大滝詠一、フィル・エヴァリー、そして2パート・ハーモニー その1
 
1970年の秋、あるいは暮れだったか、昼休みに、高校の同級生に、はっぴいえんどという日本の未知のグループのエポニマス・タイトルド・アルバムを渡された。彼は、「姉貴に、これをお前に聴かせろって云われたんだ」と説明した。

その姉さんとは、中学の時にビートルズ仲間として、いっしょにビートルズ映画二本立てを見に行ったりしたことがあった。その後、しばらく会わなかったのに、どういうことの成り行きか、突然、この新しいバンドを、弟の同級生に聴かせてみたいと思ったらしい。

のちに「ゆでめん」と呼ばれることになるそのはっぴいえんどのデビュー盤を聴いて、なんとなく、小学校から中学にかけて熱烈なビートルズ・ファンだった女の子が、高校生になってこのバンドに強い関心を抱いたのは、わかるような気がしたし、わたしがこれを聴いて、なんと思うか知りたくなった気持も、そこはかとなく忖度できた。

「ゆでめん」でもっとも気に入った曲は「12月の雨の日」だった。

はっぴいえんど「12月の雨の日」アルバム・テイク(4トラック録音)


後日の別テイクではあるけれど、彼らがデビュー・シングルに選んだほどで、曲としての出来もすぐれていると思うが、強く耳を引っ張られたのは、ハーモニーだった。このハーモニーのどこをどう面白く感じたか、という分析はとりあえず棚に上げ、先を急ぐ。

つのだひろブログの大滝詠一追悼記事を読んで、そうそう、それが当時の感覚だったよね、と思ったくだりがある。以下に引用する。

日本のロックを作り上げたのは
間違いなく我々のハードロック勢だが
いつの間にか評論家等の筆によって、
日本のロックはハッピーエンド[ママ]によって
できたかのように書かれ、
日本のロック史に刻まれたのは片腹痛い。
もとより大瀧のせいではないが…。

ここでつのだひろが書いている「日本のロック」、つまり「ハードロック勢」がつくりあげた音楽というのが、高校生のわたしは大嫌いだった。そういう直線的なものを聴くなら、英米のバンドのほうが数桁上のサウンドをつくっているのだから、そちらを聴けばいいだけじゃないか、なにもわざわざ不出来な模造品を聴くことはない、ぐらいに思っていた。

わたしは英語をまじめに勉強したので、彼らのオリジナル曲の、幼稚園児のような英語の馬鹿馬鹿しさにもとうてい耐えられなかった。歌詞というものは、小学生の作文ではない、ということは、ビートルズを聴けば誰にでもわかることなのに。

はっぴいえんどは、そういう「ハードロック勢」とやらいう圧倒的多数派に、徒手空拳で立ち向かうかのような音を、そのデビュー盤でつくっている、と当時のわたしは感じた。

むろん、それは、アコースティック・ギターを多用するサウンドに明瞭にあらわれていたし、シャウトがいっさいないことも同じ意図から出てきたことだろうが、なによりも決定的に違っていると感じたのはヴォーカル・ハーモニーだった。

はっぴいえんど「しんしんしん」オリジナルLPヴァージョン


これは細野晴臣の曲で、リード・ヴォーカルも彼なのだが、途中から大滝詠一が(おおむね)上にハーモニーをつけている(この曲の詳細については、かつて、代打執筆者Tonieさんに書いていただいた、「かくれんぼ by はっぴいえんど その1」、および、「同その2」という記事をご参照いただけたら幸甚である)。

高校生のわたしが、あっと思った、「12月の雨の日」と「しんしんしん」に代表される大滝詠一のハーモニック・センスを説明するには、ロックンロールの歴史をさかのぼらなければならない。

わたし自身が即座に連想したのは、その前年にリリースされたフライング・ブリトー・ブラザーズのデビュー盤だが、これは両者が同じものから出てきたことを示すにすぎず、大滝詠一がブリトーズを聴いていた可能性は低いし、彼がハーモニック・センスを培ったのは、もっとずっと以前の音楽でのことにちがいないので、ブリトーズのことは後回しにする。

