大滝詠一、フィル・エヴァリー、そして2パート・ハーモニー その7
 
ドンとフィルのエヴァリー・ブラザーズによるストレートでスムーズなハーモニーが、ビートルズ、ピーター&ゴードン、サーチャーズ、デイヴ・クラーク5、スウィンギング・ブルー・ジーンズなどなどの初期ブリティッシュ・ビート勢に手渡された時、大きなシフトが起きて、変則的でスムーズとはいえないハーモニー・ラインが、イギリスのグループの特長になった、というのが前回までのお話。

初期ブリティッシュ・ビートの全盛は、イギリスでは1963年から65年までの三年間、アメリカでの受容は64年にはじまったので二年間と見てよい。その後、はっぴいえんどが登場する70年までになにが起きたのかを、極度に単純化して云うと、サイケデリックの嵐によって、ロックンロールはいわゆる「ロック・ミュージック」へとシフトした。

そして、ジミ・ヘンドリクス、エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、マイケル・ブルームフィールドといったギター・プレイヤーが脚光を浴びるいっぽうで、ハーモニーを中心とする音楽は、脇へと押しやれることになった。

サイケデリック時代の予告となったGood Vibrationsというチャート・トッパーを生みだしたビーチボーイズですら、ブライアン・ウィルソンの心の不調とSmileの挫折、そしてあのようなスタイルが「時代の気分」に添わなくなった結果、長い低迷期に入った。

初期ブリティッシュ・ビート・グループの多くは、67~68年のこの「サイケデリックの壁」を乗り越えられずに表舞台から消えていった。

すでにビートルズは、66年のRevolverあたりで「ジョンとポールのハーモニーのバンド」であることをやめていた。

The Beatles - And Your Bird Can Sing outtake


このテイクをボツにした時、「ジョンとポールのハーモニー」のグループだった時代は完全に終わったと考えている。

サイケデリックの時代は、余韻はそれなりにあったものの、誰もがそちらに傾斜せざるを得ないという時期は短かく、68年いっぱいぐらいで終わったような印象をもっている。もっといえば、68年にCCRの曲が立て続けにヒットしたことは、サイケデリックの終わりの始まりのように感じていた。

サイケデリックがどこで終わったにせよ、ハーモニーを聴かせる時代は二度と戻らなかった。69年夏にはウッドストック・フェスティヴァルがあり、そしてジミ・ヘンドリクスが死んだ。

自分自身はどうだったかと云えば、ジミヘンも買ったし、マイケル・ブルームフィールドが好きだったが、いっぽうで、69年春に偶然、フライング・ブリトー・ブラザーズのデビュー盤を買い(日本でのリリースはそれから半年ほどあとだったと思う)、グラム・パーソンズという人を知り、さかのぼってグラムが歌ったバーズのSweetheart of the Rodeoを聴いたり、ボブ・ディランを集めたりもしていた。いわゆる「カントリー・ロック」の胎動期でもあったのだ。

以下の曲は、のちのブリトーズにおける、グラム・パーソンズとクリス・ヒルマンの2パート・ハーモニーの原型になった、二人のバーズ在籍時のデュエットで、グラム・パーソンズの代表作となったもの。メロディー(下)がGP、ハーモニー(上)がクリス。遠いエヴァリー・ブラザーズの残響。

The Byrds - Hickory Wind


69年初夏にデビューしたクロスビー・スティルズ&ナッシュ(CS&N)のアルバムが大ヒットし、ウッドストック出演も成功した背景には、そのような時代への違和感、ハーモニーはどこへ行ってしまったのだ、という欲求不満があったのかもしれない。

CS&N - Suite: Judy Blue Eyes live from Woodstock


映画『ウッドストック』の日本公開は例によって遅れ、わたしは銀座の山野楽器で部分的に上映された(うーん、16mmフィルムへのトランスクリプションだったのか、オープンリールのヴィデオだったのか、記憶がない。数十人の客が小さな画面をにらんでいた)時にCS&Nを見て、どうして誰もこれを思いつかなかったんだ、と驚き、喜んだ。

たぶん、こうしたことで下地がつくられ、わたしは無意識のうちに、はっぴいえんどを迎える準備を整えていたのだと思う。

だから、まずなによりも、「12月の雨の日」だったのだ。


はっぴいえんど「はっぴいえんど」(1970年)フルアルバム。「12月の雨の日」は21:06からスタートする。目下、「12月の雨の日」の単独クリップはないので、面倒だが、これで代用していただきたい。

前回はコードのコピーに難渋したので、今回はよそさんのコード譜を参照させていただいた。昔、適当にコピーしたものと大きな違いはないし、おおいに不賛成という部分もない。

問題はコードではなく、大滝詠一が数回繰り返し歌ったヴォーカル、とりわけハーモニー・ラインである。

「水の匂いが」ではじまるヴァースでは、たぶん二度のオーヴァーダブをおこなっているが、それはおおむねヴォーカル・パートをふくらませるためのユニゾンになっている。

「雨上がりの街に風がふいに立[おこ]る」というヴァースの後半ではじめてメロディーとは異なるラインが登場するのだが、ここからしてすでに変だ。

雨 上 が り の 街   に
メロディー
シ シ シ ラ シ ラ シ ソ

ハーモニー
シ シ シ ラ シ レ ミ シ

左チャンネルのハーモニーはもう少し微妙にピッチを動かしているようだが、大ざっぱにいうと、以上のようなラインで、前半はユニゾン、後半はハーモニーという、奇妙なことをやっていて、そこで思いきり耳を引っ張られた。

風   が ふ い に お こ る
メロディー
ソ ミ ソ ミ ソ ミ ミ ソ ラ
ハーモニー
ド ド ド ド ミ ド ラ ド ド

つづいて、コーラスなのか、ブリッジなのか判断をつけにくい、「流れる人波を」のところ。

流       れ る 人   波    を
メロディー
ファ# ファ# ソ ラ シ シ レ♭ レ レ
ハーモニー
レ レ レ レ♭ シ シ シ シ ラ

ぼ く は 見   て る う う う
メロディー
シ シ ラ ファ♯ ラ ラ (ソ) ファ♯
ハーモニー
シ シ ラ レ♭ レ レ シ ラ

ハーモニーは左チャンネルに定位されているのだが、同じところに、すこし薄めにミックスされた第二のメロディー・ヴォーカルがおかれているため、わたしのような耳のよくない人間には、ハーモニーがどこへいっているのか明瞭に聴き取れないところがある。まあ高い音は大丈夫だと思うが。

あちこちに奇妙に感じるところがあるし、よくこんなメロディー・ラインにハーモニーをつけたものだなと感心もするが、本日はこれだけで草臥れ果ててしまったので、どこがどう変なのかは、次回に検討したい。


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by songsf4s | 2014-01-11 23:05 | 60年代