カテゴリ:過ぎ去った夏を回想する歌( 7 )
二人の誓いのように木々の緑も色褪せる レスリー・ゴアのThe Things We Did Last Summer
タイトル
The Things We Did Last Summer
アーティスト
Lesley Gore
ライター
Sammy Cahn, Jule Styne
収録アルバム
It's My Party
リリース年
1965年
他のヴァージョン
Frank Sinatra, Dean Martin, Shelley Fabares, the Beach Boys
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今夜は鈴木清順『野獣の青春』を休んで、再び夏の終わりの歌を聴いてみます。一昨昨年の九月にフランク・シナトラのヴァージョンを看板に立てて記事にした、The Things We Did Last Summerです(歌詞などはオリジナル記事をご参照あれ)。

ただし、ちょっとだけインチキがあって、本来なら夏の終わりや秋の初めの歌ではなく、晩秋か初冬の歌と分類するほうがいいかもしれません。その理由はあとで書くとして、自前サンプルに行く前に、まずYouTubeのクリップからどうぞ。

フランク・シナトラ


The Things We Did Last Summerは、タイトルが明快に示しているように、夏の歌ではなく、「夏を回想する歌」なのですが、このクリップの作り手は、単純な夏の絵で構成しています。工夫足らず。

そもそも、わたしがもっているコロンビア時代のシナトラのThe Things We Did Last Summerとは微妙に音がちがっていて、なんだか尻がむずむずしますが、まあ、いいか、と思考停止。どれくらいちがうか、サンプルで示したほうがいいのでしょうが、残念ながら、これまでの数字を見るかぎり、当家におけるフランク・シナトラの人気はきわめて薄いのです。

シナトラと来れば、ラットパックのもうひとり、ディーン・マーティンです。

ディノ The Things We Did Last Summer


おみごと。ディノの「世界を手に入れた男の余裕」みたいなものはどこから来るのか、歌という次元を超えたところで成立している芸だと、毎度感嘆します。

ディーン・マーティン盤The Things We Did Last Summerは、じつは、当家ではしつこく賞賛した彼の代表作、A Winter Romanceに収録されています。タイトルが暗示するように、これは実質的なクリスマス・アルバムです。なぜそういうことになるかといえば、

The things we did last summer
I'll remember all winter long


というコーラスのリフレイン、「冬のあいだずっと忘れないだろう」というラインの解釈の仕方によっては、The Things We Did Last Summerは「初冬の歌」に分類できるからです。

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◆ レスリー・ゴア ◆◆
さて自前サンプルは、まずレスリー・ゴア盤から。

サンプル Lesley Gore "The Things We Did Last Summer"

トレブルをきかせたうえでリヴァーブをかけたベースのトーンが魅力的ですし、アコースティック・リズムの響きも悪くありません。ストリングス・アレンジメントも好み、薄い女声コーラスもいいし、ステレオ定位も文句なし。けっこうなトラックです。レスリー・ゴアもほめたいところですが、ファンとしては大満足とはいかず、アヴェレージの出来、という感じです。

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遊園地でのくだり、

The bell I rang to prove that I was strong

をそのまま女の子が歌うとアマゾネスになってしまいます。まあ、いまならばこういう「強いところを見せちゃおう」という女の子もたくさんいるかもしれませんが、古き良き時代の女性は筋肉を誇ったりはしなかったので、レスリーは、

The bell you rang to prove that you were strong

と、二人称be動詞の過去形も正しく、「あなたが強いところを見せようとして鳴らした鐘」と替えて歌っています。史上最初のフェミニズム・ソングといわれることもある、You Don't Own Meを歌ったレスリーですが、男と対立したときのタフなアティテュードは肯定できても、デートのときに力自慢なんて、やはり利口な女のすることじゃないでしょうね!

◆ シェリー・ファブレイ ◆◆
もうひとり、レスリーよりデビューの早かったシェリー・ファブレイのヴァージョンもサンプルにしました。

サンプル Shelley Fabares "The Things We Did Last Summer"

シェリー・ファブレイは、叔母さんのナネット・ファブレイほどシンガーとしての才能はなく、あくまでも「アイドルの義務」で歌っていたようなところがあります。そのぶん、裏方は一所懸命に仕事をする必要があって、どのトラックも聴きどころがあります。いや、ヴォーカルはほうっておきましょうや。過ぎ去った楽しい夏の想い出を一抹の哀しみとともに振り返っている歌詞なのに、そんなことおかまいなしの、おっそろしく軽い味で、なるほど、アイドルはこうでなくちゃな、としかいいようがありません。

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シェリー・ファブレイ盤The Things We Did Last Summerでいちばん好きなのはハイハットです。うまいし、いい音だし、文句なし。ベルや端や、叩く位置を細かく変える技を駆使した、じつに地味な大人のプレイです。だれでしょうね。シェリーのトラックでは、初期にはアール・パーマーが、のちにはハル・ブレインがプレイしたことがわかっていますが、シンバルだけなので、見当もつきません。山勘の丁半バクチをやるなら、アール・パーマーに持ち金の半分を張ります。

時間がないので、ここまででいったんアップしますが、サンプルはもうひとつ用意しています。

◆ ビーチボーイズ ◆◆
さて、最後のヴァージョンはビーチボーイズです。いや、とくに出来がいいわけではないのですが、当時はリリースされなかったため、後年の編集盤でしか聴けないので、サンプルにする価値があるだろうと考えました。

サンプル The Beach Boys "The Things We Did Last Summer"

ボックスを手放してしまったので、データがわからないのですが、サウンドから考えて、1964年のクリスマス・アルバムのアウトテイクと思われます。ディーン・マーティン同様、冬の歌という解釈なのでしょう。


metalsideをフォローしましょう


レスリー・ゴア
It's My Party
It's My Party

シェリー・ファブレイ
Shelly / Things We Did Last Summer
Shelly / Things We Did Last Summer


ディノ
Winter Romance
Winter Romance


シナトラ
Best Of Columbia Years 1943-52 [4-CD SET]
Best Of Columbia Years 1943-52 [4-CD SET]


ビーチボーイズ
Good Vibrations: Thirty Years Of The Beach Boys
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by songsf4s | 2010-09-06 23:49 | 過ぎ去った夏を回想する歌
Summer's Gone by the Kinks
タイトル
Summer's Gone
アーティスト
The Kinks
ライター
Ray Davies
収録アルバム
Word of Mouth
リリース年
1984年
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f0147840_1142030.jpg夏は終わってしまった、というタイトルから、またしても同工異曲か、と思われる方もいらっしゃるでしょう。でも、キンクスをご存知の方なら、レイ・デイヴィーズがそんなシンプルな人間ではないことは百もご承知のはず。この世にひねくれたソングライターというのがいるとしたら、それこそがレイモンド・ダグラス・デイヴィーズです。

この曲は、レイ・デイヴィーズの曲としては、ひどくひねくれているわけでもありませんが、かといって、ストレートな「流行歌の歌詞」でもありません。そこは「ロックンロールのチャールズ・ディケンズ」、ふつうの「夏の終わり」の歌など書くはずがないのです。今後、彼の曲は何度かとりあげる予定ですが、まずはほんの小手調べ、あまり皮肉がきつくもなければ、諧謔で笑殺するわけでもなく、また、「叙情風景画家」としての側面も見せない、「ちょっと疲れた大人」の心象風景です。

◆ ドブへの固着 ◆◆

Looking in a window on a rainy day
Thinking about the good things that I just threw away
Looking at the gutter, watching the trash go flown by
Thinking it's Summer, but there are only clouds in the sky

f0147840_116266.jpgファースト・ヴァースから、さっそく「らしさの片鱗」がほの見えています。「雨の日に窓の外を眺め、捨て去ってしまったよいことを思う、ドブを覗きこみ、流れ去るゴミをじっと見つめながら、いまは夏だ、と思ってみる、でも空には雲しか見えない」

ドブなんてものを持ち出す作詞家は、そうたくさんはいません。とりわけ、彼のようにヒット・チャートを主戦場にしてきたソングライターの場合はそうです(ヒットを目指していない音楽はここでは考慮外です)。思いだすのは、彼の名作、アル中の浮浪者を描いた(だから「ロックンロールのチャールズ・ディケンズ」なのです)Alcoholです。あの曲でも「金の切れ目が縁の切れ目、最後はドブに置き去りさ」と歌っていました。

以下はファースト・コーラス。

When I think of what we wasted, makes me sad
We never appreciated what we had
Now I'm standing in a doorway with my overcoat on
It really feels like summer's gone
So alone, summer's gone

「ぼくらが無駄にしたもののことを思うと悲しくなる、自分たちがどんなものをもっているのか、その価値がわかっていなかった、いまこうしてオーバーコートを着て玄関に立つと、ほんとうに夏は終わってしまったんだという気がしてくる、寂しいものだ、夏は去った」

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大先生もお年を召されました。かつてより作家的風貌になってきた、といっていいかもしれませんが。

すこし時制の問題が面倒になってきています。オーバーコートを着て、ということは、寒い時期のはずですが、ほんとうに夏は終わったという気になる、といっているのだから、まだそんな寒い時期にも思えません。イギリスでは、夏の終わりにコートを着込まねばならないような寒い日があったりするのでしょうか。これは疑問のままにしておきます。

◆ 少年老いやすく? ◆◆
ヴァースに相当する間奏が挟まって、セカンド・コーラスへ。

It should have been a laugh, it should have been fun
When I think of all the things that we did last Summer
Now I look back, it seems such a crime
We couldn't appreciate it at the time

「ぼくらが夏にしたあらゆることに思いをはせれば、笑えるだろうし、楽しいだろう、いまふりかえってみると、あれは犯罪的な過ちに思える、あの場では、自分たちが手にしているものの価値をわかっていなかったのは」

f0147840_1342730.jpgいまが夏なんだかどうなんだかわからなくなってきたので、last summerが、たとえば、九月の終わり(西欧文化の文脈では、夏が「正式に」終わるのは秋分の日、それまでは夏)になって、過ぎ去った「今年の夏」をふりかえっているのか、それとも、今日は寒いけれど、まだ秋分の日前で、「去年の夏」をふりかえっているのか、はっきりとはわかりません。おまえの読みまちがえだ、tenseに注意を払ってもう一度よく読んでみろ、といわれちゃいそうですが、シンデレラの帰宅時間が刻々と迫っているので、これもそのまま打ち捨て、目的地に向かって疾走します。どなたか、突っ込んでください。目下の判断は「今年の夏」です。

