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Early Morning Rain by Bob Dylan
タイトル
Early Morning Rain
アーティスト
Bob Dylan
ライター
Gordon Lightfoot
収録アルバム
Self Portrait
リリース年
1970年
他のヴァージョン
Gordon Lightfoot, PP&M, Chad & Jeremy, the Warlocks (Grateful Dead)
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グレイトフル・デッドを登場させたのだから、毒喰わば皿まで(ちがうか!)、彼らの曲をまとめてやっておこうかと思い、あれこれ聴いていたのですが、デッドはやっぱりデッド、そんなお手軽にはいかず、いろいろ調べねばならないことが出てきて、今日は途中棄権しました。

しかし、デッドのカタログを現在から過去に向かってずっと眺めていって、ワーナー・ブラザーズからのデビュー以前の盤(Birth of the Dead、「死者の誕生」という笑えるタイトルが付いている)までたどり着いたところで、冬になったらやろうと思っていた曲を思いだしました。タイトルには冬のキーワードが含まれていないので、コロッと忘れていたのです。歌詞のなかに出てくるのです。

◆ 雨のそぼ降る空港 ◆◆
各ヴァージョンで歌詞には異同がありますが、ここでは看板に立てたボブ・ディラン盤に依拠し、適宜、ライターであるゴードン・ライトフットのものや、もっとも有名と思われるPPMなどの各ヴァージョンを参照します。では、ファースト・ヴァース。

In the early morning rain
With a dollar in my hand
And an aching in my heart
And my pockets full of sand
I'm a long way from home
And I miss my loved one so
In the early morning rain
With nowhere to go

「一ドルを手の中に握りしめ、心の痛みとポケット一杯の砂とともに、朝まだきの雨に打たれる、遠く家を離れ、愛する者を思う、行くあてもなく、朝まだきの雨のなかで」

一ドルとはどういう意味か? わたしの解釈は、有り金はそれだけだということです。ポケット一杯の砂はわかりません。まさか、「ブラックジャック」(細長い皮袋に木の棒や砂を詰めた殴打用の武器)のことではないと思いますが。こういう風にわからないときは、しばしば、なにかの引用だったりするのですが、わたしにはわかりません。砂の暗喩というと、砂時計の連想から、時間をあらわすことがあるようですが、この場合はどうでしょうね。時間だけはたっぷりある?

セカンド・ヴァース。

Out on runway number nine
Big 707 set to go
I'm stuck here on the ground
Where the cold winds blow
The liquor tasted good
And the women all were fast
There she goes, my friend
She's rolling down at last

「9番滑走路では大きな707が離陸準備をしている、でも俺は冷たい風が吹く地上に縛りつけられている、酒はうまく、女たちはみな尻軽なこの地上に、707が行く、とうとう滑走をはじめた」

Early Morning Rain by Bob Dylan_f0147840_0493221.jpgボーイング707はまだどこかで飛んでいるのでしょうか。たとえ飛んでいても、もはや、だれもあれを「big」とは形容しないでしょう。

ここをI'm stuck here on the ground where the cold winds blowと歌っているのはディランとチャド&ジェレミーだけです。ほかは、Well I'm stuck here in the grass where the pavement never grows(ゴードン・ライトフット盤)、But I'm out here in the grass where the pavement never grows(PPM)、But I'm out here in the grass where the cold wind they do blow(デッド)と、まちまちです。

酒は「tasted good」であり、女たちはみな「were fast」と、過去形になっているのは意味があると思います。この地球のどこへ行っても、という意味ではなく、語り手が現在いる(縛りつけられている)土地での経験を語っているのではないでしょうか。

fastという形容詞にはさまざまな意味があり、うっかりすると解釈を間違えることがあります。昔読んだ翻訳本に「速いレンズ」という表現があり、ひっくり返りました。写真を撮る方ならご存知のように、レンズがfastといった場合、「明るいレンズ」を意味します。同様に、fast filmといえば、「明るいフィルム」すなわち「高感度フィルム」のことです。平易な言葉だからと辞書を調べないと、こういう罠にはまってしまうのです。レンズが速いなんて書いて、意味が通じると思った翻訳者のほうが、どうかしているのですが!

