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The World Is Waiting for the Sunrise by Les Paul with Mary Ford
タイトル
The World Is Waiting for the Sunrise
アーティスト
Les Paul with Mary Ford
ライター
Eugene Lockhart, Ernest Seitz
収録アルバム
The Best of the Capitol Masters
リリース年
1951年
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クリスマス・ソング特集のおかげで大幅に増加したお客さんは、クリスマスがすぎるとともに激減すると予想したのですが、どういうわけかかなりの方がお残りになったようです。とくにこの土日はお客さんが多くて、大掃除のほうは大丈夫なのだろうか、なんて、よけいなお世話の心配までしてしまいます。

寄席だと、ここで「よほどうちにいられない事情がおありなんでしょうね」となるんですが、掛け取りもなくなり、年を越すの越せないのという騒ぎは絶えて久しく、そもそも、大部分のみなさんがご自宅からご覧になっているわけで、世の移り変わりの激しさを思ったりします。

さらに寄席の話をすると、今日あたりは『穴どろ』『尻餅』『言い訳座頭』『掛け取り』などの噺がかかる日で、季節にピッタリ添った世界をうらやましく思います。音楽のほうは、なかなか、そういうようにトントンとは話が運んでくれないのです。大晦日の曲はまだあるのですが、あまり気乗りのしないものばかりなので、ちょっとずらして、脇に逃げることにしました。

といっても、大昔、テレビを見ていたら、大晦日にこの曲を日本のジャズ・プレイヤーたちがやっていたので、だれしも考えることは同じなのでしょう。もちろん、初日の出を拝む習慣などアメリカにはないので、あちらではまちがっても大晦日の曲だなんて思われる気遣いだけはありませんが、曲解、拡大解釈は当ブログの得意とするところなので、勝手にadoptさせていただきます。

◆ ツグミと薔薇と日の出と ◆◆
ファースト・ヴァース。

Dear one, the world is waiting for the sunrise
Every rose is covered with dew
And while the world is waiting for the sunrise
And my heart is calling you

「世界は日の出を待っている、あらゆる薔薇が露を帯び、そして世界は日の出を待っているけれど、わたしの心はあなたを求めている」

f0147840_016252.jpgなんだ、そういう歌詞かよ、てなもんですわ。そもそも、薔薇が露をおびるとなると、季節としては、いまごろではなく、初夏あたりでしょうか。でも、むりやりにこじつけるなら、薔薇もいろいろで、庚申薔薇なんか、四季咲きですから、いま咲いているものがあるはずです。

冒頭のDear oneは「愛しい人よ」とか「ねえ、あなた」といった呼びかけです。先代柳亭痴楽の物真似じゃあるまいし、と笑ってしまったので、略しました。

4ヴァース分の長い間奏をはさんで、セカンドおよびサード・ヴァースへ。

Dear one, the world is waiting for the sunrise
Every little rose bud is covered with dew
And my heart is calling for you
The thrush on high
His sleepy mate is calling
And my heart is calling you

「世界は日の出を待っている、あらゆる薔薇の蕾が露を帯び、そして世界は日の出を待っているけれど、わたしの心はあなたを求めている、空高くを飛ぶツグミ、つがいの相手が呼びかけている、そしてわたしの心はあなたを求める」

f0147840_0171366.jpgセカンド・ヴァースはファーストとほとんど同じで、たんなるヴァリエーションに過ぎないから、3ヴァース構成ではなく、2ヴァース構成と見るべきなのかもしれません。

なんだって、突然、ツグミが飛び出すのかと思い、調べました。世界大百科によると「茂みに隠れて鳴くツグミは内気の象徴で、孤独な隠者にも擬せられる。しかし春告げ鳥のうちでももっとも美しい声をもち、そのさえずりによって人々に恋心を芽ばえさせるといわれる。なかでもウタツグミやクロウタドリは古代ローマ時代から愛玩され、また美味な食物とされた」のだそうです。

美味かどうかはさておき(現在は狩猟禁止!)、春告げ鳥とはまたありがたやの偶然、迎春にふさわしいですなあ。いや、サード・ヴァースの解釈としては、「そのさえずりによって人々に恋心を芽ばえさせるといわれる」という点が重要で、だから、突然、あらぬ方からこのヴァースに出現したのでしょう。『ナポレオン・ソロ』じゃあるまし、いきなり「スラッシュ」なんかが出てくるから、あわてましたよ。

いやあ、なにがウレシイといって、忙しいときの短い歌詞ほどありがたいものはありません。

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レス・ポールとギブソン・レス・ポール。ギブソン社の工房にて。

◆ アヴァンギャルドすれすれのヒット ◆◆
この曲はレス・ポールとメアリー・フォードのデュオにとって、How High the Moonにつづくヒットで、1951年にビルボード・チャートで2位までいったと資料にあります。曲が書かれたのは、さらにずっと昔のことで、1923年というから、関東大震災の年、大正12年ということになります。

レス・ポールの回想によると、ベニー・グッドマンをはじめ、ありとあらゆるアーティストがこの曲をやっていたけれど、ヒットはしなかったそうで、レス・ポールもちょっと手こずったようです。最初のヴァージョンはボツにし、手をつけてから一年後、五種類のアウトテイクを残して、やっと納得のいくヴァージョンができたといっています。

使用ギターも前作と同じ改造エピフォンで、全体のムードも近いものがあります。レス・ポールのプレイ自体は、How High the Moonほど凄味のあるものではありませんが、ディレイの効果を計算したテクニックは相変わらずで、これがほんとうに1951年かよ、と思うような「未来的」なサウンドとスタイルで、毎度ながら呆れます。当時のリスナーは、いったいなんだと思って聴いていたのかと思います。

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レス・ポールとメアリー・フォード、そして改造エピフォン

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

さて、最後はあくび連発の半分眠った代物となってしまいましたが、どうにか2007年最後の記事を書き、12月のカレンダーを埋め尽くすことができました。これで正月休みに入らせていただきます、といいたいところですが、元旦にふさわしい曲もあるので、心ならずも、2008年最初の日から更新の予定です。ご用とお急ぎがなければ、あるいは、元旦早々「家にいられない」よんどころのないご事情のある方は、どうぞ当ブログにお立ち寄りあれ。それではみなさま、よいお年を。
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by songsf4s | 2007-12-31 00:07 | その他
Auld Lang Syne by Jimi Hendrix
タイトル
Auld Lang Syne
アーティスト
Jimi Hendrix
ライター
traditional, adopted by Robert Burns
収録アルバム
Live at the Fillmore East
リリース年
1990年(1970年1月1日録音)
他のヴァージョン
Beach Boys, Jingle Cats, Brian Wilson, Esquivel, Three Stooges, Guy Lombardo, Bobby Darin, the Spotnicks
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Auld Lang Syneは、もちろん「螢の光」の原曲で、日本では卒業式にばかり歌う(いまどきはもう歌わない?)ので、そういう印象がないかもしれませんが、旧年を送り、新年を迎える歌として、クリスマス・アルバムにはよく収録されています。

とはいえ、つい10分前までは、こんな曲を取り上げるつもりはなかったのですが(耳にタコができるほど聴いていて、これからの一生、二度と聴かなくても、まったく差し支えないと思うわけです、思いませんか?)、ジミ・ヘンドリクス・ヴァージョンをもっていることを思いだしたので、その気になってしまいました。

f0147840_2357919.jpgジミヘンは歌わず、インストでやっているので、歌詞の解釈は省略します。七面倒なのは大嫌いですし、そもそも、よくわからないところがあるのです。ウェブには現代英語訳もあるようですので、そちらをご覧ください。いちおう一般的に歌われている歌詞を以下にペーストしておきます。auld lang syneを、機械的に現代英語に置き換えると、old long sinceです。辞書には「昔、過ぎ去りしなつかしき日々、旧友のよしみ」といった意味であると出ています。

Should auld acquaintance be forgot
And never brought to mind
Should auld acquaintance be forgot
And auld lang syne

For auld lang syne, my dear
For auld lang syne
We'll take a cup o' kindness yet
For auld lang syne

And surely ye'll be your pint-stowp
And surely I'll be mine
And we'll take a cup o' kindness yet
For auld lang syne

We twa hae run about the braes
And pou'd the gowans fine
We've wandered mony a weary foot
Sin' auld lang syne

