<   2007年 08月 ( 19 )   > この月の画像一覧
All Summer Long by the Beach Boys
タイトル
All Summer Long
アーティスト
The Beach Boys
ライター
Brian Wilson
収録アルバム
All Summer Long
リリース年
1964年
他のヴァージョン
alternate take, vocal only mix
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こんなことは黙っていればわからないのですが、このところずっと迷走状態をつづけていまして、夕食後になって、やっぱり今夜はちがう曲にしよう、などと切り替え、焦りに焦りまくり、日付が変わる直前に強引に更新し、それから写真のアップロードと手直しをするといった綱渡りをつづけています。

今夜も、コメントに書いたように、はっぴいえんどの「暗闇坂むささび変化」でいくつもりだったのに、話はずるずると地中にもぐりこんでいき、とうていまとまりをつけられなくなったので、このブログをスタートしたときの予定表に戻って、きわめつけの「夏休みエンディング・ソング」をやります。

サウンド面は、長く複雑な考察を必要とする面倒なところがなく、ドラムがハル・ブレインでもなさそうなので、そのへんの検討は2、3段落で十分そうだし、わが家にはカヴァー・ヴァージョンもないので(オルタネート・テイクはありますが)、そこで泥沼になることもない、ただ、歌詞を検討すればそれで完了という、「一家に一枚、安心の一曲」であります。

◆ メランコリックで軽快、これぞビーチボーイズ ◆◆
それでは、今夜はテンポよく、ヴァースからヴァースへと駆け抜けていきたいと思います。フロントとバックで、コール&レスポンスになるところもあるので、そういうところは、バックの歌詞をパーレンに入れて示しますが、バックがただフロントの歌詞をくり返すだけのところは、その箇所も示さずに、ただ省略します。

Sittin' in my car outside your house
'Member when you spilled coke all over your blouse
T-shirts, cut-offs and a pair of thongs
We've been having fun all summer long

「君の家の外に車を止めているとき、コークをこぼしてブラウスをびしょびしょにしちゃったね、Tシャツ、カットオフ、ゴムサンダル、この夏はずっと楽しかった」

時間がたつというのはありがたいもので、1964年にこれを訳せといわれたら、ちょっと困っていたでしょうが、いまではなんでもありません。アルファベットをカタカナにするだけで通じるのですから。「カットオフ」なんてものは、昔の日本ではだれも穿いていなかったし、したがって、それを指す言葉も知りませんでした。まさか数年後に、自分が古くなったリーヴァイズやリーをぶった切ることになろうとは思いもよりませんでしたよ。

ここでも以前、書いたかもしれませんが、わたしはスロウ・バラッドに対してはきわめて強い耐性をもっていまして、泣き落としにやられることはまずありません。勝手に感情移入してろ、俺はベース・ラインでも聴く、てなもんです。しかし、逆に、アップテンポでいながら、どこかにメランコリーを感じる曲には無茶苦茶に弱くて、コロッとやられてしまいます。

f0147840_23495425.jpgこの曲なんか、夏の終わりの深夜、ガードを下ろしているときなどに、ラジオから流れてきたりすると、思わず落涙しそうになります。いま、訳していてももらい泣き(って、向こうは泣いていないから、「もらう」わけにはいきませんが!)しそうになりました。いったい、なんなんでしょうね、これは。ただ、単語を並べているだけじゃないですか。Tシャツやサンダルのどこに、このわたしめは感情移入してしまうのか、まったく謎です。よくわからないので、Tシャツを眺めながら、もう一度考えてみます。

彼女を送ってきて、車は駐めたけれど、「まだいいじゃん」といって引き留め、車のなかでちょっと悪さをしようと、狭いところで無理な体勢をとろうとしたら、ささやかなバッド・ムーヴの結果(なにをやっていたのやら)、コークの缶を倒すという失策を招いてしまった……こういうことが、恋人たちにとって、たぶん、二人だけのいちばん大事なことなのだと思います。ブライアンはつねに共作者を必要とした人で、自分は作詞家ではないと思っていたふしがありますが、どうしてどうして、こういうことに着目することこそが、すぐれた作詞家の第一の資質です。

◆ 去りゆく夏 ◆◆
以下はコーラスです。

(All summer long you've been with me)
I can't see enough of you
(All summer long we've both been free)
Won't be long til summer time is through
Not for us now!

「夏のあいだずっと、君はいっしょにいてくれた、どんなに会ってもまた会いたくなった、夏のあいだずっと、僕たちは自由だった、でも、その夏ももうじき終わっちゃう、僕らだけはこのままにしておいてくれ!」

f0147840_0124290.jpg受験生は、can't see enough of youなんていう言いまわしについて、いまも英語教師の注意を受けているのではないかと想像します。日本語スピーキング・ピープルの受験生としては、英語スピーキング・ピープルのこういう感覚がいちばん理解しにくかった記憶があります。歌にはよく登場する言いまわしなので、そっちへいったんパラフレーズして、教科書やサブリーダーを理解しようとつとめたものです。

ついでにいえば、not for us nowというのも、地の文としてならともかく、歌詞の形としては訳しにくいラインに感じます。「僕たちだけは例外にしてくれ」なんていうのは、いまどきのなんでもありのJポップはいざ知らず、言葉の響きを大切にする歌詞においては、日本語の歌詞にはなりません。

◆ ソングライターの自己言及メタ構造 ◆◆
では、セカンドにして最後のヴァースへ。

Miniature golf and Hondas in the hills
When we rode the horse we got some thrills
Every now and then we hear our song
We've been having fun all summer long
Won't be long till summer time is through
(Summer time is through)
Not for us now!

このヴァース、ミニチュア・ゴルフは日本ではあまりないし、ビーチボーイズを筆頭に、サーフ・グループのお気に入りだったホンダのミニバイクもべつに好きではないので、シラッと通りすぎ、三行目へ。

f0147840_0143321.jpg「our song」という表現には何度か出くわしていますが(調べずにそらで出てくるのは、バッキンガムズのHey baby, they're playin' our song)、文脈から、僕たちが好きだった曲、二人が気に入っていた曲、という意味になります。夏休みのバックドロップとして、海や山のみならず、音楽もぜったいに欠くことのできないものだったわけで、その結果として、汗牛充棟の夏の歌を相手に、このブログを毎日更新しなければならない事態にはまりこんでいるのです。

いや、恋人たちにとっても、音楽は重要で(カットオフやサンダルと同程度には)、ソングライターとしては、ぜひ、ひと言いっておきたかったのでしょう。もちろん、バリー・マンとジェリー・ゴーフィンのWho Put the Bomp?を連想したりするわけですね。

あとは、これまでに出てきたラインをくり返すだけで、新しい言葉はもう出てきません。なにしろ、2分にも満たない曲ですからね。こんなに楽に終わっていいのだろうかと、キツネにつままれた気分です。

◆ よれよれのトラッキング・セッション ◆◆
サウンドについては、マリンバを使ったことがクレヴァーだという以外には、とくに思うことはありません。とりわけイントロのマリンバ・リックは、それまでに長いストーリーがあり、いちおう、めでたしめでたしの結末を迎えて、画面暗転、タイトルがスクロールしはじめる、といった感じで、ある種の転調効果を生みだしていて、うまいなあ、と思います。こういう効果のあるイントロとしては、ロネッツのBaby I Love You、ホリーズのAin't This a Peculiar Situationをあげておきます。

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ドラムはハル・ブレインではありません。ときおり弟を「揉んで」みたくなるブライアンが悪い癖を出して、サーフィンばかりしていないで、たまにはスタジオで働け、てえんで、デニスの耳をつかんで、海からスタジオまで引っぱってきたのではないでしょうか。いくら初期テイクとはいえ、あんなボロボロの四分三連を叩くプロはいないでしょう。

そもそも、ハル・ブレインがいれば、かならず彼がカウントインするので、声が記録されていますが(ヴェンチャーズでも彼の声が聞こえるものがあります!)、ブライアンがカウントしたり、だれかべつの声が聞こえてくるだけで、ハルの声は聞こえません。

f0147840_025014.jpgいやはや、マリンバもイントロでミスってばかりで、よれよれのセッションです。ベースは、フィンガリングの音ではなく、フラット・ピッキングなのですが、これ、キャロル・ケイなんでしょうか。彼女も調子の悪い日がありますが、ちがうんじゃないでしょうかね。ひょっとしてブライアンかなあ。トークバックの声はチャック・ブリッツばかりで、ブライアンの指示がまったくないことから、そんな想像をしてみたくなります。

これで、よくあの完成品にたどり着いたものだと、むしろ感心してしまいました。テイク数はあっという間に30に到達し、最後はテイク43です。ほとんどがイントロでブレイク・ダウンしていて、最後までたどりついたものは、Unsurpassed Mastersの6巻目ではテイク43だけのようです。これにリズム・ギター(うまい! ベースもこのテイクはグッド・グルーヴ)などをオーヴァーダブして、完成としたのでしょう。

◆ For the Love of Dennis ◆◆
デニス・ウィルソン・ファンとして、ひと言、彼のためにいっておきます。フィルインでは、ご老人が階段で足をもつれさせるようなプレイをしますが、バックビートはけっして悪くありません。ジョン・グェランなんかよりずっと筋のいいドラマーです。

運動神経と運動能力の二つに分けると、デニスは運動神経はよいけれど、運動能力が伴わないタイプ、グェランは運動能力はあるけれど、もともとろくでもない運動神経をしているタイプです。野球選手でいうと、グェランは松井稼頭央。広岡達朗がいう「ボールとケンカする」内野手です。吉田義男みたいに、ボールは卵を受け取るようにフワリと、グラヴに吸い込ませるようにキャッチしなければいけないのです。

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わたしが内野守備コーチだったら、グェランなんか任されても、「あんなもん、鍛えても無駄だ、一生突っ込みつづけて、しまいには頭から棺桶に飛び込むだけさ。それより、俺にデニスを任せてくれ、3年でレギュラーをとらせてみせる」といいます。ああ、それで、ブライアンはあきらめきれず、ときおり、デニスをスタジオに押し込んでいたんですね。

今日は予定より早くゲームが終わったので、試合に関係ない駄話をしてしまいました。どうせついでだから、関係のない写真もおいておきます。The BeachlesのSgt. Petsound'sという、くだらない代物。これ、どこかに音がないでしょうかね。たいしたもんじゃないらしいですが、EMIと揉めたとかで、もうどこにも落ちていません。

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by songsf4s | 2007-08-31 23:57 | 去りゆく夏を惜しむ歌
夏なんです by はっぴいえんど
タイトル
夏なんです
アーティスト
はっぴいえんど
ライター
松本隆, 細野晴臣
収録アルバム
風街ろまん
リリース年
1971年
他のヴァージョン
live version of the same artist
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「夏なんです」というより、季節はもう「夏じゃないんです」に足を踏み入れつつありますが、八月に入ってからずっと、取り上げるべきかどうか迷いつづけ、とうとう今日まで持ち越してしまいました。でも、この曲をご存知の方ならおわかりでしょうが、夏の終わりを歌った曲でもあるのです。

迷った理由はいろいろあって、いくぶん複雑なのですが、そういう込みいった話はみなあとまわしにして、とりあえずは歌詞を見てみましょう。日本語なので、あれこれいう必要がなくて、今夜は左団扇です。

◆ 盛夏にはじまり…… ◆◆
今回は歌詞をテキストにしません。かわりに、当時のLPの歌詞カードをスキャンしたJPEGを使わせてもらいます。手書きで、変則的なレイアウトをしているのため、まず全体像のJPEGをどうぞ。

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右側の花の絵をグルッとひとまわりしている文字も歌詞で、ブリッジ部分が書いてあります。あとで拡大したものをお見せしますので、見えないぞ、などと下品なことをおっしゃるのはしばらくお控えを願いましょう。

では、ファースト・ヴァースのみを以下に。

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ご覧のように、ギンギンギラギラとくるのだから、このヴァースは盛夏のことを歌っているように思われます。ひとつだけここで注目すべきは、これは青少年の夏休みではなく、子どもの夏休みだということです。

うちのHDDには5万曲近いファイルが入っていますが(クレイジー・キャッツの「五万節」を思いだして、まずいですよね、検索ソフトの検索結果の数字は47035曲。これにプラスすることの、検索から除外している日本の曲、で、ほぼ5万曲なのです)、たぶん、どの夏休みの歌もミドルティーン以上の話で、小学生の夏休みを歌ったものというのは、この曲の他には存在しないのではないでしょうか。しいていうと、ジェリー・ゴーフィンが書き、デイヴィッド・クロスビーが「わたしはこれでバーズをやめました」といっている(好きにしろ! おまえなんか口先だけの業界ゴロ、ジェリー・ゴーフィンは大作詞家だ)、Goin' Backが近い雰囲気をもっているか、というあたりです。

考えてみればそれも当然で、Summertime Bluesでエディー・コクランがいっていたように、「助けてあげたいのは山々だけれど、まだ選挙権がないんじゃね」なんです。小学生はバイヤーではない、よって小学生をあつかった歌詞は商売にならない、とまあこうくるのでしょう。はっぴいえんどが売れなかったのも当然か、とまではいいませんがね。

◆ 夏はひと色ならず ◆◆
つづいて、セカンド・ヴァース。

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みなさんはどうお感じになるか知りませんし、地方によって事情は異なると思いますが、松本隆が少年時代を送った東京を含む南関東では、ホーシーツクツクの蝉の声、と法師蝉が鳴きはじめれば、もう夏も後半です。

まず、七月の夕方に蜩が鳴きはじめるのが夏の開幕、つづいて油蝉の鳴き声がフェイドインし、そしてミンミン蝉が登場すると、うだるような暑さになります。ツクツク法師が鳴きはじめると、ああもう夏休みが終わっちゃう、なんて、すくなくともわたしが小学生だったころには感じたものです。

というわけで、ほかの方はいざ知らず、わたしはこのヴァースで、ああ、夏休みももう指折り数えるほどなんだな、と感じます。

「舞い降りてきた静けさが、古い茶屋の店先に、誰かさんといっしょにぶらさがる」というのは、ちょっとunusualな表現ですが、これが詩というものの本質です。こういう表現に、当時の歌謡曲の歌詞とはまったくちがう、日本語の歌詞というものの可能性を感じました。

◆ 「くるくる」か「ぐるぐる」か ◆◆
このあとでブリッジが登場します。お約束どおり、読めるように拡大したJPEGをどうぞ。

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PCのまえで立ち上がって、頭を逆さにして読んだりなぞしないように願います。ダウンロードして、ヴュワーの画像回転機能を使うか、印刷するのが正常な対処方法です。

この歌詞カードを久しぶりに読んで、「あれ?」と思いました。わたしは「日傘くるくる」ではなく、「日傘ぐるぐる」と濁って覚えていたのです。音を聴き直すと、やっぱり細野晴臣も「ぐるぐる」と濁って発音しています。松本隆がこの曲を書いた段階では「くるくる」だったのが、録音の際に歌いやすいように「ぐるぐる」と変えたのかもしれません。

それではファイナル・ストレッチ、サード・ヴァースです。

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これで、八月の終わりにこの曲をとりあげるのが、時季はずれではないことがおわかりでしょう。入道雲は盛夏に見られるもののような気がしますが(上昇気流がつくりだすものなので、気温が高くないと発生しない)、松本隆が気象学を学んだとは思えないので、そのへんは目をつぶることにします。

「空模様の縫い目をたどって、石畳を駆け抜けると」というのは、またしてもややunusualな表現ですが、わたしには、子どもたちが遊んでいるようすを素直に、ただし、ちょっと端折って書いたように思えます。空模様の縫い目、とは、雨が降ったり、日が照ったりという、その入れ替わりをいっているのではないでしょうか。

◆ 水牛ならぬ、モビー・ハルム・エンド ◆◆
はっぴいえんどについては、近年はいやというほど言葉があふれていて、こういうときにはむしろ口をつぐむべきような気もするのですが、人は十人十色、わたしがなにかいうのもまったくの無駄でもないかもしれないと思うことにします。

