大滝詠一、フィル・エヴァリー、そして2パート・ハーモニー その6
 
(承前)
ビートルズのハーモニーを検討するのはこの稿の主眼ではないのだが、直感的に、はっぴいえんどの「12月の雨の日」につながりそうな気がするので、If I Fellのコードとメロディーとハーモニー・ラインの関係を少しだけ見てみる。

しかし、よりによって面倒な曲を選んでしまったものだ。ギターやらハーモニーやらにあまり興味のない方は、今回は読まないほうがいいだろうと思う。われながら、かったるい話題だと認めざるをえない。

The Beatles - If I Fell


以上は、このシリーズで三回目の登場となるクリップ。近ごろは、ギターをコピーしたインストラクション・クリップがずいぶんあがっていて、この曲のものもいくつかあったので、つぎはそれを貼り付ける。前置きが長いので、そのあたりは飛ばした方がいいと思うが。

If I Fell- The Beatles Guitar Lesson


ほかにもっと簡潔なクリップがあるのに、これを貼り付けた理由は、この人がやっているように、F#mとEmの中間に、もうひとつコードをはさんだほうがいい、すくなくとも、そのほうがジョン・レノンのパートには合う、という理由からだ。

ジョンが単独で歌う前付けヴァース(これをイントロと呼ぶ人がいるが、それはちょっと違う)は、コードは変な進行だが、ハーモニーはないので略す。

ヴァースのコード進行は、

D→Em→F#m→(Fdim)→Em7→A

パーレンに入れたFdimは、略す人のほうが多い部分で、たった二音のメロディーとハーモニーに追従させているだけなので、なくてもとりあえず曲の流れに大きな影響は与えない。ただし、ここは、この曲のもっとも変な箇所で、特徴的ではある。

また、Em7のセヴンスの音は、なくてもかまわないタイプではなく、ポールのラインがセヴンスの音(レ)なので、ないと音をはずしたような気分になり、歌いにくいだろう。ギターと歌の分散和音になってしまう。

ここの歌詞は

If I give my heart to you

となっている。前付けヴァースを歌ったのはジョンだが、ヴァースに入ったとたん、ポールがメロディーを乗っ取り、ジョンは下のハーモニーに移動する。

ポールは、If I give my heart to youを、

シ、レ♭、レ、ミ、レ♭、シ、レ

と歌っている。それに対して、下のハーモニーにまわったジョンは、

レ、ミ、ファ#、ソ、ラ、ラ♭、ソ

と歌っている。

これはやっぱり変だ。

いや、前付けヴァースの摩訶不思議なコード進行とは異なり、D→Em→F#mという移動はノーマルである。

メロディーとハーモニーの関係は多少イレギュラーだが、ジョンのハーモニー・ラインは、メロディーに追随せず、素直にコードの動きにしたがって3度をたどっているだけなので、奇妙ではない。

問題はFdimを中心として、その前後だ。ここは、ううむ×3ぐらいで、コードをコピーできず、譜面を見た。Fディミニッシュなんてものが出現したのには、それなりの理由がある。

先に比較的単純なことを片づけておく。「to you」のところで、ジョンはyouに向かって下降し、ポールは逆に上昇する。ここがまず耳を引く。が、問題はさらに複雑だ。

上記のポールとジョンのラインのうち、このto youのtoの音は、ポールは「シ」、ジョンは「ラ♭」である。「シ」と「ラ♭」でどうやってハモったんだと思うが(Eメイジャーに行けば解決、と思うが、そのつぎがEm7なので、それはそれでイレギュラーな動きになる。いや、それでいいのか。目下夜中で音を出せず、後刻確認する)、Fディミニッシュをはめこむと、この2音は同居可能なのである。

If I Fellという曲のヴァース冒頭を聴き、おや、変わった曲だな、と感じるのは、この「シ」と「ラ♭」の同居のせいなのだ。ハモっていると感じるか、はずれていると感じるかは、聴く人の好みで決まる、なんていいたくなるような和音だ。

