石井輝男監督『セクシー地帯〔セクシー・ライン〕』(1961年、新東宝) その4
 
石井輝男監督は、東京は番町の生まれだそうで、なるほどな、と思いました。こういう韜晦の仕方というのは、都会人特有のもので、さてこそ、です。

とくに東京生まれに多いのですが、まじめくさった物言いを野暮に感じ、「芸術」なんてことは、自分でやるのはおろか、単語を口にするのも恥ずかしく思うタイプの人がいます。

「芸能」「芸事」ならいいのですが、くそまじめな顔をして「わたしの芸術はかくかくしかじか」などという人間を見ると、恥ずかしくて顔から火が出てしまうのです。

そのような羞恥の人の「アーティスティックな志」は、内部から外部へと向かう途中のどこかで迂回路へと入り込み、思わぬ場所に、仮面をまとって表出することになります。

石井輝男の映画には、そのような都会的羞恥心を感じます。くそまじめにお芸術をやることが恥ずかしいので、俺の映画なんてものは、客のスケベ心に媚びる、ただのエログロ消耗品さ、というポーズをとることで、なんとか羞恥心を克服し、やっとのことでみずから「映画監督」と名乗ることができたのだと、わたしは想像します。まあ、芸術は恥ずかしい、なんていうことの通じない、野暮天野郎がいつの時代も圧倒的に多いのですがね。

こんなことは、こちらの勝手な思いこみにすぎないのかもしれません。でも、わたしが石井輝男に肩入れする理由のひとつは、彼を羞恥の人だと考え、そこに共感するからです。彼の低徊指向、エログロ趣味は、町に生まれ育った少年のはにかみが裏返ったものなのだと思います。

◆ 島としての銀座の終焉 ◆◆
プロットがずぶずぶで、ガチッとたがをはめていないので、こちらの書き方もついずぶずぶになってしまいました。そもそも、スクリーン・ショットと音楽を並べるだけで、プロットを追いかけるつもりではなかったため、ここで改めて時間をさかのぼります。

前々回、バッカスという酒場で「クロッキー・クラブ」の会員証を見られたのを機縁に、吉岡(吉田輝男)と真弓(三原葉子)は、娼婦をおびき出し、ホテルの一室で脅して、いくつかの情報を得ます。

吉岡のほうは翌日、バッカスを足がかりにして、「クロッキー・クラブ」に属する店を探し、秋子(池内淳子)という女にたどり着いたことは前回書きました。

いっぽう、真弓のほうは、娼婦を脅し、翌日、彼女になりかわって客(守山竜次)に会い、ホテルまでついていきますが、これといった情報は得られず、客が風呂に入っているあいだに、金だけいただいて帰ってしまいます。

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三原葉子は娼婦に扮して客を待つ。東京駅構内での撮影だが、許可は取ったのだろうか。呵々。

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客が目標にする目印は腕につけた「ダッコちゃん人形」だというのが、なんだか妙に可笑しい。劇中では「ウィンキー」といっているが、そういえば、そういう異称もあった。1960年7月の発売だそうで、この映画が撮られた同年10月には、ブームの真っ最中だったことになる。これしきのものが差別的だという馬鹿がいたそうで、ただ呆れるしかない。カルピスのシンボルが差別的だといって変えさせた輩の同類。そんなものを差別的だと思う脳みその持ち主のほうがよほど差別的人種である。

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このサブプロットもどこにもつながらない盲腸でしたが、つぎに彼女は新橋駅前にすがたをあらわし、これといった理由もなく、札束を手にした男(沖竜次)を見て、その金をすろうとして気づかれ、手をつかまれてしまいます。

この男がなんとクロッキー・クラブのボス。そりゃまあ、真弓は掏摸が仕事だから、特段の理由なく、仕事をいたしてもかまわないのですが、ただ金を持っているのを見たからという理由で掏摸のターゲットにした相手が、たまたま、目下彼女と吉岡が追求しようとしている組織の親玉だったとは、あらまあ、です。

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一瞬だが、ガード下の新橋文化劇場(現存)の看板が見える。

しかし、こちらが、ポカンと口を開けているあいだにも、話はどんどん進んでいくので、あきらめて成り行きにまかせます!

