カテゴリ:Evil Moonの歌( 16 )
サンプラー (Ghost) Riders in the Sky by George Melachrino Orchestra

毎度毎度、岸井明の写真がなくて困っていたので、内田吐夢監督『大菩薩峠』のスクリーン・ショットをとって、前々回の「唄の世の中」The Music Goes Round and Round by 岸井明に追加しました。

◆ 新旧ヒット・ヴァージョン ◆◆
2007年の十月にはなにを特集したのかと思ったら、前半が嵐の歌、後半は、「Evil Moonの歌」と題し、ハロウィーンにあわせて、いわゆる「スプーキー・チューン」、怪奇ソングをやりました。

したがって、今月のサンプラーは、この二つの特集から適宜選んでいくつもりです。今日はまず、とてつもない数のヴァージョンがある(Ghost) Riders in the Skyです。オリジナル記事は以下の二篇です。

(Ghost) Riders in the Sky その1 by Vaughn Monroe
(Ghost) Riders in the Sky その2 by the Ventures

とはいったものの、どうしよう、というくらいたくさんあるし、たいていのものはYouTubeにあって、サンプルの選択に窮してしまいます。とりあえずは、わたしの年回りの人間が、この曲を知るに至ったヴァージョンから。

ラムロッズ (Ghost) Riders in the Sky


オリジナルはバール・アイヴズの1948年のヴァージョンだそうですが、これはもっていませんし、YouTubeにあるのは後年の再録音盤でしょう。いちおう代表的なヴァージョンとされるのはヴォーン・モンロー盤です。

ヴォーン・モンロー


◆ 唯一のオーケストラもの ◆◆
自前のサンプルはどうしようかと悩みましたが、山ほどヴァージョンがあるのに、オーケストラものはほとんどないので、それをいってみます。ジョージ・メラクリーノ・オーケストラ盤です。

サンプル George Melachrino Orchestra "(Ghost) Riders in the Sky"

とくに際だったアレンジではないのですが、色の白いは七難隠す、大編成だというだけで、他の(Ghost) Riders in the Skyを圧倒し、並べて聴くと鶏群の一鶴、ものすごく目立ちます。

ジョージ・メラクリーノは、1940年代、50年代に活躍したイギリスの作曲家、アレンジャー、オーケストラ・リーダーで、映画スコアもたくさん書いているそうです。

◆ ギター・インスト ◆◆
わたしがそういう世代だからなのですが、この曲はギター・インストのスタンダードという印象があります。そういうクリップを並べてみました。

デイヴィー・アラン&ディ・アロウズ


Blues Themeのヒットがあるデイヴィー・アラン&ディ・アロウズは、マイク・カーブが仕掛けたヴェンチャーズ類似バンドというあたりで捉えていますが、レッキング・クルーはあまり関与していないように思われます。この曲を12弦でやっているものは、わが家にはほかにありません。

ヴェンチャーズ


ヴェンチャーズ盤も子どものときから聴いてきたもので、ラムロッズ盤と並び、わたしには原型に思えてしまうヴァージョンです。

トラッシュメン


Surfin' Birdで有名な「クズ野郎たち」ですから、お馬鹿にやっているかというと、それほどでもなくて、典型的なreverb drenched surf-instroというべきでしょう。サーフ・インスト・ファンなら楽しめます。

スプートニクス


スプートニクス盤はディレイが深くてわけがわからないと思ったのですが、ディレイじゃなくて、ところどころで二本重ねているようです。音がバラけて、行儀のいいサウンドではありませんが、これはこれで面白いような気もしなくはありません、と曖昧に口を濁しておきます。

シャンテイズ


Pipelineのオリジナルで知られるシャンテイズなので、(Ghost) Riders in the Skyも、Pipelineのようなグリサンドのイントロですが、ちょっと変えてあるところが、かえって落ち着かない気分になります。

ハリウッドのエースばかりが集まって録音したヴェンチャーズのPipelineのあとで、オリジナルのシャンテイズ盤を聴くと、雑だなあ、と索然としますが、それにくらべれば、こちらはずっとマシ。まあ、ヴェンチャーズのPipelineはプロのなかのプロが、自分を殺してストイックにプレイした、ほとんど完璧な出来のトラックなので、くらべては可哀想ですが。

ギター・インストの(Ghost) Riders in the Skyは、ほかにディック・デイル、シャドウズ、ドゥエイン・エディーなどがありますが、シャドウズは情けなやのディスコ・アレンジ、エディーはずっと後年の録音で、シンセがうっとうしいサウンドです。お聴きになりたければ、YouTubeにありますので、検索してみてください。

クリストファー・リーの歌なんていう奇っ怪なものとか、スパイク・ジョーンズのお笑いヴァージョンとか、色物もさまざまあるのですが、もう十分でしょう。

ひとつ、未聴のもので、これはいいなあ、と思ったヴァージョンがYouTubeにあったのですが、それは次回の記事でご紹介するつもりです。


metalsideをフォローしましょう


ラムロッズのGhost) Riders in the Skyを収録
Rock Instrumental Classics 2: 60's
Rock Instrumental Classics 2: 60's


Very Best of Vaughn Monroe
Very Best of


Devil's Rumble: Davie Allan & The Arrows Anthology
Devil's Rumble: Davie Allan & The Arrows Anthology


The Trashmen - Great Lost Album
Great Lost Album


The Veuntures - Another Smash
Another Smash
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by songsf4s | 2010-10-01 23:54 | Evil Moonの歌
Halloween Theme by the 101 Strings
タイトル
Halloween Theme
アーティスト
The 101 Strings
ライター
John Carpenter
収録アルバム
Halloween Fright Night
リリース年
未詳(2006年?)
他のヴァージョン
John Carpenter (OST)
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前回のWaterloo Sunset by the Kinksの記事に自分で書いておいて、そんなにたくさんレイ・デイヴィーズの曲をとりあげるのかよ、と驚き、十数年前に買ったときは拾い読みですませた彼の自伝を、あわてて読み直してところです。もう数日は読書をつづけなければいけないようなので、その間のつなぎとして、これまでの記事の補足をいくつかやります。歌詞の解釈をしないだけでも軽く1時間は稼げるので、しばらくそんな記事にお付き合いを願います。

あ、その前に、自伝で仕込んだ前回のWaterloo Sunsetの補足。Terry meets Julie, Waterloo Stationのジュリーについてです。十代のレイ・デイヴィーズが陸上の試合に出て、背中の痛みで靴ひもを解けなかったとき、かわりにやってくれた女の子、ついでにそのとき、「『学校でいちばん素敵なおしりをした子』コンテストで、わたし、あなたに投票したわ」といってくれた子の名前が、ジュリーというのだそうです。レイモンドとジュリーがその後、ウォータールー駅で待ち合わせる仲になったかどうかは、まだ読んでいないのでわかりません。

◆ 1対101の勝負 ◆◆
今回は、ついこのあいだ取り上げたばかりのHalloween Themeの補足です。その後、101ストリングスが、その怪奇音楽集のオープナーとしてカヴァーしたものを聴くことができました。最初がこの曲で、最後の4曲はすべてバーナード・ハーマン作の『サイコ』のスコアからのものです。ジョン・カーペンターではじまり、バーナード・ハーマンで終わるという、文句のない構成です。まあ、中間は無視するとしての話ですが。

f0147840_1692146.jpgバーナード・ハーマンの『サイコ』は、オリジナル・スコアもオーケストラでやっているのだから(あの耳に突き刺さるヴァイオリンのスタカート!)、まったく問題ないのですが、ジョン・カーペンターのHalloween Themeはミニマリズムの極致、これ以上は減らせないという、たったひとりのプレイヤーによる多重録音です。したがって、この落差をどう処理するかが、101ストリングス盤Halloween Themeの興味の焦点です。

結果は、うーん、曰く言い難し。まあ、失敗というべきでしょう。あのピアノ・リックは、避けて通れないから、ちゃんとやっています。そこへ、オリジナルにはないヴァイオリンによる短いリック(短いから「リック」というのであって、「長いリック」などこの世にない、と自分で突っ込んでおきます)が入ってきて、つづいて、オリジナルではアナログ・シンセでやっていたコードをストリングスが奏でる、という、まあ、だれが考えても、101ストリングスとしてはそうするしかないだろう、というのが前半のアレンジです。

後半、管もコードに加わったり、ピアノにかわってフルートがあのリックをやったり、オリジナルにはないフレーズがいくつか出てきたり、いろいろやっています。大人数の管であのコードをやるのは、それなりに面白くはあるし、ちょっと盛り上がりもします。でも、オリジナルにない弦のフレーズはつまらないだけでなく、オリジナルがもっていた簡素な美的バランスを崩しています。

f0147840_16102470.jpgアレンジャーは、仕事をした証拠を残さなければいけない立場にあるわけで、あまりにもシンプルで、いじりようがないカーペンターのスパルタ的名作に困惑したであろうことには同情します。でも、よけいなものを加えすぎたと思います。二流の人がよく陥る罠です。一流のプロフェッショナルは、たいていがエゴのかたまりですが、必要なときには、その巨大なエゴを殺せる能力があったからこそ一流になったのです。

いっそ、大胆に、あの曲をそのまま100倍にスケールアップするだけですませたほうがよかったでしょう。その曲がそれを要求するのなら、8分音符と全音符ばかり並べるのも厭わないのが、一流というものです。ヘンリー・マンシーニが、オードリー・ヘップバーンの歌唱力と音域に配慮して、白鍵だけで、しかも1オクターヴのなかだけで、Moon Riverを書いたことを想起しなければなりません。

それはそれとして、Halloween Themeをオーケストラで聴けたことは、満足とはいわないまでも、ちょっとニヤリとする体験でした。最近のものですから、すくなくとも32トラック、たぶん、72トラックで録音したのでしょう。それなら、よけいなフレーズを消すのはわけもないことです。くだらない追加フレーズを消したリミックス・ヴァージョンをカーペンター監督のもとに送れば、ハロウィーン・シリーズの次回作に推薦してくれる(巨匠自身はもうあのシリーズの監督はしないようですから)かも知れません。オープニングにはちょっときびしいとしても、エンド・タイトルのバックに流すなら、悪くないのじゃないでしょうか。

◆ In search of the lost MELODY ◆◆
101ストリングス盤Halloween Themeとは直接関係がないのですが、ふと、思ったことがあります。

f0147840_16115971.jpgHalloween Themeが長く耳の底に残るのは、ヘンリー・マンシーニのPeter Gunnや、ニール・ヘフティーのBatman、そして、モンティー・ノーマンのJames Bond Theme(この曲のアレンジャーとしてクレジットされているジョン・バリーは、著作権をめぐってノーマンを相手に訴訟を起こしたが、敗訴したという)と同じリーグに属す、シンプルで印象的なフレーズがあるからではないでしょうか。Halloween Themeがどこかに通底しているような気がして、ずっと考えつづけ、たどりついたのが、Peter Gunn、Batman、James Bond Themeです。

f0147840_1613159.jpgこの3曲は、ギター・インストの世界ではスタンダード化していて、多くのヴァージョンがあります。リック中心だから、ギター・インスト・バンドの編成になじみ、プレイしやすく、シンプルなわりには受けがいいからでしょう。3曲のいずれも、出だしに使われているシンプルなリックをテーマ(モティーフ)としているわけではなく、べつにメロディーまたはそれに類似のものがあって、リックのあとに登場します(お忘れかもしれませんが!)。

では、Halloween Themeはどうかというと……うーん、どうでしょうねえ。ピアノ・リックの上にかぶってくる、アナログ・シンセの上昇する三つひとかたまりのコードと、その転調したヴァリエーションを、「メロディー」「テーマ」「モティーフ」というのは、やはり、ちょっと無理でしょう。そういうものに類似した役割を負っているのはたしかですが、実体は、どこからどう見てもまちがいなくコードであり、それ以外のなにものでもありません。

わたしは、Halloween Themeというのは、「あらかじめメロディーが失われた曲」なのだと思います。

この曲について、ずっともやもやと感じていたことの正体まで、薄皮一枚まで迫っているように思うのですが、このへんでやめておきましょう。マイケルのホッケー・マスクをむりやりに引き剥がしたところで、たぶん、平凡な人間の顔があるだけです。「覆い隠されていること」それ自体が重要なこともしばしばあります。

f0147840_1618244.jpgでも、ちょっとだけ結論めいたことをいっておきましょう。ヘンリー・マンシーニがビーバップ世代のアプローチをとったのに対し、ジョン・カーペンターはロックンロール世代のアプローチをとった、それが結果のちがいにつながった、と思います。将来、カーペンターのHalloween Themeは、いまマンシーニのPeter Gunnが受けている「エポックメイキングなスコア」という評価を、引き継ぐことになるだろうと考えています。
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by songsf4s | 2007-11-06 23:40 | Evil Moonの歌
Blood and Butter by the Ghouls
タイトル
Blood and Butter
アーティスト
The Ghouls
ライター
Gary Usher, Richard Podolor
収録アルバム
Dracula's Duece
リリース年
1964年
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◆ その他大勢の記念日 ◆◆
11月2日はなんの日かご存知でしょうか。わたしもついこのあいだ知ったのですが、All Soul's Dayというのだそうです。辞書には、

n. 諸魂日 【カト】(奉教)諸死者の記念日《11月2日》

と出ています。ハロウマスが諸聖人の祝日で、翌日が諸死者の記念日とくるのだから、要するに、聖人になれなかったその他の人すべてのための、いってみれば、残念賞みたいな日ということになります。

本日は、これから取り上げる曲のリストアップのために、更新は休もうかと思っていたのですが、そういう日なら、Evil Moon特集のコーダないしはフェイドアウトとして、ヒットしなかった亡者でも弔ってみようかと思い直しました。

