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「My friend Billy Strange-san」──回想のビリー・ストレンジ、その音楽と時代
 
現地時間の二月二十二日朝、ビリー・ストレンジさんが亡くなりました。ほかのミュージシャンとは異なり、メールを通じて親しく接した人なので、どうも勝手が違うのですが、複雑な気分はさておき、やはり、なにかを書く義務があると強く感じます。

いろいろ考えたのですが、追悼記事のかたちは今回だけにして、さらに数回、ハル・ブレインやジム・ゴードンのように、好きなプレイヤーの特集という気分で、ビリー・ストレンジが遺した音楽を聴いていこうと思います。

まずはサニー・サザン・カリフォルニアを代表するギタリストにふさわしい、明るくにぎやかなプレイから。ビリー・ストレンジ・オン・リード、ドラムはもちろんハル・ブレイン。

The Beach Boys - Surfin' USA


ライノのCowabunga! The Surf Boxのパーソネルでは、この曲のリード・ギターはカール・ウィルソンになっていて、そんな馬鹿なことがあるか、と腹を立てましたが、オフィシャル・ビリー・ストレンジ・サイトのディスコグラフィーで、ボス自身が自分のプレイであるとコンファームしています。

この追悼特集では推定は避け、できるだけ上記ディスコグラフィーにある曲を聴くことにしますが、そもそも、ビリー・ストレンジさんに連絡をとるきっかけになったのは、ある推測の結果でした。そのきっかけになったのは一曲ではないのですが、たとえば、これ。

The Ventures - Lucille


1998年から翌年にかけて、Add More Musicにつどった仲間たちと、ヴェンチャーズのほんとうのリード・ギターはだれだったのだろうということを話し合いました。

最初はキャロル・ケイさんの示唆から、トミー・テデスコの線で考えていたのですが、このあたりのトラックをしつこく聴いているうちに、ビリー・ストレンジに考えがおよびました。

当初は、そういう当てずっぽうを云って遊んでいただけだったのですが、だんだんシリアス・ゲームになってしまい、ついには「オオノ隊長」がビリー・ストレンジ氏のメール・アドレスを発見し、わたしが代表としてメールを送りました。

初期ヴェンチャーズのリード・ギターはビリー・ストレンジではないかという洞察に至ったのは、いろいろなプレイを徹底的に聴いた結果だったのですが、つぎの曲も、これはあの人ではないか、と思わせるものでした。

The Ventures - Sukiyaki


これが、ビリー・ストレンジのどの曲と似ていると思ったか、特定のトラックをあげるのはむずかしいのですが、たとえば、このスタンダード。前半はスパニッシュ・ギターですが、後半、フェンダーでのプレイが登場します。

Billy Strange - Maria Elena


もうひとつ、ビリー・ストレンジらしいバラッドのプレイを。ドラムはハル・ブレイン。みごとなアコースティック・リズム・ギターはだれでしょうか。グレン・キャンベルかトミー・テデスコかもしれません。

Billy Strange - Deep Purple


機材は異なりますが、こういうトラックをしつこく聴いていると、ヴェンチャーズのギタリストが指を動かす像が頭のなかで見えてきたのです。またヴェンチャーズにいきます。

The Ventures - Lonely Heart


かなり確信がもてたときに、ビリー・ストレンジさんのアドレスがわかったので、勇を鼓して、あなたはヴェンチャーズのセッションでプレイしませんでしたか、というメールを送りました。

そのあたりのいきさつは、『急がば廻れ99' アメリカン・ポップ・ミュージックの隠された真実』という(ボロクソにけなされたw)本に書いたので、ご興味のある方は図書館などでどうぞ。

もうこの件でわたしに噛みつく人もいなくなったので、ヴェンチャーズ・ファンも、あきらめて、ライヴだけを聴くようになったのだと考えています。スタジオとライヴは違うバンドだということさえわかっていただければ、わたしのほうはそれで文句はありません。どちらがうまいか、なんていうのは、古来、蓼食う虫も好きずきという諺があるくらいで、お好みですから(呵呵)。

なにかビリー・ストレンジさんが動いているクリップを、と探していたら、灯台もと暗し、オフィシャル・サイトで息子さんがこのクリップを紹介していました。めずらしくもモズライトを持っていますが、音はスタジオのものなので、フェンダーだろうと思います。

Billy Strange - Satisfaction


もうひとつ、アコースティック12弦ですが、こんどはほんとうにプレイしています。

Nancy Sinatra and Billy Strange - Bang Bang


だれしも生老病死は免れず、自分自身だっていつ死ぬかはわからないので、軽々に「驚いた」などという言葉を使ってはいけないとは思うのですが、しかし、今日知ったばかりで、まだ考えはまとまりません。

二度目の返信だったか、Mr. Strangeは勘弁してくれ、ビリーかウィリアムにしてほしいといわれ、では、日本の習慣にしたがって、Billy-sanと呼ばせていただくと書き送りました。

つぎの返信の冒頭は、My friend Yuji-sanでした。Yujiはわたしのファースト・ネーム。スタジオ・プレイヤーはプロフェッショナルなので、お高くとまったりはしないものですが、ビリー・ストレンジさんもその例に漏れず、わたしを歓迎してくれました。

小学校で日本語のクラスをとったので、まだ君が代の断片をかすかに覚えていると、アルファベットで君が代の歌詞の一部を書き送ってくださったのにも、ちょっと驚きました。たしか、pretty closeだと返事を差し上げたと思います。

いや、センティメンタルになることがこの稿の目的ではありません。ビリー・ストレンジという人が遺した音楽を回顧することに徹したいと考えています。次回からは、ふつうのビリー・ストレンジ特集にする予定です。


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by songsf4s | 2012-02-23 23:58 | 60年代
殺菌消毒済み、ソフトにして安全なり――ブラザーズ4のRevolutionほか
 
このところ、過去の記事の点検をやっているのですが、消されてしまったクリップも多くて、新しいクリップを貼りつけるのに時間がかかっています。

また、貼りつけることはできても、著作権者の意向などで、ブログに貼りつけたものは再生できず、ユーチューブに行かなくては再生できないという、これまでになかったタイプもたくさんあります。

ユーチューブならよくて、ブログはダメというのは明らかな差別、区別で、検閲に準じる行為です。でも、情状酌量の余地もあります。

なにしろ、風前の灯火の業界、レコード会社がなんらかの物体に音楽を封じ込め、それを販売するというビジネス・モデル自体が前世紀のもので、すでに有効性を失っています(配信というビジネス・モデルも、すでに古いと思うが)。

しかし、そうはいっても、その仕組みのなかで生きている人たちはたくさんいるし、なにごとも、一挙に覆すのは、多くの弊害を生みます。

だから、断末魔のあえぎぐらいのことは我慢しなければならないでしょう。ゆっくりと縮んで、知らないあいだに消滅していた、というのが、望ましいあり方、いや「ない方」でしょう。

いちいちクリップの右下のユーチューブ・ボタンをクリックするという面倒な作業は、そうした消えゆくものの残照なのだから、同情と憐憫の気持をもって我慢していただけたらと思います。

今日、音楽について思ったのはそれだけなのですが、これでおしまいというのもなんなので、冗談のようなクリップをいくつか貼りつけます。

今日、べつのものを検索していて、昔、買いそうになって、思いとどまった盤を見かけ、そういえば、こういう笑えるものがあったなあ、と思ったのです。

その「Soft, Safe & Sanitized」、すなわち「ソフトにして安全、殺菌消毒済み」という、ライノによるオムニバスに収録された曲をまずひとつ。

The Brothers Four - Revolution


あはは。たしかにソフトにして安全なカヴァーです。

だれでもご存知の曲だから、こういうカヴァーに思わず笑うのですが、最近はそういう思いこみは通用しないようです。ツイッターで、ポール・マッカートニーってだれよ、というのが話題になっている、というツイートを見て、なるほど、そういう世代だっているさ、と思いました。わたしだって、アンドルーズ・シスターズをはじめて聴いたのは高校のときですからね。あいこです。

