カテゴリ:Instrumental( 4 )
サンプラー5 シャドウズのThe Breeze and I
タイトル
The Breeze and I
アーティスト
The Shadows
ライター
Ernesto Lecuona, Al Stillman
収録アルバム
With Strings Attached
リリース年
1963年
他のヴァージョン
The 50 Guitars, Santo & Johnny, the Tornados, Jim Messina & His Jesters, The Three Suns, Bert Kaempfert, Esquivel, Henry Mancini, Edmundo Ros and His Orchestra, Les Baxter, Stanley Black & His Concert Orchestra, the Explosion Rockets, the Flamingos, the Four Freshmen
f0147840_193371.jpg

今日はあれこれと用事の多い日で、映画のことを書く時間はとれなかったため、最近、聴いているものをサンプルにしようかと考えました。

最近聴いているものというと、なんといってもハロルド・ブラッドリーのギター・イージー・アルバム"Guitar for Lovers Only"が秀逸なのですが、ハロルド・ブラッドリーなんていっても、ご存知のかたはおそらく一握り、アップしたはいいけれど、アクセスはゼロというのでは情けないので、二の足を踏みました。

f0147840_08755.jpg

もう一枚、アル・カイオラのKing Guitarも最近よく聴いているのですが、カイオラがまたとんでもない鬼門なのです。以前、わたしがもっとも好きなアル・カイオラのトラック、Moreのリズ・オルトラーニがオーケストレーションをした、リロイ・ホームズ作のHoliday on Skiをアップしたら、みごとにゼロ・アクセスだったのです。この三人の組み合わせというのは、すごく豪華だと思うのですがねえ……。

わたしは「人の行かぬ裏山」が大好きなのですが、聴くときはそれでいいとしても、サンプルはそうはいきません。聴いていただいてナンボです。よって、鬼門は避けることにし、またしても過去の記事にサンプルを補うことにしました。

ということで、2008年5月にやった風の歌特集から、本日はThe Breeze and Iを取り上げることにします。Breeze and Iに関するオリジナル記事は、

The Breeze and I by the Shadows その1
The Breeze and I by the Shadows その2

です。

Breeze and Iという楽曲そのものについては上記のふたつの記事で詳述したので、今日は簡単にいきます。まずは、もっとも親しんだシャドウズ盤のサンプルから。シャドウズのBreeze and Iはいろいろな盤に収録されているのですが、オリジナル記事で「ハンク・マーヴィンのギターがもっともきれいにきこえるマスタリングだ」と述べた「Complete Singles A's and B's vol.2」を使いました。

サンプル The Shadows "The Breeze and I"

f0147840_0122325.jpg

つづいてオリジナル記事で、オーケストラものの筆頭にあげたヘンリー・マンシーニ盤。

サンプル Henry Mancini "The Breeze and I"

いやあ、じつに繊細なバランシングで、これぞハリウッドのオーケストラ・ミュージックというサウンドになっています。

もうひとつ。これは風の歌特集のときには知らなかった、エドムンド・ロス盤です。シャドウズはフラメンコ風、ヘンリー・マンシーニはラテン風味のハリウッド・オーケストラ・ミュージック、このエドムンド・ロス盤は、ボサ・ノヴァ寄りで、もっともトロピカルなサウンドです。

サンプル Edmundo Ros & His Orchestra "The Breeze and I"

ということで、皆様にとっては幸いなことに、もはやこれ以上の無駄口を叩く時間はなく、これにて本日はおしまい。次回は『ビッグ・ウェンズデイ』に戻れるようにがんばってみます。


metalsideをフォローしましょう



シャドウズ
Complete Singles A's & B's 1959-1980: 21 Years at the Top
Complete Singles A's & B's 1959-1980: 21 Years at the Top


ヘンリー・マンシーニ
The Latin Sound of Henry Mancini
The Latin Sound of Henry Mancini


エドムンド・ロス
Rhythms of the South
Rhythms of the South
[PR]
by songsf4s | 2010-05-27 23:56 | Instrumental
ラウンジ春宵二刻――Lullaby of Broadway by the Fantastic Strings of Felix Slatkin
タイトル
Lullaby of Broadway
アーティスト
The Fantastic Strings of Felix Slatkin
ライター
Harry Warren, Al Dubin
アルバム
Street Scene
リリース年
1961年
f0147840_011967.jpg

今日は野暮用も野暮用、(専業ではない)家業のために朝から外出しました。四月のひどい寒さのおかげで、いろいろなものが先送りになっていたらしく、藤ばかりでなく、花水木や木蓮も一斉に満開になっていました。満開の八重桜がたくさんあったのは、ちょっと驚きです。

