カテゴリ:60年代( 71 )
ドナルド・ダック・ダン逝く
 
すでに日本のメディアでも報じられたように、MG'sのダック・ダンが、ツアーで訪れていた東京で急死しました。享年七十。死因は発表されたのか否かすら知りません。取り立てて重大な疾患はなかったということなので、心臓か脳でしょうか。

毎度のことながら、スタジオ・プレイヤーの代表作を選ぶのは七転八倒します。数が多すぎるし、そもそもなにか大きな美点がなければ名を残すようなことはないわけで、並べて聴いてみると、すばらしいトラックが目白押しで、選択に苦慮します。

深く考えずに、60年代のスタックス・レコード・ベスト・ヒット集縮小版のようなものになったら、それはそれでしかたない、と腹をくくって、ノンシャランにトラックを並べることにします。

ダック・ダンはMG'sのベースだった、そして、MG'sといえばGreen Onionである、と反射的にお考えになるでしょうが、彼がMG'sに加わったのは1965年なので、あの曲ではプレイしていません。

ダック・ダンのディスコグラフィーに登場する最初の大ヒットは、スタックスではなく、アトランティックからのリリースでした。アトランティックのアーティストがメンフィスに来て録音したのです。

Wilson Pickett - In the Midnight Hour


画面に映っているのはちがうバンドですが、音はスタジオ録音、MG'sとマーキーズのプレイです。

ウィルソン・ピケットのキャリア全体を見渡すと、スタックスではなく、アメリカンやフェイムで録音したトラックのほうがはるかに多く(ドゥエイン・オールマンがプレイしたクライテリアのものもある)、MG'sとやったのは一握りですが、わたしはやはり、ピケットというと、この曲と634-5789 (Soulville USA)を思い浮かべます。ともにMG'sとマーキーズのバッキングで、どちらの曲も作者のひとりはスティーヴ・クロッパーです。

不思議なことに、Green Onionの大ヒットがあったにもかかわらず、MG'sはその後、自己名義のアルバムを長いあいだリリースせず、スタックスのハウス・バンドに徹します。

スタインバーグからダック・ダンに交代した65年からMG'sのほんとうの活躍がはじまるのですが、そのセカンド・アルバムのソングライター・クレジットのほとんどすべてにスタインバーグの名前があるので、ダック・ダンのトラックは1、2曲なのだろうと思います。

そのつぎのアルバム、And Nowはあまり面白くないのでとばすと、つぎはクリスマス・アルバムで、ちょっとメイン・ラインからはずれてしまいますが、このアルバムでは、ダック・ダンのプレイとしても、この曲が印象に残っています。

Booker T. & the MG's - We Wish You A Merry Christmas


この野太さこそがまさにダック・ダン!

In the Midnight Hourに勝るほど無数のカヴァーがあるこのスタンダードもダック・ダンのプレイでした。

Eddie Floyd - Knock On Wood


スタックス・レコードを代表するシンガーだったオーティス・レディングもMG'sと無数のレコーディングをしています。のちにMG'sのヒット曲、Time Is Tightに化けることになるこの曲を。

Otis Redding - I Can't Turn You Loose


同じくスタックスを代表するアーティストですが、子どものころ、オーティスよりずっと熱心に聴いたのは、このデュオでした。

Sam & Dave - Soul Man


この曲のベースは好きでした。いまでも、ダック・ダンといえば、まず思い浮かべる曲のひとつです。

今度はライヴ、それもバラッドを。中学の時に買ったサム&デイヴのLPに収録されていて、よく聴いた曲です。MG'sはスタックスの屋台骨を支えていたので、60年代には、よほど大事なツアーでないと、よそには行かなかったそうです。

Sam & Dave - When Something Is Wrong With My Baby


女性シンガーがまだゼロだったのに気づいたので、オーティス・レディングとのデュエットもやったこの人の代表作を。

Carla Thomas - B-A-B-Y


つぎはストレートなブルーズを。アルバート・キングはスタックスと契約していた時期があり、このときに代表作となるものをリリースしています。プロデューサーはたぶんアル・ジャクソン。むろん、ストゥールに坐ったのも彼でしょう。

Albert King - Born Under a Bad Sign


あまりブルーズは聴かない人間なのですが、このBorn Under a Bad Signをタイトル・トラックにしたLPはいいアルバムだと思います。

こんどは白人デュオとのスタジオ・ワーク。彼らにとってはこれがデビュー盤でした。

Delaney & Bonnie - It's Been a Long Time Coming


バッキングはこのあたりで切り上げ、以下、MG'sのトラックを少し並べてみることにします。

Green Onionはもちろん子どものときに知っていましたが、リアルタイムで記憶のあるMG'sのチャート・ヒットというと、この曲あたりが最初ではなかったかと思います。ラスカルズのビルボード・チャート・トッパーのカヴァー。

Booker T. & The MG's - Groovin'


MG'sがいかにもMG'sらしくなり、ヒットを連発するのはこのあたりからだったのではないでしょうか。60年代終わりから70年代はじめが、わたしにとっては「MG'sの季節」でした。

MG'sとしても、スタックスとしてもめずらしい、白人ポップ的な、明るくノーテンキなトラックを。

Booker T & The MG's - Be Young, Be Foolish, Be Happy


このBe Young, Be Foolish, Be Happyが収録されたSoul LimboはMG'sの代表作と見ています。つぎは、このアルバムからシングル・カットされた、クリント・イーストウッド主演のウェスタン『奴らを高く吊るせ』のテーマ曲。OSTではなく、このMG'sのカヴァーのほうがヒットしました。

サンプル Booker T. & the MG's - Hang 'Em High

奴らを高く吊るせの翌年、1969年にはヒットが二つありますが、まずはサイモン&ガーファンクルのカヴァー。ダック・ダンとアル・ジャクソンのイントロがむちゃくちゃにかっこよくて、子どものときに大好きでした。

Booker T. & The MG's - Mrs. Robinson


ポール・マッカートニーはダック・ダンのファンで、66年だったか、もうアビー・ロードの薄い音は嫌だといって、スタックスのスタジオで録音することにし、予約したことがあるそうです。

驚いた会社は、ポールのベースの録音スタイルをドラスティックに変更し、ジェフ・エメリックが卓に坐ったPaperback Writerが誕生したのだという伝説もあるほどです(ビートルズがスタックスのスタジオを予約した書類が存在するそうだが、まだそのコピーというのを見ていない)。

MG'sのほうは、そのへんのことをよくわかっていなかったようですが、ダック・ダンはビートルズが好きで、ビートルズ・カヴァーで埋め尽くされたMG'sのアルバム、McLemore Avenue誕生の原動力となったようです。

メドレーばかりでみな長くて困るのですが、短いクリップがあったので、それをおきます。McLemore Avenueから。

Booker T. & the MGs - You Never Give Me Your Money


すこし時間をさかのぼって、Green Onionと並ぶMG'sの代表作を。何度も書いていますが、FENの夕方の番組、Kantoh Sceneというものがあって、70年代の一時期、ずっとこの曲をエンディング・テーマにしていたので、毎日のように聴いていました。17:58ごろにかかったので、これを聴くと、いまでもなんとなく空腹の幻想のようなものを感じます。呵々。

Booker T. & The MG's - Time Is Tight (45 ver.)


