いまさらのようにPet Soundsを聴きなおしてみる その5 Wouldn't It Be Niceセッション
 
1997年のThe Pet Sounds Sessionsは、予想したとおり驚異に満ちたボックスでした。前回も書いたように、ヴォーカルなどの下敷きになって埋もれていた音が山ほど浮上してくるし、アレンジの変更過程がわかるし、ブライアン・ウィルソンの指揮ぶりも伝わってきて、60年代のハリウッドのスタジオのあり方について、飛躍的に知識を増大させ、理解を深める役割を果たしてくれました。

The Pet Sounds Sessionsを聴いて、ドラムに関していちばん驚いたのは、Wouldn't It Be Niceでした。まずはリリース・ヴァージョン。

The Beach Boys - Wouldn't it be Nice (official release, mono)


オフィシャルといったって、LPとはぜんぜんちがうじゃないか、ですがね。ハル・ブレインの一打目は、LPのときはこんな派手な音ではありませんでした。

つづいてテイク1から数テイク。最初の一分ほどでやめていただいても、話の筋道には影響しないので、ご随意に。

The Beach Boys - Wouldn't it be Nice (some takes)


ブライアン・ウィルソンは、イントロでいきなりホールドして、ハル・ブレインに指示を出しています。入り方が違うというのです。

ハルは、4小節構成のイントロの最後の小節の後半2分音符分を使って、スネアの4分3連プラス4分1打のフィルインで入っています。これはいたってノーマルな入り方です。多くのドラマーが、こういうイントロだ、適当に入ってくれ、といわれたら、こういう形で入ろうとするだろうと思います。

ハル・ブレインはHal Blaine & the Wrecking Crewのなかで、以下のようにいっています。

「プロデューサーたちは、プロダクションへのわれわれの関わり方も、他のミュージシャンたちとはちがうことを承知していた。アレンジャーというのは、十のうち九は、チャートをわたすときに『自分でも気に入らないんだけどね』というものだし、プロデューサーも『このスコアで満足しているわけじゃないんだが』という。チャートはあくまでもガイドにすぎず、それ以上のものではないと思ってくれ、というのがつねなのである。われわれはチャートに襲いかかり、書かれているもののはるか彼方にまで突き進むことを求められた」

これが彼らの日常でした。管や弦のプレイヤーはアレンジャーから譜面を渡されるのですが、ドラム、ベース、ギターなどのリズム・セクションのプレイヤーはコード・チャートだけを渡され、リハーサルのあいだに自分でアレンジし、譜面を起こしました。むろん、グレン・キャンベルやジェイムズ・バートンのように読譜能力のないプレイヤーは、ラインを記憶するしかありませんが。

f0147840_233197.jpg

しかし、ブライアン・ウィルソンはふつうのアレンジャーではありません。Pet Soundsに関しては、ギターは音を聴けばアレンジされたラインを弾いているのはすぐにわかります。

ベースについては、キャロル・ケイがはっきりと、譜面を渡され、ほとんどすべてブライアンの指示通りにプレイした、自分が考えたラインはわずかにすぎない、と証言しています。あのモータウンのヒット曲のベースラインを書いた人が、ほとんどなにもアレンジしなかったのです。

このWouldn't It Be Niceの初期テイクを聴くと、ブライアンがどういうフレーズで入るのかをハル・ブレインに何度も説明しなおしています。

サンプル The Beach Boys "Wouldn't It Be Nice" (take 1 through 6)

さまざまなセッションを聴けばわかりますが、ハル・ブレインはプロデューサーやアレンジャーの意図をすばやく掴む能力を持ったプレイヤーで、そのおかげで不動のエースになったのではないかと思うほどです。それがこの曲では、なかなかブライアンの意図が伝わりません。それだけ、ドラマーの観点からは尋常ではない入り方だったということです。

譜面があれば早いのですが、ブライアンはあまり譜面を書かないので、「イントロの4小節目の最初の拍でバン、ワン、トゥー、スリー、ババン」などと口で説明しています。これでどこで叩くかはわかるのですが、それぞれのビートをなにで叩くかはわかりません。