ただし、いつも楽しみにしている近所の墓地の山藤は今年はまったくダメでした。神経質な株で、まったく咲かない年があるのです。かわりに足もとで菫が群れ咲いていました。

ヒナが孵る時期なので、燕のすがたもあちこちで見かけました。昨夜は青葉ずくの声を今年はじめてききました。「青葉ずく」とはよくも命名したもので、ほんとうに青葉とともにやってきます。こんな町中に残された狭い緑地で大丈夫なのかと思いましたが、去年ははっきりとステレオで啼いているのをきいたので、ペアリングできたようです。ウェブもないのに、ここに手つかずの緑地があるぞ、という情報がどうやって伝わるのでしょうかね。

青葉ずくが飛来した数年前、気になって調べたら、ホーホーと啼くのはずくの仲間で、梟ではない、ということを読んで、のけぞってしまいました。いつも同じことをいっていますが、なんでも調べてみるものです。

ことしは冬の終わりが二度あったみたいで、考えようによっては、一粒で二度おいしかったのかもしれません。いや、寒さを主体に考えれば、一粒で二度まずかったのかもしれませんが!

◆ フィーリクス・スラトキン ◆◆
今年二度目のいかにも春らしい陽気の日に合わせて、またしてもラウンジ・サンプラーをやってみます。

まずはフィーリクス・スラトキン。当家では過去に何度か取り上げています。本職は伝統音楽のヴァイオリニストで、そちらのほうの仕事としては、ハリウッド・ストリング・カルテットというのが有名なようです。あちらの世界では「弦楽四重奏団」とはいうのが慣例ですかね。

f0147840_021954.jpg
コンダクトするフィーリクス・スラトキン。本業ではないのだが、スラトキンのコンダクトは本格的だったらしい。ネルソン・リドルはスラトキンにコンダクトを学んだという。彼の息子のレナードも指揮者だが、伝統音楽は守備範囲外なので、聴いたことはないし、評判も知らず。

で、あちらのことはよくわからないので、「こちら」の話としては、まずなによりも、20世紀フォックス音楽部のコンサート・マスターだった人で、昔のフォックス映画のどこかにかならずいたはずです。がしかし、そういうのはどれがどれやらわかりませんし、フランク・シナトラのコンサート・マスターやコンダクターとしての仕事も、つまるところ「他人の仕事」です。

わたしがこの人の名前を覚えたのは、The Fantastic Percussion of Felix Slatkin名義によるI Get a Kick Out of Youでのことでした。ティンパニーでI got a kick...out of youのところのメロディーをやってしまったのにはひっくり返りました。



このI Get a Kick Out of Youが収録されたアルバムのアレンジャーはボブ・トンプソンとわかって、こんどはトンプソンに注目して、少し集めてみたりもしましたが、今日はトンプソンのほうには入りこみません。

最近、The Fantastic Strings of Felix Slatkin名義のアルバム、Street Sceneを聴き、さすがは、と思いました。今日はまず、この「道」に関係のあるタイトルの曲ばかりを集めたアルバムから、「ブロードウェイの子守唄」Lullaby of Broadwayをサンプルにしました。

The Fantastic Strings of Felix Slatkin "Lullaby of Broadway"

途中、ストリングスが4分3連になる強引なアレンジにニヤニヤします。スラトキンのドラマーはシェリー・マンが多いのですが、このアルバム、というか、少なくともこのLullaby of Broadwayは彼ではないと思います。アール・パーマーでしょう。スネアのプレイにアールの特徴があります。リリースは61年、レーベルはリバティー、アール・パーマーがいても不思議はない状況、というか、この時期のリバティーは、アールがいなかったことのほうがめずらしいほどです。ドラマーが交代すると、同じアーティストの盤でも大きく手ざわりが変わるものです。

◆ ビリー・ミュア ◆◆
もうひとり、ついこのあいだ、はじめて聴いたNYのギタリストを数曲サンプルにしました。

f0147840_054552.jpg

サンプル Billy Mure "Our Day Will Come"

ビリー・ミュアはセッション・ワークもあり、ボビー・ダーリンのSplish Splashやボビー・フリーマンのDo You Wanna Danceなどがミュアのプレイだと書いているところがありました。

f0147840_03099.jpg

ハリウッドのトミー・テデスコやビリー・ストレンジ、あるいは同じNYでもアル・カイオラやトニー・モトーラのような洗練されたプレイではなく、うまいけれど、微妙にラフ・エッジの残存するところがこのプレイヤーの特徴と感じます。Our Day Will Comeが収録されたTeen Bossa Novaというアルバムはウェル・メイドで、ギター・イージー寄りのスタイルですが、初期のSupersonic Guitarsなどは、ギター・インスト・アルバムとしてはワイルドなサウンドです。

寄る年波、ワイルドなものにはあまり用がないので、さらに軟弱なトラックをふたつ。

サンプル Billy Mure "Days of Wine and Roses"

トレモロ・ピッキングのせいで、ちょっと50ギターズを連想してしまいます。いや、トミー・テデスコのような超高速の電光石火ランはやりませんが。

サンプル Billy Mure "Surfin' USA"