もう一曲、やはりKantoh Sceneのエンディング・テーマに使われたトラックを。

Booker T. & The MG's - Hip Hug-Her


こういうサウンドがいちばんダック・ダンらしいと感じます。

70年代なかば以降、ドナルド・ダック・ダンの仕事はスタックスの外へと広がっていきますが、ブルーズ・ブラザーズをはじめとするそうしたトラック群は、60年代育ちには、やはり「余生」に感じられます。いや、思い立って、そういうトラックを集めて記事を書くかも知れませんが、本日のところはここまで。

すでに75年に没したアル・ジャクソンとともに、ドナルド・ダック・ダンに安らかな眠りを。


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by songsf4s | 2012-05-15 23:55 | 60年代
回想のビリー・ストレンジ、その音楽と時代 その10 ブルース・ジョンストン、アヴァランチーズ
 
(2012年3月25日午前10時追記 サンプルのリンクの誤りを修正しました。平伏陳謝)

どうも落ち着きと根気がなく、長い文章を書く集中力もないため、このところ更新が滞っています。お客さんの半分ぐらいは検索でいらっしゃるのだろうと思いますが、定期的に、なにか記事があがっているかとチェックされている方には申し訳ないことと思っています。

短い思いつきなら書けるので、ツイッターのほうは活溌に利用していて、フォローなさっている方にはご迷惑なことだろうと恐縮しています。むろん、ツイートに反応して、いろいろ教えてくださる方もたくさんいらっしゃるのですがね。

「ついろぐ」の統計によると、わたしのコミュニケーション率は30.1パーセントだそうです。10回に3回は、独り言ではなく、どなたかと対話するためのツイートをしているということです。これが多いのか少ないのかは微妙ですが、まあ、少ないほうではないだろうと思います。ふだんはちがいますが、ウェブ上では社交的なほうですから。

さて、ビリー・ストレンジ・ストーリーです。

1963年、ビリー・ストレンジは、エルヴィス・プレスリーの二枚のサウンドトラック盤でプレイしています。これを取り上げようと思ったのが間違いのはじまりで、気分的に落ち着かないときに、トラック・バイ・トラック・クレジットのない盤から、ビリー・ストレンジのプレイを拾い出すという厄介なことをやろうとして、更新不能に陥ってしまいました。

よって、エルヴィス・プレスリーとビリー・ザ・ボスの関わりについては、もうすこしあとで検討することにして、It Happened at the World's FairとFun in Acapulcoという二枚の盤はスキップします。

かわりに、今回は、ほとんど頭を使う必要のない、聴いた瞬間、たちどころにわかるものを並べることにします。まずは、ブルース・ジョンストンのソロ、Surfin' Around the Worldから。

以前のサーフ・ミュージック特集でも貼りつけたクリップです。エルヴィスとアン=マーグレットの絵は曲には無関係です(ただし、この映画のOSTでビリー・ストレンジはプレイした)。

Bruce Johnston - Biarritz


この右チャンネルのギターのプレイ・スタイルとサウンドをよくご記憶くだされたし。あとで、なるほどと思わせる予定なり。なんて、そういうことをいっちゃあ、なるほどなんて思わなくなるでしょうが!

どうであれ、こういうのは大好物。盛り上がるサウンド、盛り上がるプレイです。

書き忘れましたが、ドラムはもちろんハル・ブレインです。まあ、当家のお客様方にはいうまでもないことでしょうが。

ブルース・ジョンストンはこの時期、キーボード・プレイヤーでもあったので、ファズのかかったフェンダー・ピアノが彼のプレイだと考えられます。ハル・ブレインはHal Blaine and the Wrecking Crewのなかで、ブルースのプレイに讃辞を呈しています。

つぎもワイルドなものを。

Bruce Johnston - Jersey Channel Islands Part 7


これを聴くと、畏友オオノさんの疑問を思いだします。キャピトル移籍後のディック・デイルって、スタジオでプレイしたの? という恐い疑問です。まあ、あの程度のプレイなら、当時のハリウッドのエースには楽なものだったでしょう。

このブルース・ジョンストンのSurfin' 'Round the Worldにディック・デイルがクレジットされていたら、このトラックがデイルのプレイね、と深く考えずに判断してしまうでしょう。逆にいえば、ビリー・ストレンジなら、ディック・デイル・スタイルぐらい、簡単にやってみせるということです。いや、疑問は疑問のままにしておきますが!

一曲ぐらいはバラッドを。ヴォリューム・コントロールによるミュートを使ったプレイです。

Bruce Johnston - Maksha at Midnight


このアルバムは大好きなので、どの曲もみないいのですが、全部並べるのもなんなので、つぎで終わりにします。こんどはファズです。ビリー・ザ・ボスは手製のファズ・ボックスを使っていたそうです。

Bruce Johnston - Malibu


ビリー・ストレンジという人は、タイムがよくて突っ込まないせいもあって、あのころのハリウッドのギター・エースのなかでは、もっとも大人っぽいプレイができたと思います。

しかし、トミー・テデスコやグレン・キャンベルのような豪快なプレイができなかったかといえば、そんなことはありません。このアルバムは、繊細なビリー・ストレンジではなく、ワイルドなビリー・ストレンジがたっぷり聴けるという意味でも際だったものでした。

アヴァランチーズ(あれこれ検討の結果、表記を変更しました>旧知の諸兄。近年はこちらが多数派になったという判断で)というスタジオ・プロジェクトの唯一のアルバム、Ski Surfin'のリリースは1964年だと思うのですが、ビリー・ストレンジ・ディスコグラフィーでは、1963年とされています。録音は63年だったのでしょう。

これまた大好きなアルバム、「史上最高のギター・インスト・アルバム」とまでいっているので、いままでにも何度も貼りつけたのですが、やはり、ビリー・ストレンジ特集となれば、再登場させないわけにはいきません。

ビリー・ストレンジ&トミー・テデスコ・オン・ギター、ハル・ブレイン・オン・ドラムズ、アル・ディローリー・オン・キーボーズ、デイヴィッド・ゲイツ・オン・ベース、ウェイン・バーディック・オン・ペダルスティール、ディ・アヴァランチーズ!