まず、だれでもいっていることを確認しておきます。「夏なんです」のベースになったのは、おそらくモビー・グレイプのセカンド・アルバム「Wow!」に収録された、Heという曲でしょう。すくなくとも鈴木茂のギターというか、イントロはHeを参考にしたと考えます。

はっぴいえんどというと、バッファロー・スプリングフィールドと、モビー・グレイプの名前があがることになっていますが、バッファローを感じさせる曲はあまりありません(先日のMLでの話、書いちゃいますよ>Kセンセ)。しいていうと、「はいからはくち」とUno Mundoにいくぶんの近縁性を感じなくはありませんが、この曲ではグレイプのCan't Be So BadとOmahaも参照したように感じます。

デビュー盤でも、とくにバッファローを思い起こさせる曲はなく、むしろ、細野晴臣がオルガンをプレイした曲に、プロコール・ハルムの強い影響を感じます。松本隆のドラミングもB・J・ウィルソンを意識しています(それは大滝詠一のデビュー盤に収録された「乱れ髪」にいたるまで遠く響きつづけます。「乱れ髪」のバッキングはハルムのAll This and Moreです)。

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モビー・グレイプのセカンド・アルバムWOW! 米盤には付録として、マイケル・ブルームフィールドやアル・クーパーとのジャム・セッションを収めたGrape Jamというアルバムもついていたが、日本では2枚に分割して売られた。のちに、米軍基地のPXでこの盤を買ったとき、Jamはほんとうに付録で、1枚ものの値段と同じだった。じっさい、つまらない盤で、付録以外のなにものでもない。そういうものを独立した商品として売りつけるという不誠実なビジネスをしたのだから、当今の音楽産業の苦境は、天網恢々疎にして漏らさず、勧善懲悪の結末だろう。

全体にグレイプの雰囲気が漂うのは、まず第一に鈴木茂のトーンがグレイプの3人のギタリストのだれか(いまだにどのプレイがだれなのかわからないのです)に近いからでしょう。たとえば、Changesのオブリガートやソロなど、そのまんま鈴木茂のトーンです。

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こちらはWOWの裏ジャケ、裏から読んでも、逆から読んでも、やっぱりWOW。

もうひとつは、細野晴臣のプレイに、グレイプのベーシスト、ボブ・モズリー(エアプレインのジャック・キャサディー、デッドのフィル・レッシュと並ぶ、ベイ・エイリアのベーシスト三羽がらすのひとりだと思います)のスタイルを強く感じるからです。ミュートの使い方もよく似ていますし、なによりも、5度のフラットを経過音に使うフレーズに、モズリーの影響を感じます。たとえば、キーがCなら、C-E-F-F#-Gと弾くフレーズのことです。Cは3弦(ベースの)、あとは4弦に下がって、オープンEから半音ずつ上げていくというプレイです。

これはキャロル・ケイもときおり使っていたフレーズですし、彼女は5度のフラットという不協和音を、有効なテンションとして和声にとりこんだそもそもの淵源である、ビーバップの出身ですから、こちらを経由して取り込まれた可能性もありますが、全体の雰囲気を考えると、やはりモズリーだと思います。最近、細野晴臣がキャロル・ケイについて書いている文章を読んだので、この考えはちょっとぐらつきかけていますが。

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ジャケットの印象が強いので、グレイプの代表作をWOWであるかのようにいう人がけっこういるが、彼らがほんとうによかったのは、このデビュー盤だけといってもよい。あとのアルバムはせいぜい佳作と愚作のごった煮、あとのほうにいくと、割りたくなるようなひどさになる。

◆ インディーズ・バンド!? ◆◆
はっぴいえんどをはじめて聴いたのは、URCレコードの会員だった友だちの姉さんが貸してくれた、のちに「ゆでめん」と通称されるようになったエポニマス・タイトルのデビュー盤でした。

f0147840_001953.jpgURCの盤が、当初はサブスクラバー・オンリーで頒布されていたなんてことは、もう最近のファンの方はご存知ないでしょうから、あらためて強調しておきます。当時は、あの盤は店頭には並んでいませんでした。URCレコードの会員になって、郵送してもらわないと手に入らなかったのです。借りたものが気に入って、わたしが自分の盤を買ったときには、もう店頭に並んでいたので、ごく初期だけのことだったのですが。URCというのは、いまでいうインディーズだったのです。

URCがそういうレーベルであり、はっぴいえんどがそういう会社に所属していたということは、「押さえておく」べきことだと思います。当時のメイジャー・レーベルはあのグループの可能性を見抜けなかった(つまり、リスナーのマジョリティーの関心を喚ぶものではない、という「商業的には正しい」判断)というネガティヴな意味と、やがてURCの盤はメイジャーを通じて配給されるようになり、「ある流れ」をつくっていくというポジティヴな意味の両方においてです。

◆ 早すぎたバンドと早すぎたファン ◆◆
思いだすのは、寒々とした冬の神田共立講堂です。客はほんの一握り、暖房はきかず、コートで膝を覆い、震えながらはっぴいえんどをみました。オープニング・アクトは遠藤賢司(「カレーライス」)でした。いや、ひょっとしたら逆だったか。寒かったのは客がいないせいでもありました。満員電車は暑いけれど、ガラガラ電車は寒いのと同じ原理。

デビュー盤が出てすこしたってからのことで、まだ2枚目の『風街ろまん』は未来のこと、セカンドどころか、はたしてこのバンドが来月、まだ存在しているだろうかと心配をしなければならないほどでした。

彼らは愛想笑いひとつするでもなく(当時はそのほうが客に歓迎される雰囲気がありました。グループサウンズ的な愛嬌は時代遅れになっていたのです)、ときおり大滝詠一が「つぎは『春よ来い』という曲です」などとボソリといい、すくないけれど、彼らのデビュー盤を聴きこんだファンばかりの客席から、そのたびに暖かいような、わびしいような、なんともいえない拍手がおきました。

f0147840_0223.jpg彼らのプレイ自体は、投げやりでもなければ、熱が入っているわけでもなく、ただ黙々と「やるべきことをやる」という雰囲気でした。「いらいら」がいい出来だったと記憶していますが、あるいは、それまでただベースを弾いているだけだった細野晴臣がコーラスに参加したことにホッとしただけかもしれません。デビュー盤には入っていなかった「はいからはくち」を聴けたことも収穫でした。

ふと思いついて、だれも誘わず、ひとりで見にいった受験生のわたしは、終わって外に出てみたら、予備校帰りの受験生の集団に出会い、ちょっとだけうら寂しいような気分で帰りました。

◆ 「いい夜」の違和感 ◆◆
そのつぎはいまはなき大手町のサンケイ・ホールでした。『風街ろまん』は、友だちのだれもが買う「大ヒット」になって、こんどはバンド仲間がいっしょにいきました。でも、箱が大きいせいもありましたが、今度もまた、半分以上が空席でした。考えてみると、もうこのころ、彼らはバンドに終止符を打つつもりになっていたのだと思います(3枚目が出たのはたんなる僥倖だったのはご存知のとおり)。

客はすくないけれど、共立講堂のときよりはにぎやかな雰囲気が、ステージと客席にありました。それは大滝詠一のソロ・シングルになった「恋の汽車ポッポ」のような明るい曲もやったせいかもしれません。あのころもっとも好きだった「朝」のエレクトリックなアレンジは、まったくなじめませんでしたが。

f0147840_034227.jpgつぎは1973年9月21日、文京公会堂でした。日付を記憶していたわけではなく、ライヴ盤にデカデカとそう書いてあるだけです。すでに彼らは解散し、なんのためかは知りませんが、ワン・ショットの再編による一日だけのライヴでした。それまでの2回とはまったく雰囲気がちがいました。会場の外に行列ができていたのです。しかも、列のなかには数人の友人や高校の後輩たちがいて、「やあ」とか、「おお」とか、「なんだ、きてたのかよ」と挨拶が飛びかい、仰天しました(わが母校は、軽音楽部の全員がはっぴいえんどファンといってもいいくらいだったのです)。

外の雰囲気はそのまま会場の雰囲気になりました。ワン・ショットだったため(「李香蘭日劇七廻り半事件」と同じ!)、客が入りきれなくなり、通路に補助椅子が出たのには、ほんとうに驚きました。あの寒々とした神田共立講堂はなんだったのか。

彼らもまた、にこやかにプレイしていました。「夏なんです」を歌うとき(細野晴臣がライヴで歌う、というだけで驚きましたが)、譜面台がステージに運ばれ、「歌詞を忘れちゃったもので」と弁解したときには、会場全体があたたかい笑い声で包まれました。

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いい夜でした、といってすませられれば、ハッピーエンドなのですが、共立講堂のときとは異なる意味で、いや、正反対の意味で、うら寂しいような気分になりながら、後楽園球場の脇を抜けて帰路につきました。

◆ 死んで咲いた花実 ◆◆
彼らの評価が現在のように極大に達する兆しは、すでに文京公会堂の再編コンサートのときにありました。それ自体はけっして悪いことではありませんが、手放しで歓迎できるようなことでもありません。

パリでおこなわれた自作の回顧上映に招かれ、ステージにあがって挨拶したドン・シーゲルは、満員の客に向かって、「君たちは、わたしが君たちを必要としていたときに、いったいどこにいたんだ?」といったと、たしか小林信彦が書いていました。

客というのはそういうものなので、そんなことをいってもはじまらないのですが、評価を受けるようになったのはキャリアのごく終盤にすぎなかった映画監督のボヤきは、はっぴいえんどのボヤきでもあるのではないかと思います。いや、ほんとうは、だれも誘える雰囲気ではなく、ひとりで神田共立講堂にいき、寒さに震えながらはっぴいえんどをみなければならなかった、さびしいファンのボヤきなのです。

f0147840_0101378.jpgエイプリル・フールのこと(そのつづきだから、ヴァレンタイン・ブルーだったのでしょう)、デビュー盤と「風街ろまん」のアイロニカルな落差、その後の年月のあいだに、わたしの心のなかで逆転した大滝詠一と細野晴臣の位置、彼らのもうひとつの夏の歌である「暗闇坂むささび変化」と、グレイトフル・デッドのFriends of the Devilのこと、書くべきことは山ほど用意していたのですが、すでにTime Is Tight、写真の用意もしなければいけないし、話のキリもいいようなので、幕を下ろすとします。
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by songsf4s | 2007-08-30 23:57 | 夏の歌
A Summer Song by Chad & Jeremy
タイトル
A Summer Song
アーティスト
Chad & Jeremy
ライター
Metcalfe/Noble/Stuart
収録アルバム
Sing for You (a.k.a. Yesterday's Gone)
リリース年
1964年
他のヴァージョン
alternate take of the same artist
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まずは、今夜の原稿の「勧進元」であり、年来の「チャド&ジェレミー・ファン仲間」(メンバーは二人だけ!)である、tonieさんにご挨拶。

昼間、チャド&ジェレミー第2弾を、と宣言したとき、じつはスクリューでいくつもりでした。しかし、たまたま、Unsurpassed Mastersの全巻を配布しているブログに突入してしまい、地獄の苦しみを味わうことになり、楽な直球に切り替えることにしました。

このブログをスタートする前に、デザイン用のダミーとして書いた原稿が数本、しまい込んだままになっていまして、このA Summer Songはそのひとつなのです。いまから手直しを試みますが、たぶん、混乱した原稿になるであろうこと、Distant Shoresと話がダブってしまうであろうことをあらかじめお詫びしておきます。では、古物の使いまわしですが……。

◆ 失われたサウンド ◆◆
ストーンズの下品で猥雑なSatisfactionがヒットするまえの、さわやかなブリティッシュ・グループの歌声と、軽やかなサウンドが、年とともに懐かしくてしかたなくなってきました。「ロック」という言葉があくまでも「岩」を意味し、音楽はポップ・ミュージックとかロックンロールといわれていた時代のことです。

そういう時代のイギリスを象徴するのは、たとえばサーチャーズ、デイヴ・クラーク5、スウィンギング・ブルー・ジーンズ、ジェリー&ザ・ペイスメイカーズ、ホリーズ、ピーター&ゴードンなどなどのアーティストです。

齢を重ねてみて、わたしよりひとまわり、ふたまわり上の、それまでなじんできた音楽をエルヴィスに根こそぎ破壊された世代の人たちが、フランク・シナトラやナット・コールやアンドルーズ・シスターズやパティー・ペイジを懐かしむ気持ちがよくわかるようになりました(もっと上の人たちは、ビング・クロズビー、ポール・ホワイトマン楽団、ベニー・グッドマン、グレン・ミラーなど、もちろん、それぞれご贔屓は異なるでしょうが)。

でも、いつも思うのですが、破壊され尽くし、この地上から抹消されてしまったからこそ、そうした過去が心の宝になるのです。存在しつづけたとすれば、懐かしむこともできません。このパラドクスは、だれにもどうすることもできないでしょう。

◆ 書いた当人も恥ずかしがる紋切り型 ◆◆
チャド&ジェレミーは、日本ではヒットらしいヒットはなかったと記憶していますが、アメリカでは数曲をチャートインさせています。本国よりアメリカで受けたグループです(DC5なども似たような位置にありました)。

じっさい、アメリカ録音が多く、ブリティッシュ・デュオと呼ぶのはちょっとためらいます。シンガーがどこで生まれたにせよ、トラックがアメリカでつくられたのなら、アメリカン・ミュージックと呼ぶべきです。

f0147840_23475081.jpg彼らは、ロンドン、ニューヨーク、ハリウッドの三カ所で録音したようで、ゲーリー・チェスター(NY)やハル・ブレイン(ハリウッド)のプレイを聴くこともできます。この曲は初期のヒットですから、ロンドン録音なのですが、それにしてはなかなかクレヴァーな音作りで、ロンドンのプロデューサーやアレンジャーもナメてはいけないのかもしれません(その後、ジョン・バリーまたはシェル・タルミーのプロデュースと判明。なるほどそうか、でした)。

A Summer Songの魅力は、楽曲、複数のアコースティック・ギターを積み重ねたサウンド、チャドとジェレミーのフワフワと薄くて軽い歌声にありますが、歌詞も、そうした全体的なムードを壊さない程度の出来にはなっています。もちろん、十代の少年少女向けの曲としては、という意味にすぎず、悪くいえば、いわゆる「星菫派」の典型です。まずはファースト・ヴァース。

Trees sway in the summer breeze
Showing off the silver leaves
As we walked by

「そよ風に揺れる木々、ぼくらが歩くにつれて、木の葉が銀色にひるがえる」というのだから、ちょっと紋切り型で困ったものですが、この陳腐な幸福のフラッシュ・イメージは、たぶん、その後の喪失感の表現を前提として用意されたものなのでしょう(好きな曲だと好意的に解釈してしまうものなのです)。

◆ 超高速の展開 ◆◆
つづいてセカンド・ヴァース。

Soft kisses on a summer's day
Laughing all our cares away
Just you and I

「夏の日の軽いキス、憂いはみんな笑い飛ばし、君とぼくと二人だけ」って、わたしはこういう日本語を書くような年齢ではなくなってから、軽く四半世紀ほどたつのですが、原詩がそういっているだけなので、腐った卵、ミカンの皮、ビールの空き缶、石、座布団、爆弾などは投げつけないでください。

Sweet sleepy warmth of summer nights
Gazing at the distant lights
In the starry sky

「夏の夜の眠気を誘うような気持ちのよいぬくもり、煌めく星空の遙かな光を見つめる」と、ついに「星菫派」の本領発揮であります。もちろん、ひとりで「見上げてごらん、空の星を」なんてやってるわけではなくて、影と影が寄り添っているという状況ですね。

ここで注意するべきは、このヴァースから、Distant Shoresが生まれたということです。みなさんが記事をさかのぼってくださるほどお暇ではないのはわかっていますので、例によって、わたしがDistant Shoresのファースト・ヴァースをここにペーストして進ぜます。