ちょっと珍が入っているところが面白いので、このSurfin' USAはそのつもりでお聴きください。50年代の微妙にワイルドだった時期ならぴったりだったかもしれませんが、このヴァージョンには、素材と解釈のズレの面白みがあります。
[PR]
by songsf4s | 2010-05-01 00:00 | Instrumental
Calcutta by the Ventures
タイトル
Calcutta
アーティスト
The Ventures
ライター
Heino Gaze
収録アルバム
The Ventures Play "Telstar" and "The Lonely Bull"
リリース年
1962年
他のヴァージョン
Lawrence Welk, Les Baxter, Al Caiora, Xavier Cugart
f0147840_0213191.jpg

本日のCalcuttaは、ローレンス・ウェルクによる1961年のビルボード・チャート・トッパーです。わがHDDには一握りのCalcuttaしかないのですが、どれも平均以上で、いざ、ひとつに決めようとすると、ちょっと悩みます。しかし、この曲を知ったのはヴェンチャーズ盤でのことだし、出来もいいので、彼らのものを看板にしました。

どういいかというと、派手なことはいっさいなし、「ただプレイした」だけなのに、全員がハイレベルのプレイヤーであることがひしひしと感じられる、徹頭徹尾プロフェッショナルな仕事ぶりが気持いいのです。

ヴェンチャーズとはバンドではなく、スタジオ・プロジェクトに冠したブランド名にすぎないのではないか、という強い疑いをもって、彼らのカタログを徹底的に聴きこんでいたときに、このTelstarというアルバム、なかんずく、Calcuttaを聴いて、思わず笑ってしまいました。このグルーヴはおなじみのものだったからです。フィルインらしいものはありませんが、タイムだけでハル・ブレインとわかります。

f0147840_022280.jpg
Hal Blaine (background) and Mel Taylor (foreground).
ハル・ブレインの回想記に収載されていたこの写真からすべてははじまった。一枚の写真の向こうには、とんでもない事実が秘匿されていた。

いまだに明確に理由がわからないのですが、ヴェンチャーズ初期のトラックでは、ハル・ブレインは、後年のようなはっきりとした特徴をまだ出していません。まだ自分のスタイルを作り上げていなかった、といったあたりでしょうか。しかし、徐々に、どこからどう聴いても、ハル・ブレイン以外には考えられない、というトラックが散見するようになっていきます。

Calcuttaが録音された1962年には、ハルはフィル・スペクターと出会い、押しも押されもせぬハリウッドのドラマーのキングだったアール・パーマーにかわって、玉座につく階段を上りはじめます。スネアのチューニングや、スネア・ワイア(響き線)の張りぐあいも、われわれが知っているあのハル・ブレインのサウンドへと変化します。Walk, Don't Runのときの、ジャズ・バンド時代を引きずったスタイルは、もう二度と聴けなくなるでしょう。

◆ ハル・ブレインとヴェンチャーズ ◆◆
人間は固定観念の杖にすがって生きています。「固定」した観念がなければ、この世界はただの不確定な事実のアメーバ状流動体となり、なにも認識できなくなるのだから、当たり前です。しかし、当然ながら、そこには「キャッチ」=陥穽があります。いったん、白を黒と思いこんだら、これを修正するのはきわめて困難である、という罠です。

十年ほど前のことです。日本に来ていたヴェンチャーズと称する4人組は、スタジオにいなかったのではないか、という強い疑いをもちながら、わたしはなお、固定観念に縛られていました。キャロル・ケイを通じて、ハル・ブレインに、ヴェンチャーズについて訊いもらったときの返事は忘れがたいものです。

「俺ははじめからヴェンチャーズの仕事をしている。メルがヴェンチャーズに入ったときは、レパートリーを全部教えてやった」

これ以上明快な回答はありません。ハル・ブレインは実情を簡明に語ったのです。それなのに、わたしはまだ、「Walk, Don't Runのドラミングはハルには聞こえない、『はじめから』というのは誇張で、『比較的初期から』がほんとうのところかもしれない」と思ったのです。

馬鹿は死ななきゃ治らない、とはよくいったものです。証拠も証言もそろって、目の前に犯人が立ち、「俺がやった」といっているのに、わたしは逮捕できなかったのです。「やったのは死体遺棄だけで、殺してはいないんだろ?」などとトンマなことをいっているのだから、われながら呆れます。まあ、自白を重視せず、証拠を重視することで、冤罪を避けるのは、警官にとっても、われわれ研究者にとっても、正しい方針なのですが。

f0147840_0291878.jpg
The Ventures "Walk Don't Run" front
このデビュー盤のカヴァーに写っているのは全員モデルであり、メンバーのすがたはない。スケデュールが合わなかったため、と説明されているが、笑うしかない。だいじなデビュー盤の写真を最優先しないアーティストがどこにいるというのか。わたしの解釈は単純明快。ヴェンチャーズはバンドではなく、プロジェクトだったから、バンドのメンバーを必要としなかっただけだろう。さらにいえば、写真に撮影できるほど、ツアーバンドがまだ実体化段階になかった可能性もある。存在しないバンドは撮影できない。

