カテゴリ:春の歌( 16 )
Cherry Blossom by Percy Faith
タイトル
Cherry Blossom
アーティスト
Percy Faith
ライター
Percy Faith
収録アルバム
Shangri-La
リリース年
1963年
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昨日今日と、四月の曲の準備に忙殺されていて、なにも更新の材料がありません。こういうときは、しばしばインスト曲に頼っているのは、当ブログのおなじみさんはご存知のとおりです。

そんな場合、ヘンリー・マンシーニはすごくありがたい人で、どれもつねに平均点以上の出来だから、季節に合うタイトルのものをひょいとつまみ出せば用が足りて、過去にも助けてもらったことがあります。しかも、春の曲もちゃんとあるのです。Spring for Hitlerというタイトルです(作者はメル・ブルックス)。出来だって立派なもので、この曲を取り上げなかったのは、またヘンリー・マンシーニかよ、といわれたくなかったためにすぎません。

◆ ほのかなエキゾティカ味 ◆◆
さて、看板にしたパーシー・フェイスのCherry Blossomです。これはちょっとしたサウンドです。この曲だけでなく、Shangli-Laというアルバム全体が、いかにもパーシー・フェイスというスケール感のあるトラックばかりで、わたしが知っているなかでは、最上位にくる出来です。オーケストラというのは、コンボにはない音の広がり、奥行きが命ですが、とりわけ、パーシー・フェイスとマントヴァーニはスケールの人だと思います。

f0147840_22542469.jpgパーシー・フェイスはしばしばツアーに出ていますし、日本にも何度もきていて、それなりにツアー・バンドを維持していたにちがいありませんが、盤の多くはハリウッドで録音されているので、当然、スタジオ・プレイヤーたちの仕事でしょう。このアルバムのメンバーはわかりませんが、ドラムなんか立派なものです。

ハリウッドのオーケストラものの盤の場合、クラシック出身の人がスネアをプレイすることはまずないのですが、それにしては、このスネアはじつにもってカキンカキンの楷書のプレイで、ロールなんか完璧。ジャズ出身の人だとしたら、すごいものだと思います。ジャズ・ドラマーって、ロールをきちんとできないぞろっぺえな人が多いのですが、スタジオ仕事をする人となると、やはり、そこらのクラブでやっているドラマーとはレベルがちがうのでしょう。アール・パーマー(70年代にパーシー・フェイス楽団のドラマーとして来日したことはThe Theme from A Summer Place by Percy Faith and His Orchestraでふれた)なんかも、ロールはきれいですからね。ま、あの人は「セカンド・ラインの国」ニューオーリンズの出身だから、当然ですが。

f0147840_22552835.jpg閑話休題。パーシー・フェイスの場合、ビリー・メイやニール・ヘフティーなどとちがって、グルーヴではなく、シンフォニックな音の広がりで勝負の人なのが、60年代中盤からは、時代の趨勢で、リズムにウェイトを載せなければならなくなっていきます。これはやっぱり苦しくて、70年代のものなど、どうにもなじめません。意味はちがうのですが、ヴェンチャーズなんかでも、60年代後半になるとアメリカでは存在基盤が消滅し(日本には残った)、音自体もどんどん苦しく(馬鹿馬鹿しく、というべきか)なっていくわけで、あの時代、オールドタイマーはみな苦労したなあ、と思います。

パーシー・フェイスもやはり、本来の持ち味だけで勝負できた60年代前半までの録音がよく、このShangri-Laというアルバムには、黄金時代の、そのまたピークで生みだされたものの充実感があります。Stranger In Paradise、Beyond the Reef、The Moon of Manakoora、Return to Paradiseなど、好みの曲をやってくれているのも、個人的にはうれしいところです。

パーシー・フェイス自身が書いたCherry Blossomも、タイトルにふさわしい駘蕩たる雰囲気の横溢した曲で、微妙ながら、日本風味もあります。また、弦のピジカートなどに、ラヴェルのBoleroの影響も感じますが、これは意識してやったことだろうと思います。

先日のエキゾティカ話につづきになってしまいますが、この曲のトライアングルやグロッケンなどのパーカッション・アレンジは、「日本的」雰囲気を表現しようとしたものに思われます。そして、最後にはちゃんと鐘も鳴ります法隆寺。銅鑼ではないし、教会の鐘でもなく、日本の寺にときおりある、高さ数十センチ、径30センチくらい(こういう場合は、一尺というべきか)のごく小さな鐘みたいな音です(それじゃあ半鐘みたいだぞ、といわれると、たしかに強く叩けば「火事だ、火事だ」になりそうな雰囲気もあり)。Cherry Blossomは、このすぐれたアルバムのなかでも、ハイライトのひとつでしょう。

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Percy Faith Plays Koga Melories。こういうのもエキゾティカといっていいのかどうか。この画像を拾った海外の中古盤屋は"Konga" Melodiesと書いていた。古賀政男じゃなくて、近賀政男か! アルファベットで書いてあるんだから、ちゃんとジャケットを見ろよな~。

◆ 色は匂へど散りぬるを ◆◆
四月は、特集をしながら、そのかたわら、桜の曲ももうすこし取り上げようかと思ったのですが、曲をリストアップしてみたら、とうていそんな余裕のないことがわかりました。

なんせ、あまりの数の多さに、スタンダード系はすべてオミットし、ポップ/ロック/ビッグバンド系だけにかぎり、とくに目立つもののみをプレイヤーにドラッグしてみたのですが、それでも160曲ほどになってしまったのです。ヴァージョンが異なるだけのものを統合しても、やはり120種ほどあります。これだけで軽く半年はいけるのですがねえ……。

積み残した桜の曲はそれほど多くありません。プレイヤーにドラッグしてあったものを列挙すると、ニール・ダイアモンドCherry, Cherry、ニール・ヘフティーCheey Point(グッド・グルーヴ)、ムーヴCherry Blossom Clinicおよびその続篇のCherry Blossom Clinic Revisited(じつにもって変な曲で、できれば取り上げたかった)、ジョン・クーガー・メレンキャンプCherry Bomb、ジミー・マグリフ、レイ・チャールズ、ハリー・ジェイムズ、シンガーズ・アンリミティッドなどがやっているCherry、ミッチ・ライダー&ザ・デトロイト・ウィールズPeaches on a Cherry Tree(まだ気が残っている。桃の実が生るころに復活か)、そして、ビリー・ジョー・ロイヤルの「桜ヶ丘公園」、もとい、Cherry Hill Parkです。

f0147840_22575169.jpgCherry Hill Parkは、ポップ・ソングとしてはやや異例の題材を扱っているし、曲の出来もいいし、ビリー・ジョー・ロイヤルは好きだし、桜なんか出てこないけれど、そんなことはどうにでもなる、てえんで、かなりその気になっていました。四月の特集に飽きたら、チェンジアップとして、八重桜のころに持ち出すかもしれません。そもそも、これはニュージャージーのチェリー・ヒルという町の公園のことで、桜もイワシの頭もないのですが。

ボビー・ゴールズボロをすぐに取り上げるようなこともいってしまいましたが、これも、もはやその余裕はないようです。来年のいまごろにはこのブログも休眠しているので(つぎのクリスマスで終わる予定)、もうチャンスはないでしょうから、なにをやるつもりだったのかいっておきましょう。Honeyです。歌詞が長いなあ、とおもっているうちに、チャンスを逸しました。

かくして、なにもきちんと片づけられないまま、問題を積み残して会計年度も新しくなり、当ブログのカレンダーも、否応なしにめくれてしまうのでありました。明日三十一日の夜中の更新から四月の特集に入る予定です。
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by songsf4s | 2008-03-30 23:25 | 春の歌
Cherry Pink and Apple Blossom White その2 by Perez Prado & His Orchestra
タイトル
Cherry Pink and Apple Blossom White
アーティスト
Perez Prado & His Orchestra
ライター
Louiguy (aka Louis Guglielmi), Mack David (English lyrics)
収録アルバム
Mondo Mambo!
リリース年
1955年
他のヴァージョン
The 50 Guitars of Tommy Garret, the Ventures, Chet Atkins, Billy May with Les Baxter, Eddie Calvert, Jerry Murad, Stanley Black, Michel Legrand, the Fabulous Thunderbirds, the Atlantics, Pat Boone
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一昨日、近所を歩いてみたら、日当たりのいい海岸通りの桜並木はすでに満開寸前で驚きましたが、今日はもう、引っ込んだところの桜もかなりのところまで咲いていました。当地では、三月は暖かい日が少なく、今年はすこし遅めになると思いこんでいたので、ビックリ仰天です。

Cherry Pink and Apple Blossom Whiteのもういっぽうの片割れである、林檎の花というのは現物を見た記憶がなく、いつ咲くのかと思いましたが、桜よりだいぶあとで、四月の終わりか五月のようです。梅、桜、桃、林檎の順ということになります。

ということは、日本では、この両方がいっしょに咲くことは稀でしょう。八重桜は四月中旬ぐらいになるので、関東で桜と林檎がいっしょに咲く可能性があるとしたら、染井吉野ではなく、八重が遅れたケースになりそうです。しかし、北のほうに行けば、染井吉野と林檎が同時に咲く場所があるのかもしれません。青森あたりではどうなのでしょうかね。

ところで、昨夜遅く、北の地から便りがあって、この曲のフランス語タイトルに出てくるpommierは、林檎ではなく、正確には「林檎の木」なのだと教えていただきました。フランス語では、-ierの接尾辞は、しばしば実の生る木を示すのだそうです。でも、マロニエはマロンの生る木のことではない、というところがややこしいのですが、どこの言葉にもそういうややこしさは付きものです。はじめて東京に出てきたとき、「生そば」を「なまそば」といって笑われ、じゃあというので、「生ビール」を「きびーる」いったら、また笑われたと書いていた作家がいましたっけ。

◆ ペレス・プラード ◆◆
それでは各ヴァージョンの検討のつづきにとりかかります。今日は、ほかのものをもってくるわけにもいかないので、ペレス・プラードを看板に立てました。You Tubeにペレス・プラードの映像がいくつかあるので、お持ちでない方もライヴ・ヴァージョンを聴くことができます。

f0147840_2347087.jpg今回、久しぶりに聴いたら、やはり冒頭で尻がむずむずするので、きちんとカウントしてみました。合っていることは合っているようなのですが、どこかズレているというか、こちらのタイム感やノリとはちがうようで、どうもすっきりしません。

考えられる原因は、冒頭が3連に聞こえてしまうということです。じっさいには、シンコペートしてひとつ飛ばした8分音符の5連打、すなわち、冒頭の8分休符と合わせて、ここまでが4分音符3つ分、これにプラスすることの4分音符1打、というプレイなのです(間違いがないように、メモに音符を並べて勘定してしまった!)。これはRock'n'Roll Musicの冒頭と同じです。あれも3連に聞こえてしまいますが、じっさいにはシンコペートした8分の連打です(ということは、チャック・ベリーはCherry Pink and Apple Blossomeを参照してあの曲のイントロをつくったという仮定を示唆している)。

3連のつもりで聴いてしまうと、それでテンポを設定してしまうので、無意識のカウントがズレて、全体が入ってくるところで、その矛盾が顕在化する、そのために、テンポが狂ったように錯覚するのではないか、ということです。

しかしですな、ライヴだと、冒頭の小節のテンポのまま、すっと入っているように聞こえます。考えられるのは、スタジオ録音では、コンダクター以下、全員も目くらましをくらい、微妙にテンポを落としてしまったことに気づかなかったのではないか、ということです。

感覚を狂わせる材料には事欠きません。すなわち、1)冒頭の8分連打の最初の音はシンコペートしていて、小節の頭ではない、2)つぎのトランペットのソロ部分冒頭もシンコペートしていて小節の頭ではない、3)全体が入ってくるまで、小節の切れ目がどこにあるか判明せず、リスナーはその間ずっと判断保留の状態にサスペンドされ、なおかつ、4)トランペッターは意図的にタイムを伸び縮みさせているのです。でも、以上はすべてわたしの妄想のしからしむるところにすぎず、みなさんはべつの意見をお持ちかもしれません。

f0147840_2350423.jpgひとつだけはっきりしていることがあります。他のヴァージョンの冒頭では、カウントしながら、こんなに行きつ戻りつして悩んだりはしないのだから、こちらの感覚とズレのないプレイをしていることになります。ペレス・プラード盤には、やはりなにか魔物が隠れているにちがいないのです。

些細なことに拘泥しすぎているように思われるかもしれませんが、わたしの考えでは、ペレス・プラード盤Cherry Pink and Apple Blossom Whiteが、録音から半世紀以上たった現在も、依然としてその魅力を失わないのは、この非西欧的時間感覚のせいにちがいないないのです。

ヒットした当時は、裏拍を強調するノリも新鮮だったでしょうが、いまの感覚でいうと、それよりも、必要なら自在に時間を伸び縮みさせることのほうが、はるかに大きな特長といえるのではないでしょうか。

結局、どこかで辻褄が合えばそれでいいんだ、というラテン的どんぶり勘定タイムを、ロックンロール小僧的な、キャッシュ・レジスター式タイム感で測量してはいけないということでしょう。1円、2円の勘定が合わないのがなんだ、てなもんです。

◆ 便乗組 ◆◆
ペレス・プラード盤の10週にわたるトップの維持もすごいものですが、もうひとつ、そのモンスターぶりを裏づけるのが、直後に、イギリスではべつのヴァージョンも大ヒットしたことです。それがエディー・カルヴァート盤です。

f0147840_23535362.jpg国がちがうので競作とはいいにくいのですが、追随作、あやかり作、模倣作であることはまちがいありません。だって、聴けばわかりますが、アレンジ自体はなにもいじっていなくて、ほとんどストレート・カヴァーなんです。

その時代にはなにか意味があったのかもしれないし、エディー・カルヴァートはバスに飛び乗っただけで稼いだのだから笑いが止まらなかったでしょうが、いまになると、「偽物も出まわるほどの騒ぎかな」を証明するスーヴェニアの意味しかなく、音楽的には無価値なコピー商品にすぎません。これがバッグだったら摘発されていたでしょう。音楽だからゆるされただけです。

どうも、イギリス人の趣味というのはわからんな、と思ったのですが、よく考えると、日本でもこの種のコピー商品がつくられたにちがいなく、よその国の幼稚さをあげつらう立場にはないことに気づきました。

ジョエル・ウィットバーンの本によると、55年にはさらにアラン・デイルという人のヴァージョンもヒットしてますが、これはうちにはありません。

f0147840_23554166.jpgさらに1961年にも、トップ40には届きませんでしたが、もう一度ヒットしています。こんどはジェリー・ムーラッドという人のハーモニカ・インストです。

これもオムニバス盤に入っていただけで、背景に関する知識はなく、ただそこにある音がどう聞こえるかというだけなのですが、うーん、どうでしょうねえ。こういうのをお好きな人がいるから、マイナー・ヒットしたのでしょうが、わたしにはそれほど面白くは感じられません。ハーモニカのリードと、スタンダップ・ベースおよびアコーディオンによる伴奏というシンプルなもので、しかも、ハーモニカとアコーディオンというのは音質が似ているので、対比の面白味がなく、平板に感じます。

◆ スター・バンドリーダーの共演 ◆◆
ビリー・メイとレス・バクスターの共演盤というのが、Ultra Loungeシリーズの第17集、Bongolandという、ボンゴをフィーチャーしたトラックを集めた盤に入っています。いったいどういう経緯でこういう企画が生まれたのか、そもそも、どういう「共演」なのかもわかりません。ビリー・メイがアレンジし、レス・バクスターがコンダクトした、というあたりでしょうかね。まあ、そのへんは会社やアーティストの商売の都合もあるのだろうから、深く考えずにおきます。

f0147840_011133.jpgで、出来はどうかというと、これはこれで面白いと感じます。いきなり弦のピジカートというのが、おや、と思わせますし、いざヴァースに入ると、リード楽器はなんとマンドリンなのだから人を食っています(後半はストリングスがリード)。ドン・コスタのNever on Sundayの雰囲気を応用してみたというところでしょうか。ま、あれはマンドリンではないようですが。あとのほうにいくにしたがって、ストリング・アレンジメントがいよいよ不思議なものになっていくのも、なかなか楽しめますし、むやみにヴァイオリンにスライドをさせるのも、思わずニヤニヤしてしまいます。

ハリウッドというのは、腕のいいパーカショニストがそろっている土地なのですが(ゲーリー・コールマン、ジーン・エステス、ジュリアス・ウェクター、ミルト・ホランドというぐあいに、資料を見なくてもすぐにぞろぞろ名前が出てくるほど多数いる)、ビリー・メイ=レス・バクスター盤Cherry Pink and Apple Blossom Whiteのパーカッション部隊もすばらしく、その面ではペレス・プラード盤より上ではないかとさえ思います。

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ただ、これはビリー・メイ=レス・バクスター盤にかぎったことではないのですが、ペレス・プラード盤に見られる、「裏拍革命」とでもいうようなエグいグルーヴはありません。パーカッションが活躍しているにもかかわらず、ビリー・メイ=レス・バクスター盤は、あくまでも白っぽいグルーヴ、北米的グルーヴなのです。