We twa hae sported i' the burn
From morning sun till dine
But seas between us braid hae roared
Sin' auld lang syne

And ther's a hand, my trusty friend
And gie's a hand o' thine
We'll tak' a right good willie-waught
For auld lang syne


◆ 各種ヴァージョン ◆◆
ジミヘンは、オクターヴ奏法も使って、楽しくやっています。フィルモア・イーストのライヴで、ビル・グレアムの新年の挨拶のあとに出てきます。ということは、1969年12月31日の夜から、ジミヘンはプレイしつづけていたのでしょう。こういう曲をやると、ウッドストックのときのアメリカ国歌を連想しますが、こちらのほうがずっとまともにやっていますし、そもそも、政治的な意味合いのない点が好ましく感じられます。

f0147840_2359889.jpgつぎにいいのは、ボビー・ダーリン盤でしょうか。イントロのオーケストラがすんげえ音で鳴っています。やっぱり潤沢な予算がつく第一級のアーティストの盤というのは、しみったれたところがまったくなくて、うれしくなります。歌詞はクリスマス用に大きく変更されています。というか、auld lang syneという3語が出てくる以外はまったく別物。

昔、FENのジム・ピューター・ショウで、ボビー・デアランという知らない名前がアナウンスされ、だれだろうと思っていると、Splish Splashだの、Dream Loverだのといったボビー・ダーリンの歌が流れ、そのたびにわたしはコケていました。Darinというスペルとの整合性に配慮すると、「デアリン」あたりが適切なようです。昔の人がまちがえてしまったので、もうどうにもなりませんが。

Jimi HendrixのJimiだって、たんなるJimmyの綴り換えにすぎず、発音は同じだから、ほんとうはジミー・ヘンドリクスとするべきだったわけで、これも昔の人の勘違いの一例。Jimi Hendrixをジミ・ヘンドリクスと書くなら、Jimmy Pageもジミ・ペイジとするのが論理的です。さらにいうなら、Tommyも、トミとしなければなりません。Joni Mitchellのジョニだっておかしいのですが、きりがないから、このへんで打ち止め。

ジミヘン並みにイカれたヴァージョンとしては、このクリスマス特集では何度も登場し、もはやおなじみになったであろうエスクィヴァルのものがあります。テレミン(テルミン、セラミンなど、表記はいろいろあり)の演奏をバックに、エスクィヴァル自身が、思いきりリヴァーヴをかけた声で、スペーシーでファーラウトなお別れの挨拶をします。むちゃくちゃに訛った英語とスペイン語のチャンポンなので、挨拶の言葉自体からしてアヴァンギャルド。最後のUntil next time, adiosが、「オンティル」に聞こえます。

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テレミン博士と彼の発明物。垂直のロッド・アンテナに手を近づけるとピッチが下がり、遠ざけると上がる。水平に突き出たループ・アンテナに手を近づけるととヴォリュームが下がる。

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テレミン演奏の第一人者、クララ・ロックリン。こちらのテレミンは、ヴォリューム・コントロールもロッド・アンテナになっている。

ジングル・キャッツは、いうまでもなく、つねにエンターテインしてくれます。残念ながら、この曲ではいつものハーモニーの冴えが感じられませんが。

f0147840_093495.jpgスプートニクス(毎度申し上げるAdd More Musicの「レア・インスト」ページで入手できるので、ご興味のある方は右のFriendsリンクからどうぞ)、ビーチボーイズ、ブライアン・ウィルソン、ガイ・ロンバードは、まともにやっています。

ア・カペラのビーチボーイズというのは、わたしには面白くもなんともありません。ブライアンのソロも、ビーチボーイズ盤のリメイクのようなものです。たとえばパイド・パイパーズみたいに、もっと変な音を使ってくれないものかと思います。60年代に入って、コーラス・グループのヴォーカル・アレンジ/テクニックは退化した、と最近は考えています。40年代、50年代のグループのほうがずっと複雑なアレンジで、楽しめます。

f0147840_0115463.jpgThree Stoogesと書くとわからないかもしれませんが、「三バカ大将」のことです。彼らも、まったくちがう歌詞で歌っています。聴き取りをやっている暇はないので、ネグりますが、なにか三バカ大将らしいギャグが入っているのかもしれません。子どものころ、かなり熱心に見ていました。

以上、年末なので、道草すら短く、本体はもっと短く、八つ当たりもほどほどに切り上げ、駆け足で各ヴァージョンを見ました。もういくつ寝るとお正月、冗談半分だった年内無休宣言も、どうやら達成できそうな雲行きで、ホッとしています。今日が最大のピンチで、適当な曲がないから休もうかと思いました。螢の光が出たからといって、当ブログまで店じまいするわけではなく、明日も「営業」し、2007年を締めくくるつもりですので、よろしくどうぞ。
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by songsf4s | 2007-12-30 00:03 | クリスマス・ソング
What Are You Doing New Year's Eve by Bette Middler
タイトル
What Are You Doing New Year's Eve
アーティスト
Bette Middler
ライター
Frank Loesser
収録アルバム
Cool Yule
リリース年
2006年
他のヴァージョン
The Orioles, Donny Osmond, Nancy Wilson, Mary Margaret Ohara, Barbra Streisand, Ella Fitzgerald, the Ramsey Lewis Trio
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What Are You Doing New Year's Eveは、大晦日のことを歌った曲ですが、つい先日も申し上げたように、クリスマスと新年はひと続きのお祝い事なので、これはしばしばクリスマス・オムニバスにとられています。

うちにあるこの曲のヴァージョンは、どれも好みではありません。だれか、いい声をした若い男性シンガーのものでもあるといいのですが、女性シンガーが大部分で、みな面白くありません。いや、「いい声をした若い男性シンガー」の正反対、たとえば、ランディー・ニューマンやトム・ウェイツが歌っても、味が変わって面白いのじゃないかという気がするのですが、女性シンガーでは話になりません。歌詞そのまんまのレンディションで、なにも付け加えられもしなければ、楽曲の隠れた一面を引き出すこともできていません。

f0147840_23483620.jpgしたがって、今日の看板にしたベット・ミドラー盤は、看板なしというわけにはいかないから、という意味しかありません。ろくなヴァージョンがないので、恒例の聴きくらべもしません。個別に各ヴァージョンを見ていくと、頭に血がのぼって大殺戮をはじめかねませんし、そもそも年末、みなさん同様、わたしもバタバタしだしたので、手早くすませたほうがお互いの利益であります。

あくまでも、すでに、Baby It's Cold OutsideMoon of Manakooraを取り上げているフランク・ラーサーの、さらなるすぐれた歌の紹介として、お読みいただければと思います。シンガーはこの際、無視してください。重要なのは楽曲だけです。

◆ ジャックポット・クエスチョン ◆◆
ベット・ミドラーは、大衆音楽の世界で通常いう意味での「ヴァース」ではなく、「前付けの独唱部」という意味での「ヴァース」を歌っていますが、多くのシンガーが略していることでわかるように、たいした意味はないのでそれは略し、本題であるファースト・ヴァースへいきます。女言葉は使いません。男性シンガーが歌うべき曲だと思うので、男言葉でいきます。

Maybe it's much too early in the game
But I thought I'd ask you just the same
What are you doing New Year's
New Year's eve

「ちょっと気が早いかもしれないけれど、結局、いつかはたずねることになるのだから、同じことだと思ったんできくけれど、きみ、大晦日の夜はどうしているの?」

セカンド・ヴァース。

Wonder whose arms will hold you good and tight
When it's exactly twelve o'clock that night
Welcoming in the New Year
New Year's eve

「大晦日の夜、十二時ちょうど、新年を祝っているとき、いったいだれがきみをしっかり抱きしめているんだろうね」

マイナーに転調するブリッジ。

Maybe I'm crazy to suppose
I'd ever be the one you chose
Out of the thousand invitations you'll received
But in case I stand one little chance
Here comes the jackpot question in advance
What are you doing New Year's
New Year's Eve

「数えきれないほどお誘いがあるなかで、きみが選ぶのはぼくだなんて想像したら、頭がおかしいということになるかな、でも、ほんのささやかなものでも、チャンスがあるかもしれないから、早めにとんでもない質問をするよ、『大晦日の夜はなにをしているんだい?』」

