カテゴリ:Harvest Moonの歌( 17 )
サンプラー Blue Moon その5 by Bob Dylan
タイトル
Blue Moon
アーティスト
Bob Dylan
ライター
Lorenz Hart, Richard Rodgers
収録アルバム
Self Portrait
リリース年
1970年
他のヴァージョン
The Ventures, Julie London, the Marcels, Elvis Presley, Frank Sinatra, Bruce Johnston, Cliff Richard, Ten Tuff Guitars, Percy Faith, Paul Weston, Jimmy McGriff, Jorgen Ingmann, Santo & Johnny, Leroy Holmes, Sy Zentner, Sam Cooke, Nat King Cole, Django Reinhardt
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(お詫びと訂正 ポール・スミスのBlue Moonをアップしたつもりが、まちがってBlue Roomをアップしていました。すでに多くの方がまちがったファイルを試聴なさったあとで、お詫び申し上げます。正しいものと交換したので、よろしければ、このすばらしいトラックをお楽しみください。2010年9月24日午後11時半)

いやはや、暑い仲秋の名月ですが、予定通り、ギリギリでBlue Moon棚卸しを今晩で終えることにします。もう一回ぐらいはできそうなだけのヴァージョンがありますが、腹八分目にしておくほうが上品でしょう。

昔の記事を読み返して間違いを見つけるのは毎度のことですが、さっき、2007年のBlue Moon by the Marcelsを読み返して、ひどい間違いをしていたことに気づき、あわてて修正しました。あんまりひどい間違いなので、口をぬぐって、なかったことにしちゃいます。

ヴェンチャーズのギターについてもふれているのですが、これは現在とは考えがちがうものの、まあ、この程度の誤解はありがちなこととみなし、そのまま訂正せずにおきました。

◆ ボブ・ディラン盤 ◆◆
今日の看板は、オリジナル記事でも好みだと書いたボブ・ディラン盤です。動画があるかと思って検索したら、よそさんが4sharedにアップしたサンプルが引っかかったので、今回はそのまま拝借することにしました。

サンプル Bob Dylan "Blue Moon"

オリジナル記事にも書きましたが、Self Portraitほどファンや評論家に嫌われたディランのアルバムはあまりないでしょう。わたしはディラン・ファンでもなければ、評論家でもないから当然ですが、Self Portraitが大好きです。

Nashville Skyline、Self Portrait、DYLANという「歌うディラン」時代は面白かったのですが、その前後はそれほど好きではありません。つまり、歌手ディランはまだしも、ソングライター・ディランにはそれほど興味がなかったのです。やっぱりヴァースは三つぐらいが限度でしょう!

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Self Portraitはなぜあれほどひどいアルバムになったか、なんてことを必死で弁じ立てているサイトがあって、そもそも、これはアルバムにしようと思ったものではなく、たんなるウォーム・アップにすぎなかった、としています。

はて? それはないでしょう。これだけの録音をするには、ちょっとしたコストがかかります。一万ドルは堅いところです。ディラン自身やザ・バンドの連中のナッシュヴィル滞在費までいれたら、いくらになることやら。Self Portraitがダブル・アルバムなうえに、そのアウトテイクを集めたLPまであるわけで(さらに近年はそこにアウトテイクが加えられた)、LP三枚分のセッションをやってご覧なさいというのです。

f0147840_115644.jpg音楽的な面に目を向けるなら、このアレンジ、サウンドはなんのためなのか、ですよ。ウォーム・アップなら、3リズムぐらいで十分ですし、ギターの間奏なんか、はじめから無用です。あとからリリースすることになって、オーヴァーダブされた、なんて入れ方じゃないのは、耳のある人間にはわかります。Belle Isleなんか、ちゃんとギターの場所がつくってあるじゃないですか。

そもそも、たかがウォーム・アップのために、ナッシュヴィルまで行く人間がいるのか、それだけでも、うなずけない話です。ウォーム・アップ説は、Self Portraitを亡きものにしたい、ディラン・ショーヴィニストの陰謀でしょう。いいアルバムだ、と認めちゃったほうが、よほど楽だと思うのですが!

ともあれ、ディランのBlue Moonは、Self Portraitというディランとしては例外的な、きわめてウェル・メイドなアルバムのなかでも、とくにソフィスティケートされたトラックで、じつに気持のいい仕上がりです。やればできるじゃないか>ボビー。

◆ ジョー・オズボーン? ◆◆
Self Portraitの最近のクレジットを眺めたのですが、LPのころのパーソネルとはすこしちがうような気がしました。ドラマーが増えているような気がしますし、ジョー・オズボーンの名前はLPにはなかったと思います(わたしの勘違いかもしれないので、そうであるなら、乞ご指摘)。

どの記事だったか、Self Portraitのクレジットには、ハリウッドのエース・トランペッター、オリー・ミッチェルの名前があるので、ハリウッド録音(またはオーヴァーダブ)のトラックがあるのではないか、と書きましたが(オリー・ミッチェル・オフィシャル・サイトの顧客リストでも、ディランの名前を確認できる)、ジョー・オズボーンの名前まであるのでは、いよいよ疑問はふくれあがります。

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オフィシャル・サイトを見てはじめて知ったのだが、オリー・ミッチェルも回想記を出版した。直販のみかもしれないので、ご興味のある方はオフィシャル・サイトのほうをご覧あれ。

ジョー・オズボーンはいずれナッシュヴィルに引っ越しますが、それはもっとずっと後年のことです。70年代前半はまだハリウッドで忙しく働いていました。記憶している有名どころをあげるなら、カーペンターズはほとんどすべてオズボーンのプレイですし、ジョニー・リヴァーズやフィフス・ディメンションのヒット・シングルもあります。

それがSelf Portraitでプレイしたとなると、ハリウッド録音か、またはオリー・ミッチェルとともにナッシュヴィルに呼ばれたことになります。後者の可能性は低いと思います。わざわざ呼んだら、それだけの仕事をしてもらうことになりますが、Self Portraitには、いかにもオズボーンというプレイがあふれてはいません。ほんの一握りしかプレイしていないのではないでしょうか。そんなプレイヤーをアゴ足つきで呼ぶ馬鹿はいません。

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呼ばれるほうだって、ハリウッドで稼いでいる分の補償をつけてくれないかぎりは行けません。全盛期のジョー・オズボーンを数日買い切ってごらんなさいな、エラい金額になりますよ。そんなことをしなくたって、ナッシュヴィルにもいいプレイヤーはいます。だから、あとでささやかなオーヴァーダブをしたか、LAに立ち寄ったおりに軽いセッションをしたのでしょう。ディランはレッキング・クルーとは無縁と思っていましたが、オリー・ミッチェルについでジョー・オズボーンの名前が出てくるようでは、そのうちにハルの名前も出てきかねません!

◆ ポール・スミスの予見的サウンド ◆◆
もう一曲は4ビートのピアノ・インストにしました。といっても、ポール・スミスというピアノ・プレイヤーのリーダー・アルバムというだけの意味であり、ピアノを前面に押し立てた泥臭いサウンドではありません。リード楽器は木管やギターだったりするのです。

サンプル Paul Smith "Blue Moon"

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Paul Smith "Liquid Sounds" (1954)

Paul Smith - piano
Abe Most - clarinet
Julius Kinsler - flute/alto sax
Tony Rizzi - guitar
San Cheifetz - bass
Alvin Stoller/Irv Cottler - drums

このアルバムを聴こうと思った理由は、アルヴィン・ストーラーとアーヴ・コトラーという「『わたしの時代』より昔のハリウッドのレギュラー」である二人のエース・ドラマーを、同じコンテクストで比較できると思ったからです。ところが、トラック単位のクレジットはなく、どのトラックでどちらが叩いたかはわかりませんでした。どちらのプレイにせよ、やはりタイムがよく、いかにもセッション・ワークに適したタイプです。

トニー・リジーのギターは、手放しで賞賛するわけにはいきませんが、この耳タコの曲になんとか新鮮な感覚を与えようとしているところは、好ましく感じます。

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しかし、このトラックのなによりもいい点は、イントロからエンディングまで、きっちりとアレンジされ、インプロヴは最小限に抑えていることです。その意味で、4ビートとはいいながら、ポップ系インストゥルメンタルと同じ考え方でつくられているのです。

たとえば、ピアノとギターが、あるいは、フルートとギターが、あるいはクラリネットとピアノが、同じフレーズを弾くという、ブライアン・ウィルソン名づけるところの「第三の音」効果を最大限に活用したアレンジをしているわけで、レス・ポールとフィル・スペクターの中間にある「サウンド・オン・サウンド発展史のミッシング・リンク」とでもいいたくなるような先見的サウンド、60年代ハリウッド・ビート・ミュージック的方向性をもっています。

同じ4ビートでも、モダン・ジャズはぜったいにこういうことはしません。アレンジらしいアレンジもなく、たんにテーマだけがあって、あとは成り行きにまかせるのが彼らのやり方です。ポール・スミスのBlue Moonには、成り行きで出てきた音はほとんどありません。プレイヤーの自由裁量の入りこむ余地のあまりない、ほぼ完全な設計図をつくってから、それに沿ってプレイしているのです。

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これはジャズの行き方ではなく、ポップの行き方であり、わたしが好むのは、こういう考え抜かれたサウンドです。うーん、ディランじゃなくて、こちらを看板に立てるべきだったか!

本を読み、音楽を聴き、映画や絵画を見るのは、「セレンディピティー」=予期せぬ遭遇の連続ではありますが、それにしても、ポール・スミスのアルバムLiquid Soundsほどのセレンディピティーはそうはありません。なんでも聴いてみるものです。


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ボブ・ディラン
Self Portrait
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ポール・スミス
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by songsf4s | 2010-09-22 23:54 | Harvest Moonの歌
サンプラー Blue Moon その4 by the Ventures
タイトル
Blue Moon
アーティスト
The Ventures
ライター
Lorenz Hart, Richard Rodgers
収録アルバム
The Colorful Ventures
リリース年
1961年
他のヴァージョン
Julie London, the Marcels, Elvis Presley, Frank Sinatra, Bob Dylan, Bruce Johnston, Cliff Richard, Ten Tuff Guitars, Percy Faith, Paul Weston, Jimmy McGriff, Jorgen Ingmann, Santo & Johnny, Leroy Holmes, Sy Zentner, Sam Cooke
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当地は今日も猛暑で、明日は仲秋の名月がきいてあきれます。しかし、仲秋の名月だからBlue Moonを、という発想自体が和洋折衷で、かならずしも当然とは云えないので、まあ、どうでもいいかあ、です。

それにしても、この暑さはどういうのでしょうか。天気予報では明日はさらに気温が上がるそうで、異常といっても限度があるだろう、Endless Summerなんてアルバム・タイトルならけっこうかもしれないけれど、現実の気候としてはぜんぜんけっこうじゃないぞ、です。

◆ 初期ヒット・レシピ ◆◆
歌もののBlue Moonはもう1ヴァージョン取り上げようと思っていますが、今日はインストを看板にしました。

ヴェンチャーズのBlue Moonは、4枚目のアルバム、The Colorful Venturesのオープナーであり、また、ドールトンからの6枚目のシングルとしてリリースされました。

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ファンならどなたでもご存知のように、Walk Don't Runの大ヒットにあやかって、ヴェンチャーズはその後、Perfidia、Lullaby of the Leavesと、同じようなアレンジ、サウンドのシングルをつづけます。

どういうサウンドだなどと言葉で説明してもしかたないので、クリップをどうぞ。いや、いくらなんでもWalk Don't Runは省きましたが。

The Ventures - Perfidia


The Ventures - Lullaby of the Leaves


これまたファンの方ならご存知のように、かつてのツアーでは、Walk Don't Runからはじまって、この初期のヒット3曲を、ボブ・ボーグルがギター、ノーキー・エドワーズがベースと楽器を持ち替え、メドレーでやっていました。おかげで、ボブ・ボーグルはギタリストとしては困った腕の持ち主だということがよくわかったのですが!