Fディミニッシュというコードにおいて、ジョンの歌う「ラ♭」は3度のフラット、つまり、マイナーである。印象に反して、ノーマルな音だ。

それに対して、ポールが歌う「シ」は、5度のフラットである。ぜんぜんノーマルではない。

5度のフラット(flatted 5th)というのは、どういうものかご存知だろうか? ビーバップを特長付けた音なのである。

ビーバップというスタイルは、かつて不協和音とみなされていた音の組み合わせも、和音として取り込んで、モダン・ジャズのテンション満載和声の基礎となったことで知られている。

5度のフラットというのは、つまり、かつては和音を構成する音とは考えられていなかったのである。

ビーバップのこの5度のフラットにインスピレーションを得て、ひとつの音楽ジャンルを発明した人もいる。アントニオ・カルロス・ジョビンである。

トム・ジョビンが創始したボサ・ノヴァという音楽は、ギターを弾く人ならご存知のように、ディミニッシュやシックススやメイジャー・セヴンスといった、ルートの感覚を混乱させるコードを多用し、聴き手の気分をつねに宙ぶらりんの状態におく、風変わりな進行を特長としている。

ビートルズに戻る。

ここでFdimを使うかどうかは微妙で、ビートルズがどう弾いているのか、何度聴いても確信がもてない。たぶん、使っていないのではないかと思う。

たんに、ポールのメロディー・ラインとジョンのハーモニー・ラインを矛盾なく同居させようとすると、和声理論からはここにFdimをおくべきだ、というにすぎない。さらに云えば、Fdim→Em7という流れは、なかなか好ましい遷移でもある。「きれいな響き」と云うと、云いすぎかもしれないが。

いやはや溜息が出る。

バディー・ホリーやエルヴィス・プレスリーやエヴァリー・ブラザーズから出発して、なぜ、あっという間にビーバップまで跳躍してしまったのだ? ポピュラー音楽という、印象に反して、じつはきびしいルールに縛られた、真四角な箱の外に、ほとんどこぼれかけているではないか。

64年だったか、渡英したヘンリー・マンシーニはテレビ番組に呼ばれた。たまたまその番組にはビートルズも出ていた。四人のリハーサルを聴いていたマンシーニは、なんだってこの連中はこんなコードを使うのだ、と驚き(その曲はほかならぬIf I Fellだったかもしれない)、ジョン・レノンをつかまえて、コードや編曲をやっているのはきみなのか、それともポールなのか、と尋ねた。

ジョンの答えは、「そういうことはジョージ[・マーティン]に任せている」だった。

いや、ほんとうのところはわからない。だが、ジョンとポールが「ここ、どうするよ?」と迷えば、ジョージ・マーティンがなにか提案、助言をしたのは、さまざまな証言から明らかだ。

このとてつもないシンガーにして、傑出したソングライターでもあったチームが、ジョージ・マーティンという、深い理解と豊かな教養の人に出会ったのは、天の配剤だった。

If I Fellという曲の変則性は、以上で検討したヴァースよりも、むしろブリッジ(ミドル8)のほうに明瞭にあらわれているのだが、たった一音の追求でもたっぷり時間を食われたほどで、これ以上踏み込むのは、書くわたしのみならず、お読みになるみなさんにも負担になるので、略す。

どちらにしろ、「ここは変わった響きで面白いな」と感じるのに、和声やポピュラー音楽史の知識など無用である。ビートルズの突出ぶりは、理屈からも裏づけられる、ということが云いたかったにすぎない。

かつてジャズがその道をたどったように、ポップやロックも、時間の流れとともに、さまざまな考え、さまざまな音が積み重なり、記憶をエコー・チェンバーとして、複雑なエコーを生みだしていく。

大滝詠一という人は、そのような、音楽史を刻む時計を体内にもって、われわれの前に姿をあらわした。次回は、やっとそこに戻れる。


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by songsf4s | 2014-01-10 21:44 | 60年代