◆ 30分で1曲の強行スケデュール ◆◆
グールズ(食屍鬼)なんていうグループはご存知ない方が多いでしょうが、スタジオ・プロジェクトにすぎず、この「ドラキュラのホットロッド」という企画盤のみに使われたバンド名です。企画者はゲーリー・アシャーと思われます。

ちょっと見にくいでしょうが、The Hondells Vol.4 More Aliases and Early Recordingsという盤に付された、グールズのセッショノグラフィーをご覧あれ。

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エース大集合とはいきませんが、グレン・キャンベルとハル・ブレインがいるので、まあまあのメンバーといえます。なぜメンバーがやや落ちているのかは、このセッショノグラフィーから読み取れるように思います。

セッションの日付、時刻、所要時間に注目すると、10月8日の夜7時から深夜にかけて、わずか2セットのセッション(3時間が1単位なので計6時間)で録音していることに気づきます。通常のLPは3時間×3回、計9時間で録音するのが、この時代のハリウッドの組合加入プレイヤーによるセッションの慣行です。3時間で4曲、それを3回やって、LPに必要な12曲を録音するわけです。

それが、このセッショノグラフィーを見ると、3時間で6曲、それを2回と、通常の3分の2に圧縮してしまっているのです。こういうことが起きるのは、急いでいるときか、予算が足りないときです。この盤の場合、プレイヤーの料金が高くなる深夜に食い込んでセッションをしているので、金銭的問題より、時間的問題から、わずか6時間で録音したのだと推量できます。

f0147840_2346496.jpgどういう時間的問題か。それは、10月8日という日付が語っています。ハロウィーンに合わせた企画だからでしょう。それにしては、ちょっと遅いと思うのですが、企画書の承認が遅れたとか、楽曲の用意が遅れたとか、その種のよくある事情で、ギリギリのタイミングでの録音になった、といったあたりではないでしょうか。

だから、急なことで、メンバーもエースばかりそろえるわけにはいかず、ファースト・コールではない人だろうとなんだろうと、とにかく、手に入ったメンバーで強行せざるをえなかったのだと考えます。ハル・ブレインとグレン・キャンベルがあいていただけでもラッキーなくらいです。

◆ 最後のひと暴れ ◆◆
じっさい、ハルがいなければ、つまらないアルバムになっていたでしょう。ハロウィーン向けの当て込み企画ですから、楽曲の粒がそろっているはずもなく、半数はシンプルなコードとリックによるインストゥルメンタルで、「作曲」なんていうのは恥ずかしいぐらいのものですし、歌ものはパロディーなので、いわば既存の曲の替え歌のようなものにすぎません。そして、その歌も、だれがリードをとったのか知りませんが、ドラキュラの芝居はひどいもので、むやみにうなり声をあげるのが疳に障り、笑うに笑えません。

ギターも、それほど出来のいい曲があるわけではなく、好調時のグレン・キャンベルの豪快なソロはありません。たぶん、リッチー・ポドラーがリードをとった曲が多いのではないでしょうか。おとなしいプレイぶりが、グレンらしくありません。

唯一の楽しみはハル・ブレインです。これがいいのです! これだけ叩いてくれれば、ほかの音はいりません。例によって、「これは弱いな」と思ったときの、「じゃあ、俺がやる」根性を発揮したのだと思います。とにかく、アップテンポの曲は叩きに叩きまくって疾走しています。

とりわけ、看板に立てたBlood and Butter(必要な食べ物、生きるための糧、たつきの道という意味のbread and butterのもじり)や、そのパート2とでも名づけたほうがよいほどよく似ているVoo Doo Juiceといったインストや、タイトル曲のDracura's DeuceやBella Be Good(Johnny B. Goodeのもじり。ベラはもちろんベラ・ルゴシ)では、ハル・ブレインだけを聴いてしまいます。

繊細なドラミングもするいっぽうで、ときに暴れまくるプレイヤーではありますが、ここまで暴れているのは、それほどたくさんはありません。バーズのMr. Tambourine Man、そしてとりわけ、ママズ&パパズのCalifornia Dreamin'以降は、すこしスタイルが変わるので、ハルといえども、これほど豪快にストレート・シクティーンスを叩くことはなくなります。彼のこういうプレイが聴けるのも残すところあとわずか、若い躍動感に満ちたハル・ブレインの最後の大花火のようなプレイです。

◆ サーフ&ロッド&ウィアード ◆◆
ウェブ上で知り合った仲間と意見を交換するうちに、しだいに、ハルが「レッキング・クルー」と名づけた、ハリウッドのエース・プレイヤーたちが、イージー・リスニング系の盤でかなりプレイしたことがわかってきました。たとえば、ハリウッド・ストリングスなどという、得体の知れないアーティストの名義になっている盤では、ハル・ブレインとキャロル・ケイの音が聞こえました。

f0147840_23531649.jpgそういうものもつとめて聴くようにしてきましたし、これははじめからわかっていた、サウンドトラック方面も、折りを見て発掘の努力をしてきました。しかし、どうやら、いままで気づいていなかった分野があるのではないかという気がしてきました。怪奇音楽という、ジャンルなんだかなんだかわからない分野です。

そもそも、そんなものが意外に大きな分野で、大量の盤がリリースされていたことですら、つい最近気づいたことで、ハリウッドのエース・プレイヤーたちがそういう盤でプレイしているなどということは、まったく視野の外でした。

f0147840_2354143.jpgしかし、考えてみると、AIPなんていう映画会社は、怪奇映画で稼いだだけでなく、同時にビーチ・ムーヴィーも大量生産していて、ハリウッドのプレイヤーたちは、そうした映画のサウンドトラックでプレイしています。また、ラット・フィンクなんていうキャラクターも、サーフ&ロッドのすぐ隣にあり、グールズの生みの親であるゲーリー・アシャー自身、ミスター・ガッサー&ザ・ウィアードーズなんていう盤の制作にもかかわっているはずです。

なぜ、あの時代に怪奇ブームがわき起こったのかは知りませんが、どうであれ、ハリウッド音楽工場を研究する人間としては、この分野は新しい研究課題だと感じた2007年のハロウィーンでした。

これにてEvil Moon特集は正真正銘のフェイドアウト、つぎからは、すこし秋の歌を見ていこうと考えています。でも、選曲はまだまったくの白紙で、どうなることやら、まったくもっておぼつきません。

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by songsf4s | 2007-11-02 23:37 | Evil Moonの歌
Headless Horseman by Bing Crosby
タイトル
Headless Horseman
アーティスト
Bing Crosby
ライター
Don Raye, Gene de Paul
収録アルバム
The Legend of Sleepy Hollow
リリース年
1949年
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◆ ブギーマンは今夜もやってくる ◆◆
もうEvil Moon特集は、昨夜のハロウィーンで終わったとお考えの方もいらっしゃったでしょうが、そうはいかないのです。

ジョン・カーペンターのオリジナル『ハロウィン』でも、マイケルは、ジェイミー・リー・カーティスに刺され、ドナルド・プレザンスに撃たれて、二階から転落したにもかかわらず、むっくり起きあがったのはお忘れではないでしょう。当ブログも、マイケルのようにむっくり起きあがって、ハロウィーンの曲をつづけます。

そもそも、ハロウマス、すなわち諸聖人の祝日、万聖節は今日11月1日なのです。クリスマスでいえば、10月31日のハロウィーンはイヴ、クリスマス当日が11月1日にあたることになります。

ハロウィーン・リプリーズにはどの曲を選ぶか悩んだのですが、いや、いまもって迷っているのですが、とりあえず、ビングおじさんのお話と歌を聴いてみるのはどうでしょうか。ビング・クロスビーがナレーション、イカボッド・クレイン役、そして歌を担当した、ディズニーの短編アニメ『イカボッドとミスター・トードの冒険』の挿入歌を選んでみました。

◆ 幽霊とバンシーの露払い ◆◆
こういうものは歌詞が重要なので、中身を見ていくことにしますが、ものすごく長い歌詞なので、細部に深入りせず、端折らせていただきます。まずはファースト・ヴァース、あるいはセカンド・ヴァースもつながっているのかもしれませんが、便宜的にファーストとしておきます。パーレンのなかは例によってバックの声です。バック・コーラスではなく、単独の女声、男声。

Just gather round while I elucidate
On what happens outside when it gets late
Along about midnight the ghosts and banshees
They get together for their nightly jamboree
There's things with horns and saucer eyes
And some with fangs about this size
(Some are fat, and some are thin)
(And some don't even bother where their skin)
I'm telling you brother it's a frightful sight
To see what goes on Halloween night

f0147840_0125144.jpg「みんなおいで、夜遅くなると、外でなにが起こるか話してあげよう、真夜中ごろになると、幽霊とバンシーが夜のジャンボリーに集まる、角が生え、サラのような目をしたものもいれば、こんなに大きな牙を生やしたのもいるし、チビもいれば、ノッポもいる、それどころか、皮膚がないものさえもいる、ハロウィーンの夜に起こることときたら、まったく見るも恐ろしい光景さ」

バンシーとはなんだ、と気になる方もいらっしゃるでしょうが、先を急ぎますので、なんなら検索なさってみてください。昔読んだ本で、「泣き女」と訳しているものがあったと思います。そういう妖怪だということでここは納得していただき、そそくさとセカンド・ヴァースへ。あ、そのまえに、女性の悲鳴や、ドアをドンドン叩くような効果音が入ります。

◆ 幽霊よりも困りもの ◆◆

And when the spooks have a midnight jamboree
They break it up with fiendish glee
Ghosts are bad but the one that's cursed
Is the Headless Horseman, he's the worst
(That's right, he's a fright on Halloween night)
When he goes a jogging across the land
Holding, noggin in his hand
Demons take one look and groan
And hit the road for part unknown
(Beware, take care, he rides alone)

「お化けたちが深夜のジャンボリーを開けば、最後は悪鬼のような嬌声をあげる、幽霊は困ったものだが、もっと始末に負えないのは首なし騎手、あいつは最悪さ(ほんとうにそうだ、彼こそハロウィーンの夜の恐怖)、彼があの姿勢で、手で躰を支えるように速歩で馬を駆れば、悪魔もそれを見たとたん、どことも知れぬところへ逃げていく(危ない危ない、気をつけろ、彼はひとりでやってくる)」

自動詞のholdの解釈はいろいろ考えられますが、馬上で姿勢を保つことをいっているのでしょう。ただし、このアニメの原作であるワシントン・アーヴィングの『スリーピー・ホロウの伝説』によると(そう、これを書くために、あわててProject Gutenbergにいき、いただいてきたのです)、首なし騎手は、鞍に自分の首を載せているらしいので、それをholdしているのかもしれません。子ども向けなので、あいまいにした可能性もあります。

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伝統的なダブル・テイクのディズニー版。首なし騎手の出現に驚くイカボッドとミスター・トード。

◆ 断じて死んでいる ◆◆
以下はブリッジ。メイジャーへの転調がなかなか印象的な箇所です。

And there's no spook like a spook it's spurned
(They don't like him and he's really burned)
He swears to the longest day he's dead
He'll show them that he can get a head

「侮辱された幽霊ほど怖いものはない(だれもが彼を嫌い、彼は怒り狂っている)、彼は誓って自分は死んでいるといい、頭を手に入れられることを示してみせる」

f0147840_0263443.jpgここはよくわからない箇所で、聴き取りにくくもあるところです。この曲の歌詞を掲げているところを何カ所かみましたが、spurnedとしているところばかりなので、それにしたがっておきます。ただし、多くのところがいっている、a spook that's spurnedには、どうしても聞こえません。thatという音は聞こえないので、イレギュラーな表現ではありますが、以上のようにしました。spookとit'sのあいだにあるthatが省略されていると考えれば、なんとかつながるのではないでしょうか。to the longest dayは、たんなる強意と解釈しておきました。

◆ 首がないから説得不能 ◆◆
サード・ヴァースとコーラスをまとめて。

They say he's tired of his flaming top
He's got a yen to make a swap
So he rides one night a year
To find a head in the hollow here
(And he likes 'em little, he likes 'em big)
(Part in the middle, or a wig)
(Black or white or even red)
The Headless Horseman needs a head
With a hip, hip and a clippity clop
He's out looking for a top to chop
So don't stop to figure out a plan
You can't reason with a headless man

「世間でいうには、彼は燃え立つ頭にうんざりしているし、交換したいと強く望んでいる、だから年に一晩、馬に乗って出かけ、この窪地で頭を見つけようとするのだとか、(小さかろうが、大きかろうが、真ん中分けだろうが、かつらだろうが、黒髪だろうが、白髪だろうが、なんなら赤毛だろうと)首なし騎手には頭がいる、ヒップ、ヒップ、チョキチョキチョッキン、なにがなんでも頭を切り落としたい、だから、立ち止まって、どうしようなどと考えてちゃいけない、頭のない騎手に説得なんか通用するものか」

はじめのあたりはよくわかりません。ヒップ、ヒップは、ヒップヒップフレーなどというときのかけ声、この場合は馬だから、馬に乗るときのかけ声の一種ということかもしれません。ディズニーのアニメだから、子ども向けなのですが、clopとchopの韻には、うひゃ、です。

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ジャンプする馬。ディズニーならではのみごとな躍動感。

◆ 運命の橋 ◆◆
最後のヴァースとコーラス。

Now if you doubt this tale is so
I met that spook just a year ago
Now I didn't stop for a second look
But made for the bridge that spans the brook
For once you cross that bridge my friend
The ghost is through, his power ends
So when you're riding home tonight
Make for the bridge with all your might
He'll be down in the hollow there
He needs your head. Lookout! Beware!
With a hip, hip and a clippity clop
He's out looking for a head to chop
So don't stop to figure out a plan
You can't reason with a headless man

「ほんとうのことかとお疑いなら申し上げるが、わたしはちょうど1年前にこの幽霊に出遭ったのさ、小川に架かる橋をめがけて一目散に逃げ出したね、あの橋さえ渡ればいいのさ、それで幽霊の負け、彼の力はあそこで消えちゃうのさ、だから、今夜、馬で家に帰るときには、あの橋をめがけてまっしぐらに走るんだな、首なし騎手はあの窪地にいる、あいつはおまえの首を狙っている、危ない危ない、ご用心」

コーラスはまえのと同じなので、省略します。たしかに、頭がないやつを相手に、まあ、落ち着け、話をきこうじゃないか、なんて、説得は無駄でしょう!