◆ 四匹目のドジョウ ◆◆
Blue Moonは、このようなフォーマットに忠実にしたがった、ヴェンチャーズの最後のシングルといえるのではないでしょうか。ホット100にかすりもしないとあっては、もう同じフォーマットをつづけるわけにはいかなかったでしょう。

しかし、この時期のヴェンチャーズは非常にいいメンバー(もちろん、ツアー用ヴェンチャーズではなく、スタジオ録音メンバーのことである)で、つねにきちんとしたプレイをしていて、Blue Moonもハイ・レベルのパフォーマンスです。

サンプル The Ventures "Blue Moon"

この時期のヴェンチャーズのメンバーをどのように推定しているかというのは、すでに何度も書いていて、また書くのは恐縮至極ですが、話の運びの都合なので並べておくと、リード・ギター=ビリー・ストレンジ、リズム・ギター=キャロル・ケイ、フェンダー・ベース=レイ・ポールマン、ドラムズ=ハル・ブレインです。Surfin' USAのころのビーチボーイズと同じです(いや、そういう言い方をすると、「同じバンド」はたくさんあるのだが)。

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左からサミー・デイヴィス・ジュニア、ハル・ブレイン、レイ・ポールマン、そしてジミー・ボーウェン。

◆ ハル・ブレインの署名 ◆◆
ヴェンチャーズのBlue Moonでいちばん興味深いのは、ハル・ブレインのドラミングです。基本的にはWalk Don't Runのパターンを踏襲しているのですが、そこは小さな工夫、大きな親切の人ですから、ちょっとだけパターンに変化を加えています。

いまさらWalk Don't Runでもないだろうと思ったのですが、やっぱり話の都合上、持ちださないわけにはいかないようです。



ライド・シンバルの叩き方に工夫があって、なかなか好ましいドラミングですが、それはさておき、左手の基本パターンは、2&4(2拍目と4拍目、つまりバックビートないしはダウンビート)のうち、2は4分ではなく、8分2打に分解し、4はただヒットするのではなく、リム・ショット(リムすなわちスネアドラムの縁とヘッドを同時に叩く)を使っています。この工夫が大ヒットに大きく貢献したとわたしは考えています。小学校六年のとき、はじめてドラムセットにすわって、まずリム・ショットをやってみましたものね。

さて、Blue Moonです。

奇数小節では、ハル・ブレインはWalk Don't Runと同じパターンを使っています。2は8分2打に割って、4はリム・ショットというパターンです。しかし、ここで半ひねりが入ります。偶数小節については、2の8分2打分割は同じですが、4はヒットせず、「ロール」させているのです。

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ロールというのは、ふつう、1小節とか2小節とか、さらには4小節とか、長くやるもので、短くてもせめて2分音符分ぐらいの長さで、通常は両手でやるものです(片手ロールの名手はバディー・リッチ)。

しかし、ハル・ブレインは、ときおり、バックビートや、フィルインの最後の一打などで、ほんの一瞬の短いロールをやります。このプレイはハルの専売特許といえるほどで、他のプレイヤーとなると、ジム・ゴードンの一度きりのプレイぐらいしか知りません。

音が悪くてわかりにくいのですが、ハルがこのプレイを多用した曲として、すぐに思い浮かぶのはサム・クックのAnother Saturday Nightです。



この曲はコーラスから入っていますが、そこからヴァースへの移行部分でのフィルインの最後で、まず最初の「一瞬ロール」をやっています。そのあとも、タムタム、スネアおりまぜて、しばしばフィルインの最後の一打などを、ヒットせずにロールさせています。

すぐに思いつく例としては、ほかにママズ&パパズのGlad to Be Unhappyの、ファースト・ヴァースとセカンド・ヴァースのつなぎ目、ジョー・オズボーンのベース・ブレイクの直後、ハルが戻ってくる最初の一打が、やはりスネアの一瞬ロールとキックとのコンビネーションです。

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涼しくなったら、改めてハル・ブレインの特集をやろうと思っているので、細かいことはそのときにということにします。とにかく、この「一瞬ロール」はハル・ブレインぐらいしかしないめずらしいプレイなのです。

言い換えるなら、この「一瞬ロール」が出てくるもので、50年代終わりから70年代半ばぐらいまでのハリウッド録音のトラックなら、ハル・ブレインのプレイとみなしても、100回のうち99回ぐらいはセーフなのです。

いま、事細かに書いてしまい、ここまで書いたら、あとでハル・ブレイン特集をやるときに困ると思い、全部削除しました。さらにくわしいことは、いずれまた、ということに。

とにかく、ヴェンチャーズのBlue Moonは、ハル・ブレインの奇妙なプレイがおおいに楽しめるし、また同時に、ヴェンチャーズの盤を録音していたプレイヤーはだれだったのか、という疑問を解決するうえで、重要なヒントになるのです。

◆ ひとりか二人か? ◆◆
最後に、ギターについてちょっとだけ。じつは、リード・ギターがひとりなのか、ふたりなのか、よくわかりません。ひとりでもこういうプレイは可能ですが、どちらかというと、二人でやっているのではないかという気がします。

二人でやる場合、低音弦のメロディーを弾くのは、ふつうと同じだから面倒なことはないでしょうが、高音弦をストロークするのは、一瞬、遅らせなければいけないので、面倒だろうなあ、と思います。ひとりでやったほうが簡単のような気がしますが、何カ所か、微妙にタイミングがずれていると感じるところがあるのです。

二人でやったとしたら、その理由はなんでしょうかねえ。コピーしてみないとわかりませんが、じっさいにはひとりではできない装飾音(メロディーを弾くポジションとはかけ離れたところでのオブリガート)を加えながら、ひとりでやったように聴かせたいため、いや、考え過ぎかも!

◆ リロイ・ホームズ ◆◆
今夜のもう1曲のBlue Moonは、悩んだすえ、リロイ・ホームズ盤にしました。

サンプル Leroy Holmes "Blue Moon"

リロイ・ホームズは、当家では過去にアル・カイオラとリズ・オルトラーニのHoliday on Skisの作曲者としてご紹介していますし、ジェイムズ・ボンド・シリーズの『サンダーボール作戦』の挿入曲の非常に魅力的なカヴァーSearch for Vulcanも取り上げています。

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リロイ・ホームズは映画音楽のカヴァー・アルバムをいくつか出していますが、主な仕事は、MGMやUAのハウス・アレンジャーだったようです。映画会社の子会社であるレコード・レーベルで働いていた結果として、映画音楽のアルバムを数枚リリースしたのでしょう。したがって、録音はハリウッドが多いようですが、アル・カイオラとリズ・オルトラーニの共演盤の録音はNYのようで、UA時代には東海岸でも録音していたと思われます。

リロイ・ホームズのBlue Moonは、きわだった特徴のあるヴァージョンではなく、良くも悪くも「ラウンジ・ミュージック」、いや、昔の呼び名で「ムード・ミュージック」というほうがピッタリくるようなサウンドです。耳障りなところがないので、BGMには向いています。ただし、それ以上のものは求めても無意味です。ムード音楽なのですから!


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by songsf4s | 2010-09-21 23:56 | Harvest Moonの歌
サンプラー Blue Moon その3 by Julie London
タイトル
Blue Moon
アーティスト
Frank Sinatra
ライター
Lorenz Hart, Richard Rodgers
収録アルバム
Julie Is Her Name Vol.2
リリース年
1958年
他のヴァージョン
The Marcels, Elvis Presley, Frank Sinatra, Bob Dylan, the Ventures, Bruce Johnston, Cliff Richard, Ten Tuff Guitars, Percey Faith, Paul Weston, Jimmy McGriff, Jorgen Ingmann, Santo & Johnny, Leroy Holmes, Sy Zentner, Sam Cooke
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たまたま昨夜、『江分利満氏の優雅な生活』を途中まで見たのですが、今日は小林桂樹の訃報があって、こういうこともあるのだなあ、でした。

いまになってツイートするのではなかったと後悔しているのですが、同じことを繰り返すかもしれませんので、ツイッターでわたしをフォローなさっている方には、先にお詫びを申し上げておきます。

改めてフィルモグラフィーを見て、小林桂樹のキャリアの長さに驚きました。1942(昭和17)年のデビューだから、太平洋戦争中のことです。遺作が正確にはいつのものになったのか知りませんが(なんだかテレビではしじゅう見ていたような気がする)、本編の最後は2007年の『転校生』(大林作品のリメイク)のようですから、65年の映画俳優人生ということになります。これだけキャリアが長い人はそう多くはないでしょう。しかも、お年を召してからも、テレビでは主演作がたくさんあったのだから、すごいものです。

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小林桂樹という俳優の名前と顔を覚えたのは、「サラリーマン」シリーズか「社長」シリーズの一編でのことで、わたしと同世代以上の方は、依然として、あの謹厳実直サラリーマンをやった俳優としての印象が強いだろうと思います。

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大人になってから見たものでは、『椿三十郎』のとぼけた捕虜役で、へへえ、と思いました。黒澤明も小林桂樹も、コメディーの呼吸はみごとなもので、黒澤映画でいちばん好きなのは『椿三十郎』だというときに、頭に浮かべるシーンのひとつは、まわりからいわれる前にひとりで押し入れに戻る小林桂樹の姿です。

当家で過去に取り上げた小林桂樹出演作品は、残念ながら『日本のいちばん長い日』のみです。今夜はまだ追悼記事を書く準備ができていないので、近日中に、きちんと小林桂樹の映画を取り上げます。

◆ ジュリー・ロンドン ◆◆
さて、今夜もBlue Moonの棚卸しです。前回のフランク・シナトラ盤は、まさしくハリウッド音楽の精粋というべきサウンドでしたが、今夜のジュリー・ロンドンもまた、いかにもハリウッドらしいシンガーでした。

サンプル Julie London "Blue Moon"

ジュリー・ロンドンのBlue Moonは、1958年のアルバム、Julie Is Her Name Vol.2のオープナーです。Julie Is Her Nameのオリジナル(1955年)は、ヒット・シングルCry Me a Riverをフィーチャーしたもので、アルバムのほうも大ヒットとなり、生まれたばかりのリバティー・レコードを軌道に乗せるのに大きく貢献しました。

その続篇と名乗るのだから、当然、デビュー盤のムードを継承して、深夜、ラウンジでグラスを片手に歌う(というか、ジュリー・ロンドンの場合は「囁く」)ようなサウンドになっています。

オリジナルのJulie Is Her Nameでプレイしたのは、バーニー・ケッセル(ギター)とレイ・レザーウッド(アップライト・ベース)のたった二人でした(ボサ・ノヴァの歴史では、、アントニオ・カルロス・ジョビンはこのアルバムのバーニー・ケッセルのギター・プレイ、とくにコードワークに天啓を受けたとされている)。

その続篇を名乗るこのJulie Is Her Name Vol.2は、オリジナルと同じく夫君ボビー・トゥループのプロデュースで、メンバーは異なりますが、同じような編成で録音されています。続篇ではギターはハワード・ロバーツ、ベースはレッド・ミッチェルがプレイしました。これまた、たった二人とはいえ、一騎当千の精鋭です。

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オリジナルのJulie Is Her Nameは、この時点ではまだ伝説にはなっていなかったでしょうが、それでもやはり、ハワード・ロバーツはバーニー・ケッセルのプレイを意識せずにはいられなかったでしょう。じっさい、Blue Moonのコードワークはなかなかすばらしく(たとえば、without a dream in my heart, without a love of my ownのあたり)、思わずギターのほうに意識を引っ張られてしまいます。

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あんまり若すぎて、いわれないとだれだかわからないが、左はもちろんハワード・ロバーツ、右はなんとピート・ジョリー!