Sweet soft summer nights
Dancing shadows in the distant lights
You came for me to follow
And we kissed on distant shores

f0147840_23533940.jpgこれで、Distant Shoresは、「帰ってきたA Summer Song」「A Summer Songの逆襲」「もっと暑いA Summer Song」、あるいはシンプルに「A Summer Song 2」であったことがおわかりかと思います。「前作の感動から2年、さらにパワーアップして、A Summer Songが帰ってきた!」というパターンだったと思いますが。菓子が甘すぎて、いや、歌詞が甘すぎて、こういう馬鹿でもいっていないと、赤面と汗が止まらない、という当方の目下の苦境をご理解いただきたいものです。

しかし、感心するのは、ここまで三つのヴァースを歌いながら、まだ45秒しかたっていないことです。ランニング・タイムが1:50なんてえのがめずらしくなかった時代ですが、それにしても、このスピードは尋常でありません。

They say that all good things must end some day
Autumn leaves must fall

「いいことというのはみないつかは終わってしまうものだという、秋になれば木の葉がかならず落ちるように」とくるわけで、ひと夏の恋だったのですね。わずか45秒で駆け抜けた三つのヴァースの幸福な気分の描写は、過去のことだったのです。当然、音のほうはマイナー・コードになります。

◆ 雨音から夏を想う? ◆◆
ブリッジのつぎにくる最後のヴァースは、

And when the rain
Beats against my window pane
I think of summer days again
And dream of you

「雨が窓ガラスを叩くと、夏のことを想い、きみのことを夢想してしまう」となっています。

四行一連の場合、四行目は韻を踏まなくていいのでしたっけ? 昔、なにか教わったような気もするのですが、記憶は曖昧なので、そういうルールもあるのだろうと考えておくことにします。それまでの三行の韻の踏み方はかなりよいと感じます。とくにpaneが、苦しまぎれかもしれませんが、光っています。

f0147840_2351267.jpg曲の流れのなかで聴いていると、なんとも思わないのですが、文字として改めて眺めると、ちょっと引っかかるものも感じます。雨が窓ガラスを強く叩く音というのは、通常、夏の記憶に結びつくものである、という文化的な了解があるのでしょうか。なんの説明もないので、そういう了解を前提にした省略に見えるのですが……。

知識として、そういう想定を肯定するような文化史的背景は知りませんが、気分としては、それもまあ、わからなくもないな、と思います。

北半球の温帯地域の場合、強い太陽光を浴びた地表の熱が生み出すパワフルな上昇気流によって生じる夏の雨は、しばしば驟雨となる

スーパーコンピューターの演算能力をもってしても、ピンポイントで驟雨の発生を予測するのはきわめて困難である

したがって多くの人が傘の用意をしていない

ずぶ濡れになる and/or 適当な場所を見つけて雨宿りをする and/or だれか、おそらくは眉目麗しい異性が自分の傘を差し掛けてくれる(んなことあるわけねーだろー、などと、すげないことはいわずに)

すでに親しい男女はいっそう接近し、親しくなかった男女、または見ず知らずの男女も、急速に、あるいは突然に接近する可能性をはらんでいる

というような公式が(現実にそんなことがどれくらい起こるかはしばらく措き、いちじるしく夢想的な文化的了解事項として、人種、文化、国家のちがいに関わりなく)かろうじて成り立つのではないでしょうか。

なんとももって、じつに表現しがたいほどさわやかなサウンドなのだから、こんな益体もない考察はゴミ箱にたたき込まれても、当方としてはなんの異存もございません。忘れてください。

◆ 出来のよいサウンド ◆◆
チャド・ステュワートは、ときおりよそのアーティストのセッションでギターを弾いたくらいで、自分たちの録音の場合もプレイしたようです。ピーター&ゴードンも、ゴードン・ウォーラーが、スタジオでよく12弦リードをプレイしたと、ピーター・エイシャーが回想しています。

60年代中期を代表する二組のブリティッシュ・デュオのそれぞれの片割れが、そこそこギターを弾けたというのは、バンドがつかないことが多く、自前でオブリガートを入れなければならず、やむをえずそうなったということなのかもしれません。

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わが家のボロボロになってしまった、米ワールド・アーティスツによる彼らのデビューLPのジャケット。ほんとうのオリジナルではなく、A Summer Songがヒットしたあとのプレスであることが、赤いステッカーでわかる。

チャドなのかどうか、たぶん、プロフェッショナルだと思いますが、複数のアコースティック・ギターのひとりはなかなかの腕です。とくに、Autumn leaves must fallのうしろで鳴っているオブリガートの高速ランは、オッ、と坐りなおします。

ドラムも、ハル・ブレインのように(お手盛りの)見せ場をつくったりはしませんが、非常に安定していて、チャーリー・ワッツのプレイなんかとはちがい、心臓麻痺や脳溢血を起こす危険性がゼロで、年をとってからも安心して楽しめます。

デビュー盤とセカンドをまとめたCDには、ボーナスとして、この曲の別テイクが収録されていますが、トラック自体はどうやら同一のようで、ヴォーカルだけが異なっています。こちらのテイクをボツにしたのは、正しい判断だったと思います。リハーサル・テイクといった趣きです。

◆ 陳謝百回 ◆◆
以上、手直しですら手を抜いてしまい、失礼しました>tonieさん&皆様。明日、べつの曲でさらに延長戦をやるか、または九月早々にも、チャド&ジェレミーに再挑戦し、汚名返上をはかろうかと思っております。

チャドの回想によると、彼らはこの曲がシングルになるとは思っていなかったそうで、年をとると、いくら若気のいたりとはいえ、いよいよ恥ずかしくてたまらくなってきたようです。「マッカトニーが'Til There Was Youを歌うようなものとみなして正当化した」などと、弁解しきりです。

f0147840_23574198.jpgでも、こういうところが彼の弱点だったと思います。この曲をシングル・カットしたら、思いがけず、アメリカで大ヒットした、ということから、普遍的なレッスンを学んでいれば、60年代終わりの自殺行為は回避できたにちがいありません。ほんとうにすぐれたソングライターは、どんなにこっ恥ずかしい歌詞でも、自作を誇りに思うものだし(だって、ヒットしたということは、おおぜいの人が彼または彼女の曲を愛したということなのですから)、ヒット曲を書いた瞬間に、これだ、とわかるものです。その意味で、チャド・ステュワートは一流のソングライターではなかったことになります。

キャベツ王と箱船については、ちゃんと聴き直さなくてはならないので、今夜はネグらせていただきました>tonieさん。けなすときこそ下準備を怠りなくしないとまずいわけでして。

それから、手持ちの写真はDistant Shoresでほとんど使い尽くしてしまい、今夜は準備が間に合わなかったことを陳謝します>皆様。

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アメリカでのデビュー盤に付されたディーン・マーティンのコメント。チャドとジェレミーは、ハリウッドではマーティン邸に滞在したことがわかる。最後に「追伸」として、「君たちのどちらがもっていったのか知らないが、わたしのテニス・シューズを送り返してくれ」とある。

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こちらはディノのコメントの隣におかれたジェレミーの「返信」。こちらにも「追伸」とあり、「ぼくらはテニスシューズなんか盗んでいない!」といっている。

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by songsf4s | 2007-08-29 23:58 | 夏の歌
Summertime Blues by Eddie Cochran その2
タイトル
Summertime Blues
アーティスト
Eddie Cochran
ライター
Eddie Cochran, Jerry Capehart
収録アルバム
The Eddie Cochran Box Set
リリース年
1958年
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他のヴァージョン
live version of the same artist, The Beach Boys, Bobby Vee, the Who x 3 version (Live at the Monterey International Pop Festival, Live at the Woodstoc Festival, Live at Leeds) Blue Cheer, the Ventures


◆ エヴァーグリーンなオリジナル ◆◆
われわれの世代の大多数がこの曲を最初に認識したのは、1968年のブルー・チアのカヴァー・ヒットのときでしょう。ブルー・チアからさかのぼって、エディー・コクランのオリジナルにたどり着いた場合、コクラン盤のロカビリー的な軽さにギョッとすることになります。

ビートルズのTwist and Shoutからアイズリー・ブラザーズ盤へ、あるいは、デイヴ・クラーク5のDo You Love Meからコントゥアーズ盤にたどり着いたときの印象によく似ています。異なるのは、わたしの場合、Twist and ShoutとDo You Love Meは、いまでもビートルズ盤、DC5盤のほうがオリジナルよりはるかによいと考えているのに対し、Summertime Bluesについては、ブルー・チア盤より、コクラン盤のほうがずっとよいと思うようになったことです。

この差はなにかというと、抽象的な言い方になってしまいますが、制作姿勢のちがいだろうと考えます。アイズリーズのTwist and Shoutも、コントゥアーズのDo You Love Meも、その時代の常識にもたれかかっただけの安易なサウンド、たんなるクリシェにすぎなかったと感じます。要するに、流れ作業でつくっただけのものという印象で、楽曲のもつポテンシャル以外には、どこにも聴きどころがありません。

f0147840_23481539.jpgコクランのSummertime Bluesはまったくちがいます。わかりやすい言い方をするなら、元気いっぱい、やる気が前面に出て、はつらつたるグルーヴが形づくられているのです。スタジオ・ワークおよびアレンジの経験と知識が積み重なり、あるレベルに達したときに、これはいける、という手ごたえのある楽曲を書くことができ、おおいなる希望をもってこの曲をレコーディングしたにちがいない、と想像できるような音になっているのです。

◆ 先鋭的なベースのアレンジ ◆◆
ボックスに付属するセッショノグラフィーによると、この曲は1958年5月にハリウッドのゴールドスター・スタジオで、以下のメンバーによって録音されました。

エディー・コクラン: ギター、ヴォーカル、ギター(オーヴァーダブ)
コンラッド(コニー)・“ガイボー”・スミス: エレクトリック・ベース
アール・パーマー: ドラムズ
(おそらくは)シャロン・シーリーおよびジェリー・ケイプハート: ハンドクラッピング

コクランはアコースティック・リズムとエレクトリック・リズムの両方を弾いています。コニー・スミスのフェンダー・ベースは、いまではなんの違和感もないでしょうが、この時期はまだアップライトが主流ですから、フェンダー・ベースを使った例は多くありません。レイ・ポールマンだって、まだギタリスト一本槍だったのではないでしょうか。

f0147840_23504360.jpgいや、そんなことはおいておくにしても、シンプルながら、各要素が注意深く配置され、どれひとつといっていらないものはなく、ハンド・クラッピングにいたるまで、すべてが重要なのですが、そのなかでも、ベースは決定的に重要な役割を果たしています。ベースにハマリング・オンをさせるというのは、「発明」とすらいってよいと思います。

アール・パーマーはコクランのセッションのレギュラーで、ほかにもたくさんやっています。この曲では軽くやっていますが、安定感はさすがです。

◆ 「オリジナル・ゴールドスター・ギャング」のエディーに敬意を表して寄り道 ◆◆

ゴールドスターはフィル・スペクターのホームグラウンドとして知られていますが、そもそも、あのスタジオにたむろって、未来の音をつくりだそうとした異常なほど若いプロデューサーという意味では、エディー・コクランのほうが先輩です。

フィル・スペクターのおかげで、ゴールドスター・スタジオは、4連のEMI製プレート・エコーによるハイパー・ウェットなサウンドでその名を馳せましたが、共同オーナーのスタン・ロスによると、初期のゴールドスターは、むしろ、ナッシュヴィルに近いクリスピーなサウンドで知られ、コンボの録音に適した、狭いスタジオBのほうがよく利用されたとのことです(スペクターの一連のヒット曲は、エコーが接続された広いスタジオAで録音された)。ゴールドスターのスタジオBで録音された、クリスピーなサウンドの曲としては、Summertime Bluesとほぼ同時期の(そして、やはりアール・パーマーがドラム・ストゥールに坐った)リッチー・ヴァレンズのLa Bambaが有名です。

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在りし日のゴールドスター・スタジオ。1956年ごろ撮影。

スタジオそのものは売却ののち、火災で焼失し、10年ほど前にきいた話では、コンビニの駐車場になってしまったそうですが、それでも魂は死なず、ウェブ上でオフィシャル・サイトとして余生を送っています。2、3年前に見たときからほとんど更新されていないようですが、バッファロー・スプリングフィールドのFor What It's Worthの録音が難航した話などは、非常に興味深く読みました。ドラムがタコだから録音がスムーズにいかんのだ、といいたいようです。

スタン・ロス、デイヴ・ゴールドという共同経営者のどちらかが、スペクターの最初のセッションでやってきたサンディー・ネルソンはひどいドラマーだったと証言していて(インサイダーの評価は正直というか、無情というか)、ネルソンのインスト盤で叩いたのはネルソン自身ではなく、アール・パーマーであるというわが年来の説を裏づけてくれたことには、いまでも感謝しています。

f0147840_155267.jpgドラマーだといっている人間が自分の盤で叩いていないのだから、ツアー用ヴェンチャーズがスタジオに入れてもらえなかったり、ハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラスの盤で、アルパートがトランペットをプレイしていなかったりしても、べつに驚くには当たらないことになります。TJBのトランペットがお好きな方は、オリー・ミッチェルをお聴きになればよいわけで、なんなら、ハワイに行けば、引退したミッチェルの週末の趣味のバンドをライヴで聴くこともできます。

ビリー・ストレンジは、オリー(オリヴァー)・ミッチェルを評して「世界一のトランペッター」といっています。多少割り引いて受け取るにしても、ビリー・ザ・ボスがいっしょにやったプレイヤーのなかでは、ナンバーワンだということになります。しばしば管が大きくフィーチャーされているビリー・ストレンジのアルバムでトランペットをプレイしたのは、つねにミッチェルだったそうです(ビリー・ストレンジもまた好みをハッキリいう人で、ドラマーのナンバーワンはハル・ブレイン、ベースはキャロル・ケイと断言し、自分のセッションにはつねにこの二人を呼んでいた)。ということは、ビリーがアレンジとコンダクトをしたナンシー・シナトラの盤でも、しばしばミッチェルがプレイしたと考えてよいことになります。ちなみに、テンプテーションズのMy Girlでも、ミッチェルはプレイしたとキャロル・ケイはいっています。

◆ 最後のツアーでの録音 ◆◆
今日は片づけなければいけない盤が山ほどあるのに、本領発揮で(自分でいってりゃ世話がない)道草を食ってしまいました。

エディー・コクランのSummertime Bluesには、もうひとつ、ライヴ・ヴァージョンがあります。なかなかよいパフォーマンスですし、時期を考慮に入れるなら、録音も悪くありません。バックビートも安定していて、ちょっとしたものなのですが、だれなのかよくわかりません。このボックスをお持ちの方ならよくおわかりでしょうが、セッショノグラフィーと、トラック・リスティングが別個になっていて、自分でセッショノグラフィーを読み解き、トラック・リスティングにはめ込んでいかなければならないという、非常に親切なつくりになっているのですね、これが。

f0147840_2355151.jpg細かい文字をなんとか読んでみた結果、このセッショノグラフィーに出てくるSummertime Bluesのライヴ録音は、どうやら、死の旅となった最後のイギリス・ツアーでのテレビ出演時のものだけらしいとわかりました。このツアーに関しては、アンディー・ホワイト(ビートルズのLove Me Doで叩いたことが知られているが、セッション・プレイヤーなので、当然、多数のレコーディングがある)とブライアン・ベネット(のちにシャドウズ)と、さらにひとりのドラマーの名前がありますが、ホワイト、ベネットのどちらも安定したプレイヤーなので、この二人のどちらかなのではないでしょうか。

◆ オリジナルに忠実なオマージュ ◆◆
タイムラインとしては、わが家にあるものでつぎにくるのは、1961年のボビー・ヴィー盤で、アレンジはコクラン盤を踏襲したというか、ドラムもコクラン盤と同じアール・パーマーですし(彼のプレイそのものは、こちらのほうがニューオーリンズ・フィール横溢の楽しいものになっている)、ほとんどコピーみたいなカヴァーですが、今回、久しぶりに聴き直して、なかなか悪くないと感じました。

f0147840_23565871.jpg古い環境で録音されたものを、新しい機材でアップデイトしようと意図したのではないか、なんて思います。「原作に忠実な翻案」といった趣きです。ボビー・ヴィーのプロデューサー、スナッフ・ギャレットは、コクランと同じリバティーに所属し、年齢も近かったことから(ここにもまた早熟の才能がいたのです)、コクランをプロデュースしたこともあり、彼がイギリス・ツアーから無事に帰国していれば、すぐに二人でスタジオに入っていたはずです。そんなことから、コクランの死の翌年に録音されたこの曲は、ギャレットとヴィーがコクランに捧げたオマージュだったと想像がつきます。

