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Summer (The First Time) by Bobby Goldsboro その2
タイトル
Summer (The First Time)
アーティスト
Bobby Goldsboro
ライター
Bobby Goldsboro
収録アルバム
Summer (The First Time)
リリース年
1973年
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昨日も書きましたが、今日もまず同じことから。この曲の歌詞には性的な暗喩があります。未成年の方はいまこのページを閉じてください。その種の歌詞を好まない成人の方にも同じことを申し上げます。

◆ さらに熱は昂まり…… ◆◆
さて、まず、構成の解釈を訂正します。昨日、ブリッジと書いたところはコーラスで、それまでのすべてをファースト・ヴァースと捉えたほうがいいようです。一連にしては長すぎるのですが、いつも話の長い人ですから(いや、わたしじゃなくて、ボビー・ゴールズボロのことです)、そう考えたほうがいいでしょう。

したがって、以下は昨日の解釈ではサード・ヴァースになりますが、訂正して、セカンド・ヴァースということにします。

The sun closed her eyes
As it climbed in the sky
And it started to swelter
The sweat trickled down the front of her gown
And I thought it would melt her

She threw back her hair
Like I wasn't there
And she sipped on a julep
Her shoulders were bare
And I tried not to stare
When I looked at her two lips


「陽が高くなり、彼女は目をつぶった、うだるような暑さになり、彼女のガウンに前にぽつぽつと汗のしみができ、それが彼女を溶かしてしまうのではないかと思うほどだった」

「ぼくなどいないかのように、彼女は髪をうしろにふり、ジューレップを一口すすった、(話を聞くために)唇を見るときに、ぼくは彼女のむき出しの肩を見つめないようにした」

f0147840_237444.jpgテキサス・ローン・スターのあるフロント・ポーチ

ファースト・ヴァースですでに43度、さらに陽が高くなったら、ポーチにもいられないだろうと思うのですが、まあ、20小節以上前のことですから、気にしない気にしない。ここで気にしなければいけないのは、「汗」と「溶ける」だけです。そろそろある気配がしはじめています。

後半では、ジューレップ(もちろん、ミント・ジューレップでしょう)という飲み物で、また南部の雰囲気を強調しています。いや、そんなことはどうでもいいというか、性的暗喩だとしても、ひどく迂遠なもので、直後に、もっと直接的なことがらが出てきます。でも、すでに日本語にしたし、だれにでもわかる状況ですから、贅言は弄さず、つぎに進みます。

f0147840_22571249.jpgあ、でも、せっかく検索したので、書いておきます。このジューレップのレシピのページの右側、ジューレップの写真につけられたコラムは、ちょっとニヤッとします。酒飲みの馬鹿話ですが。

もうひとつ、レイ・チャールズがOne Mint Julepという曲をやっていましたね。わたしはヴェンチャーズ盤で知りましたが。いま、HDDを検索すると、ほかにドゥエイン・エディー、ブッカー・T&ザ・MG's、クローヴァーズのヴァージョンがありました。うちにこれだけあるくらいだから、ほかにもかなりの数のヴァージョンがあるでしょう。

寄り道おしまい、セカンド・コーラスへ。

And when she looked at me
I heard her softly say
I know you're young
You don't know what to do or say
But stay with me until the sun has gone away
And I will chase the boy in you away

「彼女はぼくを見て静かにいった、あなたが若くてなにを言えばいいのか、なにをすればいいのか知らないのはよくわかっている、でも、日が沈むまでいっしょにいてくれれば、あなたのなかの子どもを追い払ってあげるわ」

女31歳、怖いものはないというか、ずいぶんはっきり言うものです。こうまでいわれたら、17歳としては、まな板の鯉、日が暮れるまで待つしかないでしょう。

◆ トリッキーなブリッジ ◆◆
以下のパートは、構成上、なんと名づければいいのかよくわからないのですが、ヴァースともコーラスともちがうメロディーなので、ブリッジとしておきます。

And then she smiled and we talked for a while
And we walked for a mile to the sea
We sat on the sand, and the boy took her hand
But I saw the sun rise as a man

「そういって彼女はほほえみ、ちょっとおしゃべりをしてから、1マイル歩いて海へ行った、砂に腰を下ろし、少年は彼女の手をとった、でもぼくは男として陽が昇るのを見た」

えー、ここではややトリッキーな表現が使われています。わたしの駄訳は、日本語として変だと感じられたでしょうが、それはわたしの表現が下手なだけでなく、ライターのトリックを反映しようとしたためでもあります。

ここまでは一人称だったのに、いきなり三人称的な「少年」boyが登場して、なんなんだ、と思いますが、これは、彼女が「追い払ってやる」と宣言したboy、つまり、語り手のなかの幼い子どもの部分です。子どもっぽい気持ちで彼女の手をとった、と解釈しておけばよいだろうと思います(例によって、背中からのひと突き、大歓迎です)。

そして、つぎのラインで、「男」manとして太陽が昇るのを見た、わけですが、陽はすでに十分に高く昇っているはずですよね。1マイル歩いたのだから(43度のなかを歩いたら、ふつう、死ぬだろうとは思いますが、それはさておき)、どちらかというと、そろそろ日が暮れかかる時刻でしょう。だから、これはじっさいの太陽のことではないと解釈するのが妥当だと思います。男として目覚める、といったあたりでしょう。

そんなあいまいなことではなく、もっと肉体的な方向に想像をふくらませた方もいらっしゃるでしょう。正解、と思います。「そのこと」を、歌として可能な(エアプレイを考慮しての)ぎりぎりの表現をしたラインだと考えます。じっさい、ここでサウンドはドーンと盛り上がります。ティンパニーがクレシェンドで入ってきちゃいますからねえ、どんなにおくての人でも、ああ、そういうことか、とわかる仕掛けになっているのです。

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このあとは、昔の映画によくあったような、キスしながらベッドに倒れていくところまでを見せて、画面溶暗という感じで、ストリングスの間奏に突入します。想像しなさい、ということです。

間奏のあとにまたヴァースがあり、あれは十年前のことだった、いまでも彼女の指の感触が残っている、といったような回想の言葉が加えられています。ひょっとしたら、Honeyのように、もっとずっと長い歌を縮めたのかもしれない、という気がしてきます。後日談があるのではないでしょうか。たぶん、悲劇的な。

かくして、ファースト・ヴァースにもどり、それは六月最後の暑い日だった、とくりかえし、フェイドアウトします。

ちょいと恥ずかしいので、歌詞の内容にパーソナル・コメントはあまり加えませんでしたが、見りゃわかる、というヤツで、よけいなことはいう必要がないでしょう。それがいいことかどうかはべつとして、70年代に入ると、歌詞が描き出す世界は多様化し、よりリアリティーのある人物像を形づくるようになっていった、ということは、この歌詞からもうかがえるでしょう。

◆ 43度にはほど遠く ◆◆
サウンドの検討をしなければいけないのですが、盤がどこかに消えてしまい、データを確認することができないので、プロデューサー、アレンジャー、エンジニア、スタジオなどはわかりません(ご存知の方、どうぞご教示を)。よって、耳から聴いたことと、記憶に頼ったエピソードでお茶を濁します。

ヒット当時にも思ったのですが、呪文のように繰り返されるピアノ・リックが印象的です。F#-B-A-C#-B-E-D#(すみまません、半角記号の都合で、フラットにしたほうがいいところもシャープにしました)という、ジグザグに上昇する音階をストレートに16分で弾いているだけなのですが、なかなか効果的で、なにかが起こりそうな予感をさせる音です。

73年ですから、もうひどい録音というのもめったになくなった時期で、この曲のサウンドもけっこうなスケール感がありますし、アコースティック12弦のコードもいい音で鳴っています。華氏110度などというホットな音ではなく、ミント・ジューレップのようにさわやかなサウンドで、夏向きの音です。

でも、ビルボードでピークに達したのは11月のことです。以前にも書きましたが、こういう風に、歌詞がいっている季節と、リリースおよびヒットの時期がズレるのはままあることです。

◆ 外からは見えない録音環境の問題 ◆◆
ボビー・ゴールズボロの録音については、こんなエピソードを覚えています(資料を確認せずに、記憶で書きます。あしからず)。

はじめのうち、彼はニューヨークで録音していました。ある曲の録音で、「さる高名なジャズ・ギタリスト」に向かって、ここのところは、そうではなく、こんな感じで弾いてくれないだろうか、と注文をつけたら、「そんなにギターのことがよくわかっているなら、自分で弾け」と拒否されたのだとか。

これでNYに嫌気がさし、ゴールズボロはナッシュヴィルで録音するようになったのだそうです。外からはわからないこういうスタジオの空気というのが、60年代なかばに、ニューヨークが音楽都市として大きな地盤沈下を起こした最大の原因だろうと考えています。素人がスタジオを闊歩する時代に対応できなくなったのです。

となれば、Tシャツとジーンズでスタジオに来る連中、レッキング・クルーの出番となるわけですが、彼らがいかにイージーでフレンドリーだったかは、またべつの機会に書くことにします。

◆ レモン絞りの歌、コーヒー挽きの歌 ◆◆
最後に、ちょっとだけ無駄話。nk24mdwstさんがコメントで、映画の倫理規定にふれていらっしゃいますが、たしかに、映画界もポピュラー音楽界も非常に幼稚だったと思います。nk24mdwstさんの専門分野のほう、といってもFZではなく、ブルースのほうですが、あちらの世界では、戦前からかなりすごい歌詞がいっぱいあったわけで、メディアにのるときに、そういうものはみな「殺菌消毒」されてしまったのです。メディアというのはそういう性質をもっているからです。落語だって、バレ噺というのがたくさんありますが、お座敷でしか聴けなかったりするわけですよね。たまに寄席でもシモがかったことをいう人はいますが、それがメディアにのることはめったにありません。

たまたま、ルーツ・ミュージックを扱っている海外のブログで、そういう、メディアにはのらない戦前のブルースばかりを集めた盤があることを知りました。タイトルを見ただけで、これはちょっと、と思うようなものが並んでいます。日本の祭りや踊りなどにもしばしばそういうものがありますが、メディアが発達する以前は、むしろおおらかにやっていたわけで、70年代の変化というのは、新しいことではなかっただけでなく、なんだか生ぬるいものだったような気がしてきます。

出るぞ、出るぞ、と騒いでしまいましたが、この曲なんか、むしろ青春ものの範疇で、ほんとうの大人の世界は、Let Me Squeeze Your Lemonとか、Ain't Got Nobody to Grind My Coffeeとか、Banana in Your Fruitbasketなんてタイトルだったりするのです。
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by songsf4s | 2007-07-31 23:36 | 六月をテーマにした歌
Summer (The First Time) by Bobby Goldsboro その1
タイトル
Summer (The First Time)
アーティスト
Bobby Goldsboro
ライター
Bobby Goldsboro
収録アルバム
Summer (The First Time)
リリース年
1973年
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◆ 1970年代前半という時代 ◆◆
ボビー・ゴールズボロといえば、なにはさておきHoneyでしょう。あれも話の長い曲でしたが、本日とりあげるSummer (The First Time)もかなり長い歌詞です。話の長いのはお互い様で、文句をつける筋合いではないのですが、歌詞がなくても話が長くなるのに、長い歌詞が相手では、どうなることかと、われながら先が思いやられます。