あとは、ヴァースのいずれかやブリッジを繰り返すだけで、もう新しい言葉は出てきません。

◆ どこを切ってもみな金太郎 ◆◆
試聴したもののなかに、ファースト・ラインのtoo earlyを、too lateと変えているものがありました。それもひとつの考え方かもしれませんが、どんなものでしょうか。設定というか、背後にあるストーリーを考えると、やはりearlyであるべきだと感じます。

とくに男の場合は、earlyでなければ設定が生きません。たぶん、知り合ったばかりという設定でしょう。だから、大晦日のことをきくなんて、いくらなんでも気が早すぎるのです。でも、男はもう一目惚れで、自分が抑えられなくなっているわけです。

f0147840_23495485.jpg女性シンガーが歌ったものは面白くないというのは、そこです。こういう気の早さというのは、男のものです。女性はもっと慎重なものです。逆に、too lateと変えて歌っている女性シンガーのヴァージョンは、女が自信満々なのがうかがえて(「あたしにくらべれば、先約なんか問題じゃないでしょ」)、あまり気持ちがよくありません。

「なんて馬鹿なことをいっているのだろう、お先走りもいいところだ」という自嘲、自信のなさを裏側に感じさせつつ、でも、ここは生涯に一度の勝負、度胸だ、と無理をしているような雰囲気が出せれば理想ですが、そんなヴァージョンはうちにはありません。言葉の向こう側にある世界を読み取れず、人間の心の奥行きに対する理解の欠如した、薄っぺらくて平板な、俗っぽい解釈ばかりです。

そろいもそろって、スロウな4ビート、アップライト・ベース、ピアノ、ブラシによるスネアとフット・シンバルといった編成の、ウソみたいに典型的な「カクテル・バーBGM」ばかりで、ほとほとうんざりします。紋切り型が、紋切り型の羽織を着て、紋切り型の披露目にきたといわんばかりの、どこで切ってもみんなおんなじ金太郎飴です。

f0147840_23505578.jpg彼女たちは「スタンダード曲の歌い方」という規範が、どこかにあると思っているのでしょう。そんなものは存在しません。そんなものが存在するなら、オリジナル盤がひとつあれば十分、カヴァーなど無価値ということになってしまいます。ありもしない空想の規範にしたがって歌うから、骨董品のレプリカに堕しているのです。うまい素人がカラオケで歌っているのと同じこと、いや、金を取るぶんだけ、プロのほうが悪質なのが、唯一の違いでしょう。歌うというのは、「裸の楽曲」に素手で立ち向かうことのはずです。

◆ 山姥の墓場にて ◆◆
歌手というのは、多くの場合、歌がうまいから歌手になったわけで、わが身を考えれば、歌のうまさなんか、だれも問題にしない、二束三文、一山いくら、ということに思い当たるのが知性というものでしょう。しかし、歌手、とくに女性歌手という人種はみなとほうもないナルシストらしく、自分のうまさだけは非凡だと思っている節があります。シンガーが気持ちよく自分の歌に酔っているのにつきあわされるほど、腹立たしいことはありません。

f0147840_23531865.jpg自分が世界一のシンガーだなんて夢にも思ったことのない人、男なら、そう、いま思ったのですが、デイヴィー・ジョーンズなんか、この曲にはいいんじゃないでしょうか。もちろん、現在ではなく、モンキーズ時代のデイヴィー・ジョーンズということですが! 頼りなさそうな、でも、どこかしぶといところもある若い男、というのがベストです。女性なら、Johnny Angelのころのシェリー・ファブレイなんかどうでしょう。たどたどしく、でも誠実に歌ってくれたりすると、すごくウレシイ曲です。

それにしても、ヴェテラン女性シンガーというのは、可愛げというものがかけらもなく、「歌のうまさ」という卒塔婆が林立する墓場に迷い込んだようで、なんとも背筋の寒くなる大顔見世お化け大会でした。下手くそなうえに、たいした魅力もないオリオールズ盤が、なんだか光明のように感じられ、錯覚とわかっていながら、思わずすがりたくなってしまいました。

あなたがシンガーなら、この曲を「古典的名曲を歌う大歌手」などという、聴く側には迷惑なだけの世にも馬鹿馬鹿しい思い入れからもっとも遠いところで、軽いポップ・ソングのようにうたえば(たとえば、ハーパーズ・ビザールあたりの雰囲気で)、成功間違いなしです。いい曲なのです。ダメなのは大歌手気取りの悪臭を安香水のように盛大にまき散らす山姥たちであって、楽曲にはなんの責任もありません。だれか、安香水なしで、さわやかにやってくれる人はいないものでしょうか。来年のいまごろまでに見つけられるといいのですが。
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by songsf4s | 2007-12-29 00:02 | クリスマス・ソング
Warm December by Julie London
タイトル
Warm December
アーティスト
Julie London
ライター
Bob Russell
収録アルバム
Calendar Girl
リリース年
1956年
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ジュリー・ロンドンの曲はついこのあいだ、I'd Like You for Christmasを取り上げたばかりですが、当ブログでは彼女はVIP待遇でして、わたしはいっこうにかまわないので、みなさまもどうかおかまいなく。

Warm Decemberは純粋なクリスマス・ソングではありませんが、最近はクリスマス・コンピレーションに採録されるようになってきたようです。Let it Snow!Baby It's Cold OutsideI've Got My Love to Keep Me Warmなどにも同じことが起きたわけで、この曲も将来はクリスマス・クラシックになるのかもしれません。そうなるかどうかは、ある程度は歌詞の「許容度」にかかっていますので、まあ、ご覧あれ。

クリップがないので、サンプルを。

サンプル Julie London "Warm December"

◆ 二分の一のコタツ ◆◆
それではファースト・ヴァース。

I'll keep you warm in December
Warm when the cold breezes blow
My arm so lovin', a kind of havin'
To melt the sleet and snow

「わたしは十二月にあなたを暖めてあげる、冷たい風が吹きつけるときに暖かくね、わたしの腕は愛情いっぱい、そしてちょっと欲張り、だからみぞれや雪を溶かしてしまうのよ」

というわけで、内容的にわかりにくいところはどこにもありません。十二月が未来のことになっているので、ほんとうなら、十一月には取り上げなければいけなかったことになりますが。形容詞としてのhavingなんて、歌でお目にかかったことはないのですが、そう歌っていると思います。ジュリー・ロンドンはディクションが非常にいいので、間違いが起きる確率は低いのです。つづいてセカンド・ヴァース。

This heart that glows like an ember
Longs to be loved just by you
If it could be so then you keep me so
Warm in December too

「熾火のように燃えるわたしのハートは、ただあなただけに愛されたがっている、だとしたら、あなたもそうしてくれなくちゃ、十二月にわたしを暖かくしてね」

いやはや、こりゃまたどうも、という歌詞ですが、そういうのが多い人なのです。お色気で売った人でして、アン=マーグレットのアルバム・タイトルじゃありませんが、「独身者の天国」bachelor's paradiseがキーワードなのです。ピンナップのようなジャケット・デザインをご覧あれ。

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オリジナル盤は、LP倍サイズのピンナップ付きだったのだそうですぜ、ご同輩。お互い、一歩遅れましたな。ピンナップ付きだった、といっているサイトはあるのですが、ジャケ写のみで、ピンナップはスキャンしてくれないんですよ。よほど他人には見せたくない写真にちがいありません。

間奏ののち、エンディングへ。

If it could be so, then you keep me so
Warm in December
Ooh it's cool in December
Please keep me warm in December too

「そういうことならば、あなたもわたしにそうしてくれなくちゃ、十二月に暖めてね、ああ、十二月はクール、お願いだから、十二月にはわたしを暖めてね」

f0147840_023096.jpgこの場合のcoolは、寒いのか、楽しいのか、その両方なのかよくわからないので、そのままにしておきました。

ウソか本当か知りませんが、人間が四人集まるとコタツひとつに相当する熱を発するそうです。それなら満員電車が暑いのも当然のこと、猫一匹でもけっこう暖かいものですし、先日は犬のおかげで凍死をまぬかれたご婦人もいらしたということですから、人間二人ならけっこう暖かいのでしょうね、いえ、わたくしはよく知りませんが。

