カテゴリ:九月をテーマにした歌( 2 )
When the Leaves Come Falling Down by Van Morrison
タイトル
When the Leaves Come Falling Down
アーティスト
Van Morrison
ライター
Van Morrison
収録アルバム
Back on Top
リリース年
1999年
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日本人の感覚、いや、もうすこし限定すると、本州の平地の住人の感覚では、落葉の季節というと、やはり十一月ではないかと思います。北海道などの北の地域や、標高の高い土地では、もう落葉も紅葉もはじまっているのかもしれませんが、なんせ、わたしの住む南関東は、一昨日でもまだ30度でしたからねえ。昨日今日は寒くなったとはいえ、落葉はまだずっと先のことに思えます。

しかし、北半球の温帯地域にかぎっても、世界的にはそういう感覚はないにちがいありません。歌を聴いていると、そのことをしばしば思います。本日、九月のどん尻にやっと登場した最初で最後の「九月の歌」は、ご覧のように「落ち葉の散るころ」というタイトルがつけられています。なんだか、初夏に栗ご飯を食べさせられるような気分ですが、九月の落葉がどのように歌われているか、まあ、とにかく、ご覧じよ。

◆ 黄昏か未明か薄暗くてよくわからず ◆◆
それではファースト・ヴァース。

I saw you standing with the wind and the rain in your face
And you were thinking 'bout the wisdom of the leaves and their grace
When the leaves come falling down
In September when the leaves come falling down

「きみはおもてに風と雨をうけて立っていた、きみは木の葉の知恵と優雅さのことを思っていた、木の葉の散るころに、木の葉の散る九月に」

f0147840_0435563.jpgふーむ、ファースト・ヴァースですでに、やめときゃよかった、と後悔しています。ヴァン・モリソンはゼム以来のつきあいで、80年代はじめまではかなり忠実なリスナーだったのですが、歌詞の意味がちゃんとわかったことはなく、好きな場所だけ(Redwood Treeの「It smells like rain, maybe even thunder」、Wild Chidrenの「James Dean took that ride, took that ride」、Heavy Connectionの「from a whisper to a shout」をはじめ、たくさんあります)をいっしょに歌っているだけでして、いつも歌詞が長いこともあって、全体をちゃんと検討したことなど、いままでありませんでした。

いずれにしても、ストレートな歌詞は少なく、どこかにちょっとオフビートなところがあって、解釈しかねるものが多いと感じます。この歌詞は、わかりやすいほうではあるものの、真っ正直な直球でもないようです。the wisdom of the leavesというフレーズにヴァンらしさがかいま見えます。

流行歌の常識として、ファースト・ヴァースは出会いを語ることが多いので、ここもそういうことなのだと考えておきましょう。つぎはセカンド・ヴァース。

And at night the moon is shining on a clear, cloudless sky
And when the evening shadows fall I'll be there by your side
When the leaves come falling down
In September when the leaves come falling down

「夜には雲ひとつなく晴れた空に月が輝き、夜の帳が降りると、わたしはあの場所の、きみのとなりにいく、木の葉の散るころに、木の葉の散る九月に」

まだ、なんのことだかよくわかりません。以下はコーラス。

Follow me down, follow me down, follow me down
To the place beside the garden and the wall
Follow me down, follow me down
To the space before the twilight and the dawn

「ついてくるんだ、庭と壁のそばの場所に、ついてくるんだ、薄明と暁の前にあの場所へ」

なんてところですかね。「before the twilght and the dawn」はちょっと奇妙に感じたので辞書を見たところ、夕暮れのみならず、夜明け前のこともtwilightということがあるそうです。

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◆ 時制の操作 ◆◆
サード・ヴァース。長い歌なので、まだ最後のヴァースではありません。

Oh, the last time I saw Paris in the streets, in the rain
And as I walk along the boulevards with you, once again
And the leaves come falling down
In September, when the leaves come falling down

