌を手軽に知ることができるようになりました。

◆ 「雪ちゃん」と太郎 ◆◆
それでは一番です。

雪ちゃんは魔物だ ニッコリ笑えば
太郎は目がくらんで ゴー・ストップにぶつかった
おお、雪ちゃん、君凄いネ

この曲は六番までありますが、起承転結が明快で、一番を見れば、二番以降の傾向がわかると思います。コード進行も明快です。信号をゴー・ストップというところに少し時代を感じますが、彼が外人だからこういう単語を使ったのか、この時代特有の呼び方なのかは分かりませんでした[songsf4s割り込み 「ゴー・ストップ」は一般に使われていた。ただし、自動信号機のみならず、手動信号機にもつかわれた形跡あり]。「お外にぶつかった」と歌っているように思ってました。

f0147840_23495499.jpg
日本橋白木屋デパート前の「自動信号機」。いざ昭和初期の信号機の写真を探してみると、なかなか見つからないもので、これはよりによって昭和8年の白木屋火災の際の写真。読めないだろうが、右から左に「シンゴー」と書いてある。それまでだれも知らないものだったのだから、書いておかないとなんだかわからなかったのだろう。尾張町交叉点(銀座4丁目)に自動信号機が設置された(こちらには漢字で「信号」と書いてあった)のが昭和6年のことだとか。それまでは交通整理の警官が手で合図するか、手動信号機を使っていたらしい。なお、今回の写真選択とキャプション文責はすべてsongsf4s。

「Frankie and Johnny」のコードタブにあたるとその多くがC-F-G(あるいはA-D-E、G-C-Dのいずれか。また、C-F-G7としているサイトもあった)で示されています。「雪が魔物と化した時にはどれほど恐ろしいか」を、これほど単純明快に歌い上げる歌を僕は他に知りません(^_^)。

なお、この太郎は、バートン・クレーンによって「♪太郎は一番の阿呆ですよ」(「コンスタンチノープル」)、「♪太郎はカフェーに行ったのよ」(「かわいそう」)と歌われる「太郎」と同一人物かどうかは定かではありません。

◆ 「雪ちゃん」と二郎 ◆◆
次に二番です。

雪ちゃんは魔物だ 色眼つかえば
二郎さんは天に登って 太陽に衝突
おお、雪ちゃん、君危ないネ

二郎さんも魔物にやられました。「二郎さん」こと坂上二郎が「飛びます、飛びます」とギャグをやるのを予見していた訳ではないでしょうけれど、天にも昇る気持ちが太陽まで届く諧謔性はたいしたものです。

ここで長めの間奏がはいり、バンジョーのリズムに合わせて、サックスがソロをとります。コロムビアジャズバンドは、当時の最高のジャズバンドだったようで、この曲は熱演ではないでしょうがそつなくこなしています。「日本のジャズソング」解説には、「トロンボーンはバートン・クレーンの時代は谷やん(谷口又士)だが、その以降は、みんな鶴やん(鶴田)のソロ」とあります。ただ、ドラムがいないのがちょっと残念です。

f0147840_2355385.jpg
雪ちゃんはどこだ? 今回は写真材料がないので、「雪ちゃんはどこだ?」と題して、昭和初期のご婦人たちの写真を集めてみた。Tonieさんのあずかり知らぬことで、すべてsongsf4sの仕業なり。なお、写真は本文と関係ありません!

◆ 「雪ちゃん」と三郎 ◆◆
そして三番。

雪ちゃんは魔物だ 泣いてみせれば
三郎さんは駆け出して 金庫を破った
おお、雪ちゃん、君罪だネ

はっぴいえんどの「かくれんぼ」でも登場した、三好達治の「雪」では太郎と次郎が登場しましたが、バートン・クレーンは三郎も四郎も登場させていきます。三郎が金庫を破るなど妙にシチュエーションが細かくて、金庫破りでも当時あったのでしょうか。80年近く前のことなのに、つい最近の出来事のように感じる、「画になる」出来事が短い詞に詰まっているので、僕は、バートン・クレーンの歌のことを「ポケット・シネマ・ソング」と名付けています。

