カテゴリ:嵐の歌( 17 )
サンプラー10 グレイトフル・デッドのRipple
タイトル
Ripple
アーティスト
Grateful Dead
ライター
Robert Hunter, Jerry Garcia
収録アルバム
American Beauty
リリース年
1971年
他のヴァージョン
Jerry Garcia, Chris Hillman
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週に2、3本は映画を見るようにしているのですが、このところ、これぞというものに当たらず、つぎの映画をどうするかまだ決めかねています。どうしても適当なものがなければ、また鈴木清順シリーズを復活かと思っていますが、もう一日二日考えます。今日は雨傘番組化したサンプラー・シリーズです。

ツイッターでフォローしてくださる方は、ほとんどが映画か音楽関係のキーワードでわたしを見つけられたようです。プロのドラマーの方までいらして、自分がそんなことばかり云っていることをしっかり自覚させられたりしています!

おそらく木村威夫のキーワードでフォローしてくださった方が、先日、グレイトフル・デッドのRippleについて書いていらしているのを見て、Rippleの記事にはサンプルをつけなかったことに思いいたりました。ということで、本日のサンプルはグレイトフル・デッドのベスト・シンガロング・チューン、Rippleです。

オリジナル記事は、

Ripple by Grateful Dead その1
Ripple by Grateful Dead その2

の2本で、歌詞は「その1」のほうにあります。

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それではサンプル、まずはAmerican Beauty収録のスタジオ録音。

サンプル Grateful Dead "Ripple" (album ver.)

やっぱり、依然としてこのヴァージョンがベストだと思います。どこがどう好きかということは、みなオリジナル記事に書いてしまったので、もう云うべきことはのこっていなくて困惑しますが、いつだってデッドはレッシュ=クルツマンのグルーヴからスタートして、上部構造物が成立するようになっていると感じます。

とくにフィル・レッシュの細かい装飾音のタイミングがけっこうなんです、なんていうのはいつもいっているから、ちょっと補足すると、アクセントをどこにもってくるかというセンスゆえに、いいプレイだと感じるのです。ほんのたまに入れる裏拍のアクセントの使い方がなんともいい容子なんです。

なんだか、ドラマーの話をしているみたいな文面になってしまいましたが、レッシュのベースというのはそういうスタイルなのです。メロディックな意味でのラインの作り方も好ましいのですが(とくに高音部の使い方)、ベースはグルーヴもまた重要です。

もうひとつ、ほかでは聴けないデイヴィッド・グリスマンのマンドリンも、やはりこのヴァージョンを好ましくしている要素だと感じます。

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ジェリー・ガルシア(左)とデイヴィッド・グリスマン

つづいて、ライヴ・アルバムLadies and Gentlemen...Grateful Dead収録のエレクトリック・ヴァージョン。1971年録音なので、オリジナルからさして時間がたっていません。

サンプル Grateful Dead "Ripple" (live ver. from "Ladies and Gentlemen...Grateful Dead" rec. 1971)

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今回聴き直して、すこし印象が変わったのはこのヴァージョンです。オリジナル記事では、違和感があるとけなしましたが、それほどひどくもないか、と思い直しました。いや、今日、80年代のデッドのクリップをいくつか見てしまったせいで、相対的に出来がいいように聞こえるだけかもしれないのですけれどね。

いえ、オリジナル記事に書いた欠点が、欠点に聞こえなくなったわけではありません。たんにこの時期のデッドが好きだというだけです。これが翌年、1972年なら、キース・ゴッドショーが加わって、あのピアノのオブリガートが聴けたはずなのに、惜しい! ゴッドショーのピアノ入りでこの曲を聴いてみたかったと思います。どこかにそういう録音が残っていないのでしょうか。

最後は15周年記念ツアーにおけるアコースティック・セットを記録したReckingのヴァージョン。

サンプル Grateful Dead "Ripple" (live ver. from "Reckoning" rec. 1981)

Ladies and Gentlemenヴァージョンにくらべて、イントロでの歓声のすさまじいこと。年月をかけて「出世」する曲というのがあって、デッドの場合、頻繁にツアーをしていたために(というか、そのアーカイヴ・テープをリリースしたために)、その経過がよくわかるのです。Rippleは、ライヴではめったにやらないせいもあって、大人気曲に育ってしまったのでしょう。わたしだって、その場にいたら、ガルシアのシシドレソというイントロの3音目のドでどっと盛り上がって、大拍手しちゃうにちがいありません。じつにシンプルなイントロですが、これほどデッドヘッズに親しまれたものはそうたくさんはないでしょう。

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しかし、云いたくはないですが、ブレント・ミドランドのピアノの下手なこと! 16分のトリル(とはピアノの場合はいわないか)なんか、ムッとなりますぜ。ゴッドショーだったら、こういうところはきれいにキメて、気持よくさせてくれるのに! オブリガートのラインの作り方も最低最悪のセンス。五流のプレイヤーは、どこまでいっても、すべてにわたってダメ。ああ、残念無念。ゴッドショーさえやめなければなあ。

スタジオ・アウトテイク(デモ?)


次回もまだ映画に取りかかれなければ、なにかキース・ゴッドショーが参加したトラックでもサンプルにして、口直しがしたくなりました。


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ライノ版American Beauty
American Beauty
American Beauty


Fillmore East: April 1971
Fillmore East: April 1971


Reckoning
Reckoning
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by songsf4s | 2010-06-09 23:49 | 嵐の歌
サンプラー6 ボビー・ジェントリーのStormy
タイトル
Stormy
アーティスト
Bobbie Gentry
ライター
Perry "Buddy" C. Buie, James R. Cobb
収録アルバム
Ode to Bobbie Gentry
リリース年
1968年
他のヴァージョン
Classics IV, the Supremes, the Meters, the Ventures, the Funk Brothers
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またしても時間がとれなかったので、例によって過去の記事にサンプルを追加するサンプラー・シリーズで軽くいきます。

本日は、嵐の歌特集で取り上げた、2007年10月4日のStormy by Classics IVにサンプルを加えます。ただし、オリジナル記事で看板に立てたクラシックス・フォーのヴァージョンは、YouTubeなどでいくらでも聴けるので、今回はボビー・ジェントリーのカヴァーを看板に立てました。

サンプル Bobbie Gentry "Stormy"

オリジナル記事でも書きましたが、このトラックは出所不明で、後年の編集盤CDが初出です。つまりアウトテイクと思われます。ガット・ギターとアップライト・ベースだけのバッキングで、デモの可能性があります。

ただし、出来はデモなんてものではなく、はじめて聴いたときは、うわあ、こんなすごいのがまだ隠れていたのかと驚喜しました。なぜストリングスやギターのオブリガートなどを追加して完成させなかったかは謎としかいいようがありません。しいていうと、ボビーのオリジナルではなく、カヴァーだからオミットされたのかもしれません。

録音デイトは不明ですが、ボビーのヴォーカルがオンマイクなので、1枚目か2枚目の録音の際のアウトテイクだろうと思います。初期のボビー・ジェントリーはものすごいオンマイクの録音で、耳元で囁きかけるように歌ったのでありまして、中学生としては、曰く言い難い衝動をおぼえたものでした!

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キャロル・ケイさんがご本人から直接聞いたところによると、デビュー・シングルのOde to Billie Joeでアップライト・ベースを弾いたのはレッド・ミッチェルだそうです。ハリウッドのプレイヤーなのだから、ミッチェルだってポップ系のセッション・ワークがあるだろうとは思っていましたが、よりによってOde to Billie Joeでやっていたとは! 超大物が超大物曲でプレイしたことがわかって、おおいに驚きました。

1曲でおしまいというケースは稀なので、レッド・ミッチェルはボビー・ジェントリーの他の曲でもプレイした可能性があり、Stormyのベースも彼かもしれません。

◆ Sunday BestとPeaceful ◆◆
本来なら、ボビー・ジェントリーのトラックは当家でサンプルを提供するのは、自分で決めたルールに反します。なぜなら、この曲は長年の友人である木村センセが、ご自分のウェブ・サイト、Add More Musicのボビー・ジェントリーのページでアナログ・リップを公開されているからです。AMMで聴けるものは、当家ではサンプルを提供しないことにしていたのですが、近ごろ、うろがまわっていて、今日は残り50分しかない時点でなににしようと焦りまくり、AMMのことを失念したまま、書きはじめてしまったのです(すまん>センセ)。じつは、AMMのボビー・ジェントリー特集ページは、センセとわたしの合作で、わたしはバイオとセカンド・アルバムのページを担当しました。それなのに忘れてしまったのだから、ひどいものです。ボビー・ジェントリーってだれよ、という方は、AMMのバイオをご覧ください。

あれ? いまAMMのOde to Bobbieを確認したら、あちらはアナログ起こしなので、アウトテイクであるStormyはサンプルにしていないようです。なーんだ。セーフだったのか! いや、以下の追加トラックはあちらにアナログ・リップがあるので、その点をご承知おきの上で。

つぎの曲はデビュー盤に収録されたもので、ボビーのバラッド・ライター/シンガーとしての資質が十全に発揮されたトラックです。

サンプル Bobbie Gentry "Sunday Best"

3枚目のLocal Gentryは、これぞハリウッドという豪華ギター陣の大競演状態になるのですが、プレイではなく、楽曲を優先して1曲サンプルにしてみました。

サンプル Bobbie Gentry "Peaceful"

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あと10分、時間切れなので、これにて失礼。

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Ode to Billie Joe/Touch 'Em with Love
Ode to Billie Joe/Touch 'Em with Love