ボビー・ヴィーは、ハードコアな音楽ファンからはナメられがちなシンガーですが、スナッフ・ギャレットのプロデューシングは力が入っていますし、アール・パーマー、ハル・ブレイン、レッド・カレンダー(超大物!)、アーニー・フリーマン(多くの曲のアレンジとコンダクトもやった)、ハワード・ロバーツといった人たちのすぐれたプレイと、ユナイティッド・ウェスタン・スタジオの音響特性と(当時の)最新の機材による、すぐれた録音を楽しむことができます。

エディー・コクランのSummertime Bluesを、なんとかステレオで聴けないものだろうか、なんて無い物ねだりをしている方がいらしたら、かわりにボビー・ヴィー盤を聴くといいと思います。非常に出来のよいストレート・カヴァーです。

つぎは1962年のビーチボーイズ盤です。これはデビューLP、Surfin' Safariのアルバム・トラックで、トラックのアレンジはコクラン盤を忠実になぞっています。ビーチボーイズだからといって、この曲に4パートのハーモニーがついちゃったりするわけではありません(うしろでは「アー」というハーモニーをやっていますが)。

f0147840_00072.jpgドラムはアール・パーマーではなく、ハル・ブレインでしょう。ハル・ブレインの参加は、Surfin' U.S.A.からだと思いこんでいるビーチボーイズ・ファンがいらっしゃるようですし、そのように書いているソースもあるようですが、安定したタイムに着目すれば、デニス・ウィルソンではなく、プロフェッショナルであることは一目瞭然です。仮にハルでなかったとしても、だれかスタジオ・プレイヤーにちがいありません。あの時代のキャピトルは、素人をスタジオでプレイさせるほど甘い会社ではありませんでした。

ここまでは、いわば「コクラン時代」のカヴァーで、以後、この曲はドラスティックな変貌を遂げます。

◆ クラシック:作者から切り離されたもの ◆◆
上述のように、われわれの世代は、この曲をブルー・チアのヴァージョンで知りました。しかし、最近まで気づいていなかったのですが、それ以前に重要なカヴァーがあり、これこそ、Summertime Bluesが、作者やパフォーマーから切り離され、独り立ちした楽曲、すなわち「クラシック」へと成長するきっかけとなりました。

それが、ザ・フーのモンタレー・インターナショナル・ポップ・フェスティヴァルでのライヴ・ヴァージョンです。これは67年6月のものですから、ブルー・チア盤より1年早いのです。そして、このヴァージョンがなければ、ブルー・チアは、あのアレンジを思いつかなかったにちがいありません。

f0147840_02247.jpg複数のヴァージョンが錯綜してしまいましたが、時間順にしたがって、まずザ・フーの67年ヴァージョンについて。この日のキース・ムーンは好調とはいえず(いや、もともとタイムは不安定なところがあるのですが)、ピート・タウンジェンドも後半疲れたのか、お呼びでないコードを弾いちゃったりして、とくに出来のよいヴァージョンとはいえません。しかし、この曲をこういう風にハード&ヘヴィーにアレンジして、大きな注目を浴びたイヴェントでやったこと自体が、この後のSummertime Bluesという曲の運命を決定したわけで、オリジナルのつぎに重要なヴァージョンです。

ザ・フーというのは、ふつうの曲を「ストレートに」カヴァーしても、こういう音になってしまうところがあると思います。マーサ&ザ・ヴァンデラーズの軽快なチャールストン・チューン、Heat Waveのハード&ヘヴィーなザ・フーのカヴァーは昔から大好きなのですが、あれは、「こういう風にアレンジしよう」と意識的にやったというより、自分たちでもできるようにしたら、なんとなく、ああなってしまっただけ、というように聞こえます。

エディー・コクランは、他のロカビリー出身のシンガー同様、イギリスでおおいなる人気を博したのですが、ザ・フーのだれか、おそらくはピート・タウンジェンドが、まだガキのころに、コクランのヴァージョンに強い感銘を受け、このカヴァーにつながったのだろうと思います。バディー・ホリー・フォロワーだったジョン・レノンのことを思いだしたりするわけです。

◆ 古いパンツを漂白した強力洗剤 ◆◆
f0147840_072433.jpgつぎにくるのが、1968年、オリジナルからちょうど10年後、ふたたびビルボード・チャートにこの曲を登場させたブルー・チアのカヴァーです。かつて某所で、フリジド・ピンクのThe House of the Rising Sunのことを書くときに、ブルー・チアのSummertime Bluesと並ぶ「有名曲ファズ化ヒット」とくだらないことをいったのですが、最近、海外のブログで、「60's Fuzz Rock」というキャッチフレーズでブルー・チアを紹介しているところに出くわし、だれでも思うことはいっしょか、と笑いました。「ファズ・ロック」なんてジャンルはないでしょうに。

しかし、改めて聴くと、これはファズ・ボックスを通した音ではないですね。だから、くだらないことはいわないほうがいいっていうのに>俺。おそらくはマーシャルに過負荷をかけて、「自然に」(過負荷が自然かよ、と突っ込まれそうなので、カギ括弧に入れて「保護」してみました)歪みをつくりだしたのでしょう。ハウリング寸前の音に聞こえるので、安全圏を通りすぎて、ヴォリュームをあげたのでしょう。ファズとディストーションは似たようなものですが、あえてどちらかに分類するとしたら、これはファズではなく、ディストーションです。ジミヘンの「ナチュラルな」音に近いと感じます。

f0147840_0395878.jpg念のために、Vincebus Eruptum(ラテン語でしょうか、意味はさっぱりわかりません)というアルバム全体をひととおり聴いてみましたが、やはりファズは使っていないようです。また、Summertime Bluesを聴くかぎりでは、ドラムのタイムが悪くないように思えたので、その点にも注意をしてみましたが、それほどほめたものではないにしても、めだったもたつきや突っ込みがあるわけではなく、ガレージ・バンドのレベルを超えていると感じました。ジョン・グェランなんかよりマシなタイムです(そんなこっちゃまずいんだぜ、わかってるのかよ>グェラン)。デッドのビル・クルーズマンも非常にタイムのよい人でしたが、ベイ・エイリアのバンドは、サンセット・ストリップの連中などより、ずっとレベルが上だったように思います。やっぱり、ハリウッドから遠く離れていると、自助努力するしかないのだろうな、なんてくだらないことを考えたりして。

◆ Instant Jimi Hendrix Kit ◆◆
ブルー・チア盤がヒットした当時、わたしは中学3年で、急速にテイストが大人になりつつあり、すでに、こういうサウンドを子どもっぽいと感じるようになっていましたし、ジミヘンのコピー・バンドのように聞こえて(じっさい、聴き直しても、この印象は変わりません)、あまり感心しませんでした。

しかし、今回、聴き直してみて、これが当時の子どもたちのイマジネーションを捉え、ビルボード・チャートを駆け上がっただけでなく、日本のアマチュア・バンドもこぞってコピーしたのは、無理もないと思いました。お座敷芸みたいなワン・アイディアですが、そのかぎりにおいては、時代の気分をうまくすくいあげ、いいところを衝いています。

つまり、こういうことです。この曲は「あなたにもできるドゥー・イット・ユアセルフ一夜漬け簡単ジミヘン・サウンド・キット」なのです。ジェイムズ・ヘンドリクスというのは、かなり複雑なキャラクターで、それは彼が生前にリリースした3枚のスタジオ・アルバムに濃厚にあらわれています。たとえ彼のギター・プレイをコピーできたとしても(でもねえ、弦の張り方が異常なので、かなり困難なのです)、あのムードをつくりだしている枝葉までは再現することはできません。それは、熱烈なジミヘン・フォロワーだったロビン・トロワーの脳天気なサウンドを聴けばわかります。

こういうもののレプリカ、といってわるければ、「あんな感じの音」をつくるには、おおいなる簡略化をしなければならないわけで、その出来のよいサンプルないしは方法論を示したのがブルー・チアのSummertime Bluesだったのでしょう。

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奥様、いかが? これが新製品、ブルー・チアですのよ。ご主人の煮染めたようなパンツも、あっというまに新品同様に真っ白くなります。一度おためしあれ。でも、難聴になる恐れがあるので、使いすぎにはくれぐれもご注意! 一度で十分ですのよ。

ブルー・チアというのは、なんだかパンツが白くなる洗剤みたいな名前ですし、じっさいにそういう商品名の洗剤があったそうです。何枚目だったか、彼らのアルバムに、洗剤の箱みたいなデザインのものがありました(若い方は、昔の洗濯石鹸はみな粒状で、同じようなサイズの箱に入っていた、なんてことは想像できないでしょうけれど)。

しかし、60年代のサンフランシスコ・ベイ・エイリアのバンドなのだから、そんな呑気な話であるわけがありません(彼らのマネージャーはヘルズ・エンジェルズ出身だったとか!)。じっさいには最高級のLSDを指す隠語からとられたのだそうです。

◆ 江戸の敵を長崎で討つ ◆◆
f0147840_0355424.jpg上記の一覧のように、ザ・フーのSummertime Bluesは、ふつうに聴けるものだけでも3種類あります。1969年のウッドストック・フェスティヴァルでのプレイは、記憶にはなかったったのですが(当時の正規盤サントラに収録されていたかどうかも記憶になし)、今回、聴き直して、モンタレーから2年たっているので、バンドのアンサンブルに成長が見られ、出来はよくなっています。

いや、ザ・フーのようなバンドの場合、「成長」はかならずしもポジティヴにばかりは捉えられないのですが、このときの演奏はモンタレーのときよりまとまっています。キース・ムーンもこちらのほうが好調で、得意技の、ほとんどロールに近い超高速パラディドルもキメています。これをミスると、キース・ムーンを聴く楽しみがないわけでして。

f0147840_0375140.jpgそして、やっと翌1970年、ライヴ盤Live at Leedsに収録されたヴァージョンがシングル・カットされ、ザ・フーのヴァージョンもめでたくチャートインすることになります。ここへくるまで、彼らとしてはずっと、チャートではブルー・チアに先を越されたことが不快だったでしょう。

歴史的意義をとっぱらって、単純にどのヴァージョンがいいかというと、もっとも疾走感のあるウッドストック・ヴァージョンが、わたしには好ましく感じられます。Leedsのほうが録音もよくなって、まとまっていますが、キース・ムーンの出来がいまひとつと感じます。

◆ 恐るべき時代錯誤 ◆◆
やっと終わった、と思ったら、まだ残っていました。ヴェンチャーズ盤です。忘れていい出来なので、忘れそうになりました。ヴェンチャーズにかぎらず、インスト・バンドというのは、オリジナル・ヒットがないわけではありませんが、おおむね、過去および同時代のヒット曲を焼き直すことで稼いでいます。ヴェンチャーズの代表作であるWalk Don't RunとSlaughter on 10th Avenueが、ともに大昔の曲のカヴァーだったことを思いだしてください。

f0147840_0432942.jpgしかし、サイケデリックの時代を通過すると、インスト・バンドは非常に苦しくなっていきます。大昔の曲の焼き直しを持ち出す雰囲気ではなくなるいっぽうで、同時代のヒット曲はインストにしにくいものが増えてくるし、そもそも、ギターインスト・バンドという存在自体の有効期限が切れてしまったような時代になるわけで、ヴェンチャーズはこの三重苦を背負うハメになります。テレビドラマのヒットに便乗したHawaii 5-Oの幸運な大ヒットがなければ、あの苦しい時期を乗り切れたかどうか微妙だとすら思えます。

いずれにしても、インスト・バンドがほんのかすかにでもアクチュアリティーをもつ時代は完全に終わり、ヴェンチャーズは以後、音楽的に意義のあるものをつくれなくなっていきます。シャドウズについても同じことがいえます。

ヴェンチャーズのSummertime Bluesは、大昔の曲の焼き直しではなく、同時代の曲の焼き直しのパターンです。つまり、依拠したのはエディー・コクラン盤ではなく、ブルー・チア盤なのです。アルバム全体がひどい出来で、カラス避けに菜園にでもぶら下げたほうが、聴くよりはマシな使い道でしょう。とりわけSummertime Bluesは目も当てられないひどさです。時代に合わせようとしたことが裏目に出て、かえってものすごく古くさい音になっています。そもそも、ブルー・チアはファズではなく、過負荷によるディストーションだっていうのに、ヴェンチャーズはファズ・トーンでチープにやっているのです。もう退場のときがきたということでしょう。ゾンビとなってまだ彷徨っていますが、知ったこっちゃありません。彼らは1965年ごろにその役割をまっとうして死にました。

これにて、正真正銘、わが家にあるSummertime Bluesの棚卸しを完了です。ハード&ヘヴィーには十代なかばでさよならをいったのに、なんだっていまごろ、こんなものを聴いているのか、これを年寄りの冷や水といわずになんという、です。こういうヘヴィーなヴァージョンの連打なんて、もう二度とないように願っています。あー、疲れた。
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by songsf4s | 2007-08-28 23:57 | 夏の歌
Summertime Blues by Eddie Cochran その1
タイトル
Summertime Blues
アーティスト
Eddie Cochran
ライター
Eddie Cochran, Jerry Capehart
収録アルバム
The Eddie Cochran Box Set
リリース年
1958年
f0147840_23193931.jpg

他のヴァージョン
live version of the same artist, the Beach Boys, Bobby Vee, the Who x 3 versions (Live at the Monterey International Pop Festival, Live at the Woodstock Festival, Live at Leeds), Blue Cheer, the Ventures



夏の歌ということになれば、とりあげないわけにはいかない曲というのが一握りながらありまして、その代表であり、ガーシュウィンのSummertimeと同じぐらいに、いや、ロックンロールの文脈ではもっとプライオリティーの高い曲が、すなわち本日のSummertime Bluesです。ほんとうは七月に取り上げるべきだったのに、いままでほったらかしにしていたのは、後年のカヴァーが暑苦しくて、夏にはあまり聴きたくないことと、カヴァーが多すぎて面倒見きれないためです。

しかし、どんなことでもそうですが、避けて通れないものは、やっぱり避けて通れないのですね。一日で全部を聴くというわけにはいかなかったので、本日は歌詞の検討をし、各ヴァージョンのサウンドとレンディションの検討は明日にまわします。

◆ エディー・コクランの時代感覚 ◆◆
例によって、各ヴァージョンごとに歌詞は微妙に異なりますが、依拠するべきはやはりオリジナルなので、エディー・コクランのスタジオ録音ヴァージョンを使います。

Well I'm gonna raise a fuss
I'm gonna raise a holler
About a workin' all summer
Just to try to earn a dollar
Every time I call my baby
And try to get a date
My boss says,
"No dice son, you gotta work late"
Sometimes I wonder what I'm a gonna do
But there ain't no cure for the summertime blues

「このクソ暑いのによー、たかが1ドル稼ぐのにあくせくしなきゃなんねえってんだから、もーアッタマきちゃうぜ、デイトしようとするたびに、ボスが『ダメだ、残業しろ』とくるんだからな、いったいどうしろってんだよ、ったく、夏の憂鬱はどーもなんねーぜー」てなあたりでようござんしょうか。

f0147840_2324989.jpgガキの甘ったれ口調が、わたしの場合、ちょっとクラシックになってしまうのは、世代の関係でやむをえないわけで、そのへんはご容赦を。とにかく、大人がつらつらと仕事のつらさに思いをはせる口調ではなく、レザー・ジャケット(って、そんなもの、夏には着ていられませんが)にリーゼントのあんちゃんが、ガムを噛みつつ、ブーツで中古のシェヴィーのぼうずタイヤでも蹴っ飛ばしながら、ったく腹立つよなー、としゃべっているような口調なのです。