だからはハルは、テイク4では、最初の「バン」をスネアとキックで、つぎの「ババン」をスネアのみでやって、またホールドされてしまいます。

テイク6では、バンもババンもキックのみでやりますが、これも駄目。ブライアンは、スネアで、とも、タムタムで、とも、なんともいわずに、ノー、というだけです。ひょっとしたら、ビートはわかっていても、どれで叩けばいいかということは、ブライアンもまだ決めかねていたのかもしれません。

結局、イントロのドラムが落ち着くのはテイク7です。ハル・ブレインにとっては忘れられないセッションになったのではないでしょうか。

譜面を使わずにいうと、いや、譜面に書いても、ちょっと面倒な入り方です。確認のために書いておきます。

f0147840_118334.jpgイントロの4小節目の1拍目をキックと(たぶん)スネアでまず1打。これがブライアンのいう「バン」です。その小節の4拍目の裏拍の8分をキックで1打、つぎの小節の頭の拍をスネアとキックとシンバルで同時に1打。

と思うのですが、キックを強く踏み込むと、スネアワイア(響き線。スネアの裏に張られている)が共鳴を起こして、スネア自体が鳴ったように聞こえることもあるので、たしかなことはわかりません。

しかし、重要なのはその点ではなく、「ババン」のほうです。「バ」は4小節目の最後の拍の裏拍(表拍ではないことに注意)、つまり、頭に8分休符が入っているので、細かくいうと、「ババン」というより、「ンババン」なのです。

「バン」は5小節目の頭なので、この「ババン」はふたつの小節にまたがっています。この点も、困難とはいわないまでも、自明ではありません。譜面なしでこれをやらせようとしたために、ちょっと混乱が起きたのでしょう。

しかし、このまったく自明ではないドラムの入り方に、アレンジャーとしてのブライアン・ウィルソンの能力の高さが端的にあらわれています。こういう、ドラマーがすぐには理解できないようなフレーズを使ったリズム・アレンジをできるアレンジャーは、綺羅星のごとく大編曲家がいたハリウッドにあっても、ほんの一握りだったと思います。彼らのほとんどは弦や管のアレンジャーであって、リズム・アレンジは守備範囲外でしたから。

パーソネルを書き写しておきます。

ドラムズ……ハル・ブレイン
ベル、ティンパニー、パーカッション……フランク・キャップ
アップライト・ベース……ライル・リッツ
フェンダー・ベース……キャロル・ケイ
ギター……ジェリー・コール、ビル・ピットマン
マンドリン……バーニー・ケッセル、レイ・ポールマン
ピアノ……アル・ディローリー
オルガン……ラリー・ネクテル
アコーディオン……カール・フォーティーナ、フランク・マロコ
サックス……スティーヴ・ダグラス、プラズ・ジョンソン、ジェイ・ミグリオーリ
トランペット……ロイ・ケイトン

Pet Soundsのメンバーについては、エディションによって異なっているなど、複数の意見があって、どれも百パーセントは信用できません。上記のメンバーも、隅々まで納得がいくものではありません。

たとえば、オルガンの音は聞こえないし、マンドリンではなく、ギターとしているソースもあります。

そもそも、いろいろ不思議な音がたくさん鳴っているPet Soundsのなかでも、Wouldn't It Be Niceは、最初に聴いたときは、どういう楽器編成なのかさっぱりわからず、目が回りました。

ヴィデオPet Storyのなかでブライアンが、あれはアコーディオンを重ねたんだ、あの音がスタジオに鳴り響いた瞬間、みんな、『うわ、なんだこの音は』と大騒ぎさ、と楽しそうに語っています。

つまり、ブライアンの意図はそういうことだったのでしょう。いや、Wouldn't It Be Niceだけでなく、このPet Soundsというアルバム全体が、「うわ、なんだ、この音は」とビックリさせるためのものだったのです。

