以前、われわれの小さなMLでSpanish Harlem特集をしたとき、この曲には決定版は存在しない、だれがやってもどこかで失敗してしまう、という考えを述べました。その後、そのときの倍ぐらいのヴァージョンを聴きましたが、これがあればほかのはいらない、というものにはまだ遭遇していません。
いい曲なのに、なぜどのヴァージョンも不満に感じるのだろうかと、ずっと不思議に思っていました。今回、べらぼうな数のヴァージョンをぶっとおしで聴いて、あれこれ考えているうちに、理屈が浮かんできました。
前回、Spanish Harlemの歌詞はジェンダー・リヴァーシブルではないことにふれました。ヘテロ・セクシャル的観点からは、この曲で歌われている「スパニッシュ・ハーレムの赤い薔薇」は女性としか考えようがないのです。
この点について、もうひとつ考えが浮かびました。歌詞から考えて、この曲は男が歌うべき曲であることは明らかです。しかし、音のほうはどうかというと、わたしは、女が歌うべき曲だと感じます。この歌詞とメロディーのジェンダーの不一致が、だれが歌ってもどこかうまくいっていないと感じる理由だと、やっと自分で納得のいく結論が得られました。性転換手術が必要な曲なのです!
◆ ティファナ・ブラス ◆◆
ということで、今回はジェンダー・フリーなSpanish Harlemのインスト・ヴァージョンを並べてみます。我田引水自画自賛の大馬鹿野郎になってしまいますが、思ったとおり、インストだけに絞ると、はなからダメというヴァージョンはあまりありませんでした。
もうほとんど残り時間がないので、思いついたものを手当たり次第にいきます。まずはハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラスのヴァージョン。セカンド・アルバム「Volume 2」(わかりやすいタイトルだ!)に収録されたものです。
ハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラス Spanish Harlem
ダブル・ドラム! だれでしょうかね。TJBのファースト・アルバムからのシングル・カットというか、先にシングルを録音して、ヒットしたからアルバムもつくったのですが、The Lonely Bullでは、トラップにはアール・パーマーが坐って、あのすばらしいスネア・ワークをし、ハル・ブレインはティンパニーをプレイしました。
TJBの場合も、もうすこしたつと、ハル・ブレインひとりになってしまうことがはっきりしていますが(A Taste of Honeyはハル)、その中間にあたるセカンド・アルバムはどうでしょうか。
最初のフィルイン、タムから入って逆にスネアに返すパターンのイントネーション、アクセントはハル・ブレインだと思います。このプレイヤーはずっと右チャンネルで装飾音を入れています。
では、左チャンネルでバックビートを叩いているプレイヤーはだれか? わたしはこちらもハル・ブレインだと思います。すくなくともアール・パーマーのスタイルではありません。
ちらっとミスもありますが、登場した瞬間に音がカラフルにきらめいてしまう、ハル・ブレインだけがもっていた華やかさがあり、楽しいトラックだと思います。
ハル・ブレインが出てくると、その話にばかりなってしまいますが、アコースティック・ギターもおおいに魅力的です。
◆ エキゾティック・ギターズ ◆◆
ハル・ブレインのSpanish Harlemはもうひとつあります。エキゾティック・ギターズというスタジオ・プロジェクトのエポニマス・タイトルのアルバムでも、ハル・ブレインがストゥールに坐っているのです。
これは右のリンクから行けるAdd More Musicの「レア・インスト」ページでLPリップを試聴することができます。レア・インスト・ページにはジャケットがいっぱい並んでいますが、No.35が該当のアルバムです。
AMMのキムラセンセによると、このプロジェクトのリード・ギターはアル・ケイシーとクレジットされているそうです。でも、Exotic Guitarsと複数形になっているように、エレクトリック・リードにいろいろなギターがからんできて、ハリウッドだから、どのプレイヤーもみなうまいのです。
Spanish Harlemでは、イントロからしてアコースティックの高速ランで、むむ、何者、名を名乗れ、と身構えます。第一候補はトミー・テデスコですが、ハリウッドはギター・プレイヤーのメッカ、これくらいの高速ランができる人は、まだ数人はいます。
この曲にかぎらず、エキゾティック・ギター・シリーズでは、ハル・ブレインは借りてきた猫をやっています。でも、軽くキックの踏み込みをやるだけで、頭隠して尻隠さず、すぐに、やっぱりハルだ、と笑ってしまいます。あんなキックの使い方をするプレイヤーはハル・ブレインしかいません。
順番が逆になりましたが、派手なところはまったくないものの(ギターによるエキゾティカ風イージー・リスニングというコンセプトだから、当然、終始一貫ソフト)、いい気分になれるヴァージョンです。
◆ ベニー・キングを乗っ取ったもうひとりのキング ◆◆
つづいて、サックス・プレイヤー、キング・カーティスのヴァージョン。これはクリップがないので、サンプルにしました。
サンプル King Curtis "Spanish Harlem"
ベニー・キングのオリジナル・ヴァージョンをご存知の方は、キング・カーティスのヴァージョンを聴くと、ズルッとなるにちがいありません。ベーシック・リズム・トラックは、ベニー・キング盤を流用しているのです。
いってみれば、安易な切り貼り細工なのですが、これが結果オーライなのです。いえ、前半はソプラノ・サックスのリードに、さらにソプラノがからんでくる(キング・カーティスのダブルか?)というだけで、うまいなあ、とは思うものの、とくに騒ぐほどのものでもありません。
面白いのは後半、インストだから「間奏」ではないのですが、ヴォーカルものなら間奏にあたるところでストリングスが前に出て、いつものパターンね、と思わせておいてから、すっとギターが入れ替わってソロをとるところがおおいに魅力的です。スーパープレイはしませんが、もちろん、そうとうできるプレイヤーで、音の出そのものにグッド・フィーリンがあります。
同じベーシック・トラックを使っていながら、ベニー・キングのヴォーカルはなんだかしっくりこないのに、ヴォーカルのかわりにサックス、ストリングス、ギターがリードをとったとたん、いいサウンドだなあ、と思うのだから、おかしなものです。
まあ、たんにわたしがインスト好き、歌嫌いというだけかもしれませんが、ひょっとしたら、「Spanish Harlemというのはそういう曲」なのかもしれないと思います。Spanish Harlemの在庫はまだ数ダースあるので、「そういう曲」とは「どういう曲」なのかということは、これから数回をかけて他のヴァージョンを聴き、ゆっくり腑分けしてみます。
ローラ・ニーロ
Gonna Take a Miracle
キング・カーティス
Platinum Collection
ベニー・キング
Original Album Series: Spanish Harlem/Sings for Soulful Lovers/Don't Play That Song/Seven Letters/What Is Soul