The Delta Sweete/Local Gentry
The Delta Sweete/Local Gentry
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by songsf4s | 2010-06-01 23:52 | 嵐の歌
The Ark by Chad & Jeremy
タイトル
The Ark
アーティスト
Chad & Jeremy
ライター
Jeremy Clyde
収録アルバム
The Ark
リリース年
1968年
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昨日から二日間、ずっとこの曲と同題のアルバムのことを書きつづけているのですが、チャド&ジェレミーはどういう失敗をしたために、このアルバムを最後に消えていったかというネガティヴな話になってしまい、それを跡づけるために、えんえんとサイケデリア/トータル・アルバムの時代とはなんだったのかということを述べただけで、鬱陶しいことかぎりない原稿になってしまいました。もう、馬鹿馬鹿しさに倦んだし、疲れもしたので、この曲は投げ出すことにします。

はっきりいって、この曲で面白いのはハル・ブレインとキャロル・ケイのグルーヴだけで、あとはゴミ箱直行です。ハルはいつものようにきっちりやっていますし、CKは例によって高音部の装飾的プレイで、このモノトーンな曲にカラフルな味をあたえています。でも、それだけです。

チャド&ジェレミーは、だれがどう見ても当然の理由、立てつづけに2枚の愚劣なアルバムをリリースしたことで自殺しました。なぜそうなったかについて、くわしく検討したボツ原稿が気になる方(tonieさんお一人でしょうが)のために、明日にでも、テキストをファイル転送サービスにアップロードし、リンクをこの下にでも書いておきますので、熱烈なチャド&ジェレミー・ファン、および熱烈なアンチ・ファンはそちらをご覧ください。

史実かどうかは別として(いや、現実にあったことではないに決まっていますが)、伝説では、あとにもさきにもない大洪水とされているもの(なにしろ、標高5千メートルを超えるアララト山の山頂に水が届いたのだから、とほうもないものです)を扱った曲で、嵐の歌特集を終えるつもりだったのですが、マヌケなエンディングとなってしまいました。明日以降はべつの特集に移ります。

◆ ボツ原稿へのリンク ◆◆
長ったらしいボツ原稿のテキスト・ファイルをZIPでパッケージしたものを、以下のURLに送りました。

http://www.sendspace.com/file/spunto

上記ページが開いたら、スクロール・ダウンし、点滅する赤い矢印のとなりにあるリンクをクリックすると、ダウンロードがはじまります。ダウンロードしたZIPファイルを解凍するには、ZIP形式に対応した圧縮・解凍ソフトが必要です。

あまり長い期間は保持されないので、リンク切れの節はご容赦ください。どうしてもお読みになりたいという方は、コメントにその旨を書いてくだされば、再アップロードいたします。

ZIPファイルのアップロード 2007年10月20日

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by songsf4s | 2007-10-19 23:21 | 嵐の歌
Stormy Monday その2 by Bobby Bland
タイトル
Stormy Monday
アーティスト
Bobby Bland
ライター
T-Bone Walker
収録アルバム
The Best of Bobby Bland
リリース年
1962年
他のヴァージョン
T-Bone Walker, Lee Michaels, Lou Rawls, Them, the Allman Brothers Band, Derek & the Dominos (boot), the McCoys, ?(Question Mark) & the Mysterians, Mountain
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◆ 健忘症をひとつ克服 ◆◆
昨日のつづきで、本日はStormy Mondayの残るヴァージョンを一覧しますが、そのまえに、あとから思いだしたことを。

コメントで、nk24mdwstさんも、ジョージ・フェイムとズート・マニーがフット・ベース(ペダル・ベース)を使っていることを指摘していらっしゃいますが(前者は1枚所持、ろくに聴いていなかった。後者は高校のときに友だちのを脇から聴いたことがあるのみ)、わたしも昨夜、更新してからコーヒーをいれているときに、オルガンのフレーズが頭のなかに流れ、あっとなりました。

f0147840_2355548.jpgライ・クーダーのWhy Don't You Try Meです(Borderline収録)。これもスタジオでフット・ベースを使ったケースです。ただし、コーラスではフェンダー・ベースも入っていて、フット・ベースが聞こえるのは、ドラムが入ってこないヴァースのみですし、ドロウバー・セッティングはいかにもオルガンという感じの輪郭のないもので、リー・マイケルズのような、フェンダーと聴きまちがえかねない、アタックの強い音ではありません。

◆ ニンジンやピーマンも食べなさいといわれたので ◆◆
さて、本題。

Stormy Mondayは本来、典型的なブルース・コード進行なのですが、リー・マイケルズはブルース・コードではやっていません。いや、おおむねブルース・コード進行なのですが、装飾的によけいなコードを入れていて(キーをCとするなら、Em7、Dm7、E♭m7、D♭m7といったコード)、ハモンドの響きも相まって、これが非常に効果をあげています。わが家にあるStormy Mondayは、みなこのコード進行を使っているとばかり思いこんでいましたが、Tボーン・ウォーカーは通常のブルース・コード進行でやっていました。

f0147840_23562429.jpgとなると、よけいなコードがどこで加えられたかが問題になりますが、マイケルズほど大々的には使っていないものの、1962年のボビー・ブランド盤で、すでにちらっと出てきています。以後のカヴァーは、みなブランド盤を踏襲したことになります。当然でしょう。わたしはこのよけいなコードがあるから、この曲が好きなのです。マイケルズ盤は、このコードをほとんど前面に押し立て、ブルースでありながら、同時にブルースにはない叙情性も加えていて、そこが素晴らしいのです。

わたしは、ブルースはひとまわり(12小節)聴けばたくさん、LPまるごとはおろか、1曲聴くのもつらいという人間なので、Tボーン・ウォーカー盤はまるごとパスです。だいたい、ギターのチューニングが合っていないと思うのですが、ブルース系はチューニングが甘い人が多いようで、これが業界標準、要するに「味」なのでしょう。わたしにはわからない味ですが。

ボビー・ブランド盤は、上述のように、よけいなコードを加えたという功績があります。やっぱり、毎日毎日、コードが三つの曲ばかりやっていると、当のブルース・シンガー自身も退屈するのでしょう。意見が合いました。

f0147840_2358274.jpg?&ザ・ミステリアンズ(クウェスチョン・マーク&ザ・ミステリアンズと読みます。クウェスチョンがファースト・ネームで、マークがラスト・ネーム!)は、なにかの間違いでヒット(1966年のチャート・トッパー、96 Tears)を飛ばしただけの、ボロボロのガレージ・バンドなので、論外、もってのほか、問題外、ゴミのなかのゴミです。じゃあ、買うなよ、とおっしゃるかもしれませんが、これがトップ40道を極める修行のつらさ、「われに艱難辛苦を与えたまえ」って山中鹿之助もいっていると講釈師が教えてくれたでしょ。All My Trialsを歌っちゃいますよ。

マコーイズ盤Stormy Mondayは、リック・デリンジャー(リック・ぜーリンガー)が、ちょっと背伸びをしたがったのでしょう。スティーヴ・ウィンウッドはべつとして、十代のお子様には無理な曲です。でも、わたしも背伸びをしたがる子どもだったので、気持ちは理解できます。この人は中一のときに「ライヴァル」だと思っていた(!)ので、同情的なのです。ディノ・デジ&ビリーとか、スティーヴ・ウィンウッドとか、年齢が近いと、子どものころはものすごく気になりました。

f0147840_01339.jpgヒットの出なくなった末期、すなわち、サイケデリック以後になると、お子様バンドのマコーイズも、じつはそっちへと傾斜していきます。すくなくとも初期はスタジオ・プレイヤーの仕事であったことが、最近のオオノさんの発見で裏づけられましたが、ひょっとしたら、末期は「自立」の努力をしていたのかもしれません。成人以後はあれだけ弾くようになるプレイヤーだから、スタジオではミソっかすというのは、時代も時代ですし、すぐに我慢ならなくなったでしょう。

◆ 若いうちはまだまだワン・オヴ・ゼム ◆◆
f0147840_0121732.jpgすこし聴く気が起きるのが、ヴァン・モリソンのゼム時代のヴァージョン。久しぶりにゼムを聴くと、ヴァンはやっぱり年齢とともに成長して、よくなったタイプだということを確認できます。ゼム時代はまだ、黒っぽくつくっている感じがあり、歌のうまさがさきに聞こえてきてしまうのです。Bang時代もまだそういうところが残っていますが、それがだんだん消えていき、ただふつうに歌うようになって、素晴らしいシンガーが完成する、という正しい道を歩んだと思います。

エラ・フィッツジェラルドなんかが典型ですが、ダメな人は逆の道をたどります。はじめは、一所懸命、ただ素直に歌っていたのが、だんだん慣れてきて、音楽を、楽曲を、そしてリスナーをナメてかかるようになり、うまさばかりがめだって、曲を殺すようになっていくのです。ヴァンの一流ぶりが、この稚いヴァージョンを聴いてよくわかりました。いや、うまいんですよ。うまいだけだから、まだまだなのです。

f0147840_0133738.jpgVan Morrison's Jukeboxという、ヴァンに影響をあたえた曲を集めたオムニバスには、Tボーン・ウォーカー盤Stormy Mondayが収録されていますが、ゼムはTボーンのヴァージョンをベースにしてはいません。あのよけいなコードを入れているのだから、ボビー・ブランド盤を参照したに決まっています。こういう編集盤をつくるときは、先入観にとらわれず、ちゃんと音を聴いて、だれのどの曲のどういうところがその人に影響をあたえたのかを、きちんと検証してくれないと困ります。

f0147840_0151329.jpgルー・ロウルズは、バンドがいいので楽しめます。でも、あのコード進行は使っていないし、速い4ビートなので、Stormy Mondayを聴く楽しみはありません。エー、記憶で書きますが、アール・パーマー(ドラムズ)、ジミー・ボンド(スタンダップ・ベース)、ジョン・ピサーノ(ギター)というメンツだったと思います。ピアノは失念。ライヴではこういうメンバーですが、スタジオではしばしばキャロル・ケイがフェンダーを弾いています。わたしはベスト盤しかもっていませんが、それでもかなりのCK含有率なので、オリジナル盤の多くに参加しているのではないでしょうか。ルー・ロウルズのヴォーカルは……、うーん、暑苦しいのはあまり好まないのですよ。うまいですがね。

