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須磨の浦風(四代目三遊亭圓馬)
 
音楽や映画のお客さんにくらべて、落語のお客さん、ないしは、落語「も」好きなお客さんの数は、たぶん、それほど多くはないのだと思います。

しかし、たとえばギターの上手下手と、落語の上手下手は同じように判断できると思います。どちらも、イントネーションとタイムのコントロールの仕方で勝負は決まります。あとはギターならトーンの作り方、落語なら声の質ぐらいしか要素はないでしょう。まあ、中学生のころは、速さに意味があると誤解していましたが。

わたしの友人の熱心な音楽ファンは、みな落語および演芸にも通じていて、われわれの小さなMLではときおりそちら方面の話題が出たりします。ということで、当家にいらっしゃるお客さん方の多くは演芸も好まれるだろうと決めつけています。落語のときにお客さんが増えるということはないのですが、微減程度の感じなので、また今日も落語です。

といっても、まもなくシンデレラ・タイムなので、今日はお客さん方にとって幸いなことに、席亭があれこれゴタクを並べる余裕はありません。

去年、納涼名人寄席をやろうとリストアップしたのは以下のような演題です。

夏ドロ――三代目三遊亭金馬
須磨の浦風――四代目三遊亭圓馬
扇風機――春風亭柳昇
両国八景――八代目雷門助六
千両みかん――八代目林家正蔵
夏の風物詩――九代目鈴々舎馬風
あきれた紙芝居――あきれたボーイズ
船徳――八代目桂文楽
三味線ラ・クンパルシータ 三味線セントルイスブルース――三味線豊吉
声帯模写――古川ロッパ
夏の医者――桂枝雀
佃祭――五代目古今亭志ん生

色物は季節に関係ないのですが、落語はすべて夏の噺です。たとえば両国八景や夏の風物詩なんていうのは、とくにどうという噺ではないのですが、大物のあいだにはさんでおくにはちょうどよいもので、自分で番組を組んでみて、そうか、寄席ではこういう小味な噺の居場所があるのだな、と納得しました。CDなんかで聴いていると、こんな噺はべつにやらなくていいのではないかと思ったりするものがありますが、寄席という文脈ではそういうものにもちゃんと存在価値があるのです。

去年組んだ番組のなかでユーチューブにクリップのあるものはすでにやってしまったので、今日は手元のものをサンプルとしてアップしました。モノーラル・エンコーディングで、音質は中程度に落としてあります。

サンプル 四代目三遊亭圓馬「須磨の浦風」

須磨の浦風はものすごく出来のいい噺というわけではありません。公平にいって、べつに悪くはない噺、といったレベルでしょう。しかし、いかにも昔の笑話らしく、「見立て」を柱にした趣向であるところが好ましく感じられます。

早稲田大学文学部の裏手にちょっとした高台があります。なかなか不思議な場所で、いろいろな意味で興味深いのですが(旧軍の研究所の建物が残っていたりした)、なかでも奇妙なのは、公園のなかの小高い場所です。

高校のとき、早稲田の古本屋巡りのあとでそのあたりを散策していて、「箱根山」と札の立てられたこんもりした場所を発見しました。せっかくだからてっぺんまで上り、周囲を見渡して、天下の険にしては見晴らしはよくないな、とちょっと笑い、それきり忘れてしまったのですが、あとで、それがなんだったのかを本で知ることになりました。

このあたり一帯は紀州藩江戸下屋敷だったのでそうで、下屋敷のつね、広大な庭園を抱えていました。何代目の国主だったか、寛政年間のころでしょう、洒落で庭園のなかに宿場や田地畑地をつくり、さまざまな店舗までもうけて、何度か客を招いて園遊会のようなことを催したのだそうです。たしか太田南畝の随筆にも書かれているということだったので、南畝その人も客になったことがあるのかもしれません。

で、その庭園の中の宿場町を小田原町と名づけ、小田原の近くのこんもり高いところを箱根山と見立てたのでした。それが昭和まで残って、古書をあさりに早稲田まで頻繁に通っていた高校生を戸惑わせたわけで、わかってみて、あの山に登っておいてよかった、と笑いそうになりました。

こういう「見立て」の気分は、落語の根幹にもあり、それがよくあらわれたひとつの例が「須磨の浦風」という噺なのです。いや、この噺では、小田原はあまり麗しい土地には描かれていないのですが!


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by songsf4s | 2011-08-22 23:46 | 落語