◆ カレンダーの裏側 ◆◆
音のほうは、アップテンポの4ビートで、かったるいところがまったくない、軽快な仕上がりです。しかし、テンポは変わっても、ジュリー・ロンドンの歌い方はいつもとそれほどちがうわけではなく、精いっぱいの「大声」で歌ってはいますが、やっぱり、ふつうの基準からいえば、ソフトに囁きかけているも同然です。こういうジュリーもけっこうなものです。

f0147840_092882.jpg聴けば聴くほどいい曲だなあ、と思います。いまになって、クリスマス・コンピレーションに採録されるようになったのもよくわかります。さりげないバッキングは、ハリウッドのプレイヤーの実力をひしひしと感じさせるもので、なにをするわけでもないけれど、非常に気持ちのいい出来です。ベースのグルーヴよし、オブリガートのピアノはみごと、ミューティッド・トロンボーンと、それと対比をなすハリウッド十八番の流麗なストリングス・アレンジがまたけっこう。夫君でもあったプロデューサーのボビー・トループの愛情が感じられます。

この曲の作者ボブ・ラッセルは、作詞のほうを主としていたそうで、BrazilやFrenesiといったラテン・スタンダードの英語詞も書いているとのことです。それはいいのですが、Maria Elenaの英語詞もやったといわれて、「あれ?」となってしまいました。

Maria Elenaのもっとも有名なヴァージョンは、ロス・インディオス・タバハラスのものでしょう。わが家にあるカヴァーも、ここから派生したインストゥルメンタル盤が大部分です。ビリー・ストレンジ、シャドウズ、50ギターズ、バハ・マリンバ・バンド、ライ・クーダー、エキゾティック・ギターズ、いずれもインストです。

でも、なんだか歌ものを聴いた記憶もあったので、検索をかけてみたら、エイムズ・ブラザーズとナット・キング・コールのヴァージョンがありました。しかし、どちらもスペイン語(でいいのだと思いますが)で歌っています。

ほかにも、MisirlouとTabooという、これまた歌が不似合いな曲に英語詞をつけています。Misirlouの歌もので、わが家にあるのはフランキー・レイン盤のみ(いや、植木等の日本語版もありますが、ボブ・ラッセルは無関係)、Tabooの歌ものはうちにはありません。なんだか、妙な曲ばかりに歌詞をつけている人ですねえ。いや、Warm Decemberには、珍なところはまったくありません。誤解なきよう。いい曲です。


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ジュリー・ロンドン(CD)
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by songsf4s | 2007-12-28 00:11 | クリスマス・ソング
Father Christmas by the Kinks
タイトル
Father Christmas
アーティスト
The Kinks
ライター
Ray Davies
収録アルバム
Come Dancing With the Kinks: The Best of the Kinks 1977-86
リリース年
1977年
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◆ いいだしかねて…… ◆◆
キンクスのレイモンド・ダグラス・デイヴィスは、わたしにとってはもっとも重要なソングライターです。中学のときから聴きつづけ、いまでもロックンロール史上最高の作詞家と思っているのだから、たぶん棺桶に入るときも、まだ同じように思っていることでしょう。

f0147840_00783.jpgレイモンド・ダグラスは、その長い長いキャリアのなかで、クリスマス・ソングのようなものを2曲だけ書いています。ひとつは本日のFather Christmas、もうひとつはアルバム、Arthur or the Decline and Fall of the British Empireに収録されたAustraliaという曲です。

後者は、「クリスマス・ソング」といっては強引の誹りをまぬかれないものです。We'll surf like they do in the U.S.A., we'll fly down to Sidney for a holiday, on a sunny Christmas dayという一節が、クリスマスに関係するだけだからです。もっとも、わたしのような得手勝手な人間は、あっさり「RDのクリスマス・ソングのひとつ」といってはばかりませんが。

じゃあ、本日のFather Christmasは、正真正銘のクリスマス・ソングか、というと、これがまた、すくなくとも、ふつうの人が楽しいときに聴く曲ではないのはたしかです。ダウナーなのです。まあ、レイモンド・ダグラスがストレートなクリスマス・ソングを書くはずもなく、彼の長年のファンとしては、これくらいのダウナーは当たり前と受け取るのですけれどね。

とまあ、そのような事情があって、ついに本番の特集のあいだはこの曲を持ち出すことができず、特集の尻尾、フェイドアウトというか、コーダというか、はみ出した場所に配置することになりました。

The Kinks - Father Christmas


◆ トナカイの災難 ◆◆
それでは歌詞を見ていきます。やや長めですが、Baby It's Cold Outsideのようなことはありませんから、しばらくご辛抱を。ファースト・ヴァース。

When I was small I believed in Santa Claus
Though I knew it was my dad
And I would hang up my stocking at Christmas
Open my presents and I'd be glad

「幼いころはサンタクロースを信じていた、もっとも、それが父親だということはわかっていたけれどね、クリスマスには靴下を吊し、プレゼントを開けては喜んだものさ」

dadとgladの脚韻はなかなかです。RDらしさをチラリと感じます。それにしても、この幼時の回想は、のちの嵐の予感をすでにはらんでいます。つづいてセカンド・ヴァース。

But the last time I played Father Christmas
I stood outside a department store
A gang of kids came over and mugged me
And knocked my reindeer to the floor

f0147840_013937.jpg「でも、最後にサンタクロースを演じたとき、つまりデパートの外にサンタの恰好をして立ったんだけれどね、そのとき、子どもの一団がやってきて、俺に襲いかかり、俺のトナカイを床に殴り倒してしまったんだ」

長じてサンタのアルバイトをする語り手は、あまり仕合わせのよい人生は送っていないのでしょう。そこにこの設定のポイントが隠れていると感じます。弱者が弱者に襲いかかる構図です。

◆ サンタの災難 ◆◆
以下はコーラス。いくぶん変形しながら、以後、繰り返し歌われることになるパートです。

They said:
Father Christmas, give us some money
Don't mess around with those silly toys
We'll beat you up if you don't hand it over
We want your bread so don't make us annoyed
Give all the toys to the little rich boys

「奴らはこういうんだ、サンタのおっさん、金を寄こせよ、あんな馬鹿みたいな玩具で俺たちの邪魔をするんじゃねえぞ、そんなもの渡したら、ぶちのめしてくれるからな、ほしいのは現ナマさ、だから邪魔するのはやめろ、そんな玩具なんか、みんな金持ちの小僧どもにやっちまえ」

breadはもちろんパンのことです。そのまま受け取っても結果は同じことですが、ここは俗語の「現ナマ」の意味でいっているのでしょう。

f0147840_03475.jpgこういうことがらというのは、時代にかかわらず存在したのですが、昔はそれをストレートに表現しなかったわけで(60年代のこのタイプの曲として、ロイ・オービソンのPretty Paperを取り上げています)、その点に時代の変化を感じます。

サード・ヴァース。

Don't give my brother a Steve Austin outfit
Don't give my sister a cuddly toy
We don't want a jigsaw or Monopoly money
We only want the real McCoy

「俺の弟に『600万ドルの男』の扮装なんか寄越すんじゃねえぞ、妹に可愛い玩具もいらない、俺たちはジグソー・パズルも、『モノポリー』ゲームの玩具の金もいらない、ほしいのはホンモノだけだ」

スティーヴ・オースティンは、ドラマ『600万ドルの男』でのリー・メイジャーズの役名だそうです。知りませんでしたが。われわれが幼いころ、『月光仮面』の扮装をして遊んだのと同じようなことなのでしょう。ウルトラマンだの、仮面ライダーだの、それぞれの世代に、それぞれのお好みがあるでしょうが。

◆ 玩具のかわりにマシンガン ◆◆
フォース・ヴァース。

But give my daddy a job 'cause he needs one
He's got lots of mouths to feed
But if you've got one, I'll have a machine gun
So I can scare all the kids down the street

「でも、うちの親父に仕事は寄こせ、親父には仕事が必要なんだ、食わせなければならない口がいっぱいあるんだからな、でも、おまえがもっているなら、俺にマシンガンをくれ、街にいる小僧どもみな震えあがらせてやるんだ」