◆ 「雪ちゃん」と四郎 ◆◆
さらに四番。

雪ちゃんは魔物だ 肘鉄砲すれば
四郎さんはガッカリ 汽車ポッポ往生
おお、雪ちゃん、君つれないネ

ひじ鉄砲と汽車ぽっぽ、の韻の踏み方はそりゃあんまりにも強引だろう、の出来です。ここで、二度目の長めの間奏がはいります。今度はバンジョー主体です。編曲者としてクレジットがあるハーバート・エルカという人がどういう人か不明です。

f0147840_23594350.jpg
雪ちゃんはどこだ2 「コロンビヤレコード銀座陳列所」だそうだが、レコードを売っていたのか、蓄音機を売っていたのか、はたまた「陳列」(なんの?)のみかは不明。写真は本文とは関係ありません。

◆ 「雪ちゃん」と五郎 ◆◆
さらに五番。

雪ちゃんは魔物だ 小唄謡えば
五郎さんはうっとりして アイスクリームになった
おお、雪ちゃん、君冷たいネ

全体に諧謔性に溢れる曲の中でこの歌詞が一番好きです。「私の鶯」でとりあげたサトウ・ハチローは、バートン・クレーンの「酒がのみたい」を「ああ、俺もこんな酔拂った歌が作りたい」といったそうですが、こんな甘い「Ice candy」ソング、僕も作ってみたいです。

◆ 「雪ちゃん」と六郎 ◆◆
〆の六番です。

雪ちゃんは魔物だ でもやっぱり女だ
六郎に惚れて 裸にされた
おお、雪ちゃん、君も憐れだネ

ここがオチになります。昭和初期は、モダニズムとエログロ・ナンセンスにあふれた時代といわれますが、この曲は最後のこのオチでその時代の色合いが濃く出ていると思います。この最後の歌詞を「♪君も哀れ。じゃーね」だと思っていて、延々と続く後奏に、格好も格好だし、ほったらかしにしないで早く終わってあげればいいのに、と余計な老婆心を起こしました。

f0147840_042511.jpg
日活映画主題歌「エロ感時代の歌」楽譜。映画も歌もまったく知らないが、タイトルだけは仰天する。

いずれにせよ、こんな曲が戦前にあったと思うと、自分の戦前に対するイメージがガラリと変わり、心境的にも近しい過去として位置づけられました。「古いものは決して古くならない 新しいものだけが古くなる」と十九世紀のドイツの詩人リュッケルトが言ったそう(と、高田文夫氏が新聞で書いていた)ですが、自分が好んで聴いている曲は、実際の「音」を聞くと、古くなったというレッテルを貼られただけで、元々古かったわけではない、ワクワク出来る曲だと感じます(一部、あたまで変換してきいている部分もあるかもしれませんが)。

こうした戦前のユーモアソングの面白さを伝えることは、情報や選択肢が多いようで、とおり一遍のもの以外は聴きにくい音楽状況(ビジネス主体)に、風穴をあける効果もあると思います。

◆ 「雪ちゃん」と「Frankie and Johnny」 ◆◆
「雪ちゃんは魔物だ」の原曲であるFrankie and Johnnyには、エルヴィスやサム・クック、ブルック・ベントンなどのバージョンがあります。くわしくはここでどうぞ。

[songsf4s割り込み]

Tonieさんにかわって、うちにあるFrankie and Johnnyの各種ヴァージョンをご紹介します。

f0147840_0125496.jpgもっとも古いのは、1928年のミシシピー・ジョン・ハート盤ですが、これ、ほんとうにFrankie and Johnnyかなあ、と思うくらいで、他のヴァージョンとは歌詞もちがうし、メロディーも近縁性に乏しく、似ているのはタイトルだけです。まあ、デルタ・ブルーズにメロディーがあるか、といわれれば、ないも同然というしかなく、問題とすべきは歌詞だけですが、プロットは似ているものの、語句は別物です。

つぎは1929年のジミー・ロジャーズ盤。ジミー・ロジャーズといっても、50~60年代に活躍したポップ・シンガーではなく、カントリー・ヨーデラーのほうです。これは、なるほどエルヴィスがうたったのと同じ曲みたいだ、と感じます。歌詞もそこそこ似ています。