で、原曲は「云うまでもなくビートルズの」といいそうになりますが、これはかならずしも自明ではないのでしょうね、お若い方たちにとっては。では、殺菌消毒前のハードで危険なオリジナルを。

The Beatles - Revolution


東芝EMIは特別熱心に検閲しているので、このクリップもユーチューブへいけ、と表示されるかもしれませんが、どうかあしからず。貼りつける段階では、そこまではわからないのです。

coverという言葉は、現在ではちがう意味で使われていますが、もともとは、ブラック・ミュージック、いや、その時代の呼び方で云うなら「レイス・ミュージック」を白人市場に移転する場合に使った、という説を読んだことがあります。

ラジオの白人局ではブラック・ミュージックはかけてはいけなかったのですが、しかし、そのままほうっておくのももったいないから、白人局でもかけられるように、ブラック・ミュージックを白人が歌うことを「カヴァーする」と言い習わした、という説です。

ロックンロール黎明期でも、まだ白人局と黒人局の区別はあり、それでパット・ブーンがリトル・リチャードの曲を白人局用にカヴァーしたりしたのです。そういう習慣がなくなってからも、言葉だけは生き残ったわけですが。

黒人曲の白人局向け移転ではありませんが、これなんかも、なかなか素敵な安全性を確保していると思います。

Mel Torme - Sunshine Superman


ドラムのタイムがちょっと早めで、そこで安全性がややそこなわれていますが、それにしても、メル・トーメはなんだってこんな曲をやろうと思ったのでしょうかね。

これまたわれわれの世代には自明の曲なのですが、ある世代にとっては、ドノヴァンてだれよ、でありましょうな。クリップには69年とありますが、まちがえるに事欠いて、なんてえ間違いをするんだ、トンチキが、です。1967年ですよ。サイケデリックのど真ん中だったんですから。

Donovan - Sunshine Superman


ドノヴァンはMellow Yellowがいちばん危険な匂いがあり、そのつぎがSunshine Supermanでしょう。最初に聴いたのがMellow Yellowだったので、なんなのこいつ、変なヤツと思いました。そのせいで、あとでColorsなんかを聴いたときは、なんと凡庸な、なんと退屈な、とあくびが出たほどです。

時間切れは迫っていますが、もう一曲消毒してみましょう。これがいちばん馬鹿っぽくて楽しめるかもしれません。

Mitch Miller & The Gang - Give Peace A Chance


あはは。なにごとも、一方の極端は、もう一方の極端に接続してしまうという、この世のメビウス構造を体現した曲、などとホラをいいたくなります。ここまで愚劣だと、ほとんどラディカルといっていいのではないでしょうか!

この曲も自明に類するでしょうが、ジョン・レノンてだれよ、という人もいるでしょうから、いちおう貼りつけます。またあの会社の管理するものなので、プレイできなかったらハイごめんよ。

John Lennon - Give Peace a Chance


ジョン・レノンというのは、ビートルズというイギリスのバンドのメンバーだった人で、ビートルズ解散後は、ソロ・シンガーとなり、って、時間がないときに、こんなくだらない冗談はやめておきます。ジョン・レノンを知らない人は、適当に検索してバイオをお読みあれ。


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Spy Magazine 3: Soft Safe & Sanitized
Spy Magazine 3: Soft Safe & Sanitized


ビートルズ
White Album (Dig)
White Album (Dig)


ドノヴァン
Sunshine Superman
Sunshine Superman


ジョン・レノン
Lennon Legend: The Very Best Of John Lennon
Lennon Legend: The Very Best Of John Lennon


ジョン・レノン
John Lennon Signature Box
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by songsf4s | 2012-02-13 23:54 | 60年代
続Q&Aソングス ゴーフィン=キングの自己レス・アンサー・ソング He Takes Good Care of Your Baby
 
以前、べつのブログで「Q&Aソングス」というシリーズをやったことがあります。そのときには、Answer to Everything: Girl Answer of the 60sというアンサー・ソング集を使ったのですが、最近、またこの種のコンピレーションを見かけたので、どういう選曲なのか、ちょっと覗いてみることにします。

例によって知らない曲がたくさんあるのですが、へえ、といったのはこの曲。本歌と同じく、ジェリー・ゴーフィンとキャロル・キングの共作です。

Carol King - He Takes Good Care of Your Baby


メロディーは原曲のママ、タイトルも原曲のもじりになっているので、たいていの方がすぐに本歌がおわかりでしょう。ボビー・ヴィーの大ヒット曲。山ほどクリップがあるのですが、音の悪いものばかりで、やっとみつけた許容できる音質のものを貼りつけます。

Bobby Vee - Take Good Care of My Baby


もう冒頭の数打でアール・パーマーとわかってしまうほど、どこからどうみてもアールのスネア・ワーク、時代を築いたサウンドです。1963年には、わが家でもこのスネアが毎日のように聴かれていました。って、あたしがかけていたのですが。

この時期のボビー・ヴィーのアレンジャーはアーニー・フリーマン、たいていの場合、彼自身がピアノを弾きながらストリングスをコンダクトしたそうです。この曲も、ストリングス・アレンジメントに心惹かれます。

ボビー・ヴィーの回想によれば、ベースはしばしばジョージ・“レッド”・カレンダー、ギターはハワード・ロバーツかバーニー・ケッセルがプレイしたそうです。オーヴァー・スペックといいたくなるようなメンバーです。しかし、ハリウッド音楽界では、こういう「スペック」はいたってノーマルでした。

この豪華なボビー・ヴィー盤にくらべると、キャロル・キングのセルフ・アンサー・ソングは、バッキングは彼女のピアノのみ、わずかにヴォーカルをダブル・トラッキングしていることだけが色づけです。

むろん、これはデモだったのでしょう。調べるとDora Dee & Lora Leeというデュオらしきアーティストの名義によるHe Takes Good Care Of Your Babyがリリースされたことがあるようです。

さて、アンサー・ソングというのは、たいていの場合、メロディーは原曲のものを流用します。違いは、当然ながら、歌詞にあらわれます。まずは原曲、Take Good Care of My Babyの歌詞から。

My tears are fallin'
'Cause you've taken her away
And though it really hurts me so
There's somethin' that I've got to say

Take good care of my baby
Please don't ever make her blue
Just tell her that you love her
Make sure you're thinkin' of her
In everything you say and do

Oh, take good care of my baby
Now don't you ever make her cry
Just let your love surround her
Paint a rainbow all around her
Don't let her see a cloudy sky

Once upon a time
That little girl was mine
If I'd been true
I know she'd never be with you

So, take good care of my baby
Be just as kind as you can be
And if you should discover
That you don't really love her
Just send my baby back home to me

Well, take good care of my baby
Be just as kind as you can be
And if you should discover
That you don't really love her
Just send my baby back home to me

Oh, take good care of my baby
Well, take good care of my baby
Just take good care of my baby

というわけで、ちょっと浮気のようなことをしたばかりに、愛する女性を失うことになった男が、彼女の新しいボーイフレンドに、「俺のベイビーを大事にしてくれよ、お願いだから彼女を悲しませたりしないでくれ」と訴える、いかにもジェリー・ゴーフィンらしい、すぐれたセントラル・アイディアをたくみに展開するストーリーです。