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この世とあの世の境目、運命の橋

以上、お読みになるあなた方もお疲れでしょうが、書くほうはもっと疲れましたぜ。当ブログでとりあげた曲のなかで、ヴァース当たりのワード数も最多、1曲当たりのワード数も最多だろうと思います。

◆ 教科書には無理な小説 ◆◆
このアニメのクライマクスである、イカボッドとミスター・トード(原作ではガンパウダー)が、スリーピー・ホロウで首なし騎手に追いまわされるシーンは、You Tubeでご覧になれますので、検索してみてください。adventure of ichabod disneyぐらいのキーワードでオーケイだと思います。

f0147840_0411529.jpgわたしは、このアニメを見たことがありませんでしたが、なかなかダイナミックなシーンの連続で、子どものころ、ディズニーのアニメに夢中になったことを思いだしました。こういうのを見ると、大ヒットした日本製のアニメなんか馬鹿馬鹿しくて見られないと思うのですが、それはひねくれ者のいうこと、ふつうは、細部の表現方法なんか気にせず、ストーリーを楽しむのでしょう。

中学だったか、高校のはじめだったか、英語のリーダーで、この物語のクライマクス、イカボッド・クレインが首なし騎手に遭遇する場面を読みました。今回、はじめて頭から尻尾まで読んでみましたが、いや、むずかしいのなんの、ほんとうにこんなものが教科書に掲載されていたのだろうかと首をひねりました。

f0147840_2104425.jpgいや、表現手法に複雑なところはないのですが、なんせ、現代では見かけない単語が山ほど出てきて、読書のときは辞書を引かない主義の人間は、ほとほと往生しました。とりわけ、風物人情をていねいに、というか、うるさいほど微細に描写するだけで、まったくアクションのない前半は、1ページも読まないうちに眠ってしまいました。

さすがにカー・チェイスならぬ、ホース・チェイスになると、たちまちスピードアップして、最後の数ページは一気に読めましたが、それまでの長かったこと、長かったこと、あだし心で、大昔の小説なんか読むものじゃないと反省しました。

◆ あと口のよくない結末 ◆◆
(ちょっとネタばらしをしますので、Project Gutenbergにいって、この小説を読もうと思った方は、ここは飛ばしてください。)

f0147840_0433174.jpgしかし、この話、後味がよくないのです。イカボッドは、橋を渡って首なし騎手の追跡を振り切ったと思ったとたん、首なし騎手が手にした自分の頭を投げつけ、そこでそのシーンはおしまい。翌朝、イカボッドの姿がないので、捜索がおこなわれ、遺留品が発見されます。イカボッドの着衣のかたわらには、つぶれたカボチャが転がっていたとか。結局、イカボッドは首なし騎手の餌食になったのだ、ということで一件落着。

いくらなんでも、これでおしまいではひどいと思ったのか、後日談があります。イカボッドと美少女を争ったブロン・ボーンズは、ライヴァルが消えたので、あっさりと素封家の相続人である恋人を手に入れるのですが、村人のひとりがニューヨークに出かけ、そこでイカボッドが生きていることを知ったと報告します。法律家になり、政治家になり、いまや新聞に出る有名人だ、というのです。

f0147840_046841.jpgイカボッドは、どうやら、ヒロインに袖にされたのと、首なし騎手の恐怖で、そのまま村を捨てたらしい、という結末です。ライヴァルのブロン・ボーンズは、この話が出るたびに、いかにも、俺は真相を知っている、というようすで笑い飛ばし、カボチャのことが持ち出されるたびにニヤニヤする、というのだから、つまり、イカボッドを邪魔に思ったブロン・ボーンズが、首なし騎手に化けて、さんざんイカボッドを追いまわし、最後は頭に見せかけてカボチャを投げつけ、イカボッドの心胆寒からしめ、村から追い払い、みごと目論見どおり、恋人を手に入れたという心。

イカボッドが首なし騎手の犠牲になったにせよ、ブロン・ボーンズの悪巧みにハメられたにせよ、彼がニューヨークでいかに成功したにせよ、正直者は馬鹿を見る、という結末なのです。生活はいかに変わろうとも、人間の心映えの奥底は、時代が変わっても変わらないものだ、なんて常識は通用しないようです。

◆ ビングの懐かしさ ◆◆
ビング・クロスビーがナレーションと歌をやるアニメなんて、出来をどうこういう前に、存在しているだけでうれしくなります。ギャラも悪くなかったのでしょうが、やはり、子どものためのものだから、という意識があったのでしょう。

このHeadless Horsemanという歌も、いかにもハリウッド風の楽曲であり、アレンジであり、サウンドで、歌詞の内容とは裏腹に、子どものころにかえったような心地がして、なんともけっこうなものです。まさに、古きよき時代のサウンドでした。

さて、これでハロウィーンはおしまい、当ブログのEvil Moon特集もおしまい……いや、マイケルは三たび起きあがり……。
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by songsf4s | 2007-11-01 23:53 | Evil Moonの歌
Halloween Theme by John Carpenter
タイトル
Halloween Theme
アーティスト
John Carpenter
ライター
John Carpenter
収録アルバム
Halloween: 20th Anniversary Edition [OST]
リリース年
1978年
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コミック・ソングのほうのきわめつけは昨夜やったので、今夜は本気で怖いほうのきわめつけ、ジョン・カーペンター監督が自作『ハロウィン』のために書いたテーマ曲の登場です。

これを書いているのは深夜、いま、わが家のスピーカーからこの盤が聞こえてくるのですが、怖いですよー。こんなに怖い音楽は、バーナード・ハーマンですらつくらなかったのではないでしょうか。

◆ 先見的恐怖映画 ◆◆
1978年に製作された『ハロウィン』は、典型的な低予算映画で、製作日数約3週間、製作費わずか30万ドルで、700万ドルの興行収入をあげる、きわめて効率のよいヒット作となり、同時にジョン・カーペンターの出世作となりました。

f0147840_0222768.jpg両親が留守のあいだに、家にボーイフレンドを呼んで楽しんでいた姉を、そのベッドで刺殺し、病院に収容された6歳の少年マイケルが成長し、15年後のハロウィーンの日に病院を抜けだして故郷に戻り、殺人を繰り返す、というこの物語の設定は、いまになると、なんともアクチュアルで、その先見の明に驚きます。少年の殺人、家族に対する性的妄執、いずれも今日、われわれが新聞雑誌で目にする事件の「テーマ」です。

予算のない分、カメラワークに工夫を凝らした演出は、若手監督たちに刺激を与えたにちがいありませんし、観客であるわたしも、内臓はなし、血もごく少量なのに、こんな怖い映画はないと感じました。この作品以降、恐怖映画は新たな段階に入り、ふたたび隆盛を迎え、いくつものシリーズものが製作され、ヒットすることになります。

ただし、後続の監督たちがどう逆立ちしても、ジョン・カーペンターの真似をしたり、追い越したりできない、絶対的な「お家の芸」が、この監督にはありました。音楽です。

◆ ミニマルな音、マキシマムな効果 ◆◆
ジョン・カーペンターは、シンガー・ソングライターならぬ、コンポーザー/プレイヤー/ダイレクターという、ほかに例を知らない、めずらしいマルチ・タレントです。

チャップリンが自作のために挿入曲を書いたり(ただし、本職の作曲家のクレジットを盗んだだけという有力な説がある)、クリント・イーストウッドが自作曲を作品に使った(ただし、ギターによる短いリックを引き延ばしただけ)例もあるので、長いハリウッドの歴史では、ほかにも自作のために自分でスコアを書いた監督がいるかもしれませんが、これほど多くのスコアを書いた映画監督はまずいないでしょう。

最初期の彼の監督・音楽監督作品『ダーク・スター』は、ヴィデオを見たのに、音楽の記憶がありません。そのつぎの『要塞警察』(Assault on Precinct 13=13分署襲撃)は、『ハロウィン』に驚いてから、さかのぼってヴィデオで見ましたが、ここでも音楽の使い方に感嘆しました。

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スペース・サーフィン! 『ダーク・スター』より

初期のカーペンター音楽の特長は、コスト・パフォーマンスの高さです。『ハロウィン』で使われた楽器は、ピアノ、アナログ・シンセ、リズム・ボックスの三つだけ、プレイヤーはおそらく監督ひとりでしょう。その直前の作品である『要塞警察』もアナログ・シンセ、リズム・ボックス、エレクトリック・ピアノだけで、これまたすべてをカーペンターがプレイしたと思われます。

つまり、すこしでもいいから製作コストを圧縮したいという、貧乏ゆえの監督自作スコア、セルフ・レコーディングだったのです。しかし、才能というのは、いろいろな意味で恐ろしいもので、彼のもっともすぐれたスコアはこの時期に集中しています。それだけならまだしも、映画作家としても、この時期のほうがよかったと、わたしには思えます。

◆ ひとひねり入った複雑な変拍子 ◆◆
『ハロウィン』のテーマは、「いい曲」といっては語弊があるかもしれませんが、映画を見終わったあとも、長いあいだ耳の底で鳴りやまない、きわめて印象的な楽曲であり、アレンジであり、サウンドであり、やはり、ある意味で「いい曲」といってよいだろうと思います。速めの5拍子に、半音進行のピアノ・リックを載せるという、不安定な要素ばかりをそろえてきたことだけでも、カーペンターの音楽の基礎教養のほどがよくわかります。

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いま、ピアノがどういうプレイをしているか説明しようと思い、カウントしているうちに、わけがわからなくなりました。最初は4分3連×2プラス4分×2と思ったのですが、それでは5拍子ではなく、4拍子になってしまいます。マクロにはまちがいなく5拍子なので、カウントをまちがえているにちがいありません。何度も聴いて、やっとのことで、8分×6拍プラス4分×2拍、ただし、最初の8分×6のアクセントのつけ方で3連×2の響きにしているのだとわかりました。ギターでやろうとすると、ピッキングが面倒な理由がやっとわかりました。

いや、恐れ入りました。やっぱり、ただ者ではありません。おそらく、意識して変拍子にさらにひねりを入れようとしたわけではなく、自然にそういう奇妙なリズムになってしまったのでしょう。それがプロの音楽家というものです。

f0147840_0534011.jpgここにアナログ・シンセ独特の太い音でコードと、ドローンのようなシンセ・ベースが入ってくるわけで、この音楽を聴いているだけで、ナイフをもったマイケルが背後の暗闇からあらわれなくても、十分に恐怖を味わえます。非常にドラマティックで、すばらしいテーマ曲だと、映画を見たときも感じましたし、いま聴いても、すくなくともホラー映画という分野においては、将来も参照されるであろう傑作スコアだと感じます。

リズム・ボックスという楽器は、子どものころからありましたが、なんともチープな音しか出ない、困った代物だと思っていました。しかし、ジョン・カーペンターは、そのチープさを逆手にとり、単調なリズムの繰り返しだけで、サスペンスを生むのに成功しています。

リズム・ボックスに関しては、『ハロウィン』よりも『要塞警察』のほうが効果的に使われています。なにしろ、しばしば、リズム・ボックスの、おそらくは「ブラシ」の音しかしないのですから、ミニマリズムというか、コスト圧縮の極致です。それでも、この音が聞こえるたびに、悪い奴らがあらわれそうで、サスペンスは高められました。

◆ 音楽による時間表現 ◆◆
ジョン・カーペンターはいまも第一線で作品を撮りつづけているので、たぶん、わたしの印象のほうがまちがっているのでしょうが、その後の作品は感興の薄いものばかりで、最近は見ていません。『遊星からの物体X』は恐ろしい映画でしたが、それは主としてロブ・ボーティンの特殊メイクの力によると感じました。

音楽的にも、他のプレイヤーも使えるようになり、ひとりで多重録音する加重労働に悩まされずにすむようになったのですが、その分だけ、凝縮された緊迫感は薄れ、『要塞警察』や『ハロウィン』のときのように、緊迫した場面でも耳は音をきちんと捉え、「うまい!」と拍手するようなこともなくなりました。

このあとのカーペンター映画で音楽に拍手したのは、スティーヴン・キングの妙ちきりんな原作(悪霊に取り憑かれた車が人を襲う!)による、怖い場面でも思わず失笑しそうになる、妙ちきりんな恐怖映画『クリスティーン』のタイトル・バックだけです。

f0147840_0572816.jpg一度も見返していないので、初見の古い記憶で書きます。まちがっていたらご容赦を。タイトル・バックはモノクロで、たしか、デトロイトの自動車工場でクリスティーンが「生まれる」過程が描かれます。音楽はバディー・ホリーのNot Fade Away。バディー・ホリーが活躍していた時代、つまり1950年代終わりのことだよ、という意図でしょう。そして、車が走るところのドライヴァーの「見た目のショット」に切り替わり、すっとモノクロの絵に色が付いた瞬間、Not Fade Awayも、バディー・ホリーののどかなヴァージョンから、ディストーション・ギターがギュイーンとうなる、現代的なヴァージョン(調べると、タニア・タッカー盤らしい)へと切り替わります。

これはみごとでした。50年代と80年代では、同じ曲をやっても、まったくスタイルが異なることを知っている人でなければ、こういう演出はできません。カーペンターの父親はウェスターン・ケンタッキー大学の音楽の教授だそうで、シンプルなスコアにも、そういうバックグラウンド、現代音楽的要素があらわれていますが、同時にロックンロール世代の感覚も色濃く反映されています(たとえば、邦題失念のBig Trouble in Little Chinaの派手なテーマ曲)。

そもそも、自分でスコアも書くことにしたのは、ロックンロール世代的な感覚からきたもののような気がします。トッド・ラングレンがすべての楽器とヴォーカルをひとりでやってアルバムをつくったのと同じようなアティテュードで、ジョン・カーペンターもまた、スコアとスクリプトの両方を書く監督になったように、わたしには感じられます。

同世代としてひと言でいえば、「カッコいいなあ、俺もそういう、歌って踊る、じゃなくて、撮って演る映画監督というのになってみたかった」です。これであとは、歌えて、ドラムが叩ければ、わたしが十代のころに夢想したすべてを手にした、世界一クールな男が出現するのですが!