以下にサード・ヴァースとコーラスをまとめてペースト。

Now I'm standing in a doorway, thinking of summer's gone by
It ought to make me happy, but it just makes me want to cry
I was riding in the car with my mama and dad
He was drivin' the car, the kids were drivin' him mad
Dad looked at us, then he looked at his wife
He must have wondered where we all came from
And then mama said, "Dad, you know it won't last for long"
Before you know it, summer's gone
So alone, summer's gone

「玄関に立ち、夏が去っていくことを思う、ほんとうならうれしいはずなのに、泣きたくなってくる、パパとママと車に乗っていた、運転していたパパは子どもたちのことで癇癪を起こしそうになっていた、パパはぼくらを見て、そしてママを見た、パパはきっと、この子どもたちはいったいどこからあらわれたのだ、と考えていたにちがいない、するとママがいった、『ねえお父さん、こんなことはすぐに過ぎ去ってしまいますよ』、それと気づく前に夏は去ってしまう、寂しいものだ、夏は去る」

なぜ、夏が去ることがほんとうならうれしいはずなのかは、なにも説明されていません。それより大きな問題は、この語り手の年齢です。車のなかで大騒ぎして父親を怒らせるぐらいの子どもなのか、それとも、それはずっと昔のことで、いまはもう大人になり、子どものころのことをふりかえっているのか?

あるいは、これは現在のことで、車には三世代が乗っている、大騒ぎしているのは語り手の子ども、「パパとママ」の孫ということも考えられます。最後のヴァースは、この解釈を是としているように聞こえます。この点は「we」の解釈にも関係してきますが、それは最後のヴァースで。

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Come Dancingのヴィデオでの年を食ったジゴロは、なんとももって、はまり役だった。レイ・デイヴィーズがひと癖もふた癖もある老詐欺師に扮する映画というのをぜひ見てみたい。


◆ ラヴ・ソングではあるものの…… ◆◆
フォースにして最後のヴァース。

I really blew it all, when I think it through
I really lost it all when I lost you.
Now I'm standing in a doorway with water in my shoes
It really feels like, feels like Summers gone
So alone, summer's gone
Summer's gone,
So alone, summer's gone

「よくよく考えると、ぼくはすべてをだいなしにしてしまった、きみを失ったときに、すべてを失ったんだ、雨水が入りこんだ靴を履き、こうして玄関に立っていると、心底、夏はいってしまったと感じる、寂しいものだ、夏はいってしまった」

というエンディングなので、weは女性と語り手のことを指し、語り手は大人だということが、ここで明瞭になります。両親と車に乗ったエピソードを、現在のこととみなす場合と、過去のこととみなす場合とでは、全体の解釈も変わります。つまり、かつてのHoliday Romanceのような、配偶者以外の相手とのことを歌っているのかどうか、ということです。

f0147840_1302730.jpg決着をつけられればいいのですが、時刻ももう遅く、そもそも、歌をどう解釈するかは聞き手しだいですから(と逃げる)。

ひとつだけいえるのは、単純なラヴ・ソングにはなっていないということです。夏、すなわち、「人生の盛り」はそれと気づかないうちに終わってしまうのだという、より広がりのある概念を、「子どもの夏」まで連想させながら(そうでしょう? 最後のヴァースにたどり着くまでは、weを一般的な「われわれ人間」と解釈できるようにも書いてあるのです)、ふくらみをもたせて表現しているということです。

それにしても、雨水が入ってしまった靴というのは、よくぞ持ち出したり、です。ドブ以上に効果的で、惨めったらしい気分を、これ以上みごとに象徴するものはほかにないと感じます。こういう細部の描写のうまさに惚れて、この人を聴きつづけたのです。

今回は、レイ・デイヴィーズという人が、ひと癖もふた癖もある作詞家だということを知ってもらうだけにとどめ、彼のたどった軌跡と作品の広がりは、これから続々と登場する予定の彼の曲、ほとんど「レイ・デイヴィーズの四季のソングブック」といっていいようなものを通じて、順次、ご紹介していきます。60年代の終わりから70年代前半にかけて、この人はわたしにとって「大作家」でありつづけたので、いくらでも書くべきことがあるのです。
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by songsf4s | 2007-09-11 23:53 | 過ぎ去った夏を回想する歌
Sommervind by Grethe Ingmann
タイトル
Sommervind
アーティスト
Grethe Ingmann
ライター
Heinz Meier, Hans Bradtke
収録アルバム
不詳
リリース年
不詳
他のヴァージョン
Frank Sinatra, Wayne Newton
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◆ Summer Windとは俺のことかとSommervindいい ◆◆
このブログをスタートして2カ月半ほどになりますが、そのあいだにもあれこれと手に入れ、これまでにとりあげた曲に補足を加えたい例が増えています。今日は、そのうち、ごく最近とりあげた2曲の補足をさせていただきます。

フランク・シナトラのSummer Windの記事をご覧になった方はおわかりでしょうが、今回、看板に立てたのはその原曲、デンマークのグレタ・イングマン(You Tubeで見た映像で、司会者の発音がそのように聞こえました。グレタ・ガルボとはスペルが異なるのですが)のSommervindです。

といっても、結局、データは拾えず(いや、拾うだけはたくさん拾ったのです。たんに読めなかっただけです!)、書くべきことはほとんどありません。ウェブ上にはいくつか、英語による短い記述があったので、それだけはいちおう読みました。

f0147840_235539.jpg嘘かホントか判然としないデータがわかったところで、音楽だから、音を聴かなければなんにもなりません。赤剥けになったウサギを助けたとか、子どもにいじめられている亀を放してやったとか、先祖がそういう善行をしたおかげか、はたまた、わたし自身の陰徳(そんなことをした記憶はありませんが)の報いか、原曲はどういうものだろう、と叫んだら、匿名の方の「ご喜捨」によって、ちゃんと音を聴くことができました。そのご報告を少々。

インストゥルメンタル盤以外では、すくなくとも歌詞の一部の検討をしてきました。しかし、Sommervindはデンマーク語ですから、自慢じゃないですが(考えようによっては、ありがたいことに)一行もわかりません。よって、歌詞は無視します。

フランク・シナトラやウェイン・ニュートンよりいくぶんテンポが遅く、フロイド・クレイマーを思いだすような(ということは、ややカントリーっぽい)ピアノ・イントロで、グレタ・イングマンのSommervindははじまります。ドラム、スタンダップ・ベース、ピアノ、そしてたぶんギターというリズム・セクションは、おそらくジャズ出身でしょう。

グレタ・イングマンの歌い方は、とくに好きでもなければ、とりたててイヤでもなく、言葉に窮します。曲は悪くないし、歌も悪いわけではないので、デンマークではそれなりにヒットしたのだろうと想像します。しかし、途中から入ってくるオーケストラ、とくにハープが大げさすぎて、このままアメリカでリリースしても、ヒットはむずかしかっただろうとも感じます。

◆ レス・ポール喰わばメアリー・フォードまで ◆◆
ところで、グレタ・イングマンの写真を探しはじめたとたん、やっぱりそうだったか、と叫びました。彼女の名前を見たときに、ヨルゲン・イングマンと関係があるのではないかと思ったのですが、イングマンというのがめずらしい姓とは思えず、追求はしませんでした。今回は写真を探したので、たちどころにわかりました。グレタとヨルゲンは夫婦であり、仕事上のパートナーでもあったそうです。

f0147840_23563368.jpgヨルゲンはギタリストで、われわれの世代は、シャドウズのApacheをカヴァーして、アメリカで大ヒット(ビルボード2位)させた人として知っています。当ブログで取り上げてきた曲の大半と同じように、彼らの代表作はYou Tubeで発見することができるので、ご興味がおありの方は検索してみてください。ユーロヴィジョン・コンテストでの優勝曲をプレイする彼らの動画がアップされています。

わたしはヨルゲン・イングマンの盤をもっているわけではなく、Apache以外に聴いたことがあるのは一曲だけですが、それを聴いて、ああ、そうか、と思いました。テープ操作によるピッチの移動、多重録音というのは、明らかにレス・ポールのスタイルです。ヨルゲン・イングマンというのは、デンマークのレス・ポールなのだと理解しました。で、そのヨルゲンが、嫁さんに歌わせて夫婦デュオをやっているというのだから、あっはっは、デンマークのレス・ポールとメアリー・フォードか、となったのです。映像を見ると、ギターはフルアコースティックのジャズ・ギター(ギルド製らしい)、プレイ・スタイルもジャズ・ギタリストのものです。さすがに、ちゃんと弾ける人でした。

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イングマンのLPを膝におき、イングマンと同じギルドのギターをにこやかに弾く、シャドウズのハンク・マーヴィン。会社の失策の結果、アメリカでのヒットのチャンスをイングマンに奪われたマーヴィンとしては、当時ははらわた煮えくりかえる思いだっただろう。時がたてば、なにごとも恩讐の彼方ということか。

グレタとヨルゲンは70年代に離婚し、グレタのほうは1990年、五十二歳で亡くなったと、あまり当てにならないソースに書いてありました。

◆ ひと口に素晴らしい夏といっても、中身はいろいろ ◆◆
もう一曲、ロビン・ウォードのWonderful Summerについて補足しておきます。以前にも聴いたことがあり、このあいだ記事を書くときにも、当然、思いだしてしかるべきだったのに、脳軟化のせいで、だいじなヴァージョンのことを書き落としてしまいました。

この曲には、45回転ヴァージョン(以下、「45」と略)とLPヴァージョン(以下、「LP版」と略)があり、現在広く出まわっているものは、LP版のほうなのです。これまた匿名の方からの、「また忘れちゃったの、しようがないなあ」といわんばかりのご喜捨をいただき、雷のごとく記憶がよみがえりました。