バートン・クレーンが参照した可能性があるのは以上の2種なのですが、どちらもあまり似ていないなあ、と思います。まさにトラッドとして、だれのヴァージョンということもなく覚えていたのではないでしょうか。

f0147840_0151536.jpgつぎは1934年のヘレン・モーガン盤。ハート、ロジャーズの泥臭さを完璧に殺菌消毒したソフィスティケーティッド・ヴァージョンで、ピアノとストリングスのみの室内楽的プレイをバックに、オペラ歌手のようにうたっています。室内楽的バッキングなのに、セヴンスの音を強調しているところが妙に現代的で、なかなかイケます。ストリングスでブルーズをやるというのは、当時としては画期的だったのではないでしょうか。

わたしがもっともよく聴いたのはサム・クック盤です。クック・セッションのレギュラー・プレイヤー/アレンジャーだった、ルネ・ホールのプレイと考えられる、ダンエレクトロ6弦ベース(ダノ)が印象的。リッチー・ヴァレンズのLa Bambaの有名なダノ・イントロもホールのプレイです。

不思議なことに、フレージングは異なりますが、ブルック・ベントン盤にもダノが使われています。どちらかがどちらかを参照した可能性あり。だれだかは知らず、ドラムとベースのタイムがいいので、グルーヴに違和感なし。もちろん、ベントンは好みなので、ヴォーカルもけっこう。

f0147840_0173772.jpgエルヴィス・プレスリー盤は、1966年の映画『フランキーandジョニー』(カタカナとアルファベットが混在する汚い字面は当方の責任にあらず、輸入会社の不見識なり)のテーマとして使われたもので、ドラムはハル・ブレインでしょう。ビッグバンド・ドラミングとロック・ドラミングの中間的なスタイルで、面白いか面白くないかはさておき、興味深くはあるプレイ。

ヴェンチャーズ盤は当然インストですが、Frankie and Johnnyだかなんだかよくわかりません。つくる側もそう思ったのでしょう。女声コーラスがうしろで、繰り返し「フランキー・アンド・ジョニー」と叫んで、しきりにアイデンティティーを保証しています。それでもやっぱり、Frankie and Johnnyには聞こえないところがすごい! 要するに、どこのなにともつかない、出自不明の3コードのシンプルなリック・オリエンティッド・インスト。

f0147840_0223989.jpg1969年のマール・ハガード盤は、ジミー・ロジャーズのカヴァーを集めたアルバムに収録されたもの。エレクトリック(テレキャスター)、アコースティックともに、ギターがむちゃくちゃにうまくて、ヴォーカルなんかどうでもよくなっちゃいます。

メロディーはあるんだかないんだかあやふやで、「ホンにあなたは屁のようなお人」てなものだから、みんな適当に勝手なラインをうたっています。歌詞も、設定だけが同じで、字句はてんでんばらばらアネさんまちまち好き勝手。このあたりがトラッドのトラッドたる所以でしょう。しかし、この曲の面白さは歌詞にあるといってよく、その歌詞の設定だけは、「雪ちゃんは魔物だ」に引き継がれています。

思いだすのは、デル・シャノンのRunawayとその続篇であるHats Off to Larry(「ラリーに脱帽、彼はおまえをふった」)と、レスリー・ゴアのIt's My Partyとその続篇であるJudy's Turn to Cry(「こんどはジュディーが泣く番、ジョニーはわたしのところにもどってきた」)です。

60年代的常識では、悪い男または女が正篇で語り手をコケにし、続篇では一転、その悪者たちが天網恢々疎にして漏らさず天罰覿面勧善懲悪的にひどい目にあい、語り手は、ざまあ見ろ、と正編での溜飲をおおいに下げることになっています。しかし、Frankie and Johnnyおよび「雪ちゃんは魔物だ」においては、紙幅の都合か、昔の人は気が短かったのか、はたまた出し惜しみしない太っ腹だったのか、悪事と天罰がきちんとセットになった因果応報一回完結読切りという構造をとっています。

以上、songsf4sによる長ったらしい割り込みを終わり、Tonieさんの本文にもどります。

f0147840_030616.jpg
雪ちゃんはどこだ3 「帝都舞踏場」における「盆踊舞踏大会」の景。踊っているのは当然「東京音頭」だろう。写真は本文とは関係ありません。

◆ おわりに ◆◆
本特集の途中で、songsf4sさんから「日本的なものと西洋音楽的なものの接点について語っている」というお言葉をいただきましたが、この曲などは、まさに接点の問題をいろいろな角度から眺められる曲なのではないかなと思います。

