ローランド・エメリッヒ監督『ゴジラ』はほんとうにダメな映画か?
 
べつに、なにかきっかけがあったとか、意図があるわけではなく、ただたんに、ふと再見したくなったので、ローランド・エメリッヒのハリウッド版『ゴジラ』を見てみました。

現在のところ、最後のゴジラ映画となっている、2004年の『ゴジラ・ファイナル・ウォーズ』に、こんなシークェンスがありました。

ゴジラ対ジラ


ゴジラの尻尾パンチと破壊光線のコンビネーション攻撃で、イチコロでやられてしまい、北村一輝扮するX星人に「やっぱマグロ食ってるようなのはダメだな」と切り捨てられてしまった、この「ジラ」というのはなにかというと、ファンはもちろん承知、1998年のアメリカ版『ゴジラ』のことです。

ここでは、あれをゴジラと呼んだのは、アメリカ人の勘違い、じつは「ジラ」という亜種である、ということにされています。ゴジラ・ファンの多数派意見に配慮し、ちょっとした楽屋落ちとして、あの寄り道に決着をつけておいた、というあたりでしょう。

では、ハリウッド版『ゴジラ』はそんなにひどい映画だったのでしょうか?

『ゴジラ』(1998年)ドイツ語版パート1


スペクタクル映画の演出というか、むしろ化物映画の、というべきかもしれませんが、すくなくとも冒頭は脅かし方の本道を行く演出で、多くの東宝版ゴジラ映画よりすぐれていると感じます。

すくなくとも、あの咆吼を一発かまして、いよう、毎度おなじみの俺だぜ、みたいな、気安気安な登場の仕方ではないのは好感が持てます。

モンスター映画では、モンスターをいかに出現させるかは非常に重要で、うまく出せれば、見ているほうは乗れます。このハリウッド版ゴジラの、日本漁船のくだりは、出自への言及と、1954年のオリジナルへの「うなずき」でしょうから、ひとまずおきます。

しかし、同じ1954年版への言及ではあるものの、マシュー・ブロデリック扮する科学者がチェルノブイリから連れ去られて置かれた場所が、おおきな穴ぼこ、というのはじつにけっこうで、わたしは盛り上がりました。

むろん、これは、1954年版で、志村喬扮する科学者が足跡を調査するシーンへのオマージュでしょう。ただし、数倍にスケール・アップしたオマージュです。

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そのシークェンスのつづきを以下に。

『ゴジラ』(1998年)ドイツ語版パート2


このクリップでは、漁船の引っかいたような痕が笑えます。引っかき疵のようにしか見えないのですが、サイズが尋常ではありません。

さらに、トロール漁船団のショット(東宝版への「うなずき」が必要なければ、こちらから入るべきだった)へとつながりますが、ここはローランド・エメリッヒの得意技というぐあいで、興趣あるシークェンスになっています。

モンスターの恐るべきパワーは、モンスターそれ自体ではなく、パワーの行使の間接的な描写によって表現するべきであり、その意味でここはじつにうまくやっています。1954年版の精神を汲んだ、というところでしょうか。

『ゴジラ』(1998年)ドイツ語版パート3


こんどは桟橋と魚河岸のシークェンス。ゴジラが釣りの餌を飲み込むとは思えないし、のみこんだからといって、釣り針が引っかかったり、糸が切れないのもおかしな話ですが、まあ、笑えるのでいいでしょう。桟橋がものすごい勢いでまっぷたつになっていくのも楽しいショットです。

このへんまでなら、ハリウッド製『ゴジラ』はかなりいけるのではないかという気がします。

つぎのクリップはあまり面白いところはありませんが、まあ、おくだけおいておきます。

『ゴジラ』(1998年)ドイツ語版パート4


この、魚を餌にゴジラをおびき寄せるというせこいくだりのせいで、『ゴジラ・ファイナル・ウォーズ』で「マグロ食ってるようなのはダメだな」といわれてしまったのです。日本版ゴジラは、原子力など、エネルギーを直接摂取するものとして描かれていることが多いと記憶しています。

