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The Beatles Studio Sessionsを聴く その4 For Sale およびI Feel Fine 前編
 
以前、「玉木宏樹「日活での凄い体験」(『猛毒!クラシック入門』より)」という記事でご紹介した作曲家、ヴァイオリニストの玉木宏樹さんをツイッターでフォローしています。

そのツイートのなかで、そうだなあ、改める必要があるかもしれない、と思ったことがあります。「転調」と「移調」は違う、という点です。ポップ/ロック系では、移調のことを習慣的に「転調」といっていて、ほんとうの意味での転調のことをいおうとすると不便な思いをします。

調が変化する(転調)のと、調が移動する(移調)のとは異なります。キーが合わないから、Cの曲をEにして歌う、などというカラオケでやることは「移調」であって、転調ではありません。転調というのは、たとえば、マイナーからメイジャーへの変化といったたぐいのことです。以後、当家では移調と転調は区別して使うつもりですので、そのおつもりで。

さて、The Beatles Studio Sessionsシリーズ、今回はアルバムFor Saleと、同時期のシングルであるI Feel Fine b/w She's a Womanです。ボツになったLeave My Kitten Aloneも対象です。

まずオフィシャル・リリース盤のトラック・リスティングを。

1. No Reply *
2. I'm A Loser *
3. Baby's In Black *
4. Rock And Roll Music *
5. I'll Follow The Sun *
6. Mr Moonlight *
7. Kansas City/Hey-Hey-Hey-Hey *
8. Eight Days A Week *
9. Words Of Love
10. Honey Don't
11. Every Little Thing
12. I Don't Want To Spoil The Party
13. What You're Doing *
14. Everybody's Trying To Be My Baby *

(末尾にアスタリスクを付したものはThe Beatles Studio Sessionsになんらかのヴァージョンが収録された曲。ほかにI Feel Fine、She's a Woman、Leave My Kitten Aloneが対象になっている)

The Beatles Studio Sessionsを聴く その4 For Sale およびI Feel Fine 前編_f0147840_23593068.jpg

多くの論者はオリジナル曲のみで構成された、完成度の高いA Hard Day's Nightを称揚し、そのつぎのFor Saleは、よくいって「ひと休み」のアルバムとしています。

しかし、われわれリスナーの気分は多層構造です。A Hard Day's Nightが「公式見解」的にはベストの一枚であると認めつつも、自分のプライヴェートな好みはべつのところにしまってあったりします。

For Saleは、1964年のクリスマス・シーズンに間に合わせるために、時間をかけずに録音されたものであり、曲作りが間に合わずに、六曲ものカヴァーが収録されたということが、ある程度マイナスになっていることを認めつつ、それでもなお、おおいなる魅力のあるアルバムだと思います。

The Beatles Studio Sessionsについても、A Hard Day's Nightは当たり前の別テイクが多く、低調だったのに対し、For Sale篇は興味深いトラックがかなりあります。

For Saleおよびその同時期シングルのなかで、最初に録音に取りかかったのは、No Replyです。これはA Hard Day's Nightセッションのときにテイク1が録音され、うまくいかないまま棚上げにされました。

その後、For Saleセッションは1964年8月14日という、意外に早い段階でスタートしています。A Hard Day's Nightの完成から間をおかずに、といっていいほどです。最初のセッションで録音されたのは、I'm a Loser、Mr. Moonlight、Baby's in Black、Leave My Kitten Aloneの4曲です。

しかし、すぐに夏のアメリカ・ツアーがはじまり(冬のツアーはエド・サリヴァン・ショウ出演が主眼で、ステージ数は多くなかった。本格的なアメリカ・ツアーはこの64年夏のものが最初)、録音は中断します。いや、ツアーが控えているので、あとが地獄にならないようにという配慮で、早めに録音がはじまったか、あるいはEPリリースを考えていたといったあたりかもしれません。

では、一曲聴いてみます。シングルのほうからいきます。まずはオフィシャル・リリースから。

The Beatles - I Feel Fine (remastered stereo)


この曲は子どものころの大のフェイヴでした。とりわけギター・リックが好きで、また、ブルーズなど知らない子どもには、メロディーとコード進行のmenaceな味わいも、大いに興のあるものに感じられました。

The Beatles - I Feel Fine (take 1)


くどくも確認しておきますが、For Saleまでのビートルズは俗にいう「一発録り」、プレイしながら歌っていました。ジョン・レノンというのは、そういうことには向いていないような思いこみがあるのですが、案に相違して、たいていはまじめにギター・リックを弾いています。