◆ 監督、スコアを回想する ◆◆
ジョン・カーペンターは、充実したオフィシャルサイトをもっています。前ふりのFlashがゲーム形式で、なかなか中に入れてもらえない(しかも十六歳以下お断り)のが難ですが、内容はカーペンターの映画のファンも、カーペンターの音楽のファンも満足させるものになっています。あとは、サンプル・フッテージを盛り込んでくれれば、いうことがありません。ハロウィーンのテーマも、一瞬ですが、サンプルを聴くことができます。

ゲームが嫌い、簡単な謎解きも面倒、時間がない、怖い場面はイヤという方は、『ハロウィン』のスコアに関する回想なんていう裏口をお使いください。

これ読むと、やはり、あのときは「わたし自身を雇うのが、もっとも安上がりで手っ取り早かった」から、『ダーク・スター』『要塞警察』『ハロウィン』といった初期の低予算作品でスコアを書いたのだと語っています。

もうひとつ、やっぱりな、と思ったのは、バーナード・ハーマン(とりわけ『サイコ』のスコア)と、エンニオ・モリコーネに強い影響を受けたといっている点です。

f0147840_125895.jpgまた、『ハロウィン』のシンセサイザーのプログラムは、ダン・ワイマンという人が担当したそうで、カーペンターは彼のことをおおいに賞揚しています。ご記憶の方がどれほどいるか、経験者がどれほどいるか、じつにおぼつかないのですが、アナログ・シンセサイザーというのは、パッチで音をつくっていくので、ものすごく煩瑣なだけでなく、偶然を頼りにやっていたのでは、なかなか望みのサウンドが得られないものでした。プログラマーの助けがないと、いいサウンドを得るのは困難だったので、こういう協力者がいて当然なのです。70年代のさまざまな盤にも、プレイヤーのみならず、プログラマーの名前がしばしばクレジットされていたものです。

「ハロウィーン・テーマ」(「ハロウィン」というまちがった表記は大嫌いなので、映画タイトル以外はこちらを使わせてもらいます)は、子どものころに父親から教えられた、ボンゴで4分の5拍子を叩く練習法から思いついたそうです。たんなる5拍子よりも、ひねくれたリズミック・センスだと思いますが。

f0147840_164231.jpgまた、音楽スタジオでは、フィルムを参照できなかったということもいっています。つまり「ブラインド」で、あるいは、記憶に頼って、各シーンの音を録っていったことになります。これは大きなハンディキャップですが、それがかえって好結果につながったようにも思います。現在はもちろん、ヴィデオに合わせてプレイしているそうです。

最後に、stingerないしはcattle prodを録音したといっています。つまり、殺人者がドアの陰からいきなり襲いかかってくるときなどに、「ジャーン!」とフォルテシモかつスタカートの音で脅す例のサウンド・イフェクト的な音楽です。「いまでは、stingerを使いすぎたことを恥じている」とカーペンターはいっています。でも、カーペンターのstingerの使い方は、かなりうまいとわたしは思います。OSTアルバムを聴くと、強いものと軽いものを使い分けていることに気づき、改めて感嘆します。

◆ 信じられない改変 ◆◆
中子真治著『フィルム・ファンタスティック 第6巻』の『ハロウィン』の項を読んでいて、仰天しました。この映画の日本での公開にあたって、配給会社は新たなスコアをつくったのだそうです。

どうやら、カーペンター監督がいう「minimalistic, rhythm-inspired score」の楽器の少なさを、そのまま、スコアの出来の悪さと受け取ったようです。古今亭志ん生なら「馬鹿が凝りかたまっちゃったよ、この人は」と嘆くことでしょう。

この映画から、カーペンターのミニマル・ミュージックをとったら、後続の『13日の金曜日』や『エルム街の悪夢』とそれほど懸隔のない、通俗ホラー映画に見えるのではないでしょうか。わたしにとって、ジョン・カーペンターは、つねにshoot and playの人です。それがこの人と他の映画監督が決定的にちがう点であり、彼を特別な人にしている重要な要素です。世の中には、音楽の力を知らない人がたくさんいるのはわかっていますが、カーペンターのスコアのすごみにまったく反応しない人が、映画配給会社にいたというのは、悪夢のようなミスキャストです。

もちろん、いまリリースされているDVDに、日本製のくだらない音楽などはかぶさっていないでしょう。今夜はもう10月31日の殺戮は完了し、マイケルは続篇にそなえてどこかへ消えてしまったので、間に合いませんが、来年の10月31日には、ジョン・カーペンターの究極の恐怖音楽を絵とともにお楽しみあれ。怖いですよ~。

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by songsf4s | 2007-10-31 23:56 | Evil Moonの歌
Monster Mash by Bobby "Boris" Pickett & the Crypt Kickers
タイトル
Monster Mash
アーティスト
Bobby "Boris" Pickett & the Crypt Kickers
ライター
Bobby Pickett, Leonard Cappizi
収録アルバム
The Original Monster Mash
リリース年
1962年
他のヴァージョン
The Beach Boys; Sha Na Na; Stephen Bishop with Linda Ronstadt, Karla Bonoff and Andrew Gold; Vincent Price; The Count, Zoe & Telly Monster (Sesame Street); The Chipmunks
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11年間で3回チャートインし、デビュー時はナンバーワン、さらにデビューから11年後にまたトップ・テン入りをした、文字通りのモンスター・ヒット、この曲なしではハロウィーンがハロウィーンにならないというきわめつけ、大真打ちのハロウィーン・フェイヴァリット、それが今宵お届けする、ボビー・“ボリス”・ピケット&ザ・クリプト・キッカーズのMonster Mashです。

◆ 蘇生はうまくいったものの…… ◆◆
歌詞に大きく重心がかかった曲なので、ともあれ、ストーリーをみてみましょう。ファースト・ヴァース。

I was working in the lab late one night
When my eyes beheld an eerie sight
For my monster from his slab began to rise
And suddenly to my surprise

「ある夜遅く、研究室で仕事をしていたとき、我が輩のまなこは不気味なものを捉えることとあいなった、我が輩の怪物が手術台からむっくりと起きあがりはじめ、そして、驚いたことに、突然……」

いじましいテレビ番組のように、これからというところで切って申し訳ありません。その後、なにが起こったかはコーラスへとつづくのであります。

モンスターにmyと所有格があたえられているのは、当然、語り手がモンスターの生みの親であるという含意です。フランケンシュタインの怪物の物語を思いだされよ。

以下にそのコーラス。パーレンのなかはバック・コーラス。

(He did the mash)
He did the monster mash
(The monster mash)
It was a graveyard smash
(He did the mash)
It caught on in a flash
(He did the mash)
He did the monster mash

「彼はモンスター・マッシュを踊った、それは墓場のスマッシュ・ヒット、たちまち大評判、彼はモンスター・マッシュを踊ったのだ」

f0147840_0444789.jpgわたしと同世代の方々には説明の要のないことですが、マッシュというのは、60年代初期に流行した、マッシュト・ポテトというダンス・ステップのこと。そんなものを踊ったのだからして、語り手の死者蘇生実験は大成功ということになります。

それにしても、自分で自分のことを大ヒット(smash)などと、よくまあ、ぬけぬけといったものです。じっさいに、コミック・ソング史上空前絶後の大ヒットになったからよかったものの、フロップだったら、みっともないことになっていたでしょう。まあ、ヒットしなければ、存在自体に気づく人間もいないわけですが!

◆ 電極:究極の刺激 ◆◆
セカンド・ヴァース。

From my laboratory in the castle east
To the master bedroom where the vampires feast
The ghouls all came from their humble abodes
To get a jolt from my electrodes

「城の東翼にあるわが研究室から、吸血鬼たちが宴会をしている主寝室にいたるまで、食屍鬼たちがみな、粗末な住処から抜けだして、我が輩の電極から刺激を得ようと集まってきた」

この語り手は、「フランケンシュタインの怪物」の生みの親である、フランケンシュタイン男爵という設定なのだろうと思います。したがって、モンスターは当然、「フランケンシュタインの怪物」です。あの物語(映画でもいいのですが)では、城に研究室があります。そうか、ということは、「大ヒット」は、城の範囲内のことですね。

ドラキュラたちが宴会をやっているのが、舞踏室ではなく、主寝室だというのが、小さいくすぐりですが、笑えます。

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最初とはちょっとだけちがうセカンド・コーラス。

(They did the mash)
They did the monster mash
(The monster mash)
It was a graveyard smash
(They did the mash)
It caught on in a flash
(They did the mash)
They did the monster mash

訳すまでももないでしょう。主語がHeからTheyへ、すなわち、モンスターからグール(食屍鬼)たちに変わっただけです。

◆ 幻のスーパースター、クリプト・キッカーズ・ファイヴ ◆◆
ブリッジ。

The zombies were having fun
The party had just begun
The guests included Wolf Man
Dracula and his son

「ゾンビたちも楽しんでいた、パーティーははじまったばかり、ゲストは狼男、ドラキュラ、そしてその息子」

シリーズ化したモンスター映画の続篇の常道、「~の復活」「~の花嫁」「~の息子」をきちんと押さえています。このように「常道を踏む」のは重要なことです。

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こちらは魔女のマッシュ。あのドロドロがマッシュなのです。

サード・ヴァース。

The scene was rockin'
All were digging the sounds
Igor on chains, backed by his baying hounds
The coffin-bangers were about to arrive
With their vocal group, "The Crypt-Kicker Five"

「パーティーはロッキンしまくり、だれもがサウンドを楽しんでいた、鎖につないだイゴールは、うなり声を上げる彼の犬に後ずさりさせられ、棺桶叩きたちももうじき到着、彼らのヴォーカル・グループ“墓蹴りファイヴ”をつれてくる」

be backed byはいくつか解釈が可能で、ひょっとしたら、わたしがイゴールというキャラクターのことを知らないために、まちがった解釈をしているかもしれません。on chainsというのは、両脚を鎖でつないでいる状態でしょう。

coffin bangerという妖怪は一般性はないようで、どういうものかわかりません。なにかのフィクションに登場するキャラクターかもしれません。棺桶叩きのヴォーカル・グループは、パーカッションがわりに棺桶をバンバン叩いて歌うのでしょうか。cryptは穴蔵、地下室のことですが、この場合、納骨する穴蔵のことでしょう。

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当然の企画ながら、ウルフマン・ジャックのDJ付きハロウィーン・フェイヴァリット集もあります。これまた当然ながら、紫人食いとモンスター・マッシュという二大ハロウィーン・ヒットを看板に立てているところは、「うち」と同じ! (追記:内容を確認したところ、多くは再録音で、ウルフマン・ジャックのしゃべりもなし。相当インチキな盤なので、まちがっても入手なさらないように。カヴァーだけは面白いので、削除せずにおきます)

『キャリー』の運命のプロム・ナイト、あの会場で演奏していたグループによる盤があるそうですが(あの大殺戮を逃れられなかったのでしょう、1枚のみだけだとか)、クリプト・キッカーズ・ファイヴの単独名義で盤を出せばよかったのに、と思います。

ここのコーラスは、セカンドと同じものなので略します。

◆ ローカル・ヒットからナショナル・ヒットへ ◆◆
フォース・ヴァース。

Out from his coffin, Drac's voice did ring
Seems he was troubled by just one thing
He opened the lid and shook his fist
And said, "Whatever happened to my Transylvania twist?"