このブログを少年少女が読んでいるとは思えないのですが、万一ということもあるので申し上げておきます。今回は「大人の歌詞」です。露骨ではありませんが、強く暗示する歌詞になっていますので、わたしもその点にふれざるをえません。未成年の方は、ここでこのページを閉じるようにお願いします。成人の方でも、そういう内容の歌詞を好まない方もいらっしゃるでしょうから、同様に、ここで切り上げるようにおすすめします。

さて、タイトルは「夏(はじめての時)」とありますが、これはそのまま受け取ってくださってけっこうです。「そういう」歌です。70年代に入ると、その種の歌詞をちらほらと聴くようになりましたが(たとえばアル・クーパーのThe First Time Around)、この曲もそういう時代の流れのなかで生まれたものです。

ビリー・ポールの不倫の歌Me and Mrs. Jones(三角関係の歌というのは60年代にも山ほどありましたが、"We've got a thing goin' on"といった細部に、三角関係などという間接的なことではなく、「情事」の生なムードが表現されていました)のナンバーワン・ヒットも、そういう時代だから生まれたものでしょう。テリー・ジャックスのチャート・トッパーSeasons in the Sunも、死の床についた男が妻とその愛人(男の親友)に語りかけるという、なるほど、フランスもの(ジャック・ブレル作)のカヴァーらしいや、と思わせる歌詞でした。

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その背景のひとつは、ウーマン・リブ、つまり、フェミニズム運動の高まりでしょう。当時「女の自立」ということがいわれていましたが、それは小説や映画などのフィクションだけではなく、音楽にも影響をあたえました。直接的には、たとえば、ヘレン・レディーのI Am Womanようなものが生まれたわけですが(この曲にかわってトップに立ったのがMe and Mrs. Jones)、間接的な影響も大きかったと思います。男の側から女性を描くのであっても、主体性のある相手と対峙するような形にしたり、強い自我をもつ存在として描く必要が生じ、60年代のような、外見だけの人形みたいな存在に恋する男の歌はつくりにくくなりました。

ジョニ・ミッチェルのHelp Meは、フェミニズムを訴えているわけではありませんが、「おたがい、こうして愛し合っているのは好きけれど、自由と交換するほどじゃないものね」(We love our lovin' but not like our freedom)という調子で、ramblin' and gamblin' and sweet-talking lady's manと表現される、女たらしの遊び人と対等に渡り合うわけで、男にもたれかからない(同時に、男にもたれかからせない)女性像が当たり前のように歌のなかに登場するようになったのが、70年代前半という時代でした。

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どうせ長話になったし、ついでだから、もうひとつふれます。フェミニズムと表裏一体のものとして、ゲイの自由を叫ぶ声も高まっていきました。『スケアクロウ』『狼たちの午後』といったアル・パチーノの70年代前半の映画はそういう文脈にありました(そして『クルージング』へとつながるのですが)。

音楽では、さすがにそういうものはすくないのですが、最後まで聴くと、なんだ、一杯食わされた、となってしまうものの、途中まではゲイの歌かと思わせる、ジム・スタフォードのMy Girl Billという曲がありました(ヴィレッジ・ピープルのY.M.C.A.は79年のヒット。ラジオではじめて聴いたとき、ベッドから転げ落ちました)。たとえジョークであっても、60年代なら、こういう曲はヒットしなかったでしょう。

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ザ・レジェンズ 左からジム・スタフォード、ケント・ラヴォア(のちのロボ)、ひとりおいてグラム・パーソンズ。まさしく伝説のバンド。

時代が変われば、歌にもそれが反映されるという、当然のことにすぎないのですが、とにかく、そういう時代になったのだということをご承知をおきください。

◆ 長く暑い導入部 ◆◆
それでは、長い歌詞を見ていきます。はしょりにくいので、斜め読みで対処なさってください。まずはファーストおよびセカンド・ヴァース。

It was a hot afternoon
Last day of June
And the sun was a demon
The clouds were afraid
One-ten in the shade
And the pavement was steaming

I told Billy-Ray
In his red Chevrolet
I needed time for some thinking
I was just walking by
When I looked in her eye
And I swore it was winking

「6月最後の日の暑い午後だった、太陽は悪魔のようで、日陰で43度という気温に人々はおそれをなし、舗道からは陽炎が立ちのぼっていた」というのがファースト・ヴァースです。43度はないだろうといいたくなりますが、深南部の話なんでしょうね。

それにしても、そんな気温になったら、うちで横になっているしかないでしょう、ふつうは。でも、だれでも正気ではなくなり、ふだんならしないことをする、という意味で、この尋常でない設定は、その後の出来事を正当化するのに役立っています。

And the sun was a demon「太陽は悪魔だった」というラインは、「悪魔のようだ」などとしていないところがけっこうだと思います。暑さが伝わってきます。

「ビリー=レイの真っ赤なシヴォレーに乗っているとき、ぼくは“ちょっと(ひとりになって)考えたいんだ”といった。(車から降りてその後)何気なく歩いていて、彼女と目が合った。誓っていうけれど、あれはウィンクだった」

以上、むやみに補足説明を入れなければならないほど、セカンド・ヴァースの展開はめまぐるしくなっています。導入部をさっさと終わりにしたかったのだと想像します。

ビリー=レイのように、ハイフンでつないだファースト・ネームというのは、南部に多いのだということをなにかで読んだ記憶があります。南部の話だということをはっきりさせる意図で使われたものでしょう。

ヒロインに出会うまでにずいぶん手間取りましたが、とにかくヴァースのうちに会えて幸いでした!

◆ 危ない年齢どうし ◆◆
つぎはブリッジ。起承転結の「承」です。

She was 31 and I was 17
I knew nothing about love
She knew everything
And I sat down beside her on the front porch swing
And wondered what the coming night would bring

「彼女は31歳、ぼくは17歳、ぼくは愛のことなどなにも知らず、彼女は知り尽くしていた、フロント・ポーチのぶらんこの彼女のとなりに坐り、ぼくは、夜になったらなにが起きるのだろうと思った」

この年齢の組み合わせは危険だなあと、かつて17歳だったことがあるわたしは思います。かつて31歳だったこともありますが、女だったことはないので、そのへんはよくわからないものの、想像するに、女の31歳もちょっと危ない年齢なのじゃないでしょうか。いや、ホントにたんなる想像で、そう考えてしかるべき過去がわたしにあるわけじゃありませんよ。

フロント・ポーチというところにもちらっと南部を感じますが、そこにブランコがあるというところで、いよいよ南部の色彩が強まるように感じます。映画で見ただけですが。

長くなったので、今夜はこのへんにして、またしても分割させていただきます。気をもたせるようですが、R指定になるようなラインには今回はたどり着けませんでした。6月30日の歌なので、ひと月遅れになってしまいましたが(先月の月末はペトゥラ・クラークの6月31日があったもので)、明日中になんとかします。
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by songsf4s | 2007-07-30 23:33 | 六月をテーマにした歌
Theme from A Summer Place by the Lettermen
タイトル
Theme from A Summer Place
アーティスト
The Lettermen
ライター
Max Steiner, Mack Discant(歌詞追加)
収録アルバム
The Hit Sounds of The Lettermen
リリース年
1965年
他のヴァージョン
The Ventures, The Tornados, Percy Faith and His Orchestra
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◆ あまーい秘密 ◆◆
だれが考えたのか知りませんが、あれほどの大ヒット曲をインストのまま放っておくのは資源の浪費であるという、ひどくまっとうなビジネス・センスを働かせた人がいて、パーシー・フェイスのヒット曲は5年後の夏、こんどは歌ものとして再ヒットすることになりました。

わたしはコーラス・グループを大の苦手としているので、レターメンのパフォーマンス自体にはまったくなんの意見ももっていません。右の耳から左の耳へと、なんの痕跡も残さず、きれいに通り抜けていきます。こういうものはバック・トラックを聴くために買っているにすぎないのです。バック・トラックについてはあとで見ることにして、まずは泥縄でつくられた歌詞を見てみます。

There's a summer place
Where it may rain or storm
Yet I'm safe and warm
For within that summer place
Your arms reach out to me
And my heart is free from all care
For it knows

Summer placeを「避暑地」と訳してよいかどうかは微妙なところで、夏のヴァケーションでいく場所、という意味にすぎないでしょう。暑いところにいく人だっていますよね。とはいえ、「夏の場所」では相撲かと思ってしまうので、ここでは「サマー・プレイス」を使うことにします。

f0147840_21165948.jpgで、そのサマー・プレイスは、雨が降ったり、ときには嵐になったりすることもあるけれど、そこにいるかぎり、つねに暖かかくて安心である、なぜならば、いつもきみがすぐそばにいるから、ぼくの心はなにものにもわずらわされない、とまあそんな感じで、ここまでは映画の中身ととりたてて矛盾するところはないように思われます。

最後のFor it knowsはなんだって? For it knowsぐらい、まけときねえ、といっては、「千早振る」のサゲになって、この記事は終わってしまいますが、なんだかよけいだなあ、シラブル合わせじゃないの、なんて思います。itは当然heartのことでしょうが、knowのあとに目的語がないので、「心は知っている」ってなんだよ、ただ自分で納得して、前の行を肯定しただけじゃん、てなもんです。なにか見落としているのかもしれないので、背後からの致命的なひと突き、大歓迎です。

コーラスでは、「愛に祝福された者の眼には陰鬱な空などありえない」という、しらふの人間にはつきあいきれないようなことが語られ、つぎで、わたしにとっては意外な展開になります。

And the sweet secret of a summer place
Is that it's anywhere
When two people share
All their hopes
All their dreams
All their love

サマー・プレイスの甘い秘密は、二人の男女が希望を、夢を、そして愛を分かちあいさえすれば、そこがどこであろうとサマー・プレイスになるということなのだ、とくるわけです。そんな脳天気な映画じゃなかったぞ、と怒るのは、AIP風ビーチ・ムーヴィーを期待して、みごとにうっちゃりを食ったわたしだけだから、歌としてはこれでいいのでしょう。こういうグループというのは、クラブやホテルが稼ぎ場ですから、そういう客に受ける曲じゃないとぐあいが悪いんですよね。あまーいラヴ・ソングがじゃなければいけないのです。

◆ いつものメンバー ◆◆
レターメンはハリウッドで録音しているので、この曲もおなじみさんばかりがプレイしているはずです。ドラムはブラシなので判断できませんが、まあ、この時期ならハル・ブレインと考えておけば安全です。フェンダー・ベースはキャロル・ケイです。キャロル・ケイのオフィシャル・サイトのディスコグラフィーにちゃんとリストアップされています。プロデューサーは、かの「チッキン・サックスマン」スティーヴ・ダグラスですから、ほかのメンバーもハリウッドのエースたちにちがいありません。

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こういうことがあるのは重々承知しているので、たとえレターメンにまったく興味がなくても、いちおう押さえておかねばならないわけで、プレイヤー研究というのは、アーティストの好き嫌いはいえないつらい作業なのだということは、よくおわかりいただけるでしょう。

この曲のトラックの出来は、可もなし不可もなし、というあたりです。ハリウッドのコーラス・グループはおおむね大編成のトラックをつけることになっているので、スケール感だけはあります。しかし、ヴォーカルの邪魔にならないようにという配慮なのでしょう、フレンチ・ホルンが入っていないのがちょっと残念です。

