- タイトル
- 雪のワルツ
- アーティスト
- 楠トシエ
- ライター
- 三木鶏郎
- 収録アルバム
- トリロー・コレクション 三木鶏郎集大成CD
- リリース年
- 1952年(CD化1991年)
- 他のヴァージョン
- different versions of the same artist, 湯川潮音
ゲストライターのTonieさんによる「日本の雪の歌」特集、本日は昨日に引きづき、三木鶏郎作「雪のワルツ」の後半です。
十年近い昔、Tonieさんと知り合ったころ、トリロー話をしていてビックリしたのは、九段にある、かの「トリ小屋」を訪問したことがある、という話で、わたしのような、気楽なつまみ食いトリロー・ファンとはちがうのだと恐れ入ってしまいました。
ご不在だったか、あるいはすでに亡くなられたあとだったか、御大のご尊顔を拝したわけではなく、夫人にお話をうかがったということでしたが、わたしは、そのほうがよかったのだ、と思いました。「研究」においては、直接に第一当事者を知ることは、益よりも害のほうが多いと信じているからです。
そんなこともあって、Tonieさんがトリローという「絶滅種」(かつてはレッド・データ・ブックの筆頭に掲載されるべき「絶滅危惧種」だったのだが、残念ながら「危惧」がとれてしまった)について、豊富な「フィールド・ワーク」にもとづく知見をどのように組み立て、提示されるかは、原稿をお願いしたわたし自身、おおいなる興味をもって待ち望んでいたものです。(席亭songsf4s敬白)
◆ 雪の降る街に ◆◆
今回は、「雪のワルツ」の各種録音のなかでも、一番愛聴している、鶏郎自身の編曲による「NHKユーモア劇場版」をとりあげます。
この曲のイントロですが、雪がひらひらと舞うようにヴァイオリンのヴィブラートに合わせて、鉄琴とピアノが参加して、曲の始まりを奏でます。このあと、ヴィオラかなにかがメロディを弾くんですが、もうここで最初の1節の後半部分のメロディが聴けてしまうのです。お得ですね。
まず、最初のヴァース。
かげも淋し 窓の灯
「雪のワルツ」は、“ワルツ”なので、3拍子のリズムにあわせて、歌が歌われます。ヴァイオリンのピチカートが印象的ですが、「スケーターズ・ワルツ」のように、軽快ではなく、もう少ししっとりとしています。
トリロー歌集の楽譜を見て頂ければ、わかるとおもいますが、最初に一拍あってから、「ゆき/がー・つも/るー・しず/かー・なまち/にー」というように、二分音符と八分音符の組み合わせ、付点四分音符と八分音符の組み合わせなど、形を変えながらも、静かに静かに雪が積もっていきます。ワルツが3拍子だからか「ゆきが(3)つもる(3)」と3音・3音から始まっています。トリロー作詞のトニー谷「冬が/きたよ」でもそうですが、五七調でなく、三三で繋いでいくというのは、トリロー作詞手法のひとつでしょう。
トリロー歌集には、コード進行も掲載されています。「僕は特急の機関士で」ではG7とC6の繰り返しばかりなのですが、この曲は、もっと複雑で、D7-Gm-Bb-D7-Cm-Bb6-Ebmaj7といった進行をします。コード進行については、詳しくないので、songsf4sさんに補足して頂きたいところですが、この曲全体に通底するのセンチメンタルな甘さは、「かげも淋し」の包み込むような甘さ(Cmのところ)に起因するのではないかと思っています。
(songsf4s注釈 お呼びなので、しゃしゃり出ます。細かいことはのちほどコメントに書くとして、ここでは一点だけ。セヴンスからはじまるというのは、日本の曲、とりわけ昭和20年代までのものとしては異例でしょう。『三木鶏郎回想録』には、日本的な、暗い心情をうたう曲への嫌悪が繰り返し表明されていますが、それが、こういう感傷的なバラッドを、マイナーではなく、セヴンスではじめるということにもあらわれたと感じます。)
◆ 白い夢 ◆◆
涙ぐむは 雪の夜
「白い夢」の「白」は雪からの連想なのでしょう。江戸川乱歩じゃないですが、どうしても「白日夢」あるいは「白昼夢」という単語を思い起こしてしまいます。今までの「雪が積もった街と窓の灯り」が現実だったのでしょうか、「雪の夜」の光景を夢見る、デイ・ドリーム・ビリーバーなので「さめやらぬ」といっているのでしょうか。どうやら主人公は夢想家のようです。最後の音をレからシのフラットに下げることをのぞき、メロディは前の8小節と同じです。
◆ 思いでのクリスマスは、青色 ◆◆◆
ああ はなやかな宴も