最後にパリの通りを見たとき、雨の中で
きみと二人でもう一度、あのブールヴァールを歩くと……
そして木の葉が落ちてくる
木の葉の散る九月に

f0147840_0464471.jpgわたしの日本語が詩的であるなどと主張するつもりは毛頭ありません。その証拠に、ふつうは改行なしで書いていますが、このヴァースは時制がめちゃめちゃで、同じ平面に並べることができませんでした。何度も慎重に聴き直したのですが、上記のとおりの時制で歌っていると思います。

なんでしょうねえ。女性のことは過去なのですから、回想と現在の描写が入りまじっている、または、現実と夢想が混交しているということなのかもしれません。いま、目の前で木の葉が散っているのを見ながら、落葉の季節の記憶をたどり、ありえたらいいのに、と思うことを夢想している、という解釈が成り立つのではないでしょうか。

f0147840_0563649.jpg彼女とは昔、落葉の季節に、雨のそぼ降るパリの通りをそぞろ歩きをしたことがある、もう一度、二人であんな風に、落葉の季節にパリを歩きたいものだ、なんてあたりでは? こういう風に説明的に書いてしまっては詩ではないので、時制の操作、区切り方でボカしを入れ、詩的に表現しているように思います。

ヴァン・モリソンというのは、作詞家としてみるとよくわからない人です。ヘボでないのは明らかですが、名作詞家だとも断言できず、いつも、もやもやと考えています。この曲もやっぱりもやもやですねえ。

◆ 秋のチェット・ベイカー ◆◆
ピアノ・ブレイクがあって、またコーラスが出てきますが、最初とはちょっとだけ異なります。

Follow me down, follow me down, follow me down
To the place between the garden and the wall
Follow me down, follow me down
To the space between the twilight and the dawn

ご覧のように、ファースト・コーラスではbesideやbeforeが使われていたところを、betweenで置き換えています。それほど大きな意味はなく、味つけを変えただけだと思いますが、「黄昏と暁のあいだ」のほうが意味はすんなりわかります。

And as I'm looking at the colour of the leaves, in your hand
As we're listening to Chet Baker on the beach, in the sand
When the leaves come falling down
Woe in September, when the leaves come falling down
Oh when the leaves come falling down
Yeah in September when the leaves come falling down

きみが手にした木の葉の色づきぐあいを見、
砂浜でチェット・ベイカーを聴く
九月の哀しみ、木の葉散るころの
木の葉が落ちる九月に

f0147840_0533563.jpg最初のラインは好きです。恋人たちの秋のそぞろ歩きなら、いかにもありそうなシーンでいながら、ほかにこんなことを歌った曲を知りません。二人の表情まで目に浮かびます。

ヴァンはチェット・ベイカーが好きなのでしょう。過去にも、ジャッキー・ウィルソン(アルバムSaint Dominic's Previewのオープナー、Jackie Wilson Said)や、ジェイムズ・ディーン(Hard Nose HighwayおよびToo Late to Stop Now収録のWild Children)などの固有名詞を登場させたことがあります。ほかにもあったような気がするのですが、脳軟化なので忘れました。

秋のひと気のない浜辺でチェット・ベイカーを聴く、というのは、ちょっと紋切り型に思えなくもないですが、まあ、わからなくはありません。チェット・ベイカーはタイトルに「秋」のつく曲をいくつかやっていますからね。Autumn in New York、'Tis Autumnなど。彼のプレイは、真夏のようなコントラストがクッキリしたものではなく、もわーっとした春秋の雰囲気ですし。

f0147840_0592419.jpgWoe、つまり悲哀という箇所は、ひょっとしたら、アー、とか、オーとか、ウォーといった、たんなる感嘆詞かもしれません。好みでいうと、感嘆詞のほうが、九月の哀しみなんていう紋切り型よりいいと思うのですが。

あとは、アドリブをまじえつつ、コーラスをくり返してエンディングとなります。

◆ 春夏秋冬ならぬ「夏冬二季」 ◆◆
季節というキーワードでポピュラー音楽史を眺めたことのある人は、そうはたくさんいないでしょう。そういう狭い狭い分野の先達(先行者がいないので、自動的にそうなるのです。ひとり一分野!)として申し上げますが、秋になったら、ロック・バンドはほぼ全滅です。彼らにとって、一年とは、夏とクリスマスと、その中間の空白によって構成されているのです。

f0147840_17595.jpgそれはたぶん、かつてはレコード、とくにアルバムのリリースは6、7月と、11月後半から12月はじめに集中したせいもあると思います。マーク・ルーイゾーンのThe Complete Beatles Recording Sessionsを読むと、ファブ・フォーがこのスケデュールに苦しめられていることがよくわかります。ブライアン・ウィルソンのナーヴァス・ブレイクダウンの原因のひとつも、これだったのではないでしょうか。