ボスは真弓を新橋(汐留川に架かる橋そのもの)のすぐ近くの「クロッキー・クラブ」につれていき、ここで働け、と脅します。真弓のほうも、探りを入れたくもあり、逆らっても無駄と考え、この提案を承知します。

真弓は、控え室で同僚に話を聞いたり、助けを求めるメモを紙飛行機にして投げたりしたあげく、順番がまわってきて、客の前にでてポーズをします。

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救援を求める真弓の紙飛行機はバタ屋の子どもに拾われる。

そこへ、秋子からクラブの話を聞いた吉岡が、客としてあらわれ、指名して真弓を連れ出そうとしますが、前夜、情報を得るためにだましてホテルに呼び出した娼婦の証言で、二人がクラブを探っていることがバレ、地下室に監禁されてしまいます。

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話は煮詰まり、これでもうわかったようなものです。あとは如何にして二人が脱出し、組織をやっつけるかというだけ。そのあたりの話の運びは、吉岡と真弓の思わせぶりな会話がちょっと可笑しいくらいで、それほど面白いわけでもありません。

真弓がボスから掏摸とったナイフでロープ(ではなく電気コードか?)を切るシークェンスの音楽と、三原葉子と吉田輝男のおもわせぶりな会話をサンプルにしました。

サンプル 平岡精二「ナイフ」

しかし、ずっと申し上げているように、この映画の面白さは視覚的なディテールにあります。吉岡と真弓が地下室から抜け出し、新橋(あるいは土橋か?)の上に出るまでのショットはおおいに楽しめました。

つづいて、二人が地下室から脱出し、追っ手から逃れて、汐留川の工事現場から橋の上に出るまでの音楽を。この二曲はブルーズで、同じ曲ですが、リズム・アレンジが異なります。

サンプル 平岡精二「深夜の脱出」

サンプル 平岡精二「逃走」

それでは以下に、地下室脱出からエンディングにかけてのスクリーン・ショットを並べます。

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かつて真弓を逮捕したことのある刑事・須藤五郎(細川俊夫)は、バタ屋の子どもと遊んでいて、真弓の救援メモに気づく。

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地下室の鍵をあけて外に出ると、汐留川をはさんだ目の前に、またしても映画館・銀座全線座が見える。ただし、このとき、全線座はすでに映画館を廃業し、ナイトクラブになっていたらしい。現在の銀座8丁目博品館の裏手。

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銀座はかつて、外堀、京橋川、三十間堀、汐留川に囲まれた「島」でした。現在でも、水のないところに、三原橋、新橋、数寄屋橋といった橋の名前が地名として残っている所以です。また、横溝正史の戦後の複数の小説に、濃霧で一寸先も見えない銀座裏で殺人が起こる話がありましたが、それも銀座が堀割に囲まれていたためです。

石井輝男は、開巻まもなく、吉田輝男と三条魔子が三十間堀でボート遊びをするシーンを見せ、その背景に「東京松竹劇場」のネオンサインを配しました。

クライマクス、吉田輝男と三原葉子は、「銀座全線座」を見つつ、工事中の汐留川の足場をわたって逃げます。

これを無意識に見せる映画監督というのはいないわけでして、石井輝男は「銀座島」の物語を描いて見せたのです。そして、都市には表と裏、上と下、光と闇があり、『セクシー地帯』は、都市の裏、都市の地下、都市の闇を描いた物語です。

文字で読むだけでも、そういう物語を好むわたしのような人間にとっては、『セクシー地帯』は過去のある時期の都市の闇を視覚的に見せてくれるのだから、じつに愉悦に満ちたものであり、映画というのはありがたいものだと思いました。

銀座ばかりでなく、かつては、中央区全体が魅惑的な水の都でしたが、主として車社会の進展、そしていくぶんかは堀割の悪臭のせいもあって、ほとんど痕跡をとどめないまでに埋め立てられてしまいました。

汐留川の埋め立てはすでに50年代にはじまっているので、『セクシー地帯』が捉えたこの運河の工事現場は、改修や浚渫などではなく、埋め立てのものなのでしょう。

石井輝男は、水の都としての東京が死んでいくすがたを記録しようとしたのか否か、そんなことはわかりません。しかし、この映画を見終わって、石井輝男には、子どものころから親しんできたなにかが失われる予感があり、それが原動力となって、この物語を生み出したのではないか、と思いたくなりました。

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by songsf4s | 2012-05-22 23:49 | 映画