あまり時間がないのですが、コピーしてもってこられるものもないので、自前でやるしかなく、特急でHe Takes Good Care of Your Babyの歌詞を聞き取ります。やっつけ仕事なので、誤脱はご容赦願います。簡単な英語なので、ご自分で修正できるでしょう。

タイトルからおわかりのように、こちらは女性のほうが、かつてのボーイフレンドに語りかける形になっています。まずは前付けヴァース。

Your tears were fallin'
When he took me away
But darlin' now I'm cryin' too
And there's somethin' that I have to say

というように、原曲にほぼ一対一対応させてあります。まあ、当然、そうでなければいけないところです。ここで明かされるのは、別れるときにあなたが泣いたけれど、いまはわたしが泣いている、という、オヤオヤな現状ですw

つづいてファースト・ヴァース。

He takes good care of your baby
He never ever makes me blue
Though he's thinking of me
And always says he loves me
I can't help wishing it were you

これも原曲のファースト・ヴァースに対応させてあります。あなたが頼んだとおり、彼はわたしのことを大事にしてくれているわよ、でも、愛しているといわれるたびに、彼ではなく、あなただったらよかったのに、と思ってしまうの、という、いまのボーイフレンドはもうぜんぜん立場がないという、オイオイな展開です。

セカンド・ヴァース。ここからが、天下のジェリー・ゴーフィンの本領発揮です。いっておきますが、あたしは、キャロル・キングなんかよりはるかにジェリー・ゴーフィンのほうが好きなのです。

He takes good care of your baby
But ever since we said goodbye
When he puts his arms around me
Memories of you surround me
And darling I can't help but cry

ここは本歌の踏まえ方が一段、高度になっています。2行目は本歌「Just let your love surround her」→アンサー「When he puts his arms around me」、3行目は「Paint a rainbow all around her」→「Memories of you surround me」というように、surroundとaroundの置き場所を入れ替えてあるのです。

さすがはジェリー・ゴーフィン、ただ語り手を男から女へと替えるだけでなく、ふたつの曲を横断して詩の形式美も追求するという力業を披露しています。こういうところがこの人の才能であり、キャロル・キングが一山いくらの凡人に見えるほどの世紀の大ソングライターだったと考える所以です。

つづいてブリッジ。

When you were untrue
I said goodbye to you
But darling can't you see
You let me go too easily

あんなに簡単にあきらめることはないじゃない、となじられた男はまた泣いちゃうでしょうな。それにしても、いまのボーイフレンドがなんとも可哀想な展開ですw

ラスト・ヴァース。

He takes good care of your baby
Just like you wanted him to do
He tries to make me happy
But how can I be happy
When my heart knows
I'm still in love with you

技術的にはみごとなもので、ジェリー・ゴーフィン作品として恥ずかしくない仕上がりです。一度はあきらめた彼女にこんなことをいわれたら、男としては矢も楯もたまらない気分になるでしょう。

さりながら、あたくしは年寄りなので、いろいろな男女関係を見てきたわけでして、こういうケースでは、はからずもよけい者となってしまった男のほうにシンパシーがわきます。おまえら、勝手に別れて、勝手に縒りを戻そうとしやがって、それが人の道か、などと道学者じみた言葉が喉元まで迫り上がってきてしまうわけですな。

まあ、所詮、フィクションのなかの他人の色恋、ほうっておくことにして、本歌のほうのカヴァーを貼りつけましょう。

まず、いまやTake Good Care of My Babyのもっとも有名なヴァージョンになりつつあるこの人たちのものを。

The Beatles - Take Good Care of My Baby


うーむ。べつに悪いとはいいませんが、ジョージがリードですし、あの時代のビートルズですから、ハリウッドの精鋭がプレイしたボビー・ヴィー・ヴァージョンと比較しては失礼でしょう。いまだから、逆算して、魅力があるように錯覚するだけです。この曲を歌うならジョンでしょうに。

そろそろ時間切れ、つぎのヴァージョンでおしまいにします。

Dion & The Belmonts - Take Good Care of My Baby


ふたつ聴いて、ボビー・ヴィーのヴァージョンのレベルの高さを深く噛みしめました。アール・パーマーがいることのすごさ!


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ボビー・ヴィー
Very Best of Bobby Vee
Very Best of Bobby Vee


キャロル・キング
Brill Building Legends
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by songsf4s | 2012-02-09 23:59 | 60年代
ホリーズ60年代ボックス Clarke, Hicks & Nash Years (The Complete Hollies April 1963-October 1968)
 
今日はPCが落ちまくって、ほんの短時間しか使えない状態がつづいているので、『血槍富士』は一時棚上げして、なにも参照しなくても書けるものを。

わたしはホリーズの2枚組以上の編集盤はすべて聴いたと思うのですが、うっかりしていて、去年出た6枚組ボックスは見逃していました。

Clarke, Hicks & Nash Years (The Complete Hollies April 1963 - October 1968)というタイトルが示すように、アラン・クラーク、トニー・ヒックス、グレアム・ナッシュの三人がそろっていた時代のホリーズのコンプリート・レコーディングに、ライヴ録音をボーナスとして加えたものです。

ホリーズの編集盤を手に入れたら、この曲を比較に使うことにしています。

The Hollies - Carrie Anne


このクリップがどの盤からとられたかわかりませんが、こういう方向のバランシングが、Carrie Anneにはベストだと思います。昔のシングルはたしかモノで、CDになってはじめてステレオ・ミックスを聴きました。そのときのミックスに近いものが、今回のボックスにも収録されています。

しかし、とくに以前のステレオ・ミックスより改善されたわけではなく、人によっては、The Abbey Road Years収録のモノ・ミックスのほうがいいと思うかもしれません。わたしはステレオのほうが好きですが。

久しぶりに初期のトラックを聴いて、忘れていた佳曲がよみがえりました。たとえば、こんな曲。

The Hollies - When I'm Not There


いかにも60年代のホリーズらしい、思いきり元気がよく、アッパーな曲で、こういう軽さは、速さ、薄さは60年代だけの美質だなあと、バラッドじゃないのに、しみじみしてしまいます。なんでこんなにかったるい音ばかりになってしまったのか、沸々と怒りがこみ上げてきます。

ホリーズのシングル曲は、子どものころからイヤっというほど聴いているので、今日はこのボックスに収録されたアルバム・トラックを並べてみます。いずれもシングル・カット・レディーの曲ばかりです。むろん、かったるいダウナーなど入れません。

The Hollies - It's You


これはイギリスではFor Cetain Because、アメリカではStop, Stop, Stopのタイトルでリリースされた1966年のアルバムに収録されていたもので、子どものころのフェイヴでした。サイケデリック分水嶺によって、ファンの好みは前後に割れるようですが、アルバムとしても、わたしはこれがもっとも好きです。

同じアルバムからもう一曲。こんどはB面のトラックを。

The Hollies - Peculiar Situation


For Certain Becauseセッションから生まれたシングルはBus Stopです。当時のイギリスの慣行で、これはアルバムには収録されませんでしたが、Bus Stop抜きでも、For Certain BecauseはシングルのA面とB面だけを並べたような、きわめてハイ・レベルなアルバムでした。

そのつぎのアルバムは、そこまで楽曲が充実していたわけではありませんが、やはり、シングル・カットしなかったのはあまりにも惜しいと思うトラックがいくつかありました。1967年のアルバム、Evolutionのクローザー。