The Avalanches - Ski Surfin'


こういうのがいちばん盛り上がります。ギターもドラムも上手くて、しかも、なにも遠慮せずに、豪快にすっ飛ばしていくのだから、うれしくなります。

ブルース・ジョンストンのBiarrizのところで、このギターのサウンドとスタイルを記憶してほしいと書いたのは、アヴァランチーズとの類似を感じていただきたいからです。同じトーン、同じスタイルだとおわかりでしょう。

何度も書きましたが、わたしはビリー・ストレンジ御大に、この曲ではどちらがどちらをプレイしたのですか、と質問しました。もう手元にLPがないとおっしゃるので、オオノさんがちゃんとCDまで送ったのですよ。しかし、あのころはトミーとはしじゅうリックを交換していたから、いまでは自分でもどちらか判断できない、とのことでした。

まあ、似てますよ、たしかに。先にいくのがビリー・ストレンジ、あとからいくのがトミー・テデスコと、かりに判断し、ずっとそう考えてきました。しかし、いま、ボスの遺言書が出てきて、Ski Surfin'では、先にトミーがいき、俺は中間部をプレイした、と書かれていたとしたら、なんだ、そうだったのか、と思う程度、それはないでしょ、思い違いざんしょ、などと食い下がったりはしません。どちらがどちらであっても驚かないほどよく似ています。

ユーチューブには、あとは、三曲をまとめた面倒なクリップがあるだけなので、ここからはサンプルにします。

サンプル The Avalanches "Along the Trail with You"

左チャンネルで豪快にコードをストロークしているのがトミー・テデスコ、右チャンネルのギターがビリー・ストレンジと考えていますが、逆だという証拠がでてきても、この場合も、なんだ、そうだったのか、といってしまうでしょう。呵呵。ミスはありますが、やはりおおいに魅力的なギター・プレイです。

もう一曲、こんどはギターというよりベース・ギター、ダンエレクトロ6弦ベース(ダノ)のプレイです。

サンプル The Avalanches "Winter Evening Nocturne"

日本をはじめ、一部の国では、エレクトリック・ベースのことを「ベース・ギター」ということがあります。「ギターのような形をしたベース」ということでしょう。

しかし、キャロル・ケイさんによると、ハリウッドのユニオンの規定では、ベース・ギターとは書かず、たんに「ベース」と書くそうです。彼女に云わせると、「ベース・ギター」というのは、ダノのことなのだそうです。

ダノはベースとして使われるわけではなく、「1オクターヴ低くチューニングするギター」として、ギターのヴァリエーションとして利用されるのだから、というのです。テナー・ギターと同じような意味で、「ベース・ギター」なのだというわけです。

この曲でも、ビリー・ストレンジはダノを、通常より低い音が出せるギターとして使っています。ベースとしては使っていません。

ある人が、エリック・クラプトンのアルバムを、誰のプレイであるとも告げずに、ジョー・パスに聴かせたのだそうです。パスは「昔、トミーたちがこういうのをよくやっていたじゃないか」といったのだとか。トミーとはもちろんトミー・テデスコです。

わたしは子どもだったので、いわゆるギター・ヒーローの時代がやってきたときは、おおいに興奮しました。しかし、この1963年に録音されたビリー・ストレンジのプレイを聴くと、ものを知らないというのは怖ろしい、トーンといい、プレイ・スタイルといい、あの程度のことなら、ビリーやトミーは軽々と、ただの「日常業務」としてやっていたじゃないか、と自分の馬鹿さ加減を嗤いました。

ビリー・ストレンジ御大に、あなたはお忘れかもしれないが、アヴァランチーズというプロジェクトがあり、あなたの名前がクレジットされている、というようなニュアンスで、質問しました。

御大は、忘れるものか、よく憶えている、あれは楽しかった、という返信を寄こされた、ということを付け加えて本日はおしまい。こういう楽しいアルバムを、三時間のセッションを三回やるだけで、軽々と完成させてしまった昔の大エースたちに心から尊敬の念が湧きます。


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by songsf4s | 2012-03-23 23:56 | 60年代
回想のビリー・ストレンジ、その音楽と時代 その9 アン=マーグレット、ハニーズ、リッキー・ネルソン
 
今回も1963年のセッション・ワークです。

ギター・ソロはないし、派手なオブリガートを入れているわけでもないのですが、へえ、それもプレイしたのですか、という懐かしい曲から。子どものころ、映画も曲もヒットしたと記憶しています。映画から、エンディングのクリップを。

Ann=Margret - Bye Bye Birdie


タイトルは「バイ・バイ・バーディー」なのに、歌は「バーヒー」に聞こえたことが、強く印象に残っています。いま聴いても、やっぱり「バーヒー」といっているように聞こえます。

アン=マーグレットは、ジュリー・ロンドン、ボビー・ジェントリーと同じリーグなので、静かに超オン・マイクで囁いたほうがいいと思いますが、ヒットらしいヒットはこの曲だけでしょう。

1963年は本格的なサーフ・ミュージック・ブームの年で、ビリー・ストレンジもさまざまなサーフ・チューンでプレイしています。

ビリー・ストレンジがビーチボーイズとほぼ同時に関わりを持った、ブライアン・ウィルソンのアウトサイド・プロダクション。クリップがないので、サンプルで。

サンプル The Honeys "Shoot the Curl"

curlというのは、波の先端が丸まったところ、例の「パイプライン」を指すそうで、それをshootするとは、あの空洞をくぐり抜けることだとか。

派手なことはしていませんが、アンプのトレモロをかけた音色もよく、なかなか魅力的なプレイですし、ハル・ブレインも気持のいいグルーヴをつくっていて、好ましい曲です。

リッキー・ネルソンはすでにこのシリーズでふれましたが、こんどはデッカ時代の録音を。

Ricky Nelson - That Same Old Feeling


ふーむ、微妙なトラックです。ベースはジョー・オズボーンに聞こえますが、ドラムはあまりリッチー・フロストのようには聞こえません。だれに近いかというとアール・パーマーです。

ベースがオズボーンなら、ギターもジェイムズ・バートンになりそうなものですが、なにか事情があったのでしょうかね。残念ながら、手元にあるリック・ネルソンのクレジットはインペリアル時代のもので、パーソネルを確認できませんでした。

オン・ミックスのギターはバートン、オフ・ミックスのファズがかかったものはビリー・ストレンジ、という可能性もあるだろうと思います。

ほかに、この時期のリックの曲として、Hello Mister HappinessやI Got a Woman(レイ・チャールズのものとは同題異曲)がリストアップされていますが、手元にあるものは、どちらもジェイムズ・バートンのプレイに聞こえます。オルタネート・テイクがあるのかも知れませんが、そこまでは調べがつきませんでした。

このあいだ、リック・ネルソンの六枚組を通して聴いたのですが、いやはや、すごいものだと思いました。むろん、リックのヴォーカルについては、さまざまなご意見があるだろうと思います。しかし、トラックに関するかぎり、メンバーよし、プレイよし、録音よしで、インペリアル時代はつねに高いレベルを維持しています。リック・ネルソン・セッションはまたとりあげることになるでしょう。