えらいことをいう子どもですが、よそごとといってはいられない状況が日本にも伏在していて、ちょっと怖さを感じます。この歌を書いてからずいぶんたってからのことですが、レイ・デイヴィスは、連れの女性の財布を奪った男を追いかけ、脚を撃たれたそうです。ひょっとしたら、そのとき、自分がかつて書いたこの曲のことを思いだしたかもしれません。

RDの父親は長いあいだ失業していたと自伝に書かれています。RD自身、若くして失業し、職業安定所にいって、父親にばったり会ってしまったときのことを、父の胸中を思いながら、感慨深げに回想しています。

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最初のものとはいくぶん異なるブリッジ。

Father Christmas, give us some money
We got no time for your silly toys
We'll beat you up if you don't hand it over
We want your bread so don't make us annoyed
Give all the toys to the little rich boys

「サンタのおっさん、金を寄越しな、くだらない玩具なんかどうでもいいんだよ、金を寄越さないなら、ボコボコにしてやるからな、俺たちがほしいのは金だ、だから邪魔すんじゃねえ、そんな玩具なんか、みんな金持ちの小僧どもにやっちまいな」

最後のヴァース。

Have yourself a merry merry Christmas
Have yourself a good time
But remember the kids who got nothin'
While you're drinkin' down your wine

「みなさんには愉快な、愉快なクリスマスをどうぞ、どうか楽しいひとときをお過ごしください、でも、ワインを飲みほすときには、なにひとつもたない子どもたちのいることをお忘れなく」

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◆ 有害な正直さ ◆◆
レイ・デイヴィスは、カクテル・パーティーで思わず本音をいってしまうような人なのだと思います。他人のネクタイを褒められず、首にぶら下げるより、そこに首をぶら下げるほうが似合う、などといってしまうタイプの人です。じっさい、自伝のなかで、パーティーは嫌いだとはっきりいっていますし、ひどいパーティーのことも書いています。

f0147840_093878.jpgそれが彼とキンクスのキャリアに大きな災いをもたらしたこともありましたが(不愉快なことをしつこくいうアメリカ音楽家組合関係者を殴り倒し、以後、アメリカ市場から長いあいだ閉め出されたのもそのひとつ)、ひとつだけはっきりいえることがあります。正直で、誠実な人間であり、きれいごとの嘘っぱちはいわない、ということです。

クリスマスにこんな曲を聴きたいリスナーがいるとは、レイモンド・ダグラスも考えてはいなかったでしょう。それでも、こういう曲を書いてしまう人なのです。RDはほとんどつねに、Right place, wrong timeまたはWrong place, right timeの人でした。しかし、人々の目が同じところに集まっているときに、ふと、その反対側に視線をやることこそ、鋭敏な詩人の最大の資質です。

せっかく、きれいにクリスマス・ソング特集をやってきたのだから、こんな曲、持ち出さなければいいのに、と思いつつ、もっとも愛するソングライターの、ダウナーな曲を取り上げずにはいられないのだから、RD同様、わたしもWrong place, right timeかもしれません。「本番」が終わるまで日延べしたことが、わたしのせめてものみなさまへの気遣いです。


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キンクス
Come Dancing: Best of Kinks 1977-86 (Hybr) (Dig)
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by songsf4s | 2007-12-27 00:04 | クリスマス・ソング
Christmas Album Gallery

本日はクリスマス・ソング特集番外篇として、夏にやったTropical Sleeves Gallery以来のアルバム・ギャラリーをお贈りします。

クリスマス・アルバムもいろいろなタイプのデザインがありますが、やはり、イラストがもっとも多いようです。

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イラストはもちろんノーマン・ロックウェル

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ノスタルジックな風景や人物の絵もあります。

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イラストはまだありますが、目先を変えるために、こんどは写真によるものを見てみましょう。まずは風景写真。

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こんどは人物ないしはアーティストの写真。

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人形、模型などの立体物によるイラスト、とでも呼ぶべき「演出写真」もたくさんあります。

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イラストものに戻ります。こんどはコンポジション風のものや、水彩画など、ちょっとタイプのちがうものを。

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つぎは変わり種を何枚かご覧いただきます。

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アメリカ空軍が徴募宣伝用に配布したクリスマスLP。Country Christmasというタイトルが示すとおり、中身は通常のクリスマス・オムニバス。

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NORAD(北米防空総指令部)のサンタクロース現在位置追跡情報は有名だが、これはそのサンタ追跡情報放送と音楽を組み合わせたものらしい。中身を聴いたわけではないので、よくわからないのだが。

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50年代終わりのシングル盤らしい。いったい、どういう音楽なのか。

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Christmas in Congoと書いてある!

まだこの3倍ほどのアルバム・ジャケットを集めたのですが、文字のみのデザインのものをはじめ、残りは来年のクリスマス・ソング特集で、ということにします。

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by songsf4s | 2007-12-26 00:08 | クリスマス・ソング
サンタクロース・アイ・アム・橇(ソーリ) by トニー谷
タイトル
サンタクロース・アイ・アム・橇(ソーリ)
アーティスト
トニー谷
ライター
トニー谷, 宮川哲夫, J.Piearpont, 多忠修
収録アルバム
ジス・イズ・ミスター・トニー谷
リリース年
1953年
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当初のプランでは、今日は当然、The Christmas Song (Merry Christmas to You) でいくはずだったのです。でも、HDDを検索したら、またしても50ヴァージョンほど、ぞろぞろと出てきてしまいました。

なにしろイヴ、いろいろあるから、50種類もThe Christmas Songを聴くのは無理かもしれない、となれば、もうナット・キング・コール盤に絞るしかない、という結論になりました。

でも、そこでふと、馬鹿馬鹿しいオルタナティヴを思いつき、わが家で投票したところ、ナット・コールより、トニー谷のほうが「うち」らしい、ということになってしまいました。人生、一寸先は闇、板子一枚下は地獄、クリスマス・ソング特集は、とんだアンチ・クライマクスを迎えることになったんざんす。

いったいトニー谷のどこが「うち」らしいのか、依然としてわたしにはよく理解できないのですが、なにしろ、今夜はクリスマス・イヴ、メリー・クリスマス&メニー・クリシミマス。泣く子と地頭とお母さんには勝てないざんす。ナット・コールの絶唱は来年でよいということにしちゃいました。どうかゆるされよ。

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では、レディース・エンド・ジェントルメン、おとっちゃん、おっかさん、グッド・アフターヌーン、お今日は、グッド・イヴニング、お今晩は、ティス・イーズ・ミスター・トニー谷ざんす。

トニー谷「サンタクロース・アイ・アム橇」


◆ ノオ・マネー、サンザン・苦労ス ◆◆

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かなり読みにくいでしょうが、これはオリジナルの45回転盤かSP盤に付された歌詞カードを写真製版したものらしいので、仕方がないのです。読むより、聴いたほうがずっと早いのですが、ま、今夜はクリスマス・イヴ、メリー・クリスマス&メニー・クリシミマスだから、ゆるされよ。

字のつぶれているところを補足しておくと、「白い髭 白い雪」、それから、「橇よ ハバハバ 鈴が鳴る」、下段のほうでは「滑るよ 滑る ボクの橇」や、セリフの冒頭「ああ、痛え、ぶつかっちゃった」など。

サンザン・クロースまではセリフで、「紅い帽子」から「ひっくり返れば、I'm ソリ」までが歌です。そのつぎの行頭は字がつぶれていますが、「臺詞」と書いてあります。セリフのことです。昔のものなので、正字で書いてあるだけです。

メロディーはJingle Bellsなので、これでトニー谷盤をご自分で再現することも、かならずしも不可能とは断言できないでしょう。Try it, and have a sanzan kurisimi-mas time.