The Hollies - The Games We Play


軽さ、速さ、薄さのホリーズ三位一体ソングの極北です。こういうのを聴いているのがいちばん幸せだったなあと、またしてもしみじみしました。

なんでモノなんだよ、と思われる方もいらっしゃるでしょうが、当時日本でリリースされた盤はモノ・ミックスでした。パーロフォン盤に準拠したのでしょう。

同じような曲調で気が引けるのですが、今日は軽さ、速さ、薄さの三位一体を追求するので、この曲も断じて欠かせません。

The Hollies - When Your Light's Turned On


サイケデリック以降、ギターがどうのこうのという声がかまびすしくなり、わたしらジャリ・ロッカーもついそういう風潮に流されましたが、こうしてトニー・ヒックスのギター・ヒーロー以下、ジョージ・ハリソン以上みたいなプレイを聴いていると、歌の間奏なんて、これで十分じゃないか、と思います。どこで間違えて、こんなくだらない音楽ばかりの時代を招いてしまったのやら、またまた怒りがこみ上げてきます。

つぎの曲はすこし遅いような気がしましたが、聴き直したら、やっぱ速いわ、と笑いました。

The Hollies - You Need Love


どれもシングル曲同然なので、結局、どれもシングルにするのをやめたのか、といいたくなります。唯一、シングル・カットしたのがKing Midas in Reverseというのが解せませんが、サイケデリックの時代だから、あえてポップな曲を避けた、といったところでしょうか。

さらに軽さ、速さ、薄さを追求します。同じくEvolutionから。

The Hollies - Have You Ever Loved Somebody?


この曲は、アルバム・カットのままで打ち捨てるのはあまりにも惜しいと思ったのか、サーチャーズがシングルにしました。わたしはサーチャーズのファンですが、これはとくに出来がいい部類ではないと警告しておきます。

The Searchers - Have You Ever Loved Somebody?


つまり、速い曲となったら、ホリーズのほうが数段上を行っていたということじゃないでしょうかねえ。サーチャーズはミディアム・アップのほうが向いていると感じます。

エヴァリー・ブラザーズも、もったいないと思ったのか(くどい)、この曲をカヴァーしています。

The Everly Brothers - Have You Ever Loved Somebody?


うーむ、微妙な出来、といわざるをえません。エヴァリーズにはこういうタイプの曲は向かないんじゃないでしょうか。もうすこしメランコリックなほうがよろしかろうと思います。

この曲が収録された、Two Yanks in Englandというアルバムにはジム・ゴードンのクレジットがあるのですが、この曲はジミーのプレイではないようです。アンディー・ホワイトなのでしょうか

このつぎのアルバム、Butterflyは、ホリーズとしてはもっともサイケデリアに傾斜したもので、近年はそちら方面がかまびすしいため、ホリーズの代表作のようにいわれることもあります。しかし、楽曲の出来からいえば、For Certain Becauseがベスト、そのつぎがEvolution、Butterflyは着外、ずっとずっと下のほうです。

ということで、一部ホリーズ・ファンの予想をはずしてButterflyからは一曲もとらず、またFor Certain Becauseに戻ります。このアルバムは全曲聴いてもかまわないのです。

The Hollies - Don't Even Think About Changing


さらにさかのぼって初期のミディアム・ロッカ・バラッドを。ホリーズだって、たまにはメランコリックな味のある曲を歌うこともあります。まあ、当時としてはごく当たり前の、軽く流したバラッド。

The Hollies - Baby That's All


メランコリーなんてのは、この程度の混入率で十分なのです。俺は歌がうまいんだぞ、と主張するだけの、朗々たる、あるいは綿々たる歌なんてのは下の下。鈴木清順がいっていたでしょう、めそめそ泣く演技なんかうんざりだ、泣いていると観客がわかればそれで十分、と。

そろそろ時間切れ、ごく初期に戻って、若々しい声の曲を。イントロが切れていますが、わたしのせいではないので、ご容赦を。

The Hollies - Keep Off That Friend of Mine



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ホリーズ
Clarke Hicks & Nash Years: the Complete Hollies Ap
Clarke Hicks & Nash Years: the Complete Hollies Ap
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by songsf4s | 2012-01-13 00:04 | 60年代
ファー・モア・ザン・ノー・ヒット――ワン・ヒットで悪かったな3
 
本気でノー・ヒット・ワンダーをやろうかと思ったのですが、二例しか思いつかず、もっとあるような気がして、そちらは先送りにします。

映画のほうも、ゆっくりと準備を進めています。久しぶりに時代劇を取り上げる予定です。

で、今日はまたワン・ヒッターのつづきをやります。べつの曲で書きはじめたのですが、途中で方針を変更し、今日は「外国アーティスト篇」というのをやってみようと思います。

むろん、ここでいう外国とはアメリカから見た外国、しかもイギリスやカナダをのぞいた国ということにします。ないようである、あるようでないタイプのワン・ヒッターです。

まずは例の曲から。

The Shocking Blue - Venus


オランダのグループでしたっけ。ヒットしていた当時も、くだらねえなあ、と呆れていましたが、いま聴いても、なんだかなあ、です。まあ、ヒット・チャートというのは、そういう清濁あわせ飲む(ちょとちがうか!)みたいなところがあるものなので、いたしかたありません。

以前にも書いたような気がしますが、1969年の大晦日、恒例のロックンロール・カウントダウンを聴きながら母方の田舎へ向かいました。道路が混んで到着は深夜になり、おかげで、1969年最後のチャートを聴くことができました。トップはこのVenus、それに押さえつけられてトップに立てなかったのがゼップのWhole Lotta Love、世も末だと高校生は大憤慨しました。

ショッキング・ブルーは10枚ほどのアルバムを出しているので、本国ではたくさんヒットがあったのかもしれませんが、ビルボード・チャートではもうトップ40ヒットはありません。

いや、公平にいって、イントロのギター・コードは印象的で、シングル盤のつくりというのは、こうありたいものだと思います。でも、歌本体はどこにもいいところはありません。まあ、イントロだけしかない、というヒット曲もたくさんあるので、恥じるには足りませんがw

たしか、ショッキング・ブルーの直後だったと思いますが、やはりヨーロッパのグループの、いかにもヨーロッパ的な響きのある曲がヒットしました。

The Tee Set - Ma Belle Amie


ところどころでフランス語を使っていますが、これまたオランダ出身だそうです。でも、ショッキング・ブルーよりはずっとましな曲、ましなサウンドと思っていました。ティンパニーの使い方もけっこうですし、リード・ヴォーカルの声もこちらは好みでした。

つぎはもうすこし南、スペインへと。

Los Bravos Black Is Black


やはりメロディーに非アメリカ的なところがあって、Stop the Musicとの共通点を感じます。ドラムはタイムが不安定、ギターはチューニングが甘いのですが、たぶん、それもフックのうち、ヒットの小さな要因のひとつだったのでしょう。

つぎはインストゥルメンタルなので、どの言語圏の出身であっても関係ないのですが、いちおう非英語圏のアーティストということで。

Jorgen Ingmann - Apache


ヨルゲン・イングマンはデンマークのギタリストで、どういうわけか、シャドウズのオリジナル・ヒットのすぐ鼻先をかすめて、アメリカでこのApacheをリリースし、大ヒットさせました。

ゼムのGloriaではなく、シャドウズ・オヴ・ザ・ナイトのカヴァーがヒットしてしまったのに類似した「歴史の誤り」のように思いますが、まあ、こちらはこちらで、そこそこの出来でしょう。ハンク・マーヴィンほどよくはない、というだけです。

