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The Best of Earl Palmer その22 最終回

◆ またしてもファイアフォックス・ダウン ◆◆
そろそろいいか、と思ってFirefoxを3にしてみましたが、やっぱり問題外の重さで、即刻消しました。Firefoxでなにか開こうとするたびに、音楽が止まってしまのです。わが家では、音楽と共存できないということは「まったく使えない」ことを意味します。

そろそろべつのものにメイン・ブラウザーを移行する時期でしょうね。IEキラーとしての意味があったから、ことあるごとにFirefoxを使おうと叫んできましたが、すでにIEは大きく後退し、消滅もスケデュールに入れていいくらいですから、Firefoxもその役目を終えたことになります。毒をもって毒を制したから、こんどこそ、明るい新天地を切り開こう、という気分です。

そもそも、日本語の約物をボロボロのデコボコにして表示する欠陥も無性に腹が立ちます。一国の言語文化を破壊するとは何様のつもりか、です。たとえば、以下の部分がどう表示されるか、Firefoxと他のブラウザーで比較してみてくだされば、わたしのいうことはおわかりでしょう。これはこのアール・パーマー特集のその2で使った、簡略自家製譜面の一部です。

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以上は、本来ならほぼ同じサイズで表示されなければいけないもので、たとえば、IEやOperaでは正しく表示されますが、Firefoxはこれをガタガタにしてしまいます。Firefoxは日本語に対して悪意をもっています。

さらに不快なのは、三点リーダーの表示方法です。三点リーダーとは、「…」という記号で、これは通常、二倍三点リーダーとして「……」のように使います。IEやOperaでは、これは正しく、天地センター(縦組印刷物の場合は左右センター)に表示されますが、Firefoxだけは、下付きで、「...」と同じように表示されます。

これは日本語文化への積極的破壊行為、テロ、レイプです。MSもひどいものをたくさんつくりましたが、あれはただの無知の産物にすぎず、ここまでの悪意はもっていませんでした。ブラウザーなんて、IEを捨ててFirefoxに代えたように、これからだって、いくらでもべつのものに変更できます。そろそろこの日本文化破壊ブラウザーを積極的に排斥する時期が来たと感じています。

◆ Brenda Holloway - You've Made Me So Very Happy ◆◆
あの当時、この曲はブラッド・スウェット&ティアーズ盤しか知りませんでした。ちょうど、BS&Tヴァージョンが大ヒットしているときにアメリカを旅行したので、日本に帰るころには、心底ウンザリしていました。

アメリカを旅行した音楽ファンはご存知でしょうが、heavy rotationというのは、ほんとうにハンパじゃなくて、1時間のあいだに、同じ曲が3回も4回も登場するのです。BS&Tのリードシンガーの声とスタイルたるや、虫酸が走るほど嫌いで、それがひっきりなしにラジオから流れてくるのだから、もう拷問同然でした(あの旅のあいだ、ディランのLay Lady Layとメアリー・ホプキンのGoodbyeも、同じようにヘヴィー・ローテーションで流れていたが、この2曲はいまでも好きなのだから、要するに、デイヴィッド・クレイトン・トーマスの声が心底大嫌いだったのだ)。このあとのHi-De-Hoなんていう、ヨイトマケの唄みたいなものも、このバンドの印象をさらに悪くするものでした。

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そういう曲だったので、ずっと後年、ブレンダ・ハロウェイのオリジナルを聴いたときは、ドッヒャー、とのけぞりました。最初の印象は、ドラムがすごい、とくに高速四分三連はとんでもない、というものでしたが、聴き込むうちに、ベースも、ラインはシンプルながら効果的だし、グルーヴは一級品だと思うようになりました。

そして、それからさらに十数年がたち、ウェブの時代が訪れました。いまからちょうど十年ほど前、ネットにフックアップした直後に、たまたまキャロル・ケイという人と知り合いました。彼女と頻繁にメールのやりとりをした数週間というのは、忘れがたいもので、いろいろ話題になった曲がありましたが、なかでも印象に残ったのは、このブレンダ・ハロウェイのYou've Made Me So Very Happyのオリジナルです。なるほど、わたしが話している相手は、こういうベースを弾く人か、と納得がいきました。一言でいうなら、「バリバリにマッチョなこわもての女性プレイヤー」です。