マウンテンは、ウッドストックのブートに入っていただけで、これがほしかったわけではないのに、ただくっついてきたというだけのこと。聴きたくもありませんが、いちおう聴きました。めげました。十代のときですら、思いきり馬鹿にしていたくらいで、この年になると、もはや笑う気にすらなりません。堅気の人間は一生聴く必要がありませんし、たとえあなたが、わたしと同類のトップ40ヤクザだとしても、Mississipi Queenだけもっていれば、日常生活にまったく差し支えありません。

◆ オールマンズ ◆◆
歐曼兄弟樂團(画像を探していて飛び込んだ台湾の販売サイトにこう書かれていました)ヴァージョンは、例のフィルモア・イーストでのライヴです。この盤は、昔からよく聴いていたつもりだったのですが、考えてみると、In Memory of Elizabeth ReedやWhipping Postの入っている、ディスク2のほうばかり聴いていて、Stormy Mondayの入っているディスク1のほうは、めったに針を載せることもなければ、トレイに入れることもなかったようです。

f0147840_0162375.jpgグレッグ・オールマンがオルガンを弾いているので、ちらっとリー・マイケルズ盤との近縁性を感じますが、ギター・バンドですから、そっちの方向へはいきません。しかし、ハモンドであのコード(オールマンズのキーはGなので、Am7、Bm7、B♭7、A♭7など)をやると、やっぱりいいなあ、と思います。Stormy Mondayという曲は、結局、この装飾的なコードに尽きるのじゃないでしょうか。

ランニング・タイムは10分を超えるので、当然、ソロ廻しがあります。オールマンズだから悪いものではありませんが、アンサンブルを必要とし、2本のギターがからむIn Memory of Elizabeth ReedやWhipping Postのようなお楽しみはありません。ただのソロ廻しです。途中、リズムを変えたりして、ダレないように努力してはいますが、ブルースでのソロ廻しは、どこまでいってもやっぱりブルースでのソロ廻し。それほど面白いものでありません。

◆ ドミノーズ、もとい、ボビー・ウィットロック ◆◆
最後にデレク&ザ・ドミノーズを残しておいたのは、出来のいいヴァージョンだからではありません。あまり音のよくないブートですし、バンドの状態もIn Concertのときほどよくはありません。ただし、ヴォーカルがボビー・ウィットロックなのです。In Concertには、ウィットロックがリードをとった曲がひとつも入っていないので、これを聴いて、やっぱり、じっさいにはスポットをもらっていたのだなと思いました。

だいたい、クラプトンの歌は、歌と呼べるような代物ではなく、いくらうまさをひけらかす歌手はダメといっても、ここまで下手さをひけらかされても困ります。ドミノーズが面白いのは、スタジオではドゥエイン・オールマンがギターでクラプトンを圧倒していること、ジム・ゴードンがすごみのあるプレイをしていること、クラプトンの歌の弱さをボビー・ウィットロックがカヴァーしているおかげです。

いえ、わたしはドミノーズの大ファンなのです。ただし、ギターとヴォーカルの人はぜんぜんいらないのです。ドラムとベースとキーボードだけならば、ツアー・バンドとしては、ロックンロール史上の三本指に入ると思います。

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ドミノーズ 左から無用の人(音は消せないので、せめてもと思い、エアーブラシで顔を消してみました)、ボビー・ウィットロック、ジム・ゴードン、カール・レイドルの素晴らしいトリオ

f0147840_0244698.jpgとにかく、ドミノーズの時代、ジム・ゴードンは絶好調で、In Concertなんか、ほかの音はまったく不要、というか、邪魔な雑音にすぎないから消えてほしい、ジム・ゴードンだけ聴いていれば幸せ、と思うほどです。ジム・ゴードンは素晴らしいプレイをたくさん残していますが、ドミノーズのIn Concertほどすごいプレイは、あとにもさきにもありません。Why Does Love Got to Be So Sadの強烈なライド、Let It Rainの精密なバックビート、ドラマーにこれ以上望むものはありません。

カール・レイドルはとくに好きなベーシストではありませんが、ジム・ゴードンとの相性ということでは、この人がいちばんだったと思います。ドラマーはベースしだい、ベースはドラマーしだい、というところもありますから。

ボビー・ウィットロックがまた好みなのです。でも、ドミノーズでは、クラプトンのヴォーカルを補うだけで、間尺に合わない役どころだなあ、と思います。Laylaのコーラス部で、ウィットロックのシャウトを消してみなさい。クラプトンのシャウトなんて聴けたもんじゃありませんよ。アルバムLaylaの最後に、ウィットロックのバラッドが入っていますが、どうしようもないヴォーカルを死ぬほど聴かされたあとにあれが出てくると、ほんとうに地獄で仏と思います。

ボビー・ウィットロックを聴くならエポニマス・タイトルのデビュー盤でしょう。これは、クレジットはないものの、半数ほどのトラックは明らかにクラプトン抜きのドミノーズによるもので、クラプトン嫌いには、一家に一枚、幸せを呼ぶ秀作です。

がしかし、これがCD化されていないんですねえ。わたしは大昔に買ったLPをリップして、しばしばプレイヤーにドラッグしています。ベスト・オヴ・ジム・ゴードンというプレイリストには、ここから4曲を選んでいます。ストレート・ロッカーのプレイもいいのですが、Song for PauraとThe Scenary Has Slowly Changedという2曲のバラッドでのプレイがまたすごいのです。バラッドのプレイがうまい人が、ほんとうにうまいドラマーです。ドミノーズのライヴと並ぶ、ジム・ゴードンの代表作と考えます。

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ボビー・ウィットロックのデビュー盤Bobby Whitlockのジャケット 上からフロント、バック、フォールド

で、話をドミノーズのブートにもどしますが、録音があまりよくなくて、肝心のジム・ゴードンが聞こえないのです。当てごととなんとかは向こうから外れる、ジム・ゴードンのファイン・プレイ、スーパー・プレイを期待したのに、聴きたくもない下手なヴォーカルと凡庸で死ぬほど退屈な「たんなる指の運動ギター」を聴かされて、おおいにめげました。そのなかで、ヴォーカルがウィットロックに交代する、このStormy Mondayは唯一の救いになっています。残念賞みたいな救いですが。
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by songsf4s | 2007-10-17 23:54 | 嵐の歌
Stormy Monday その1 by Lee Michaels
タイトル
Stormy Monday
アーティスト
Lee Michaels
ライター
T-Bone Walker
収録アルバム
Lee Michaels
リリース年
1969年
他のヴァージョン
T-Bone Walker, Bobby Bland, Lou Rawls, Them, the Allman Brothers Band, Derek & the Dominos (boot), the McCoys, ?(Question Mark) & the Mysterians, Mountain
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嵐の歌には、Stormy Weatherのほかにもう一曲、ブロガー殺しのスタンダードがあります。エルヴィス以後の時代においては、Stormy Weatherよりはるかに人気のあったStormy Monday、別題Stormy Monday Blues、さらなる別題Call It Stormy Mondayです。

とてつもない数のカヴァーがありますが、トップ40に届いたヴァージョンはなく、ボビー・ブランド盤が1962年に43位までいったのが最高位です。そもそも、シングル・カットはそれほど多くないのでしょう。しかし、アルバム・トラックやライヴでは、ちょっとやってみたくなる曲なのだと思います。

◆ 鷲は金曜に飛んだ ◆◆
いちおう、歌詞を見てみますが、わたしにはよくわからないところがあると、最初にお断りしておきます。

They call it stormy Moday
But Tuesday's just as bad
They call it stormy Moday
But Tuesday's just as bad
Wednesday's worse
And Thursday's also sad

「世間では“嵐の月曜”といっている、でも、火曜だって同じぐらいひどいものさ、水曜はもっと悪い、木曜もやっぱりひどいものさ」

リー・マイケルズは、ちょっと変な歌い方をしているのですが、意味が通らない(「There's a call it stormy Monday」と聞こえる)ので、ここはオーソドックスなリーディングにしたがっておきます。

f0147840_0253677.jpg字句の意味をとることはむずかしくないのですが、じゃあ、なんの歌なんだといわれると、よくわかりません。ワーク・ソングの一種なのだと考えています。

月曜は気分が乗らないというのは、だれでも同感できることですが、それを「stormy」と表現するところがわたしのような日本語の語感に生きている人間にはわかりかねます。嵐を避けて、じっと小さくなっている、というのなら、わたしの感覚には合っていますが。

ともあれ、月曜がいきなり嵐、火曜はどうなるのかと思っていると、やっぱり嵐、どこまでいってもいい日はない、もっとひどくなっていく、というところが、なんだか笑えます。

Yes the eagle flies on Friday
And Saturday I go out to play
Eagle flies on Friday
And Saturday I go out to play
Sunday I go to church
I kneel down and pray

「金曜には鷲が飛び、土曜には町に出かけて遊ぶ、日曜には教会にいき、ひざまずいて祈る」

ほかはともかく、金曜日がわかりません。なぜ金曜に鷲が飛ぶのか? 辞書でeagleを引くと、第3項として、以下の定義があります。

f0147840_0265924.jpg3a ワシじるしの国章[国璽、軍旗、紋章、階級章、会員章、図形など] 《ローマ帝国・フランス軍の軍標、米国の国章[国璽]、米軍大佐の階級章など》
3b 《米国の》 ワシじるし 10 ドル金貨 《1933 年廃止》