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by songsf4s | 2012-03-17 23:37 | 60年代
回想のビリー・ストレンジ、その音楽と時代 その8 ビーチボーイズ、フィル・スペクター、サム・クック
 
今回は1963年のセッション・ワークです。ビリー・ストレンジのキャリアということではなく、ハリウッド音楽界自体がおおいなる隆盛を迎えのは、この年からと考えています。ビリー・ストレンジの仕事も、メイジャー・アーティストの大ヒット曲がどっと登場します。

まずは典型的なカリフォルニアの音から。

The Beach Boys - Surfin' USA


スーパー・プレイではないのですが、ビリー・ストレンジの艶やかなギターのサウンドがこの曲の印象を決定しているので、やはり代表作のひとつといっていいでしょう。きちんとしたクレジットがないので、頭痛の種でしたが、ボス自身がコンファームしてくれて助かりました。

1963年を境にして、ハリウッドはアメリカ最大の音楽都市へと成長しますが、その最大の原動力は、フィル・スペクターだったといっていいでしょう。

62年のHe's a Rebelで、フィレーズとしては最初のビルボード・チャート・トッパーを得て以来、スペクターは活動の中心をハリウッドに移し、その結果、後年いうところの「レッキング・クルー」が形成されることになります。

ビリー・ストレンジ・ディスコグラフィーにも、1963年からフィル・スペクターの曲が登場しはじめます。フィル・スペクターは滅多にギター・ソロは使わないですが、これは例外。

Bob B.Soxx & The Blue Jeans - Zip-A-Dee-Doo-Dah


エンジニアのラリー・レヴィンが回想していました。ミックスのとき、スペクターの要求にしたがって、あっちを上げ、こっちを上げているうちに、こうなってしまった、と。レヴィンが「でも、フィル、これではビリーのギターが聞こえないじゃないか」といったら、スペクターは「いいんだ、これで完璧だ」といったそうです。

その結果、ビリー・ストレンジのファズ・リードは、他のチャンネルにリークした音だけになり、このような「遠いギター」の効果が生まれたというしだい。

サム・クックのセッションでビリー・ストレンジがプレイした曲は多くないと思いますが、これは、いわれて、そういえば、と頭を掻きました。

Sam Cooke - Sugar Dumpling


これまたオフ・ミックスなのですが、ときおり聞こえるギターは、なるほど、いかにもビリー・ストレンジの音だと納得します。

ここまではよく知られたヒット曲ばかりですが、当然ながら、まったく知られていないであろうスタジオ・プロジェクトもあります。

Calvin Cool & the Surf Knobs - El Tecolote


さすがはビリー・ストレンジ、というプレイ。ぜんぜん知らない名前がいまだにどんどん出てきてしまうサーフ&ドラッグ・スタジオ・プロジェクトの世界は魔界です!


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by songsf4s | 2012-03-13 23:46 | 60年代
回想のビリー・ストレンジ、その音楽と時代 その7 ジョニー・リヴァーズ、フェンスメン
 
1964年、サンセットのウィスキー・ア・ゴーゴーで録音したという、トリニ・ロペス風のパーティー・サウンドに載せたMemphisをヒットさせる以前に、ジョニー・リヴァーズはいくつかアルバムをリリースしています。

それは知っていたのですが、メンフィスか、ルイジアナのどこかでの録音だろうとみなして、手に入れていませんでした。ほかのはほとんど完璧というくらいに揃えてあるのですが。

しかし、1962年にすでにジョニー・リヴァーズはハリウッドで録音していたことが、あとでわかりました。予断、偏見は禁物とあれほど自戒していたのに!

このときの録音は、いったんはお蔵入りしたものの、64年にMemphisの大ヒットを受けて、キャピトルからリリースされたのだそうです。いくつかいい曲はありますが、たしかに、リリースが見送られたのもしかたないかな、という地味なアルバムです。

ユーチューブには、LPリップを切り分けずに、片面ずつまとめてアップしたものしかありません。これを切り分けてMP3にしたものもアップしたので、以下のクリップは気にしないでください。念のためにおくだけです。

The Sensational Johnny Rivers LP side 1


The Sensational Johnny Rivers LP side 2


まだハル・ブレインがエースになる以前で、ハルのように感じるトラックはなく、アール・パーマーかな、というのがいくつかあるだけです。

キャピトルなので、プロデューサーはニック・ヴェネー(Nick Venetと書くが、tはサイレント、アクセントは第二シラブル)、ビーチボーイズの契約の担当プロデューサーです。ビーチボーイズ関係の本ではたいていコケにされていますが、それほど鈍物ではないとわたしは考えています。

さて、このアルバムがビリー・ストレンジ・ディスコグラフィーにリスト・アップされているのですが、不完全なセッショノグラフィーが、判断をかえってむずかしくしているのです。

問題は、1962年11月5日のセッション・リーダーはグレン・キャンベル、とされていることです。ほかに、ラッセル・ブリッジス(リオン・ラッセル)、デイヴィッド・ゲイツ(のちにブレッド。ギター、ベース、さらにはドラムもプレイした)、ジミー・ボーウェン(アップライト・ベース。のちにリプリーズのプロデューサーとなり、ディーン・マーティン、フランク・シナトラをカムバックさせる)の名前があります。

この日に録音されたのは、Everybody But Me、If You Want It、My Heart Is in Your Hands、と記されています。通常のセッションなら、もう一曲録音されているはずで、それはたぶん、アルバム・クローザーのWalkin' Slowlyだと思います。ギターのサウンドとスタイルがMy Heart Is in Your Handsにそっくりだからです。

そういうものを除外していって、ビリー・ストレンジに聞こえるギター・プレイがあるのはこの曲。

サンプル Johnny Rivers "If You Want It, I Got It"

くどくも念押ししますが、これは上掲のクリップをMP4でダウンロードし、それをWAVに変換して切り分けたのち、MP3に変換したものです。それだけジェネレーションが落ちています。いや、思いの外、ふつうの音質なのですが。

ほかに濃厚にビリー・ストレンジ的感触があるのは、A面の最後のDon't Look Nowのアコースティック12弦のプレイと、B面のオープナー、This Could Be the Oneのエレクトリック6弦です。後者はクリップの頭になるので、面倒なしに聴けます。あ、それからB面の3曲目、Double C, Cinnamon Ciderもそうでしょうが、ソロはありません。

ずっと聴いていって、B面の4曲目と5曲目にはギョッとしました。どこからどう見ても正真正銘のブルーズ・ギターなのです。

ビリー・ストレンジ御大がこんなプレイをしたのは、あとにも先にもありません。いや、それどころか、ハリウッドのギター・プレイヤーが、通常ならしないものと断言できます。