45はモノラル・ミックスですし、アルバム・ヴァージョンとはエディットが異なります(テイク自体はおそらく同一)。Ogg VorbisやMP3に圧縮したもので、録音やミックスの細部を比較するのは粗雑な行為といわざるをえませんが、それを承知であえて書きます。

45の特長は、LP版ではドライ・スタートするアレンのコーラスが、ゆっくりフェイドインしてくるのと、ミックスが薄くて、入ってきてからもほとんど聞こえないこと、低音部がいくぶん強調されていること(45回転盤の一般的特性ですが)、なんだかむやみに波の音がうるさい(!)ということです。LP版とくらべて、「もやもや度」が高く、なにがなんだかよくわからないまま、霧の彼方の少女の声が誘いかける、といった雰囲気で、これはこれでけっこうなヴァージョンかと思います。

対するLP版。各種編集盤にもステレオ・ミックスが採用されることがほとんどなので、多くの方がお聴きになっているのはこのヴァージョンですが、このステレオ・ミックスも、じつは一種類ではありません。わが家には、3種類の盤に収録されたWonderful Summerがあります。そのうち、オリジナルLPのストレート・リイシュー盤(日本)と、米ライノのThe Best of the Girl Groups Vol.2に収録されたステレオ・ミックスは、アイデンティカルなミックスです。

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しかし、MCA(日本)による編集盤Pixie Girls収録のWonderful Summerは、他の2種とはステレオ定位が異なり、ハル・ブレインのブラシによるハード・ヒットは右チャンネルに配され、しかも、ウォードとアレンのヴォーカルがほぼ同じような位置、左寄りに配されています。他の2種では、ウォードの定位は左寄りと変わりませんが、アレンの声は右チャンネルのかなり「遠く」に振ってあり、二人の声は完全に分離されています。

べつに、どれがいいというつもりもありませんし、すべてそろえて検証したいわけでもありません。一種類もっていれば、それで十分だと思います。しかし、「あの曲はよかったよねえ」などというとき、われわれは同じ曲の印象を語っているのかどうか、じつは心許ないのだということも思います。

いや、人間どうしの理解というのは、異なった「ヴァージョン」を見聞したのであっても、そういう誤差を強引に「補正」してしまうことを前提に成立しているのだからして、たかが音盤の微細なちがいぐらい、軽く乗り越えてしまうのでしょう。われわれの社会が「なあなあ」の人間関係をその基礎においてしまったのはこれが理由だったのか、などと、くだらない洞察に落ちたところで、お休みなさい。
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by songsf4s | 2007-09-08 23:57 | 過ぎ去った夏を回想する歌
Wonderful Summer by Robin Ward
タイトル
Wonderful Summer
アーティスト
Robin (Jackie) Ward
ライター
Gil Garfield, Perry Botkin Jr.
収録アルバム
Wonderful Summer
リリース年
1963年
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ロビン(ジャッキー)・ウォードのWonderful Summerは、一部方面では隠れた大ヒット曲でして、ガチガチのクラシック、裏スタンダード、ま、なんでもいいのですが、かなり有名な曲で、いまさらこれをやるかよ、といわれそうでもあり、逆に、またいで通ればトーシロー扱いという、やっかいな代物なのです。

すでにWonderful Summer文献は汗牛充棟、下のほうは腐りかけているぐらいで、その上に載っかるのは申し訳ないようなものですが、まあ、「ホームグラウンド」でおなじみの人たちがつくったつくった盤なので、楽をしたい一心で、今夜はこれ、と決めました。なにも目新しいことは書きませんので、あまり期待しないでください。そういう材料は、数年前に某BBSで出尽くしてしまったのです。今夜はそういうものの二番煎じ(にはちょっと季節が早すぎますが、って、落語のことですけれど)、寄せ集めのベスト盤みたいなものです。ちゃんと手元の材料は全部使って、これひとつあればほかはいらない、という決定版を目指して書きますが、「目指す」と「実現する」では天と地の開きがあるのです。「目指せ! 安値世界一」と叫んでいる電気店があるじゃないですか。目指すのは自由なのです。

◆ シャイな男の子のドリーム・ガール ◆◆
この曲はペリー・ボトキン・ジュニアとギル・ガーフィールドのサウンドと、ジャッキー・ウォードのヴォーカル、そして、もうひとりのシンガー(ジャッキー・アレンという名前だとか)の声がすべてで、歌詞は付け足りのようなものにすぎませんし、大人にはそれほど面白いものではありませんが、少年少女および若者向けのものとしては、わるくない仕上がりです。

I want to thank you for giving me
The most wonderful summer of my life
It was so heavenly
You meant the world to me
And anyone could see that I was so in love

「一生でいちばん素晴らしい夏を過ごさせてくれてどうもありがとう、天に昇ったような心地で、あなたがこの世のすべてだった、だれが見てもわたしが恋をしていることがわかったでしょう」

I'll Think of Summer同様、おーい、だれか受付かわってくれ、といいたくなるような甘さです。ともあれ、ジャッキー・ウォードは「ロビン・ウォード」という架空のキャラクターを「好演」しています。もちろん、スタジオ・テクニックの助けがあってのことですが、そういうことはすべて後段で。

I want to thank you for giving me
The most wonderful summer of my life
I never will forget
That summer day we met
You were so shy and yet you stole my heart away

f0147840_012045.jpg最初の2行はファースト・ヴァースと同じなので省略して、「わたしたちが出会ったあの夏の日のことをけっして忘れない、あなたはシャイだったのに、そのくせしっかりわたしのハートを盗んでしまった」てなあたりです。

ここがこの曲のフック・ラインのひとつと感じます。これを聴いたシャイな男の子はちょっと安心したでしょうし、シャイじゃない女の子のほうは、そうそう、そういうのっているのよ、と納得したでしょう。いやはや、男が書いた曲だから、当然そうなるでしょうが、それにしても、このしおらしさは非現実的で、やっぱり昔はこういう子が「ドリーム・ガール」だったのでしょうね、自分が昔どう思っていたかはさておき。

◆ やっぱりひと夏の恋 ◆◆
以下はブリッジ。

We strolled along the sand
Walking hand in hand
Then you kissed me and I knew
That I would love you my whole life through

なんだか性転換したみたいで気色が悪いので、女の子っぽく書くのはやめにして、たんなる説明だけにします。ここは手をつないで砂浜を歩き(Summer Wind同様、strollを使っています)、チャンスを狙っていた男が、ふと、立ち止まり、どうしたの、と見上げた彼女に……といった「通常の手順」をいっているのでしょう。

その瞬間、「一生、あなたのことを愛しつづけることになるとわかった」とくるわけですが、まあ、若いうちというのは、多くの人間がいろいろ面でピュアリストだから、あながち、そんな馬鹿な、とも責められません。とはいいつつも、このように感じるのは各人の裁量に任されてはいますが、それが結果につながるケースは、丼勘定でいって、一千分の一もないでしょう。

I want to thank you for giving me
The most wonderful summer of my life
And though it broke my heart
That day we had to part
I'll always thank you for giving me
The most wonderful summer of my life

また最初の2行は同じで、別れはたまらなくつらかったけれど、一生でもっとも素晴らしい夏をプレゼントしてくれたことは、いつまでも感謝する、というわけで、やっぱり多数派のケースだったわけです。まあ、歌としては、その後、二人は幸せに暮らしましたでは、B面までいってもエンディングにもちこめませんから、ソングライターの都合からいっても、そうならざるをえません。

◆ どっぷりじゃぶじゃぶのリヴァーブ漬け ◆◆
歌詞については、まあ、そういう感じなので、こちらもしらふではやっていられず、いろいろおちょくるようなことをいいましたが、音のほうは強烈です。聴いた瞬間に、フィル・スペクターよりリヴァーブが深いのじゃないかと驚いたのは、この曲と、ガールフレンズのMy One and Only Jimmy Boyぐらいです。それくらい極端なリヴァーブ漬けで、ひとつひとつの音はなんだかよくわかないまでにボカされちゃっています。

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ペリー・ボトキン・ディスコグラフィー1 ボトキンがアレンジをしたニルソンの初期の2枚、Pandemonium Shadow ShowとAerial Ballet

試みに楽器を数えると、ドラム、ベース(スタンダップ、あるいはユニゾンでフェンダーもかぶせたか?)、リズムギター(×2?)、ファズ・ギター(?)、トライアングル(ヴァースのみ)、ウッドブロック(ブリッジのみ、つまり、たぶん、ひとりのプレイヤーがトライアングルとウッドブロックを持ち替えた)、あとはカルテット程度の弦、ジャッキー・アレンのハーモニー(ダブル、一部はトリプルか)、それに波の効果音、といった編成でしょう。

クウェスチョン・マークがあちこちについてしまったのは、リヴァーブのせいです。また、ファズ・ギター風の音ではあるものの、ふつうのファズにも聞こえないので、なにかべつのものかもしれません。効果音的に薄くミックスされているだけですし、リヴァーブでなにもかもぐずぐずに溶けているため、よくわかりません。

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ペリー・ボトキン・ディスコグラフィー2 ボトキンがアレンジしたニルソンの後期の2枚、Du It on Mon DeiとSandman

これだけ深いリヴァーブがかけられるスタジオは、世界でもそうたくさんはありません。まずゴールド・スターと考えて大丈夫です。ずっと昔、この曲のレコーディング・シートはゴールド・スターのものだという話を聞いたような気がするのですが、脳軟化がはじまっているので、たしかではありません。でも、このリヴァーブは書類が不要なほど、ゴールド・スター丸出しです。

ドラムは、この曲からは判断しにくいものの、アルバムのほかの曲から考え、ほとんど、またはすべてハル・ブレインがプレイしたものでしょう。これまたずっと昔、キャロル・ケイとロビン・ウォードのことを話し合ったことがあるのですが、CK氏がプレイしたかどうかは忘れてしまいました。日本では彼女は、ジャッキー・ウォードとしてではなく、ロビン・ウォードとしてかなり人気がある、Wonderful SummerがLPとCDの両方で再発されたくらいだ、といったら、ちょっと驚いていました。

◆ スタジオ・シンガーという職業 ◆◆
f0147840_23552929.jpgジャッキー・ウォードというシンガーは、ロビン・ウォード名義ではアルバムを一枚しか残していませんが、そのキャリアはじつに長く、カラフルで、数年前、正体が判明したときは、われわれの仲間内ではちょっとした騒ぎになりました。

この盤に使った「ロビン」というファースト・ネームは、彼女の娘のものだそうです。ティーネイジャー向けの盤には、ジャッキーよりロビンのほうがそれらしいから、といっています。つまり、この曲を録音したときは、すでに娘役は無理、お母さん女優に転身中みたいな年齢にあったことになります。ペリー・ボトキンとギル・ガーフィールドは、彼女の声を若返らせるために、かなりスピードを遅くして録音した、なんていう眉唾の噂まで流れています。45回転盤を33回転にして聴いてみろ、というのです。いまどきのサウンド・エディターはピッチを落とすくらいのことは簡単にできるので、その気になれば、いまからだって確認できるのですけれどね。なぜやらないかというと、この噂にはサゲがあって、スピードをノーマルに落とすと、ブライアン・ウィルソンの声が聞こえるというのです!