だから、と開き直りますが、ずっとアコーディオンとマンドリンの組み合わせとは思っていませんでした。いや、マンドリンについては異論もあります。じっさい、マンドリン、ギター、それに、そのどちらでもないなにかの音が、テイクの合間に聞こえてきます。

アコーディオンがアコーディオンに聞こえなかったのは、ああいうリズムでスタッカートでコードを弾いていたからでしょう。アコーディオンのよくある弾き方ではありません。

ギターについていうと、一本は、

You know its gonna make it that much better
When we can say goodnight and stay together

という、ヴァースでもブリッジでもないから、コーラスと思われる箇所と、スロウダウンする、

You know it seems the more we talk about it
It only makes it worse to live without it
But lets talk about it
Wouldn't it be nice

というブリッジで、フェンダー・ベースのオクターヴ上を弾いています。このエレクトリックはその役割専用です。

こういうほとんど聞こえない細部へのこだわりは、Pet Sounds全体に見られるものですが、その淵源はまちがいなくフィル・スペクターです。

f0147840_23314979.jpgこのWouldn't It Be Niceでも卓についたラリー・レヴィンが回想していました。ある曲の録音で、バランスをとっていった結果、ギターが不要になってしまったので、あの音は聞こえない、帰ってもらったらどうだ、といったら、スペクターは、ダメだ、聞こえなくても、いなくなれば全体のバランスが崩れて音が変わる、と拒否したのだそうです。スペクター・セッションにしばしば顔を出していたブライアンは、そういうフィル・スペクターの、ディテールを大事にする音作りをつぶさに目撃したことでしょう。

話は途中のような気もするのですが、時間切れが迫っているので、もうひとつサンプルをいくことにします。こんどは音のいいものを。

サンプル The Beach Boys "Wouldn't It Be Nice" (tracking session, edited, from The Pet Sounds Sessions Box)

The Pet Sounds Sessionsに収録された、セッションのハイライトです。これを聴いて、ここまで書いてきたようなことをあれこれ思ったのですが、もうひとつ、4分3連のフィルインでスロウダウンしてからの部分で、あっと思いました。

上掲の歌詞でいうと、talk about itのあと、フランク・キャップのティンパニーとハル・ブレインのスネアやタムタムのフィルインで元のテンポにもどり、Wouldn't it be niceというフレーズになります。

しかし、このセッション・ハイライトを聴くと、ティンパニーとドラムのフィルインの部分は、いきなり元のテンポに戻らず、スロウから元に戻る遷移過程になっていて、しかも、フランク・キャップとハル・ブレインのタイミングが合わず、ハルが遅れた形になっています(フランキーが早すぎるともいえるが)。

f0147840_0142125.jpgこのズレをきれいに修正することができず、結局、このフィルインの段階でいきなり元のテンポに戻すという選択をしたのではないかと推測します。なんにせよ、ハル・ブレインにとっては、ひどい魔日でした!

小さなことですが、途中でまた自転車のベルが使われていることにも、ニヤリとします。自転車のベルはほとんどペット・サウンズの象徴といえるのではないでしょうか。ブライアン・ウィルソンから見れば、この世界そのものが音楽であり、あらゆるものが楽器だったのであり、それをわれわれに知らせたかったのだと思います。

トラッキング・セッションも難航しますが、ヴォーカル・セッションも大難航だったと伝えられています。じっさい、セッションを聴くと、じつにいろいろなヴォーカルが重ねられていることがわかります。

しかし、この記事も大難航で、すでにギリギリ一杯、それに、そもそも、ヴォーカル・ハーモニーの分析はわたくしの手には余るので、本日はここまで、Wouldn't It Be Nice完です。


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The Pet Sounds Sessions
The Pet Sounds Sessions


ハル・ブレイン回想録(英文)
Hal Blaine and The Wrecking Crew
Hal Blaine and The Wrecking Crew
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by songsf4s | 2011-10-28 23:59 | 60年代