踊りも 歌ごえも いつか 消えて
ここがサビですが、「踊り」や「歌声」のところまでメロディも盛り上がります。そして、「消えて」でプッツリと音も断ち切られます。ワルツは、ドイツ語の転がす(回転する)という動詞「waltzen」から派生したものだそうで、体を回す踊りだそうですが、ここではもうクリスマスパーティが終わっていますので、舞い踊っているのは「雪」だけということになります。
このクリスマスがどんなクリスマスだったか、あまり説明されませんので、「思いで」が一時だけの美化されたものなのか、いまだにクリスマスの嬉しさが継続中のなのか、各自が意味づけ出来るものです。継続中なら、わざわざ想い出にすることはないでしょうから、今の状況は推して知るべし、です。
そして、最初の2節が再度繰り返されます。
かげも淋し 窓の灯
白い夢は まださめやらぬ
涙ぐむは 雪の夜
同じ歌詞でも、2度目になると、今までインプットされた情景や歌詞が頭に浮かびます。しかも、楠木トシエが情感豊かに歌うので、「窓」も「雪」も思い入れを持って聴くことが出来ます。
ここまで、歌手楠トシエに触れてきませんでしたが、トリロー・ソングとの相性が一番よい歌手は楠トシエだと思います。単に譜面が読めたから採用された、というようなことではなく、その声の明るさ、音のハネ具合などどれをとっても、三木鶏郎ヒットの影には楠トシエあり、というように思いますので、2007年末にトリローソング満載で復刻CDが出たのは喜ばしいことでした。放送用の歌は、ここまでです。非常に短いですが、実に味わい深い名曲だと思います。
◆ 2番もあるでヨ ◆◆
ハヤシもあるでヨ、のCMではないですが、この曲には2番もあるのです。CM曲など、2番まで放送されない場合が多いと思うのですが、多作で忙しいはずの三木鶏郎はきちんと作ります。4番まであるのは、当たり前。5~6番まで歌詞がある例もザラにあります。
トリロー歌集の同じページに載っている「ゆうべミミズのなく音を聞いた(どなたになにを)」は、サトウハチロー作詞ですが、福助の足袋のCMに使われていた曲で、2番までしか歌われていません。しかし、歌集によると詞は5番までありますから、鶏郎だけに限ったことではないかもしれません。あとの4番分の重みが、どこかしら1番にも凝縮されて表れてくるものですよね。「鉄道唱歌」とはそういうものかもしれませんが、「僕は特急の機関士で」など、東海道編だとか、北海道編だとかああって、それぞれ5番も10番も歌詞があるんですから、全部で何番あるかなんて数えられません!
この2番を音で聴きたいなと思った人は、湯川潮音によるカヴァーバージョンで聴くことが出来ます。浮遊感のある声が雪の間から見え隠れするような曲で、アレンジも放送バージョンを意識したピチカートを多用したサウンドで非常に好感がもてます。少しマイナー調に寄りかかっているキライはあるものの、キャラがそういうキャラなのだろうから、それはそれでよしです。
◆ 「雪のしずく」と「足音」 ◆◆
それでは2番を総ざらえして、ざっとみていきます。最初の節は、次のようにして始まります。
甘く影は よりそう
雪のしづく それとも涙
君のほほに ひかるよ
一番では楽しいパーティー(学校の同級生とのパーティーなど)から帰ってきて、「咳をしても一人」だとふと気付く、いうなら「一対多」の関係も思い浮かべることが出来ましたが、二番の歌詞をみるとそうはいきません。道を二人で歩むのですから、一対一、僕と君、「二人」の関係を歌った歌です。しかし、涙が光っているのが自分ではなく「君」の頬ですから、単なる「失恋」ソングではないです。僕が振ったなら、ロマンチックに思い出すこともないでしょうし、この二人の関係が、深い味わいを醸し出しています。「雪のしづく」なんて、言葉遣いからして「おー、ロマンチック」です。
ああ 去りしあの夜の君
姿も 面影も 今は遠く
一番と同じ歌詞のようですが、思い出が、嬉しいものから「悲しい」ものになっています。ボビー・ソロではないですが、「ほほにかかる涙」の君はさってしまったのです。
◆ 鶏郎の決意と ◆◆
そして、最後のヴァースです。
同じ道を たどるよ
雪のつもる 静かな街に
ひとり淋し わが影
まず、雪上に付いている「足跡」ではなく、「足音」というところが、いかにも音楽的です。そして、この「同じ道」を歩いた「二人」の光景には、「人生」を重ね合わせて考えることが出来ます。それだけに、道を題材にしただけでメランコリックな曲に仕上がるともいえます。