不完全なセッショノグラフィーを隅々まで読んで推測すると、どうやら、これはグレン・キャンベルのプレイのようです。驚きました。まあ、彼らはやれといわれれば、なんだってやってみせたので、ビリー・ストレンジでも、トミー・テデスコでも、要求されればやったでしょうけれど。

しかし、グレン・キャンベルもさすがはハリウッドのエースのひとり、いつもブルーズをやっている、根っからのブルーズ・マンのように錯覚させられます。

もうひとつ、ビリー・ストレンジの1962年のセッション・ワークを聴きます。たぶん、このグループは、ワン・ショットのスタジオ・プロジェクトで、シングルまたはEPを一枚リリースしただけだと思われます。しかし、これがちょっとしたものなのです。

The Fencemen - Sunday Stranger


いやあ、オルガンもかっこいいし、ビリー・ストレンジ御大も、強面のプレイで、すっかり気に入ってしまいました。メンバーはわかりませんが、ドラムは90パーセント以上の確度で、アール・パーマーです。

もう一曲、フェンスメン。

The Fencemen - Sour Grapes


一カ所、ミスピッキングがありますが、いや、かっこいい!

こういうインストゥルメンタルは、散々漁られて、すでにめぼしいものは、各種編集盤に採録されているのですが、それでもなお、こういうふうにシングルのまま放置された好プレイがあるのだから、盤は聴いてみないとわからないものだと、つくづく思います。


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by songsf4s | 2012-03-10 23:40 | 60年代
回想のビリー・ストレンジ、その音楽と時代 その6 ナット・コール、ジーンとジェイニーのブラック姉妹
 
今朝、ツイッターを見て、最初に目に飛び込んだのは、モンキーズのデイヴィー・ジョーンズの訃報でした。享年六十六。

デイヴィー・ジョーンズやモンキーズについては、ずいぶんたくさんツイートしたので、ここでは一曲だけ、モンキーズ以前の、まだデイヴィッド・ジョーンズといっていた時代の録音を貼りつけます。

David Jones - What Are We Going to Do?


裏づけなんかなにもありませんが、ドラムはハル・ブレインでしょう。問題はギターです。ソロはビリー・ストレンジのプレイに聞こえます。当てずっぽうですがね。グレン・キャンベルなんかもこういうサウンドでよくやりましたが。

しかし、考えてみると、コルピクスというのは、コロンビア映画の子会社で、コロンビアとスクリーン・ジェムズがつくった合弁会社のコルジェムが、テレビのモンキーズの制作主体になります。

たしかマイク・ネスミスもモンキーズ以前にコルピクスからシングルを出していたと思います。となると、あの、スティーヴ・スティルズが落とされたとか、チャーリー・マンソンまでやってきたという有名なオーディションは、ずいぶんインチキなものだったのじゃないでしょうか。自社アーティスト優先!

さて、本日もまた、ヴェンチャーズのリードをプレイした時代のビリー・ストレンジのセッション・ワークを聴きます。まずは大物の大ヒット曲。

Nat King Cole - Ramblin' Rose


じつは、ビリー・ストレンジ御大が七十五歳の記念につくったバイオDVDが引っ越し荷物に入ったままで、再見できないため、この特集はずっとブラインドで書いています(まもなく、またしても引っ越すことになりそうだが、つぎはきっと荷物を全部開くので、発見できるだろう!)。

この曲は重要なので、そのDVDで言及されていました。たしか、最初はペダル・スティールでオブリガートを入れたが、うまくいかずに頓挫してしまい、ビリー・ストレンジの発案で、このようにギターでオブリガートを入れる形に変更し、無事にセッションを終了した、という話だったと思います。

追記 このページのコメントにあるとおり、その後、畏友オオノ隊長が以前アップなさったクリップを再公開してくださいました。



記憶とちょっと違うのは、ペダル・スティールがうまくいかなかった、わけではなく、理由は不明ながら、セッションはうまくいかず、ビリー・ストレンジが「カントリー・スティール・ギター」を入れてはどうかと提案した、となっていることです。じっさいにはスティールではなく、フェンダーのふつうのギターのプレイですが。

どうであれ、いわれてみれば、たしかに、ヴェンチャーズのバラッド系の曲で聴かれるようなギター。音楽はジャンルで見ていくとわからなくなっちゃうのです。

それにしても、この曲、買いはしなかったものの、子どもでもよく知っていたほど日本でもエア・プレイがありました。あとで、その曲でギターを弾いた人と知り合い、友だち呼ばわりすることになるとは、人生、生きてみないとわからないものだ、と溜息が出ます。地味ながら、すばらしく味のあるプレイでこういう重要な曲のヒットを助けた人を、心から誇らしく思います。

ナット・キング・コールのRambling Roseの前年になりますが、ビリー・ストレンジは運命の女性のバッキングをすることになります。またしても、日本人には聴かせないというユーチューブの選別的検閲に引っかかったので、サンプルで。

サンプル Jeanne Black "He'll Have to Stay"

これはジム・リーヴズの大ヒット曲に対するアンサー・ソングでした。

Jim Reeves - He'll Have to Go


アンサー・ソングというは、まずヒットしないものと相場は決まっていますが、ジーン・ブラックのHe'll Have to Stayは一握りの例外に属し、ビルボード・チャート4位まで行く大ヒットになりました。

おそらく50年代終わりのカントリー・サーキット、とりわけクリフィー・ストーンのホームタウン・ジャンボリーあたりで知り合ったビリー・ストレンジとジーン・ブラックは、恋に落ちます。

ところが、どういう事情があったのか、二人は結婚できず、それぞれべつの配偶者を得、子どもたちを育て、月日が流れます。そして、ともにやもめになった二人は再会し、結婚して、晩年をともにします。

この話をキャロル・ケイさんにうかがったときは、へえ、そういうこともあるのだなあ、でした。むろん、現在もジーンさんは、ビリー・ストレンジ・サイトのBBSでホステス役を果たされていらっしゃいます。

同じころ、そのジーンさんの妹、ジェイニー・ブラックのセッションでも、ボスはギターを弾きました。

Janie Black - Lonely Sixteen


こちらのほうがポップで、ギター・プレイにもビリー・ストレンジらしさがあらわれています。

この60年代はじめの時期には、まだいくつか判明しているセッション・ワークがあるのですが、残りは次回ということに。


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by songsf4s | 2012-03-01 23:49 | 60年代
回想のビリー・ストレンジ、その音楽と時代 その5 Limbo Rock(チャビー・チェッカー、チャンプス他)
 
今回は、先日やったヴェンチャーズ・セッションズと同時期のビリー・ストレンジの仕事、ただし、セッション・ワークではなく、ソングライターとしての曲を聴きます。ソングライター、ビリー・ストレンジにとってははじめての大ヒット曲、Limbo Rockです。