俳優の吹き替えをしたシンガーのリストを見ると、ウォードの一番古い映画は、このリストでは1953年のPeter Pan、アレンのほうは1954年のAthenaという映画で、二人ともWonderful Summerの録音の10年前から、第一線のスタジオ・シンガーとして働いていたことになります。

ウォードがそういうシンガーであることがわかったのは、ここにもときおりコメントを書き込まれるオオノさんが、パートリッジ・ファミリーのウェブ・サイトでジャッキー・ウォードのインタヴューを見つけたからです。ウォードはジャネット・リーやナタリー・ウッドといった歌えない女優の声の代役をやっただけでなく、スタジオ・シンガーとして、さまざまな盤で歌っています。彼女は、パット・ブーン、フランク・シナトラ、ナット・コール、ビング・クロスビーなどの名前をあげています。パートリッジ・ファミリーのサイトに彼女が登場したのも、この番組の出演者のスタンドインとしてたくさん歌ったからです。もっとも、彼女は、テレビのペイはよくなかった、レコーディング・デイトとコマーシャルで稼いだといっていますが。

彼女のキャリアのことを書いているとキリがなくなるので、これでおしまいにしますが、ハル・ブレインやキャロル・ケイやトミー・テデスコやビリー・ストレンジといった、スタジオ・ミュージシャンと同じように、ジャッキー・ウォードやジャッキー・アレンのようなスタジオ・シンガーがいないと、ハリウッド音楽界は立ちいかなかったのです。

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カリフォルニア・ドリーマーズというグループの名義で、ウォードがコーラスで参加した盤。左がトム・スコットのThe Honeysuckle Breeze、右がガボール・ザボのWind Sky and Diamonds。ともに、ほぼ同時期に、ほぼ同じメンバーで録音され、キャロル・ケイやジム・ゴードンもプレイしているし、トム・スコットのほうにはグレン・キャンベルも参加している。

肝心のこの曲について、彼女がどういっているかを書き落とすところでした。ペリー・ボトキンとは何度も仕事をしたことがあり、この曲ができたときも、デモの依頼を受けたのだそうです。ボトキンの歌い方はブロードウェイ・ミュージカルのようだったけれど、彼女は、ティーネイジャー向けの曲に思える、わたしはそういう風に歌えるといってやってみせ、そのデモが結局、リリース・ヴァージョンになったというしだいだとか。プロですねえ。あとで、十代の男の子からファン・レターがきて困ったそうです。というわけで、アルバムのジャケットで、可愛らしいティーネイジャーの女の子がニッコリ笑っていない不思議も、これで氷解でしょう。

◆ ペリー・ボトキン超簡単プロファイル ◆◆
ペリー・ボトキン・ジュニアもまたカラフルな履歴をもつキャラクターですが、そろそろ時間切れとなってきたので、ほんのすこしだけ。この曲では、ソングライター、アレンジャー、プロデューサーの三役をしていますが、このうちのどれが本業かというと、アレンジャーというべきでしょう。オフィシャル・サイトに、ずいぶん抜けの多いディスコグラフィーがあるので、ご興味のある方はご覧になってください。

わたしがボトキンの名前を覚えたのは、ハーパーズ・ビザールのセカンド・アルバムAnything Goes収録のChatanooga Choo Choo(この曲もハル・ブレインの仕事で、こちらは豪快に叩きまくっている)のアレンジャー・クレジットを見てのことです。それ以前に、ボビー・ジェントリーのLocal Gentryでボトキンの名前を見ているはずですが、そのまえのDelta Sweeteでのジミー・ハスケルのアレンジのほうが強く印象に残り、ボトキンの名前は記憶しませんでした。

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ペリー・ボトキン・ディスコグラフィー3 ボトキンがアレンジしたハーパーズ・ビザールの最初の2枚、Feelin' GroovyとAnything Goes

父親のペリー・ボトキン・シニアもハリウッドで活躍したミュージシャンで、えーと、ギタリストだったと記憶していますが、こうしているいまも脳細胞がどんどん死滅している最中で、記憶が定かでないため、次回、ボトキンの曲が登場するときまでに調べておくことにします。

もうひとつ、書くべきことがありました。じつは、わたしはジャッキー・ウォードより、うしろで歌っているジャッキー・アレンの声のほうが好きなんです。リヴァーブのおかげもあると思いますが、素晴らしい声をしています。でも、こういう風に、うしろでチラッと聞こえるせいで、よけい魅力的に感じるのかもしれません。

ふと思いだすのは、TボーンズのNo Matter What Shape (Your Stomack's In)の女性コーラスです。あれももすごく魅力的ですが、これまたペリー・ボトキン・ジュニアのアレンジなので、コーラスもジャッキー・アレンである可能性が考えられます。

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by songsf4s | 2007-09-06 23:56 | 過ぎ去った夏を回想する歌
Beach Baby by the First Class
タイトル
Beach Baby
アーティスト
The First Class
ライター
Gil Shakespeare, John Carter
収録アルバム
The First Class
リリース年
1974年
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近ごろはバックステージのことばかり書いていますが、書きかけのテキストが6曲分あり、このところ、シナトラとマーサーで疲労困憊したため、そのなかからいちばん楽そうなものを、というので、脳天気なこの曲を選びました。

裏側を調べはじめると、この曲も泥沼になるのは見えているのですが、ジョン・カーターは一部方面では有名なものの、わたしは特別な関心をもっていないなので、そのへんはあっさりやるか、またはたんに無視するつもりです。裏側へいくから疲れるわけですし、イギリスについては、ヴァージニア州ノーフォークと同じほど土地勘がなく、アヴェレージ以下のことしか書けないのは見えています。この曲のみ、それも歌詞の検討のみ、脇目もふらずにその線で突っ走りたいと思っています。

ファースト・クラスというグループについては知りません。ジョン・カーターのスタジオ・プロジェクトだろうと考えていますが、ちがっていても責任はもちません。これ一曲で消えたも同然(すくなくとも3枚のアルバムが出たようですし、フォロウアップのシングルもチャートの下のほうをかすっていますが)で、あれこれ考える必要は、すくなくともわたしは感じません。匿名性がいいところでもあると考えます。

◆ シヴォレーはないだろ、シヴォレーは ◆◆
それでは脳天気な歌詞を見ていきます。ファースト・ヴァース。

Do you remember back in old L.A.
When everybody drove a Chevrolet
Whatever happened to the boy next door
The sun-tanned crew-cut all-american male

「だれもがシヴォレーを乗りまわしていた、あのころの懐かしいLAを覚えているかい? となりのヤツはどうなったんだろう、あのたっぷり日焼けしたクルーカットのオール・アメリカン・ボーイは?」

急いでいうと、原文は見ての通り、all-american maleですが、「全米男」というわけにもいかないし、日本語として通りやすい「ボーイ」としておきました。こういう場合の「ボーイ」だって、中学生を指しているわけではなく、青年を指すわけで、じっさい、この歌詞だって「boy next door」といってます。たんに、同じところにboyが工夫なしに重なるのを嫌っただけではないでしょうか。いや、その結果、英語としても据わりの悪いものになっていると思いますが。

ご覧のように、かつてのLAのサーファーが昔を懐かしんでいるようなことをいっていますが、先にも書いたように、これはイギリスの盤で、サウンドもハリウッドっぽくはありません。いろいろな音を詰め込みすぎていますし、その結果として、低音部が一カ所に集中して、レンジというものがなく、ペタッとした音になっています。いや、このチープなところが取り柄にもなっているのですが。

f0147840_0451633.jpgシェヴィーよりもフォードのほうが、よりLAサーファー的のような気もしますが、イギリスでは、サーファーはボロボロのシェヴィーに乗っていると思われていたのかもしれません。そもそも、ふつうはシェヴィーと歌うもので(すぐに出てくるのは、ドン・マクリーンのAmerican Pieのdrove the Chevy to the Levy but the Levy was driedという一節。それから、だれの曲だったか、My Chevy Vanというのをぼんやり覚えています。もうラスト・ミニッツ・ウォーニングが出ているため、調べる暇がなくて失礼)、シヴォレーというのはダサいのですが、シラブルの都合でしょう。

◆ だれもが飲み物をこぼす ◆◆
つづいてセカンド・ヴァース。

Remember dancin' at the high school hop
The dress I ruined with the soda pop
I didn't recognize the girl next-door
The beat up sneakers and the pony tail

「高校のダンスパーティーで踊ったことを覚えているかい、ソーダポップをだれかのドレスにこぼしちゃってさ、あのころは、ボロボロのスニーカーを履いて、ポニーテイルにしたとなりの女の子のことなんか、目に入らなかったな」