◆ ヴェンチャーズ盤 ◆◆
ヴェンチャーズのヴァージョンは、アルバムHawaii 5-Oに収録されているものです。コンボ編成で、弦のかわりにオルガンというのがちょっといただけません。

f0147840_21191264.jpgこのアルバムのタイトル・トラック自体は、トミー・テデスコがリードを弾いたことが彼の自伝からわかっています。でも、だれとかいう知らないプレイヤー(ツアー用ヴェンチャーズとも無関係な、この曲以外では見たことのない名前の人で、例によって忘れちゃいました)が、譜面を読めなかったために、オーケストラがスタンバイしているのに、ギタリストがプレイできないという緊急事態となり、トミーのところにSOSの電話がいっただけなのだそうです。

こういう場合、残りの曲もトミー・テデスコが引き継ぐかどうかは微妙で、避暑地の出来事のテーマについては、彼のプレイであると断じるに足るような特徴はありません。たぶん、べつのプレイヤーだろうと感じます。

また、タイトル・トラックではキャロル・ケイがフェンダー・ベースを弾いたこと、ジョン・グェランがドラムを叩いたこともわかっています。しかし、避暑地の出来事に関してはキャロル・ケイのグルーヴは感じられません。ドラムも、グェランかどうかはさておき、つまらないプレイです。はっきりいって、聴かなくてよいトラックでしょう。

◆ ジョー・ミークのトーネイドーズ盤 ◆◆
もうひとつ、わが家にはトーネイドーズ盤もあります。ヴェンチャーズに近いロック・コンボですが、さすがはジョー・ミーク、ヴェンチャーズ(のアレンジャーとプロデューサー)のように、ストリングスのパートをオルガンで置き換えるなどという手抜きはしていません。縮小再生産の方向ははじめからとらず、べつのサウンドを目指して、ちゃんと成功しています。

f0147840_21203361.jpgジョー・ミークのサウンドでもっともよく知られているのは、トーネイドーズのビルボード・チャート・トッパー、Telstarでしょう。日本ではヴェンチャーズ盤が知られていますが、プレイではなく、サウンドの質からいうと、本家のほうがずっとすごい出来です。サウンド・イフェクトなんていうものが、あれほど楽しめる盤はほかにないのではないでしょうか。それほど、イントロとアウトロのSEは強い印象を残します。ジョー・ミークとしては、じつは曲なんかどうでもよくて、SEを聴かせたくて、あんな盤をつくったのではないかとすら思います。

ミークは音の手ざわりに徹底的にこだわる人で、それはたとえば、ハニーカムズのHave I the Rightのような歌ものより、インストゥルメンタルのほうにハッキリ出るのは理の当然で、トーネイドーズの盤というのは、そういう音のテクスチャーの大カタログの様相を呈しています。

避暑地の出来事のテーマにしてもそれは同じ、いや、それどころか、なんとも気持ちのよい音で、ミークのものとしてもいいほうではないでしょうか。不思議なリヴァーブとトレモロのかかったギターの音が気持ちいいのはもちろん、どうやってつくったのかさっぱりわからない、これまた不思議な音のピアノがまた素晴らしい響きです。

◆ そして珊瑚礁の彼方のジャングルへ ◆◆
SE好きなミークは、この曲でも、オープニングとエンディングに鳥の啼き声のSEを配しています。このSE自体は、ライブラリー音源みたいなチープなもので、出来がどうこうなどというものではないのですが、ほかのSEではなく、鳥の啼き声だということから、ある連想が生まれます。エキゾティカです。

エキゾティカの代表的アーティストであるマーティン・デニーの第一印象は、わたしの場合、鳥の啼き声でした。驚いたことに、メンバーが声色でやっているのだそうですが、あれは抵抗できない魅力があります。ミークの鳥の啼き声はそういうすごいものではないのですが、エキゾティカを意識していたから、そこらのライブラリーから鳥の啼き声をコピーしたのではないか、と想像したくなります。

f0147840_212541.jpg小学校のときに、ふとした気の迷いで買ってしまった、アトランティックスというオーストラリアのサーフ・インスト・グループのBomboraというシングルがあります。このB面にAdventures in Paradiseという曲が入っていたのですが、これが鳥の啼き声のSEまで入った完璧なエキゾティカだったことに、マーティン・デニーを聴いてから気づきました。

ミークの避暑地の出来事のテーマは、アトランティックスのAdventures in Paradiseに近い手ざわりがあります(いや、ミーク・ファンの諸兄は、オーストラリアの下手くそなバンドなんかと同日に論じるな、とご立腹かもしれませんが)。これに近い感触のものとしては、鳥の啼き声は使っていないものの、エキゾティック・ギターズと50ギターズがあります。どちらもハリウッド産です。ここでわたしは混迷に陥ってしまいます。以下は支離滅裂の世迷い言なので、読まないほうがいいと思います。

ハリウッドの60年代を考えるとき、その源流として、まず第一に映画音楽とウェストコースト・ジャズを考えなければなりません。つぎに、アール・パーマーに代表される南部出身者が持ち込んだ、ニューオーリンズ・フィールがあります。わたしはかつて、この三つから60年代音楽史を組み立てようと試みたことがあります。

しかし、ハリウッドで生み出された厖大なラウンジ、エキゾティカを目の前にすると、これを無視して60年代史を組み立てられるはずがない、という気がしてきます。ラウンジ、エキゾティカは、ウェストコースト・ジャズのすぐとなりにあるのです。そして、エキゾティカが本質的にphoneyだったことは、ハリウッド映画が本質的にphoneyだったことに通底しています。さらにいうなら、60年代ハリウッド音楽もまた本質的にphoneyである、という地点にまで踏み込むことも十分に可能なのです。

かくして、エキゾティカのジャングル探検へと出発すべき条件は整ってしまったのですが……。なんだって、レターメンからこんなに遠くまできてしまったのか。道に迷った気分です。

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by songsf4s | 2007-07-29 21:45 | 夏の歌
The Theme from A Summer Place by Percy Faith and His Orchestra
タイトル
The Theme from A Summer Place
アーティスト
Percy Faith and His Orchestra
ライター
Max Steiner
収録アルバム
Billboard Top Movie Hits 1960
リリース年
1960年
他のヴァージョン
The Lettermen, The Ventures, The Tornados
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年をとってくると、いわゆるラウンジ、モンド、エキゾティカといった妙なジャンル、大昔の日本では「ムード音楽」といわれていたものが、妙に、ほんとうに気色が悪いほど妙に、楽しく聴けるようになってきて、われながら驚きます。大人になって、わさび漬けを食べるようになったとき以来の驚きです。

いや、そのいっぽうで、やっぱりグレイトフル・デッドも聴いていたりするのですが、こうなってくるとおかしなもので、デッドもラウンジ・ミュージックの一種のような気がしてきたりします。なんだか、倒錯的気分ですが。

中学生ごろのピュアリスト気質はどこへやら、とんでもないモンスター雑食動物に化けるというのは、わたしぐらいの年齢のハードコアな音楽ファンには案外多いのではないかと思います。

◆ 人生、一寸先は闇 ◆◆
さて、パーシー・フェイスです。十代のころは徹底的に馬鹿にしていたあの人です。わたしは「喫茶店音楽」などと呼んでいましたが、のちにミューザックとかエレヴェーター・ミュージック(エレヴェーターのなかで流れるBGMという意味)などという言葉で呼ばれるようになった音楽がありますが、そういう言葉から連想するのは、わたしの場合、なんといってもパーシー・フェイスでした。

それくらいに、この「避暑地の出来事のテーマ」(という邦題だと思いこんでいたのですが、それは映画の邦題に引きずられた大誤解で、調べてみたら、呆れ果てたことに「夏の日の恋」というのだそうです。いやはや、なんともまあ、絶句するのみ)は、徹底的に「消費」され尽くした曲だったのです。

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しかし、なにごとであれ、つねに「ドンデン」がくる可能性をはらんでいるもので、ほかの曲が目的で買ったオムニバスに入っていたこの曲を聴き、大人になったわたしはひっくり返りました。

これだけ隅々まできちんとつくってあれば、大ヒットして当然です。素晴らしいアレンジ、素晴らしいプレイ、素晴らしいスケール感、素晴らしい録音で、レコード・プロダクションというのは、このようにやらなければいけないというお手本です。ロック時代の雑駁下品な音作りなんか、足元にも及びません。世界は原初のときが最高で、それからずっと長い下り坂がつづいているのだという大昔の世界観に同意したくなるほどです。

食べ物の嗜好がどんどん変わっていくのはつねに自覚していましたが、音楽の好みもやはり大ドンデンを起こすときがあるのですねえ。中学のときに、おまえは将来、パーシー・フェイスを絶賛するようになるのだ、とわたしに話しかけるメフィストがいたら、おととい来やがれ、たとえ太陽が西から昇る日が来ても、オレがパーシー・フェイスを聴く日など断じて来ない、と笑い飛ばしたでしょう。

なにごとも思いこみはいけません。人生、一寸先は闇、板子一枚下は地獄、角を曲がったとたん、パーシー・フェイスを聴いている、という人生の一大意外事、世界観の大逆転に邂逅することだってあるのです。だとするなら、太陽が西から昇る日だって、いつかは来るかもしれません。

◆ フレンチ・ホルン天国 ◆◆
細かく、セクターごとにアレンジを検討したくなるのですが、そんなことをやっている暇はないし、そんなものを読むお暇な方はいらっしゃらないでしょうから、思い切りはしょってみます。

・イントロは、ピアノの3連だけなら尋常だが、フルートの3連を重ねた(しかも左右両チャンネルで!)発想が素晴らしい。

・ヴァースで登場するリズムギターとブラシは、シンプルで地味だが、うまさのにじみ出るプレイ。フレンチ・ホルンのカウンター・メロディーもたいへんけっこう。

・ブリッジ(出てくるところが早すぎるが、二度と出てこないので、コーラスではなくブリッジと呼んでおく)では、ホルンはメロディーに転ずるが、このやや異例のアレンジが素晴らしい。

・後半の半音転調はおきまりではあるが(いや、この曲あたりが、おきまりになるそもそもの起源なのかもしれない)、ドラムに思い切ったアクセントをつけさせたことで、非常に効果的になっている。

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新宿厚生年金ホールで指揮を執るパーシー・フェイス。ドラム・ストゥールに坐るのはアール・パーマー。

大急ぎでいうと、だいたいこんなところです。なによりも強く印象に残るのは、フレンチ・ホルンの使い方がみごとだということです。わたしはこの楽器の音色が大好きなので、フレンチ・ホルンを効果的に使ったものは、それだけで気に入ってしまうのですが、これほどまでに全編で活躍するアレンジは、ポップ・フィールドではそうたくさんはありません。ストリングスはシンプルなのに対し、フレンチ・ホルンのアレンジはかなり複雑で、人数も多く、フレンチ・ホルン・ファン(なんて、わたしだけかもしれませんが)にとっては楽園のような曲です。

いや、話は逆かもしれません。自分の金で盤を買うようになる小学校4年のときよりずっと前にヒットし、その後もメディアや喫茶店で使われつづけた曲ですから、わたしのフレンチ・ホルン好きは、この曲に端を発したものである可能性のほうが高いでしょう。サブリミナル広告のように、このパーシー・フェイスのアレンジがわたしの意識下に忍びこんだにちがいありません。

◆ サウンドトラック ◆◆
他のヴァージョンの検討は、次回「レターメン」篇以降にさせていただくことにし、いくつか付随的なことがらにふれておきます。

パーシー・フェイス盤がサントラなのかと思っていましたが、オリジナル・スコアを書いたマックス・スタイナー指揮によるサントラがちゃんとべつに存在することを知りました。