Chubby Checker - Limbo Rock


これはあと一歩でビルボード・チャート・トッパーになるところでした。シンプルで覚えやすく、バブルガム的なグッド・フィーリンがあるのがヒット要因でしょうか。

チャビー・チェッカー盤はカヴァーで、オリジナルはハリウッドのセッション・プレイヤーたちによるプロジェクト、チャンプスのインスト・ヴァージョンでした。

The Champs - Limbo Rock


うーむ、久しぶりに聴いても、やはり、チャンプスというより、ビリー・ストレンジの自己名義という雰囲気ですが、御大自身は、否定というか、チャンプスの曲でプレイした記憶はないとおっしゃっていました。

彼らとは友だちだった、とはおっしゃっていたので、プレイしたのに忘れたか、あるいは、なんらかの事情があって、むくつけにいわなかっただけの可能性もありますが。

いまになって気になるのは、このフェンダー・ベースはだれよ、ということです。61年ではまだキャロル・ケイはギターをプレイしていて、この時期の代表的フェンダー・ベース・プレイヤーはレイ・ポールマンでした。いや、代表どころか、セッション・プレイヤーとしてはレイ・ポールマンしかいなかったとまで、CKさんはおっしゃっていました。

ジョー・オズボーンはすでにリック・ネルソン・バンドで活躍していましたが、彼がこの時期にセッション・ワークをした記録は見たことがありません。オズボーンが大活躍をはじめるのは、リックがツアー・バンドを放棄して以後のことです。チャンプスのメンバーとされている二人のどちらかのプレイか、はたまたビル・ピットマンあたりなのか、ちょっと気になるところです。

国境の南の味が濃厚な曲なので、当然、ボーダー・タウン・サウンドで売ったこのグループもカヴァーしています。

Herb Alpert & The Tijuana Brass - Limbo Rock


ご存知ない方もいらっしゃるかもしれないので駄言を弄します。ティファナ・ブラスもまたハリウッドのスタジオ・プロジェクトなので、実体は、例によってスタジオ・プレイヤーたちです。ビリー・ストレンジはあまりTJBではプレイしていなくて、ギターはトミー・テデスコが多かったようです。初期のドラムはアール・パーマー、のちにハル・ブレインがほとんどのトラックをプレイするようになります。

Limbo Rockはヴェンチャーズもやっています。ビリー・ストレンジがプレイしていた時期なのですが、どういうわけか、ギターもドラムもボンクラなプレイで、ダメなメンバーでの録音に思われるので、略します。

同じハリウッドのスタジオ・プロジェクトでも、ラウターズ(ルーターズと表記される場合もある)のヴァージョンはヴェンチャーズよりいい出来です。

サンプル The Routers "Limbo Rock"

書きはじめたときには、ほかの曲にもふれるつもりだったのですが、のんびりLimbo Rockの棚卸しをしているうちに時間は飛び去ってしまったので、本日はLimbo Rock一色で終わることにします。

最後は、わが家にはないものを。チェット・アトキンズとハンク・スノウのカヴァー。スノウは歌っていないので、左チャンネルのアコースティックをプレイしたのでしょう。

Chet Atkins and Hank Snow - Limbo Rock


これでおしまいのつもりだったのですが、ひとつ忘れていました。わたしらオールドタイマーには自明のことなので、忘れてしまったのです。

このLimbo Rockは、当時流行した「リンボー・ダンス」というものを題材にしています。走り高跳びのバーのようなものがあり、膝を折り曲げて踊りながら、その下をくぐり抜ける、というものです。

走り高跳びとは逆に、徐々にバーを低くしていき、どこまで体を折り曲げられるかを競う遊びでもありました。われわれは子どものころに、バーのかわりにロープやゴムひもを張って真似事をしました。

これが大ヒットの背景にあったのです。お若い方には、この曲のヒットは不可解だろうと思っての蛇足でした。

おっと、もうひとつ、大事なことを忘れていました。当然ながら、ビリー・ストレンジ御大自身によるLimbo Rockのセルフ・カヴァーもあります。

あるどころか、LPのA面すべてを使ったあげく、B面はA Lotta Limboとタイトルはちがうものの、やっぱりLimbo Rockという、たぶんダンス用のアルバムを録音しています。

ご興味がおありなら、Add More MusicのLimbo Rock / Billy Strange With The Telstarsのページでサンプルをお聴きあれ。


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by songsf4s | 2012-02-28 23:39 | 60年代
回想のビリー・ストレンジ、その音楽と時代 その4 ザ・ヴェンチャーズ・セッションズ後編
 
ビリー・ストレンジ・ディスコグラフィーを見ていて、いくつか、ほう、と思った点があります。

ひとつは、ボニー・ギターの1963年のセッションがあげられていたことです(ボニー・ギターについては当家では「Trade Winds by Frank Sinatra」という記事で概略を記している)。

f0147840_0301263.jpg

ボニー・ギターはドールトン・レコードの設立者のひとりです。ドールトンはヴェンチャーズのレーベルでした。ヴェンチャーズをプロデュースしたのは彼女の共同経営者だったボブ・ライスドーフでしたし、そもそもドールトンからヴェンチャーズがデビューしたときには、ボニー・ギターは経営から手を引いていた可能性もあるのですが、しかし、ハリウッドでセッション・ギタリストとして働いた女性が作った会社だったのだから、この関係は非常に興味深いものです。

さて、今回はそのビリー・ストレンジ・ディスコグラフィーに記されたヴェンチャーズのトラックをいくつか並べます。ほんの一握りなのですが。

The Ventures-2,000 Lb. Bee Pt 1 and 2


このクリップのアップローダーのコメントによると、"Walk Don't Run: The Story of the Ventures"というものに、どっちをノーキーが弾いて、どっちをビリー・ストレンジが弾いた、といったことが書かれているようです。ご興味のある方はご一読を。一度通り過ぎたことなので、わたしとしては、もう一度研究し直す気力は湧きませんが。

パート1のドラマーはわかりませんが、パート2はハル・ブレインである可能性が高いと思います。また、ビリー・ストレンジ御大自身は、手製のファズ・ボックスを使っていたということで、モズライトの組み込みファズについては言及したのを見たことがありません。モズライトを使ったことがあるのは、ヴィデオなどでもわかりますし、とくに12弦については、私信でも、非常に弾きやすいと賞賛していました。

つぎはビリー・ストレンジ作なので、当然のコンファームでしょう。

The Ventures - Ya Ya Wobble


残念ながら、セッションで曲が足りなくなり、ちょっとした断片をもとにその場でつくった、といった雰囲気で、典型的なアルバム・フィラーといったところです。蛇足ですが「ウーブル」はないでしょう。カタカナにするなら「ワブル」あたりが妥当です。

ほかに単独のトラックとしては、Tabooという、後年のアウトテイク集で陽の目を見たものとか、Walkin' With My Baybeという、わたしは聴いたこともない楽曲があげられていますが、これは省略します。