棺桶からドラキュラの声が響き渡った、彼が腹を立てている理由はただひとつ、彼はまぶたを開き、拳をふりまわして叫んだ。『わたしのトランシルヴァニア・トゥイストはどうなったんだ』」

ドラキュラを「ドラック」と短縮してしまうのは、恐れ入っちゃいます。トランシルヴァニアはご案内のようにルーマニアの一地方、ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』の舞台です。

モンスター・マッシュがあるのなら、トランシルヴァニア・トゥイストぐらいあっても、べつにおどろくにはあたらないでしょう。なんなら、半魚人スウィムでも、ミイラ・ゴーゴーでも、キング・コング・モンキーでも、お好きなものをどうぞ、です。

いわせていただくなら、古典落語「らくだ」では、死人がかんかんのうを踊ります。こういうことにかけては、わが国のほうがずっと先輩なのです(なんて威張るほどのことでもないか)。

主語がtheyからitに変わっただけのコーラスは省略し、ラスト・ヴァースへ。

Now everything's cool, Drac's a part of the band
And my monster mash is the hit of the land
For you, the living, this mash was meant too
When you get to my door, tell them Boris sent you

「さて、万事好調、ドラックもバンドに仲間入り、我が輩のモンスター・マッシュも全国ヒット、なんじ生者らも、このマッシュの対象なのだ、我が城の門にきたら、彼らに、ボリスの招待だといいたまえ」

このあと、フェイドアウトでのセリフ(とイゴールのうなり声)があるのですが、Easy Igor(おとなしくしろ、イゴール)のあとはよく聞こえません。impatientとか、mash goodという言葉が聞こえるので、「おまえは忍耐心がない、ちゃんとマッシュしろ」とかなんとかいっているのじゃないでしょうか。

◆ 特殊な、特殊な、ウルトラ・レア・グルーヴ ◆◆
ボビー・“ボリス”・ピケットは、マサチューセッツ州サマーヴィルの映画館支配人の息子として生まれ、子どものころに見たボリス・カーロフ映画で、この俳優の大ファンになりました。素人タレント・コンテストでは、カーロフの物真似でいつも優勝していたといっています。

f0147840_116392.jpg俳優を志し、ハリウッドにやってきましたが、友だちのヴォーカル・グループ、コーディアルズに加わって、ダイアモンズのLittle Darlin'のセリフのところで、お得意のボリス・カーロフの物真似をしているうちに、バンド・メイトのレニー・キャピージが、それを使ってノヴェルティーをつくろうといいだして生まれたのが、このMonster Mash。はじめはMonster Twistだったのが、マッシュ・ポテトのほうがいいだろうというので、Monster Mashed Potato、それを縮めてMonster Mashとなったようです。mashには「どろどろのもの」という意味もあるので、たしかにモンスターにはふさわしい言葉です。

キャピージはデモをゲーリー・パクストンのところに持ち込み、パクストンが本番のプロデュースをしました。1962年なので、アール・パーマーでも、ハル・ブレインでもいいはずなのに、なんだか不安定なドラムで、だれだろうと思ってあちこち見てみたら、メル・テイラーと書いているところがありました。なるほど、それでフィルインのたびに乱れるのね、でした。

f0147840_1204275.jpgフィルインの「入り」で遅れ、その分を取り返すために途中は急ぎに急ぎ、最後はむりやり辻褄を合わせる、というかなり特殊な下手さで、真似ようたって、だれにでも真似できるというものではなく、その稀少性からいって、これはこれで、いわゆるひとつの才能といえるかもしれません。すくなくともこの曲には、この下手さは効果的だったといえるでしょう。これがホントの「レア・グルーヴ」、そんじょそこらにあるグルーヴではありません。これを「グルーヴ」をいってしまうと、わたしの音楽感は崩壊の危機なのですが!

ピアノはリオン・ラッセル(このマイナー・リーガー軍団にたったひとり混じった大リーガー、したがって、やや浮き気味)、ギターはパクストン、そしてベースはピケット自身だそうです。62年にフェンダー・ベース、しかもフラット・ピッキングのプレイで、そういうプレイヤーは知らなくて(レイ・ポールマンは親指フィンガリング、フラット・ピッキング・スタイルのキャロル・ケイがベースをはじめるのは64年、ジョー・オズボーンはすでにハリウッドで活躍中だが、リック・ネルソン・バンドの時代で、まだセッション・ワークははじめていないと考えられるし、そもそも、この曲はオズボーンのスタイルとはまったく異なる)、だれだろうと悩んでしまいましたが、ピケット自身では、わかるはずがありません!

パクストンは2バイ4板にサビ釘を打ち込み、それをゆっくりと抜くことで、棺桶の蓋が開くSEをつくったそうです。ゴボゴボいう音(昔のモンスター映画、気違い科学者映画にはつきものだった、フラスコのなかで得体の知れない液体が沸騰する音のつもりでしょう)は、もちろんストローでやったのだそうです。

この曲の魅力のひとつである、クリプト・キッカーズのバック・コーラスをやったのは、パクストンと、ジョニー・マクレー(パクストンのパートナー)、そしてリッキー・ペイジ(おそらくセッション・シンガー)の3人。女声はペイジという人だけのようなので、半分は彼女の声のおかげで、この曲はヒットしたことになります。

◆ 他のヴァージョン ◆◆
他のヴァージョンにふれる余裕がなくなりましたが、まあ、みなお遊びなので、どうということはありません。

セサミ・ストリート盤は、あの番組のためのものでしょうから、歌詞をかなり変えています。リード・ヴォーカルは「カウント」(ドラキュラ風キャラクターで、数の数え方を教える役目)なので、たとえば、「One, two, three zombies were having fun」などと、いちいち勘定したりしていて、これはこれで「細部に凝る」というノヴェルティーの常道をきちんと踏んでいて、好感がもてます。

スティーヴン・ビショップ、リンダ・ロンシュタット、アンドルー・ゴールドのヴァージョンは、いったいどういう機縁でうまれたものかわかりませんが、ロンシュタットのバック・コーラスはいいとして、ビショップのリードはミスマッチ。まあ、むりにボリス・カーロフをやろうとして、うまくいっていないところが、可笑しいといえば、可笑しいのですが。

ヴィンセント・プライスは、まさに俳優の盤、ほとんどセリフです。ドイツ風のなまりはお手のものというところでしょう。

ビーチボーイズは、ライヴではこの曲をよくやっていたようですが、とくに面白いことはありません。ヴォーカル・グループの名前は、クリプト・キッカーズ・ファイヴではなく、ビーチボーイズ・ファイヴと歌っています。

チップマンクス・ヴァージョンはヴィデオでもっています。わたしは恥ずかしながらマンクスのファンなので、当然、having funであります。

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また、ピケット自身によるリメイクやら、ステレオ・ミックスやら、各種のヴァリアントもあり、現在では1枚のアルバムにまとめられています。

◆ カウントダウン終了 ◆◆
ピケットは、「血液銀行のブルース」とか、「スカリー・ガリー」(Hully Gullyの替え歌)とか、モンスター・マッシュで言及された「トランシルヴァニア・トゥイスト」など、この傾向の曲をいろいろやっていますが、それはまたふれる機会があると思います。

このところ、毎日、開きっぱなしにしているハロウィーン・サイトのハロウィーン・カウントダウン時計は、ハロウィーンまで残り6分を切ったと告げています。急がねば!
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by songsf4s | 2007-10-31 00:02 | Evil Moonの歌
Friend of the Devil by Grateful Dead
タイトル
Friend of the Devil
アーティスト
Grateful Dead
ライター
Robert Hunter, Jerry Garcia
収録アルバム
American Beauty
リリース年
1970年
他のヴァージョン
live versions of the same artist, Phil Lesh & Friends, Bob Dylan (boot)
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グレイトフル・デッドの「座付き作詞家」ロバート・ハンターの詩を、わたしはちゃんと理解できたためしがありません。行文の解釈そのものができないこともあれば、解釈はできても、全体として意味を成さないこともあります。それで、デイヴィッド・ドッドの注釈付きデッド歌詞サイトおよび注釈付きデッド歌詞集のようなものが登場し、デッド・ヘッズの人気を博しているのでしょう。

本日のFriend of Devilもまた、わかるような、わからないような、どこかもやもやとした詩ですが、楽曲としては、代表作に入れてもおおかたのヘッズの賛成が得られるであろうほど人気があり、ライヴでも長期間にわたって彼らのレパートリーでありつづけています。大物のカヴァーもあって、ハンター自身が予想したように、クラシックの地位を獲得したといってもいいかもしれません。

なによりも重要なのは、わたし自身、デッドの厖大なカタログのなかでも、この曲は最上位にくるものと考えているということです。ハロウィーンだろうが、クリスマスだろうが、正月だろうが、かこつけられるものがあれば、なんにだってかこつけて、取り上げずにおくものか、なのです。

◆ 犬に追われて十字路へ ◆◆
それでは、いちおう歌詞を眺めてみますが、最初に申し上げたように、よくわからない詩です。音のほうに関して百万の文字をタイプする必要があり、予定がつまっているので、わからないところはどんどん飛ばします。作詞家ではなく、詩人が相手のときは、ゴチャゴチャいわないのが安全です。まずはファースト・ヴァース。

I lit out from Reno
I was trailed by twenty hounds
Didn't get to sleep that night
Till the morning came around

「俺はリーノから逃げてきた、20頭の犬に追跡され、その夜は朝がくるまで眠れなかった」

f0147840_11552.jpgリーノは、なにも説明がないので、ネヴァダ州の町、離婚で有名なあのリーノと考えておけばいいでしょう。「犬」は警察犬と受け取るのがノーマルだと思いますが、この詩が見た目のとおりのものではなく、なにかをパラフレーズした象徴的なものであった場合には(ロバート・ハンターの詩はその種のものが多いと感じます)、警察犬と決めつけることは、想像力のおよぶ範囲をせばめてしまう恐れがあります。北欧神話の地獄の番犬フェンリルなんていうのもいることですし。

以下は何度も繰り返されることになるコーラス。

I set out running but I take my time
A friend of the Devil is a friend of mine
If I get home before daylight
Just might get some sleep tonight

「逃走にとりかかったけれど、手間取ってしまった、悪魔の友だちは俺の友だち、陽が昇るまでに家に帰れれば、今夜はすこしは眠れるかもしれない」

語り手はリーノでなにかしてすでに逃げてきたのだから、さらに「逃走にとりかかる」となると、こんどは「高飛び」という第2段階のことをいっているのでしょうか。

悪魔が指し示すものはわかりませんし、したがって当然、悪魔の友だちは俺の友だち、というタイトルの意味も、わたしには見当もつきません。何度も繰り返されるコーラスが意味不明とくるのだから、ロバート・ハンターという人も困ったもので、十代からずっと悩まされっぱなしです。

セカンド・ヴァース。

I ran into the Devil, babe
He loaned me twenty bills
I spent that night in Utah
In a cave up in the hills

「悪魔にばったり出会ったら、20ドル貸してくれた、その夜はユタの丘の上の洞窟ですごした」

f0147840_122247.jpg表現としては、どこにもむずかしいところはないのですが、意味するところはよくわかりません。悪魔にバッタリ出会う、となると、だれしもロバート・ジョンソンを連想するところで、ドッドの歌詞サイトでもそういう意見が出ていますし、houndに関係して、ジョンソンのHellhound on My Trailの歌詞が参考として掲載されています。

またコーラスがあって、サードへ。

I ran down to the levee
But the Devil caught me there
He took my twenty dollar bill
And he vanished in the air

「俺は堤防まで逃げたけれど、そこで悪魔に捕まった、奴は俺の20ドル札を取って、宙にかき消えてしまった」

◆ 犯罪物語、でいいのかどうか ◆◆
以下はブリッジ。

Got two reasons why I cry
away each lonely night
First one's named sweet Anne Marie
and she's my heart's delight
Second one is prison, baby
the sheriff's on my trail
If he catches up with me
I'll spend my life in jail

「さみしい夜を泣きあかしている理由は二つある、ひとつはやさしいアン・マリー、彼女は喜びのみなもと、二つめは監獄、保安官が俺を追っている、捕まったら、一生、監獄で過ごさなくてはならないんだ」

ここは、そのままの意味であるのなら、とくに問題なくわかる箇所です。ブルースやカントリーによくある犯罪者の物語と受け取っておけばいいのかもしれません。悪魔はやっぱりわかりませんが。

フォースにしてラスト・ヴァース。

Got a wife in Chino, babe
And one in Cherokee
First one says she's got my child
But it don't look like me

「チーノに女房がひとり、チェロキーにもうひとりいる、最初のほうは、俺の子どもを生んだというけれど、俺に似ているとは思えない」

重婚の罪まで犯しているとは、困った語り手です。よけいなことですが、「小言幸兵衛」で、借家しようとあらわれた男が「家族は女房がひとり」といって、幸兵衛さんに「女房はひとりと決まっている」と小言をいわれる場面を思いだしてしまいました。

f0147840_1131693.jpgデイヴィッド・ドッドの注釈によると、チーノはカリフォルニア州サン・バーナーディーノ郡の町で、ここには刑務所、それも主として犯罪性精神異常者を収容するところがあるのだとか。また、カリフォルニアには四カ所のチェロキーがあり、さらに、アラバマ、アイオワ、カンザス、ノース・キャロライナ、テキサスにも同じ地名の土地があるそうです。

マンドリンの間奏をはさんで、ふたたびブリッジに入り、フォース・ヴァース、コーラスを繰り返してエンディングとなります。

◆ 悪魔と悪魔の友だちと地獄の天使 ◆◆
今日一日、悪魔のことを考えてみましたが、やはりよくわかりませんでした。20ドル貸してくれ、20ドルもっていくのが悪魔、というのは、なんとなくわかるような気がしてきたのですが、「なんとなく」の向こう側まではいけませんでした。

もちろん、「悪魔の友だちは俺の友だち」にいたっては、まったくわかりません。「悪魔に魂を売ったワルは俺の仲間」ぐらいのところでしょうかねえ。しかし、アップテンポで歌うと、この「Friend of the Devil is a friend of mine」というフレーズは、なかなかリズムがよくて、いっしょに歌いたくなるのもたしかです。

もうひとつ、デッドがバンドの発足当初からヘルズ・エンジェルに支持されてきたことも思いだしました(それがオルタモントでの殺人事件につながった)。地獄の天使と悪魔はなにか関係があるのかもしれません。

歌詞のことはそれくらいにして、以下、肝心のサウンドのことを。

◆ レッシュのグルーヴ ◆◆
デッドをご存知の方には説明の要がないのですが、この曲はAmerican Beautyという、多くの人が彼らの代表作と考えるアルバムに収録されました。このオリジナル・ヴァージョンと、後年のライヴ・ヴァージョンでは、はっぴいえんどの「朝」のオリジナルと、エレクトリックなライヴ・ヴァージョンぐらい大きな違いがあり、ほとんどべつの曲に聞こえます。

わたしは、スロウ・ダウンしたエレクトリック・ヴァージョンよりも、ブルー・グラス風のアップテンポなスタジオ盤のほうがずっとよいと思います。それは主として、ドラムのビル・クルーズマンとベースのフィル・レッシュが、ともに冴えたプレイをし、協力して素晴らしいグルーヴをつくっているという理由によります。

f0147840_1201815.jpgレッシュははじめからグルーヴのいいプレイヤーでしたが、トップ・クラスのプレイヤーだと確信したのは、前作のWorkingman's DeadのCumberland Bluesのグルーヴを聴いてからのことです。得意技の高音部での装飾的プレイを封じ、シンプルなフレーズを繰り返すだけのこの曲でのプレイは、当然、グルーヴがすべてであり、レッシュは完璧なグルーヴをつくれることを証明しました。

