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Cast Your Fate to the Wind その1 by the Sandpipers
タイトル
Cast Your Fate to the Wind
アーティスト
The Sandpipers
ライター
Vince Guaraldi, Carl Werber
収録アルバム
Guantanamera
リリース年
1966年
他のヴァージョン
Billy Strange & The Challengers, David Axelrod, Johnny Rivers, Vince Guaraldi Trio, Sounds Orchestral, Quincy Jones, Martin Denny, We Five, Ramsey Lewis
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本日のCast Your Fate to the Windは、風の歌としては、先日取り上げたThe Breeze and Iと並ぶ代表的なスタンダードといえるでしょう。当然、うんざりするほど多数のヴァージョンがあります。

The Breeze and Iと同じように、この曲もインストゥルメンタル曲という印象が強いのですが、やっぱりちゃんと歌詞があり、わが家にもヴォーカル・ヴァージョンがあります。

検索結果リストを眺めていて思ったのですが、風の歌にはインスト曲が多数あります。あれこれ考えてみると、どうやら、これはたんなる偶然ではなく、ささやかなりとはいえ必然性があるように思えてきました。しかし、その点については、後日をゆっくり考察してみることにします。

◆ 軽風から雄風まで ◆◆
それでは歌詞を見ることにしますが、看板に立てたサンドパイパーズ盤は、ヴァースをひとつ省略しているので、歌詞はジョニー・リヴァーズ盤にしたがっておきます。ファースト・ヴァース。

A month of nights, a year of days
Octobers drifting into Mays
I set my sail when the tide comes in
And I just cast my fate to the wind

「ひと月分の夜、一年分の日々、十月はゆるゆると漂って五月にたどりつく、潮が満ちたら帆をかかげ、おのれの運命を風にあずけよう」

いちおう、現在形をとりましたが、あとにいくと、時間が経過したことがわかります。じっさいには過去のことをいっていると思われるので、現在形なのは形式だけ、実体は過去形だと思っていただいたほうがいいでしょう。

クモのなかには、成虫になると、風の強い晴天の日を選んで、長く糸を吐きだし、風に乗って遠いところに飛んでいく種類が数多くあるそうです。高度8000メートルで捕獲された例もあるし、周囲数百キロにまったく陸地のないところで、船に舞い降りたものもあるそうで、このクモの無銭旅行はちょっとしたものなのです。Cast Your Fate to the Windというタイトルから、わたしはこのクモのことを連想します。運まかせ、風まかせ、なかなかリリカルなイメージです。

セカンド・ヴァース。

I shift my course along the breeze
Won't sail upwind on memories
The empty sky is my best friend
And I just cast my fate to the wind

「弱風に合わせて針路をとる、記憶の向かい風に逆らうことはしない、からっぽの空だけを友とし、おのれの運命を風にあずける」

The Breeze and Iのときはその必要性を感じなかったので省きましたが、breezeという言葉は、文脈によっては気象用語、つまり、厳密に定義できる言葉として見る必要があります。以前、ヴァン・モリソンのFull Force Galeのときに、ビューフォート風力階級のチャートをご覧いただきましたが、ここにもう一度かかげることにします。

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ビューフォート風力階級 ジェリー・デニス『カエルや魚が降ってくる! 気象と自然の博物誌』(新潮社)より。挿画・大矢正和。

このチャートには原語が書かれていませんが、英語ではつぎのようになっています(breezeのみ。単位はマイル/時)。

No.2 light breeze(軽風 4-7)
No.3 gentle breeze(軟風 8-12)
No.4 moderate breeze(和風 13-18)
No.5 fresh breeze(疾風 19-24)
No.6 strong breeze(雄風 25-31)

日本的な表現にすると、風速1.6メートルの洗濯物がなかなか乾かないかすかな風から、13.8メートルの洗濯物が吹き飛ばされてしまう強風まで含まれるので、あまり意味がありませんが、breezeという言葉をあいまいに使うと、こうなってしまうのです。

もちろん、歌詞に厳密な表現を求めるわけにはいきませんが、わたしはこういうところが気になるたちなのです。帆をかかげるといっているのだから、船舶と海洋気象に関する知識があるという前提で解釈せざるをえません。帆船にとって、風は死命を制するのだから、厳密に定義するべきものです。細かいことをいえば、breezeには「海陸風」(日中は海から陸へ、夜は陸から海へ吹く風。この風の方位の逆転にともなう無風状態が「朝凪」「夕凪」)という意味まであります。

