大滝詠一、フィル・エヴァリー、そして2パート・ハーモニー その19 続はっぴいえんど
 
大滝詠一が没して、早すぎるなあ、もう歌う気はなかったのだろうけれど、音楽史研究家としてはまだ山ほどやることがあったのに……初期の2パート・ハーモニーが好きだったなあ、あれはどこから引っ張ってきたのだろう、ブリティッシュ・ビートか、それともエヴァリー・ブラザーズか……

なんて思っていたところに、こんどは、そのエヴァリー兄弟の弟のほう、ハイ・パートを歌っていたフィル・エヴァリーの訃報が届いて、ええええええ! それはまた、なんとむごい偶然、と絶句した。

というのは嘘で、絶句どころか、大滝詠一のあれやこれやと、エヴェリー・ブラザーズの箱をプレイヤーにドラッグし、歌詞を覚えている曲をいっしょに歌いまくった。

大滝詠一「楽しい夜更かし」


「♪開けて広いワニの口」!!

そのうち、長年ぼんやりと考えていた、大滝詠一の2パートは、エヴァリーズから来たのか、それとも、ビートルズ、ピーター&ゴードン、DC5、サーチャーズらのブリティッシュ・ビート経由なのか、ということが、なんだか、ひどく気になってきて、長いあいだ、開店休業状態だったブログを再開する気になった。

明白にして、決定的な証拠は発見できなかったが、わたし自身は、ハーモニーをコピーし、いっしょに歌ってみて、やっぱりこれはピーター&ゴードンだよ、と納得したので、とりあえずハッピー・エンドである。

ただ、エヴァリーズの問題はよくわからなかった。昨年の放送で、大瀧詠一は「エヴァリー・ブラザーズとバディー・ホリーでイギリスはわかる」といった趣旨のことをいっている。

わたしとしては、ここにジーン・ヴィンセントだのエディー・コクランだのの名前も付け加えたくなったりするが、エッセンスを取り出し、旗にして掲げるなら「ブリティッシュ・ビートはバディー・ホリーとエヴァリー・ブラザーズの子供だ」となるだろう。

Buddy Holly - Peggy Sue

(クリップには1950とあるが、大間違い。58年ぐらいか)

ピアノやサックスはなし、4ピースのギター・コンボが、コードでドライヴする、というスタイルはビートルズをはじめさまざまなグループが踏襲する。ジョン・レノンはヴォーカル・スタイルも、エルヴィスより、バディー・ホリーに範をとった。

バディー・ホリーに足りないものはハーモニーだけだった。

The Everly Brothers - This Little Girl Of Mine


この両者のアマルガムが、初期ブリティッシュ・ビートである、という大瀧詠一説は、御説ごもっとも、異存はまったくない。スキッフルがどうこうなどという重要でない要素を(暗に)退けてくれたのもうれしい。

そこまで云ったのなら、ついでに、エルヴィスとビートルズで大滝詠一は説明が付くとか、そういうことも云って欲しかったが!

なぜエヴァリーズのストレートなハーモニーが、たとえばピーター&ゴードンのように、イレギュラーに変形されたのか、ここは、状況証拠からの推論ぐらいしかできず、変化のメカニズムを明瞭にたどることはできなかった。

ソングライター・クレジットはレノン=マッカートニーだが、実質的には、当時ピーター・エイシャーの妹(姉?)とデイトしていたポールの単独作。

Peter & Gordon - A World Without Love


いちばん有名な曲だから、このシリーズでは貼り付けなかったのだが、改めてヴォーカル・アレンジを聴くと、ほう、と思う。

明らかにエヴァリーズが透けて見えるのだが、いっぽうで、ゴードン・ウォーラーが歌う下のハーモニー・ラインは、かなりイレギュラーな感覚がある。たとえば、I won't stay in a world without loveのあたりだ。

考えてみると、この曲をシング・アロングする時は、いつもゴードン・ウォーラーのパートをいっしょに歌っていた。とくに、2度目のDon't allow the dayのところが、歌って楽しいくだりだ。

いまコピーする余裕はないが、なぜこうなったのだろうか。作曲家の先生であるポール・マッカートニーの指示か(バッドフィンガーには、俺のデモをコピーしろと命じた鬼先生だったが)、はたまた、ピーター・エイシャーとゴードン・ウォーラーのもともとのスタイルだったのか。

楽曲のせいだったのか、イギリスの若者の、エヴァリーズは好きだけれど、ワサビが欲しい、という「気分」が作用したのか、どうであれ、1964年のイギリスにあっては、このようにイレギュラーな響きのある2パート・ハーモニーは、ごく当たり前のものになっていた。

そして、大瀧詠一はこれを聴いた。聴いたどころではない。ご本人がラジオで語ったように、「あのころはピーター&ゴードンが大好きでねえ」だったのだ。

大瀧詠一は自分でラジオを組み立て、FENを聴いていたそうなので、推測がむずかしくなるのだが、この時代、日本ではエヴァリーズのレコードが数多くリリースされていたとは思えない。彼が当時エヴァリーズを聴いたとしても、主としてラジオでだっただろう。