◆ ヨーロッパもの2種 ◆◆
f0147840_0222466.jpg今回は、クモの巣を這いまわってもフランスでのオリジナルを発見できなかったのですが、かわりにミシェル・ルグランのものを聴けました。ただし、ルグランは、映画の仕事のせいか、アメリカで録音していますし、このCherry Pink and Apple Blossom Whiteは、イギリス録音なのだそうです。演奏はThe London Studio Orchestraとクレジットされています。名前のとおり、レギュラー・オーケストラではなく、スタジオ・プレイヤーなのでしょう。

前半のリード楽器はトランペットで、プレイも基本的にはペレス・プラード盤のビリー・リージスのラインをなぞっています。しかし、ペレス・プラード盤に似ているのはそこまで。バッキングはシンフォニックなのです。ミシェル・ルグラン盤の賞味のしどころは、そのシンフォニックなところということになりますが、好みは分かれるでしょう。わたしは悪くないと感じました。でも、すごくはありませんねえ、やっぱり。

f0147840_0225280.jpgもうひとつイギリスもの、スタンリー・ブラックのヴァージョンもあります。スタンリー・ブラックのピアノ以外には、スタンダップ・ベース、スラップスティック、カウベル、ティンバレスなどのパーカッションという編成で、ペレス・プラード盤のホットな味の対極にある、クール・ラテンで、これはこれで好ましいと感じます。パーカッション部隊はかなりの腕で、イギリスもナメてはいかん、と思いました。テンポ・チェンジを繰り返すアレンジなのですが、つながりの悪い不自然なところはありません。

◆ ウッと威され、ウッと詰まる客かな ◆◆
マンボといえば、あの「ウッ」という掛け声でしょう。You Tubeでペレス・プラードのライヴ映像を見て、「ウッ」のところで、こちらも、ウッと詰まってしまいました。客に背を向け、バンドに向かってコンダクトしているペレス・プラードが、そこだけ、半分客のほうを振り返り、片手で口を囲って半メガフォンをつくって、わざわざ「ウッ」とやるのです。そうやっていたのかよ、と呆れちゃいました。なんだか、痰でも吐いているみたいで……。

f0147840_027288.jpgいや、そういうことじゃなくて、どうもわざとらしくて、居心地が悪いのです。音だけ聴いていると、だれかパーカッション・プレイヤーあたりが、プレイのついでに、ノリで掛け声をかけているのかと思っていました。カウベルかなんかを叩きながら「ウッ」とやるほうが自然じゃないでしょうか。

それで思いだしたのは、スマイリー小原が、ほとんど客のほうを向いて、「背中で」コンダクトしていたことです。もちろん、実際問題としては、右手の「裏」でコンダクトしていたのですが、コンダクターの役割のなかには、プレイヤーたちの様子を観察ないしは監視することもあるわけで、そこは放棄するのだから、やっぱり「背中でコンダクト」なのです。ラテン・ビッグバンドのリーダーとしては、客に背中を見せるのが居心地悪く、彼はあの独特の妥協的スタイルと、あの不思議な笑顔を生みだしていったのではないかという気がします。

◆ 場違いな、あまりにも場違いな ◆◆
エンディングになだれ込もうと思ったら、スピーカーからパット・ブーンの声が聞こえてきて、いかん、すっかり忘れていた、とあわてました。

でも、みなさんのうちに、この曲にヴォーカル・ヴァージョンがあることをご存知の方がどれだけいらっしゃるでしょうかね。かくいうわたしは、つい最近まで知りませんでした。ラジオで歌ものを聴いた記憶はまったくありません。

f0147840_028367.jpgこれだけインスト曲として有名になってしまうと、ヴォーカル・ヴァージョンはマヌケな冗談みたいなものです。「シャレだよ、ただのシャレだってば」と言い訳されているみたいで、まじめに聴く体勢にはどうしたってなりません。たとえばですね、Walk Don't Runのヴォーカル・ヴァージョンなんてものがあったらどうです? そういう感じなんですよ、パット・ブーンのCherry Pink and Apple Blossom Whiteは。

突然、関係ないことを思いだしました。Telstarのヴォーカル・ヴァージョンというのを聴いたことがありますか? ちゃんと実在するんですよ。いやもう、珍というか奇というか、イマ・スマックがスペース・アウトしちゃったみたいな代物です。怖いもの見たさで一度聴く価値はあると思います。クモの巣のどこかに転がっているはずです。

閑話休題。パット・ブーンのファンなどではありませんが、この曲の出来がとくにきわだって悪いとは思いません(彼のLong Tall Sallyは噴飯ものですが)。ただただ、こちらの頭の回路がインストに固定されてしまっているので、どうしても奇妙に聞こえてしまうのです。うーん、でも、歌が出てきた瞬間、すーっと力が抜けて、生きる気力を失っちゃいますねえ。この場違いなマヌケぶりはどういうことなのでしょう。わたしにはよくわかりません。

◆ ギター曲としてのCherry Pink ◆◆
ペレス・プラードのサウンドが、すくなくとも1955年のアメリカ人リスナーの耳には革命的に聞こえたであろうことは、いまでも容易に想像がつきます。それほどよくできたヴァージョンです。当時の日本人も、このサウンドのエキゾティズムの虜になったことが、いろいろな手がかりでわかります。いまでも、ペレス・プラード盤Cherry Pink and Apple Blossom Whiteの魅力は色褪せていません。

と断っておいたうえでいうのですが、Cherry Pink and Apple Blossom Whiteは、ギター曲として非常によくできていると思います。弾いていて楽しいし、前回のギターもの棚卸しでふれたように、さまざまなアレンジを施せる適応力がこの曲には内在しているのです。

ペレス・プラードの方向では、ペレス・プラード盤を凌駕するものはありませんが、ギターものは話がちがいます。50ギターズもすばらしいし、ビリー・ストレンジの技を楽しめるヴェンチャーズ盤も楽しいし、チェット・アトキンズ盤も捨てがたい味があります。これだけギター曲としてよくできているとなると、わたしの知らないギターものCherry Pink and Apple Blossom Whiteがまだほかにもあるかもしれず、それなら、ぜひ聴いてみたいものと思います。

◆ 夜明け前 ◆◆
ところで、ペレス・プラードの知ったことではないのですが、この曲は歴史的に面白い時期に登場しました。ペレス・プラードがCherry Pink and Apple Blossom Whiteをマンボにアレンジして、最初に録音したのは1951年のことだそうです。しかし、ヒットしたのはそのヴァージョンではなく、1955年の映画Underwaterのための再録音ヴァージョンで、現在、広く出まわっているのはこちらのほうです。

55年ヴァージョンは10週にわたってビルボード・チャートのトップにありました。そして、最終的にこの曲をトップから叩き落としたのが、ビル・ヘイリーのRock Around the Clockでした。つまり、Cherry Pink and Apple Blossom Whiteは、「プリ・ロック・エラ」の最後のナンバーワン・ヒットだったわけで、このつぎの曲からは、歴史のカレンダーがめくれてしまうのです。

もちろん、正反対の立場を取る方々もたくさんいらっしゃるでしょうが、わたしの観点では、1950年代前半は、40年代までのスウィングのグルーヴを失った、やわらかくて甘いものばかりの歯ごたえのない堕落時代、中心軸とコヒーレンスのない「失われた週末」です。ペレス・プラードがアメリカ音楽の惰弱ぶりに強烈なビンタを食らわせ、目が覚めたアメリカは、ビル・ヘイリーのグルーヴを受け容れたのだ、というように読めます。

チャートを見ていて、そうか、ここではじめて、おれが音楽にのめり込む前提が準備されたのだな、なんて思い、なんだか、ペレス・プラードに握手したくなりました。
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by songsf4s | 2008-03-28 23:55 | 春の歌
Cherry Pink and Apple Blossom White その1 by the 50 Guitars of Tommy Garrett
タイトル
Cherry Pink and Apple Blossom White
アーティスト
The 50 Guitars of Tommy Garrett
ライター
Louiguy (aka Louis Guglielmi), Mack David (English lyrics)
収録アルバム
Maria Elena
リリース年
1963年
他のヴァージョン
Perez Prado & His Orchestra, the Ventures, Chet Atkins, Billy May with Les Baxter, Eddie Calvert, Jerry Murad, Stanley Black, Michel Legrand, the Fabulous Thunderbirds, the Atlantics, Pat Boone
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桜の時季となると、Cherry Pink and Apple Blossom Whiteは、ぜったいに避けられない曲でしょう。いや、嫌いなら、それでもまたいで通るのですが、楽曲としてもよくできていますし、そして、ありがたいことに、いいヴァージョンがたくさんあるのです。

じっさい、看板にできそうなのが数種類もあり、ひさしぶりの長考になりましたが、どなたでも手軽に試聴できるという理由で、50ギターズを選びました。当ブログのおなじみさんには毎度くどくて恐縮ですが、右のリンクからいけるAdd More Musicで、50ギターズのLPをリップしたMP3が公開されていますので、よろしければお聴きになってみてください。CD化はされていません。

いつもならここで歌詞の検討へと移るのですが、この曲はインストゥルメンタルとして有名ですし、英語詞はあとからつけられたものにすぎず、内容もべつに面白いというほどのものでもないので、割愛させていただきます。いや、ヴァージョンが多いので、2回に分けることになるでしょうから、後編で余裕があれば、ざっと見るかもしれません。

◆ 桜の伝播経路 ◆◆
この曲のだれでも知っているヴァージョンはペレス・プラード盤です。これがオリジナルだと思っていたのですが、原曲はフランスもので、オリジナル・タイトルは"Cerisier Rose et Pommer Blanc"というのだそうです。

cerisierという単語は知りませんが、たぶん、cherryに対応するフランス語でしょう。残りは簡単です。etはand、pommerはapple、blancはwhiteだから、英語タイトルはこれを直訳したものとわかります。スペルは知りませんが、日本では「セレーソ・ローサ」のタイトルで知られているわけで、セレーソもまたcherryに対応するスペイン語またはポルトガル語なのでしょう。

f0147840_22591958.jpgこの曲を書いたのLouiguy(ルイーギュとでも読むのか)は、エディット・ピアフの代名詞であるLa Vien Roseの作曲者でもあるそうです。「だれでも知っている曲」といえるほどのものを2曲も書いた人というのは、そうたくさんはいないでしょう。

当然、フランス人と思いたくなりますが、バルセロナ生まれのイタリア系カタルーニャ人だそうです。スペイン人といってかまわないのですが、わが友のカタルーニャ学者によると、カタルーニャ人は自分たちをスペイン人とは考えていないのだとか。

英語の資料でわかるのはこのあたりまでで、この曲の誕生の経緯や、フランスでのヒット/ミスなどはわかりません。わからないということは、伝えるべきほどのことはなにもないということのような気がします。ペレス・プラード盤がモンスター・ヒットにならなければ、だれにも知られずに消えていった可能性が大です。

◆ スナッフ・ギャレットと50ギターズ ◆◆
手続きは終わったので、各ヴァージョンの検討に移ります。今回はギターものを中心にいくことにして、まず看板に立てた50ギターズ盤。50ギターズについては、当ブログではすでに何度か言及しているのですが、検索してリンクを張るのも面倒なので、また繰り返すことにします。

リバティーのプロデューサーとして活躍した、トミー・“スナッフ”・ギャレットという人がいます。ボビー・ヴィー、ゲーリー・ルイス&ザ・プレイボーイズ、ジーン・マクダニエルズなどを通じてご存知の方も多いでしょう。

f0147840_231247.jpgギャレットは、以上のようなネーム・アーティストのもの以外にも、当然、多くの盤をプロデュースしていますが、彼のもうひとつの顔といえるのが「企画盤屋」です。50ギターズ・シリーズはその代表です。ほかには、たとえば、バーバンク・フィルハーモニックなんていうスタジオ・グループ(ドラムはハル・ブレインなので、他のメンバーも想像がつく)もあります。これは、なんといえばいいのか、大昔のブラス・バンドかダンス・バンドのスタイルで、現代(いや、つまり60年代のこと)の曲をやる、というものです。

バーバンク・フィルハーモニックは、The First (Maybe the Last)というデビュー盤のタイトルが示すとおり、1枚で消えたようですが(確証なし。たんにセカンドを発見できないだけ)、50ギターズは、Add More Musicの50ギターズ・ページにおけるキムラさんの解説によれば、20枚以上の盤を残したのだそうで、大成功企画だったことになります。これに匹敵するシリーズはエキゾティック・ギターズ(キムラさん命名するところのEG's)だけでしょう。こちらもAdd More Musicで聴くことができますので、2種のヒット企画の比較なんてことをなさってみてはいかがでしょう。

50ギターズの成功は、アイディアの独創性(まあ、マンドリン合奏のギター版みたいなものなので、きわめてオリジナルというわけではありませんが)とサウンドのよさのたまものだと思います。

◆ 50ギターズ盤Cherry Pink ◆◆
わたしは最初の2枚しかもっていないので、現物のクレジットを確認したわけではないのですが、途中からアレンジャーがアーニー・フリーマン(ボビー・ヴィーをはじめ、ギャレットはしばしばフリーマンを起用している)になり、そのあたりから、サウンドが非常によくなってきたのだと考えています。

キムラさんの解説によると、アーニー・フリーマンがクレジットされるようになるのが、まさにこのCherry Pink and Apple Blossom Whiteが収録されたアルバム、Maria Elenaからなのだそうで、たしかに、さもあらん、という音作りになっています。

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From left to right; arranger Ernie Freeman, producer Snuff Garrett, drummer Earl Palmer. 左からアーニー・フリーマン、スナッフ・ギャレット、アール・パーマー。壁面の吸音材の形状から、場所はユナイティッド・ウェスターン・リコーダーと考えられる。

Add More Musicで現在のところ聴ける10枚しか知りませんが、これまでの50ギターズの盤のなかでは、Maria Elenaがもっとも充実していて、なかでも、このCherry Pink and Apple Blossom Whiteは最上位にくるものと考えています。リード・ギターのトミー・テデスコのプレイを楽しむなら、ほかのトラックのほうがいいでしょうが、この企画の本来の目的である、多数のギターによるアンサンブルという面では、じつによくできています。

まず第一に、アレンジがはまっています。メロディーのおかげでカウンター・メロディーをつくりやすかったという面もあるでしょうが、じゃあ、ほかのヴァージョンもみなそうかといえば、そんなことはないのだから、これはアーニー・フリーマンの手腕といえます。

どこがいいかというと、なんといっても、後半(サード・ヴァース以降)のカウンター・メロディーです。後半はオブリガート隊(オーケストラ風にいえば、メロディー担当の「第一ギター」に対し、「第二ギター」という感じ)のある右チャンネルに、ずっと耳を取られっぱなしになるほどです。

50ギターズでは、トラップ・ドラムが使われるのは稀で、この曲でもドラムはブラシによるスネアのみです。活躍するのはコンガほかのラテン・パーカッションで、Cherry Pink and Apple Blossom Whiteも、いつものように、派手にコンガが鳴り響いています。うまい人じゃないと、こんなにきっちりした音は出ません。ひょっとしたら、アール・パーマーが、スネアではなく、コンガを叩いたのではないかという気がします。むちゃくちゃにスナップの利いた、おそろしく痛そうな音! コンガが生き物だったら撲殺されちゃいそうです。

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Earl Palmer in a movie set with conga drum. アール・パーマーとコンガ。1961年の映画The Outsiderのセットで。

もともと50ギターズは全体のアンヴィエンスが気持ちいいのですが、この盤ではいよいよ音の空間表現が堂に入ってきたと感じます。エンジニアがだれかわかりませんが、名のある人でしょう。

スナッフ・ギャレットは、リバティーのプロデューサーでありながら、自社のカスタム・レコーダーでは録音せず、しばしばユナイティッド・ウェスターンを使っていたということなので、そのあたりからエンジニアの候補は3人ぐらいに絞り込めますが、コメント欄で専門家にツッコミを入れられる可能性が高いので、推測はせずにおきます。

ただひとつ残念なのは、トミー・テデスコの見せ場がないことですが、それはほかのトラックで聴けばいいことです。

◆ ザ・ストレンジ・ヴェンチャーズ ◆◆
つぎは、好みだけでいえば、ヴェンチャーズ盤です。こちらのほうを看板にしようかと最後まで迷ったぐらいで、リード・ギターのプレイにかぎれば、じつに楽しいヴァージョンです。

f0147840_2315424.jpg初期のヴェンチャーズ(Cherry Pink and Apple Blossom Whiteは、アルバムThe Colorful Ventures収録)は、とくにそれを否定するデータ(コントラクト・シートの記載)が出てこないかぎり、ビリー・ストレンジがリードをとったと考えればいいことになっています。この曲でのサウンド、スタイルにも、ビリー・ストレンジであるという想定を否定する材料はありません。ふだんのヴェンチャーズ・セッションにおけるビリー・ストレンジのサウンドであり、スタイルです。

ヴェンチャーズ盤Cherry Pink and Apple Blossom Whiteのなにがいいといって、コード・プレイをたっぷり楽しめることです。この曲はハーモニーをつけやすいメロディーラインで、ビリー・ストレンジは、下にハーモニーをつけて2本の弦をいっしょに弾くプレイを多用しています。