さらに、アルバムとしてLet's Goがリストアップされているのですが、その収録曲であるにもかかわらず、単独でリストアップされたトラックを貼りつけます。

The Ventures - Hot Pastrami


この中間部でのソロは、ビリー・ストレンジのアルバムMr. Guitarに収録された、Kansas Cityあたりのロック系の曲と比較してみると面白いだろうと思います。まあ、いずれ、このシリーズでお聴きいただくことになるでしょうが。

以下、アルバムLet's Goの収録曲をいくつか聴いていくことにします。つぎの曲も、かつて、ヴェンチャーズの謎を解こうと奮闘していたときに、インスピレーションを与えてくれました。

The Ventures - Sukiyaki


ビリー・ストレンジかどうかはいざ知らず、前回あげたLolita Ya Ya同様、いかにもハリウッドのセッション・プレイヤーらしい、隅々まできっちりしたアンサンブルの曲もありました。

クリップは埋め込み不可なので、サンプルで。

サンプル The Ventures - More

ドラムはハル・ブレインでしょう。フェイド・アウトのあたりのフィルインに彼のサウンド、スタイルがあらわれています。

つぎの曲もビリー・ストレンジらしさ、ハリウッドのセッション・プレイヤー集団らしさがよく出ています。邦題は「エル・ワッシ」だったようですが、カタカナにするなら「ワトゥーシ」あたりが妥当でしょう。

The Ventures - El Watusi


ギターもきっちりしていますが、全体のアンサンブルが堅固で、The Ventures in Japanの突っ込みまくるグルーヴの気持悪いバンドには似ても似つきません。

十年前は、初期ヴェンチャーズのリード・ギタリストはボブ・ボーグルではない、などというと、いきり立つフーリガンみたいな輩が山ほどいたので、こちらもねじり鉢巻き、たすき掛け、腕まくりで、ビリー・ストレンジやハル・ブレインのプレイだったのだと、熱弁を振るいましたが、もはや時代は変わりました。

メル・テイラーが叩いたトラックはたくさんあるでしょうし、ノーキーがプレイしたものもあるでしょう。しかし、ビリー・ストレンジ、トミー・テデスコ、グレン・キャンベル、ジェイムズ・バートンら、ハリウッドの錚々たるギター・エースたちがプレイした曲もたくさんあります。

たんに、それだけのことだと現在では考えていますし、ヴェンチャーズ・ファンも、ツアー用バンドの録音がたくさん残っているのだから、それを聴いて満足していればいいだけです。War Is Overですよ。呵呵。

Let's Go収録曲としては、Sukiyakiと並んで好きなトラックを本日の締めとします。アルバム・クローザーでした。

The Ventures - Over the Mountain, Across the Sea



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by songsf4s | 2012-02-27 23:53 | 60年代
回想のビリー・ストレンジ、その音楽と時代 その3 ザ・ヴェンチャーズ・セッションズ
 
今日、ロマン・ポランスキーの『ゴースト・ライター』を見ていて、the begenningとthe begenningsの違い、という最後の謎解きの鍵を見た瞬間、俺も同じ経験をしたぜ、と思いました。

いや、ゴースト・ライターをしたこともありますが、その話ではありません。「冒頭」なのか「はじめのころ」なのかという違いです。いや、ご心配なく、あの映画のいうbeginningsは意味が違うので、映画を見る妨げにはならないでしょう。

キャロル・ケイさんに、あなたやあなたの同僚たちは、ヴェンチャーズのセッションでプレイしたことがあるでしょうか、とうかがったとき、彼女は、ハル・ブレインにこの質問を取り次いでくれました。

ハルの返事は、俺ははじめからヴェンチャーズのセッションでプレイした、のちにメル・テイラーが入ったとき、レパートリーを教えてあげた、というものでした。

このfrom the begenningはじつに悩ましいものでした。なぜなら、Walk Don't Runのドラミングは、わたしが徹底的に研究したハル・ブレインのドラミング・スタイルやサウンドとはかけ離れたものだったからです。

これは、基本的には時期の違いと、機材の違いに由来するものだと、あとでようやく理解できました。当初は、「はじめから」ではなく、無理に「はじめのころから」と拡大解釈したのですが、そうではなく、ハル・ブレインは文字通り「はじめから」ヴェンチャーズのレコーディングでドラムを叩いたのです。

では、ギターだって、はじめから、ハル・ブレインの仲間であるだれかにちがいありません。当然、ビリー・ストレンジ御大がディスコグラフィーにあげたものより、はるかに多くのトラックが、ハリウッドの若いセッション・プレイヤーたちによって録音されたと考えるのが自然です。

じっさい、The Ventures Play Country Classicsをのぞいて、1963年までのほとんどのアルバムの、多くのトラックがリード・ギターとしてビリー・ストレンジをフィーチャーしたものと、現在のわたしは考えています。

『急がば廻れ'99』という本を上梓したときには、そこまでの確信はありませんでした。Walk Don't Runのときからすでに、ハル・ブレインやビリー・ストレンジが「ヴェンチャーズ」だったのだ、という、たしかな手応えを得たのは、ずっとあとのことだったのです。

The Ventures - Walk, Don't Run


そのつぎのヒット。

The Ventures - Lullaby Of The Leaves


ビリー・ストレンジ特集で、ハル・ブレインのことをあれこれ書くのは気が引けますが、最初からヴェンチャーズなど存在しなかった、という確信を得られたのは、ハル・ブレインのおかげです。

この「急がば廻れ」や「木の葉の子守唄」のプレイでもわかります。これほどのプレイヤーが、ヴェンチャーズに首にされたくらいで、シーンから消えるでしょうか? ぜったいにネガティヴです。

これほどのプレイヤーが、のちに名を成さずにいるものでしょうか? 断じてノーです。かならず大成して、有名なプレイヤーになったにちがいありません。

では、1960年当時にハリウッドのスタジオでレギュラーだったドラマーに比定できるでしょうか? わたしには困難でした。アール・パーマーではないという確信はありましたが、たとえば、シェリー・マンやメル・ルイスが正解だったとしたら、わたしは異議を唱えず、そうか、と納得したでしょう。

ただ、ほんの感触にすぎないのですが、すでに名を成した人ではなく、有望な若手ではないかということは思いました。うしろに引っ込むつもりはなく、覇気横溢で、前に出ようとしているからです。

アルバムを順番に聴いていき、このドラマーがBe My Babyで叩くすがたが、しだいに見えてきました。スネアのサウンドも、プレイ・スタイルも異なりますが、タイムと生来の華やかさはやはりハル・ブレインのものだという気がしてきたのです。