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3行目は「一生ケンメ散々雪が降ってくる」と書いてあります。最後から2行目は、「ズス・イズ・汚ねえ煙突だなァ」とありますが、トニー谷はここではナマった発音はしていません。ふつうに「ジス・イズ」といっているので、これは誤植。

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ここは「可愛い 寝顔 素敵ざんスノオ(Snow) 朱い唇 悩ましざんスノオ マイ・プレゼント 何にスノオ そっと置けば オオ ワンダフル ワンダフル ワンダフル 雪が降る ドキリンコンコン ドキリンコン 心臓が高鳴る 高鳴るハート ぼくの胸」と書いてあります。「ワンダフル ワンダフル 雪が降る」のラインが、Jingle bells, jingle bells, jingle all the wayのメロディーです。

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1行目は前のヴァースの尻尾がここに飛んだのですが、「察して頂戴 アイム・橇(ソオリ)」と書いてあります。つづいてまたセリフになり、音楽のほうはKiss of Fireへと変化します。

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これが最後で、1行目は「あたしゃ しがないニコニコかぎょう ざんすからネー」とあります。ニコニコ稼業とは、わたしよりお年を召した方ならご記憶でしょうが、「ニコヨン」すなわち日雇い労働者のことです。辞書には「職業安定所からもらう定額日給が二四〇円で、一〇〇円を一個として、二個四であったからいう」と書いてあります。こういう俗語は、時代が変わると、なんのことかわからなくなってしまうものです。英語の歌でも、こういうものがあるのに、見当違いな解釈をしているのだろうなあ、なんてんで、ギョッとします。

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◆ 鬼が笑う気にもならない十年後の話 ◆◆
トニー谷について、わたしごときがいうべきなにものかがあるはずもありません。日本人であるなら、一度は聴いておくべき音楽(かどうかの判断は保留するとして)です。日本文化の文脈においては、とほうもなく「突出」した人で、いまだにインパクトを失っていないと思います。

クリスマス・ソング特集は、コーダのようなつもりで、もう何日かつづけます。西欧文化的には、クリスマスを過ぎても、「クリスマス・シーズン」はまだ年明けまでつづくのです。なにも考えずに、クリスマス・カードにMerry Christmas and a Happy New Yearと書いている方もいらっしゃるかもしれませんが、ひと続きのものだから、そう書くのです。よって当ブログもそういう方針をとります。

ところで、当ブログにいらっしゃるお客さん方がキーワードにした曲で、もっとも多いのはどれだと思いますか? White Christmas? ノー。Jingle Bells? ノー。驚くなかれ、ぶっちぎりの圧倒的首位は、Jingle Bell Rockです。これが、この特集の最大の成果だったように思います。

時代とともに、好まれるクリスマス・ソングも当然変化し、「現代の新古典」として、Jingle Bell Rockはトップに立ったようです。10年後、ショッピング・モールに流れるクリスマス・ソングの半数は入れ替わっているかもしれません。

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トニー谷
ジス・イズ・ミスター・トニー谷
ジス・イズ・ミスター・トニー谷
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by songsf4s | 2007-12-25 00:02 | クリスマス・ソング
Christmas (Baby Please Come Home) by Darlene Love
タイトル
Christmas (Baby Please Come Home)
アーティスト
Darlene Love
ライター
Phil Spector, Ellie Greenwich, Jeff Barry
収録アルバム
A Christmas Gift for You from Phil Spector
リリース年
1963年
他のヴァージョン
Darlene Love (retitled as "Johnny (Please Come Home)," a non-Christmas song with altnernative lyrics)
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以前にも書きましたが、世の中にはカヴァーしてはいけない曲、カヴァーしても無駄な曲、アンタッチャブルの傑作というものがあります。このフィル・スペクター/ダーリーン・ラヴのChristmas (Baby Please Come Home)はまさに、だれもカヴァーしてはいけない曲、カヴァーしても無駄な曲、イントロからフェイドアウトまで、どこにも瑕瑾のない完璧な傑作です。

◆ And all the fun we had last year ◆◆
それでは恒例により歌詞を見ていきます。じっさい、わたしはこの曲については、何年も前に書き尽くしてしまったので、あとは歌詞の解釈ぐらいしか書くことがないのです。

The snow's coming down
I'm watching it fall
Lots of people around
Baby please come home

「雪が降っている、わたしはそれを見ている、あたりにはおおぜいの人がいる、ベイビー、お願いだから家に帰ってきて」

雪のつぎにおおぜいの人が出てくるのは、たぶん、雪が降ってきて、近所の人がおもてに出、雪だ、雪だ、といっている、ということなのではないでしょうか。そのつぎに、帰ってきて、となるのは、なんとなくわかるような感じはします。みんないる、足りないのはあなただけ、というあたりでは?

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セカンド・ヴァース。

The church bells in town
All singing in song
Full of happy sounds
Baby please come home

「町じゅうの教会の鐘が和して歌うように鳴っている、幸せな音があたりに満ちている、ベイビー、お願いだから帰ってきて」

つづいてブリッジ。ヴァースとはコード進行をわずかに変え、ストップ・タイムを使った、せつない、せつないブリッジです。

They're singing "Deck The Halls"
But it's not like Christmas at all
'Cause I remember when you were here
And all the fun we had last year

「みんなは『Deck the Halls』を歌っている、でも、クリスマスらしさなんかまったく感じない、あなたがここにいて、いっしょに楽しく過ごした去年のことを覚えているから」

曲を聴きながら書いているのですが、ここは涙なくしては聴けない8小節です。どこへいってもにぎやかにクリスマス・ソングが流れている、行き交う人はみな、恋人や家族といっしょにいる、ひとり歩く人はクリスマス・プレゼントの包みをもって楽しげに家路を急いでいる、どの顔も笑顔、笑顔、笑顔なのだから、ひとりぼっちなのは世界で自分ひとり、という気分でしょう。惻々と胸をうつ、いいブリッジです。

サード・ヴァース。

Pretty lights on the tree
I'm watching them shine
You should be here with me
Baby please come home

「トゥリーにはきれいな灯をつけた、わたしはそれが光るのを見つめている、あなたもここにいて、これをいっしょに見なくてどうするの、ベイビー、お願いだから帰ってきて」

このクリスマス・トゥリーがどこにあるのかは明示されていないので、lights on the treeは、自分でつけたのか、あるいは、公共の場のトゥリーで、たんに「そこにある」というニュートラルな表現かはわかりません。でも、自分の家のクリスマス・トゥリーだと受け取ったほうがいいでしょう。さらにいえば、いま飾りつけをしていて、去年のことを思いだし、たまらなくなった、と見るのが適当と感じます。

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スティーヴ・ダグラスのテナー・サックスによる間奏、そして、もう一度ブリッジを繰り返し、最後のヴァースへ。

If there was a way
I'd hold back this tear
But it's Christmas day
Please
Please
Please
Please
Baby please come home

「なにか方法があるのなら、この涙を止めるわよ、でも、今日はクリスマスなのよ、お願いだから、お願いだから、お願いだから、お願いだからベイビー、家に帰ってきて」

◆ Christmas (Baby Please Come Home) の「位置」 ◆◆
この曲については、とくに書くべきことはあまり残っていないようです。史上最高のクリスマス・アルバムのなかで、もっとも重要な場所に配置された、もっとも重要な曲、この曲を聴かせるために、この傑作アルバムはつくられ、曲順が決められたと考えています。

このクリスマス・アルバムの最後に配置されたSilent Nightは、歌というより、音楽をバックにしたフィル・スペクターの挨拶で、いわばあとがきのようなもの、本編ではありません。その前のHere Comes Santa Clausは、軽い仕上げになっていて、これはカーテン・コールのようなものです。

このアルバムのほんとうのエンディング、クライマクスは、さらにそのまえの曲、このChristmas (Baby Please Come Home)であることは明らかです。それは、この曲が、このアルバムのなかで、唯一の新曲、オリジナル曲であることからもわかります。そしてなによりも、完璧に仕上げられたトラックの出来に、それがあらわれています。

四分三連のフィルインをはじめ、この曲でハル・ブレインがどういうプレイをし、それはどのような考えから適用されたかという点については、数年前に長い論考を書いたので、ご興味のある方は、そちらをごらんいただければと思います。

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Christmas (Baby Please Come Home)は、シングル・カットされましたが、ヒットにはいたりませんでした。フィル・スペクターはこの曲に思いを残したようで、のちに同じダーリーン・ラヴのヴォーカルで、Johnny (Baby Please Come Home)と改題、改作して、クリスマス・ソングではない、ふつうの曲として(ただし、オリジナル・トラックを流用し)再録音しています。しかし、クリスマスの浮き立つような華やかさのなかでの孤独というテーマが、いかに切実なものだったかを改めて感じさせるような出来に終わっています。

◆ And all the fun we'll have next year ◆◆
このアルバムは、フィル・スペクターのおおいなる意気込みに反して、ヒットしませんでした。絶頂期にあったスペクターの、この不可解な失敗の原因は、昔からしばしば、その直前のケネディー暗殺事件によって、アメリカ国民がクリスマス気分ではなくなったため、というように説明されています。