自転車や水泳と同じなのだと思います。いったんわかれば、簡単なことなのです。二度と、どこの馬の骨ともわからないプレイヤーには聞こえなくなります。Walk, Don't Runを聴いても、「ジャズ出身の一流ドラマー、ハウイー・ジョンソンなどという、あっというまに業界を去った、二流か三流かそれ以下かもわからないようなドラマーではぜったいにない、後年名をなしたか、または、かつて名をなした人」というような、わけのわからない定義は、もうドブに捨てていいのです。音が顔と名前をもつのです。

◆ 若者の役を演じた大人たち ◆◆
ハル・ブレインのプレイは、1962年に固まります。プレイぶりに落ち着きが生まれ、洗練されたサウンドになるのです。いや、ちょっとちがうかもしれません。ハル・ブレインのひとつの特徴は、きらびやかなプレイと洗練の同居です。しかし、初期には見られる、不安定なビートが影を潜め、つねに安定したプレイぶりになるのは、派手か地味かということとは無関係に、62年ぐらいからなのです。翌63年にトップに立つ準備は、もうこのときにできていたのです。あと必要なのは、実績、すなわち、大ヒットの連発だけでした。

Calcuttaのドラミングは地味の極致です。フィルインらしいフィルインはありません。ちょっとしたアクセント程度のものがあるだけです。しかし、キックとスネアのパターンのコンビネーションにはハルらしい工夫が見られますし、なによりも、グルーヴがみごとです。それまでよりタイムが微妙にlateになって、懐が深くなっているのです。気負いこんで、拍を食ってしまう、若いドラマーの悪弊を脱し、ホンモノのプロになったと感じるプレイです。

リードギター(もちろんビリー・ストレンジにちがいない)も、一カ所、空振りピッキングがありますが、それ以外は非常に端正で、洗練されたサウンドとプレイを聴かせてくれます。サイケデリック以降、なんらかの形で音を歪ませるのが圧倒的な主流になりますが、これだけの時間がたち、そして年をとってみると、ストレートなフェンダーのサウンドがなんとも心地よく感じられます。もちろん、だれが弾いても、フェンダー・ジャズマスターならそういう音になるということではありません。どんな楽器でも、いい音で鳴らせるのは、うまい人なのです。

f0147840_0415486.jpg

ヴェンチャーズは、多くのスタンダードや同時代のヒット曲を、ロック的バイアスをかけたサウンドに作り替えることで売ったブランド(「バンド」の書き間違えではない!)です。しかし、じっさいにヴェンチャーズ・ブランドの盤をレコーディングしたプレイヤーたちは、ロック世代ではありません。バックグラウンドは、キャロル・ケイのようにビーバップであったり、ビリー・ストレンジのようにカントリーであったり、ハル・ブレインのようにビッグバンドであったりと、じつに多様なのです。

この背景が、じつは初期から、選曲にも、そしてサウンドにも、表現されていたと感じます。もちろん、あと知恵でそう思うのですがね! Lullaby of the Leavesのように、原曲とはまったく異なる世界に放り込んで、熱々に焼き上げてしまったものもありますが、それはシングル用のことで、アルバム・トラックには、洗練されたサウンド、プレイが目立つようになります。非ロック系の曲を、非ロック的に解釈したプレイが散見するようになるのです。

その意味で、アルバムTelstarは小さな転換点でした。もちろん、Telstar(およびアルバムLet's Go)は、ただの例外、ないしは、ささやかな「ブレ」と見る立場もあるでしょうが、わたしは、彼らの変化(とくにハル・ブレインのプロフェッショナルとしての「成長」)と、彼らのバックグラウンドが、そのまま表現されたのだと考えています。

◆ 他のヴァージョン ◆◆
f0147840_046095.jpg昨日のPearly Shellsは、あまりいいヴァージョンがなくて困りましたが、Calcuttaは逆で、悪いヴァージョンがありません。いや、そのまえに、ローレンス・ウェルク盤がチャート・トッパーになったことしか知らず、楽曲の出自を知らなかったので、調べた結果を書いておきましょう。

The Billboard Book of Number One Hitsによると、もともとこの曲は、1959年にドイツのHeino Gaze(まるっきり読めない。ファーストネームは、辞書によれば「ヘイノー」だが、ドイツ読みともなんとも注記がない)が、Tivoli Melodyとして書いたインストゥルメンタル曲だそうです。