こんどは少しタイプの違う曲、「セレソ・ローサ」を。

The Ventures - Cherry Pink And Apple Blossom White


読書百遍、その意自ずから通ず、といいます。音楽もそういうところがあって、Walk Don't Runを死ぬほど繰り返し聴いているうちに、ギター・プレイヤーのプロファイルが浮かんできました。

ミュージシャンシップに富むヴェテランで、あわてず騒がず、必要な音だけを、一音一音丁寧に弾くプレイヤー、という像です。ほんのちょっと前にギターを手にし、シアトルのクラブでプレイしていた若者、というボブ・ボーグルのプロファイルとはまったく一致点がありません。

ビリー・ストレンジのプレイであると最初に確信のもてた1963年ごろの録音からさかのぼっていき、Walk Don't Runまで行くと、やはり、これは同じプレイヤーだと納得がいきました。

つぎはビリー・ストレンジの、というより、ハリウッドのスタジオ・プレイヤーたちの傑出した技量を示すものとして、この曲を。ストイシズムとプロフェッショナリズムの極致。

The Ventures - Lolita Ya Ya


これが二十歳そこそこの素人同然の若者たちのプレイだとしたら、天地がひっくり返りますよ。「プロフェッショナル・プレイヤー」とは、こういうアンサンブルのできる人たちを云います。

だれも目立とうとしてはいませんが、全員が精確なプレイに徹していて、一糸乱れぬアンサンブルになっています。若者の「ロック・バンド」には無理なプレイです。

初期ヴェンチャーズ・セッションのレギュラーは、ビリー・ストレンジ、キャロル・ケイという二人のギターに、ベースがレイ・ポールマン、ドラムがハル・ブレイン、というのがわたしの想定です。ここに、トミー・テデスコ、グレン・キャンベル、さらにはジェイムズ・バートンといったギター陣が加わったり、入れ替わったりしたのだと思われます。

今回はあえてビリー・ストレンジ・ディスコグラフィーでコンファームされていない曲ばかりを選びましたが、次回は逆に、ボスが確認したヴェンチャーズのトラックを聴いてみるつもりです。

お別れはこの曲で。

The Ventures - Lonely Heart



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by songsf4s | 2012-02-25 23:53 | 60年代
回想のビリー・ストレンジ、その音楽と時代 その2 スピーディー・ウェスト、リック・ネルソンほか
 
ビリー・ストレンジは、幼児のころから両親とともにラジオに出演したり、ステージに立ったりしていましたし、シンガー、ギタリストとして出発したものの、ソングライター、アレンジャーの仕事も多く、また、カントリーに基盤をおきながらも、多様なスタイルの音楽をつくりだしたため、そのキャリアをたどるのは容易ではありません。

時系列にしたがって、あるいはその他の基準にしたがい、系統立ててご紹介するのは放棄し、ゆるやかに時系列をたどりながら、あっちに飛び、こっちに横滑りしながら、彼の音楽を聴いていくつもりです。

オフィシャル・サイトのディスコグラフィーにある曲で、クリップを発見できる最古のものは、ジーン・オークウィンのTexas Boogieですが、わたしにはあまりにも古めかしく感じられ、また、ビリー・ストレンジのプレイとして聞くほどのものではないので、これは略します。

前述のように、幼児のころから音楽を仕事にしていた人なので、どこからキャリアをスタートしたと見るかはむずかしいのですが、七十五歳の記念につくられたバイオDVDを見ていて、最初のターニング・ポイントは、このカントリー・スターとの仕事ではないかと感じました。いや、このころから音源が見つけやすくなるという事情もあるのですが。

まだビリー・ストレンジはサイド・ギターでしたが、1952年のこの仕事は彼にとっては重要だっただろうと思います。カントリー・インストを代表する二人の大物のバッキングです。

Jimmy Bryant and Speedy West - Lover


同じく巨人二人のバッキング。こんどは1954年の録音です。こんな人たちとしじゅういっしょにプレイしていたら、イヤでもうまくなったにちがいありません!

Speedy West & Jimmy Bryant - Freettin Fingers


どうせ徒弟奉公をするなら、こういう本物の「親方たち」のほうがいいに決まっています。若いときにこういうプレイをたっぷり裏から見れば、生涯、慢心することはないでしょう。

徒弟奉公が終わったのか、あるいは、今度の親方がギター・プレイヤーではなく、シンガーだったおかげか、翌1955年にはリード・ギターのプレイが記録されることになります。

Cliffie Stone - Barracuda


1955年のカントリー系の盤としては、ちょっと異質なギター・ソロかもしれません。いや、すこし4ビートのニュアンスが入ってくるウェスタン・スウィングと見れば、本流のスタイルでしょうか。どうであれ、わたしの耳には、カントリーにしては洗練されたプレイに響きます。

1950年代のビリー・ストレンジは、おおむねカントリーの世界で、さまざまなアーティストのバッキングを、ステージやスタジオでおこなういっぽう、ラジオやテレビ、さらには映画でプレイし、歌っていた、といっていいでしょう。

50年代後半にはもうひとりの大スター、テネシー・アーニー・フォードがビリー・ストレンジの顧客リストに加わりますが、フォードのカタログも膨大で、御大がプレイした曲も多いので、その検討は後日ということにします。

われわれの視界でビリー・ストレンジの姿が大きくなるのは、むろん、ヴェンチャーズのデビューからです。どういうわけか、肝心のWalk Don't Runのクリップがライヴばかりで貼りつけようがありませんが、それはひとまずおき、気になるのは、この時期のセッション・ワークです。

ヴェンチャーズのデビューである1960年前後で、なにかギター・ソロが聴けないかと思って探してみました。ちょっと変なソロですが、リッキー・ネルソンのアルバム・トラックをサンプルにしました。

サンプル Ricky Nelson "Make Believe (ver. 2)"

ベア・ファミリーの「The American Dream」ボックスのセッショノグラフィーによると、この曲は、1959年10月27日にハリウッドのマスター・レコーダーで録音されています。

ジミー・ハスケル=アレンジ、ウィリアム・エヴァレット・ビリー・ストレンジ=ギター、リロイ・ヴィネガー=ベース、フランク・キャップ=ドラムズ、ジミー・ロウルズ=ピアノというメンバーでベーシックが録音され、後日、ストリングスや女声コーラス(ブロッサムズ)のオーヴァーダブがおこなわれています。

よけいなことですが、これは、わたしが知るかぎり、フランク・キャップの最古のセッション・ワークです。サーフ・インストの時代になると、けっこうクレジットを見るのですが。

あまり土地鑑のないところで、あれこれ聴きくらべをするというのは思いのほか気力を要するもので、リック・ネルソンにたどりついたら、ホッとして、どっと疲れが出ました。

本日はおおいなる助走、というあたりでおさめ、次回から60年代のビリー・ザ・ボスの八面六臂の大活躍を見ていくことにします。


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by songsf4s | 2012-02-24 23:56 | 60年代