ガキによる、ガキのための、ガキの音楽というものが、じつはこの世に存在しうるのだ、ということにお子様たちが気づいた革命の年1956年から2年後、まだロックンロール・ブームがつづいていた時期にリリースされた、まさにこれぞロックンロールという曲なのだから、これがヒットしなければ、世の中のほうがまちがっています。コクランの鋭敏な時代感覚がもたらしたヒットでしょう。コクランはエルヴィス・フォロワーでしたし、会社も第二のエルヴィスとして彼と契約したにちがいありませんが、エルヴィスとコクランがちがうところは、コクランがソングライターであり、アレンジャーであり、プロデューサーであり、稀有なギタリストであったということです。まあ、そのへんはのちほど。

◆ 労働者階級のティーネイジャーの夏休み ◆◆

Well my mama and papa told me
"Son you gotta make some money
If you want to use the car
To go ridin' next Sunday"
Well I didn't go to work
Told the boss I was sick
"Now you can't use the car
'Cause you didn't work a lick"
Sometimes I wonder what I'm a gonna do
But there ain't no cure for the summertime blues

あんちゃん口調は疲れたのでやめます。両親に「つぎの日曜に車を使いたいなら、すこしは稼いでこい」っていわれたけれど、ボスには病気だといって仕事にはいかなかった、そうしたら「働かなかったんだから、車は使っちゃダメだ」といわれた、といったあたりの意味です。ジャン&ディーンの二人のような金持ちのお坊ちゃんの場合、カリフォルニアでは高校生ぐらいでも自分の車をもっているということは、すでに書きましたが、この語り手はあまり豊かな家の子どもでないという設定で、バイトはしなきゃいけない、車は家に一台しかない、という家庭環境だということです。

f0147840_2326258.jpgあとでくわしくふれるチャンスがあるかもしれませんが、じっさい、コクランの家はそれほど裕福ではなく、ビーチボーイズのウィルソン家と同じように、豊かなカリフォルニアに仕事を求めて他州から移住してきた、典型的な「流入世帯」でした。それに対してジャン・ベリーの父親は有名な医師で、ジャンは高校のときに、当時はまだ高価だったアンペクスのテープ・マシンをもっていて、デビュー盤は自宅で録音し、独立スタジオ(プロが使うスタジオ)でミックスしたそうで、ほぼ同じ時期にハリウッドのスタジオを闊歩していたこの二人の早熟な才能が、天と地ほども違う環境で育ったことは興味深く感じます。

◆ リーバー&ストーラーの影響 ◆◆

I'm gonna take two weeks
Gonna have a fine vacation
I'm gonna take my problem to the United Nations
Well I called my congressman
And he said Quote:
"I'd like to help you son
But you're too young to vote"
Sometimes I wonder what I'm a gonna do
But there ain't no cure for the summertime blues

2週間休んで楽しいヴァケーションをするんだ、俺が抱えている問題を国連に持ち込んでやる、とりあえず地区選出の下院議員に電話したら、「君のことを助けてあげたいのは山々だけれど、まだ選挙権がないんではね」といわれた、というわけで、「いったいどうすりゃいいんだ、夏の憂鬱はどうにもできないんだよな」と締めくくられます。「Quote:」すなわち「議員がいったことをそのまま引用するぜ」という箇所はなかなか笑えます。

f0147840_23273141.jpg歌詞の内容、そして、仕事場のボス、父親、下院議員のセリフのところはストップ・タイムになる、という構成から、わたしはジェリー・リーバーとマイク・ストーラーが、コースターズのためにつくった一連のノヴェルティー・ヒットを連想します。とりわけ、Youngbloodがよく似ていると思うのですが、これは57年のヒットなので、Summertime Bluesより先です。たぶん、コクランはリーバー&ストーラーを意識してこの曲を書いたのだと思いますが、しかし、両者とも、ブルースをルーツにしていた結果なのかもしれません(コクランのほうは、ヒルビリーの匂いも濃厚にありますが)。

ちょうど切りのよいところにたどりついたようなので、オリジナル盤もふくめ、わが家にあるあらゆるヴァージョンのサウンドとレンディションのことは、すべて明日以降にまわします。まだ道はなかばまで来ていないので、今夜楽をしてしまうと、明日がつらくなるとわかっていながら、やっぱり苦しいことは先送りしてしまう人間の浅はかさよ。There ain't no cure for the summertime fool!
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by songsf4s | 2007-08-27 23:48 | 夏の歌
Distant Shores by Chad & Jeremy
タイトル
Distant Shores
アーティスト
Chad & Jeremy
ライター
James William Guercio
収録アルバム
Distant Shores
リリース年
1966年
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ついさっきまで、今日は同じチャド&ジェレミーでも、この曲ではなく、夏の曲を集めた編集盤にしばしば採られている秀作、A Summer Songをやるつもりでいました。A Summer Songのほうがわかりやすく、訳しやすい歌詞だし、チャートでも上位にいったからです。

でも、わたしが熱心に音楽を聴きはじめたときには、A Summer Songはすでに過去の曲で、はじめてリアルタイムで聴いたこのデュオの曲はDistant Shoresのほうでした。サウンドとしてもA Summer Songより複雑で、全体としてはDistant Shoresのほうが好みに合っているのです。

あわててウェブで検索したところ、ちゃんとオフィシャル・サイトがあり、しかも、現役のわりにはきちんとしたつくりだったので、助かりました。ご存知の方も多いでしょうが、現役のアーティストのオフィシャル・サイトは、ツアー・スケデュールとストアばかりに力を入れ、過去のことはネグッてしまうことが多く、調べものの役には立たなかったりするのです(ヴェンチャーズに代表されるように、過去のことを根掘り葉掘りしてほしくないグループもたくさんありますし!)。

◆ 前 史 ◆◆
f0147840_23364165.jpg大ヒット曲A Summer Songを収録した彼らのデビュー盤は、ジェイムズ・ボンドのヒットで日の出の勢いだったジョン・バリーと、バリーがエンバーを去ってからは、ザ・フーで有名なシェル・タルミーのプロデュースのもと、ロンドンで録音されましたが、ビートルズが蹴破ったドアからなだれをうってアメリカに乱入した、デイヴ・クラーク5、ハーマンズ・ハーミッツ、ピーター&ゴードンなどの他のブリティッシュ・グループ同様、彼らもアメリカでのほうが人気があったので、たぶん、イギリスに帰っているひまがなかったという理由からでしょう、セカンド・アルバムはアメリカで録音されます。

チャド・ステュワートのセカンド・アルバムに関する回想はあいまいな書き方で、ニューヨーク滞在中の録音というように読めますが、プロデューサーはジミー・ハスケルだったといっています。彼らのツアー・スケデュールに合わせるために、ハスケルがわざわざニューヨークまで出向いたようで、異例のことです(といっておきますが、わたしは、そうは思っていません。ハリウッド録音でしょう。ハスケルを何日か拘束してNYに呼ぶには金がかかります。ワールド・アーティスツのように吹けば飛ぶようなレーベルがそんなことをするとは、ちょっと考えにくいのです。録音する土地の人間を起用するのが一般的なあり方です。いや、例外もいくつかあるのですが)。

この盤を録音するころから、彼らは所属レーベルに大きな不満をもつようになり、悪名高きアレン・クラインに出会ったことによって、またたくまに話がつき(だから、いくら評判が悪くても、彼を頼りにするアーティストがつぎからつぎへとあらわれたのでしょう)、CBSに移籍することになります。3枚目のBefore and Afterはニューヨーク、4枚目のI Don't Want to Lose You Babyはロンドンで録音されたようです。

f0147840_2340274.jpgこのころ、二人はフィル・スペクターのYou've Lost That Lovin' Feelin'のセッションを見学し、チャドは強い感銘を受けたようです。「あとになって、自分が同じようなことを試みることになるとは、このときは思ってもみなかった」といっていますが、これを読んでわたしは、やっぱりね、と思いました。チャド&ジェレミーの60年代終わりの音楽的な大混乱は、ひとつにはスペクターに端を発していたのでしょう(もうひとつは、いうまでもなく、だれひとりとして被害を受けなかった者はなかった「ペパーズ・ショック」です)。

f0147840_2342056.jpgブライアン・ウィルソンですら、スペクターを知ったがゆえに、歴史に残る大方向転換をやったくらいなので、チャド&ジェレミーが足取りを乱されても不思議でもなんでもありませんが、やはり、器に合わないことはするものではありません。いや、あの出来の悪い60年代終わりの2枚のアルバムを「幻の名盤」といっている人たちもいるので、これはわたしの意見、それも少数派意見かもしれませんが、サウンド作りはともかく、マテリアルの貧弱さは目を覆うばかりで、あれが彼らの命取りになったのは当然でしょう。あの程度のものがヒットしてしまっては、血反吐を吐きながら書いているソングライターたちが浮かばれません。サウンドはきわめて重要ですが、すぐれた楽曲を前提にしなければ、なんの意味もないのです。

◆ いわゆる「アーティスティック・フリーダム」! ◆◆
ちょっとお先走りと寄り道をしてしまいましたが、これでやっと、今回の主役、Distant Shoresにたどり着きました。

チャドはこの4枚目のLPについて、65年のロンドン・セッションの残りものと、新録音のごった煮だが、にもかかわらず、このアルバムは自分たちの歴史の里程標になった、なぜならば、タイトル・カットをふくむ3曲は、ウェストコースト・セッションだったからであり、みずからの裁量でトラックをつくること許されたからだといっています。

CBSが彼らに割り当てた新しいプロデューサー、ラリー・マークスは、そのまえのロア・クレインよりも若く、チャドにトラックをアレンジすることを許したそうで、チャドはその新しい権利を縦横に行使して、タイトル・カットのDistant Shoresについては、5種類のテンポの異なるヴァージョンをつくり、最終的にもっともテンポの速いものをリリースしたそうです。

この曲を書いたのは、のちにバッキンガムズ、シカゴ、BS&Tなどをプロデュースして一世を風靡することになる、ジェイムズ・ウィリアム・グェルシーオです。といっても、このときはまったくのペエペエで、チャド&ジェレミーのツアー・バンドのベーシストにすぎなかったのだから、彼の名前が歴史にはじめて記されたのがこの曲だったことになります。オフィシャル・サイトでの扱いも、いたって軽いもので、たぶん、ツアー・バンドの在籍期間も長くなかったのでしょう。この曲をリリースしたころがちょうど運勢の潮目になって、グェルシーオは昇竜の勢い、チャド&ジェレミーは飛び降り自殺同然の急降下をするわけで、あまり思いだしたくない人物なのかもしれません。

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というわけで、グェルシーオの代表作2枚のジャケットを並べておきますが、どちらもあまり好みじゃなくて……。

◆ 夏の終わりのそよ風が…… ◆◆
たいしたものではありませんし、大人が聴くには甘すぎる歌詞ですし、それに日本語にしにくいところがあって、あまりやりたくないのですが、まあ、どんどん端折ってしまうことにして、慣例どおり、歌詞をみていくことにします。

Sweet soft summer nights
Dancing shadows in the distant lights
You came for me to follow
And we kissed on distant shores

ここで気になるのは最後のライン、「そしてぼくたちは遠い岸辺でキスをした」だけです。ここまでのライン同様、ちょっとこっ恥ずかしいといえばこっ恥ずかしいのですが、「遙かなる岸辺で」というところに、若い恋人たちの気分が濃厚にあらわれていると感じます。「ここではないどこか」にいくのが恋というものなのですが、その場所を「遙かなる岸辺」と表現したことに、この歌の成功は依っていると思います。

あとは意味がとりにくかったり、あまり面白くなかったりするので、省略したいところですが、アクセス解析をみると、なにかの曲と「歌詞」というキーワードの組み合わせで当ブログを発見なさった方がかなりいらっしゃるので、そういう方たちのために、いちおう、残るすべてを以下にペーストします。

そのまえに、よけいなお世話のミニ・ティップス。たとえば、Distant Shoresの歌詞を検索なさりたいのなら、「"Distant Shores" 歌詞」というキーワードでは、当ブログのようなところにたどり着いてしまいます。そうではなく、「"Distant Shores" lyrics」とすれば、わたしのところではなく、専門の歌詞サイトにたどり着きます。もちろん、「日本語のページを検索」ではなく、「ウェブ全体から検索」にチェックを入れる必要もあります。グーグルが「歌詞」という日本語を勝手に英訳して、英語の歌詞サイトをあなたのために見つけてくれるようになるまでには、すくなくともあと数週間、ひょっとしたらあと数年はかかるでしょう!

Long quiet hours of play
Sounds of tomorrow from yesterday
Love came for me to follow
And we kissed on distant shores

The careful glance of children playing
Raindrops fall as if they're saying
Quiet thoughts of you caressed by time

The breeze of summer's gone
Whispered memories as nights grow long
You came for me to follow
And we kissed on distant shores

最後のヴァースはちょっといい……かもしれません。「日が短くなり、夏の終わりを告げるそよ風が想い出をささやきかける」、いや、やっぱり、この年になると、ちょっと赤面ものの甘さですね。でも、若いころをチラッと思いださないでもありません。いやはや、思わず声をひそめてしまいました。

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昔見たパブ・ショットでは、チャド・ステュワートはいつもギブソンSGのダブル・ネックをもっているのが印象的だった。ジェレミー・クライドのほうは、ジョン・レノンと同じギブソンJ-160E。当時の定番で、わたしも所持。わたしが買ったころに生産中止になり、いまはレプリカが出まわっているだけなので、ミントならけっこうな値段がつくのだが、飾っておくためではなく、弾くために買ったので……。


◆ またまたいつものハリウッド・ギャング ◆◆
「ウェストコースト録音」というチャドの話から(やっぱり異邦人だと思います。せめて南カリフォルニアぐらいまで地域を限定してもらいたいものです。もちろん、「ハリウッド録音」がもっとも望ましい表現ですが)、またか、とお思いになった方も多いでしょうが、もちろん、この曲のドラムもいつものようにハル・ブレイン、これは銀行レースなみのガチガチ安全パイの推測、そして、おそらくベースはキャロル・ケイです。キャロル・ケイは、チャド&ジェレミーのなにかを録音したといっています(いちいち曲名まで覚えていないのは、めずらしいことではありません。一日にアルバム一枚分のトラック、それを週五日、10年もつづけたのだから、無理のないことです)。

ハル・ブレインの代表作というわけにはいきませんが、こういう静かなバラッドでもハード・ヒットしてくるところが、いかにもハルらしいですし(ハードに聞こえないのは、ミックスがオフ気味になっているからにすぎず、スタジオにいれば、ドカーンという音で聞こえたはずです)、ディレイをかけたと思われるサウンドもなかなか印象的です。

f0147840_2356387.jpgこの曲はチャドが自分でアレンジしたそうですが、それがほんとうなら、アレンジャーとして、悪くない才能をもっていたと思います。イントロとアウトロのギター・リックは、彼自身がそこそこ弾けたのだから当然として、セカンド・ヴァースから入ってくる左チャンネルのストリングスと、右チャンネルのフレンチ・ホルンはなかなか効果的で、「遙かなる岸辺」の雰囲気がちゃんと音として具体化されています。

思うに、この曲は、グェルシーオが、チャド&ジェレミーの最大のヒットであるA Summer Songの続編というか、二匹目のドジョウとして書いたものなのでしょう。曲調も歌詞もよく似ています。ちがうのは、サウンドの奥行きです。A Summer Songは、フォーキー丸出しのシンプルなサウンドでしたが(いや、この曲も好きですが)、こちらは予算がちがうというか、プレイヤーのレベルがちがうというか、ま、その両方でしょうが、時間がたってみると、やはりDistant Shoresのほうが好ましいものと、わたしには感じられます。

◆ 階級社会の逆差別 ◆◆
チャド&ジェレミーは、またとりあげる機会がありそうなので(それも日をおかずに! なんなら、明日さっそく、A Summer Songをやってもいいのです!)、その後のキャリアというか、自殺的急降下ダイヴィングのことはそのときに書くことにさせていただくことにして、今夜はひとつだけ、オフィシャル・サイトを読んでいて、はじめて知ったささやかなエピソードを加えておきます。

f0147840_2357371.jpgジェレミー・クライドはちょっとした良家のお坊ちゃんだったそうで、1952年、祖父の「侍童」として、古典的なヴェルヴェットの衣装で着飾り、エリザベス女王の戴冠式に出席したそうです。のちにデビュー・アルバムがリリースされたあとで、「デイリー・エクスプレス」紙が、このときの写真を掲載したために、ひどい目にあったとジェレミーはいっています。上流階級出身だから、労働者階級の「ロックンロール・プレイグラウンド」にいる資格はない、というレッテルを貼られてしまったというのです。