「馬鹿が凝り固まっちゃったよ、この人は」と古今亭志ん生が墓の下で笑うでしょう。明治大帝崩御、歌舞音曲停止じゃあるまいし、そんなゴミみたいな説明が、あたりまえのように出版物やライナーに書かれているのを見るたびに、わたしは憤っています。

アホらしいほど初歩的な「初動捜査」手順があります。こういう質問を発してみればいいだけです。じゃあ、ほかのクリスマス・アルバムもみな失敗したのか? ノーです。売れたクリスマス・アルバムはあります(チップマンクス、ナット・コール、ロバート・グーレ、ベルト・ケンプフェルト、マントヴァーニ、ジョニー・マティス、ニュー・クリスティー・ミンストレルズ、アンディー・ウィリアムズのアルバムは、ビルボード・クリスマス・チャートに入っている)。ケネディー暗殺など、まったく無関係であることは、「事件」の端緒のときから明々白々のことでした。

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羊が一匹、気まぐれにふらふらしながら、草を食べていきました。つぎにきた羊は、前の羊が食べていった跡にしたがって、また草を食べながら歩いていきました。つぎの羊もまた前の羊の歩いたとおりにたどりました。やがて踏み固められ、それは道になりました。ただし、ひどく曲がりくねった、遠まわりな道に。

「定説」というのは、おおむね、こういうものだとわたしは考えています。曲がりくねった不自然な「定説」を見るたびに、わたしは疑いをもちます。前に通った羊のことなど、まったく信用しません。ただのぼんやりした気まぐれな羊である可能性のほうが、鋭敏で思慮深い羊である可能性より、はるかに高いのです。

なぜこのアルバムが失敗したかについて、いまのわたしに明快な説明がつけられるわけではありません。今の段階でいえることは、愚にもつかない「定説」はドブに捨てよう、そして、もう一度、あの時代の音楽とフィル・スペクターの音楽の関係を考え直してみよう、ということだけです。

このアルバムの失敗の向こう側には、ちゃんとした音楽的な理由があります。わたしにはそれが「わかって」います。フィル・スペクターがつくろうとした音と、人々が聴きたがっていた音とのあいだに横たわっていた溝を覗きこみ、微細な証拠を採取しましょう。音を聴き、音を考えなければ、音楽のことはわかりません。新聞記事やテレビニュースで、音楽史上の事件を解決しようとする愚は、そろそろやめるべきときがきています。はじめからしてはいけないことをしてしまったのは、明らかではないですか。音楽のことは音楽にきけ、です。

この問題を突き詰めていけば、かならず、60年代の音楽の本質に突きあたるはずです。いまの段階でも、発してみるべき質問がいくつかあります。正しい質問は、解答への扉です。来年のクリスマス特集には、なにか仮説を提出できるでしょう。季節が一巡りするあいだだけやろう、と考えてはじめたこのブログが、一年後にもまだ存在していれば、の話ですが。
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by songsf4s | 2007-12-24 00:32 | クリスマス・ソング
Holiday on Skis by Al Caiola and Riz Ortolani
タイトル
Holiday on Skis
アーティスト
Al Caiola and Riz Ortolani
ライター
LeRoy Holmes
収録アルバム
The Sound of Christmas
リリース年
1967年
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◆ 犬の世界からきたコンダクター ◆◆
昨日は歌詞が短いジュリー・ロンドンのI'd Like You for Christmasで、久しぶりに楽をしましたが、今日はついに歌詞がなくなり、インストゥルメンタルです。本番の週末がきて、皆さまもいろいろお忙しいことでしょうし、わたしも野暮用やら、それほど野暮でもない用やら、いろいろあったりするわけでして。

Al Caiola & Riz Ortolani - Holiday On Skis


本日は、Silver Bellsのときに、隠し球だからといって、アルバム・ジャケットに無粋な目隠しをつけて、チラッとごらんいただいた、アル・カイオラとリズ・オルトラーニの共演盤の登場です。

f0147840_0112445.jpgアル・カイオラがギタリストで、The Maginificent Seven(『荒野の七人』)や、Bonanza(『カートライト兄弟』)のヒットがあることは、それなりに知られていることだと思います。しかし、リズ・オルトラーニはどうでしょうか。いや、じつは、どなたでも彼の曲をお聴きになったことがあるはずなのです。Moreの作曲者だからです。

f0147840_0124293.jpgもっとも、Moreというタイトルは、英語詩がつけられてからのもので、原タイトルはTi Guardero' Nel Cuoreだと盤に書いてあります。意味は知りません。この曲をテーマとした映画のほうのタイトルはMondo Caneといって、意味は「犬の世界」だそうです(邦題は『世界残酷物語』)。そういえば、犬の学名がなんかそんな名前だったと思い、いま辞書を調べたら、canis familiarisとありました。サントラ盤でも、冒頭に犬の鳴き声が入っています。公開当時に見たきりなので(超満員立ち見)、おっかない映画だったということしか覚えていません(こちらはまだ小学生で、牛が殺されるところでは目をつぶった!)。

とにかく、そういう人たち二人が、片やギター・プレイヤーとして、片やオーケストレーター兼コンダクターとして、共同プロデュースで制作したのが、このThe Sound of Christmasというアルバムです。

◆ アル・カイオラとビリー・ストレンジ ◆◆
看板に立てたHoliday on Skisという曲は、タイトルどおり(こういう場合のholidayは、たんなる休日ではなく、クリスマスの休暇をいいます)の軽快な仕上がりで、文句がありません。アル・カイオラは、鬼面人を威すインプロヴなどをするプレイヤーではなく、きれいなピッキングと運指で、あざやかにメロディーを弾くタイプなので、子どものころはあまり面白いとは思いませんでしたが、年をとって、「なにもしない」うまさがよくわかるようになりました。

f0147840_0142079.jpgアル・カイオラとビリー・ストレンジのプレイには共通点があるように感じ、ビリー・ザ・ボスにアル・カイオラのことをたずねたことがあります。絶賛でした。わたしは、ビリー・ストレンジは、アル・カイオラに影響を受けた、とまではいわないにしても、つねに意識して、自分のアルバムをつくっていたと考えています。微妙な細部のニュアンス、ちょっとしたピッキングや、タイミングの遅らせた方、すなわち「間」だけに「自己主張」をこめ、ストイックに、そして美しくメロディーを弾くことに徹したという意味で、アル・カイオラとビリー・ストレンジは東西の両巨頭です。こういううまさが子どものころにわかっていたらなあ、とこの年にして思います。

リズ・オルトラーニのオーケストレーションも、控えめながら、このトラックの華やかなムードをつくるのに欠かせない要素になっています。ささやかなオブリガートにも手間をかけていて、献身的なアレンジャーだと感じます。まあ、それだけ予算も潤沢だったのだと思われますが。

Holiday on Skisの作曲者であるリロイ・ホームズは、オーケストラ・リーダー兼アレンジャーで、このアルバムが録音されたときには、ユナイティッド・アーティスツでのアル・カイオラのレーベル・メイトだったと思われます。他人の曲、主として映画音楽のカヴァー・アルバムで売った人のようですが(代表作は、われわれの世代はシャドウズやサベージのカヴァーで記憶しているThe High and the Mighty、すなわち『紅の翼』のテーマ)、Holiday on Skisを聴くかぎり、すくなくともインストゥルメンタル曲の作者としては、悪くないセンスをもっていると感じます。

◆ 他のクリスマス・クラシック ◆◆
つい最近、入手したばかりの盤なので、残念ながら、本特集でこれまでに登場した楽曲では、この盤に収録されたヴァージョンにふれることができませんでした。アルバム・オープナーはSleigh Rideです。アヴァランシェーズ盤とはまったくタイプの違うアレンジですが、カイオラ=オルトラーニ盤も、軽快で、華やかで、いい出来です。このアルバムのハイライトのひとつでしょう。