女性がfastであるという表現は、「速いレンズ」にくらべればむずかしいことはまったくなくて、ニキビ面の高校生は、試験に出るはずもないのに、一発で記憶しちゃうのであります。日本語でも「手が早い」などと表現するわけで、そういうところから派生した意味ではないでしょうか。

ここをthe women all were fastと歌っているのは、ゴードン・ライトフットとディランとPPM、デッドはthe women all were fineと、より穏当な表現に変え、チャド&ジェレミーにいたっては、and time went fastなどと、あらぬ方へと話を逸らしています。テレビに出るアーティストとしては、たとえアルバム・トラックでも、品のないことを口走るわけにはいかなかったのでしょう。PPMがちゃんとthe women all were fastと歌っているのは、ちょっと驚きでした。

ちなみに、この曲の作者はゴードン・ライトフットですが、lightfootにも似たような意味があると、名作「サンディエゴ・ライトフット・スー」の著者、故トム・リーミーがいっていました。こちらは「足が速い」、いや、それじゃあ「酢豆腐」になっちゃいますが、「足取りが軽い」という意味からの連想じゃないでしょうか。

◆ ホーボー・ソング? ◆◆
コーラスやブリッジのない曲で、つぎはサード・ヴァース。

Hear the mighty engines roar
See the silver bird on high
She's away and westward bound
Far above the clouds she'll fly
Where the morning rain don't fall
And the sun always shines
She'll be flying over my home
In about three hours time

「強力なエンジンが吼えているのが聞こえる、空高くに銀の翼が見える、707は遠く西へと飛んでいく、朝まだきの雨が降らぬ、そしてつねに太陽が輝いている雲の上を飛んでいく、ほんの三時間ほどで、俺の家の上空に達するだろう」

てことは、これは望郷の歌なのでしょうかね。自分はここから動けないが、707はひとっ飛びでわが家の上空にたどり着く、そういう取り残された気分がこのヴァースには明瞭にあります。つづいて最後のヴァース。

This old airport's got me down
It's no earthly good to me
Because I'm stuck here on the ground
Cold and drunks as I might be
You can't hop a jet plane
Like you can a freight train
So I'd best be on my way
In the early morning rain

「この古びた空港は気分を腐らせる、俺にはまったくいい場所じゃない、俺はこの地上に縛りつけられ、ひどい寒さに震え、途方もなく酔っているのだから。貨車に飛び乗るように、ジェット機に飛び乗るわけにはいかない、だから、この朝まだきの雨に濡れてどこかへ行くしかない」

「貨車に飛び乗る」とは、無賃乗車の婉曲表現です。ホーボーと貨車の無賃乗車については、Rainy Night in Georgia by Brook Bentonで書きました。この語り手もホーボーのように、あちこちを漂泊しているのかもしれません。

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◆ ボブ・ディラン盤 ◆◆
思わず上着の襟を立てたくなるような、寂寞荒涼たる気分のある歌ですが、同時に、甘い自己憐憫の気分も同居しているあたりは、やはりRainy Night in Georgiaに似ています。

Early Morning Rain by Bob Dylan_f0147840_115644.jpgそういう寂寥感と甘さの同居という面でいうと、ディラン盤がわたしにはもっともこの曲のよさを引き出したレンディションに感じられます。シンガーとしてのディランがもっともよかったのは、John Wesley Hardingにはじまり、Dylanまでの時期だとわたしはずっと思っています。とりわけ、Nashville Skylineと、Early Morning Rainが収録されたSelf Portraitは、オリジナル曲でなくてもいっこうにかまわない、むしろ、カヴァー曲のほうがいいと思うほど、充実していたと思います。

この時期のディラン、とくにSelf Portraitのいいところは、すぐれたギター・プレイが聴けることです。トラックごとのクレジットはなく、パートすらもなく、ただプレイヤーの名前が列挙されているだけですし、わたしの知らない人も多いのですが、ギタリストとしては、デイヴィッド・ブロンバーグ、フレッド・カーター・ジュニアの名前を拾うことができます(ザ・バンドのメンバーの名前があるのは、2曲入っているワイト島のライヴを指しているのであって、スタジオ録音のトラックのことではないでしょう)。

Early Morning Rain by Bob Dylan_f0147840_1161566.jpg名前の一覧からドラマーとわかるのは、ケニー・バトリーだけです。とてつもなく低い彼のスネアのチューニングは大嫌いですが、タイムはまずまずのプレイヤーで、この曲については、チューニングの低さが気にならないサイドスティックのプレイなので、なかなかよいと感じます。ベースとしては、ボブ・ムーアの名前があります。