しかし、すぐにTake Me Dreamingと改題され、さらにNicoletteと人格化したかと思うと、1960年には、ウェルナー・ミューラーがKalkuttaと改題してカヴァーしたのだとか。ブリのように名前がくるくる変わる「出世曲」ですなあ。地理的にも、イタリア(Tivoli Melody)から、インドまで、ずいぶん長旅をしたものです。同じメロディーから、イタリアとインドの両方が連想できるとはねえ。やっぱりエキゾティカ的無国籍性をもった曲なのかもしれません。

当家のお客さんに若年者はいないと思いますが、念のために書いておくと、カルカッタとは、現在ではコルカタ(Kolkata)といわれている、インドはベンガル州の州都のことです。イギリスの植民地になって以来、長年にわたってカルカッタといわれていたのを、1999年に旧名に戻したのだそうです。ATOKは、カルカッタと変換しようとするたびに、コルカタが正しいと、こまめにお節介を焼いてくれます!

ウェルナー・ミューラー盤は残念ながらうちにはなく、泥縄でクモの巣を這いまわって試聴しました(ドイツ語式のほうがいいだろうと思い、「werner muller kalkutta」で検索したら、ここでも「もしかしてcalcutta?」とお節介を焼かれた)。しかし、イントロのパーカッションがむやみに長く、30秒ではなんだかわかりませんでした。

f0147840_0481742.jpgThe Billboard Book of Number One Hitsは、「ローレンス・ウェルクはハープシコードを加えた」といっています。たしかに、ローレンス・ウェルク盤Calcuttaの主役はハープシコードで、ウェルクが弾くアコーディオンは途中でチラッとソロをとるだけです。とはいえ、ローレンス・ウェルク・ヴァージョンの最大の魅力は、軽快なグルーヴにあると感じます。ミュートしたフェンダーベースがそのグルーヴのおもな担い手です。途中の女声コーラスもけっこうなものです。使用楽器も編成も異なりますが、ヴェンチャーズ盤は、ローレンス・ウェルク盤の明るく軽やかなムードを、うまくギター・コンボ・サウンドに翻案したといえるでしょう。

f0147840_0501118.jpgアル・カイオラ盤は、リズム・アレンジに工夫がないのが欠点ですし、冒頭はローレンス・ウェルク盤のコピーのようなものですが、カイオラのギターが登場すると、やっぱりいいな、と感じます。これといってむずかしい技をやるわけではないのですが、ただメロディーを弾くだけでも、むむ、できるな、と感じさせます。子どものころはこういうプレイが苦手でしたが、人間、変われば変わるものです。ビリー・ストレンジは、アル・カイオラを高く買っていますが、たしかに、カイオラのスタイルは、ボスのプレイにいくぶんか影響をあたえたかもしれません。

f0147840_0531430.jpgザヴィア・クガート盤は、いかにもそれらしく、アップテンポでパーカッションが大活躍しますし、リード楽器のひとつはトランペットを中心とした金管です。もともと明るく、華やかで、軽やかな味のある曲ですから、さらに「にぎやか」まで加えた、こういう解釈が生まれるのも当然でしょう。変化に富んだ楽しいヴァージョンです。

レス・バクスターも速めのテンポでやっています。こちらもパーカッションが目立ちますが、クガートのように大量動員ではなく、マラカスが支配的です。べつにどこといって悪いところはないのですが、好みとしては、バクスターはゆったりとしたテンポで、ストリングスが主役になったもののほうが好きです。アップテンポで管楽器を主役にしたものなら、ほかのオーケストレーターにもできることですから。

◆ Standin' at the crossroads ◆◆
ぐるっと一周して、ヴェンチャーズ盤に戻ると、やはりギターの響きが心地よく感じられます。馴染んでいるからということもあるでしょうが、ハル・ブレインのグルーヴも、どのヴァージョンよりもしっくりきます。

昨日、音楽的好みが胎児のように未分化な時期、ということを書きましたが、ほんの数カ月後にはガチガチのロック小僧になるはずのわたしが、1965年には、まだ、こういう非ロック的な曲の非ロック的レンディションを好んでいたことが、自分にとっては、奇妙であると同時に、ある意味で、ごく自然なことに思えます。

時代もそういうムードだったのだと思います。まだロックンロールがすべてを圧する勢力にはなってはいなかったし、日本においては、アメリカ音楽が全面的な勝利を収めていたわけではありませんでした。女性シンガーなんか、アメリカ勢は影が薄く、たとえば、ジリオラ・チンクェッティ、シルヴィー・ヴァルタン、フランス・ギャルといった、イタリア、フランス勢のほうが有名だったほどです。

f0147840_123560.jpg

まだ性が未分化の胎児状態にある幼い音楽ファンが、そういう多様な文化的背景をもった音楽環境にあれば、当然、その影響を強く受けますし、同時に、反撥もします。CalcuttaやPearly Shellsを好んでいた子どもは、すぐに、ヘヴィー・バックビートをこの世の支配原理として採用することになります。