ハリウッドの歴史をたどってみると、バーニー・ケッセルとハワード・ロバーツは、「50年代のビリー・ストレンジとトミー・テデスコ」とでもいうべき活躍をしたことがわかります。いや、60年代はビリー&トミー以外にも多数のエースがいましたが、50年代については、バーニー・ケッセルかハワード・ロバーツがプレイした盤以外にはないのではないかと思うほど、独占的です。それが、Julie Is Her Nameのオリジナルと続篇のパーソネルにストレートに反映されたことになります。

フランク・シナトラのゴージャスなサウンドも、もちろんハリウッド音楽インフラストラクチャーが生みだしたものですが、ジュリー・ロンドンのBlue Moonのミニマリズムもまた、ハリウッドという環境の産物です。ウェスト・コースト・ジャズの遺産とハリウッドのスタジオ技術の両者がなくしては実現できなかったサウンドです。

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Julie Is Her Name Vol.2のスタジオやエンジニアは不明です。初期のリバティー・レコードはスタジオをもっていなかったので、独立スタジオを利用しています(自社スタジオができたあとも、それを嫌って、ユナイティッド・ウェスタンばかり使ったスナッフ・ギャレットのようなプロデューサーもいた)。

わかっている範囲でいうと、前述のようにギャレットがプロデュースした盤はユナイティッド・ウェスタン、ジュリー・ロンドン同様、リバティーを軌道に乗せるのに寄与したチップマンクス(というか、デイヴィッド・セヴィルというべきかもしれない)はゴールド・スター・スタジオで録音していました。エディー・コクランもゴールド・スターです。

ジュリー・ロンドンは、スナッフ・ギャレットがプロデュースしたアルバムでは当然ユナイティッド・ウェスタンだろうと想像できますが、ボビー・トゥループがプロデュースしたものはわかりません。ゴールド・スターや他の独立スタジオの可能性もあるでしょう。

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◆ パーシー・フェイス ◆◆
今日もまた、インストものをひとついきます。最初はジミー・マグリフのオルガン・インスト、つぎはヨルゲン・イングマンのギター・インストときたので、今回はオーケストラにしました。これまたハリウッド音楽の精粋、パーシー・フェイス・オーケストラのヴァージョンです。

サンプル Percy Faith & His Orchestra "Blue Moon"

シナトラのBlue Moonとは異なった意味で、これまたハリウッドならではのゴージャスなサウンドで、惚れ惚れします。この曲では管は使わず、弦楽器を華麗に使い分けています。とくに、あちこちに配された単独のヴァイオリンの使い方に技を感じます。

何度も書いていることですが、パーシー・フェイスも、ビリー・ヴォーンも、ヘンリー・マンシーニも、ツアーをしたものの、固定したメンバーがいて、そのままスタジオに入ったわけではありません。

もちろん、常連はいたでしょうが、基本的にはツアー単位でプレイヤーを雇います。そうしないと、ツアーをしないあいだも給料を払わなくてはならず、経営が立ちゆきません。

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リック・ネルソンは、1963年、ツアーが減ったために、たった四人しかいなかったバンドを維持できなくなり、全員がフリーランスになった結果、ジョー・オズボーンとジェイムズ・バートンのスタジオ・ワークが急激に増大しました。それを考えれば、30人編成のオーケストラを常時維持できるリーダーなど存在しえないということはおわかりでしょう。

したがって、ハリウッドのオーケストラというのは、しばしば似たようなメンバーで、同じ場所で録音されました。パーシー・フェイス・オーケストラとヘンリー・マンシーニ・オーケストラは、スタジオ録音に関するかぎり、たぶん「ほぼ同じバンド」だったといって大丈夫でしょう。そして、両者とも、同じスタジオ、ハリウッドのRCAで録音したと考えられます(マンシーニはほぼすべてRCAで録音したことがわかっている)。

それでも、両者のサウンドには明確な個性の違いがあらわれるのだから、面白いものです。アレンジというものがどれほど決定的な要素であるかを実感するには、同時期のヘンリー・マンシーニとパーシー・フェイスを聞き比べるにしくはないでしょう。


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Julie Is Her Name Vol 1 & 2
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彼女の名はジュリー Vol.2(紙ジャケット仕様)
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Very Best of Julie London
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パーシー・フェイス
Bouquet / Bouquet of Love
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by songsf4s | 2010-09-18 23:57 | Harvest Moonの歌
サンプラー Blue Moon その2 by Frank Sinatra
タイトル
Blue Moon
アーティスト
Frank Sinatra
ライター
Lorenz Hart, Richard Rodgers
収録アルバム
Sinatra's Swingin' Session
リリース年
1961年
他のヴァージョン
The Marcels, Elvis Presley, Bob Dylan, Julie London, the Ventures, Bruce Johnston, Cliff Richard, Ten Tuff Guitars, Percey Faith, Paul Weston, Jimmy McGriff, Jorgen Ingmann, Santo & Johnny, Leroy Holmes, Sy Zentner, Sam Cooke
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前回は、月の出がすごく遅くなって見えないなどと書きましたが、それはちょっと前のことで、すでに「すごく早くなって見えない」のだと、あとから気づきました。いや、わたしが夕食後の散歩に出かけるころには、西に沈んでしまっていたのです。それが、さらに遅くなって、今日は見えました。

本日もBlue Moonを2種類聴こうと思います。これまた、軽率なことをいったと思うのですが、前回、「この曲のオーソドキシー」などと気軽に書いてしまいました。漠然としたイメージでいったにすぎず、特定のヴァージョン、とくにオリジナルを念頭にして書いたわけではありません。

Blue Moonは戦前の映画、Hollywood Partyでジーン・ハーロウ(!)が歌う曲として書かれたものの、そのシーンは撮られず、のちにManhattan Melodramaという映画に使われたそうです。



第二次大戦まえはこんな感じですね。われわれがイメージするスロウ・バラッドというのはたぶん1950年代の産物で、昔はみなゆっくりというわけではなく、50年代のクルーナーならスロウに歌う曲でも、1930年代にはミディアム・テンポで歌うという一般的傾向があると思います。

しかし、このシンガーはだれなのでしょうか。ウェブ時代の悪い傾向で、どのサイトも、すべて同じことしか書いてなくて、最初に書いただれかがシンガーの名前を明示しなかったために、その後の孫引きサイトもみな名前が書いてありません。マーナ・ロイなのでしょうか。

◆ 「シナトラ文化」恐るべし ◆◆
さて、今夜の主役はフランク・シナトラのBlue Moonです。

「橋本忍『複眼の映像 私と黒澤明』と小林信彦『黒澤明という時代』」という記事でふれた橋本忍の本に、野村芳太郎が『ジョーズ』を絶賛したという話が出てきます。野村芳太郎がどういう点を褒めたかというと、『ジョーズ』という映画はOKカットしか使っていない、というのです。

やはり映画監督の映画の見方はちがいます。たしかに、素人が見ても、日活アクションなど、ああ、ここは撮り直したかっただろうな、と同情するショットが往々にしてあります。しかし、撮り直せば、フィルムと時間を消費することになります。OKではないがこの程度ならやむをえない、というショットが生き残って、上映されることになってしまうのです。

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野村芳太郎にフランク・シナトラのBlue Moonを聴かせたら、きっと絶賛するでしょう。OKカットしかない映画のような出来なのです。フランク・シナトラのみならず、プレイヤーもスタッフも完璧な仕事をしています。たとえば、ギタリストとしては録り直したかっただろうなあ、なんて思う一瞬はまったくないのです。全員が、俺は自分の仕事を完璧にやったぞ、と満足したテイクにちがいありません。

サンプル Frank Sinatra "Blue Moon"

この年までいろいろなものを聴きましたが、これほどどこにも隙のない録音はほかに思いつきません。プレイヤーはノーミス、間奏のサックス(たぶんプラズ・ジョンソン)がすばらしいし、ビル・ミラーのピアノのオブリガートにもしばしば耳を引っ張られます。

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むろん、ネルソン・リドルのオーケストレーションは弦、管ともにすばらしいし、エンジニアリングはステイト・オヴ・ディ・アート、世界の頂点にあったハリウッドのスタジオだけがつくれるみごとなサウンド・レイヤーを組み上げています。順序が逆になりましたが、シナトラも、技術的にはこの時期が頂点だったなあ、としみじみするようなヴォーカル・レンディションです。

わたしがずっとハリウッドの音楽産業を調べてきたのは、世界でただ一カ所、ハリウッドだけがこういうゴージャスなサウンドを生み出せたのはなぜか、ということが知りたかったからです。

◆ アーヴ・コトラー、ビル・ミラー、ジョー・コンフォート ◆◆
シナトラのセッションというのは、パーソネルが公開されているケースは少ないのですが、Blue Moonは数少ない例外で、プレイヤーの名前がわかります。以下、フランク・シナトラ・セッショノグラフィーのコロンビア時代のページの記載を貼りつけます。

Frank Sinatra (ldr), Nelson Riddle (con, a), Buddy Collette, Chuck Gentry, William Green, Plas Johnson, Wilbur Schwartz (r), Carroll Lewis, Vito "Mickey" Mangano, George Seaberg, Clarence "Shorty" Sherock (t), George Arus, Gail Martin, Tommy Pederson, Tom Shepard (tb), Al Viola (g), Joe Comfort (b), Bill Miller (p), Kathryn Julye (hrp), Irv Cottler (d), Emil Richards (per), Victor Bay, Alex Beller, Kurt Dieterle, Jacques Gasselin, Louis Kaufman, Murray Kellner, Joseph Livoti, Mischa Russell, Gerald Vinci, William Weiss (vn), Alvin Dinkin, Stan Harris (vl), Ossip Giskin, Armond Kaproff, Eleanor Slatkin (vc), Frank Sinatra (v)

フランク・シナトラがメンバーを決めるわけではなく、アレンジャーの注文でコントラクターが集めたのだろうと思いますが、それでも「常連」はいます。ギターのアル・ヴィオラは「シナトラのギタリスト」といわれています。ピアノのビル・ミラーは1950年代初めから「シナトラ一座」の「座付きピアニスト」をシナトラの引退まで務めました。スタジオ入りする以前の、シナトラがひとりでアルバムの曲をリハーサルし、仕上げていくときにピアノを弾いたのもミラーです。

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アル・ヴィオラのような位置のドラマーはいなかったのではないかと思いますが、しいていうと、アーヴ・コトラーがシナトラ・セッションのストゥールに坐ることが多かったようです。

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「ミスター・タイム」というニックネームがなにに由来するかは知りませんが、ふつうに考えれば、タイムが精確だということでしょう。繊細な技の持ち主ではないように感じますが、タイムはキッチリしています。

上記のメンバーで、あとはわたしが知っているのはバディー・コレット(アルトを中心とした木管)、エミール・リチャーズ(マレットおよびパーカッション)、エリナー・スラトキン(チェロ)、そしてジョー・コンフォート(ベース)といったあたりです。

ジョー・コンフォートは、ナット・キング・コール・トリオのベースぐらいの認識でしたが、シナトラのBlue Moonを聴くと、気持のいいタイムで、スタジオ・プレイヤーとしての必要条件を満たした人だったのだなと思いました。

ナット・キング・コール・トリオ(ジョー・コンフォート=ベース)



◆ Apache以前のヨルゲン・イングマン ◆◆
前回同様、もう一種類、インストをいってみましょう。前回はオルガン・インストだったので、今回はギター・インストにします。Apacheを大ヒットさせたデンマークのギタリスト、ヨルゲン・イングマンの1959年の録音です。

サンプル Jorgen Ingmann "Blue Moon"

一聴、すぐにわかった方もいらっしゃるでしょうが、レス・ポール・スタイルの露骨なコピーです。40年代後半からレス・ポールがはじめた、可変速回転録音によるピッチの変調と、多数のギターのオーヴァーダブによる「サウンド・オン・サウンド」という意味です。

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気持のいいサウンドだから、レス・ポールも長いあいだつづけたのであって、日本に多数のヴェンチャーズ・コピー・バンドが生まれたように、レス・ポールの追随者が生まれても不思議はありません。ヨルゲン・イングマンという人は、レス・ポールのスタイルを拝借することで地歩を築いたのだろうと想像します。このBlue Moonも、グッド・フィーリンのある音作りをしています。

しかし、Apacheではサウンド・オン・サウンドは使わず、ストレートにプレイしています。アメリカで、オリジナルのシャドウズ盤を押しのけて大ヒットするほどの特徴はないのです。

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まあ、ゼムのGloriaがアメリカではヒットせず、(ダジャレじみて恐縮だが)シャドウズ・オヴ・ナイトのひどいローカル・カヴァーがヒットしたことにくらべれば、ヨルゲン・イングマンのApacheがヒットしたのは、とほうもない間違いというわけでもありません。シャドウズのハンク・マーヴィンとヨルゲン・イングマンのあいだには大きな力量の差はないのです。

それにしても、どのヴァージョンをサンプルにしよう、というときに、これほど迷う曲はめずらしいですなあ。ほんとうに出来のいいヴァージョンがそろっていて、オミットするのに苦労します。苦労するのはイヤだから、あと何回かやって、いいものはすべて並べようと思います。