The Best of Earl Palmer その22 最終回_f0147840_23552516.jpg彼女は、この曲のドラムについては記憶があいまいで、アール・パーマーかポール・ハンフリーのどちらか、といっていました。ブラインドで聴き分けられるほどポール・ハンフリーのことを知らなかったので(それをいうなら、あのころはアール・パーマーのプレイもよくわかっていなかった)、ドラムがアールだと確定できたのは、伝記のディスコグラフィーのおかげです。

こういう曲は、文字であれこれしても無意味です。ぜひ「現物」を手に入れ、最初の一音からみなぎっている「いきと張り」をお楽しみいただけたらと思います。キャロル・ケイ、アール・パーマー、そしてアレンジをしたアーニー・フリーマンという、関係者三人のそれぞれにとっての代表作です(惜しいことに、アールはひとつミスをしている。後半のストップで、ほんのわずかにだが、遅れているのである)。

アーニー・フリーマンという人は、弦のアレンジを得意としていると思いこんでいましたが、このトラックでの管を聴くと、ホーン・アレンジもうまいことがわかります。イントロなんか、膝を叩きますぜ。ボビー・ヴィーのトラックで痛感しますが、ブライアン・ウィルソンと同じように、複数の楽器に同じフレーズを弾かせるところでの楽器、サウンドの重ね方に彼のアレンジの特徴があります。ボビー・ヴィーではピアノと弦の組み合わせを楽しむことができます。

◆ Jackie Wilson with Count Basie - Even When You Cry ◆◆
The Best of Earl Palmer その22 最終回_f0147840_2357279.jpgジャッキー・ウィルソンを聴くのなら、50年代終わりから60年代はじめのほうがいいと思いますが、バック・トラックを聴くなら、このカウント・ベイシーとの共演盤はおおいに楽しめます。Sinatra and Swingin' Brass同様、アルバム全体がいい出来で(LPを発見し、CD-Rに焼いてくださったオオノさんに感謝!)、どの曲をとるかおおいに迷いました。

アールのプレイは、そのシナトラのセッションと、Twistin't the Night AwayやShakeといった、サム・クックのホットなアップテンポ・チューンの中間ぐらいの感じで、イントロ・リックが冴えているということも、シナトラやサム・クックのトラックと共通しています。昔から高速四分三連を得意としているのですが、この曲のイントロは彼のもっともすぐれた四分三連のひとつです。いや、すごい。

◆ Michael Nesmith - You Just May Be the One ◆◆
ハル・ブレインの回想記でくわしく描写された大セッションで録音されたトラックのひとつです。回想記から、このセッションに関する部分を抜き出してみましょう。これは、売れ口が決まりかけたときにつくった縦組書籍用の入稿原稿なので、数字の扱いなどは縦組用のままです。


(略)マイケルは電話で、「スーパーセッション」のプランを話してくれた。ハリウッドでかつてなかったようなセッションをしようというのだ。しかも土日、ミュージシャン・ユニオンの組合員が「ゴールデン・タイム」と呼んでいる週末にだ〔特別料金がもらえる〕。チェイスンズ・シルヴァー・ケイタリングの仕出しと、集まったミュージシャンの信じられない豪華さで、このセッションは忘れられない。アレンジはショーティー・ロジャーズが担当し、プレイヤーの数ときたらとんでもなかった。トランペット、トロンボーン、サックスがそれぞれ一〇人ずつ、パーカッションが五人、ドラマーが二人、ピアノが四人、ギターが七人、フェンダー・ベースが四人、アップライト・ベースも四人、さらにまだまだおおぜいのミュージシャンがきたのだ。第三次世界大戦でもはじまるのかという騒ぎだ。じっさい、ネスミスはこのプロジェクトをそう呼ぶつもりだったが、やがて『ザ・パシフック・オーシャン』と変わり、最終的には『ザ・ウィチタ・トレイン・ウィスル・シングズ』に落ち着いた。