松本隆が「渚を滑るディンギーで」と書いたとき、ヨットとディンギーはまったくサイズが異なる、ヨット(機帆船)のように外洋航行用の図体の大きな船は「渚」に近寄ることすらできず、まして「滑る」ことなどありえない、「滑る」ならディンギー(帆のあるなしにかかわらず、要するに「小舟」)しかないという、船舶知識が彼にはあったのです。

ものを書くというのは、たとえ流行小唄の歌詞であっても、そうでなければいけないのです。だから、このヴァースのbreezeの使い方は気に入りません。船がどれくらいの速度で走っているのか、まったくイメージできません。歌詞は、いや言葉は、聴き手の脳裏にイメージをつくってこそ、役割を果たすことができます。

◆ どっちつかずのあいまいさ ◆◆
ブリッジ。

Time has a way of changing
A man throughout the years
And now I'm rearranging my life through all my tears
Alone, alone

「時は長いあいだに人を変えることができる、わたしは涙を流すことで人生を立て直そうとしている、たったひとりで」

サード・ヴァース。

And that never was, there couldn't be
A place in time for men like me
Who'd drink the dark and laugh the day
And let their wildest dreams blow away

「そんなことは起こらなかった、夜は飲み、昼間は笑い、ものすごく大きな夢を吹き飛ばしてしまうわたしのような人間には、時のなかに居場所などないのだ」

なにをいっているのかさっぱりわかりません。自嘲のヴァースらしいと思うだけです。「暗闇を飲む」を「夜は飲み」とするのはいくぶん強引かもしれませんが、dayとの対比から考えて、そういう意味だろうと思います。陰鬱な酒というのも考えられますが。

最初のthatはなにを受けているのでしょう。ブリッジでいっている、時間は人を変化させるということでしょうか。よくわかりません。

ふたたびブリッジをはさんで最後のヴァースへ。

Now I'm old I'm wise and smart
I'm just a man with half a heart
I wonder how it might have been
Had I not cast my fate to the wind

「いまではわたしも年をとり、賢くなった、わたしはただ心ここにないまま生きているにすぎない、もしも風に運命をあずけなかったら、どうなっていたのだろうかと思う」

ここもわかりません。ファースト・ヴァースでは、風に運命をあずけることを肯定的に捉えているように見えましたが、ここまでくると、そうとも思えなくなってきます。もっとマシな生き方ができたのではないか、という後悔を語っているように見えます。しかし、それすらもがあいまいで、このヴァースも肯定的に捉えようと思えばできないことはありません。

意味がどうであれ、ひとつだけハッキリとわかることがあります。この曲はもともとインストゥルメンタルとして書かれたにちがいない、ということです。歌詞はあとからとってつけたちぐはぐなものにしか思えません。

◆ サンドパイパーズ盤 ◆◆
まずは歌ものからいきます。最初は看板に立てたサンドパイパーズ盤です。いま、サンドパイパーズと書くつもりが、パイドパイパーズと書いてしまったくらいで、じつは、このグループのことは調べたこともなければ、気にしたこともありません。子どものころ、Guantanameraがヒットしたことは記憶していますが、それだけのことにすぎず、とくにいいと思ったこともなければ、ダメだと思ったこともなく、基本的に無縁と思っていました。

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無縁でなくなったのは、ハル・ブレインの回想記を読んでからのことです。この回想記に付されたトップテン・ディスコグラフィーに、Guantanameraがあげられていたのです。セッションは通常4曲単位なので、同じアルバムのなかでもメンバーが異なることがしばしばありますが、アルバムGuantanameraに収録されたサンドパイパーズのCast Your Fate to the Windは、明らかにハル・ブレインのプレイであり、それが大きな魅力になっています。いや、正確にいえば、以前にも書いたように、1960年代のハリウッドという環境が生みだすサウンドが魅力的なのであって、ハル・ブレインはその一部にすぎません。

Cast Your Fate to the Wind その1 by the Sandpipers_f0147840_0142545.jpgプレイヤーのみならず、アレンジャー、スタジオ、エンジニアといった要素もそろわないと、こういうサウンドをコンスタントに生みだすことはできません。Cast Your Fate to the Windでいえば、ハル・ブレインのプレイもすぐれていますが、それが魅力的に聞こえるようにするには、スタジオの鳴りとエンジニアの技術が不可欠です。さらにいえば、ドラマーだけではグルーヴを決定することはできず、すぐれたベース・プレイヤーの協力も必要です。