いまでは信じがたいことですが、それ自体を売りものにした音楽映画はべつとして、ふつうの映画にロックンロールが登場することのない時代でした。1969年の『イージー・ライダー』は、映画の内容が云々される以前に、全編、ロックンロールを流したという、ただその一点のためにヒットしたほどです(この時代の映画と音楽の関係は、まもなく筆に載せるつもりでいる)。

1965年、音楽的な十字路に立っていた、ドラム・クレイジーの小学生のことを思うと、ちょっと感傷的になると同時に、そこに現在の自分がすでに胚胎していることに気づきもします。

ミドルティーンのころには、いったん、ガチガチのロックンロール・キッドになりながら、大人になると、「つぎのコードがどうなるかはモーゼの石板にもう書いてあった」とでもいわんばかりの、ブルーズ・ベースの単純きわまりない曲には関心がなくなったのは、小学校のころ、それもとりわけ、1965年に聴いた音楽の集合から導きだされた、当然の帰結なのでしょう。わたしのなかで(そして、その投影としての当ブログに)、たとえば、グレイトフル・デッドとレス・バクスターが併存する所以です。
[PR]
by songsf4s | 2008-07-09 23:59 | Instrumental
Pearly Shells by Billy Vaughn & His Orchestra
タイトル
Pearly Shells
アーティスト
Billy Vaughn & His Orchestra
ライター
Webley Edwards, John Kalapana, Leon Pober
収録アルバム
Pearly Shells
リリース年
1965年
他のヴァージョン
Burl Ives, the 50 Guitars, Arthur Lyman, Martin Denny, Henry Mancini, Ray Conniff, Connie Francis, the Exotic Guitars
f0147840_1758451.jpg

今月に入って取り上げたのは、エキゾティカとギターインストばかりです。ランダムにインストを取り上げようと思ったのですが、エキゾティカ、ギターインストというのが、ごく自然な傾きのようなので、しばらくはその方向にしようと思います。

アトランティックスを取り上げてみて思ったのですが、もうひとつ、ノスタルジーの要素も加味しようと思います。当家は古い曲しか扱わないのだから、わざわざ断るまでもなく、もともとノスタルジックではないか、といわれそうですが、ものごとというのは、そういうものではないのです。

たとえば、フランク・シナトラの40年代の録音なんていうのを何度か取り上げていますが、そういうのは、子どものときに聴いていたわけではありません。ごく最近、「はじめて」聴いたものなのです。もちろん、そこになにがしかの、ワン・クッション入った、「間接のノスタルジー」が忍びこむのですが、「そういえば、あのころは」の枕詞ではじまるあれこれはいっさい出てきません。あのころもこのころも、最近知った録音なのですから!

わたしだけのことではないと思うのですが、夏になると、いろいろなことを思いだします。そして、ギターインストを聴けば、やっぱり、子どものころを思いだすのです。だから、ラウンジ/エキゾティカ、ギターインスト、という方向に、もうひとつ、ノルタルジアも加えて、しばらくのあいだ、気まぐれにそぞろ歩きをすることにしました。

f0147840_2043666.jpg
1965年の東京日本橋白木屋(のちに東横百貨店、東急百貨店、先年廃業)の新聞広告。戦後20年、日本にも「消費する十代」が出現したことが認識された。

◆ プールサイド小景ヴァリアント ◆◆
本日の曲はPearly Shells、すなわち「真珠貝の唄」です。この曲が日本でヒットしたのは、1965年だと思います。はじめて盤を買ったのが1963年、音楽が最大の趣味となって、小遣いの大部分を投入するようになったのが1965年のはじめ、すでにロック系の曲に傾いていた時期ですが、性が未分化の胎児みたいなもので、まだ、anything goes from those little radiosでした。もう半年もすると「路線」が固まってしまう、その「夜明け前」のことです。

この曲を聴くと、どこかのホテルのプールの情景がよみがえります。たぶん、できたばかりのパシフィック・パーク茅ヶ崎だろうと思います。泳いだ記憶はなく(そしてきれいなお姉さんたちの記憶はさらさらない!)、バンドのことだけが記憶に残っています。ペダルスティールとか、ドラムセットとか、ヴァイブラフォーンといった、メカニカルな楽器が気になり、どうやら、そのことしか記憶に残らなかったようです。

ほかの曲を知らなかっただけかもしれませんが、このバンドが演奏した曲も、Pearly Shellsしか覚えていません。プール・パーティーの余興だから、そのときに大ヒットしていた曲を繰り返しプレイしたのではないかと思います。

いま、この曲を聴いてどう思うかというと、なんとシンプル、なんとベーシック、なんとロジカル、子どもにもよくわかったにちがいない、といったあたりです。

f0147840_21564987.jpg
パシフィック・パーク茅ヶ崎。この写真をお借りしてきた、http://www5a.biglobe.ne.jp/~wo-house/pacific-park-chigasaki.htmによると、開業は1965年とのことだが、これはわたしの記憶と一致する。