日本人としては違和感があるでしょうが、こういう定義でいくと、当然、この曲はその代表ということになります。

Kyu Sakamoto - Sukiyaki


いったい、どこの馬鹿がSukiyakiだなんていう生まれもつかないタイトルを思いついたかというと、いちおう、イギリスのバンド・リーダー、ケニー・ボールという風に書かれていることが多いようです。

いつだったか、ケニー・ボールがインタヴューのなかでその経緯を話していました。この曲をプレイすると受けはいいのだが、レコーディングするに当たって、もっとわかりやすいタイトルはないだろうか、ということを、ある女性シンガーと食事をしたときに話したら、「スキヤキはどう?」といわれて、そのアイディアをいただいた、と証言していました。

その女性シンガーは、だれあろう、ほかならぬペトゥラ・クラークだそうです。もうすこしマシなアイディアを出せよ、ペット、と文句のひとつもいいたくなりますが、時すでに遅し。

非英語圏のアーティストで、60年代から70年代前半に大ヒットがある、というと、これくらいしか思いつきません。むろん、なにか大きな見落としをしているのでしょうが。


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ショッキング・ブルー
Best of
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ヨルゲン・イングマン(MP3アルバム)
Vintage Music No. 150 - LP: Jorgen Ingmann
Vintage Music No. 150 - LP: Jorgen Ingmann


坂本九
上を向いて歩こう
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by songsf4s | 2012-01-07 23:58 | 60年代
ファー・モア・ザン・ノー・ヒット――2ヒットならどうだ2 スコット・マケンジー、R・B・グリーヴス
 
昨日、前回の記事をアップしながら、ワン・ヒット・ワンダーがあるなら、「ノー・ヒット・ワンダー」もあるのではないか、なんてことを考えました。

つまり、だれでも知っているほど有名なのに、シングル・ヒットがない、というアーティストです。アルバムは売れるのに、シングルはまるでダメ、ということはあるのではないでしょうか。

いま、二例だけ思い浮かんだのですが、わたしがチャート・データをもっていない時期にヒットが出た可能性もあるので、その点を確認してから、可能ならつぎの機会に取り上げることにします。

さて、今日は前回のつづきで、あと一本出れば猛打賞だったのに、という2ヒッターです。

前回、2ヒッターというのは、最初の大ヒットが強すぎて、セカンド・ヒットがショボく感じられ、その結果、シーンから脱落してしまった、というパターンだろうという理屈をこねましたが、その仮定を地でいってしまった人を。

スコット・マケンジー、まずは最初の大ヒットから。ハル・ブレイン・オン・ドラムズ、ジョー・オズボーン・オン・ベース、ヒッピー・ベルを振ったのは、ハル・ブレインに拠れば、ママズ&ザ・パパズのミシェール・フィリップスだそうです。

Scott McKenzie - San Francisco (Be Sure to Wear Some Flowers in Your Hair)


クリップのタイトルは大間違いなので、正確なフル・タイトルを書いておきました。「サンフランシスコ(髪に花を挿すのを忘れないように)」です。長いタイトルなので、子どもたるもの、寿限無のように、正確に記憶しようと努力したものです。中学二年にもわかる程度の英語でしたし。

この曲については、とくになにかいうべきことはないようです。1967年夏、のちに「サマー・オヴ・ラヴ」と呼ばれることになる特別な夏に開かれた、モンタレー・インターナショナル・ポップ・フェスティヴァルのテーマ・ソングというか、前景気をあおるコマーシャル・ソングとして、ママズ&ザ・パパズのジョン・フィリップスが書いた曲で、主催者の狙い通り、大ヒットになりました。

スコット・マケンジーは一躍スターになり、セカンド・シングルがリリースされたのですが、わたしはまったく記憶していませんでした。日本ではほとんどエア・プレイがなかったのではないでしょうか。

Scott McKenzie - Like an Old Time Movie


ジョン・フィリップスが本気だったら、もっといい曲をセカンド・シングルとして書いたのじゃないでしょうかねえ。シングル・カットしたこと自体がミスでしょう。典型的なB面曲にきこえます。

かくしてスコット・マケンジーは、それがどこであれ、もといた場所へと後退していったか、なにかに転身したか、そのへんは知りませんが、老兵は死なず、ただ消えゆくことすらもせず、歌いつづけているのかもしれません。

この人も最初は大ヒットでした。

R.B. Greaves -Take a Letter Maria


別れ話の手紙を秘書に向かって口述するという、ちょっと変わった設定の歌詞も、この曲のヒットにおおいに貢献したのでしょう。時代の変化をあらわす歌詞です。

なかなかけっこうなベースですが、だれのプレイか知りません。オムニバス盤にはしばしば収録されるので、LPでもCDでももっていましたが、単独の盤は買ったことがないので、そのへんのことは知りません。

サム・クックの甥、ロナルド・バートラム・アロイシャス・グリーヴス3世はガイアナで生まれ、アメリカとイギリスで育ち、シンガーとしてはイギリスでデビューしたとありますが、プロデューサーはアーメット・アーティガンだというので、録音はアメリカだった可能性もあります。

R・B・グリーヴスのもう一曲のビルボード・トップ40ヒットは、クリップがないので、サンプルをあげました。バート・バカラックとハル・デイヴィッドの作、サンディー・ショウのヒットのカヴァー。

R.B. Greaves "(There's) Always Something There to Remind Me"

オリジナルはルー・ジョンソンだそうですが、ふつう、この曲はサンディー・ショウのヒットとして知られています。サンディー・ショウもよく知っているのは2曲だけなので、2ヒッターかと思ってチャート・ブックを調べましたが、イギリスではヒットしたものの、どの曲もビルボード・トップ40に届かず、じつはノー・ヒット・ワンダーでした。

すでに時間切れ、もうひとり、という余裕はないので、サンディー・ショウのアメリカではトップ40に届かなかった曲を。

Sandie Shaw - Girl Don't Come


ケチケチせずに、もう一曲も。

Sandie Shaw - (There's) Always Something There to Remind Me


やはり、こちらのほうが高いヒット・ポテンシャルがあったと感じます。


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スコット・マケンジー
San Francisco
San Francisco


R・B・グリーヴス
R.B. Greaves
R.B. Greaves


サンディー・ショウ
Collection
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by songsf4s | 2012-01-05 23:42 | 60年代
ファー・モア・ザン・ノー・ヒット――2ヒットならどうだ!
 
今日は、今年最初の映画をやろうかと思ったのですが、二本の候補があって絞りこめず、両方ともサウンドトラックの切り出しをやっただけで終わってしまいました。

そこで前回のつづき、またワン・ヒッターをやろうかとも思ったのですが、ワン・ヒッター企画をやりながら、気になったことがあるので、そちらをやることにします。

といっても、同工異曲もいいところ、2ヒッターをやろうというだけです。読んで字のごとし、2曲だけヒットのあるアーティスト、というくくりです。いやはや、ただ数字を増やしただけで、どうもスツレイをば。

ワン・ヒッターもけっこういるのですが、2ヒッターもたちどころにいくつか思いつきます。一曲、大ヒットがあって、つぎのもその勢いでそこそこヒットしたものの、そのつぎはもうなかった、なんていうのは、いかにもありそうなパターンです。

わたしがもっとも熱心に聴いた時代の代表的な2ヒッターから。まずは最初の大ヒット。

The Cyrkle - Red Rubber Ball


曲はポール・サイモンとシーカーズのブルース・ウッドリー、マネージャーはブライアン・エプスティーンで、ビートルズと同じようにグループ名は綴り換え(Circle→Cyrkle)などと、パブリシティー材料が豊富で、何度も写真や記事を見ました。