たぶん、楽器自体がアレンビックのカスタム・ベースになったか、まだカスタムはできていないにしても、すくなくとも改造にとりかかったのだと感じます。それまでとはかなりトーンがちがい、以後、彼の生涯のトーンとなる、音階がハッキリとわかる、輪郭の明瞭なサウンドに変化しています。これで彼のスタイルは固まったのだと思います。

Friend of the Devilは、彼のもっとも得意とする、高いところでの装飾的かつメロディックなラインを中心としたプレイで、素晴らしいのひと言です。ブルー・グラス的にやっているこの曲のギターやマンドリンとは、故郷の異なるスタイルですが、この異質なものが自然に共存してしまうのが、デッドの世界です。

◆ クルーズマンの代表作 ◆◆
以前にも書きましたが、ビル・クルーズマンがいいドラマーのような気がしはじめたのはLive/DeadのElevenでのことです。Workingman's Deadからはスネアのチューニングが高くなり、ここからほんのしばらくのあいだだけ、彼はウルトラ・ドライなスネアをパシパシと小気味よく「しばく」ドラミングをつづけます。アルバムとしては、Workingman's Dead、American Beauty、Grateful Dead(通称Skull & Roses)、そしてボブ・ウィアのソロ・アルバムAceの4枚だけで、72年のヨーロッパ・ツアーでは、もうチューニングを下げはじめます。

f0147840_1264187.jpgピッチが高く、スネア・ワイアを鳴らし、しかもミュートを使わないウルトラ・ドライなサウンドというのは、この時代の流行、主流ではないので(以上の形容をひっくり返したのが流行。ピッチは低め、スネア・ワイアを響かせない、ミュートを使う。この形容が変だと感じたあなた、正解です。スネア・ワイアを鳴らすからこそ「スネア・ドラム」という名前がつけられているのであり、ワイアを鳴らさないスネアは、スネアとは呼べないのです)、短期間しかつづかなかったのはやむをえないでしょう。

しかし、こういうスネアは60年代にはかなり聴くことができたものの、のちの時代には地上からすっかりかき消されてしまう運命にあるので、時代が下るにつれて、貴重品としての価値が相対的に上昇していき、わたしの心のなかでは、もっとも愛すべきドラミングの神棚へと祭り上げられていきました。

時代の流行から離れてみると、なおいっそう、この曲でのドラミングの素晴らしさが明瞭になります。こういう音がスネア・ドラムの本来のサウンドである、あとの音はみな間違い、といっていいすぎなら、「亜流」「俗流」であるといいたくなるほどです。

もちろん、素晴らしいのはサウンドばかりではありません。もともとタイムが素晴らしいプレイヤーですが、経験の蓄積によって「ホンモノのプレイヤー」になった、と感じるような、自信に満ちたプレイをこの曲では聴かせてくれます。ウルトラ・ドライのスネアをパシパシいわせる、ブリッジでの16分のパラディドルの気持ちいいこと、これこそがドラムを聴く喜びというものです。

デッドの大きな魅力のひとつだった、フィル・レッシュとビル・クルーズマンが、ともに第一のピークにさしかかり、その力を見せつけたのが、このオリジナル盤Friend of the Devilなのです。

◆ 明日があるさ ◆◆
デッド・ヘッズはいろいろな意味で野球ファンにたとえられます。なによりも、ちょっと負けがこんだぐらいでは動じない点が野球ファンに似ています。なにしろ、セット・リストなんかつくったことのないバンドで、その日、どういう曲がプレイされるか、ヘッズはもちろん、彼ら自身も知らないのです。いや、だいたいのことは決めてからステージに上がると思うのですが、曲と曲を接続する役目を負っている長いインプロヴの最中に、予想しなかった曲にだれかが誘導すれば、それに合わせることもすくなくないらしいのです。

それでうまくいくこともあれば、人間のやることだから、当然、失敗することもあります。デッド・ヘッズでない堅気の人はご存知ないでしょうが、デッドのライヴを録音し、仲間と交換し、デッドの全ライヴ記録を保管することを生涯の目標とした、世にいう「テープ・ヘッズ」がその収集品を公開したサイトが無数にあり、気長に探せば、たぶん、デッドのまともなライヴはすべて聴くことができます(あなたの寿命がそれを許すほど十分に長ければ、という条件が付きますが)。

f0147840_1523187.jpg

ときにはすごい日があります。いや、ほとんど負け試合だけれど、1イニングだけ大量得点、てな感じのケースのほうが多いのですが、それでも、ありがたいことに、野球とちがって、1イニング完璧なら、あとの8イニングはボロボロでかまわないのです。

こんな日もあります。「トラック1機材の修理」「トラック2Bertha」「トラック3ふたたび機材の修理」「トラック4チューニング」などと書いてあるのです。機材の修理以外のこと、すなわちプレイしているあいだも、ヴォーカル・マイクのハウリングに悩まされ、まともなものではありません。こういう日は、序盤の大量失点に最後まで祟られ、悲惨な結果になるはずです。ところがどっこい、デッドは後半、猛烈に追い上げ、結局、逆転サヨナラ勝ちしてしまうのです。この日の後半のいいこと、あなたに聴かせてあげたいほどです。

これが、デッドを世界一の売り上げを誇るロック・バンド、一大コングロマリットに成長させた秘密でしょう。なにが起こるかわからないから、ブック・チケット(ツアーの全試合、じゃなくて、すべてのコンサートを見られるチケット)を買い、仕事を休んで、アメリカ中、デッドについて歩く(そして、重装備の機材ですべてを録音する)、変わり者ばかりのデッド・ヘッズのなかの、さらなる変種を生んだのです。

ある人が書いていました。「今日はひどいボロ負けだった。でも、明日はいいゲームをしてくれるかもしれないから、また見に来るだろう」。だから、デッドは野球チームであり、デッド・ヘッズは野球ファンなのです。負け試合が五つや六つつづいたからなんだっていうんだ、長いシーズンではよくあることさ、なのです。

◆ 各種ヴァージョン ◆◆
作者のロバート・ハンターが「われわれが書いた曲のなかで、クラシックの位置にもっとも近いもの」というだけあって、デッドはFriend of the Devilを、長いあいだプレイしつづけています。したがって、テープ・ヘッズによるプライヴェート録音まで含めると、とてつもない数のヴァージョンが残されています。

f0147840_1544632.jpg今回はオフィシャル・リリースである80年のライヴ録音を含め、四種をくらべてみました。しかし、うーん、でした。オリジナルのようなテンポでやっているものはひとつもなく、みなちょっと、または、すごくスロウ・ダウンしているのです。そのなかでは、1974年9月18日、Parc des Expositionsというところでの録音が、オリジナルに近いテンポで、クルーズマンのスネアのピッチも高く、好ましい出来に思えます。これはもちろん、ウェブで聴けるものなので、ご興味がおありなら、検索してみてください。

あとは、時代の下った「ゆるすぎるデッド」になってからのものなので、ダレます。しかし、オリジナルを忘れ、これはこういう曲なのだと思って聴けば、正規リリースである80年のDead Set収録ヴァージョンも、あまり面白くないこの盤のなかでは、かなりいいほうの部類に入ると思うようになりました。

f0147840_201887.jpg近年のフィル・レッシュのサイド・プロジェクト、フィル・レッシュ&フレンズによるヴァージョンは、アップテンポで、ブルー・グラス風味を残したものになっています。70年代終わりから、だれといわず、バンド全体がたがのゆるんだようになり、デッドのライヴはずぶずぶのプレイばかりになるのですが、レッシュも高音部でのメロディックなプレイをやめ、ふつうのベースになってしまいます。年をとったとしかいいようがないのですが、それでも、デッドのときより、このサイド・プロジェクトのほうが、彼らしいプレイをしていて、ホッとします。その気になれば、まだかつてのようなプレイができるのではないかと思わせてくれるのです。

f0147840_223317.jpgディランは、おそらく、デッドといっしょにツアーしたときに、この曲を聴き、気に入ってカヴァーしたのでしょう。正規盤にはなっていませんが、ブートで聴くことができます。ベースにしたのは、明らかに70年代後半以降のスロウ・ダウンしたアレンジで、それに、この十数年ずっとつづいている、ディランのだらっとしたスタイルのヴォーカルが載るのですから、出来はご想像に任せます。

重要なのは、同時代の曲をカヴァーすることのないディランが、この曲を取り上げたということです。こういうことが、ある楽曲をクラシックにするうえで大きな役割を果たすことになります。いや、わたしはディランを信奉しているわけではないのですが、世間はそういうことを基準にするものだからです。
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by songsf4s | 2007-10-30 00:45 | Evil Moonの歌
I Put a Spell on You by Alan Price Set
タイトル
I Put a Spell on You
アーティスト
Alan Price Set
ライター
Screamin' Jay Hawkins
収録アルバム
Anthology
リリース年
1966年
他のヴァージョン
Screamin' Jay Hawkins, Nina Simone, Them, Manfred Mann, CCR
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本日の曲、I Put a Spell on Youは、オリジナルのスクリーミン・ジェイ・ホーキンズ盤の段階ではシンプルなマイナー・ブルースだったのが、後年のヴァージョンではいくつかのコードが加えられています。わが家にあるもので追跡できる範囲では、1965年のニーナ・シモンのカヴァーから、コードが加えられたようです。

わたしが当時もっとも好きだったヴァージョンは、ラジオで聴いただけのアラン・プライス・セットのものなので、ニーナ・シモン盤同様、やはりコードの多いこのヴァージョンを看板に立てました。

◆ 丑の刻詣りの五寸釘 ◆◆
それではファースト・ヴァース、とブルースのほうでいうかどうかは知りませんが、まあ、とにかく第一ブロックの歌詞を見ていきます。

I put a spell on you
Because you're mine
You better stop the things that you do
I ain't lyin', no I ain't lie
I just can't stand it baby
The way you're always runnin' 'round
I just can't stand
The way you're always put me down
I put a spell on you
Because you're mine

「おまえに呪いをかけてやる、おまえは俺のものだから、いまやっていることをやめたほうがいい、嘘じゃないぞ、まったく我慢がならない、遊びまわりやがって、俺をナメきったおまえのやり方にはうんざりだ、おまえに呪いをかけてやる、おまえは俺のものなんだから」

f0147840_23383276.jpg以上でこの曲の歌詞はほぼすべてです。「ほぼ」というのは、セカンドはこの歌詞を部分的に変えたもの、サードはインプロヴで、I love youだとか、You're mineだとか、I put a spell on youとか、そういうものを思いついた順に適当に叫んでいるだけで、ヴァースとかなんとかいう大げさなものではないからです。

義務教育を受けた方ならみなご存知のように、putは現在過去過去分詞が同型なので、時制がわかりません。すでに呪いはかけられたものと解釈することも可能ですが、文脈からすると、現在形として使われていると考えるのが順当でしょう。

アラン・プライス盤ではそのニュアンスはありませんが、オリジナルのスクリーミン・ジェイ・ホーキンズ盤を聴けば、この「呪い」は冗談でも脅しでもなく、まったくもって「嘘じゃな」くて、ヴードゥーだと感じます。日本でいえば、丑の刻詣りをして五寸釘を打つぞ、本気だからな、という歌なのであります。げに恋の地獄は恐ろしき哉。

また、run aroundは、こういう場合は浮気、恋の遊びを指します。

◆ イントロの勝負 ◆◆
アラン・プライスはアニマルズでデビューし、すぐにバンドを抜けました。当時の報道では、ツアーのきつさに耐えられないためとされましたが、わたしは、エリック・バードンがリード・ヴォーカルをほぼ独占してしまい、歌での出番が少ないことを嫌ったのだと考えています。その証拠に、アラン・プライスはすぐに自分のバンド、アラン・プライス・セットをつくって、すべてのリード・ヴォーカルを独占することになります。

f0147840_23393192.jpgイギリスのチャートは、アメリカのように単純に考えるわけにいかないのですが、わが家にあるチャート・ブックでは、このI Put a Spell on Youが、アラン・プライス・セットの最初のヒット曲であり、アメリカでも、トップ40には届かなかったものの、ホット100には入っています。ビルボードでは、アラン・プライスのヒット曲はあとにもさきにもこれ一曲で、英国ローカルのアーティストとみなしていいようです。

アラン・プライス盤I Put a Spell on Youの魅力は、彼がプレイしたオルガン(ハモンドではなく、コンボ・オルガン。The House of the Rising Sunに使ったのと同じものかもしれない)が全編を支配していることにあります。とりわけ、ちょっとクラシカルなイントロが印象的で、わたしがこのアラン・プライス盤を気に入ったのも、イントロゆえのことでした。

◆ メイジャー・コードの挿入 ◆◆
もうひとつ重要な点はコード進行なのですが、これはアラン・プライスの創始ではないようで、プライス盤より一年早いニーナ・シモン盤I Put a Spell on Youですでに使われています。

昔は、日本ではリリースされず、また輸入盤というものもごく一部の店でとりあつかっているだけだったので、ラジオでは聴いたことがあるけれど、手に入らないという盤もしばしばありましたし、また、国内でのリリースがかなり遅れる盤もすくなくありませんでした。アラン・プライス・セットも、リアル・タイムではリリースされなかったのではないでしょうか(わたしが気づかなかっただけかもしれませんが)。入手したのは、ずっと後年のことです。

f0147840_23444173.jpgそもそも、このヴァージョンの存在を知ったのは、67年か68年にニーナ・シモン・ヴァージョンを聴いたあとのことでした。ニーナ・シモン盤I Put a Spell on You自体、調べてみれば、わたしが聴いたのは、リリースから2、3年後だったようで、いまになって驚いています。