いやはや、聞きしにまさる階級社会。彼らがイギリスではまったく不人気で、途中からシングル・リリースもされなくなってしまったのは、たんにアメリカでばかり稼いでいて、イギリス・ツアーをしなかったということだけでなく、このあたりにも理由があったのかもしれません。アメリカ人は上流階級風英国人が大好きで、ピーター&ゴードンのピーター・エイシャーなんか、あの時代、イギリスのアーティストにとって、アメリカは天国のようだったといっています。


2007年8月30日補記

tonieさんのコメントにあるとおり、まちがってタイトルを単数形にしていたため、複数形に修正しました。

以下はtonieさんのコメントから。

「A Distant Shore」にせず、「Distant Shores」という複数形なのは、あちこちで何度もwe kissedなのでしょうか? それとも渚というのは、存在自体が一カ所でもshores的要素をもっているという理解なのでしょうか。nightなどにもsがついているのであちこちで何度もwe kissedな気がします。

「あちこちで何度もwe kissed」というtonieさんの見解にわたしも賛成です。こういうとき、ソングライターは、シラブルや口調のよさを考慮しているという側面もあるだろうとは思いますが。
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by songsf4s | 2007-08-26 23:56 | 夏の歌
Mornin' Glory by Bobbie Gentry
タイトル
Mornin' Glory
アーティスト
Bobbie Gentry
ライター
Bobbie Gentry
収録アルバム
The Delta Sweete
リリース年
1968年
他のヴァージョン
Bobbie Gentry and Glen Campbell
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◆ 土に還っても聴きつづけたい曲 ◆◆
棺桶にいっしょに入れてほしいアルバム13枚とか、墓の下でも歌いたい曲42曲とか、くだらない遊びをやったことがありますが、このブログをはじめて以来、どういうわけか、そういうわがオールタイム・ベストには当たりませんでした。これまた、四季折々の歌という枠組みがもたらしたものです。

今回はやっと、土になってからも聴きつづけたい42曲のなかでも、最上位にくる曲の登場です。といっても、この曲については、よそで徹底的に書いてしまったので、もうなにも書くことは残っていないようです。それくらい、子どものころから大好きだった曲なのです。よって、今回は百万言を費やすかわりに、みなさんに音そのものを聴いていただきたいと思います。この曲はMP3で手軽に聴くことができるのです。

f0147840_23371545.jpg右のFriendsリンクの先頭にあるAdd More Musicにいらっしゃり、トップページに並んでいるリンクのなかほど、「An Ode to Bobbie」をクリックしてください。ボビー・ジェントリー特集のトップ・ページが開きますので、ちょっとスクロール・ダウンしてください。なかほどに各アルバムのページへのリンクがあるので、2枚目のDelta Sweeteをクリックします。そのページの左側のソング・リスティングのあたりに「ダウンロードはこちらから」というリンクがあるので、これをクリックすると、アルバムの全曲をひとまとめにしたZIPファイルのダウンロードがはじまります。

上の「他のヴァージョン」としてあげた、ボビー・ジェントリーとグレン・キャンベルのデュエット盤も同じところにありますので、よろしかったら、またボビー・ジェントリー特集ページのトップにもどり、4枚目のBobbie Gentry and Glen Campbellをダウンロードしてください。

どちらのアルバムもLPリップですが、かなりいい状態で、ノイズはほとんどないと思います。なお、このファイルをプレイするには、ZIPに対応した解凍ソフトと、MP3に対応したメディア・プレイヤーが必要です。

◆ 危険な、危険な、ものすごくあぶない歌詞 ◆◆
音については書き尽くしましたし、みなさんもお聴きになったでしょうから、もう書くことはなにもないといっていいくらいです。残るは歌詞の細部ぐらいなのですが、これは書いたものかどうか、ちょっとためらいます。

いわゆる「後朝」(「きぬぎぬ」と読みます。意味は辞書をご覧になってください。文字から想像できるでしょうが)のことを歌った色っぽい歌詞なんです。「後朝」の場合、「後朝の別れ」と熟すように、別れの含意があるようですが、ボビー・ジェントリーのこの「朝顔」という曲にはそういう意味合いはなく、目が覚めてからの幸せな気分を歌っているだけです。危ないところは選り分けることにして、とにかく、歌詞を検討していくことにしましょう。

Good mornin' mornin' glory
Good mornin' what's your story
Good mornin' where'd you spend the night
Where did your night dreams take you
Sorry but I had to wake you
Oh I just had to make you
Shed your precious mornin' light on me

f0147840_23391593.jpgご覧のとおり、語り手の女性のほうが先に目覚め、となりで眠っていた夫ないしは恋人を起こして、朝の「語らい」をしている(ものすごく遠まわしな婉曲表現だということにご注意。ほんとうは、語らいなんてものじゃなくて……)という設定です。夫婦だとしたら、結婚後まもないはずで、わたしは恋人だと考えています。長年連れ添った夫婦が、毎朝こんな色っぽい状態になっていたら、まともに日常生活を送れません!

わたしはこの盤を中学三年生のときに買いましたが、中学生にはじつにもって毒な歌詞でした。もちろん、ロックンロール小僧は、歌詞を理解するために、英語だけはまじめに勉強していましたから、これくらいの歌詞だと意味はほぼわかっちゃったのです。いや、じっさいには中学生の妄想のさらに先をいく、露骨な歌詞だったことが、大人になってわかったのですけれどね!

恋人の目を覚まさせ、「Oh I just had to make you shed your precious mornin' light on me」すなわち「あなたのすてきな朝の光をわたしに浴びせてほしかった」というのは、まあ、どうにでも解釈してください。未成年には「あなたの微笑みがみたかった」あたりの安全な解釈を推奨します。成人はどのようにでも想像をたくましくしてください。危ないところをぜんぜん避けてないなあ。

◆ さらにのろけはつづく ◆◆

Oh good mornin' sleepy baby
You know, I'm thinking maybe
I love you even more today
Every time you go to sleep
I'm jealous of the dreams
That keep you away from me

f0147840_234233.jpg犬も食わないのは夫婦げんかばかりとはかぎらないわけで、のろけというのも、つきあっていられなかったりします。セカンド・ヴァースは大甘のコンコンチキ。あの空前絶後のセクシー・ヴォイスで、しかも無茶苦茶なオンマイクで、リスナーの耳に口を寄せてささやくように歌うんだから、こりゃもうたまらんというヤツです。

後半、毎晩あなたが眠りにつくたびに、あなたを遠くに連れ去る夢に嫉妬する、というのは、なかなかキュートなラインです。この曲にはそういう側面はゼロですが、ボビーはちょっとしたストーリーテラーで、作詞家としての才能もたっぷり持ち合わせていて、小説家になっても成功したのではないかと思うほど、人物描写のうまい人でした。

Good mornin' mornin' glory
I'll have to thank the sandman
For he's let you wake up in my arms again

「サンドマン」は「砂男」とそのまま訳されることもありますが、眠りの精のことで、当然、子守唄にはよく登場します。いまパッと思いだせるのは、Lullaby in Ragtimeの「You can tell the sandman is on his way」というラインです。「サンドマンはもうこっちにむかっているよ」とは、すなわち、そら、もうまぶたが重くなってきたね、といっているわけです。わたしはゴードン・ジェンキンズがアレンジしたニルソン歌うこの曲を、昔、死ぬほど何度も聴きました。いまでも、シナトラなどを聴いていて、あ、ジェンキンズだ、とわかるくらいにです。

寄り道終了。このラインは、また今朝も、わたしの腕のなかであなたを目覚めさせてくれたのだもの、サンドマンに感謝しなくちゃね、といっているわけです。のろけまくっております。

◆ 「朝顔」のほんとうの意味 ◆◆

Oh, come on darling time to get up
I have your breakfast table set up
Its such a lovely morning to see
And I have my mornin' glory with me

ダーリン、そろそろ起きる(目覚めるではなく、ベッドから出る)時間よ、朝食のしたくができたわよ、ほんとうにいい朝よ、それにわたしの朝顔がいっしょにいるんだしね、といったあたりでしょうか(8月27日に間違いに気づき、こっそり修正)。なんか、むちゃくちゃにリアルだなあ、と感じてしまってはまずいのかもしれませんが、でもやっぱり、この恋人たちの朝の描写は、赤面するほどリアルだと思います。

f0147840_23454153.jpg目が覚めてもなかなかベッドから出られないというのは、夫婦じゃないに決まっているわけで、朝のひとときを終わらせるのが惜しくてしかたのない、ホットな恋人たちにちがいありません。いつまでもそうしているわけにはいかないからこそ、「さあ、起きてご飯を食べましょう」という言葉が出てくるのです。みなさんも身に覚えがあるでしょうに!

朝顔というタイトルが意味するものは、ここでは恋人のことになっています。わたしは朝顔から男を連想しませんが、英語では、おそらくmorning gloryという語の響きから、不自然には感じないのでしょう。

なーんていうインチキなごたくはもちろん建前で、不自然どころか、朝顔という語は、英語では男性を指すものとして使われる場合があるのです。俗語辞典(リーダーズ英和辞典でもけっこうです)をお持ちの方は、この語を引いてみれば、なんだ、そうだったのか! てえんで、百パーセントこの歌とタイトルの意味が理解できるはずです。この場合、女性にはありえない現象を指しているわけで、男でなければならないのです。源氏物語の朝顔の君が、なんて呑気なことをいっている場合じゃござんせんよ。じつは、ものすごく露骨な歌なのです。

◆ 私生活にちょっと寄り道 ◆◆
以上、歌詞はドキドキものですが、それにもまして、ボビーの歌声は、朝顔の裏の意味なんか知らなくても、たっぷりとドキドキできます。

f0147840_23513115.jpg女性週刊誌的なことを書くべきかどうか、ちょっとためらいもあるのですが、この曲をつくったときに、ボビーのベッドで横に寝ていた男性は、たぶん、プロデューサーのケリー・ゴードンです。たしか、アレンジャーのジミー・ハスケルがいっていたのだと記憶していますが、ボビーとのことが原因で、ゴードンは離婚することになったそうです。ファム・ファタールというところでしょう。容貌もファム・ファタールだし、歌声に至っては、身の破滅になってもいいと感じるほど魅力的です。まあ、盤を聴いていたって、破滅なんかするわけないし、じっさい、中三のときから聴いていても安全だったから、そういう馬鹿なことがいえるわけですけれどね。

ボビーはのちに、ラスヴェガスの老いたるカジノ王と結婚し、すぐに離婚します。やはりハスケルがいっていたのですが、ボビーはつねづね「お金は大事よ。わたしはお金持ちになるの」といっていたそうで、有言実行だったことになります。それで幸せになったかどうかは知りませんが、最後にハスケルがみたときには、車のとなりに息子を乗せ、元気そうだったとのことです。

◆ スタッフについて ◆◆
ジミー・ハスケルは、ウェスト・コースト・ジャズの大立者、ショーティー・ロジャーズと共同でアレンジしたボビーのデビュー盤でグラミーを得ていますが、アレンジの出来としては、同じくロジャーズ=ハスケルのコンビがアレンジした、Mornin' Glory収録のセカンド・アルバムのほうがよいと思います。グラミーはあくまでも大ヒットした盤とその関係者にあたえられるものなので、ヒットしないと、いくら出来がよくても対象外になってしまうのです。そういうきついバイアスがかかっているのだから、グラミーの価値は頭のなかで補正して考えないといけないことになります。Mornin' Gloryのアレンジについていえば、ヴァイオリンよりも、チェロ、ヴィオラなどの音がめだつ部分が好みです。

ボビーの盤を聴く楽しみのひとつは、例によって、ハリウッド強力ギター陣の活躍です。デビュー盤よりセカンド、セカンドよりサードというように、あとにいくほどギターは強力になっていきますが(4枚目はグレン・キャンベルとの共演盤なので、リードは当然グレン。グレンが悪いというのではないが、ほかのプレイヤーの音はめだたなくなる。5枚目はナッシュヴィル録音で、ハリウッドのようなヴァラエティーに富んだギター・プレイは聴けない。いや、テレキャスターのプレイなどはなかなか悪くないが、バラッドでの美しいガットのプレイはない)、このMornin' Gloryでも、なかなか冴えたガットのオブリガートを聴くことができます。第一候補はトミー・テデスコ。ピックでガットを弾いたことで有名なのは、なんといってもテデスコです。

ほかの曲でも大活躍しているハーモニカは、この曲では決定的に重要な役割を果たしています。キャピトルのインハウス・プロデューサーだったトミー・モーガンのプレイにちがいありません。メチャクチャにうまいし、音色がじつにきれいです。

f0147840_23474139.jpgデビュー盤では、これまたウェストコースト・ジャズの大物、レッド・ミッチェルがアップライト・ベースをプレイしたそうですが、Mornin' Gloryのベースもアップライトなので、またミッチェルがプレイしたのかもしれません。キャロル・ケイもボビーの盤ではプレイしたといっていますが、彼女が登場するのは早くてつぎのサード、ひょっとしたらグレンとの共演盤だけかもしれません。

なんにせよ、素晴らしいスタッフに囲まれ、それでも、我を押し通したボビーのこのセカンド(ケリー・ゴードンは完全に尻に敷かれていたようで、いわばイグゼキャティヴ・プロデューサーとして神棚に祭り上げられ、はしごを外されて、ボビーが主導権をとったらしい。ボビーは後年、クレジットはどうであれ、じっさいにはすべてわたしが自分でプロデュースした、女だからクレジットされなかったのだ、といっている)は、彼女の代表作であり、40年聴きつづけたいまも、ときおりプレイヤーにドラッグして、しみじみと聴き入ってしまいます。しゃれこうべになっても聴きたい曲ベスト13のなかでも、五本指に入れます。

◆ グレンとのデュエット盤 ◆◆
ボビーは、デビュー盤のモンスター・ヒットに最後まで苦しめられました。いまでも、ボビー・ジェントリーというと、Ode to Billie Joeということになっていて、あの曲が好きではないわたしは、40年間、ずっとうんざりしつづけています。あんなのより出来のよい曲をボビーは山ほど書いています。そもそも、歌詞だけに価値がある曲なので、音楽というより、ラップみたいなもの、といってわるければ、短編小説のようなものと思うべきでしょう。

f0147840_23484612.jpg以後はまったく鳴かず飛ばずで、しまいには、売り出し中のグレン・キャンベルの引き立て役をやらされるハメになるのですが、皮肉にも、これがヒットしてしまい、またまたボビーのキャリアを邪魔することになります。なぜ引き立て役かというと、スタッフは完全にグレンのレギュラーで固められているからです。いや、ハリウッドだから、どちらのスタッフも似たようなものですが、プロデューサー/アレンジャーが、グレンの側のアル・ディローリーだというのが決定的で、サウンドは完全にグレンのスタイル(いや、つまり、アル・ディローリーのサウンドという意味ですが)で、お膳立てが整ったところに、ボビーが乗っかっただけなのです。

Mornin' Gloryも、テンポが速すぎて、ボビーのオリジナル盤にあった、朝、ベッドでぐずぐずしている色っぽさはかけらもありません。まあ、男女デュエットでこの曲を情緒たっぷりに歌ったら、まちがいなくラジオから締め出しを食らっちゃいますけれどね。というわけで、つまらない出来のヴァージョンです、というか、この曲はカヴァーしないでほしかったと思います。