もうひとつは、アメリカの場合、全国的に通用する季節感は、夏と冬だけだからということもあるような気がします。映画には圧倒的な紅葉の風景が登場しますが(『黄昏』なんか忘れがたい絵作りでした。「ハリウッドのやることだからな、平気でエアプラシで塗りたくっちゃうぜ」なんて、おちょくっちゃいましたが、当たらずとも遠からずかも)、歌にはまず登場しませんねえ。

秋の風情というのが、あまり若向きでないということもあるのでしょう。若者の恋は夏のものであって、秋風とともに終わっちゃうわけで、秋は盛り上がりに欠けることおびただしいのでしょう。紅葉した並木道をそぞろ歩きをする若いカップルもよく見かけますが、それがストレートに歌の題材に結びつくことがないのは、たぶん、そういうことを表現できる音をもたないアーティストが多いからでしょう。

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When a young singer comes growing up!?

ところが、イギリスに渡ると、様子がだいぶ変わります。レイ・デイヴィーズなんか、若いころから秋の歌をいくつか書いていますし、アイリッシュですが、ヴァン・ザ・マンも秋の風情を直接にあつかったもの、間接的に感じさせる曲を書いています。

このWhen the Leaves Come Falling Downが収録されたBack on Topというアルバム(「トップに戻る」という意味でしょうが、ジャケットは「背中を表にして」というひどいダジャレ)なんか、全体が秋の雰囲気で、もう一曲、これは扱う予定がないので書いちゃいますが、Golden Autumn Dayという九月の歌が入っています。こっちのほうが、曲としては好きだし、ドラムがなかなかいい感じで、歌詞さえよければ、取り上げたのですがねえ。変な歌詞なんですよ。変わっていて、面白くはあるのですが、季節感はありません。

ともあれ、イギリス人(およびアイルランド人)は、アメリカ人より秋に対する意識を持ち合わせているということが、ポップ・ミュージックからもうかがえます。これが日本になると、もっと季節感あふれちゃうのですが、それは「今後の予定」に差し支えるので、まだグラヴのなかに隠しておきます。

◆ 同じ時代を生きてきたシンガーたち ◆◆
ニール・ヤングのHarvest Moonのところで、このブログに登場したもっとも新しい曲だと書きましたが、ヴァンのWhen the Leaves Come Falling Downは1999年のリリース、まぎれもなく「当社比」で「最新」の曲です。

f0147840_1225132.jpgしかし、ニール・ヤング同様、サウンド的にはまったく違和感がありません。いろいろ記憶を刺激されて、昔の曲(Wild ChildrenやWarm Love)といっしょにプレイヤーにおいて、流していたのですが、「段差」はまったく生じませんでした。

80年代に入ってハンパに「若返った」キンクス同様、ヴァンもちょっと老いに抵抗したような形跡があり(もちろん、近年のストーンズのように、厚化粧の老娼婦みたいな恥ずかしい真似はしませんけれど)、付き合いが途絶えましたが、この感じなら、もうすこし最近のものも聴いてみようかと思いました。あるシンガーを、二十代から晩年まで聴きつづけるなんて、そうそうチャンスのあることではないので、ほかはともかく、この人だけは朽ち果てるまで見届けようかという気になってきました。

f0147840_1261697.jpgそれにしても、ヴァン・ザ・マンとの付き合いはよくわかりません。声が好きだとか、歌い方が好きだとか、曲作りが好きだとか、そういう明白な理由は思い当たらないのです。いつも変わらずに誠実に音楽をつくってきたから、なんて、評論家的言辞を弄しそうになります。おお、さむー。