第3項のaから派生した言葉につぎのようなものがあります。

eagle day
n.《軍俗》給料日《給料袋のワシじるしから》

f0147840_0275041.jpgこれで、金曜に鷲が飛ぶ謎は解決です。アメリカは基本的には週給制なので、金曜が給料日です。だから、金曜には「鷲」が飛んで、土曜には遊びまくり(当然、性的な暗示がある)、日曜には教会にいって、昨夜の「罪」を洗い流す、というように、話がトントンと段取りよくいってくれます。木曜までの4日間の歌詞は一歩も前に進まなかったのと、なんともあざやかな対象をなしています。

Tボーン・ウォーカー盤では、もう1ヴァースあるのですが、マイケルズは略しています。彼が略した理由はよくわかります。こんな歌詞だからです。

Lord have mercy, Lord have mercy on me
Lord have mercy, my heart's in misery
Crazy about my baby, yes, send her back to me

いきなり恋人のことが出てくるのがわかりませんし、曜日がついていない(日曜に教会で祈っているということでしょうが)ところが、形式を壊していますし、特段の意味があるわけでもないから、ここは略すほうが賢明です。

どちらにしろ、この曲はインプロヴのヴィークルに使われることが多く(その証拠に、この曲がロックンロール・スタンダードになったのは、長いインプロヴが当たり前になった60年代後半のことで、それ以前はブルース・シンガーの歌う曲だった)、ポイントはヴォーカルではなく、プレイのほうにあるわけで、くだらない歌詞は飛ばして、さっさとインプロヴに入りたいのはだれだって同じでしょう。

◆ グルーヴは下半身から ◆◆
リー・マイケルズにはDo You Know What I Meanというヒット曲がありますが、これ1曲だけですし、ハモンド・プレイヤーなので、だれに影響をあたえたわけでもなく、いまではすっかり忘れられた存在でしょう。ウェブ上にも、ファン・サイトがひとつあっただけです。

f0147840_030417.jpgわたしはハモンドという楽器が好きなので、音色がいい、つまり、ドロウバー・セッティングがうまいと感じたプレイヤーの盤には手を出していました。マイケルズのStormy Mondayを聴いたのはリリース時のことですが、ミドル・ティーンでなくなってからも、このアルバムはときおり引っ張り出して聴いています。あれから何十年もたつので、わが家のStormy Mondayはむやみに肥大化してしまいましたが、それでもやっぱり、このヴァージョンがいちばん好きです。その理由は、グルーヴに尽きます。

マイケルズは、スタジオ録音でも、自分でフット・ベースを弾いています(「蹴って」いるというべきか)。このフット・ベースの味と、ドラムのフロスティーのキック・ドラムの兼ね合いがじつによろしいのです。これが、ほかのヴァージョンにはない、マイケルズ盤Stormy Mondayの魅力です。

f0147840_115274.jpgフット・ベースを録音に使った人は、考えてみると、ほとんど知りません。ラスカルズのフィーリクス・キャヴァリエが初期にスタジオでも何曲か(ラスカルズにはベースがいないので、ライヴでは当然、つねにフット・ベースだった)、スティーヴ・ウィンウッドはライヴで使っただけで、スタジオではつねにフェンダー・ベースだったと思います。いま一所懸命記憶をたどっているのですが、もう出てきません。ブライアン・ウィルソンが、Sloop John B.で、フェンダーとフット・ベースを重ねたというのがありましたが、これはフット・ベースを常用したオルガン・プレイヤーの例とはいえません。

ドアーズもベースがいませんし、盤でもフット・ベースのような音がしているときがありますが、あれは左手でオルガン・ベースを弾いているのであって、フット・ベースではありません。あとはジャズやラウンジのプレイヤーだけじゃないでしょうか(って、わたしはすべてのロックンロール・バンドを聴いたわけではないので、知らない例があるにちがいありませんが)。

f0147840_125176.jpgフット・ベースといっても、リー・マイケルズ、フィーリクス・キャバリエ、スティーヴ・ウィンウッドでは、それぞれかなりちがう音です。とくに、リー・マイケルズのフット・ベースには独特の味があります。キック・ドラムと同じで、その人固有のグルーヴが、手で扱う楽器よりも、ストレートに表現されるからではないでしょうか。つまり、リー・マイケルズは非常にいいグルーヴをもっている、すくなくとも、わたしには非常に好ましく感じられるグルーヴをもっているということです(いや、フェンダー・ベースを弾かせたら、スティーヴ・ウィンウッドは、そこらの本職なんか、みんな吹き飛ばしてしまうほどすごいグルーヴ。Empty Pagesなんか、ベースだけあれば他はいらないくらい)。

f0147840_141219.jpgじっさい、後半の長い(足ではなく両手による)オルガンのインプロヴも、リズミックだし、アクセントがクッキリしているので、退屈しません。インプロヴなんていうのは、言い換えれば「その場の思いつき」ということで、凡庸なプレイヤーがやっても面白いことはなにもありません。素晴らしいプレイヤーがやっても、やっぱり思いつきにすぎないのだから、32小節やろうと、64小節やろうと、5万小節やろうと、いいのは結局4小節だけ、なんてえのが関の山、残る49996小節はやっぱり凡庸なプレイヤーのプレイ同様、ゴミ箱直行の無意味な音の並びにすぎません。たいていの人が「指なり」に鍵盤、指板、その他もろもろの上で指その他の身体部位を上下運動しているだけであって、クソ面白くもない代物です。あれはリスナーのためにやっていると思ったら大間違いで、みな、自分たちの快感のためにやっているだけです。

この数十小節のリスナーの悪夢での唯一の救いがグルーヴです。リー・マイケルズほど、シンコペーションをきかせ、抑揚をハッキリとつけ、ソウルフルなオルガンを弾く人はいません。それは彼のタイム感に支えられています。じつになんとも気持ちのよい、退屈にはほど遠いインプロヴです。

◆ 足どうしの相性 ◆◆
ドラムのフロスティーという人は、マイケルズの盤でしか見たことのない名前ですが、欠点と長所のハッキリしたプレイヤーです。タイムはかなりいいほうで、フィルインのない「空の小節」については好みです。しかし、フィルインはしばしばミスッています。

f0147840_152098.jpgキック・ドラムのタイムは、マイケルズのフット・ベースときれいに合っていて、空の小節は気持ちのよいグルーヴを形成しています。しかし、パラディドルはミスるんですねえ。中学のとき、わたしは彼に似たドラマーだったと自分では思います。だからわかるのですが、これは左右の手のパワーがアンバランスな結果でしょう。わたしの場合、左手が強くかつ正確、右手が弱く、かつ不正確でしたが、フロスティーはたぶん左手のコントロールがうまくないのだと思います。そういうドラマーは案外多いのですけれどね。

運動能力と運動神経という分け方でいうと、フロスティーは、運動神経は発達しているけれど、運動能力が伴わないタイプで、速いパッセージになると、足がからまるようになって、両手で交互に正確なビートを叩けないのだと思います。

しかし、これはドラマーの欠点としては許容できるもので、逆だった場合は悲惨です。運動神経が悪い、すなわち、タイムが悪いのに手はよく動く場合、不快なビートを山ほど連打されちゃうわけですからね。

フロスティーはそんなことはありません。フィルインでのミスに目をつぶれば、あとは気持ちのよいビートで楽しませてくれます。

f0147840_162935.jpg書き忘れていましたが、Stormy Mondayは、この二人のプレイヤーだけで、一発録りをしたそうです。たしかに、どこにもオーヴァーダブの気配はなく、両手のハモンド、フット・ベース、ドラム、マイケルズのヴォーカルしか聞こえてきません。ハモンドという楽器の便利なところです。

退屈なだけのものがほとんですが、まだ山ほどヴァージョンがあるので、それについては、明日以降に検討させていただきます。
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by songsf4s | 2007-10-16 23:54 | 嵐の歌
Stormy Weather その2 by Django Reinhardt
タイトル
Stormy Weather
アーティスト
Django Reinhardt
ライター
Harold Arlen, Ted Koehler
収録アルバム
Django In Rome 1949-1950
リリース年
未詳
他のヴァージョン
Lena Horne, Frank Sinatra, Jackie Wilson, Joni Mitchell, Gladys Knight, Diana Ross, Earl Grant
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◆ 「知り合い」のお父さん ◆◆
リーナ・ホーンのStormy Weatherは、1941年12月15日録音と記録されています。1941年は昭和16年です。太平洋戦争の開戦は、日本側の日付では、この年の12月8日。開戦から一週間後に、この曲は録音されたことになります。

以前から予定されていたことで、戦争と無関係なのかもしれませんが、わたしにはどうも関係があるように思えます。戦意昂揚にはつながらず、どちらかといえば厭戦気分を助長するような曲ですが、制作者の頭のなかには、真珠湾の被害、そして、東南アジア戦線での連合国側の連戦連敗があったのではないかという気がしてしかたありません。

その当否を判定する材料は見つからないので、かわりにパーソネルでもご覧ください。じつは、ハリウッド録音なのです。さすがにこの時代のものは、サウンドを聴いても、録音場所を判断することはできません!

