田坂具隆監督『陽のあたる坂道』(1958年、日活、美術・木村威夫、音楽・佐藤勝) その1
 
この春から、当家が居候しているExciteブログの「リポート」の形式が変わり、以前やっていたような、アクセス・キーワード・ランキングのご紹介はできなくなりました。

はじめて「芦川いづみ」というキーワードがランクインしたときは驚いて、そのことを記事に書きましたし、そもそも、アクセス・キーワード・ランキングを公開しようと思ったのは、芦川いづみ登場にビックリしたからだったようにも記憶しています。

リポートの形式が変わったおかげで、どうやら、日々いらっしゃるお客さんの半数以上、おそらく3分の2ほどは、検索によっていらっしゃっているらしいことがわかってきました。

検索に使われているのは、むろん、グーグルが多いのですが、他のサーチ・エンジンも使われています。当家の記事が上位に来やすいのは圧倒的にグーグルなので、グーグルが多数派であるのはありがたいかぎりです。

逆に、他のサーチ・エンジンには冷遇されていて、gooなんかで検索すると、グーグルなら1ページ目に出てくるようなものが、いつまでたっても見あたらなかったりします。

まあ、gooで検索するというのは、わたし自身はめったにやらないからかまわないのですが、先日、たまたまgooが開いたので、「芦川いづみ」を検索してみました。

ちょっと驚きました。いつもなら、当家など存在しないかのごとくふるまうgooが、2ページ目に当家の「芦川いづみ」タグのページをあげたのです。

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以前にも何度か、芦川いづみで検索して当家にいらっしゃった方にお礼を申し上げました。ブックマークではなく、サーチ・エンジンを使ってくださると、上位にあがっていくので、今後ともよろしくお願いします、と。

じっさい、芦川いづみファンの方たちが、サーチ・エンジンで芦川いづみを検索して、当家にくるということを繰り返してくださったのでしょう。その結果、当家に冷たいgooですら、芦川いづみのキーワードで当家がヒットしたのだと思います。

じつにどうも、ありがとうございます>芦川いづみファンのみなさま。しつこくて恐縮ですが、今後とも検索のほど、よろしくお願いします。いえ、芦川いづみにかぎりません。どんなものでも、お気に入りのキーワードでどうぞ。

◆ 血の陰影 ◆◆
さて、その芦川いづみが出演した田坂具隆監督の『陽のあたる坂道』を、これから数回にわたって見ていこうと思います。

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といっても、あと一時間ほどしかテキストを書く時間は残されていないのに、どういう方向でやるのか、いまだ暗中模索で、例によって、走りながら考えよう、という不埒な心構えで取りかかっています。書いているうちに目処がつけばラッキー、下手をすると、スパゲティー状の混乱記事になるおそれありです。

しかし、田坂具隆の二つ前の映画である『乳母車』と同じように、美術は木村威夫なので、セット・デザインのディテールを検討するという方法があります。

また、音楽監督は佐藤勝で、例によって興味深いスコアや挿入曲もあるから、その面から見ていくという、当家のいつものやり方もできます。

原作も中学以来、何度か再読したことがあり、まだ文庫本が手元にあるので、小説と映画の異同を検討することもできます。

結局、たんに、ストーリーラインをどの程度まで追いかけるか、その匙加減だけの問題のようにも思います(楽観的すぎるぞ、と、だれかに云われたような気がする。空耳か)。

ということで、音楽、美術、撮影、原作との異同など、八方美人の虻蜂取らずで、右往左往としてみようと思います。

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まず外側のこと、データ的なことを少々。

当家ではすでに『乳母車』をとりあげていますが、この『陽のあたる坂道』は田坂具隆による、一連の石坂洋次郎原作、石原裕次郎、北原美枝、芦川いづみ出演映画の二作目にあたります。つぎの『若い川の流れ』と併せて三部作を形成している、その真ん中の映画です。

この三部作に共通するのは主要出演者ばかりでなく、美術の木村威夫、撮影の伊佐山三郎もレギュラーです。美術監督と撮影監督が同じだと云うことは、視覚的なトーンにも共通する味が生まれると、原則的にはいっていいでしょう。

石坂洋次郎は、はじめから「田代信次」というこの映画のキャラクターを、石原裕次郎のイメージで書いたのだそうで、なるほど、いかにも裕次郎が演じそうな人物になっています。

