- タイトル
- Summertime
- アーティスト
- Anybody!
- ライター
- lyrics by Ira Gershwin and Du Bose Heyward, music by George Gershwin
- 収録アルバム
- Any Album
- リリース年
- 1933年初演
- 他のヴァージョン
- EVERYBODY!!!
◆ Whole lotta Summertime ◆◆
夏の歌でもっともヴァージョンが豊富なのはこの曲でしょう。なぜだれもがこの曲を歌うのか、わたしにはさっぱり理解できないのですが、世間ではそういうことになっているので、ざっと聴き直してみました。
Summertimeがどれほどたくさんあるか、わが家のHDDを検索した結果が以下の一覧です。
Billy Stewart
Booker T & the MG's
The Righteous Brothers
Rick Nelson
Sam Cooke
The Ventures
The Zombies
Sharon Marie
Big Brother & the Holding Company
The Buckinghams
Dave 'Baby' Cortez
The Marcels
The String Alongs
Janis Joplin(ウッドストックのライヴ)
こんなにたくさんもっていなければならない曲には思えませんが、どういうわけか、だれもが、まだこの曲に新しい光を当てられると思っているか、または、たんにカヴァー曲を吟味するのを面倒がっているようです。
◆ ああ、悲しき夏太り ◆◆
歌詞はなんのことかよくわからないのですが、まあ、とにかく見てみましょう。これはオペラ『ポーギーとベス』の冒頭で歌われる子守唄だそうです。そうとわかっても、やはり不可解なものです。省略法がちがっていたり、mammyというところをmaといったり、そういう細部に関しては各ヴァージョンで微妙に異なりますが、つくられてから70年以上もたち、無数のアーティストにカヴァーされたわりには、あまり変形はされていないように思われます。まずはファースト・ヴァース。
Fish are jumpin' and the cotton is high
「夏痩せ」という言葉がありますが、人体のメカニズムからいうと、そういうことは起こりにくいはずで、ほんとうはたいていの人が「夏太り」するはずです。痩せてしまう人は、水分をとりすぎて、身になるものを食べられなくなるだけでしょう。
Summertimeのなかでわたしに理解できるのは、このファースト・ラインだけです。夏は「生活が楽」なのか、「生きるのが楽」なのかよくわかりませんが、すくなくとも、原理的に生きるのは確実に楽になります。われわれが摂取するカロリーの大部分が体温維持に消費されるそうですが、夏になると気温が体温に近くなるので、体温維持に必要なカロリーがおおいに減少します。よって、生きるのはすごく楽になるわけです。夏やせとか、夏バテという妄想にとりつかれた不幸な人たちは、もっともカロリー摂取量を減らしていい時期に、ふだんよりカロリーをとりすぎて、夏太りをしてしまうのです。夏やせの心配はやめて、夏太りの心配をしましょう。
アイラ・ガーシュウィンとその共作者が、1933(昭和8)年に、このような人体のメカニズムを知っていたとは思えないので、このラインは要するに、のびのびと毎日を過ごせるといっているだけなのでしょう。
2行目は意味不明。「魚は飛び跳ね、棉の木は高くのびる」というのですが、たんなる夏の描写なのでしょうか。魚が夏になるとむやみにジャンプするようになるかどうかは知りませんし、魚によって事情は異なるでしょう。わが家の近くの海では、夏になると彦鰯がむやみに飛び跳ねていますが、この曲には関係ないですねえ。
棉の木は夏の終わりから秋のはじめに収穫期を迎えるそうなので、このcottonが草本の棉のことをいっているのなら(木本もあるそうで、その場合はとくに夏に背が伸びるかどうかは微妙)、季節は合っていることになります。
ちなみに、「綿」という文字は原材料化したものや製品に使い、植物としては「棉」を使うべきであると、昔、怖い校閲者に注意されたことがあります。木偏か糸偏かというちがいなので、一度覚えたら、いやでも間違えなくなります。いやはや、意味がわからないものだから、歌に関係ない話ばかりしているなんてことは、指摘されなくても、ちゃんと自覚しておりますよ。
◆ 死ぬ日がくるまでは生きるであろう ◆◆
セカンド・ヴァースで、やっと子守唄らしくなります。
And your mamma's good lookin'
So hush little baby
Don't you cry
「おまえの父親は金持ちで、母親は美人なのだから、さあ、もう黙って、泣くのをおやめ」というあたりでしょうが、前半と後半がつながっているようには思えず、なんだよこれは、です。わからないときは、映画ならつぎのセリフ、歌ならつぎのラインを待ちましょう。
You're going to rise up singing
Then you'll spread your wings
And you'll take to the sky
「いつの日かの朝、おまえは立ち上がって歌い、翼を広げて天に昇るだろう」とくるのだから、いよいよ出でて不可解なり。つまり、いつかの日か、おまえは死ぬことになる、といっているわけで、人間みないつの日か死ぬというのは真実だけれど、そんなことを子守唄でいうかよ、であります。