それにしても、この曲については書き尽くしたというわりにはよく書いたものだと、われながら呆れています。それから、朝顔の意味が○×△☆だとしたら、これは夏の歌とはいえないだろうというご意見もあるかもしれませんが、建前としては、ボビーも夏の朝を歌ったことにしているのだと、わたしは考えています。
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by songsf4s | 2007-08-25 23:52 | 夏の歌
Summer Wine by Nancy Sinatra with Lee Hazelwood
タイトル
Summer Wine
アーティスト
Nancy Sinatra with Lee Hazelwood
ライター
Lee Hazelwood
収録アルバム
The Hit Years
リリース年
1967年
他のヴァージョン
Lee Hazelwood
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◆ 怪しい自家製ワイン ◆◆
8月も残り少なくなり、夏の歌を取り上げられるのもあとわずかになりました。今月の7日に亡くなったリー・ヘイズルウッドの曲を、月がかわらないうちに取り上げないと義理が悪いような気がして、この曲の登場となりました。

f0147840_2342657.jpg最近はあまり面白い歌詞の曲に当たらず、すこしめげかけていましたが、久しぶりにストーリーのある歌詞なので、今日はちょっと元気があります。ヘイズルウッドの歌詞としては、なんといってもナンシー・シナトラの代表作、These Boot Are Made for Walkingがケッ作で、受験生は聴かないほうがいいという文法破壊の笑える代物でしたが、そういうウィットの片鱗は、このSummer Wineにも感じられます。

この曲はナンシー・シナトラとリー・ヘイズルウッドのデュエットですが、二人の声がからむことはなく、交互にヴァースを歌うだけです。では、まずナンシーが歌うヴァース、といっても、ファーストとかセカンドといったヴァースではなく、前付けの「独唱部」というものですが。

Strawberries cherries and an angel's kiss in spring
My summer wine is really made from all these things

春のイチゴとサクランボと天使の口づけ、わたしのサマーワインは、ほんとうにそういうものからつくったのよ、といったあたりでしょうね。全体を象徴するラインとして、冒頭におかれているのだと思います。

◆ 大昔の西部の話 ◆◆
ファースト・ヴァースは、リーが歌うパートです。この曲の歌詞はジェンダーというか、役割がはっきり決まっていて、ここでリーの「役」がわかります。

I walked in town on silver spurs that jingled to
A song that I had only sang to just a few
She saw my silver spurs and said lets pass some time
And I will give to you summer wine
Oh summer wine

f0147840_23442243.jpgストレートではない表現が使われていますが、「一握りの人の前でしか歌ったことのない曲に合わせて銀の拍車を鳴らしながら、俺は町に入っていった」といったあたりでしょうか。

当然、現代の話ではなく、西部開拓時代のことなのでしょう。馬に乗らずに歩いているので、旅の途中でなにか災難にあったのかもしれません。人前ではあまり歌ったことのない歌、というのがなにを指すのか、わたしにはよくわかりません。下品な歌詞の歌?

つぎのラインでいきなり説明抜きで「彼女」が登場します。さすがはヒット・メイカー、展開が早い。こういうのは好きですねえ。「彼女は俺の銀の拍車をみて、『ねえ、しばらくつきあってくれたら、サマーワインを飲ましてあげるわよ』といった」となっています。ファースト・ヴァースで、ちゃんと、「つぎはどうなるのか」と思わせているところに、この人が折り目正しいソングライターであったことがうかがわれます。

◆ ただの拍車ではなく、「銀の拍車」 ◆◆
つぎはナンシーのパートですが、独唱部を長くしただけのものです。

Strawberries cherries and an angel's kiss in spring
My summer wine is really made from all these things
Take off your silver spurs and help me pass the time
And I will give to you summer wine
Oh summer wine

f0147840_23474466.jpg前半は独唱部と同じ、後半は「銀の拍車をはずしなさいよ、退屈しのぎにつきあってくれれば、サマーワインを飲ませてあげるわ」といったあたりで、リーのパートをナンシー側から言い直しただけ、といったところです。拍車という言葉が単独では使われず、かならず「銀の拍車」になっているのは、一見、くどいように思えますが、これはたぶん意図的なもので、その意味はあとでわかります。

以下、ナンシーはこのヴァースをくり返すだけです。このナンシーのパートは、メロディーはヴァースと同じですが、曲のなかでの役割としては、ヴァースではなく、コーラスに近いものになっています。純粋にヴァースといえるのはリーのパートです。つぎはそのリーの2度目のヴァース。

My eyes grew heavy and my lips, they could not speak
I tried to get up but I couldn't find my feet
She reassured me with an unfamiliar line
And then she gave to me more summer wine
Ohh-oh-oh summer wine

まぶたは重くなり、口をきくのもおっくうになった、立ち上がろうとしたけれど、足を見つけられなかった、彼女はなんだか聞き慣れない言葉で俺を安心させ、またワインを注いだ、というあたりでしょう。「足を見つけられない」というのだから、かなり酔いがまわって、そろそろ前後不覚というところなのでしょう。unfamiliar lineが指すものはよくわかりません。外国語ということでしょうか。突っ込み、大歓迎です。

◆ 鰍沢か安達ヶ原の鬼婆か ◆◆
ナンシーのパートをヴァースとしてカウントしないなら、つぎはサードにして最後のヴァース。

When I woke up the sun was shining in my eyes
My silver spurs were gone my head felt twice its size
She took my silver spurs a dollar and a dime
And left me cravin' for more summer wine
Ohh-oh-oh summer wine

太陽がまぶしくて目が覚めると、俺の銀の拍車はなくなっていて、サイズが倍になったのかと思うほど頭が痛かった、彼女は俺の銀の拍車と1ドル貨とダイム貨を持ち去り、もっとサマーワインがほしいという気分だけを残していった、ぐらいでしょうか。最後のラインはうまく訳せませんが、「持ち去った」と「残していった」を対比させています。

最後に再びナンシーが登場して、「わたしのサマーワインは……」と、ほくそ笑むようにくり返し、インストゥルメンタル・アウトロでフェイドアウトします。

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ヒット・メイカーズ 左から、リー、ナンシー、ビリー・ストレンジ。キャロル・ケイ・オフィシャル・ウェブ・サイトでいただいてきた写真です。キャロル・ケイとハル・ブレインもナンシーのセッションのレギュラーでした。

このサゲで思いだすのは、三遊亭円朝作の「鰍沢」(三遊一派の大看板はみなやることになっているらしく、圓生はいいとして、志ん生までやっている。志ん生は人情噺なんかやらないほうがいい、という阿佐田哲也に賛成)と、安達ヶ原の鬼婆の伝説です。両者とも旅人を殺すのですが(前者は「お材木で助かった」と、命からがら脱出しますけれど)、ナンシーに鬼婆の役を振るわけにはいきませんし、そもそも、ポップ・ソングはつねに「ほどほどの世界」ですから、リーがナンシーにあたえたコケットリー路線をはずすことなく、ここでも小悪魔的役柄で、みごとに男をはめてケラケラ笑う結末になっています。明示的に語られてはいませんが、「色仕掛け」の含意があると思います。

銀の拍車とくり返してきたのは、盗むに足る金目のものだと強調するためでしょう。1ドル10セントの現金が、西部開拓時代にどれほどの価値があったのかわかりませんが、たいした金ではないにせよ、盗むに足る金額ではあったのでしょう。

音も歌詞もなかなか悪くない出来で、日本のラジオではそこそこ流れていた記憶がありますが、アメリカではトップ40に届かず、49位どまりでした。ナンシーとフランクのシナトラ親子によるチャート・トッパー、Somethin' Stupidと同じ時期にリリースされたために、票をとられしまったのでしょう。同じナンシーとのデュエットといっても、相手がフランク・シナトラでは、リーにははじめから勝ち目はなかったでしょう。死に体の時期のシナトラならともかく、Strangers in the Nightのナンバーワン・ヒットで派手な復活をした直後なのですから。

◆ リー・ヘイズルウッドのキャリア ◆◆
f0147840_2356597.jpg追悼の意味で、リー・ヘイズルウッドのキャリアにちょっとだけふれます。われわれが知っているリーのスタートは、ドゥエイン・エディーのプロデューサー、および楽曲提供者です。はじめはテキサスで録音していたようですが、リーが先か、ドゥエインが先かは知らず、両者はすぐにハリウッドに仕事場を移します。

リーのパートナーだったレスター・シルが、フィル・スペクターという若いプロデューサーを発見して、そちらの仕事に夢中になってしまい、リーが、フィルか俺かどちらかをとれ、といって、シルと袂を分かったというのは、スペクター・ファンがよく知るエピソードです。ここからはちょっとした低迷期だったようで、どういう活動をしていたのか知りません。調べると、はじめてのアルバムをリリースしたようですが、そんな盤の存在はつい最近まで知りませんでした。

リーが再びチャートに返り咲くのは65年、ナンシーに提供し、プロデュースもした、かのBootsでのことです。その直前の、二人がはじめて顔を合わせた、Bootsと同系統のSo Long Babeも、ナンシーにとってはじめてのホット100ヒットになっています。

日本ではこれ以前からかなり人気があったのですが、それは、ナンシーが「遅れてきたガール・シンガー」だったことと、日本の遅れとがうまくシンクロしたためでしょう。アメリカでは、可愛い子ちゃんシンガー・ブームはすでに終わっていて、ナンシーが店ざらしになってしまうのは避けられないことだったのは、いまふりかえればはっきりとわかります(冷たい書き方のように思われるかも知れませんが、小学生のわたしは、可愛い子ちゃんシンガー時代からナンシーのファンでした)。

f0147840_0175471.jpg悪戦苦闘時代のナンシーのシングルを集大成したコレクション。編集、ライナー、スリーヴ・デザインはWall of Houndの大嶽好徳さん。これがないと、So Long Babe以前のナンシーは歴史の闇に消えてしまうわけで、けっこうな盤を残してくれたものです。

崖っぷちのナンシー(リプリーズの社長だったモー・オースティンは、つぎもミスだったら契約を更新しないといいわたしていたそうです。創業者で、まだ重役の椅子にあった人間の娘でも容赦はしなかったのだから、会社にとってよほどの重荷だったのでしょう)を救ったのがリーであり、アレンジャーのビリー・ストレンジであり、時代の好尚に合った強いビートを提供したハル・ブレインやキャロル・ケイでした。

ちなみに、最近知ったことですが、ビリー・ストレンジはこれ以前にバイクの事故で腕を骨折し、ギターが弾けなかったので、アレンジの勉強をしたのだそうです。ビリー・ストレンジの後半生は、ギタリストとしてではなく、アレンジャーとしてのものになっていきますが、その基盤を確立したのがほかならぬBootsだったのです。

どういうことからリーがナンシーと歌うようになったのかわかりませんが、ソロ・シンガーとしてはめだった業績がなかったにもかかわらず、ナンシーがスターダムに駆け上がるとともに、リーはナンシーとデュエットするようになっていきます(子どものころ、わたしはリーがプロデューサーとは知らず、シンガーだと思っていました)。二人のデュエットしては、ほかにSome Velvet Morningが記憶に残っています(のちにヴァニラ・ファッジがカヴァーした)。

◆ グラム・パーソンズとリー ◆◆
あとから知ったことですが、この時期にリーは、もうひとつ重要な仕事をしています。といっても、チャート・アクションはゼロ、その時点ではまったくの失敗だった盤なのですが、twist of fateによって、歴史上名高いシンガーと契約し、自分のレーベルから彼のデビュー盤をリリースしたのです。

f0147840_0274995.jpgもちろん、いわずとしれたグラム・パーソンズのグループ、インターナショナル・サブマリン・バンドです。この盤自体の出来はたいしたものではなく、GPもまだ自分の歌を知るには至っていませんが、なんたったほかならぬGPのデビューですから、歴史的重要性ははかりしれません。よけいなことですが、この盤にはジョー・オズボーンとグレン・キャンベルが参加していて、グレンはGPにハーモニーまでつけています。未来のスターと、未来の伝説の大歌手の、だれにも注目されなかった歴史的共演です。

f0147840_0284434.jpgしかし、ここからがまたまたtwist of fateで、せっかくGPをデビューさせながら、リーは、こんどはGPの秀作が世に出るのを邪魔することになります。ISBは、気まぐれなGPのせいで空中分解します。つぎにGPは、デイヴィッド・クロスビーを首にし、マイケル・クラークも抜け、デュオになってしまったバーズに、キーボード・プレイヤーというふれこみでもぐりこみ、かのSweetheart of Rodeoによって、カントリー・ロックを創始することになります(胎動程度のものなら、ほかにも「初のカントリー・ロック・アルバム」はあるでしょうが、やはり、ここを出発点にするのが直球だと考えます。あとは注目を浴びなかったナックルにすぎません)。

ここで問題になったのが、GPがリーの会社と交わした契約です。バーズはCBSと契約していたので、リーの会社に所属するGPは、法律上、バーズの録音に参加し、それをリリースできないことになるわけで、リーはこの当然の権利を主張しました。その結果、CBSとどういう話し合いがおこなわれたかは知りませんが、最終的なSweetheart of Rodeoからは、GPがリードをとった曲がいくつか除外され、ロジャー・マギンのヴォーカルに差し替えられることになりました。

f0147840_036328.jpgGPがテーマ曲を歌った映画『アメリカ上陸作戦』。たまたま中学のときに、なにも知らずにみましたが、小品ながら、けっこうな出来だったと記憶しています。いや、映画のことで、GPの曲ではありません。GPの歌は、恥ずかしながら、まったく記憶になし。冷戦の最中に、故障したロシアの潜水艦が、アメリカの小さな漁村にたどり着き、小さな小さな冷戦が起き、最終的には両者が理解に達する、という話だったように思います。「ロシアが攻めてくる! ロシアが攻めてくる!」という原題はそういう意味です。

f0147840_039841.jpgこのときのGPのヴォーカルは、バーズのボックスで数曲復活し、現在では2枚組のSweetheart of Rodeoでその全貌を聴くことができるようになり、まずはハッピーエンドですが、あのとき、GPのヴォーカルがすべてリリースされていればなあ、とファンとしてはいまだに残念です。いや、リーの主張には契約書という立派な裏づけがあり、なんらまちがったところはないのですが、所詮、去ったものを追いかけても、嫌がらせぐらいしかできないのだから、どうせ数曲のリリースに同意するぐらいなら、全曲のリリースに同意すりゃあよかったじゃないか、人間、ケチくさいをことをすると、いい死に目をみないぜ、とブツブツいいたくなります。GPのほうがリーなんかよりずっと重要で、比較の対象になりませんからね。伝説の大歌手には、無名のときから親切にしておくものです。

リーの追悼にはまったくならず、どちらかというとGPの追悼になってしまいました。GPは子どものときから惚れ込んでいましたが、リーは所詮、ナンシーの添え物だと思っていたわけで、わたしとしては当然の結果です。早く、このブログでもGPを取り上げられるといいのですが、まだ適当な曲が見つからないんですよねえ。秋になって暇になったら、季節のことなんか放り出して、大グラム・パーソンズ・ロングラン・キャンペーンでもやってくれようかと思っています。

◆ 付け足り ◆◆
書き残したことを思いだしました。ドゥエイン・エディーをプロデュースしていた時代、リーはのちのエース・プレイヤー、Somethin' Stupidであの印象的なオブリガートを弾いたアル・ケイシーを、アシスタント兼セッション・プレイヤーとして起用しています。エディーのバンドには、サックスのスティーヴ・ダグラスと、ベースおよびキーボード・プレイヤーのラリー・ネクテルという、二人の重要なセッション・プレイヤーも在籍したわけで、このへんの人間関係はなかなか興味深いものがあります。

f0147840_0501190.jpgまだ忘れていたことがありました。このあいだ手に入れたばかりのリー・ヘイズルウッド自身のセルフ・カヴァー盤です。ところが、これがほとんどナンシー盤と変わらないので、比較もなにもあったものではありません。女性が歌うパートをどうするのかと思っていたら、なんとナンシー自身がゲストで歌っているようです。アレンジもほぼ同じ、二人のシンガーも同じ、プレイヤーもたぶん似たようなもの、とくるのだから、手がつけられません。オルタネート・テイクみたいなものです。
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by songsf4s | 2007-08-24 23:56 | 夏の歌
番外篇 Tropical Sleeves Gallery