『ゴジラ』(1998年)ドイツ語版パート5


地下からゴジラが半身をあらわしたところで、わたしは、ちょっと文句をつけたくなりましたが、まあ、最後まで見てから、なんて思いとどまりました。

でも、今回見直しても、やはり、肩から胸にかけての正面のデザインは違和感があります。大アマゾンの半魚人でしょ、これじゃあ。Size does matterの売り文句が泣きますよ。

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飛んできたミサイルを、ひょいと頭を下げて避けるのも気に入りませんでした。ゴジラともあろうものが、ミサイルごときを怖がるはずがないのですがねえ。

ここまでは、それなりにうまくスケール感を出してきたのですが、このあたりで卑小化がはじまるように感じます。陸軍の警戒線に突進してきて、走り去るゴジラの耐えられない軽さよ!

抜けているパートもあるし、面白くないのもあるので、パート9にジャンプします。

『ゴジラ』(1998年)ドイツ語版パート9


このクリップは、いきなり、それはないじゃん、と思ったシーンからはじまります。危険を感じたゴジラが逃げまどって、ハドソン川に飛び込むのです。それなりに重量感の表現をやっていますが、こんな身軽に飛ばれても……。

そろそろスポイラー警報発令です。ここから先は肝心なところに入っていくので、やっぱり見てみようかと思った方は、もう読むのをおやめになったほうがいいでしょう。

ゴジラが妊娠している、その巣を襲って退治なければ、という展開は、まあ、いいとしましょうかねえ。やっぱり、ダメですかねえ。焦点がボケる、という問題はあるかもしれません。

しかし、もっと気に入らないのは、卵でいっぱいの巣に入っていくところが、『エイリアン2』そっくりだということです。と書いていて、なぜ、『ゴジラ』のフランス特殊部隊は火炎放射器をもっていなかったのか、とちょっと不思議に思いました。ミサイルを怖がる弱々しいゴジラが産んだものなら、燃せば燃えるでしょうに。

そのあと、卵が孵り、主人公たちを追いかけまわすのは『ジュラシック・パーク』シリーズ、とりわけ一本目にそっくりで、ここでもまた索然としました。

以下、結末を書くのでご注意。

最後の駄目押し、決定的にこの映画の印象を悪くしたのは、ゴジラの死に様です。

魚雷でやられたかと思ったゴジラは、じつは生きていて、子どもたちを殺戮されたのに怒り狂い、NYを疾駆して、主人公たちの乗った車を追いかけます。

最後は、ブルックリン・ブリッジに誘い込まれ、吊り橋のワイアで身動きできなくなった(そんな弱いヤツだったのか!)ところを、ミサイルを四発撃ち込まれ、どうと倒れ伏します。

そんな簡単なモンスターだったのですか。自衛隊がいつも失敗ばかりしているのは、火力が足りなかったから、なのでしょうか。

こんな、ただデカいだけの、育ちすぎのトカゲなら、どうということはありません。殺す方法なんか山ほどあります。このエンディングは、アメリカ軍が正面から戦って勝てない相手はない、という、馬鹿げたプロパガンダに見えました。

結局、わたしの観点からは、1998年版『ゴジラ』の欠点は以下の通り。

・上半身の正面が人間みたいで気持わるい
・猫背は卑小
・身軽すぎてキング・オヴ・モンスターの貫禄がない
・他の映画にあまりにも類似した箇所が多い
・ミサイルごときで死ぬものはモンスターとはいえない、たんなるデカい動物

といったあたりです。

それでもなお、最初の三分の一ぐらいの、ゴジラの出し方、間接的な脅し方には見るべきものが多く、初見のときは、「やっぱりハリウッド製はリアリティーあるなあ」と感心しかかりました。

来年か、再来年か、つぎの『ゴジラ』が登場するのだそうです。こんどは、98年版の失敗をよく検証して、やっぱり現代の技術でつくると、すごいものだ、と感心させてほしいものです。

新ゴジラ予告編のようなもの


なんだか、デザインがエイリアンみたいで、ちょっと心配になりますが……。


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by songsf4s | 2011-12-12 23:51 | 映画