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Sinatra's Swingin Session
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by songsf4s | 2010-09-17 23:55 | Harvest Moonの歌
サンプラー Blue Moon その1 by the Marcels
タイトル
Blue Moon
アーティスト
The Marcels
ライター
Lorenz Hart, Richard Rodgers
収録アルバム
The Best of the Marcels
リリース年
1961年(org. in 1934)
他のヴァージョン
Frank Sinatra, Elvis Presley, Bob Dylan, Julie London, the Ventures, Bruce Johnston, Cliff Richard, Ten Tuff Guitars, Percey Faith, Paul Weston, Jimmy McGriff, Jorgen Ingmann, Santo & Johnny, Leroy Holmes, Sy Zentner, Sam Cooke
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たぶん、太陰暦には閏月がある(四年に一度、十三カ月の年がある)せいだと思うのですが、その年、中秋がどこに来るかはむずかしく、ときには十月だったりすることもあるので、暦を見ないとわかりません。

ことしは今月の二十二日だそうで、じゃあ、そろそろ月の歌をはじめようか、と思ったしだいです。といっても、いま、月の出はすごく遅くて、ぜんぜん見えないのですが(と書いたのは大間違いで、すごく遅いのを通り越して、すごく早くなってしまい、わたしが夕食後の散歩に出るころにはすでに沈んでしまっているだけだった)。

とくに深く考えたわけではないのですが、ヴァージョンがたくさんあるから早くはじめたほうがいいだろうと思い、最初はBlue Moonにしました。

たんに自分の好みがストレートに反映されたせいでしょうが、HDDを検索してみたところ、歌ものはそれほど多くなくて、インストがたくさんありました。しかも、インストはいいものが多く、聴くに耐えないようなものは、プレイではなく、マスタリングがひどくて我慢ならないサント&ジョニー盤のみです。

オリジナル記事は、2007年9月のハーヴェスト・ムーン特集の一編、Blue Moon by the Marcelsですので、歌詞などはそちらを参照なさってください。

じつは、べつのヴァージョンから入るつもりだったのですが、いまYouTubeを見たら、マーセルズの正しいヴァージョンがなかなか見つからず、後年の再録音ものや聴くに耐えないライヴ・ヴァージョンなどしか出てこなかったので、ほんものをお聴きいただきます。

サンプル The Marcels "Blue Moon"

いや、ドラムも突っ込んでいるし、歌は下手だし、正式ヴァージョンも、考えようによっては「ひどい」出来ですが、端正ではなく、ラフ・エッジだらけの雑な仕上がりが、ヒットの助けになったにちがいありません。

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子どものころ、FENではじめてこの曲を聴いたときは、じつにハード・ドライヴィングなサウンドに感じられたもので、きれいに仕上げていたら、そういう印象にはならなかったでしょう。そもそも、この曲をアップテンポのドゥーワップにアレンジすること自体、外道な発想で、行儀のいい人間には思いもよらないことなのですが!

オリジナル記事に書いたとおり、当時としては「ショッキングな」このヴァージョンがなければ、Blue Moonはおそろしく古めかしい歌として、年寄りがロッキング・チェアで聴く名曲100選に収まって、その生涯を終えることになったにちがいありません。

◆ ジミー・マグリフの4ビート・オルガン・インスト・ヴァージョン ◆◆
なにかもう一種類、こんどはインストものを、と思ってプレイヤーを眺めると、好ましいヴァージョンが目白押しで、迷ってしまいましたが、看板に立てる予定の大物は省いて、やや地味なところからいってみます。

サンプル Jimmy McGriff "Blue Moon"

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ジミー・マグリフは、70年代のどこかでファンクのほうに迷い込んでしまい、そのあたりはわたしには無縁なのですが、ジミー・スミスの強い影響下で、4ビートをやっていた時期のものは、ハードエッジのあるラウンジ・ミュージックとして楽しめます。

ジミー・マグリフのBlue Moonも、マーセルズのBlue Moon同様、この曲のオーソドキシーとはかけ離れたアップテンポの4ビートのアレンジで、なかなか好ましいサウンドです。

次回、映画の準備が整っていなければ、Blue Moonのべつのヴァージョンを聴くことにします。

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The Best Of The Marcels
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by songsf4s | 2010-09-16 23:52 | Harvest Moonの歌
Moon of Manakoora by the 50 Guitars
タイトル
Moon of Manakoora
アーティスト
The 50 Guitars
ライター
Frank Loesser, Alfred Newman
収録アルバム
The 50 Guitars Visit Hawaii
リリース年
未詳
他のヴァージョン
Dorothy Lamour, Axel Stordahl, Los Indios Tabajaras, the Ventures, Hal Aloma and His Orchestra, Al Shaw & His Hawaiian Beachcombers
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昨夜に引きつづき、今夜も過去の記事の補足です。

Beyond the Reef by the Venturesの記事で予告しておいたので、すでにダウンロードをすませた方がいらっしゃるでしょうが、右のリンクからいける、Add More Musicの50ギターズ・シリーズの公開はちょっと前からはじまっています。

最初に公開された2枚はずいぶん以前にCD化され、わたしも持っているのですが、ここから先は未知のアルバムが登場するはずだと思い、興味津々、一日千秋の思いで待っていました(大げさだってば)。期待にたがわず、というか、予想に反して、というか、意外な企画、意外なサウンドでした。

このあいだの週末に公開されたThe 50 Guitars Visit Hawaiiは、タイトルが示すとおり、ハワイアンだったのです。

◆ サウンドの変化 ◆◆
今回のMoon of Manakooraという曲は九月のHarvest Moon特集のときに取り上げたのですが、よく考えると、十月のEvil Moon特集のほうがふさわしかったようです。ヴードゥーの雰囲気が濃厚な曲ですから。十月にこの50ギターズ盤Moon of Manakooraがあることを知っていれば、そのときに補足を兼ねて取り上げたのですが、一歩遅れてしまいました。しかし、出来はなかなかなので、ここで補足させていただきます。

この曲の歌詞や背景、各種ヴァージョンについては、Moon of Manakoora by Dorothy Lamourに書きましたので、ご興味のある方はそちらをご参照ください。今回は50ギターズ・ヴァージョンのみにふれます。

f0147840_23302621.jpg50ギターズの最初の2枚は、タイトルが示すとおり「国境の南」的なサウンドでした。メキシコのコンボが使う、ギターを巨大にしたような楽器というか、スタンダップ・ベースを寝かせたような楽器というか、フェンダー・ベースがアンプラグドしたみたいなものも使われたようです。

最初の2枚は、いってみれば小手調べのような盤で、可能性としては面白い、しかし、なにかが足りない、端的にいえば、「乗れる」サウンドにはなっていない、BGM止まりだ、と感じるものでした。

それはたぶん、企画者であるスナッフ・ギャレット自身、多数のアコースティック・ギターがユニゾンで弾いたときのサウンド、あるいは、ハーモニーを弾いたときのサウンドを、十分に計算できていなかったためではないかと感じます。とりあえず集めて鳴らしてみたら、こうなってしまった、という音ではないでしょうか。

その後、トミー・テデスコがリードを弾いた50ギターズの盤を数枚聴き、印象が変わります。多数のギターによるナチュラルなエコーは面白いけれど、それはそれとして、かなりひねくれたものとはいえ、ある種の「ギター・インスト」なのだから、リードが活躍してこそ魅力が生まれる、という風に、スナッフ・ギャレットの考えがシフトしたのではないかと思います。ギター好きのリスナーは、やはり、すぐれたギター・プレイを聴きたいことぐらい、ギャレットだってわからぬはずがありません。

◆ 長寿シリーズへの一歩 ◆◆
わたしの手もとにある50ギターズの盤はほんのわずかで、ローリンド・アルメイダがリードをとった最初の2枚と、何枚目にあたるものか、トミー・テデスコがリードをとったものが数枚にすぎません。リード・ギタリストの技量とは無関係に、この間にプロデューサーであるスナッフ・ギャレットのアプローチが微妙に変化し、テデスコの数枚は、色気のある「乗れる」盤になっています。

では、どこでそういうシフトが起きたのかというと、このMoon of Manakooraが収録された3枚目からなのだということがわかりました。「50ギターズ」という企画の厳密性なんか、だれも気にしないことに気づいたのだと思います。要は、楽しい音楽かどうか、それに尽きるのです。

f0147840_23333292.jpg50ギターズという企画を厳密に考えたら、マンドリン合奏のピッチの低いものができあがってしまうわけで、それじゃあ商売になりません。スナッフ・ギャレットは商売人です。1枚目のヒットから稼げるだけのものを稼ぐために、「商品としての色気」を加える方向にシフトするのは、当然の選択でしょう。

「ハワイに行く」という企画に合わせて、多くのリード・パートをペダル・スティールが担当したおかげで、この盤には最初の2枚にはなかった華やかさがあります。この3枚目の出来のよさが、50ギターズの長寿シリーズ化を保証したのではないでしょうか。

The Hukilau SongやLovely Hula Handsなど、後半の曲のほうが、スティールとバックのアコースティック・ギター集団の役割配分に妙味があると感じますが、とりわけMoon of Manakooraは、半音進行のメロディーがペダル・スティール向きにできていますし、そこにからむアコースティック・ギター集団のオブリガートのアレンジもよく、この盤のなかでもとくに好ましい仕上がりになっています。アレンジャーの名前がわからないのが残念。

◆ 東奔西走南船北馬 ◆◆
f0147840_23344351.jpg50人のギターを持った渡り鳥たちは、まず国境の南に行き、つぎにそこから西へと向かってポリネシアに渡りました。ポリネシアは正確には西南で、ちゃんと真西に行った(というか、そもそも西で録音しているから、そこから動かなかったというか、せいぜい、すこし南に行っただけというべきでしょうが)証拠もあります。わが家にある盤では、方向音痴になってしまったものもあるのですが、東に行ってイギリスの音楽をやったこともあります。そこまでは手もとの盤でわかっています。

f0147840_23355074.jpgじゃあ、北はどうか? これがちゃんとあるんですね。ひょっとしたら、キムラセンセは、お客さんを楽しませようと、ひそかに準備しているところで、ネタばらしをするな、とお怒りになるかも知れませんが、雪が降っている50ギターズがあるんです。

順番からいったら、これはだいぶあとのものになるのかもしれませんが、そこはそれ、融通というやつをきかせて、シーズンズ・グリーティングとして、つぎは「50ギターズ、北上す」を聴きたいのですが、いかがなものでしょうか>キムラセンセ?
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by songsf4s | 2007-11-07 23:50 | Harvest Moonの歌
Moonraker by Shirley Bassey
タイトル
Moonraker
アーティスト
Shirley Bassey
ライター
lyrics by Hal David, music by John Barry
収録アルバム
The Best of James Bond 30th Anniversarry Collection
リリース年
1979年
他のヴァージョン
Neil Norman
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昨夜はまだ満月に思えないこともない丸さだった月が、今夜はもう明らかにwaneしています。「この世をば我が世とぞ思ふ 望月のかけたることもなしと思へば」なんて、藤原道長もくだらないことをいったものだなあ、月の満ち欠けの原理を知っていれば、そんな馬鹿な歌はつくれなかっただろうに、てえんで、科学教育の重要性を再認識しちゃったりしています。

理性の世界は退屈ですが、神秘主義で社会を運営されては平安京に逆戻り、藤原氏以外の大多数の人間にとっては非常に不幸なことになるでしょう。先祖の供養を怠ったせいで不幸になったとかなんとかいう、藤原道長の世界観と懸隔のない番組を、これからの日本をつくっていく子どもたちがテレビの前にいる時間帯に流すのは、犯罪行為じゃなかろうかなんて思った、月の欠けはじめた金曜の夜でした。

月のからんだ曲というのは、どうもオカルティズムへの傾斜、あるいは少なくも親和性を見せるようなところがあり、ちょっと疲れてきました。まあ、月の「魔力」を恋に利用しているあいだは平和なのだ、と思うことにしましょう。

◆ ウェイスト・ボールの一曲 ◆◆
ここにいらっしゃるお客さんのなかには、tonieさんのように、今後登場するであろう曲の予想を立てる方がいらっしゃるので、こちらとしては、いきおい、予想を外すことにささやかな楽しみを見いだしています。

