2014年 01月 20日 ( 1 )
大滝詠一、フィル・エヴァリー、そして2パート・ハーモニー その15
 
(承前)
「それは僕ぢゃないよ」はやや変わった構成で、ヴァースAーコーラスーヴァースBという固まりを、インストゥルメンタル・ブレイクをはさんで2回繰り返すようになっている。

ヴァースAとBというのは便宜的に名付けただけで、いま、ジム・ウェブの本ではこういう構成をなんと呼んでいたかと記憶をたぐってみたが、思いだせない。

仮にAとBとした2種類のヴァースのように聞こえる部分は、お互いによく似ているのだが、メロディーもコードも部分的に変えてある。

大滝詠一「それは僕ぢゃないよ」

LPヴァージョンのクリップは削除されたので、かわりにシングル・ヴァージョンを貼り付けた。こちらは歌詞が異なるし、メロディーやハーモニーも異なっている箇所があると思う。しかし、記事本文を書き換えるのは手間がかかるので、「半採譜」はLPヴァージョンのままにしておく。どうかあしからず。

以下は、そのヴァースB、コーラスのあと、インストゥルメンタル・ブレイクの前におかれたパート。前回同様、上段がメロディー、下段がハーモニー。

ぼくはきみのむねのなかに
A-C-C-C-C-C-C-D-C-A-G-F
C-F-F-F-F-F-E-F-F-F-D-C
かおをうずめて
Bb-Bb-Bb-F-D-D-C
D-D-D-Bb-Bb-Bb-A
あさのものおとに
C-C-E-D-D-C-C-Bb
E-D-G-G-G-F-F-E
みみをすませている
Bb-A-G-Bb-Bb-A-G-A
E- D-C-D- D- C-C-C

いやはや、メロディーがみごとにお経なので、いきおい、ハーモニーも必然的にお経状態、ただし、「むね」の「む」のところだけ、Eに下がっているように思えたので、そう書いてみたが、空耳のたぐいかもしれない。

このパートでも、やはりBbにジャンプするところ(「うずめ」)が印象的で、自分で歌う時も、ここを失敗すると元も子もない、キメるぞ、と思う。呵々。

以上、「それは僕ぢゃないよ」のハーモニーの特長は、

1 メロディーのせいでもあるが、シングル・ノートに近い「お経ライン」が多い
2 ハーモニーをつけるのがむずかしいところでも、強引につけた部分がある
3 ときおり豪快にハイ・ノートに跳び上がる。

お経のように音程の動きの小さい、そして、しばしば8分などの連続で音長の変化もないハーモニー・ラインというのは、このシリーズの第一回で取り上げた、ピーター&ゴードン、デイヴ・クラーク5、サーチャーズといった、初期ブリティッシュ・ビート・グループのスタイルに近似している。

いや、以前からそのような道筋で捉えていたからこそ、このシリーズを書きはじめたわけで、こうならなかったら、方針を立て直さなければならず、すごく困るのだが!

もう一曲、大滝詠一のソロ・デビューからのものを。

大滝詠一「水彩画の町」


たまたま、「おもい」「それは僕ぢゃないよ」、そしてこの「水彩画の町」と、かつてフォーキーであった時代を回顧したような曲が並んだが、作者にそういう意図があったのかどうかは知らない。

この曲では、2パート・ハーモニーは一カ所だけなので、話は長引かない。

といって、泥縄でテキトーにコードをとって歌ってみた。以下のコードは忘れないように書くにすぎず、合っているという保証はないので、よろしく。

そんなにすますなよ
Am      Dm7
打って欲しいんだから
Em      A
相槌ぐらいは
Bm  Em F

ハーモニーがあるのは、この「相槌ぐらいは」のところだけである。

          あいづちぐらいは
メロディー(下) B-B-B-C-B-B-B-C
ハーモニー(上) E-E-E-G-E-E-E-F

人それぞれ異なる印象を持つと思うが、メロディーとハーモニーと書きはしたものの、実体は逆ではないかと感じる。

たんに、それまでメロディーを歌っていたチャンネルの声がそのラインを歌っているので、メロディーと書いただけで、じつは、ここで下のハーモニーに下がったのだと思う。

なぜ、ここだけハーモニーが加えられているかというと、メロディー・ラインを別のトラックに引き継がせるための処理だと思う。

それまでメロディーを歌っていた声をフォールセットにして、そのままメロディーを歌わせればいいのに、なぜ変則的な処理をしたか。

ひとつは、地声とフォールセットの切り替えが、この曲の場合は、うまくいかなかったから、という理由が考えられる。地声との行き来は、面白い効果を生むこともあるが、たんにミスのようにしか聞こえないこともある。

もうひとつの理由は、こちらのほうが重要だが、ジョン・レノンとポール・マッカートニーのパートの入れ替えの記憶だろう。この箇所がうまく歌えなくて迷った時に、ビートルズがしじゅうやっていた、ジョンがいきなり「下に潜る」処理を思いだしたのではないかと想像する。

典型的な「ジョンの潜り込み」を示す。

The Beatles - No Reply


コーラス部、「ノー・リプライ!」とシャウトするところは、それまでメロディーを歌っていたジョン・レノンが下のハーモニーになり、ポール・マッカートニーがハイ・ノートのメロディーを引き継ぐ。これが典型的なビートルズ前期のスタイルである。

大滝詠一というのは、このように、ハーモニーによって、「おや」とか「あれ?」と思わせる聴かせどころをたくさんつくって、楽しませてくれる人だった。

当時、聴きながら、このハーモニーはDC5スタイル、こっちはビートルズ・スタイル、などと意識したわけではない。ただ、かつてよく知っていた、楽しい音楽のぼんやりした記憶を刺激されただけだ。

このシリーズは、そのぼんやりしたものの正体を突き止め、それを採譜によって実証しようと考えて書きはじめたものである。

いちおうある曲のクリップのurlをコピーしておいたので、以下におまけとして置く。大滝詠一ソロ・デビューとちょうど同じごろにリリースされた、トッド・ラングレンのアルバム、Something/Anythingから。

Todd Rundgren - It Wouldn't Have Made Any Difference


これも、変なハーモニー・ラインだなあと、思いきり耳を引っ張られた。コーラス部のBut it wouldn'n have made any differenceの上のハーモニーだ。こんなラインでやろうと思うシンガーは、世界にあとひとり、大滝詠一ぐらいしかいなかっただろう。

トッド・ラングレンは、彼の最初のバンド、ナズを聴けばわかるが、「遅れて来た国籍違いのブリティッシュ・ビート野郎」だった。

大滝詠一と同じく、彼も初期ブリティッシュ・ビートをいやと云うほど聴いた結果、こういうイレギュラーなハーモニーをやってしまったのだろう。

本日はここまで。そろそろ終わりは近い。あと一回か、二回で「えんど」となるだろう。


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by songsf4s | 2014-01-20 22:00 | 60年代