いや、渡辺武信が追悼記事で指摘したように、石原裕次郎という俳優には光と陰があり、屈託のない明るい青年と鬱屈する青年が同居していました。「青春映画」という言葉をそのまま当てはめてかまわない、明朗闊達な青年を演じた作品群(たとえば『青年の樹』や『あした晴れるか』)がある一方で、たとえば、『俺は待ってるぜ』のように、行き場のない場所に追いつめられた青年も多数演じています。

これはたぶん、石坂洋次郎作品に共通する暗さ(「血と過去がもたらす陰鬱」とでもいおうか)も影響しているのだと思いますが、『陽のあたる坂道』で石原裕次郎が演じた田代信次もまた、一見、闊達のように見えて、じつは「血」という日本的鬱屈に煩悶する青年です。

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北国からやってきて、東京の大学で学ぶ倉本たか子(北原三枝)は、出版社の社長・田代玉吉(千田是也)の娘・くみ子(芦川いづみ)の家庭教師の口を紹介され、(おそらくは田園調布にあると想定される、ただし、現実のロケ地は鶴見だったらしい)田代邸を訪れます。

ここでたか子は、母親のみどり(轟夕起子)、長男の雄吉(小高雄二)、次男の信次(石原裕次郎)に会い、彼女の常識からは大きく外れた、どんなことも言葉にして説明し、意見を主張する、いわば戦後的な家族のありように接します。

三脚なしの映画館盗み撮りですが、もっとも好きな映像と音の組み合わせによるクレジットなので、いちおうクリップを貼り付けます。



お断りしておきますが、イントロの数秒がカットされています。イントロそれ自体は重要ではなくても、残りの本体を引き出し、その味を決定する役割をもっているので、映像が黒味だからといって音をカットしていいと云うことにはなりません。それがわからない人が多くて、いつもムッとなります。

いきなりフォークボールではなく、高めのストレートを見せておき、つぎにフォークを投げて仕留める、なんてパターンがあるでしょう? 物事には順序というものがあり、その文脈のなかで生きるものというのがあるのです。映画はまさに順序の技、音楽もまたしかり。無意味においてあるものなどありません。

ということで、以下に、きちんとイントロのついているヴァージョンをおきます。ただし映画のOSTとは異なるテイクでしょう。全篇からいくつかの場面の音を取り出し、ひとつの組曲のようにしたヴァージョンです。

サンプル 佐藤勝「陽のあたる坂道」(ダイジェスト)

この冒頭のメロディー、メイン・タイトルといえる曲は、何度かアレンジを変えて、変奏曲として登場します。佐藤勝というのは、日本音楽史上もっともヴァーサタイルな作曲家ではないかというほど、ほとんどどんな音楽スタイルにでも適応できたと思います。それでも、やはり、このような、叙情的オーケストラ・ミュージックというのが、この人の背骨ではないかと感じますし、その系列のなかでも、この『陽のあたる坂道』のメイン・タイトルは、とりわけ好ましいものです。

先年、ヴィデオ・デッキを廃棄し、ついでにVHSテープの大部分も処分してしまい、テープでしかもっていなかった映画は見られなくなってしまいました。『陽のあたる坂道』もそのときに捨ててしまったのですが、あとになって無性に再見したくなりました。

そのときに、どのシーンが頭に浮かんだかというと、まず、オープニング・クレジットでした。なぜオープニングかというと、頭のなかで想像したときは、あの佐藤勝のテーマ曲が聴きたいのだと思いました。

今回、DVDで再見して、ちょっと考えが変わりました。佐藤勝の音楽だけでなく、視覚的にも、大きな魅力が二点あると、いまさらのように認識しました。

ひとつは、おそらくは田園調布(木村威夫の記憶はあいまい)で撮影された、坂道のアップス&ダウンズをなぞる視覚的なリズム、もうひとつは、背をピンと伸ばし、やや大股に歩く北原三枝の、これまたリズミックな身のこなしです。

この視覚的なリズムの流れに、佐藤勝の弦による音のレイヤーが呼応して、じつに音楽的な響きのある映像と音のアマルガムが生まれていると感じます。だから、あとで振り返ったときに、このオープニング・クレジットが頭に浮かんだのでしょう。

文字数を使ったわりには、今回はほとんどなにも書けませんでした。次回から、物語に入っていくことにします。


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by songsf4s | 2012-06-03 23:55 | 映画