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蔵原惟繕監督、佐藤勝音楽監督『俺は待ってるぜ』(日活) その2
 
スコアとロケーションを中心に『俺は待ってるぜ』を見る、と書きながら、前回はスコアのほうに必死になってしまい、肝心のロケーションにはふれられませんでした。

もっとも重要な舞台である、島木譲次(石原裕次郎)のレストランは、横浜港の新港埠頭、赤煉瓦倉庫と税関の中間くらいの場所に設定されています。レストランと線路と海と税関の位置関係から、そう判断できます。

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北原三枝の背後に横浜税関の塔が見える。この角度と、引き込み線の鉄橋(写真右端にわずかに見える)の位置で、オープンセットがつくられた場所がわかる。

税関のファサード(陸に背を向け、海に向かって建っている)をこのように真横から見るかっこうになり、線路と海に接する場所、というと、新港のはずれしかないという結論になります。

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ここはみなとみらい地区に接する場所で、みなとみらい同様、港湾施設としては無用になり、同時期に再開発されて(そのお披露目が横浜博覧会だった)、ご本尊の赤煉瓦倉庫(設計者の妻木頼黄=つまきよりなかは日本橋や横浜正金銀行、すなわち現在の神奈川県立博物館も設計した。国会議事堂を巡る辰野金吾との確執をはじめ、その事績は非常に興味深い)はショッピング・モール化し、付近も公園などになって、週末ともなるとおおいににぎわい、まさに隔世の感に打たれます。

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若かりし日、ガールフレンドと話し込んでいて、うっかり曲がるべき場所を通り過ぎてしまい、新港へと渡る万国橋にさしかかったとき、数人の港湾労働者に、そっちにいったって、なにもないぞ、いや、ひと気がなくていいけどな、と笑われました。

70年代はじめ、新港地区はふつうの人間が立ち入る場所ではなく、まだ正真正銘の港湾施設であり、それ以外のなにものでもありませんでした。『俺は待ってるぜ』が撮影された1957年と本質的な違いはなかったのです。現在の本牧のB、C、D埠頭あたりと同じようなものです。それがいまや横浜でも指折りのデート・コースとなり、日々若いカップルがうじゃうじゃ往来しているのだから、呆気にとられます。

もうひとつ、前回ふれたシーンで、ロケ地がわかるのは、早枝子(北原三枝)がたたずんでいた場所です。あれは山下公園に二カ所ある、テラスのように海に突き出した半円形のところでしょう。ただし、現在は、海に降りる階段はないので、ひょっとしたら、べつの場所かもしれませんが。

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したがって、そのシーンの直前、石原裕次郎が歩む道は、山下公園外の銀杏並木の下と想像されますが、こちらについては、そう断定できる視覚的手がかりは画面には登場しません。

舞台の説明はこのへんにして、以下、前回は冒頭だけになってしまったプロットを追います。

◆ ボクサーくずれにオペラ歌手くずれ ◆◆
人を殺したかもしれないという早枝子を、明日の新聞を見てから判断したほうがいい、と島木は諭し、彼女をレストランに泊まらせます。

翌日の朝刊にも夕刊にも殺人の記事はなく、早枝子は安心し、島木のレストランに仮寓することになる様子が、彼女が料理をテーブルに運び、調理の手伝いをするショットなどのモンタージュのなかで描かれます。

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翌日、あるいは翌々日ぐらいの設定でしょうか、二人は横浜の町に出かけ、ボクシングを見たり、(明白には描かれないが、たぶん)映画を見たりします。

早枝子に襲いかかろうとして花瓶でなぐられた男(波多野憲)が、二人を見かけてあとをつけ、早枝子が化粧室でひとりになったところを脅しますが、島木に見つかって、あっさり追い払われます。