山川方夫「ジャンの新盆」のなかにこんなセリフがありました。

「古いしきたりの中の自分、民族的な血と歴史をもつ自分を捨てなければ、日本人には西欧的な自己はもちえません。でも、日本においては、日本を否定することこそ、もっとも日本的なことなのです。日本という国の文化も、いつもそのようにして育ってきました。だから文化的であろうとする日本人は、つねに日本のなかでひどく孤独になるのです」

「文化的」がいいことなのかわかりませんが、この言葉はすごくよく伝わります。でも、あまり西洋音楽が好きな日本人という「自己」に苛まされなくても、上の世代から伝えられた文化の蓄積を感じながら、昔の音楽も、現在進行形の音楽も、日本の音楽も、海外の音楽も同じように楽しむ。こんな21世紀型の“モダンで乙な”音楽とのつきあい方が出来る時代が、ネットの普及によって始まっているようにおもいます。

f0147840_0363826.jpg
雪ちゃんはどこだ4 銀座「美松」の「レコード・サービス・ガール」たち。なんのことかは不明だが、どうやらこの店では、美女がレコードや針を交換する(SP盤用の鉄針や竹針は頻繁に交換しなければならない)のもアトラクションの一部としていたらしい。写真は本文とは関係ありません。

しかし、「とおり一遍」の音楽以外を紹介するサイトは少ないように思いますし、その「とおり一遍」の音楽ですら、きちんと語られていない現実があります。アーティストと曲名だけで、詞の内容も作詞・作曲者も紹介されないことも多いですし、編曲者になるともっとすくなく、さらにミュージシャンとなるとほとんど皆無です。僕がsongsf4sさんのサイトを大好きなのは、songsf4sさんが“モダンで乙な”音楽とのつきあいを実践されたうえで、他人に伝える条件整備をされているところにあります。

軽い気持ちで請け負って始めましたが、1曲の内容検討だけでもそのかかる労力たるや大変なものがあると分かりました。読者の皆さんには、songsf4sさんの更新の邪魔をしまったことをお詫びするとともに、自分としてはとにかく楽しい勉強の日々を持たせて貰ったことに感謝しています。ありがとうございました。

f0147840_0411347.jpg
バートン・クレーン「ニッポン娘さん」。近年、もっとも衝撃を受けた曲のひとつ。思わず、「こんなところにCalifornia Girlsの原型があったとは!」なんて、あらぬことを叫んでしまった。

[PR]
by songsf4s | 2008-03-19 23:55 | 日本の雪の歌
私の鶯 by 李香蘭 その2
タイトル
私の鶯
アーティスト
李香蘭
ライター
サトウ・ハチロー、服部良一
収録アルバム
私の鶯
リリース年
1943年
f0147840_171188.jpg

ゲストライターのTonieさんによる「日本の雪の歌」、本日は「私の鶯」の後半です。

奇妙な偶然もあるものだと思ったのですが、一昨夜、就寝前にたまたま手に取った、鮎川哲也『貨客船殺人事件』の冒頭に収録された「夜の散歩者」に、つぎのようなくだりがありました。パーレン内も、わたしのお節介ではなく、著者自身による注です。

「ぼくらのあいだで議論になっているアラビエフ(正確にはアリャービエフ)はロシヤ歌曲の創始者といわれている半しろうとの音楽家だが、その作品としてあまねく知られているのは《うぐいす》一曲しかない。ボクはその理由をこれしか作曲しなかったからだといい、水木は、他に数多くの曲を書いたがたまたま《うぐいす》だけがヒットしたのだといった」

鮎川哲也は満州育ちであり、クラシック音楽の愛好者としても知られ、SP盤取引きの世界を舞台にした『沈黙の函』という長編も上梓しています。さて、そのアラビエフないしはアリャービエフの《うぐいす》が、本日の記事にどう関係してくるか、それは本文のほうでどうぞ。(席亭songsf4s敬白)

◆ クラシックと服部メロディ ◆◆
曲自体の解説は終了しました。ここからは、余談というか、「粉雪」と「鶯」をキーワードに、「私の鶯」という曲の背景に少し迫ってみたいと思います。