映画のほうは小さいころに一回、十数年前にテレビでもう一回と、二度しか見たことがありません。小さいころに見たときはなんのことかわかっていなくて、まったくなにも覚えていませんでしたが、テレビで見直して、あれ、こんな暗い映画だったのかよと驚きました。

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トロイ・ドナヒューというと、「サーフサイド6」だったか、テレビドラマでおなじみでしたし、AIPのものではないかもしれませんが、類似のビーチ・ムーヴィーによく出ていたので、テレビ放映のときは、そういう映画を思い描いて見ました。とーんでもない大誤解。シリアスな映画なのでビックリしました。というより、ガッカリしました。脳天気な映画を見たい気分のときに、あれはないですわ。

ただ、スコアは面白いと感じました。あのメロディーは、じっさいにはテーマではないのですが、少しずつ色合いを変えて何度も登場します。

◆ アール・パーマーとパーシー・フェイス ◆◆
キャロル・ケイさんとメールのやりとりをしているときに、今日、アール(・パーマー)に会ったので、近ごろはこれこれこういう日本のファンとメールのやりとりをしていると話したら、「俺は何度も日本に行っている、そいつは俺のプレイを見たことがないのか」というので、彼はロック・ファンで、ジャズ・コンボやオーケストラは聴かないから、知らなかったのだろうといっておいた、といわれて、おおいに赤面したことがあります。

調べたら(って、わたしが調べたのではなく、右のリンクからいける、「You Tubeを聴く」のO隊長が調べたのですが)、ちゃんと来ていただけでなく、ライヴ盤まで残していたのでした。それがこれです。

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調べただけではなく、O隊長は中古盤屋で購入するときに、よぶんに一枚買い、わたしにプレゼントしてくれたのです。なんと、4チャンネル盤です。残念ながら、うちでは4チャンネル盤を再生できない(いや、もちろん、2チャンネルとしては再生できます。そういうフォーマットなのです)のですが、ちゃんと裏ジャケにアール・パーマーがストゥールに坐っている写真までついていました。

アールはかつてのスタジオ・エースですから、どうやら、パーシー・フェイスのさまざまな盤でプレイしているようですが、そのへんはこれからの研究課題のひとつで、まだ発見できていません。

そういうことはアール・パーマーにかぎったことではなく、ポップ/ロック・フィールドで活躍したスタジオ・エースの多くが、いわゆるラウンジ・ミュージックの分野でもたくさんプレイしています。近ごろはそちらを漁っているので、いずれ、なにか面白い曲をご紹介できるかもしれません。

◆ ライヴ映像 ◆◆
これもO隊長に教えていただいたのですが、以下のような映像があります。ちょっとしたプレイで、感銘を受けました。

The Theme from A Summer Place

O隊長は、最前列のヴァイオリンのなかにFelix Slatkinがいるのではないかとおっしゃっていますが、わたしもそのような気がします。シナトラのコンサート・マスターだった人で、夫人のエリナー・スラトキンはチェリスト、息子のなんとかスラトキン(すみません、クラシックに興味がないので、何度読んでも右の眼から左の眼へと、するっと文字が抜けていってしまうのです)は指揮者だそうです。

O隊長によれば、クラシック界での評価は不当なほど薄い人だそうですが、そんなことより、シナトラのコンサート・マスターを永年つとめたという「評価」のほうが、はるかに、ずーっとはるかに重要なことです。フランク・シナトラはアメリカ史の重要な一部です。これからも研究が重ねられ、スラトキン夫妻の業績も語られつづけるでしょう。

あ、でも、わたしとしては、スラトキン自身の名義でリリースされたI Get a Kick Out of Youのすんげえアレンジのほうが、じつは忘れがたく思っています。シナトラが、あの一時代を築いた彼独特のシンコペーションで、♪I...gettakick...outtayouと歌うところを、ティンパニーでやっちゃうのです。いやもう、ひっくり返りますぜ、おのおのがた。
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by songsf4s | 2007-07-28 23:48 | 夏の歌
Summer In El Barrio by Felix Cavaliere
タイトル
Summer In El Barrio
アーティスト
Felix Cavaliere
ライター
Felix Cavaliere, Carman Moore
収録アルバム
Felix Cavaliere
リリース年
1974年
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◆ 本題に入る前の(やや面倒な)手続き ◆◆
きついものがつづいたので、楽なものはないかとHDDを漁り、取りいだしましたるはFelix Cavaliereのソロ・デビュー盤に収録された曲であります。Felix Cavaliereはおおむねフェリックス・キャヴァリエと書くようですが、この表記には強い抵抗があり、かといって妥当と思われる表記をすると、こんどは強い抵抗を受けそうなので、原綴にさせていただきます。

Felix Cavaliereといってもご存知ない方のほうが多いでしょうが、かの(ヤング・)ラスカルズの中心メンバーです、といってもご存知ない方が多いかもしれませんが、何度もCMに使われているGroovin'のライターであり、オリジナル・パフォーマーであります。といってもご存知ない方は――ま、それくらいの知名度なのです。

ラスカルズの曲は、日本ではGroovin'とPeople Got to Be Freeがそこそこヒットしたくらいですし、リリース当時よりむしろ近年のほうが、ラジオやテレビからGroovin'が流れてくることが多いと感じるほどで、日本ではまったくといっていいほどダメでした。しかし、アメリカでは、一時はティーン・マガジンの表紙登場頻度をモンキーズと争ったほどのトップ・アーティストでした。

いや、これではほめたことになっていないかもしれませんが、当時のハードコアなロックンロール・キッドは、モンキーズは「芸能人」と思っていたのに対し、ラスカルズはりっぱなミュージシャンとみなし、アイドライズしたもので、わたしはラスカルズのドラマー、ディノ・ダネリのファンでしたし、匿名のベーシストのプレイに興奮したものです(のちにチャック・レイニーと判明した)。

しかし、People Got to Be Freeまでは飛ぶ鳥を落とす勢いだった彼らも、やがて内部分裂と時代の変化というダメージによって、わたしのようなLonely Too Long以来の古いファンでも、リリースされたことさえ知らなかったようなアルバムを残し、静かに消えていきました。わたしが買ったのはアトランティック時代のアルバムSeeまでで、CBS移籍後のアルバムなど知りもしませんでした。

◆ 南米にあらず、北米なり ◆◆
つぎにFelix Cavaliereの音を聴いたのは、ベアズヴィルから出たこのソロ・デビュー盤でした。主観的にはずいぶんブランクがあり、サウンドはラスカルズには似ても似つかぬ色合いになっていましたが、この人の最大の長所であるソングライティングは、Seeのときよりずっと持ち直していて、これほどつぶぞろいなのは、Freedom Suite以来といってよく、ひと夏のあいだずっと聴いていた記憶があります。

このアルバムは、1曲をのぞき、あとはすべてFelix Cavaliereとカーマン・ムーアという人の共作で、ここでとりあげるSummer in El Barrioもそうです。全体にラテン色というか、サルサ色というか、そういう色合いの濃いアルバムですが、この曲は管の扱いなどに、とりわけそちらへの傾斜が強く出ています。

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サウンドから、エル・バリオというのは南米のどこかの土地と思っていましたが、調べてみると、ニューヨークのハーレムの一区画なのだそうです。サルサ・ブームの震源地に近いあたりでしょうか(その方面には興味を持ったことがないので、よく知りません)。ウェブで検索をかけたら、イースト・ハーレムのサイトなどというのにぶつかって、へえー、でした。

サルサかなにか知りませんが、どこのことを歌っているかがわかれば、歌詞が語っている光景をじつに簡単に思い浮かべることができます。

◆ 窃視症的片想い ◆◆
ファースト・ヴァースは以下のようになっています。

Summer in El Barrio
Suddenly the street becomes a sea of dreams
People makes the choreography
It's warm again and my love will come out and dance


夏になると、エル・バリオでは通りに「夢が満ちあふれ」(ちょっとなあ、と首をかしげますが)、人々は振り付けをする(=即興のダンスをする)、暖かくなったから、愛しい人も外に出て踊るだろう、といったようなことがファースト・ヴァースで歌われています。

こんな通り、

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が暗くなると、暑くて部屋にいられない人や、心落ち着かなくなった人々が出てきて、通りでおしゃべりをしたり、踊ったりするのでしょう。セカンド・ヴァースで「まるで回転木馬でも見ているみたいだ」といっているので、とんでもなくにぎやかなことがわかります。

人々が走りまわるあいだに「It's her sweet figure moving quietly that puts me under spell」というのだから、鶏群の一鶴のような彼女のすがたに、語り手はボウッとなっているようです。しかし、ということは、たぶん、自分の部屋か非常階段かなんかから彼女をじっと見ているのでしょう。恋人ではなく、顔見知り程度なのだということがわかります。

Dance under the moonlight
Sweet Rosita sweet, come on and dance


と、セカンド・コーラスでいっているので、ロジータという名前ぐらいは知っていることになります。最後までいっても、この語り手が彼女と接触することはなく、ただじっと見て、踊るんだ、踊ってくれ、ロジータと思念しているだけですから、ブライアン・デ・パーマ映画を思い浮かべ、ひとつまちがうと危ない世界だな、などとよけいなことを考えました。

Cause when you fall in love
You're in love with everyone
And any place your lover happens to be


だれかに恋をしていれば、だれもが好ましく思え、そして、恋人がそのときいる場所ならどこでも、みな好ましく思えるものだ、というのですから、語り手は完全に多幸症状態で、とりあえず深刻な犯罪に走るおそれはなさそうです。

でも、恋人がいるところならどこでも好ましく思える、ということは、逆にいうと、エル・バリオは、ロジータがいなければ好ましくない場所なのかもしれません。どんな住環境かは知りませんが、夜になると騒々しくて、アパートのなかは蒸し風呂、なんていう場所らしいので、ニューヨークにいったらぜひ立ち寄るべき場所などということはないのでしょう。

◆ トッド・ラングレンのスタイル ◆◆
このアルバムはトッド・ラングレンとFelix Cavaliereの共同プロデュースで、アルバムSomething/Anythingと、シングルI Saw the LightおよびHello, It's Me以来、トッドのファンになっていたわたしは、そういう面でも関心をもちました。

トッドのプロデューシング・スタイルは、簡単にいうと、彼の持ち味と、アーティストの持ち味の中間のどこかに、二者の力がベクトル合成されたなにものかをつくりだす、といったあたりです。グランド・ファンクのLocomotionは、どちらか片一方からは生まれなかった選曲であり、サウンドでしょう。

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Felix Cavaliereのこのソロ・デビュー盤にも同じことがいえます。トッドも、Felix Cavaliereも、どちらか単独では、こういうサウンドにはつくらなかったでしょうし、じっさい、両者とも、キャリア全体を通じて、こういう風味の音作りは、他のアルバムではやっていません。二人の指向性が合成されたところに、「サルサ風味のブルー・アイド・ソウル」とでもいうスタイルが形づくられたのだと思います。

残念ながら、Felix Cavaliereはこのあと、現在に至るまで、ぜひ聴きたいようなアルバムは一枚もつくっていません。ファンだからつきあっただけです。退屈なだけのDesitinyとか、マテリアルは合格点以上のものがそろっているけれど、サウンドはただただ不愉快なだけのCastle in the Airとか、衰えがめだつDreams in Motionとか、書いていても頭に血がのぼってくるものばかりですが、このデビュー盤だけは、好ましい出来で、いまも聴きつづけています。