なぜそんなことをいうのか、つぎのヴァースで説明されるかというと……
There's a'nothing can harm you
With daddy and mamma standing by
「でも、その朝がくるまでは、父親と母親が守ってくれるから、なにものもおまえを傷つけることはできないだろう」というわけで、つまりは、死ぬ日がくるまでは安全に生きるだろうから、安心しなさいということのようですが、そんなことをいわれて安心できる人間は、赤ん坊だろうが、成人だろうが、老人だろうが、いないんじゃないのー、といいたくなります。だれだって、死ぬ日がくるまでは生きることになっているわけでして……。
この不可解な歌詞は、ここまでサスペンドして、一気にリリースするような構造になっているかというと、まったくそうはなっていません。なんたって、この先はファーストおよびセカンド・ヴァースをくり返すだけなのですから。
『ポーギーとベス』を見れば、この不可解さは解消されるのかもしれませんが、まあ、知ったこっちゃないので、不可解なまま放り出します。なんにせよ、まともな子守唄には思えません。
◆ なにはともあれジャニス ◆◆
これだけいろいろなヴァージョンがあるのだから、多少は個別検討をしないと義理が悪いでしょう。
われわれの世代の場合、ビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニーというか、要するにジャニス・ジョプリンのヴァージョンは非常に有名です。モンタレー・インターナショナル・ポップ・フェスティヴァルの映画では、ジャニスが歌うのを、キャス・エリオットがポカンと口を開けて見ている、非常に印象的なショットが挿入されていました。
しかし、わたしはジャニスのファンではないし、うしろの持株会社バンドにいたっては脳溢血を起こしそうなほど嫌いです。いちおう聴き直してみましたが、サンフランシスコのバンドの悪いところが凝縮されていると改めて思いました。下手なくせに、自己陶酔できる恐ろしいプレイヤーたちです。
ジャニスがうまいことは、もちろん認めています。でも、ポップ・ミュージックにおいては、歌のうまさはプライオリティーの高い要素ではありません。うまいことが重要なら、オペラでも聴きます。下手だけれど魅力的、下手だからこそ魅力的、というケースがおおいにあるのが、ポップ・ミュージックというものなのです。歌のうまさは、しばしばリスナーの気分を壊しますし、サウンドの邪魔になります。わたしは「熱唱」とやらが嫌いで、軽く歌ってくれる人(ジュリー・ロンドン!)を好むため、ジャニスは好みではありません。
◆ でも、やっぱりサム・クック ◆◆
サム・クックもうまい人ですが、「それゆえに」ではなく「それにもかかわらず」おおいに贔屓にしています。わたしの場合、涼しげな声の人が好きで、暑苦しい声はダメという大原則があり、サム・クックは、じつになんともいえない、ポップ史上稀なるクール・ヴォイスの持ち主なのです。
ご存知のように、サム・クックはゴスペル・シンガーとしてスタートしましたが、たいていの人が食うために、さらには、よりよい生活のためにパフォームしているわけで、ゴスペルなどという小さな小さな芥子粒のお山の大将では、手に入る金と女もたかが知れているので(クックはとてつもないレイディー・キラーとして知られ、モーテルで射殺されたときには、女房が雇った殺し屋にやられたのだという噂が立ったほどです。根拠のない誹謗をしているわけではないので、そのへんはよろしく)、大いなる名声と金銭のために、メインストリーム転向を試み、転向後初のシングル、You Send Meで大成功を収めました。
その転向を助けたのが、彼のプロデューサーのバンプス・ブラックウェルです。クックが所属していたスペシャルティー・レコードの社長、アート・ループとケンカして、首になっても、クックの売り出しに力を尽くした偉い人です。といっても、もちろん、どっちが儲かるか計算したというか、博打をやったわけで、この業界はみなそうです。そのへんのくわしいストーリーはすでによそに書いたのですが、ひとつだけくり返しておきます。
このブログにはなんども登場した、60年代を代表するベーシスト、キャロル・ケイは、クラブでギターをプレイしているとき、来あわせたバンプス・ブラックウェルにスカウトされてスタジオ・ワークをはじめました。最初のセッションは、ほかならぬSummertimeだったそうです。といっても、サム・クックのSummertimeには2種類のヴァージョンがあり、彼女がプレイしたのは、リメイク・セッションのほうだったようです。
バンプスは、サム・クックのメインストリーム・シンガーとしてのデビュー曲に、このSummertimeを予定していたそうですが、結局、クック自身が書いた名曲You Send Meでデビューすることになり(キャロル・ケイがスカウトされる前に録音を終わっていた)、圧倒的な成功を収めました。
ひとつまちがえば、陰鬱なSummertimeでデビューしていたわけで、人生はどこに陥穽があるかわかりません。Summertimeでは、あの大勝利はありえなかったでしょう。いくらサム・クックでも、こういうタイプの曲はやっぱりダウナー・フィールになってしまいます。しかし、ほかの歌手のつぎに出てくると、やっぱりいい声をしているなあ、と感じ入ります。
まだ2つのヴァージョンにふれただけですが、先は長いので、残りは明日以降に。