ポップ・ソングというのは本来そういうものですが、アイコンを連打して、リスナーの記憶を刺激しようというだけのヴァースで、これをクリシェといわずになにをクリシェというのか、です。個人的には、Tシャツとサンダルの歌につづいて、こんどはスニーカーが出てきてしまい、そのへんになにか固着をもっているのではないかと疑われることを恐れています。

f0147840_13449.jpgでも、やはり思うのですが、ポニーテイルやボロボロのスニーカーといったアイコンを持ち出すだけでも、(わたしの固着ではなく)作者の固着は顕われるのです。この曲にも、Tシャツとサンダルの曲のように、ロマンティックないわれがひょっとしたらあるのかもしれませんが、髪の毛と履き物っていえば、あなた、こりゃもう、フロイトを持ち出すまでもないのですよ(といいつつ、今日は写真が足りないので、持ち出してしまった)。「そういう歌」と解釈するのは、ぜんぜん間違いでもなんでもないのです。

後半、ファースト・ヴァースのとなりの男に対応して登場する、となりの女の子のことをrecognizeしていなかったというのは、子どもっぽくて、「対象外」だったということでしょう。裏返せば、その後、美しい、または可愛い、またはセクシーな、または「どこかそそる」女の子に成長し、動揺させられるようになったということを暗にいっているのかもしれません。

女の子のその後のことはともかくとして、固着はないと繰り返し確認しておきますが、それでも、the beat up sneakers and the pony tailというところの音の響きが好きで、ここへさしかかるのを待ちかまえ、いっしょに歌っています。この曲はテンポが速く、しかも、むやみに音と言葉を詰め込んでいるので、ゆっくり発音していると間に合わなくなるし、音符の切れ目と言葉の切れ目がノーマルに合致していないから「ビータ、スニーカ、ザンダポニーテエエル」ぐらいの感じで発音するのです。こういうところにこそ、ポップ・ソングだけがもつ、シンガロングする楽しみがあるのです。

◆ 強引なアイコンの連射 ◆◆
つぎはコーラス。

Beach baby, beach baby, give me your hand
Give me somethin' that I can remember
Just like before, we could walk by the shore in the moonlight
Beach baby, beach baby, there on the sand
From July 'till the end of September
Surfin' was fun, we'd be out in the sun every day

ここはわかりにくいところで、音のほうもどんどん先にいってしまうので、どうしたものでしょうかね。切り方によって解釈は分かれると思いますが、ビーチ・ベイビーは呼びかけおよび曲の「看板」としての意味しかないので、これは吹き払い、「手を握らせてくれないか、そして、昔のように、思い出になるものがほしいよ、あそこの砂の上を歩いて、月夜に汀まで歩いたっけ、七月から九月の終わりまで、毎日、日射しを浴びて、サーフィンを楽しんだね」なんてところでしょうかね。

コーラスというのはしばしば感覚的なものだし、フラッシュ・イメージを羅列することも多く、そして、このライターはロジカルなタイプではないので、考えても時間の無駄のように思います。ただいっしょに「ビーチベイビー、ビーチベイビー」と歌えばいいだけです(まあ、「思い出になるもの」とはなにかと妄想するのも、リスナーの権利ですが)。

そもそも、2つのヴァースだって、ロジカルな背骨が通っているわけではなく、オールドLA、シヴォレー、日焼け、クルーカット、ハイスクール・ホップとソーダ・ポップ、ボロボロのスニーカー、ポニーテイルというように、いかにもというか、そんな段階を通りすぎてひどいクリシェとしかいいようがないほど、リアリティーのない薄っぺらいアイコンを並べているだけです。

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カーター=ルイスのグループ、アイヴィー・リーグ。この命名からしてアメリカ風で、ジョン・カーターというのは「そういう人間」なのかもしれないという気がしてくる。彼らのHe's in TownやTossin' and Turnin'といったヒット曲の味つけも、アメリカ風だった。

ヴァースとコーラスのつながりもわかりません。ビーチベイビーは、いったいどこからあらわれたのか、伏線があるのか、2つのヴァースをよくよく眺めていただきたいものです。時間の流れすらよくわからないんだから、論理もヘチマもイワシの頭もあったものではないのです。

ひとついえるのは、騒々しいわりには、そして、複数の人間が歌っているわりには、歌詞が聴き取りやすいということです。昔、ラジオで聴いていて、「九月の終わりまで」というところが、すごく引っかかりました。

◆ やがて悲しき…… ◆◆
つぎはブリッジ。じっさい、これ以上、ブリッジらしいブリッジはないというくらい、色合いも風向きも変わります。

I never thought that it would end
And I was everybody's friend
Long hot days, cool sea haze, juke box plays
But now it's fading away

「あれが終わってしまうなんて思いもよらなかった、ぼくはみんなに人気者だった、長く暑い日々、涼しい海霧、ジュークボックスの音、でも、それがみんな消えてゆく」

f0147840_1112016.jpgここで藤原定家の歌を思いだしちゃったりするのです。「見渡せば 花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋の夕暮」です。これと同じことを歌ったわけで(いや、定家卿の歌はそれほど単純粗雑なものではない、など、国文学方面、歌学方面ではいろいろうるさいことが多々ありましょうが、わたしは先代金馬の「道灌」のサゲそのまんまの人間だから、知ったことではないのです)、万国共通、万人が感じるはかなさ、寄る辺なさだと思います。このブリッジがなければ、ただ脳天気なだけの、言語明瞭そのくせ意味不明ソングでしかなく、取り上げようとは思わなかったでしょう。

hot daysとsea hazeはいいとして、juke box plays(動詞を含むので「文」sentence)は、前二者(動詞を含まないので「節」phrase)とは構造が異なり、据わりが悪くて、苦しまぎれだなあ、と思いますが、すでに申し上げたように、この曲は、意味などどうでもよく、ただ、アイコンの高速連打でイメージを喚起することしか考えていないのだから、非難するほどのキズではありません。そもそも、きちんと調子が整っていない韻というのも、形式だけが整って凡庸な韻よりは、退屈しません。

We couldn't wait for graduation day
We took the car and drove to San Jose
That's where you told me that you'd wear my ring
I guess you don't remember anything

という最後のヴァースは「ぼくらは卒業の日が待ちきれなくて、車を飛ばしてサンノゼまでいった、君はぼくの指輪をはめるって、あそこでいったんだよ、もうなんにも覚えていないだろうけど」といったあたりでしょう。

卒業という言葉とセットで出てくるので、スクール・リングかと思いたくなりますが、卒業が待ちきれないというのが暗に意味するのは、たぶん結婚のことで、やはりエンゲージ・リングでしょうね(ここ、突っ込みが入りそうですが)。そんなことまで忘れてしまう女の子も立派ですが、もう忘れられちゃっただろうと観念している男も立派、いい勝負です。つまらない蛇足にすぎず、このヴァースはないほうがいいでしょう。

◆ 万艦飾の万国旗びらびらサウンド ◆◆
このブログでは、慣行としてサウンドの検討もすることになっていますが、これはかなり馬鹿馬鹿しい音で、ちょっと困惑します。前回のシナトラのSummer Windが、天才エンジニアがそのマジック・タッチで生みだした、究極的に「テイストフル」な音だとすれば、このBeach Babyはその反対、悪趣味の極みです。

f0147840_1143347.jpgなんたって、これ以上無理だろうというほど楽器と音を詰め込んでいて、万艦飾の万国旗びらびら、しかも、アクセント配分というものがまったくなく、あらゆるチャンネルのフェイダーをいっぱいまで上げているのではないかと思うような音です。いやまあ、イントロの4分のキックの上で薄く、うっかりすると聞き落とすくらいにほんのりと鳴っているオルガンなんか聴くと、細部への配慮は感じるのですが、それでも、もうちょっとよけいな枝葉を落とせとよ、といいたくなります。

1974年というと、テープ・マシンのトラック数はどれくらいだったでしょうか。そろそろ32トラックが登場でしょうか。そういうマルチトラック・テクニックを前提としないかぎり、こういう音の重ね方は無理です。やむをえない事情があれば、8トラックでもできなくはありませんが、その場合はきちんと録音工程表をつくって、どういう順番で、どういう音を録り、どこまでいったら、いったんトラックダウンするか、といったことを計算してからでないと、録音に取りかかれません。それくらい要素が多く、曲の各パートで必要な要素も入れ替わります。

この馬鹿馬鹿しいまでのにぎやかさは、しかし、ブリッジでの「転調」を強調するための伏線とも考えられます。ふと気づくと、いつのまにか花も紅葉もない、あちゃあ、という感じがよく出ています。

そういう意味で、2度目のコーラスのあとのストップ・タイムは非常に効果的です。いや、たんにそれまでのにぎやかさが嘘だったように静まりかえるだけでなく、こででホルンを使ったこともクレヴァーです。ホルンほど、「はろばろ」とした感覚をあたえる楽器はありません。

◆ 大負けで座布団三枚 ◆◆

でも、なんです、いろいろ文句はつけましたが、これほどのキッチュ、これほどのフォニーもめったにあるものではなく(なんたって、イギリス人が「あの懐かしいLA」なんていうんだから、キッチュとフォニーの総本家元祖家元大問屋ハリウッドも真っ青でさあね)、馬鹿馬鹿しいから座布団三枚ぐらいはやっていい音になっていると思います。

f0147840_1174176.jpgカーター=ルイスがどうしたとか、アイヴィー・リーグがどうだのと、「そっち方面」のあれやこれやはございましょうが、最初にも申し上げたように、わたしはイギリス不案内かつ無関心、所詮、ワンショットのスタジオ・プロジェクト(ヒットのおかげでセカンド・ショットどころか、サード・ショットまでありましたが)、詮索するに足らずです。そもそも、今夜も時間はぎりぎりとなっているので、そういうことはよそのブログかなんかをご覧になってください。きっと、いっぱいあると思いますよ。
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by songsf4s | 2007-09-04 23:57 | 過ぎ去った夏を回想する歌
Summer Wind by Frank Sinatra その2
タイトル
Summer Wind
アーティスト
Frank Sinatra
ライター
Johnny Mercer, Heinz Meier, Hans Bradtke
収録アルバム
Strangers in the Night
リリース年
1966年
他のヴァージョン
duet version with Julio Iglesias by the same artist, Wayne Newton
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◆ 外国語曲の「訳詞」というもの ◆◆
まずは前回の補足から。

昨日から調べていてわからないのは、この曲の出所です。ソングライター・クレジットから考えて、ドイツの曲にジョニー・マーサーが英語詞をつけたのではないかと思われます。ウェイン・ニュートン盤のほうには、二人の作者しかクレジットされていません。Hans Bradtkeという名前はないのです。つまり、この人がドイツ語詞のライターだということではないでしょうか。

原曲を聴いたことがなく、聴いたところでドイツ語ではわかりもしませんが、ジョニー・マーサーが、原曲に対してある程度は忠実であろうとしたという可能性も否定できません。となると、凧は原曲にあったのかもしれません。このへんは微妙です。

f0147840_1202552.jpgStrangers in the Nightも、(話がややこしくなりますが)ウェイン・ニュートンの代表作であるDanke Schoenの作者にしてオーケストラ・リーダー、ドイツのベルト・ケンプフェルト(固有名詞英語発音辞典では、カタカナにすると「ケンプファト」とでもすればいいような音になっている)の曲ですが、こちらは(幸いにも)もとがインストゥルメンタル曲なので、ドイツ語詞は存在せず、シナトラの録音に際して書かれた「オリジナル英語詞」です。しかし、Danke Schoenはどうなのでしょうね。あるいは、ディーン・マーティンが歌ったVolareは?