◆ 真珠「湾」の唄 ◆◆
わかりやすいのも道理で、原曲はハワイの民謡だそうです。フォーク・ミュージックというのは、オーギュメントだのディミニシュだのフラッティッド・フィフスだなんてものは使われないことになっていて、メイジャーコードのみか、せいぜい、ちょっとマイナーがある程度なのです。

Hawaiian Music Hall of Fameというサイトのこのページに、原曲である"Pupu A O Ewa"(意味は「エワの貝」だそうな)の誕生の背景が書いてあります。せっかくなので、ここに書いてあることのあらましを書きますが、ただし、これは「エワ貝」のほうの背景であって、Pearly Shellsの背景ではないということをご承知おきあれ。英語詞には無関係なのです(Pupu A O Ewaの原詩とその英訳がここにある)。

f0147840_228390.jpg

真珠湾は「カアフパアハウ」という鮫身の女神によって守られていたのだそうです。1909年、米海軍がここに乾ドックをつくることになり、工事がはじまりました。ある漁師が、そこはやめたほうがいい、女神の御座所だから、と建設業者にいいました。コンクリートの注入ができない、湧水の掻いだしが追いつかないなど、工事は難航したものの、予定より2年遅れて、1913年2月に完成しました。しかし、竣工式の当日、ドックは崩壊し、死者ひとりの被害をだし、400万ドルが水泡に帰しました。

翌年の11月には、新たな工事がはじまりました。こんどは建設業者も慎重になり、ミセス・プアヒという祈祷師に相談したところ、御祓いが必要だということになり、いけにえを捧げ、祈りを唱えました。底まで掘り進んだときには、5メートル弱の鮫の死骸が出てきたとか。

f0147840_2291478.jpg

なんだか、空港拡張工事を頓挫させたという、羽田稲荷の祟りによく似た話ですが、Pearly Shellsの原曲は、この話をもとにした歌詞だったようです。英語詞しか知らないのだから、こういうバックグラウンドがわかっても、「なんということだ!」なんて、驚いたりはしませんが……。英語詞はじつにもって呆れ果てた出来です。

◆ ビリー・ヴォーン盤 ◆◆
日本でヒットしたPearly Shellsは、ビリー・ヴォーン盤だったと記憶しています。歌ものも記憶があるので、あるいはバール・アイヴズ盤か、その他の神のみぞ知るローカル盤のいずれかもヒットしたのかもしれません。場合によっては、本国ではぜんぜん当たらなかった海外のヴァージョンが、日本だけでヒットするということもあったので、そのへんになると、ビルボード・チャートから世界を眺めているわたしにはよくわからない領域です。

ずっと後年、ビリー・ヴォーンのPearly Shellsを買ったときも、「このヴァージョンだ」と思いましたし、ライナーにも、国内ではビリー・ヴォーン盤が大ヒットしたと書いてあるので、あの夏に、どこへいっても流れていたのはこれだったといって大丈夫でしょう。

f0147840_22121650.jpg

じっさい、ビリー・ヴォーン盤はよくできています。手元には10種を超えるPearly Shellsがありますが、速すぎもせず、遅すぎもせず、ちょうどいいテンポだと感じるのはなんといってもビリー・ヴォーン、あとはエキゾティック・ギターズぐらいです。アップライト・ベースのグルーヴがいいことも、おおいにあずかっているでしょう。

ビリー・ヴォーン・オーケストラは、サックスのアンサンブルで売ったバンドですが、Pearly Shellsではサックスは登場しません。その名残としてフルートのソロがありますが、主役はあくまでもヴァイブラフォーンとパーカッションです。無理にサックスを使わなかったのは正解でした。代表作のSail Along Silvery Moonは、サックスが中心でも涼しげなサウンドになっていましたが、いつもそうなるという保証はありません。Pearly Shellsの場合、リード楽器がサックスでは、ぶち壊しになる可能性が高いと感じます。

f0147840_2236272.jpgなお、ビリー・ヴォーンのPearly Shellsには後年の再録音盤があります。こちらはベースがフェンダーで、それだけで聴く気を失います。どういうわけか、ビッグバンドにはフェンダーベースは合わないと感じます。ビリー・ヴォーンにかぎらず、多くのビッグバンドやポップ・オーケストラがベースをフェンダーに切り替えていったのは、時代の要請であるという判断だったのでしょうが、中途半端に新しくすると、かえって古めかしく聞こえるものです。