また、オリヴァー・ミッチェルという名前もあって、首をひねります。これがわたしの知っているオリー・ミッチェルのことなら、彼はハリウッドのナンバーワン・トランペッターで、ティファナ・ブラスの録音でトランペットをプレイしたといわれています(ハーブ・アルパートはプロデュースしただけ)。ビリー・ストレンジ、ジョー・オズボーンをはじめ、70年代以降、ハリウッドのプレイヤーの多くがナッシュヴィルに引っ越すことになりますが、オリー・ミッチェルはその嚆矢だったのかもしれません。

話が脇に逸れましたが、トラックの出来を含め、ディラン盤はEarly Morning Rainの決定版だと思います。

◆ 他のヴァージョン ◆◆
Early Morning Rain by Bob Dylan_f0147840_116597.jpgディラン盤と並び、昔からなじんでいるのはPPMヴァージョンです。こちらは寂寥感や、あてどのなさの表現より、メロディーのよさを引き出したヴァージョンと感じます。どうやっても、きれいにまとまってしまうグループですから、ホーボーの雰囲気が出るはずもなく、歌詞とは切り離して聴いてしまいます。いや、だから悪いというわけではなく、昔から好きですし、PPMの代表作のひとつだろうと思っています。PPMヴァージョンを聴いていると、いい曲だなあと、しみじみしてしまうのです。

Early Morning Rain by Bob Dylan_f0147840_1181592.jpgわたしはゴードン・ライトフットのカタログにくわしいわけではなく、うちにはGord's Goldをはじめ、数枚があるだけです。それも、ご本尊の歌ではなく、ジム・ゴードンのドラミングが目当てだったりしたのだから、あまりいいゴードン・ライトフットのリスナーではありません。

そういうバイアスがかかっているということをご承知いただいたうえでいえば、わたしには、作者自身のEarly Morning Rainは、あまりいいヴァージョンには思えません。背中に寂寥感がにじみでる、といった雰囲気がなく、元気がよすぎるように思うのです。そういう人じゃないのならしかたないのですが、大ヒット曲Sundownなんか、ちゃんと雰囲気があるわけで、この曲はどうしちゃったのだろうと思います。

Early Morning Rain by Bob Dylan_f0147840_1192489.jpgチャド&ジェレミーもまた、きれいにまとまってしまうデュオですから、こういう曲はどうなのだろうか、と感じます。そもそも、この曲を歌うには、彼らはちょっと若すぎたのではないでしょうか。メロディーのよさに惹かれて、カヴァーしちゃったのでしょう。

ウォーロックスとは、グレイトフル・デッドの初期の名前です。WBでのメイジャー・デビューの2年前から、こういうきれいな録音が残っているあたり、彼らの地元での人気の高さが忍べますが、なんたって、メイジャー・デビュー後も、しばらくはガレージ・バンド臭さが抜けなかったくらいなので、この時代のものは、デッド・ヘッズの関心しか惹かない出来です。わたしは正真正銘の「ヘッズ」のひとりですが、それでも、初期の音源にはちょっとへこたれることがあります。デッド史の「脚注」というべきでしょう。

Early Morning Rain by Bob Dylan_f0147840_1211391.jpg出来の善し悪しを離れると、ウォーロックス/グレイトフル・デッドのEarly Morning Rainには、三つ興味深い点があります。ひとつは、コードが変なところにいく不思議なアレンジ、ふたつは、このトラックがバーズより一年早く、デッドがすでに「フォーク・ロック」を発明していた証拠であること、三つは、めずらしくもライヴでフィル・レッシュがリードをとっていることです。

お客さんのなかには、自分でギターを弾きながら歌うのを好む方もいらっしゃると思います。PPM盤もけっして悪くはないのですが、混声コーラスであるという制約から、彼らの男性ヴォーカルパートはつねにピッチが低すぎ、われわれ素人がシング・アロングするのは、ちょっとつらいキーです。

その点、ディラン盤はシングアロングにももってこいですし、なんなら、ギターをプレイ・アロングしても楽しめます。いや、PPM盤には、一カ所、なかなかいいギターのオブリガートがあって、その面では楽しめるのですが、なんとなく演歌的な雰囲気もあるディラン盤は、カラオケ的に楽しめるのではないでしょうか。
by songsf4s | 2008-01-10 23:56 | 冬の歌