出来のよいソロ・デビュー盤が売れなくて、バンド時代の勢いをソロ・キャリアに持ち込めなかった人など、掃いて捨てるほどいますが、ラスカルズ時代が素晴らしかっただけに、この盤が商業的に成功しなかったせいで、つぎつぎにダメなアルバムをつくるハメに陥ったような気がして、なんとも惜しいことだと思います。Castle in the Airなど、マテリアルだけを見ればラスカルズ時代に迫るほどの秀作そろいで、たんに録音の段階で信じられない大失敗(あのマヌケなシンドラムの音!)をしたにすぎないわけで、「なぜなんだ!」と叫びたくなります。

まあ、出来がよい、といえるアルバムが一枚残っただけでよしとしましょう。まるでダメなものしかつくれなかった人々の亡霊があふれている業界なのですから。
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by songsf4s | 2007-07-27 23:34 | 夏の歌
Beyond the Reef by the Ventures
タイトル
Beyond the Reef
アーティスト
The Ventures
ライター
Jack Pitman
収録アルバム
Another Smash!!!
リリース年
1961年
他のヴァージョン
The 50 Guitars, 山口淑子(李香蘭), Marty Robbins, Elvis Presley
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◆ 初期ヴェンチャーズ・セッション ◆◆
このBeyond the Reefは、1961年リリースのサード・アルバムに収録されました。デビューからこのあたりにいたる時期の「ヴェンチャーズ」セッションの主要メンバーは、以下のように考えるのが妥当でしょう。

・ビリー・ストレンジ:リード・ギター
・(場合によって、トミー・テデスコ:セカンド・ギター)
・キャロル・ケイ:リズム・ギター
・レイ・ポールマン:フェンダー・ベース
・ハル・ブレイン:ドラムズ

f0147840_22243195.jpgメル・テイラー(手前)とハル・ブレイン

もちろん、こんな簡単な話ではなく、時代が下るにつれて、ここにさまざまなプレイヤーたちがからんできます。からんでいないのは、ツアー用ヴェンチャーズだけ、といっていいくらいです(冗談ですよ、そんなに青筋立てないで)。とにかく、これがデビューから2ないし3年のあいだ、ヴェンチャーズの盤をつくった人たちです。メル・テイラー加入後は、ハル・ブレインのトラックは減少していきます。

ギタリストとしてはほかにグレン・キャンベル、ジェイムズ・バートン、デイヴィッド・ゲイツ(ベースも)、トミー・オールサップ(Country Classicsのみか)らの名前が、データやうわさ話に出てきています。

◆ シンプルな編成 ◆◆
アルバム全体を見ると、ヒット曲Lullaby of the Leaves(木の葉の子守唄)、日本のアマチュア・バンドが好んだBulldog、わたしの好きなLonely Heartをはじめ、みなギターは2本で、4ピースのバンドに、曲によってはストリングスやコーラスをかぶせるという構成です。この盤では、トミー・テデスコは弾いていないだろうと思います。

f0147840_22273839.jpgBeyond the Reefもこの4人による録音と考えられますが、リードとリズムのほかに、この曲だけは、スティール・ギターないしはふつうのギターのオブリガートが聞こえます。これが微妙で、確信をもてないので、突っ込み大歓迎ですが、スライド・バーを使ってふつうのギターを弾いた可能性も否定できません。ハーモニクスやミュートしたアルペジオが中心で、たまに音の尻尾がスライドすることがある程度にすぎず、ペダル・スティールやラップ・スティールでなければ不可能というプレイではないのです。いや、ペダル・スティールにはさわったこともないので、このへんはあまり自信がないのですが、わたしは、ビリー・ストレンジがオーヴァーダブしたのではないかと考えます。

どうであれ、ビリー・ストレンジはスロウな曲を非常に得意としているので、ここでもていねいなピッキングと、ゆったりした間合いのコード・プレイを聴かせてくれています。

◆ さてお待ちかね、50ギターズ登場 ◆◆
ヴェンチャーズというプロジェクトが大成功したせいか、60年代のハリウッドでは、同様のギター・インストゥルメンタル・プロジェクトが大量に簇生しました。雨後の竹の子のマット・グロッソ状態という感じで、このジャングルのごとき分野の研究だけで、一生を終えることもできるほどです。

サーフ・インストも、このマット・グロッソの一部といえますが、サーフ/ドラッグではないインストもたくさんあり、ワン・ショットのものもあれば、シリーズ化されたものもあります。長寿シリーズのチャンピオンがヴェンチャーズ――じゃなくて、エキゾティック・ギターズと50ギターズです。

f0147840_22305950.jpgアル・ケイシーがリードを弾いたエキゾティック・ギターズに関しては、右のリンクからいけるAdd More Music To Your Dayの看板番組である「レア・インスト」で(MP3つきで)全貌を知ることができますが、50ギターズは数枚しか聴いたことがなく、全体像は謎に包まれています。

でも、いいニュースがあります。Add More Musicでは、まもなく、かどうかはわかりませんが、いずれいつか、50ギターズを公開するそうです。Kセンセのていねいなマスタリングは、本家本元のビリー・ストレンジ・オフィシャル・ウェブ・サイトでも評判になったくらいで、インターナショナルな定評がありますから、じつに待ち遠しいかぎりです。

◆ 国境の南のそのまた西 ◆◆
50ギターズについてこれまでに知りえたことを並べると、これはトミー・“スナッフ”・ギャレットのプロジェクトで、初期にはローリンド・アルメイダがリードを弾いたが、途中からトミー・テデスコに交代し、大部分の盤はテデスコがリードを弾いたらしい、アール・パーマーがドラム・ストゥールに坐った盤もある、といった程度です。

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トミー・“スナッフ”・ギャレット(口ひげ)とトミー・テデスコ。ひょっとしたら50ギターズのセッションか?

プロジェクト名が示すとおり、多数のギタリストが動員されていますが、50本はいくらなんでもサバ読むなこのヤローで、十数本だろうと思います。最近はあまり見ないのですが、昔はよくマンドリン合奏というものがあって、多数のマンドリン・プレイヤーがユニゾンでプレイしていましたが、あれをギターに置き換えたようなものを想像していただければ……って、マンドリン合奏そのものが、もうわからないですよねえ。

ま、とにかく、多数のギター・プレイヤーがトレモロで、オブリガートやカウンターメロディー、ときにはメロディーそのものを弾いているわけです。多数のアコースティック・ギターがシングル・ノートで弾くと、サステインが短く聞こえ、ブツ切れの音になってしまうので、それを回避するために、マンドリン合奏と同じように、トレモロ・ピッキングをする、というのはギタリストならどなたにもご了解いただけると思います。

ここにパーカッション類やベース、ときにはドラムズを加えたものの上に、ガット・ギターのリードがのっかる、というのが基本パターンです。エレクトリックなギター・インストとはかけ離れたもので、マンドリン合奏のギター版というほうがはるかに近いでしょう。

したがって、初期は地味だったのですが、トミー・テデスコがリードになってからは、アレンジも複雑になり(Beyond the Reefが収録されたReturn to Paradiseのアレンジャーはアーニー・フリーマン。よくこんなふつうではない編成のアレンジができるものだと感心します)、装飾音が増え、トミーも派手なプレイを展開するので、ぐっと楽しくなります。テレキャスターだとちゃらんぽらんなプレイをするとき(ラウターズのLet's Go)がある人ですが、ガットをもたせると、マラカスをもった植木等のように人格が一変し、気合いの入ったプレイをします。

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トミー・テデスコとガット・ギター。右肩はレッド・スケルトンのサイン。「感謝をこめて」とある。

はじめて聴いたとき、サム・ペキンパーの『ワイルド・バンチ』を思いだしたぐらいで、50ギターズのどのアルバムも、なんとなく国境の南みたいな響きになっています。この曲は、それではちょっとぐあいが悪く、すこし経度を西にずらすために、オール・ゾーズ・エキゾティック・パーカッションズのみならず、スティール・ギターも加えられています。当たるも八卦当たらぬも八卦、印象だけにもとづく憶測を述べると、わたしはアヴァランシェーズのペダル・スティールを思いだしました。ウェイン・バーディックという人のプレイかもしれないと感じます。

なんにせよ、文句なしに楽しいサウンドで、同じアルバムに収録されたエキゾティカ・クラシックのQuiet Villageなんか、ドラムが活躍することもあって、おおいに盛り上がります。星の数ほどある各種Quiet Villageのなかでも三本指に入れてよい出来です。Beyond the Reefも、多人数のアンサンブルを好む方には、ヴェンチャーズより50ギターズのほうが面白いかもしれません。

◆ トミー・テデスコのセッション・ワーク ◆◆
トミー・テデスコのガットを聴いたことのない方には、以下の曲での彼のプレイをお聴きになるようにお奨めします。

Elvis Presley "Memories"
Gary Lewis and the Playboys "Sure Gonna Miss Her"
The Association "Rose Petals, Incense and a Kitten"
The 5th Dimension "Up, Up and Away"

トミー・テデスコは過去の仕事にあまり関心がないタイプのプレイヤーで、自伝でもそれほど多くは語っていません。しかし、ハル・ブレインの談話によると、エルヴィスのMemoriesにはいくぶんの思い入れがあるようです。

ある夜、トミーがハルのところに電話をかけてきて、「なあ、いま車でラジオをかけていたら、Memoriesが流れてきたんだ。オレそっくりのプレイでな、なんだか泣けてしかたなかった」というのだそうです。

ハルは「それはそうだろう、あれはおまえのプレイだ。俺たちはいっしょにエルヴィスのセッションをやったじゃないか」と答えたとか。これを読んでもらい泣きしそうになりました。Memoriesでのトミーは、泣きたくなるほど素晴らしいのです。
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by songsf4s | 2007-07-26 22:55 | 夏の歌
Beyond the Reef by Elvis Presley
タイトル
Beyond the Reef
アーティスト
Elvis Presley
ライター
Jack Pitman
収録アルバム
From Nashville to Memphis: The Essential 60's Masters
リリース年
1993年(録音は64年)
他のヴァージョン
山口淑子(李香蘭), Marty Robbins, The Ventures, The 50 Guitars
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◆ 暗礁の彼方に? ◆◆
エルヴィスの当ブログ初登場がこの曲なのは、ちょっとぐあいが悪いなあ、と感じています。このBeyond the Reefは録音時にはリリースされず、1980年のボックスElvis Aron Presleyではじめて日の目を見たそうです。いや、エルヴィスの場合、録音とリリースの時期が大きくズレているケースは、とくに60年代には多いので、そのことと内容は直接には関係がないのですが、この曲は出来がいいとはいいがたいのです。よって、エルヴィスのことはあとまわしにして、マーティー・ロビンズのときに棚上げした歌詞の検討をします。

山口淑子の「珊瑚礁の彼方に」では、この曲はヴァース/コーラス/ヴァース/コーラスという構成だと書きましたが、ヴァース/ヴァース/ブリッジ/ヴァースという構成と考えたほうがよさそうです。謹んで訂正いたします。もっとも、ブリッジなのかコーラスなのか判断しにくくて、また訂正するかもしれません。

とにかく、ファースト・ヴァースを見ます。クロスビー盤、ロビンズ盤、エルヴィス盤、みなすこしずつ歌詞が異なるのですが、ここではエルヴィス盤を使います。

Beyond the reef
Where the sea is dark and cold
My love has gone from me
And my dreams grow cold

すでにちょっとふれましたが、ここは「珊瑚礁の彼方の暗く冷たい海の土地へと 愛しい人は去り、わたしの夢も冷たくなっていく」といったあたりの意味です。ふつう、And my dreams grow oldと歌われるようで、ロビンズはそう歌っていますし、クロスビーもそうしていたようです。「夢が冷えていく」というのはちょっと面白いのですが、coldが重なるのはどうかな、とも感じます。

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わが家にある盤には訳詞がついているのですが、「暗礁の彼方」という訳で、ズルッとなりました。人間というのは、同じ語からずいぶんいろいろなイメージを浮かべるものだな、とだけ(首をかしげつつ)申しておきます。

つぎはセカンド・ヴァース。

There'll be no tears
There'll be no regretting
Will she remember me?
Will she forget?