Silver Bellsも、たとえばヴェンチャーズ盤とは大きく方向性が異なっていて、これはこれでいいヴァージョンです。リズ・オルトラーニというのは、このアルバムと、Mondo Caneのサントラを聴いたかぎりでは、管よりも弦の扱いに長けた人で、Silver Bellsの弦による間奏は印象的です。

f0147840_0184081.jpgWhite Christmasでは、アル・カイオラはめずらしく、かなりメロディーをくずしてプレイしています。べつにそれが悪いということはなく、他のトラック同様、心地よいプレイです。スロウな曲になると、リズ・オルトラーニの厚みのある弦がいっぽうの主役として前に出てきます。

総じて、非常に気持ちのよい盤で、わたしが知っているクリスマス・アルバムのなかで、五本指に入る出来と感じます。こんなに出来のよいアルバムが、CD化されないどころか、クリスマス・コンピレーションにとられることも少ないのはなんとしたことか、といいたくなります。わたしにとっては、今シーズンのベスト・クリスマス・アルバムです。これを聴けたことで、今年もけっこうなクリスマスとなりました。


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Ultra Lounge Christmas vol.1
Christmas Cocktails 1
Christmas Cocktails 1
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by songsf4s | 2007-12-23 00:03 | クリスマス・ソング
I'd Like You for Christmas by Julie London
タイトル
I'd Like You for Christmas
アーティスト
Julie London
ライター
Bobby Troup
収録アルバム
Christmas Cocktails (Ultra Lounge series)
リリース年
1957年
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久しぶりに、歌詞が短く、なおかつ、カヴァーのない曲の登場です。わたしも大助かりですが、みなさんも長い記事の連打にお疲れで、そろそろ息抜きを必要となさっているのではないでしょうか。

昨日のBaby It's Cold Outsideに引きつづき、今日もちょっとだけ「大人」のクリスマス・ソングです。まあ、ジュリー・ロンドンですから、子どもっぽい歌なんか、はじめからありえないに決まっていますが。

Julie London - I'd Like You For Christmas


◆ クリスマスも、新年も、イースターも ◆◆
ジュリー・ロンドンがあの声で歌うから、ほほう、と思うの曲なので、音がわからないことにはどうにもならないところがあるのですが、とにかく歌詞を見てみましょう。ファースト・ヴァース。

I'd like You for Christmas
Please make my wish come true
'Cause I trim tree and deck the hallways
If I knew you'd be mine for always

「クリスマスのプレゼントにはあなたがいいわ、あなたがずっとわたしのものでいてくれるなら、クリスマス・トゥリーの飾りつけもするし、玄関の飾りもするわ、だからお願い、わたしの望みを叶えてね」

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trim treeは、庭木の枝打ちをすることではなく、トゥリーの飾り付けのことです。trimには「飾る」という意味もありますし、これはクリスマスの話ですから。

それにしても、いやあ、どうも、という歌詞です。これをあの声で歌うわけですからね。これをいわれた男は、冬だというのに、汗だくになって風邪をひいちゃうでしょう。でも、まだこんなのは序の口です。セカンド・ヴァース。

I won't be blue on Christmas
If old Saint Nick comes through
And he remenbers that I'd like you for Christmas
New Year's, Easter too

「サンタクロースがやってきて、わたしの願いを忘れずにいてくれたら、クリスマスにはブルーにならないでしょう、クリスマス・プレゼントも、お年玉も、イースターのプレゼントも、やっぱりあなたがいいわ」

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アメリカに新年のプレゼントなんていうものがあるのかどうか知りませんが、イースターのプレゼントは、たとえば、映画『イースター・パレード』の冒頭、フレッド・アステアがたったひとりの女性のために、前が見えなくなるほどたくさんプレゼントを運んでいるシーンでもわかるように、歴とした習慣です。この歌のような女性が相手なら、アステアも手ぶらで彼女のところへ行けばいいので、大助かりだったでしょう。もっとも、そうなると、あの玩具屋での、ドラムを叩きながらのすばらしいダンス・シークェンスもなかったことになってしまいますが。

歌詞としては以上でほぼ終わっているのですが、バックコーラスとの掛け合いに変化させて、もうひとヴァース歌います。

(She'd like you for Christmas)
Please make my wish come true
(That she trim tree and deck the hallways
If she knew you'd be hers for always)

「(彼女はクリスマス・プレゼントにあなたをほしがっている)どうかわたしの願いを叶えてね(あなたがいつも彼女のものであってくれるとわかれば、彼女はトゥリーもきれいに飾って、玄関の飾りつけもする)」

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そして、セカンド・ヴァースにもどり、クリスマス・プレゼントも、お年玉も、イースターのプレゼントも、みんなあなたがいい、といって終わります。ここまでいわれちゃったらどうしよう、てな歌詞ですが、まあ、はじめからその心配にはおよばないのですよね、残念ながら。

◆ 「ほんのちょっとの声」 ◆◆
f0147840_019672.jpg彼女のアルバムをお聴きになったことのある方ならおわかりでしょうが、ジュリー・ロンドンはじつにスペクトルの狭いシンガーです。ジュリー・ロンドン・スタイルの曲しか歌えないのです。つまり、スロウで、静かで、深夜のムードの歌ということです。でも、あれほどすばらしい声をもっていたのだから、その声に制約を受けるのはやむをえないことです。

このI'd Like You for Christmasも、テンポはゆるく、ソフトで、ふわっとした、いつものジュリー・ロンドンの歌です。しかし、なんともやは、これがじつにけっこうなのです。もっとも、残念ながら、小さなお子さんのいるご家庭向きとはいえないでしょう。あの歌い方ですからね。

f0147840_022681.jpgジュリー・ロンドン自身は、「ほんのちょっとの声」しかなかったので、いつもマイクにものすごく近づいて歌わなければならなかった、といっています。この制約があの独特のスタイルをつくったのだから、世の中はよくしたものです。そして、これはたぶん、ボビー・ジェントリーに影響をあたえたとわたしは考えています。ボビーも、初期は極端なオン・マイクで歌っていました。

この曲を書いたボビー・トループは、かのRoute 66の作者です。それよりも重要かもしれないのは、トループがジュリー・ロンドンの二度目の夫であり、ソングライターとして、アレンジャーとして、プロデューサーとして、彼女の成功を助けたことのほうかもしれません。

先年没したリバティー・レコードの創設者のひとり、サイ・ワロンカー(The Chipmunk Songの記事をご参照あれ)は、会社設立からまもなく、ジャズ・シンガーだったボビー・トループを自分のレーベルに誘いますが、トループはよそとの契約があったので、かわりに自分のガール・フレンドをワロンカーに紹介しました。それがジュリーです。そして、彼女のリバティーからのデビュー・シングル、Cry Me a Riverの大ヒットのおかげで、会社の基礎が固まったのです(そのつぎに登場するのが、デイヴィッド・セヴィルとチップマンクス、マーティン・デニー、それにエディー・コクラン!)。

f0147840_0233662.jpg有名になる前の彼女の歌を聴いたことがないのですが、きっと、かなり異なったスタイルだったのだろうと想像します。だれかすぐれた耳をもつ人が見いださないかぎり、「ほんのちょっと」の声しか出ないシンガーは、きっと無名なまま埋もれてしまったにちがいありません。あのようなスタイルは、半分はトループがつくったのではないでしょうか。ありがたい夫です。仲のよい夫婦だったのではないでしょうか。トループはジュリーが没した翌る2000年に亡くなっています。

◆ ほとんど会社の手先 ◆◆
I'd Like You for Christmasはシングルとしてリリースされました。ジュリー・ロンドンのさまざまなディスコグラフィーを見てまわったのですが、後年の編集盤までふくめ、彼女のアルバムにはこの曲は収録されていないらしく、いくつかのクリスマス・オムニバスにとられているだけでした。

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オムニバスならば、この特集で何度もご紹介した、Ultra Loungeシリーズのクリスマス篇、Cristmas Cocktailsで入手なさるといいでしょう。わたしがI'd Like You for Christmasを知ったのは、この編集盤でのことでした。

この盤に収録された曲は、本特集ではいくつも取り上げていて、まるでこの盤を紹介するために特集を組んだような状態になっています。じっさい、これで終わりではなく、すくなくとももう一曲はご紹介する予定です。それほどよくできた編集盤なのです。


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I'd Like You For Christmas収録オムニバス
Christmas Cocktails 1
Christmas Cocktails 1
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by songsf4s | 2007-12-22 00:03 | クリスマス・ソング