しからば乃公も、てえんで、ちょっとなぞってみましたが(テープ速度をいじったらしく、ハーフ・トーンなので、チューニングを変えなくてはならないのがつらいが、たまたま50ギターズもハーフ・トーンなので、並べてプレイすると便利!)、速すぎて追いつけず、もうすこし練習しないとなあ、と敢闘むなしく敗退。

このプレイを、よけいな音を出したり、弦の1本をスカにしたりせずに、すべてきれいにやっているあたりは、さすがはボスです。この曲は日本でも有名なのに、昔、アマチュア・ヴェンチャーズ・コピー・バンドのものを聴いたことがないのは不思議だと思いましたが、このコード・プレイはちょっと敷居が高かったのだと、弾いてみてわかりました。

◆ チェット・アトキンズ ◆◆
もうひとつすばらしいヴァージョンがあります。チェット・アトキンズ盤です。Cherry Pink and Apple Blossom Whiteでは、例の親指でベースを入れる、チェット・アトキンズといえばだれでも思い浮かべるあのプレイはしていませんが、伝家の宝刀は抜かずとも、通常兵器のみでやっても、うまいひとはやっぱりうまいのです。

f0147840_23214958.jpgチェットは、ビリー・ストレンジとはちがう箇所ですが、やはりコード・プレイを多用しています。純技術的に見れば、こちらのほうが難度が高いでしょう。じっさい、よくこんなプレイを連続的に息もつかせず繰り出すものだと呆れます。空振りだのよけいな音だのといったものはいわずもがな、音をちびっちゃったなんていう「記録に表れないエラー」もありません。その他、ただ聴いているだけではなにをしたのかわからないプレイもあり(じゃあ、やっぱり、またなぞったか、といわれちゃいそうですが、なぞりません。無理です)、毎度ながら、すごいものです。

バッキングはアップライト・ベース、リズム・ギター、サイドスティックのみのドラム、カウベルというシンプルな編成で、マンボではなく、ルンバ風のノリです。サイドスティック以外に、スラップスティックか、またはドラムスティック同士をたたき合わせているような音がときおり聞こえるのが、ちょっと気になります。バディー・ハーマンあたりが、サイドスティックのプレイをしながら、同時に、そのサイドスティック・プレイをしている左手のスティックを、右手のスティックで叩く、なんていう高等技術を使った可能性もゼロならず。こういうのは、その場で見てみたいものです。

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ハリウッドのチェット・アトキンズ。背後のギタリストはハワード・ロバーツ。そういうメンバーで、ハリウッドで録音された盤があるのだそうだが、残念ながら未聴。ぜひ聴いてみたい一枚。

◆ アトランティックス ◆◆
もうひとつギターものがあります。オーストラリアのサーフ・インスト・バンド、アトランティックスです。このバンドについては、昨夏、Theme from A Summer Place by the Lettermenの記事ですでにふれています。

オーストラリアというお国柄を反映して、大英帝国インスト・バンド群の頂点に君臨するシャドウズの影響が濃いところが、このバンドの面白いところですが、よく似ているから面白いわけではありません。なんだか、ドサ廻りのシャドウズの偽物、シャドウズがグレて、サーフィン野郎に変身し、下品な曲を投げやりにやっているみたいなところが面白いのです。つまり、早い話が、あまりうまくないのです。

サーフ・マニアは下手なバンドの非音楽的ノイズに対する強い免疫をもっているので、このかぎりではないでしょうが、わたしの場合、小学校のときに好きだったBomboraとAdventures in Paradiseの2曲があれば、それで十分と思っています。もうすこしエキゾティカ方面をやっていれば、まめに集めるのですが、サーフ・ミュージックとパンク・ミュージックが兄弟であることを証明するようなトラックのほうが圧倒的に多いのです。

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で、アトランティックス盤Cherry Pink and Apple Blossom Whiteの出来は如何というと、うーん、どんなものか、です。ギターはそこそこがんばっていますし、なにをどうしたのかよくわからない不思議なサウンドによる効果音的なギターのオブリガートも、面白いか面白くないかはさておき、変わっていて耳を驚かしますが、ドラムに絶句してしまうのです。

それも、タイムがいいの悪いの、上手いの下手のなどという以前の問題で、どうしてそういうプレイを選択したのか理解に苦しむ、というリズム・アレンジなのです。まるで、幼児にスティックをもたせ、いまからおじさんたちがギターを弾くから、そこでなにか叩いてごらんとやらせてみた、というおもむき。意表をつく意外千万プレイの連続で、なにがしたいのかさっぱりわからず、大人の常識では意図を推しはかることは不可能です。

まあ、凡庸ではないことはたしかですし、音楽に笑いを求める人にも向いているかもしれないので、ゲテ好き、いかもの食いの方は、アトランティックスをひとつお試しあれ。

◆ ファビュラス・サンダーバーズ盤 ◆◆
ギターもののCherry Pink and Apple Blossom Whiteの棚卸しは以上をもって完了で、切りがいいのですが、ここで終わってしまうと、明日がつらそうなので、もうすこしつづけます。

f0147840_23493198.jpgギターものに近い雰囲気なのが、ファビュラス・サンダーバーズによる、ブルーズ・ハープが中心になったエレクトリック・ブルーズ・バンド編成のヴァージョンです。そういうタイプのバンドがやるには不向きな曲ですが、そのミスマッチの面白さを狙ったものでしょう。そもそも、時期的に(1981年リリース)わたしの守備範囲外で、なんにも知りません。たんに、オムニバス盤に入っていただけです。

こういうバンドだと、身近なところで、バターフィールド・ブルーズ・バンドと比較してしまうのですが、ギターはマイケル・ブルームフィールドから一段下がるどころか、九十三段ぐらいは落ちるので比較になりません。ハープは、ポール・バターフィールドと比較しても、それほど失礼ではないだろう(もちろん、バターフィールドに対して)と感じます。でも、バターフィールドのハープは、歌なんかやめたほうがいいってくらい、圧倒的にうまいですからねえ。やっぱり負けています。

しかし、退屈な80年代のものにしてはいいほうで、ナスティーな南部風味も悪くありません。とはいえ、これを機会にこのバンドを集めようとは思いませんでした。

残るヴァージョンの大部分を占めるオーケストラ/ビッグバンドものは、明日以降に持ち越しとさせていただきます。
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by songsf4s | 2008-03-27 23:54 | 春の歌
Me Japanese Boy by Harpers Bizarre
タイトル
Me Japanese Boy
アーティスト
Harpers Bizarre
ライター
Burt Bacharach, Hal David
収録アルバム
The Secret Life of Harpers Bizarre
リリース年
1968年
他のヴァージョン
Bobby Goldsboro
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先日のタク・シンドーのSkylarkはエキゾティカそのもの、前回のポール・ホワイトマン楽団のThe Japanese Sandmanは「プリ・エキゾティカ」(わたしが捏造したタームですが)でした。本日は予告どおり、「ポスト・エキゾティカ」(もう一丁捏造)へと進みます。

ショーヴィニスト的傾向をもつ方は、ひょっとしたらPCスクリーンを殴りつけたくなるかもしれないくだりがあるので、お茶でも入れてリラックスしてから、以下をお読みになるようにお奨めします。お互い、ケガをしてはつまりません。いや、お互いとは、あなたの手とあなたのPCのことですけれどね。

◆ 英語もどき ◆◆
それではファースト・ヴァースとコーラスをひとまとめにいきます。ヴァースとコーラスがつながっているので、切れないのです。

Long long ago in a land far away
A little boy and a girl were so in love
Standing neath the moon above
He said "Me Japanese Boy, I love you
I do love you
You Japanese Girl
You love me, please say you do"

「遠くはるか昔、遠い国でのこと、少年と少女がお互いに深く愛し合っていた、月の明かりの下に立ち、彼はいった。『ぼく日本少年、きみ日本少女、愛するあるよ。ほんとうに愛するあるよ。きみ日本少女も、ぼく愛する、どうかそういってほしいあるね』」

まあ、わたしがこねくった日本語にしたのですが、原語もややピジン・イングリシュじみています。こういう英語もどきは、たとえば、映画やドラマで中国人などが使った場合、上記のような日本語に訳すのがきまりになっているわけでして、わたしはそれにしたがったまでのことです。

まあ、考えてみると、この手の英語もどきよりもっとひどい、意味不明の英単語羅列は、現在でもテレビで日常的に使われているので、アメリカ人が、日本人はこういう英語を喋ると思いこんでも、異にするほどのこともないでしょう。もっとも、日本にいる外国人がこういう雰囲気の日本語もどきを喋ることもしばしばあるので、おあいこのはずですが。

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ハーパーズの写真は使い果たしてしまったので、本日も「本文とは関係ありません」方式で、桜の写真を飾りにすることに。まずは「ローン・チェリー」の景。

◆ 花見作法のアメリカ的誤解と日本的不快 ◆◆
セカンド・ヴァース。こんどはショーヴィニストではなく、植物を愛する人たちに、まあまあ、お平らに、軽薄なアメリカの作詞家がつくった、ただの軽薄な流行歌だということをお忘れなく、と警告しておきます。

They carved their names on an cherry tree
Just like they've done in Japan since time began
Then he gently held her hand

「日本の国がはじまって以来、だれもがそうしてきたように、二人も桜の古木に自分たちの名前を刻み込み、そして彼はやさしく彼女の手をとった」

ここもヴァースとコーラスがつながっているので、「彼はやさしく彼女の手をとり、ぼく日本少年、きみ日本少女愛するあるよ」という構成になっています、って、そんなことはどうでもいいか、というヴァースですがね。

われわれはしばしば自国文化のよってきたるところを知らなかったり、まちがったことを信じていたりするので、百パーセントの自信はないのですが、でも、桜の木に恋人たちが名前を刻むなどということを、われわれが民族的習慣としていたとは思えません。樹木を傷つける者は、現在同様、やはり、昔も指弾されたのではないでしょうか。

ただし、われわれは、桜の根方を踏み固めたり、あろうことか根の上に坐りこんだりするという、木を窒息させるに等しい行為を、「花見」と称して至上の快楽とし、だれもそれをとがめない民族です。考えようによっては、名前を刻んで樹皮を傷つけるよりずっとたちの悪いことを恒常的にしているのだから、アメリカ人作詞家の無知を嗤う資格はわれわれにはありません。

念のために申し上げておくと、ただの受け売りですが、幹に近いところの根は、水分や養分を吸い上げる役割を終えていて、機能しているのは、根の先端部分だそうです。根は見えませんが、その先端は枝の先端とほぼ同じあたりにあるとか。桜の下に坐り込んで、根を窒息させながら飲み騒ぐなどという野蛮かつ愚劣きわまりないことをやめ、根の上の土を踏み固めぬよう歩を選んでそぞろ歩きながら、そっと花をめでるような国になってくれたら、どんなにか住みやすくなることかと思います。

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◆ 呑気な落とし咄 ◆◆
以下はブリッジ。

In a blue and white Kimono
She became his happy bride
From that day until this very moment
She'd been standing by his side

「青と白の着物を着て、彼女は幸せいっぱいの花嫁になった、その日からいまに至るまでずっと、彼女は彼のかたわらにいる」

着物の色についての詮索は無駄だからやめておきます。大昔まで遡れば、どんな色の着物を着て嫁いだのか、そもそも、婚礼衣装なんてものがいつ生まれたのか、わたしはなにも知りません。いまの形はせいぜい数十年の歴史しかないということを、ものの本で読んだ記憶があります。

サード・ヴァースと最後のコーラスをつづけていきます。

Now they are old
And from what I am told
They're still in love
Just as much as they once were
Every night he kissed her
And said "Me Japanese Boy, I love you, I do love you"
That is the way that it should be when love is true
That is the way that it should be for me and you

「いまでは二人も年老いたけれど、聞いたところによると、二人はまだ昔と同じように愛し合っていて、彼は毎晩は彼女にキスし、「ぼく日本少年、きみ日本少女、愛するあるよ」といっているそうだ。ほんとうに愛し合っているのなら、そうでなくちゃいけないよね。ぼくときみも、そうあるべきじゃないかな」

というわけで、最後のコーラスはサゲになっています。つまり、恋人に向かってお伽噺をし、ぼくらもそれに倣おうじゃないか、という口説きの歌なのでした。日本はただのダシなのだから、ショーヴィニスティックになって、けしからん、などと目くじらを立てるほどのものではないのです。ちらっとビーチボーイズのSumahamaを思いだしたりもしますな。あれは、「いただいた」とはいわないまでも、Me Japanese Boy, I Love Youを「参照」した気配があります。

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◆ 6thは永久に不滅です ◆◆
さて、本日のお題は(って、わたしが自分で出題しただけのマッチ・ポンプですが)「ポスト・エキゾティカ」です。

歌詞があまりリアリティーのない日本を描いていること以外に、この曲のどこかにエキゾティカのなごりがあるとしたら、6thコード、6thのスケールを使っていることでしょう。これがあると、われわれの耳には日本的とは聞こえないにしても、ある種の東洋的ムードが生じるわけで、バート・バカラックは伝統に則った曲作りをしています。まあ、アメリカ人はほかにやりようを知らないだけかもしれませんが。

コードをきちんととる時間がなかったのですが、ハーパーズ盤の冒頭は、F#-F#6-Abm7-Bbm7となっているようです(ちがっていたらすまん。でも、うたう分にはこれで合う。F#6とBmaj7は似ているし、Abm7はB6に似ているしで、そのへんのいい加減さはギターをお弾きになる方なら承知のことのはず)。

イントロ・リックは、半音が煩わしくて恐縮ですが、Eb-Db-Bb-Ab-Bb-Ab-F#-Ebという下降フレーズです。最初の上のEbと、最後にたどり着く下のEbが、F#における6thの音で、つまり、6thではじまり、6thで終わっているのです。3度と7度の音を飛ばし、6thの音を入れたスケールを適当に弾くと、なんとなく、ラーメンが食べたくなるようなフレーズが、蓋をして3分もかからずにできあがるので、手近な楽器でお試しあれ。

つまり、このMe Japanese Boyという曲も、エキゾティカの伝統にしたがって、中国と日本は同じものとみなし、われわれの耳には中国的に響くメロディーによって、日本を表現していることになります。

ここまでの「エキゾティカ」シリーズをお読みになった、注意力散漫でない方は、気になっていることがあるはずです。そう、「パリは燃えているか?」、じゃなかった、「銅鑼は鳴っているか?」です。

その答えはイエスでもあり、ノーでもあります。ハーパーズは銅鑼なし(麻雀かよ!)、ヒット・ヴァージョン(そして、たぶんオリジナル)であるボビー・ゴールズボロ盤では、銅鑼が由緒正しい響きで鳴っています。ジャーン、タラララランという、ラーメンCM状態なのです。

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◆ ハーパーズ・ビザール盤 ◆◆
今回は2種のヴァージョンしかないので、聞き比べというほどのことにはなりませんが、恒例なので、比較考証のお楽しみもやっておきます。

ハーパーズ盤を看板に立てたのは、こちらのほうがすぐれているからというより、ボビー・ゴールズボロはすぐにまた取り上げる予定なので、右のメニューに変化をもたせようと考えたまでにすぎません。でもまあ、そういうことは抜きにしても、ハーパーズのMe Japanese Boyのほうが、わたしには面白く感じられます。

その理由は、主としてサウンドのスケール感と、アレンジにあります。なんせ、わたしが専門とする60年代のハリウッドだから当然ですが、うんうん、that is the way that it should beとうなずける点が多々あるのです。

ハーパーズのCDのたすきに、日本の会社は「バーバンク・サウンド」というタームを使っていますが、WBやリプリーズの盤も、バーバンクではなく、ほとんどがハリウッドで録音されています。バーバンクはWBの本社所在地にすぎず、ハリウッドで生みだされた音楽に共通する属性とは無関係です。あくまでも、ハリウッドの音楽として全体を捉えないと、WBおよびリプリーズの盤だけが、他のハリウッド録音の盤から分離されてしまい、歴史を見誤ることになるでしょう。

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話を元に戻します。ハーパーズのアルバムは、どれもアレンジャーが入り乱れていますが、この曲はニック・デカロのアレンジです。ニック・デカロの仕事としては、かなり上位にくると感じます。派手派手しくはやっていませんが、パーカッションの扱いが凝っているし、またその配置が繊細で、このあたりはおおいに好みです。

ストリングスのラインの取り方もきれいですし、ストリングスの裏で薄く管を鳴らして立体感をつくる基本技もちゃんとやっています。もっとも気持ちのいいくだりはブリッジで、突然出現するフレンチ・ホルンはなかなかスリリングです。

そして、こういう音が気持ちいいと感じる裏には、つねにすぐれたエンジニアがいることも忘れるわけにはいきません。もちろん、この盤も、他のハーパーズの盤と同じく、リー・ハーシュバーグの録音です。クレジットがなくてもわかっちゃうくらい、うんうんとうなずきっぱなしの、みごとな音の空間配置です。

贔屓のリズム・セクションがとりたてて活躍しない(ハル・ブレインはやはりパーカッションのどれかをプレイしたのでしょうね)ことも気にならないほど、60年代ハリウッドの、いま振り返れば夢のように豊かなインフラストラクチャーを如実に示す、みごとな音作りです。