こういうことを考えはじめると、頭が痛くなってきます。ジルベール・ベコーの曲を英語にしたLet It Be Me、ジャック・ブレルの曲をもとにしたテリー・ジャックスのSeasons in the Sun、外国語の曲を英語化したものは、それなりの数があるのです。坂本九の「上を向いて歩こう」が、東芝盤をそのままリリースしたものであったのは、幸いでした!

よけいなことばかり書きましたが、外国語の曲に英語の歌詞をつけたものは、歌詞の検討などしないほうがいいのかもしれない、という気がしたのです。ただ、マーサーの歌詞というのは、たとえばMoon Riverあたりでも、ただスムーズなだけではなくて、何カ所か、これはどういう意味だろう、なぜこういうことをいっているのだろうと考えさせる、エニグマティックなところがあるのものたしかです。

◆ A&Rは「事務方」か? ◆◆
ということで、こんどはすっと前回のつづきに移りたいのですが、やっぱり、こちらの橋にも小鬼が待ちかまえています。ここでもまた、昨日は引っかかりを感じながら、残り時間僅少のフルスロットル状態だったために、とりあえず殴り倒して通りすぎたことが、あとで冷静になると、瘤のようにふくれあがってきました。

べつにシナトラだけのことではなく、昔の盤ではめずらしくなかったことなのですが、プロデューサー・クレジットがない、というのが引っかかるのです。Softly, As I Leave You、Strangers in the Night、そして昨日はふれなかったThat's Lifeといった、60年代中期のシナトラのヒット曲をプロデュースしたのがジミー・ボーウェンだとわかるのは、盤に書いてあるからではなく、Sessions with Sinatraに書いてあるからなのです。盤に書いてあるのは、アーニー・フリーマンのアレンジャー・クレジットだけです。

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左から、アーニー・フリーマン、スナッフ・ギャレット、アール・パーマー。こちらはリプリーズではなく、リバティーの音をつくった主役たち。

今回の記事のために検索して見つけたシナトラのディスコグラフィーは、作成者もいっているように、じっさいにはセッショノグラフィーなのですが、やはりプロデューサーの名前はありません。かわりにセッション・リーダーの意味と思われるldrの略字のクレジットがシナトラについています。シナトラがプロデューサーだったというのなら、それでいいのですが、Sessions with Sinatraではジミー・ボーウェンがプロデュースしたとされている曲にも、シナトラはldrとしてクレジットされています。

「これはなに? ここからなにを読み取れっていうんだ?」

と叫びますよ、ホントに。プロデューサーは重要ではない、シナトラとアレンジャーのゲームなのだ、ということでしょうか。プロデューサーはあくまでも「事務方」であると?

たしかに、リーバー&ストーラーやその弟子であるフィル・スペクターが、「これが俺のプロデュースした盤、そしてこの俺がプロデューサー」と言いだすまでは、プロデューサー(ではなく、当時の呼び名はA&R、すなわち、アーティスト&レパートリー・マン)が表面に出ることはなかったわけで、レコード制作の主役とは考えられていなかったのかもしれません。

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60年代に入ってからのシナトラの苦闘ぶりをチャートの数字でご覧いただきたい。項目の意味は、左から、ホット100登場日付、ピーク・ポジション、チャートイン週数、そしてタイトル。数こそあるが、トップ40に届かなかったものがほとんどで、Softly, As I Leave Youでボーウェンが登場するまで、シナトラがほとんど死に体になっていたことがわかる。

ジミー・ボーウェンは、That's Lifeの録音のとき、歌い終わってブースに上がってきたシナトラに「どうだ、ヒットだろ?」といわれ、「いや……残念ながら」とこたえ、「後にも先にも、アーティストにあんな冷たい目でにらまれたことはない」という恐怖を味わいながらも、頭に血がのぼったシナトラの貴重な「もうワン・テイク」を手に入れ(自分のミスが理由でないかぎり、シナトラはリテイクをしなかった。それだけ完璧にリハーサルをしてからスタジオに入るということだが)、それがヒット・ヴァージョンとなりました。

わたしは、プロデューサーのこういう役割を重要なことだと考えますが、昔のシンガーにとっては、たいしたことではないのかもしれません。「キャッチャーのリードがいいだの悪いだのというけれど、キャッチャーがボールを投げるわけではない、ボールを投げて打者を打ち取るのはピッチャーだ」という、昔の投手と同じような立場なのかもしれません。美空ひばりも録音の場をきっちり取り仕切ったそうですが、それが昔の人の当然の常識なのかもしれない、後年の見方で捉えるのは間違いかもしれない、と思えてきました。

抽象論は書くほうも読むほうも疲れるので、今夜はこれくらいで切り上げ、「フィールド」に戻ります。この曲を皮切りに、今後、シナトラは何度も登場する予定なので、なぜ、彼がひとりのアレンジャーに固執することなく、つねに数人に仕事を依頼していたかについては、そのときに改めて考えたいと思います。

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「シナトラ会」の会合 集合したかつてのシナトラのアレンジャーたち。左から、ビリー・メイ、ドン・コスタ、会長その人、そしてゴードン・ジェンキンズ。まるで「生きているアメリカ音楽史」たちの記念写真。

◆ 神の手になる絶妙のバランシング ◆◆
Summer Windはネルソン・リドルのアレンジですから、理屈のうえからは、ジミー・ボーウェンとアーニー・フリーマンがつくった「新しいシナトラのサウンド」ではなく、「昔なじみのシナトラ」の音になりそうです。しかし、じっさいの音は、新しいとまではいえないものの(新しいのは翌年のThat's Lifeのほう)、それほど古くさい音でもありません。イントロを聴いただけで、そう感じます。

f0147840_05590.jpgリズムはミディアム・スロウのシャッフル・ビート、ベースはスタンダップ、ドラムは、はじめのうちはスティックを使わず、フット・シンバルの2&4だけ、薄くミックスされたピアノのシングル・ノートのオブリガート、そして控えめなオルガン、リズム・セクションはそれだけで、あとは、左右の両チャンネルに配されたゴージャスな管がシンコペートした装飾音を入れてくる、というようなアレンジですから、文字面からは、数年前の、いや、十数年前のシナトラと大きなちがいはない、とお感じになるでしょう。ちがいがあるとしたら、マイク・メルヴォインがプレイしたというオルガンのオブリガートだけなのです。

オルガンなんてものは、以前からある楽器ですし、ハモンド・ブーム(ラウンジ方面を追いかけると、そういうものがあったことがわかってくる)は数年前のことで、目新しくもなんともないのですが、こういうことというのは、文脈のなかで捉えないとわからないもので、「シナトラ文脈」においては、なんとも新鮮な音に響きます。

しかし、べつの側面もあることに気づきます。スーパー・プレイもファイン・プレイもなし、どこといってどうというわけではないのに、でも、なんだかむやみに気持ちがいい、という音に出合ったら、とりあえずエンジニアをほめておけ、という大鉄則があります(わが家の地下室で捏造した鉄則ですが)。わたしの性癖をご存知の方は、もう「またかよ」とおっしゃっているでしょう。そう、この曲もリー・ハーシュバーグの録音なのです。シナトラの盤にはエンジニア・クレジットもないので、こういうこともSessions with Sinatraを読まないとわからないのですが。

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スラトキン、リドルの代打でタクトを振る エンジニアはいつも冷遇されるもので、リー・ハーシュバーグの写真は残念ながらわが家にはありません。かわりに、コンサート・マスターだったヴァイオリニストのフィーリクス・スラトキン(リドルはスラトキンに指揮を学んだ)が、ツアー中のリドルに代わってコンダクトしたときのめずらしい写真をどうぞ。チェリストの奥さん、エリナー・スラトキンとシナトラの写真は、次回、シナトラが登場したときにでも。

この本では、ビル・パトナムの弟子筋らしいエンジニアが何度もコメントしていて、Strangers in the Nightを録音したエディー・ブラケットを、これでもか、これでもか、と徹底的にこき下ろし、いっぽうで、リー・ハーシュバーグを大神宮様のように神棚に祭り上げて柏手を打っています。Strangers in the Nightでは、エディー・ブラケットも奥行きとスケール感のある音をつくっていて、けっして悪いエンジニアではないと思いますが(コンソールの前で立ち上がり、踊りながら録音したというエピソードが披露されているので、そういう人間的側面も嫌われたのでしょう)、リー・ハーシュバーグを神棚に祭り上げることについては、当方も異存がありません。

いつものように、Summer Windでも、ハーシュバーグは絶妙のバランシングをやっています。イントロは、ときにはその盤がヒットになるかミスになるかを左右するほど重要ですが、さすがはハーシュバーグと思うのは、薄くミックスされているだけなのに、ちゃんと存在を主張しているイントロのオルガンのバランシングです。最初の拍を構成する、スタンダップ・ベース、フット・シンバル、オルガン、この響きがじつになんとも素晴らしいのですよ、お立ち会い。これでヘボが歌えばぶち壊しですが、舞台は上々、シナトラ、上手より登場する、なのだから、ここで大向こうから拍手が起きなければ、大向こうのほうがヘボなのです。