マネージメント・オフィスがビートルズと同じだから、ファブ・フォーの66年のアメリカ・ツアーだったかに帯同して、オープニング・アクトをつとめた、なんていうことも当時、音楽雑誌に写真付きで報道されていました。シェイ・スタジアムでの写真だったと記憶しています。

Red Rubber Ballはビルボード・チャートの2位までいったのですが、そのうえにフランク・シナトラのStrangers in the Nightがどっかと腰を下ろしていて、ついにチャート・トッパーにはなれませんでした。

これはテレビで、リップ・シンクだから、なんとかなっていますが、こんな編成じゃ、まともな音なんか出ないでしょう。子どものときは、ベースにギターのダブルネックって、どうするんだ、と思いましたが、どうするもなにも、どうもなるはずがありません。ライヴはひどい音だったにちがいありません。

ふつうは、いい曲がぞろぞろつづくなんてことはないので、セカンド・シングルはそこそこのヒットでした。

The Cyrkle - Turn Down Day


このあと、トップ40ヒットは出ず、ホット100に引っかかったのが、なにかあったかもしれない程度です。アルバムを聴いても、惜しいなあ、この曲をシングル・カットすればよかったのに、というほどのものはなく、つまるところ、2ヒッターが実力相応だったということでしょう。

こんどはイギリスのマルチレイシャル・グループ、ファウンデイションズです。イギリスではもっとヒットがあったようですが、ビルボード・チャートで見るかぎりは2ヒッターです。まず、最初の大ヒット。

Baby Now That I've Found You


これは大好きでしたが、なぜかシングルは買いませんでした。ギター・バンドが好きだったせいで、管をフィーチャーしたR&B系の音楽はためらってしまったのかもしれません。

クリップではなく、手元のファイルを聴いていて思ったのですが、曲もさるものの、やはりサウンドに反応していたのだと思います。いま聴いても、ピアノの左手とベース、それにドラムのコンビネーションによるイントロのグルーヴはおおいに魅力的に感じます。もちろん、クレム・カーティスの声も好みですが。

セカンド・ヒットも同様に、聴いた瞬間、いい曲、いいサウンドと思いました。

The Foundations - Build Me Up Buttercup


この曲も、Baby Now That I've Found You(近ごろ、邦題を片端から忘れはじめていて不安だが、「星空のベイビー」だったと思う)同様、おおいに好みました。

Baby Now That I've Found You同様、イントロはピアノの左手とベースを重ねていて、依然としてこのサウンドは魅力的ですし、Build Me Up Buttercupのほうは、さらにハモンドのオブリガートが印象的です。

いま聴き直していて思ったのは、このバックグラウンド・ヴォーカルも好きだったことで、シング・アロングするときは、どちらかというと、リードではなく、バックグラウンドを歌っていました。

サークルのアルバム・トラックやノンヒット・シングルにはとくに好きなものはありませんが、ファウンデイションズについては、イギリスだけでヒットしたもののなかには、惜しい曲もあります。

The Foundations - In the Bad Bad Old Days


曲もまずまず、アレンジもサウンドも悪くないし、「古き良き時代」をもじった「古き悪しき時代」という歌詞およびタイトルのアイディアもけっこうで、ビルボード・チャートではダメだったのは、バッド・ラックというべきなのかもしれません。

しかし、つぎの曲も聴くと、ほかにも問題があったことに気づきます。いや、いい曲ですが。

The Foundations - Back on My Feet Again


もうおわかりでしょう。ここまで並べた4曲、すべて文字通り「同工異曲」、同じ系統のサウンド、アレンジで、そこに無理があります。どの曲もそこそこいいけれど、それ以上ではないため、ヒットさせるのはむずかしくなっていって当然でしょう。

4組ぐらいいけるのではないかと思ったのですが、2ヒッターと思いこんでいたら、じつは3ヒッターだった、なんていう勘違いもあったり、前回の記事のミスを訂正したりしていたら時間は飛び去り、もうひと組で終わりにします。

フォーク・ロック系、R&B系ときて、こんどはフォーク・グループです。

The Rooftop Singers - Walk Right In


わたしの世代で、12弦アコースティックを買った人は、たいていこの曲のリフを弾いたのではないでしょうか。非常に印象的なイントロでした。じっさい、60年代前半のアコースティック12弦ブームは、この曲からはじまったのだと思います。

ビリー・ストレンジ御大は私信のなかで、あのころは、なにかというとアコースティック12弦を弾かされて大変だった、ブームが終わったときにはホッとした、12弦はほとんど手放し、いまは一本しかもっていない、もう手が柔らかくなってしまったので弾けない、とおっしゃっていました。

素人がアコースティック12弦を弾くと、Fなんか押さえたくないと思うのですが、12弦のアルバムを出したプレイヤーも、やはりアコースティック12弦は苦手だったかと、ホッとしました。

せっかくだから、ビリー・ストレンジ盤Walk Right Inも貼りつけておきます。

Billy Strange - Walk Right In


さて、ルーフトップ・シンガーズの2曲目です。サークルとファウンデイションズは、2曲ともあの時代に知っていましたが、ルーフトップ・シンガーズはさすがに時代が古くて明確な記憶がありません。

The Rooftop Singers - Tom Cat


これが最後のヒットになったのもしかたない、というところでしょう。Walk Right Inというチャート・トッパーがあったから、その七光りでチャート・インしただけにすぎず、この曲が先だったら、ヒットはしなかったでしょう。

ワン・ヒッターも、ヒットをつづけることのむずかしさを教えてくれますが、2ヒッターは、さらに深く、さらに精妙に、チャートヒットというものの複雑怪奇なメカニズムを語っているように思います。残念ながら、あたくしは凡人なので、そこから処方箋を得られるわけではないのですが。


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サークル
Red Rubber Ball: A Collection
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ファウンデイションズ
Baby Now That You've Found You
Baby Now That You've Found You


ルーフトップ・シンガーズ
Best of Vanguard Years
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by songsf4s | 2012-01-04 23:41 | 60年代
ファー・モア・ザン・ノー・ヒット――ワン・ヒットで悪かったな2
 
昨日のつづきで、さらにワン・ヒッターを並べます。今日は鎌倉に行き、福禄寿、弁財天、恵比寿、と三福神もまわってしまったので、残り時間は僅少。なにも考えずに、曲を並べます。

スティーヴ・マクウィーンが売れないシンガーになる、えーと、邦題失念映画の主題歌。

Glenn Yarbrough - Baby The Rain Must Fall


ハル・ブレインは、グレン・キャンベルといっしょにこの映画に出演し、スティーヴ・マクウィーンがバーで歌うシーンのバックバンドのメンバーを演じています。

しかし、アール・パーマーの伝記に付されたディスコグラフィーにこの曲はリストアップされています。結局、ハルは映画に出演しただけで、ドラムは叩かなかったようなのです。考えてみると、奇妙ですが、撮影と録音はべつべつにおこなわれるので、まあ、当たり前といえば当たり前。

また、ビリー・ストレンジ御大は、たしか、マクウィーンの歌のスタンド・インをやったのだったと思います。つまり、スティーヴ・マクウィーンは歌わず、彼が歌うシーンでは、ビリー・ストレンジさんの声が流れたということです。いや、主題歌はグレン・ヤーブロウなので、ビリー・ストレンジ御大ではありませんよ。

この人も、後にも先にもこれしかヒットがなく、その唯一のヒットがチャート・トッパーになった「純金のワン・ヒッター」です。バリー・マグワイアがフィル・スローンを歌います。