◆ ボビー・ゴールズボロ盤 ◆◆
ヒットしたのはボビー・ゴールズボロ盤のほうなのですが、それは先にやったからとか、シングル・カットしたからといった理由にすぎないように思います。

f0147840_21334660.jpgわたしはゴールズボロのそこそこのファンなので、こちらのヴァージョン(タイトルはMe Japanese Boy, I Love Youと長い)も嫌いではありません。悪くない出来だと思います。でも、ハーパーズ盤を聴いてしまうと、あの音作りのレベルの高さ、とくにリー・ハーシュバーグの名人芸にはとうてい敵するものではないことを納得しないわけにはいきません。相手が悪すぎます。

イントロはそこそこの出来(銅鑼が鳴りますがね!)ですが、ヴァースに入ったとたん、音が薄いなあ、と思います。とはいえ、薄いものには薄いものの魅力があるので、このヴァージョンだけしか知らなければ、これはこれでいいと思ったでしょうし、当時のアメリカのリスナーもそう感じたからこそ、ヒットしたにちがいありません。

ポップ・ファンは、かならずしもハイ・レベルで複雑な工芸品を好むわけではありません。シンプルなもののほうに親しみを感じることはしばしばあります。だから、ボビー・ゴールズボロ盤Me Japanese Boyのヒットは、たとえ楽曲のよさに大きく寄りかかったものにせよ、不思議ではありませんし、ハーパーズ盤は、仮にシングル・カットしても、ヒットにはいたらなかっただろうと思います。

以上、前回のThe Japanese Sandmanから、約半世紀の時間をジャンプして、「プリ・エキゾティカ」と「ポスト・エキゾティカ」を並べてみました。

わたしの結論は、「エキゾティカは万古不易、永遠の6thである」です。われわれとしても、もう日本は6thと銅鑼で表現されるものと決まってしまった、これは国旗のように取り替えの困難なものなのだ、と腹をくくるしかないでしょう。

イヤだといったって、あちらさんの固着はすくなくとも20世紀初頭からのもので、もはや獲得形質の段階を終わり、民族の血に遺伝形質として組みこれまれてしまったように思えるほどで、いまさら修正のしようがありません。♪およばぬ~ことと~、あきらめ~ました~。
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by songsf4s | 2008-03-25 23:41 | 春の歌
The Japanese Sandman by Axel Stordahl
タイトル
The Japanese Sandman
アーティスト
Axel Stordahl
ライター
Raymond B. Egan, Richard A. Whiting
収録アルバム
Jasmine and Jade
リリース年
1960年
他のヴァージョン
Paul Whiteman Orchestra, the Andrews Sisters
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タク・シンドーのSkylarkで、エキゾティカ方面に一歩足を踏み入れたので、その付近の曲をつづけてみようと思います。

看板に掲げたアクスル・ストーダールのアルバム、Jasmine and Jade(すでにTropical Sleeves GalleryMoon of Manakoora by Dorothy Lamourで取り上げているので、今回が3度目の登場)は、明らかにエキゾティカに分類できるのですが、The Japanese Sandmanという曲自体は、1920(大正9)年につくられたものです。したがって、エキゾティカであると同時に、「プリ・エキゾティカ」の側面ももっています。エキゾティカの時間的広がりを考えてみようという趣向なのですが、そのへんのことはのちほど。

◆ 時間の下取り ◆◆
ポール・ホワイトマンとアクスル・ストーダールのヴァージョンはインストゥルメンタルですが、アンドルーズ・シスターズ盤には(残念ながら!)歌詞があるので、まず、そちらから検討します。

構成に疑問があるのですが、最初に出てくる部分をヴァースと考え、途中、マイナーに転調するところをブリッジとみなすことにします。感覚的には、コーラスから入り、そのあとでヴァースが出てくるように感じるのですが、1920年のポール・ホワイトマン楽団盤では、そういうつくりにはなっていないので、依然として疑問は残るものの、最初にうたわれるメイジャーの部分をファースト・ヴァースとします。

Here's the Japanese Sandman
Sneaking on with the dew
Just an old second hand man
He'll buy your old day from you
He will take every sorrow
Of the day that is through
And he'll give you tomorrow
Just to start a life anew

「ジャパニーズ・サンドマンが露をまとわりつかせて忍び足で歩いてくる、あなたの古い日を買い、すぎにし日の悲しみをみな引き取り、新しく人生をやり直せるように、明日をわたしてくれる、ただの年老いたクズ屋」

sandmanは「眠りの精」などと訳されますが、なんとかララバイなんていう曲には、かならずといっていいほど登場するキャラクターです。このJapanese Sandmanも、子守唄仕立てなのだと考えられます。サンドマンがやってくる、というのは、つまり、「ほうら、もうまぶたが重くなってきた」ということを意味します。

secondhandは、近ごろはあまり使わない「セコハン」という日本語のもとになった単語で、それを取り引きする人間だから、古物商ということになります。しかし、second handと二語の場合には、「秒針」という意味になり、時間を扱うこのヴァースの文脈では、old dayやtomorrowの「縁語」とみることもできます。

「クズ屋」としたことについては、落語好きの方には説明の要がないでしょう。このsecondhand manは、骨董価値のあるものを取り引きする人物としては描かれていないので、ゴミクズすれすれのもの(反古など)をわずかな銭と交換に引き取ってくれる、「井戸の茶碗」のクズ屋の甚兵衛さんを思いだしたというしだい。いや、死人にかんかんのうを踊らせてしまう「らくだ」の無名クズ屋さんのほうが、ずっと有名でしょうけれど。

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◆ 金と銀のレートは? ◆◆
以下はセカンド・ヴァースと思われるもの。

Then you'll be a bit older
In the dawn when you wake
And you'll be a bit bolder
With the new day you make
Here's the Japanese Sandman
Trade him silver for gold
Just an old second hand man
Trading new days for old

「夜明けに目覚めると、あなたはほんのすこしだけ大きくなっている、そして、新しい日をすごすとすこしだけ大胆になる、ジャパニーズ・サンドマンがやってきた、銀を売って金を手に入れ、新しい日を売って古い日を手に入れる」

うーん、なんのことか、というヴァースです。子守唄だとするなら、子どもにうたって聞かせているということで、前半はオーケイでしょう。しかし、後半の銀を売って金を手に入れるとはなんのことやら。マルコ・ポーロのタワゴトとか、江戸時代から明治にかけて、日本から金銀が海外に流出したことを反映しているのか(戦国末期から江戸初期にかけて、日本は世界有数の金銀産出国で、江戸から明治にかけて、その金銀が貿易代金として海外に流出したのだとか)、はてさて、なんのことやら。たんなるお伽噺的装置にすぎないのかもしれません。

◆ アメリカ的地理感覚 ◆◆
以下はブリッジとみなせるパート。しかし、内容的には前付けのヴァースか、ファースト・ヴァースなのではないかと感じます。

Won't you stretch imagination
For the moment and come with me
Let us hasten to a nation
Lying over the western sea
Hide behind the cherry blossoms
Here's a sight that will please your eyes
There's a baby with a lady of Japan singing lullabies

「しばらくのあいだ、想像をたくましくして、わたしについていらっしゃい、西の海にある国へと急ぎましょう、桜の花に隠れて麗しい光景が見える、日本の女性が赤ん坊に子守唄をうたっている」

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西の海ではまるで西方浄土で、「品川心中」になってしまいますが、ここが「東の海」となっていないところに、アメリカらしさがあらわれています。「東洋」「西洋」の分け方はヨーロッパ由来であり、とりわけ、太平洋をはさんで日本と向き合っている、アメリカ西海岸の人びとの感覚には合わないのでしょう。

やはり、日本といえば桜ということのようで、季節をあらわす語というより、ここでは日本の枕詞として出てきた気配が濃厚です。

アンドルーズ・シスターズ盤では、このパートはブリッジのような位置に置かれていますが、1920年代のヴォーカルものをいくつか聴いてみたところ、もとはこのパートを冒頭におく構成だったようです。内容を見ても、この連のファースト・ラインはいかにも曲の冒頭というおもむきが濃厚です。

◆ ポール・ホワイトマン楽団 ◆◆
f0147840_033910.jpgこの曲を最初にヒットさせたのはポール・ホワイトマン楽団で、曲が書かれたのと同じ1920年リリース。かのWhisperingとのカップリングだったようで、したがって、ほんとうに両面ヒットだったのか、Whisperingのヒットにお相伴しただけなのか、よくわかりません。いずれにしろ、この盤でポール・ホワイトマンは一躍スターになったと記録されています(そして、日本にまでその名はとどろき、昭和初期のわが国のミュージシャンにも大きな影響をあたえることになる)。

このヴァージョンでは、歌詞の検討で「ブリッジ」とした部分は、ブリッジらしい位置に置かれています。短いイントロの直後に、アンドルーズと同じようにHere's Japanese sandmanの部分(ポール・ホワイトマン楽団盤はインストですが)がはじまるので、この点から、アンドルーズはこのヴァージョンをもとにしたと推測できます。

今回、いくつか試聴してみた20年代の他のヴァージョンまで含め、ポール・ホワイトマン楽団盤がもっともテンポが速く、これがヒットの理由ではないかと思います。ダンサブルなところが、いかにもThe Roaring 20'sの開幕を告げるにふさわしいのです。

楽曲そのものには東洋的ムードはあまりないのですが、ポール・ホワイトマンは、それをイントロで補っています。といっても、われわれ日本人の耳には、ラーメンのコマーシャルがはじまるのかと思うような、中国的なリックに感じられますが、アメリカ人にはこれで十分に日本的に聞こえるのでしょう。そもそも、日本と中国の区別がついていたかどうかも怪しいですしね。

さらにもうひとつそもそも、われわれが中国的と感じるこの種の短いフレーズが、ほんとうに中国由来のものかどうなのか、わたしには判断できません。アメリカ経由で入ってきたこのたぐいのスケール(6thの音を強調する)を、われわれは中国的とみなしているだけなのかもしれず、中国人が聴いたら、べつの印象をもつ(たとえば「日本的」とか!)可能性すらあるように思います。

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◆ アクスル・ストーダール ◆◆
アクスル・ストーダールは、トミー・ドーシー楽団の「座付き」アレンジャーになったことがきっかけで、一流への道を歩みはじめたそうです。当時のトミー・ドーシー楽団にはアレンジャーが二人いて、もうひとりはポール・ウェストン。じつに贅沢なラインアップで、この二人の有能なアレンジャーが、トミー・ドーシーの名声を支えたといっていいのではないでしょうか。

トミー・ドーシー楽団のヴォーカルとしてよく知られているのは、パイド・パイパーズとフランク・シナトラです。ポール・ウェストンは、独立してからパイド・パイパーズがらみの仕事をたくさんしていますが、アクスル・ストーダールのほうは、フランク・シナトラのアレンジャーとして名声を得ます。コロンビア時代のシナトラの曲はほぼすべてストーダールのアレンジで、わたしも、シナトラのアレンジャーとして、ストーダールの名前を覚えました。

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Frank Sinatra with Axel Stordahl レコーディング中のフランク・シナトラとアクスル・ストーダール

キャピトル移籍後、会社側の提案で、シナトラのアレンジャーは、若いネルソン・リドルに交代します。流行というのはきびしいもので、流れには棹さしがたし、アクスル・ストーダールを押しのけたネルソン・リドルもまた、60年代なかばになると時代遅れとみなされることになります。シナトラの再生を命じられたジミー・ボーウェンは、リドルを退け、アーニー・フリーマンを起用して、Strangers in the Nightの大成功を収めるわけで、世の中は順繰り順繰り、祇園精舎の鐘の音が聞こえてくるのでした。

シナトラのアレンジャーでなくなったあと、ストーダールは、ビング・クロスビーをはじめ、さまざまなシンガーのアレンジをしつつ、テレビや映画の仕事もするという、アレンジャーとして当然のキャリアをたどり、これまた当然ですが、いくつか自己名義のアルバムをリリースしています。当時の流行を反映して、エキゾティカ方面のものが多いそうですが、わたしはJasmine and Jadeしかもっていないので、よくわかりません。

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Frank Sinatra with Axel Stordahl フランク・シナトラとアクスル・ストーダールその2

昨秋取り上げたMoon of Manakooraでは、編成も大きく、派手で凝ったアレンジをしていますが、The Japanese Sandmanでは、編成は大きいものの、一度に鳴らす音の数は控えめで、ドンドン楽器を替えていくことで、変化をつけるアレンジをしています。ストーダールの音にはつねに品があります。エキゾティカ的味つけもあっさりしたもので、この曲では、マリンバやわたしには判断のつかない他の低音旋律打楽器や、さまざまなパーカッションを動員することのみによって、エキゾティカらしさを演出しています。

わたしの耳には日本的ではなく、アフリカかインドネシアのようなムードに聞こえるのですが、われわれはみな等し並みに他国のことは知らないということはすでに述べました。したがって、アメリカ人がこういう非日本的旋律打楽器を日本的と見ることに特段の異議はありません。最後にお約束の銅鑼が鳴ることについても、それじゃあ中国だろうに、という言葉が出かかりますが、中国人がこの意見に賛成してくれるかどうかも保証のかぎりではありません。エキゾティカとは、あくまでも「架空の」東洋の音楽なのです。

わたしはストーダールのセンスが好きなので、この曲でのアプローチも、なるほどと納得します。Moon of Manakooraほど圧倒的なサウンドではありませんが、アレンジは楽曲との相対的関係の上に成立するものなので、単純な比較はできません。

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Frank Sinatra with Axel Stordahl フランク・シナトラとアクスル・ストーダールその3。アクスル・ストーダールが当ブログに登場するのはこれで最後かもしれないので、うちにある写真を片端からスキャンしてみた。まだ残っているのは、再度の登場の兆しか?

◆ 黄昏のアンドルーズ ◆◆
自分が生まれる前に活躍したシンガー(ズ)でもっとも好きなのは、アンドルーズ・シスターズです。スウィング時代のいいところは、ダンサブルであることが優先し、歌手が纏綿たる情緒をうたいあげたりしないことです。なにが苦手といって、情緒纏綿ほど気味の悪いものありません。それでスタンダード・アレルギーになってしまったくらいでして。

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アンドルーズはつねに陽気かつ軽快で、人生を笑い飛ばすようなトーンをもっていましたが、それが情緒纏綿の50年代前半には合わなかったのでしょう(50年代のスタンダード・ヴォーカルを大量に聴くと、その全面的否定形として、エルヴィス・プレスリーやリトル・リチャードがなにがなんでも登場しなければならなかったことを、その場に生きているかのように生々しく実感できる。ロックンロールの歴史は、ロックンロールを聴いているだけではわからないのですぜ>ご同輩諸兄)。正直にいって、50年代のアンドルーズを聴くと、黄昏れているなあ、と溜め息が出ます。

アンドルーズのThe Japanese Sandmanは1958年リリースですから、もう黄昏も黄昏、まさに西の空に没しなんとする時期です。The Japanese Sandmanが収録されたアルバムは、The Andrews Sisters Sing the Dancing 20'sというタイトルで、その名のとおり、20年代の曲をとりあげていますが、こういう企画盤をつくるようになると、もうそのアーティストは古きよき時代のスーヴェニアになったということです。ジョン・レノンですら、Rock'n'Rollは無惨だったくらいで、他は推して知るべし。例外、つまり、古典に還ることで、腐敗ではなく、「前進」してみせたのは、A Touch of Schmilsson in the Nightのニルソンただひとりでしょう。あとはみな退行現象か、せいぜいよくいって道楽にすぎません。

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The Andrews Sisters Sing the Dancing 20'sのジャケット。どうも違和感のある設定と衣裳。読めないだろうが、with orchestra conducted by Billy Mayと小さく書かれている。ビリー・メイがスター・アレンジャーだった証左。

でもまあ、あのアンドルーズだと思わずに、だれとも知らないアーティストのものだと思えば、このThe Japanese Sandmanはそれほど悪い出来でもありません。彼女たちの場合、われわれのもとめる基準がものすごく高いので、そこそこのものでは満足できないだけです(もうひとつ、録音技術の進歩で声の分離がよくなったことが、かえって彼女たちのハーモニーの魅力を殺いだとも感じる)。

このアルバムのアレンジャーはビリー・メイなので、そこに期待がかかるのですが、うーん、どうでしょうねえ。すくなくとも、彼の代表作とはいえないことははっきりしています。ビリー・メイがもっとも得意とした華麗なホーン・アレンジメントも、彼らしい音の奥行きもありません。20年代の曲というのが十字架になって、平板なサウンドになってしまったという印象です。

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Cha Cha!のジャケットでダンサーに扮し、The Girls and Boys on Broadwayのジャケットで焼き栗売りのおっさんに扮したビリー・メイ。このオッサンのこういう軽さ、出たがりぶりはじつに好ましく、それがサウンドにも反映していると感じる。

アクスル・ストーダール盤では最後に銅鑼が入っていましたが、アンドルーズ盤では、冒頭で銅鑼が鳴ります。いまさら腹を立てたりはしませんが、これほどまでに深く、アメリカ人の頭のなかで、銅鑼と日本が結びついたのはなぜなのか、その淵源を知りたくなってきます。まあ、たぶん、日本と中国の区別をつけられなかっただけでしょうけれど。

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やっぱり、アンドルーズ・シスターズはこういうムードであってほしい。

◆ ドラ! ドラ! ドラ! ◆◆
残念ながら、今日、あわててクモの巣を這いまわってかき集めた(といっても、わずか3種)1920年代の他のヴァージョンにふれる余裕が、ほとんどなくなってしまいました。

当然ながら、1920年代のものには、1950年代のエキゾティカ的な雰囲気はありません。それどころか、銅鑼以外に東洋を表現する方法を知らなかったのではないかと思うほどで、銅鑼を取り去れば、ふつうのアメリカの曲に聞こえます。

そもそも、ノラ・ベイズ盤(当ブログでは、Shine on, Harvest Moonの作者として彼女に言及済み)もオリーヴ・クライン盤も、銅鑼ですらなく、径の大きなシンバルをマレットで叩いているだけに聞こえます。いやまったく、日本といえば桜という固着は理解できますが、日本といえば銅鑼という妄想には、あんた、医者に診てもらったほうがいいよ、といいたくなります。まあ、それをいうと、あちらも、われわれの西洋に対するなんらかの奇妙な固着を指摘し返すでしょうけれど!