まず、『私の鶯』という映画の内容を紹介しないといけないのですが、結構複雑なので、ビデオのパッケージの梗概を引用します。

「ロシアの声楽家ディミトリらは、ロシア革命で祖国を追われ、冬の満州をさまよっていた。瀕死のところを、偶然、隅田という日本人に救われた。しかし、くつろぎも束の間、突然の銃声が軍閥間の戦闘の始まりを告げた。逃亡中に隅田の妻は死に、傷ついた隅田も娘満里子と別れ別れになってしまった。それから十八年、消息の知れなかった満里子は、ディミトリに育てられて美しい娘に成長していた……」

f0147840_1722276.jpgこの娘が李香蘭であるのは、いうまでもありません。映画は、ロシア語主体ですが、日本語のシーンもあり、ロシア語だけで作られた黒澤明の『デルスウザーラ』以上に独特です。映画だけでなく、曲全体に満ち溢れている雰囲気もまた独特です。いうならば、この曲はおおよそ今までのポップスの流れから出てきたとは思えない、孤高性とでもいうようなものを感じるのです。

例えるなら、服部良一メドレーとして、「一杯のコーヒーから」や「銀座カンカン娘」と一緒に歌われているところがまったく想像できない歌なのです。もちろん、後半部分に技巧が必要なところがあって、歌える人がなかなかいないというのはあるのでしょうが、それだけの問題ではないように思います。

この「孤高性」がこの歌のどこに起因するのか、1週間ほど、ずっと考えていました。この歌には、どこかピンと張りつめた空気のようなものが充満していますが、この曲自体や李香蘭が歌うという行為そのものについて、感傷的すぎるとかエキセントリックだとか、思ったことはありません。結論らしい結論は出ませんでしたが、「孤高」というのは、もう少し次元の異なる問題のように思うのです。

ポップスとクラシックとを区別して考えることが適当かどうか分かりませんが、僕がひとつ思いついたのは、この「私の鶯」だけは「音楽家、服部良一のクラシックへの憧れが凝縮されて、衒いなく具現化されている曲」だろうということです。服部良一のほかの数千曲は、○○ジャズ、○○ルンバ、○○ブルースなど、どんなジャンルの曲であれ、ポップスが基調にあるけれど、「私の鶯」だけは異なる、また、クラシックの素養のある李香蘭によって、その具現化が可能になった、と考えるのです。

f0147840_1751556.jpg『私の半生』によると、李香蘭は元来、体が丈夫でなく、肺浸潤を患って半年休学し、自宅静養する彼女を励ましてくれた、リューバ・モノソファ・グリーネッツという、ユダヤ系の白系ロシア人少女が同級にいました。そのリューバが、病弱の李香蘭に呼吸器をきたえる健康法として、「クラシック歌曲」を習うことをすすめ、知り合いのマダム・ポドレソフを紹介してくれたおかげで、のちの彼女があるといっています。

マダム・ポドレソフは、ミラノ音楽学校教授を父にもつイタリア人で、ロシア貴族のポドレソフと結婚し、オペラ歌手として帝政ロシア時代のオペラ座で活躍しました。ドラマチック・ソプラノの世界的な名手だったので、指導者としては指導者としても申し分なしだったと思います。

『私の半生』には、李香蘭が、日本の歌曲「荒城の月」を祖国への郷愁そのものととらえ、シューベルトの「セレナーデ」、ベートーベンの「イッヒ・リーベ・ディッヒ」、グリークの「ソルベージュの歌」をうたい、中国の哀歌「漁光曲」や民謡の「鳳陽歌」のメロディを好んだことが出てきます。こうした多様性が、李香蘭の歌をクラシックを基盤にしながらも、より幅広いものにしていたのではないでしょうか。

李香蘭の歌は、クラシックのプロと比較すると、多少、危うげで苦しそうな音程の所もあるのですが、それもふくめて僕は彼女の歌声が非常に好きです。ラケル・メレよりもマルタ・エゲルトよりも好きです。もっと深くクラシックを学んだ二葉あき子じゃダメだったかというと、二葉あき子には服部良一作曲の名作「バラのルムバ」があるから、あえてこの曲じゃなくてもいいじゃないですか、とお茶を濁し、意をくみとってもらえれば、と思います。

f0147840_1773334.jpg

◆ メッテル先生の教え子 ◆◆
服部良一は、自伝で「私の鶯」について以下のように語っています。

「このときは、島津保次郎監督とハルピンに渡って仕事をした。ハルピン交響楽団の指揮者シュワイコフスキー(名刺には酒愛好スキーとしゃれていた)をはじめ、全楽員の協力で楽しく現地録音することができた。ハルピン交響楽団はメッテル先生が育てた東洋有数のオーケストラである。メッテル先生の思い出も楽しい話題であった」