Barry McGuire - Eve of Destruction


この曲の邦題ぐらいはいくらなんでも覚えていたのですが、いよいよ脳軟化か、しばらく考えてしまいました。「明日なき世界」、でしたよね? 自信なし。あはは。

ドラムは当然ながらハル・ブレインです。フィル・スローンは、いくらまじめな歌詞を書いても、隠しても見える狸の尻尾、メロディーはどうしてもポップ・チューンになってしまい、油断すると、すっとチャートのトップまでのぼってしまうのです。でもって、Sing Out!なんていう馬鹿まじめというか、まじめ馬鹿雑誌に思いきり馬鹿にされちゃったりするわけです。どっちもどっち、といっておきます。

今日は65年のチャートを見ながら書いているのですが、さすがにこのときは小学生、まだFENを聴いていなかったこともあって、記憶しているワン・ヒッターはほとんどありません。やっと見つけた一曲。

The Gentrys - Keep on Dancing


シンプルな曲、チープなサウンド、これはこれで、きわめて60年代的、といえるように思います。これなら中学生でもなんとかなりそうなものですが、不思議に同級生のバンドのどこも、この曲はやりませんでした。シンプルすぎて、意欲がわかなかったのかもしれません。呵呵。

記憶している1965年のワン・ヒッターはなかなか見あたらないので、あとから知った曲をひとつ。

The Knickerbockers - Lies


聴けばすぐにおわかりのとおり、この曲がヒットした理由は、ヴォーカルの声がジョン・レノンに似ていて、ラジオで聴くと、ビートルズの新曲のように思えた、ということしかありません。冷静になれば、そんなはずがないのはわかりきったことですが、第一印象というのは尾を引くものなのです。

おっと、すでに制限時間いっぱい。なんだか、連続試合出場記録を途切れさせないために、勝負が決したあとで代打出場し、四球を選んだ、みたいな更新で、失礼しました。


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by songsf4s | 2012-01-03 23:52 | 60年代
ファー・モア・ザン・ノー・ヒット――ワン・ヒットで悪かったな!
 
例年、クリスマス直前ぐらいからお客さんが少なくなり、三が日で底を打ち、その後、通常に戻る、という傾向が当家にはあります。

今年も年末年始は明治神宮や鶴ヶ岡八幡宮にお客さんをとられ(ちがうだろ!)、閑古鳥が鳴いていますが、そういうときは休もう、とは思わず、逆に、少ないからこそ更新しようと思ってしまいます。いや、増やしたいのではなく、気ままに、ぞろっぺえにやりたい、というだけなのですが。

つぎからはレギュラー・プログラムで、などといってはみたものの、今日も外出していて時間がなく、明日も外出の予定なので、軽く思いつくままに曲を並べます。

ご存知の方も多いでしょうが、ポップ・ミュージックの世界にはOne hit wonderという言葉があります。英語のニュアンスはいくぶんか肯定的ですが、これに相当する日本語は最悪です。その名も「一発屋」!

しかしですね、ヒットなんかなんにもないまま、音楽をやめる人のほうが圧倒的に多いのです。そもそも、ビルボード・チャート・トッパーが一曲あれば、一生、食えるってくらいで、ワン・ヒッターというのは、どん底か、エリートか、どっちに近いかといえば、当然、トップに近いところにいるのです。

昔はウェブなどというものはないので、ヒットがないと、そのまま忘れてしまい、だいぶたってから、そういえばあのバンドはどうなったのかな、と思うことがよくありました。

まずは典型的なワン・ヒュージ・ヒット・ワンダー、「一発屋」のキング、一気にトップまで上り詰めた曲を。1968年のビルボード・チャート・トッパー、ジュディーは変装している。

John Fred & His Playboys - Judy in Disguise


ジョン・フレッド&ヒズ・プレイボーイズは「純粋な」または「究極の」ワン・ヒット・ワンダーです。後にも先にもヒットといえるものはこのJudy in Disguiseしかなく、そのたった一曲のヒットはチャート・トッパーになっているのだから、文句なしのホンモノです。

ジョン・フレッドは、ビートルズのLucy in the Sky with Diamondsを聴いて、「Lucy in disguise with diamonds」=「ルーシーはダイアモンドで変装している」って、すげえ歌詞だなあ、と思ったのだそうです。

でも、よく聴いたら、Lucy in the sky with diamondsだとわかり、なんだ、つまんねえ、と思ってから、じゃあ、俺がそういう曲を書けばいいじゃん、と思い直し、このワン・ヒッターが誕生したのだそうな。ウソかホントか、あたしにきかないでください。ジョン・フレッドがそういっていたというだけです。

つぎの曲も同様に純金のワン・ヒッター、1968年のビルボード・チャート・トッパー。

Lemon Pipers - Green Tambourine


クリップにはライヴと書いてありますが、バックトラックはリリース・ヴァージョンと同じもの、ヴォーカルとタンバリンだけ、ライヴまたはプレスコで、盤とは異なるものになっています。

レモン・パイパーズのメンバーは、会社に押しつけられたからやっただけで、この曲を好まなかったようです。あまり素人ロック・バンドの音には聞こえないので、バックトラックができあがってからスタジオに呼ばれて、歌え、といわれた、といった、よくあるパターンだったのかもしれません。

そのへんのスタートでの考え方の相違から、結局、ブッダとはうまくいかなくなり、当然、ヒットにもさようなら、というあたりでしょう。ブッダだから、本質においてはスタジオ・プロジェクトなのだが、たまたま契約してしまったバンドがあったので、その名義にしてみた、というあたりではないかとみなしています。

いま振り返って1965年から68年ぐらいまでが、自分が生きた時代のなかで、もっとも音楽の世界が煮え立った時期だったと思います。

自分自身の年齢でいえば、小学校六年から中学いっぱい、世界に目を開く時期とちょうど重なって、興奮につぐ興奮、音楽潮流がめまぐるしく変化する、途方もない時代でした。ビートルズのアルバム・ジャケットを追いかけるだけでも、その変化の速度はわかるでしょう。

ワン・ヒッターについても、この時期のものがやはり強く印象に残っています。これまでの曲はサイケデリック直後でしたが、こんどは直前の時代を。もうちょっとでシングルを買いそうになった曲。

The Outsiders - Time Won't Let Me


再録音があるのか、妙なクリップがたくさんあって、面食らいました。わたしが知っているTime Won't Let Meは、上掲クリップのものです。

すごいプレイをしているわけではないのですが、この時期にこれだけ安定したプレイをできるバンドがあるとも思えず、ちょっと考え込みます。

この時期のキャピトルですからねえ。影武者の都、てなものです。ハル・ブレインやアール・パーマーではないことまではわかりますが、では、だれだとなると、長考に入ってしまいます。ルーキー時代のジム・ゴードン、なんて可能性もゼロではないような……。

またしても68年のヒット、こんどはR&Bを。これまたLA産ですが。

Brenton Wood - Gimme Little Sign


ブレントン・ウッドはLAベースのシンガーですが、ハリウッドっぽいサウンドではなく、どうなってんだ、と思います。メイジャーが使っていたプレイヤーではなく、クラブを仕事場にしているプレイヤーで録音したのか、ちょっと悩ましい音です。

ヒットしていた当時は、チープなオルガンの音に惹かれました。間奏はそこそこ素直な音ですが、オブリガートのときはなにかイフェクターをかけているのではないでしょうか。あるいは、ミュージトロンなどの、オルガン類似楽器かもしれません。

ジョン・フレッドが典型ですが、サイケデリックのころから、R&Bフィールの強い白人バンドというのがたくさんあらわれて、子どものわたしはそういうのを好みました。ブレントン・ウッドなども、黒人のわりには黒さが薄く、ロウ・ティーンのわたしはそういうものを好んだようです。