中秋の名月の夜は、tonieさんが真ん中の速球を待っているところに、こちらも真ん中の速球を投げざるをえないことになりましたが、今夜はもう欠けていく月、この曲は球種もコースも予想外だっただろうとニヤついています。ま、背中を通っていくような、ひどいボール球かもしれませんが。

f0147840_1554799.jpgシャーリー・バッシー(インチキな表記だなあ、と思って調べましたが、蓋然性として、こういう場合は「バーシ」に近い発音になるだろう、というところまでしかたどり着けませんでした。たぶん、「バーシ」または「バーシー」で当たりでしょう。英語は跳ねない、跳ねそうなスペル、つまりダブル・レターは「直前の母音を伸ばす」と思っておけば、90パーセントのケースで当たっています)は、あまり好みの歌い手ではないのですが、ジェイムズ・ボンド・シリーズのテーマはいつも楽しみにしています。ざっと見て、3割前後の高打率じゃないかと思います。この曲も、シングル・ヒットはしませんでしたが、悪くないと感じたテーマのひとつです。いちおう歌詞など見てみましょうか。

Where are you? Why do you hide?
Where is that moonlight trail that leads to your side?
Just like the moonraker goes in search of his dream of gold
I search for love, for someone to have and hold

f0147840_1573677.jpg「あなたはどこにいるの、なぜ隠れているの、あなたのいるところへと導いてくれるあの月の光はどこにあるの、ムーンレイカーが黄金の夢を追うように、わたしは愛を追う、この手に収め、抱きしめるためのだれかを」てなあたりです。どうも、ジェンダーを変えて日本語を書くのはイヤなものです。そもそも日本語も、ジェンダーによる表現の差が小さくなっちゃっていますからね。

いや、まあ、そんなことはどうでもいいのですが、moonrakerは、辞書には「密輸業者」とあります。「密輸業者」なんて日本語は歌詞のなかでは収まりが悪いので、そのまま「ムーンレイカー」としました。英語は「月追う者」だなんて、ずいぶんまた叙情的な言い方だなあ、と笑っちゃいます。NRPSのWhiskeyのところで、密造酒をmoonshineと呼ぶということをご紹介しましたが、これはそれと似たようなmoonの使い方です。要するに「夜行性」ということですね。

◆ 1キスぶんの距離とはどんな距離だ? ◆◆
以下はファースト・コーラス

I've seen your smile in a thousand dreams
Felt your touch and it always seems
You love me
You love me

くだらないし、退屈だから、日本語にするのはやめておきます。女言葉でこんなことを書くのは願い下げです。

つづいて、セカンド・ヴァース。

Where are you? When will we meet?
Take my unfinished life and make it complete
Just like the moonraker knows
His dream will come true someday
I know that you are only a kiss away

「あなたはどこにいるの? いつになったら会えるの? わたしの未完の人生に結末をつけて、ムーンレイカーがいつか夢の実現する日がくることを知っているように、あなたはほんのキスひとつ向こうにいることをわたしは知っている」

f0147840_1595080.jpgなんじゃこりゃ、という日本語ですが、英語もあまりよくはないですねえ。take my unfinished life and make it completeなんて、生硬で、詩的響きがありません。よって、最後のコーラスは略します。

たとえば、just a smile away「1微笑ぶんの距離しか離れていない」なんていうawayの用法は、じつに英語的で面白いと思うのですが、日本語にはしにくいケースがほとんどだと感じます。

◆ エンディング後の満足 ◆◆
歌詞はくだらなくて、ゴミ箱行きだと思いますが、サウンドは久しぶりにムードがあるなあ、と思いました。ま、たしか、宇宙から見た地球の絵から、カメラがティルト・アップして、トライアングルの音が入ってくるといった感じで、うまく絵と合致したからでもありますが、『二度死ぬ』以来のいいエンド・タイトルだと、当時は感じました。

ジョン・バリーは、弦の低音部、ヴァイオリンではなく、ヴィオラやチェロが担当する部分の扱いがうまいのですが、この曲のアレンジではその特長が出ていますし、そこにからんでいく、フレンチ・ホルンを中心とした管もまたけっこうな味を出しています。

f0147840_231992.jpg『007は二度死ぬ』は、映画そのものは箸にも棒にもかからない出来で、ボンド・シリーズに追従したお笑いエスピオナージュものを、ボンド・シリーズ自体がなぞっちゃったみたいな馬鹿馬鹿しさでしたが、はじめと最後の2度登場する、ナンシー・シナトラが歌うテーマはじつにいい雰囲気で、とくにエンド・タイトルはため息が出ました。

(『二度死ぬ』の脚本はロアルド・ダールで、映画の取材で来日し、そのときのインタヴューが「ミステリ・マガジン」に掲載されていました。短編作家としてのダールは、なかなかいいものを残したと思いますが、シナリオ・ライターとしては、さあて、どんなものだろうか、です。ヒチコックが、シナリオ・ライターとしてのレイモンド・チャンドラーをボロクソにいっていましたが、ダールも同類じゃないでしょうか。考えてみると、ダールがいいといっても、秀作がそれほどたくさんあるわけでもないですしね。)

f0147840_251991.jpgボンド・シリーズでは、この2曲が、独特のムードをもっていて、とくに出来がいいと思いますが、もちろん、Goldfinger、Thunderball、Diamonds Are Forever、Nobody Does It Betterなども好きです。いや、映画のなかでかかるぶんには、License to Kill、All Time Highなども悪くないと思いました。イントロだけなら、For Your Eyes Onlyも佳作ダッシュぐらいの評価はしてもいいと感じます。

シャーリー・バッシーのプロデュースは、ジョージ・マーティンが担当していたのですが、あるとき、ちょっとした手違いで、ビートルズのレコーディングとシャーリー・バッシーのレコーディングが重なってしまい、マーティンはバッシーのほうをキャンセルせざるをえなくなったのだそうです。これで彼女はカンカンになってしまい、マーティンとは縁を切ったのだとか。まあ、やむをえないですねえ。ビートルズを抱えたプロデューサーは、すべてをそれに捧げるしかありません。

◆ 女なくしては日の暮れぬ…… ◆◆
f0147840_271023.jpgやはり、わたしは、女性シンガーのほうがジェイムズ・ボンド・シリーズには向いていると思います。それについては、『死ぬのは奴らだ』のスコアを担当したジョージ・マーティンが書き残しています。

ポール・マッカトニーがこの映画の主題歌を書くように依頼され、ジョージ・マーティンはできあがった曲のオーケストレーションを担当しました。その結果、スコアそのものもマーティンに依頼するという話が持ち上がり、マーティンはプロデューサー(映画のほうの)のハリー・サールツマンと会うことになりました。サールツマンは、主題歌の出来はおおいに気に入ったといったあとで、マーティンにこういったそうです。

「ところで、この曲をだれに歌わせるのがいいと思うかね?」

マーティンはI was completely aback「思いきりコケた」といっています。そりゃそうでしょう。全盛期のポール・マッカトニーが歌った盤を、デモ扱いされたのですから。

「そのー、おっしゃる意味がよくわからないのですが……すでにポール・マッカトニーが……」

「うんうん、それはおおいにけっこう。だが、問題は映画ではだれに歌わせるかということだ」

「失礼ながら、まだお話が飲み込めませんが?」

「女の子が必要じゃないか。そうだろ? テルマ・ヒューストンなんかどうかね?」

f0147840_2101595.jpg「たいへんけっこうかと思います。しかし、すでにわれわれはポール・マッカトニーを確保しているわけでして、彼女に依頼する必要はないのではないでしょうか」

なんてコンニャク問答をえんえんとつづけたあげく、マーティンはどうにかこうにか誤魔化して、ポール・マッカトニー作、ポール・マッカトニー唄のボンド・テーマを実現することができたのだそうです。

でも、わたしはチラッと、このわからず屋の映画プロデューサーに同意したくなります。やっぱり、ボンド映画には女性シンガーじゃないでしょうかね。

◆ 来年の今月今夜の月は? ◆◆
軽い曲を軽く書いてすませるつもりが、時計を見ればすでに遅刻。月の歌特集ハーヴェスト・ムーン篇は、これにてフェイドアウトとします。予定していた曲がまだ山を成して残っていますが、一部は来月のハンターズ・ムーンで取り上げ、大半は来年の六月の「幸せのジューン・ブライド特集」にまわすことにします。来年があるといいのですがねえ! とりあえず、来月はまだサイバースペースにしがみついている予定です。

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by songsf4s | 2007-09-29 01:20 | Harvest Moonの歌
How High the Moon by Les Paul with Mary Ford
タイトル
How High the Moon
アーティスト
Les Paul with Mary Ford
ライター
lyrics by Nancy Hamilton, music by Morgan Lewis
収録アルバム
The Best of the Capitol Masters
リリース年
1951年
他のヴァージョン
Chris Montez, Joe Pass, Mary Lou Williams, Dave Brubeck Quartet, Harry James, June Christy, Marvin Gaye, MJQ, Ray Anthony, Stan Kenton, Carlie Parker, Chet Baker, Art Tatum, Sara Vaughn, Gloria Gaynor, 3 Na Bossa
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月の歌をとりあげる以上、これは外せないだろうという曲がいくつかありますが、今夜のHow High the Moonも、It's Only a Paper Moonと同等に、あるいはそれ以上に重要な曲でしょう。

なんでこんなにたくさん、と思うほどヴァージョンがありますが、今回はまったく迷いなく、レス・ポール&メアリー・フォード盤が看板と決めました。いや、このヴァージョンがなければ、この曲はオミットしたでしょう。一生に何度か、聴いた瞬間にひっくり返ってしまったトラックというのがありますが、その意味で、このレス・ポールのHow High the Moonは、三本指に入る驚愕の音楽でした。あとの有象無象ヴァージョンは付け足りですが、できるだけ多くに言及するつもりでいます。

◆ 月がなければ闇夜、動詞がなければ無意味 ◆◆
これから歌詞を見ていきますが、はじめにお断りしておきます。

まず、古い曲なので、例によってさまざまなヴァリエーションがあり、エラ・フィッツジェラルドのように、適当な歌詞をその場でつくって歌っている人までいます。ここでは、いうまでもなく、看板に立てたレス・ポール&メアリー・フォード盤にしたがいます。

つぎに、わたしはこの歌詞がさっぱり理解できません。レス・ポールのプレイはじつによくわかりますが、歌詞はおかしなところがあって、明快に意味をとることができません。歌詞は音として聴いているだけで、意味は気にしてもしかたないと、ずいぶん前から投げています。

Somewhere there's music
How faint the tune
Somewhere there's heaven
How high the moon
There is no moon above
When love is far away too
Till it comes true
That you love me as I love you

f0147840_3415423.jpgそもそも、動詞が抜けているから、解釈のしようがなく、また、動詞を補うにしても、どこに補うかで意味が変わるのだから、じつにもって始末が悪いのです。つまり、「How high is the moon?」なのか「How high the moon is」なのか、ということです。だれのヴァージョンだったか、「How high is the moon?」と、isを補って、疑問文にしているものがありました。わたしもそちらにくみしますが、それが正しいという保証はありません。

「どこかで音楽が鳴っている、なんてかすかな音だろう、どこかに天国がある、月はどこまで昇っただろうか、愛する人が遠くにいれば月も見えない、それが実現するまでは、わたしがあなたを愛しているように、あなたもわたしを愛している」

最後の2行は、読んでいるみなさん同様、書いているわたしも、なんのこっちゃ、と呆れています。学校で英語を勉強したふつうの日本人としては、「このthatはいったいどこから出てきたんだ、説明しろ」といいたくなります。複文の2つの部分が、無意味に接続されているのです。ぜんぜんわからないから、「知ったことか!」と大声で叫んでおき、このヴァースは投げます。

◆ 生きているのやら、死んでいるのやら ◆◆

Somewhere there's music
How near, how far
Somewhere there's heaven
It's where you are
The darkest night would shine
If you would come to me soon
Until you will, how still my heart
How high the moon

「どこかで音楽が鳴っている、近いのやら、遠いのやら、どこかに天国がある、そこはあなたがいる場所、あなたがすぐにやってきてくれれば、漆黒の夜も明るく輝くだろう、それまでは、わたしの心は沈黙する、月はどれほど昇っただろう」

f0147840_3433697.jpgといったあたりでしょうか。わからないのは、まず、天国があなたのいる場所だ、というところです。死者に語りかけているというようにも受け取れます。それとも、「あなた」というのは「月」のことなのでしょうか。