つまり、共通の師であるメッテル先生への思いや、先生に教わってきたクラシック曲への思いを録音に込めたのではないかということです。もしかすると、メッテル先生の先生、リムスキー-コルサコフの作った『ばらのとりこになった夜鳴き鶯』の話もしたかもしれません。

残念ながら、自伝などには、「私の鶯」のことは、あまり詳しくは書かれていませんので、思い入れのある曲ではないため記載が少ないのか、戦時中の満州についてのコメントを差し控えた結果、記述が少ないのか、あるいは、自伝に求められていたのが「日本のヒット曲」だったため、該当しなかったのか、そのあたりは分かりません。でも、この楽団との仕事に満足している様子は伝わってきますので、演奏はうまくいったと思っているのではないでしょうか。

◆ ハチローの「粉雪」 ◆◆
作詞についてはわからないところがあります。例えば、先に映画製作サイドで題名を決めて詞を依頼したのか、サトウ・ハチローが曲の題名(=映画の題名)を決めたのか、といったことです。また、詞先なのか、曲先なのかも、わかりません。

後述しますが、ボクは映画製作サイドで『私の鶯』という題を決めて、「雪の満州」に「春が来る」ような詩を書いてくれ、とプロットも示して依頼したのではないかなと思います。そして、曲にあわせて詞をつけたのではないでしょうか。

サトウ・ハチローは随筆集『落第坊主』で次のように書いています。

「ボクは、詩を先に書いて、作曲家に渡すこともあるが、たいていは曲を先へ書いてもらって、あとからボクが詞をつけている。曲がりなりにも譜が読めるから、この方法の方が便利なのだ」

f0147840_17102654.jpg

また、『ぼくは浅草の不良少年 実録サトウ・ハチロー伝』(玉川しんめい)でもこれを補強するエピソードがあげられています。同書に引用された「詩と童謡」誌の座談会で、藤浦洸、片岡忠男、古関裕而、藤田圭雄(たきお)は、次のように回想しています。

片柳 (サトウ・ハチローは)音楽学校だけは行かなかったと思うね。
古関 ところが音楽やるんですよね、ハチローさんは。詩人のなかで譜面をすぐ読めるのは、こちらの藤浦さんとハチローさんぐらいじゃないかと思うんですけれどもね。
藤浦 そうですよ。
古関 ですから詩をお願いして、曲が先にできますよね。譜面をお渡ししてちゃんと詩を作っていただけるのは、藤浦さんとサトウさんしかいなかったですね。マンドリンなんかおやりになったようですから。
藤浦 マンドリンじゃない、ギターだよ。
藤田 ええ、ギター、うまいですね。

f0147840_17131924.jpg

先の服部良一自伝には、「楽しく現地録音することができた」とあります。曲は日本で作って持って行ったものと思われますが、詞先か曲先かはわかりません。いずれにせよ、歌詞は「それ、まで」のところを除けばピッタリ合っていると思います。

f0147840_17173931.jpg「私の鶯」が作られた1943(昭和18)年は太平洋戦争のさなかで、満州を舞台にした歌も戦争に直結した内容が多いのに、この曲の歌詞が戦争とは関係のない、普遍性のあるものになっているのは、サトウ・ハチローらしい単語の選び方によるところも大きいと思います。満州(とその奥地)が戦地として題材にされるときは「吹雪」が使われますが、「私の鶯」の雪は「粉雪」です。「王道楽土」の精神にもとづき、満州に悪いイメージを持たせたくないという意図もあるのかもしれませんが、それ以上にサトウ・ハチローが「粉雪」という単語を好きなのだと思います。

サトウ・ハチローは、「わたしのうた」という詩のなかで 雪国のうたを好んで作るといっています。

「わたしは東京生まれの東京そだち(略) わたしがこのんで 雪国のうたをつくるのは どうやら二人(※)から受けついだ 血のせいらしい 血のせいらしい」※父母を指す。

そこで、サトウ・ハチローは、どんな雪の歌を作っているか、詩集をパラパラとあたると、以下のような詩が見つかります。

「日向の雪」という詩では、「長い窓に日がふるへる 路には はらり 雪が降り」、「粉雪」という詩では、「お使ひがへりの 路地口で 袖にかかったこな雪を さらりはらって ふと思ふ」

このように、いずれもはかない雪がうたわれていました。きわめつけは「こんこん粉雪」という詩です!