このところ、エキゾティカやラウンジばかりを聴いています。そもそも、こういうものの再評価がはじまったのは、中古屋でこの種の盤がむやみに安く買えたためだときいていますが、安ければなんでも買うというものでもないわけで、やはり、「ジャケ買い」だったのではないかと思います。それほど、魅力的なデザインのジャケットが多いのです。

というわけで、今日はどの曲をとりあげるか決まらなかったので、おやすみをいただくかわりに、ちょっと手を抜き、トロピカルなLPジャケットを並べてみます。たとえば、こんなヤツです。

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この盤はすでに入手済みですが、忙しくてまだ聴いていません(聴きたくてウズウズしてます)。レス・バクスターは、ハリウッドの主みたいな人で、近年の編集盤のライナーで、娘さんが黄金時代のハリウッドと父親の思い出を楽しげに語っていました。

レス・バクスターにはいいジャケットがいくつかありますが、あと1枚だけあげておきます。トロピカルではないのですが、なかなか印象的なジャケットです。

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残念ながら、この盤は未入手で、ジャケットだけ、ウェブで見つけました。すごく聴いてみたくなるヴィジュアルです。

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左のアクスル・ストーダールは、キャピトル時代のフランク・シナトラのアレンジャーをつとめた人で、数多くの盤を手がけています。この盤も入手済みなのに未聴。早く聴きたい1枚です。

右側は、おなじみロス・インディオス・タバハラス。タイトルはSong of the Islandsとなっていて、中身もそういう雰囲気のサウンドです。タバハラスとしては、とくに出来のよい盤ではないかもしれませんが、あのギター・デュオがこういう企画に手をつけるのは必然だったのでしょう。


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いわずとしれたエキゾティカの大御所マーティン・デニー。かなり珍なサウンドの曲もありますが、このジャケットもちょっと珍。「お富さん」をカヴァーしたノリなのか、なぜか鯉のぼりがあります。なかなか笑えるから、座布団一枚。

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夕闇迫る海の写真を2枚。どちらも未入手で、音は知りませんし、そもそも、どういうアーティストなのかまったく知らず、ただ、よくいくラウンジ関係のブログでジャケットをいただいてきただけです。

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写真もけっこうですが、こういうイラストもまた昔のものは味があります。制作環境がまったく違っていたからでしょうね。どちらも未入手で、イノック・ライトは今後、蒐集に励む予定ですが、いつになることやら。

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こちらは平面のイラストではなく、切り紙細工をつくり、それを撮影したようです。こういうのは好みです。デザイナーのみなさん、ときにはMacの電源を切り、こういうのもやってみてはいかがでしょうか。ほんのついこのあいだまでやっていたことじゃないですか。

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マーティン・デニーと並ぶエキゾティカの大御所、アーサー・ライマンを2枚。右のHawaiian Sunsetは入手済みですが、これまた未聴。これではなんのために集めているのかわからなくなってしまいますが、このブログに直接関係のあるものを聴くのに忙しくて、なかなか時間がとれないのです。なんてことは、皆さんの知ったことじゃないのですが。

小学生のとき、はじめて買ったヴェンチャーズのLPにYellow Birdという曲が入っていました。いま聴けば、とくに出来のよいトラックではないのですが、子どものころは気に入っていました。それで、大人になってから、この曲はどこから出てきたのかと探しまわって見つけたのがアーサー・ライマン盤です。ヴァイブラフォーンの音が似合う曲で、ヴェンチャーズよりライマン盤のほうが好ましいサウンドです。

というわけで、年をとってエキゾティカに傾斜していくのは、前世の因縁だったとまではいいませんが、三つ子の魂百まで、ぐらいのことはいってかまわないようです。

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またイラストを2枚。どちらも味があります。手書き文字というのも、すっかり廃れてしまいましたが、こうしてみると、やはりいいものです。いまでは、お金を出せば、出来のよいフォントをいくらでも手に入れることができますが、わたしはやはり手書きのほうがいいと思います。

右のリンクからいける、Wall of Houndの大嶽画伯は、しばしば描き文字をお使いになっています。一度、Wall of Houndのギャラリーもご覧になってみてください。

右のエドムンド・ロスのトラックは、近々取り上げるつもりでいるのですが、また気が変わってしまうかもしれません。

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左は未入手で、どんな音か知りませんが、竹製の額縁というのが笑えるので、ジャケットだけいただいてきました。

右のドン・ラルクの盤は、小さくて文字が読めないでしょうが、「But you've never heard Gershwin with bongos」と書いてあります。たしかに、そんなアレンジのガーシュウィンは珍です。ちょっと聴いてみたいような気もしますが、珍盤に手を出しはじめると、泥沼になるわけでして……。

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このスタンリー・ブラックという人もまったく知りませんが、ジャケットはなんとも懐かしい雰囲気の演出です。Stanley Blackのあとの細かい文字は、piano with Latin rhythmsと書いてあります。つまり、タイトルをそのまま説明したヴィジュアルなのです。

前景の女性、鎧戸、マラカス、コンガ、ボンゴ、ギターなどは実物、背景のピアノは実物ではないようで、たぶん、ベニヤ板を切り抜き、黒く塗ったものでしょう。ピアノのレンタル料を払いたくなかっただけかも知れませんが、舞台装置というか、テレビの歌番組のセットみたいで、この平面のピアノになんとも味わいがあると思います。

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また海の写真を2枚。右の写真はちょっとしたものです。たぶん、ほんとうにモデルの女性がバケツかなんかに長い髪を浸し、一気に力強くうしろにはらったところを撮影したのだと思います。カメラマンは当然、これくらいのことをやる根性がなければプロとはいえませんが、何度もやり直したはずで、それに耐えたモデルの女性はたいしたものだと思います。

舞台裏のくだらないことを書きます。いつもは、ちゃんとテキスト・エディターで原稿を書いてからアップロードし、そこへ写真をはめ込んでいくのですが、今回は時間がなくて、写真の準備が終わったのが夜の11時半。この時点で文字は1文字も書いていませんでした。ここからあわてはじめ、写真をアップロードしながら、編集画面に直接原稿を書いていきました。

日付が翌日になるのが嫌で、11時56分には、未完成のまま更新しました。現在はちょうど深夜2時。日付が変わってからいらした方が4人です。いつも、更新してからの手直しにはずいぶん時間がかかるのですが、これほど更新後にどんどん文字と写真を追加したのははじめてのことです。4人の来訪者の方は、未完成のものをご覧になってわけで、まことに申し訳ありません。もう一度いらして、完成したものをご覧になってくださるといいのですが……。

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by songsf4s | 2007-08-23 23:56 | Sleeve Gallery
Summertime by ANYBODY! その2
タイトル
Summertime
アーティスト
Anybody
ライター
lyrics by Ira Gershwin and Du Bose Heyward, music by George Gershwin
収録アルバム
Any Album
リリース年
1933年初演
他のヴァージョン
EVERYBODY!!!
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◆ 出来のよいヴォーカル・ヴァージョン ◆◆
今回は、Summertimeの残る12ヴァージョンを一気に駆け抜けることにします。

ビリー・ステュワートのヴァージョンは大ヒットしていますし、編集盤にもよく採られています。むちゃくちゃにオフビートなアレンジで、だれでも知っている曲を再ヒットさせるには、こういう荒技が必要だということが証明されています(ちなみに、そういう意味で、こりゃスゲエと賛嘆したのは、殺人教唆を疑われたサム・クック未亡人と、喪が明けるのも待たずに結婚したボビー・ウォマック歌うFly Me to the Moonです)。

f0147840_2330134.jpgこういうおっかない声でこんな大騒ぎをしては、赤ん坊は眠るどころか、泣き叫び、しまいにはひきつけを起こすのではないでしょうか。本来は子守唄だなんてことは、四次元の彼方にすっ飛んでいます。でも、ヴォーカルのノリのよさは他のヴァージョンにはないもので(ドラムは好みではありませんが)、こうでもしないかぎり、この曲が大ヒットする可能性はないでしょう。これは55年以降、唯一トップ40入りしたSummertimeですが、それも当然と感じます。

f0147840_22162796.jpgマーセルズは、Blue Moonのとんでもないドゥーワップ・レンディションをヒットさせたことで有名で、ご記憶の方も多いでしょう。Blue Moonにくらべれば、彼らのSummertimeは穏当なアレンジですし、この曲の各種ヴァージョンのなかでは例外的にアッパーな明るいノリで、楽しめる仕上がりになっています。だいぶコードを変えていて、マイナーであるべきところを、メイジャーでやっているみたいですが、これまた、そうでもしないかぎりこの曲はヒットしないだろうと納得してしまいます。さすがは、珍なアレンジを売りものにしていたグループだけのことはあります。マーセルズ盤はトップ40にはとどかなかったものの、ホット100入りしました。

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リック・ネルソンとジェイムズ・バートン(右)

リック・ネルソンを聴く楽しみの半分ぐらいは、ジェイムズ・バートン、および彼の参加以前の、バーニー・ケッセル、ハワード・ロバーツ、ジョー・メイフィスといったハリウッド・シニア・ギタリスト軍団(というほどの年齢ではなかったので、ハリウッド第一世代ギタリスト集団というべきかもしれません。ビリー・ストレンジ、トミー・テデスコらに先行する人たちです)のプレイにありますが、1960年ごろからは、バートンの幼なじみ、ジョー・オズボーンのフェンダー・ベースというお楽しみも加わります。この曲のオズボーンは、ゲラゲラ笑ってしまうほどブンブンいっていて、おかげで退屈しないですみます。これまたホット100ヒット。

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ハワード・ロバーツとバーニー・ケッセル。ケッセルは、セッション・ワークではテレキャスターをよく使ったらしい。トミー・テデスコによれば、テレキャスターが好まれたのは音ではなく、軽量だったおかげだとか!


f0147840_22372830.jpgジョー・メイフィスとダブルネックのモズライト。ビリー・ストレンジによると、メイフィスはごく初期からのモズライト・プレイヤーだった。ヴェンチャーズ・モデル誕生以前からの、である。メイフィスの影響で、ビリー・ストレンジもモズライトを使うようになったのだという。ヴェンチャーズがハリウッドのスタジオにモズライトを広めたなどというのはタワゴトにすぎない。

f0147840_2250224.jpgゾンビーズ・ヴァージョンはデビュー盤のアルバム・トラックです。ミディアム・ワルツ・アレンジで、スロウではないところが救いになっています。コリン・ブランストーンの声は子どものころから好きだったし、この曲にも向いていると感じます。案外な拾いものではないでしょうか。

◆ あまり出来のよくないヴォーカル・ヴァージョン ◆◆
シャロン・マリーは、熱心なブライアン・ウィルソン・ファンしかご存知ないでしょうが、後年、ビーチボーイズがDarlin'として歌った曲の原曲、Thinking 'bout You Babyを、ブライアンのプロデュースで歌った人です。この時期のブライアンは、ビーチボーイズではやりにくいアレンジやサウンド・メイキングの実験を、アウトサイド・プロダクションで試していたようで、いくつかバランスの悪い、デモみたいな出来のものを残しています。

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中央の小さな写真がシャロン・マリー。中央上はグレン・キャンベル、右下はハニーズ。シャロン・マリーの左隣がわからないが、ゲーリー・アシャーか。左上、ブライアンの隣のエンジニアはチャック・ブリッツだろう。

シャロン・マリーのSummertimeはその最たるもので、なんだか珍な音です。実験台にされたシャロン・マリーこそいい面の皮ですが、ブライアンがいなければデビューできたかどうかすら怪しいので、いいようにオモチャにされても(といっても、性的な含意はゼロですよ)文句はいえないでしょう。

f0147840_2304264.jpgライチャウス・ブラザーズ盤は、フィル・スペクターの時代に録音されたものですが、アルバム・トラックなので、例によって巨匠は出馬せず、ビル・メドリーあたりがプロデュースしたのでしょう。立体的で、奥行きのあるサウンドにいくぶん魅力がありますが、しかし、あまり出来がよいとはいいかねます。ドラマーはアール・パーマーでしょうが、とくに活躍はしていません。

ライチャウスは不思議なデュオで、片方だけのソロという曲がけっこうあり、この曲ではボビー・ハットフィールドの声しか聞こえません。You've Lost That Lovin' Feelin'では、ハットフィールドの出番がほとんどなかったことの埋め合わせでしょうか。

f0147840_2323519.jpgバッキンガムズのヴァージョンは、デビュー盤のアルバム・トラックで、ギターとベースのタイムがずれていて、どうにも乗れないグルーヴです。とくにリズム・ギターのプレイとミックスのバランスがよくないと感じます。セカンド・アルバム(わがオール・タイム・フェイヴァリット、Don't You Careを収録)からはハリウッド録音になり、もうすこしましになるのですが。いや、シカゴ録音ということになっているデビュー盤からして、すでにハリウッド録音の可能性もあると昔から疑っているのですが、セカンドほど出来がよくないのも事実なので、ずっと保留しています。

◆ インスト・ヴァージョンひとまとめ ◆◆
最後にインスト盤をまとめてご紹介します。

f0147840_2362095.jpgヴェンチャーズ盤はなかなかけっこうな出来です。ビリー・ストレンジ時代のヴェンチャーズも、後半になるとダブル・リードが増え、ゴージャスなギターのからみが聴けるようになるのですが、Summertimeが収録されたMashed Potatoes And Gravyは、そのダブル・リード時代のピークに録音されているのです。Lucille、Poison Ivy、The Wah-Watusi、Spudnik(のちにSurf Riderと改題される)と、ダブル・リードの傑作トラックが目白押しです。

ビリー・ストレンジの相方であるセカンド・リードはいまだに不明ですが、わたしはトミー・テデスコだろうと推測しています。音からの判断では、このアルバムのドラマーはハル・ブレイン、ベースはレイ・ポールマンです。リズム・ギターはわかりませんが、いつものようにキャロル・ケイだと思っておけば安全でしょう。

Summertimeでのハルは、Spudnik/Surf Riderと似たようなパターンで叩いています。この曲でのダブル・リードは、ハモったりはしないので、Lucilleなどに肩を並べるような出来ではありませんが、それでもけっこうなプレイで、今回聴いたすべてのSummertimeのなかで、もっとも楽しめました。

f0147840_2391117.jpgMG's盤は、彼らのクリスマス・アルバムを思いだす、静かなアレンジのオルガン曲という感じで、ブッカー・T・ジョーンズ以外の3人はあまり活躍しません。今回取り上げた各種ヴァージョンのなかではもっとも子守唄らしいサウンドですが、MG'sの血が騒ぐグルーヴを好む人間としては、あまり聴きどころがありません。

f0147840_23141781.jpgデイヴ・“ベイビー”・コルテスは、The Happy OrganのやRinky Dinkなどのヒットで知られるオルガン・プレイヤーですが、この曲はやや珍な出来です。左手の低音部が変なライン、変な音で、なんとなく葬送曲を思わせます。「死ぬまでは生きるであろう」という、この曲の変な歌詞に合っているといえば合っているのですが……。The Happy Organでは、呆れるほど脳天気なサウンドをつくったコルテスですら、ダウナーなノリになってしまうのだから、恐るべし、Summertime!

f0147840_23182532.jpgストリング・アロングズは、バディー・ホリーのプロデューサー、ノーマン・ペティーがプロデュースした(たぶんテキサスの)ギター・インスト・グループで、Wheelsのヒットが知られています。この曲は、アレンジまたはプレイがピシッとしていなくて、あまり出来はよくありません。リズム・ギターがバランスを欠いて大きくミックスされているのがわかりませんし、まして、そのステレオ定位を左右に揺らすにいたっては、鬱陶しいだけです。派手さはないものの、ツアー用ヴェンチャーズなどより腕は上だと思いますが、この曲のアレンジはいただけません。

以上、わが家にあるSummertimeをすべて聴いてみました(と思うのですが)。二度とこんな馬鹿なことはしたくない気分です。有名なエラ・フィッツジェラルド盤がわが家にはなくて、幸いでした! うまさを前面に押し立てる人はもともと苦手ですし、夏にはぜったいに聴きたくありません。うまさ控えめ、これが夏の歌のポイントです。
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by songsf4s | 2007-08-22 23:33 | 夏の歌