ついでに、heartがstillだというのは、心臓が止まっている、と解釈することも可能ですが、それではまるでボビー・“ボリス”・ピケット&ザ・クリプト・キッカーズのお笑い怪奇ソングになってしまいますねえ。

サード・ヴァースもありますが、これまでの2つのヴァリエーションにすぎず、独立したヴァースではないので、解釈はしません。

Somewhere there's music
How faint the tune
Somewhere there's heaven
How high the moon
The darkest night would shine
If you would come to me soon
Until you will, how still my heart
How high the moon


◆ 驚愕の先進性 ◆◆
歌詞はなんだかよくわかりませんが、レス・ポールのギター・プレイは、大昔の人がやろうとしたことが、こんなに隅々までよくわかっていいものだろうか、というくらいに明瞭です。あまりにもよくわかりすぎて、はじめて聴いたときはビックリ仰天しました。あと半歩でロック・ギターです。軽く15年は先取りしていた勘定になります。

f0147840_3454791.jpgそもそも、歌のあいだに長くて派手なギター・ソロを挟む、という考え方がこの時代にあったのでしょうか。わたしの知るかぎり、そんなものはありません。仮定の話ですが、たとえレス・ポールが下手だったとしても、こういう構成をとったことだけで、きわめて先進的で、60年代後半のロック・バンドがやったことを、すでに50年代はじめにやっていたことになります。

レス・ポールは歌わないので、ヴォーカルとギターという変則的なデュオだから、両方にスポットを当てなければならないという、このデュオの特殊事情から導きだされたにすぎないスタイルなのでしょうが、背後の事情がどうであれ、形式として、未来を先取りしていたことに変わりはありません。

f0147840_3472243.jpgそしてまた、ギターのサウンドといい、スタイルといい、とても1951年録音のものとは思えません。60年代後半に、いわゆる「ギター・ヒーロー」たちが多用するイディオムが、すでに使われているのです。

ギターのサウンドそのものも、ストレートなトーンではありません。彼自身が開発したディレイ・マシンが使われているのです。アタッチメントの多用という60年代後半のトレンドがここでもまた先取りされています。太陽の下、新しいものなどないのだ、すべては焼き直しなのだ、というペシミズムに賛成したくなるほどの、じつにもって、なんともけしからんレスターおじさんの先進性です。

この時代にはおそらく弦はレギュラー・ゲージです。そんなもん、見たこともさわったこともないだろうが>メタル小僧ども。無茶苦茶な太さと張力で、Fを押さえただけでも息切れがしちゃうのですよ。わたしらオールド・タイマーは、子どものときにちゃんとそういう太い弦を経験しているのでわかりますが、そういうもので、そして、あのアップ・テンポのアレンジで、速いパッセージを弾きまくり、あろうことか、ベンドまで連発しているレス・ポールはとんでもない人です。ジミヘンがアコースティック12弦でダブル・チョークをやったのを見たときもひっくり返りましたが、レス・ポールもたいした腕力です。風が吹いただけでも音が鳴ってしまうような、いまどきのフニャフニャ弦を弾いている小僧どもにはぜったいにわからない、超絶プレイです。

ちなみに、ソロに使ったギターは、レス・ポール自身が細工した改造エピフォンだそうです。まだ、ギブソン・レス・ポールはできていなかったのです。

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たいした知識はないのですが、たとえば、チャーリー・クリスチャンとか、タル・ファーロウといった、いくぶん時代が近い人たちのプレイを思い浮かべても、レス・ポールはまったくのエイリアンです。クリスチャンもファーロウも、われわれが「昔のジャズ・ギター」といったときにイメージするプレイ・スタイルのスペクトルに、ちんまり収まっています。でも、レス・ポールはひとり一ジャンル、まったく桁外れです。クリスチャン、ファーロウは、「歴史のお勉強」という感じで、ふむふむ、なるほど、昔はそういう風にやっていたのね、という感じで収まりかえって聴きましたが、レス・ポールは椅子から飛び上がり、ベッドから転げ落ち、「ウッソー! そんなのありかよ!」と叫んじゃいました。

◆ 元祖ハード・ドライヴィング・グルーヴ ◆◆
いや、音楽なのだからして、トータルとしてのサウンドも重要です。ここがまたレス・ポールのすごいところで、サウンド的にも「明日の音を今日に」(フィル・スペクターの会社のキャッチフレーズ)の人です。

f0147840_3521892.jpgレス・ポールがこの曲をリリースしようとしたとき、キャピトルの担当者は反対したそうです。すでに75種類ものヴァージョンがあり、どれもヒットしなかった、そもそも歌詞が意味を成していない(それはそのとおり! 会社の人間もたまには正しいことをいう)といったのだそうです。しかし、レス・ポールはいつもの調子で、そんなくだらないことは忘れろ、俺のはイントロからもうヒット間違いなし、靴のなかでタップしたくなり、曲が終わる前に疲れ果てるほどのリズムなんだ、と主張したそうです。

いや、じっさい、たいしたロッキン・ビートです。たんに8ビートを使っていないだけで、ベニー・グッドマンのいくつかのトラックのように、ものすごいドライヴのしかたをするグルーヴで、その点でもベッドから転げ落ちました。

f0147840_354683.jpgさらにレス・ポールがすごいのは、トラックはすべて自分でオーヴァーダブしたということです。ギタリストだけがエイリアンで、ひとりで未来にぶっ飛んでしまい、まわりが1951年にへばりついていると、非常にまずい事態になりかねないのですが、「まわり」も自分でやっているのだから、安心です。じっさい、うまくはないのですが、ベース・ラインの作り方はやはり先進的です。プロデューサーが目指しているものを百パーセント理解したプレイです。

というわけで、エミット・ローズ、トッド・ラングレン、アンドルー・ゴールドたちは、あ、それからポール・マッカトニーも、それとわからないほど時間がたってから、無自覚にレス・ポールの後塵を拝してしまったわけです。ほんとうにエイリアンだったのだと思います。ふつう、これほど全部まとめてなにもかも未来の先取り、なんてことはできるもんじゃありません。

レス・ポール盤How High the Moon(ホラ吹きおじさんレス・ポールのいうところの「76番目のヴァージョン」)は、9週間にわたってビルボード・チャートのナンバーワンの座を維持したそうですが、それくらいのことは当然でしょう。実験的、未来的サウンドが、同時に非常にポップなものになり、おおいに売れる結果になったということでは、ビートルズのStrawberry Fields Foreverや、ブライアン・ウィルソンのGood Vibrationsの先祖でもあったのです。

◆ ロイド・デイヴィスの右手 ◆◆
これだけぶっ飛んだ盤のまえでは、どんな名演名唱も、地べたを這う虫にすぎません。がしかし、まあ、せっかく集めたのだから、ちょっとつきあってみましょう。数だけはうんざりするほどあるんです。

有象無象のなかでは、デイヴ・ブルーベック盤が気に入りました。いや、デイヴ・ブルーベックにも、ポール・デズモンドにも、わたしは興味がないし、じっさい、この曲の二人のインプロヴも、ただただ長ったらしくて退屈なだけですが、お立ち会い、ドラムがいいのです。ライド・シンバルの刻みを聴いているだけで、9分間があっという間に終わりました。

f0147840_355630.jpgこのドラマー、ロイド・デイヴィスという人ですが、ぜんぜん有名じゃないですねえ。これだけ素晴らしいライドの刻みができるドラマーが絶賛されなかったのだとしたら、ジャズ・プレイヤーとジャズ・ファンのタイム感に問題がある、または、より穏当な言い方をすると、彼らはわたしのような老いたるロック小僧とは異なる時間、勝手な解釈の時間を生きているのでしょう。

マックス・ローチをはじめて聴いたとき、ひっでえタイムだな、チャーリー・ワッツかよ、と思いましたが、ジャズというのは、タイムの正確性、グルーヴのよさなど気にしないのでしょう。ロック小僧的感覚でいうと、このロイド・デイヴィスの右手はジム・ゴードンのつぎのつぎのつぎのつぎぐらいにはうまいと感じます。これがものすごい絶賛だということが、ジャズ・ファンには理解できないでしょうけれどね。

もちろん、ジム・ゴードンのほうが素晴らしい右手をしているし、絶好調時の彼は左手も正確で美しいビートを連打します。ロイド・デイヴィスも、サイドスティックはなかなかきれいで、これもジム・ゴードンのつぎのつぎぐらいのうまさだと感じました。そもそも、うまい人は、サイドスティックのサウンド自体がきれいな響きになるものでして、ロイド・デイヴィスはジム・ゴードンのようにきれいな響きをつくっています。なかなか快感のグルーヴ。

◆ パス、ケントン、アンソニー、ジェイムズ、MJQ ◆◆
f0147840_356049.jpgつぎは、一転して、アンプラグドしたジョー・パスのソロ・プレイ。エレクトリックで何枚か聴いていますが、今回、はじめてアコースティックのプレイを聴いて、この人はアンプラグドしたほうがずっといいと感じました。やっぱり、無茶苦茶にうまいですねえ。

f0147840_3564094.jpgスタン・ケントンはアンサンブルで聴かせる人なので、わたしのようなジャズ嫌いのポップ・ファンも楽しめる、襟を正したアレンジになっています。ジャズ・プレイヤーの強制猥褻陰部露出ではなく、華麗な衣装をまとった美しい「サウンド」です。彼のHow High the Moonはヒットしたそうですが、当然でしょう。でも、あんまりHow High the Moonっぽくないメロディー・ラインです。

f0147840_3575739.jpgレイ・アンソニーも、さすがに人気者、楽しいサウンドになっています。ドラムも悪くないグルーヴですし、レイ・アンソニーのソロも、ピッチがいいので(といっても、アル・ハートのような、「超」がつくほどの正確なピッチではないですが。どうして、ジャズ・トランペッターというのはピッチの悪い人が多いのでしょうか。高音部でフラットしないプレイヤーはめったにいないという印象です)不愉快になりません。なによりも短いのがいい! 基本的にはダンス・バンドなのでしょうね。それも一流の。

f0147840_3585659.jpgつぎはハリー・ジェイムズでしょうか。ビッグ・バンドですから、モダン・ジャズのコンボのように、長ったらしいソロ廻しで退屈することはありません。他のヴァージョンよりテンポが遅く、なかなかムードがあって、伊達男ハリー・ジェイムズにふさわしいと感じます。ヴォーカルの名前がわかりませんが、なかなかけっこうな歌いっぷりです。

f0147840_3595818.jpgMJQは今回集めたもののなかでもっともスロウにはじまります。これじゃあ眠るなあと思っていたら、ちゃんと後半はテンポを速くしています。ムードはあります。でも、6分は長すぎ。

ピアノはわからないので、若きアート・テイタムのプレイは、いいんだか悪いんだかよくわかりませんでした。うまいのでしょうけれど、So what?でした。手が素早く動いていますねえ、目にもとまらぬ早業、一着でゴール。だから、なんだよ? 一着でゴールすることが音楽の目的か?