◆ シナトラの骨法、ただし、ほんのさわりのみ ◆◆
シナトラの盤を相手に、シナトラを聴かずに、リー・ハーシュバーグを聴くなんていう外道は、広い世間にもそう多くはいないわけで、言い訳程度の粗品で恐縮ですが、シナトラの歌についても少々書きます。歌を云々するのは柄ではないので、かるーく読み流してください。

f0147840_1115213.jpg前回、「やるべきことをちゃんとやっている」といいながら、どこでそう感じるのかということを説明しなかったので、その点について。この曲は三つのヴァースがあるだけで、コーラスもブリッジもありません。こういうときこそ出番なのに、チェンジアップとしての間奏もないのです。つまり、単調になってしまう恐れが強く、カラオケで素人が歌ってはいけないタイプの曲です。

プロ、というか、フランク・シナトラはそういうときにどうするかというと、もちろん、アレンジで味つけを変えもするのですが、シナトラ自身も、ヴァースごとに、ちゃんとニュアンスを変えて歌っているのです。

そよ風のようにそっと忍び入るファースト・ヴァース、Like painted kitesという音韻に合わせ、スタカート気味にすこしアクセントを強めに入るセカンド・ヴァース、E♭からFへと全音転調するサード・ヴァースでは、ピッチが上がるのに合わせて、もっとも強くヴァースに入り、最後はソフトに、ソフトに、歌い終えています。

f0147840_0361016.jpgこういう歌をどううたえばいいか、その方法を熟知しているから、そして、それをみごとにやってのけるだけの力があるから、彼はフランク・シナトラになったのです。これがあるから、繰り返し彼の歌を聴いていると、コーヒーを入れに台所に立ったときに、ついその気になって、「マイ……フィクル・フレン……サマウィン」などと、シナトラになったつもりで、シンコペーションを使いながら(あんなんじゃシンコペーションを使えたことにはならないんだってば>俺)口ずさんでしまうわけですね。困ったものです。

シナトラの独特のシンコペーションのことを書くべきのように思うのですが、まだチャンスはあるので、そのときに、ということにします。

◆ 他のヴァージョン ◆◆
他のヴァージョンに簡単にふれておきます。フリオ・イグレシャスとのデュエットは、最初の小節からいきなりシナトラの声と歌いっぷりの衰えを強く感じるもので、聴かずにおくにしくはなし、です。シナトラだって、やっぱり年をとってしまうのです。

f0147840_029983.jpg「ミスター・ラス・ヴェガス」ウェイン・ニュートンは、いつだったか、ラス・ヴェガス署の鑑識の連中に思い切り馬鹿にされていましたが(『CSI』のエピソードでのことですがね)、ドラマのなかで揶揄のネタにされるほど、彼が有名であり、ラス・ヴェガスの主みたいなものだということです。

シナトラの録音は1966年5月ですが、ウェイン・ニュートン盤Summer Windは、ボビー・ダーリンのプロデュース、ジミー・ハスケルのアレンジで、65年7月に録音され、シングル・カットされています。悪くもありませんが、べつに面白くもないサウンドで、78位止まりというビルボード・ピーク・ポジションは盤のポテンシャルどおりの結果に思えます。

ウェイン・ニュートンという人は、気体のように薄くて軽い声をしていて(いやまあ、声に実体はないので、あらゆる人間の声が気体のように薄くて軽いぞ、といわれちゃいそうですが)、けっこう好きです。ただ、薄くて軽ければそれでいいのか、ということも感じます。やはり芸に幅がなく、飽きがきてしまうのですね。

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ウェイン・ニュートン(中央)とトミー・テデスコ(右)

ときおり編集盤に採られる、Comin' on Too Strong(ハル・ブレインがニュートンのケツをイヤッというほど思いきり蹴り上げている!)で、これは面白そうだと思った人も、ほかにはああいう曲がなくて、あれっと思ったのではないでしょうか。ラス・ヴェガスが悪いとはいいませんが、あそこに腰を落ち着けて稼ぐようになるのは、キャリアのごく初期から定められていた運命だったと感じます。まあ、Danke Schoenがあるんだから、食うには困らないでしょう!


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◆ 重要な訂正(2007年9月5日) ◆◆
Wall of Houndの大嶽さんに教えていただいたのですが、ペリー・コモ・ディスコグラフィーに、Summer Windの原曲の作詞家である、Hans Bradtkeに関する記述がありました。

それによると、Summer Windのオリジナルである、Sommervindはデンマーク語で書かれたもので、最初に録音したのは、デンマークのGrethe Ingermannという人だそうです。

ただし、原曲の作者二人はともにドイツ人で、ハインツ・マイヤーのほうは第2次大戦中にデンマークに移住し、その後、さらにアメリカに渡ったとあります。

コメントのなかに、ウェイン・ニュートン盤がアメリカで最初にリリースされたものではないかと書きましたが、ペリー・コモのディスコグラフィーも、そのように「伝えられている」としています。

ペリー・コモ盤は、ウェイン・ニュートン盤と同じ65年に、チェット・アトキンズのプロデュースで、ナッシュヴィルで録音されたとあります。ただし、リリースはされなかったそうです。

ライター・クレジットから、てっきり原曲はドイツ語だろうと思ったのですが、以上のような経緯だそうですので、謹んで訂正いたします。
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by songsf4s | 2007-09-03 23:48 | 過ぎ去った夏を回想する歌
Summer Wind by Frank Sinatra その1
タイトル
Summer Wind
アーティスト
Frank Sinatra
ライター
Johnny Mercer, Heinz Meier, Hans Bradtke
収録アルバム
Strangers in the Night
リリース年
1966年
他のヴァージョン
Wayne Newton, duet version with Julio Iglesias by the same artist
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f0147840_23575127.jpg熱烈なフランク・シナトラ・ファンは、ふつう、コロンビアやキャピトル時代、あるいはそれ以前を愛しているもので、リプリーズ時代には思い入れがないようです。わたしが好きなビートルズはRubber Soulまでで、Abbey Roadをロック史上の傑作などとしているものを読むたびに、あんなガラクタの寄せ集めが? まさかね! スタジオ・テクニックでボロを隠したパッチワークじゃないか、と嗤うのに似ているのでしょう。

キャピトルおよびそれ以前と、リプリーズのどちらをとるかといわれたら、わたしはリプリーズ時代、それも1960年代中期を選びます。わたしがよく知っている音の響きが聴き取れるからです。あとからいろいろ読むと、ジミー・ボーウェンが登場したことから、そういう流れ、ほんの一時のものにすぎない寄り道があっただけのようですが、そのへんは後段ですこしふれることにして、まずは音を聴きつつ、歌詞を見ていくことにします。

◆ 去りやらぬ風 ◆◆
この曲の詞はジョニー・マーサーですし、そもそもシナトラだから、録音スタッフ同様、こちらもちょっと緊張しそうになります。冷静に考えれば、マーサーもシナトラも、わたしがなにをしようと気づくはずもないのに!

The summer wind came blowin' in from across the sea
It lingered there to touch your hair and walk with me
All summer long we sang a song and then we strolled that golden sand
Two sweethearts and the summer wind

海を渡って吹いてくる夏の風がたゆたい、きみの髪にまとわりつき、わたしとともに歩む、夏のあいだずっと、わたしたちは歌をうたい、あの黄金の砂浜をそぞろ歩きした、二人の恋人たちと夏の風、といったあたりでしょうか。なんだか、もう手のひらが汗ばんできて、サード・ヴァースまでいけるだろうか、と不安になります。

f0147840_0114874.jpglingerというのは、ふつうはたとえば、記憶が去りやらぬ、とか、香りが残っている、といった場合に使うもので、吹き抜けていく風にこの言葉を使うのは、すこし引っかかります。潮風だから、ということでしょうか。strollは、目的地を目指して歩くことではなく、ぶらぶらと当てもなく歩くことなので、そういう風にイメージしてください。この曲をタイトルにした、ラウンジ系のインスト・アルバムだったら、もうジャケット写真のラフ・デザインはできたようなものです。

◆ 風にさらわれて ◆◆
つづいてセカンド・ヴァース。

Like painted kites, those days and nights, they went flyin' by
The world was new, beneath a blue umbrella sky
Then softer than a piper man, one day it called to you
And I lost you, I lost you to the summer wind


「凧のように、あの日日と夜夜も、飛び去ってゆく、青い傘のような空の下、世界は生まれ変わった、それなのに、笛吹男よりもそれはやさしくきみを誘いだし、わたしは君を失った、夏の風にさらわれて……」てなぐあいでよろしいでしょうか、なんて、いちいち、だれだかわからない天の上の人にお伺いをたてちゃいますよ。

なぜ、凧にわざわざpaintedという修飾がついているのかと、しばらく悩んだのですが、当面の判断としては、大きな意味はない、口調を整えるためになにか形容詞が必要だった、カラフルなイメージがほしかった、といったあたりで片づけています。ほかの可能性としては、Like flying kitesという逃げ道をすぐに思いつきますが、凧はもともと飛ぶものなので、これは非明示的なトートロジーとなり、あまり美しくありません。paintedのほうがずっとよいと感じます。

f0147840_23583985.jpgもうひとつ突っ込むと、凧は、flyはしますが、fly byはしません。糸の届く範囲で留まるものです。それなのになぜ凧を使ったのかと、ジョニー・マーサーの胸中を忖度すると、たぶん、浜辺でよく見るものだからでしょう。ほかに、トビやカモメ、土地によってはアジサシなども飛んでいますが、やはりカラフルなイメージをとったのではないでしょうか。そもそも、日本語には「糸の切れた凧」といういいまわしがあり、この場合、まさにどこへいってしまうかわからない頼りなさがあるのですから、われわれの場合、去ってゆくものの暗喩としての凧をイメージすることが十分に可能です。

piper manと表現されていますが、これはもちろん、pied piperすなわちハーメルンの笛吹き男のことをいっているにちがいありません。シラブルまたは音韻のせいで、pied piperを使わず、piper manとしたのでしょう。ここでいちばんわからないのは、it called to youのitが指すものです。ふつうなら、the worldですが、それでいいのかどうか。the summer windのような気もするのですが……。