左チャンネルのドラムとベースは、ハル・ブレインとチャック・バーグホーファーという、ティファナ・ブラスのコンビではないでしょうか。Cast Your Fate to the Windのベースはアップライトです。バーグホーファーはTJBではフェンダーをプレイしていますが、もともとはアップライトのプレイヤーですし、タイム、グルーヴというのは、アップライトでもフェンダーでも大きく変化したりはしません。このヴァージョンが心地よい最大の理由は、このドラムとベースのコンビでしょう。

ハル・ブレインの音の響きもかなりいい部類です。タムタムだか低いティンバレスだか判断のできない音が鳴っていますが、このサウンドが非常に印象的で、エンジニアの腕のよさがうかがえます(A&Mのエンジニア部のボスだったラリー・レヴィンの仕事か?)。

Cast Your Fate to the Wind その1 by the Sandpipers_f0147840_0152322.jpgしかし、タムタムはタムタムでちゃんとわかるので(じつに美しい!)、やはりこのティンバレスのような音の正体が気になります。ハル・ブレインの最初のモンスター・セットは、特注のタムではなく、出来合のティンバレスをラックに載せたものだということをなにかで読みました。ひょっとしたら、タムタムのほかに、ティンバレスをラックに載せ、場面場面で使い分けていたのではないかと思わせるのが、この曲のボーナス的な面白さです。まあ、ドラム・クレイジー以外には関係のないことですが。べつのプレイヤーがティンバレスを叩いた可能性は低いでしょう。一カ所、ティンバレスが鳴っているあいだだけシンバルが消えているところがあるので、ハルがプレイしたと推定できます。

ひとつ笑ったことがあります。サンドパイパーズの代表作であるGuantanameraは、典型的なTwist & Shout=La Bamba=Louie Louieタイプの3コードです。Cast Your Fate to the Windも、一部、素直でない使い方もしていますが、基本的には同じタイプの3コードなのです。サンドパイパーズ自身またはプロデューサーが、Guantanameraのフォーマットにこだわったにちがいありません。じっさい、アルバムGuantanameraには、La BambaもLouie Louieも入っているのです!

◆ ジョニー・リヴァーズ盤 ◆◆
ジョニー・リヴァーズのCast Your Fate to the Windのドラマーもハル・ブレインです。これは盤にクレジットがあるので書き写しておきます。

Hal Blaine……drums
Joe Osborn……bass
Larry Knechtel……keyboards
Johnny Rivers……guitar
Tommy Tedesco……guitar
Bud Shank……flute & sax
Jules Chaikin……french horn
Gary Coleman……vibes

Lou Adler……producer
Marty Paich……brass & string arrange and conduct
Bones Howe……recording

管をのぞけば、ドラマーからエンジニアにいたるまで、ジョニー・リヴァーズの全盛期のレギュラー・スタッフです。スタジオは明記されていませんが、当然、ハリウッドのユナイティッド・ウェスタンにちがいありません。ジョニー・リヴァーズはユナイティッドしか使わなかったといわれています。

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つまり、くどくなりますが、これがインフラストラクチャーというものなのです。ハリウッドでは、「上もの」がどう入れ替わろうと、環境が一定の品質を保証するようになっているのです。この環境は、フランク・シナトラが来ようが、フランク・ザッパが来ようが、モンキーズが来ようが、なにが来たって、まったくビクともしないほど堅牢です。じっさい、ダメな音をつくるほうがむずかしいでしょう。仮にプロデューサーのルー・アドラーが、スタジオに入ったとたん心臓麻痺でバッタリ倒れたとしても、セッションはつつがなく完了したはずです。それくらいの経験と技量をもつスタッフです。

サンドパイパーズを看板に立てて、ジョニー・リヴァーズを次点にしたのは、唯一、ハル・ブレインのタムの響きが理由です。サンドパイパーズ盤では、じつにきれいな音で録れているのです。

残念ながら時間切れとなってしまったので、残る各ヴァージョンについては、明日以降に持ち越しとさせていただきます。
by songsf4s | 2008-05-09 23:57 | 風の歌