馬鹿ともアホともいわないけれど、聴けば、これ以上馬鹿っぽい音はない、という曲もあるものです。スパイク・ジョーンズやディッキー・グッドマン(大の贔屓で、いつか取り上げたいと思っている)なんていう方面にいってもいいのですが、顔ぶれの豪華さからいったら、この「ちょいといけます」の右に出るものはありません。
なんたって、ロッパとエノケンのデュエットというだけで、戦前には考えられなかった豪華夢の共演ですし、作詞のサトウ・ハチローは当然の役どころとしても、作曲が古関裕而というのだから、ウッソー、です。いやまあ、だれだってキャリアを子細に見ていけば、まさかね、というものをつくっているものですけれどね。やはりロッパがうたった、古賀政男と西條八十のコンビによる「ネクタイ屋の娘」なんかも、ウッソー、です。
◆ 戦後世相ボヤキ節 ◆◆
わが家には盤はなくて、エアチェックしたファイルがあるだけです。ちょいと聴き取りをやってみます。聴き取れないところは×××としました。伏せ字ではなく、あくまでも聴き取れないだけです。
なにからなにまで裏がある
抜け裏、路地裏、裏の裏
ピンからキリまで裏表
可愛いあの娘の足の裏
(エノケン、ソロ)
あらあらしばらくごきげんよう
なにより元気でお達者で
てなこといいつつ、×××××
太っているのは、さては闇
ちょいーといけます、いただけま、す、な!
映画のなかでこの曲をうたうシーンがあるのでしょうが、見たことがないので、想像するだけです。なんとなく、焼け跡の町を歩きながらうたっているような気がするのは、ハリウッド映画(珍道中ものとか)の影響か、あの夜桜のなかで踊りながらうたった植木等を思いだすからか……。
「太っているのは、さては闇」というのは、統制をかいくぐった「闇」商売で儲けたから、たらふく食べているのだろう、または、闇の食料をたくさん買っているのだろう、という意味でしょう。その時代にはだれでもわかったことも、時代が下ると説明が必要になってしまうのは、まあ、よくあることでしょう。
柱は立てたが屋根がない
小窓をつくれどガラスがない
みんなでやむなく持ち寄りで
ひとつの家建て、七所帯
(ロッパ、ソロ)
電車が混むのは当たり前
押されて揉まれて目がまわる
やっとこ気がつき降りたらば
ああ、ちがったネクタイ締めていた
ちょいーといけます、いただけま、す、な!
敗戦から丸2年、昭和22年ではまだひどい住宅難は解消していなかったのでしょう。東京では数世帯が同居することなんかごく当たり前だったことは、あの時代について書いたものを読めば、あちこちに出てきます。
わたしの愚兄は昭和22年生まれですが、わが家は、曾祖父が山手線の外側の某所に建てた隠居所が焼け残り、衣食はべつとして、住の苦労はなかったそうで、老母が話すあの時代の苦労は、食料品の買い出しのことばかり。ついでに、いまはない新宿の映画館のあれこれのことも、老父とよく話しています。武蔵野館が両親のお気に入りだったようです。
昭和戦前の建築のファン、とりわけ劇場建築を愛するわたしとしては、武蔵野館の表現派ないしは分離派風のデザインが気になりますが、両親は建物の細部なんか覚えていません。絵としては記憶していても、「パラペットが云々」「柱頭飾りがある」「スクラッチタイルがどうした」などといいった建築用語を知らないので、わたしに伝えることができないようです。なんの話でしたっけ?
泣かしてくれるな赤ん坊を
お乳がなにより足りません
おまえのお守りが足りないぞ
んー、それより稼ぎがなお足りない
ちょいーといけます、いただけますな
(ロッパ&エノケン、ユニゾン)
すべては裏です、裏ばかり
人生よろしく裏街道
町で行き会う人の顔
見たまえ、全部が裏返し
ちょいーといけます、いただけますな
掛け合い部分では、エノケンが亭主役、ロッパが女房役をやっています。
「お乳がなにより足りません」で、この年に生まれた兄が、そういう窮境のなかで育ったことを思い、笑ってしまいました。しかし、そのわりには、あの世代の人数の多いこと、呆れるほどですな。わたしは兄と同じ公立小学校に通いましたが、兄たちの学年が6組まであったのに対し、われわれの学年はたったの2組。民族規模の子作り意欲が急激に減退したのでしょう!