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この時代には、「知り合い」なんかいやしないと思ったのですが、これが左にあらず、ちゃんと知っている人がいました。ギターのペリー・ボトキンです。この人がもちろん、ペリー・ボトキン・ジュニアのお父さん。Wonderful Summerで宿題として棚上げにしたことをやっと片づけることができました。

マニー・クラインというトランペッターは、リーナのヴォーカルに対して、コール&レスポンスのような形で、ミュートでなかなかいいオブリガートをつけています。

◆ 他のヴォーカル盤 ◆◆
残りのヴァージョンを見ていきます。まず、ヴォーカルものから。

f0147840_23591664.jpgどれも文句なしとはいかず、いろいろ不満があるのですが、しいていうと、ジャッキー・ウィルソン盤が好みです。弦の使い方がなんだか青江美奈の「伊勢佐木町ブルース」みたいで、ここでもまた、日本的な「ブルース」を連想してしまいます。リトル・ウィリー・ジョンのFeverも似たようなストリングス・アレンジで、ほかにもまだ類似のものがあったと思います。「伊勢佐木町ブルース」のアレンジは、きわめて日本的なもの、歌謡曲的なものと思っていましたが、案外、アメリカの曲を下敷きにしているのかもしれません。

f0147840_024985.jpgつぎはやはりフランク・シナトラでしょうか。この曲でのシナトラの歌そのものはあまり好みではありませんが(スロウな曲でのシナトラは概して苦手)、ゴードン・ジェンキンズのアレンジにはうなります。ファースト・ラインのDon't know whyにくっついて出てくるストリングス(および、ごく薄い管、おそらくはフルート)のオブリガートだけで、すぐにそれとわかっちゃうほど、ジェンキンズ印がそこらじゅうにペタペタ押してあります。いやはや、弦の裏に薄く管を重ねる技には感心します。予算潤沢じゃなければ、こういう羽織の裏に凝るようなことはできないでしょうから、シナトラならではのサウンドともいえるわけですが。

f0147840_042776.jpg女性陣は、レベルの低いところでドングリの背比べとくるから困ったものです。しいていうと、オーケストラの豪華さでジョニ・ミッチェル盤でしょうか。ジョニのヴォーカル自体は、彼女も「マリアンヌ・フェイスフル症候群」に罹患したことがよくわかるおばあさん声で、十年後には魔女だろうなあ、とガッカリしてしまいます。ジョニ・ミッチェルという金看板があるから手をもらえるだけのことであって、これが素人のど自慢だったら、だれも拍手なんかしないでしょう。

f0147840_092694.jpgしかし、オーケストラはすごいものです。もともとはAT&Tが顧客に配るためにつくった盤に収録されたものだそうです。さまざまな女性歌手を一堂に集めておこなわれたコンサートでのライヴ録音で、なるほど、巨大企業が金に糸目をつけずにやったわけね、と納得しました。そうじゃなければ、こんな大オーケストラの費用は正当化できないでしょう。これで利益を出そうとしたら、オーケストラのサイズは半分以下に縮小するしかありません。フロントの女性シンガーたちの顔ぶれはじつにつまらないのですが(彼女らのせいではなく、こちらが年寄りなので、みんなつい最近「スター」になったお子様歌手に見えるだけです)、シンガー抜きなら、このライヴ盤の録音会場にいて、オーケストラを聴きたかったと思います。さぞかし強烈なサウンドだったことでしょう。

f0147840_0113132.jpgグラディス・ナイトは、まあ、年を取ったら、そういう方向しかないよね、と同情はできます。サウンドも、そこそこのものです(ブースのメンツはトミー・リピューマ、フィル・ラモーン、アル・シュミットと、タイム・マシーンに乗って70年代に飛んでしまったようなぐあい)。でも、アルバムを通して聴くと、思いきりダレます。まあ、こういう音楽はそもそもダレるのが目的なのだろうから、それでいいのでしょうが、わたしのようなジャズ嫌いは、すこしはシャキッとせんかい、と星野仙一となってしまうのでありました。

こういうラウンジ風味のジャズ・ヴォーカルというのは、そこらの半チクなおネエちゃんが、あたしも大人になったよねえ、とかいって一杯やりつつ、しみじみするするための音楽であって、一人前の大人、大の男が聴くものじゃないでしょう。オレは八十になっても、こういうだらけきった退廃的音楽を聴くような堕落のしかただけはしないぞ、と誓っちゃいました。グッド・ロッキン・エイティーズを目指して生き抜くぞ。

f0147840_0132895.jpg年を取らなくてもすでにたっぷり腐っていたのがダイアナ・ロス。下手なくせに、ジャズ・シンガーっぽくやってみたかったのでしょう。所詮、器ではないし、そもそも、前提がおおいなる勘違いで、みなこうして、ババアになってパアになって腐って終わっていくわけだな、とうんざりさせられました。そもそも、好きでもないシンガーの、ろくでもない盤を、オレはなんだって買ったのか、と昔の自分の馬鹿さかげんに腹を立てています。

◆ インスト盤2種 ◆◆
f0147840_016088.jpgジャンゴ・ラインハルト盤はイケます。わたしは、アコースティックでのプレイはあまり好きではないのですが、腐ったおばあさんたちを立てつづけに聴いたあとに出てきたら、こりゃやっぱりいいなあ、と思いました。買っただけで、ろくに聴いていなかった盤なのですが、ダイアナ・ロスの腐りきった歌のおかげで、買っておいてよかったと感じました。弦や胴のせいではなく、弾き方のせいだと思うのですが、ジャンゴ・ラインハルトという人は、アコースティックなのに、独特のトーンをもっています。なぜそうなるのかは、わたしには謎なんですが。

f0147840_0184011.jpgアール・グラントは、At the End of a Rainbowのヒットが有名ですが、歌は余技で、本職はピアニスト、オルガニストでありまして、Stormy Weatherでは、タイトルに合わせて、イントロではちょっとワイルドなオルガンのプレイ(キース・エマーソンはグラントの物真似だったのね、なんてことはないですが)を聴かせてくれています。パーソネルの記述はないのですが、ピアノも味のあるプレイをしています。グラント自身のオーヴァーダブでしょうか。

歌もの、とくに女性陣はめげるものばかりでしたが、この2つのインスト盤はどちらも出来がよく、ホッとします。ガッツのあるサウンドはやっぱりけっこうですねえ。音楽は年齢じゃないと思うのですが、女性たちはみな最後は年齢にしてやられるようです。年を取って味が出るのは男ばかり哉。ああ、秋風が身に染みる。

◆ アーレン=ケーラー・コンビ ◆◆
Stormy Weatherの作曲者、ハロルド・アーレンの曲は、当ブログでもすでにIt's Only a Paper Moonをとりあげています。あのときは、時間がなくて、ネグってしまいましたが、今回はそうもいかないので、すこしは作者と背景について書いてみます。

f0147840_0225862.jpgアーレンはジュディー・ガーランドの『オズの魔法使い』のスコアを書いたのだそうです。ということは当然、あの映画の主題歌である、Over the Rainbowも書いたことになります。ほら、偉い人が出てくるからスタンダードはイヤだっていったとおりでしょう? アーレンのオフィシャル・サイトのMusicページで代表作を聴けるようですので、よろしかったらどうぞ。わたしはReal Audioはいっさい聴かない主義なので、聴いていませんが、けっこうな数の曲が並んでいます。このサイトでは、経歴を読ませていただき、アーレンとStormy Weatherの作詞家テッド・ケーラーの2ショット写真をいただいてきました。

ハロルド・アーレンは、ニューヨーク州バッファロー生まれ(たしか、トミー・テデスコも同郷です)のジュウィッシュで、音楽教師になってほしいという母親の希望でピアノを習い、その希望とは裏腹に、ポピュラー・ミュージックにとりつかれ、十代なかばからバンド・リーダーとして活躍するようになりました。

f0147840_0261244.jpg彼の夢はつねにシンガーだったのですが、アレンジと作曲の才能を認められ、(たぶん)ティン・パン・アリーの楽曲出版社と契約し、作詞家のテッド・ケーラーと組んで最初に生まれたヒットが、1929年のGet Happyだそうです(うちにもシナトラをはじめ、4種のヴァージョンがあります。「ハッピー・ソング特集」なんていうのをやりましょうかね)。十代のアーレンはラグタイムのシンコペーションが好きだったそうですが、それが反映されたにぎやかな曲です。この曲で、アーレン=ケーラーは、「ブルージー・リズム・ナンバー」のチームとみなされるようになったとか。

20年代終わりから30年代はじめにかけて、アーレン=ケーラーは、かのコットン・クラブのショウのために曲を書くようになり、ここから多くのヒット曲が生まれました。1933年のStormy Weatherも、コットン・クラブのキャブ・キャロウェイが歌うことを念頭に書かれたものの、結局、エセル・ウォーターズが第21回の「コットン・クラブ・パレード」ショウで歌うことになったそうです。この曲のレオ・レイズマン・オーケストラ盤が評判を喚んで、コットン・クラブもおおいににぎわったと書かれているので、オリジナル・ヒットはレオ・レイズマン盤ということになるようです。

まだハロルド・アーレンのサクセス・ストーリーははじまったばかりですが、目的の曲にたどり着いたところで、切り上げさせていただきます。It's Only a Paper Moonまではいきたかったのですがねえ。
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by songsf4s | 2007-10-15 23:55 | 嵐の歌
Stormy Weather その1by Lena Horne
タイトル
Stormy Weather
アーティスト
Lena Horne
ライター
Harold Arlen, Ted Koehler
収録アルバム
Sentimental Journey: Pop Vocal Classics Vol. 1 (1942-1946)
リリース年
1942年(録音は41年12月15日)
他のヴァージョン
Frank Sinatra, Jackie Wilson, Joni Mitchell, Gladys Knight, Diana Ross, Django Reinhardt, Earl Grant
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毎度、どの特集でも、避けて通れないスタンダードが待ちかまえていて、じつにもって困ったものです。なにが困るといって、スタンダードの場合、ソングライターおよび楽曲の周囲に長い歴史がぶら下がっていて、当方はそのあたりのことにはくわしくないため、いちいち調べる(ということはつまり英語の長い文章を読む)必要に迫られることです。

f0147840_0131232.jpg今回のStormy Weatherにも、いろいろストーリーがあるようですが、そのへんのことは後回しにします。いろいろなヴァージョンのなかから、リーナ・ホーン盤を選んだ理由は、もっとも出来がよいと感じたからにすぎず、このヴァージョンが、いわばこの曲の決定版と一般にみなされているからではありませんが、ひねくれ者のわたしにしてはめずらしく、世間と意見が一致したようです。