夢が意味を失い、やがて涙も悔恨の念もなくなるなるだろう、というつながりなのでしょう。彼女はわたしのことを忘れないだろうか、それとも忘れてしまうだろうか、というのは、あまりにもよくあるパターンですが、そうなってしまうのは、それだけ普遍的な想いなのだということでしょう。

◆ 貿易風の吹く場所 ◆◆
つぎはコーラスだかブリッジだかよくわからない部分です。

I'll send a thousand flowers
Where the trade winds blow
I'll send my lonely heart
For I love her so

どっさり花を贈るのはいいとして、「貿易風」でわたしの思考は足踏みしてしまいました。いや、正確にはWhereが問題なのです。「貿易風の吹くところに」山ほど花を贈る、といっていますが、あれえ? ハワイには貿易風が吹いているはずだが、と思って世界大百科を引くと、「北東貿易風の卓越する熱帯にある」とちゃんと書いてありました。

ということは、わたしは、語り手と去った恋人の位置関係を逆に考えていたのでしょうか? 語り手は、珊瑚礁のある島にいるのではなく、たとえばアメリカ本土にいて、恋人は貿易風の吹く珊瑚礁の島に去っていった?

やはり、それはないですよね。恋人が去ったのは海が暗くて冷たい場所だというのだから、珊瑚礁の島とは思えません。たんに、貿易風という言葉を使いたかっただけで、意味までは考えていなかったと受け取っておきます。

むりやりに、語り手はアメリカ本土にいる、恋人はハワイのはるか向こうのどこか海が冷たい国に去った、ハワイ(ないしは珊瑚礁の島)はたんなる経由地にすぎない、と想定してもいいのですが、それは「あんまり」でしょう!

ちなみに、trade windを貿易風と訳すのは勘違いなのだということを、いま調べていて知りました。このtradeは「貿易」「交易」のことではなく、「《古》 通った跡; 《廃》 通った道」という古い意味で使われているのだそうです。帆船の時代にはtrade windを利用して船が通ったわけですから。

◆ From Nashiville to Hawaii ◆◆
エルヴィス盤は、そんなにひどい出来というわけではないのですが、なにかがうまくいっていない感じがします。

ジョーダネアズがハーモニーをつけているのですが、これが邪魔でエルヴィスの声がよく聞こえないというのが、わたしの不満の最たるものです。なにもこんなに頭から尻尾までずっと、エルヴィスの歌にかぶさらなくてもいいじゃないか、ひとりで歩けない病人をよってたかって支えているみたいだぞ、と思います。コーラスないしはブリッジのところだけジョーダネアズが入ってくるというアレンジなら、ずっとよかったのにと感じます。

スティール・ギターはエルヴィスのナッシュヴィル・セッションのレギュラー、ピート・ドレイクですが、どうなのでしょうか……。いや、下手だというのではなく、なにかピッタリこない感じがします。気のせいか、ハワイの色よりナッシュヴィルの色を感じてしまうのですが……。

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ピート・ドレイクとエルヴィス

微妙なちがいにすぎず、並べて聴かないかぎり意識しなかったと思うのですが、ロビンズ盤は、カントリー・バンドではなく、きちんとハワイアン・バンドの雰囲気になっているのに対して、エルヴィス盤は、カントリー・バンドがテンガロン・ハットを脱ぎ、首にレイをかけただけで、とりあえずハワイアンぽくしてみた、という印象があります。

これはデモないしはテスト録音にすぎず、あとできちんとやり直すつもりだったのではないか、などと想像したくなります。ピート・ドレイクがよくないというということではなく、ロビンズ盤でスティール・ギターをプレイしたジェリー・バードが、心底、ハワイアン(というよりポリネシアン・ミュージックのようですが)が好きだったということも影響しているのかもしれません。

宿題となっている「スティール・ギター」については、つぎのヴェンチャーズおよび50ギターズによるインスト篇で(できれば)考えたいと思います。
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by songsf4s | 2007-07-25 21:38 | 夏の歌
Beyond the Reef by Marty Robbins
タイトル
Beyond the Reef
アーティスト
Marty Robbins
ライター
Jack Pitman
収録アルバム
The Essential Marty Robbins 1951-1982
リリース年
1962年
他のヴァージョン
山口淑子(李香蘭), Elvis Presley, The Ventures, 50 Guitars
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◆ 迂回路を通って ◆◆
マーティー・ロビンズの名前を知ったのは、グレイトフル・デッドがライヴ・アルバムSteal Your Faceで、彼のEl Pasoをカヴァーしていたからです。

おかしな経路でたどり着いたものだと思いますが、カントリー・ミュージックが身近になかったわれわれの世代は、バーズのSweetheart of the Rodeo、ボブ・ディランのNashville Skyline、フライング・ブリートー・ブラザーズのGilded Palace of Sin、グレイトフル・デッドのWorkingman's Deadなど、60年代末期に相次いでリリースされた、カントリーに傾斜したアルバムが契機になって、こういう方面も聴くようになったケースは多いだろうと思います。

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じっさいにロビンズの盤を買ってみると、たしかにカントリー・ミュージックに分類できるものが多いのですが、初期にはロカビリー(エルヴィスもやったThat's Alright、チャック・ベリーのMaybellineなど)もやっていますし、September in the RainやUnchained Melodyなどのスタンダードを歌ったアルバムもあれば、ハワイアンのアルバムもあり、テックス・メックス的な曲もやっています。

わたしは上記のような経路でカントリー・ミュージックにたどり着いた人間ですから、ちょっとこれは渋すぎるというシンガーにぶつかり、跳ね返されたこともしばしばですが、この多様性のおかげで、ロビンズにははじめから親しみを感じました。4ビートの曲もうまいシンガーなのです。そちらはまたの機会にとりあげるとして、夏なのでまずは「いわゆるハワイアン」です。

◆ 普遍性のあるスタイル ◆◆
マーティー・ロビンズは第2次大戦に従軍し、一時期はソロモン諸島に駐屯したことがあり、ハワイアン・ミュージックへの傾斜はこの時期に生まれたものだそうです。

ソロモン諸島は「山がちの火山島が多く、その他多くの小さな環礁、隆起サンゴ礁がある。最大の島はガダルカナル島。気候は高温多湿で、4~11月に南東貿易風が卓越し(中略)、日中の気温は26℃以上に達する」(世界大百科)という土地柄だということは、知っておいてもいい背景情報でしょう。われわれ日本人は、三次にわたるソロモン海海戦や、ガダルカナル島の激戦と飢餓を覚えておくべきかもしれませんが。

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昔のカントリー・シンガーの多くがそうでしたが、ロビンズも美声の持ち主で、スロウな曲も、ミドルからアップ・テンポの曲も、どちらも魅力があります。ヴィブラートをほとんど使わない歌い方も、ひょっとしたら、美声のせいではないかと思います。この声でヴィブラートを多用すると、イヤったらしく聞こえるでしょう。

山口淑子/李香蘭の「珊瑚礁の彼方に」で、女性シンガー向きの曲と書いたことと矛盾してしまいますが、ロビンズのBeyond the Reefも、適度な思い入れでおさめ、比較的あっさりとした歌い方をしている点が好ましく感じます。エンディングでの裏声によるエモーショナルな表現(ヨーデルっぽくて、カントリー・シンガーだなあ、と感じますが)を強調したくて、そこまでは抑えて歌ったのかもしれません。

アルフレッド・アパカやビング・クロスビーの盤を聴いていないので、こういってしまうのはちょっと気がさすのですが、女性シンガーが苦手だったり、日本語の歌詞を好まない方は、このロビンズ盤Beyond the Reefをお聴きになるとよいと思います。カントリーの臭みが強いタイプではなく、より普遍的なスタイルをもっている人なので、あの手の音が苦手な人でもすんなり入っていけるでしょう。

◆ ジェリー・バードの名人芸 ◆◆
ロビンズはニューヨークやハリウッドでも録音していますが、ホームグラウンドはナッシュヴィルで、この曲も彼の他のナッシュヴィル録音とほぼ同じメンバーで録音されています。いつもとちがうのは、スティール・ギターがジェリー・バードという人になっていることです。

バードはナッシュヴィルのスタジオ・プレイヤーとしては古株で、アーネスト・タブやレッド・フォーリーとプレイしたそうですが、気になって検索したら、マーティー・ロビンズとテレビで共演している映像にぶつかりました。ちゃんとBeyond the Reefもやっています。

盤では、バードはエレクトリファイしたラップまたはペダル・スティールを弾いていますが、このBeyond the Reefのテレビ・ライブでは、リゾネイター・ギターでやっています。これが素晴らしくて、ほかにも同じ番組の映像がいくつかあったので、すべて見てしまいました。スティール・ギターに関心のある方にはお奨めします。ハーモニクスのプレイはバードの十八番だそうですが、そういうプレイも見ることができます。ちょっとしたものです!