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このセッションのウワサで、町中がハチの巣を突ついたような騒ぎになった。こんな巨大なセッションがほんとうにテープに録音できると信じる人間など、ひとりとしていなかった。わたしはありとあらゆる大物コントラクターたちの羨望の的になり、その多くがわたしに電話をかけてきて、この仕事をゆずってほしいと、なかなか魅力的な条件を提示した。だれもがこのセッションに参加したがっていたのだ。

そして、その日がやってきた。一九六七年十一月十八日、そして十九日の両日だ。ショーティーはしゃかりきになって、すばらしいアレンジメントを書いてきた。アール・パーマーとわたしは、天にものぼる気分だった。こんな巨大なバンドのケツを蹴り上げるのは、まさにドラマーの夢だからだ。レコーディングの最中にもしばしば休憩をとって、われわれは豪華な食事をたっぷり詰めこんだ。サックス/オーボエのジーン・チープリアーノは、リードにキャヴィアを塗りたくっていた。みんな、キャンディー・ストアに入った子どもみたいなものだった。レッキング・クルーのふたりのトランペッターは、ほんとうに破裂しそうになるまで食べまくっていた。

最後に、わたしはマイケルに、なんだってこんな金のかかるセッションをやったのかときいた。政府が彼のポケットから五万ドルをもっていこうとしているので、税金を払うかわりに、この騒々しい帳尻合わせをすることに決めたのだ、というのが彼の説明だった。これで彼は国税庁とケンカをしないですみ、われわれの年金プランもちょっとしたカンフル剤を打ちこまれ、八方が丸くおさまったのだった。

ネスミス・セッションは、とどこおりなく完了した。これほど豪勢なパーティーに招待されたことは、あとにもさきにもない。二日間ずっとチェイスンズの仕出しを食べつづけ、一生かかってもできないほど、たっぷりと音楽を演ったのだ。はじめからおしまいまで、楽しいゲームだった。最後の音が鳴り終わると、トミー・テデースコはじぶんのギターを一〇メートルあまりも放りあげ、それが床に落ちて、ばらばらに壊れるまで、全員が凍りついたように突っ立ったまま見つめていた。彼はこの破片を集めたものを額におさめ、いまにいたるまで、お気に入りのポーカー・チェアの上にかかげている。これを見るたびに、モンキーズとすごしたワイルドな日々を思いださずにはいられない。


トミー・テデスコのフェンダー・テレキャスターが床に落ち、みなが笑っている様子も盤に記録されています。チェイスンズと、注釈なしで登場する店は、ハリウッドの有名なレストランです。仕出しといっても、パーティーなどの注文を受けるもので、「ロケ弁」とは文字どおりケタ違いの値段のようです。リードに塗るほどたっぷりキャヴィアがあるわけですから。

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以上のような性質のアルバムなので、なかば冗談のようなセッションですから、トラックの出来にはばらつきがあります。多少のミスには目をつぶってしまったようなのです。しかし、みんな気分よくプレイしているので、自然なすばらしいグルーヴが楽しめる一瞬もあります。

3曲ほど、これはいいと思うものがありますが、アールとハルの二人だけなのに、大ブラスバンドが通過していくような迫力がある、このYou Just May Be the Oneがなんといっても秀逸です。こういうのを聴くと、子どものころ、もっとまじめにブラバンをやればよかったと反省しちゃいます! ジャン&ディーン以来のアール・パーマーとハル・ブレインの「一心同体プレイ」はここにめでたく完成した、といっていいでしょう。

ちなみに、この曲の冒頭近くのストップでテレキャスターを弾いているのはトミー・テデスコにちがいありません。あのテレキャスも、このときは、まさか、まもなく楽器としての自分の命が終わり、室内装飾に転生することになるとは思わなかったでしょうねえ!