長い長い付き合いなので、気に入ったり、気に入らなかったり、いろいろありましたが、どの盤も、「リスナーをナメてるのか、おまえは」なんて腹を立てたことはありません。それだけでも、キャリアの長さからいったら、表彰ものじゃないでしょうか。馬鹿売れをしたこともなければ、ファンがいなくなったこともないという、「ほどのよい」の成功のおかげでしょう。いや、そういう盤をつくってきた結果なのであって、どっちが鶏で、どっちが卵かわかりませんが。

ヴァンはまたすぐにも登場する予定なので、ネタがなくなるといけないから、今夜はここらでコールド・エンディング。「九月の歌」は、結局、これ一曲、情けないことになったものです。明日からは疾風怒濤の十月第一特集、てなことになるかどうか……。秋風が身に染みる寒い九月三十日でした。

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by songsf4s | 2007-09-30 23:56 | 九月をテーマにした歌
School Is In by Gary "U.S." Bonds
タイトル
School Is Out
アーティスト
Gary "U.S." Bonds
ライター
Frank Guida, Gene Barge, Gary Anderson
収録アルバム
The Best of Gary "U.S." Bonds
リリース年度
1961年
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もうずっと前のことのような気がしますが(と書くと、まだはっぴいえんどの記事を書いているような気がする、といっても、あの曲を知らないとわからないでしょうか)、ゲーリー・“U・S”・ボンズの曲を取り上げました。School Is Outです。ご覧のように、今回の曲は、OutがInに変わっただけ、前の曲が夏休みに入る話なのだから、こんどは当然、だれでも予想がつくように、夏休みが終わって学校がはじまる話です。

今日九月一日は週末なので、日本では始業式ではありませんが(昔なら、土曜も授業があったので、始業式になっていたはずです)、「手持ちの曲」のなかで、もっとも短時間で書けそうだという、馬鹿馬鹿しい理由によって、ちょっとフライングさせていただきます。

◆ 毎度おなじみ業界慣行、大ヒットの二番煎じ ◆◆
タイトルはほぼ同じ、ライターもほぼ同じ(こんどはプロデューサーのフランク・グィダも名を連ねている)、リリース時期もほぼ同じ、とくれば、当然、音もほぼ同じです。こんなお気楽な続篇もめずらしいというくらいで、こちらも気楽にやらせていただきます。

あらかじめポイントを申し上げておくと、ひとつしかありません。夏休みが終わって学校がはじまるというのは、ふつうに考えると、歌をうたいたくなるほど楽しいことではないわけで、そこをどう回避して、いつものハッピー・ゴー・ラッキー・サウンドにつなげるか、これがすべてです。

Now I'm so glad that school is in
Now I can see my old classmates again
I worked and slaved the summer through
Doing the things my mother told me to do

ファースト・ヴァース前半は、「新学期だ、うれしいな、またクラスメートに会えるぞ」と、あったりまえのことをいっているだけで、先行きが危ぶまれるところです。でも、ヴァースの後半では、リアリティーのあるラインが出てきます。

f0147840_0162962.jpg「もう夏のあいだずーっと、母親があれをしろ、これをしろって、奴隷のようにこき使うんだぜ」ということで、ようやく、この曲が対象とする年齢層の子どもたちが、そうそう、そうなんだよ、とうなずける話になりました。日本では子どもたち、とくに男の子に家事をさせる家はあまり多くないと思いますが、すくなくとも昔のアメリカの子どもたちがよく働かされたことは、フィクションからうかがい知ることができます。

I washed the dishes and scrubbed the floor
And taught little baby how to count to four
I made the beds and cut the grass
I'm glad that school is in at last

セカンド・ヴァースは、まえのヴァースの補足説明です。「食器を洗い、床掃除をして、赤ん坊に4までの勘定を教え、ベッド・メイクをして、芝を刈るってんだから、やっと学校がはじまって助かったぜ」

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前回のSchool Is Outで手持ちのボンズの写真を使い果たしたので、今回は、彼が録音していたヴァージニア州ノーフォークの古い絵はがきを少々。ボンズのバックでプレイしているのは、ジーン・バージを含むチャーチ・ストリート5というバンドですが、そのチャーチ・ストリートというのは、こういうところだったそうです。