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オリーヴ・クライン

ともあれ、「プリ・エキゾティカ」時代のアメリカ音楽においては、日本は銅鑼によって表現されるということだけはよくわかりました。次回は時の流れを下って、「ポスト・エキゾティカ」を取り上げてみようと思います。

19世紀終わりから20世紀はじめというのは、欧米各国からいわゆる「黄禍論」が澎湃としてわきおこった時期で、1924年にはアメリカで排日移民法が成立するという、大きな国際政治の流れがあります(これが最終的に、太平洋戦争開戦を是認する日本の国民的機運をつくったという見方もある)。

The Japanese Sandmanは、日本人に対するいくぶんかの軽侮の気分は感じられるにしても、強い反日感情にはほど遠い歌詞になっています。まあ、日本の話というより、お伽噺の架空の国みたいなものなので、現実の社会問題とのつながりが稀薄だったのでしょうが、それでも、この曲がヒットしたということは、やはりあの時代を考えるときに、考慮に入れておいたほうがいいことに思えます。
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by songsf4s | 2008-03-24 23:54 | 春の歌
Skylark その2 by Tal Farlow
タイトル
Skylark
アーティスト
Tal Farlow
ライター
Hoagy Carmichael, Johnny Mercer
収録アルバム
The Complete Verve Tal Farlow Sessions
リリース年
1952年(録音)
他のヴァージョン
Tak Shindo, John Lewis, Paul Weston, Ray Anthony, Art Blakey & the Jazz Messengers, Hoagy Carmichael, the Singers Unlimited, Supersax & L.A. Voices, Dinah Shore, Linda Ronstadt
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さっそく昨日のつづきで、タク・シンドー盤以外のSkylarkの各ヴァージョンを見ていきます。

◆ タル・ファーロウ ◆◆
タル・ファーロウ盤は、インプロヴはゼロに等しく、素直にメロディーを弾いているだけですが、サウンドが奇妙で、なんでこんな音になってしまったのかと首を傾げました。むやみにピッチが高く、アタックばかりで、サステインがほとんどない尻切れトンボ、ひょっとしたら、レス・ポールのように低速回転録音をしたのかと思ったほどです。

やむをえず、彼のプレイをなぞってみました。わたしがふだん使っているストラトキャスターは21フレットですが、タル・ファーロウ盤Skylarkは、レギュラー・チューニングであっても、20フレットあれば弾けるので、最後の短いリプリーズ部分をのぞけば、低速回転ではなく、ストレートに録音したらしいとわかりました。

フレット数はもちろんギターによって変動しますが、上掲の写真で勘定してみたところ(ふたつのマークの並んでいるところが、1オクターヴの第12フレットのはずなので)、ギリギリで20フレットあるようです。しかし、カッタウェイ(ボディーの切れ込み)を見ると、20フレットを使う最高音は弾きにくそうで、きれいな音を出すにはそれなりの技術が必要に見受けられます。一般のリスナーにはそれとわからない、羽織の裏地に凝るような、地味な技に挑戦しようとしたのかもしれません。

f0147840_20103711.jpg音が尻切れトンボになってしまうのは、当時の太い弦、ピックアップの劣悪な特性、ボディーの構造上の問題のせいではないでしょうか(この問題を回避するために、レス・ポールは自分でギターをデザインしたり、ディスクおよびテープ・ディレイを開発しなければならなかった)。

なんだって、メロディーをなぞるだけのプレイなのかと思いましたが、弾いてみると、20フレットなんていうところでは暴れにくく、必然的にそうなってしまったのだろうと想像がつきました。タル・ファーロウの時代にはレギュラーゲージかヘヴィーゲージだったのだから、暴れにくいどころか、痛くてしかたなかったでしょう。昔の人は偉い! いや、面の皮、じゃなくて、指の皮が厚かっただけか。

しかし、暴れにくい場所で弾くことを選んだのは、タル・ファーロウ自身でしょう。もっと低いところで暴れるプレイも選択できたのですから。弾いていて、だんだんわかってきたのですが、Skylarkという曲は、なかなか面白いラインをとっていて、インプロヴするより、細部の微妙なタイミングの変化や、ささやかな装飾音で飾るだけにし、素直にメロディーをプレイしたほうが楽しいのです。シャドウズがカヴァーしてもよかったのに、と感じたほどです。

最後に加えられている短いリプリーズは、低速回転録音、通常回転再生によるものです。おそらくレス・ポールを意識したものでしょうが、ストレートなジャズでこういうことをやるのは、当時は行儀のいいこととは思われなかったのではないかと想像します。

◆ 他のインスト ◆◆
f0147840_21105035.jpgジョン・ルイス盤は、リーダーのルイスではなく、ジム・ホールのプレイが中心になっています。これまた、メロディーを弾いているだけ(タル・ファーロウより2オクターヴ近く低いところで!)といっていいほどです。いや、メロディーはかなり崩していますが、暴れてはいません。

しかし、中学のおわりだったか、高校のはじめだったか、ジム・ホールの盤を買ったのに、退屈で、すぐにトレードに出してしまったことを思いだしてしまうプレイではあります。ギタリストにはもうすこし華やかにやってもらいたいものです。わたしのいまの年齢でも、まだジム・ホールのプレイは地味すぎると感じます。米寿まで生きたら、あるいは面白いと感じるかもしれません! いや、生来、派手好き、百まで生きても、やっぱり趣味に合わない可能性のほうが高いでしょうな。

f0147840_2112385.jpgポール・ウェストンは好きなアレンジャーのひとりですが、彼のSkylarkは、猥褻なテナーサックスのプレイが中心で、趣味ではありません。一本のみの管楽器は嫌いで、二本以上のアンサンブルだけを好む偏った人間なので、ソロが終わって、途中からアンサンブル中心になるところで、やっと、さすがはポール・ウェストンと感じますが、またテナーが何度も出しゃばるので、釈然としないままエンディング。

f0147840_21292659.jpg一本のテナーサックスもあまり好みませんが、トランペットは一本でも複数でも、一握りの例外を除き、あまり好きではありません。それなのになんだってレイ・アンソニーなんか聴くのかというと、アンサンブルとしては、つねに派手で元気のいいところ(すなわち、わたしが忌み嫌う管楽器の猥褻さがない)がこの人の賞味のしどころで、その点ではいいバンド・リーダーだと思います。でも、Skylarkはまったく冴えず、問題外の出来。元気よくやるには不向きな曲だから、しかたありませんが。

f0147840_21383248.jpgいわゆる「モダン・ジャズ」は好かないので(スウィング/ビッグバンドのほうが百万倍好み)、アート・ブレイキーは、ドラム・クレイジーとしての関心のしからしむるところにすぎません。でも、この曲ではトランペットやサックスが下品なソロをしているだけで、ドラムはしょったれた青菜のていたらく。もっと背筋を伸ばして、きっちりプレイしてくれないと、眠っちゃいます。

以上、インスト終わり。

◆ ヴォーカルもの ◆◆
f0147840_2140982.jpgインストもたいしたものがありませんでしたが、歌ものはもっと悲惨で、これを最後の行にしたほうがいいくらいです。

しいていうと、ホーギー・カーマイケルはウィシュボーン爺さんの顔を思いだす訥々としたうたいぶりで、猥褻さのかけらもないところは好感がもてます。さすがはこの曲の作者、メロディーの崩し方もきれいで、つくるときに、そういうラインもオルタナティヴとして考えていたのね、と納得します。

シンガーズ・アンリミティッドもまた、人間のイヤな体臭をかがないですむのはありがたいのですが(個性というのは、ときにうっとうしく、五月蠅いものです)、強引すぎるテンションをつけたヴォイシングが多く、メロディーのよさを殺している箇所の目立つ「手術は成功した、患者は死んだ、そいつは残念」アレンジです。

f0147840_22133275.jpgテンションをつけなければ、ヴォーカル・グループの存在意義はなくなってしまうのですが、だからといって、こういう曲に変なテンションをつけるのはうっとうしいだけ。所詮、彼らには合わない曲というべきでしょう。

シンガーズ・アンリミティッド盤Skylarkを聴くと、下手にメロディーをいじらなかったタル・ファーロウが、じつに賢明だったことがよくわかります。タル・ファーロウが異常なまでに高いキーを選んだ理由も、ここまできて明瞭に理解できました。この曲のメロディーをいじるのは無思慮である、しかし、ふつうに弾いたのでは面白くもなんともない、なにか「色」をつける必要がある……では、限界まで高くしてみてはどうか、という思考過程でしょう。

これでSkylark棚卸しを打ち切ります。とくに面白いものはなく、なにか書くと、血圧が上がりそうなので。きれいなメロディーラインなのですが、意外や意外、嫌味なくきれいに仕上げるのは、じつに至難の曲だということがわかりました。

◆ ふたたびタク・シンドー ◆◆
タク・シンドーのことが書きたくて、Skylarkを取り上げたのですが、各ヴァージョンの棚卸しを終えてみれば、ゆったりした気分で楽しめるのは、結局、タク・シンドー盤のみだとわかりました。やはり、彼が腕のいいアレンジャーだったことの証左です。

f0147840_23135337.jpgタク・シンドー盤Skylarkには、西洋人のきつい体臭を取り去った、清く正しい響きがあります。ちょっと引っかかるものを感じる琴のサウンドですら、猥褻な堕落ヴァージョンを山ほど聴いたあとだと、この清新さに一役買っているように思えてくるほどです。彼が日系人でなければ、ビリー・メイやゴードン・ジェンキンズに伍して、ハリウッドを代表するアレンジャーになったのではないかとすら思います。

デイヴィッド・ラクシンという映画音楽の作曲家(チャップリン作とされている曲のなかには、じっさいにはラクシンがつくったといわれるものがある)がいますが、彼がハリウッドにおけるシンドーのキャリアの輪郭を明瞭に照らし出す証言をしています。すなわち、

「マヌケなことをやらかしたくないときは、われわれみなは彼のところにいったものだ」

マヌケなこととは、必要性から映画のなかで東洋風音楽を使う際に、無知ゆえに失笑を買うような現実離れしたものをつくってしまうことです。これが、シンドーのアレンジャーとしてのキャリアがよじれ、彼が最終的にハリウッドでの仕事を断念し、学問の道に専念することになった理由でしょう。

若い日系人に、芸能界でのキャリアについてアドヴァイスを求められ、シンドーは、「日本に行きなさい、(アメリカでは)自分が何者であるかを隠すことはできないのだから」と答えたそうです。

f0147840_23472111.jpgいや、べつにこれを読んで憤ったわけではありません。世の中とはそうしたもので、ものをつくる人のキャリアは、世間の評価の関数でしかないのです。ただ、ビリー・メイやゴードン・ジェンキンズに伍すアレンジャーになる可能性をもっていた人が、その血筋ゆえに、ほんの一握りの盤しか残せなかったことを残念に思うだけです。現在、タク・シンドーの盤で容易に入手できるのは、Mganga!のみのようですが、これは代表作とはいいがたく、なんとかBrass and BambooかAccent on Bambooを見つけだしてお聴きになるようお奨めします。

タク・シンドーの話は尽きないのですが(たとえば、服部良一との比較なんていう、興味深い話材もある)、もう一度ぐらいは取り上げる機会が訪れることを願って、ここらで擱筆することにします。
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by songsf4s | 2008-03-22 23:54 | 春の歌
Skylark その1 by Tak Shindo
タイトル
Skylark
アーティスト
Tak Shindo
ライター
Hoagy Carmichael, Johnny Mercer
収録アルバム
Brass and Bamboo
リリース年
1960年
他のヴァージョン
Tal Farlow, John Lewis, Paul Weston, Ray Anthony, Art Blakey & the Jazz Messengers, Hoagy Carmichael, the Singers Unlimited, Supersax & L.A. Voices, Dinah Shore, Linda Ronstadt
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中休みを入れつつ、ひと月ほどにわたってお楽しみいただいた、Tonieさんによる「日本の雪の歌」特集でしたが、読み終わってみて、「隠れたお題」は「近代日本における欧米文化」だった、と感じました。

「真白き富士の嶺」「新雪」「雪ちゃんは魔物だ」は、原曲が西洋ものであることがはっきりわかっています。「かくれんぼ」「私の鶯」にも、「参照」したと考えられる西洋の曲がありましたし、きわめて日本的題材を扱っているように見える「お座敷小唄」ですら、音楽的な骨組にまでストリップ・ダウンすると、「純粋に」といっていいほど西洋音楽的です。近代日本の音楽に西洋的「オーセンティシティー」の概念を持ち込んでも、たぶん、なにもわからないだろう、というのが、Tonieさんの特集を読んでのわたしの結論です。

西洋人は、すくなくともオーセンティシティー(「正統性」と「正当性」と「純粋性」を足して3で割ったような意味で使っていますが)の問題に悩まされないのだから、その点だけでも幸せだな、と思いました。しかし、もう一度、頭をめぐらせてみたら、はたして、そういっていいかどうか、自信がなくなりました。ほんとうに欧米の人間は、文化的オーセンティシティーの問題から解放されているのか?

そう思ったのは、春の曲をリストアップしていて、西洋と東洋の「仮想的狭隙」で仕事をしたミュージシャンのことを思いだしたからです。

◆ 霧の中のmeadow ◆◆
今日の主役は楽曲ではないのですが(といいつつ、柄にもなく、タル・ファーロウ盤のコピーに挑戦してしまった!)、恒例なので、ちょっとだけSkylarkの歌詞を見ます。ファースト・ヴァース。

Skylark, have you anything to say to me?
Won't you tell me where my love can be?
Is there a meadow in the mist
where someone's waiting to be kissed?