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この年になると、「いいプレイ」とはいうのは、「速いプレイ」ではないことぐらいわかっていますが、こういうのこそがまさしく「うまいプレイ」だと改めて思いました。スライド・バーをかまえる手つき、ギターを膝に載せる身ごなしを見ただけで、音を聴く前から修練のほどがうかがえて、名人といわれた昔の噺家が着物の裾を払うようす、羽織の紐を解く手つき、湯呑みのふたを取る間合いを思い浮かべました。

歌詞の検討はつぎのエルヴィス篇でさせていただきます。
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by songsf4s | 2007-07-24 23:25 | 夏の歌
珊瑚礁の彼方に by 山口淑子(李香蘭)
タイトル
珊瑚礁の彼方に(Beyond the Reef)
アーティスト
山口淑子(李香蘭)
ライター
Jack Pitman, 藤浦洸訳詞
収録アルバム
夜来香
リリース年
1951年
他のヴァージョン
Elvis Presley, Marty Robbins, The Ventures, 50 Guitars
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◆ 微妙な「ハワイアン」 ◆◆
「珊瑚礁の彼方に」の原曲Beyond the Reefは、ワイキキでピアノを弾いていたジャック・ピットマンというカナダ人が1948年に書き、アルフレッド・アパカによって最初に録音され、すぐにビング・クロスビーがカヴァーしてヒットしたそうです。

われわれがハワイアン・ミュージックと思っているもののなかには、西洋人がハワイのイメージを借りて書いた曲が多数混入しているそうですが、この曲は、ハワイの人間がつくった純粋なハワイアンでもないし、まったくのまがい物でもないという、微妙な位置にあることになります。

このへんのことに関してはウェブではあまりいい記述は見つけられず、Hawaiian Music Hall of Fameという組織のAloha Week Hulaという曲に関する背景情報のページで簡単にふれているのを発見できただけです。

山口淑子盤は1951年リリースということなので、アパカまたはクロスビー盤をもとにしたのだろうと想像しますが、ハワイのシンガーなりバンドなりがいち早く日本に持ち込み、それをもとにした可能性もゼロとはいえませんし、譜面のみでという可能性もあります。いずれにしても、48年の作品を51年にやっているのですから、かなり早い段階でのカヴァーです。

◆ 設定の改変 ◆◆
Beyond the Reefは、ヴァース/コーラス/ヴァース/コーラスという構成で、セカンド・ヴァースとコーラスを繰り返すのが一般的なやり方のようです。山口淑子盤では最初のヴァースとコーラスを日本語で歌い、つぎのヴァースにあたる部分はスティール・ギターの間奏、そのつぎのコーラスから英語で歌い、英語のヴァースで終わっています。

日本語詞は戦前から活躍していた藤浦洸によるものです。代表作としては服部良一と組んだ「別れのブルース」(淡谷のり子唄)「一杯のコーヒーから」(霧島昇とミス・コロムビア唄)や、万城目正と組んだ「悲しき口笛」(美空ひばり唄)などがあります。

ファースト・ヴァースは「はるかな珊瑚の島の彼方の海遠く 去りにし人の忘られぬおもかげ」となっています。

ここから読み取れることは、いま語り手がいる場所は「珊瑚の島」ではない、ということです。珊瑚の島以外ならばどこでもかまわないのだから、日本の、たとえば東京であってもよいことになります。それに対して、原詩の語り手の位置は、ここで歌われている「珊瑚の島」そのものです。原詩とは設定が根本的に異なっているのです。

理詰めで歌詞を聴く人はあまり多くないでしょう。たいていは「なんとなく」聴くものだと思います。作詞家はそれを利用して巧妙なすり替えをおこない、歌う人間の、そして聴く人間の現在位置がどこであっても、「なんとなく」珊瑚の島にいるような気分にさせているのです。

f0147840_21562394.jpgさすがは一時代を築いた作詞家、うまい手を考えたものです。これで、「日本人がハワイアンを歌うのは変だ」という、想定される批判も封じ込めてしまった、とまでいっては、うがちすぎかもしれませんが。

いままで「なんとなく」聴いていた歌詞を改めて検討してみて、藤浦洸が漫然と書いたわけではなく、日本人(しかも、つい数年前までは中国人だと思われていた大スター)がハワイアンを歌うという木に竹をつぐような状況で、その継ぎ目が不自然に見えないように、ちゃんとエアーブラシでレタッチしていたことがわかり、ちょっと驚きました。

◆ 歩くシソーラスとしての詩人 ◆◆
もうひとつ、藤浦洸がこの詞でおこなった操作があります。原題のBeyond the Reefをそのまま訳せば「礁の彼方」です。あくまでもreef「礁」にすぎず、珊瑚を示すcoralという語は一度も出てきません。

漢字一文字で音読みする語というのは、文章でも落ち着きが悪いくらいで、歌では意味が通じない恐れすらあります。では二文字以上のものを使おうと、礁のつく熟語を広辞苑から引っぱってくると「岩―」「暗―」「環―」「珊瑚―」などがあります。このなかで、あるムードをもっていて、しかも耳から聴いても他の語とまぎれない言葉といえば、やはり「珊瑚礁」しかありません。

原詩はたんにreefといっているだけで、それ以上の属性をあたえて限定修飾はしていないのですから、coral reefである可能性も否定はできません。かくして、「珊瑚礁」という、われわれにはエキゾティックに響く語が選択され、聴くものの脳裏に明確なイメージが形づくられるタイトルと日本語詞ができあがりました。

ちなみに「ハワイ諸島はその山頂部が海面上に現れているもので、ほとんどが火山島とサンゴ礁である」(スーパー・ニッポニカ)だそうです。

山口淑子盤Beyond the Reefがリリースされた1951年というのは、どういう年だったのかとちょっと調べてみると、4月に連合国最高司令官ダグラス・マッカーサーが解任されて日本を去り、5月には三木トリローの「僕は特急の機関士で」がヒット、「珊瑚礁の彼方に」が発売された6月には、ちょうど一年前に勃発した朝鮮戦争の停戦が提案されています。もちろん、日本はまだ占領下でした。

それで子どものころの記憶がよみがえりました。小学校で同じクラスに金髪で青い眼の子がいたのです。作詞家の頭のなかには、こうした子どもたちの父親のことがあったのかもしれないと、ふと思ったしだいです。

◆ 太平洋戦争前夜の「事件」 ◆◆
父が入院したときに、李香蘭のCDをもっていったら、かたわらの母が「日劇七回り半ね」といいました。わたしの両親の世代にとって、李香蘭といえば日劇、すなわち有楽町の日本劇場を思いだすのは当然のことのようです。こんな「事件」のことをいっています。

f0147840_2202532.jpg『昭和 二万日の全記録』(講談社)という本によると、1941(昭和16)年2月11日、すなわち紀元節の休日、「奉祝記念・日満親善と銘打っ」て、有楽町の日劇で「歌ふ李香蘭」というショウがあったそうで、写真はそのときの日劇前のようすです(となりの朝日新聞社から撮ったのでしょう)。

同書によると、「九時半開演を前に、早朝六時ごろから五〇〇人くらいが切符売り場に並び、八時には数千人の行列が劇場を三重に取り囲んだ。一〇時、丸の内署の警官二十数名と騎馬警官が出動し、人々の整理にあたった。しかし、切符を買えなかった人々が騒ぎだし、ついに警官が消火用のホースで放水して追い払った」と、まるで暴動鎮圧です。

この記述では三重までですが、写真を見れば、それどころの段ではないのはよくわかります。「七回り半」は新聞記者の作為かもしれませんが、写真を見ても、それくらいの状態にはなっているように思えます。これは「日劇七回り半事件」といわれるそうですが、たしかに、「騒動」のレベルを超えて「事件」かもしれないと思います。

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1930年代後半の数寄屋橋界隈。中央右の白い建物が「白亜の殿堂」日本劇場、その右は朝日新聞社。まだマツダビルは見えない。左下の泰明小学校は現存。この三つの建物の並びは日本建築史の記念碑的な一コマで、日劇と朝日新聞、そして数寄屋橋と外濠が現存しないのは残念。有楽町駅から日劇と朝日新聞のあいだを抜けて尾張町交叉点に向かった道筋は忘れがたい。左上端にお濠が見えるが、そのほとりの白い建物は帝劇か。


昼夜二回興行というのはいまでもありますが、たぶん、この日一日かぎりだったせいでしょう、この「歌ふ李香蘭」ショウは三回興行だったそうです。どうりで、朝九時半などというとんでもない時間に開演するはずです。

◆ 女性シンガーの歌 ◆◆
そんな「事件」が起こるほどの人気があったわけですが、それは、おそらくは彼女の美貌と、「日本語に堪能な中国人スター」という満映の宣伝がものをいったのでしょう。いまではそういうことがらは背景に退き、ただ彼女の歌だけがあります。ちょっとした歌です。

戦前にデビューした流行歌手は音楽学校出身の人が多く、基礎がしっかりしていますが、李香蘭は白系ロシア人教師について声楽を学んだそうで、やはり、クラシックの唱法が強く感じられるスタイルです。そういう歌い方は好きずきでしょうが、わたしには、これもまたあるムードを形成する要素のひとつとして、貴重なものに感じられます。コーラスの「つたえてよ」のところの歌い方などは、ほんとうにいいなあ、と思います。

わが家にはほかにエルヴィス・プレスリーとマーティー・ロビンズのものがありますが、海の彼方に去った恋人が、いつかまた自分のもとに帰ってくる日を待ちつづける、という内容の歌詞ですから、女性シンガーのほうがふさわしい歌に思えます。夏になれば、これからも彼女のヴァージョンを引っ張り出して聴きつづけることでしょう。

李香蘭/山口淑子の半生はさまざまな形でフィクショナイズされていますし、自伝もあるので、ここではふれませんでした。

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by songsf4s | 2007-07-23 22:49 | 夏の歌
Tell'em I'm Surfin' by the Fantastic Baggys
タイトル
Tell'em I'm Surfin'
アーティスト
The Fantastic Baggys
ライター
Phil Sloan, Steve Barri
収録アルバム
Surfin' Craze
リリース年
1964年
他のヴァージョン
Jan & Dean
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ファンタスティック・バギーズの曲は、ついこのあいだ、Summer Means Funを取り上げました。あの曲は南カリフォルニアの夏のアイコンがずらっと並べられているだけでしたが、このTell'em I'm Surfin'は、ちゃんとした設定がありますし、ストーリーのようなものもあれば、ウィットもありで、歌詞の出来はこちらのほうがはるかに上です。

◆ 試合を放棄するキャプテン ◆◆
では、最初のヴァースとコーラスを見ます。パーレン内は右チャンネルに配された「レスポンス」です。

Hey mama, if any of the guys from my baseball team
Ever called me on the phone
To ask me to play in an important game
Just say their captain ain't at home

Tell'im I'm surfin'
(Don't care 'bout hittin' homeruns)
Tell'im I'm surfin'
(Wanna have me some fun, fun, fun now)
I'm trading in my bat and ball
Say I'll see you in the fall
I’m goin' surfin'

わたしは野球ファンなので、このファースト・ヴァースだけでノリました。「ねえママ、チームのだれかがもしも電話をかけてきて、だいじな試合に出てくれっていってきたら、キャプテンは留守だっていっといて」となっています。

これだけでいろいろなことがわかる仕掛けです。1)この歌は母親に語りかけるモノローグ形式らしい、2)語り手は高校生らしい(大学生の可能性もあるでしょうが、それにしてはちょっと子どもっぽいと感じます)、3)野球が得意、つまりスポーツは得意らしい。

コーラスでは、「ぼくはサーフィンをやっているっていっておいて」と、ゲームには出ないことを繰り返し宣言しています。それに対してバックコーラスが「ホームランを打つことなんてどうでもいいのさ」とレスポンスするところが、なんとも愉快です。

「バットとボールも売り飛ばす、秋に会おう、サーフィンにいくんだ」というわけで、野球は、サーフィンの楽しさを強調する引き立て役として登場したのでした。チームのみんなは、こんな身勝手な奴をキャプテンに選んでしまった不明を恥じていることでしょう。まあ、どんなチームでも中心選手の離脱はよくあることなので、サーフィン野郎には勝手に波に乗らせておいて、残ったみんなでがんばりましょう。

f0147840_16475463.jpgセカンドに滑り込むブライアン・ウィルソン。彼はサーフィンより野球が好きだったようです。よけいなお世話かもしれませんが、グラヴがスパイクとベースのあいだに入っているので、これはアウトですね。

Summer Means Fun同様、引用も出てきます。同じ年にリリースされたビーチボーイズのFun, Fun, Funです。こういう引用というのは、先達への賛辞、仲間意識の表明と考えておけばいいでしょう。

◆ すがりつく美少女をふりきって ◆◆
これで設定は(みごとに)完了したので、ソングライターは同じ方向で展開するための材料を見つければいいだけです。つぎのヴァースとコーラスでは、野球にかわって、女の子がサーフィンの犠牲になります。