◆ ヴォーカルもの ◆◆
ジューン・クリスティーは、声がいいので、それだけでそこそこ聴けますが、バックの管のアレンジもなかなかゴージャスで、楽しめます。ドラムはスネアのチューニングが低すぎるし、フィルインでときおり突っ込みますが、昔の人としてはまずまずのタイムでしょう。ただし、ベースとズレています。たぶん、責任はベースのほうにあるのでしょう。

サラ・ヴォーン、エラ・フィッツジェラルドは、基本的に歌および音楽を勘違いしていると思います。不快以外のなにものでもありませんでした。

f0147840_421268.jpgこれにくらべたら、フワフワととらえどころのないクリス・モンテイズの歌のほうがずっと楽しめます。モンテイズはもともとガチガチのロックンローラーだったのが、A&Mなどという会社に入ったばかりに、生まれもつかぬオカマ声のオカマ・スタイルで歌わされるハメになったわけですが、それがポップの世界、お客さんが喜びそうな方向にねじ曲げちゃうのです。それだけでも、サラ・ヴォーンやエラ・フィッツジェラルドなんかより、ずっと上等な音楽だということがわかります。ドラムは例によってハル・ブレイン。

f0147840_475043.jpgマーヴィン・ゲイ盤は、声の若さというのは格別だなあ、と思わせるものです。まだ歌がうまくないぶん、声のよさが際だっています。これだけの美声があったから、後年の成功があったのでしょう。長生きしたら、またこういう方面に回帰したかもしれません。年をとったマーヴィン・ゲイのスタンダード・アルバムなんて、ちょっと聴いてみたかったな、と思います。

まだ、いくつかヴァージョンが残っていますが、もういいでしょう。残る人生のあいだ、How High the Moonはもう二度と聴かなくていい、という気分になりました。

◆ またブロードウェイ ◆◆
この曲もまた、まったくもー、いやになるほどまた、ブロードウェイ起源だそうですが、その手のことを調べるのはゲップが出るほどやったので、今回は省略させていただきます。レス・ポール盤のすごさのまえでは、楽曲なんかどうだっていいや、です。わけのわからない歌詞を解釈するハメになったので、作詞家の顔を見てやりたいような気もしなくはありませんが、もう疲労困憊、限界です。
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by songsf4s | 2007-09-27 23:56 | Harvest Moonの歌
Shine on, Harvest Moon by the New Vaudeville Band
タイトル
Shine on, Harvest Moon
アーティスト
The New Vaudeville Band
ライター
words by Jack Norworth, music by Nora Bayes and Jack Norworth
収録アルバム
Finchley Central
リリース年
1967年(初演は1908年)
他のヴァージョン
Miss Walton & Mister MacDonough, Chet Atkins, Carmen Cavallaro, Ten Tuff Guitars, Mary Ann McCall, Leon Redbone, JoNell & Stephen Aron
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昨日取り上げたニール・ヤングのHarvest Moonのほかにもう一曲、タイトルにハーヴェスト・ムーンが入っているものがあるので、今晩はそれを取り上げます。

一世紀前に書かれた曲ですが、そのころのヴァージョンは古すぎてよく聞こえないので、ニュー・ヴォードヴィル・バンド盤を看板に立てました。この曲の来歴や、この「バンド」のことは後段で書きます。

◆ 「メイド」といってもアキバ版とはちょとちがう ◆◆
この曲には前付けのヴァース(歌詞を見るかぎりでは、コーラス部分を前にもってきただけに思われる)があるようですが、ここはニュー・ヴォードヴィル・バンド盤に依拠して、通常のヴァース、第一連から入ることにします。

f0147840_311505.jpgよけいなことですが、こういうときに、いちいち、verseという言葉の、ポピュラー・ミュージックにおける二つの主要な意味のうち、どちらで使っているかを断らなければならないところに、研究すべきテーマ(どの時点で意味のズレが生じたか、など)が隠れていると、わが直感がしきりに訴えているのですが、日々の課題に追われて、手がつけられずにいます。

それではファースト・ヴァースの前半。

The night was mighty dark so you could hardly see
For the moon refused to shine
Couple sitting underneath the willow tree
For love, they pined

その夜は月が隠れて真っ暗闇だったので、ほとんどなにも見えず、柳の木の下に坐ったカップルは嘆いた、といったあたりでしょうか。pineなんて動詞はあまり見かけないのですが、そのへんが一世紀前の曲らしいところなのかもしれません。

つづいてファースト・ヴァース後半。

Little maid was kinda 'fraid of darkness
So she said, "I guess I'll go"
Boy began to sigh, looked up at the sky
Told the moon his little tale of woe

女の子はちょっと暗闇が怖くなり、「帰ろうかしら」といった、男の子はため息をつき、空を見上げて、その悩みを月に訴えた、といった意味でしょう。pine同様、woeなんていう名詞もあまり見かけませんねえ。辞書には、古語、文語と注記があります。「悩み」ではなく、「懊悩」なんて語をあてておくべきかもしれません。

f0147840_3203146.jpgこういうmaidも古い用法で、近年は英語でも、「冥土喫茶」もとい「メイド喫茶」のような使い方がふつうです。昔の政治的にインコレクトな言葉でいうところの「女中」のことですな。辞書にも「《文》 娘, 少女 (girl); 《古》 未婚の女, 処女, おとめ」とあって、古い用法であることをこれでもかと強調しています。ああ、思いだしましたが、Iron Maidenという有名なメタル・バンドの名前はこちらのほうの用法です。「鉄の処女」なんて、あなた、そんな恐ろしいものは勘弁してください。あれに抱きつかれたら、ふつう、死にますよ。ハリネズミが裏返ったような拷問道具なんですから。

辞書には「Maid of Orleans」という言葉もあって、これは「Joan of Arc」すなわちジャンヌ・ダルクのことだと書いてあります。わたしはニューオーリンズの少女とはなんだろう、なんて思いました(ウソ)。ニューオーリンズは旧フランス領で、「新オルレアン」だったのですね。アレクサンドル・デュマのどれかの長編(『王妃の首飾り』?)に、新大陸からパリに戻ってきた人物が登場しますが、わたしはきっと「オルレアン」にいってきたにちがいないと思いました。

◆ スプーン、ネック、ペット ◆◆
彼の懊悩の内容がそのままコーラスになっています。

"Shine on, shine on harvest moon up in the sky
I ain't had no lovin' since January, February, June, or July
Snow time, ain't no time to stay outdoors and spoon
So shine on, shine on harvest moon for me and my gal"

「光り輝け、ハーヴェスト・ムーンよ、一月、二月、六月、七月からずっと恋人なしだったんだよ、雪の季節は外で愛し合うわけにはいかないんだから、光り輝け、ハーヴェスト・ムーンよ、ぼくと彼女のために」

「ain't had」にはちょっと恐れ入っちゃいますが、英語には、日本の学校で教えている堅苦しい表現とは異なる、「闇の大陸」が広がっているわけで、これくらいで考えこんでいると歌なんか聴いていられなくなるから、自動的に「have not had」に置き換えておしまいにします。

f0147840_3245648.jpg「spoon」も学校では教えてくれません。遠慮会釈のないリーダーズ英和辞典は「pet, neck」と同意語2連打でダメを押しています。この2語を見てもピンとこない方は、うしろに-ingをつけて、声に出して読めば納得されるでしょう。どうしてそういうことをspoonと表現するかというと、わたしの理解しているかぎりでは、男女が2本のスプーンを重ねたような状態になるからです。そんなことを歌、しかも一世紀前の歌でいっていいものか、なんて思いますが、わたしが生まれるはるか以前の異国でのことだから、いまさら文句のつけようもありません。

また、オリジナルの歌詞では2行目の月の列挙が異なっていたようで、古いものは「since April, January, June or July」と歌っています。時期を飛び越してAprilが先頭にあるのにはなにか意味があったのでしょうが、それがわからなくなって、後世のカヴァーでは、よりリーズナブルと思われる(やっぱり、思えませんかね)一月、二月、六月、七月に変化したのだと想像します。どなたか、この「数秘学」的問題に挑戦なさってみませんか? 意外な真実が隠されているかもしれませんよ。

ふと思います。果たして、月の光が必要なのでしょうか? まあ、女の子が家に帰ってしまっては話にならないので、彼女を安心させたい一心でしょうが、それにしても、どうも違和感があります。20世紀初頭の譜面を眺めていて、「Mister Moon Man, Turn Off The Light」という曲があるのに気づいたのですが、「お月さんよ、灯を消してくれないか」というほうが、恋人たちとしてはノーマルじゃないでしょうか。謎ですなあ。

◆ 延長戦 ◆◆
ニュー・ヴォードヴィル・バンド盤は、あとは間奏やら、コーラスの繰り返しやらだけで、もう新しい言葉は出てこないのですが、本来はヴァース、コーラス、ヴァース構成の歌で、ちゃんとセカンド・ヴァースがあります。うちにある戦後のものは、みなセカンド・ヴァースを略していて、またしても「品川心中」と同じ運命をたどった歌を見つけた、とニヤニヤしています。出来が悪い部分は、後代になると、削除されてしまうのですね。

この曲の発表直後のカヴァーと思われる、Miss Walton & Mister MacDonoughのヴァージョンでは、セカンド・ヴァースは以下のようになっています。

Can't see why a boy should sigh
When by his side is the girl he loves so true
All he has to say is
"Won't you be my bride for I love you
Why should I be telling you this secret
When I know that you can guess"
Harvest moon will smile, shine on all the while
If the little girl should answer "yes"

となりには心の底から愛する子がいるのに、なんだってこの男の子は嘆いているのか理解できない、「愛しているよ、結婚してくれないか、こんなこと、いわなくたって、わかっているだろう?」といえばいいだけじゃないか、彼女が「ええ」とこたえれば、ハーヴェスト・ムーンは微笑み、以後ずっと光り輝きつづけるだろう。

f0147840_3282853.jpgなんてえあたりで、見るからにボツです。「語り手」がしゃしゃり出てきて、「俺は理解できないねえ」なんていうんですから、聴くほうは目がハーヴェスト・ムーンになります。落語で、途中から突然「地噺」になって、噺家が客に語りかけたりしたら、すくなくとも昔気質の客はムッとなります。

小説でも、「ここで作者は読者に問いたい」なんてことを、大昔の作家は書いたものですが、昨今ではまず見かけません。たまにそういうくだりがあっても、それは意図的に古めかしさを粧ったものです。現代小説は、そのような表現を一掃してしまいました。

これでこのセカンド・ヴァースが、品川心中後編化した理由は満月に照らされたごとく明瞭でしょう。

◆ メガとマイクロ、どっちの音が大きい? ◆◆
f0147840_3474673.jpgニュー・ヴォードヴィル・バンドは、1966年のビルボード・チャート・トッパー、Winchester Cathedralだけが知られている、典型的な「ワン・ヒット・ワンダー」です。それも道理で、バンドとはいっていますが、実体はジェフ・スティーヴンズというソングライター(彼の作でもっとも有名なのはThere's a Kind of Hush)のスタジオ・プロジェクトにすぎず、彼以外はみなスタジオ・プレイヤーです(のちにプロコール・ハルムに入るデイヴ・ナイツがプレイしているということが、当時からいわれていたが、じっさい、音を聴いてもまさにハルムのベース)。

デンマーク・ストリート(イギリスのティン・パン・アリー。レイ・デイヴィーズがDenmark Streetというそのものズバリの曲を書いている。ランディー・ニューマンのVine Streetと好一対)にあるスティーヴンズのオフィスにかかっていたカレンダーに、ウィンチェスター聖堂の写真があって、そこからカテドラルの出てくる歌を書こうと思い、もともとヴォードヴィル時代の音楽が好きだったので、そういう曲を書いたのだそうです。

f0147840_349564.jpgスティーヴンズは結局、自分で歌うことにしたのですが、この曲をお聴きになった方ならお気づきのように、彼はメガフォンを通して歌っています。ヴォードヴィル時代、マイクロフォンのかわりにメガフォンを使っていた(スウィング時代にも、一部ではそういうことをしていたらしい)ことを踏襲し、古い時代の雰囲気を再現しようとしたわけです。たぶん、これがこの曲の成功に結びついたのでしょう(ここでオールド・タイマーは、デイヴィッド・マクウィリアムズの「パーリー・スペンサーの日々」The Days of Pearly Spencerを連想するわけですな。モンキーズもなにかの曲で使っていたような記憶あり。Tapioca Tundra?)。

このShine on Harvest Moonはまさにヴォードヴィル時代の曲なので、スティーヴンズのお気に入りだったのでしょう。ここでもやはりWinchester Cathedralと同じように、スティーヴンズはメガフォンを使って歌っています。『モンティ・パイソン』に「女装もの」といでもいうべきコントがよく出てきましたが、スティーヴンズは、maidのセリフのところを、あんな感じで歌っていて(レイ・デイヴィーズもHoliday Romanceで同じことをしている)、なかなかの役者ぶりです。もともと出たがりだから、自分で歌ったのでしょうが、たしかに、素人にしては上出来のパフォーマンスです。

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The New Vaudeville Band。といっても、たぶん、フォト・セッションのみのメンバーでしょう。この写真はウェブでは見つけられず、わが家にある本のノドを割ってスキャンしました。お持ち帰り用に(アルファベット表記にしたのは、海外のお客さんにも画像検索で見つけられるようにするための深謀遠慮)、当ブログにしては高画質かつ大きなサイズにしましたので、ご用の方はどうぞご自由にご自分のところでお使いください。どちらにしても、わたしが撮った写真じゃないんですけれどね!