「ヒバリよ、なにかぼくに告げることはないのか? ぼくの愛する人がどこにいるのか教えてくれないか? どこかに口づけを待つ人のいる霧に包まれた緑の丘はないのか?」

meadowというのは、辞書には「採草地、(永年)牧草地、草地、草刈地《特に 川辺の草の生えた未開墾の低地; 樹木限界線近くの緑草高地》」とあり、pastureを参照せよ、といっています。

直訳するとあまり詩的ではない日本語になってしまいますが、「♪僕は英語の習いたて」のころ、Till There Was Youの歌詞カードでこの単語を拾い出し、辞書で意味を知ったときは、じつにいい言葉だと思いました。この言葉の直後にオーギュメントの音が入る、子どもにはエキゾティックに響いたコード進行とともに、meadowsという言葉の響きも深く脳裏に刻み込まれました。meadowはかならずしも高い場所ではないのですが、Till There Was Youの連想(There were bells on the hill)で、「丘」としました。

セカンド・ヴァースは以下のようになっています。ヒバリが出てくれば春と決まっていますが、ほんとうに春の歌だという証拠として示します。

Skylark, have you seen a valley green with Spring
Where my heart can go a-journeying
Over the shadows in the rain
To a blossom covered lane

時間とスペースがもったいないので、歌詞は以上で切り上げます。今回は、楽曲はただの枕、エクスキューズにすぎません。ジョニー・マーサーはいい作詞家ですが、この歌詞はわたしのテイストにはちょっと甘みが強すぎます(こんなブログをはじめたせいで、義務的にスタンダードを大量かつ集中的に聴いたため、スタンダード・アレルギーを発症してしまったせいもある。ピアノ・アルペジオのイントロやスネアの「ブラシ廻し」を聴くと、ボーズを殴りつけたくなる!)。春の歌だとわかれば、それでSkylarkの役目は終わりです。

◆ 合わせ鏡の無間地獄音楽 ◆◆
さて、今日の主役は、ジョニー・マーサーでもなければ、ホーギー・“ウィシュボーン”・カーマイケルでもなく、アルバムBrass and BambooでSkylarkを取り上げた、アレンジャー、作曲家、音楽学者、南加大のタク・シンドー教授です。

f0147840_23324170.jpg当ブログではしばしば言及している、キャピトルのUltra Loungeシリーズの1枚、Space Capadesに収録されたStumblingのアーティストとして、この人の名前をはじめて見たとき、うかつにも、インド系かなあ、などと思ってしまいました。まぎれもない琴の音が鳴っているというのに! おそらく、漢字で書けば新藤、進藤、真藤といった苗字で、名前は「たけし」を縮めたものだそうです。日系二世のミュージシャンなのです。

そうとわかったとたん、わたしの額から、筑波山の麓でとった四六のガマのように、たらーり、たらーりと膏が流れはじめました。Stumblingという曲のサウンドは、明らかにエキゾティカだからです。ご存知ない方のために説明すると、「エキゾティカ」というのは、アメリカ人が「はるか海の向こうにあるといわれる」国々からやってきた「ように」聞こえる音楽として、仮想的に生みだしたものであって、現実の東洋音楽とは、又従兄弟の知り合いのそのまた知り合いの家のはす向かいの家の二階の四畳半の間借人ぐらいの血縁にすぎないのです。

しかるにですな、タク・シンドーは、アメリカ生まれとはいえ、日系人、それも、ジョンだのトムだのジムだのといった生まれもつかぬファースト・ネームではなく、たけしという、立派な日本人の名前を持つ人です。そういう人が、なぜ現実の父母の国を、音楽的な竜宮城かアトランティスかムー大陸のようなものにしてしまうのか? ここでわたしの思考は、四方を鏡に囲まれた四六のガマの無間地獄に陥り、脱出できなくなってしまったのです。

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タク・シンドー・バンド。ビッグバンドの場合、リーダーは服装でわかることになっているので、左端の白っぽいジャケットを着た人物が若きタク・シンドーにちがいない。

◆ 日本人を演じた日本人 ◆◆
「ハリウッド」という言葉は、しばしば音楽にまつわる疑問に解決をあたえてくれます。ハリウッドではどんなことでも起こる、とレイモンド・チャンドラーが保証したぐらいでしてね。タク・シンドーだって、仕事場がハリウッドならば、チャンドラーやハメットやフィッツジェラルドですらそうしたように、なんでもやるしかないのです。そう考えれば、シンドーが日本人としての「根」は棚上げにし、ハリウッド人種が空想するJapanese rootsを利用して、音楽をつくっていったのだということは容易に想像がつきます。

今回調べていて、タク・シンドーに関する詳細な学術的研究を見つけました。この論文のおかげで、いろいろな事実がわかりましたが、大筋において、自分の想定を修正する必要は感じませんでした。

f0147840_23501028.jpg最晩年のインタヴューで、彼は、ハリウッドが自分に求めるものを、ハリウッドの空想に鋳型に合わせて提供しただけであり、日本の現実の音楽を反映したわけではない、という趣旨のことをいっています。ハリウッドに働くあらゆる人間の必需品であるプラグマティズムを、タク・シンドーも実践しただけなのです。まぎれもない日本人の血のおかげで、彼が「これが日本的である」といえば、ハリウッドはそれを信じたのです。それはそうでしょう、シンドーは、ハリウッド人種にわかるものだけを提示したのですから。

しかし、わたしの脳中の四六のガマはまだ消えません。やっぱり、どこかねじれていると感じるのです。そのねじれはハリウッドの力をもってしても、真っ直ぐにはなってくれません。

f0147840_0121114.jpgいったい、どこを基準点にして見ればいいのか、そこがわからないのです。シンドーは音楽的にはジャズをルーツとしたアメリカ人ミュージシャンであり、日系人として、大人になってから日本の音楽を学問的に研究し、その過程で琴などの楽器もプレイするようになりながら、いっぽうで、一時的ではあれ、アメリカ人が空想する架空の東洋の音楽を生みだす作曲家、アレンジャーとしてハリウッドで活躍しもしたのです。

さらにもうひとつ、わたしという、日本人でありながら、日本の音楽にはまったく興趣をおぼえず、子どものころからロックンロールばかり聴いて純粋培養的に育ったリスナー、という次元まで加わり、複雑性は幾何級数的に増大して、なにから手をつければ、このねじれを解消できるのかわからないほどです。

そもそも、これは先達の方たちがすでに繰り返し言及しているはずのことですが、日本人がエキゾティカを聴くことそれ自体が、「自分たちが他国の人間にどのように“空想”されているかを知ろうとする」行為であり、それだけですでに「メタ」なのです。

f0147840_0133681.jpgエキゾティカの作り手が白人でありさえすれば、この程度のメタは現代では当たり前のことで、マーティン・デニーやアーサー・ライマンやレス・バクスターを聴いているぶんには、ちょっと収まりかえって、片頬に皮肉な笑みを薄く浮かべつつ、「一次元メタ」を楽しむことができます。

いや、さらに一歩進めて、日本人がつくる疑似エキゾティカないしはメタ・エキゾティカであっても、それはそれで、「シャレね」と理解し、二次元の「メタ・メタ」をクリアすることもできます。

しかし、アメリカ生まれのアメリカ育ちの日系ミュージシャンが、アメリカでつくった疑似日本風音楽(しかも、それがまったくオーセンティックではないことを、日本音楽の研究者でもある作り手は百も承知していた)を、日本人として聴くのは、もう一次元あがった「メタ・メタ・メタ」で、めまいを起こしそうな経験なのです。

◆ アレンジャー「進藤たかし」 ◆◆
どうも落ち着かない、と感じながらもタク・シンドーを聴くのは、ひとつには、彼がかなり腕のいいアレンジャーだからです。Skylarkにも、それはあらわれています。この曲でも、ハリウッドが彼に求めるもの、「オーセンティックな日本」風味である、琴のオブリガートを入れていますが、それを取り去れば、(自己撞着気味の表現だが)「オーセンティックなハリウッド音楽」であり、この曲の他のヴァージョンより、わたしにはずっと好ましい出来に感じます。

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Tak Shindo "Mganga!" これは東洋的エキゾティカではなく、ジャングル・エキゾティカ。そういうサブ・サブ・ジャンルの盤も相当数ある。

上記の論文を読んではじめて知ったのですが、1960年代、シンドーは日本ビクターの仕事で日本を訪れ、日本の曲を録音しています。アルバムの存在を知らなかったのだから、もちろんもっていません。この論文に付された「春の海」と「桜」の冒頭のみのサンプルを聴いただけです。

タク・シンドーは、ここではハリウッドで利用したエキゾティカ的装飾(琴のギター的ストロークやゴングなど)はいっさい使っていませんし、もちろん、メロディーを崩して、なんの曲だかわからないものに仕立てるようなこともしていません。ジャズにルーツをもつ日本人アレンジャーの仕事であってもおかしくないような、日本的な曲のまっとうなオーケストラ・アレンジです。やはり、シンドーが腕のいいアレンジャーであることを確認できました。

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Tak Shindo "Sea of Spring" 写真もタク・シンドー自身によるものだとか。

これでわたしのガマの油も引っ込んだかというと、逆に倍加してしまうのが想像力のおそろしいところです。鏡に囲まれた四六のガマがおのれの姿を見て、たらーり、たらーりと膏を流すのは、想像力のせいなのです(いかに四六のガマとはいえ、所詮、カエルにすぎない、カエルに想像力があるか、などという脇筋の些細な疑問は、この際、棚上げに願いましょう)。タク・シンドー編曲・指揮による「春の海」に「編曲・服部克久」と書いてあれば、なるほど、と思うはずなのに、タク・シンドーと書いてあるばかりに、わたしの想念はやはりメビウスの環を描きはじめます。

アメリカで生まれた日系アメリカ人ジャズ・ミュージシャンが、長じて日本の音楽を研究し、日本にやってきて、日本人リスナーのために、宮城道雄の曲をアメリカ的センスでオーケストレートする、というのは、やはり、ちょっとアングルを変えただけの「鏡地獄」的状況なのです。

さっきから同じことばかり書いているような気がしてきたので、頭を冷やすために、本日はここらで切り上げさせていただき、明日以降にSkylarkの他のヴァージョンをざっと見ることにします。

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by songsf4s | 2008-03-21 23:55 | 春の歌
MacArthur Park by Richard Harris その2
タイトル
MacArthur Park
アーティスト
Richard Harris
ライター
Jim Webb
収録アルバム
The Webb Sessions 1968-1969
リリース年
1968年
他のヴァージョン
Glen Campbell (live), Hugo Montenegro, Percy Faith, Andy Williams, the Four Tops
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この記事をもって、わたしの「つなぎ」を終え、つぎからはTonieさんによる「日本の雪の歌」特集の後半に入る予定です。

本日は昨日に引きつづき、MacArthur Parkの後半ですが、本題に入る前に、ひとつだけ昨日の記事の訂正を。クライアントの自動車会社からジミー・ウェブのところに届けられた車は1台のようなことを書きましたが、ハル・ブレインの回想記を読みなおすと、コーヴェット(CMの依頼はこちらのほうらしい)と、シェヴィーのステーション・ワゴンという2台が届けられた、と書いてありました。

◆ クレジット ◆◆
さて、歌詞のほうは、わけがわからないまま、とにかく検討をすませたので、残るは音楽面です。

昨日は調べものを省略してしまったのですが、どうやらMacArthur Parkは「三部作」と呼ばれているらしいので、昨日、「第2部」と仮に呼んだだけだったパートは、そういう呼称のまま訂正しないでいいようです。そして、そのあとにくる長いインストゥルメンタル・ブレイクは、間奏ではなく「第3部」とされているらしいことが、ヒューゴー・モンテネグロのカヴァーでわかりました。モンテネグロ盤はヴォーカル・パートを省略し、インストゥルメンタル・パートだけやっているのですが、ジャケットにはMacArthur Park Part IIIと記載されているのです。

その第3部にいたっておおいに活躍するプレイヤーたちの名前をまずあげておきましょう。

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JPEGでは読みにくいだけでなく、クレジットには名前があるだけでパートがないので、この曲でもそうだったという保証はないものの、通常の彼らの楽器ないしは役割を以下に書きます。

ハル・ブレイン……ドラムズ
ラリー・ネクテル……キーボード(MacArthur Parkではおそらくハープシコード)
マイク・デイシー(「ディージー」とは読まない)……ギター
ジョー・オズボーン……フェンダーベース
シド・シャープ……ストリング・セクション・リーダー
ジュールズ・チェイキン……トランペット
ジム・ホーン……木管
トミー・テデスコ……ギター

最後にあるアーミン・スタイナーはプレイヤーではなく、エンジニア、プロデューサーですが、このセッションのプロデューサーはジミー・ウェブ自身なので、エンジニアリングを担当したのでしょう。いまだに公然とは認められていない、60年代のモータウンLAの録音も多くはアーミン・スタイナーの仕事で、録音場所は彼の自宅でもあったTTGスタジオだったと、キャロル・ケイが証言しています。

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最近のアーミン・スタイナー。いまだ現役らしい。上掲クレジットのスペルはまちがっていて、正しくはArmin Steiner。

◆ ジミー・ウェブ ◆◆
MacArthur Parkは、実験の時代という空気のなかで生まれた実験的な曲だった、とジミー・ウェブが回想しています。たしかに、1968年はそれこそ「なんでもあり」の時代で、どんなに変なものが出てきても驚きませんでした。

しかし、ジミー・ウェブは「変なもの」タイプのソングライターではなく、「なんでも」のなかでも、「野心的な作品」を指向しました。あのころは、野心的ではないものは「作品」の員数に入らない、という空気があったので、この言葉ではなにもいっていないも同然なのですが、傾向としては「トータル・アルバム」「組曲」「シンフォニック」なんてあたりが、いちおう「野心的」といわれていました。

f0147840_22213431.jpgジミー・ウェブは伝統音楽の作曲家としてスタートしたわけではないので、当然、それまでは、verse、chorus、bridgeという術語で表現できる枠組みのなかで曲を書いていたのですが、ここで、大作、組曲、シンフォニックな方向へと、自分自身の地平を広げようと志したのでしょう。

彼は1946年生まれだそうですから、このとき二十一二歳。比較のために書いておくと、ブライアン・ウィルソンがPet Soundsをつくったのが二十三歳のとき、フィル・スペクターがA Christmas Gift for You from Phil Spectorをつくったのも二十三歳のときです。二十代前半というのは、「野心の年齢」「実験の年齢」なのかもしれません。あるいは、ギリギリめいっぱいのところ、掛け値なしで、自分にはどれだけの能力があるのか知りたい年齢、といえるような気もします(顧みて、そこが彼らのピークだったことは、なんともやるせない歴史的事実なのですが)。

どうであれ、時代の空気と彼の野心が合体した結果は、ブライアン・ウィルソンやフィル・スペクターの野心的傑作に比肩できるほど圧倒的なものには結実しませんでしたが(そして、残念ながら、By the Time I Get to Phoenix、Wichita Lineman、Up Up and Awayといった彼自身の過去の秀作ほど印象深くもない)、彼の名声を一段高める出来にはなったし、彼のエゴも満足させたでしょう。

傑作になりそこなった理由は、作り手のエゴ、俗にいう「自己満足」を優先したためだと考えています。メロディーの印象はほとんどかわらないのに(ピッチ、スケールは変化する)、仮にヴァースと呼んだ部分とコーラスと呼んだ部分では、コードがまったくちがうのです(前者はマイナー、後者はメイジャー)。

f0147840_22243713.jpgこの差異は、ボンヤリ聴いているとまったく意識しないほどで、この手法に注目したのは、ミュージシャンだけだったでしょう。結果的にヒットしたからいいようなものの、ミスだったら、若き天才ヒットメイカーという彼の名声は地に墜ちていた可能性すらあります。実験的作品までヒットさせるのも才能のうちだし、時代も時代だから、たとえ、MacArthur Parkを録音するときに、危険な賭けだという自覚が彼にあったとしても、やはり挑戦しただろうと思いますが。

この曲は、当初、アソシエイションが録音することになっていたそうです。彼らのプロデューサーであるボーンズ・ハウがジミー・ウェブにほれこみ、MacArthur Parkをうたわせようとしたのだけれど、アソシエイションのほうはまったく無関心で、ボーンズは腹を立て、「この曲がトップテンに入った日に、わたしは君たちのプロデューサーを辞める」という電報を送った、とジミー・ウェブがいっています(そして、じっさいにその宣言どおりになった)。

ヒット曲を逃したアソシエイションは馬鹿者の集まりに見えますが、これはどちらの側も正しかったのではないでしょうか。アソシエイションは良くも悪くもポップ・グループで、「野心」といっても、せいぜいサイケデリック・ジャケットどまり(それも、流行にしたがったまでのこと)、客が離れるのを怖れても、しかたがありません。子どもみたいなソングライターの試験管やビーカーになんかなりたくなかったのでしょう。そして、その判断は正しかったと思います。MacArthur Parkは、アソシエイションにうたえるタイプの曲ではないからです。パーソナルかつインティミットな表現のできる歌い手を必要とする曲であり、アソシエイションにはその能力はありませんでした。

◆ リチャード・ハリス ◆◆
f0147840_2229403.jpgリチャード・ハリスの名前を見て、音楽を思い浮かべる方は少ないでしょう。わたしの場合、『ナバロンの要塞』を思いだしますし、最後に見た彼の映画『許されざる者』もまだ印象に残っています。いま、フィルモグラフィーを見て、そういえば『テレマークの要塞』もあったな、『ロビンとマリアン』もいい映画だった、『戦艦バウンティ』も見た、という調子で、ふつうは映画俳優としてのリチャード・ハリスに馴染みがあるでしょう(舞台のほうでも有名ですが、そちらはぜんぜん存知あげず)。

MacArthur Parkは、リチャード・ハリスに当てて書かれたものではなかったにもかかわらず、アソシエイションが拒否し、たまたま彼がうたうことになった(ウェブにこの曲を聴かされたとき、ハリスはWe must do itといったそうですが)のは、まさしく僥倖でした。MacArthur Parkは、アソシエイションがかけらも持ち合わせていないもの、演劇的表現力を必要とするタイプの曲だからです。

f0147840_22305610.jpgほかのシンガーのヴァージョンを聴くといっそう明瞭になるのですが、リチャード・ハリスの、うたうというよりは語るような調子は、過度にパセティックになるのを防いでいて、やはりたいしたものだと思います。メロディーがそうなっているのでしかたないのですが、音吐朗々とうたいあげたくなるタイプの曲で、そして、そうやったら、クラブ歌手の凡庸なバラッド、堕落したMy Wayのようになってしまうのです。

リチャード・ハリスについては、ハル・ブレインがその回想記で人物像を活写しているので、ご興味のある方はそちらをご覧あれ。なかなか豪快な人物で、まだ若かったジミー・ウェブが、ハリスのことを兄か保護者のように思っていたというのも、さもありなん、です。

◆ ハル・ブレイン ◆◆
リチャード・ハリスのレンディションはさすがだとは思うものの、この曲でほんとうに好きなのは、第3部のインストゥルメンタル・パートです。といっても、フルオーケストラなので、派手なギターソロがあるわけではなく、魅力はハル・ブレインのプレイに尽きるのですが。