And if that pretty little girl from across the street
Who's been bothering me for days
To go swimming in the pool
Well, her pool is real cool
But it hasn't got 10 foot waves

Tell'er I'm surfin'
(She's a mighty, mighty cute girl now)
Tell'er I'm surfin'
(Gonna rather be shooting the curl now)
If she wants my company,
I'll be out in wind and sea
I'm goin' surfin'

「通りの向かいのあの可愛い子がこのところずっと、プールで遊ぼうってしつこくいっているんだ、ま、彼女のうちのプールもすっごくいいけど、あそこには3メートルの波がないんだよ」と、サーフィンの魅力のまえには、近所の「むちゃくちゃに可愛い女の子」(She's a mighty, mighty cute girl)もかたなしです。

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Shoot the curlはサーフ熟語で、「パイプになった波に乗る」という意味。ブライアン・ウィルソンがプロデュースしたハニーズに、これをタイトルにした曲があります。

コーラスの後半は「彼女にぼくはサーフィンにいってるっていっといて、いっしょに遊びたいなら海にいるからってね」となっています。

サンディエゴについての歌というどこかのBBSで「ジャン&ディーンがWindanseaのことをTell'em I'm Surfin'で歌っている」といっている人がいました。サンディエゴにはたしかにWindanseaというサーフ・ポイントがあるようです。

しかし、この語り手は、サード・ヴァースで、マリブにいくといっているので、ここでサンディエゴが出てきては矛盾することになります。たんなる一般名詞のwind and sea、「海風のなかでサーフィンをしている」とみなすほうが合理的でしょう。マリブとサンディエゴとのあいだには(関東ローカル話で恐縮ですが)七里ヶ浜と九十九里どころではない距離があります。そんな距離を往復する時間があったら、海に出ているでしょう。

◆ サーファーの知られざる必需品 ◆◆
ブリッジでは、去年の夏は必死でバイトをやったので、新しいサーフボードを買う金ができた、今年の夏はずっと遊び暮らすんだ、といったことが語られて、最後のヴァースに入ります。

So just pack me a lunch and I'll be on my way
Oh yet there's one more thing to do
If the mailman comes with a letter for me
Just forward it to Malibu

「だから、早く弁当をつくって、すぐに出かけるから、あ、まだひとつあった、ぼく宛に手紙がきたら、マリブに転送してね」というわけで、Summer Means Funにつづいて、またマリブが登場しました。サンディエゴのウィンダンシーにいってしまっては、マリブに郵便物を転送してもらう意味がありません。

この曲のシングルは1964年6月のリリースと記録されています。ということは、語り手は、夏休みになったので、お母さん、オレ、出かけるからね、と、おそらくはキッチンで大騒ぎしていることになります。料理が得意なお母さんなら、Disney Girlsで書いたように、自家製レモネードのポットをもたせてくれるかもしれません。

高校のバンド仲間にサーファーがいたのですが、彼らは自分で弁当をつくっていました。素行を見れば、とうてい弁当などつくる殊勝な人間には思えなかったのですが、サーフィンのためならば、なんでもやる根性はもっていたようです。

不便な場所で一日乗りつづけるわけですし、近くにレストランがあっても、食べるには着替えなければならず、面倒だし、時間ももったいないので、つねに弁当持参だといっていました。この曲で、早く弁当つくってとアメリカの高校生もいっていることがわかり、洋の東西を問わず、サーファーにとって、ランチは普遍的な問題なのだな、と納得してしまいました。

◆ もうひとつの必需品、改造車 ◆◆
最後のコーラスです。

Where I'll be surfin'
(Just travel in my '34 Ford now)
Tell'em I'm surfin'
(I really wanna waxin' my board now)

どうやら語り手は自分の車、なんと1934年型フォードでマリブへ出かけることがわかります。もちろん、34年に製造されたままではなく、改造したものにちがいありません。

f0147840_17214281.jpg1934年型フォード3ウィンドウ・クーペ。リップコーズがThe toughest machine in townと歌ったのはこれでしょうか。

子どものころに見たビーチ・ムーヴィーのせいで、アメリカ人なら、高校生だってみんな自分の車を乗りまわしているものだと思いこんでいました。しかし、ハル・ブレインの回想記を読んで、そんなことはないのだとわかりました。東部のコネチカットで生まれたハルは、高校のときにカリフォルニアに引っ越してきたら、みんな自分の車をもっているのにびっくりした、といっています。これで彼は車に取り憑かれ、のちにあの「クラシック・ロールズ・ロイス・コレクション」が誕生することになったのだとか。

してみると、この歌で、高校生がお母さんに、何日か帰らないからね、手紙はマリブに転送して、なんて勝手なことをいって、自分の車で出かけてしまうのは、カリフォルニア以外の土地に住む同年代の子どもたちには、ちょっとした驚きだったのかもしれません。そういうカリフォルニアのサーファー少年の見栄、といってわるければ、プライドみたいなものが、この歌には感じられます。

いかにも南カリフォルニアらしい脳天気な歌詞で、個人的には、ゲーリー・ボンズのSchool Is Outに歌われた夏休みより、こちらのほうが好ましく感じられます。ニューヨークでは野球観戦だけお付き合いして、地下のクラブは遠慮させてもらい、あとはマリブですごすなんていうのだとうれしいんですが。それも浜辺で野宿ではなく、粋なビーチハウスだったりすると、いちだんとクールでしょう。

◆ 各ヴァージョン? ◆◆
各ヴァージョンといっても、うちにはほかにジャン&ディーン盤があるだけです。しかし、よく聴くと、それすらも存在しないように思えてきます。Summer Means Funの記事をお読みになった方は、もうすでに「またかよ」と思っていらっしゃるでしょう。そうです、どうやら、またこの二つのグループは同じトラックを共有したようなのです。

f0147840_17494290.jpgよって、深く考えずに、ひとつのものとして聴けばいいのですが、やっぱり、わたしはジャン&ディーン(とくにディーンなのだと思いますが、はっきり聞き分けられるわけではありません)のピッチの悪さがすこし気になるので、同じトラックであるならば、バギーズ盤のほうが好ましく感じます。そもそも、右チャンネルでハーモニーをつけているのは、バギーズもジャン&ディーンも、スローンとバリーの二人だから、ヴォーカルも半分は共通しているわけで、比較もなにもあったものじゃありません。

Summer Means Funのところで、ライノのCowabunga!のブックレットに収載されたパーソネルを書いておきましたが、もう一度、書き写します。

Steve Barri: vocals・P.F. Sloan:vocals, guitar・Tommy Tedesco: guitar・Ray Pohlman: bass・Hal Blaine: drums

このパーソネルは不完全です。盤ではピアノが聞こえるのに、だれなのかわかりません。プロデューサーはスローンとバリーの二人。

1964年は「ビートルズの年」でした。もう一年早くリリースされれば、この曲もチャートインしたかもしれませんが、アメリカのグループが大苦戦した年にぶつかったのは不運でした。もうサーフィン・ブームは終わってしまったのです。つぎの流行もの、フォーク・ロックが発明されると、バギーズの二人もそちらで活躍することになります。サーフ・ミュージックとフォーク・ロックの人脈の重なり方は興味深いのですが、それはまたべつの機会に。

◆ ハル・ブレインのシンコペーション ◆◆
Summer Means Funのように、思わずギターを引っ張り出すほどパワフルではありませんが、アップテンポなのに、走ったり、突っ込んだりしない、リラックスした気持ちのよいグルーヴです。ハル・ブレインも軽く流していますが、聴きどころはあります。

ヴァースが終わって、4分のキック・ドラムだけのストップに入り、そこからコーラスへの「戻り」で、ハルは、スネアでシンコペートした8分のビート(裏拍)を入れてきますが(こういう場合、キックでその表拍を入れるのも彼のいつものやり方ですが、この曲の場合は、わざわざそのためにキックを入れるまでもなく、そこまでのキックによる4分の連打の流れがあるので、とくに強く踏み込んで強調してはいません)、この際の微妙なタイムの遅らせ方は、彼のトレードマークで、60年代中期にはしばしば使っています。これを聴くと、あ、ハルだ、とニッコリなります。ドラム馬鹿としては、ちょっと血が騒ぐ一瞬です。

f0147840_17545224.jpgジャン&ディーンのライヴでストゥールに坐るハル・ブレイン。キック・ドラムのヘッドにはジャン&ディーンの似顔絵。右手の黒く四角いものはランプ付き譜面台。


ハル・ブレインというと、派手なフィルインで有名ですが、こういう、フィルともいえない、軽い一打にも特徴があり、工夫していることが感じられます。手数の多さ、華麗さ、明るさのみならず、わたしはハルのこういう「小さな」プレイも大好きです。ドラム好きには、ぜひ、そういう一面にも注目していただきたいと思います。

それにしても、トラックだけ聴いていると、ビーチボーイズだなあ、と思います。同じメンバーだから当然とはいえ、これではいくらなんでも「同じすぎる」(論理矛盾御免)といいたくなります。ブライアン・ウィルソンがそろそろ、サウンドを変えようとするのも当然です。このあんまりな「互換性」が、彼をしてPet Soundsに向かわせたのではないかと思うほどです。いや、珍説失礼。

◆ 歌詞のまとめ ◆◆
歌詞サイトでこの曲を取り上げているところは見あたらないので(たいして面白くもないSummer Means Funの歌詞があるのは、ささやかなりとはいえ、ヒットしたからでしょう)、以下にすべての歌詞をまとめておきます。

国内盤には歌詞カードがついているでしょうが、この曲には何カ所か非常に聴き取りにくいところがあるので、そのあたりをどう切り抜けたか、ちょっと興味があります。わたしは友人の助けを(おおいに)借りて切り抜けました(Thanks, Dean and Linda!)。コードは、ヴァースはG-Em-C-Dで、全体にシンプルなものです。


Tell'em I'm Surfin' lyrics
(Phil Sloan and Steve Barri)
Performed by the Fantastic Baggys

Hey mama, if any of the guys from my baseball team
Ever called me on the phone
To ask me to play in an important game
Just say their captain ain't at home

Tell'im I'm surfin'
(Don't care 'bout hittin' homeruns)
Tell'im I'm surfin'
(Wanna have me some fun, fun, fun now)
I'm trading in my bat and ball
Say I'll see you in the fall
I’m goin' surfin'

And if that pretty little girl from across the street
Who's been bothering me for days
To go swimming in the pool
Well, her pool is real cool
But it hasn't got 10 foot waves

Tell'er I'm surfin'
(She's a mighty, mighty cute girl now)
Tell'er I'm surfin'
(Gonna rather be shooting the curl now)
If she wants my company
I'll be out in wind and sea
I'm goin' surfin'

Last year I had a summer job
And all day long I had to run around
But now I can afford a new surf board
(Gonna be sleeping down at the beach inn)
And all summer long I'm gonna bum around

So just pack me a lunch and I'll be on my way
Oh yet there's one more thing to do
If the mailman comes with a letter for me
Just forward it to Malibu

Where I'll be surfin'
(Just travel in my '34 Ford now)
Tell'em I'm surfin'
(I really wanna waxin' my board now)
I won't be home for days
I'll be riding the waves
I'm going surfin'

I'm going surfin' (gonna throw my books away)
I'm going surfin' (you're gonna surf 24 hours a day now)
I won't be home for days
I'll be riding the waves
I'm going surfin'

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by songsf4s | 2007-07-21 19:06 | サーフ・ミュージック