I Feel Fineだってまじめにやっているのですが、歌とリックをいっしょにやるのはやっかいなタイプなので、ときおり、オッと、となっているのでしょう。ジョンのプレイのほとんどはコードなのですが、それでもやっかいだったのだと思います。

リリース・ヴァージョンとテイク1では、歌詞もちょっと異なりますが、なによりも目立つのはリンゴのパターンです。リリース・ヴァージョンでは2&4の2を、8分2打に割って両方ともタムタムで叩き、4のほうはノーマルにスネアでやっています。

The Beatles Studio Sessionsを聴く その4 For Sale およびI Feel Fine 前編_f0147840_00132.jpg

テイク1およびその後のいくつかのテイクでは、この8分2打プラス4分1打による2&4をスネアでやっています。また、適宜最初の8分を略して、シンコペート感覚を強調したりもしています。

サンプル The Beatles "I Feel Fine" (take 5)

これまでの記事で、何度かリンゴのタイムが不安定なことを書きました。同時に、後年、安定するのだということも強調してきましたが、このアルバムあたりから、これはいいな、というビートが散見するようになります。

このI Feel Fineの初期テイクは、なかなか好ましいプレイで、これまでとはちょっとレベルが違います。依然としてわずかにearlyなのですが、このへんはその人固有のタイムというべきで、いいとかダメとかいうことではなく、聴く側がこのbit early feelを好むか好まないかです。技術的巧拙のレベルではなく、味のレベルの問題です。

ジョンのヴォーカルがメロディーをはずれて、下のハーモニーを歌っている部分がありますが、ご存知のように、ジョンが音域的に苦しいところは、ポールが入れ替わってリードを歌うことになっていました。

ここもポールがメロディーを歌うパートですが、ベースのプレイがやっかいだったのか、あるいは技術的問題でもあったのか、この段階ではジョンだけが歌っているために、メロディーがなくなるように聞こえます。

サンプル The Beatles "I Feel Fine" (take 6 track only)

For Saleまでは一発録り、と書きましたが、例外があったことが、このI Feel Fineのテイク6でわかります。ジョンがリックとヴォーカルの両立に苦しんだせいではないでしょうか、ついに、トラックとヴォーカルが分離されることになります。

このあと、テイク7か8でリンゴのパターンがタムタム入りに変更され(そのテイクは聴いたことがない)、テイク9がOKとされ、これにヴォーカルが加えられます。

サンプル The Beatles "I Feel Fine" (take 9)

ジョン単独の歌が聴けるのも初期テイクの楽しみですが、こうしてできあがってみると、ジョンとポールはすごいなあ、とため息が出ます。わたしにとってはつねに変わらぬ史上最高のヴォーカル・デュオです。

残り時間と残った曲をつらつらつきあわせたところ、一回では無理なので、今日のメイン・イヴェントはここまでということにして、残りの大物は次回ということにさせていただきますが、最後にもう一曲、軽く行きます。

まずはオフィシャル・リリース・ヴァージョン。

The Beatles - What You're Doing


それほど印象的な曲ではないのですが、マイナーに転調する箇所(ファースト・ヴァースでいえば、Would it be too much to ask of you, what you're doing to meのところ)は魅力的です。

今回、はじめて聴いたのですが、これも初期は印象が異なります。

The Beatles - What You're Doing? (take 11)


冒頭にちらっとポールとジョンの言葉が聞こえます。「Don't do it when we're singing 歌っているときに××するなよな」といって、ポールは「Don't do it when we're playing」とかなんとかいうジョンを無視してカウントしています。

ポールが腹を立てている相手はジョンかジョージかリンゴかわかりませんが、いずれにせよ、人と人が仕事をするときには避けられない、緊張の高まった一瞬だったようです。映画『レット・イット・ビー』にもそういう場面がありましたっけ。

この曲では、テイク・ナンバーはわかりませんが、ポールが一方的にジョージに噛みついているところも記録されています。ジョンかジョージが、必要以上に強く、乱暴にコードをストロークしているところもあります。

リリース・ヴァージョンとは異なり、おおむねポールとジョンのデュエットであるというせいもありますが、テンションが高まった結果の不機嫌なプレイとヴォーカルも、むしろいい方向に作用して、このヴァージョンに魅力を与えています。こちらがリリースされていたら、この曲の評価と位置はちがっていたでしょう。


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by songsf4s | 2011-10-13 23:46 | ブリティシュ・インヴェイジョン