先に、第1部と第2部のプレイに簡単に触れておきます。「野心的作品」にはありがちなことですが、MacArthur Parkもまた変拍子を使っています。それも、ちょっと嫌らしいタイプの変拍子です。イントロ冒頭の4小節は4/4-4/4-4/4-2/4、そのつぎのひとまわりは4/4-4/4-5/4なのです(ちゃんと繰り返しカウントしたから大丈夫だと思うのですがね!)。これだけでも、「プロが必要な仕事」だということがわかるわけで、二流のドラマーを呼んだら悲惨なことになります(たとえ結果的にいいものができても、リテイクで時間を食って予算を超過すれば、それも「目に見えない」悲惨な事態)。

こういう変拍子およびテンポ・チェンジを多用した曲をスムーズに聴かせるのは「クルー」の得意とするところで、彼らならなんの心配もありません。第3部は、移行過程抜きで、いきなり速いほうへとテンポ・チェンジして突入する構成ですが、ここもなんの遅滞も違和感もなく、きれいにつないでいます。ここまでのハルのプレイも、例によってよく練られたデザインになっていますが、本領を発揮するのはここからです。

だれしもいい日悪い日はあるもので、ハル・ブレインといえども、すごくいい日、悪くない日、ちょっと不調の日というのがあります。MacArthur Parkは、すぐくいい日の録音です。ひとつひとつのビートが、早過ぎもしなければ、遅すぎもせず、「ここしかない」というポイントにきているのです。これほどいい日は、ハルの全キャリアのなかでもそうたくさんはないでしょう。

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ジミー・ウェブ(左)とハル・ブレイン

そういうコンディションで、第3部では、アップテンポになり、複雑なビートを叩くのだから、そりゃもう、ドラマー自身にとっても天国でしょうが、ドラム・クレイジーにとっても、天国にもっとも近い場所です。ひとりでやりたいことをやれるタイプの曲ではなく、オーケストラとの緊密な連携を必要とされるプレイなのですが(インプロヴはゼロ、すべて自分でアレンジして、譜面に起こし、それに厳密にしたがってプレイしたにちがいない)、その制約すらもが魅力のひとつになっています。

こういうプレイをなんと名づければいいのか? 「MacArthur Parkでハルがやったプレイ」という言葉しか出てきません。ということは、いままで気づいていませんでしたが、これまたきわめてオリジナルなプレイ・デザインだったことになります。

あえて説明すれば、オーケストラがプレイするラインのアクセントに合わせて、その補強としてのビートを叩きつつ、同時に、ドラム本来のフィルインも入れ、曲の流れをリードしつつ、いっぽうで装飾を加える、という八面六臂縦横無尽の大活躍プレイというところでしょうか。

f0147840_22521623.jpg楽曲の構造、このパートのムードとしてはシンフォニックなのですが、シンフォニーでは、打楽器はこういうプレイをしません。では、ビッグバンド的かというと(ハル自身のルーツはビッグバンドで、そちらも非常に得意としていた)、そういうタイプでもありません。ビッグバンドなら、もっとタイムキーピングを重んじるはずです。もちろん、ロック的なところもなく(ハルがもっていたロック的ニュアンス、強さは明白に出ているが)、じっさい、ロックドラマーにはこのプレイはできないでしょう。

しいていうと、いやもう、ほんとうに無理矢理に考えてみただけですが、In Held 'Twas in Iにおける、バリー・J・ウィルソンのプレイが近いでしょう。しかし、あちらはテープ編集も使っているし、BJのタイムは、かなりいいほうではあるものの、ハルほど正確ではありませんし、オーケストラとの緊密な連携もできるとは思えません。それに、BJなら、譜面は使わず、インプロヴでやるでしょう。

必要に迫られて生みだしたデザインでありスタイルなのでしょうが、改めて考えると、わたしの自前データベースをいくら検索しても、似ているプレイというのが出てこなくて、またしても、「ロック・ドラミングを発明した男」のすごみ、懐の深さを思い知った気分です。

たんなる景物として書きますが、回想記のなかで、この曲についてハルがなにをいっているかというと、リハーサルでオーケストラを指揮させてもらったのが楽しかった、だそうです。ドラミングのほうは、彼の観点からいえば、「いつものお仕事」にすぎなかったのでしょう!

◆ 他のヴァージョン ◆◆
ハルのドラミングのことを書けば、MacArthur Parkを取り上げた目的は果たしたようなもので、気が抜けてしまいました。

f0147840_238281.jpgあまりいいカヴァーはないのですが、しいていうとフォー・トップスでしょうか。リーヴァイ・スタブスの声が好きだというだけなんですがね。それにしても、なにもトップスがこの曲をやることもないなあ、という感じもします。モータウン末期の彼らは、どうも干されていたような印象で、「Aチーム」の曲がもらえず、白人アーティストのカヴァーばかりやっています(最悪はWalk Away Renee)。

トップス盤MacArthur Parkは、モータウンにしてはビッグ・プロダクションで、トラッキングはもちろんハリウッドでしょう。この時期になると、モータウンLAのドラマーも錯綜してきて、明快な判定はできませんが、アール・パーマーやハル・ブレインではないので、第一候補はポール・ハンフリー。悪くないタイムですが、やはり、何カ所か気になるミスがあります。まあ、おかげで、ハルがどれほどいい仕事をしたかがいっそうよくわかるのですが。第3部は非常に短くまとめていて、賢明にもボロがでないうちに手じまいしたという印象です。ドラムは必要なことをやっているだけで、華々しさはありません。

f0147840_2393148.jpgしかし、ハル・ブレインがやれば、どれもすごくなるかというと、そうでもないことが、アンディー・ウィリアムズ盤とヒューゴー・モンテネグロ盤でわかります。どちらもハルのプレイと考えられますが、やはり、コンダクター、プロデューサーの姿勢というか、どこを目指すかという志の高低は、プレイにも反映されてしまうのです。

アンディー・ウィリアムズ盤は、トップス盤とちがって、第3部にもそこそこの長さをあてているのですが、ハルのプレイは残念ながらクリシェになっています。自分の書いた譜面の縮小再生産なのです。しかも、ドラムは休みの箇所がたくさんあり、見せ場のいくつかは消去されています。

f0147840_23103535.jpgヒューゴー・モンテネグロ盤は、第3部だけをダイジェストしたインストゥルメンタルですが、ちょっとテンポが速すぎて、ハルはやるべきことをきちんとやっただけ、という印象です。これまたクリシェといわざるを得ず、「あるパターン」に収まったプレイで、オリジナルの「名づけえぬすごみ」にはほど遠いものです。

f0147840_23112020.jpgパーシー・フェイスももちろんインストですが、ヒューゴー・モンテネグロとは正反対の方向性で、ジミー・ウェブのメロディーをより美しく、甘く、ストリングスによって表現したものといえます。パーシー・フェイスのものとしてはシンプルなアレンジで、もうすこし複雑なほうがいいのに、と思います。ドラムは活躍しないので判断できませんが、これまたハル・ブレインであってもおかしくありません。ベースはキャロル・ケイではないでしょうか。

f0147840_23123340.jpgグレン・キャンベルはライヴでやっています。ちゃんとフルオーケストラ付きで、この大作をライヴで、全曲通しでやった挙たるや壮とするべきでしょう。バンドもがんばっていて、違和感はないのですが、だからといって、すごいなあ、と感心もしません。そして、グレンのヴォーカルについても、シンプル&ストレートフォーワードな曲のほうが合っていると感じます。でも、たまにはこういう曲もやってみたくなるのでしょう。気持ちだけはわかります。だれだか知りませんが、ドラマーは、第3部における「危険箇所」を注意深く取り除き、プレイを単純化して、ミスを最小限に抑えた(一度、スティックどうしを軽く衝突させている)のは賢明でした。できないことはしない、できることに最善を尽くす、が鉄則。

◆ 「スージー組曲」 ◆◆
ハル・ブレインは無名のときからジミー・ウェブを知っていて、個人的に親しくしていたそうです。なんともはや、と思う情景があります。ジミー・ウェブは、若くして大物になり、無数のハリウッド人種が彼を金の生る木と見ていました。ユニヴァーサル映画は、彼にスタジオ・ロットにあるバンガローをあたえ、いつでも好きなときに、好きなだけ録音していいといったそうです。ユニヴァーサルは、できればジミー・ウェブの自伝映画を作りたいと思っていたのだとか!

そのユニヴァーサルのバンガローに、ハルは何度か遊びに行きました。ジミーは模型作りが好きで、ハルもいっしょになって飛行機や船を組み立てたそうです。その間にも、依頼の電話は引きも切らず、そのたびにジミーは、フランク・シナトラからだ、とか、バーバラ・ストライザンドからだ、といったそうです。そして、二人はまた子どものように模型作りにいそしみ……。

もうすこし音楽的な話題を拾っておきましょう。ハルがはじめてジミー・ウェブと録音したのは、ジミーが面倒を見ていた女の子のヴォーカル・グループの仕事でした。そのグループにスージーという子がいて、ひと目で、ハルはジミーがスージーに恋していることがわかったのだとか。ハルは、この当時のジミーの曲、そして、その後しばらくのあいだに書かれたものも、みなスージーについてうたったのだろう、といっています。MacArthur Parkもまた、「スージー組曲」の一部なのかもしれません。

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by songsf4s | 2008-03-11 23:52 | 春の歌
MacArthur Park by Richard Harris その1
タイトル
MacArthur Park
アーティスト
Richard Harris
ライター
Jim Webb
収録アルバム
A Tramp Shining
リリース年
1968年
他のヴァージョン
Glen Campbell (live), Hugo Montenegro, Percy Faith, Andy Williams, the Four Tops
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真打ちがまだ楽屋入りしていない、ちょいとつないでくれ、といわれて高座に上がり、軽く「千早振る」か「禁酒番屋」でもやって下りるつもりだったのが、あにはからんや、「真景累ヶ淵」を通しでやるみたいなことになってしまいました。

どうやらTonieさんによる「日本の雪の歌」特集も再開のめどが立ったので、わたしの長ったらしいつなぎも、これを最後とし、今週なかばにはTonieさんに再登場願えそうです。「日本の雪の歌」特集のあいだに、アメリカの春の歌がはさまるというのは、べつに南北の『四谷怪談』に範をとった趣向などではないのですが、結果的に、行きつ戻りつの早春の景を模したものになった、と受け取っていただければ幸いです。

◆ 「ホームグラウンド」もまた茨の道 ◆◆
さて、ロックンロールというのは季節感のない音楽で、これしもまた、このジャンルがティーネイジャーのものであったことを証明する一要素です。わたしは、小姑のように因循姑息無知蒙昧グルーヴ音痴時代遅れのジャズ・ファン(とくに「団塊の世代」)に小突かれ、ののしられ、馬鹿にされ、あろうことか、髪の毛の長さにまで文句をつけられながら、十代を送りました。

よって、バックビートのない音楽というのは「年寄りが聴く惰弱卑猥退廃的音楽」と思って育ちました。自分が年老いたいまでも、釈然としない思いが残り、スタンダード・ジャズなんていうものは、所詮、年寄りが骨董品でも撫でるようないやらしい手つきで聴く、惰弱退廃音楽だと思っているところがいくぶんあり、たとえ季節感に溢れていようと、できればスタンダードは避けたいのです。

スタンダードはことのついでの刺身のつまにしたいが、残念ながらロックンロールは夏と冬の二季しか扱わない、という矛盾相克には秋以来ずっと悩まされているのですが、春もまた苦しいのです。ほら、ちょっと考えただけでも、有名なスタンダードの春の曲がすぐに三つ、四つ出てきちゃうでしょう? 有名だということは、ヴァージョンが山ほどあるということで、もう、検索結果を見るだけでゲンナリし、聴くなどということは思いもよらず、ファイルをプレイヤーにドラッグするのでさえ、明日にしようや、と思っちゃうのですね。

それで、なんとか「敵地」に乗り込まずに、「ホームグラウンド」の曲をやろうとするのですが、こちらの橋にもちゃんと悪魔は待ちかまえています。どういう悪魔かというと、歌詞が面倒、コードが面倒、とくにいい曲とはいえない、その他もろもろ。で、今日の悪魔はトリプル、歌詞が長いし中身もわかりにくい、構成が複雑、ヴァージョンが多い、です。しかし、この三匹の悪魔に立ち向かおうという気が起きるほど、この曲には大きな美点があるのです。

じつは、面倒だなあ、長いなあ、と思っているうちに時機を逸して、ちょっと手遅れになりかかっています。内容から分類するとしたら、このMacArthur Parkは「冬の歌」かもしれないのです。でも、まあ、大負けに負けて、なんとか「春の歌」にすべりこませることにします。

◆ 雨ざらしのケーキ ◆◆
ポップ・ソングとしては異例なほど長く、しかもやや複雑な構成なので、単純に「ヴァース」といっていいかどうか迷うところですが、以下はたぶんファースト・ヴァースと呼べる部分。いや、いま泥縄でジミー・ウェブの回想を読んだのですが、verse/chorus/verse/chorus/bridge/verse/chorusといった、ポップ・ソングの伝統的枠組みから抜けだそうと思って書いたといっているので、あくまでも便宜的に「ヴァース」と呼んでおくだけです。

Spring was never waiting for us, girl
It ran one step ahead
As we followed in the dance
Between the parted pages and were pressed
In love's hot, fevered iron
Like a striped pair of pants

「春がぼくらを待ってくれたことなど一度もなかったんだよ、ぼくらが開いたページのあいだでダンスをしながら、ストライプのパンツのようにあつく熱した愛のアイロンでプレスされているあいだに、春はいつも一歩先に行っていたんだ」

長い詩なので、冒頭だけで脈絡をつかもうとするのは愚の骨頂、と牽制しておきますが、それにしても意味不明。詩というものは、結局のところ、自分で考えろ、自分で感じ取れ、というものだから、詩人は受け取り手の解釈には容喙しないのが鉄則でして、その詩人に倣い、わたしもあれこれいわずにつぎへ進みます。

以下はヴァースではなく、コーラスのように思われます。でも、あとで繰り返されることと、タイトルが出てくるというだけでそう思っているのであって、音からはコーラスに入った感じはしません。

MacArthur's Park is melting in the dark
All the sweet, green icing flowing down
Someone left the cake out in the rain
I don't think that I can take it
'Cause it took so long to bake it
And I'll never have that recipe again
Oh, no!

「マカーサー公園は宵闇に溶け、甘い緑のアイシングはみな流れ落ちる、だれかが雨の中にケーキをおいていったけれど、あれを取れそうには思えない、ひどく手間をかけて焼いたものなのだから、ぼくはあのレシピをふたたび手にすることはないだろう」

f0147840_033016.jpgいよいよ混迷を深めていますが、そういう歌なのだから仕方ありません。「アイシング」といっても、アイスホッケーでパックが敵陣に「無人で」流れることではなく、ケーキにかける砂糖の衣のことです。そこまではいいとして、雨ざらしになったケーキというのは、どうにも落ち着かない気分になるイメージです。まあ、この際、大負けに負けて、そこまでもよしとしますが、あれを取るの取らないの、レシピがどうのにいたって、わたしは投げましたね。

「だれか」という他人のケーキと、そのレシピをかつて知っていたことが、どうつながるのかは、とりあえず、まったく不明。あとのほうにいくと、失った恋人について語っていることがわかってくるので、「ケーキ」も「レシピ」も「焼く」も、そのあたりに関係しているのかもしれません。

こういうときは成句を思い浮かべるべきですが、さて、この場面にふさわしいものかどうか。いちおうコピーしておくと、「take the cake [iron.] 一番[第一位]になる、きわだっている; ひどくずうずうしい、最低だ」というものがあります。となると、I don't think that I can take itは「そんな図々しいことはできそうにもない」と解釈することもできます。といっても、全体としての解釈のめどはさっぱり立ちませんが。

マカーサー公園というのは、LAのマカーサー公園のことでしょう。ジミー・ウェブはこの時期、LAに住み、ハリウッドで録音していたからです。地図で見ると、それほど規模の大きな公園ではなく、付近のドジャースタジアムと比較してみると、球場よりひとまわり大きいぐらいです。日比谷公園と似たようなものでしょうか。なお、歌には無関係ですが、正式名称は「ダグラス・マカーサー将軍公園」だそうです。もちろん、かの日本占領軍司令官。やあ、将軍、これはまたお濠端以来の奇遇、なんとも妙なところでお会いしますなあ。

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中央左(西)寄りの赤い「A」がマカーサー公園。右(東)寄りの道路網密集地帯がLAの中心部。右上の円形の灰色はドジャースタジアムとそれを囲む巨大駐車場。

グーグル・マップでは、「ストリート・ビュー」というものを見られるのですが、公園を突っ切るウィルシャー・ブールヴァードに立って、ぐるっと四囲を見渡すと、大きな池があり、ところどころに高い椰子の木が見えます。

なんだか、フラン・オブライエンの『第三の警官』の登場人物、ド・セルビー教授のいうとおりになっちゃったな、という気分になる経験です。わたしは年寄りなので、オルダス・ハクスリーのいうような意味での「すばらしき新世界」のような気も、チラッとします。ご興味のある方は、「すばらしきウェブ新世界」をご自分で体験あれ。いったことのない土地を見るのが、せめてもの正気の証拠、自分が暮らす町を見たりするのは不健康な精神の原因または結果でしょうから、やめておくにしくはありません。幸い、ストリート・ビューとやらが見られるのは、まだ一部の土地だけのようです。

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ウィルシャー・ブールヴァードに両断されたマカーサー公園。ケーキはどこにあった?