◆ 他のヴァージョン ◆◆
ビルボード・チャート上では、ビリー・ヴォーン盤はホット100に届かず、バブリング・アンダー・チャートをかすっただけです。唯一、ビルボードにチャートインしたのは、バール・アイヴズのヴォーカル・ヴァージョンです。

f0147840_22404854.jpgアイヴズは、うまくはないけれど、人柄のよさが出た(といっても、知り合いではないので、ほんとうのことはわからないが、そういう印象をあたえる)うたいっぷりに嫌味がなく、ささやかなりともヒットしたのは、べつに不思議はないと感じます。どうでもいいことですが、バックの女声コーラスの「エア、エア」という合いの手に記憶を刺激されて、しばらく考えこんでしまいました。答えが出るまでにえらく手間取ったのですが、ニルソンのBest Move(Flash Harry収録)だとわかりました。

f0147840_22573377.jpgそれほどいいヴァージョンがなくて、つぎはどれだ、と迷い箸をしてしまいます。しいていうと、エキゾティック・ギターズ盤がまとまりがあるように感じます。テンポもビリー・ヴォーン盤に近く、このあたりでやるべき曲なのだと確信させてくれます。

Add More Musicのキムラさんが褒めていない50ギターズのReturn to Paradiseというアルバムは、エキゾティカ系統の曲が多く、当家ではしばしば取り上げてきました。つい先日のQuiet Villageのように絶賛するか、そこそこ褒めてばかりで、なんだか借金をしているような気分でしたが、今日はすこし返済ができます。50ギターズのPearly Shellsはあまりよくないのです。こういうトラックを聴くと、キムラさんが、この方向はちがう、とおっしゃる真意がよくわかります。

アーサー・ライマン盤は、あらあらどうしちゃったの、というほどドラムが乱れて、かえって面白いぐらいです。このドラマーが相手なら、わたしは盤石の自信をもって勝負を挑んじゃいます。そもそもテンポが速すぎるし、どうしてこういう奇天烈なリズム・パターンにしたのか、まったく理解できません。そこがなんともエキゾティック!

f0147840_231076.jpg
まずは"Paradise"としてリリースされ……

f0147840_23445.jpg
同じ内容のまま"Pearly Shells"とリパッケージされたらしい。

f0147840_2343771.jpg
こちらはアメリカ以外のどこかの国のジャケットらしい。内容はParadise/Pearly Shellsと同じ。

マーティン・デニー盤もよろしくありません。テンポが速すぎるのが最大の欠点ですが、途中、4ビートにするのも意味がわからないというか、要するにダサいのです。

こういう鄙びた味わいのあるヴァージョンにくらべると、さすがにヘンリー・マンシーニ盤は洗練されています。フレンチ・ホルンやストリングスの使い方は手に入ったものですが、ただし、冒頭、リードをとる管(またしても楽器がわからない!)がジョークのようで、マンシーニにしてはめずらしく、リード楽器の選択を過ったと感じます。しかし、後半のホルンなんかすばらしいラインで、惜しいなあ、と思います。

f0147840_237660.jpgわたしはコニー・フランシスがそこそこ好きなのですが、たまたま、取り上げる曲が悪いものにばかり当たり、当ブログではあまり褒めたことがありません。残念ながら、彼女のPearly Shellsもあまり好みではありません。アレンジがまったくのお門違いだと思うのですが……。

レイ・コニフもいつもの調子で、いくらイージー・リスニングといっても、ちょっとイージーすぎるだろうと思います。どれを聴いてもつまらないので、縁がないと判断し、検索対象フォルダーから移動しようと思います。以後、当ブログにはレイ・コニフは登場しないでしょう。

◆ またしてもフォニーの問題 ◆◆
結局、子どものころに気に入っていたビリー・ヴォーン盤以外には、とくに面白いと感じるPearly Shellsはありません。10種類もあれば、たいてい、好きなヴァージョンとはずいぶんちがうが、これはこれで面白い、なんて感じるヴァージョンがあるものなのですが、たまには、こういうはずれクジばかりのこともあるようです。

こういうことをいうのはみっともないなあ、と思うのですが、じつは、この曲は典型的なアメリカ生まれの疑似ハワイアンだと思っていました。メイジャーコードだらけの曲調から、そういう印象を受けたのです。もちろん、ビリー・ヴォーンは典型的なハリウッドのオーケストラですしね。

オーセンティックなハワイアン・ミュージックというのは、スラックキー・ギターが入るような渋いものであり、常磐ハワイアン・センター的ハワイアンはフォニーだという印象をもっていたのですが、そうとばかりもいえないということが、Pearly Shellsでわかりました。「常磐ハワイセンター的ハワイアン」とはなんのことだ、といわれれば、Pearly Shellsのことだ、といいたくなるのですから。

アメリカ本土では、ハワイアンのフォニーが無数につくられたのですが、そういう便乗ものも、まったくの砂上の楼閣とはいいきれず、それなりの根拠の上に構築されたものなのかもしれないし、いや、そういうことではなく、ハワイアン・ミュージックのほうに、アメリカン・ミュージック的バイアスがかかってしまったのだ、ということなのかもしれません。答は波路はるかに……。
[PR]
by songsf4s | 2008-07-08 23:41 | Instrumental