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「横浜日」と読める。「横浜日劇」という映画館もあったが、これは日活映画だから「横浜日活」にちがいない。横浜日活は伊勢佐木町5丁目にあった。あのあたりには数軒の映画館があったが、ピカデリーでさえマンションになってしまい、昔日の面影はまったくなくなった。

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島木、早枝子それぞれの言葉の端々や、レストランの常連客である内山医師(小杉勇)の話から、徐々に二人の状況がわかってきます。

島木は元プロボクサーで、酒場でのケンカで相手を殴り殺した過去をもっています。兄が農園を経営するために二年前にブラジルに渡っていて、兄からの連絡がありしだい、彼も日本を離れようとしています。

いっぽう、早枝子は、オペラ歌手だったのですが、病気で喉を傷めてから声が出なくなり、そのとたんに、師であり、恋人であった男に弊履のごとく捨て去られ、いまはクラブ・シンガーをしています。彼女が花瓶で殴り倒した男は、そのクラブの経営者の弟でした。

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以上が前半のプロットというか、状況設定というべきでしょうか。こういう背景のなかから、後半にいたって一気に話は動きはじめます。

後半のプロットは次回ということにして、ここまでのところで、気になることを少々書きます。

◆ 横浜番外地 ◆◆
はじめに戻ってしまいますが、主人公の棲処、レストラン「リーフ」の位置は、じつにいいところを選びました。

現実には、『赤いハンカチ』の屋台のおでん屋同様、こんなところに店はつくれないでしょうし、たとえやっても、採算がとれないだろうと思いますが、しかし、物語世界としてはすばらしい選択でした。

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手紙の上書きは「横浜市中区新港町埠頭構内 レストラン・リーフ内 島木譲次」と読める。港湾施設などは、このように無番地であることがめずらしくない。

この世の外にヒーローを置き、同時にわれわれ観客を、日本ではない架空の場所、現実と地続きではない「ここではないどこか」へと連れて行くのは、ある種の映画の常套手段です。

小林旭の「渡り鳥」シリーズのように、あるいはそのインスピレーションとなった『シェーン』のように、たまたまある場所に仮寓した流れ者、というのは典型的なパターンですが(典型だからよくない、という意味ではない)、この『俺は待ってるぜ』は、その「仮寓」の仕掛けをじつに巧みに作り上げています。

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背中は港、タグボートやランチが近くを行き交い、貨物船が遠くに見えます。目の前は港への引き込み線で、しじゅう店の前を汽車(ディーゼルではないのに驚く。映画のための演出だったのか、それとも現実にもまだ汽車があのあたりを走っていたのか?)が貨車を引いて行き来しています。これほど浪漫的設定はちょっとほかに考えられないほどです。

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もうひとつ、主人公は日本には用はない、兄から連絡がありしだい、ブラジルに渡ると宣言しています。これによって、ヒーローは二重に日本の外に置かれることになります。

こういう仕掛けがなぜ必要だったのか、ということは、こうした歌舞伎でいうところの「世界」が好ましく感じられる人には説明不要でしょう。あの時代の日本の息苦しさに対する批評として、このような非日本的道具立てを、フランス映画のような映像で表現したにちがいありません。

いまでもそうかもしれませんが、とりわけあの時代には、観客に大いなる開放感、解放感を与えたに違いありません。70年代にテレビで再見したときでも、やはり「ここではないどこか」に遊ぶ感覚が、この映画の最大の魅力でした。

そうなるだろうとは予想していましたが、なかなか進まないまま、本日もそろそろ制限時間いっぱいです。

今回も、映画から切り出したスコアのサンプルをおきます。レストランで早枝子が働く姿をとらえたモンタージュの背景で流れる音楽です。この曲を聴いて、そうか、ウェスト・コースト・ジャズの時代だったか、と思いました。

サンプル 佐藤勝「Cookin'」

次回は、レストランのセットの構造と、今回ふれた横浜の町を歩くシークェンスの個々のショットを見る予定です。


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by songsf4s | 2011-09-17 23:37 | 映画