◆ 東宝の伝統芸? ◆◆
この曲をラジオではじめて聴いたときは、ひっくり返りました。イントロからして、おなじみのサウンドだったのです。どこでおなじみかというと、同じ東宝映画です。そう、クレイジー・キャッツの一群の映画です。
イントロからして、ミューティッド・トランペットのホニャーという音は、もう完璧に萩原哲晶、これ、ホントにホント。一度、聴いてみなさいっていうんですよ。だれだって、萩原哲晶・作編曲と思いこみますぜ。植木等じゃなくて、ロッパとエノケンの声が出てくるほうが、違和感があるというほどです。
ピッコロの使い方、マリンバの出し入れなんてあたりにも、植木=萩原ラインを感じます。てことは、つまり、これは日本コミック・ソングの伝統的アレンジ手法なのだ、ということでしょう。日本の場合、編曲クレジットがないことも多いのですが、そういうときは、おおむね作曲者自身が編曲もしたと考えていいようで、「ちょいといけます」も古関裕而がアレンジも担当したとみなしていいでしょう。
ホントにあの古関裕而が編曲したのかよ、といいたくなりますが、考えてみれば、曲調からして、古関裕而には不似合いに感じられるタイプなのだから、編曲だけはちがう、という理屈にはなりません。みなさん、仕事となれば、いろいろなことをやるものだ、というだけのことでしょう。考えてみると、自分だって、仕事のうえでは、注文しだいで、うっそー、ということをやっているのだから、よそさんをつかまえて、あなたには似つかわしくない仕事だ、などということをいう資格はありませんでした。
◆ 遙か時の向こうの二巨人 ◆◆
古川ロッパや榎本健一についても、なにか書いたほうがいいのでしょうが、この二巨頭について、ちょいと書く、なんてことは、だれにもできるわけがありません。書くなら、ちょいと、ではなく、ちゃんと、じゃなくてはダメです。
いや、そもそも、知らないのですよ。だって、二人とも、ほんとうにすごかったのは戦前から戦中、それも舞台の芸だというではないですか。わたしがテレビで見たエノケンは、とくに面白くもない芸人でしたし、ロッパにいたっては、リアルタイムでなにか見た記憶はありません。
結局、記録された映像や音源で知るしかないのですが、エノケンはともかくとして、ロッパの映画は、斉藤寅次郎監督の『東京五人男』しか見たことがありません。
戦前のロッパ、エノケンを知る人は、映画では彼らの魅力はわからないといいます。こういうのって、こちらが見られないことにつけ込んで、誇張が入っているのではないかと思うことがありますが、映画を見るかぎりでは、ロッパが人気者になるとは思えないので、この人については、たしかに、舞台で本領を発揮したのだろうと思います。
ただ、戦前録音のロッパの声帯模写を聴いて、モデルとなっている人の声はあまり知らないのに(知っているのは徳川夢声、藤原義江、二村定一ぐらい)、ひとりの人間がやっているとは思えず、やはり、ある才能を持った人だったのだ、と感じ入りました。
徳川夢声が病気かなにかで、ラジオのレギュラー番組(もちろんライヴ)をキャンセルしなければならなかったとき、かわりにロッパが夢声の物真似をやって穴を埋めた、という話が残っています。だれもロッパとは思わず、いつものように夢声が話しているのだと思いこんだといわれていますが、そういうことも十分にありうる、と納得する出来です。
また、三益愛子とのデュエット「アホかいな」という曲があります。この特集にはもってこいの歌なんですが、改めて取り上げる機会はもうないでしょう。三益愛子(大映京都撮影所長・川口松太郎夫人。旦那は、小説では女房をさしおいて、ほかの女優や芸者のことばかり書いている。川口松太郎の代表作に『人情馬鹿物語』なんてのもあって、とんだところで馬鹿つながり)の堂に入ったコメディンヌぶりにも助けられていますが、ロッパのタイミングの取り方も、なるほど、喜劇王だ、と感じます。コメディーはタイミングがほとんどすべて。
◆ ふーん、娼妓だにい…… ◆◆
結局、古川ロッパというドロップアウト華族(実家の加藤家は武家華族で、『鉄鎖殺人事件』で名高い浜尾四郎は実兄)が後代に残したのは、あの厖大な日記だけなのかもしれません。買ってしまったときは、こんなもの、最後まで読み通せるのだろうか、と危ぶみましたが、読みはじめれば、面白いこと、面白いこと、つぎの配本まで間があくのに苛立ったほどです。
「下降低回趣味」といわれたロッパの裏面は、もちろん日記には登場せず、後世に自分の活躍と時代の証言を伝えるという大上段のものですが(その意味で、永井荷風の『断腸亭日乗』と同じ「フォーマルな」日記。いや、荷風はとんでもないバレまで書いているが、ロッパはすましたもの)、それでもなお、ある人物像と時代相がおのずと浮かびあがってきます。
しかし、人間というのはおかしなもので、この日記で忘れがたい一節は、じつにささやかな記録です。ロッパは映画タイトル駄洒落という遊びをやっていたそうです。女の土左衛門が浮かんだ、刑事がじっとそのホトケをながめ、ひと言「ふーん、娼妓だにい」といった=『風雲将棋谷』(原作は角田喜久雄の伝奇小説。悪くなかったという記憶あり)というような駄洒落です。
で、ある日、娘とこのゲームをやっていたら、彼女がヒットを飛ばしたというのです。「近眼だあい」=King and I、すなわち『王様と私』。これを読んで、わたしは、あっ、あのユル・ブリナー主演の映画は、戦前作品のリメイクだったのか、と思ったのでした。
面白いものだと思ったのは、ロッパがこの「近眼だあい」をいたくお気に召して、満足して眠った、と書いていたことです。人生の喜びというのは、我が子がウィットをもっていることを確認して満足する、といった小さなものなのでしょう。
なんだか、〆の文句にたどり着けなくて、さっきからウロウロしているのですが、まあ、馬鹿ソング特集なので、「近眼だあい」でも、エンディングにふさわしくないこともないでしょう。
あ、そうそう、ちょろっと検索してみたら、ここに、ロッパのSP盤のレーベルがどさっとありました。「アホかいな」のレーベルもあります。「流行歌」ではなく、「歌漫才」という角書がついています。そうか、シレルズのFoolish Little Girlは、歌漫才と呼ぶべきだったな、と思ったのでありました。掛け合いのコミック・ソング、という意味なら、Baby It's Cold Outsideも、「歌漫才」に分類できるでしょう。