これがエラ・フィッツジェラルドだの、サラ・ヴォーンだのといった、リスナー/オーディエンスおよび音楽そのものすらナメきっている、不快きわまりないジャズ歌手だったら、名前を見ただけでパスです。でも、リーナ・ホーンは声も心地よく、昔の有名な歌手にしては、自分が偉大だと勘違いしている節もなく、歌のうまさをストリッパーのようにひけらかすエラやサラのような耐えがたい下品さもなく、いたって控えめにして上品、それでいて、なかなかセクシーでもあるのです。歌手にも、「ほんの粗末なものですが」といって歌を差し出す礼儀は必要だと、かつて礼節の国と呼ばれた場所に生まれた人間は思うのであります。

◆ 無情の雨 ◆◆
それではファースト・ヴァース。

Don't know why
There's no sun up in the sky
Stormy weather
Since my man and I ain't together
Keeps rainin' all the time

「どうして空に太陽がすがたを見せないのだろう、荒れ模様の空、彼と別れてからずっと雨が降りつづけている」

ここは解釈上の問題が起きる箇所ではなく、そもそも、長い歌詞なので先を急ぐことにします。セカンド・ヴァース。

Life is bare
Gloom and misery everywhere
Stormy weather
Just can't get my poor self together
I'm weary all the time, the time
So weary all the time

「人生は無情、悲しみと苦痛ばかり、荒れ模様の空、あわれな自分の心を抑えることができない、気持ちはいつも滅入ったまま」

f0147840_0385185.jpgここはいろいろあります。まず、「このbareはなに?」と思います。ふつうは「裸の、むきだしの、あからさまな」という意味で使われるわけで、「bare fact=むきだしの事実」なんて用例があります。ちょっとだけ迂回路を通れば、「無情」にたどりつけるかな、と考えました。

「get oneself together」という熟語は、それなりによく見かける言いまわしで、辞書では「自制する、自制心を働かせる」などと定義されています。つまり、すくなくとも表面的には平常の状態を保つということで、ここでは、それすらもできず、内面の荒れた感情が立ち居振る舞いにもあらわれてしまう状態をいっているのでしょう。

◆ 長雨のように降りやまない歌詞 ◆◆
サード・ヴァース。まだ中盤です。

When he went away
The blues walked in and met me
If he stays away
Old rocking chair will get me
All I do is pray the Lord above will let me
Walk in the sun once more

「彼が去ると、かわりに憂鬱がやってきた、彼がいなければ、わたしはロッキングチェアにつかまることになるだろう、ただ、天にまします主に、また太陽のもとを歩ませてください、とお祈りするばかり」

f0147840_0141171.jpgこのヴァースの1行目は、なかなか英語的で面白いのですが、日本語ではどうにもなりません。「彼が去ると、入れ替わりにブルースがやってきて、わたしに出会った」といっているんですから。いや、ブルースといっても、人名のBruceじゃなくて、「ブルーズ」ですが。

ロッキングチェアのくだりはよくわかりません。憂鬱にとりつかれると、一日中揺り椅子に坐って、物思いにふけってしまう、という意味なのだろうと想像しますが、なにかわたしの知識に欠落があったり、なにか勘違いしていたりする恐れもあります。

フォース・ヴァース。まだ終わりではありません。

Can't go on
All I have in life is gone
Stormy weather
Since my man and I ain't together
Keeps rainin' all the time
Keeps rainin' all the time

「もうダメ、なにもかも失ってしまった、荒れ模様の空、彼が去ってから、ずっと雨が降りつづけている」

やっとブリッジです。

I walk around
Heavy-hearted and sad
Night comes around
I'm still feelin' bad
Rain pourin' down
Blindin' every hope I had
This pitterin', patterin', beatin'
And spatterin' drives me mad
Love, love, love
This misery is just too much for me

「重い心と悲しみをかかえて、わたしは歩きまわる、夜がやってきても、気分はよくならない、まだどしゃ降りのまま、雨がかつての希望を覆い隠す、バラバラ、ザーザーとたえまない雨音がたまらない、愛、愛、愛、この惨めな気分にはもう耐えられない」

バラバラ、ピチャピチャといったオノマトペ的動詞のあとに、love、love、loveという繰り返しが出てくるのは、雨音がlove、love、loveと聞こえるといいたいのだと思います。

ここでフォース・ヴァースにもどり、うまくつながってエンディングとなります。

◆ 日本的な「ブルース」 ◆◆
このリーナ・ホーン盤を聴いて思いだしたのは、淡谷のり子の「別れのブルース」です。メロディーが似ているわけではありませんが、どちらもオーセンティックな12小節のブルースではなく、ブルージーなスロウ・バラッドであるという共通点があります。この曲のオリジナルは1933年、日本でいうと昭和8年、服部良一は、ひょっとしたら、この曲の古いヴァージョンを聴いていたのではないか、などと想像して、ニヤニヤしてしまいました。

f0147840_0402361.jpgいつなのかデータがわからないのですが、リーナ・ホーンが後年、再録音したものもあります。でも、こちらはまったくいただけません。声に衰えや大きな変化はないのですが、最初の録音のように素直に歌っていなくて、ジャズ・シンガーによくある、悪ずれした「歌いまわし」をしているのです。

そういうのがお好きな方もいるでしょうが、何度も書いているように、わたしの信念は「まわすな、こなすな、素直にやれ」なので、こういうのは虫酸が走ります。どんな分野でも、まわしたり、こなしたりするのは二流、三流。ほんものの一流は素直にやるものです。いや、超一流になったら、まわそうが、こなそうが、なにをしてもいいんですけれどね。

むやみに長い歌詞だったので、本日は他のヴァージョンに到達できず、残りについては、この曲の由来とあわせて、明日以降に検討させていただきます。

f0147840_0413144.jpg
盤が大ヒットしたのだろう、Stormy Weatherはすぐに映画化されている。共演はビル・“ミスター・ボージャングルズ”・ロビンソンとキャブ・キャロウェイ。

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by songsf4s | 2007-10-14 23:55 | 嵐の歌
Blowin' Up the Storm by Duane Eddy
タイトル
Blowin' Up the Storm
アーティスト
Duane Eddy
ライター
David Gates
収録アルバム
Twangin' Up a Storm
リリース年
1963年
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◆ 芸能界用語としてのStorm ◆◆
本日は居眠りばかりしていて、目覚めれば、すでに日付が変わるまであとわずか。リストのなかからいちばん楽な、こういうときのためにとってあったインストゥルメンタル曲を選び出しました。

ドゥエイン・エディーは、ご存知の方はご存知、聴いたことのない曲でも説明の要がないほど、ほとんどすべての曲を例の「トワンギン・ギター」スタイルでやっています。この曲も、タイトルに嵐とあるからといって、ジョー・メイフィスのような、すさまじい速度で弾きまくるわけではなく、例によって例の調子、低音弦をブリッジのすぐそばで強引にピッキングしているだけです。

f0147840_0553215.jpgRCA時代のエディーは、ハリウッドとナッシュヴィルで録音していたようですが、このアルバムはハリウッド録音で、アレンジャーはデイヴィッド・ゲイツ、この曲自体もゲイツの作です。プレイヤーのクレジットはありませんが、ドラムは明らかにアール・パーマー。そのおかげで、けっこうなグルーヴになっています。

いや、ミドル・テンポなんです。どこが嵐なのかと思うほど、ゆったりしちゃって、看板に偽りありです。アルバム・タイトルにまで嵐がくっついていますが、アルバム全体を聴いても、とくに嵐の雰囲気があったりするわけではありません。辞書でstormを引いてみると、

blow up a storm
《ジャズ俗》 すばらしい演奏をする; _《俗》 怒り狂う; _《俗》 大騒ぎをひき起こす

という成句が出ています。したがって、歌詞のことを気にしないでよいインストゥルメンタル・プレイヤーおよびバンドの場合、気象とは無関係に、この言葉は好ましいことになり、それだけの理由でつけられたタイトルなのだろうと思います。あちらもこじつけ、こちらもこじつけ、武士は相身互いですわ。

◆ 変わらぬスタイル、変わってゆく時代 ◆◆
60年代に入ると、エディーは徐々にシングル・ヒットを出せなくなっていきます。この曲は、最後のトップ40ヒット、Boss Guitarと同じ年にリリースされていて、まだ元気がよかったころのものです。

f0147840_0574057.jpg考えてみると、いつも同じスタイルなのに、50年代にあれほどヒットを大量生産したことのほうが不思議かもしれません。「トワンギン・ギター」で売ったのだから、下降線に入っても、高音弦での華麗なプレイに転身というわけにもいかなかったのでしょう。自分のスタイルに殉じ、生涯、トワングしつづけたのは、まあ、立派なことといえるように思います。いや、時代に合わせてスタイルを変えていった人はダメ、ということではないのですが、スタイルを変えない頑固な人がいるのも、それはそれでけっこうなことだと思います。

エディーという人は、あまり高音弦を弾かないから、うまいんだか、下手なんだか、よくわかりません。たぶん、とくにうまくはないだろうと思います。それなのに、十数曲のトップ40ヒットがあったのだから、最初につくりだしたスタイル、フォーマットがよかったのだとしか考えようがありません。