The O'Kaysions - I'm a Girl Watcher


微妙な黒さのあるヴォーカルで、このタイプはいまも好みです。こういう、一回、湯通しして、脂を抜き、あっさりした味に仕上げたようなものは、あの時代の特徴だったといまにして思います。

この人はジャメイカンなんでしょうか。イギリスのスカ・ブームの文脈から出てきたのでしょう。デズモンド・デッカーとザ・リズム・エイシーズ。

Desmond Dekker - Israelites


子ども(あたくしは中三だった)の観点からは、ギターの使い方に魅力を感じる曲でした。カッティングではなく、ミュート・ギターの使い方です。

南アフリカからやってきて、ひとつだけヒットを残した人もいました。

Miriam Makeba - Pata Pata


ミリアム・マケバは、ダウン・イン・ジョハネスバーグでは大スターで、山ほどヒット曲があるとなにかに書かれていましたが、それをいったら、わが坂本九もワン・ヒッターではなくなってしまうので、ここではあくまでもビルボード・チャート的世界観で押し通します。

これは66年のヒットでしたか、大好きでした。いま聴いても、シンプルなのに、飽きないつくりになっているところに感心します。やはり、グルーヴのよさのおかげでしょうか。このドラマーは好みです。

1968年というのは、印象深いワン・ヒッターの宝庫のようです。いや、こちらの年齢の問題かもしれませんが。つぎの曲なんかも、やはりドラム、ベース、ギターがつくるグルーヴが新鮮でした。

Archie Bell & The Drells - Tighten Up


つぎは、そういえば、色物もあったなあ、としみじみしてしまった曲。いや、曲調はしみじみとは正反対ですが。

The Crazy World of Arthur Brown - Fire


ふーむ、けっこういいグルーヴだなあ、といまさらのように感心しました。それにしても、この人はなんだったのでしょうか。わけのわからない時代の、わけのわからない人の、わけのわからない曲でした。

そろそろ時間切れ、この曲でおしまいにします。『キル・ビル』のサウンドトラックなんていわれるとすごく抵抗があるのですが、まあ、よろしい。アイズリー・ブラザーズの曲のロック・グループによるカヴァー。

Human Beinz - Nobody But Me


あ、もう一曲、すでに検索してクリップを貼りつけてあったのを忘れていました。

The Equals - Baby Come Back


その下には、この原稿を書きはじめたときに、あの曲と、この曲と、なんて、思いつくままにリストアップした曲が並んでいたのですが、結局、どれも使いませんでした。

こういうのは、まったくの楽勝、さっと書けちゃうし、いつまでもつづけられるなあ、と思ったのでしたwww


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by songsf4s | 2012-01-02 21:44 | 60年代
サイモン&ガーファンクル"So Long Frank Lloyd Wright"―Bridge Over Troubled Water40周年記念盤を巡って
 
Bridge Over Troubled Water40周年記念盤の全曲を検討するつもりはないのですが、あと何曲かサウンドを腑分けしてみようと思います。

わたしはサウンドが好きなので、ヴォーカルにはそれほど強い興味はなく、サイモン&ガーファンクルについても、アコースティック・ギターだけの曲で好きなのはあまりありません。いい曲だとは思っても、それで終わりになってしまうのがほとんどです。

そのなかで例外といえるのは、たとえばLeaves That Are Greenなどがそうですが、それでもなお、ちょっとでもいいから、音を重ねてくれると、好ましさがおおいに増します。

たとえば、Dangling ConversationやOld Friendsなどが、そのような「わずかに音を加えた」好ましい曲の一例ですが、フランク・ロイド・ライトへのオマージュ、So Long Frank Lloyd Wrightも、そのタイプといえます。

「わずか」か否かの境目は、ドラムとフェンダー・ベースのあるなしで、ドラムが強いバックビートを入れていれば、わたしの観点からは「わずかな音」ではなくなるのです。

Simon & Garfunkel - So Long, Frank Lloyd Wright


アート・ガーファンクルはコロンビア大学で建築の勉強をしていて、それでポール・サイモンがこの曲を書いたそうですが、建築家をテーマにした歌というのはほかに知りません。

どなたか、The Late Great Walter Gropiusとか、A Song for Le Corbusierなんてえのをお書きになってみてはいかがでしょうか、ヒットしなくても、ポール・サイモンの曲と並んで、建築家をテーマにしためずらしい歌、と言及されることになるでしょう!

昔のLPにクレジットがあったのかなかったのか、あるいは名前を見たのに、あの時代にはよく知らなかったから忘れてしまったのか、この曲のアレンジはジミー・ハスケルの仕事だということに、今回の再検討で気づきました。

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ショーティー・ロジャーズといっしょに、ボビー・ジェントリーのデビュー・アルバム、Ode to Billie Joeでグラミー編曲賞を得たのがたしか1968年のこと、したがってSo Long, Frank Lloyd Wrightは、ジミー・ハスケルの盛名がもっとも高かったときの仕事ということになります。

The Making of Bridge Over Troubled Waterには、ジミー・ハスケルの仕事ぶりがわずかに出てきます。BとBマイナーでうまくないから、Fシャープのままつづけたほうがいい、マイク(たぶんストリング・セクションのだれか)、いまのきいたか、などといっています。

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アート・ガーファンクルの歌をききながら採譜し、コードを変更して、その場でアレンジし、ストリング・カルテットに指示していった様子がはっきりわかる、貴重なショットです。

たとえば、ビートルズやビーチボーイズなどと同じく、サイモン&ガーファンクルが、スタジオ・タイム使い放題の特権的アーティストだったからこういうことができたのですが、ジミー・ハスケルの仕事の早さのおかげでもあるでしょう。

プロデューサー/エンジニアのロイ・ハリーは、So Long Frank Lloyd Wrightのストリングスを「It's kind of burried, but very tasty」(「やや薄目のミックスにしたが、非常に味わい深いものだった」)といっています。

まさにハリーの言葉の通り、じつにいいラインが出てきます。間奏のフルートのバックグラウンドのラインもいいし、All of the nights we harmonized till dawnの尻尾を、アーティーがずっと伸ばして歌うところのヴァイオリンなど、すごいものです。

ロイ・ハリーがkind of burriedというバランシングも、じつに微妙で、よくこのポイントを見つけたなあ、と感心します。この曲にも、アート・ガーファンクルの薄い声にも、このミキシングがぴったりですし、また、よく聞こえないだけになお一層、ときおり聞こえたときに、おお、いい音だ、とニンマリします。

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ポール・サイモンの曲、ジミー・ハスケルのアレンジ、ロイ・ハリーのエンジニアリングの、バランスのよい三位一体が、このSo Long, Frank Lloyd Wrightの繊細で美しい音を形成しています。

このデュオの歌にケチをつけるわけではないのですが、Bridge Over Troubled Waterというアルバムは、これだけの時間がたってみると、やはりPet Soundsのような、卓越したスタジオ・ワークの産物に思えてきます。そして、そのスタジオ・ワークの中心人物はロイ・ハリーでしょう。

So Long Frank Lloyd Wrightのエンディングのリフレインで、オフマイクの「So long already, Artie」(「もう十分に長いぞ、アーティー」)という声が聞こえます。これはリフレインがあまりにも長いので、ロイ・ハリーが、いい加減に終わりにしたらどうだ、という意味で声をかけたのだそうです。

それでは、この記事もso long alreadyなので、ここらで、ソー・ロングみなさま。


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by songsf4s | 2011-12-13 23:56 | 60年代