◆ Screamin' Jay Hawkins - Constipation Blues ◆◆
世の中には、パアなものやことに情熱を燃やす不思議な人間というのがいます。スクリーミン・ジェイ・ホーキンズもそのひとりです。そして、その曲を面白いと思うわたしもまた同類かもしれません。constipationとは便秘のことで、すなわちこれは「便秘のブルーズ」なのです。

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この曲については、Deep Purple その3 by Screamin' Jay Hawkinsのときにもふれているので、ここでは簡略に。いや、splashとかlet it goとかいう歌詞も、そのあいだにはさまるさまざまな擬音も、じつにもって尾籠きわまりなく、文字にするわけにはいかないので、詳細になんかはじめから書けないのです。要するに、トイレからの実況中継みたいな歌なのだから、たまったもんじゃありません!

アール・パーマーのプレイは、ベストに入れるほどすごいわけではありませんが、なんだと思ってプレイしていたのだろう、と思うと、笑うべきか、ボヤくべきか、なんだかよくわからない不思議な気分になるので、そういう「メタ」な意味でベストに繰り込んでおきました。こういうセッションに呼ばれちゃったら、腹を立てても損だから、ったく、この野郎ときたら、とんでもないドアホだな、と笑いながら仕事をするしかないでしょう!

◆ Al Kooper - She Gets Me Where I Live ◆◆
便秘のブルーズで、この長大な特集に幕、というのでは、いくらなんでも悪戯がすぎるような気がして、コーダのつもりでもう一曲入れることにしました。

アル・クーパーという人は、セッション・プレイヤーのヴァラエティーということに関心をもっていたフシがあり、各地の有名プレイヤーをつまみ食いするようなことをしています。この曲が収録されたEasy Does Itというアルバムのメイン・ドラマーはリック・マロータなのですが、1曲だけ、アール・パーマーが叩いています(べつの曲だが、1曲だけ、ジョー・オズボーンもプレイしている)。まあ、アルバム全体が同じ絵の具で塗られるのを嫌い、多様性をもたせたかったのかもしれません。

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この曲の他のプレイヤーは、ベースがライル・リッツ(いいプレイ。ただし、フェンダーである。リッツという人はスタンダップしか弾かないと思っていたが、そんなことはなかったらしい。まあ、スタンダップが弾ければフェンダーが弾けるのは当然だが)、ギターがルイ・シェルトンとトミー・テデスコ、ピアノがラリー・ネクテルで、ハリウッドの一流どころが顔をそろえています。このアルバムの他の曲ではナッシュヴィルの有名どころが顔をそろえていたりするわけで、見本市みたいなことになっています。また、このあとのNew York City (You're a Woman)では、すでにポップ・セッションをしなくなりつつあったキャロル・ケイともやっています。やはり、ミュージシャンに対する関心のしからしむるところではないでしょうか。

この曲でのプレイを聴いていると、ニューオーリンズ時代がはるか昔になった1970年にあっても、アール・パーマーはやはりパワーの人だな、と感じます。ヴァースの冒頭ではドラムは休みになるのですが、そこから入ってくるときのフィルインなど、やはり昔のままの力強さです。

◆ 尾っぽは短めに ◆◆
伝記に付されたディスコグラフィーは、このあたりで終了しています。彼のキャリアが終わったわけではないので、もう少しつづけてほしかったと思いますが、事情があったのでしょう。流行り廃りがはげしいポップ・セッションは減り、映画やテレビ、それにツアーの仕事が増えてもいます。わが家にはパーシー・フェイス・オーケストラで来日したときのライヴ盤がありますし、ほかにも少数ながら70年代以降の録音があります。

しかし、アール・パーマーが「歴史を作った」時期は、どんなに長めに見ても60年代いっぱい、じっさいには60年代半ばで終わっているといっていいでしょう。あとは、残念ながら「余生」です。いや、70年代に入って、彼のプレイが悪くなったわけではありません。時代が彼をおいていってしまっただけです。そういう世界だからしかたありません。

この特集に取りかかった段階では、映画音楽にもふれるつもりでしたが、いつも道草ばかりで、じつになんとも山鳥のしだれ尾の長々しになってしまい、力尽きてしまいました。いずれにしても、次回から、かつてやっていた映画テレビ音楽を再開するので、そのなかでいくつか、アールのサントラにおけるプレイに言及することになるでしょう。


by songsf4s | 2008-12-05 22:58 | ドラマー特集