それに対して、ピーター&ゴードンはさまざまな国内盤が出ていた。1965年からはわたしもリアルタイムなので、子供だったとはいえ、多少は状況を記憶している。

前回も書いたように、たぶん、大瀧詠一は、自分に強い影響を与えた初期ブリティッシュ・ビート・グループが「エヴァリーズの子供たち」だったことに、あとで気づいたのだろう。

このまま大滝詠一がデビューすれば、初期ブリティッシュ・ビートの影響がストレートに反映されただろう。しかし、彼が盤デビューしたのは1970年だった。1964年と70年のあいだに起きたすったもんだの大騒動たるや、本が何冊も書けるほどだ。

同じようにブリティッシュ・ビートにあこがれたこの人も、間に合わなかった少年だった。作者トッド・ラングレンはギターとハーモニー・ヴォーカル、およびブリッジのリード・ヴォーカル。

Nazz - Open My Eyes


トッドは、俺たちは4パートで、あの時のビートルズを超えていた、などとつまらないことを云っているが、時代に合わせたヘヴィーなギター・サウンドの向こう側に、初期ブリティッシュ・ビートのシルエットが透けて見える。

大滝詠一とトッド・ラングレンは、あるいははっぴいえんどとナズは、べつに似てなどいない。しかし、置かれた位置とたどった軌跡は相似して見える。

大瀧詠一は、ブリティッシュ・ビート以降、大荒れに荒れ、あっちに揺れ、こっちに揺り返す米英音楽のシュトゥルム・ウント・ドランク時代を目撃した。

そして1970年にはっぴいえんどがデビューした時、彼も、他のメンバーも、ハードロックでもなければ、フォークでもない、「新しい音楽」をやろうとしていた。目標は、プロコール・ハルムであり、バッファロー・スプリングフィールドであり、モビー・グレイプだった。

だから、初期ブリティッシュ・ビートは、表面にはあらわれず、サウンドに反映されることはなかった。「もっと深く響くなにか」でなければならなかったからだ。

もしもポップなものを目指し、ブリティッシュ・ビートの経験がストレートにあらわれたら、こんな音になっていたかもしれない。

伊藤銀次「幸せにさようなら」


これにモノトーンなハーモニーをつければ、完璧に初期ブリティッシュ・ビートなのだが。75年ごろだっただろうか、すでに60年代蒐集をしようという気分になっていたわたしは、ナイアガラ・トライアングルでこの曲を聴いて、ギョッとした。

いや、はっぴいえんどがデビューしたとき、時代はそういうムードではなかった。繰り返すが、「もっと深く響くなにか」が必要だったのだ。

彼らはもっとずっとシリアスな音をつくろうとしていた。しかし、たぶんバッファロー・スプリングフィールドやモビー・グレイプがしばしばハーモニーを使っていたことに刺激されたのだろう、はっぴいえんども、何曲かでハーモニーを試みた。

そして、やってみたら、古い大脳皮質が自己主張した。ハーモニーというものの面白味をはじめて知った、あの時代のハーモニー感覚が、新しい方向性のサウンドの殻を突き破って、表に出てしまったのだ。

そのことを意識していたのだろうかなあ、といぶかるが、ハーモニー・ラインをつくっていて、無自覚ということはないと思う。大滝詠一は自分の歌っているラインがどこから出現したか、わかっていたと思う。

Bobby Vee - Rubber Ball

テキストを書き終わってから、突然、この曲を思いだした。ボビー・ヴィーは「ひとりでハモるバディー・ホリー」じゃなかったのだろうか? いずれ、この人の研究もしてみたい。

以上、ここまで来れば終わっていいように思うのだが、完全に環を閉じることはできず、オープン・エンドとなった。

どこがオープンかというと、「あの2パートはどこに消えたのか」なのである。

大滝詠一も、ハーモニーをやめるわけではないが、あのイレギュラーな2パートはソロ・デビューまで。

トッド・ラングレンも、It Wouldn't Have Made Any Differenceで、大滝詠一とどっちがすごいかというイレギュラーなハーモニーをやりながら、すぐに、ふつうのハーモニーへと移行してしまう。

これはどういうことなんだ、と思うことは思うのだが、それについては、まだなにもわからない。

ひょっとしたら、つぎはその解明か、なんてチラッと思うが、さて、どうなりますやら。ピーター&ゴードン解剖またはトッド・ラングレンと時代の風とか、そういうのも考えられるような。

大滝詠一とフィル・エヴァリーの死にがっかりして、長いあいだ休んでいたブログを一時的に再開したつもりだったが、はじめてみると、いろいろ書くべきことを思いつき、数日の時間をおき、こんどは週に二回ぐらいのペースで更新しようかという気になった。

なにをやるかは未定だが、またお越しあれ。

♪はっぴいえんど、はっぴいえんなら、いいさーあー。

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by songsf4s | 2014-01-24 23:14 | 60年代