たくさんあるのだが、たとえばこのあたりの曲は、大滝詠一も聴いていたに違いない。

Peter & Gordon - I Go to Pieces


メロディーを歌うのはゴードン・ウォーラー、上のハーモニーを歌うのはピーター・エイシャーで、ハーモニー・ラインの動きが非常に小さいことに特長がある。

たとえば、She hurt me so much insideのとき、メロディーは、「シ・シ・ラ♭・シ・レ♭・シ・シ」という具合に遷移しているのだが、ハーモニーは「ミ・ミ・ミ・ミ・ミ♭・ミ♭・ミ♭」ぐらいの感じで(よく聞こえないので、ちょっと違うかも知れないがw)、ほとんどワン・ノートの感覚である。ドローン=持続低音の逆、持続高音と云いたくなる。

つぎは、大滝詠一自身、みずからのラジオ番組で特集を組んだこともあるグループの曲。

The Dave Clark 5 - When


分析は棚上げして、つぎの曲へ。同じくデイヴ・クラーク5の、こちらは大ヒットで、日本ではこの曲しか知られていないといっていいほどのあれ。

The Dave Clark 5 - Beacause


曲自体も、オーギュメントや「その場でマイナー移行」(この曲の場合、CからCマイナー)を使った半音進行で、ちょっと変なものではあるのだが、そのわりには、メロディーの遷移は素直で、冒頭のIt's right that I should care about youは、

レシ、レシラソ、シミ(ここのコードはG6→G7なので、スラーでファに移行)

という流れになっている。これに対して、下のハーモニーはどうなっているかというと、いや、不明瞭で、確信はないのだが、おおむね、以下のごとく歌っているように聞こえる。

レレレ、ミ♭ミ♭ミ♭ミ♭、ミミ

といった、お経のような動きというか、あまり動かないラインになっている。

あ、いや、ちょっと待っていただきたい。「動かない」「動きがきわめて小さい」ということを強調しすぎるのは本意ではない。

そうではなく、初期ブリティッシュ・ビートのハーモニーは、たとえば、フォー・フレッシュメンに代表されるような、スムーズなハーモニーとは異なった響きをもっていた、そして、わたしは、その点に大きな魅力を感じた、ということが云いたいのである。

ハーモニーのラインの動きが小さいのは、そのような変化の総体の一部を成すものだったに「すぎない」のだが、もっとも明瞭な特長でもあったので、話のポイントを示すには至極便利なのである。

(細かいことを云うと話が面倒になるのだが、ブライアン・ウィルソンがいうように、フォー・フレッシュメンは、それまでの保守的な和声から、おそらくはビーバップの影響で、複雑なテンションをつけた和声へと移行した革新者だったので、ストレートではないというなら、やはり彼らもストレートではなかった。しかし、それもあの時点では「過去の革新」へと後退していた。)

もう少し例を。当時、わたしが知っていたサーチャーズの曲はほんの一握りにすぎず、これは後年聴いたものだが、初期ブリティッシュ・ビートのハーモニー・スタイルがよくあらわれている。

The Searchers - Sugar and Spice


ヴァースでメロディーを歌っているのはベースのトニー・ジャクソンだが、コーラス・パート(Sugar and spice and all thing's nice, kiss is sweeter than wine)では、ジャクソンは下のハーモニーに移動し、メロディーはリード・ギターのマイク・ペンダーが乗っ取る、という変則的なヴォーカル・アレンジに耳を引っ張られる。

もう少しサーチャーズのハーモニーを聴こう。

The Searchers - Someday We're Gonna Love Again (1964)


明確に人数が聞き取れなくて恐縮だが、ヴァースで目立つのは2パートの部分で、それがこの曲の魅力になっている。ファースト・ヴァースでいうと、

When we broke up I STILL WORE A SMILE
I told myself you'd only GONE FOR A WHILE

上記の大文字にした部分だけ、あとから入ってきたフォールセット・ヴォーカルが上にハーモニーをつける(そっちがメロディーのように聞こえなくもないが)、というややイレギュラーなヴォーカル・アレンジになっている。

当時のブリティッシュ・ビートをよくご存じの方なら、この話がどこに向かっているかは明瞭で、待て待て、みなまで云うな、あとは俺に任せろ、という気分だろうが、本日はヴォーカルのコピーなんぞをやって消耗したので、べつの二人のイレギュラーなヴォーカル・アレンジについては、次回に。


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はっぴいえんど
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by songsf4s | 2014-01-05 21:07 | 60年代