ディック・ミネの「人生の並木道」、灰田勝彦の「森の小径」、(ボビー・ダーリン「初恋の並木道」も?)など、「道」の出てくる歌が、人生でも思い出深い、道しるべとなることもあるでしょう。
この曲は2番に記されたこの日の道への思いが1番に凝縮されていて、雪の合間からチラチラと覗くからこそ、1番のみで完結する「NHKユーモア劇場版」が素晴らしいのだと思います。
実は、この曲を作曲した原点といえるエピソードが自伝『三木鶏郎回想録』に掲載されています。それは、戦時中のある「雪の夜」の、ある女性のエピソードなのですが、自伝全体の中でも一番読ませる部分だと思います(そして、この女性との恋愛こそが、鶏郎に自伝をかかせた源泉と僕は考えています)。
鶏郎と友人(学校の同級生や後輩など)とで作った、人形劇団「貝殻座」の第一回公演が終了し、感動と興奮がさめやらぬなか、スタッフがいなくなって、彼女と二人きりになり、戸外に出ると一面銀世界というシチュエーションです。興味があれば、古本屋で購入するなり、図書館で借りるなりして、自伝を実際に読んでいただけたらと思いますが、その最後の部分を引用させてもらい、「雪のワルツ」礼賛に変えさせて頂きます。
この夜の印象はいつまでも忘れがたいものとなって、戦後私の書いた作品の中に蘇る。
「雪のワルツ」がそれだ。
♪雪が積もる 静かな町に……
◆ 今週の冗談ヒットメロディは? ◆◆
最後にバージョン違いを見ていきます。「雪のワルツ」にはいくつかのバージョンがあります。三木鶏郎の「雪のワルツ」とチャイコフスキーの「雪のワルツ(くるみ割り人形より)」と柳月の「雪のワルツ」……。いやいや、あくまでも三木鶏郎の「雪のワルツ」の話です。去年発売された「ビンちゃんの四季-楠トシエ ホーム・ソング集」収録の片山光俊編曲バージョン、同じく去年発売された「“元祖コマソンの女王” 楠トシエ大全」収録の小谷肇編曲バージョン、そして「NHKユーモア劇場」バージョンの3つとなります。
片山光俊編曲、小谷肇編曲はいずれも同じようなゴージャスなオーケストレーションが入っていますが、シンプルな鶏郎編曲の「NHKユーモア劇場」版の方が音に厚みを感じます。
厳密にいうと、「NHKユーモア劇場版」版も、収録アルバムによって違いがあります。「トリロー娯楽版-三木鶏郎と仲間たち-」(以下、「娯楽版」)、「三木鶏郎集大成CD トリロー・コレクション 音楽作品集Vol.1」(以下、「作品集1」、自伝についていたCD「三木鶏郎傑作選」(以下、「自伝CD」)の3種類があります。
「娯楽版」には、放送に使われた音源が、そのままはいっているものと思われます。つまり、演奏前に前フリが入っています。ナレーションが少し早口で、「今週の冗談ヒットメロディは、三木鶏郎作詞・作曲『雪のワルツ』」と紹介してから「♪雪が~」と曲が始まるのです。
ここで少し面白いのは、普通歌を歌うときは、「歌手」を紹介するのが通例だと思うのですが、作詞・作曲を誰がしたか、というのを紹介しているところです。作曲家の特集番組ででもなければ、あんまりこういった紹介の仕方はされないですよね。作家のエゴといわれれば、そうかもしれませんが、それよりも、「ユーモア劇場」という放送自体が、トリローというキャラクターを前面に出した人気番組だったという証拠なのではないかなと思います。
「作品集1」と「自伝CD」では、いずれもこのナレーションがカットされています。秒数が1、2秒違いますが、聴いている限り、それほど違いは分からないので、多分曲が終わってからの空白部分をツマむか、どうかの違いではないでしょうか。何度も聞くときには、こちらのナレーションなしの方が聞きやすいのですが、残念なところがひとつあります。というのは、ナレーションに少しだけ、最初のピアノの一音がカブってしまっていて、ナレーションをカットすることで、ピアノの最初の1音が少しカットされてしまって、このピアノの低音が、いわば残響から入っているのです。
毎回ナレーションを聴くのも飽きちゃうけれど、曲だけは何度も聴きたい方は、「自伝CD」をもとに、頭の中で多少ピアノの音を補正して聴くことをオススメします(^_^)。現在入手できる「楠トシエ大全」の「雪のワルツ」にピンと来なかったかたも、鶏郎編曲バージョンの「雪のワルツ」はビビッとくるかもしれないので、ネット配信でも傑作集復刻でもかまわないので、この「雪のワルツ」の鶏郎版が気軽に聴けるようになると良いな、と切に願っています。