大滝詠一、フィル・エヴァリー、そして2パート・ハーモニー その10
 
はっぴいえんどのデビュー盤について、ひとつ書き忘れていたことがあった。最初の記事で、はっぴいえんどをはじめて聴いた時、フライング・ブリトー・ブラザーズのデビュー盤を思い起こした、その関係については後日説明すると書いておきながら、それが宙ぶらりんになっていた。

フライング・ブリトー・ブラザーズは、インターナショナル・サブマリン・バンド、バーズと渡り歩いたグラム・パーソンズが、バーズをやめたあとで、バーズのクリス・ヒルマンを引きずり込んでつくったグループ。

彼らの1969年のデビュー盤は、グラム・パーソンズがいかにカントリー・ロックを嫌おうとも、バーズのSweetheart of the Rodeoや、ボブ・ディランのNashville Skylineと並んで、このジャンルの成立に貢献したと、否応なくみなされることになった。

しかし、そのあたりの歴史の流れはどうでもいい。問題はカントリー・ロックではなく、グラム・パーソンズとクリス・ヒルマンのハーモニーである。


The Flying Burrito Bros.- Juanita

左がグラム・パーソンズ、右がクリス・ヒルマンで、どちらがメロディーで、どちらがハーモニーか、一聴、判断に苦しむところはエヴァリー・ブラザーズ風、メロディーとハーモニーのパートを途中で交換するところは、あるいはビートルズからもってきたのかもしれない。

クリス・ヒルマンの新しいグループというだけの理由で、このアルバムを見ずてんで買ってしまった高校一年生は、ひどいサウンドに阻まれて、このアルバムの価値がなかなかわからなかった。

聴きはじめて十日かそこらたったころ、後年、彼の代表作といわれることになるHot Burrito #1で、突然GPの声が「聞こえる」ようになって、やっとアルバム全体を受け入れる気になった。

それはこの文脈では関係ないのだが、いちおう貼り付けておく。没後数年にして、GPをキング・オヴ・ハートブレイク2世の座へと押し上げた、必殺のクラッキング・ヴォーカル。


The Flying Burrito Brothers - Hot Burrito #1

この曲でGPがわかってからは一瀉千里、不出来なサウンド(クリス・エスリッジはのちに好きなプレイヤーになった)は気にならなくなり、変なハーモニーも面白く感じられるようになった。

なぜ、彼らのハーモニーが、最初は気に入らなかったかというと、二人のパートがミックスせず、たんに、あちらとこちらに、べつべつのラインを歌っているヴォーカルが二人いるだけ、といったようにしか聞こえなかったからだ。


The Flying Burrito Brothes - Do You Know How It Feels

ミックスしていないように聞こえるのは、声の質やピッチの問題ではなく、録音とマスタリングのせいだと思う。左右に遠く離して定位せず、もっと近づけ、リヴァーブ、ディレイ、イクォライザーなどで加工すれば、エヴァリーズとはいわないが、ふつうのハーモニーに聞こえたはずだ。

だが、GPとクリス・ヒルマンは、そういう選択をしなかった。

A&Mの自社スタジオはゴールド・スターから引き抜かれたラリー・レヴィンが設計し、彼自身が技術部門のボスの座に収まった。数多くのすぐれた録音で知られるスタジオである。

自社スタジオを嫌い、インディペンダントを使ったとしても、あの時代のハリウッドの独立系スタジオは、世界一の会社をはじめ、いいスタジオが並んでいたわけで、わざとクリアな音や、きれいなミックスを嫌い、意図的にごつごつした手触りをつくろうとしたとしか考えられない。

「12月の雨の日」を聴いた時、フライング・ブリトーズみたいなハーモニーだな、と感じたのは、ハーモニーのラインがどう動いているかよりも、ヴォーカルが左右に離してあり、ミックスしていない、いや、させていないように聞こえたからだ。


はっぴいえんど「はっぴいえんど」(1970年)フルアルバム。「12月の雨の日」は21:06から。

はっぴいえんどのヴォーカルが分離しているのは、録音環境が悪かったせいなのかもしれない。全体に痩せていて、寒々とした音像に感じられる。

だが、そのような環境でも、断じて融合させようという強い意志があれば、もっと一体化した響きにすることができただろう。なかば環境の産物であっても、もう半分は、彼らの選択だと思う。

4トラックというありがたくない環境での録音は彼らとしても不満だっただろうが、長い時間がたってみると、あの時代の日本と、彼らのおかれた位置を反映したものに思えるし、歌詞の「ガロ」的な湿り気にふさわしいようにも感じる。

そして、そのような音を知ったうえで、71年にリリースされたセカンド・アルバム『風街ろまん』に針を落とすと――。


はっぴいえんど「抱きしめたい」

イントロのベースの太さは鮮烈だった。「よかった、ふつうの音になった」と手を叩いた。あの時代には「ゆでめん」の痩せた音が残念でならず、また、あのひどい音なのかと恐れていたのだ。

「ふつうの音」というのは、ふだん聴いていたアメリカやイギリスの音のことである。はっぴいえんど以外の日本のバンドというのはあまり聴いていなかった。買ったことがあるのはサベージ、スパイダースぐらい。ゴールデン・カップスと、細野晴臣や松本隆がいたエイプリル・フールは友だちのを借りて聴いた。それくらいしか記憶がなく、日本の録音は総じて嫌いだった。

思うことは山ほどあるけれど、『風街ろまん』のハーモニーの話へと進む。

「抱きしめたい」「空いろのくれよん」にもハーモニーはあるが、シンプルなバッキング・コーラス、アメリカ的に云うと「ウー・アー・コーラス」で、いたってノーマルだ。「風をあつめて」は細野晴臣のソロ・ヴォーカル。

『風街ろまん』でもっとも耳を惹くハーモニーはA面の4曲目に登場する。

はっぴいえんど「暗闇坂むささび変化」


メロディーは作者の細野晴臣、上のハーモニーは大滝詠一が歌っている。

前回までと違って、今回は「半採譜」はしないが、例によって、同じ音にくっつく箇所もあったり、シングル・ノートのお経のようなところもあったり、一瞬、大滝詠一があがってハッとさせたり、「純正はっぴいえんどスタイル」である。

はっぴいえんどのお好きな方ならご存知のことだが、これには元ネタがある。70年にリリースされたグレイトフル・デッドのAmerican Beautyに収録されたこの曲である。

Grateful Dead - Friend of the Devil (Studio Version)


一聴明らかなように、デッドはジェリー・ガルシアの単独ヴォーカルでやっている。American Beautyはデッドの2枚目のアコースティック・アルバムで、ハーモニーもたくさんやっているのだが、この曲は単独ヴォーカルにしたのは、ハーモニーをつけるにはやっかいな音の流れと考えたからではないかと想像する。

このFriend of the Devilと「暗闇坂むささび変化」の差分が、つまりはっぴいえんどらしさなのではないかという気がする。

なお、この曲については、「Friend of the Devil by Grateful Dead」という記事で詳述している。

次回も『風街ろまん』収録曲を、できれば二曲以上を。


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by songsf4s | 2014-01-14 22:42 | 60年代