Stormy Weather その2 by Django Reinhardt」のときに、ジャッキー・ウィルソンのStormy Weatherにふれ、「伊勢佐木町ブルース」のようなイントロだと書きましたが、ニーナ・シモンのI Put a Spell on Youもまた、「伊勢佐木町ブルース」のストリングスに雰囲気がよく似ています。

いや、そんなことはいいのですが、ニーナ・シモン・ヴァージョンでは、スクリーミン・ジェイ・ホーキンズのオリジナルにはない、メイジャー・コードおよびペダル・ポイント(か、ストレートなコードか、微妙なところですが)が加えられたことが、後続のヴァージョンに大きな影響をあたえています。

f0147840_2347376.jpg便宜的に、すべてのヴァージョンがアラン・プライスのように、Gm(またはGm7)をキーとしているものとします。スクリーミン・ジェイ・ホーキンズは、Gm-Cm-Gm-D7という、3コードのシンプルな進行です。ニーナ・シモン盤は、Gm-F-E♭-D7がまず一ブロック、つぎのブロックはGm-G-Cm-Gm-E♭-D7(この下降進行は、ペダル・ポイントで置き換えることもできる。アラン・プライスはオルガンでやっているので、ファースト・ヴァースはペダル・ポイント的な響きになっている)というように、3度にあがるときに、経過音的にGメイジャーをはさんでいるのです。

これがリー・マイケルズのStormy Weatherにおけるコードの変更のように、非常に効果的で、心地よく響きます。わたしにとっては、この曲の魅力はこのコード進行にあるので、スクリーミン・ジェイ・ホーキンズのオリジナルは、まったくつまらないものに思えます。

◆ 残りのヴァージョン ◆◆
f0147840_23564025.jpgStormy Mondayの記事で、ヴァン・モリソンが影響を受けた曲を集めたVan Morrison's Juke Boxという編集盤が、Tボーン・ウォーカー盤Stormy Mondayを収録しているのはおかしい、コード進行の変更から考えて、ゼムが参照したのはボビー・ブランド盤にちがいない、と書きましたが、ゼム盤I Put a Spell on Youにも同じことがいえます。

Van Morrison's Juke Boxは、スクリーミン・ジェイ・ホーキンズのI Put a Spell on Youを収録していますが、ゼム盤は、3度上がるときに、やはりメイジャー・コードをはさんでいるので、ニーナ・シモン・ヴァージョンないしは、それ以前の、わたしが知らない、このメイジャー・コードを追加したヴァージョンを参照したにちがいありません。

f0147840_035131.jpgポール・ジョーンズがリード・ヴォーカルだった時代のマンフレッド・マンのI Put a Spell on Youも、やはりメイジャー・コードをはさむパターンを使っています。しかし、これは好みの出来とはいいかねます。

CCRのヴァージョンは、デビュー盤からのシングル・カットで、ビルボード・ホット100に届くマイナー・ヒットになっています(チャートインしたのはアラン・プライスとCCRのみ)。CCR盤だけは、ニーナ・シモンのような追加コードを使わず、スクリーミン・ジェイ・ホーキンズ盤と同じようなシンプルなコードでやっています。

わたしはほぼ同じころに、ニーナ・シモン、アラン・プライス、CCRのヴァージョンを聴いていますが、気に入ったのは前二者だけで、CCR盤は問題外と思いました。プレイが荒っぽくて、ドラム(のみならずバンド全体)も走るので、気持ち悪く感じたせいだろうとは思うのですが、今回、並べて聴き直し、やはり、このメイジャー・コードや、ペダル・ポイント風の下降コードも重要なのだと気づきました。これがあるからこそ、この曲がおもしろいのであって、メイジャー・コードをとってしまったら、ただの暗いマイナー・ブルースにすぎず、わたしはまったく関心をもたなかったでしょう。CCR盤には洟も引っかけなかったのは、そのせいもあったのだと感じます。

◆ 三つ子の魂 ◆◆
中学生なんて、ただやみくもに、手あたりしだいに音楽を聴いて、幼い嗜好を基準に、いいだの、悪いだのといっているだけのようですが、あとから詳細に検討してみると、かならずしも見当違いばかりではないという気がしてきます。

いろいろなStormy Mondayのなかで、リー・マイケルズ盤に強く反応したのには、自分なりに筋の通った理由があったことがわかってきましたが、I Put a Spell on Youについても、今回、各種ヴァージョンを並べてみて、やはり、中学のときと同じく、わたしの好みは、オルガンのせいでちょっとクラッシーなアラン・プライス盤と、非ブルース的なコード進行を強調したニーナ・シモン盤であることに、まったく変わりはありませんでした。

悪くいえば、十五歳から成長していないことになりますが、開き直っていうならば、人間の好みとは、年齢ごときの力ではビクともしない強固なものなのだともいえます。どっちでもいいのなら、いいほうにとっておくに越したことはないでしょう。子どものころに聴いていた音楽を、この年になっていまだに聴きつづけているということは、取り繕ってもしかたのない事実ですし。


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アラン・プライス
Geordie Boy: Anthology
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ニーナ・シモン
Nina Simone Anthology
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スクリーミング・ジェイ・ホーキンズ(MP3)
Voodoo Frenzy…………..
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by songsf4s | 2007-10-28 21:38 | Evil Moonの歌
Clap for the Wolfman by the Guess Who
タイトル
Clap for the Wolfman
アーティスト
The Guess Who
ライター
Burton Cummings, Bill Wallace, Kurt Winter
収録アルバム
Road Food
リリース年
1974年
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本日はあまり時間がとれなかったので、昨日のトッド・ラングレンのWolfman Jackの記事の補足のような曲を2種、簡単にご紹介してお茶を濁します。

トッドのWolfman Jackと、『アメリカン・グラフィティ』のあいだの時期に、もう一度、ウルフマン・ジャックが話題になりました。1974年に、ゲス・フーのClap for the Wolfmanが大ヒットしたのです。トッド・ラングレンのWolfman Jackは、このDJのことを話題にしていただけですが、ゲス・フーの曲にはウルフマン・ジャック自身が、本人の役で登場します。

解釈を試みる時間的余裕がないので、以下にこの曲の歌詞をまとめてペーストし、そのあとに、この曲の趣向を説明することにします。

Clap for the Wolfman
He gonna rate your record high
Clap for the Wolfman
You gonna dig him til the day you die

Do Ron Ron Ron and the Duke of Earl
They were friends of mine
The highway's on my moonlight drive
Snuggled in, said "baby, just one kiss"
She said "no, no, no"
Romance ain't keepin' me alive
I said "hey babe, do you want to coo, coo, coo"
She said "uh, uh, uh"
So I was left out in the cold
I said "you're what I've been dreamin' of"
She said "I don't want to know"
(Wolfman Jack: "Oh you know, she was diggin' the cat on the radio")

Clap for the Wolfman
He gonna rate your record high
(WJ: "Yes baby, I your doctor in love")
Clap for the Wolfman
You gonna dig him til the day you die
(WJ: "Everybody talkin' about the Wolfman's confidence of love")

Seventy five, eighty miles an hour
She hollers "slow, slow, slow"
"Baby I can stop right on a dime"
I said "hey baby, give me just one kiss"
She said "no, no, no"
But how was I to bide my time
I said "Hey baby, do you want to coo, coo, coo"
She said "uh, uh, uh"
Said I'm about to overload
I said "you're what I've been livin' for"
She said "I don't want to know"
(WJ: "Oh, you thought she was digging you but she was digging me")

Clap for the Wolfman
He gonna rate your record high
(WJ: "As long as you got the curves baby, I got the angles")
Clap for the Wolfman
You gonna dig him till the day you die
(WJ: "It's all accoridng to how your boogaloo situation stands, you
understand")

Clap for the Wolfman
He gonna rate your record high
(WJ: "You ain't gonna get 'em, cuz I got 'em")
Clap for the Wolfman
You gonna dig him til the day you die
(WJ: "You might wanna try, but I'm gonna keep 'em")
Clap for the Wolfman
Clap for the Wolfman
(WJ: "And I got 'em all")
Clap for the Wolfman

こういうノヴェルティーには、かならず趣向というものがあります。この曲の語り手は車に女性を乗せていて、ラジオはウルフマン・ジャック・ショウに合わせています。語り手は「ちょっとキスなんかしてみない?」などとしきりに誘いをかけるのですが、まったく相手にされません。そこにすかさずウルフマン・ジャックが割り込んで「彼女はおまえじゃなくて、俺のことが気になるんだよ」とか「女にかけてはウルフマンの腕は有名だからな」などと、いろいろ語り手をおちょくるというしだいです。

◆ 奇怪なほどストイックなバッキング ◆◆
ゲス・フーというのは、とくに好きでも嫌いでもないグループで、2枚組ベストをもっているだけですが、今回、まじめに聴いてみて、違和感をおぼえました。バンドらしさを感じないのです。たしかに編成はロック・コンボ(ドラム、ベース、ピアノ、ギター×2)なのですが、ふつう、ロック・バンドはこういうプレイをしないだろうと思います。

とくに左チャンネルのギターは、終始一貫、決まりきったリック(主としてB-D-E-G-Eというフレーズ)を繰り返すだけです。しかもこのリックが、聴くとやるとでは大違いで、シンプルなわりには、くりかえしているとミスりそうな、ちょっとイヤな指の動きなのです。これを淡々と正確に、機械的に弾くギタリストというのは、どういうんだろうなあ、と首をかしげます。

バンドの人間関係というのは、エゴとエゴのぶつかり合いで、めだちたい、おいしい場面がほしい、という主張が角突き合ったあげくのベクトル合成が、最終的な音になります。こんなに損な役をリード・ギターが引き受けるとしたら、よほどストイックなのか、よほど犠牲的精神に富んでいるのか、よほど……まあ、なにしろ、ふつうじゃないと感じます。

f0147840_0413627.jpgドラムは、とくに素晴らしいプレイヤーではありませんが、タイムは非常に安定しています。ピアノも、右チャンネルでトレモロをきかかせたコードを弾いているギターも、みな献身的で、エゴのかけらも見せません。自分のことはどうでもいい、われわれは歌を引き立てるためなら単調な仕事に耐える、とでもいわんばかりのようすです。そんな献身的なプレイヤー、エゴを殺せるプレイヤーばかりが集まったロック・バンドがあるものでしょうか。

もともと、ゲス・フーというグループはロック・バンド的なニュアンスは薄く、スリー・ドッグ・ナイトあたりと似た位置にあると思っていましたが、本気で意識を集中して聴くと、やはり、ロック・バンドの対極にある音に聞こえてきました。ロック的ニュアンスのバッキングを使ったコーラス・グループ、ロック版レター・メンまたはロック版フォー・フレッシュメン、なにかそういうものじゃないかと感じます。このグループから分裂したバックマン=ターナー・オーヴァードライヴは、昔聴いた印象では、もうすこしロック・バンド的だったと思うのですが、そちらはまた、そのうちチャンスがあったら、まじめに聴いてみます。

◆ ボビー・フラー盤 ◆◆
わが家にはもう一曲、ウルフマン・ジャックが登場するトラックがあります。I Fought the Lawで知られる、ボビー・フラー・フォーのWolfmanです。盤を見つけだして録音時期を確認する余裕がないのですが、ボビー・フラーは1966年に亡くなっているので、当然それ以前、64、5年の録音だと思います。

シンプルな3コードのインスト、それもメロディーらしいものはなく、バディー・ホリーのスタイルに影響を受けた、ボビー・フラーお得意のコード・プレイとインプロヴによるインストゥルメンタルです。

f0147840_0425448.jpgこの曲もウルフマン・ジャック本人が登場し、狼の遠吠えをバックに、なにかいろいろいっていますが、なにをいっているのか、わたしには聴き取れません。この時点ではまだヒットのないバンドとの共演ですから、ウルフマン・ジャックのこの時期の位置がわかります。無名ではないけれど、まだ人気が出はじめたばかり、アメリカのトップDJ集団の下のほうに滑り込んだところ、といったあたりじゃないでしょうか。

わが家にあるウルフマン・ジャックを歌った曲、ウルフマン・ジャック自身が登場する曲は、この3曲ですべてです。
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by songsf4s | 2007-10-27 19:09 | Evil Moonの歌
Wolfman Jack by Todd Rundgren
タイトル
Wolfman Jack
アーティスト
Todd Rundgren
ライター
Todd Rundgren
収録アルバム
Something/Anything?
リリース年
1972年
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本日の当地はあいにくの雨で、月はまったく見えませんが、月齢15日、満月です。満月となれば、やっぱり出るものが出ます。いや、そういうスケデュールで準備していたので、雨天順延というわけにはいかないのです。

◆ 分裂を拒んだ最後の60年代ロッカー ◆◆
昨日は70年代後半にドロップアウトしたことを書きましたが、ふりかえってみると、すでにサイケデリックのときから、長い、ゆるやかな下り坂に入り、66年ごろに感じていた「幸福な合一感」は失っていったように思います。70年代に入ると、なにやらぎくしゃくとした乖離感に悩まされるようになっていきました。

ものすごく単純化すると、本来はひとつだったものが、いくつかに分解してしまい、分裂のはじまるまえの時代に育った人間は、分裂した破片のどれに対しても、またき密着感がえられなくなり、行き場を失っていった、というあたりです。たとえば、片方にハード・ロックというものが生まれ、片方にシンガー・ソングライター(これをジャンルとするのは、いまだに抵抗がある)が生まれ、この二つはまったく交叉しない、という状態のことです。