サトウ・ハチローは、雪国育ちではなく、東京生まれの東京そだちだから、「粉雪」のようなはかないものに目をやり、「ちいさい秋」だけじゃなく「ちいさい冬」も見つけられたのだと思います。

さらにこの詩をみていくと、「オーロラ」のところでも取り上げた、北原白秋の「さすらひの唄」の影が、チラチラと浮かんできます。「さすらひの唄」の「鐘が鳴ります 中空に」は「窓に映る大空 鐘に祈る心」と、「遠い燈も チラチラと」は「胸にともるあかりは誰も知らぬ燈火」と、プロット的には似ているのです。

オーロラの件はともかく、サトウ・ハチローは「さすらひの唄」からはじまる、大陸・曠野ソングの系譜(ゆうだいなもの、えいえん)をふまえた上で、自分の視点(ちっちゃいもの、はかなさ)で書いたことで、ディテールの細かい作品に仕上がったように思います。

◆ 「鶯」の鑑定 ◆◆
それでは、この「鶯」の正体に迫ってみます。

もともと、原作は大佛次郎『ハルビンの歌姫』とされていますが、映画の『私の鶯』という題は、撮影所側が命名したのか、サトウ・ハチローが考えたのかわかりませんでした。サトウ・ハチローは各種の資料にあまり登場しませんから、もともと映画製作サイドの岩崎昶と島津保次郎監督が考えるのが普通です。

ボクは以下のような道筋を考えました。

1)歌の上手い李香蘭を主演に据えて、音楽映画を撮ると決めた時点で、タイトルを「鶯」に決めたのじゃないか。理由としては、李香蘭は、コロムビアでは、「春鶯曲」を昭和16年に発売してるし、女性の歌声から「鶯」というキーワードを連想したのではないか。

2)万が一、サトウ・ハチローが鶯をキーワードにしたなら、彼の師である西條八十の『砂金』に収録されている「鶯」という詩の影響を受けた詩を書くに違いないが、まったく違う(『砂金』の「鶯」は月の夜のうぐいすの話)ので、詞の内容はタイトルにそって考えた。

3)万葉集以来、雪との親和性が高い春告鳥である「鶯」だが、服部良一は、この「鶯」を野口雨情作詞、中山晋平作曲の「鶯の夢」の「鶯」ととらえていない。

4)この曲のモチーフとなったのは、解説にもあったとおり、「夜鶯」=小夜鳴鳥=ナイティンゲイルだった。

5)メッテル先生の先生である、リムスキー・コルサコフの『ばらのとりこになった夜鳴き鶯』なども参考にしているかもしれないが、アリャビエフの『夜鳴き鶯』(Соловей)の展開には相当オッと思う部分がある。服部良一は「鶯」という題名をきいて、アリャビエフの曲をモチーフに作曲したのではないか。大陸では、ナイティンゲイルなのに、日本に来るとたんなる鶯に化けちゃう、これが日本らしい歌の取り込み方だ。

f0147840_17355925.jpg6)このあと黎錦光が作詞作曲した「夜來香」でも「鶯」は歌われているが、日本に来ると化ける。たとえば、「夜來香」の2番の歌詞、「我愛這夜色茫茫也愛著夜鶯歌唱」、佐伯“東京の屋根の下”孝夫作詞の「長き夜の泪 唄ううぐいすよ 恋の夢消えて 殘る夜來香」、藤浦“一杯のコーヒーから”洸「庭にうぐいすの 鳴く音もゆかしく 清い月影にゆれる夜來香」など。

というストーリーで締めくくるつもりでした。しかし、調べていく内に新たなことが分かったので、もうひとつ付け足します。『私の半生』によると、この映画の企画は次のようなものでした。