ギター・インストというのは、うまいに越したことはないのですが、つまるところ、うまさでは売れないということです。リスナーが聴いているのは、テクニックではなく、楽曲であり、サウンドであり、ムードなのだということでしょう。64年以降、エディーが失速していったのは、時代が変わっただけであって、彼はなにも変わらず、年を取ってからもトワングしていたのはご承知のとおり。やはり、表彰ものでしょう。

◆ 中途半端な裏方 ◆◆
デイヴィッド・ゲイツは、キャリアの初期はよくわからないところがあるのですが、62年ぐらいからヴェンチャーズのレコーディング(および、一時的にはツアーにも)に関わっていき、ギター、ベース、ドラムと、あれこれやったようです。小器用なところがあったのでしょうが、とくにギターがうまいということはないようで、スタジオ・プレイヤーとして大活躍した痕跡はありません。

このBlowin' up the Stormの翌年、1964年にリリースされた、知る人ぞ知る、ギター・インストの秀作アルバム、アヴァランシェーズのSki Surfin'にはベースとして参加していますが、このプレイを聴いて、翌年にリリースされた、ヴェンチャーズのクリスマス・アルバムのベースは、デイヴィッド・ゲイツの仕事だったとわかりました(聴く順番が逆になってしまったが、このアルバム自体が、アヴァランシェーズに触発されたものだったことは、いまになれば明白。いや、ほとんど同じメンバーなのだが、クリスマス・アルバムのときのドラムはハル・ブレインではないし、ダブル・リードではないので、そこで差がつき、軍配はアヴァランシェーズ)。

64年には、マーメイズのPopsicles and Iciclesをプロデュースし(曲もゲイツのものだったと思います)、大ヒットさせたり、ガール・グループ・アンソロジーにはしばしばとられている、ガールフレンズの隠れた佳作My One and Only Jimmy Boyをプロデュースしたりもしています(ノンヒットだが、マーメイズなどよりよほど面白く、いま聴いても腐っていないと感じる。ハル・ブレインがめったにやらないほど派手なプレイをしている)。

f0147840_17662.jpgこう見てくると、どうも落ち着きがなく、どの分野でもそこそこの才能という印象を受けます。たぶん、プレイヤーとして大売れはしなかったことから、ソングライティングとブースの仕事に移ることを考えたのでしょうが、多少のヒットは出たものの、これで一生大丈夫とは、とうてい思えません。ブレッドが成功しなければ、かなりきびしい後半生になったのではないでしょうか。

ブレッドの最初のヒット、Make It with Youのリリースは1970年。わたしのように、特定のアーティストに拘泥することなく、ハリウッド音楽の流れをマクロに追っている人間には、60年代後半のゲイツの動きはわからず、活躍といえるようなものはなかったのでしょう。プレイヤーとして名を成すこともできず、ブースのスタッフとしても、ソングライターとしても大成功することなく、かなり危機的状況の数年間だったのではないでしょうか。

ブレッドが成功しなかったら、まずいことになっていたはずで、運がよかったというべきか、やはり能力があったというべきか、まあ、そのへんは人知をもってしてわかることではないのでしょう。

◆ 時はめぐって ◆◆
f0147840_18259.jpgドゥエイン・エディーという人は、いつも同じプレイなので、それほど興味はないのですが、ハリウッド音楽史を研究する人間としては、彼のバンド、レベル・ラウザーズはなかなか気になる存在です。スティーヴ・ダグラスとラリー・ネクテルという、重要なスタジオ・プレイヤーが輩出しているからです。

70年代に入ると、ハリウッドのスタジオ仕事は減りはじめ、プレイヤーたちはさまざまな方面に散っていくことになりますが、ラリー・ネクテルは、デイヴィッド・ゲイツのブレッドに参加することになります。10年ほどまえ、キャロル・ケイに聞いた話では、依然として一年のかなりの期間はブレッドとツアーに出ているということで、メールにもめったに返信をよこさないほどだということでした。

彼に話を聞きたいのなら、わたしが紹介したといいなさいと、キャロル・ケイはラリー・ネクテルのメール・アドレスを送ってくれたのですが、結局、連絡はとりませんでした。現役の人は悠長な昔話はしたがらないだろうと思ったのです。そもそも、キャロル・ケイにすら返信をしないんだから、わたしがなにか書き送っても、どちらにしろゴミ箱行きだったでしょう。

あ、書こうと思っていたのに、ひとつ忘れていたことがありました。エディーに合わせて、よせばいいのにギターをいじっちゃったのですが、通常のチューニングのギターには出せない低音が出てきて、ちょっと焦りました。6弦のEより1音下のDを使っているのです。

これが彼のふつうのチューニングだったのか、この曲のために、とくにチューニングを下げたのか、そこまではわからないのですが、まだレギュラー・ゲージの時代ですから、こういう手をしょっちゅう使っていた可能性もあるのではないでしょうか。
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by songsf4s | 2007-10-14 00:38 | 嵐の歌
銀座旋風児 by 小林旭
タイトル
銀座旋風児[ギンザマイトガイ]
アーティスト
小林旭
ライター
作詩・吉沢ひかる 作曲・小川寛興
収録アルバム
アキラ3
リリース年
1959年
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嵐の歌特集で小林旭を出すのだったら、そのまえに裕次郎があるだろう、といわれてしまいそうですが、「嵐を呼ぶ男」はストレートすぎるし、「風速40米」では昨日のフランキー堺に10メートルも負けているし、そもそもわが家には裕次郎の盤はないのです。ということで、例によってこじつけの変化球であります。

whirlwindやtornadoが出てくる歌ものの曲はわが家にはほかに一曲しかないので、これが今回の特集で登場する唯一の竜巻の曲です。バンドとしてはジョー・ミークのトーネイドーズ、フラーコ・ヒメネスのテキサス・トーネイドーズなんてえのがありますが、うちにある盤には、バンド名を反映した楽曲はありませんでした。

◆ ダスター・コートという気取り ◆◆
『銀座旋風児』という映画も、ものを食べながら見ると喉をつまらせそうな代物でしたが、主題歌の歌詞もちょっとしたものです。今回も書写をネグって、JPEGにさせていただきます。最初のヴァースとコーラスをひとまとめに。

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スターになる前の小林旭の映画はほとんどみていないのですが、この歌詞には、すでにアキラ映画の特長である「臆面のなさ」があらわれています。これより以前のヒット作『南国土佐を後にして』は「渡り鳥シリーズ」の実質的第一作といわれていますが、この映画でのアキラのキャラクターは、のちの「渡り鳥」とはややニュアンスが異なり、「故郷のある」かなり実直な青年でした(故郷のない人間はいませんが、滝伸次だけは故郷がないのです。主題歌のなかで「潮のにおいのする町が、俺にはどこもふるさとさ」と宣言しています)。

『旋風児』は、渡り鳥シリーズが荒唐無稽への一歩を踏み出す『ギターを持った渡り鳥』の直前の製作で、設定はともかくとして(片や首都のど真ん中の繁華街、片や地方の町が舞台)、キャラクターとしては、『旋風児』が『渡り鳥』に流れ込んだのではないかという気がしてきます。いや、まあ、この曲より前に、かの「ダイナマイトが一五〇屯」があるわけで、臆面のなさ、荒唐無稽さは、こちらが源流なのかもしれません。『旋風児』の歌詞に出てくる「マイトガイ」は、会社がアキラにつけたキャッチフレーズで、「ダイナマイトが一五〇屯」からきているのでしょう。

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『南国土佐を後にして』 カウボーイ・ハットも、ガン・ベルトも、ギターもない。まだ実直な青年だったころの「カバンを持った渡り鳥」

「ダスターコート」という言葉はあまり使わなくなってしまったようなので、念のために辞書の記述をコピーしておきます。「ちりよけ用に着用する。20世紀初めに自動車に乗るためのファッションが誕生、オープンカー用として考えられた」とあります。

なんでも調べてみるものです。トレンチ・コート、ダッフル・コート、ピー・コートの由来は知っていましたが、ダスターはいまはじめて知りました。こういう風に使われる言葉というのは、たいていは時代風俗を反映しているもので、ダスター・コートというのは、当時は新鮮に響いたのだと想像します。

もうひとついえば、ハンフリー・ボガートの、ないしは、アメリカの私立探偵の「制服」であるトレンチ・コートの連想もあるのでしょう。重量ではトレンチにだいぶ負けているあたりに、彼我の差が象徴されています。

◆ 流浪の理由はやっぱり女? ◆◆
セカンド・ヴァースおよびコーラス。これですべてです。

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「生まれた時から マイトガイ」というので、やっぱりそうだったのねー、と納得しちゃいました。小林旭(そして宍戸錠も)はスタントマンは使わず、自分でアクションをやっていたので、たしかに「命がけだよ 本当だぜ」というのは本当です。宍戸錠は、アキラが撮影に本身を使ったことがあると証言しています。いや、この場合、命がけなのは、小林旭ではなく、本身に立ち向かう他の俳優たちですが。

「恋も女もいるものか」といいながら、やっぱり美女が足かせになって、闘う力を殺がれるというのが、日活アクションのひとつのパターンでした。鈴木清順の『東京流れ者』で、渡哲也扮するスジ者も「流れ者には女はいらねえんだ」と見得をきっています。まあ、どこへいっても、まとわりついてくる美女がいるからこそいえるセリフだと思いますがね。わたしがこんなことをいったら、たんなる負け犬の遠吠えです。

昔、渡り鳥シリーズを数本まとめてみたことがあります。つづけてみると、さっき北の地の港に置き去りにしてきたばかりの浅丘ルリ子が、つぎの南の山麓の町ではもう馬車に乗ってあらわれたりして(見ていない人はウソだと思うでしょうね。ほんとうに馬車なんです)、なんという素早さ、と感心しちゃいました。はて、恐ろしき執念じゃなあー、とまるで怪談噺のサゲ。