あれこれ文句をつけましたが、この曲のなかで、わたしはこのヴァースがいちばん好きです。カラフルな凧、真っ青な夏の空、幸せな気分で蒼穹を見上げていたら、夏の風といっしょに笛吹男が忍び寄って、だいじな人をさらっていっちゃったんですね。でも、笛吹男はなにを暗喩しているのでしょうか? いや、答は風のなかに。

◆ じつは「過ぎ去った夏を想う歌」 ◆◆
この曲にはコーラスやブリッジはなく、このままサード・ヴァースに進んで、繰り返しがあって、フェイド・アウトします。ここで、さすがはシナトラ、ちゃんとやるべきことをやっている、と思うのですが、そのあたりのことはあとで書くことにして、歌詞を片づけます。これが終わらないと、汗も止まらないものですから。

The autumn wind, and the winter winds, they have come and gone
And still the days, those lonely days, they go on and on
And guess who sighs his lullabies through nights that never end
My fickle friend, the summer wind

「秋の風、冬の風は、ただやってきて、そのまま去ってゆくだけ、そして、あの日々、あの孤独な日々は、過ぎ去らずに、いつまでもつづく、終わらぬ夜をため息とともに子守唄をうたいつづけてすごすのはだれだと思う? わたしの気まぐれな友、夏の風よ」

このヴァースは解釈しにくいところがなく、読んで字のごとくです。ひとつだけ、ふーむ、と思うのは、マーサーのべつの曲を連想させることです。my fickle friendというフレーズを見て、なにか思いださないでしょうか。そう、彼がヘンリー・マンシーニの注文で書いたMoon Riverのもっとも有名なフレーズ、多くのリスナーの心に強く響くあの「My Huckleberry friend」です。

f0147840_042559.jpgジョニー・マーサーは、Moon Riverのために(いや、歌詞ができていないのだから、そういうタイトルが付いていたわけではないのですが)2種類の詞を書き、ヘンリー・マンシーニにわたしたそうです。マンシーニは一読し、my Huckleberry friendという強い一節があるという理由で、即座に、こちらの歌詞を使うことに決めたと自伝でいっています。Summer Windのmy fickle friendを聴くと、どうしてもMoon Riverを連想してしまいます。たんなる空想ですが、わたしはマーサーが自作の「引用」に近いことをしたのだと考えています。

むやみにカテゴリーを増やすのもなんなので、この曲は「去りゆく夏を惜しむ歌」に分類するつもりですが、このヴァースで、正確には「過ぎ去った夏を回想する歌」だということがわかります。したがって、「現在時」はいつでもかまわないことになります。

このタイプの歌もけっこうあって、シナトラ自身、ほかにも似たようなシテュエーションの曲を歌っています。やっぱり、このカテゴリーを登録するべきような気がしてきました。シナトラだから、奮発して、カテゴリーをつくりましょう!

念のために、フェイド・アウトでの「去りぎわのつぶやき」も書いておきます。相手がシナトラとマーサーだと、ゲーリー・アメリカ国債が相手のときなどとは、手のひらを返すように態度がコロッと変わっちゃうのです。

The summer wind
Warm summer wind
Mmm the summer wind


◆ スタッフのパッチワーク ◆◆
この曲は、わたしのような60年代育ちがあれこれ考察をはじめると、永遠にとまらなくなってしまうような、じつになんとも微妙な時期の、絶妙な「谷間」で録音されています。1966年4月11日録音のStrangers in the Nightの直後、5月16日の録音なのです。この2曲のあいだにある35日間のなんと微妙なことよ!

Strangers in the Nightの直後だし、同じアルバムに収録するための曲なので、ふつうなら、両者はほぼ同じスタッフで録音されるものです。ところが、ここが微妙な狭間の微妙たる所以でして、左にあらず、なのですよ、お立ち会い衆。Strangers in the Nightのアレンジャーはアーニー・フリーマン(2年前のSoftly, As I Leave Youで初起用された、シナトラのスタッフとしては新顔)、Summer Windは、1953年以来、シナトラのために多くのアレンジをしてきたネルソン・リドルなのです。

さらにいうと、Strangers in the Nightのビルボード初登場は5月7日付。えーと、じっさいの日にちと、ビルボードの日付には、たしかいくぶんのズレがあったと思うのですが、早いのか遅いのか忘れてしまいました。そのせいでさらに微妙になってしまいますが、プロデューサーのジミー・ボーウェンはこの曲に勝負を賭けていたので、すでに大ヒットの手応えは、5月の第2週には感じていたはずです(いや、リリース前からわかっていたはずで、じっさい、ボーウェンは事前プロモーションに金と手間をおおいにかけている)。

f0147840_0181339.jpgでは、アルバムの録音のほうは、Strangers in the Nightのヒットに合わせてはじまったかというと、そうではないらしいのです。Sessions with Sinatraによると、アルバムのほうはシングルとは別個に企画が立てられ、すでに進行していたときに、Strangers in the Nightがヒットして、この曲を中心にしたアルバムへと計画が変更されたというのです。

アレンジャーが異なっても、ふつうのアーティストの場合は、それほど大きな影響はないかもしれません。しかし、シナトラはちがいます。とくに、この時期のシナトラは。ボーウェンがプロデュースし、彼の手駒だったアーニー・フリーマンがアレンジとコンダクトを担当した場合、重要なプレイヤー、つまりリズム・セクションのプレイヤーもボーウェンの手駒だったのに対し、ネルソン・リドルの場合は、正確なパーソネルはわからないのですが、従来からシナトラのセッションで活躍してきた、つまり、リドルがよく知っているメンバーで録音されたようなのです。

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左からサミー・デイヴィス・ジュニア、ハル・ブレイン、レイ・ポールマン、そしてジミー・ボーウェン。ボーウェンはリプリーズに入った当初から、「ラットパック」の一員、シナトラの盟友であるディーン・マーティンのプロデュースを希望し、1964年、Everybody Loves Somebodyによって、ディノをチャートのトップに返り咲かせた。これがシナトラを刺激し、ジミー・ボーウェンの起用とSoftly, As I Leave Youのヒット、ひいてはStrangers in the Nightのナンバーワンへとつながった。

ボーウェンのスタッフでは、アーニー・フリーマンのつぎに重要なのはハル・ブレインです。ボーウェンは「時代遅れになりつつあるシンガー」(ハッキリそういっています)をチャートに戻すために、「リズム・セクションを入れ替えた」といっています。プロデューサーとしては当然の方針で、これはのちのちまで、さまざまなアーティストに適用されていますし、いまもあるだろうと思います。

彼がはじめてシナトラと仕事をしたSoftly, As I Leave Youでは、ハル・ブレインがはじめてシナトラのセッションに呼ばれました。ボーウェンがシナトラ(および自分自身)のために描いた絵図の中心にはハルがいたのです。つぎにハルがプレイしたことがハッキリしているのはStrangers in the Nightです。ハルはこの曲について「Be My Babyのビートを変形して適用した」と回想しています(これを読んでわたしは、そうだったのか、とひっくり返りました。たしかに、Be My Babyビートのソフト・ヴァージョンです)。

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フランク・シナトラ(左)とネルソン・リドル(中央)。シナトラはなにを興奮しているのか、どうやら、仕事の最中にはよく起こる、緊張の一瞬のようだが。

では、同時期に、Strangers in the Nightのフォロウ・アップとして、おそらくあらかじめシングル・カットも視野に入れて録音されたであろう、Summer Windのドラマーもハルかというと、うーん、ものすごく微妙ですが、たぶんちがうと思います。ハルらしい、微妙なところでの強いアクセントが見られないからです(ほとんど猫をかぶったようなプレイをしているStrangers in the Nightですら、フェイド・アウトではちゃんと「俺だ、わかるだろ?」というリックを叩いている)。ネルソン・リドルは、やはり、彼が信頼してきたドラマーを使ったのではないでしょうか。

◆ 複雑な時、複雑なオール・ブルー・アイズ ◆◆
この時期のシナトラの気持ちは揺れていたと想像します。エルヴィスとロックンロール攻勢にはかろうじて耐えたかに思われる(いや、じっさいには、エルヴィスはボディー・ブロウとなったと思いますが)この大歌手は、60年代に入って急速に影が薄くなっていきました(皮肉なことに、シナトラと同じころに、エルヴィスも「底」を経験するのですが)。

そこへあのビートルズとブリティッシュ・インヴェイジョンですから、だれだって、先行きを考えます。なんとか、いまの時代に合った歌とサウンドでチャートに返り咲きたい、と思ったからこそ、若いジミー・ボーウェンにA&Rをやらせたみてたにちがいありません。そして、Softly, As I Leave Youは、大ヒットではないにせよ、とにかく、ビートルズ旋風のさなかに、この「時代遅れになりつつある」歌手がチャート・ヒットを生み出すという、中くらいの満足を生みます。

ふつうなら、ここでジミー・ボーウェンとアーニー・フリーマン、そしてハル・ブレインの連続起用で、この路線を突っ走るはずです。でも、シナトラはそうしませんでした。ネルソン・リドルやゴードン・ジェンキンズという昔なじみに戻ったり、またべつの若いアレンジャー/プロデューサー、クウィンシー・ジョーンズを起用したり、傍目には迷走に見える行動をします。そして、なにがあったのか、再びボーウェンとアーニー・フリーマンを起用して、じつに久しぶりにチャートのトップに返り咲くのです。

でも、ここでもまたシナトラは、当たり前の行動はせず、アルバムはネルソン・リドルに任せたわけで、一見するところ、不可解というしかありません。

時計を見れば、もう写真の準備をはじめないと間に合いそうもない時刻になったので、そんな予定ではなかったのですが、この稿の決着は明日以降へ持ち越しとさせていただきます。土台、シナトラを、それもほかならぬ1966年のシナトラを、一回で片づけられると思ったのが大間違いでした。
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by songsf4s | 2007-09-02 23:56 | 過ぎ去った夏を回想する歌