「もともとこの映画は、来日したハルビン・バレエ団の舞台に感激した島津監督が親しい友人の岩崎昶さんと一夜、ミュージカル映画の夢を語り合って構想を練り映画化を企画したのだった。非常時に許可が下りるはずはなかったのだが、二人のパトロン的な存在だった東宝の製作担当重役、森岩雄さんの政治力で、東宝と満映に働きかけた結果、満映作品という名目で当局も目をつむったものらしい」

そして、岩野裕一「『私の鶯』と音楽の都・ハルビン」(『李香蘭と東アジア』収録)によると、この映画の下敷きは『オーケストラの少女』だったそうです。同書には、1939年3月の新聞で「満州映画協会ではこの古い伝統と歴史を持つ哈爾濱交響楽団の映画化を企画しており、世界を“あツ”と云はせるやうな素晴らしい音楽映画を製作しやうと張り切つてゐる、勿論オール・スターキヤスト、テーマは“オーケストラの少女”満洲版になる模様」と報じられた、とあります。

f0147840_17293871.jpg

1938年のキネ旬ランキングでは、『オーケストラの少女』は洋画第二位でした。そして、なんと、この年の邦画第六位に豊田四郎監督の『鶯』という映画が入っているじゃないですか!!

この映画『鶯』の内容を見ると、「生き別れた娘を探す老婆や鶯売りなど様々な人々が集う」とありました。ん? 生き別れた娘! 『私の鶯』と同じようなシチュエーションです。岩崎昶と島津保次郎が『私の鶯』のモチーフにしたのは、豊田監督の『鶯』だったのではないでしょうか。

◆ 「私の鶯」の重層構造 ◆◆
最近読んだ本にこんなことがかいてありました。岡倉天心が『茶の本』で「西洋人は、日本が平和におだやかな技芸に耽っていたとき、野蛮国とみなしていたものである。だが、日本が満州の戦場で大殺戮を犯しはじめて以来、文明国と呼んでいる」と憤っているというのです。

これについて、高橋和己は「その憤りは、やがて照り返して、日本に、そして私たちにおおいかぶさってくる。なぜなら、私達は、そうした西欧の目によって、自己の東洋における優位を確信し、自己を位置づけたからである」とコメントしています。

このように「私の鶯」という曲は、僕の仮説に従うなら、「日本」の映画(『鶯』)を参考にして、島津監督らが命名した題名(『私の鶯』)から作曲家が発想した「海外」の曲(「夜鶯」)をモチーフにする「日本の曲」という重層構造をもっている楽曲である、ということになります。

この重層構造を強く意識するということは、西洋の目だけで歌謡曲をみていないかという自問にも繋がります。極論すれば、日本の歌は、どれも東京ビートルズと地続きです。「私の鶯」は、「日本と海外の雪の歌」を映す、あわせ鏡のような存在としても、すごく重要に思っている曲なのです。

f0147840_17445469.jpg
満州タバコ「ASIA」のパッケージ。満鉄の「特急亜細亜号」をあしらっている。

参考資料
山口淑子『「李香蘭」を生きて』日本経済新聞社(2004)
羽田令子『李香蘭、そして私の満州体験 日本と中国のはざまで』社会評論社(2006)
四方田犬彦編『李香蘭と東アジア』東京大学出版会(2001)
山口淑子、藤原作弥『李香蘭 私の半生』新潮文庫(1990)
サトウハチロー『サトウハチロー詩集』ハルキ文庫(2004)
長田暁二ほか『サトウハチローのこころ』佼成出版社(2002)
サトウハチロー『落第坊主 サトウハチロー随筆集』R出版(1971)
サトウハチロー『サトウハチロー 僕の東京地図』ネット武蔵野(2005)
玉川しんめい『ぼくは浅草の不良少年 実録サトウ・ハチロー伝』作品社 (2005)
佐藤忠男『キネマと砲声-日中映画前史』リブロポート(1985)
山口猛『幻のキネマ満映 甘粕正彦と活動屋群像』平凡社ライブラリー(2006)
服部良一『ぼくの音楽人生』日本文芸社 (1993)
服部克久監修『服部良一の音楽王国』エイト社(1993)
CD『服部良一 僕の音楽人生』付属ライナーノート
[PR]
by songsf4s | 2008-03-17 23:44 | 日本の雪の歌