◆ 「旋風児よ」と大向こうの声 ◆◆
渡り鳥シリーズの全盛期には間に合わず、最後のほうをちらっと見ただけだったので、わたしの当時の贔屓はアキラではなく、ジョーでした。母親のおともで、裕次郎映画のおもなものはリアルタイムで見ていますが、母親がアキラのファンではなかったせいで(兄も吉永小百合の映画にしかつれていってくれませんでした)、リアルタイムで渡り鳥が見られなかったのは、ちょっと残念ですが、当時は、アキラにあまり関心がなかったので、見たところで、たいしたことは感じなかったかもしれません。

小林旭という俳優に改めて注目するようになったのは、高校時代に鈴木清順シネマテークで『俺たちの血が許さない』を見てからです(あの時代、鈴木清順はある種の「アンダーグラウンド・ヒーロー」でした)。そこから渡り鳥に戻って、あれこれ見ていくと、これはやっぱりただごとではない、そんじょそこらにいるキャラクターではないと、遅まきながらアキラ・ファンに宗旨替えしました。

これはわたしひとりのことではなく、いくぶんかは普遍性があることだと思うのですが、思春期というのは、性のみならず、リアリズムにも目覚める時期ではないかと思います。思春期にマカロニ・ウェスタン・ブームに遭遇した子どもとしては、怪獣ものばかりではなく、渡り鳥のような、無茶苦茶な設定の映画にも、いったんは我慢がならなくなってしまいました。マカロニ・ウェスタンは、一面ではひどく荒唐無稽ですが、服や皮膚の汚れ方、弾丸が当たれば人体に穴が開く描写などは、あの一連のイタリア映画がもちこんだ新しいリアリズムでした(もちろん、黒澤明の『用心棒』や『椿三十郎』などを参考にしたにちがいないのですが)。

思春期のリアリズム一辺倒を脱して、荒唐無稽なものがふたたび楽しめるようになるには、ある程度の年齢に達しなくてはならず、その年齢になったときに、アキラの出来のよい映画に出合って、やっとねじれたコースが修正されたように思います。

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銀座裏の乱闘 『銀座旋風児』スティル。周囲からは「旋風児よ」「旋風児よ」のささやき声が……。

がしかし、この『銀座旋風児』だけは、新規改宗の荒唐無稽主義者にも、こりゃたまらん、という映画でした。いや、荒唐無稽なのは覚悟のうえですが、小林旭扮する二階堂卓也が、銀座の有名人で、「愚連隊」(もう通じないでしょうかね、この言葉は)が暴れている現場に駆けつけると、周囲の野次馬たちから「旋風児よ」なんて声がしたりするわけで、ここでおおいにめげました。まだいわゆる「日活銀座」、調布撮影所の銀座のオープン・セットができる前で、ロケーションによる銀座街頭風景は楽しめるのですがねえ……。

◆ 技術が裏づける荒唐無稽、脳天気 ◆◆
小林旭という人は、ピッチがすごくよくて、専業の歌手のなかにも、あれほどの人はいないと思うほどです。さすがは美空ひばりの元旦那。あれくらい歌がうまくないと、美空ひばりとしては結婚しようにもできなかったのじゃないでしょうか(先日、テレビでアキラが歌っていたのですが、高いところで音を外したのにショックを受けました。ピッチが悪くなったのではなく、年齢のせいで高い音が出なくなり、結果的に外したのでしょう。これからはキーを下げて歌うようになるかもしれません)。

f0147840_005924.jpg「渡り鳥」シリーズをはじめとする、アキラの荒唐無稽、無国籍映画を娯楽たらしめた裏づけが、アキラ(およびジョー)の体技だったのに対して、やはり荒唐無稽、無国籍になることもあるアキラ音楽の裏づけとなっているのは、歌のうまさです。裕次郎もけっして下手ではなく、独特のうまさがあるとは思いますが、アキラのように「生まれた時から」うまいタイプではなく、得手不得手があると感じます。その点、アキラはほとんど万能で、必要なら、現実に歌ったより、もっとさまざまなタイプの曲が歌えたでしょう。

「ダイナマイトが一五〇屯」「ズンドコ節」「自動車ショー歌」「恋の山手線」といった、ノリがよく、コミカルな系統の歌も、アキラならではだと思います。しかし、わたしはどちらかというと、メランコリーが感じられるバラッド系の曲に惹かれます。裕次郎もそうでしたが、小林旭には陰鬱な部分が隠れていて、映画においても、歌においても、その陰の部分が荒唐無稽なキャラクターに多少とも奥行きをもたらしていたと感じます。

『銀座旋風児』という曲は、歌詞とは裏腹に、メロディーとサウンドはかなりメランコリックなものです。はっきりとそれを表に立てているわけではありませんが、リズムとしては、このまま軍歌をのせることも不可能ではありません。勇ましいような、わびしいような、軍歌特有のにおいがするのです。いや、だからダメだということではなくて、これはアキラのメランコリックなタイプの曲のなかでも、かなり上位にくる出来だと思います。

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まだ若かったはずですが、アキラの歌いっぷりは堂に入ったもので、「風が呼んでる マイトガイ」の音程がジャンプする、ちょっと面倒なくだりも、ごく自然に歌っています。アキラがもっていた陰に、この曲の陰はうまく合っていると思います。映画の『銀座旋風児』のほうにも、これくらいの陰影があればよかったんですがねえ。
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by songsf4s | 2007-10-12 23:36 | 嵐の歌
風速50米 by フランキー堺
タイトル
風速50米
アーティスト
フランキー堺
ライター
三木鶏郎
収録アルバム
三木鶏郎集大成CD トリロー・コレクション
リリース年
1956年(放送)
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◆ タライに七輪 ◆◆
久しぶりに日本の曲です。長い歌詞で、書き写すのはちょっとしんどいため、JPEGで失礼させていただきます。

それではファースト・ヴァース。いや、ヴァースとコーラスをひとまとめかもしれません。カギ括弧にくくられた最後の2行は、ストップ・タイムでのセリフです。

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金物屋で金槌と釘を「借りてこい」というところで、おやおや、となります。敗戦直後の物資不足のなごりというより、落語の引用のように感じます。独立した噺ではなく、たとえば「しわい屋」などのケチ親父噺の枕によく利用される小咄です。

ある商家の主人が小僧に「隣にいってトンカチを借りてこい」と命じ、小僧が隣にいって戻ってきます。小僧「叩くと減るから貸せないといわれました」主人「なんてケチなヤツだ。しようがない、うちのを使え」

これを引用したのではないでしょうか。三木鶏郎は、山の手の生まれとはいえ、戦前の東京人、これくらいの小咄は知っていて当たり前です。

タライに七輪なんていうものは、いまやおいてある家は稀でしょう。もちろん、わたしが子どものころは、わが家にも両方ともありましたし、タライで行水したこともあります。この曲が書かれてからほんの半世紀あまり、ずいぶん、生活が変わったものだと改めて思います。

セカンド・ヴァース(およびコーラス?)。

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ここはちょっと誤植があります。「女房に駆け出せ」ではなく、ファースト・ヴァースと同じく、「女房よ駆け出せ」、「雨戸に襖」ではなく「雨戸や襖」です。ただ、ファーストは「雨戸に襖」なので、フランキー堺がまちがえたのかもしれません。

サードはファーストと同じで、セリフだけが異なります。

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と、これがサゲになって、チョンです。

◆ トリロー式節約術 ◆◆
いやはや、いろいろな意味で、うまいものだと感心しちゃいます。

f0147840_23442952.jpgまず第一に、「歌詞の節約」すなわち作詞時間の短縮方法に感心します。自伝からも、放送のスケデュールに追われながら、綱渡りで曲を書いていることがうかがえますが、それがこの曲のつくりによくあらわれています。ファースト・ヴァースをつくって、あとはそのヴァリエーションですませているのです。

セカンドは、ファーストの設定をひっくり返して、「釘付け」を「釘抜け」に変えただけ、サードは、セリフ以外はファーストとまったく同じ、それでいて、通常の繰り返しではなく、ちゃんと意味を変えているところは、ちょっとした離れ業です。

これはもう才能というしかありません。この才能がなければ、毎週の放送に合わせて、最新のトピックを取り入れながら、風刺音楽コントをつくることなどできなかったでしょう。

f0147840_23453196.jpg三木鶏郎のピアノとフランキー堺の歌およびパーカッション(のようななにか。ひょっとしたら張り扇か)だけというもので、テープ録音したものを放送したのでしょうが、録音自体はスタジオ・ライヴでしょう。三木鶏郎のピアノも達者なものですが、フランキー堺も、ドラマーであり、かつてコミック・バンドのリーダーだったこともあり、のちに喜劇俳優として大活躍する、というこの人の経歴をすべてまとめて、三分間に凝縮したようなパフォーマンスを聴かせてくれています。やはり、タイム感はあらゆるパフォーマンス、芸事のもっとも重要な基礎だということが確認できます。

おそらくこの曲は、ナンシー梅木のICE CANDY同様、放送されたあとは、盤になることもなく、三木鶏郎のもとにずっと眠りつづけていたのだと思われます。1986年のLP版「三木鶏郎集大成」が盤としての初出でしょう。ピアノとパーカッションだけという、盤としては不十分なバッキングですが、やっつけ仕事とはいえないなにかを感じる出来です。こういうものが発掘され、LPになり、CDになり、いまも聴けることを喜びたいと思います。
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by songsf4s | 2007-10-11 23:37 | 嵐の歌