◆ 他のヴァージョン ◆◆
f0147840_434237.jpg戦後のものとしては、ほかにリオン・レッドボーン盤が比較的人口に膾炙しているようです。ライ・クーダーとトム・ウェイツが合体したような雰囲気ではじまり、コーラス、ストリングス、バンジョー、アコーディオンなどが加わってきますが、全体にグッド・タイム・フィーリングにあふれたヴァージョンで、この曲はこうやるしかないだろう、と感じます。彼の歌は好みが分かれるところでしょうけれど。

f0147840_444232.jpgカーメン・キャヴァレロ盤は、さすがに工夫が凝らされています。ミディアム・テンポではじまり、セカンド・ヴァースでベースだけが倍テンポに変化し、さらにほんとうのテンポ・チェンジで高速化し、またスロウ・ダウンするという構成で、これぞインスト盤のアレンジのお手本。フルアコースティックのジャズ・ギターをアンプラグドして、コードを弾く昔風のやり方は好きなので、それだけでも及第点です。

f0147840_453547.jpgチェット・アトキンズといえば、グレッチのギターということになっていますが、この曲はどう聴いてもグレッチではありません。これが話にきく、ロス・インディオス・タバハラスと同じリゾネイター・ギターの音でしょうか。

アトキンズがうまいことは、いまさらいうまでもありません。キムラセンセのいう「どう聴いてもひとりの人間が弾いているようには思えない」ハイ・テクニックは、この曲では登場しませんし、明らかにリズム・ギターがべつにひとりいますが、それでも、うまいものはうまいのであって、ただただ呆然と聴くだけであります。

なんだか、当ブログにはむやみに登場するテン・タフ・ギターズですが、何枚ももっているわけではなく、一枚しかないアルバムに、これまでに取り上げたスタンダード曲がちゃんと入っているという、ウルトラ高打率なのにすぎません。この曲は、ちょっとテンポが速すぎて、どんなもんでしょうねえ、です。途中から入ってくる混声コーラスもものすごい早口。ドラムはこのテンポでも、遅れず、走らず、突っ込まず、やはりゲーリー・チェスターでしょうか。

◆ 古い盤、昔の雰囲気を再現した盤、わけのわからない盤 ◆◆
わが家にあるもっとも古いものは、セカンド・ヴァースのところでふれたMiss Walton & Mister MacDonough盤ですが、これは「もっている」わけではなく、某所で配布しているもの(いうまでもなく、SPから起こしたもの)を拾ってきたにすぎません。ヴォードヴィル時代の音楽を聴くチャンスなどあまりないものですから、「勉強させていただきました」です。

It's Only a Paper Moonのところでもふれたメアリー・アン・マコールという女性歌手のヴァージョンは、いったいなんだろうねえ、これは、というアレンジです。なにか不気味な曲がはじまりそうなイントロですし、全体を通して、不協和音の混じる変なストリングスがずっと鳴っていて、わけがわかりません。こういうアレンジにしたからといって、突然、この歌詞の隠れた意味が浮かび上がってくる、なんてこともないと思うのですが。

f0147840_485450.jpgスティーヴン・エイロンというギタリストのオフィシャル・サイトで試聴できる、この人とジョーネル・エイロン(奥さんでしょうか。べつのところに小学校で歌を教えていると書かれていました)のデュエット盤は、90年代の録音だそうですが、なんとも折り目正しいヴァージョンで、なかなか面白く感じました。なんだか、唱歌を聴いているような気がしてきます。

古い曲というのは、いろいろなヴァージョンがあって、面白いというか、疲れるというか、ほかのヴァージョンが聴けなかったのはむしろ幸いか、なんて罰当たりなことをいいたくなります。

◆ さて、ソングライターの素性は…… ◆◆
f0147840_4115671.jpgこの曲はまたしてもブロードウェイの芝居に起源をもつもので、ブロードウェイとポピュラー音楽がいかに深く結びついているかのさらなる証左となっています。しかも、その芝居はかの『ジーグフェルド・フォリーズ』なのですから、オッと、でした。だとすると、ひょっとしたら、この曲は戦前の日本でも歌われていたのではないでしょうか(調べが行き届かず、申し訳ありません)。

作者のジャック・ノーワースとノラ・ベイズは夫婦だったそうで、ソングライターというより、どちらかというとパフォーマーとして活躍したといっている資料があります。この曲も、彼ら自身がブロードウェイ版の『ジーグフェルド・フォリーズ』で歌ったのが初演だそうです。

f0147840_4135525.jpgジャック・ノーワースの履歴を読んでいて、アッといってしまいました。彼はTake Me Out to the Ball Gameの作者なのです。こりゃまた恐れ入谷の鬼子母神。「第二のアメリカ国歌」をつくった人の曲とはつゆ知りませんでした。こういう面倒なことになるのなら、この曲は取り上げなかったのに、なんて、また罰当たりが口をつきそうになります。

古い曲はこういうことがあるから厄介、もとい、興味深いですねえ。今後は、できるだけ、60年代以降につくられた「ふつうの曲」をやろうな>俺、とまた罰当たりをつぶやくのでした。
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by songsf4s | 2007-09-26 23:55 | Harvest Moonの歌
Harvest Moon by Neil Young
タイトル
Harvest Moon
アーティスト
Neil Young
ライター
Neil Young
収録アルバム
Harvest Moon
リリース年
1992年
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月齢としては完全に満ちてはいないようですが、四捨五入で今夜は中秋の名月、日付変更線の向こうでは明日がハーヴェスト・ムーン、すなわち収穫月にあたるようです。

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満月の歌と思われるものはほかにもあるのですが、ハーヴェスト・ムーンにちなんだ月の歌特集なので、いくぶんかは義理を感じるため、今夜はニール・ヤングの1992年のアルバム(録音は前年)、Harvest Moonのタイトル・トラックを取り上げます。当ブログに登場した曲のなかでもっとも新しいものだと思いますが、まったく違和感のないサウンドです。それには理由があるのですが、サウンドのことはあとまわしにして、歌詞を見ていきます。

◆ 糟糠の妻への愛? ◆◆
では、ファースト・ヴァースから、といいたいところですが、なんだか構成がよくわかりません。こりゃダメだと思い、ギターを持ち出してコードをとったのですが、やっぱり構成不可解。ほら、ニール・ヤングって、メロディー・ラインがあまり変化しないまま、歌詞だけがぞろぞろとつづく、トーキング・ブルースのような長い曲をよく書いていたじゃないですか。あのパターンに近いんです。

よって、コーラスのようなものが出てきて、一周したと感じるところまで、まとめて見ることにします。

Come a little bit closer
Hear what I have to say
Just like children sleepin'
We could dream this night away

But there's a full moon risin'
Let's go dancin' in the light
We know where the music's playin'
Let's go out and feel the night

Because I'm still in love with you
I want to see you dance again
Because I'm still in love with you
On this harvest moon

逐語的にはみるのはやめにして、ざっといきます。今夜は満月だから、このまま眠らずに、外に出て踊ろう、まだきみに恋しているから、きみが踊るのをまた見てみたい、このハーヴェスト・ムーンの夜に、てなことをいっています。

なんとなく、恋人ではなく、妻に語りかけているような雰囲気を感じるのですが、どんなものでしょう。もうひとつ、満月の夜、人は月の影響でおかしなことをする、という考え方があり、それが前提なのかと思います。ふだんはしないことをしてみたくなるわけです。

ちなみ、そういうことを科学的に研究した暇な人もいるようですが、月の満ち欠け(ないしは潮の干満)と重大事故発生率のあいだに関連性は見いだせなかったとか。男と女の「事故」はどうでしょうかね? シェールの『月の輝く夜に』なんて映画を思いだします。

We know where the music’s playin'というラインは、ハーヴェスト・ムーン・ボール、つまり収穫のお祝いのダンス会場のことを指しているのでしょう。

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Feel the night、夜を感じる、という表現は、なんとなく好ましいものに感じます。

◆ 月が欠ける前に ◆◆
つぎは、第2ブロックと感じる三つの連。これですべてです。

When we were strangers
I watched you from afar
When we were lovers
I loved you with all my heart

But now it's gettin' late
And the moon is climbin' high
I want to celebrate
See it shinin' in your eye

Because I'm still in love with you
I want to see you dance again
Because I'm still in love with you
On this harvest moon

f0147840_037931.jpg最初の二つの連は「ぼくらが他人だったころは、遠くからきみを見ていた、恋人だったときは全身全霊できみを愛した、でも、もう夜は闌け、月も高くなったから、きみの瞳に月が輝くのを見て祝いたい」といったあたりで、三連目は第一ブロックと同じです。

やはり、もう若くない夫婦なのでしょう。But now it's gettin' lateというラインは、時刻のことをいいながら、二人の人生のこともいっているように感じます。月も満ちれば欠けるが道理で、なんとなく「最後の満月」のようなニュアンスすら感じます。

f0147840_0382181.jpg日本語でも、月(の太陽光を反射する明るい部分)が細っていくのを、「欠ける」というネガティヴな言葉で表現しますが、英語で月が欠けることをいう動詞「wane」も、弱るだの、衰えるだの、消滅するだのと、ネガティヴな意味のスペクトルしかもたない単語です。月と狂気を結びつける考え方の淵源は、あの不思議な光にあるのでしょうが、衰弱の予感もまた、その結びつきを強めたのではないか、などと、ふと思いました。

ニール・ヤングは1945年の生まれだそうですから、この曲が91年の作だとすると、46歳のときに書いたことになりますが、中年らしい歌詞だと感じます。いや、こういう歌詞に共感するのもまた中高年でしょうけれど!

◆ 70年代サウンドの再現 ◆◆
f0147840_0392690.jpgこのHarvest Moonというタイトルから、だれもが、Heart of Goldが収録された、ニール・ヤングの代表作Harvestを連想します。じっさい、リプリーズはそのつもりで売り込んだようですが、ヤング自身は、Harvestの続篇としてつくったわけではないといっています。じっさい、歌詞を見るかぎりでは直接のつながりは感じませんが、しかし、サウンドは別です。それは、以下のパーソネルを見るだけでおわかりでしょう。

Neil Young & The Stray Gators:
Neil Young: guitar, banjo-guitar, piano, pump organ, vibes, vocal
Ben Keith: pedal steel guitar, dobro, bass marimba, vocal
Kenny Buttrey: drums
Tim Drummond: bass, marimba, broom
Spooner Oldham: piano, pump organ, keyboards

Harvestに参加した「ストレイ・ゲイターズ」のうち、Harvest Moonに参加していないのは、ジャック・ニーチーとジョン・ハリス(1曲のみ)だけです。ニーチーは91年にはもう亡くなっていたんでしたっけ? 特別な理由がないかぎり、ニーチーも参加しただろうと思われます。

ドラムとベースが同じだということは、わたしの論理では、同じバンドだということであり、同じサウンドがつくれることになります。じっさい、お聴きになれば、どなたも70年代の録音だと思うにちがいありません。80年代以降の不自然な低音の強さがまったくないのです。ビートルズのFree As a Birdが、かつてと同じドラムとベース、それにエンジニアがそろったために、後期ビートルズのサウンドをそのまま再現できたのと同じことです。

f0147840_040361.jpg70年代後半以降のニール・ヤングはあまり聴いたことがなく、唯一、スティルズ=ヤング・バンドだけはかなり気に入っていましたが、そのLong May You RunにMidnight on the Bayという叙情的な曲がありました。Harvest MoonはMidnight on the Bayの系列に属す曲で、わたしのように、昔は聴いていたのに、パンクに傾斜したあたりから彼を聴かなくなった人にはおすすめできるアルバムです。

最後に、ニール・ヤングは月に取り憑かれているのかもしれない、といって、歌詞に月が出てくるニール・ヤングの曲を調べあげたという奇特な人を見つけたので、よろしかったら、このページをご覧ください。After the Goldrush、Cinnamon Girl、Helplessなどのおなじみの曲をはじめ、24曲が取り上げられています。たしかに、取り憑かれているのかもしれません。

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by songsf4s | 2007-09-25 23:52 | Harvest Moonの歌