これでコーラスに突入しますが、バックが「Schoo is in」と歌い、ボンズが、「Don't forget I'm a-with it」とかなんとか、意味不明、聴き取り不能のことを叫ぶだけです。

◆ School Is Inは嘘だったのか? ◆◆
つぎはサード・ヴァース。

Now vacation time has come to an end
Now I got to get back to my studies again
And make the grades so I can pass
I'm glad that school is in at last

「夏休みはもうおしまい、勉強にもどらなきゃ、落第しないようにがんばらないとな、学校がはじまってうれしいよ」って、これでいいのかな、というヴァースです。わたしが高校生だったら、このヴァースには感情移入できないだろうと思います。

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港を遠望するノーフォーク風景

ここで間奏に突入し、前作同様、「Go daddy」と指名されて、ジーン・“ダディーG”・バージのサックス・ソロとなります。ここでの叫び声は「Oh yeah, you sound so good」と、ちゃんと聴き取れるのですがねえ。

そしてフォースにして最後のヴァース。

Now you may think I'm nutty and telling you lies
But I'm going out now to buy my school supplies
This semester's gonna be a gas
'Cause school is in at last

「頭がおかしくなって、駄法螺を吹いてると思うかもしれないけれど、これから出かけて勉強道具を買うんだ、今学期はサイコーだぜ、なんたって学校がはじまったんだから」というように読めます。

school suppliesって、鉛筆だの消しゴムだのノートだのを指しているとしか思えないのですが、これからそういうものを買いに行くといっているわけですし、しかも、俺がそんなことをいったら、おまえらは頭がおかしくなったと思うかもしれないけどな、なんて念の入ったことまでいっているわけで、それでいままでどうやって進級してきたんだよ、と呆れ果てます。優等生のことなんか歌っても、反感を買うだけで商売にならないから、危ない劣等生を思いきり戯画化したのだろう、としか考えようがありません。

f0147840_0303826.jpgCrispus Attucks Theaterという劇場。「ノーフォークのアポロ劇場」とあだ名されたのだとか。

それにしても、今学期(正確には前後期制の学期、この場合は前期)はサイコーっていうのは、あまり共感を得られそうもないのですが、進級できたのが奇蹟みたいなヤツがいうから可笑しい、というあたりでしょうか。学習用品ももっていないような困った生徒ですが、やっぱり、家で母親にこき使われているよりは、学校に行くほうがまだしも楽しいのでしょうね。

でも、疑問に思うことがあります。School Is Inのときは、ヤンキー・スタジアムで野球観戦だの、ダンス・パーティーだのと楽しそうなことばかりいっていたけれど、あれはなんだったんだ、です。結局、期待に反して、球場にも行けなければ、クラブにも行けず、芝刈りと皿洗いで夏休みを終わっちゃったのでしょうかね。

◆ 晩秋のヒット ◆◆
同じスタッフですし、二匹目のドジョウを狙った曲なので、サウンド的に前作ととくに変わったところはありません。Inのほうは、バンジョーが使われていることが大きなちがいといえるでしょう。もちろん、フォークっぽい使い方ではなく、しいていうと、ディクシーランド風です。

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ボンズのプロデューサー、フランク・グィダの作品を集めた編集盤。ボンズの下に、ジミー・ソウルの名前が見える。そういえば、ジミー・ソウルもボンズと同じ高血圧サウンドだった!

正確なリリース・デイトは不明ですが、ビルボード誌ではこの曲は1961年10月23日にホット100初登場、11月13日に28位のピーク・ポジションに到達しています。時季がズレていますが、そもそも前作が、同年7月24日にホット100初登場、9月4日にピークの5位と、やや遅れ気味だったので、続篇も遅れざるをえなかったことになります。

いやはや、なんともイージー・ゴーイングな続篇ですが、そのあたりがいかにもお気楽な時代をあらわしているように感じます。こちらも、ずいぶんと楽をさせてもらっちゃいましたが、そういうことではあまり面白い話にはならないわけでして、つぎはしっかり汗をかこうと反省しつつ退場。
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by songsf4s | 2007-09-01 23:57 | 九月をテーマにした歌