ここでまたヴァースになると思うのですが、確信なし。

I recall the yellow cotton dress
Foaming like a wave
On the ground around your knees
The birds, like tender babies in your hands
And the old men playing checkers by the trees

「ぼくは思いだす、地面の上で波打つように、きみの膝のまわりでふくらんだ黄色いコットン・ドレスのことを、きみの手のなかでやわらかい赤ん坊のようにしていた鳥を、そして、木のそばでチェッカーをしていた老人を」

やっと、わかりやすい情景描写になってくれました。タイトルどおり、公園での出来事をうたっているのでしょう。ウェブで調べると、最近はストリート・ギャングがいなくなり、安全になったといっているので、まっとうな人間が散策する場所ではない時期もあったのでしょうが、60年代には安全だったのだと、この詩からは考えられます。

ここでコーラスのようなパートがふたたび登場し、短めのインストゥルメンタル・ブレイクが入ります。

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むこうに見えるのは湯島のラヴホテル街、というのは大嘘。しかし、この写真だと、トロピカルに飾り立てた不忍池というおもむき。貸ボートは1時間7ドルだそうな。

◆ 「第2楽章」? ◆◆
ここから変奏曲に入った感じで、何番目のヴァースというより、第二楽章とでもいうべきパートで、音楽的にはテンポを落とし、バッキングのニュアンスを変えているだけですが、べつの部分に入った感覚が明白にありますし、歌詞の内容からいっても、べつのパートに入ったことが歴然としています。ということで、以下のパートをなんと呼べばいいのかわかりませんが、ニュアンスとしては第2部のファースト・ヴァースといったあたり。

There will be another song for me
For I will sing it
There will be another dream for me
Someone will bring it
I will drink the wine while it is warm
And never let you catch me looking at the sun
And after all the loves of my life
After all the loves of my life
You'll still be the one

「ぼくのためにべつの歌があるにちがいない、ぼくにはそれをうたう気があるのだから、だれかがもたらしてくれるべつの夢があるにちがいない、まだあたたかいうちにワインを飲もう、太陽を見つめているぼくのすがたをきみに見せたりはけっしてしない、人生で出合った愛のなかで、結局、きみがホンモノなのだということは変わらないだろう」

わかるような気がする部分なので、そういう場合、ほんとうは深く考えないほうがいいのです。ここではっきりするのは、これは追想の歌であり、また、ハッピー・ソングではないということです。

For I will sing itはよくわかりません。形からいって、前置詞ではなく、理由を示す接続詞でしょうが、心理的にどうつながるのか?

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昔の着色絵はがき。むこうに見えるのは湯島のラヴホテル街ではなく、エルクス・クラブという現在もある(歴史の浅いLAにしては)古い建物で、パーク・プラザ・ホテルになっているとか。

ふつう、ワインは冷やして飲むものなので、while it is warmのitは、気候、気温のほうでしょうか。それとも、わざと「衝突」させているのでしょうか。だからなんだという結論はないのですが、こういうラインは、「楽しめるうちに人生を楽しめ」という例のアメリカ的考え方から出てくるといつも思っています。

let you catchのcatchは、目撃する、といった意味で、never let youだから、「目撃させない」となりますが、「太陽を見つめている」というフレーズがなにを意味するのかよくわかりません。「明日を見つめる」のか、「手の届かないものを見つめている」のか、「見てはいけないものを見ている」のか、はたまた、「失意」の表現なのか。要するに、そのすべてなのかもしれません。

◆ 「輝かしい」未来への正確にして無惨な展望 ◆◆
つづいて、「第2部」の「セカンド・ヴァース」とでもいうべき部分。

I will take my life into my hands and I will use it
I will win the worship in their eyes and I will lose it
I will have the things that I desire
And my passion flow like rivers through the sky
And after all the loves of my life
After all the loves of my life
I'll be thinking of you
And wondering why

「ぼくは自分の人生をこの手に握り、それを使うだろう、人々の尊敬のまなざしを勝ちとり、それを失うだろう、望んだことを手に入れ、ぼくの情熱は大空の川のようにあふれるだろう、そして、結局、この人生で出合ったさまざまな愛にもかかわらず、きみのことを考えつづけ、そして、なぜだ、と後悔しつづけるだろう」

面倒になったので、ちょい意訳が入りました。あしからず。このあとは、もう新しい言葉は出てきません。ハル・ブレインがそのもてる技術を駆使して、大車輪で叩きまくる、長い長いインストゥルメンタル・ブレイクをはさんで、仮に「コーラス」と呼んだ部分にもどり、プロコール・ハルムのIn Held 'Twas in Iのような、グランド・フィナーレになだれ込みます。

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パーク・プラザ・ホテル。1920年代、30年代の建築を愛する人間としては、かなり食指をそそられる、あの時代らしい折衷的デザイン。しいて日本で近いものをあげるなら、駿河台の山の上ホテルだが、こちらのほうが規模が大きく、しかも、妙な彫像付きのところが、いかにもカリフォルニアらしく、ブラウンストーンの古色蒼然たる建物が象徴するNYの古建築群とは対照的。

このヴァースがこの曲の肝心要なのだと感じます。思いだすのはジョン・レノンのIn My Lifeですが、あれはハッピー・ソング、こちらは、ディランのI Threw It All Awayタイプというか、バーズのYou Don't Miss Your Waterタイプというか、そういう開墾の歌(カントリーだからって耕すなよ>ATOK)、もとい、悔恨の歌なのでしょう。

ジミー・ウェブの天才少年ぶり、というか、正確には若き大物ぶりでしょうが、そういうものもこのヴァースにあらわれています。カントリー・ソングにおける悔恨の歌は、特別な人間の思いをうたうわけではなく、ふつうの人、あなたやわたしに起きたことをうたうのですが、MacArthur Parkは、あくまでも「天才少年ジミー・ウェブの悔恨の歌」です。彼は人びとのthe worship in their eyesをすでに勝ち得ていたわけで、その後、失ったかどうかは意見が分かれるにせよ、ポップ・ソングの世界では何十年もトップにいるというのは原則としてありえないので、「予想どおりになるはず」の「既定の針路」ではあったでしょう。

ジミー・ウェブというのはほんとうに「時代の寵児」で、ハル・ブレインが書いていましたが、どこかの自動車会社にCMを依頼されて、その会社が作っているある車種が好きだといったら、翌日には現物が一台届いてしまったというのですからねえ。しかも、そういうふうにむやみに車をもらうので、ほとんど友だちにやっちゃったというのだから、I will have the things that I desireどころか、ほしくないものまで山のように手に入れていたのです。

この歌を書いた時点で、もうそういう状態だったはずです。Up Up and Awayのヒットで一躍、売れっ子ソングライターになった直後ですがね。いかにUp Up and Awayが一大センセーションだったかわかろうというものです(ご存知ない方のために付言しておくと、Up Up and Awayはどこかの航空会社のCMソングでした。どこの会社も、あれにあやかりたかったにちがいありません)。

◆ 知らぬこととはいえ ◆◆
ふと、エディターの行数表示を見ると、もはや文字数制限到達は目睫の間なり、とく立ち去りたまえ、といっているので、音楽的検討は明日以降にさせていただきます。

付記 さきほどテレビをつけたら、かつてその著書を熟読熟視した石川光陽と東京大空襲の番組をやっていて、あ、いかん、3月10日だった、とあわてました。今日、マカーサーの名前がタイトルにある曲を取り上げたのは、まったくの偶然にすぎず、なんの意図もないことをお断りしておきます。カーティス・ルメイとあのじつに馬鹿げた勲章のことを思うと、歴史は冷静に見ること、と自制しつつも、やはり、はらわたが煮えくりかえります。

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MacArthur's Park is melting in the dark...夜景もやっぱり不忍池

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by songsf4s | 2008-03-10 23:50 | 春の歌
The Waters of March (Aguas de Marco) その2 by Antonio Carlos Jobim & Elis Regina
タイトル
The Waters of March (Aguas de marco)
アーティスト
Antonio Carlos Jobim & Elis Regina
ライター
Antonio Carlos Jobim
収録アルバム
Elis & Tom
リリース年
1974年
他のヴァージョン
Sergio Mendes & Brazil 77, Jongo Trio
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一回で書き終わらず、「明日以降に持ち越し」といって、「明日」以外の日になってしまったことはいままでにないのですが、いやもう、ジョビンの曲はやっかいで、コードを弾いているうちに昨日はおしまいとなり、手の痛みが残っただけでした。

今日もまだコードを弾いているのですが、もういいや、です。なんせ、長時間ギターを弾くなど、何年もしていないことで、指先は軟弱だし、押さえ馴れない形のコードがあって、強くネックを握るものだから(まるでビギナー!)、親指の第一関節と付け根まで痛みだし、ギヴアップしました。

ということで、かなり腰が引けているのですが、Tonieさんからは、泥沼にはまったので、特集再開にはもうすこし時間がかかりそうだというメールがきて、タッチに逃げることもできず、ええい、ままよ、文字を書いているうちになにか思いつくだろう、てな仕儀に相成り候。

◆ 裏の裏は表か ◆◆
いつごろのことか記憶があいまいなのですが、中学の終わりか高校のはじめに、『黒いオルフェ』という映画がリヴァイヴァル公開され、たしか、新宿のアートシアターまで出かけました(これが口火になって、長いアートシアター通いがはじまった。わたしの年代で、『エロス+虐殺』あたりから、ATGの一連の「一千万円映画」を軒並み見た人間はそうはたくさんいないと思う)。

f0147840_23341287.jpg映画そのものはチンプンカンプンだったのですが、音楽には驚きました。『黒いオルフェ』の音楽に使われているリズム構造は、ロックンロール・クレイジーにはまったくのナンジャモンジャで、どこがどうなっているために、すごく異質だと感じるのか、その理由さえ明白にはわからないまま映画館を出ました。これがポリリズムと呼ばれるということはすぐにわかったのですが、グルーヴというのは、そういう問題ではないのはご承知のとおり。躰で感得できるか否かにかかっているのです。

近々取り上げるつもりなので、あまり深入りするわけにはいかないのですが、15年ほど前、遅まきながらペレス・プラードをはじめて買ったときも、ビックリしました。ふつう、ストップ・タイムのときは、カウントすることによって、「戻り」のタイミングをつかむはずですが、ペレス・プラードの音楽は、カウントでは対応できないようなのです。ということは、コンダクターを見ているということになりますが(スマイリー小原のことを思いだした!)、それにしても、独特のタイミングで戻っていて、なんだよ、これは、どうなっているんだ、と思いました。

f0147840_2339695.jpgどんな場面でも裏拍でタイミングをとっているから、西洋音楽に馴れた耳にはわかりにくいのではないないでしょうか。ロックンロールはダウンビート、オフビートの音楽ですが、それは「小節の頭」という基準点が明白にあることを前提としての、「オフ」であり「ダウン」です。それに対して、南米音楽の一部は「小節の頭という概念のない」、いや、すくなくとも「小節の起点をあまり意識しない」グルーヴに立脚しているのではないかと感じます。

ジャズの特長はシンコペーションだということになっていますが、アメリカ音楽のシンコペーションというのは、「シンコペートしない音楽」というものが先に大前提としてあり、あくまでもそれに対して「シンコペートする」といっているのであり、大きく見れば、伝統的な西洋音楽の文脈のなかにあります。

それに対して、マンボやサンバは、はじめから裏拍が基礎にあると感じます。それに相当する言葉があるのかどうか知りませんが、マンボやサンバの観点に立てば、わざわざ名づけて、「通常の音楽」と区別するべきは「シンコペートしない音楽」のほうではないでしょうか。われわれが「裏拍」といっているものが「表」になった、裏返しの世界に感じます。

◆ コードによるメビウスの環 ◆◆
The Waters of Marchは、すでにサンバではなく、ボサノヴァ、それも70年代のものですから、リズミックな構造がチンプンカンプンということはありません。それでも、やはり、あちこちに異質なところがあって、北米の音楽とはずいぶん感覚的な隔たりがあると感じます。

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ジョビンの自筆譜面というのを見ると、音がはじまる前に、「あれ?」と思います。2/4と書いてあるのです。4/4でいいはずなのに、どうして2/4にするのか、このへんはよくわかりません。The Man from Ipanemaという編集盤のライナーを読むと、ブラジルでは2/4で書くのがふつうで、ジョビンの音楽がアメリカに移入されたとき、楽曲出版社は4/4に書き直して版行したそうです。つまり、理屈とか必然性の問題ではなく、「文化の問題」「感覚の問題」なのではないでしょうか。ボサノヴァ以前のサンバのリズム構造は、2/4のほうが感覚的に合っていたという、歴史からくるものもあるのでしょう。

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上はオリジナル草稿らしい。下は冒頭部分を拡大して、コントラストを調整した。やはり2/4となっている。

それだけでなく、ジョビン=レジーナ盤の場合、イントロを聴いただけでは、どこが小節の頭なのかわからず、当然、小節を切ることは、わたしにはできません。歌が入ってしばらくすると、ああ、そうか、となるのです。

ハーモニックな構造も興味深いものです。比較的少ないコードしか使っていませんが、なるほどねえ、と感心します。自分でとっていては時間がかかると思い、タブ・サイトを見てみたのですが、意見は四分五裂という感じです。それも無理ないことで、たとえば、冒頭をBb7-Gm6としているところがあるのですが、Gm6は、C7で置き換えることも可能です。これがC7的ではなく、Gm6的に響くのは、ベースがAbではじまり(コードはBb7だから、セヴンスの音ではじめているだけ、といえるが、感覚的にはかなり不安定)、半音下のGに降りてくるからにすぎません。そもそも、じっさいの音はあまりマイナー的な響きではありません。

こういう調子で、あるコードをメイジャー・セヴンスと見るか、マイナーないしはマイナー・セヴンスにテンションのついたヴァリエーションと見るか、というちがいで、極論すれば、コードはどうとでも書けてしまうのです。この曲の場合、つまるところ、そのコードを成立させているポイントは、ギターよりもベースのほうにあるといっていいくらいです。つまり、分散和音的なのだということです。

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没後にリリースされたアントニオ・カルロス・ジョビンのアンソロジー、The Man from Ipanema。スパイラル・ノートというか、写真アルバムのような形式になっている。

じっさい、ジョビン=レジーナ盤も、セルジオ・メンデス盤も、ともにベース・ラインを半音ずつ下降させています。ベースがこれ以外のラインを弾くと、和声構造が崩れてしまうからでしょう。これがほかの曲でもしばしば適用できるのなら、ボサノヴァのベースはやりたくないものだと思います。決められたとおりに弾くしかない、ということですから。

どこかできっちりと「解決」することなく、『ドグラ・マグラ』のように、いつのまにか元にもどって、またぐるぐると同じところを廻る感覚の根源は、コード進行だろうと思ったのですが、どこがどうだからそうなってしまうのだ、という明白な答えは出せませんでした。タブ・サイトでもご覧になり、ご自分で検討なさってください、というしかありません。いやもう、二日間、脂汗を流しました!

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The Man from Ipanemaを開いた内側(上)。3枚のCDが、それぞれ色の異なる切り紙細工のようなものに収まっている。中と下はディスクを引っ張り出したところ。凝ったデザインはありがたいが、出し入れには往生したので、圧縮してホッとした。

◆ トム・ジョビンか、セルジオ・メンデスか ◆◆
わが家にあるThe Waters of Marchは、アントニオ・カルロス・ジョビンとエリス・レジーナによるもの、そして、セルジオ・メンデス&ブラジル77による2種類のみで、補足として、ウェブでJongo Trioというグループのものを聴いてみましたが、これは面白くありませんでした。

f0147840_061895.jpgジョビンとメンデスのどちらがいいというほど、出来不出来の差はありません。ジョビン=レジーナ盤のほうが地味な仕上がりで、ブラジル音楽の好きな方はこちらを好むのではないかと思います。セルジオ・メンデスはアメリカ市場向けにつくっているので、ポップ・ファンにはこのほうが明快で、聴きやすいでしょう。わたしの好みは、僅差でセルジオ・メンデスです。キック・ドラムによる明快なビートがあることと、ヴォーカルがニュートラルな点が好みです。

ジョビンのThe Man from Ipanemaという3枚組編集盤をもっているのですが、ヴォーカル入りディスクは買ったときに聴いただけで、インストゥルメンタルのみのディスク2しか聴いていません。ブラジル音楽はヴォーカルがないほうがずっと好きですし(いや、ほかのタイプでも、インストのほうを好むのですが)、ヴォーカルがあっても、ないも同然の薄くて軽いものか、楽器に近い扱いのニュートラルなもののほうが気持ちよく感じます。そういう偏向した好みだというだけのことで、べつにジョビン=レジーナ盤の出来がよくないわけではありません。

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セルジオ・メンデス・ボックス。日本語ライナーでは、The Waters of Marchが「三月の雨」という邦題になっている。英語のwatersからは「雨」という訳語は考えられないが、ポルトガル語のaguasには雨の意味があるのだろうか?

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by songsf4s | 2008-03-08 23:54 | 春の歌