片やハード・ロックにはメロディーとハーモニーが欠け、片やシンガー・ソングライターにはグルーヴがない(または、非常に劣悪なグルーヴがある)というのでは、わたしのような人間は、60年代に回帰するぐらいしか、できることはなくなってしまうのです。

f0147840_0461932.jpgもちろん、わたしにもしっくりくる盤が、70年代にもいくつかありました。その代表が、トッド・ラングレンのSomething/Anything?です。トッドのナズは、いわば「遅れてきた最後の60年代バンド」だったわけで、彼がハード・ロックにも、シンガー・ソングライターにも分裂できず、メロディーとハーモニーと強いビートの3次元すべてを保持しつづけようとしたのも当然でしょう。彼は70年代的分裂にあらがい、ひとりで60年代をつづけようとしていたのだと思います。すくなくともしばらくのあいだは。

トッドを知ったのは、このアルバムのオープナー、I Saw the Lightがヒットしたときです。わたしには、この曲は「グルーヴのいいキャロル・キング」に聞こえました(つまり、キャロル・キング自身も、彼女の盤も、ひどいグルーヴだったということです)。しっかりしたビートのあるバラッドです。そのつぎが、もうすこしスロウなバラッド、Hello, It's Meです。これも、I Saw the Lightとドラマーはちがいますが、やはりいいグルーヴがあり、しかも、出来のよいメロディーをもつバラッドでした。

そして、今夜の主役、狼男がラジオに登場します。楽曲、サウンドとしては、最初の二曲のヒットのほうがいいと思います。でも、Wolfman Jackは、べつの意味で非常に印象的でした。

◆ 朝霞のオッサン ◆◆
あの時代にFENを聴いていた方ならご存知ですが、ウルフマン・ジャック・ショウは、日本でも聴けました。いや、それどころか、われわれはチャーリー・トゥーナよりも、ジム・ピューターよりも、このノリのいい、だみ声のオッサンを愛していました。

f0147840_113010.jpgなんといっても、週に一回はやったのじゃないかという、ヴァン・モリソンとの「共演」が楽しみでした。ヴァン・ザ・マンのBrown-Eyed Girlをかけては、曲の途中で、このオッサンが「ラララ、ラディーダ! マイ、マイ、マイ」などと割り込んでくるのです。われわれも、134号線の悪名高き渋滞にはまりこんで、手持ちぶさたなときは、車のなかでいっしょに「ララララディーダ!」とがなったものです。

ところが、時代が呑気というか、われわれだけが呑気だったのか、このオッサンが何者かということは、まったく知りませんでした。このオッサンは日本にいて、毎日、所沢だか朝霞だかの局から、ララララディーダとわめいているのだばかりと思いこんでいたのです。

f0147840_1501146.jpgその「朝霞のオッサン」のことを、トッド・ラングレンが歌って、しかも、その曲を、当の朝霞のオッサンが自分の番組で流したのだから、わけがわからなくなりました。ひょっとしたら、このオッサンはアメリカでも有名なのか、それとも、なにかコネを利用して、トッド・ラングレンにテーマ曲を頼んだのだろうか、なんて思ったのであります。

このあたりで、ウルフマン・ジャックという人物のバイオを読んだだろうなんて思うのは、グーグルが当たり前の時代に育った若者だけです。朝霞のオッサンの謎はなにも解決せず、われわれはクウェスチョン・マークを宙に浮かべたまま、さらに数年後、映画館に入ります。外題は『アメリカン・グラフィティ』。

f0147840_1231049.jpgルーカスはまだぺえぺえの「新人監督」、リチャード・ドレイファスの名前もこの映画ではじめて見た、ということを見落として、後年の有利なパースペクティヴから判断しないでいただきたいのですが、わたしの印象は「モンスターの出てこないロジャー・コーマン映画」というものでした。予算だって、ロジャー・コーマン映画よりちょっと多いぐらいだったのじゃないでしょうか、チープなB級映画だけれど、撮影はパー以上、細部にウィットが感じられる、音楽の使い方はところどころ同感できる、といった感じです。

いや、そんなことはどうでもいいのです。ダレはじめた後半、なぜだか忘れましたが、主人公は放送局に押しかけ、DJに会います。これがウルフマン・ジャックだといわれても、「朝霞のオッサン」の顔なんか見たこともないからわかるわけがないのですが、あのだみ声は、まさしく朝霞のオッサンでした。まったくもって、マイ、マイ、マイ、ララララディーダです。朝霞のオッサンが、後年、伝記が出版されるほど有名な、まさしく伝説的DJなのだということを知ったのは、この映画のおかげだったのです。

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狼男と吸血鬼、ではなく、American Graffitiのワールド・プレミアでのウルフマン・ジャック(左)とキム・ファウリー。ファウリーはこの映画の選曲に関わったのだとか。さすがは「ハリウッドの主」、どこにでも鼻を突っ込んでくる。

◆ ドラマー、トッド・ラングレン ◆◆
トッド・ラングレンのSomething/Anything?は、いまでもしばしば聴いています。ファンのあいだでは当然、いろいろな意見がありますが、わたしは、トッドはこのアルバムに尽きると思っています。これほど楽曲のそろった盤は彼のカタログには他にありませんし、すべてを自分でやった盤もほかにもう一枚と数トラックあるだけだからです。

f0147840_15335100.jpgこのダブル・アルバムのうち、Hello It's Meを含む4面以外の、1面から3面までは、トッドがすべての楽器とすべてのヴォーカルをひとりでやっています。つまり、ドラマーはトッド自身だということです。それが、トッドの他の盤とSomething/Anything?(およびHermit of Mink Hollow)の決定的な違いです。グルーヴがまったくちがうのです。

ドラマーとしてのトッド・ラングレンをほめる人はあまりいないだろうから、あえていいます。彼はいいドラマーです。もちろん、素人だから、ミスは多いし、意図したことの半分も実現できていませんが、それでも、70年代に活躍した二流のスタジオ・ドラマーなどより、ずっと好ましいプレイをしています。

タイムはかなりいいほうです。ミスをするのは、タイムの悪さではなく、手が思ったように動かないことによります。したがって、2&4だけの「空の小節」の出来はよく、フィルインで、早く入りすぎたり、8分や16分の拍と拍のあいだが詰まりつぎて、すこし喰ってしまうというミスをするだけです(まあ、ロールがロールにならないという、ものすごいミスもありますが、あれをリテイクせずに残したのは意図的にちがいありません)。

トッドのドラマーとしての美点は、彼がソングライターであり、シンガーであり、アレンジャーであり、プロデューサーであり、エンジニアであることからきています。ドラミングの設計意図が明白で、どの場面で、どういう表現をしようとしているかがはっきりとわかり、「ボケッとしてないで、もっと考えて叩けよ」という、多くの凡庸なドラマーのプレイに感じる苛立ちを覚えずにすむのです。ドラム・クレイジーの精神衛生上、これほどありがたいドラマーはいないといっていいくらいです。

◆ 設計意図 ◆◆
たとえば、アルバム・オープナー、I Saw the Lightのドラミングがどう設計されているか見てみましょう。

イントロからファースト・ヴァースのはじめのあたりは、2&4を使っていません。譜面を示せないので細かいことは端折りますが、シンコペートした裏拍をタムタムとスネアで交互に叩いています。シンバルはライドの8分、リヴェッティッド(鋲打ち)・ライドではないでしょうか。

この裏拍によるプレイはすぐに、ノーマルな表拍のプレイ、タムタムで8分2打、スネアで4分1打の変形2&4パターンに切り替えられます。この変化は、ふつうは気づかないでしょうが、微妙にサウンドの色合いを変えるのに寄与しています。

コーラス(then you gazed up at meから)では、シンバルはハイハットの8分に切り替え、左手はスネアのみのストレートな2&4にします。シンバルの切り替えはつねに効果的なもので、この部分はヴァースとはまったくちがう色合いになっています。

f0147840_1572454.jpgギターによる間奏(これもインプロヴではなく、同じフレーズを2回弾いている。こういう重ね方は好み)では、またパターンを変えます。シンバルはライド・ベルで、8分ではなく4分、左手は、それまでのタムタムの表拍はなしにし、裏拍だけで、シンコペーション感覚を強調しています。そして、最後のヴァースに戻ると、リズム・パターンももとに戻します。

ここには、無意識に叩かれたビートはほとんどありません。すべて、あらかじめ計算されたプレイです。ハル・ブレインが叩いたトラックのアウトテイクを聴くとわかりますが、たとえば、サム・クックのAnother Saturday Nightのように、フリー・フォームでフィルインを叩きまくっているように聞こえるトラックでも、フィルまで含め、すべて譜面どおりに叩いているのであって(といっても、その譜面自体は自分で考えるわけですが)、その場の思いつきで叩いたビートはありません。リハーサルの段階で譜面が固まったら、あとは何度リテイクしても、プロデューサーから注文がつかないかぎりは、その譜面どおりに叩いているのです。

ジャズとポップの決定的な違いはここにあります。思いつきの音ではダメで、きちんと設計し、ひとつひとつのパーツを適切な場所に配置し、頑丈な高い塔を組み上げていく構築的、立体的な音楽がポップです。ジャズはその場の思いつきでできた平屋の音楽です。

ポップ/ロックの世界でも、その場の思いつきでプレイしているバンドは少なくありませんが、そういうやり方ではすぐれたものは生まれません。Something/Anything?のように、ひとりですべての楽器とヴォーカルをやって曲を構築するというのは、まさに計算がすべてといってよいほどで、思いつきが入りこむ余地はほぼゼロです。完成品がどうなるのか、隅々まで計算できていなければ、録音にとりかかることすらできません。

シーケンサーとHDD録音機がある現在とはちがいます。トッドがSomething/Anything?をつくったときには、録音状況を視覚的にリアルタイムで確認する方法はなかったのだから、行き当たりばったりに録音して、途中で修正していくという方法は採れません。もちろん、じっさいには計算間違いをして、修正をあきらめたトラックもあったと思いますが、理想的にいった曲もあると感じます。It Wouldn't Have Made Any Differenceなど、複雑な事前の計算と、その実際のインストレーションの両方がうまくいった理想的なトラックだと感じます(この曲でも、トッドは各部分ごとにドラムのリズム・パターンを変化させている)。

◆ ふたたびグルーヴの問題 ◆◆
ブライアン・ウィルソンのPet Soundsを聴いていても思うのですが、結局、頭のなかでいくつのパートを同時に鳴らせるかの勝負ではないでしょうか。想像力だけでどこまで遠くに行けるか、です。ブライアンにしても、トッドにしても、完成品の音が頭のなかで鳴っていたから、Pet Soundsをつくれたのであり、Something/Anythin?をアレンジできたにちがいありません。

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トッドはブライアンほど複雑な音は鳴らしていません。それでも、できあがったものを聴いていて、たとえば、Cold Morning Lightのリズム・チェンジの繰り返しなど、どうやって録音したのだろうと首をひねります。トッドも、頭のなかで鳴っている音を、自分ひとりだけでどうやってじっさいの音にするか、首をひねったはずです。そして、こうやってやれば、ちゃんと録音できるはずだ、という目算が立ってから録音にとりかかったにちがいありません。その想像力のありように、慕わしいものを感じます。

Wolfman Jackは、コードはおおむね3種類で、このアルバムのなかでは、比較的、計算のストレスが小さかったであろう、シンプルな曲です。それでも、ただボケッと録音するわけにはいかない複雑さ、計算されたアレンジのもとでつくられています。ストップ・タイムもありますし、ホーンとコーラスとギターのオブリガートとの兼ね合いも計算しておかなければなりません。ざっと勘定すると、ドラム、ベース、ピアノ、ギター、サックス(3本か?)、ハーモニー(2系統で4人分から5人分)、これだけのバッキングの配置を考えたうえで作られています。

そして、なによりも重要なことは、こういうコードが単純な、アップ・テンポのロッカーでは、グルーヴのプライオリティーが高くなるということです。1パートずつ録音していくなかで、グルーヴが死なないように、トッドが神経を使ったであろうことは想像に難くありません。できあがったものは、ダメなバンドが一発録りしたよりも、よほどエキサイティングなグルーヴになっています。これなら、「朝霞のオッサン」も自分の番組で流して、いっしょになってだみ声で大騒ぎをすることができます。

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ラララ、ラディーダ!

ある友人が、多重録音は好きじゃない、複数の人間が同時にプレイするときのダイナミズム、緊張感がない、といっていました。わたしはそうは思いません。ダイナミズム、緊張感がないのは、ダメなグルーヴをもつ人間がつくった音楽であり、いいグルーヴをもったプレイヤーなら、ひとりでスタジオにこもって音を積み重ねていっても、いいグルーヴがつくれます。それはトッドよりずっと昔、1951年にレス・ポールがHow High the Moonですでに証明済みのことで、トッドはそのさらなる例証を積み重ねただけです。

◆ ほんのさわりのみ ◆◆
このブログの目的は、歌詞をこと細かに検討することではなかったのですが、いつも歌詞から入ってしまい、残り時間が少なくなって、肝心のサウンドの検討をそそくさとすませざるをえなくなるという悪循環に陥っていたので、今夜は逆にしてみました。時間切れになったら、サウンドではなく、歌詞の検討のほうをそそくさと切り上げようと考えたのです。予想どおり、残り時間はごくわずか、ファースト・ヴァースをざっと見るだけにします。

Full moon tonight, everything's all right
Baby come on back to wolfman jack
If you want yourself a day man, well I don't mind
You just ditch him when the sun goes down
'cause the moon shines bright
And everything's all right
When the wolfman, he creeps into town

「今夜は満月、すべては申し分なし、狼男ジャックのところにもどってこいよ、昼がほしいだって? そんなの知ったことか、日が沈んだら、狼男のことは忘れりゃいい、なんたって月は煌々と輝き、狼男が町に忍び寄る夜なんだからな」

長い歌詞の曲ですが、とくに歌詞が面白い曲というわけでもないので、あとは略させていただきます。この先が気になる方は、検索なされば、たくさんヒットするはずなので、そちらをご覧ください。
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by songsf4s | 2007-10-27 00:39 | Evil Moonの歌